中学生になって最初の試練といえる中間試験が終了した。千雨は調整を兼ねて手を抜いていたのだが、結果は10位止まり。思ったより国語が悪かったようで、解答例を挙げると・急がば(直進行軍)・捕らぬ狸の(死亡確認)・(スパイラル・ハリケーン・パンチで)桶屋が儲かる 流石は『次期三号生筆頭』『田沢二世』と言われただけの事はある。 第7話 First Blood 試験終了後、そのまま『ドンマイ! 中間試験パーティー』に移行していったのは、このクラスらしいと言えるだろう。 千雨としては出来る事なら、謹んで辞退させて戴きたい処……だったのだが、現状一年A組最大の懸案事項である《長谷川千雨》を早く何とかしたいらしく、逃げ道を塞がれ出席する事となった。状況が固定化する前に手を打つ『鉄は熱い内に打て』ということなのだろう。トラブルの処理方法としては間違ってはいないのだが、その鍛冶屋の隣には火薬工場が建っていたらしく……全てが裏目に出た。 今、パーティー会場の様子を実況すると 怒髪天の長谷川千雨 顔面蒼白の鳴滝姉妹 そして2人の間に立つ古菲、長瀬楓。当然、鳴滝姉妹を庇う様にして臨戦態勢である。因みに桜咲は近衛と神楽坂の護衛兼抑えに、龍宮は委員長や那波達を抑えていた。エヴァンジェリンと絡繰は出席せず、超は完全傍観、四葉にいたっては食材の購入に出かけ留守、という当に『バッドラックと踊っちまった』状態である。「ふう……」 誰にも聞こえないように千雨は息をついた。俄然やる気にはなっていたのだが、頭では冷静に目の前の2人と、被害を抑える為に動いている2人、纏めて4人に感謝しつつ心の中で詫びていた。千雨自身判っている。これは只の憂さ晴らしであると……『戈を止める』とされている『武』をストレス発散で使う、しかも無関係な相手に。当にモヒカンヒャッハーとも言える状態を、心の中で卍丸に謝罪しながら、そもそもの発端について思い出してみた。 最初、千雨は壁の華と化していた……小籠包を蒸籠ごと抱えてパクついている様は、華は華でもラフレシアっぽいと言えるのだが…… そこに鳴滝姉妹がやって来て、にこやかな顔をしてプチシュークリームの山を差し出した。こういう扱いに慣れていない千雨は、「あ、ありがと……」と少し動揺しながらプチシュークリームを一つ摘んで口の中に放り込み……声にならない絶叫を挙げた。 「やったー僕の作戦勝ちだー」と風香が言い、「ほ、ホントに成功したんだ」と少しオドオドしながらも史伽はピョンピョン跳ねていた。彼女達はトラップ付のプチシュークリーム――中にたっぷりとワサビが入っている――を持って来ていたのだった。 ここで鳴滝姉妹を擁護させてもらうと、そもそも彼女達は「普通に遊んでいたら、行き成り怒鳴ってきた相手と仲直り」する為に必要な通過儀式であると認識している。まさかお菓子数個を粗略に扱ったら、殺気向けられるなど想像だに出来ないのだ。 ワサビ入りプチシュークリームを食べさせて、これでお互いチャラ、になると判断したのだ。千雨の方もこのレベルの悪戯なら、今後の為にここで手打ち、と判断できるレベルの問題であった……食い物さえ絡んでなければ……そして、さやか達とのトラウマをダイレクトに抉る事にならなければ。 今やっと、自分に囁きかける『何か』の正体――うんまい棒をまどかに受け取ってもらえた上に、自分を信じて手を貸してくれた喜び。さやかに林檎を受け取って貰えず、結局救えなかった慟哭、其々の記憶――に気付いてしまった以上、色んな意味で落し前は付けなくてはならない。『独り』であったのならば、心の奥底に仕舞い込んでおけたのだが、龍宮達のような『異質』な存在が多数いるのであれば心が揺らいでしまう。彼女等を『同類』と見るか『別種』と見るか、その問答が更に千雨を苦しめるのだ。 また千雨は、師匠達が関わっていた特殊な職業についても薫陶を受けており『クミのカンバンに泥ぬられて、舐められたままでどうするんじゃ!! タマ捕ってこんかい!』という発想が身体に染み付いてもいた。 ゆらり と千雨は、勝利宣言をしてはしゃいでいる姉妹に近づき、風香が持っていたプチシューの山を ガッ と手で掴み、そのまま口に放り込んだ。 唖然とする2人を余所に モニュ モニュ と咀嚼し始めた。だがこれはワサビ入りである、それを口一杯に頬張っているのである。当然もう涙目で鼻水もダラダラで、口からは緑色の涎すら垂らしていた。それでいてギラギラした目で2人を睨み、どう見ても赤■健というより平■耕太作画のドスの効いた表情で嗤っていた。 千雨としては今の2人の、驚愕している顔を見たことで溜飲が下がる筈、だったのだが、思った以上に心の傷は深かったらしく、胸の奥が更にジワジワと滲んでくる。徐々に破壊衝動を抑えられなくなっていった。何より酸っぱいのだ、口の中が――あの日、自宅跡の教会で、独り食べた林檎の味と同じように―― もう自分が後には引けなくなった事を理解した千雨は「騒ぎを大きくして他の奴等にも介入してもらわんと、ちとヤバイかな」と半分プチシューが残っている皿を指差し、2人に言った。「アタシの分は全部頂いたよ。残りは2人で分けてくれ。これで、イーブンっうもんだぜ……」 その台詞の意味に気付いた二人だったが、そんな無理難題どうしろと史伽がビビリながらも反論する。「こ、こんなの食べれるわ……」「食えねえってんなら……」 史伽の全勇気を振り絞った反論を、千雨は歯牙にもかけずに右拳を頭上に掲げ「コワーイお姉さんの……」 そう言いながら背中の壁面に振り下ろした。 ビキィッッ!!!「お・し・お・き だzo!」 壁にめり込んだ拳を中心に、直径2mほどに罅が広がる。それをバックに千雨はドスの効いたドヤ顔で優しく睨んでいた……「ケツ捲くるんじゃねえぞ」と……どう見ても猛獣が獲物を見る目です。 ノシリ ノシリ と千雨が歩み寄る分、姉妹は後ずさっていく。もう既に皆がこの異様な雰囲気を察していた。『またか』と頭を抱える者、『こりゃ、ヤバイんじゃないの……』と固唾を飲む者、『……!』と考えるより先に行動する者、『やれやれ、思ったより早くブチ切れやがったか……』と呆れる者一人、ただ状況を傍観する者も一人……だった。「……では、どうあっても引かぬ、と言うのでござるか?」 という長瀬の問いに千雨はシンプルに答えた。「ああ、無理」 と。 なによりソウルジェムがそろそろヤバイ。今の彼女は『気になるアノ娘の援交現場を見ちゃった、豆腐屋の拓海くん』状態である。『一体自分は何がしたいのか?』 いつまで考えても出ない答えが、行き場を失っている憤りが、溜まりに溜まったエネルギーが、ぶつける相手(指向性)を求めていた。いずれこの負の感情が《呪い》になりかねない。 もう、ここまで来ると嗤うしかない。千雨は《佐倉杏子》も含めて己の人生全てを嗤うしかなかった。父親の為に何かしたい、と思ったら家族全てを失う――自分と類似点が多い美樹さやかとはバッドコミニュケーション――助けようとすれば逆に追い詰めてしまう。《長谷川千雨》になっても武術習得の結果、闘争本能が自制心を凌駕するようになって……この有様、である。林の中の象が嗤わせる。やる事 成す事 全てが裏目 頑張れば頑張る程、魔女に近づいていく――適度に欲があり、適度に強く、過度に自分を追い詰める――これぞ魔法少女に選ばれる要因だ、と思う位の自爆っぷりだ。 荒れ狂っている気配に浮かぶ自嘲が、壮絶な表情となっている。それを見た長瀬は、平和的解決が不可能である事を理解し「そうなれば、只では済まぬでござるよ?」 そう問いかけた。彼女としては『2対1にならば流石に大人しく引いてくれる』と思ったのだが、逆にヤル気が増してくるなど完全に計算外だった。「判ってるって『自分がボコボコにされる』事も覚悟の上だよ」 千雨はそう答える。だがも古菲の方は武術家として納得できないのか、厳しい口調で詰問する。「だけど長谷川サンのは、一般人に振るっていいモノじゃないアルヨ!」 《強さ》というより《凶悪さ》が千雨から感じられるのだろう、力を行使する事を咎めるように言った。「まあ、それが正論なんだろうが……こちとらカタギに舐められたら商売あがったり、なんでな。それが問題だって言うなら、お前等が遊んでくれよ……」 一寸中学生らしくない口調で千雨は答える。本当なら龍宮に相手をさせる予定だったのだが……『来いよ龍宮! 銃なんか捨てて!』こう言って……この二人でも問題はない。後はヤル気にさせ、逃げ道を塞ぐのみ、である。千雨は突然話題を変えた。「しっかし長瀬よ、喋り方が忍者っぽくねえよな」 急に話を振られ、長瀬は戸惑いつつ「……何でござるか? それに拙者は別n……」 千雨はその返事を聞き終わる前に「そこは『何でござるか?』じゃなくて『何だってばよ!?』のほうが良いぜ。NINJAっぽくて」あからさまに挑発した。「……」 長瀬は何も話さなくなった。よく見ると普段は糸目である彼女が、目を見開き睨んでいる。かなりお怒りのようだ。「という訳で古よ、これ以降の説得は なのは(な:殴る の:ノックアウト は:話をする)式で宜しく。判りやすくいえば、肉体言語で、つうこった」 トドメに千雨は古菲も挑発する 「頑張ってアタシをぶちのめすんだな、テメエの華麗な花拳繍腿で、な!」 古もここまで言われては黙っていられない。『初■ミクで大儲けできて羨ましいね』と言われた藤■咲位には喧嘩を売られた状態なのだから。 緊迫感がミノフスキー的表現でいう処の『戦闘濃度』にまで達し、誰もが息苦しさを感じている。クラスの中で一番大人しい宮崎のどかが、この状態に耐えられなくなったのは当然であろう。「ああっ……」 そう言って貧血のようによろめいた時、手に持っていたグラスを落としてしまった。 パリーーン その音をゴング代わりに、戦闘が開始された。