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No.32494の一覧
[0] 【習作・ネタ】腐敗都市・麻帆良(ネギま)【ヘイト注意】【完結】[富屋要](2020/03/01 01:07)
[2] 第一話 特殊資料整理室[富屋要](2012/03/28 20:17)
[3] 第二話 麻帆良大停電[富屋要](2012/03/29 20:27)
[4] 第三話 麻帆良流少年刑事事件判例[富屋要](2012/03/30 21:08)
[5] 第四話 学園長[富屋要](2012/03/31 22:59)
[6] 第五話 包囲網[富屋要](2012/04/05 21:11)
[7] 第六話 関西呪術協会[富屋要](2012/04/10 00:09)
[8] 第七話 目撃者[富屋要](2012/04/14 20:03)
[9] 第八話 教師[富屋要](2012/04/17 20:25)
[10] 第九話 魔法先生[富屋要](2012/05/18 03:08)
[11] 第十話 強制捜査[富屋要](2012/08/06 01:54)
[12] 第十一話 真祖の吸血鬼[富屋要](2012/08/06 19:49)
[13] 第十二話 狂信者[富屋要](2012/09/08 02:17)
[14] 第十三話 反抗態勢[富屋要](2015/11/27 23:28)
[15] 第十四話 関東魔法協会[富屋要](2013/06/01 03:36)
[16] 第十五話 立派な魔法使い[富屋要](2013/06/01 03:17)
[17] 第十六話 近衛近右衛門[富屋要](2015/11/27 23:25)
[18] 最終話 腐敗都市[富屋要](2019/12/31 16:31)
[19] エピローグ 麻帆良事件・裏[富屋要](2020/02/29 23:46)
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[32494] 最終話 腐敗都市
Name: 富屋要◆2b3a96ac ID:b2a0b825 前を表示する / 次を表示する
Date: 2019/12/31 16:31
『警察庁長官官房総務課特別資料室係』の応接室で、天ヶ崎千草は珍しい人物の訪問を受けていた。

 歳の頃は十前後、尻にまでかかる長い金髪に白磁のような肌と蒼い瞳。薄いピンクを基調としたフリルの多いゴシック風ドレスと、これで世を斜に構えたような目つきでなければ、等身大の西洋人形と言っても良かっただろう。

 真祖の吸血鬼、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。
 千草からすれば本心から会いたくない、叶うならば一目散に逃げ出したい相手だ。『登校地獄(インフェルヌス・スコラステイクス)』から解放され、本来の力を取り戻した彼女と相対するのは荷が重すぎる。

「……それで、今日はどんな用件で? できればアポを取ってからにしてほしかったのですが?」

 なるべく平素を装う千草に、エヴァンジェリンは小気味良さそうにくっくっくと喉の奥で笑みを漏らした。

「何もそう邪険にすることもあるまい? 何回アポを取ろうと連絡しても、多忙だと言って応じなかったのは貴様の方だろう」
「実際、忙しいのですが?」

 会いたくないために居留守を使いはしたものの、多忙なのは本当の事だ。
 武蔵麻帆良にあるカトリック教会の下に発見された地下三十五階に及ぶ巨大な建造物に、市の下水道計画図にない無数の通路――『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』達は遺跡と呼んでいたが――に、世界樹の下に封印されていた鬼神達と、情報の精査なしには表沙汰にできない事案が幾つも発見されているのだ。それらの処理に追われている毎日だ。

「私の知ったことではない」

 エヴァンジェリンはにべもなく切り捨てた。

「これはどういうことだ」

 バン、と音が鳴らして勢い良くテーブルに叩きつけられた紙切れは、良く見れば新聞の切り抜きだった。

『女子中学生、保護される。
 埼玉県警は、新興宗教団体『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』に軟禁されていた少女を保護したことを明らかにした。保護されたのは、麻帆良学園にある中等部の一つに在学する少女。『立派な魔法使い』らは、少女を齢六百年の吸血鬼だとして、麻帆良市内に身柄を拘束した上で、警備員として深夜に活動させる他、逃走防止に遠足や修学旅行含め、学業や私用での市外への外出を妨害していたと見られている。県警によると、『立派な魔法使い』の言う吸血鬼は十五年前に討伐済であり、少女との関係性は、身元と共に現在確認中とのこと。誘拐と十年以上に渡る監禁の罪、および十五年前の討伐という名目の殺人につき、『立派な魔法使い』による組織的犯罪の可能性を視野に入れているとのこと』

 大きいと言えない記事は、麻帆良学園の児童虐待と、殺人すら辞さない犯罪組織であるとの実情を語る内容だった。

 一通り記事に目を通した千草は、不機嫌さを隠そうとしないエヴァンジェリンの顔を恐る恐る見つめた。

「……これが何か?」
「何か、じゃない」

 エヴァンジェリンは少し声を荒げるが、先日の面談で見せたほどの切羽詰まった様子ではない。封印を解いて元の力を取り戻したことで、精神的な余裕でもできたのだろうと、千草は推し量った。

「記事に対する苦情でしたら、新聞社の方へ掛け合って下さい」

 千草の認識している範囲では、記事に誤りは見られない。

「ここにある六百歳の吸血鬼とは、私のことじゃないか。私の生存を堂々と新聞に載せて、『立派な魔法使い』共がどういう行動に出るのか、予想もできないバカなのか、お前達は?」

 エヴァンジェリンの指摘で、千草はようやく意図を察した。

「ああ。吸血鬼に祀り上げられた少女を、カルト教団が正義の名の元に殺害しにやって来る。その心配ですか」

 平然とした態度を何とか取り繕う千草に、エヴァンジェリンは毒気を抜かれたようだった。

「……いや、私が本物の吸血鬼なの、知っているだろ」
「ええ。勿論」

 そんな正体は知りません、と千草は否定しなかった。

「これは先日の面談で説明しましたが、エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルという名の真祖の吸血鬼は、『立派な魔法使い』の社会では十五年前に死亡が確認されています。討伐したとされる人物が、殺人容疑で逮捕されたと言う話は聞いていませんけれど」

 一般人の社会では、吸血鬼の存在を信じる者は多数いても、実在するとは考えられていない。殺害されたのは吸血鬼でなく、吸血鬼の汚名を被せられた人間と判断されるものだ。

 千草はテーブルに手を延ばすと、切り抜きを百八十度回転させ、エヴァンジェリンの方へと押しやった。

「つまりこの記事にある少女は、その討伐された六百歳の吸血鬼と同姓同名の別人……」
「詭弁は止めろ」

 一言の元に切り捨てられ、千草は押し黙った。前回に十分説明したはずなのにと、じわじわと胸中に滲み出てくる憤りを顔には出さない。

「では視点を少し変えましょう。嘘か本当か聞きかじった知識では、『立派な魔法使い』というのは、魔法使いのルールに反する行為を取ったら、例え処罰する法律のない日本で行ったとしても、どこかにある『本国』に移送されて刑を受けるのだとか?」

 エヴァンジェリンが肯定の意に頷くのを確認してから続ける。

「魔法使いの世界に、背信行為に対する罰則はありますか? 死亡したと虚偽の報告をして、その実、賞金を着服し、十五年間も自分の手元に匿い続けたという、魔法使いの社会全体に対する背信行為の」

 言わんとしていることを察し、エヴァンジェリンは憎々しげに歯軋りし、呪い殺さんばかりの視線で千草を睨みつけた。魔法使いを叩くためのダシに使われたと、誤解したらしい。

「それがこの記事の狙いか」

 思わず自分の死を確信した千草だった。顔から血の気が失せ、言葉を発するのに飲み込んだ唾が音を立てる。

「この私を……奴らを釣る餌にするつもりか?」
「誤解されては困ります。これはあなたのためなのですよ」

 声を震わせながらも反論されたのが意外だったのか、エヴァンジェリンの気勢が一瞬削がれ、その隙に千草は一気にまくし立てた。

「あなたの生存を認めれば、日本で立件されることがなくても、近衛は背信行為と詐欺で魔法使いの『本国』に送致でしょう。反対に、あなたが同姓同名の別人だと主張し続ければ……」

 一瞬の激高で思考を切り替えたのか、エヴァンジェリンが不承不承の体で後を続けた。

「ジジイが『本国』で刑に服することはなく、私も狙われる筋合いがなくなる。そういうことか」

 そして嘘で人生を築いてきた近右衛門ならば、ここで真実を語ることはないだろうと、千草は踏んでいる。万が一、億が一の可能性として、エヴァンジェリンが公権力に身柄の保護を求めた行為を裏切りと見なさず、本心から彼女の身を案じているのであれば、やはり同様に真実は語るまい。

 何より真実を語れば、千草の両親の死んだ戦争で名を上げた英唯ナギ・スプリングフィールドが共犯で、魔法使い社会に対し背信行為を行っていたと暴露することになる。

 そちらに転んでくれる方が千草的には嬉しいのだが、そのような本心は顔には出さない。

「ええ。どうせ『立派な魔法使い』の間では公式に死亡しているのです。麻帆良から離れられる今なら、西洋魔法使い達と完全に関係を断って、新しい人生を始める良い機会になるのでは?」

 提示された選択肢に、エヴァンジェリンは目を丸くした。魔法使いとの縁切りと新しい人生、どちらに反応したのかは不明だ。
 真祖の吸血鬼を野放しにするなど、千草からすれば正気を疑う沙汰という評価は変わっていない。察するに、上にいる『日本政府の上部組織』は、エヴァンジェリンの取り込みを狙っているのだろう。

 無論、封印を解いたのを恩に着せ、それで縛ろうとするものではない。中学・高校を卒業するまでの過程で、千草として大迷惑な仮定として、警察庁長官官房総務課特別資料係のような公務員を進路に選ぶようになれば良い。選ばなければそれでも良い。
 そういう緩やかな取り込みだ。

「……そうか……魔法使いに関わらない、新しい人生か……」

 考えたことはなかったのだろう。突然開かれた新しい可能性に気圧されたのか、エヴァンジェリンはそれきり黙りこくってしまった。

 魔法使い相手に立ち回ってきた六百年、そこから解放された感慨がどれ程か定命のものに想像できるはずもない。

 数分間たっぷり思考に沈んでいたエヴァンジェリンが顔を上げた時には、どこかすっきりしたような色合いがあった。

「ふん。お前が退職するまでの十数年、その与太話に付き合ってやる。有り難く思うんだな」
「……いえ。私に構わず、日本での自由を楽しんでください」

 真祖の吸血鬼に今後、下手をすれば生涯付きまとわれるのかもしれない恐怖に、反射的に本音を吐いてしまった千草を、エヴァンジェリンは楽しそうに目を細めて笑った。

「くくく。吸血鬼の恐ろしさを正しく理解して恐れるその顔、見ていて飽きそうにないな」

 千草にしてみれば、精神力がヤスリでごりごり削られる心境だ。エヴァンジェリンと会ったのは、麻帆良のコーヒーショップでの一回きりで、呪いの解除の時には立ち会っていない。そこまで興味を持たれるとは思ってもいなかった。

「しかしまあ、貴様、実は腑抜けだな」

 彼女の今後の身の振り方に関する話を予想していた千草としては、少々意外な言葉だった。

「復讐を志して、途中で諦めた口だろう?」

 半眼で睨みつけてくる真祖の吸血鬼への怯えを隠しながら、それが目的かと訪問の意図を理解する。同時に、説明したところで理解を得る事はできないだろう、とも。

「諦めた訳ではないですね」

 自分が復讐を求めていた身であることを、口にはせずに認める。そしてその認識が、自分の中では過去形で語られていることに、千草は内心苦笑した。

 近衛近右衛門が逮捕されたあの日のあの場所は、復讐を果たそうとするなら千載一遇の好機だった。おそらくは魔法の発動体を失っており、両腕を埼玉県警の刑事に取られ、あまつさえ自分の目の前で一度立ち止まってすらいる。あれ程の好機は、今後死ぬまで訪れる事はあるまい。

 それでも銃で撃ち殺さなかった理由。
 決して、自分の立場を危うんで躊躇った訳でも、正当な裁きを裁判所に求めた訳でもない。

「あのご老体には……目の前で自分の王国が崩壊していく様を見せつけてやるのが、一番効果的かと考えまして……」

 やはり理解は得られなかったのか、エヴァンジェリンはふん、と侮蔑を含んだような鼻息を一度漏らした。

「確かにそうかもしれんが、本当にそう上手く行くのか?」

 懐疑的なエヴァンジェリンに、千草はさあ、と小さく首を傾げた。
 現場の身の話として、近右衛門がおとなしく警察の捜査に協力していれば、現在の苦境にあっても抜け道は幾つもあったのだ。

「ここまで事態がもつれるなんて、上の上の方でも予想していなかったでしょうね」

 世間一般では誤解されがちだが、逮捕した被疑者百人中百人を裁判にかけようとする組織ではないのだ、警察は。罪状が軽微すぎる、被疑者が初犯で反省している等の場合、注意や勧告の不処分で終わる件が多い。

 仮に警察が証拠を揃え検察に書類送検したとしても、検察側が裁判で立件が難しそうだと判断すれば、不起訴という形で終わらせてしまう時もある。有罪判決率九十九・九パーセントという数字は伊達ではないのだ。

 そして最後の裁判所にしても、訴求された案件全てに判決を下せる訳ではない。今回の近右衛門や麻帆良学園、そして『立派な魔法使い』に関する件では、魔法使いらが宗主と崇める『本国』の存在が明らかになれば、高度な政治的判断を要する国家の行為は、司法判断に馴染まないとして、判決を出せないとして解決する手段もあり得る。

 無論の事、近衛近右衛門と麻帆良学園に対しどこまでやるか、決めるのは埼玉県警と検察だ。千草はあくまでオブザーバーであり、彼らの決定に影響する力は有さないし、発言もしていない。オブザーバーの役目すら、今は終わったと言える。

「……近衛学園長の思考が、あそこまで常軌を逸していた、とは」

 むしろ素直に警察に協力していれば、課税徴収や行政指導の対象にされることはあれ、逮捕劇にまで発展する結末にはならなかっただろう、が千草の読みだ。近右衛門は己の非常識から、身綺麗になる機会をドブに捨てたのだ。

『日本政府の上部組織』が今回の捜査……否、大停電の日に千草達を派遣したのは、麻帆良学園に関わる不祥事の数々を白日の下に晒すためではなく、近右衛門に自粛を求めるけん制だった。そう千草は見ている。

「たとえ不起訴で終わるとしても、西洋魔法使い達がこれまで通り、あの街で権勢を奮うことは二度とできないでしょう」
「そうだな。そこは同意だ」

 エヴァンジェリンは楽しげににやりと顔を歪めた。吊り上った唇の端から、長すぎる犬歯が覗く。

 連日のスキャンダル報道に、魔法のような非日常とは無縁の一般国民でも、麻帆良学園は終了したと評価するだろう。再建するにしても、まずはカルト教団『立派な魔法使い』の関係者である学園上層部を完全に取り除くのは大前提だ。

「ですから、復讐としても、この辺で満足して良いかな、と」

 近右衛門の逮捕を直に目にして以来、西洋魔法使いに対する憎悪は、千草の中で変に冷めてしまっていた。特に何もしないで目的が叶ってしまった感に、白けてしまったというのが正しいか。

 もし仮に『関西呪術協会』に残り、術者としての研さんを積んでいたら、このような妥協が自分にできただろうか。これはここ数日で抱くようになった疑問だ。冷めてしまった自身への自覚を得たきっかけでもある。

 ひょっとしたら、いや間違いなく、関西圏のどこかに封印されている『神』の一柱でも解放し、関東に攻め入っていた。魔法・符術・陰陽術・炎術・風術、何でも良い。この手の超常の能力に溺れた輩は、手にした力で、暴力で物事を解決しようとするのが相場なのだから。

 千草の返答に、エヴァンジェリンは面白くなさげに、しかし何かを期待するように目を細めた。

「そういう復讐の終え方もあるのか……」

 口の中で小さく転ばされた呟きは、千草の耳に届くことはなかった。
 しかしこの復讐の終え方が、エヴァンジェリンの心のどこかに触れたのは確かだ。
 その証拠に、この先ずっとエヴァンジェリンにまとわり付かれることになったのだから……。

     ◇◆◇

『地下の巨大シェルター。立派な魔法使いの反政府活動拠点か?

 学校法人麻帆良学園学園長兼立派な魔法使い(マギステル・マギ)日本本部本部長の近衛近右衛門の逮捕に伴い、同日の四月二十六日、埼玉県警による武蔵麻帆良にあるカトリック教会の地下に敷設された立派な魔法使い日本本部の強制捜査が行なわれた。それによると、同教会の地下には、三十階層を超える巨大構造物が建築されているのが確認できたとのこと。構造物自体広大なため、専門家による調査チームが編成される予定。立派な魔法使い関係者は、地下構造物の基礎は、二千六百年前に『始まりの魔法使い』が建造した遺跡であり、立派な魔法使いはその遺跡を再利用しているだけと発言している。
 始まりの魔法使いとは……』

 特集記事を途中まで読み終えると、男はふんと鼻息を一つつき、読んでいた雑誌をテーブルの上に置いて顔を上げた。

 対面の席に座るのは、警視庁特別資料室の室長橘霧香と倉橋くらはし和泉いずみの二人だ。

「君達旧世界の住人は、魔法の秘匿にもっと神経質だと思ったのだがね?」

 腰まで伸びた黒髪の黒人の美丈夫――デュナミス――のとがめるような物言いに、霧香は口に当てていたコーヒーカップを置き、雑誌の記事を一瞥した。麻帆良学園と『立派な魔法使い』に関する報道は連日続いている。

 近右衛門が逮捕されてから四日。二十九日の祝日を挟んだ四月最終日、霧香達三人と白髪の少年フェイトを含めた四人の姿は、関西国際空港のラウンジにあった。

「ええ、その通りです。まったくもって頭の痛い話です」

 そんな言葉とは裏腹に、霧香の口調にはこれっぽちの痛痒すら含まれていない。あまつさえ麻帆良の魔法使い達の陥った事態を楽しんでいるのか、口角が笑みの形に吊り上っている。

「ただしこの遺跡の話に限れば、専門家による年代測定の結果がまだ出ていないので何とも言えませんが……。バカも休み休み言えって話ですよね」

 霧香自身、立派な魔法使い側の話を微塵も信じていないと、暗に仄めかす内容だった。

 二千六百年前と言えば、日本は弥生時代、文字すら伝わっていない時代だ。西欧では古代ローマ帝国の時代であり、プラトンが人類史で初めて元素という単語を作り出した頃になる。そんな時代の遺跡だと言われて、素直に信じるのはカタカムナ文明のようなトンデモを信じる情報弱者かリテラシー欠如者だろう。

「で、万が一、彼らの主張の通りだったとしても、我々の秘匿の責任どうこう問われるのは筋違いの話です。私達側からすれば、こんな遺跡の存在なんて寝耳に水の話ですし。……あれが本当に遺跡なのかどうかはともかく」

 立派な魔法使い達の大元、二〇〇三年現在に所有者を気取っていた西洋魔法使いが持つべき責任だろう。

「それに私の所属は警視庁、つまり東京になります。埼玉県の出来事は管轄外ですから、駆けつけたくてもできません」

 むしろ巻き込まれずに済んで良かったと、改めてうっすらと笑みを浮かべる霧香だ。実際、麻帆良に関わるこれまでの問題とこれから山積みされる問題は、千草達『警察庁長官官房総務課特別資料室係』の範疇だ。当人達が泣き言を漏らしている暇もなく駆けずり回っている様を、涼しい顔で眺めていられる立場ですらある。

 何を考えているのか伺わせない不可思議な笑みをたたえる霧香を、デュナミスは胡散臭げにたっぷり十秒前後見つめてから、まあ良いと一言漏らしてコーヒーカップに再び口をつけた。

「これで『あの方』との接触するのも随分楽になる」

 そんな内心の言葉が、コーヒーと共に嚥下された。

 あの方――『完全なる世界(コスモ・エンテレケイア)』の首領にして、魔法界の先の大戦の英雄ナギ・スプリングフィールドの肉体を乗っ取り、麻帆良学園の地下に封印されている『造物主(ライフメーカー)』のことだ。
 麻帆良学園の魔法使いでも、近右衛門を含め片手で足りる程度しか知らない最高機密を、部外者の霧香達が知るはずもない。混乱の際にある麻帆良学園の現在の状況こそ、『造物主』を開放する絶好の機会だろう。

「とは言え、残念ながら時期尚早か」

 道具もなしに金庫を破ることができないように、デュナミスと言え準備なしに封印を解くのは無理な相談だ。
 これはデュナミスの準備不足が原因ではなく、日本の警察の本領を見誤っていたがためだ。こうも簡単に麻帆良学園の魔法使い達を無力化してしまうとは、予想していなかったのだ。

「関西呪術協会はともかく、神社庁と警察。これは予想外だった」

 極東の島国と侮っていれば、なかなかどうして、魔法界のどの国よりも治安が行き届き、政治も比較的記安定している国だ、がデュナミスの抱いた見解だ。

「それにしても、もう帰国ですか」

 途切れかけた会話を続けようと、霧香は話題を変えた。大型連休のシーズン中、観光せずに帰国するのは、仕事とはいえ勿体ない気がする。

 デュナミスはカップをソーサーの上に置くと、ゆっくりと背もたれに体重をかけた。

「元から日本の滞在が四月一杯の予定だったからな。……ああ、そうか。日本ではこれから連休なのか」

 遠回しに観光を勧めているのだと察し、自分の理解の遅さにデュナミスは苦笑した。

「残念だが飛行機の予約が、ね。まあまたすぐ、日本に来ることになるだろう。その時にでも、ゆっくり観光させてもらうよ」
「ええ。その時、今度は東京にも来てください」

 デュナミスの考えを知るはずもなく、霧香は快く再来日を歓迎した。
 そこから二人の会話は何気ない内容に変わり、出国手続きの時間が来ても、麻帆良の名前が出てくることはなかった。




◎参考資料◎
・赤松健作品総合研究所『「魔法先生ネギま!」の裏情報(設定)』
・赤松健『魔法先生ネギま!⑭』講談社、2006年4月
・赤松健『魔法先生ネギま!⑮』講談社、2006年8月
・赤松健『魔法先生ネギま!35』講談社、2011年8月
・赤松健『魔法先生ネギま!36』講談社、2011年11月


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