千雨の予想通り、翌日からストレスの溜まる日々が始まる。教室では腫れ物のように接せられ、時々教師達からも監視されている感じもした。おそらくあの時、桜咲に口止めできなかったのが原因だろう。 第6話 未だ木鶏たりえず「まあ、しゃあねえか……」 千雨はもうその辺は達観していた。周りも気を使い、鳴滝姉妹との接点は最小限になっているので、騒動が再燃する可能性は低い。此の侭この事件は風化していくんだな、と思っていた……のだが、その流れに反逆する者が2人。 一人は朝倉和美。自称ジャーナリストの卵は千雨の物言いに何かを感じたらしい。曰く「親からの教育の賜物、というよりも実体験によるものっぽいのよねえ……」らしい。中々の洞察力をもっており、将来いいジャーナリストになれそうだ……出来ればもう少し取材対象にも気を回してほしいものだが。 だが千雨にとって朝倉はそれほど問題ではない。最悪鬱陶しい事になったとしても、翔穹操弾を使い公衆の面前で猛虎流させれば、もう二度と煩い事は出来ないだろう。そう、問題なのはもう一人の方だ。「そやから、折角クラスメイトになったんやから、仲ようせなあかんやん~」 昔の自分と同じような声で話しかける少女……もう一人の名前は《近衛木乃香》といった…… 千雨は非常に困っていた。近衛木乃香をどう扱っていいのか判らなかったからだ。 彼女が善意でやっている事は判る。こちらが現状に悩んでいるのは確かだ。だが、しかし、世の中には時間を懸けてじっくりと解決したい事がある。中学一年生にそれを理解しろと言うのも酷な話しだが…… また、彼女だけでなく、その背後にいる奴もかなり厄介である……ご存知、桜咲刹那と言うのだが…… 近衛が千雨に話しかける度に、刹那がガン飛ばしてくる。しかも野太刀の鯉口を切った状態で。千雨が木乃香を無視しようとすれば「何故無視する!」と怒りの視線を飛ばし、千雨が会話をしていれば「何故話す!」と嫉妬の視線を飛ばしてくる。「一体どうしろと……」千雨は頭を抱える。最近では朝倉も嗅ぎ付けて『愛憎劇!? 三角関係!?』とセンセーショナルな見出しが学級新聞の一面を飾るようになった。それに合わせて近衛も千雨を何かと構うようになり「みんなと仲良くせんと、ウチが呪いかけるで~」とか言い出した。 それに対し「魔法少女に呪いって、ひどい罰ゲームだよな……」誰にも聞こえないよう呟くしかなかった。 千雨としては色々と文句を言いたいのだが、諸悪の根源(近衛)に怒鳴りこめば、殺し合いになりかねない。よって、諸悪の次席根源に全ての怒りをぶつける事にした。「さくらざきいい!!! テメエ何考えてやがる!! アタシにどうしろと言うんだ!!」 千雨は桜咲の部屋に乗り込み、腹に溜まっていた憤りをぶちかました。桜咲の方は申し訳なさそうに正座して聞いている。因みにルームメイトの龍宮は何処吹く風でライフルのバレル清掃をしていた。 桜咲の方も色々と言いたいようだが、自分のやっている事が理不尽であることは理解しているので、千雨の怒声を神妙な顔つきで受け止めていた。「なんでアタシがこんな目に遭わなきゃならないんだ!? こちとらストレスで胃が痛くて、メシも碌に喉通りゃしねえ!!」 千雨はカバンから取り出した魚肉ソーセージを齧りつつ、桜咲への文句を綴っていた。「……」桜咲も流石に文句を言い返そうとしたが 千雨に「ああん!!」と竹■力のようなガンを飛ばされると大人しくならざるをえない。「第一、近衛がアタシに構うのも八割方は、桜咲! オマエにかまって欲しいからだろうが!」 桜咲がまだ気付いていない事実を、千雨は指摘した。「な!! そ、それは本当なのか!?」とかなり動揺した口調で桜咲は聞き返し、龍宮は「ほう……」と感心していた。「っていうか龍宮! 知ってたんならルームメイトのオマエが指摘しろよ!」 さすがに桜咲が可哀相になった千雨は、龍宮に矛先を変えた。「そういうプライベートな事に首は突っ込まない主義なのでな。変にしこりを残すと戦闘での連携に支障がでる」 龍宮は何一つ悪びれず、理路整然と答える。「くっ!!」その正論に千雨は、文句をつける事ができない。やっぱりこいつは苦手だ と心底思った……とはいえ、やられっ放しというのも癪なので「立派だね~ 大人だね~ ヨッ!流石たつみやまなさんじゅうにさい」 とジャブを繰り出すとパシュ! パシュ! パシュ! 三発のBB弾が飛んできた。「龍宮! テメエ食い物を的にすんじゃねえ!! 殺すぞ!」 どうやら持っている魚肉ソーセージ(二本目)が狙われたのだが、何とか空いていた左手で全弾防ぐことが出来た。BB弾が人差し指から小指の間に綺麗に収まっているのは、千雨の技量が卓越している証だ。千雨はこの愚挙に怒りを露にしピキッ とBB弾を指の挟む力だけで砕いた。 龍宮はこの技量に感嘆し、千雨の評価を上方修正した。だが顔には出さず「運が良かったな。実銃だったら蜂の巣になってたぞ」「言ってろ!」 一触即発の空気に反応したのは、部外者にされてしまった桜咲だった。「お、落ち着いて下さい2人とも! 今はそんな事で争っている場合ではないでしょう!」「確かにな。今重要なのは桜咲、オマエが近衛とどう向き合っていくか、だよな?」 龍宮のフリに桜咲は ううっ と唸りながら神妙に頷いた。それは桜咲が麻帆良に来て依頼、ずっと抱えていた課題だった。「私は最初に言ったよな?『護衛対象から離れるなど愚行』だと」 ジリ と顔を寄せ龍宮は話しを続ける。千雨はこのやり取りに、龍宮なりの思いやりを感じた。流石に出汁にされたのはムカつくのだが。「そ、それは判っているのだが……私などがお嬢様の周りにいても……」モジモジしながら桜咲は小さく呟く。「じゃあ変わりにアタシがついてやるよ」 という千雨の提案を「汚らわしい! お嬢様に近寄るな! この野良犬が!!」 とんでもなくヒドイ言い方であるが、千雨は気にする様子もなく「でもなあ……アタシはどうでもいいんだけど、木 乃 香 の方が離してくれねえんだよなあ……(チラッ」 千雨は クケケケケ~と下品な嗤いで桜咲を挑発する。その顔はどう見ても 赤■健というより、どお■まんの作画にしか見えない。 顔を真っ赤にして睨んでいる桜咲にトドメを刺す為、意識的に野中っぽい声で喋った。「もう、せっちゃんなんかボロクズのように捨ててやるわ~」「…………!! コ、コ、コ、コロスーーー!!」 完全に逆上した桜咲は血走った目で太刀を抜き、千雨に斬りかかった。「甘いぞ桜咲『長谷川流魔体術奥義 拳止鄭』どうだ~」 桜咲の斬撃を両拳で挟み、千雨は舌をペロペロ出しなが嘲う。桜咲の表情が消えていき、その分殺気が増大していく中「やめろ2人共……長谷川も何にイラついているのか知らないが、挑発するな。桜咲も落ち着け、ソレを斬っても何にもならんぞ」 龍宮は厳しい口調で双方を諌めた。長谷川は舌打ちしつつ、拳を太刀から離し、ゆっくりと桜咲から距離をとった。そして桜咲の方は……「ううっ……このちゃんに……でも……いっしょにいたいのに……っひぐ」 マジ泣きしていた。『おい、これどうすんだよ』『知らん、お前が変に挑発するから……』『しかし、からかい甲斐があるのか無いのかわかんねえな……』『確信犯だったという事か? 死ねばいいのに』 龍宮と長谷川は互いに視線で会話しつつ、場が収まるのを待った。「そもそも、今の状況をオマエが我慢すれば、丸く収まるんじゃないのか?」 龍宮のぶっちゃけた話に「無茶言うな、アタシはな、ストレスに弱いんだよ! ストレスが溜まったら死んじゃうんだよ!」 千雨はある意味本当の事をぶっちゃけた。「ウサギかお前は……そういうのは桜咲の方が似合うんだがな」 龍宮はそう言って桜咲の方を見た。どうやら、もう泣き止んでおり、恨みがましく真っ赤な顔で睨んでいた。千雨はこの――悩んで無理をして、それでも頑張ろうとしている少女――を見て、ココロが痛んだ――まるでアイツのようだ、と「おい、桜咲よ」「な、何ですか!?」 千雨はややドスの聞いた声で問いかけ、桜咲はやや気圧されながらも気丈に睨みつけた。「お前は、近衛に敵対しうる全てを敵に回しても、勝てる程強いのか?」 桜咲は只「……いいや」とだけ答えた。空気が変わったのを察したのか、2人共黙って聞いている。「森羅万象遍く理解し、人の意識や行動を全てを計算して、近衛に降りかかる不幸全てを回避できるのか?」 桜咲はもう何も答えなかった。千雨もそれを気にせず話を続ける。「因果律を書き換え、時空を塗り替えて近衛に起こった不幸を無効化することが……」「馬鹿を言わないでください!! そんなこと出来る訳ないじゃないですか!!」 桜咲の絶叫が千雨の話を遮るが、千雨は「この程度の事が出来ないのに……何故躊躇っているんだ!?」 こう言い切った。「宇宙を再構成できるような存在だろうと、己の全てを懸けた処で救えるのは……ほんの僅かなモノなんだよ……」 千雨は過去を思い出したように語りだす。「桜咲、アンタが考えている『最悪』など、この世界では木っ端なもんだぜ。セカイの『最悪』ってのはもっと残酷で無慈悲なもんだ。あと一分の猶予、あと一グラムの薬品……あと一歩の距離。この差が容赦なく大切な物を奪っていく。アンタは『近衛に嫌われたくない』と『近衛を護りたい』どちらが重要なのか、しっかり考えた方がいいぜ」 顔を伏せて微動だにしない桜咲と、珍しく神妙な顔つきで聞いている龍宮を見て『柄にも無い事を言ってるな』と思った。だが《佐倉杏子》には言わずにはいられない記憶があった――自宅だった教会、そして駅のホームでの苦い記憶が。「ワリいな、長居しちまった」 空気を読み、千雨はそう言って帰り支度を始めた。その去り際「おい、桜咲。とりあえずアタシからは近衛に手は出さねえ、攻撃されても反撃しねえ。これだけは約束する」 と声をかけた。「……本当か?」 搾り出すよう声で桜咲が尋ねると、千雨は厳かに、深遠な教徒の如く誓った。 「ああ、《神》に誓って」 千雨は自室への帰途、先程までの会話を振り返っていた。結局、問題は何も解決していないが、お互いが少しだけ理解し合えた。距離も少しだけ縮んだような気がした。唯一心配なのが最後に龍宮からされた忠告「初めて会った頃より大分荒んできたな。ガス抜きした方がいいんじゃないか?」 である。それは自分も把握していたので、どうしたものか?と考えていたのだが『何もなければ夏休みまで大丈夫そうだし、何かあってもあいつ等がいるから、一般人への被害は出ないだろう』そう結論づけた。 同時に龍宮達の仕事を手伝わないか?と誘われたりしたが、それは辞退した。「結局、今日も渡せなかったな……」 そう言って鞄の中に入っているモノを握り締めた。さりげなく渡したかったのだが、そう考える度に、また左右の耳から異なる指令が聞こえ、心が乱される。 まあ何時か渡せるだろうと思い――うんまい棒コーンスープ味を――再び鞄の奥にしまった。