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No.32684の一覧
[0] 【習作】正義の味方と夢見る聖者【ネギま!×Fate×トライガン+オリジナル】[T・M](2012/08/23 20:13)
[1] 第一話[T・M](2012/04/07 23:51)
[2] 第二話[T・M](2012/04/08 00:22)
[3] 第三話[T・M](2012/04/12 23:20)
[4] 第四話[T・M](2012/04/18 23:55)
[5] 第五話[T・M](2012/04/19 00:04)
[6] 第六話[T・M](2012/04/30 22:16)
[7] 第七話[T・M](2012/04/30 22:32)
[8] 第八話[T・M](2012/05/12 00:03)
[9] 第九話[T・M](2012/05/12 00:05)
[10] 第十話[T・M](2012/05/16 22:01)
[11] 第十一話[T・M](2012/05/16 22:06)
[12] 第十二話[T・M](2012/05/22 01:08)
[13] 第十三話[T・M](2012/05/22 01:43)
[14] 第十四話[T・M](2012/05/22 01:53)
[15] 第十五話[T・M](2012/05/22 02:11)
[16] 第十六話[T・M](2012/05/29 22:28)
[17] 第十七話[T・M](2012/05/29 22:51)
[18] 第十八話[T・M](2012/08/23 20:08)
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[32684] 第十四話
Name: T・M◆4992eb20 ID:dcd07e40 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/22 01:53
 巨人の残した足跡を頼りに、ネギ達は木乃香を攫った犯人達を追走していた。
 先頭を走る士郎とヴァッシュに先導されながら、雲が流れて月明かりが差すようになった夜の森の中を駆け抜ける。他の全員が走っている中でネギだけは杖に跨って低空飛行を行っているが、ネギは運動が不得意である為だ。
 目の前には、木々の間から差す月明かりに照らされて暗闇でも目を引く紅い背中。少し視線をずらせば、鬱蒼と茂った木々が月明かりを呑みこんで、暗闇を作り出している。普段は穏やかさを感じる夜の闇も、まるで黒い巨人が作り出した暗黒のように感じられて、不安や恐怖を一層煽った。
 こんなことではいけないと、気を紛らわせるためにネギは士郎に話しかけた。
「今から追いかけて、追いつけるんでしょうか?」
「アジトを放棄していたからには、奴らの仲間が近くで待機していて、合流しているはずだ。そこで少なからず足を止めるだろうから、絶対に追いつけない、ということはない」
「なるほど……そうですね」
 速度を落とさず、視線もずらさず、士郎はネギからの問いに理路整然と答えた。それに、ネギも納得して頷く。すると、それに触発されたように、明日菜もヴァッシュに話し掛けた。
「……ねぇ、ヴァッシュって気とか魔法で速くなってるの?」
「ううん、地力だけど?」
 明日菜からの問いにヴァッシュはあっさりと返したが、それはとんでもないことだった。今、明日菜はネギとの仮契約に基づく契約執行による身体強化を行っている。それによる身体能力の飛躍は凄まじく、障害物の多い森の中でトップスピードは出せなくとも、素人の明日菜でもプロの陸上選手をも凌ぐ程の速さと持久力を得ている。それ程のレベルにまで強化された身体能力に、地力で匹敵、若しくは上回る。リヴィオという前例を間近で見たばかりとはいえ、やはりネギには驚くべきことだった。
 ちなみに、士郎はネギが知る身体強化とは全く別系統の強化の術を施しているようだった。どのような違いがあるかは見ただけでは分からないが、少なくともネギの知る強化の術よりも燃費で優れているように見えた。
「はぁー……世の中、見た目によらず凄い人っているのねぇ」
「やだなぁ、照れちゃうよ」
 明日菜が感心したように言うと、ヴァッシュは枝を避けながら、誰の目から見ても分かるほど分かり易く照れた。
「ヴァッシュ、半分くらいバカにされてたで?」
「けど、半分くらいは褒められてたでしょ?」
 小太郎からのツッコミにも、さらりと返す。そのやり取りがなんだか面白くて、ネギはつい、小さく笑ってしまった。だが、刹那にはそういう余裕が無いようで、ピリピリとした表情のまま、終始無言で前を向いている。
「全員、止まれ!」
 急に、士郎から号令が掛かり、全員が慌てて急停止する。何事かと訝しんでいると、士郎とヴァッシュは森の奥、暗闇に閉ざされたその先を見ていた。
「この先に凄い団体さんが見えるな……。しかも多分、あれって本物のヨーカイなんでしょ?」
「そうだな。鬼と天狗か。誰かが戦っているようだが……リヴィオか?」
 視線を前に向けたまま、2人が言う。しかし、ネギが幾ら目を凝らしてもそんなものは見えなかった。昼間なら見えたかもしれないが、暗幕で遮られたかのように、士郎達の言った光景が見当たらない。
「2人とも、目ぇいいんやな」
「いや、目がいいってレベルじゃないでしょ」
 小太郎が感心して言うと、今度は明日菜がツッコミを入れた。
「戦ってるのがリヴィオの旦那なら、合流した方がいいんじゃないッスか?」
 ネギの懐から顔を出して、カモミールがそのように進言する。それを聞いて、暗幕の向こうの様子を窺っていた2人も頷いた。
「よし、行ってみよう」
 ヴァッシュからの指示に従って進行を再開し、暫くすると、物音と声が聞こえて来た。物音は、何か大きなもの同士がぶつかる音と、大きなものがぶつかって木々や枝葉がざわめく音。
 声は――
「ひ、ひぃぃいぃぃ!」
「やっぱり無理やったんや! 一騎当千の鬼殺しに、ワイらが勝とうなんて無理な話やったんや!」
 ――野太い、大人の男の悲鳴と泣き言だった。
 男の悲鳴――先程の士郎の言葉通りなら鬼のものだ――を聞いて、ネギ達はぎょっとした。あまりにも似つかわしくない、奇妙なものに思えたからだ。
 やがて、暗幕に切れ目が見えた。森の中でも開けた場所に出たのだ。士郎とヴァッシュが立ち止まり、ネギはその後ろから様子を窺い、状況を視認して息を呑んだ。ネギが見たのは、森の広場を埋め尽くすほどの鬼の大群と、それら全てに畏怖の感情を懐かせている、黒い鬼神の後ろ姿だった。
「おーい、リヴィオー」
 ヴァッシュが呼びかけると、鬼神――リヴィオは振り返った。
「あ、ヴァッシュさん。すいません、奴らに追いつけたんですけど足止めを食らっちゃって」
 こんな状況とは思えない、明るく軽妙な声でリヴィオは言った。
 別段、リヴィオの声が浮かれていたり軽薄だったりするわけではない。ただ、周囲を怪物に囲まれているのに、あまりにも平然としているから、ネギにはそう聞こえてしまったのだ。
 人ではない怪物【デーモン】に包囲されて平気でいられることは、ネギには出来なかった。
「……アニキ?」
 気付かぬ内に、懐のカモミールに浴衣の上から触れていた。心配したように顔を覗き込んで来たカモミールに、ネギは精一杯の強がりで返した。
「ごめん、カモくん。大丈夫だから」
 ネギの人生を一変させた幼少期のトラウマを、今は木乃香を助けるという使命感で塗りつぶす。
 今は、足を引っ張るわけにはいかない。
「ま、まさか……これだけの鬼を召喚して使役するような術師がいたのですか!?」
 刹那が驚愕しながら問うと、リヴィオは首を横に振った。
「いや。予行練習だとか言って、あの女が御令嬢の力を使って呼び出していたよ。数だけはいるから梃子摺っててさ」
 リヴィオから返って来た答えに、刹那だけでなくネギも表情を険しくした。
 他人の魔力を自分で使うという行為は極めて危険だ。魔力を使う側が調子に乗って大量の魔力を使ってしまえば、魔力を使われる側に負担の殆どが行く。もしも、使用する魔力量が使われる側の容量を超過してしまえば、命に関わる。
 木乃香を道具のように扱う天ヶ崎千草のやり方に、強い嫌悪を覚える。なにより、日本の平和を脅かしてまで自分の欲望のままに行動しようという姿勢が、父のような『立派な魔法使い』を目指すネギには許し難いものだった。
「……ええっと、こいつら何人いるの?」
「千ぐらい呼び出したとか言ってたな。銃が通じないから面倒だけど、それ以外は問題ないよ」
 明日菜からの問いに、リヴィオは何でもないことのようにさらりと答えた。
 敵の数は千だと言った。どれも、見るからに屈強そうな者や、一筋縄ではいかない曲者ばかりだ。それを相手に、一切の強化の術を使わずに、素手で問題無いという。
「君、本当に人間か?」
 ネギが懐いた疑問を、士郎が代弁してくれた。言われたリヴィオは、困ったような表情で苦笑した。
「一応は。それよりも、ここは俺に任せて先に行って下さい」
 言って、リヴィオは鬼や天狗など、魑魅魍魎の百鬼夜行ならぬ千鬼夜行を睨みつけた。
「道を開けろ。お前達の相手は、俺1人で十分だろう?」
 鬼の群れを睨みつけながら、脅すような強く荒々しい語気でリヴィオが告げる。昨日までの穏やかで子供っぽく気さくなリヴィオの態度とは掛け離れた姿を目の当たりにして、ネギは我が目を疑った。昨日までのリヴィオよりも、今のリヴィオの方がより自然体に見えたのだ。夜闇にまだ目が馴染んでいない為に、ありえないものの見方をしてしまったと、目を瞬かせる。
 その間に、鬼達はざわめきながらも道を開けていた。よく見てみれば、リヴィオに対して怯えているのはほんのごく僅か。大半の鬼は、リヴィオとの戦いに心を躍らせているようだ。
「奴らは湖に向かって儀式を行うとも言っていました。お気を付けて」
「うん。リヴィオも気を付けて」
 畏まった挨拶でリヴィオが先を促すと、ヴァッシュがすぐに応じて先に向かって走り出し、ネギ達もそれに続く。そして、鬼の群れの真ん中を縦断してから数十秒後、また先程と同じ物音が聞こえ始めた。
「……どちらが鬼なのでしょうか」
「本人には言わないであげてね。傷ついちゃうから」
 刹那が零した言葉に、ヴァッシュは苦笑を浮かべながら返した。それを聞いた明日菜と小太郎は小さく笑っていたが、ネギはとても笑えるような心境ではなかった。





 鬼を始めとした妖怪の類に対しては、銃弾が通用しない。理不尽な話だが、歴然とした事実としてそれは存在していた。普通のガンマンや傭兵が妖怪と戦うことになれば、主力兵装が無力化されてしまい呆気なく餌食となるか、命からがら逃げ出すしかない。だが、リヴィオはあらゆる意味で普通ではなかった。
 リヴィオの身体能力は人間の身体物理限界を超えている。反射・反応速度、腕力、脚力、瞬発力、跳躍力、再生力、持久力、耐久力、全てが。故に、自らの身の丈の倍以上はある巨躯を一撃で沈め、その足を掴んで鈍器として使うことも、リヴィオにとっては何ら異常なことではなかった。
 万が一、武器を失ったら、武器が使えなくなったら。そういう状況を想定した訓練も、リヴィオは積んでいる。その最も簡単で優れた答えが肉弾戦だ。鈍器代わりに振り回していた鬼が、20ほどの鬼を潰した所で消失した。そこへ、金棒を持った鬼が4匹、前後左右から襲いかかって来る。
 左方向へと踏み込み、向かって来た鬼を文字通り蹴散らす。その先にいた鬼の頭上へと跳躍し、その頭を踏み台にして踏み砕きながら跳躍。厄介な翼を持ち飛行能力を有する者を潰すべく迫る。
 空中で無理に打撃を打ちこもうとはせず、しがみついてから首を圧し折る。天狗が消失して、そのまま地面へと自由落下する。そこには、これを好機とばかりに群がっている鬼の群れ。それに対して、リヴィオは怒りを込めて殺気をぶつけた。
 闘争を喜びとする種族というだけあり、そういった感受性に優れた鬼どもはリヴィオの殺気を敏感に感じ取り、殆どが濃密な死の予感に動きを止めた。動きを止めた群れの中、辛うじて一人分が空いている隙間に着地し、両脇の鬼を掴んで持ち上げ、頭をぶつけ合わせて木の実を割るように叩き割る。
 その光景を目の当たりにした魑魅魍魎は、恐れから身を引き、間を開けた。だが、すぐに1匹、リヴィオに正面から向かって来た。
「まったく。殺されても死なないやつは、これだから」
 表情と声、その両方に嫌悪を露わにし、それを拳に込めてぶつける。すぐに鬼の体は四散し、消滅する。だが、どれだけ殺そうとも、鬼どもは1匹も死んでいない。鬼を始めとした人間に召喚された妖怪の類は、殺されて消滅しても死なないのだ。
 矛盾しているとしか思えない話だが、呪術的にれっきとしたカラクリがあるらしい。だが、リヴィオにはさっぱり分からなかったし、牧師見習いである以前にその事実は受け容れがたかった。
 命は、誰しもに1つ。人は、殺されれば死ぬ。死んだら、ずっと死んだままだ。死人が生き返るようなことは、決してない。だからこそ、たった一度きりの人生で、誰もが死を恐れ、生を謳歌する。
 だというのに、このバケモノどもは『この世のものではない』という訳の分からない理由で、その理から逸脱する。ここで殺されても死ぬわけじゃないから、命に対して無頓着でいられる。自分の命をも玩具のように扱えるほど。
 ヴァッシュさんやあの人が、たった一つの命に全てを懸けたというのに、こいつらは……!
 今も共にいる尊敬する人と、今もその背を追っている憧れの人。彼らの生き様を根本から否定するような在り方を、リヴィオは決して許容しない。
 すると、背後から鬼が一挙に押し寄せて来た。この時、何故かリヴィオは背後への警戒を疎かに――否、解いていた。それを察知した鬼どもが、これぞ天佑とばかりに襲いかかって来たのだ。リヴィオは気付いている。だが、迎撃しようとも、防ごうとも、避けようともしない。
 先頭の鬼が金棒を振り上げた、その瞬間。闇夜を紅い一閃が貫き、リヴィオの背後に迫っていた鬼の群れを一網打尽にした。
「君らしくもない。背後が無防備だったぞ」
 いつの間にかこの場に参上した、紅い一閃を放った当人がリヴィオに親しげに声を掛けた。その男は、黒い装束に身を纏った――リヴィオがこの世界に来た時に初めて出会った人物である、黒い騎士だった。
 リヴィオに熱中していた妖怪達は、黒い騎士の登場を知るや、熱が奪われたように震撼し、身震いしていた。察知したのだ。黒い騎士が自分達にとって、遥かに格上の存在であることを。
「あんたが来るのが分かったからな。助かったよ」
 颯爽と参上した黒い騎士に、リヴィオも親しげに返事をした。リヴィオと黒い騎士は、リヴィオがこの世界に放り出された直後に出会い、後に再会し、些細なことで対決して以来、親しい付き合いをする関係だ。
 再会した当時の黒い騎士は自暴自棄に陥っており、当て所のない怒りと憎しみと哀しみに苛まれていたが、リヴィオとのケンカを経てからはスッキリとした様子で、前向きに日々を過ごすようになっていた。それ以来、時々手合わせをしたり、世間話をしたり、アウトドア料理を御馳走になったりと、そういう間柄になっていた。
 黒い騎士は周囲を見渡した。彼の眼に映るのは、リヴィオが見るのとほぼ同じ状況だ。
「しかし、今宵は随分と数が多いな」
「ちょっと厄介な問題が起こってるんだ。掻い摘んで説明すると、囚われのお姫様の力が悪用されているんだよ」
 犇めく数百の魑魅魍魎を前にしても、黒い騎士はリヴィオと同様に少しも気負った様子を見せなかった。それよりも、リヴィオの言った『囚われのお姫様』という言葉に敏感に反応していた。やはり本物の騎士だけに、そういうことには思う所があるのだろう。
「穏やかな話ではないな。早々に蹴散らすか」
 言って、掌中の紅い槍を翻し、黒い騎士は鬼どもを睨みつける。
「ああ。あんたが一緒に戦ってくれるなら、百人力だ」
 騎士と背中合わせの位置に移動して、リヴィオも戦闘態勢を取る。
 深い森の中、木々に抱かれた仮初の舞台。2人の勇者と千の鬼の舞踏/武闘の幕が開き、閉じるまでの時間は十数分。見届ける者が誰一人としていない空の劇場の演目は、千の鬼が2人の勇者によって退散される、物語とも言えない寸劇。





 リヴィオが告げた『湖での儀式』というキーワード。それに思い当ったのは刹那で、どうやら天ヶ崎千草はかなり良からぬことを企んでいたようだ。
 曰く、総本山近くのとある湖の底には、千年ほど前に封印された海千山千の妖怪とは格の違う『大鬼神』とも呼ばれる怪物が眠っているという。その封印を解き放ち、使役しようというのが千草の企みだと思われる。前者には近衛の血筋が、後者には莫大な魔力が必要となる。その両方の条件を満たしているのが、木乃香だったのだ。
 巨人の足跡が途絶えていたこともあり、小太郎の鼻とその情報を頼りに天ヶ崎一派の追跡を再開する。
 走りながら、ヴァッシュは詠春から聞いた千草の動機を思い返す。千草は20年ほど前に起こった魔法関連の大きな戦いで、西洋魔術師が原因で両親を失っている。今回の事はそれを原因とする復讐に違いあるまい。そのように、詠春はヴァッシュに語った。
 ヴァッシュは、千草の心を想った。20年経っても薄れなかった復讐心は、両親への深い愛情の裏返しだろう。ただ、彼女は両親を失った悲しみよりも、両親の命を奪った者達への怒りが勝ってしまった為に、復讐に走ってしまった。20年という、人間には決して短くない、寧ろ長過ぎる時間を経ても、立ち止まることなく。
 大切な人を奪われた、怒り、悲しみ、憎しみ。全て、ヴァッシュにも覚えがあることだ。嘗て、絶望の底に沈んだヴァッシュを救ってくれた女性――レム・セイブレムを殺した、ヴァッシュと同じ絶望の中で憤怒と憎悪に狂った双子の兄――ミリオンズ・ナイブズ。
 ナイブズへの感情は、ほんの数年前まで、怒りと憎しみに満ちていた。それこそ、ナイブズから放たれた最初の刺客――GUNG-HO-GUNSの1、モネヴ・ザ・ゲイルにナイブズへの怒りと憎しみをぶつけて、殺してしまおうとしたほどに。それでも、ヴァッシュが思い止まることができたのは、それ以外の感情が溢れて来たからだ。それは、悲しみ。レムを失った時の悲しみを思い出し、レムへの誓いを裏切ることへの悲しさが溢れて、ヴァッシュは銃爪を引かなかった。
 千草にも知って欲しい、そして思い出して欲しいのだ。悲しみと、その悲しみが生まれて来る根源を。そうすれば、きっと間に合う。きっとやり直せる。こんなにも、暖かくて穏やかな世界の住人である彼女ならば、必ず。
 ヴァッシュが決意を新たにした直後、嫌な殺気を感じた。首筋に刃物を突きつけられるような錯覚を感じる程の、研ぎ澄まされた鋭利な殺気。この先に何者かが待ち受けていることは間違いない。それはつまり、このルートが正解であるということでもある。
 暫くすると、殺気の主である魔人が現れた。
「ケン・アーサー」
 立ち止まり、士郎が忌々しげに名を口にする。ヴァッシュは初対面だが、雷泥のような如何にも『サムライ』らしい格好だと聞いていただけに、その姿にはちょっと気が抜けてしまった。
 ケンの衣服はボロボロになってしまったようで、腰にボロ布を巻いて腰に鞘を差しているだけで、他はほぼ全裸だった。辛うじて、足に履いているワラジだけはそれらしいか。恐らく、リヴィオとの交戦でああなったのだろうが、その割に、体に傷が見えないのは妙だ。
 ケンは本物の吸血鬼だと士郎は言っていた。ならば、尋常ならざる再生力を持っているということなのだろうか。
「ヴァッシュ・ザ・スタンピード以外は通れ」
 不意に、ケンはそう告げてヴァッシュの前へと移動して、他の人間には一切気を向けなくなった。代わりに、ヴァッシュへと殺気が集中する。
 殺気を向けられるこの感覚は、どうしても慣れない。不快感と恐怖で体が震えそうになる。だが、他の皆が足止めにされずに済むという点では、悪くない状況だ。
「本当かい?」
 ヴァッシュが問うと、ケンはすぐに頷いた。
「戦う前から勝ち方の見える相手との戦いに興味は無い。俺が戦いに求めるのは、極限での鍛練だ」
「鍛練……?」
 ケンが告げた言葉の中で不可解な単語を、ネギが繰り返した。
 確かに、戦いに鍛練を求めるとは奇妙な話だ。不本意ながらも数多くの戦闘狂と対決して来たヴァッシュだが、こういうことを言うタイプは初めてだった。だが、今はそれよりも大切なことがある。深く考えるのは、後にしよう。
「おおっと、お喋りは厳禁だ。Time is money,先へ行ってくれ」
 身振り手振りも加えて、士郎達に先を促す。
 大きく出遅れてしまっている以上、木乃香を助け、千草の復讐を防ぐには時間との戦いにもなっている。早く先に進むに越したことは無い。
「分かった。気を付けろよ、ヴァッシュ」
「できるだけ、すぐに追いかけるよ」
 ヴァッシュの言葉にすぐに応じて、士郎はネギ達を連れて先へと急いだ。1人1人がエールを送ってくれて、それに力強く答える。
 全員の姿が見えなくなると、ケンは刀を抜いた。
「銃を抜け」
「あ、先に聞いていいかな?」
 ケンの言葉を聞き流して、ヴァッシュは逆に聞き返した。それに苛立つこともなく、ケンは刀を抜いたまま頷いた。
「なんだ」
「君、どうやったら負けを認めてくれる?」
 真剣な表情で、ヴァッシュは問うた。それを聞いて、ケンは笑みを更に深くし、視線にさえも刃のように研ぎ澄ませて睨んで来た。
「如何なる形でも構わない。俺が負けを認める程、戦うのを諦める程の圧倒的な力の差を示せ。魔人すら震わせる超人よ」
 言って、ケンは刀を構えた。
 どういう訳かは分からないが、ケンはヴァッシュの素性を知っているらしい。そうでなければ、今の言葉が出て来るはずが無い。どこまで知っているか分からない。だが、知った上で挑んで来ていることは間違いない。
 脳裏に、かつて戦ったムラマサ使いの魔人――雷泥・ザ・ブレードの姿が過る。
「……分かった」
 頷いて、身構える。銃を手に取ろうとはせず、無手のまま。その様子を見て、ケンも訝しんでいる。だが、次第に気付く。少しずつ、少しずつ。自分の殺気が、もっと強大なものに呑まれ、圧され、萎縮していくことに。
 ケンの肌が、間合いを置いているヴァッシュの目からも分かるほどに粟立つ。それを見ても、ヴァッシュは無言のまま、無手のまま、佇む。対峙してから1分ほど、2人は動かなかった。
 戦いは、銃声と共に始まり、そして終わった。
「あ……?」
 ケンは、突然の衝撃と銃声に何が起きたのか理解できず、呆然と声を漏らして、衝撃が伝わって来た自分の刀を構えたまま検める。やがて、気付く。いつの間にか、刀の鍔が砕け散っていることに。
「まだやるかい?」
 銃口を向けて、ヴァッシュはケンに問うた。
 先程の一瞬の出来事は、単純明瞭。ヴァッシュが銃を抜いて、ケンの刀の鍔の部分を狙って撃ったというだけだ。但し、ケンの知覚が及ばないほどの速さでの抜き撃ちと、刀の鍔という小さな標的に寸分違わず命中させる精密射撃で。
 刀の鍔を見た後、ケンはヴァッシュの右手に握られている銃を見て、それらを交互に数度見ると、やがて、風船から空気が抜けるように両腕がガクリと落ちた。
「は……は、はは……」
 ケンは力が抜けた、乾いた笑いを漏らした。人間には、驚くべき事態に直面した時、感情とは関係無しに何故か笑ってしまうことがある。今のケンの心境が、正しくそれなのだろう。
 勝負は付いたと、ヴァッシュは銃を仕舞おうとして――その手を止めた。
「はっ――! はは、は――っ! ――ぁ!」
 笑い声が止まらず、その声には次第に張りと力が込められていき、やがて、昂り過ぎて呼吸しているのか発声しているのか分からないまでになった。
「え~と……大丈夫?」
 明らかに尋常ではない様子に、取り敢えず、ヴァッシュは声を掛けてみた。すると、ケンはヴァッシュに目を向けて、思いもよらない言葉を口走った。
「こわい、なぁ……。何をされたのか、理屈では理解出来た。だが……実際に、目の当たりにした瞬間には、何が起きたのかも分からなかった、なんて……! 理解しても、まるで実感が湧かない、なんて……! ――ああ! なんて、こわい……!」
 気が狂れたかのような様子で、ケンは呪詛を唱えるように同じ言葉を何度も繰り返した。こわい、こわい、と。
 ヴァッシュの先程の一撃に恐怖したと、ケンは言っている。実際、声も体も震えているのは、それらしい態度に見える。だが、その表情からは未だに笑みが消えていないし、目からは闘志が全く失せていない。そして、声色からは殺気が失せた代わりに、狂気が滲み出ていた。
 今まで出会ったどの戦闘狂とも違う姿に、ヴァッシュは困惑し、思わず身を引いた。正直、見ている側が怖くなって来る。
「俺の負けだ」
 震えたまま、小さな声で告げて、ケンはヴァッシュの前から退き、闇の中へと消えて行った。声を掛けようかとも思ったが、どう声を掛けていいのか分からず、ヴァッシュは士郎達との合流を優先し、先を急いだ。
 


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