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No.32684の一覧
[0] 【習作】正義の味方と夢見る聖者【ネギま!×Fate×トライガン+オリジナル】[T・M](2012/08/23 20:13)
[1] 第一話[T・M](2012/04/07 23:51)
[2] 第二話[T・M](2012/04/08 00:22)
[3] 第三話[T・M](2012/04/12 23:20)
[4] 第四話[T・M](2012/04/18 23:55)
[5] 第五話[T・M](2012/04/19 00:04)
[6] 第六話[T・M](2012/04/30 22:16)
[7] 第七話[T・M](2012/04/30 22:32)
[8] 第八話[T・M](2012/05/12 00:03)
[9] 第九話[T・M](2012/05/12 00:05)
[10] 第十話[T・M](2012/05/16 22:01)
[11] 第十一話[T・M](2012/05/16 22:06)
[12] 第十二話[T・M](2012/05/22 01:08)
[13] 第十三話[T・M](2012/05/22 01:43)
[14] 第十四話[T・M](2012/05/22 01:53)
[15] 第十五話[T・M](2012/05/22 02:11)
[16] 第十六話[T・M](2012/05/29 22:28)
[17] 第十七話[T・M](2012/05/29 22:51)
[18] 第十八話[T・M](2012/08/23 20:08)
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[32684] 第十五話
Name: T・M◆4992eb20 ID:dcd07e40 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/22 02:11
 目的地の湖に辿り着き、天ヶ崎千草が今まさに儀式を始めようかという所まで漕ぎ着けた。足止めは効果的だったようで、邪魔者が来る気配は無い。プレイヤーはその他諸々の情報も含めて状況を整理し、これ以上は自分達が留まる必要性は希薄だと判断した。
「これで契約は満了として宜しいでしょうか?」
 プレイヤー達が千草と結んだ契約の内容は『天ヶ崎千草が大鬼神の封印を解くための支援』。目的達成が確実になったこのタイミングでならば、もう退いてもいいだろう。本来ならば万が一の可能性も考慮して完全に終わるまでは仕事をきっちりこなすのが流儀だが、今回は早目に切り上げたいところなのだ。
「せやなぁ。ここまで来たら、誰にも邪魔はできひんやろ。おおきに、あんたらのお陰で上手くいったわ」
 プレイヤーからの申し出に、千草は上機嫌で、快く頷いた。お礼の言葉を聞いたプレイヤーはうっすらと笑みを浮かべると、それを隠すように恭しく頭を下げた。
「いえいえ。それでは、私共はこれで失礼致します」
 頭を上げると同時に即座に踵を返す。フェイトや月詠も、特に何を言うでもなく黙ってそれを見送った。
 森に入り、待機していたナイン達と、その肩の上に乗せられてぐったりとしているE2と合流する。
 近衛木乃香を拉致し、待機していた千草達と合流した後、念話で捕まってしまったと返事を寄越したE2を、プレイヤーは仮契約カードを用いて召喚した。そこまでは良かったのだが、E2は両手両足の関節が外されている以上に、別の事で疲弊しきっていた。そうなった経緯も、仕事が終わってから話すとしか言わないほどに疲れ切っていた。
 流石にこんな状態のE2と、ヴァッシュと遭遇した際の錯乱と暴走がほぼ確実であるナイン達を、これ以上この場に留まらせるのは不味い。ついでを言えば、ナイン達という最高のボディガードを欠いた状態で戦場に立ったらプレイヤー自身の命も風前の灯火だ。なので、少し早目に仕事を切り上げたのだ。
「ナイン、E2。君達は帰還の準備が整うまで、ここから離れた場所で待機していてくれ」
「あーいよー……」
 ナイン達の肩に乗せられたまま、E2が力無く返事をする。平素から躁状態に近いE2が、このような姿を見せるのは極めて珍しい。調子に乗って能力を酷使し過ぎた時ぐらいだろう。ヴァッシュの何を視てこのようになったのかは非常に興味深い事柄だ。知的探究心、好奇心、知識欲、それら全てが刺激される。だが、今は無事に逃げ遂せる準備をすることが重要だ。
 追手も人質や主犯にばかり目が行って、その場にいない下っ端にまでは気が回るまい。改めて追われるにしても後日が精々。少し離れた場所に移動するだけで、撤退の準備を整えるには十分だ。しかし、実際に撤退するのは、準備を終えてからも時間を挟むことになる。理由の1つは、何故か連絡の取れないソードとの合流待ちの為。もう1つは、プレイヤーの個人的な楽しみの為だ。
 そこまで考えて、プレイヤーは万が一の時の為の切り札として呼んだ“彼女”のことを思い出した。彼女には悪いが、結局出番は無さそうだ。
「すまないね、ライダー。折角来てもらったのに無駄足で」
 湖から離れた森の中。仲間達と共に湖に背を向けて移動しながら、左手の掌に刻まれた紋様を鈍く光らせ、プレイヤーは誰もいない暗闇に向かって彼女――ライダーに話しかけた。





 森の木々の合間から湖が見えるようになったのと同時に、士郎とネギ、魔術や魔法に通じた2人は莫大な魔力の奔流を察知し、慌ててそちらを見た。そこには、何らかの儀式を執り行っている天ヶ崎千草と木乃香の姿があった。
 このままでは手遅れになると判断し、士郎は足を止めて両手に弓矢を投影しようとして――それを中断して即座に後方に退避し、ネギ達を庇う姿勢を取った。直後、士郎がいた場所を2条の斬撃が迫り、木々を切り倒し、切り開かれた所へ2人の少年少女が姿を現した。
「遅かったね。残念ながら、ここまで来たらどう足掻いても手遅れだよ」
「またお会いしましたね~、衛宮はんと刹那せんぱ~い」
「フェイトと月詠か。厄介なのが揃って来おったで」
 不気味な威圧感を漂わせる銀髪の少年と、丸渕の眼鏡を掛けた大小二刀を構える少女の名を、小太郎がそれぞれ口にした。士郎が昨日、遭遇した2人だ。
 月詠はともかくとして、実力の底が未だにはっきりと見えないフェイトは厄介だ。いや、今はそんなことよりも、こうして動きを止められてこの場に縫い付けられてしまっていることの方が不味い。一刻を争う場面で、この状況は致命的だ。そう考えた直後、湖が発光した。
「ひゃっ!?」
「これは……?」
「うわぁ!?」
「うおっ!? まぶしぃっ!」
 突然の現象に、明日菜や刹那、ネギ、カモミールが声を漏らす。だが、士郎は目を逸らさずに正面を向いたままでいた。相手の2人の内、月詠も発光現象に気を取られているが、フェイトは涼しい顔をしたままこちらを向いている。士郎まで発光に気を取られていたら、どうなっていたか分からない。やはり、油断ならない相手だ。
 やがて、発光が収まるのと同時に、湖の中から巨大な何かがせり上がって来る気配がした。ちらり、と横目に何が現れたのかを確認する。見えたのは何かの一部だ。それが、人間の胴体と非常によく似た形をしていると気付くのには、数秒掛かった。
 おかしい。あんなサイズの人型など、それこそSFアニメ等の巨大ロボット以外に考えられない。しかし、それはどう見ても生物的で、現実の存在感を持っている。
 視線を少しずつ上げて行き、やがて見上げるような角度になって、その全貌を漸く見渡せた。湖から現れている上半身だけで30mはあろうかという、あまりにも巨大な、二面四手の鬼。神々しくさえもあるその威容と肌に感じる魔力は、正しく鬼神と呼ぶに相応しい。
「な、なんだぁ!? この出鱈目な大きさのデカブツ!?」
 カモミールの叫び声を聞いて士郎は物思いから抜け出し、鬼神とフェイトの双方への警戒態勢を改めた。幸い、フェイトも感心したように鬼神を見上げていた為に隙を突かれるようなことは無かった。だからと言って、逆に隙を突けるとも思えなかったが。
「これぞリョウメンスクナノカミ! 1600年前に封じられた、日本最強の大鬼神や!」
 鬼神の肩の上、捕らえた木乃香と着ぐるみのような姿のコミカルな2体の式神を従えて、千草はまるで我が世の春とばかりに高らかに叫んだ。
 リヴィオと対峙していた有象無象の百鬼夜行とは桁違いの、あまりにも圧倒的で、絶対的な存在。これほどのものを道具とし、自らの力として行使できるとなれば、精神が昂るのも当然か。……あの時の、慎二のように。
 一瞬、過去に親友と呼んだ人物の名と姿と末路を思い出し、すぐにそれを振り払い、魔術回路の撃鉄を落とす。
 ――投影、開始。
「ネギ、近衛木乃香を助けられるか?」
 次の一手の準備をしつつ、視線を正面の少年少女へと向けたままネギへと問う。
「え?」
 大鬼神に見惚れていたのか、はたまたここで自分にお鉢が回って来るとは思わなかったのか、ネギは意外そうな声を漏らした。
 はっきり言って、情けない話だ。いい歳をした大人が、このような場面で10歳そこそこの子供を頼るなど。だが、それがこの状況を打破するための最善手ならば、恥や外聞など投げ捨てられる。
「この中で、自由に空を飛べるのは君だけだ。君にしか、彼女を助けられない。出来るか?」
 この世界の魔法使いは、基礎の一つとして飛行魔法を習得している。しかし、士郎のいた世界では飛行は極めて高度且つ効率の悪い魔術であり、それを習得している魔術師は極めて稀だった。無論、士郎も飛行魔術を習得していないし、到底出来るとも思えない。だが、ネギは少年といえどもこの世界の魔法使いで、非凡な才に裏打ちされた優秀の部類と聞く。空を飛べる彼ならば、聳え立つ大鬼神の首元まで行くことができる。
 戦闘経験どころか人生経験すらも希薄な少年に、どれほど酷なことを言っているかは承知の上だ。普段ならば士郎もネギ達を下がらせて、ヴァッシュやリヴィオの到着を待って状況の打破を考えただろう。しかし、思ったのだ。小さくも強い意志を見せたこの少年たちならば、出来るのではないか、任せてもいいのではないかと。
「……はい! やってみせます!」
 士郎の期待に応え、同時に暗澹とした不安や負い目を吹き飛ばすように、ネギは元気良く、快く頷いてくれた。
「私も……私にもやらせて下さい!」
 すると、刹那も協力を申し出て来た。
「桜咲さん?」
「……私にも、秘策がありますので」
 明日菜とのやり取りを聞くに、どうやら刹那にも木乃香を助ける為の手段があるようだ。それに賭けるのもいいだろう。
 ――工程完了。全投影、待機。
「決まりだな。この2人の相手は俺が引き受ける、君達は行け」
「おいおい。1人で大丈夫かいな」
 先を促した直後、小太郎に心配をされる。こんな子供に心配までされるとは、本当に、情けない限りだ。
「ちょっとは大人を信じてくれよ」
 苦笑しつつ、そのように返す。これで無様を晒してしまったら、この子達が大人を信じられなくなってしまうかもしれない。尚更、頑張らなければ。
「僕の相手をしながら、月詠さんの相手までするつもりかい?」
「もしかして、侮られてます?」
 すると、フェイトと月詠は士郎を睨んで来た。子供2人に本気の殺気を向けられるとは物騒な話だ。嘆かわしいことこの上ないが、だからこそ、ここで力を見せるしかない。
「これを見ても、そんなことを言えるかな?」
 不敵な口調で告げて、大袈裟に手を掲げ注目を集める。そして、投擲に特化した剣、黒鍵を20、虚空に出現させる。その光景に視線を釘付けにさせる為、一拍の間を置いてから号令を発する。
「停止解凍、全投影連続層写!」
 20の剣を、フェイトと月詠の足元目掛けて発射する。回避されるのは承知の上。士郎が自らに課した役目は敵の打倒ではなく、足止めと時間稼ぎだ。
 この舞台の主役は別にいる。脇役は脇役らしく、主役を差し置いて目立とうとは考えず、自らの役目に徹するだけだ。
「行け!」
 両手に干将と莫耶を投影して踏み込むと同時に、背後の少年少女達の行動を促す。声を掛けてすぐにネギ達が駆け出したのを察して、士郎は心の中で小さくエールを送った。
 頑張れ、小さなヒーロー達。





 士郎にフェイトと月詠の相手を任せて、ネギ達は後ろを振り返らずに、森の中をリョウメンスクナという巨大な鬼に近付くように移動した。そして、ある程度近い場所まで来て、足を止めた。
 問題は、ここからどうやって木乃香を助けるかだ。真っ正直に飛んでいっても、羽虫のように叩き潰される可能性が極めて高いと考えるべきだろう。
「任されて来たはええけど、どないする気や?」
「今、考えているよ」
 小太郎に声を掛けられても、ネギは必要最小限の返事だけに留めて思考に集中した。
 千草を狙って“雷の斧”などの威力の強い魔法を撃つのは駄目だ、捕まっている木乃香まで巻き添えになってしまう。だからといって、リョウメンスクナにネギの魔法をぶつけた所で、岩に輪ゴムをぶつける程度にしかならないだろう。試してみるまでも無く、リョウメンスクナの体に漲る魔力はそれ程のものだった。
 そうなると、他に思いつく手は一つしかない。
「……私のハリセンで叩いて、元に戻ったりしないかな」
「あれに近付いてハリセン、パーンってか。やってみたらどうや? 近付けるんなら」
 明日菜の考えを、小太郎が遠回しに却下する。明日菜も特に反論せず、ぐうの音も出ない様子だ。
 すると、あちこちを見回していた千草が、ネギを見た。その表情は喜悦に歪んでいて、ネギは生まれて初めて、自分に向けられた笑顔に嫌悪を覚え、寒気を感じた。
「さぁて……リョウメンスクナ! 手始めに、目障りなあのガキをいてもうたるんや!」
 千草の指示を受けて、リョウメンスクナが動き出した。その動作は、巨体に似合わず素早く見える。これが戦闘になったらどうなるかは、考えるまでもない。
「げっ! 兄貴、やべぇぜ! あいつ、兄貴に狙いを定めやがった!」
 ネギの耳元で、カモミールが慌てて叫ぶ。それによって事実を再認識したネギは、自分で思いつけた唯一の作戦を全員に伝えた。
「僕が囮になります。刹那さん、木乃香さんを助ける役をお願いできますか?」
「私が、ですか?」
 ネギが告げると、刹那は意外そうな顔で聞き返して来た。
「あ、さっき言ってた秘策ってやつね!」
 明日菜の言葉に、ネギも頷く。刹那が木乃香を助ける役を申し出た時に、考えたのだ。木乃香を助けるのにより相応しいのは、木乃香が助けて欲しいと一番に思っているのは、親友の刹那に他ならないはずだと。
「………………分かりました」
 少しの間を挟んでから、刹那は頷いた。それを見て、ネギは飛行呪文を唱えて杖に乗った。
「それでは、お願いします!」
 ネギが飛び出すと、それに並走する形で小太郎も走り出した。
「待てや。囮言うても、1人じゃヤバイやろ。ワイもデカブツにちょっかい出すわ」
「けど、空が飛べない君じゃ……!」
 小太郎の提案を、ネギは拒んだ。飛行できるか否かでは、回避方向の選択肢の数にも大きな違いが出る。加えて、リョウメンスクナの気を引く為にちょっかいを出すとなれば、尚更だ。空を飛べない小太郎では、ネギに比べてあまりにもリスクが多過ぎる。
 だが、小太郎は一歩も譲らない。
「アホ。危ないのはお前も、ヴァッシュや衛宮の兄ちゃんも同じやろ。リヴィオの兄ちゃんは絶対に大丈夫やろうけど」
 言われてみれば、確かにそうだ。危険を冒しているのは誰もが同じ。危険だからという理由で、小太郎の行動を咎めることはできない。それに、正直、カモミールが一緒に来てくれているとはいえ、1人だけでは不安だったのだ。
「……そうだね。行こう、小太郎くん!」
「おっしゃあ! そっちも、あんじょうきばりや!」
 小太郎が差しだして来た拳に、ネギも自分の拳を、コツン、とぶつける。
 2手に別れ、ネギは高度を上げてリョウメンスクナよりも高い位置を目指し、小太郎はそのまま陸路を行く。
 早速、襲って来たのは4つの手。人間が蠅を追い払うように振り回し、蚊を叩き潰すように繰り出して来る。だが、そのどれもが人間の数十倍のスケールだ。直撃どころか、掠っただけでも命が危うい。
 怖い。自分の命が、虫と同じように扱われ、殺されそうになっているという現実は、想像を絶するほどのストレスであり、恐怖だった。
 けど、負けない。僕には、本当の魔法がある。たとえどんなにちっぽけでも、この胸に宿る勇気がある限り、絶対に逃げない、諦めない!
「ラ・ステル マ・スキル マギステル!」





 駆け出して行ったネギと小太郎を見送って、明日菜はふと、この状況で自分に何ができるのかを考えた。だが、全く思い付かなかった。
「……神楽坂さん」
 気付いた事実に気まずくなっていた所に、刹那が話しかけて来た。もしかしたら、自分に何か手伝って欲しいのではないかと思い、すぐに頷いた。
「な、なに? 私に出来る事だったら何でも言って!」
 すると、刹那は目を伏せ、2度、3度と大きく深呼吸をした。何かを言おうとして、酷く緊張しているようだ。いったい、何を言うつもりなのだろうか。
「これから私の体に変化が起こりますが、驚かないで下さい」
「え? それって、どういう……?」
 刹那の言葉の意味が分からず、明日菜は聞き返したが、言い終わるよりも先に刹那の体に変化が現れた。それを見た明日菜は、言葉を失った。
「これが、私の本来の姿……。ご覧の通り、私は人と妖の類との間に生まれた、半妖なのです」
 刹那の背に、純白の翼が現れた。月明かりに照らされたそれは淡く光っているようにも見え、その美しさで見る者を惑わせるのではないか、とも思えてしまう。それ程に、今の刹那の姿に、明日菜は心奪われた。
「綺麗……」
「え?」
 明日菜が素直に漏らした言葉に、刹那は目を見開いて驚いた。何をそんなに驚いているのか、明日菜は訝しんだ。
 そういえば、こんなにも綺麗な姿を、勿体付けるでもなく、後ろめたくて隠していたのは、何故だろうか。
「……恐ろしくは無いのですか? 私は妖怪の血が混ざっている……化物、なんですよ?」
 刹那からの問いを聞いて、理解した。彼女は、恐れていたのだ。自分の特殊な出自が原因で、周りから拒絶され、疎まれることを。だから、誰からも距離を置き、昔は友達だった木乃香とも疎遠になってしまったのかもしれない。だが、そんな些細なことは、明日菜には関係ない。
「けど、桜咲さんは桜咲さんでしょ? 私と同じ木乃香の友達で、私のクラスメイト。違う?」
 明日菜にとって重要なのは、その人の出自や家柄ではなく、その人がどういう人物かということだ。たとえ刹那が人間と妖怪のハーフだとしても、それが原因で彼女を嫌うなどあり得ない。それはきっと、木乃香やネギ、3-Aのメンバーの大半が同じはずだ。
 それに明日菜自身、幼少期からの記憶喪失で故郷や家族も全く分からない身の上だ。他人の出自をとやかく言える立場ではないと思うし、言うつもりもない。
「違いません、が……」
 明日菜からの問いかけに、刹那は戸惑いながらも頷いた。それを聞いて、明日菜は軽く、刹那の両肩を叩いた。
「だったら、それでいいじゃない。このかだって、きっとそう言うわよ」
「……ありがとうございます、神楽坂さん」
 力強く頷いて、自然と笑顔になる。明日菜も、刹那も。
「では、行って参ります。お嬢様は私が必ずお連れしますので、待っていて下さい」
「うん。頑張って!」
 力強く、軽やかに飛び立った刹那を、明日菜は声援と共に見送った。
 さて。こうなると益々、何もしないでいる自分が歯痒く思えてしまう。親切な大人達や年下の子供、そして友達が頑張っている状況で、自分だけが何もせずにはいられない。それが、神楽坂明日菜という少女の美点だった。
 明日菜は地面に腰を下ろして、自分に何かできることはないか、自他共に認めるバカな頭で必死に考え始めた。





 ネギと小太郎がリョウメンスクナを上下から撹乱し、無防備な側面を晒しているのを見計らって、刹那は飛び立った。その飛翔は、優雅さと美しさを兼ね備えた外観とは異なり、さながら闇を切って飛ぶ流星のように速く、力強いものだった。
 敵に気付かれるよりも早く肉薄すれば、あの巨体も活かし切れず、却って枷になる。故に、この初動で成否が決まると言っても過言ではない。だが、刹那の姿はリョウメンスクナからは死角になっていても、その肩に乗る千草からは容易に発見されてしまった。
「見え見えや。リョウメンスクナ、あの小娘もはたき落してやるんや!」
 千草からの命令を聞き、リョウメンスクナは片面の片目を動かして新たな標的を視認し、4つある内の1つの巨腕を刹那目掛けて乱雑に振り下ろした。
「くぅっ……!」
 リョウメンスクナの腕は刹那を掠めることも無く、数mずれた虚空を薙いだだけ。だが、それによって生じた気流は暴風の如し。刹那の飛翔を容易く阻み、その翼をもぎ取ろうとした。
 刹那の持つ翼――刹那に流れる烏族の血には、嵐をものともせずに羽撃くだけの力がある。だが、刹那が以前に飛んだのは総本山に身を寄せるよりも前の事であり、今日の飛翔は実に約10年振りの事であった。空を飛ぶことの素質は人間よりも桁外れに優れているものの、久々の飛翔に勘や翼の動きも鈍り、刹那は墜落しないようにするだけで精一杯だった。その瞬間を見計らって、リョウメンスクナの腕が再び振り下ろされようとした。
「魔法の射手、連弾・光の9矢!」
 開きっ放しのリョウメンスクナノ口の中に、ネギの魔法の射手が打ち込まれる。これにもリョウメンスクナはダメージを受けたそぶりも見せず平然としていたが、今まで逃げ回っていただけの獲物に攻撃されたのが余程気に障ったのか、ネギの目論見通り、刹那に振り下ろそうとしていた腕がネギへと向いた。それを確認したネギはすぐに回避行動に専念し、刹那に声を掛ける。
「刹那さん、今の内に!」
「はい! ありがとうございます、ネギ先生」
 ネギの意図を察して、刹那は無理に突貫しようとはせずに体勢を立て直し、リョウメンスクナの攻撃を確実にかわせる距離を保ちながら飛び回り、再突入の機会を覗うことにした。
 つい失念していたが、真の敵はリョウメンスクナではなく、それを操る天ヶ崎千草なのだ。木乃香を助ける為にはリョウメンスクナを突破するだけでなく、千草とその式神も倒さなければならないのだ。
「くっそ、デカイくせに反応ええな……!」
 上空の2人に対して、小太郎は湖面を蹴ってリョウメンスクナの周囲を走り回りながら、何度かその体に組みついていた。だが、その度に体を振るわれて、弾き飛ばされてしまう。普段何気なく行っている体や服にくっついた虫を払う動作が、巨体で行われるとこうも厄介なものだとは思ってもみなかった。
 それでも、多少は気を引けてはいるはずで、上空の2人の負担を減らせているはずだから、全くの無意味ではない……はずだ。
 囮役を果たせている自信が無いこと以上に、視線を向けさせることすらできないことが悔しい。まるで、山を壊してやろうと山の地面を叩いているような錯覚に陥り、無力感と虚脱感に幾度となく襲われそうになる。せめて、懲罰を受けておらず様々な術が封印されていなければ、と考えてしまうが、自業自得の因果応報を呪い、今の無力感の言い訳にしようなど無様に過ぎる。
 一旦湖の外に出て距離を置き、深呼吸して精神の平静を取り戻す。そして、次にちょっかいを出すタイミングを見計らう。
「兄貴、このままじゃ駄目だ! あの女はともかく、このリョウメンスクナってのがとんでもねぇ! 早くなんとかしねぇと、このままじゃジリ貧だ!」
 ネギの懐から、高速飛行の風圧に負けないよう精一杯声を張って、カモミールは叫んだ。
 その事実は、ネギも認識している。湖面から露出している上半身だけでゆうに30mを超える巨体に、2つの顔と4つの手、そして身の丈に似合わない敏捷さと、見た目以上の頑強さ。相手は何ら特殊な能力や術を使っていないというのに、それらリョウメンスクナの元々の力だけで圧倒されているのだ。
「そうだけど、どうすれば……」
 特に厄介なのは、自在に動き回る4つの手だ。人間の倍の数の巨腕による空間制圧力は絶大で、唯一隙を突けそうな頭上への移動もままならない。一度距離を取って大回りに移動すればそれも可能だろうが、ネギの役目はあくまで囮だ。そうすべき刹那は、木乃香を救おうという意識が先走ってしまっているようで、最短距離を突っ切ることに固執してしまっているように見える。
 ネギがこの考えを伝えられればいいのだが、近付くことすら容易ではない。大声を出して伝えてしまえば、それは千草にも聞かれてしまうということだ。
「あの鬼には殆ど自我が無いっぽいから、あの女の気を逸らせればいいンスけど……」
 カモミールの呟きに、内心で頷く。それはネギも考えたのだが、気を逸らす妙案が思い付かないのだ。魔法の射手で攻撃しても、護衛の式神に防がれてしまうだけだろう。
 状況をいかに打開すべきか、ネギは悩み続けた。
「こらー! 私の友達になんてことしてくれてんのよ、オバサン!!」
 不意に聞こえて来た大声にネギとカモミールだけでなく、小太郎や刹那もぎょっとした。
 声のした方を見れば、湖の畔に、リョウメンスクナの肩に乗る天ヶ崎千草を睨む明日菜の姿があった。突然何を言い出すのかと思っている間にも、リョウメンスクナは襲いかかって来る。明日菜の大声もこの大鬼神には虫の羽音程度でしかないのか、それとも命令を忠実に実行するだけの機械的な思考に陥っているのか。
 しかし、千草は違った。
「だ、誰がオバさんや! うちはまだ20代やって言うたやろ!」
 明日菜の暴言とも取れる言葉を聞いて、声を荒げて怒鳴り返した。それを聞いて、明日菜は不敵な笑みを浮かべて、更に、大人の女性の神経を著しく逆撫でするであろう言葉を重ねる。
「そうだとしても、見た目が30過ぎにしか見えないんだから、あんたはオバサンよ!」
 プツン、という音が聞こえたような気がした。
 千草の顔を偶然にも見てしまったネギは、声にならない声で悲鳴を上げた。それ程に、千草の表情は憤怒に歪んでいた。
「リョウメンスクナァァ! あの小娘をぶっ潰せぇ!!」
 怒声を張り上げ、千草は新たな命令をリョウメンスクナに下した。その意図に忠実に従い、リョウメンスクナは今まで狙っていたネギと刹那を無視して、明日菜へと集中した。
 明日菜の行動の意味に気付き、ネギと刹那は共にリョウメンスクナへと肉薄し、千草へと急接近した。
「あ、しまっ……!?」
 それに気付いた千草は、慌てて護衛の式神を繰り出して来た。しかし、そんなものは想定の範囲内だ。ネギは刹那の前に出て即座に呪文を紡ぐ。
「ラ・ステル マ・スキル マギステル! 風の精霊20人、縛鎖となりて敵を捕えろ。魔法の射手・戒めの風矢!!」
 攻撃ではなく、敵を拘束する魔法の射手を放ち、式神2体の動きを封じ、刹那の為の道を開く。ネギが声を掛けるよりも早く、刹那は瞬く間に宙を翔け抜け、千草に強烈な一撃を見舞った。
「お嬢様は返してもらうぞ、天ヶ崎千草」
 刹那は千草の顔面に容赦なく蹴りを叩き込み、リョウメンスクナの肩から蹴り落とした。そして奪い還した木乃香を両手に大事に抱えて、すぐにリョウメンスクナから離れた。すると、眠らされていた木乃香が目を覚ました。
「大丈夫ですか、お嬢様!」
 表情からも声からも心配と不安が伝わって来る刹那の様子を見て、それを吹き飛ばすように、木乃香は優しく、穏やかな笑みを浮かべた。
「うちがわがまま言うたのに、助けてくれたんやなぁ。おおきに、せっちゃん」
 その言葉を聞いて、刹那は内から様々なものが込み上げて来るのを感じた。必死に堪えようとしたが、喜びの涙と嬉しさの嗚咽は、自然と溢れてしまった。
「無事で良かった、このちゃん……!」
 空中に静止して、腕(かいな)に抱えた少女を、刹那は強く抱きしめた。二度と離さず、離れず、傍にいられるように。この温もりと喜びを生涯忘れぬよう、心に刻み込むように。強く、強く。
 その様子を、ネギは離れた場所からカモと共に、もらい泣きをしながら見守っていた。
「姉ちゃんも無理するなぁ。ワイがおらんかったらヤバかったで」
 一方地上では、明日菜を抱えて小太郎がリョウメンスクナから逃げ回っていた。
 明日菜は千草を挑発して注意を惹きつけて、隙を作ってやろうと先程の罵声を吐いたのだ。効果は想像以上だったが、完全に予想外というわけでもなかった。リョウメンスクナに狙われると、明日菜はすぐに逃げようとしたのだが、ネギからの魔力供給――事前に行っていた契約執行が時間切れで途切れてしまい、素の身体能力に戻ってしまったのだ。
 新聞配達で鍛えた自慢の健脚も、大鬼神の前では蟻の歩みのようなものだった。危うく潰されそうになった所を小太郎に助けられ、今もこうして逃げているのだ。大嫌いな子供に助けられて、肩に担がれながら逃げ回っているという状況は、普段ならば明日菜にとってかなり不満があるものだったが、今はそれも些細なことだった。
「あはは……うん、想像以上に怖かったわ。けど、結果オーライよね」
 空中に見える、白い翼の天使と救い出されたお姫様の姿を見て、明日菜は満足げに言った。それに、小太郎も笑みを浮かべて頷く。
 だが、これで大団円とは行かない。リョウメンスクナは千草がいなくなっても、最後に与えられた命令を忠実に実行していた。
 空気を読めない大根役者を舞台から追い出さなければ、幕を引くことは出来ない。リョウメンスクナの足元に奈落でもあればいいのだが、生憎と、ここは歌舞伎の舞台ではない。しかし、華々しい主人公たちに大根役者の始末を任せるなど、役不足も甚だしい。
「見事だ、幼き勇者達よ。後は、我らに任せろ」
 舞台に幕を下ろすのには、別に相応しい者がいる。
 小太郎と明日菜に、黒い装束を身に纏った誰かが声を掛けて、大鬼神へと向かって駆けて行った。





「さて、仕上げと行くか」
 近衛木乃香の救出の成功を見届けて、士郎は呟いた。
「頼んだよ、士郎」
「お願いします、士郎さん」
 同じく合流していたヴァッシュとリヴィオは、士郎に激励の言葉を掛ける。その近くの木陰には、目を回して気絶している月詠の姿もあった。
 フェイトと月詠の2人を相手に、士郎は十全に足止めと時間稼ぎの役目を果たした。
 士郎の予測通り外見に見合わない実力を有していたフェイトだが、手加減とは違う、なんらかの制約を自らに課していたかのように見えた。それに加えて、前衛の月詠と後衛のフェイト。神鳴流剣士と魔法使いの組み合わせは一見すると理想的なものに見えるが、実際は連携も何も無く、それぞれが勝手に動き回って、仲間に攻撃を当てないように気を付けるだけという、見事なまでに付け焼刃の即席タッグだった。
 とにかく前に出て斬り合うことしか考えない月詠と、一定の距離から広範囲に効果を及ぼす攻撃を放って来るフェイトのタッグの相性は、連携の熟練度以前に最悪だった。士郎はその欠点を突いて、上手く2人が互いの持ち味を殺すように立ち回り、最低限の消耗で足止めと時間稼ぎを行うように努めた。
 その途中で、ヴァッシュが乱入。月詠の頭上の木の枝を撃ち落として気を逸らさせて、背後から忍び寄って取り押さえようとして、足を滑らせて月詠の後頭部にヴァッシュの石頭がクリティカルヒット、そのまま昏倒させることに成功した。
 これで情勢が不利になったことを悟り、フェイトは動きを止めて様子を覗うことに徹した。暫くして千草がリョウメンスクナから落下、木乃香が奪還されたのを見ると、土の分身を作り出す術と煙幕を張る術を用いて逃走した。
 ヴァッシュを過剰とまでは言わずとも、異常なまでに警戒していた様子が士郎は気にかかったが、直後にリヴィオと合流したことでその考えはすぐに脇に退けた。あれだけの数の幻想種をこの短時間で倒したのには驚いたが、何でも心強い援軍が駆けつけてくれたらしい。その男は途中でリヴィオと別れ、今はリョウメンスクナの方へと向かっているらしい。
 リヴィオの友人でもある彼――紅い槍を携えた黒い騎士は相当の実力者で、その武装も特別な物らしく、リヴィオの見立てでは長期戦に持ち込めばリョウメンスクナを倒せるとのことだった。だが、士郎は自身の切り札の1つを使ってリョウメンスクナを倒すことを提案した。残る魔力の殆ど全てを使い切ってしまうが、あれ程の幻想種の相手を見知らぬ誰かだけに任せ、自分に出来ることをせずに傍観することが我慢できなかったのだ。2人はこれに納得し、士郎にリョウメンスクナへのトドメを任せてくれた。
 周辺の警戒はヴァッシュとリヴィオに任せ、士郎は狙撃に専念する。弓を投影し、同時に全身を強化、リョウメンスクナの様子を観察する。既に、誰かと戦っていた。戦っている男の特徴は、黒い装束と紅い槍。彼がリヴィオの言っていた黒い騎士に違いあるまい。
 視認してすぐ、士郎は驚愕に目を瞠った。黒い騎士の素性や正体は分からない。だが、それが如何なる存在であるか、一目で分かったのだ。ありえない、という言葉を吐き出す直前で呑みこむ。
 どうしてあの存在がここに、この世界にいるかは分からないし、真実を確かめたい衝動にかられる。だが、それは後回しだ。今は、為すべきことだけに専心する。
 リョウメンスクナは、黒い騎士を拳で攻撃するがその度にかわされ、腕に取りつかれて首目掛けて突進されている。腕を振り払って振り落とすが、黒い騎士は苦もなく着地して、次の攻撃の機会を覗う。時には、槍を巧みに用いて腕から別の腕に飛び移るという離れ業も見せた。黒い騎士の動きは常軌を逸したものだが、それでも本調子ではないことは分かった。彼が本調子ならば、既にあの槍がリョウメンスクナの首に幾度も突き立てられているはずだ。
 黒い騎士の不調については、今は置いておく。リョウメンスクナは黒い騎士との戦いに専念して、他の事が目に入っていない。盛んに腕を動かしてこそいるが、胴体や頭はそれ程動いていない。
 これならば、中(あ)て易い。
「I am the born of my sword――我が骨子は捻じれ狂う――」
 自らの内面を露わす呪文の一節を詠唱して矢を投影し、弓に番える。しかし、士郎が投影したそれは、矢と称するにはあまりにも奇怪な形状の物体だった。鏃が螺旋状で全体の8割近くを占め、剣の鍔や柄のような部分がある矢など、恐らく他にはあるまい。それもそのはず。これは元々さる有名な剣であり、それを士郎が独自のアレンジを加えて矢として最適化させた物なのだ。その能力と威力は、矢としては破格。士郎が有す中でも最強の矢と言えるだろう。
 螺旋の矢が投影された瞬間、リヴィオと黒い騎士の顔色が変わった。リヴィオは類稀なる闘争のセンスから、直観的にそれの普通ではない存在感と、秘められた力の片鱗を感じ取った。黒い騎士は、先程の士郎と同様に、何故この世界にこの気配が――と驚愕する。ヴァッシュは以前にもそれを見たことがあったので驚きこそしなかったが、肉体を緊張させていた。
 それらの反応に、士郎は気付かない。余計な情報は完全に遮断し、リョウメンスクナに矢を放つことだけに集中している。螺旋の矢に魔力を込めながら、タイミングを見定める。
 ――“中る”。
「偽・螺旋剣【カラドボルグⅡ】」
 必中を直観するや、士郎は思考を挟まず矢の真名を唱え、放った。
 リョウメンスクナとの直線距離は100m以上、加えて狙いは巨躯の頂点に位置する頭部。通常、そこまで矢が届くはずが無い。届かせるには今士郎が構えている物以上に大きな強弓が必要になるだろうし、仮に届いたとしても大鬼神とまで呼ばれるリョウメンスクナの皮膚に掠り傷を付けることも叶わないだろう。だが、士郎が今放った矢は、普通のものではない。
 螺旋の矢はドリルのように回転し、空気――否、空間をも捩じ切りながら一直線に飛んでいく。1秒と経たない内に、リョウメンスクナの頭部に命中し、貫通。それでも勢いは止まらず、天をも穿つばかりの勢いで闇夜へと飛んでいく。二次被害を防ぐため、すぐに偽・螺旋剣の投影を破棄し、その存在を幻想へと返す。
 矢を射た態勢のまま、士郎はリョウメンスクナの様子を観察する。頭部に穴を穿たれて尚もリョウメンスクナは暫く動いていたが、それは動物や昆虫が死に際に見せる動作と同質のもの。つまり、如何な大鬼神でも頭に穴を穿たれては、存在を保てないということだろう。やがて、リョウメンスクナは振り返り、士郎を見て小さく唸ると、動きを止めて前のめりに倒れた。直後、リョウメンスクナは光――魔力の粒子となって霧散し、現世から消滅した。
 それを最後まで見届けて、士郎は大きく息を吐き、弓の投影も破棄した。
「すっげぇ……とんでもない腕前ですね、士郎さん」
 傍で顛末を見守っていたリヴィオからの称賛の言葉に、士郎は苦笑を浮かべ、溜息混じりに応じた。
「殆ど、カラドボルグの力だよ」
「あれがカラドボルグだと……?」
 士郎が先程の矢の、正確にはその原型となった剣の名前を口にすると、聞き覚えの無い声がそれに反応を示した。そちらを見ると、そこには紅い槍を携えた黒い騎士がいた。いつの間に、とも思ったが、この程度の事では驚くには値しない。彼はそれ程の存在なのだから。
 間近で見た黒い騎士は、同性の士郎やヴァッシュでさえも思わず声を漏らしてしまいそうな、それ程の美丈夫だった。蓬髪も、寧ろ彼の美貌を引き立てるのに一役買っている。
「ディルムッド。今日は、本当、ありがとうな」
 すると、リヴィオが黒い騎士の名を呼び、礼を言った。
「礼には及ばん。だが、その代わりと言っては何だが、その男について聞かせてくれ。何故、その男は宝具を……しかもカラドボルグを有し、その真名解放まで出来たのだ?」
 ディルムッドはリヴィオの言葉に応じつつも、士郎に対して厳しい視線と声を向けて来る。
 そこで、士郎は気付いた。騎士、類稀な美貌、紅い槍、そして右目の下の泣き黒子。これらの要素を全て有するディルムッドという名の人物を、士郎は知っていた。
「ディルムッド……? まさか、あんたは」
 士郎がそこまで言うと、ディルムッドが頷いた。
「先んじて名乗ろう。我が名はディルムッド・オディナ。元々はランサーのサーヴァントだ、令呪を持つ男よ」
「なに!?」
 本人の口から告げられたディルムッドの正体よりも、士郎はその後にそっけなく付け加えられた言葉に度肝を抜かれた。
 まさかと思い、右手の甲の飾りをどけて確認する。そこには、昨日までには無かったものが刻まれていた。しかし、士郎はそれを知っていた。決して忘れられない、自らの人生の分岐となった小さな戦争。その参加者の印として刻まれた聖痕(スティグマ)。
 大きさやデザインに微妙な違いがあったが、それは紛れもなく、冬木の聖杯戦争のマスターに選ばれた者に刻まれる令呪に間違いなかった。
「バカな……。何故、令呪が……!?」
 昨年の8月、ジョー・ハーディングに連れられて日本を発つ時に調べたが、この世界に冬木市は存在しなかった。それなのに、どうして冬木の聖杯戦争のシステムが存在している? ディルムッドは『元々はランサーのサーヴァント』と言ったが、『元々』とはどういう意味だ? この世界の誰かに召喚されたわけじゃないのか?
 一体、これは、どういうことなんだ?
「士郎さーん!」
 突然の事態に混乱していた士郎の耳に、自分の名を呼ぶ声が聞こえて来た。思考の混乱から抜け出し、声がして来た方を見る。どうやらネギ達が向かって来ているようだ。
 それを確認して、数度深呼吸して心と思考を落ち着かせる。何も今、全てを同時に処理しなければならない、というわけではないのだ。これからどうするか、何をすべきか、少しだけでも順序を決め、それをディルムッドへ伝える。
「名乗って貰ったのに悪いけど、詳しい話は後にさせてくれないか? 今は、あの子達を労いたい」
 本人達からすれば、修学旅行とそのついでのちょっとしたお使いが、こんな大事件になってしまったのだ。それに巻き込まれても尚、前向きに行動出来たのみならず、誘拐された御令嬢の奪還という大役を為し遂げたのだ。そんな彼らを労い、その活躍を褒めてあげたい。それが、士郎が真っ先にやるべきこと、やりたいことだと考えた。
「いいだろう。しかし、俺が少女達と談笑するわけにもいかん。日が昇ってから沈むまでに、この場所で」
「分かった。必ず」
 ディルムッドから告げられた要望を、即座に承諾する。士郎も彼には聞きたいことが多くあるのだ、それを拒絶する理由はない。
 そこでディルムッドと別れ、士郎達はネギ達と合流した。少年少女達は皆、達成感と充実感に溢れた、いい笑顔をしていた。





















「やぁ、千草さん。大変でしたねぇ」
 夜の森の中を必死の形相で走っていた千草に、横から不意に声を掛けられた。驚き、足を止めてそちらを見ると、そこには見覚えのある白尽くめの男が立っていた。
「な、なんや、プレイヤーはんか。驚かさんといてや」
 敵の追手ではないことにひとまず安堵する。一方のプレイヤーは今までと変わらない態度で、千草に話しかける。
「鮮やかな引き際、お見事です。彼らが御令嬢の奪還とリョウメンスクナノカミとの戦いに専念していたとはいえ、誰にも気付かせずにここまで逃げ延びるとは」
 今の状況では到底褒め言葉には聞こえない文句と口調に、千草は神経を逆撫でされ、声を荒げた。
「五月蠅い! 今更何の用や!? うちを捕まえて、総本山に突き出す気ぃか?」
 言ってから、その事実に気付いた。仕事を終えたからと一足先に帰って行ったこの男が、何故、仲間も連れずに1人でこのような場所にいるだろうかと。
 その疑問を千草の表情から見て取ったのか、プレイヤーはすぐに答えた。
「いえいえ。貴女に、お見せしたいものがありましてねぇ。それで貴女を探したのですよ」
「見せたいもの……?」
 千草が怪訝に思い聞き返すと、プレイヤーは、ずい、と今までの態度からは考えられないほど粗雑に歩み寄った。
「問答無用。まぁ、黙って見たまえ」
 抗う間も無く頭を掴まれた、その瞬間。視覚と聴覚の制御を奪われ、強制的に別の映像を見せつけられた。強力な肉体操作の術に驚きながらも、千草は映し出された景色に見覚えがあることに気付いた。ここは、総本山だ。何故、プレイヤーが総本山の映像を見せているのか訝しんでいると、急に、場面が切り替わった。
 まず映し出されたのは、鋭利な刃物で首を落とされた女性の死体だった。千草がそれを理解するのも、受け容れるのも待たず、次々に、映像は切り替わっていく。
 胴を横一文字に両断された女性の死体。
 縦に真っ二つにされた男性の死体。
 煎餅のようにぺしゃんこにされた、男女どころか人間だったのかも判別できない死体。
 胴体を、下半身を、上半身を、全身を巨大なものに踏み潰された、踏み千切られた、踏み砕かれた、踏み躙られた、幾つもの死体。
 助けを求め、許しを請いながら、恐怖を叫び、絶望に呑まれ、狂乱する女性達の姿。
 人の姿をした異形に、虫の息の状態で生きたまま貪り食われる2人の男性。
 死。
 死。
 死。
 殺戮の後、凌辱の最中、捕食の瞬間。
 映し出されたのは、千草の知る総本山ではりえない光景であり、考えたことも信じたくもないものだった
「あ……ぇ、え……?」
 混乱のあまり、声が漏れる。
 これは、どういうことだ。なんで、こんなことになっている。これは悪夢か、幻影か。
「どうです? 貴女が望まれた事の結果は」
 死の映像が途切れることなく映り続ける中、プレイヤーの声が頭の中に響く。唐突に告げられたとんでもない言葉の意味を、千草は聞いてから理解するまでに10秒ほどの時間を要した。そして理解するや、すぐにそれを否定する。
「ち、違う……うちは、こんなこと……!」
 望んでなど、いなかった。
 自分はただ、西洋魔術師の戦いに巻き込まれて命を落とした両親の無念を晴らしたかっただけ。復讐とは言っても仇討ちの類ではなく、西洋魔術師たちを屈服させ、亡き父母の墓前に土下座して詫びを入れさせて、様々な償いをさせてやろうと、そう考えていただけだ。こんな、殺戮を、虐殺を、人殺しを、人の死を望んだ事など、一度もない。
 だが、声は少しも動じず、次の言葉を滑らかに紡ぎ出す。
「確かに、貴女は望んではいなかったかもしれない。しかし、貴女は許したんだよ。僕らに、こうしても良い、と。どんな手段を使ってでも御令嬢を奪って来い、という依頼によって、僕らの行動の全てを、貴女が許したんだよ」
 許した? 自分が? これを? 許可した?
 少女を一人攫う為に、自分の欲望の為に、何十人と言う無関係の人間を、同郷同門の同胞達を殺すことを、自分が許したことになっている?
 馬鹿な。そんな馬鹿なこと、あるはずがない!
「貴女がやれ、と言ったから、僕らはやった。そも、貴女が僕らに今回の仕事を依頼しなければ、貴女が今回の事を企てなければ。僕らがこういうことをするどころか、この京都に来ることすらなかった」
 千草の本心の叫びを、声は少しずつ、少しずつ、追い詰め、弱らせ、潰していく。
 ……自分が、悪かった?
 自分が、他人の手を借りてでも復讐しようなどと考えなければ。
 自分が、あの銀髪の少年の口車に乗らされていなければ。
 自分が、復讐なんて考えなければ。
 こんなことには、ならなかった? 誰も、死なず、殺されずに、済んだ?
 この惨状が、自分が望んだ復讐の結果生じたものならば、その原因は……。
「全部、君が悪いんだよ。天ヶ崎千草」
 弱り切った千草の心に、とても小さな囁き声が、トドメを刺した。
「う、うわああああああああああああああああああああああああああ!!」
 後悔、悲しみ、不安、怒り、復讐心、罪悪感、良心の呵責――その他諸々、様々な感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、混沌とした絶望へと変えられて、千草には、叫び、のた打ち回る以外に何も出来なかった。
 その姿を、プレイヤーはとても満足げな表情で、嬉しげで愉しげな笑みを浮かべて眺めていた。実際、この瞬間を、自分の趣味と娯楽の時間を、プレイヤーはこの上なく楽しみ、満喫していた。
「いい表情だ。いい有り様だ。この仕事を受けた甲斐があったよ。それじゃあ、ごきげんよう。君が今回の事を思い出さなくなった頃に、また会いに来るよ」
 それだけ告げて、プレイヤーは軽やかな足取りでその場を後にした。


 楽しいな。
 楽しいな。
 楽しいな。
 人の心を弄んで、絶望の底に叩き落とすのって、どうしてこんなにも楽しいのだろう。
 人が絶望に討ちのめされる姿を見るのって、どうしてこんなにも愉快なんだろう。
 やめられない。止められない。
 この快楽は、知れば知るほど、堪らない。


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