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No.32494の一覧
[0] 【習作・ネタ】腐敗都市・麻帆良(ネギま)【ヘイト注意】【完結】[富屋要](2020/03/01 01:07)
[2] 第一話 特殊資料整理室[富屋要](2012/03/28 20:17)
[3] 第二話 麻帆良大停電[富屋要](2012/03/29 20:27)
[4] 第三話 麻帆良流少年刑事事件判例[富屋要](2012/03/30 21:08)
[5] 第四話 学園長[富屋要](2012/03/31 22:59)
[6] 第五話 包囲網[富屋要](2012/04/05 21:11)
[7] 第六話 関西呪術協会[富屋要](2012/04/10 00:09)
[8] 第七話 目撃者[富屋要](2012/04/14 20:03)
[9] 第八話 教師[富屋要](2012/04/17 20:25)
[10] 第九話 魔法先生[富屋要](2012/05/18 03:08)
[11] 第十話 強制捜査[富屋要](2012/08/06 01:54)
[12] 第十一話 真祖の吸血鬼[富屋要](2012/08/06 19:49)
[13] 第十二話 狂信者[富屋要](2012/09/08 02:17)
[14] 第十三話 反抗態勢[富屋要](2015/11/27 23:28)
[15] 第十四話 関東魔法協会[富屋要](2013/06/01 03:36)
[16] 第十五話 立派な魔法使い[富屋要](2013/06/01 03:17)
[17] 第十六話 近衛近右衛門[富屋要](2015/11/27 23:25)
[18] 最終話 腐敗都市[富屋要](2019/12/31 16:31)
[19] エピローグ 麻帆良事件・裏[富屋要](2020/02/29 23:46)
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[32494] 第八話 教師
Name: 富屋要◆2b3a96ac ID:d89eedbd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/17 20:25
 それは不意打ちだった。

 学生の数あるイベントでも最大級の修学旅行。

 四泊五日の旅行で、教師の目を盗んで深夜のゲーム。
 宿の従業員や他の宿泊客には迷惑だとしても、楽しい思い出作りのためなら、気に病む程もない些細な行為。
 ひょっとしたら、後で生活指導の教師に叱られるかもしれないけれど、それはそれで思い出作りの対価と考えれば安いものだ。

 そう、全ては中学生時代の思い出作りのため。
 ……そのはずだった。

 誰が予想できる? ゲームが最高に盛り上がったただ中に、警察官隊が乗り込んで来ると。

 三-Aの生徒全員は、ほぼ同一の思考で占められていた。

「どうしてこうなった?」

 生憎にも、警察官隊は忙しそうにあちこちを行き来し、彼女達の相手をしてくれそうな人物は見当たらない。

 さしもの能天気と軽挙妄動が売りの三-Aの面々でも、公権力に噛みつく愚は知っていた。事態の深刻さは理解できなくても、少なくとも雰囲気を感じ取る事はできたのか、不安な面持ちを浮かべながら、おとなしく状況に任せるままだ。

 そうしているうちにも、ゲームには直接参加せず、部屋で観戦していた生徒達までが一人また一人と警察官達に連れられ、ゲーム参加者達とは少し離れた場所で一個所にまとめられていった。睡眠中を起こされ、眠い目をこすっている生徒も一緒だ。

 例外は朝倉あさくら和美かずみだ。

 今回のゲームの発案者にして運営管理者、そしてトトカルチョの胴元も兼ねる彼女だけは、左右の腕を二名の警察官に取られ、半ば引きずられるようにロビーに連行されてきたのだ。手錠はかけられていなくても、その様は連行される犯罪者そのものだ。

 混乱と恐怖に顔を蒼白にさせた和美は、声を出そうにも声にならないのか、陸に上がった魚のように口をぱくぱくさせながら、二つのグループから離れたソファの一つに腰かけさせられた。

 その左右に連行した警察官が立ち、逃亡も接近も許さない構えを取る。

「……ようやくここまで来たわね」

 京都府の警察官達の手際の良さに、霧香きりかは内心で舌を巻いた。

 しばらく前まで、家名を理由に警察の干渉を声高に拒絶していた生徒や、突発イベントと誤解し嬌声を上げて逃げ回る生徒、腕試しとばかりに戦いを挑みかけた生徒、いつの間にか外に出て非常口のピッキングをしていた生徒など、常識や良識を疑う数々の奇行の現場も押さえられ、今はおとなしいものだ。

 ホテル内で張り込んでいた私服警察官から、三-Aの生徒に胡乱な動きがあると報告が上がってから一時間弱。明日に予定されていた保護計画を繰り上げ、大きな混乱もなく取り締まりに動けた錬度の高さは、さすがと言うべきか。

「そうですね」

 隣で成り行きを見物している和泉いずみが同意した。

「麻帆良が何を考えているか、なおさら分からなくなりましたけれど……」

 和泉の視線は、両手の手錠を紐で腰に結わえられ、警察官三名に取り囲まれたサイドテールの小柄な少女に向けられていた。先日の麻帆良で、和泉や千草に切りかかってきた辻斬りの少女だ。

「……ここでも日本刀を携行して、警察官に切りかかるとは思ってもいませんでした」

 そう零す彼女のスーツの襟は、半ばから力なく垂れ下がっていた。抵抗する少女を取り押さえる時に切られたのだ。警察官隊同様、防弾ベストをスーツの下に着込んでいたため怪我はない。

 和泉の視線が辻斬りから離れないのと同様、霧香の視線は先程から、ゲームの主催者から離れずにいた。ネギ少年が魔法で車を半壊させた現場を目撃したにも関わらず、その危険性を微塵も想像できず、喜び勇んでクラスメートを魔法使いに売り払おうとした愚かな少女だ。

「カタギの生徒相手に、仮契約を結ばせようと画策する連中よ。理解できるとは思えないわね」

 魔法使いが用いる『従者契約(パクティオー)』は、魔法使いを除き、その存在を知る有識者からは問題視されている。

 まず、日本の商法や『特定商取引に関する法律』で規定されている契約説明の徹底義務や、クーリングオフ制度の欠如、契約概要書が存在しない等の諸々の不備がある。これは本来なら、契約として成り立ちようのない代物だ。しかし魔法使いの間では、正式であれ仮であれ、契約として受け入れられている。

 金銭が介在しないため、既存の法律では取り締まれないのも問題だ。それを逆手に取り、魔法使い達が好き勝手にやっているのを、隣で指を咥えて眺めるしかなかった警察官が、一体どのくらいいるだろうか。

 次に、契約時に解約方法の説明を怠っている事だ。これも説明義務の中に含まれているのだが、説明側の大半が義務を怠っているのが実情だ。さらに悪い事に、日本の法律では契約が成立していないからと、警察や消費者センターを通して苦情と仮契約の破棄を持ちかけようにも、魔法使い側が解約に応じない限り、いつまでも不本意な契約が維持されてしまうと言う、何も知らない一般人が一方的に略取される契約だ。

 その他にも、社会的立場を持たない未成年者や学生を、契約の対象としている点などの問題もさることながら、最大の難点は、魔法使いの従者契約を主催する組織の現地法人が、日本国内に存在しない点だろう。

 これでは仮に、順法意識を持つ良識的な魔法使いが仮契約の破棄に応じようにも、主催組織が自国の法律を盾に、対応を拒絶する可能性を示している。日本支部としての法人格を有していれば、経産省なり地元行政なりで処罰が可能になるのだが、国外では対応のしようがない。

 ましてや主催組織の所在地は一般人に知られておらず、『関東魔法協会』が日本国内で唯一の取り次ぎのできる組織だ。それとて主催組織とは別組織のため、確実に対応できるとは言えず、そもそも法人格を持ない非公式組織ゆえ、世間では協会の存在すら知られていない。

 万が一仮契約など交わそうものなら、解約は非常に困難だ。

「今回はそれを防げたのも成果の一つかしら」

 魔法使いの仮契約は、見方によっては「商品を送ったから代金を払え」と請求する『送り付け商法』とも大差ない。いや、金銭の代わりに身柄を要求し、召喚の形で誘拐が可能な辺り、より悪質だ。暴力団のいわゆる『杯を交わす』のと同じと思っても良いだろう。関わったが最後、抜け出すのは絶望的だ。

 今回のゲームを装った人狩りの企みは、幸いにも警察官隊の介入により阻止され、仮契約の魔法陣も霧香と和泉の手により速やかに破壊されている。

「もっとも、彼女には関係ないでしょうけど」

 和美に向ける霧香の口調に、同情を感じさせる響きは微塵もない。
 今回の三-Aの生徒を狙った仮契約の企みは、見方を変えれば『略取・誘拐罪』が適用される事件だ。ゲームと称した姦計を用い、未成年者の身柄を魔法使い――この場合ネギ少年――の支配下に置こうとしたのだ。誘拐の要件を満たすのに暴力の有無は関係がなく、罪状を問うには十分だ。

「……不処分で済む事はないでしょうね」

 和泉も同意見だった。

 その行為に加担した和美が、無罪放免で済むはずもない。誘拐の片棒を担ぐと知らなかったとして、また、未成年者の立場から無知が酌量されたとしても、クラスメートに詐術を用い、騙していたのは否定のしようがない。『関東魔法協会』の名前が公になれば最後、どう甘く見積もっても保護観察は免れず、不処分で見逃してもらえる事はあるまい。

 この時の霧香や和泉は知る由もない事実に、この数時間前に和美は、副担任に変装して成りすます『プライバシーの侵害』と、ネギ少年から魔法の存在を聞き出した後に『脅迫』も行っている。その上で、仮契約のためのゲームの主催と賭けの胴元を請け負っており、その際に判明した他の犯罪も鑑み、初犯にしては重い処分が下される事になる。

「でも最大の成果は……何と言っても、彼ね」

 霧香はようやく少女から外した視線を、私服の女性警察官に連れられた赤毛の少年に向けた。

 ネギ・スプリングフィールドだ。
 朝倉和美と同じく顔を紙のように白くし、女性警察官二名に挟まれてロビーに現れたネギ少年は、三-Aの生徒達が集められている光景すら満足に目に入らないらしい。俯き加減に小さく動く口元から、何かしら呟いているのが知れる。

 その三人の後ろに続く数人の警察官の姿に、霧香達は眉をひそめた。後頭部や肩や腕を押さえる者、同僚の肩を借りて足を引きずる者、鼻を摘まみ天井を見上げる者など、目にも明らかな負傷者だ。

「抵抗されましたね」

 言わずもがなな和泉の指摘に、霧香は口の中に広がる苦い味を飲み込んだ。ネギ少年への接触には慎重を要するとの注意喚起は、十分ではなかったようだ。

 『被虐待児症候群』に見られるように、物心つく前から『立派な魔法使いマギステル・マギ』の思想に染められ、十にもならない身で労働させられる虐待を虐待と感じずに育った少年が、救援に差し出された手を跳ねのけ、かんしゃくを起して暴れるのは想像できた反応だ。

「どう話しかけたのかしら」

 子猫一匹助けるために、平然と走行中の自動車を攻撃し、見咎められれば逃走する反社会的気質の持ち主なのだ。下手な接触をすれば、暴れ出すのは目に見えていたはず。

「……あるいは、かんしゃくの沸点が異常に低かったのかもね」

 修行を理由に警察への同行を渋るネギ少年へ、警察官の一人が迂闊にも修行の中止を口にしてしまったため、恐慌を起こした彼が魔力を暴走させ、警察官達を吹き飛ばしてしまったのだと、二人が知るのは後の事だ。

 ひとりごちる霧香に怪訝な視線を向けた和泉だったが、あえて尋ねる手間はかけなかった。

 それよりも、客室に続く廊下から足早に現れた男女に、二人の注意は向けられた。
 五十代に手の届きそうな男一人と、二十代後半から三十代前半と思しき男女の三人だ。魔法使いか否かはともかく、引率の教師達で間違いないだろう。

 警察官が集団で行き来し、三-Aの生徒のほとんどがロビーに集められている光景に、三人は一瞬で絶句した。

「……い、一体、何の騒ぎですか!」

 教師としては見たくない光景の五指に入るだろう惨状に、しばしの硬直から立ち直り、気を取り直すや声を上げた年配の男に、霧香と和泉の二人は胸の内で同情した。

     ◇◆◇

 引率責任者の新田教諭がロビーに飛び込んできたのは、警察官隊の突入から十五分もしないうちだった。

 ざっと見ただけでも二十人はいる警察官に目を剥き、数呼吸後には大まかな状況を把握する。伊達に長年教師をしてはいない。防弾ベストまで着込み、物騒な事態まで視野に入れている警察官達に、新田は生唾を飲み込み、ネクタイを締め直した。

 経験則から、『警視庁』のロゴの入ったジャケットを着た女が全体を俯瞰ふかんし、警察官隊の行動を把握している人物、と見て取るのは難事ではなかった。

「ちょっとよろしいですか?」

 隣の女性警察官との打ち合わせに一区切りついたところを見計らい、女に声をかける。

 振り返った女は、予想していたよりも若かった。まだ二十代の半ばと言ったところか。髪をひっつめにまとめ上げ、薄化粧を施しただけの白い肌に紅い唇が、警察関係者と一見で思わせない妖艶な美女だ。ジャケット下には濃紫色のスーツとスカート、同系色のハイヒールと、服装もどこか警察関係者にしてはアンバランスだ。

「失礼します。私、麻帆良学園中等部の教師で、修学旅行の引率責任者の新田と言います」

 新田の自己紹介に、女は一瞬眉根を寄せ、次いで妖しい笑みを浮かべた。本人としては親しみのある笑みのつもりなのかもしれないが、傍から見ると身を一歩引きたくなる笑みだ。

「警視庁特殊資料整理室室長、たちばな霧香警視です」

 聞き慣れない部署ながら、相手の階級の高さに新田は軽い眩冒めまいを覚えた。今回のこれは、単純な通報による成り行きではなく、前もって計画されていたものだと、即座に理解できてしまう。

 しかし相手の階級に気押されたりはしない。事は、生徒全員の将来がかかっているのだ。

「……一体これはどういう事ですか。うちの生徒……特に三-Aの生徒はうるさすぎる位に騒々しいクラスですが、警察のお世話になるような生徒は……」
「新田先生のお気持ちは察しますけれど……事はもっと深刻です」

 言葉尻を濁らせた新田に、告げるべきか否か視線をさ迷わせ、目立たぬよう重い息を吐いて霧香は続けた。

「三-Aの生徒達ですが、各班から代表者を出し、就寝中の担任の部屋に忍び込み、キスをするゲームをしていました。幸い、担任は中庭をうろうろしていたため、実害はありませんでしたが。しかも不参加の生徒にはゲームの進捗を観戦できるよう、ホテルに無断でビデオカメラを設置していました」

 宿泊施設に限らず、建物内に無断でカメラを仕掛ける自体、常識を疑う行為だ。カメラ設置の際に建物に傷を付けていれば、その時点で器物損壊罪まで成立する。

 霧香の説明にも、頭を上げた新田は顔色一つ変えずに耐えた。この辺りは年の功というものだろう。

「……そ、それは確かに問題ですが、せいぜいキス程度ではないですか。警察が出てくる必要は……」

 それでも、声が心持ち震えるのは止まらない。

「キス程度……ですか」

 事態を重要視していないのか、意図的に軽くしようとしているのか、引率責任者の顔色からは伺えず、次に紡ぐ言葉を探して霧香はしばし間を置いた。

「それが、麻帆良学園の教師間における共通の認識。そういう事でよろしい?」

 霧香の声音は、隣の和泉が半歩距離を開ける程に冷ややかだった。

「念のためお聞きします。ひょっとして新田先生は、男子は性的暴行を受けない、あるいは異性から襲われるのはご褒美だとか、その程度で傷つくのは男らしくない。そういう考えなのですか?」

 新田の世代を考慮すれば、そのような思考を持っているとしても何ら不思議はない。むしろ、女々しい質問と切り捨てる方だろう。

 是非を口にせず、沈黙を返答に変える新田の態度から、どう考えているのかは伺い知れた。

「でもこれは、とんでもない組織的計画犯罪なのですよ? 行事の旅行で宿泊中、本人が別室で休んでいる裏で、実際に実行するのは十人前後とは言え、異性三十人近くが寝込みを襲う計画を立案。実行者の中には相手の抵抗も考慮して、体格差が三十センチ以上もある人物や格闘技の実力者を入れ、そして実行者達以外は、誰が最初にキスを奪うかの賭けをして、その現場を中継で観戦。止める者なし、通報する者なし。しかも全員、毎日職場で顔を合わせる間柄です。何も知らされずに見世物にされる当人としては、たまったものではないでしょうね」

 霧香としては現実を淡々と語っただけで、悪意を込めた改鼠かいそはしていない。それだけに、中学生が遊び感覚で行なったおぞましい行為に、胸中に嫌悪感が込み上げてくるのを止められない。ネギ少年を無事に保護できた事実が慰めだ。

「さらに中学生とはいえ、十人以上で一人を取り囲むんです。キスだけでは済まない危険もあったのでは? 教師側の合意はなかったようですし、暴行なら合意も何もあったものではないでしょう? ああ、合意の元でキスゲームとなれば、別の意味で問題になりますか」

 教師が生徒にキスをすれば、強制わいせつ罪が成立するのだ。生徒から教師にキスをすれば成立しない、などと理屈は通じない。寝込みを襲う非常識連中の行動が、キスだけで終わるという保証もない。

「しかも担任のネギ・スプリングフィールド君、九歳の子供じゃありませんか。それを十代女子が寄ってたかって……集団で児童虐待ですか」

 胸中のむかつきを押し隠し、妖艶な笑みは崩さずに強い毒を吐く。
 ネギ少年が児童虐待を受けている現状を利用し、麻帆良の魔法使い達を一掃する計画を着々と準備してきたのだ。そこへ女生徒達が手ずから、性的虐待の容疑を銀盆に乗せてやってきたとなれば、手加減や遠慮を加える理由が思い付かない。

「いえ、そんなことはありません。彼はただの子供ではなく、飛び級で大学を卒業しています。当学園で教師をしているのは、彼のような子供でも教職としてやっていけるのか、そのテストです。無論、教師としても十分やってくれているのが、その証明です」
「それが不思議なのですよ」

 霧香はわざとらしく両腕を組み、人差し指を立てた。

「何で飛び級制度のない日本で、わざわざ海外から子供を呼び寄せてまで、そんなテストをする必要があるのか、ですね。制度のある国がやるべき事でしょ?」

 ウェールズにも飛び級制度はありませんしね、とさり気なく補足し、ネギ少年の大卒相当の学力と言う建前にも、疑惑があると指摘するのも忘れない。

「まあ、えてして役所にはそういう意味不明な行動を取る時がありますから、そこは文科省なりの思惑があるのでしょう。置いておきます」

 次いで、霧香は中指を立てた。

「そのような導入試験を行うなら、まずは当然官報で公開し、パブリック・コメントを集めますし、モデル校の募集もするものですよね? 教育の世界には生憎と疎いので、私が無知なだけかもしれませんが、そのような導入試験の話、私は聞いたことがありません。新田先生はご存知でしたか?」

 霧香の確認に、新田は記憶を掘り起こすように微かに口元を歪め、首を横に振った。

「いえ。残念ながら……」

 そうでしょうと霧香は頷き、薬指を立てた。

「ネギ君のような子供を教職に就けるテストが行われているなど、私も初耳です。京都府の警察官にも聞いてみましたけれど、少なくとも府内でそのようなテストの行われている学校はないそうです」

 ここに到り、自分の所作が失礼だと気づき、霧香は腕組みを解いた。

「府内の公私立学校に問い合わせたのでないので、正確なところは不明です。……本当にそのような試験、文科省なのか厚労省かどこが主導なのかはともかく、麻帆良学園は許可を得て行っているのですか?」

 公式に許可が出ていれば、ネギ少年を被虐待児童として保護する許可を、京都府知事の名前で得るのは難しかっただろう。その事は口にしないし、触れない。

 今度の霧香の問いに、新田は答えを返さなかった。答えられないのか、沈黙で答えようとしているのか、困惑の度合いが増す新田の目からは読み取れない。

「そちらの方が本職ですから、こちらから指摘するまでもありませんけど……外国で飛び級して大学を卒業していても、日本に来れば日本の法律に従い、年齢相当の学校に通わなくてはならない。間違っていますか?」

 保護者が日本国籍を持つなら、の前置きを付ければ霧香の指摘は正しい。言い換えれば、保護者が外国籍の場合、その子供に日本国籍のない限り、法律上、就学義務は課せられない。ネギ少年の国籍が日本国外であっても、彼の国内滞在中の管理義務者が日本人であるなら、就学義務が課せられるとの判断は可能だ。就学義務を課せられないにしても、年齢制限のある教師職への就労は、明白な違法行為だ。

「……ええ、まあ……その通りですね」
「では、ネギ君の管理義務者について、何かご存知ですか?」

 未成年や心身の障害により、責任能力を有さないと判断される個人には、その責任を肩代わりする管理義務者が存在する。未成年者の場合には親がそれに該当し、在住する社会で問題や軋轢を起こさぬよう、教育・指導する義務がある。親の目の届かない学校内で起きた事故や事件には、担当教師や学校が代行義務者として、その責を負わされている。

「ええ。確か……学園長の近衛このえが代行を……」

 途中まで言いかけ、新田は心持ち青褪めた。麻帆良では<認識阻害の結界>で歪められていた悟性が、京都の地まで離れたことで機能し始めたのかもしれない。

「学園長……近衛と言いましたか? そちらの学園長が代行義務者で間違いないのですね?」
「いや、ちょっと待って……え、だけど、まさか……」

 すかさず言質を取ろうとする霧香に、新田は更に困惑の色を深めた。見た目の表情は変わらず、眉間に寄ったしわが増えたくらいの変化だ。

 齢十にもならずに故国を遠く離れて生活するネギ少年を、責任無能力者な年齢を知って雇用し、同じ責任無能力者でも年上の女子中学生達の担任に据え、それに係る代行義務者としての責任を持たせ、なおかつ麻帆良学園全体で彼の行動を野放図に放置している。いかにテストを称しても、教育機関としての在り方そのものが問われる醜聞ではなかろうか。

 いや、教育機関として、既にあり得べからざる事態だろう。ネギ少年の代行義務者がいようといまいと、放置できる問題ではない。

 そして近右衛門の管理義務者としての資質は言わずもがな、評価以前の問題だ。

「十四、五歳の中学生を、年下の十歳の担任が代行管理者として指導する。私見としては、無茶もはなはだしいですね。勿論、生徒の仕出かした事件には、担任として管理者として、指導力と責任が問われます。責任を問われる担任に、責任無能力者を雇用する麻帆良学園に対しても、ですが……。それは今さら語るまでもないでしょう?」

 今回の事件は、管理能力不足が原因で、起きるべくして起きたものです、と霧香は締め括った。

 魔法使いが絡めば、容易く黙殺されてしまう言い分だ。能力主義・実力主義と言えば聞こえは良いが、所詮は近右衛門の胸三寸の話だ。近右衛門が教師と魔法使いの立場、どちらを重視しているかは、敢えて触れるまでもない。

 悟性が正常に働くようになった新田は、返す言葉すらなかった。なぜこんな無茶ぶりを今まで疑問に思わずに受け止めていたのか、記憶を探ろうとしているのかもしれない。

「そのような理由から、ネギ君をこれ以上、麻帆良学園の責任下に置いておけないと判断し、保護する事となりました。……未成年者に労働を強いている時点で、ネギ君を保護する理由として十分なのは、理解していただけると思います」

 新田は思案気に眉間にしわを寄せたまま無言で答え、若手二人の教師は苦々しいものを見る目で霧香をねめつけた。

「話は少し変わりますけれど……」

 懊悩おうのうする新田に構わず、霧香は別件の重要な話を持ち出すことにした。

 目配せで意を受けた和泉が場を離れ、近くにいた女性警察官二人を伴い戻ってくる。

「三-Aの生徒達の所持品を調べたいので、協力願えますか?」
「……所持品、ですか?」

 新田は怪訝そうな顔を、若手の教師二人は警戒するかのように身を強張らせた。
 ええ、と霧香が首肯する横で、和泉がこれ見よがしにスーツの襟を摘まんで見せた。

「そちらの生徒が一人、日本刀を携行し、呼び止めた彼女に切りかかりました。『銃砲刀剣類所持等取締法』違反と『公務執行妨害』で現行犯逮捕しています」

 ただでさえ良くない顔色をさらに悪くする新田に、霧香は無情に続けた。

「生徒の氏名は、プライバシーに関わるので教えられません。他にも刃物の類を持ち運んでいる生徒がいないか、確認するためにも協力をお願いします」

 生徒の一人が逮捕されたからと、残りの生徒達の所持品検査をするなど、プライバシー尊重の観点から許される行為ではない。ゆえに、生徒の管理義務を負う教師、特に引率責任者を説得し、同意を得る必要がある。

「……分かりました」
「新田先生!」

 三十秒近く熟考し、重々しく同意の言葉を吐いた新田に、若手二人が抗議の声を上げた。生徒の自主性、生徒の信用云々と、霧香達が呆れ返る理由を並び立て、所持品検査が不要だと主張する。

「そうもいかないでしょう」

 一言の元に新田は切り捨てた。

「三-Aだけでここまで問題を広げているんです。生徒の自主性を重んじるなら、ここは警察に協力するべきです」

 それでもなお言い募ろうとする男性教師を一睨みで黙らせ、霧香と向き直る。

「見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。所持品検査に異論はありません。ただし私とみなもと……こちらの女性教師も同行します。瀬流彦せるひこ先生は、自分のクラスの生徒達が騒ぎを起こさないよう、監督を」

 残る男性教師に指示を出す新田に、霧香は嫣然えんぜんと微笑んだ。
 龍宮たつみや真名まなに任意同行を求める予定で、打ち合わせではあわよくばの程度だった現行犯逮捕に到れる可能性が出てきた。さらに追加で、『関東魔法協会』所属で銃器類・刀剣類を持ち込んでいる生徒を逮捕できる見込みが出れば、表情も弛みがちになろうと言うものだ。

「ええ、勿論。むしろ引率の先生方には、一緒に確認に回ってもらいたいと、お願いしたかったところです」

 余りにも都合良く転がる状況に、魔法使い側の何かしらの計略にかかっているのではないか。

 そんな漠とした不安感を、霧香は思考の片隅に押し退け、和泉の連れてきた警察官達に軽く会釈した。

「後はお願いします」

 引率教師の合意があるとは言え、警視庁の霧香達が所持品検査に立ち会うのは難しい。後ろから観察するだけで、ここは管轄の警察官達に任せるべきところだ。

 和泉と警察官二名、そして新田と源の二人の教師らが三-Aの生徒達の部屋に向かうのを、霧香と瀬流彦と言う男性教師が見送った。







◎参考資料◎
・一分雑学『検挙と逮捕』
・くろたけ『男の子や男性はこんな性被害にあっている。(実例集)』If He is Raped.
・くろたけ『男性への性的虐待についての「事実と偏見(神話)」』If He is Raped.
・警視庁『ネガティブ・オプション(送り付け商法)』
・総務省法令データ提供システム『特定商取引に関する法律』
・Wikipedia『児童性的虐待』
・Wikipedia『飛び級』
・Wikipedia『被虐待児童症候群』
・Wikipedia『誘拐』
・Wikipedia『略取・誘拐罪』


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