それは寮の食堂で起こった。そこでは、これから始まる寮生活への不安を払拭させる為、ささやかながらパーティーが開かれていたのだ。全員で乾杯が行われた後、各クラス其々集まりお菓子やジュースが振舞われていく。 第4話 千雨が飲む、麻帆良の珈琲は苦い 一年A組も、最初は会話もギクシャクしていたが、徐々に持ち前の押しの強さで打ち解けていった。そうなると暴走していくのがこのクラスだ。 鳴滝姉妹のおふざけがお菓子の投げ合いになった時、ぶち切れた人間がいた。当然、彼女である。「食い物を粗末に扱うんじゃねー!!」 千雨は殺すぞ と言いそうになったが、それは何とか飲み込む。会場の賑やかな空気は霧散し、時が凍りついたような静粛に包まれていく。 怒鳴られた鳴滝姉妹は完全にびびってしまい、涙目になっている。危険な空気を察したのか、那波が鳴滝姉妹を宥める形で割って入ってきた程だ。 那波は非難がましい視線を向けてきたが、千雨にそれを気にする余裕はなかった。怯えた泣き顔を見て、《佐倉杏子》の過去……妹とゆまの事を思い出し動揺してしまったからだ。頭から血の気が引いていき、言い訳しようにも上手く喋れない。 この状態でアウェイの空気は仕方ない。正論を吐くにもやり方、というものがある。今何を言っても、何をやっても逆効果だろうから、三十六計逃げるにしかず――千雨は戦略的転進を決定した。「わりい、一寸疲れているみたいだわ……部屋で休んでくるから、後は皆で楽しんでくれ」 そう言い残し、千雨は逃げるように自室に戻っていった。「ちょ、一寸長谷川さんってば!」 神楽坂明日菜が呼び留めようとするが、千雨には届かない。 腫れ物が無くなった事によって、会場の空気は緩やかに融解していった。とはいえ会話の内容は当然先程の騒動がメインになる。「いやーすげー迫力だったね。もーなんつーかカミナリ親父?」「長谷川家 家訓!!とか言いながらジャイアントスイングとか? マジうける~~」「同情するなら……麦を食え?」「佐々木さん、それを言うなら『金をくれ』じゃあ……」 何気に酷い奴等である。 頃合をみて雪広あやかは「はいはい、皆さん少し落ち着きましょう。確かに長谷川さんの言い方は少し……いえかなり荒っぽいものでしたが、間違ったことは言っておりませんわ」とその場を締めようとした。 一拍間を明け、神楽坂明日菜の方に一瞬視線を向けて「周りの方々がしっかりと教育されたのでしょうね」と続けた。『ご両親に』と言いそうにになったのを、長年の腐れ縁に気を使い訂正しつつ話す彼女は、当にリーダーたる資質を持っているといえよう。 それを肌で察しながらもアスナは照れ隠しに悪態をつく……この2人の口喧嘩によって場の空気は完全に回復し、この場から消えた者のことは忘れ去られていった。 千雨は独り、自室でやさぐれていた。20km先に落ちた針の音を聞き分けられる彼女にとって、食堂の会話など筒抜けである。馬鹿言っている奴等を『何時かシメるリスト』に記入しつつ、雪広達のフォローには感謝していた……その優しさが逆に千雨を痛めつける事になるのだが……「ふう……もっと積極的に話しかけていれば良かったかなぁ……『今日はいい天気ですね』とか『外は暑いですね』とか『髪切った?』とかさ……」 とりあえず彼女が立てた『中学校で友達何人かできるかな?』作戦は大幅な変更を余儀なくされた。まあそもそも『ぼっちでいる処に、誰かが声を掛けてきて、何と無くグループの輪に入れてもらう』というドクトリン自体『女子中学生なめるな』と小一時間説教コース確実だ。某スーファミで例えると「あんた春麗ね。あたし待ちガイル」と言える。これで友達になれという事自体が間違いであろう。 千雨は明日以降、クラスメイトがどう振舞うかを考え少し欝になった。遠めで自分を見ている視線、一挙手一投足を探る視線……そして聞こえないように喋っていても丸聞こえなヒソヒソ話……ストレスマッハである。尊敬する吉良吉影師匠に習い、三位狙いだったが、五位狙いにしておかないと大変な事になりそうだ。「あー明日学校行きたくね~ ゼッテー浮きまくりだよなぁ……」 千雨は、会場から持ち帰った金鍔とゴーフルを食べつつ、窓の外を見て黄昏ていた。「いっその事、スケ番キャラで売り出すとか……いや、どう考えても表番で噛ませ犬ポジになりそうだな『ふ、私ごときに梃子摺るようでは……あの御方には……ガク』って……そうなれば裏番はエヴァンジェリンか龍宮か近衛ってとこか……ん?」 八方塞な現状から現実逃避していた千雨は、窓の向こう側で『何か』が起こっているのを察知した。 眼前の森の中で、何かが揺れているのが視える。金属が打ち合う音、銃声音が微かに聞こえてくる。間違いない――戦場音楽だ。Jに連れて行かれた某国で、耳が麻痺する位聞いた音だ……畜生 ペンタゴンに行った時、憶えていろよ…… 本来なら、余計なトラブルに首を突っ込まないのがベストなのだろうが、ムシャクシャしていた事と、ここの謎を調べてみたかった事もあり「千雨、敢えて火中の栗を拾うか(キリッ」 という運びとなる。 塾生っぽい長ランを羽織り、パンチラ防止のスパッツを穿き、おやつをポケットに入れて「長谷川流魔体術、バラン拳!」 と叫びつつ窓からジャンプした。この技は羅刹の技が元になっているが「IMEウゼー どんだけ~」と叫んで改名しのだ……流石に羅刹には内緒であるが…… 人間離れしたジャンプ力で木々の間を飛び交い、目にも止まらず、にもかかわらず音もなく、目的地まで進んでいった。 戦場が視界に入り、気配を消し静かに観察していると、色々と驚愕の事実が明らかになっていった。 戦っているのはウチの先生、生徒達だ。何と無く顔と制服に見覚えがある。千雨と同じ麻帆良本校の制服まであった。戦い方も特殊で、ゲームの魔法っぽいものをバンバン撃ちまくり、必殺技っぽいのをガンガン揮っていた。そして戦っている相手は、RPG的に言うと『モンスター』と言うべき奴等――土地柄なのか矢鱈と和風なデザインが多かったが――がこれでもか、という位うじゃうじゃと。だがそれ以上に驚いたのが、戦っている奴等の中に見覚えのある、どころかクラスメイトが2人いたことだ。 (段平サイドテール)桜咲刹那と(年齢詐称戦隊 鯖読みブラック)龍宮真名 桜咲刹那はそのまんま日本刀でテイルズ顔負けのエフェクトをかまし、龍宮はガンカタで無双技をゲージ気にせず使いまくっていた。「エヴァンジェリンがここにいないってことは、奴が裏番キャラなのか?」 何気に真実に辿り着いた千雨は、倒されていくモンスターに目を向け、嘆くように呟いた。「やはりグリーフシードは落とさない……か」 そう倒されたモンスターは、全て崩壊するように消失していった――何も残さず 戦闘は20分程で終了し、学校側の犠牲者はゼロであった――千雨は目の前の戦闘から、色々な情報を手に入れる事ができた。 先ず『魔法』が存在する。しかも自分達と違い、システマチックでフォーマットがあるような『魔法』だ。これは『魔法』というものが『ある程度』社会に浸透していて、組織的に教育、運営されてきたことを意味する――組織――今の自分にとってこれ程厄介なモノはない。 個々の能力ならさほど問題にならない。目の前の連中も、龍宮以外なら魔法全開でぶつかれば勝てるだろう。だがそれは一過性のモノでしかない。数で押されれば負ける、絶対負ける、必敗である。 しかもどうやら連中の魔力は『MMORPGの魔力の回復』だとすれば、自分は『旧式のコンシュマーのRPG、しかも宿屋は閉店中』である。「納得いかねぇ……」 ギリッ 歯を食い縛りながら千雨は一瞬、彼等を嫉妬した。この世界が理不尽なまでに優遇された、楽園のような処に感じた為だ。自分達の努力や犠牲を「効率悪いよねぇ」と一蹴された気分だ。 だがそれと同時に自身の将来に恐怖した。自分が彼等にとっても異質な存在であると実感した。一般人にとっては同じでも、当事者にとっては同様に扱われたくない事がある。大阪人と京都人を『関西人』として括るようなものだ。 そして自分が『少数派』であることは確かだろう。だが問題は『どの程度の少数化』なのか、だ。 『たまに見かける』と『歴史上初めて』では扱いが違う。最悪『《チサメデバイス》を手に入れました』とか『鑑純夏in甲22号ハイブ』なんて事にも成りかねない。《佐倉杏子》としての経験から『初見の魔法関係者は信用しない』は心に刻み込まれていたのだ。「流石に触手はカンベンしてくれ……」 全員知っていると思うが、彼女は中学一年生である…… 千雨の視線の先では、戦闘後の反省会でもしているのか、魔法生徒および先生達は一箇所に集まって話し合っていた。千雨が耳を澄まして会話を盗み聞きすると・この戦闘は新入生の顔見せも兼ねている・このような戦闘はたまにある・交代でパトロールしている・一応、一般人には秘密。ばれると『オコジョ』という何らかのペナルティがある・やはりエヴァンジェリンは学園の裏番・TOPは学園長・魔法には属性があり、呪文がある このような情報を入手できた。これらを入手した千雨は、有体にいって気が抜けていた。自分が戦う必要性を全く感じなくなったからだろう。 化け物がいるとしても、正義の味方もいてくれる。これなら彼女自身が魂を懸けて戦う事はない。そう、これからは『(ちょっと)腕っ節のたつ女の子』として生きていけばいい。その為にも魔法少女であることは隠し通す必要がある。「もう魔法は絶対に使わない」 そう彼女は誓った。 ミーティングが終わったのか、皆其々この場所から離れていき、最後に残った龍宮と桜咲も身支度を始めていた。 千雨が『こいつらがいなくなってから帰ろうかな』と思った時、龍宮が振り返り、こうきっぱりと言い放つ。「いるんだろ? 降りてこいよ 長谷川千雨」