「いるんだろ? 降りてこいよ 長谷川千雨」 ばれた!! 何故!?――体中の毛穴から汗が吹き出るのを感じながら、千雨はどう対応するか考えた。 向こうの様子を見てみると、龍宮はまっすぐこちらを見ている。場所も特定出来ているのだろう。桜咲の方は、よく判っていないようで、龍宮のほうを不思議そうな顔で見ている。 しらばっくれるのはもう不可能、逃げれば要注意人物としてマークされかねない。ならばこれは新たな情報を得るチャンスと、開き直るが吉というものだ。 第5話 RIDE ON THE EDGE「覚悟をきめるか……虎穴に入らずんばコージーを得ず とも言うし」 そう言うと千雨は体術などお構いなしに飛び降りた。龍宮に『どの程度の実力か』を判らなくさせる為だ。ドスン 千雨は大きな音をたてて、木々の間から姿を現した。「なっ!!」動揺した桜咲は仕舞った野太刀を再び取り出し、構えながら叫んだ「何故ここにいる!? 答えろ! 長谷川千雨!!」 しめた 千雨は心の中で叫んだ。 この情報戦が龍宮とのタイマン勝負だったら、こちらが払うチップも馬鹿にならない。 極力此方からは話さず、向こうが焦れてくるのを待つつもりだったが、桜咲を間に入れることで、この場の流れをある程度コントロールできるだろう。どうやら龍宮はこの会話に入るつもりは無いらしく、黙ってこちらを見ている。 とりあえずはぐらかす為「いや……新観パーティーで一悶着あってな、頭を冷やすつもりでぷらついていたら……」と話しを始めると 「パーティーで……だと……貴様、お嬢様に何をした!!」 えーー 何この子 会話が成り立たたねえ……「答えろ!!」さらに追い討ちを懸ける桜咲に「……お嬢様ってだれだよ?」千雨は冷静になる事を期待しつつ質問するが「貴様に話す事など無い!」 だめだこいつ――何この狂犬―― 千雨は縋るような目で龍宮を見た。「何とかしてくれ」と。 龍宮は『やれやれ、仕方ないな』と言いたげな表情で桜咲を諌めた。その表情に千雨はムカつく。「落ち着け桜咲、近衛に何かあれば、お前にも連絡が来る筈だろう?」「な!何を落ち着いているんだ龍宮!! そもそも貴方が早く帰ろうとする私を引き止めて……」「近衛なら同室の神楽坂と宜しくヤッテいたぞ」 龍宮のさり気無いアドバイスのおかげで、千雨はやっと《お嬢様》の正体を把握できた。そして桜咲を落ち着かせる為、知っている情報を披露する……言い方はかなりアレだが…… 聞く人が聞けば逆上しかねないセリフなのだが、初心でネンネな桜咲は、文字通りにしか受け取らなかった。「そ、そうか……それなら……まあ、いいんだ……」桜咲は顔を真っ赤にして俯いた。やべえこいつマジかわいい。 どうやら近衛の事がずっと心配だったが戦闘に参加する事となり、終了後早く帰ろうとしたのに龍宮に引き止められ、そこにノコノコと怪しい奴(千雨)が現われ、そいつが『近衛がいた』処で一悶着起こした、と。うん、まあキレても仕方無いかと……つまり 近衛=まどか 桜咲=ほむら 千雨=QB と考えると、撃ち殺されなかっただけマシだろう。 千雨はどうか《近衛=上条 桜咲=さやか》 にならないよう心から祈る。 どうでもいい処で要らぬ労力を使ってしまい、千雨は「やれやれだぜ」と呟きたい気分になった。とりあえず桜咲の弱点を把握できたぜ、と思った時に龍宮から質問があった。「ところで長谷川、なんでこんな処に来たんだ?」「ん? ああこの辺でドンパチやってるのが聞こえ……」 千雨は迂闊にもあっさり答えてしまった。 ――やられた! 馬鹿かアタシ! つい昔を思い出して油断してしまったのか?―― 龍宮自身こんなにもあっさり引っ掛かるとは思わなかったようで「なにこのウロヤケヌマ」と言いたげな顔をしていた。「馬鹿な! 人避けの魔法には防音効果もあるのに、どうやって聞こえたというのですか!?」 ……ここにもウロヤケヌマが一人……貴重な情報をありがとう。――龍宮の顔も若干引き攣っていた。 知的な情報争奪戦が始まる筈だったのだが……どうしてこうなった。 龍宮の方もこのグダグダ感は予想外だったらしく、ヤケクソになって尋問を始めた。『グッドコップ・バッドコップ』でいう処の超バッドコップと化した。「吐け」「ざっくりすぎるぞ!もっとジャブ撃つ様にトラップをしかけながら、少しづつ外堀を埋めろよ!」 龍宮の雑な問い掛けに、何故か長谷川が採点とアドバイスしつつ突っ込む、というとんでもなくカオスな遣り取りが始まった。「アンブッシュにクレイモア!?」「そのトラップじゃねーーよ! 子供かよ! 古畑見ろよ!コロンボ見ろよ!!」「貴様には黙秘する権利はない。供述はこちらの都合で採用される……」「非道ぇ! 弁護士さんこいつです!!」「さあ、吐け!! 今考えている事全て話せ!」「今か?……『埼玉県の県庁所在地は池袋だよな?』とか『天下■品のあっさりとマリオのルイージ、どっちの存在感が薄いだろう?』とか……」「よし、桜咲、殺れ、無礼講だ」「両方とも、落ち着いてください……」 結果的に桜咲刹那がグッドコップと化していた。「って言うか、こちとら只の一般人だと言ってるだろーが! 何だよこの扱いは!! どうしろって言うんだよ! 『自分が怪しくない事を』証明しろとでも言うのか!!」 いけしゃあしゃあと言ってのける千雨に、これまた いけしゃあしゃあと龍宮が返した。「いや、別にお前の正体なんぞもうどうでもいい」「…………は?」「元々この学園には出自不明、正体不明の輩がごまんといるのでな。一々気にしておれん」 ぶっちゃけ過ぎだろう、と思いつつ千雨は理不尽な扱いをうける訳を尋ねた。「……じゃあこの圧迫面接に何の意味があるんだ?」「『おまえがどういう奴なのか?』を調べたかったんだよ。すぐに力に訴えてくる奴かどうか、をな。 別にこのグダグダ感にイラついていたとか、お前の見事なツッコミに惚れ惚れしていたとか、そういう事は一切ない」 あるのかよ……「後は実力の程だが……まあそれは」 そう言いつつ龍宮は振り向き、自然な感じで銃口を向けた。「これで判断する」パスッ 銃口を向けられた瞬間、ああやっぱり と千雨は思った。鉄火場に身を置いている以上「敵か味方か」「どれ位強いか」は避けては通れぬ道である。『とりあえず敵ではない』とされたのは僥倖だ。後は『実力をバラさず、舐められず』を通すだけだ。お互い実力の底が見えない間は、対等でいられるのだから……「残念だったな龍宮、アタシは銃口を向けられるのは慣れてんだよ」 千雨は心の中でそう叫び、どう打破するか一瞬で考察した。 銃口――バレルにライフリングなし、ABS樹脂の中央に金色の環を目視。火花なし――結論 これはエアガンである。殺傷能力はかなり低い。 弾丸――充分目視可能、形状は球状、口径はおそらく6mm、弾丸に魔法的な加工は……なし――結論 負傷する恐れなし。よって身体を反応する必要はない。堂々と待ち構えよう。 命中箇所――胸部中央、問題な……ヤバイ! ここは……だが…………畜生、魔女のバアサンに呪われたか! パキッ 渇いた音と共にBB弾が命中した。この間わずか0.1秒……千雨は内心の動揺を隠し、ドヤ顔で龍宮を見つめた。 この反応に龍宮は満足していた。彼女は千雨の思考と判断をほぼ理解しており「千雨が力を見せびらかすタイプ」ではない事を確認できたからだ。「流石は拳聖、という処……かな?」 この発言に、千雨は眉を顰めた。この判り易い反応に龍宮は頬を緩め、ネタばらしを始めた。「やはりそうだったか、昼間の態度からまさか?と思いカマを懸けたんだが、ビンゴだったようだな」 千雨の視線は更に鋭くなった。口元が歪んでいるのは、己の迂闊さを嘲笑しているのだろう。 ちなみに桜咲はこの間『早く帰ろうよ』という顔をして、ずっとふてくされていた……「それで」 龍宮は総括するように話しを進めた。「長谷川千雨、お前はどうしたいんだ?」 そのものズバリの質問に、長谷川は正直に答える。あえて言うなら、と「孤独に歩め。悪をなさず、求める処は少なく……」「林の中の象のように……か」 千雨の独白に龍宮が続いて喋った。千雨は目線でそれを肯定した。「中途半端な小物が粋がっても笑い者になるだけさ……ここじゃあ龍宮、アンタレベルがそこそこいる上、もっとヤバイ裏番が控えているんだろ?」 千雨の質問に龍宮は表情を変えず答えた。「ああ、超特大級のコワ~イ魔女がな」 お前も検討ついてるんだろう? という龍宮からの問い掛けに、千雨は頷いた。流石に《魔女》という言葉が気になったが、この場では聞き流す。「だから厄介事には首を突っ込まず、学生生活をエンジョイして遊んだり恋愛したり、平和裏に過ごしたいんだよ」 そして千雨は嘘偽り無い本音を吐いた。これは「あたしゃ戦いませんよ」という意味で極論として言えば「あいつ(龍宮)もこいつ(桜咲)も俺(千雨)の盾になればいい……」 という事なのだが、両名ともその辺は覚悟の上なのか文句はなさそうだった。「成る程、まあ此方としては其れでも構わないのだが……」何を! と言いたげな桜咲を無視し、龍宮はこう続けた「お前のクビに掛かっている懸賞金も、実際は古か超じゃないと意味がなさそうだし……」「判らんぞ、名前を『龍 真名』とかにすれば誤魔化せるんじゃないか?」 独白する龍宮に対し、悪魔の囁きで揺さぶりを掛けようとした千雨だが「いや、やめておく。また身分偽造するのも面倒だしな」「『また』って何だよ……」 千雨のほうがドン引きである。「こちらの仕事を邪魔しない限り、お互いに『知らぬ存ぜぬ』でいく……これでいいか?」 龍宮の出した条件に千雨は頷いた――とはいえタダで見逃す気は(龍宮には)無いようだ――「だが、流石にタダで、というわけにはいかないな」 千雨はこの発言に対する返答に窮していた。龍宮の言った事は『其方もなにか出せ』という意味だ。モノなり金なり……情報なり……『情報を出すか否か、もし出さないのなら……だが、しかし……』 数秒ほど頭を抱えていた千雨だったが、やがて意を決し、胸元から取り出した何かを2人に差出して、こう言った。「……食うかい?」 それはオヤツとして持ってきたゴーフルであった。「……」「……」 これが龍宮と桜咲の反応であった。『ひょっとしてギャグで言っているのか?』と思ったが、千雨の表情から察すると苦慮の末の決断のようだ。「しかし折角の銘菓も、粉々になってしまうと……」 文句を言いながらもパリパリ食べている桜咲に対して「悪いな、問答無用でエアガン打ち込んできた馬鹿がいたんでね」 千雨はそう言ってジロリ と龍宮を睨んだ。龍宮の方は何処吹く風で『腰のポケットの分も出せよ』と言いたげに人差し指をクイッと動かしていた。因みにこの女、桜咲が食べて何ともないのを確認してから、ゴーフルを口にした。かなり酷い女である。「食い意地のはった奴だぜ……全く」そう言いつつ、隠し持っていた金鍔も差し出した。龍宮はそれを受け取り「これで契約は成立、だな」と言った。「ああ、だからこの件はこれで終了、ということで……じゃ」 そう別れの挨拶をして、千雨は龍宮達に背を向けた。そしてスウッと宙に浮くように木の枝に飛び移り、猿よりも速く、ムササビよりも華麗に枝を飛びかって帰っていく。だが動きからは焦りとか憤りとかが垣間見え、折角の技のキレが台無しであった。「龍宮……貴女があんなカツ上げ紛いの事をするから……」 自分も金鍔を食べつつ、桜咲は龍宮をジト目で睨んだ。「いや、最初にゴーフルを差し出した辺りから、既に動揺していたな……そんなに菓子が大事だったのか? それとも……」我々との会話でトラウマでも刺激されたか? 後半の呟きは桜咲の耳に入らなかった。「まあ、もうそれは良いとして……本当に上には黙っておくのか?」 桜咲はやや不安げに龍宮に尋ねた。下手をすると自分もオコジョになるのだから心配なのは仕方ない。「まあ約束した事だからな、黙っておくよ……私は、な」ヒドイ 桜咲はこう思ったが、龍宮は平然と言ってのけた。「ちゃんと桜咲にも確認しなかった長谷川が悪い。まああの去り際から察すると、そんな余裕は無さそうだったがな。それに何かあっても我々に責任は無いしな」 何故? という顔をしている桜咲に対し「この場合、責任を問われるのは『長谷川に気付けなかった』魔法先生方だよ」 あっ と驚いている桜咲の顔を見つつ龍宮は話しを続けた。「それでも何か言ってきたら、こう言い返せばいい『我々2人だけでは身の危険を感じたので、大人しく従っていた』とね」「確かにそこまで言えば、責任を問われる事は無いだろうが、一般人相手に……」桜咲はそれ以上何も言わなかったが、呆れた顔でこう訴えていた――そこまで卑屈にならなくても、と。「一般人……ね」 龍宮は先程までの出来事を思い出す――魔物達との戦闘中に感じたのは一瞬だけ露になった気配……怒りの感情……戦場での様々な経験が無ければ、見過ごしていたのは間違いない。そして魔眼が無ければ誰か判らなかっただろう……それ程高度な穏行術だった。おまけに武術の腕もたつらしい……だが、龍宮は《長谷川千雨》にそれだけではない《何か》を感じていた。 何より《長谷川千雨》は矛盾していた。魔法について知らない筈なのに、魔法を見て驚いていない。魔物を見ても動揺していない。慎重かと思えば短絡的である。知的に解決しようとしても、ボロを出し結局力技で押し通す。もし魔法について知識があるとするれば、ここ麻帆良に来た意味が判らない――魔法に関わりたいのか? 関わりたくないのか? 全てが演技だとすると、何一つ意味がある行動に繋がらない……「まあ、それはともかく……結局、長谷川の奴から魔力はまだしも、気すら感知できなかった……」 龍宮は、魔眼を使っても判明できなかった秘密について考え「まるで死人のような奴だな」 そう結論づけた。 千雨は帰路の途中、自分の中に湧き上がってきた、奔流の如き感情に戸惑っていた。 抑えきれぬ感情に振り回され、冷静な判断が出来なくなり、口中に苦味が広がる。逃げるようにあの場を去っていった。「畜生……どうなってやがる! アタシは一体……」 彼女の中で何かが囁く 耳元で囁く 左耳に囁く『同じ人外同士、仲良くやろう』と。 同じ様に何かが囁く 耳元で、右耳に囁く『こいつ等に心開くな』と。 《左耳》に応じようとすれば《右耳》から染みてくる。《右耳》に従おうとすれば《左耳》が大声で怒鳴る。「カンベンしてくれよ……どうなってんだよ……どうすりゃいいんだよ!」 そうなった理由も答えも、今の彼女には見つけられなかった。