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No.32494の一覧
[0] 【習作・ネタ】腐敗都市・麻帆良(ネギま)【ヘイト注意】【完結】[富屋要](2020/03/01 01:07)
[2] 第一話 特殊資料整理室[富屋要](2012/03/28 20:17)
[3] 第二話 麻帆良大停電[富屋要](2012/03/29 20:27)
[4] 第三話 麻帆良流少年刑事事件判例[富屋要](2012/03/30 21:08)
[5] 第四話 学園長[富屋要](2012/03/31 22:59)
[6] 第五話 包囲網[富屋要](2012/04/05 21:11)
[7] 第六話 関西呪術協会[富屋要](2012/04/10 00:09)
[8] 第七話 目撃者[富屋要](2012/04/14 20:03)
[9] 第八話 教師[富屋要](2012/04/17 20:25)
[10] 第九話 魔法先生[富屋要](2012/05/18 03:08)
[11] 第十話 強制捜査[富屋要](2012/08/06 01:54)
[12] 第十一話 真祖の吸血鬼[富屋要](2012/08/06 19:49)
[13] 第十二話 狂信者[富屋要](2012/09/08 02:17)
[14] 第十三話 反抗態勢[富屋要](2015/11/27 23:28)
[15] 第十四話 関東魔法協会[富屋要](2013/06/01 03:36)
[16] 第十五話 立派な魔法使い[富屋要](2013/06/01 03:17)
[17] 第十六話 近衛近右衛門[富屋要](2015/11/27 23:25)
[18] 最終話 腐敗都市[富屋要](2019/12/31 16:31)
[19] エピローグ 麻帆良事件・裏[富屋要](2020/02/29 23:46)
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[32494] 第四話 学園長
Name: 富屋要◆2b3a96ac ID:d89eedbd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/31 22:59
 麻帆良学園は、本校女子中等部のみで一学年Ⅹ組まで二十四クラスのマンモス校である。一学年だけで七百三十七人を擁する規模で、それが三学年プラス高等部と、近隣にはミッション系の女子高校もあり、この区画に通う女子学生の数は五千人以上になる計算だ。

 天ヶ崎千草と熊谷由貴が家庭裁判所で下手な茶番劇に付き合わされている頃。
 志門勇人(しもん・ゆうと)と倉橋和泉(くらはし・いずみ)の二人の姿は、麻帆良市警察署から車で二十分程離れた『女子校エリア』の、本校女子中等部の校舎内の一室にあった。

 一クラス丸ごと収まりそうな広い部屋だ。調度品もそれなりに配置されているのに、空虚感が半端ない。安っぽいリノリウム張りの床は見た目のままでも、教室のような貧相な灰色の引き戸とは異なる濃茶の重厚なドア。空虚感を拭い切れない部屋の調度品は、オフィスで見かけるスチール製の安物ではなく、素人目にも高価と知れる立派な木作りだ。

 ここが麻帆良学園の学園長、近衛近右衛門(このえ・このえもん)が執務を執る『学園長室』である。

「よく来てくれたの。まあ中に入るが良い」

 学園長の椅子はさぞかし座り心地が良いのだろう。何の比喩もなく文字通り椅子から腰を浮かせる素振りすら見せず、大仰に入室を促す部屋の主への勇人の第一印象は、「胡散臭い無礼な老人」であり、和泉の場合は「常識知らずのエセ仙人」だった。

 評価の是非はともかく、最初の挨拶で二人がそのような第一印象を抱いてしまったのは当然だろう。

 礼儀知らずの挨拶に加え、部屋の主の容姿や服装も不快感を煽るのだから。
 七十を越える老人の頭は、後頭部が後ろに大きく伸びた異形だった。その先端では、馬の尻尾のように一房だけ残った白髪を髷に結っている。どこかの水墨画に描かれている仙人か、妖怪ぬらりひょんを思わせる容貌だ。目が半ば隠れる太く長い眉毛や、口元をほぼ完全に覆って胸にまで届くあご髭、何か古武術の道着と作務衣を足して二で割ったような珍妙な衣装が、その印象に拍車をかけている。

 無論、人外の存在ではない。
 『頭蓋縫合早期癒合症(とうがいほうごうそうきゆごうしょう)』と言う頭骨が歪む症状がある。乳幼児の頭骨の成長期に、頭蓋骨を構成する一部のパーツが通常の成長より早くくっ付いてしまい、十分に大きく育たなかったり、反対に異様に大きくなってしまったりと、見た目悪く育ってしまう状態の名称だ。その症状の一つで、『舟状頭』と呼ばれる形状である。

 頭蓋縫合早期癒合症は乳幼児の頃であれば、現代の整形外科で治療可能だ。それだけに、二十代前半の和泉や勇人には初見の頭蓋の形状である。失礼と理解しても違和感と不快感を禁じ得ない。

「警視庁特殊資料整理室の志門勇人巡査です」
「同じく、警視庁特殊資料整理室の倉橋和泉巡査です」

 相手のそんな容貌と服装への不快感を表に出さないよう心掛け、型通りの自己紹介と名刺を取り出す二人に、当の本人は大儀とばかりに鷹揚に頷いた。

「うむ。儂が麻帆良学園学園長の近衛近右衛門じゃ」

 フォフォフォとアナクロニズムな相手の神経を逆撫でする笑い声を立て、名刺を交換する近右衛門の所作は、二人の評価を更に下方修正するものだった。

 椅子から立ち上がりもせず、机を挟んだ反対側から左手で名刺を受け取り、右手で自分の名刺を差し出すなど、社会人としての礼儀を欠くにも甚だしい。そして二人の名刺を一瞥した後は、そのまま引き出しにしまってしまう呆れようだ。

 確かに、多くの公立の小中学校では六十歳、大学の教授でも遅くて七十歳が定年だ。それを踏まえれば、七十をとうに過ぎている近右衛門が多少の礼儀を欠いても、寛大に見ても良いのかもしれない。

 しかし学園長の肩書きで接するのなら、服装から身だしなみ、礼儀まで社会人であるべきだろう。それがこの有様なのだから、一から学習して出直してこい。そう叫びたくなる程の傍若無人振りだ。

「ま、立ち話もなんじゃから、座るがよかろう」

 学習項目に言葉遣いを加えつつ、二人は部屋の中央寄りにでんと置かれた応接セットの三人掛けのソファに腰を下ろした。近右衛門の一分に満たない無礼の数々を振り返るに、ソファを勧めた事だけが常識的な行動だ。

 勧めた事、だけ、であり、その口ぶりは評価に入れずにいての話だ。

 近右衛門は学園長の椅子から今なお立ち上がろうとせず、神経に触る笑い声を上げていた。

「さて。今回はお主らに出向いてもらって、ご苦労じゃったの」

 もらった名刺を名刺入れと重ねてテーブルに置く間もなく、近右衛門は自分の机の上で指を絡めると、話を切り出した。意図して無礼を押し通しているのではないかと、勘繰ってしまう程に礼儀のなっていない態度と言葉遣いだ。

「……昨夜の件で、と伺っていますが、どの件でしょう?」

 近右衛門への嫌悪感が一杯で口の開かない和泉に代わり、勇人が生唾を飲み込んでから、ようよう質問を吐き出した。

 勿論、理由も無しに二人が近右衛門を訪問したのではない。

「昨晩は当学園の生徒が迷惑をかけた。ついては謝罪したいので、本校女子中等部の学園長室に来てほしい」

 千草と由貴が出かける時間を見計らったようなタイミングで、取り次いだ少年課から伝言が届いたのだ。しかもご丁寧に三十分後に時間指定をして、だ。

 面会の必要性を爪の先程も感じなかった二人が、当初は多忙を理由に断りの電話を入れたのは言うまでもない。謝罪する相手を呼びつけ、こちらの予定を考慮せずに時間指定するような礼儀知らずに、いちいち合わせてやる必要などない。その前に、アポを取るつもりなら、伝言でなく和泉か勇人に直接繋いでもらうべきだとは、指摘するまでもない。

 伝言と短い電話でのやり取りだけで、社会礼儀を備えていない人物と近右衛門を判断するには十分だった。それでも不本意な面談に一時間遅れに変更して応じたのは、取りなした少年課の顔を立てたのが主な理由である。

「実は、お主らが昨夜逮捕した当校の女子生徒の件じゃ」

 電話での用件を繰り返し、近右衛門は椅子の背もたれに深々と背中を預けた。

「実は、あの子は儂の使いで出かけていた最中でのう。夜半に外出させたのが原因で逮捕されてしまうとは、実に不運な話じゃ。そう思わんかの?」

 同情を買うつもりなのか、しおらしい態度で溜め息を一つ漏らすと、近右衛門は二人を交互に見遣った。

「無論、麻帆良署の方には、彼女は儂の使いじゃと伝えておるし、逮捕が誤解によるとも理解しとる。しかしのう……」

 ここで言葉を切り、反応を伺うような近右衛門の視線から、後の言葉は察しろと言う態度が透けて見える。

 二人の胸中に込み上げるのは、不愉快を通り越した不快感だった。謝罪したいという話が、警察の誤認逮捕になっているのも不快感の原因だが、言外の意味を周囲が汲み取り動くものと疑わない物腰も大きい。無礼に無礼を重ねる厚顔無恥さと混じり合い、投げやりに会話を投げ捨て、立ち去りたい気持ちが大きくなる。

「しかし……何か?」

 表情に出やすい和泉が顔を顰めると、テーブルの下で勇人は爪先で制し、近右衛門が途切れさせた言い分の続きを促した。相手が不快感の塊のような老人でも、いや、そんな老人だからこそ、言葉を濁らせたまま会話を打ち切る訳にはいかない。

 勇人の態度に、近右衛門は一瞬片眉を上げるも、説明を続けた。

「実は……儂の娘婿が彼女の後見人でのう……住んでいるのが京都なんじゃ。そんな遠方に住んどるから、彼女が逮捕されたなどと心配させるのもあれじゃし……。後は分かるじゃろ?」

 同情を誘おうとしているのか、言外の要望を読み取れと催促しているのか、覗き込むようにちらちらと向けられる近右衛門の視線は、正直、不快感しか醸し出さない。

「分かりません。何を期待されているのか知りませんが」

 大方、その娘婿とやらに連絡するなと言うのだろう。まかり間違えても、生徒のために自ら泥を被るような真似はするまいと、この数分間でも近右衛門の人物像をそのように判断するには十分だ。

「なに、そう難しい話ではなくての……」

 近右衛門は組んでいた指を解くと、胸元に届く髭をしごいた。心持ち狭められた目は、物分かりの悪い勇人を軽く睨んでいるようでもある。

「この麻帆良で見聞きした事、全て忘れてくれれば良いのじゃよ。そうさのう……取り敢えず、お主らの見た映画の撮影現場から、彼女を麻帆良署に連行した辺りの全て、かの。映像から書類まで、全ての記録も含めてのう」

 麻帆良大橋が半壊する魔法使い同士の抗争は、映画の撮影で誤魔化すつもりらしい。また、その現場を勇人が撮影していたのも、近右衛門の話からするに、どうやら把握されているようだ。

「……そんな要求が通ると、まさか本気で考えている訳ではないでしょう?」

 裁判所の一判事の部屋で、千草と由貴が同様の要求を突き付けられていると知れば、勇人達の評価は更に下降しただろう。

 さすがに声音に不快の色を滲ませた勇人に、近右衛門は小気味良さそうに例の不快な笑いで答えた。

「フォフォフォ。心配には及ばんよ。麻帆良の警察署の方には、話を通してあるからの。事件性はないという事で、既に解決しておる」

 顔に当てていた通信機を狙撃された和泉が、憤慨して腰を浮かしかけ、勇人はその腕を掴んで座り直させた。十センチ横にずれていたら悲惨な事になっていたのに、それを笑い飛ばし、しかも無かったことで済ませようとする近右衛門に、不快さだけが募っていく。

「……それは逮捕した女子中学生だけでなく、我々に発砲した何者かについても。そういう事ですか?」

 横目で和泉の様子を観察しながら尋ねる勇人に、近右衛門は首肯した。

「うむ。その者については、こちらで処罰を与える事にしておる。じゃから後は心配せず、儂に任せてもらえれば悪いようにはせん」

 近右衛門の口から出たのは、よりよもよって警察官に向かい銃撃の共犯を認め、その証拠隠滅を図るとの自供だ。

 和泉が手錠に手をかけ、今度こそ腰を上げた。勇人も止めない。

「……警察署へ同行、お願いできますか?」

 言葉こそ疑問形だが、口調は半ば以上現行犯逮捕だと言わんばかりの、感情を伺わせない平坦さだ。

 そんな和泉の行動を、さも面白い冗談を聞いたかのように、近右衛門は笑って返した。

「ふうむ。協力したいのは山々じゃが、これは断るしかないのう。事件でもないのに、警察に出向く理由もないしの」

 そしてもう一度、近右衛門は愉快げに、不快な笑いをひとしきり上げた。
 犯罪行為を自慢する無法者の老人に手を出せない憤りに、全身を小刻みに震わせる和泉の背中を眺めながら、勇人は現段階で打てる手立てを考えていた。

 現行犯逮捕……は、近右衛門が犯罪を目の前で行った訳ではないので使えない。

 緊急逮捕であれば、証拠隠滅を防ぐ理由で使える……かもしれない。ただし仄めかされているだけなので、逮捕理由には到れない。

 しかも、和泉と千草の破壊された通信機に由貴の怪我と、証拠も十分あるのに、麻帆良警察署は事件として取り上げない……とは近右衛門の言か。とは言え、昨晩応援を要請しても警察官一人派遣されなかった経緯は、勇人とて耳にしている。出まかせと言う線は薄いだろう。真偽はいずれにせよ、管轄地違いでは任意同行を願い出るのは越権行為になる。

「まあ、同行を拒否されるのなら仕方ありません。その辺は地元の警察署に任せましょう」

 和泉が怒気を湛えた目で振り返り、近右衛門の眉毛に半ば以上隠された目が、面白い玩具を見つけたかのように狭められた。

「ですが、見聞きした事や忘れたり、証拠を隠滅したり、そんな違反行為には同意できませんね」

 告げるべきを告げて早々に撤退、が勇人の結論だった。近右衛門に本来の理由の謝罪をする意図が微塵もないと判明している今、長居するだけ不快さが増すだけだ。

「フォ? なぜじゃ? 事件なんぞなかった。それが全てじゃろう。余計な物を残しては、色々面倒になるのではないかの?」

 魔法使いに不都合な出来事は麻帆良内で全て揉み消す。そんな傲慢な意図が明け透けて覗け、それが実行されることに一抹の疑惑すら抱かない近右衛門が、不快感の塊にしか見えないのは、勇人の目の錯覚だろうか。

 そんな不快感とは反対に、近右衛門に従っても良いのでは、という気持ちも勇人の中で芽生えていた。事件が麻帆良の外に出る事はないし、迂闊に証拠を手元に残しておいては、報告義務を怠ったとして後々面倒に繋がるだろう。

 それならばいっそ、証拠を消してしまうのが賢い選択と言うものだ。映像証拠がなくなったと知れば、後で千草にこってり絞られるにしても、映像データなど頻繁にミスで消えてしまうものだ。疑われはすまい。

「……そう……ですね……」

 近右衛門と不快な問答を繰り返すのも癪か、と同意の声を発しかけたところへ、横合いから延びた手が胸板を叩いた。

 何事かと隣を見、厳しい顔をした和泉と視線が重なる。

 この一瞬で、勇人ははっと我に返った。いつの間にか頭の中にかかっていた靄が晴れ、明瞭な思考が戻ってくる。

 同時に、自分の身に何が起きていたのかも一瞬で悟る。いつの間にか、近右衛門に魔法で操られかけていたらしい。

「……でも、こちらもこちらの事情があるのですよ。そちらには関係のない、ね」

 頭蓋骨の内側をミミズが這うような不快感を押し隠し、勇人は拒絶の言葉で返した。

 勿体ぶった言い方をしても、実は大した理由ではない。特殊資料整理室に戻れば、一時間毎の行動報告書の提出と、専門家によるカウンセリングが内規で義務付けられているからだ。魔法による記憶と思考の改ざん対策の一環である。

 そんな勇人の態度に、近右衛門は他人を不快にさせる愉快げな笑いを続けながら、見遣る視線に力を込めた。

「ほほう。どんな事情なのかの?」
「……それは……公務に関わることですから、教えられません」

 再び近右衛門の求めるままに答えを口にしかけ、勇人は慌てて答えを変えた。脳を細長い触手のようなもので直接弄くり回される異様な感覚に、これこそが魔法使いの思考操作なのだと理解する。霧香や和泉から受けた訓練があるからこそ気づけたような、普通であれば気づけない違和感だ。

「……ふむ。それは残念じゃのう」

 あご髭をしごく近右衛門からは、魔法を使った様子や、魔法を破られた驚きは伺えない。

 だが、これ以上の会話が無意味どころか危険だと判断するには、丁度良い機会だった。今回は和泉が横にいたから抵抗できたようなもので、時間をかけられては、麻帆良の住人のように操り人形にされるのは目に見えている。証拠隠滅の協力要請には断りを入れたのだから、時期としても頃合いだろう。

 その前に、幾つか確認したい関心が勇人にはあった。

「話は変わりますが……」

 和泉に目線で座るよう促し、勇人はごく普通の質問を近右衛門にぶつけた。

「近衛学園長の『学園長』の肩書き、この本校女子中等部の最高責任者でよろしいのですか?」

 面談の場所に女子中等部内の学園長室を指定されたのだから、近右衛門の責任の範囲が女子中等部にあると判断するのは当然のことだ。

 そんな勇人に、近右衛門はわずかに不機嫌さを滲ませた。

「フォ。それは違うぞい。その名刺にもあるじゃろう。『麻帆良学園学園長』、つまりこの麻帆良学園全体の最高責任者が、儂じゃ」
「……ああ、なる程。兼任されていると」

 隣のソファでは座り直した和泉が、おかしな質問を、と言いたげな視線を向けてくるが、勇人は気にも留めなかった。

「男子中等部、高等部、初等部、大学部と、全ての学部の責任者を兼任されている、と。大変ですね」

 いかにもしみじみとした勇人の口振りに、近右衛門の僅かな不機嫌は払拭されたようだった。

「フォフォフォ。分かってくれるか。何せ規模が規模じゃからのう。生徒の数も一万を越えるもんじゃからな、老骨には毎日が戦争じゃよ」

 だったら引退しろ、と言いたい気持ちを勇人は押し隠し、次の質問を投げた。

「では、どこの学部の教頭先生も、皆優秀と言う事でしょうね。この女子中等部の教頭先生を紹介していただけますか? ご挨拶したいので」

 この一言で、他人を不快にさせて悦に浸っていた近右衛門の笑い声が途絶えた。

「……何が言いたい?」

 ねめつける視線が刺し貫く視線に変わり、頭蓋骨を這いずるミミズが活発になった感覚に、やや顔色を悪くしつつも、勇人は表情を変えずに通した。

「麻帆良学園には……いませんよね。教頭という役職の教師」

 これは麻帆良入りする前に、勇人が軽く調査して知り得た情報だ。
 学校組織には、校長の補佐と不在時の職務代行として、教頭を置くよう『学校教育法』に明記されている。それは私立学校においても、『私立学校法』にて同様であると記載されている事だ。

 校長と言う役職も同じで、兼任は禁じていないものの、各学校に一人置くのが規則付けられている。同じ麻帆良学園の名を冠した中等部であれ、男子校と女子校が分かれているのならば、それぞれに校長を置き、教頭を置き、教諭陣を置かなくてはならない。その上で、初等部から大学部までを総括する責任者を置くなら、それらの学部に関与しない別の人物を立てるのが筋だ。

「それに、学校評議員も受け入れていない」

 学校運営に関し、校長と共に検討・協議を行うのが学校評議員、そのための会議が学校評議会だ。関係者から成る私立学校の理事会と異なり、評議員は学校の外から校長の推薦で指名される有識者五名で編成される。埼玉県内の公立校は、評議会の受け入れを指導要綱として配布しており、私立の麻帆良学園には適用されないと言え、地域社会へ開かれた学校作りが学校評議会の名目にある以上、本来であれば受け入れるべきものではあろう。

「フォッフォ。それがどうかしたかの? この麻帆良学園で儂は五十年やってきておる。儂以上に、この学園の生徒と運営に詳しい人物はいなかろうて。今さら外の協力なぞいらんぞ?」

「……まあ、そういう事にしておきましょう」

 頭蓋縫合早期癒合症のあご髭を生やした無数のミミズが、脳みそを食い散らかすイメージに吐き気を催しながら、それでも表情には出さず、勇人はこれで会話は終わりとの合図に、ぽんと膝を叩いた。

 学校教育法にせよ学校評議員にせよ、残念ながら警察の立ち入れる事象ではない。さりとて、近右衛門の本質を読み取るには、十分な対談だったと言えよう。

「さて。我々をここに呼びつけた理由を果たすつもりが学園長には無いようなので、ここで失礼します」

 立ち上がりかけた勇人の身体は、近右衛門の発した不愉快な笑い声に硬直させられた。

「おお。そうじゃそうじゃ」

 顔を向ければ、近右衛門が固めた右手を左の手の平に打ちつけたところだった。

「どこかで聞いた事あると思っとったが、『死霊室』じゃったか」

 警視庁内において、特殊資料整理室は一般的に、出世街道から外れたおちこぼれ共の終着駅、と揶揄されている。人生の墓場、ゆえにそこを出入りする職員は『死霊』である、と。

 だがここは近右衛門の事、つい今しがた都合良く思い出したのではなかろうと、悪い方の評判を持ち出した老人に、勇人は内心悪態をついた。

「なら、言わんでも分かるじゃろ? 儂がこの学園を一人で切り盛りしておる理由」

 表看板とは裏腹に特殊資料整理室は、妖怪や妖魔、魔法などの怪異や神秘に対するカウンターとして、現状の実績はともかくとして、設立されてたものだ。千草のいる長官官房の『心霊班』が、あくまでそういった事象に対処する専門家のあっせんや、事後処理の書類関係に限られているのに比べ、そこが大きく異なる点だ。

「……さあ? 分かりません」

 正答の予想はついていても、勇人は明言を避けた。
 死霊室、心霊班、そして魔法使いに共通点があるとすれば、それは『魔法など神秘の秘匿』にある。

 それを踏まえれば、その理由とは、「秘匿のため」との予測はできる。
 勇人のわずかな表情の揺らぎから答えは読み取ったのだろう、近右衛門は相変わらずの笑い声を上げた。

「まあ良い、まあ良い。見聞を広めるのも若者の特権じゃて」

 そこでふと笑みを殺し、二人を交互に見比べた。

「じゃがな、この麻帆良を害するようなら、容赦はせんぞ?」

 むと隣で低く唸る和泉の袖を引くと、ついに謝罪の言葉が出る事のなかった学園長室から、勇人は今度こそ退室した。

「若い、若いのう……」

 ドアの閉まり切る直前、隙間から漏れ出た老人の嘲笑うかの声を、勇人は脳にこびりつく汚物のように記憶から締め出した。

 学園長室を辞し、和泉と廊下を歩く勇人の胸中は、近衛近右衛門という人物の評価だった。

 権力にしがみつく有害な人物。麻帆良は自浄作用の効かなくなった汚物溜まり。

 一言で言い表すならこれに尽きるだろう。七十を越えても学園長の椅子を降りようとせず、部下を育てず、後進を育てず、外の意見を取り入れず、思考を覗き見して改ざんし、対立候補や将来の自分の立場を脅かしかねない地位は廃止する。他にどう表現しろと言うのか。

 その独善な独裁を可能としているのが、魔法の力と、唯々諾々と手足として動く『関東魔法協会』の面々だ。

 勇人は平均的な日本人家庭の生まれと育ちだ。千草のように両親を魔法使いに殺されたのでも、霧香や和泉のような陰陽師の家系に生まれたのでもない。多少は上司や周りのバイアスがかかっていても、その思考の根底は極一般的な日本人警察官のものだ。

 その判断基準でも、近右衛門の存在は色々な意味で異常だった。そしてそのような人害を頭に置く魔法使いとその組織の違法行為の数々が、日本の治安を守る上で障害であると、結論付けたのは自然な帰結だろう。

 排除が必要なのは、この僅かな会合でも嫌という程に実感できた。魔法で思考を捻じ曲げられかけた実体験も大きく影響している。

「あれをどうにかしよう、ってのも納得だよなあ」

 資料室を狙った最後の一言は効いた。
 自分と和泉しかいない無人の廊下を歩きながら、自分の耳にも届かない感慨を勇人は漏らした。









◎参考資料◎
・学校法人自治医科大学形成外科学部門『頭蓋縫合早期癒合症』
・『科技大で教員の8割が定年延長を至急検討するよう学長に要請』
・慶応義塾大学病院医療・健康情報サイト『頭蓋縫合早期癒合症』2010年3月1日
・『埼玉県立学校学校評議員設置要綱』
・知ってて便利なお役立ち情報『名刺の渡し方~大切なビジネスマナー~』
・知って得する!!冠婚葬祭マナー『ビジネスマナー〝服装・身だしなみ〟』
・総務省法令データ提供システム『私立学校法』
・デジセン商事.com『名刺交換のマナーって?』
・ビジネスマナーと基礎知識『男性の身だしなみ(オフィスで)』
・福岡大学医学部整形外科『頭の変形(頭蓋狭頭症、クルーゾン病、アペール症候群、眼窩隔離症)』
・法庫『学校教育法』
・Wikipedia『学校評議員』
・Yahoo 知恵袋『公立小中学校の教員の定年退職年齢は2013年はまだ満60歳と聞きましたが本当』2011年6月8日


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