あの大乱闘事件について千雨に処罰等は一切無かった。「これでいいのか麻帆良学園……」一番頭を抱えていたのは千雨だった処が、この事態の異常さを表している。 おまけにクラスの皆の反応がソフトになっていた。結果的にとはいえカタギ衆には手をださなかった事と、朝倉か超辺りの入れ知恵と思われる「いざとなれば食い物で買収すりゃあ大丈夫じゃね?」 という誰もが納得の解決方法があるからだろう。 第9話 Salve, terrae magicae とは言え、それでクラス全員が納得する訳もなく、雪広や那波や四葉さんからは注意を受けたりした。まあ言ってることは真に正論である為、千雨は反論もせず、大人しく聞いていた。その態度から反省の意を感じ取ったのか、叱責の回数は減っていき、それを見てクラスメイトも態度を軟化していく……もしかして雪広達はこうなるように振舞っていたのか? 千雨は気になったが聞くのも野暮な気がしたので、大人しく恩恵を受け取った。 まあ、全てがプラスに働く訳もなく、以前と比べてマイナスな関係の者もいた。一人は古菲、あのバトルの後、千雨は彼女にはっきりと宣言した 「アタシの力はアタシの為だけに使う」と。その言葉に反感があったのだろうか、態度が硬化している。それでいて本国に千雨の事を報告したようには見えないし、食って掛かる事もなかった。 『敗者は勝者に敬意を』ということなのだろう……その代わり、修行に一層力を入れるようになったのは痛し痒しだ……千雨は何時追い抜かれるか戦々恐々である。 だが古菲が微減だとすれば大幅減の奴もいる……大体想像ついているだろうが、桜咲の事である。千雨の技が暗殺拳だとバレた以上仕方ない事だろう。近衛の護衛を命じた奴に『近衛お嬢様に知り合いが増えました。経緯は不明ですが暗殺拳の使い手です』と報告したなら『桜咲、テメエ一寸待てや』となるのは必至だ。千雨も正直に拳法修得の経緯を、桜咲に話したのだが「道場に通っていたら、ついでに教えてもらった」といっても「嘘をつけ!」と言われる始末である。中々疑り深い性格のようだ。 前に説教垂れた効果だろうか、千雨が近衛の近くにいる時は、必ず桜咲も傍にいるようになった。まあ正確にいうなら、近衛の近くというより『一足飛びで千雨をぶった斬れる』距離と言うべきか。近衛の方も桜咲が近くに来てくれるので、積極的に千雨の傍に行く様になる……どう考えても千雨にメリットがない。あるとすれば近衛の純粋さに心が洗われる事位か……「『三解のフェイスレス』の『三解』とは『分解』『溶解』そして『卍解』なんだぜ」といえば「すごいな~あのおじさん、じつは死神やったなんて~」とあっさりと信じてもらえた。似たような事で「三池■史監督で『Fate/stay night』の実写版が撮影中らしいよ」というものある。 そうやって嘘をつい遊んでいたのだが「■界■上のホライゾンは実は 上 中 下 の三部構成だったんだよ!」 という嘘に、現実が追いついてしまった……笑えねえ もう一つマイナスではないのだが、斜め上にぶっ飛んだ奴もいる……早乙女ハルナの事だ。何か変なスイッチが入ったらしく、トンでもない薄い本を製作中らしい……又聞きで知った内容だと『TSした千雨と桜咲、近衛の801本』だそうだ……その発想はなかった…… おまけに千雨のすかした態度にもインスピレーションを刺激されたようで「一輝ポジキター! 普段は全然興味無さげにしながらも! いざ皆がピンチになれば颯爽と駆けつけ……うおー燃える!萌える!!」 だめだこいつ、早くなんとかry 千雨は車田タッチの自分を想像し吹き出しそうになるが、正直そういうスタイルに憧れもある。「その必要はないぜ!」とか「それには及ばないぜ!」とか言って颯爽と現われてみたいと……だが早乙女にはどう対応すればいいのか悩んでいる。凹って大人しくさせようか、とも考えたが、ネット住人の基礎知識『既女と801には手を出すな』に従い今は保留している。 だが実際には、千雨の方はそんな事気にしていられない状態だ。その理由の一つは皆もご存知、ザジの爆弾発言である―― 「……本来、そのような事は起こりうる訳がなかった……」 ザジは話を続けた。「魂が肉体から容易に離れられる形態、世界を震わせる重大な出来事、それに受け入れ側の容態、そして……特殊な環境設定。これらそろっても尚……奇跡といえるでしょう」 千雨は色々と聞きたい事はあった、だが何も喋れなかった。脳が全能力を思考と記憶に振り分けたのか、肉体への命令、支配を放棄したかの如く指一本動かせなかった。 だがそれでも判った事がある。こいつ(ザジ)は千雨の秘密を知っている。自分が《ここ》にいる理由は《向こう側の事情》ではなく、《こちら側の事情》であること……そしてザジが言った『特殊な環境設定』という言葉。言い換えれば、環境を何かしら変更することで、自分が流れてくる確率がアップしたという意味……これはつまり『何らかの意思でここに呼ばれた』という事だ。 千雨は冷静であろうとした、だが自分の中で膨れ上がるマグマのような憤りを抑える事は出来なかった。徐々に感情が肉体を支配し動かそうとしている。「……誰だよ」 震えるような声で千雨は呟く。だがザジは何も反応しない。その態度に切れた千雨は、絶叫するように問う。「誰だって聞いてんだよ! アタシをココに呼んだのは! アタシに何をしろっていうんだよ、どうしろというんだよ!!…………アタシは何だっていうんだよ……」「それを決めるのは貴女」 千雨の恫喝に何一つ怯む事無くザジは答える。「貴女という世界の生殺与奪は、貴女が握っている。貴女という王が決める」 千雨の命運など気にもしていないような、それでいて一字一句はっきりとした口調で、詠うように話を続けた。「私が貴女に言えることは、あまりありません……ただ、『自分』を見失わないこと、『自分』が何者なのかしっかりと考えること、そして『自分』に執着しないこと……」 そう言うとザジは階段を上っていった。余りにも自然な振る舞いだったので、千雨は声を掛けるタイミングを失していた。「お、おい! 一寸待てよ!!」 千雨はそう言いザジを追いかけたが、踊り場を超えてみると、ザジの姿は何処にも無かった……「くそっ!」 千雨としては辺り構わず探し廻りたい処だが、先程大暴れしたばかりなのでそれも難しい。「まあいい……クラスメイトなんだから、2人っきりになるチャンスなんて幾らでもあるさ……」 そう言って不本意ではあるが今日の所は諦めた。だが結局この日より2年以上、そのようなチャンスは現われなかった。そして最終局面になってから、のこのこ現われたのを見て「テメエ! これで『伏線回収終了』なんて、思ってるんじゃねえだろうな!!」千雨がこう叫んだのは仕方が無い事だろう…… だが千雨にとって、この事件が最大の懸念ではない。確かに難しい問題ではあるし、将来に不安を残すことになるのは確かなのだが、今すぐ自分に何かある、という話ではないのだ。 つまり言い換えれば、千雨に今すぐ降りかかろうとしている最大の問題が、眼の前にあるという事だ。正確に言えば左斜め後ろから、獲物である蛙をジッと睨んでいる大蛇の目線――そうエヴァンジェリンの事である。 あの日以来、エヴァンジェリンは隠す事無く、熱い眼差しを送っていた。 勿論色っぽさは欠片もなく、どちらかと言えばサブイような、ゴンを見つめるヒソカのような、グリフィスを見つめるガッツのような、アニマル繋がりで言えば相川摩季を見つめる坂本ジュリエッタのような視線である。 見られる方からすればマジキモーイ と言いたくなるような、18禁板っぽく表現すれば『千雨の未だ誰にも見せた事のない処……日焼けのない、透き通るような白さの奥にポツリと、ほんのりと薄く ピンク色に染まっている■■■にツララを突っ込まれた気分』と言えよう……マジ勘弁してほしい。 蛇 蛙 ときたら当然蛞蝓である。千雨は『蛞蝓』役をやってくれる人を探した――担任の高畑先生の方を見て『助けてくれ』と目で訴えたのだが、苦笑いでスルーされた――畜生、憶えてろ。千雨は早乙女を脅して『高畑×ガンドル』『高畑×ヒゲグラ』の薄い本を大量配布してやると、心に誓った。じゃあ桜咲は……ダメだ、奴なら喜んでエヴァンジェリン側に付かねない。色々考えた結果……「という訳で龍宮、私の盾になってくれ」 最期の手段として龍宮に御願いしてみた。『この馬鹿なに言っている?』と言いたげな顔をして龍宮は「とりあえず1000万」 と吹っかけてきた。「$でいいか?…………ジンバブエの」「ケツ拭く紙にもなりゃしねえよ」 千雨の価格交渉はイキナリ頓挫する。「しかし何故私に頼むんだ? 最近は長瀬や古の方が仲良くやっているだろうに?」 という龍宮の質問には素直に答えた。「あいつ等はいい奴っぽいからな……盾として使い潰すのは申し訳ない」「……長谷川、お前助けてもらう気があるのか?」 そういって龍宮は千雨の額にエアガンを突きつける。玩具だと思うのだが、千雨は額の金属っぽい感触を気にしながら「って言うかあいつ等はまだ『裏』の人間じゃないんだろう? 巻き込む訳にはいかんだろう」 と龍宮に問いかけた。龍宮もそれには同意なのか、銃をしまい千雨に忠告するように返答した。「そうだな、『私達』とは違うのだから、今回はお前一人で何とかしろよ」 千雨はその返答に眉を顰めながらも呟く。「ああ、出来ればアタシも除外して欲しかったぜ……『お前ら』と違って一般人なんだからな」 未だ現状を認識しようとしない千雨を見て、龍宮はため息をついた。それを気にせずに千雨は、自分を助けようとしない担任に噛み付く。「それにしても畜生、高畑の奴、可愛い生徒を見棄てやがって……憶えてろよ」「その高畑先生なんだが……この間お前がぶっ壊した会場の修理をさせられたらしい……全額自費で、な」 あちゃ…… 千雨はその話を聞いて頭を抱えた。そしてやや上擦った声で言い放つ。「まあ、担任なんだし、そういう苦労は付き物、ってことで……」「言い切りやがったな、長谷川」 龍宮のツッコミを無視し、千雨は高畑に心の中で謝った。『瀬流彦×高畑』で勘弁してやろう、と。「しかし、1000万か……」「なんだ、当てがあるのか?」 「いや、特に無い……か? 虎丸は海外出張中だからなあ……アイツを通さないと只の脅迫罪になるし……なあ龍宮、現金輸送車の巡回ルートって判るか?」「……長谷川、お前は『目的』と『手段』の間に『常識』というフィルターを付けたほうがいいぞ。今後生きていく為にも……」 このように千雨と龍宮がバカ話をしていると「もう戦う準備か? 気の早い連中だな」 乱入者が話しかけてきた。当然諸悪の大根源――エヴァンジェリンである。なんか死合する事前提で話しかけてくるエヴァンジェリンに、頭を抱えつつ千雨は「何故バトル前提で話てんだよ……」とエヴァンジェリンに質問すると、意外そうな顔で答えた。「なんだ長谷川、お前はサンドバックにされるのが趣味なのか? その年でそんな性癖を持つのは関心せんな……」 会話が噛み合っていない。エヴァンジェリンにとって、千雨を凹る事は最早確定事項であり、千雨がどうするかなど些細な事のようだ。千雨は自棄になって「何事も暴力で解決しようなんて、文明人として恥ずべき行為だと何故気付かないの!!」 聞けば誰もが『おいおい』と突っ込むような事を、千雨はオーバーアクション気味に真顔で言ってのけた。龍宮ですら一瞬唖然とした発言に、エヴァンジェリンはニヤリと哂い、静かには右手を挙げ指を微かに動かす。自分とエヴァンジェリンの間でキラキラ光る『何か』を見た時、千雨は思わず叫んだ「戮家 千条鏤紐拳! ま、まさか……」 千雨の表情に満足したのか、エヴァンジェリンは問わず語りに「後進の成長振りを把握しておく事も、先達としての義務だからな。200年前とどう変わっているのか、じっくり見させてもらおうか」と話を続けた。「大人しく草葉の陰から見ていればいいものを……」 千雨の後輩にあるまじき発言を気にもせず「まあ、それは飽くまでも表の理由だ」 そうエヴァンジェリンはぶっちゃけた。「……じゃあ本音は?」 勘弁してくれ、という表情で問う千雨に対し、エヴァンジェリンはゾクリとする笑みを浮かべ「それは決まっておろう」 そう言ってエヴァンジェリンは、グウの音も出ない理由を答えた。「私のストレス発散の為だ」 畜生、何も言い返せねえ、千雨は平和的解決を断念した。その表情を見て満足したのか、エヴァンジェリンは強者の貫禄を見せつけた。「今度の満月の夜だ。逃げてもかまわんが、只の引き伸ばしにしかならん事を理解しておけ」「そっちの都合だけで考えられても……その……なんだ……困る」 機嫌を損ねない様、控えめに反論したのだが、その媚びるような言い方が気に障ったのか、エヴァンジェリンは フン と鼻で笑い「バカを言うな、何故強者が弱者に配慮せねばならぬのだ? 第一これは長谷川、お前もやっていた事ではないのか?」 その言葉に千雨は顔を歪めるが、何も反論しなかった、出来なかった。それを見たエヴァンジェリンは滲み出てきた怒りの感情も露に「この際だからよく聞け。いいか、堅気には堅気のルールがあるように、外道にも外道のルールがある! そして裏の住人にとって一番許せないやつは、堅気と外道の境界線上を自分の都合で行ったり来たりする輩だ――お前のことだよ 長谷川千雨!!」 冷や汗を流し、歯軋りしながらも黙って聞いている千雨に、興味を無くしたかの如くエヴァンジェリンは、一言言い残してこの場を去って行った。「お前に残された選択肢は三つ。黙って殴られるか、逃げた処を殴られるか、生意気にも楯突いて殴られるか、だ。さっさと覚悟を決めておくがいい――」 何も言えずその場に立ち尽くす千雨に、龍宮は声を掛けた。「長谷川……」「……なんだよ」 突き放すような千雨の口調も気にせず、龍宮は真顔で質問した。「私とお前の間柄だと……三千円でよかったんだよな?」「縁起でもねえよ! もっと奮発しろ、この守銭奴が!!」ミタキガハランジョークQB「さあ、あんこ。君の『願い』を言ってごらん」あんこ「さやかを、さやかを生き返らせてくれよ!」QB「残念だが僕には不可能だ」あんこ「それじゃあ、ネギ先生の言っていた『私に良い考えがある』っていうのを誰もが納得できる形で説明してくれ!」QBは少し考えた後「…………美樹さやかの遺体は何処かな?」今となっては、ジョークになってねぇ……