<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.32494の一覧
[0] 【習作・ネタ】腐敗都市・麻帆良(ネギま)【ヘイト注意】【完結】[富屋要](2020/03/01 01:07)
[2] 第一話 特殊資料整理室[富屋要](2012/03/28 20:17)
[3] 第二話 麻帆良大停電[富屋要](2012/03/29 20:27)
[4] 第三話 麻帆良流少年刑事事件判例[富屋要](2012/03/30 21:08)
[5] 第四話 学園長[富屋要](2012/03/31 22:59)
[6] 第五話 包囲網[富屋要](2012/04/05 21:11)
[7] 第六話 関西呪術協会[富屋要](2012/04/10 00:09)
[8] 第七話 目撃者[富屋要](2012/04/14 20:03)
[9] 第八話 教師[富屋要](2012/04/17 20:25)
[10] 第九話 魔法先生[富屋要](2012/05/18 03:08)
[11] 第十話 強制捜査[富屋要](2012/08/06 01:54)
[12] 第十一話 真祖の吸血鬼[富屋要](2012/08/06 19:49)
[13] 第十二話 狂信者[富屋要](2012/09/08 02:17)
[14] 第十三話 反抗態勢[富屋要](2015/11/27 23:28)
[15] 第十四話 関東魔法協会[富屋要](2013/06/01 03:36)
[16] 第十五話 立派な魔法使い[富屋要](2013/06/01 03:17)
[17] 第十六話 近衛近右衛門[富屋要](2015/11/27 23:25)
[18] 最終話 腐敗都市[富屋要](2019/12/31 16:31)
[19] エピローグ 麻帆良事件・裏[富屋要](2020/02/29 23:46)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[32494] 第七話 目撃者
Name: 富屋要◆2b3a96ac ID:d89eedbd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/14 20:03
 四月二十三日。
 麻帆良学園本校中道部の修学旅行二日目も、各訪問地での騒音苦情以外、初日同様滞りなく終了した。とは言っても、あくまでスケジュール通りに事が進んだというだけで、現地観光地が被った迷惑に関しては、警察に通報のない限り知る術はない。

 『嵐山ホテル』から五十メートル程離れた路上に、黒い車が一台停車していた。乗っているのは若い女が二人。

 霧香きりか和泉いずみだ。

 生徒を降ろしたバスが立ち去って一時間弱、修学旅行中の学生達はそろそろ夕飯だろう刻限だ。

「今日も無事に終わりですね」

 双眼鏡から目を離した和泉は、ハンドルをトントンと指先で叩く隣の上司を見遣った。

 苛立ちを代弁するような霧香の所作は、部下が助手席に座り自分が運転する非常識に対するものでも、警視庁所轄の自分達が京都府警に体良く使われている事に対する不満でもない。ましてや、ハンドルを叩く癖がある訳でもない。

「……そうね」

 和泉への返答が僅かに遅れた事から、霧香の苛立ちの一端が、何事も起きずにいる平穏にあるのだと伺えた。

「ひょっとして、まだ気にしているんですか?」

 上司の態度から、和泉は不満の原因を予測すると、呆れが混じらないよう言葉を紡いだ。

「……少しだけ、ね」

 霧香は素直に認めた。
 事実、予定を前倒しに進める事象の発生を、霧香は期待していた。

 効率を重視するなら、修学旅行最終日に保護するのではなく、最中に保護するのが最良なのは明白だ。『学校法人麻帆良学園』に属する各中学高等学部は、問題の本校女子中等部のように、修学旅行で麻帆良市を離れている。修学旅行には無論の事、教職と二足のわらじを履いている魔法使いの多くも、引率で麻帆良を留守のはず。邪魔者が最も少ない時期だけに、早々に保護対象の二人の身柄を確保し、『関東魔法協会』『立派な魔法使いマギステル・マギ』の名前を出させ、強制捜査の許可を取れば、余計な妨害を受けずに事を運べる。

 それにも関わらず、修学旅行最終日まで手出しをしないのは、子供達の学業と思い出作りを邪魔しないようにとの配慮によるものだ。

「私にだって、折角の修学旅行を台無しにしたくない気持ちはあるから。……本当に少しだけよ?」

 早口で言い訳する霧香の視線は、和泉ではなくホテルに固定されていた。ハンドルを叩く指がピタリと止まる。

 上司の些細な動作の変化に気付いた和泉は、凝視する先を目で追い、その原因を捉えた。

 子供が一人、ホテルの正面ドアから出てきたところだった。距離のあるため顔の造形は不明だが、特徴的な赤い髪と背中に隠し切れない長い棒は見て取れる。

「あれは……?」

 和泉は双眼鏡を顔に当て、子供の容貌を確認すると、ドアのポケットに突っ込んでおいた会議資料を引っ張り出した。

「……ネギ・スプリングフィールド君ですね」

 資料を手早くめくり、保護対象の少年の顔写真が載っているページと比較すると、あらかじめ顔形を頭の中に叩きこんでおいた人物に間違いないと断定する。

 そう、と霧香は少年から目を逸らさずに応じ、怪訝そうに眼を細めた。

「何かの罰ゲームかしら?」

 霧香の指摘の通り、ネギ少年の歩き方はおかしかった。どこか覚束ない足取りで、数歩進んでは溜め息を吐き、数メートル歩いては両手で頭を抱えてと、懊悩のパントマイムを演じながら二人の車が停車している方へと向かって来ている。

「本当に何か悩んでいるのでは?」
「……私の知り合いに、あんなパントマイムをして悩むイギリス人はいないわよ」

 応じる霧香の脳裏に浮かんだのは、イギリスに研修していた頃に知り合った警察官と、近所で付き合いのあった顔触れだった。

 そんな会話をしている間にも、ネギ少年は対向車線側の歩道を歩き続け、車中の二人に気付くことなく車の前を通過していった。

「……何なのでしょうか?」

 和泉の呟きには霧香も答えを持たず、二人して後ろを振り返り、ネギ少年の背中を眺めるしかない。

 二人の乗る車から十四、五メートルは離れた頃だろうか。
 突然、ネギ少年は背中の杖を素早い動きで両手に持つと、先端を斜め前方の車道に向けた。丁度、後続車が一台、車線変更で減速しつつ近づいているところだ。

 と、その後続車は、追突事故特有の衝突音と金属音を上げて停止した。車の前面、フロントバンパーとラジエーターグリルが、電柱か壁に激突したかのようにひしゃげ、半ば開いたボンネットの陰で、ドライバーの顔がエアバッグに突っ込んで消えるのが見える。急ブレーキを踏む軋み音はなく、ドライバーにとり予想外の衝突だったと伺える。

 霧香と和泉が思考力を取り戻すまでに数秒必要だった。

「何考えているのよ、あの子!?」

 ネギ少年が魔法で後続車を攻撃したのだと悟り、霧香は激昂しながらも事故発生を報告すべく、無線機に手を伸ばした。

 その横では、和泉が車から飛び出し後続車へと駆け寄る。バックドアを開け、二つに折り畳んだ三角板を持ち出す事も忘れない。

 事故を起こした張本人、ネギ少年と言えば、当事者としての反省や後悔の色を微塵も見せず、悠々と車道を横断すると、半壊させた車の前で腰を屈め、一匹の子猫を抱き上げていた。ひょっとすれば件の車が轢いていたかもしれない子猫だ。

「そこの君!」

 魔法で車を破壊した理由が子猫にあると知り、和泉は思わず荒げた声を上げていた。

 その剣幕に怯えたか、魔法を目撃された事への恐怖か、ネギ少年は見るからに慌てふためいた。

「警察です! 歩道に上がりなさい!」

 警察の一言で、ネギ少年の狼狽ぶりは極まった。何とも形容し難い奇声を上げ、和泉に背中を向けて走り出してしまう。

「待ちなさい!」

 三度目の声で、ネギ少年は手にしていた杖を両足の間に突っ込み、杖にまたがると飛び上がった。すぐに地面に落ちると思いきや、少年は重力に逆らい上昇を続け、二階建ての建物と同じ位の高度を保ちながら、ホテルの方角へと飛び去ろうとする。

「ネギ君!」

 まさか名前を知られているとは思わなかったらしい。ネギ少年は束の間逡巡する素振りを見せるも、結局は逃走を選び、和泉の足では到底追いつけない速度で逃げ去ってしまう。

 逃亡した少年に向け、和泉は小さく舌打ちすると、すぐに優先順位を切り替えた。

 ネギ少年の居場所は判明している。保護にせよ逮捕にせよ、身柄の確保は後でもできると自身を慰め、和泉は事故車の運転席を覗いた。シートベルトとエアバックのお陰で、ドライバーは少なくとも大怪我は免れたらしい。ひびの入ったフロントウインドウ越しに、身じろぎする姿が見える。

 減速していたとは言え、まだ時速三十キロ前後は出ていただろう。そこへ何の警告もなく、ほぼ正面から壁に激突したようなものだ。もっと大きな事故になっていてもおかしくなかった。

 他の車の通行も少ないのも幸いだ。

 ドライバーの無事を確認すべく、和泉は運転席の窓を叩いた。

     ◇◆◇

 無線で事故報告を済ませた霧香が、事故車のドライバーの元に向かうまで、僅か二、三分しか要しなかった。

 しかしその頃には、和泉は三角板を事故車後方に置いて交通整理を始めており、ドライバーは歩道の縁石に呆然自失の体で腰を降ろしていた。

「大丈夫ですか? どこか痛むところは?」

 霧香の声に、ドライバーは顔を上げた。顔色がやや青褪めているのは、事故のショックによるものだろう。

「……ええ、ありがとうございます。怪我は……ないようです」

 外見上では出血をしている箇所は見当たらず、口調も明瞭な事から、大きい怪我はないようだ。

「取り敢えず最寄りの警察署に連絡しましたから、じきに救急車も到着するでしょう」
「すみません。わざわざお手数取らせてしまって……」

 会社員らしくスーツを着た三十代に差しかかろうかと言うドライバーは、素直に頭を下げた。そしてため息とも深呼吸とも取れる大きな息を一つ吐くと、両膝をぱんと叩いて立ち上がった。

「失礼。ちょっと電話してきます」

 そう言って霧香の横を通り過ぎると、ドライバーは車の破損状態に表情を引きつらせつつ、携帯でどこかへと電話をかけた。

 電話の相手先に興味のない霧香の耳に届くのは、おそらく彼の上司だろう人物への事故の報告と、向かう途中だった取引先への謝罪の連絡を入れるよう要請だった。頃合いを計って自身も取引先へ、謝罪と無事の連絡を入れるとの話も聞こえる。もっとも、対向車のいない道路の真ん中でどうやって衝突事故を起こしたのか、ドライバー本人が理解できているはずもなく、事故原因の説明があやふやなのは仕方ない。

 通話中も首の後ろをしきりに撫でるドライバーに、首の筋を痛めたのだろうと霧香は推測した。事故直後の本人が無自覚であっても、後日怪我が判明するのはよくある話だ。

「……これって、私が説明しないといけないのかしら……?」

 内心で霧香は頭を抱えた。
 ネギ少年が何らかの問題行為を起こす事を期待していたが、このような形で実現するとは予想すらしていなかった。

「『人を呪わば穴二つ』とは言うけど、これはないわ……」

 街中で迷子になったところを保護されるのが、霧香の思惑だったのだ。まさか走行中の自動車を魔法で攻撃し、半壊させるとは想定すらしていない。

「殺人未遂……いえ、過失傷害罪というところね」

 『殺人未遂』と付けるには、ドライバーを負傷ないし最悪死亡させるのを目的で、つまり殺意を持って攻撃していなくてはならない。この事故の場合、負傷すると予測できなかったのなら『過失』、予測はあっても負傷しても構わないとしたのなら『未必の故意』となる。

 神秘の秘匿の観点から、正式に逮捕や拘束できないのは言うまでもない。加えて、殺意の有無に関係なく齢九歳のネギ少年では『少年法』ですら適用の範囲外であり、現行法でも逮捕できない。

 刑事事件として警察が取れる対応は、事故の調書を取るために彼を所轄署へ呼び出した後、彼の管理義務者の代理である麻帆良学園の誰か、あるいは使用者責任を負う麻帆良学園に、責任を問うのが限界だ。

「その後は、会社から麻帆良への損害賠償請求くらい……かしらね」

 未だ電話を続けるドライバーを見遣り、霧香は思考を戻した。

 民事面では話が異なる。ドライバーと雇用企業の出方次第だが、ただ漫然と事故を受け入れて終わり、では済ますまい。犯人が判明していればなおさらの事、ネギ少年の管理義務責任の確認と、最低でも損害賠償と治療費請求ぐらいは行うはず。

 そして問題となるのが、麻帆良学園側の対応だ。和泉ら部下三人と千草からの報告書を読み解く限り、麻帆良学園、否、その最高責任者たる近衛このえ近右衛門このえもんがまともな対処能力を有すると、想像するのは困難を極める。

 未成年を理由に、ネギ少年を責任能力のない『責任無能力者』と主張するのは良い。

 では、その責任無能力者の管理義務者ないし代行管理者としての責任、無責任能力者を教職に雇用した責任、雇用する責任無能力者の起こした事件に対する使用者責任、これら一連の組織の代表者としての善管ぜんかん注意義務を怠った責任と、全ての責任を負うのかと問えば、近右衛門は魔法で思考や記憶の操作と情報規制をしてでも、責任の追及から逃れるために奔走するように思えるのだ。

「……杞憂なら良いのだけど、ね」

 『立派な魔法使いマギステル・マギ』の魔法使いに相応しい思考を模索すれば、杞憂では済まない確信が湧いてくる。そうでもなければ、麻帆良があそこまで無法のまかり通る街になっているはずがない。

 そしてその無法を、麻帆良だけでなく京都にまで広げないための計画は、ネギ少年の起こしたこの事故で前倒しになりそうだ。

「感謝はしないけど」

 事故を起こした本人に感謝しては、警察官としては失格だろう。

 近づくサイレンの音に意識を現実に向けた霧香は、ふと、対向車線側の歩道に立つ一人の少女に目を止めた。小豆色のブレザーにチェックのスカートのいでたちは、しばらく前にホテル前で散々見かけた麻帆良学園本校女子中等部のものだ。

 霧香の注意を引き付けたものは、正確には、少女が手にするデジカメに、だ。
 少女はそうと気付かぬまま、事故車とその周囲の画像を撮影し続けている。

「……証拠になる画像があれば良いわね」

 ネギ少年が走行車へ攻撃を仕掛けたのは、霧香の車の後方だ。前方であれば備え付けのカメラで撮影もしていたろうが、さすが後方にカメラは備えていない。霧香と和泉の目撃した報告だけより、画像の一枚も付けられれば説得力が増すと言うものだ。

 少女が都合良い画像を撮影している事を期待し、霧香は声をかける事にした。

     ◇◆◆◇

「そこの中学生」

 声に出した直後、霧香は高圧的すぎたと反省した。
 少女はデジカメで撮影する手を止めると、邪魔をされたとばかりの不快感を、上げた顔に浮かべた。

「警察です。ちょっとこっちへ来なさい」

 そんな少女の表情に、数秒前の反省を取り消した霧香だ。本人としては親交のつもりの妖艶な笑みを口元に湛え、焦げ茶色の警察手帳を広げて見せた。

 警察との説明に、しまったと言いたげに顔を歪めた少女は、ネギ少年のように逃亡はしなかった。素直に道路を横断すると、手招ねかれるまま霧香の覆面パトカーの後部座席に腰を下ろす。

 霧香本人は立ったままだ。

「呼び止めてごめんなさいね。警視庁特殊資料整理室のたちばな霧香警視です」

 そしてもう一度警察手帳を広げ、手帳の人物に相違がない事を確認させる。

「まずはあなたの名前と学籍を教えてもらえるかしら?」
「……朝倉和美(あさくら・かずみ)。麻帆良学園中等部、三年A組。出席番号……」

 昨年の二〇〇二年秋に一新された警察手帳を目にしたのは初めてだったのか、好奇心も露わにまじまじと手帳を見詰める少女に、霧香は半分呆れた。

「では早速要件だけれど、あなたが撮影した画像、見せてもらえるかしら?」

 この一言で、和美が警戒レベルを一段階上げたのが観察できた。

「……理由を聞いても?」
「今の事故の画像、使える物があれば証拠として提出してほしいのよ」

 霧香は視線をずらし、事故現場を見遣った。和泉は京都府の警察官に交通整理の引き継ぎの最中で、首筋を押さえたドライバーは救急車に乗り込むところだ。他にも警察官が三名、現場検証を始めているのが見える。

 管轄違いの霧香が少女を止め置けるのは、あと数分だろう。その後は管轄の警察官の判断に委ねるしかない。

 和美も現場を一瞥し、口元を歪めた。

「いやぁ、申し訳ない。現場の撮影はしたんですけど、事故った時の写真はさすがに……ねぇ」

 最初の警戒心はどこへやら、へらへらと軽薄に笑いながら頭を掻く少女に、嫌な目つきだと、霧香は抱いた印象を押し隠した。

 小狡さと小賢しさが同居した小悪党と言ったところか。他人を陥れる種を撒き、それで慌てふためく様を高みから見物して高笑いする。そんな印象の少女だ。警察手帳を見詰めていた時も、確認と言うより値踏みされていた感じだ。

「それでも確認させてもらえるかしら? 使えるかどうか決めるのは警察だから、あなたが心配する必要はないわ」

 現場写真の撮影を始める警察官達を視界の隅に収めながら、相手の出方を伺う。

「ん~……。警察に協力はしたいんですけどねぇ……」

 考える素振りの和美の歯切れは悪い。

「これでも卒業文集用に、クラスのみんなの写真を撮るカメラマンをしているんで、他の写真も入っているんですよ」
「……つまり、警察には見せられない写真もある訳?」
「いやいや。そんなものありませんよ」

 ぱたぱたと和美は手を振った。どう見ても同年代の友人に対する態度であり、年長者に対するものではない。

「ただ、ほら。やっぱり、恥ずかしいじゃないですか。他人に写真を見られるのって」

 意味不明な理由で逃れようとする少女に、追及は難しいと霧香は判断した。

「そう、それは残念ね……」

 任意による協力が得られないなら強制するしかなく、そのためには令状が必要だ。その令状を申請する資格が、今の霧香にはない。事故関係でどんな映像が撮れたのか興味は尽きないが、それも京都府警察署に任せる事にする。

「でも写真が駄目でも、事件は目撃したでしょ? せめてその証言はしてもらえるかしら?」

 途端、和美の視線は宙を泳いだ。

「あ~……あれ、ですか……?」

 その一言で、ネギ少年の一連の行動を目撃していたのが知れた。

「ええ。見たままの証言をしてほしいの」

 ドライバーの運転ミスによる事故、ないし走行妨害による傷害事件、そのいずれかを匂わせる発言は、相手に先入観を持たせないため意図的に口にしない。

 和美はしばらく虚空に視線をさ迷わせてから、霧香と視線を合わせた。

「……あれって……お姉さんも見たんですよね。ネギせ……さっきの男の子、空を飛んでいましたよ。何なんです?」
「さあ? それも含めて事件を解明するのが警察の仕事ね」

 ネギ少年の名を隠そうとした和美に、とぼけた答えを霧香は返すと、僅かに目を狭めた。

「ひょっとして、知っている子だったりするのかしら? だとすれば、教えてもらえると手間が省けるのだけれど」

 和美が三-Aの生徒を名乗った時点で、ネギ少年が受け持つクラスの生徒なのは承知している。しかし既知と告げるのは別の話だ。

「……いやあ、申し訳ない。知らないです」

 当初の軽薄さを取り戻し、にやりと口元を歪め後頭部を掻く和美の反応は、霧香が半ば予想していた通りだった。警察に協力するより知人の身を守る方を選択するのは、この年頃では普通なのかもしれない。

「本当に? 間違いないわね?」
「本当ですよ。疑うんですか?」

 確認する霧香にも、和美の返答は変わらない。

「そんな事ないわよ。犯人蔵匿の容疑をかけたくないから、確認よ」

 事実を知るとは、霧香はおくびにも出さない。
 釘を刺された形になった和美は、一瞬頬肉を強張らせるも、すぐに元の軽薄な笑みを取り戻した。

「なら、証言してもらっても問題ないわね」

 え、と再び和美が顔の筋肉を硬直させるのを、見て見ぬふりをした霧香が視線を逸らした先には、制服の警察官と一緒に戻ってくる和泉がいた。

 ご苦労さまと霧香のねぎらいに一礼すると、和泉は後部席の麻帆良学園の制服の少女に目を向けた。

「橘警視、そちらの学生は?」
「目撃者よ。この件で証言してくれるって」

 霧香の説明は予想外だったのだろう、事の成り行きに目を丸くする和美に、二人は成る程と頷いた。霧香と同様、京都府内は管轄外の和泉は一歩脇へ退き、警察官にその場を譲る。

「それは助かります。では、こっちへ」

 警察官はわざとらしい咳払いを一つすると、和美に立つよう促した。

 京都府警察署本部で予定しているネギ少年の保護計画に、この警察官も参加しているのかどうか、さすがに先日の出席者全員の名前と顔を覚えているわけではないので、霧香には分からない。人員配置の関係上、そうだろうとの推測に留まる。

「さて、どこまで話を聞き出せるかしらね」

 戸惑いの声を上げつつ、京都府警察署のパトカーに連れて行かれる少女を目で追う霧香の関心は、その一点に注がれていた。

 警察官だと明かした自身に平然と嘘をついたのだ。ネギ少年の名前や似顔絵が出てくるとは期待できまい。せいぜい目撃調書の一件として活用できる程度だろう。

 それが霧香の推測だ。

 それはそれで構わない。
 彼女の言動を見る限り、魔法の存在には無知だと知れた。今回の事件で魔法の存在を知るに到っても、自動車の半壊状態から危機感を持ち、魔法を避けて通るようになれば良い。危険を想像できない愚鈍さでも、目撃調書を取られる過程で気づけるだろう。

 そんな希望的観測が、その日のうちに覆されるとは知る由もなかった。

     ◇◆◇◆◇

 ネギ少年の起こした傷害事件により、身柄保護を予定していた四月二十六日が、この事件の翌日二十三日に前倒しされたのは、事件発生から二時間以上も経ってからだった。

 当日の二十二日とならなかったのは、被疑者少年の実年齢が九歳であり、夜間に連れ出すのはさすがに躊躇われたこと、そして身元と宿泊先さらには現在地まで、警察側で把握していたことが理由だ。

 事件後のネギ少年の逃亡先は、『嵐山ホテル』に張り込んでいた京都府警察署本部の警察官が把握していた。麻帆良学園本校女子中等部の動向を伺っていたのは、何も霧香と和泉の二人だけではない。ネギ・スプリングフィールドと龍宮真名の両名を安全に保護すべく、私服の警察官が数名、彼らの滞在するホテルに派遣されていたのだ。

 土地勘のない京都を闇雲に逃走し続けるには無理があったのか、それとも現場から離れれば警察に追われないとの短慮の末か、和泉の誰何すいかを振り切ってしばらくして、ホテルに悠々と戻ってきた彼を、張り込み中の警察官は目撃したのだった。

 しかし、ネギ少年を保護するタイミングに、彼の都合をおもんばかったのは失策だった。

 事件の目撃者である朝倉和美が、悪い意味で麻帆良住人であることを、霧香や京都府警察署が見誤ったのもある。彼女の愚考愚昧ぶりは、麻帆良の異常さの証左でもあった。

『ラブラブキッス大作戦』

 和美がクラスメートの約半数を教唆・幇助(ほうじょ)して実行したゲームの名称である。だがその実態は、ゲームの名を借りた『児童虐待』かつ『集団強制わいせつ』行為の名称だ。修学旅行の班別に代表者を出し、内容を知らされていないネギ少年にキスをしようというのである。

 保護対象のネギ少年に迫る危機に、変更されたばかりの保護予定が、さらに繰り上げられたのは言うまでもない。

 そして同日二十二日二十三時三十分、私服・制服の警察官隊が嵐山ホテルに突入。

 首謀者であり、かつゲームを録画・中継していた朝倉和美と、暴れる三-Aの生徒達を『集団強制わいせつ』の疑いで現行犯逮捕したのは、日付が四月二十三日に変わろうかと言う時刻だった。








◎参考資料◎
・安全運転博士・みかみのゴールド免許の取り方教えます『46.事故を起こしたときの対応は?』
・今井亮一『警察官またはパトカーの制止をふり切って逃げたこのあとどうなる?』今井亮一の交通違反相談センター、2008年4月4日
・会社法であそぼ。『善管注意義務』2009年4月22日
・自動車保険・後遺障害の申請等 交通事故専門サイト『使用者責任について』
・トラックドライバーのための安全運転アドバイス『故障と停止表示器材』
・ハル『男性の性被害について』If He is Raped、2001年2月21日
・ほ~納得!法律相談所『学生が起こした事故につき、学校にも責任があると言われたが?』2003年6月30日
・モトケン『高速道路に投石、器物損壊?』元検弁護士のつぶやき、2007年6月3日
・Auto Trader『車の部品の名称、部品の呼び方、フロント廻り・ボンネット等』
・Wikipedia『朝倉和美』
・Wikipedia『過失』
・Wikipedia『過失致死傷罪』
・Wikipedia『監督義務者の責任』
・Wikipedia『器物損壊罪』
・Wikipedia『警察手帳』
・Wikipedia『交通整理』
・Wikipedia『使用者責任』
・Wikipedia『責任能力』
・Wikipedia『注意義務』
・Wikipedia『わいせつ』


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.027522802352905