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No.32494の一覧
[0] 【習作・ネタ】腐敗都市・麻帆良(ネギま)【ヘイト注意】【完結】[富屋要](2020/03/01 01:07)
[2] 第一話 特殊資料整理室[富屋要](2012/03/28 20:17)
[3] 第二話 麻帆良大停電[富屋要](2012/03/29 20:27)
[4] 第三話 麻帆良流少年刑事事件判例[富屋要](2012/03/30 21:08)
[5] 第四話 学園長[富屋要](2012/03/31 22:59)
[6] 第五話 包囲網[富屋要](2012/04/05 21:11)
[7] 第六話 関西呪術協会[富屋要](2012/04/10 00:09)
[8] 第七話 目撃者[富屋要](2012/04/14 20:03)
[9] 第八話 教師[富屋要](2012/04/17 20:25)
[10] 第九話 魔法先生[富屋要](2012/05/18 03:08)
[11] 第十話 強制捜査[富屋要](2012/08/06 01:54)
[12] 第十一話 真祖の吸血鬼[富屋要](2012/08/06 19:49)
[13] 第十二話 狂信者[富屋要](2012/09/08 02:17)
[14] 第十三話 反抗態勢[富屋要](2015/11/27 23:28)
[15] 第十四話 関東魔法協会[富屋要](2013/06/01 03:36)
[16] 第十五話 立派な魔法使い[富屋要](2013/06/01 03:17)
[17] 第十六話 近衛近右衛門[富屋要](2015/11/27 23:25)
[18] 最終話 腐敗都市[富屋要](2019/12/31 16:31)
[19] エピローグ 麻帆良事件・裏[富屋要](2020/02/29 23:46)
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[32494] 第二話 麻帆良大停電
Name: 富屋要◆2b3a96ac ID:d89eedbd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/29 20:27
 三分の二に欠けた月が照らす光の下。
 明かり一つ灯らない街の上空に、二つの人影があった。
 十歳前後の子供が二人、一人は木の棒にまたがり、もう一人は長い髪とマントをたなびかせ空を舞う様は、どこか幻想的な眺めだ。

 二人の周辺に起きる災害に目を瞑るなら、だが。

 戯れる子供二人の間には、間断なく光が煌めき、氷塊が飛び交っていた。
 その余波を受け、建物の窓ガラスは砕け散り、路面のアスファルトは抉れ、街灯や電柱はへし折れと、破壊の爪痕がそこかしこに刻まれていく。

 無差別テロを思わせる無秩序ぶりと破壊と爆音の規模でありながら、何事かと顔を覗かせる住人が一人もいないのが不気味だ。いなければいないで幸い、ではある。万が一巻き込まれようものなら、無事では済まないだろうから。

 これ程の被害だ。修繕費用は相当な額になるだろう。

 しかし、住人への迷惑も修繕費の工面も知らぬとばかり、子供達は街中を通り過ぎると、ブルックリン橋を模倣した麻帆良大橋へと飛び去って行った。

 今度は橋を落とすつもりか。

 遠目で二人を観察していた三人組は、表面上は冷静な仮面を被ってはいたものの、内心穏やかではなかった。子供が空を飛ぶ非現実な光景に、街が破壊されていく様を、指を咥えて眺めるしかない事に、街の破壊活動から二時間以上経過しても警官一人現れない異常さに、内情は様々に入り乱れている。

「……あれが……魔法使い……『英雄の息子』かい……」

 怨嗟のこもった暗い声音で、二人いる女の片方が呟いた。双眼鏡を顔に当てているため顔の造形は不明だが、首の後ろでポニーテールに結わえた尻に届く長髪が特徴的な女だ。双眼鏡と眼鏡のレンズがぶつかり、カチカチと小さな音を立てている。

 その双眼鏡が、女の手の中でミシリと嫌な音を立てる。

「落ち着いて下さい、天ヶ崎さん」

 もう一人の女が、二歩後ろから声をかけた。こちらは髪が軽く肩にかかる程度のショートカットで、やや目尻の吊り上った性格のきつそうな容貌だ。歳は二十代前半と言ったところか。かけた声音も、見かけ通りに硬い。

「……分かっとる、分かっとる。暴走はせえへんよ」

 天ヶ崎と呼ばれた女は、食い縛った歯の間から辛うじて声を絞り出すと、強力な磁力に抗うかのように双眼鏡を顔から引き剝がした。本来なら美人に分類される面立ちが、親の仇を睨む怨念の宿る目つきで台無しになっている。視線は相変わらず、子供達のいる方角に固定されたままだ。

 いや、事実、彼女、天ヶ崎千草(あまがさき・ちぐさ)にとり、魔法使いは両親の仇だ。魔法使い同士の戦争のあった二十年前、彼女の両親はその戦争に巻き込まれ、帰らぬ人となったのだ。街を容易に破壊する魔法を戯れで連発する魔法使い達に、隔意や敵意を抱くなと言うのが難しい。

 ましてや、飛び交っている子供の一方は、その戦争で『英雄』と讃えられるようになった人物の息子だ。自分の両親がその戦争で殺され、家族を奪われたのに、奪った側の魔法使いは家庭を築いている。八つ当たりや逆恨みの類と自覚していても、遣り処のない憎悪や憤怒に胸が焦がされる。

「……そう。なら良いです」

 ショートカットの女、倉橋和泉(くらはし・いずみ)は千草が自制に努めているのを確認すると、鋭利な視線を子供達のいる方角へ戻した。と言っても、千草が双眼鏡を使って監視する程に距離があるので、肉眼で見えるのは元の暗さと相まって、チカチカと不規則に明滅する光だけだ。

「志門さん、そちらは?」

 前方から目を逸らさず、千草の隣でビデオカメラを回す最後の一人に声をかける。

「ああ? まあ、うまく撮れているんじゃないか?」

 華奢な三脚に乗せたビデオカメラから目を離さず答えたのは、 志門勇人(しもん・ゆうと)という名前だ。距離があるのと光量が少ないせいで、口で言う程に撮影が順調でないと、不機嫌な口調から察せられる。

 それと、この場にはいないがもう一人を加えた四人が、特殊資料整理室の派遣した今回の『麻帆良大停電』の偵察隊だ。

 ただし千草だけ、現在の所属は『警察庁長官官房総務課特別資料室係』、通称『心霊班』になっている。都内が管轄の警視庁所属では、埼玉県内にある麻帆良での活動に支障があるための、一時的な措置だ。また、麻帆良市警察署を弾劾する権限を得るためでもある。

 偵察と言っても、着用しているのは普段のスーツではなく、警察官の制服だ。警察官と分かれば魔法使い達も攻撃を控えるだろうと、淡い期待を込めてのものだ。千草と和泉がスカートでなくスラックスを履いているのは、屋外活動と言う理由の他、四月中旬の真夜中の冷気に対応するためだ。

「しっかりしい? あんさんの腕次第で、証拠が一件増えるんやからな」

 幾分口調に硬さが残っているものの、いつの間にか落ち着きを取り戻し、双眼鏡を再び覗き込んでいる千草だ。

 世が世なら両親の復讐に目が眩み、見境のないテロリストへの道を歩んでいたかもしれない。魔法使いの好き勝手し放題の現状を知り、警察官という選択肢の機会を得、道を踏み外さずに済んだのだ。

「へいへい」

 カメラから目を離さずに、勇人は気だるげに手をひらひらと振った。傍目には真剣さが微塵も感じられないが、やるべき仕事はきっちりこなす男だ。本人曰く「肩肘張ったって良い仕事はできない」

 確かに正論を含んでいる。しかし日頃の言動が社会人としてどうか、というレベルに劣化しているのだから問題だ。それが原因で、真面目が売りの部分のある和泉が、苦情を並べ立てるのが資料室の日課に近い。

 だが、ここは麻帆良学園都市。世間一般の常識と、日本の司法権力が通用しない無法の街だ。そんな敵地においては、さしもの和泉も同僚の無作法をとやかく言ったりしない。

 しばらくの間、三人の間に無言の時間が流れた。

 その間にも千草の双眼鏡の向こうでは、麻帆良大橋が少年少女の魔法により半壊していった。

 それでもなお、麻帆良警察署に動きは見られない。パトカー一台、警官一人現れる素振りすらない。

「職務怠慢もいい加減にせいよ……」

 千草の呟きは、同じ警察官としての憤慨か、魔法使い達に好き勝手される街への憐憫か。

 もっとも、麻帆良市警に動きがないのは、怠慢だけが理由ではない。

<認識阻害の結界>

 異常を異常と、安全と危険を判別する悟性が、『麻帆良学園都市』全体に張り巡らされた魔法により、狂わされているのだ。言うなれば、本人が自覚できない程度の軽い酩酊に近い状態に置かれ、正常な判断能力を奪われている状態だ。

 ただしこれは、本人に酔わされた覚えが無く、車の運転中に人を轢殺しかけても笑って済ませてしまうような、道徳心や罪悪感、遵法意識すらも曖昧にしてしまう凶悪な代物だ。加えて、血液・尿・呼気検査等の既存の検査では異常が検出されないだけに、下手なアルコールや薬物よりも性質が悪い。

 千草達三人が<認識阻害の結界>の影響下にないのは、それの存在を知り、あらかじめ対策と訓練を講じているからに他ならない。

 そのうちにも、これが締めとばかりに少年少女は対峙し、雌雄を決すべく互いに魔法を放った。雷と氷の嵐がせめぎ合い、僅かな均衡の後、少女を吹き飛ばす。

 どのような魔法の効果によるものか、少女の衣類はマントを残し弾け飛び、夜目にも白い裸体が晒される。

「……撮影は続けます」

 カメラから目を離さず、食い入るように身を乗り出す勇人に、背後の二人が刺すような視線を向けるが、止める発言はしない。

 少女は橋の欄干を越えた空中で体勢を立て直すと、力を使い果たして両膝を着いた少年を見降ろし、二言三言言葉を投げかけていた。察するに少年への勝利宣言だろう。

 少女は両手を振り上げ……。
 次の行動は、突然戻った街灯の明かりに妨害された。

「何や。予定より早いんか」

 千草は双眼鏡から目を外すと、さざ波のように広がる照明に目を狭めた。
 時間を確認すれば、二三時五五分。メンテナンス終了予定は二四時。予定より五分程早い。が、早い分には誤差の範囲内だろう。

「……いや。『英雄の息子』を勝たせるための小細工やろうな。ほんま、虫酸の走る連中や……」

 苦虫を噛み潰した顔で千草は吐き捨てた。

 『英雄の息子』など、日本においては『十歳未満の外国人の少年』一人分の価値しかない。

 それが何を考えてか、麻帆良学園都市では見ての通りの放置振りだ。『英雄の息子』に魔法使い達が寄せる期待の程など、魔法使いならぬ身では知りようもない。しかし破壊活動を黙認する態度から、法治国家である日本にとり、許容できるものでないのは確かだ。

 治安維持の公僕として、現行犯逮捕すべきと喉元まで出かかる思考を、千草は何とか飲み下した。深呼吸を二回し、気持ちを落ち着けてから、二人に顔を向ける。

「さ。そろそろ撤収しよか」

 千草が声をかけるまでもなく、勇人は撮影を終えたカメラをしまい、和泉は携帯無線機で県警に応援の要請を行っていた。県警を通じて麻帆良警察署を動かす腹で、これで麻帆良警察署が動けば良し、動かないならば、撮影した映像を怠慢と癒着の証拠にして、『関東魔法協会』諸共に潰すだけだ。

 と、和泉の手元でガチリと金属の食い込む音が鳴った。

「伏せて!」

 事態を真っ先に把握したのは、半壊した無線機を手にしていた和泉だった。狙われたのが自分なのか無線機なのかはともかく、狙撃されたのだと理解するのに時間はかからない。

 後の反応は、訓練と経験の賜物だ。
 和泉の声に、千草と勇人も瞬時に地に伏せ、次の狙撃に備えた。
 銃声の聞こえない所から、よほど彼我の距離が大きいのか、消音器を使っているのだろうと推測する。

「……停電が終わると同時に狙撃するなんて、どんだけ頭がいかれとるんや。つうか、通信、傍受されとるんやないやろな!?」

 いわゆる『麻帆良学園都市』外周には、侵入者対策におびただしい数の監視カメラが設置されている。それらのどれかに姿を捉えられたにしても、一千や二千では効かない数に上るカメラから、停電からの復帰直後に三人をピンポイントで発見するなど、数千分の一の確率なものだ。

 考えられるのは、和泉の警察無線を傍受、そこから現在地を割り出し、狙撃した可能性だ。

 しかし三人が携帯する通信機は、今年から導入の始まった新型デジタル無線のAPRシリーズだ。これは一九九〇年から警察で使用していたデジタル無線形式『MPR』の老朽化に伴い入れ替えられたもので、早々には復号(デコード)できないはず。

 それが早くも傍受されている可能性に、千草が愚痴を零すのも無理はない。

「威嚇のつもりかもしれませんよ?」

 勇人のずれた気休めに、千草と和泉は反論しなかった。警察官であれば、威嚇は頭上の空へ撃つものだ。万が一にも、何かに命中させる訳にはいかない。

「連中の思考の分析は後にして下さい。まずはここから引き上げましょう」

 冷静な和泉の指摘に、二人に否やは無かった。
 顔に当てた無線機を狙い撃つのだから、服装から警察官と判別しているはずだ。それでも発砲してくれば、これはもう確信犯と断定できる。

 二射目が来ないのを幸い、身を低くした姿勢で車を置いた方向へ移動を始める。無線機を破壊された和泉に代わり、千草が応援を求めるのも忘れない。

 だが、無難に乗ってきたパトカーに辿り着けたものの、三人が気を抜ける状況にはなかった。

 車上の赤いランプやヘッドライトすら灯していないパトカーの運転席のドアは開け放たれ、その下にはうつ伏せに倒れる警察官が一人。

「熊谷はん!?」

 千草が駆け寄ろうとしたところへ、三人の進行方向から小柄な人影が飛び出し、銀光が煌めいた。

     ◇◆◆◇

 警察官ならば見逃してもらえるだろうという期待が、灼熱地獄に放り込まれた雪玉の寿命並に儚いものだと突き付けられるのは、決して幸運な事ではない。

 こと、撤退を妨害する敵性戦力が、他人を傷つける経験に豊富で、小型拳銃と警棒しか武器を認められていない警察官三人を合わせたよりも実力が上で、その使用は最終手段と制限のある警察官と違い、遠慮手加減をする意図がなく、なおかつ先制攻撃を仕掛けてきた場合、なおさらだ。

 銀光の正体が、野太刀と呼ばれる大振りの日本刀が街灯を照り返したものだと三人が気付く前に、千草の無線機は二つに断ち切られ、千草自身腹をしたたかに打ち据えられ、呻く事もままならずに崩れ落ちていた。

「……え?」

 そんな間の抜けた声を和泉が発した時には、野太刀の切っ先は勇人の喉元に突き付けられていた。

「動くな!」

 一喝したのは小柄な少女だった。サイドテールにまとめた長い髪に、幼い顔立ちに似合わぬ鋭い目つき。小豆色のブレザーとチェック地のスカートからするに、麻帆良の学生だろう。容姿からして高校生には見えず、おそらくは中学生だろうか。

 身の丈四分の三程もある野太刀を握る女子中学生が、自分よりも上背のある警察官三人を恫喝する。

 端から見れば実にシュールな光景だ。

「こんな実力で侵入するなど、舐められたものだな!」

 侮蔑すら含む口調の少女に、勇人と和泉は返すべき反応に迷った。深夜十二時過ぎに未成年者が徘徊している事、警察官に躊躇いなく暴行を加える事、警察官を前に刀剣を振り回している事、麻帆良をどこかの領土と見なす発言をしている事、指摘したい箇所がありすぎて言葉が出ない。

「それとも、警察官の恰好をすれば、見逃してもらえるとでも思ったか?」

 もう一点追加、ニセ警察官と誤解している事も、だ。

 四人が乗ってきた車は、上半分が白、下半分が黒に色分けされたツートンカラーの『レガシー』だ。車体横と後部には『警視庁』と『POLICE』の文字が大きく書かれ、車体の屋根には赤色警光灯も付いている。

 それを見てもニセ警官と断じる少女に、知能に問題ありと偏見を抱いてしまうのは間違いだろうか。

「……本物の警察官なのだが?」

 いつ次の狙撃が来るか、激昂した少女が勇人の首を刎ねないか、不安と心配が胸中を巡る中、和泉は慎重に言葉を選んだ。勇人は刃先を喉に突き付けられ、千草は身体を丸めて蹲ってと、どちらも少女に返答できる状態にない。

「それに侵入も何も、昼間に正面から堂々と入っている」

 警察官の制服で行動する以上、こそこそと隠れ潜んで侵入する訳にはいかなかったのだ。公務と言う名分もある。

 しかしそんな公権力の威光が麻帆良の魔法使いに通用しないのは、身を持って体験させられている所だ。

「ふざけるな! ただの警察官が、こんな所をうろついているはずないだろが!!」

 少女の怒声は、魔法の存在を知らなければ、意味を理解できなかっただろう。

「……どういう事だ?」

 予測はできても、確認の言葉は口にしない。大方<認識阻害の結界>か、警察も懐柔済みと言う事だろう。

 感情のまま何か叫ぼうと口を開きかけた少女は、途中思い直したのか、頭を振って冷静になろうと努めているようだ。

「とにかく! お前達には色々と聞きたい事がある! おとなしくしろ!」

 少女の要求、と言うか威嚇は、本来であれば和泉達警察官の側が告げる内容だ。少なくとも深夜を徘徊する未成年者が、日本刀を振り回して警察官に迫る言葉ではない。

 それがまかり通ってしまうあたり、麻帆良の常識は日本の非常識、と言うところか。

「おとなしくしろ? ……それはこちらのセリフだ」

 緊張で背中を滴る汗の嫌な感触に、内心気持ち悪さを覚えつつも平然を装う和泉に、少女は怪訝そうに眉根を寄せた。

「何を……」

 その後の言葉は、不意を衝かれ吐き出した息に取って替わられた。
 蹲った姿勢から、千草が少女の両脚にしがみついたのだ。

 千草を切り捨てようとする少女の右腕を、野太刀が首筋を軽く切り裂くのも構わず、勇人が飛びかかって抑える。
 和泉は左腕だ。

 両脚の動きを封じられ、両腕を掴まれた少女は、大人二人分の体重に耐え切れず、路上に倒れた。

「ええいっ、放せっ!」

 三人の拘束を振りほどこうと、喚き暴れる少女の左腕を引き延ばすと、和泉は手錠を取り出した。

「銃砲刀剣類所持等取締法違反と、公務執行妨害の現行犯で逮捕します」

 手錠を開き、少女の左手に嵌める
 相手がおとなしくしていれば、本来手錠をかける必要はない。しかも規則上、アメリカのように後ろ手に拘束できないし、テレビドラマのように手首の上からガチャリと簡単にかけられるものでなく、手首に食い込む程きつくもできない。野太刀を振り回す障害にはなり辛いかもしれないが、両腕を振り回すのを防ぐ役には立つ。

 そして何より、酷な表現をするなら、相手に逮捕されたのだと自覚させ、心を折る効果がある。

 案の定、自らの左手に嵌められた銀色の金属環に、少女は一瞬であれ目を奪われ、動きを止めた。その隙に勇人が野太刀を引き剝がし、我に戻った少女が暴れ出すにも構わず、右腕にも手錠を嵌めてしまう。

 ここに到り、ようやく少女は暴れるのを止めた。乱れた息遣いからするに、疲れただけかもしれない。

 息が乱れているのは、警察官三人にしても同じだ。自分達が怪我をしないよう、なおかつ刃物を振り回す相手を傷つけずに取り押さえるのだ。心身的な負担は大きい。

「……天ヶ崎さん、大丈夫ですか?」

 どこか呆然とした表情の少女を立たせようとし、未だ両脚にしがみついた千草に気付いた和泉は声をかけた。

「あんま……大丈夫やないな……」

 千草の声に力が籠っていないのは、疲労だけが理由ではない。額に滲む脂汗が、少女に打たれた腹部の痛みの強さを語っている。

「その喋り方! 貴様ら、やはり関西の回し者か!!」

 先程の侮蔑から一転、憎悪を込めて睨みつけてくる少女に、冷めた視線を三人は向けた。正確には、刃物で切りかかってきた無法者を見る目、そのものだ。

 勿論、彼女の怒声に誰も答えない。
 麻帆良の魔法使いに関する知識があれば、彼女が敵意を示すのも頷ける。

 魔法使いの組織『関東魔法協会』が、目下攻略対象と設定しているのが、京都に拠点を置く『関西呪術協会』である。関東魔法協会の会長、近衛近右衛門の生家であり、関東が魔法使いからなる組織であるのに対し、関西は対照的に呪術師を擁する組織だ。

 ただし関東側の取る手段がまっとうでないのは、千草の京訛りに過剰に反応するところからも、魔法使いにとり都合の良い情操教育を行っている事が見て取れる。

 だからと言って、魔法使いの犠牲者である少女に同情し、開放したりはしない。野太刀を振り回すなど、見逃すには大きすぎる犯罪行為だ。

「……立つんだ」

 両手首に嵌った手錠を腰に紐で縛りつけた和泉は、少女の左腕を掴んで立たせた。

     ◇◆◆◆◇

 四人目の警察官、熊谷由貴(くまがい・ゆき)は幸い軽傷だった。野太刀の峰で額と首の後ろを殴られ、昏倒させられたのが経緯の全てだ。もっとも、殴られたのが頭なだけに、後日精密検査を受ける事にしている。

 何らかの格闘技をしているようなごつい体格に、二メートル近い巨躯の由貴を、野太刀を持っていたとは言え、身長一五〇センチ程の女子中学生が叩きのめしたのだから、警察官三人相手に啖呵を切った時と同様、さぞかしシュールな光景だっただろう。

 麻帆良全域に張られた<認識阻害の結界>により、正常な判断力を奪われた住人から見れば、笑い話の一つになる光景かもしれなくても、それは結局のところ、少女の罪状が一件追加されるにすぎなかった。

 魔法使い達の工作だろう、一向に現れない麻帆良市警の応援に歯軋りし、いつ再開されるか知れぬ狙撃と、少女を救出すべく駆けつけるだろう応援の魔法使い達に戦々恐々としながら、それでもどうにか無事に麻帆良市警察署に到着できた四人は、ほっと胸を撫で下ろしたものだった。

 少女の身柄を麻帆良署の警察官に引き渡した後、四人は小さ目の会議室を借りると、そこへ足を運んだ。既に時間は深夜の一時をとうに回り、辻斬り少女の拘束の件もあり、心身共に疲労していても、魔法使い達の次の手が読めない以上、時間に余裕はないと見るべきだろう。

 特殊資料整理室の面々の長い夜は、すぐには終わらなさそうだった。







◎参考資料◎
・教えて! goo『刑事・警察官が被疑者を逮捕する時、手錠のかけ方の違いですが、通常逮捕の』2010年9月27日
・Wikipedia『風の聖痕』
・Wikipedia『警察無線』
・Wikipedia『公務の執行を妨害する罪』
・Wikipedia『銃砲刀剣類所持等取締法』
・Wikipedia『逮捕』
・Wikipedia『手錠』
・Wikipedia『日本の警察官』
・Wikipedia『パトロールカー』
・Yahoo 知恵袋『日本警察の手錠の掛け方で質問です。』2010年5月15日



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