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No.32684の一覧
[0] 【習作】正義の味方と夢見る聖者【ネギま!×Fate×トライガン+オリジナル】[T・M](2012/08/23 20:13)
[1] 第一話[T・M](2012/04/07 23:51)
[2] 第二話[T・M](2012/04/08 00:22)
[3] 第三話[T・M](2012/04/12 23:20)
[4] 第四話[T・M](2012/04/18 23:55)
[5] 第五話[T・M](2012/04/19 00:04)
[6] 第六話[T・M](2012/04/30 22:16)
[7] 第七話[T・M](2012/04/30 22:32)
[8] 第八話[T・M](2012/05/12 00:03)
[9] 第九話[T・M](2012/05/12 00:05)
[10] 第十話[T・M](2012/05/16 22:01)
[11] 第十一話[T・M](2012/05/16 22:06)
[12] 第十二話[T・M](2012/05/22 01:08)
[13] 第十三話[T・M](2012/05/22 01:43)
[14] 第十四話[T・M](2012/05/22 01:53)
[15] 第十五話[T・M](2012/05/22 02:11)
[16] 第十六話[T・M](2012/05/29 22:28)
[17] 第十七話[T・M](2012/05/29 22:51)
[18] 第十八話[T・M](2012/08/23 20:08)
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[32684] 第一話
Name: T・M◆4992eb20 ID:dcd07e40 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/07 23:51
 夢を、見ている。
 何度も、もう何度も見ている、あの時の夢だ。
 自分は子供の姿で、どこかの道を1人で歩いている。
 熱い。熱帯夜でもないのに大量の汗が噴き出て、喉が渇くぐらいに。
 当然だ。周囲は全て炎に包まれていて、自分は、その間を縫ってさまよい歩いているのだから。
 最初から一人ぼっちだった訳じゃない。火事になった家の中から、まだ寝ぼけ眼だった自分を助け出してくれた父親がいた。
 その人は、お父さんが戻って来るまでここにいろ、と言って、再び家の中に戻って行った。
 自分は言いつけどおり、そこで待っていた。だが、家を焼く火は凄く熱くて、それから免れようと、ちょっとだけ、背を向けて家から離れた。
 その間に何かが崩れる音がして、振り返ったら家がなくなっていた。
 何度も、何度も、何度も、誰かを呼び続けた。けど、誰も答えてくれなくて、きっとここには誰もいないんだと思って探しに出て、迷って、今に至っている。
 周りから、色んな音が聞こえてくる。
 火で焼かれるものの音。その中から生まれる、生きようともがきながら、逃れ得ぬ死へと至ろうとしている人々の苦悶の声、末期の断末魔、決して目を背けてはならない阿鼻叫喚。
 けど、それらを全部無視して、歩き続ける。
 ただ、ひたすら、こわくて、こわくて、逃げ延びて、生き延びる為に、歩き続ける。
 家族のことは、歩いている内に察していた。
 自分が父の言いつけを守らない悪い子だから、罰が当たったんだと泣きじゃくっていたが、気が付いたら喉声も涙も枯れていた。
 熱い、熱い、熱い。
 燃え盛る炎が辺りを照らして、真夜中だというのにまるで昼間のように明るい。
 辺り一帯に響く人々の嘆きは真夏に啼く蝉のように大気を震わせ、周囲を覆い尽くす死と絶望は真冬に吹く風のように体を芯まで凍えさせる。
 こんな状況だからだろうか。
 あんな、ありもしない、黒い太陽が――

 ――……太陽が、2つ?
 気が付いたら、見覚えの無い場所にいた。
 身体も子供の頃のものから、今の体格に戻っている。
 幾ら夢とはいえ、こんなにも唐突に世界が変わってしまうことがあるのだろうかと思いつつ、辺りを見回す。
 どうやら此処は、酷い災害の跡地らしい。
 ここが本来見晴らしの悪い都市であったことは、この見晴らしの良い廃墟の足元にある真新しい瓦礫の山が物語っていた。
 これと似た景色を見た覚えは、ある。だが、あそこは小さな集落で、こんな大都市と呼べるものではなかった。周囲は砂漠や荒野でもなかったし、太陽が2つ、などということもなかった。
 錯覚か幻覚としか思えない、しかし現実のものとしての存在感を持つ景色を見続けている内に、廃墟の中に目立つ赤色を見つけた。
 真っ赤なコートを身に纏った、金髪の男だ。男は一際高い瓦礫の山の上で身動き一つせず、目を伏せるように顔を俯けている。
 この状況で唯一無事な存在に興味を持ち、その男へと近付く。
 瓦礫に足を取られ、大きな音を立てながら移動するが、その間も男は終始無言だ。
 すぐ傍に来ても、男は無反応。気絶しているのかと思い、確認する為に下から顔を覗き込んだ。

 ありとあらゆる感情が削げ落ちてしまったかのような無表情。
 空色の瞳の奥に潜む、あまりも深く、暗い、底の見えない絶望。
 “自分”として生きるために必要な、何もかもを取り零してしまった存在。

 男から見て取れたのは、たったそれだけ。だが、それら全てに覚えがあった。
 余りにも覚えがあって、一致していて、不気味でさえある。
 驚愕のあまり身体が動かず、声も出ない。呼吸や鼓動さえも忘れてしまいそうな錯覚に陥る。
 不意に、赤い外套の男が動き出した。このままではぶつかってしまうが、指一つ動かせない。
 だが、ぶつかることなく赤い外套の男の身体は自分をすり抜けた。それで漸く、これが夢だったと思い出した。
 振り返り、通り抜けた男の姿を見つけ、それを追う。
「誰か……誰か、いないのか……。誰か……誰かぁ…………」
 壊れたラジオのように同じ言葉を、弱々しく泣きじゃくるような声で繰り返し呟きながら、男は歩き続ける。やがて、人々の名が呪詛を唱えるように紡がれるようにもなった。
 どれ程歩き続けただろうか。ふと、男の足が止まった。
 小休止というわけではなく、何かを見つけて立ち止まったようだ。
 男の目の前にあるのは、看板らしきものの一部だった。
 それが何で、男にとって何を意味するのかは分からない。
ただ、男への最後のトドメとなったことは分かった。


 声すら出ないほどの、恐怖。
 涙すら流れないほどの、悲哀。
 忘れてしまいたいほどの、絶望。












「君達、悪いことは好きかい?」












 俺の名は衛宮士郎。正義の味方を目指して世界中を旅している魔術使いだ。
 いい歳した大人が、正義の味方に憧れるなんて馬鹿げている? 悪いが俺は本気なんだ、そこに後悔や羞恥は一切ない。
 魔術使いとは何かと言えば、文字通り『魔術を使う者』だ。ああ、いや、ここだと俺も『魔法使い』になるのか?
 それはそれとして、実は、俺は今大変な場所にいる。普通に旅していたら絶対に迷い込むような場所ではない。
 そこは所謂『並行世界』というものだ。最近では科学方面でも理論上の研究が進んでいるものの1つだ。
 実際にどんな世界かと言うと、ファンタジー小説などに出てくる『異世界』とは違う。
 基本的には自分達の世界と同じで、何時かの時代の何処かの場所で異なる可能性による分岐が発生して生まれた、極めて似ているが限りなく違う世界、と言えば分かり易いだろうか。
 どうやら俺はそこに迷い込んでしまったらしい。神よ、俺が何をした。
 この星は間違いなく地球で、国や地域の名前、使われている言語や通貨も同じだ。違うのは、歴史や俺にとっての常識の部分だ。
 まず歴史を調べてみると、いくつかの歴史的な事件や惨事が発生していない。近年では2001年の9・11テロが起きていないことが最たる差異だろう。
 他にも、魔術的な分野での常識や歴史にかなり食い違いがある。この辺りは話すと長くなるので割愛する。
 それらのことから、ここが俺にとって並行世界であると判断した。
 これだけのことでそう考えたなら、普通は俺が精神病院に送られることになるだろう。
 だが、このことを人に話して、相談してもそうならなかったのには、理由がある。
 それは、俺よりも遥かに壮大なスケールで“この地球”にやって来た、もう1人の異邦人――ヴァッシュ・ザ・スタンピードのお陰だ。







「悪いことは嫌いか、それは残念。なら、選択の3は論外で、選択の4も乗り気じゃないみたいだから、選択の1だね。2人とも、暫くドクターと一緒に世界を回るといいよ」







 僕はヴァッシュ・ザ・スタンピード。座右の銘は『愛と平和』のガンマンさ。
 今は色々あって、並行世界の過去の地球で、似た境遇の衛宮士郎と一緒に旅をしている。ちなみに、似ているのは境遇だけじゃないんだよねぇ、これがさ。
 ……我が事ながら、過去で、並行世界で、別の惑星なんて、ぶっ飛んでるよなぁ。ああ、レム。あの騒がしくて物騒な、タフで優しい日々が懐かしいぐらいに遠いよ。
 最初は、僕らの他にもう1人、世界中を旅して回っている医者のジョー・ハーディングがいたんだけど、彼とは数ヶ月前に別れている。
 その後は、南米でジョーの旧友である2組の夫婦と出会い、その1人からイギリスのある所への紹介状を貰って、夫2人の友人の運び屋さんにイギリスまで非合法な方法で運んでもらった。
 イギリスに着いてからは現地の人に道を尋ねながら歩き続けて、漸く辿り着いた、帰還の方法とリヴィオの行方の手掛かりが掴めそうな場所の最有力候補の一つ――ウェールズのメルディアナ魔法学校。
 そこに行く途中の村で騒ぎが起こっているようだったから様子を見に行って、割とあっさりと事件を解決した、はずだった……のに……――
「待てぇぇー!!」
「いてこまこかしてやるわよぉ、ゴルァァァァァァァァ!!!」
 ――僕らは今、鬼気迫る形相の女性達に追われています。
「どうしてこうなったんだっけ……?」
「お前が原因だろうが! お前が!」
 現実逃避をしようとしたヴァッシュを、即座に士郎が怒鳴りつける。彼も必死の体で、ヴァッシュと肩を並べて逃走している。
 そう。ヴァッシュと士郎の2人は今、イギリスのウェールズで女性の集団に追われている。
 勿論、彼女達は懸賞金目当ての賞金稼ぎの御一行様ではない。この世界ではヴァッシュも士郎も賞金首にはなっていないのだ。
 では、何故追われているか。
 それは、下着だ。
 彼らが偶然立ち寄った村で、女性の下着が大量に盗まれるという事件が発生していたのだ。
 この奇天烈な事態に、最初、ヴァッシュは首を捻った。
 なんだって下着なんか盗むんだろう?
 ノーマンズランドで盗むものと言えば、水、食料、金銭や貴重品、銃火器、稀にプラントを盗もうとした猛者もいたが、共通点は同じ。生きる為に必要な物しか盗まれることはなかった。
 そのことを士郎に訊くと、曰く、平和で暇になると人間は様々な欲を持て余すようになる。中でも好奇心と性欲を持て余したこの手の犯罪はよくあること、ということらしい。
 つまり、下着が大量に必要だから盗むのではなく、女性の使用済み下着を大量に集めることによって性欲を満たそうとしての犯行ということだ。
 それを聞いて、ヴァッシュは素直に驚いた。ノーマンズランドでは、そんな馬鹿げたことで盗みをする者は滅多にいなかったからだ。しかし、人身売買や人攫いがほぼ日常的だったことを思えば、どちらが良いかは言うまでもあるまい。
 そんな事を話しつつ、2人はメルディアナ魔法学校へと向かう前にこの騒動の解決に協力することにした。困っている人が目の前にいるのなら助ける。それが、彼らの生き方の共通項だからだ。
 そして、犯人は思いの外あっさりと捕まった。士郎の魔術はこういう時に本当に心強いと、ヴァッシュも感心していた。しかし、捕まえた犯人が問題だった。
 なんと、オコジョ妖精という、ヴァッシュからすればファンタジーの世界にしかいないような生物だったのだ。
 士郎やジョーから話には聞いていたが、人語を介する動物を目の当たりにするのはとても不思議な光景だった。ザジ・ザ・ビースト――ノーマンズランドの先住生物である『砂蟲』の長でさえも、人間との会話には人間の体を必要としていたというのに。
 オコジョへの折檻と締め上げを士郎に任せて約10分後。オコジョがぐったりと大人しくなったところで、2人はそれぞれオコジョと下着が入った箱を持って、下着泥棒対策本部という詰所のような場所へ向かった。これで事件は早々に解決だと、2人は意気揚々と歩いていた。
 その途中で、ヴァッシュは転びそうになった女の子を助けようとして、下着が満載されていた箱を放り投げてしまった。
 幸い、女の子は無傷で助けられたのだが、辺り一面には女性物の下着がばら撒かれる結果になった。
 ヴァッシュは頭の上に落ちてきたショーツを手に取って、「あ、どうも。下着、お届けに参りました」と本当のことを言ったのだが、周囲の女性達は既に鬼の形相。
 犯人だと誤解されていることにすぐに気付いてヴァッシュも弁解しようとしたのだが、気が立っている女性達は聞く耳持たず、遂には気の短い誰かが放った魔法を口火に、一気に制裁という名を借りた暴力の行使が始まろうとして、これには堪らず2人は一目散に逃げ出した。
 一時的に追手を撒いた所で、先程ヴァッシュが助けた少女と鉢合わせになり、彼女がヴァッシュを信じてくれたことから2人は簡単に事情を説明し、真犯人とアジトの場所を記したメモを渡した。
 完全に手ぶらになったところに再び追手が現れると、2人は少女への挨拶も儘ならないまま全力での逃走に移行し、現在に至るというわけだ。
 こうして思い返してみれば、確かに、この状況の原因は下着をばら撒いたヴァッシュに半分くらいある。
 それは認める。だけど、納得できない。
「僕も悪いんだろうけどさー! みんなたかが下着のことぐらいで頭に血が上り過ぎだよぉー!」
「ノーマンズランドではどうだったか知らないが、地球の先進国では女性の羞恥心は男の何倍も強いんだよ!……っと!?」
 ヴァッシュの不満に士郎が怒鳴り返すと、横合いから魔法が飛んできた。確か、『魔法の射手』という比較的ポピュラーな魔法だ。
 ……ポピュラーな魔法って、とんでもなく変な言葉だよな、本当。
「見つけた! みんな、赤い変態2人とも発見!」
 駆け抜けた後ろから、涙せずにはいられない呼び名が聞こえてくる。
「泣くな! 大丈夫だ、あの子は歳の割に利発な子だったじゃないか。上手くいけば今日の内にも誤解を解いてくれるはずだ」
「それまでは?」
「……逃げの一手、だな」
「だぁーっ、もう! 追われて逃げ隠れするのはもう慣れっこだけどさ、その原因が下着だってのがどーしても納得いかない!!」
「俺も同じだよ……。何が悲しくて、下着ドロの濡れ衣で逃げ回らなければならないんだ……!」
 走りながら、ヴァッシュは士郎と共に無情な現実を嘆き、憤る。
 そこで、漸く目的地が見えてきた。
 突入直前のタイミングで、改めて確認する。
「本当にこのまま魔法学校に行っちゃっていいのか!? 確実に僕らの追手とか罪状とか増えると思うんだけど!」
「ここの敷地は広いし建物も大きい、逃げ隠れするには十分なスペースがある。それに、捕まったとしてもあの血気に逸った女性達よりはマシな待遇だろうさ」
「本当だな?」
「本当だ。……さぁ、行くぞ!」
 古めかしい作りの扉によって閉じられている正門を開けて潜り抜ける、などという礼儀正しいことは無視して、2人は跳躍して正門を飛び越えた。
 この非常識極まりない行動に、2人を追い掛けていた女性達は唖然となり、足を止めてしまった。
「へ?」
「あ」
 一方、正門を飛び越えた先では、間の悪いことに、着地と同時に門衛らしき男性と鉢合わせてしまった。
 しかし士郎はうろたえることなく、冷静に対処した。
「こんにちは」
「え……あ、ああ。こんにちは」
「では、失礼」
 門衛らしき男性はごく普通の礼儀正しい挨拶をされて、却って気が動転してしまったのか、あり得ない手段で入って来た不法侵入者を見逃してくれた。
 相変わらず見事な手際だと感心すると同時に、正義の味方がこういうことに手慣れていていいのだろうかと、心の内でひっそりと思う。



 常日頃から善行を積み、世の為人の為となることを旨としている魔法使いの養成学校であり、欧州の魔法使いの総本山ともいえる場所なのだから、捕まるとしても乱暴をされることはまずない。
 そういう考えもあって士郎はメルディアナ魔法学校を逃走先に選んだのだが、少々目論見が外れたようだ。
 侵入してから10分ほどで魔法学校の関係者と思しき女性と遭遇したのだが、即座に敵意と共に杖を向けられ、慌てて逃げ出すことになった。
 進入方法の時点で常人離れしていたとはいえ、一般人かもしれない相手にバカスカと魔法を撃って来るとは想定外だった。しかも武装解除まで撃たれるようになってしまっては気が抜けない。
 士郎の外套――赤原礼装は優秀な魔術防御能力を備えており、武装解除の直撃にも耐えられることは実証済みだ。だが、対魔法処理が一切無いヴァッシュの外套に直撃したらまずい。あれほど多機能な防御装備を失ってしまったら、ヴァッシュの負傷率が格段に上がってしまう。
 なにより、こんな所で裸に剥かれるというのは精神的にきつい。
「……仕方ないか。ヴァッシュ、ちょっといいか」
「あいよ」
 周囲に追手の姿が無いことを確認し、ヴァッシュに声を掛けて立ち止まる。
 言葉を交わすまでも無くアイ・コンタクトで暫くの間の警戒を頼み、壁に手を当て、そこから魔力を流し込み解析を行う。
 走り回っている間に頭の中でシミュレートして作っていたこの建物の概略図を基に、解析の結果から骨格を組み上げ明確な設計図を作り上げる。
「構造把握、完了」
 1分とかからずにこの建物の構造の把握を完了させる。流石に細部を調べる余裕はなく、一部は魔法によって守られていた為解析できなかったが、8割以上の構造を把握することに成功した。
 これで、逃走の効率は飛躍的に向上するはずだ。
「いやぁ、本当に便利だよね、魔術って」
 解析が終わったのを見て、ヴァッシュが感心したように声を掛けてきた。それに対して、士郎は肩をすくめつつ答える。
「よく無駄な才能だって言われたけど、意外と役に立つもんさ」
「そうだったのか。で、どうだった?」
「隠し通路と、その先に地下室を見つけた」
「おお、そりゃいいや。じゃ、そこに行こうぜ」
 ヴァッシュの言葉に頷き、再び走り出そうとしたところで、突如、正面の曲がり角から2人の、この学校の生徒と思しき男女が現れた。
「いたぞ、例の侵入者だ!!」
「女の敵めぇ!!」
 男子生徒は後方の仲間に情報を伝達し、女子生徒は殺気立った魔法を放ってきた。
「うわっはぁい!?」
「うおっ」
 今までとは威力も数も段違いの『魔法の射手』に驚きながらも、何とか直撃は防いで後退する。
 彼女が発した「女の敵」という言葉。十中八九、そういうことだろう。
 そんなことを思案している内に、別方向からも追手の増援がやって来た。
 2人は気付かない内に、まんまと包囲網の中へと追い込まれていたのだ。
「囲まれていたか……地の利がこれほど彼らにあったか」
「正直、舐めてたよね」
 ヴァッシュの言葉に素直に頷く。
 もっと過酷な状況下からも逃げ遂せた経験が幾度かあった為に、警戒が疎かになっていたようだ。
 とにかく、冤罪を証明できないまま捕まるわけにはいくまいと、追手の気配が無い唯一の通路を退路として逃走を再開した。
 この先は行き止まりだが、外に面していることに加えて大きな窓があるはず。ならば、そこからこの包囲から抜けることは不可能ではない。
 やがて、すぐに想定通りの場所に追い詰められた。
「さぁ、大人しくしろ。そうすれば、乱暴な真似はしないしさせない」
「ちょっと、何言ってるのよ? こんなやつら、それなり以上に痛い目に遭わせなきゃ駄目よ」
 男子生徒からの警告を、すぐに隣の女子生徒が遮る。
 やはり、間違いない。自分達が下泥棒だという誤報が、既に此処にまで届いていたのだ。
 女子生徒からの、怒りと軽い殺意が込められた冷たい視線に冷や汗を流す。
 まったく、どうして俺は昔から女性に乱暴される縁があるのだろうか。
 そんなことを考えながら、ヴァッシュと視線を交わし、頷き合う。
「……悪いけど、まだまだ捕まりたくないトコなんだよね!」
「そういうわけだ」
 言うと同時に踵を返し、窓から飛び降りる。
 無論、強化の魔術で着地に備えることは怠らない。ヴァッシュは、頑丈だし素のままで大丈夫だろう。





「んな!? ここ4階だぞ!?」
「信じられない……何の強化の術も使わないでこの高さから落ちて無事なんて」
「無事どころか平然と走ってるぞ、おい」
 村から報せのあった下着泥棒を追い詰めた生徒の一団は、赤い2人組みの行動力と身体能力に舌を巻いた。
 侵入者とは言ってもたかが下着泥棒とタカを括っていたが、その見方は間違っていたようだ。正門を飛び越えて侵入してきたという話も、尾鰭背鰭が付いたものではなく本当の話なのかもしれない。
 『立派な魔法使い』を志す者として、下賤な犯罪者が神聖な学び舎を好き勝手に逃げ回っているのは許せないと、先生方に任せてくれと啖呵を切ったのだが、今の状況で取り逃がしたとあっては、どうにも自分達の手に余る輩のようだ。
「こりゃ、想像以上の曲者だ。素直に先生方にも協力を仰ごうや」
 1人の男子生徒の言葉に、全員が頷く。
「そうね。あいつらは確実に捕まえないと」
「それで、死んで生まれ変わっても悔いるぐらいの目に合わせないとね」
 一方で、女子生徒達はそんなことを言いながら、不気味で恐ろしい表情になっていた。
 正直、怖い。
「……あの2人さ、女抜きで捕まえた方がいいんじゃないか?」
「俺もそんな気がしてきた」
 女子生徒達の様子を見て、何人かの男子生徒は既に赤い2人に同情していた。





 校舎の外を逃げ回った後、隙を見て再び校内に突入。複雑な内部構造を逆手にとって追手を撒いた後、地下室へと続く隠し通路に駆け込んだ。
 追手からしたら、2人が急に闇雲に走り回らずに撹乱までし始めたものだから、面喰っていることだろう。それも全ては士郎の『解析の魔術』のお陰だ。
 小休止を挟んで、地下へと続く階段をゆっくりと降りて行く。
 この隠し階段は知っている人間でなければ気付けないような場所にあった。追手の方もまさかヴァッシュ達が此処に逃げ込んだとは思わないだろう。
 だから、もうそんなに急ぐ必要はないともいえる。だが、念には念を入れて地下室に入ってやり過ごそう、という士郎の提案に従い、ヴァッシュも階段を下りて行く。やがて、階段の先に古めかしい作りの扉が見えてきた。
「ここが例の地下室か。早く入ろう」
 錠前も無く鍵穴も無いということは、鍵が掛かっていないということだ。
 早速扉を開けようとドアノブに手を掛けたが、開かない。錆びついて開かないとかではなく、まるで見えない鍵が掛けられているようだ。
「どうやら、魔法で鍵が掛けられているみたいだな」
「魔法で鍵かよ。便利だなぁ、おい」
 本当に見えない鍵があったのか、とヴァッシュは半ば呆れながら驚く。
 この半年ほどで魔法に纏わる不思議現象には慣れて来たつもりだったが、どうやらこの世界はまだまだヴァッシュの知らない不思議で溢れているようだ。
「科学技術で置換可能な程度のものだけどな。……中には何か、大事なものがあるのか?」
「金庫とかじゃないか?」
「ここに来るまでの道に埃が目立ったし、なによりそんな物をこんな遠い場所に造るか?」
「確かに、言われてみれば不便だよな」
 秘密の地下室の中身について議論するが、答えは出そうにない。なら、実際に開けてみるしかない。
「中には何かがある。中に何があるかは分からない。けど、背に腹は代えられないだろ?」
 そう言って、士郎を促す。普段ならば彼が首を縦に振るような場面ではないが、今回は渋々ながらも頷いた。
「そうだな。俺だって、下着ドロの容疑者として捕まりたくはない。……さて、と」
 半ば強引に自分を納得させるように呟いてから、士郎は扉の前に立った。
「投影、開始――トレース・オン――」
 呪文を唱えた次の瞬間、つい一瞬前まで何もなかった士郎の右手に、歪な形状をした不気味な色の刀身のナイフが握られていた。
 魔力によって自分のイメージした物体を形にする、士郎の切り札であり最大の武器でもある『投影魔術』。
 相変わらず、プラントの“力”に見紛うばかりの能力だと、ヴァッシュは嘆息する。これが特例中の特例とはいえ、一種の技術に区分されるのだから驚くべきものだ。
 けど、プラントも人間の科学技術によって作られたのだから、そう考えれば何もおかしなところは無い……のかな?
 そんなことを考えている内に、士郎は短剣を扉に突き刺した。そして、士郎がドアノブを握ると、扉は当然のように開いた。
「便利だよね、その万能鍵」
 しみじみと、ヴァッシュも何度も世話になっている短剣のことを指して、称賛の気持をこめてそう言った。
「世の魔術師や元の持ち主に知られたら、気安く使うなと怒られそうだけどな」
 苦笑しながらそう言うと、士郎は万能鍵の短剣を消した。厳密には、魔力に分解して幻想に還しているらしいのだが、ヴァッシュにはさっぱり意味が分からない。
 それはそれとして、開いたからには中に入ろうと、地下室の中を見て、思わず足を止める。
 そこには、見渡す限り、広大な部屋いっぱいに、ある物が大量に置かれていた。
「これは……石像?」
「10や20じゃない……この地下室は、石像を収容するためだけのスペースなのか」
 地下室の中にあったのは、大量の石像。しかも、全てが人の形をしたものだ。
 照明も何もない部屋に石像が大量に置かれている光景は、異様で不気味だ。
 しかし、この程度の異様さや不気味さならば、2人はとっくに慣れっこだ。
「入ってみよう。罠は無いようだしな。懐中電灯の準備も忘れるなよ」
「アイサー」
 士郎の号令に従って、懐から懐中電灯を取り出してから地下室に入る。
 扉は開けておくか閉めておくか迷ったが、追手から隠れる為にここまで来たのだから閉めておくことにした
「電灯も無いのか。まるっきり物置だな、こりゃ」
 普通なら出入り口の近くの壁にある電灯のスイッチが無く、天井にも照明らしき物は無い。
 どうやら、普段から人が立ち入ることの無い、本当に石像が置かれているだけの場所のようだ。
「だが、中の物を風化や劣化させないように工夫されている。只の物置じゃないし、只の石像でもなさそうだな」
 そう言われてみれば、息苦しくも無いし埃っぽくも無い。常に空調設備を稼働させているのか、それともこれも魔法の御加護なのか、ちょっと気になってしまう。
 しかし、今それ以上に気になるのは、この石像だ。
「それにしても、リアルで生々しい石像だな。まるで生きてるみたいだ」
 言いながら、先頭に置かれている杖を構え尖がり帽子を被った、いかにも魔法使いらしい出で立ちの老人の石像を、ぺちぺち、と叩く。
 すると、石像を正面から凝視していた士郎が、険しい表情で口を開いた。
「……いや。まるでじゃなくて生きているぞ、この石像は」
「え?」
 あまりにも予想外の言葉に、咄嗟に石像から手を離して動きを止める。
「これは、石化の呪いを掛けられた人間だ」
 先程の言葉が聞き間違いではないかと疑うよりも先に、士郎ははっきりと核心を口にした。
「マジで!? 何でもありっていうか、御伽噺そのままだなぁ」
 人間がコンクリ詰めにされて即興の石像になるならともかく、呪いでそのまま石になるというのは俄かには信じられない。しかし、士郎が言うからには、本当なのだろう。
「何十人もの人間が、石化して安置されているなんて……何があったんだ?」
「地元か、この学校の人なら知っているんだろうけどね。……ここの人達が犯罪者をこうやって懲らしめている、っていうのはどうかな?」
「どう考えてもやり過ぎだし、仮にも学校でそんなことをするはずがないだろう。ここが監獄なら分からないでもないが」
 石にされてしまったからには、それ相応の理由があるはずだ。だが、赤の他人の2人がそんなことをいくら考えても、真実は分からない。
 ならば、どうすべきか。答えは単純明快だ。
「そうだよね……。それじゃあ、本人に聞いてみないか?」
「なにぃ?」
「ほら、さっきみたいに万能鍵で」
 突然の提案に驚いて素っ頓狂な声を出した士郎に、ヴァッシュは明確に答える。
 すると、士郎は納得してか落ち着いて、しかし戸惑いの表情を浮かべる。
「いや、確かに可能だろうが……勝手に解いたらどうなるか分からないだろう」
「でもさ、気になるじゃないか。それに……どんな事情があるかは知らないけど、石にされている人がこんなにいるなんて、放って置けないんだ」
 ヴァッシュは率直に、石化を解こうと言い出した本音を伝える。
 こんな、身動き一つできない石にされてしまうなんて、いったいどんな気持ちだろうか。それに、もし、石になっている間もずっと意識があったらと思うと、胸が締め付けられる。
 彼らには、健全な身体がある。自由に動き回れる手足がある。そんな人達が生かさず殺さず、身動きどころか息すらできない石にされている。
 それを見たまま放って置くなんて、耐えられない。
 ヴァッシュの偽らざる本心。それを容易に察することのできる士郎は呆れることも無く、溜息を一つ吐いてから頷いた。
「正直に言おう。俺も同じだ」
 お互いに笑みを浮かべる。
 本当に、こういう時の僕らは気持ちいいぐらいに気が合う。
「頼むよ、士郎。何かあったら僕も手助けするからさ」
「いざという時は頼むぞ、ヴァッシュ」
 拳をぶつけ合わせて、ヴァッシュは石像の老人から離れ、士郎は石像の老人の前に立つ。
 士郎は先程と同じく呪文を唱えると、万能鍵の短剣を投影し、暫しの間を置いてからそれを石像に突き立てた。
 すると、何かが破れるような音と共に、石像が光って人間の姿に戻った。
「――雷の暴風!!」
「へ?」
「な!?」
 強力な攻撃として覚えのある魔法の名前を聞いた直後、士郎が咄嗟にヴァッシュを蹴飛ばした。
 それとほぼ同時に、『雷の暴風』が老人から放たれた。
 思えば、老人は杖を構えた状態で石になっていたのだから、こういう事態も想像できなくもなかった。だが、石化直前まで唱えていて中断された魔法は石化を解かれた瞬間に最後の一節を唱えると発動する、などという稀有な知識を持っている人間など、恐らくいなかっただろう。
 しかし、直前まで老人が石化していたからか、幸いにも『雷の暴風』にしては低めの威力だったようだ。
「……な、なんじゃ?」
 魔法を放った老人は、自分の今の状況に気が付いたのか、目を点にしている。
どうやら、本来は問答無用で攻撃してくるような人ではないようだ。
「痛てて……士郎、大丈夫か?」
 思い切り蹴られた脇腹を擦りながら、扉を突き破って階段付近まで吹き飛ばされた士郎に声を掛ける。
「ああ、何とかな。赤原礼装が無ければ危ういところだった」
 言いながら、ヴァッシュからの呼び掛けに応えて士郎は何事も無かったように立ち上がる。
 実際は結構なダメージだろうに、やせ我慢が上手な男だ。
「お前さん、大丈夫か!?」
 状況がある程度は把握できたのか、石像から元に戻った老人は慌てて士郎に駆け寄った。それに続くように、ヴァッシュも士郎の下へと向かう。
「ええ、俺の事は御心配なく。そちらも、無事に石化が解けたようでなによりです」
「石化……そうじゃ。村は、皆はどうなったんじゃ!?」
 士郎の言葉を聞いて、老人は一瞬だけ安堵したような顔をして、すぐに切羽詰まった調子で問い質して来た。
「村のことは分かりませんけど……あなたの言っている『みんな』は、多分、後ろに」
 そう言って、ヴァッシュは老人の背後を指す。
老人はすぐに振り返り、石像の群れを見ると、崩れるように膝を着いた。
「な、なんということじゃ……」
 老人は、目の前の現実に愕然としている。
 親しい人達が皆、石になっているのを見れば、無理からぬことだろう。
 老人の痛ましい姿にどう声を掛けたらいいのか迷っていると、すぐに士郎が動いた。
「何があったのか、詳しく聞かせて貰えませんか? 私は衛宮士郎と申します」
 老人に歩み寄り、自らも腰を落として、士郎は老人に手を差し伸べた。老人は数秒の間を置いてから、士郎の手を取って立ち上がった。
「僕はヴァッシュ・ザ・スタンピード、よろしく」
 老人が立ち上がったところへ、ヴァッシュも手を差し出す。その意図をすぐに汲み取って、老人は握手してくれた。
「エミヤさんにヴァッシュさん、ワシを助けてくれたこと、礼を言わせてくれ。それから、さっきは本当にすまなかった」
 老人は手を放して、深々と頭を下げた。
 ヴァッシュと士郎は揃って何の問題も無いから気にしないで欲しいと伝えて、石化が解けたばかりのところを悪いが、老人から詳しい経緯を聞かせてもらうことにした。


「なるほど、数年前にそんなことが」
 老人からの説明を士郎は比較的あっさりと受け入れていた。だが、ヴァッシュはそうはいかず、混乱一歩手前の状態だった。
「レム……悪魔の大群とか、僕、もうどうリアクションしたらいいか分からないよ……」
 老人の話によれば、彼の村は悪魔の大群に襲われて全ての村人に石化の呪いを掛けられてしまったらしい。この世界では自分にとってのファンタジーが現実でもあるということにヴァッシュもある程度馴れて来ていたが、今回ばかりは許容量オーバーとなった。
 悪魔が実在して、村を襲って人々を石に変えた。ノーマンズランドでこんなことを話したら間違いなく笑いものだ。悪魔のような出で立ちに肉体改造したサイボーグの一団が「ヒャッハー!」とやって来て村の住人全員をコンクリ漬けにした、という方がまだ信じられる。
「しっかりしろ。俺だって戸惑ってるさ」
 あまりにも現実離れした現実を嘆いていると、士郎がそう言ってヴァッシュの方を叩いた。
 そうだ、現実は現実として受け入れるしかない。そうじゃないと話が先に進まない。
 とにかく、石にされてしまった村人は、発見されて全員がそのままメルディアナ魔法学校に運ばれ、そのまま保護されていたということだろう。
「エミヤさん、お前さんがワシの石化を解いてくれたんじゃろう? 村の皆も助けてやってはくれんか」
 石化を解いたのは士郎だと教えると、老人は士郎に他の村人たちの解呪を頼んだ。それには無論、士郎も快く頷いた。
「勿論そのつもりです。ですが、これ以上、メルディアナ魔法学校に無断で行うわけにもいきません。先にここの責任者に話を通しておくべきでしょう」
「なんと、ここは魔法学校じゃったのか。あい分かった、ならば校長とワシは旧知の間柄じゃ、すぐにでも話は通るじゃろう」
「本当ですか。それは良かった」
 そう時間を掛けずにこの人達を助けられると分かって、士郎は我が事のように喜んだ。
 一方、老人がこの魔法学校の校長と知り合いだと聞いたヴァッシュはあることを思い付き、こちらからもちょっとした頼み事をしようと、老人に話し掛けた。
「あの~……物は相談なんですけどね、僕らのある容疑に対する弁護もしてくれませんかね?」
「容疑? お前さん達を助けるのは吝かではないが、どんな容疑なんじゃ?」
 容疑という言葉に、老人は眉を顰めた。
 正直、ヴァッシュも士郎も怪しくないとは言えない風体だ。そこで自分達が容疑者だ、などと言えば懐疑の目を向けられるのも仕方がないことだろう。
 老人からの疑いを晴らすためにも、事実を正確かつ明瞭に伝えなければならない。
 けれど、このことを他の人に言うのは気が引けるというか、気が滅入る。
「……下着泥棒ッス」
「無論、完全に冤罪です」
 士郎共々、苦虫を噛み潰したような顔と口調でそう言った。
 途端に、場の空気が妙な感じになってしまった。
 老人からしれば、自分を救ってくれた恩人が変態かもしれないのだから、複雑な気持ちになってしまうのは当然のことだろう。
 だけどね、こうね、なんというかね。僕らの方もすっごい恥ずかしいわけで!
「ついでに言っちゃうと、その疑いが晴れるまで逃げ隠れしてやろうと忍び込んだ先がここだったりするんッスよね~。いやぁ、人生何が起こるか分からないもんですよねぇ!」
「笑って誤魔化すな、無理がある」
 気恥ずかしさに耐えかねて、ついここまで来たことも笑い話のような調子で言ってみたが、すぐに士郎につっこまれた。
 だが、これが上手いこと老人のツボに嵌ったようで、明るい笑い声によって場の空気を一新することには成功した。
 下着泥棒騒動と、その後の些細なアクシデントからの逃走劇の始まりの経緯を話すと、またも老人は高笑いをしたが、ヴァッシュの頼みを快諾してくれた。
 後は、老人と一緒に魔法学校の人達と話をしに行くだけだ。
 なんとか平穏無事に済みそうだと、ヴァッシュは胸を撫で下ろした。





 地下室を出て、隠し通路を抜け、少し廊下を歩いた所で追手の1人を見つけ、そのまま交渉をしようと士郎は彼に声を掛けた。
 だが、出会い頭に士郎とヴァッシュは問答無用で叩きのめされてしまった。
 男だから大丈夫だろうと思ったのだが、その彼は下着泥棒によって恋人や姉妹、果ては母と祖母の下着まで盗まれて怒りに燃えていたらしい。
 仕方ないとは思うが、節々が痛い。後ろにいた老人に怪我が無かったことと、ヴァッシュに武装解除が当たらなかったのは不幸中の幸いだ。
 その後は、老人に事情を説明してもらい、なんとか猶予を貰うことに成功した。
 老人は石化の件について事情を知っているらしい教師の1人に連れられて校長の元へ向かい、士郎とヴァッシュは簡易的な牢獄と化した教室で待つことになった。
 教室は監視の生徒の、主に女生徒からの視線によって針の筵となっていた。教室の真ん中で、肩身の狭さに士郎とヴァッシュは共に正座の姿勢で小さくなっていたが、ヴァッシュとの約束通り老人が校長に話を通してくれたらしく、1時間ほどで誤解は解け、2人は解放された。
 それから数十分後には学校長との接見も許可され、生徒達からの謝罪を受けてから教室を出た。そして、部屋の前で待っていた老人に礼を述べて、士郎とヴァッシュは校長室へと入った。
「シロウ・エミヤ殿、ヴァッシュ・ザ・スタンピード殿。貴方達のことは我が旧友と、本校の生徒のアンナ・ユーリエウナ・ココロウァから聞かせてもらいました。友の石化を解いてくれたことへの礼と、下着泥棒を捕まえてくれた君達を誤解から追い回してしまったことへの詫びを言わせて下され」
「そんな、頭を下げないで下さい。石化を解いたのは偶然の成り行きですし、誤解の方も解けたのならそれで構いません」
「まぁ、女の子にあんな顔で追われたのは一生の思い出になりそうですけどね。お陰で、酒の席での笑い話の種が増えましたよ~」
 校長と士郎が互いに頭を下げている中で、ヴァッシュだけは笑みを浮かべながら少しキツめのジョークを言った。
 お互いに色々と似ているとは思うが、こういうところは全く違うな、などと改めて思う。
 士郎が頭を上げると、校長も頭を上げていた。士郎が頭を上げたのを見て頷くと、校長は話を再開した。
「お気遣い、痛み入る。それで、お2人は本来であれば以前本校に勤めていたエリシアくんの紹介で、本校の大図書館の蔵書の閲覧をしに来られたとか」
「はい」
 そう。本来、士郎とヴァッシュは魔法関連の文献の蔵書数が世界でもトップクラスであるメルディアナ魔法学校の大図書館で調べ物――主に空間転移の魔法について調べに来たのだ。
 世界中を回って、様々な場所で情報を得て、色々な人から話を聞いて来たが、どれも自分達が欲しい情報の核心には触れられない。そこで、世界的に有名なウェールズと麻帆良の大図書館、どちらかで徹底的に調べたいと考えて、紹介を得られたのでここまで来たのだ。
 自分達が元の世界に帰ることのできる方法が、この世界にあるのかを調べる為に。
「どうぞ、ご自由にご覧ください。ただ、時間に余裕がありましたら……」
 しかし。今は、それよりも先に、やらなければならないことがある。
「校長。実は、その他にもお願いがあるのですが、宜しいでしょうか?」
 不躾とは思いつつも、校長の話を遮る。
「なんですかな?」
 校長は、不快と言うよりも残念そうな表情で頷いた。
 何が残念なのか怪訝に思いつつも、校長にあることを願い出た。
「石化した人達の呪いを、私に解かせていただきたいのです」
 知らなければ、大図書館の閲覧を許可されただけで欣喜雀躍し、すぐにでも駆け込んだことだろう。
 だが、知ってしまった。見てしまった。
 ある日、突如として現れた悪魔の大群に襲われ、平和な日常を蹂躙された人々の存在を。その人達が未だ、その日から解放されていないという現実を。石にされた人々を見た老人の、悲しみと絶望の表情を。
 それらを見て、知っていながら、衛宮士郎がのうのうと自分が帰る為の手段を調べることを優先することなどあり得ない。あってはならないのだ。
「なんと。本来ならばこちらが伏して願い出るところを、自ら申し出て下さるというのですか」
 校長は俺の申し出に驚いて、大仰な言い方をしている。
 自分から進んで面倒事に首を突っ込もうというのだから、驚かれるのも当然か。
「頼みこんでまで人助けをしたいなんて、相変わらずだね」
 隣のヴァッシュに、そんな風に茶化される。しかし、士郎の勝手でここまで来た大事な目的を後回しにされたのに、ヴァッシュは嬉しそうに笑っている。
 こういう男だからこそ、あの時から今日まで、士郎は共にいられたのだ。
 ヴァッシュの言葉に苦笑で返し、校長に向き直る。
「駄目でしょうか?」
 問うと、校長はまたも大仰な調子で頷いた。
「まさか。何故、その申し出を断ることができましょうか。是非に、お願い致します」
 承諾を得られただけでなく、相手からも頼まれた。
 こうなっては、失敗すること、途中で投げ出すことなど論外だ。
 必ず、全員の石化を解いてみせる。
「必ず、全員の石化を解いてみせます。ただ、解呪の方法については深く追求しないで頂きたいのです」
 決意を実際に口に出して、決断とする。
 実際は情けないことに、ヴァッシュが言うところの万能鍵を投影し、対象に突き立てるだけの作業なのだが。
 それでも、この世界では衛宮士郎にしかできないであろう乱暴な裏技だ。広く知られたらどうなってしまうか分からない。極力、人に知られないようにしなければ。
「心得ました。それでは、来賓用の宿泊室にご案内しましょう。その後、宜しければもう1度、村の方に行ってみてください。皆、あなた達に直接お礼とお詫びを言いたいそうです」
 校長の言葉に、ヴァッシュと共に快く頷く。
「はい、分かりました。必ず行きますよ」
「突然で不躾な来訪を快く受け入れて下さっただけでなく、こちらの頼み事も御快諾いただき、誠にありがとうございました」
 ヴァッシュはいつもよりも少し丁寧な口調で、士郎はできる限りの敬語で挨拶し、校長の合図の後に現れた秘書らしき人に先導されて、部屋を出た。


「ふぅ。久々の敬語は息が詰まるな」
 部屋に着き、案内をしてくれた人が出て行ってから、荷物を置いて、漸く一息吐く。
 長いこと社会的な立場のある人物と接することが無かったので、敬語を忘れていないか心配だったが、何とかなったようだ。
「誤解も解けて良かったね」
「ああ。これで女性の視線に怯えずに済むよ」
 ヴァッシュの言葉に、溜息混じりに頷く。
 互いにトレードマークの外套を脱ぎ、荷物から日本製のミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、一気に飲み干す。
 こうなると、互いにトレードマークを失う。ヴァッシュは白いワイシャツで士郎は黒い軽鎧、髪の色は黒と白、肌の色は白と黒。
 同じトレードマークを脱いだだけで、よくもここまで対照的になるものだ。
「呪いを解くの、頑張ってくれよ」
「ああ、勿論だ」
 ヴァッシュの言葉に頷き、今すぐにでも事に臨めるぐらいに意気を高める。
 だが、差し当たってまずやるべきは、さっきの村に行くことだ。少女に引き渡した真犯人のオコジョ妖精――アルベール・カモミールの事も気掛かりだ。
 休憩してから10分後には、ヴァッシュと共に再び赤い外套に袖を通し、外へと出る。
 今度は魔法が飛んでこないことに安心して、すっかり道順を覚えた道を歩き出した。



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