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No.32494の一覧
[0] 【習作・ネタ】腐敗都市・麻帆良(ネギま)【ヘイト注意】【完結】[富屋要](2020/03/01 01:07)
[2] 第一話 特殊資料整理室[富屋要](2012/03/28 20:17)
[3] 第二話 麻帆良大停電[富屋要](2012/03/29 20:27)
[4] 第三話 麻帆良流少年刑事事件判例[富屋要](2012/03/30 21:08)
[5] 第四話 学園長[富屋要](2012/03/31 22:59)
[6] 第五話 包囲網[富屋要](2012/04/05 21:11)
[7] 第六話 関西呪術協会[富屋要](2012/04/10 00:09)
[8] 第七話 目撃者[富屋要](2012/04/14 20:03)
[9] 第八話 教師[富屋要](2012/04/17 20:25)
[10] 第九話 魔法先生[富屋要](2012/05/18 03:08)
[11] 第十話 強制捜査[富屋要](2012/08/06 01:54)
[12] 第十一話 真祖の吸血鬼[富屋要](2012/08/06 19:49)
[13] 第十二話 狂信者[富屋要](2012/09/08 02:17)
[14] 第十三話 反抗態勢[富屋要](2015/11/27 23:28)
[15] 第十四話 関東魔法協会[富屋要](2013/06/01 03:36)
[16] 第十五話 立派な魔法使い[富屋要](2013/06/01 03:17)
[17] 第十六話 近衛近右衛門[富屋要](2015/11/27 23:25)
[18] 最終話 腐敗都市[富屋要](2019/12/31 16:31)
[19] エピローグ 麻帆良事件・裏[富屋要](2020/02/29 23:46)
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[32494] 第十六話 近衛近右衛門
Name: 富屋要◆2b3a96ac ID:f5de6a26 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/11/27 23:25
『学校法人麻帆良学園』の総責任者でありながら、常日頃の自分の服装や身だしなみや言葉遣い、態度が社会人として非常識の極みにあると理解できないのと同様、全ての学校を統括する己が執務室を特定の一校に置く非常識さを理解できない近衛近右衛門は、なぜまたしても自分が警察の訪問を受けなくてはならないのか、理解できずにいた。

 理解できるとすれば、本来であれば圧力をかけて警察の捜査を封じるべき『日本政府の上部組織』が、何ら行動を取っていない。それどころか、警察の後押しをするように傍観に徹しているという点だ。

「きゃつらの怠慢のツケ、きっちりと償ってもらわねばの」

 思考の片隅に書き留めているのをおくびにも出さず、近右衛門本人としては親愛の情を込めた、聞く者からすれば非常識で不快感を煽る笑い声で、来客を迎えた。

「立ち話も何じゃ。かけるのが良かろう」

 椅子から立ち上がりすらせず、学園長の机正面の下座、かつ自分の座るソファを置いていない応接セットを来客に指し示す。
 この儂と同じテーブルで話そうとは片腹痛い。そんな近右衛門の無言の意思表示に不愉快な感情を抱いたとしても、訪問者の誰一人顔には出さず、また腰を下ろすこともなかった。

「いえ、お構いなく」

 見下されていると理解していて、それに従う相手ではない。総勢六名の訪問者のうち三名が廊下で待機している中、学園長室内に入った残り半分のうち年長の男が断りを入れた。

 彼らはスーツを着ているのでそれと分かりにくいものの、埼玉県警察の警察官達だ。それも警備部公安第二課――暴力集団組織に対する捜査を行う部署――から二人と、距離を置いてドアを背に立つ千草の三人だ。廊下で待つ三人のうち一人は、埼玉県警とは無関係の勇人だ。他にも中等部校門前には、十名近い私服警察官達が待機している。

「して、どのような用件かな? 不正アクセスをしておった教師は逮捕したじゃろ?」

 矮躯な主人にしては巨大な机の上で、近右衛門は両手の指を絡ませた。机上にコンピュータはない。

 先日の強制捜査の折、警察に押収された訳ではない。
 幸か不幸か、近右衛門にとっては幸運なことに、学園長室には元からコンピュータは設置されていなかったのだ。

 そのため、弐集院が逮捕される原因となった不正アクセス法違反との関連を、この学園長室にあった物品から結びつける手段は乏しい。可能性があるとすれば、こちらも押収済みの近右衛門の携帯電話か、あるいは本校女子中等部以外の『学園長室』から、何がしかの関与を示唆する証拠が出てくるかどうかが鍵だろう。

「署への同行をお願いします」

 近右衛門の嫌味を込めた笑い声には取り合わず、課長の地位にある男は頬の筋肉を一筋も動かさずに用件を切り出した。

「それは強制かな?」

 マルファン症候群じみて虹彩を欠いた近右衛門の瞳が、男をねめつけた。

「調書を取るので、同行してもらえますか?」

 任意とも強制とも答えず、同行の理由のみが伝えられる。

 むうと近右衛門は唸り、即答を控えた。
 すぐさま脳裏に浮かんだのは、昨日の非常招集に応じず、夜半を過ぎてから焦燥した様子で現れた明石の報告だった。警察の任意同行に付き合い、調書を取るとの名目で散々絞られてきたらしい。

「警察が何を捜査しているのか、何を計画しているのか、情報収集に行ってきました」

 それが明石の言い分だが、近右衛門からすれば愚行としか評価できなかった。

 任意同行に応じるなど自分が犯罪者だと認めるも同然だし、自身が潔白なり無関係だと知っているなら、警察に関係の有無の判断を委ねるまでもなく、その場で断わるべき話だ。身に覚えのない罪を自白させられたりせず、帰宅を許されただけでも僥倖とすべきだろう。

 その愚行の対価として持ち帰れた情報は多くなく、また重要でもなかった。明石の亡妻・夕子に戸籍ねつ造と事故死偽装の疑いがあり、国際的規模な不法入国斡旋組織の存在と、その口封じのための殺人事件の可能性を視野に捜査している。この程度の、『日本政府の上部組織』に圧力をかけさせれば簡単に揉み消せる事柄だ。

「まったく……面倒をかけさせおって……」

 言葉にせず、独自の判断を下した明石の軽挙に、胸の内で密かに苦言を呟く。

 情報収集など不要だったのだ。
 例えば仮に、魔法界と地球を結ぶゲートが、麻帆良のものを除き全て破壊され、その半月後に世界樹が時期外れの発光現象を起こしたとしよう。己程の知性と洞察力と人生経験を持ってすれば、関連性が皆無に見えるこの二つの事象から、間に入るべき根拠や仮説や検証の過程を経ずとも、ゲート破壊の犯人が『完全なる世界コズモエンテレケイア』だと特定し、魔法界の消滅を目論む計画の一環だと、結論付けできるようになるものだ。『完全なる世界コズモエンテレケイア』が滅んでなどおらず、その首魁たる『創造主ライフメーカー』が存命で、麻帆良の地下に封印されているという事前情報を抜きにしても、だ。

 それと比べれば、警察が麻帆良に敵対的になり、『資料室』や『心霊班』がウロウロしているのを見れば、警察の背後に潜んだ陰陽師が世界樹の略奪を企んでいると見破るのは、それこそ児戯に等しい。

 故に事ここに至れば、警察の動向の細部を探る手間は不要であり、麻帆良の防衛に専念すべき段階だと明言できる。

「だと言うのに、ただでさえ山積みになっとる問題をまた増やしおって……」

 取るに足らない情報の代償に、明石が支払ったものは大きい。夕子とどこで出会ったのか、から始まり、麻帆良に来る前の前歴を知っているか、死亡した国の名前、なぜ家族でなく単身で旅行していたのか、どういう状況で起きた事故だったのか、自賠責だったのか、相手がいたのならその人物の名前は、加害者なのか被害者なのか、賠償金は取れたのか支払ったのか、保険金はいくらもらえたのか、死亡退職金の他に賞じゅつ金――殉職した遺族に支払われる見舞金――に相当する金銭が麻帆良学園から支払われていないか、根掘り葉掘り聞かれたのだ。

 今回の同行に応じれば、同じ質問をされるだろうとは容易に想像できた。『日本政府の上部組織』がこちらの思惑通りに動かない現状と、明石と口裏を合わせの詳細な確認をしていない状況からも、拒否したいところだ。

「ふむ。そうじゃのう……」

 顎ヒゲをしごきながら、近右衛門はもう少し思考を巡らせた。
 この場で断るのは簡単だ。しかし警察がどの件・・・の調書を取ろうとするのかが気がかりだ。
 それに陰陽師共が関与している以上、言いがかりをつけて拘束しにかかる可能性も考えられる。明石にしても陰陽師と警察が手を組んでいたとは知らず、両者の関係を意識してまで探ってはいない。

「……残念ながら、協力はできんな。断わらせてもらおう」

 しばしの黙考の後に近右衛門の出した回答は、否だった。
 魔法使いなら誰でも――それこそ魔法学校を卒業したばかりの半人前でも――知っている<読心>で、男の思考を読み取った内容も加味しての結論だ。近右衛門程の実力者ともなれば、半人前のように呪文の詠唱や、肉体同士の接触すら不要だ。今の地位に上り詰め、また維持するために重ねてきた数十年の研さんは伊達ではない。

 そこから得られたのは、男が魔法の実在を露とも知らぬ一般人だという事だ。当然、事の背後にいる陰陽師については何も知らず、調書を作成する会話から何かしらの糸口を掴もうとの、いかにも一般人らしい魂胆からの同行要請だと知れた。
 そのような企みに、わざわざ乗ってやる義理はない。

「警察に協力したいのは山々じゃが、儂は忙しい身でのう。そうそうこの学園を空ける訳にはいかんのじゃよ」

 今日中にもウェールズ目指して出国するのをおくびに出さずに嘯くと、近右衛門は残念だとの気配を微塵も感じさせない笑いをひとしきり上げた。

「そういう訳じゃ。お引き取り願おう。それとも、令状もなしに儂を逮捕でもするかな?」

 頬肉を一瞬痙攣させた男の反応に、他者を不快にさせる哄笑が止まらない。

 警察が取ろうとしている調書は、不正アクセスや十年前に死亡した明石夕子の婚前までの経歴と死因に関しての不審な点に限らない。学生の警察官への発砲の隠蔽、そこから浮かび上がる密造工場の建設まで視野に含んだ銃器密売組織の存在、果ては麻帆良の『立派な魔法使いマギステル・マギ』による諸々の組織犯罪の可能性まで考慮してのものだ。

 世のため人のため、魔法使いとして『立派な魔法使いマギステル・マギ』として、全ての行動には崇高かつ正当な理由があり、世に憚るものなど何一つないとの自負が近右衛門にはある。その自負にかけて、説明したところで理解できるとは期待できない一般人からなる警察官達に同行するなど、面倒以外の何物でもない。

「つまり、警察の捜査には協力しない、と?」
「……今言ったじゃろう。協力したくとも、多忙で時間が取れんのじゃと」

 食い下がろうとする男に、近右衛門は飄々とした態度で応じた。

「各校には校長がいるでしょう。何も何日も空ける訳ではないのですから、その間の運営に支障はないのでは?」

 夜間になるにせよ麻帆良学園に戻らせるつもりならあると、男の思考から読み取りつつも、近右衛門は勿体ぶった動作で顎ヒゲをしごいた。

「残念じゃの。実は我が学園には、儂以外の責任者を置いておらんのじゃよ。船頭多くして船山に登る、と言うしのう」

 各校毎に校長や教頭を置いたピラミッドは作らず、一般教師と事務員を、麻帆良学園全校を、等しく一元管理する。これは魔法先生達の管理にも使っている手法で、近右衛門の理想とする組織の形態でもあった。

 自身が全ての権力を掌握してやる・・・・ことで、下々のその他全員が平等となれる。そこには出世や競争、派閥争いなど存在せず、全ての教師は本来の教職に専念できる理想の職場となる。内輪での出世や権力争いとは無縁で、全教師が、全生徒が、誰もが幸福でいられる学園。
 近右衛門にとって正しい組織の在り方であり、胸を張って誇れる功績だった。

「そういう訳で、儂がおらんとこの学園は回らんのじゃ」

 痩身をのけぞらせ、これまでよりも大きな笑いを上げる。

 寄附金を納め理事の席に就いているならともかく、あくまで『学園長』に過ぎない近右衛門は、今年七十台半ばになる。本来であれば、麻帆良学園が再雇用制度を採用しているとしても、最低でも十年前には後進に席を譲り、定年退職しているべき年齢だ。

 それにも関わらず、近右衛門が未だその席でふんぞり返っていられるのは、後進を育てて来なかった事、育てるつもりもなかった事、育ちつつある芽は早急に摘んできた事、そして自分に否を唱えられない自立心に乏しい者だけを手元に残してきた事、にある。

 事実、小中学生の子供がいる四十代の明石、弐集院、ガンドルフィーニらを重用し、彼らよりも上の世代の五十台、いわゆる裁量権を持つ『幹部』格を置いていない辺りに、近右衛門の徹底ぶりが伺える。

「話は終わりかな? では、お引き取り願おう」

 加えて、私立学校法人を運営する理事会は、近右衛門の独擅場と化している。魔法を知らぬ一般人からなる評議会や教師らの組合に対しても、子飼いの魔法先生や近右衛門自身の魔法を用いれば、反対意見を封殺するなど赤子の手を捻るようなものだ。

 それ程にこの学園を私物化できれば、労働基準監督署に提出を義務付けされている『就業規則』、その定年の項目に手を加え、学園長のみ実質一生涯就労できよう変更するなど、造作もない仕事だ。それでもなお反抗的な輩には、その反骨精神を買って特に目をかけ、針の穴ほどの失敗でも完膚なきまでに潰してきたのは言うまでもない。ウェールズへ出張している期間にしても、包括的な指示を残しておくに留め、代行の指揮権を教師の一人に委ねようとは、考慮の価値すらないと捨て置いている。

「それと、じゃ。これ以上、当学園の自治を乱す真似は止めてもらおう」

 最後の決め手が、魔法界の二大国家のうちの一国の支援と、二十年以上に渡り築き上げてきた『日本政府の上部組織』との繋がりだ。

 これだけ盤石な地位を確立していると言うのに、たかが日本の警察風情が己に触れようと考える自体がおこがましい。ここまでの信頼関係を維持するために、例え魔法絡みの事件でも魔法の絡まない事件でも、どれ程の凶悪事件であろうと麻帆良内で起きたのであれば、麻帆良の魔法使いで内々に処理し、問題なしと虚偽の報告で誤魔化してきているのだ。
 それを今さら、全てひっくり返されてたまるものか。事態が落ち着き次第、埼玉県警察にも圧力をかけねばなるまい。

 勝利者の余裕で耳障りな笑いを上げる近右衛門に、おぞましいものから目を背けるように二人の視線は、意図してか無意識にか、ドアの横で成り行きを見守っていた千草に向けられた。

「それとも『心霊班』の方で、何か言いたい事でもあるのかな?」

 二人の視線の先に立つ女に、近右衛門は滲み出る侮蔑を隠しもせずに問いを投げた。色のない双眸を分厚い眉毛に隠し、そこに浮かぶ感情は見せない。

 他組織内で暗喩されている単語を口にする相変わらずの近右衛門の非常識さに、千草はわずかに不快感を表に出しつつも、一言も発さずにいた。
 発する必要もない。
 男二人は軽く目配せを交わすと、近右衛門に向き直った。

「言いたい事はそれだけですか。じゃあ、行きましょう。さ、立って」

 同行拒否を否定されるとは、近右衛門には想定外だった。

「儂の話を聞いとらんかったのか? 儂はここを離れるわけにはいかんのじゃ」

 本人としては愛嬌のあるつもりの、他人からすれば胸に不快感の込み上げる笑い声を崩さず、近右衛門は子供に言い聞かせるように理由の説明を繰り返した。しかし内心では、今回の件の背後にいる陰陽師達に、警察をここまで強気にさせる影響力があるのかと、改めて警戒を強めている。

「逮捕されたのはあなたの部下で、この職場で、職務中での事じゃないですか。警察に協力するのが嫌なら、始めから警察に関わられるような事をしないよう、管理と指導をしていれば良かった話でしょう」

 使用責任者としての責任感すらないのか。
 暗に問われた一般常識を、知識としてしか備えていない近右衛門では、それが質問だと受け取る発想にすら至らなかった。

 代わりに、男の物言いに理不尽とも屁理屈とも不条理とも横暴とも取れる不満を感じ、分厚い眉毛を吊り上げ、目を見開くのだった。

     ◇◆◇

 民法の中に『使用者責任』というものがある。
 雇用者――雇われる側――が就業時間中に第三者に損害を与えた場合、雇用主――雇う側――がその被害者に対し賠償を行う義務を負う、と定めた内容だ。

 そして雇用者が行った違法行為は、自業主も同じ責を負うと言う『両罰規定』もある。雇用者を罰したから、事業主が罪を問われることはない、では済まされないのだ。そのようなトカゲの尻尾切りを、日本の法律は認めていない。

 それゆえ、雇用者が犯罪を起こした際には速やかに世間に対し謝罪を入れるし、警察の捜査にも協力するものだ。

 まっとうな組織の代表であれば、おそらく共通して持ち合わせているだろう『使用者責任』や『両罰規定』、それらに関わる社会への謝罪、警察への協力等の思考は、任意同行に応じた明石を愚行と断じたほどに、近右衛門には理解できない異質の概念だった。

「さあ、立って」
「だからさっきから何度も言っておるじゃろう。儂はここから動く訳にはいかんと」

 何度か繰り返されている押し問答に、近右衛門がこの場をどのようにして切り抜けるのか、千草は内面で燃え盛る復讐心と憎悪を押し殺し、努めて冷静な目で観察を続けていた。

「ま、今さら何をどうこうしようと、逃げ道はないけどな」

 胸中で呟き、近右衛門の往生際の悪さに小さく舌打ちする。
 一番賢い選択は、既に近右衛門自らが閉ざしてしまったが、素直に同行に応じ、調書を取るのに協力する事だった。警察がどの件をどれだけ把握しているか確認するためにも、同行に応じるのは悪手どころか、情報収集の手段として推奨する一手でもある。

 ましてや、埼玉県警は子供の使いではないのだ。これだけの人数で押しかけておきながら、協力を拒否されましたと手ぶらで帰るはずがない。とうに何らかの逮捕状を手配済みで、学園長の肩書きを配慮して任意同行を求める体裁を繕っている可能性は高い。例え逮捕状が未発行でも、公務執行妨害で現行犯逮捕する機会を、近右衛門の言動から狙っているとも考えられる。

「ああ。足腰が弱っていて、一人では立てないのですか。失礼」
「余計な手出しはせんでもらおう。儂の足腰は十分に丈夫じゃ」

 差し出された警察官の手に触れぬよう払い除け、近右衛門はクッションが効いて座り心地の良い学園長の椅子に、矮躯な半身を沈ませてかわした。

「じゃあ、さっさと立ちなさい。警察に協力したくないと駄々をこねればこねる程、立場が悪くなるだけですよ」
「何遍言わせるつもりじゃ。儂にはここでやらねばならん仕事がある。警察には付き合えん」

 口調に僅かな苛立ちを滲ませながら、近右衛門は警察への協力を拒否する姿勢を崩さなかった。

 近右衛門が警察への協力を頑なに拒絶するだろうとは、千草達『警察庁長官官房総務課特別資料室係』や、勇人や霧香の『警視庁特殊資料整理室』他、今回の計画の関係者の間では想定されていた反応だ。捜査の協力を拒否することで、警察からの心象が悪くなるとの想像や、かえって疑惑を深めるだろうの判断ができない人格なのは、他者からの評価を何一つ想定していない服装や言動から十分に窺い知れる。

「そんなに警察が怖いんかいな」

 何度目かの疑問を、千草は舌の上で転がした。
 任意同行と一言でまとめても、参考人から調書を取るだけのものから、令状を取れるほどには容疑の固まっていない被疑者候補の取り調べまでと、その単語が意味する幅は広い。埼玉県警がどの程度のものを近右衛門に見ているのか、予測はあっても実際のところは不明だ。

「それとも、二人はそんな不穏当な考えでもしているんか?」

 そんなはずあるまいと、近右衛門と対峙する埼玉県警の二人の背を見遣る。

 近右衛門が<読心>を用い、この場の全員の思考を把握しているだろうとは、魔力なり魔法なりを知覚できる程に熟達していない千草でも、十分に予想できた。その予想を元にすれば、不評を買ってでも同行に警戒しなくてはならない思考を、警察官達が持っているとの憶測が浮かんでしまう。

 しかしまさか近右衛門が、警察と陰陽師が裏で手を組んでいると勝手に確定し、その裏付けの確認や動向の調査を不要と断じている、とまでは想像の埒外だ。

「<読心>で得られる情報なんて、たかが知れていようになぁ……」

 その<読心>とて、相手がいてこそ使い道のある魔法だ。自身は学園長の席からほとんど動かず、接客態度すら非常識な近右衛門に、好き好んで訪問する物好きはそう多くあるまい。来客があるにしても、近右衛門の欲する情報を一から十まで持ち揃えているなど、どれだけの幸運が必要なのだろうか。

 だからこそ、何らかの手段で情報を集める必要がある……のだが、近右衛門を始めとした麻帆良に引き籠る『立派な魔法使いマギステル・マギ』らに、その方面への理解は著しく低い。そうでもなければ、表と裏の意味で文字通りの『子供のお使い』にネギを特使に任命する前に、『宗教法人関西呪術協会』を取り巻く情勢は察していただろう。

 実情としては、かろうじて明石のみが情報の重要性を理解し、職業柄滅多に麻帆良の外に出られない枷をはめられつつも、外部と連絡を取り、調査を行っていた程度だ。

 つらつらと考察を続ける千草の眼前で、硬直していた状況に変化が見えた。

「いい加減にせんかい。散々言っとるじゃろう、警察に協力するほど暇ではないし、お主らと押し問答しとる時間もないんじゃ」

 つい先ほどの苛立ちを顎ヒゲの奥にうまく隠し、前に進まない問答には疲れたとばかりに、近右衛門は無礼にもこれ見よがしの長い溜め息を吐いた。

 だったら、警察が関わるような真似をしなければ良かったでしょう。
 この席だけで何度も告げられた言葉は、今回は警察官達の口からは出なかった。

「そうですか。それは残念です」

 代わりに放たれたのは、これ以上の押し問答を打ち切る発言だった。

「うむ。まったくじゃ」

 彼らの態度の急変を訝しみすらせず、鷹揚に頷き返す近右衛門に、千草は眼鏡の奥で柳眉を寄せた。このままでは埒が明かないと二人が判断したのか、魔法で思考を操作されたのか、目の前の出来事にも関わらず判断を付けられない。

 前者ならともかく後者の場合、警察の捜査への協力を拒絶したばかりか、魔法で妨害すらしてきたと、『上』――『日本政府の上部組織』への窓口――に報告しなくてはなるまい。そのためのオブザーバー役であり、それが今回の『長官官房総務課特別資料整理室係』の仕事の一部でもある。

「それでは失礼します」

 見極めに懸命な千草をよそに、二人は軽く会釈すると踵を返した。

「よろしいのですか?」

 喉元まで出かかった言葉を飲み込み、二人が廊下へと出るのを見送るしか千草にできる術はない。

「お主は出ていかんのか?」

 問うてくる近右衛門の口調には明らかな侮蔑が含まれ、元からささくれ立っている千草の神経を逆撫でしてくる。

 他組織の人間と知りつつも、近右衛門の非常識ぶりが腹に据えかねた千草が、社会一般的な礼儀を説いてやろうかと口を半ばまで開きかけたところで、半分開いたままだった入口から、新手の男が二人押し入るような荒々しい態度で入室した。

「今度は何事じゃ、一体」

 今度こそ不快感を隠そうともせずに睨みつける近右衛門に、片方の男が数枚綴りの書類をかざした。

「近衛近右衛門。独占禁止法違反の容疑で逮捕します」

 逮捕。
 この一言を理性が受け入れるのを拒絶したのか、近右衛門はフォッと奇妙な声を上げて硬直した。

 入ってきたのは埼玉県警刑事課捜査第二課。贈収賄や背任、不正取引を担当する部署だ。

「なんや。えらいあっさり逮捕状下りたんやな」

 言葉の出ない近右衛門とは異なり、意外にも早い逮捕状の発行に千草は半ば以上感心した。

     ◇◆◆◇

 近右衛門が口を開けて呆けていたのは、ほんの数秒のことだった。

「何の話かな、一体」

 さすがにいつもの耳障りな哄笑を上げる気にはならないのか、差し出された逮捕状に一瞥を向けただけで中身を確認しようとせず、近右衛門は憮然とした口調で二人を色のない虹彩で睨みつけた。

『麻帆良大橋電気設備のメンテナンス、並びに橋梁の定期点検における談合の容疑』

 それが今回の逮捕の理由だ。
 片側二車線の往復四車線と歩行者専用道を備え、麻帆良学園都市内外を結ぶ全長一キロメートル近いゴシック風の吊り橋『麻帆良大橋』は、『学校法人麻帆良学園』の所有物……ではない。

 当然と言えば当然の話だろう。
 橋の長さにしても車線の多さにしても、そして麻帆良学園都市の中と外を結ぶ交通の要所の一つという観点からしても、公共の用のために建設されたものだ。図書館島のように四方を川で囲まれているのならばともかく、麻帆良学園が関係者――職員や生徒に始まり、出入りの業者までを含む――のために、学園名義で占用申請を出し、建設した橋梁のはずがあるまい。

 故にその所有権は、水量にしては不自然にも『普通河川』として登録している麻帆良市にある。

 行政側に所有権がある場合、その維持管理に関わる点検や必要に応じた修理の依頼は公示され、専門の業者間での競争入札を経て発注される。その入札に必要な資格は、言うまでもなく、必要な資格と経験を持つ専門家を擁し、業務を円滑に進めるための機材を備え、契約途中で倒産や解散にならないと信用させるだけの健全な財務状況と、そして何より、『業』としての登記だ。

 しかし麻帆良学園の登記は、当然ながら『学校法人』だ。建設業でも電気工事業でもない。

 橋梁や建物の点検・補修を主業務とした建設業に、校舎など建築物の電気設備の整備を行う電気工事業、麻帆良学園敷地内だけでなく敷地外の寮や近辺の商店・一般家庭への電気供給を行う特定電気業。これらの業を登記しているのは、『学校法人麻帆良学園』が出資して立ち上げた各企業だ。

「それなら問題ないじゃろう。なぜ儂が逮捕されねばならん」

 とつとつと逮捕状に添付された資料を読み上げる警察官に、近右衛門は不愉快な気配を滲ませた。

 学校法人が収益事業として企業を立ち上げるのは、『私立学校法』にて認められている。投機的な事業や風俗関連が禁じられているなどの制限はあるものの、税制面での優遇制度もある。

 この制度を利用している学校法人は国内全体の二割程度とは言え、麻帆良学園の規模ともなれば、学生らの入る寮を管理する不動産業や、飲食のための給食事業等、彼らの落とす金銭を目的に起業しても採算の取れる公算は大きい。その成果の一つが、麻帆良学園都市内で販売される微妙な味付けの奇怪な名称の清涼飲料水の製造販売業である。

 近右衛門の抗議に、警察官は書類から視線を上げ、すぐにまた再開した。

「……本気で言っとるんかいな」

 本気なのだろうなと、とうに理解してはいても、改めて近右衛門の一般社会における常識の欠落に、喉元に込み上げてくる嘔吐にも似た不快感を千草は飲み下し、同伴こそすれ直接会話を交わす立場でない事を内心感謝した。

 麻帆良学園が出資した企業であっても、経営責任はその企業の役員達にある。本来であれば、彼らが違法行為を繰り返していたとしても、学園長の近右衛門は逮捕の対象にはならない。経営方針に近右衛門がやかましく口を挟んでいたとしても、それは各企業の内輪の話であって、警察の出る幕ではないのだ。

「常識の持ち合わせがないとのは知っとったけど、ここまで酷いとは思わんかったで」

 それでも近右衛門に対して逮捕状が降りた理由。
 それはひとえに、麻帆良学園出資の企業を優遇するよう、近右衛門自らが学園長と言う肩書きを前面に押し出し、市役所の担当に圧力をかけているからだ。更には、麻帆良市内への同業他社の参入・起業の申請にも口出ししており、都合の悪い企業の締め出しも行っている。

「いかな『日本政府の上部組織』でもな、麻帆良学園の敷地内だけならともかく、敷地外の市政にまで関与されちゃあ、それなりの対応を取るのは当然の話やろ」

 千草とて直接説明された訳ではなく、『上』のこれまでの態度からの推測だ。しかもこの推測は、警察庁内部にいるからこそ見えてくるものではなく、一般的な社会常識と現状を把握する認識力があれば、十分に導き出せる類のものだ。

 しかし近右衛門にその理解はない。年齢によるものか、元から欠落している良識や常識のためか、賞賛しかない部下を配置した弊害か。

『麻帆良学園都市』とは、麻帆良市にある学術都市の名称であって、麻帆良学園が都市機能を持っている、という話ではないのだ。市内には公立の小中高校が存在し、学生以外の住人がいて、麻帆良学園とは無関係の仕事や生活をしている。

 そんな当たり前の認識が、近右衛門には備わっていなかった。住人の全てが麻帆良学園の関係者な訳ではないのだ。学園内の自治を好き勝手するのは近右衛門の自由だが、市政まで好き放題に口出しできる権利はない。

「やっちゃあいかんところまでやってもうたんや。そのツケを払わされるだけや」

 ざまあみさらせと、内心で近右衛門を嘲笑いつつも、呟く声には千草自身驚くほどに感情が宿っていなかった。

 その声が聞こえた訳ではなかろう。予想外の展開から立ち直った近右衛門は、ちらと彼女に一瞥を向けてから、長い両手の指を絡ませ、椅子に背中を預けた。

「ふむ……。どうやら逮捕状は本物のようじゃのう」
「では同行を……」
「しかし、従う訳にはいかんな」

 そして今度こそ近右衛門は、千草に視線を固定した。

「こと、違法行為をしている警察官が同行していては、の」

 近右衛門の言葉の意味が理解できず、二人は一瞬呆けた顔になると、背後の千草へ振り向いた。

「どういう意味でしょうか?」

 理解できないのは千草も同じだ。埼玉県警の二人から説明を求める目配せを向けられた手前、決め込んでいた傍観者の立場を一時棚上げし、嫌々ながら近右衛門に尋ねる。

「決まっておる。お主、埼玉県警とは管轄が違うじゃろ。管轄外の捜査に同行している時点で違法行為……ゆえに、この逮捕は無効じゃ」

 しかし戻ってきた回答は、予測してしかるべく、近右衛門の常識が社会一般的のそれから大きくかい離していると証明するだけの、本人にしか理解し得ない頓珍漢なものだった。

「……私の独断で参加しているのではありません。上司の指示と許可を受けています」

 より正確には、『埼玉県公安委員会』から正式な要請を受け、魔法やその他神秘関係の専門部署『警察庁長官官房総務課特別資料室係』の一員として派遣されている。『警察法』並びに『犯罪捜査共助規則』においても、要請を受けた際には管轄を越えて捜査員の派遣を認めており、近右衛門が言いがかりをつけているような違法性はない。

「それだけではないぞ?」

 納得していないのは明らかで、絡ませていた指を解いた近右衛門は、千草のスーツの腰に固定された拳銃のホルスターを差し示した。

「警察職員は拳銃を所持できん。『国際テロリズム対策課』ですら所持しとらんのだから、当然じゃろう。なのに、お主は拳銃を所持しておる。違法行為じゃ」

 これもまた、近右衛門の頭の中にのみ存在する『常識』と、それを『論理的な方法』で証明する手段だった。

 論理的思考の教育を受けていれば、違法行為を証明しようとする際、根拠として具体的な法律名を出し、抵触する部分を指摘するものだ。それがなぜ、ここで『国際テロリズム対策課』が出てくるのか、そしてそこの職員が拳銃を所持していないのが現状とどう関係するのか、それは本人にしか分からない永遠の謎だ。

 近右衛門に論理性を期待できないのは脇に置いておくとしても、警察に勤める人員が大別して二つ――『警察』と『警察事務・・職員』――あるのを知らないと、断定するには事足りた。

「私は警察官ですから、拳銃は携行できます」

 警察事務職員と誤解したのか、悪意で違法行為だと難癖をつけているのか、それとも素で物を知らないだけなのか、近右衛門の一般常識からの逸脱ぶりを知ると判断に窮する。

 勤務時の警察官は、制服の着用が義務であるのと同様に『警察官等けん銃使用及び取扱い規範』にて、拳銃の携行を義務付けられている。義務を免除されるのは、屋内勤務や会議なり事務打ち合わせに出席する時等、付随する幾つかの項目に該当する状況にある場合のみだ。

「警察官の義務を、違法行為や言うて否定してくるとは……予想外にも程があるで」

 正気を疑うわとの言葉を飲み込み、近右衛門に聞こえないようひっそり愚痴を零しながら、どこかの刑事ドラマで『拳銃携帯命令』と言う設定のあった話を、千草は思い出していた。銃を持った凶悪犯を追跡するため、部下の刑事達に上司が発令したのだったか。

 近右衛門がその番組を視聴していたのかどうかは定かでないが、類似の制度が実在すると信じている可能性を思い、うんざりした気持ちになる。

 それでいて、魔法先生・生徒らが銃器類刀剣類を所持するのは『立派な魔法使いマギステル・マギ』の活動として正当である、と本気で考え恥じ入らなそうなだけに、同じ言語を使っていても会話の通じない相手だと、胸に沸き立つもやもやした感覚と共に再認識する。

 言葉少なな千草の反論を、近右衛門は詭弁か言い逃れの類と判断したらしい。

「そういう訳じゃ。お引き取り願おう」

 再び指を組み、いつもの不快感を煽る哄笑を響かせる被疑者に、千草に怪訝な目を向けていた警察官二人も、本人から釈明を聞くまでもないと判断したのか、本来の任務に戻る事にした。

「抗議は弁護士を通じて言え。逮捕状が本物なのは確認したのだから、おとなしく同行するんだ」

 高笑いから一転、フォッと間抜けな声を再び上げてから、近右衛門は険のある目を隠しもせずに二人に向けた。

「聞こえなかったようじゃな。違法行為をしとる警察官がおるんじゃ。逮捕状が本物だろうと、この逮捕は無効じゃ。帰るが良い」
「無効だと言うなら、弁護士を通じて抗告すれば良い。こっちは手続きを踏んでいるだけだ。さ、立て」

 警察の違法行為を指摘し、納得させられれば逮捕を免れられると、本気で信じている相手を、二人はまともに取り合おうとしなかった。今もなお学園長の椅子に深く腰掛け、立ち上がろうとしない近右衛門を引き立たせるべく、手を伸ばす。

「触らんでもらおう」

 二人の手を払い除けた近右衛門は、蜘蛛の脚を思わせる長く骨ばった指で千草を指差した。

「彼女が警察官。それは良かろう。しかし司法警察員ではない。司法警察員でないのなら、従来の職務が何であろうと、拳銃を所持しとるのは違法じゃ。その違法警察官が同行しておるんじゃ、この逮捕が違法なのは当然じゃろ」

 舌の根が乾かぬうちに、とはこの事だろう。
 警察職員の拳銃携行は違法だとのでまかせを、警察官は携行が義務だと叩き返されたのが今し方の話だ。それを今度は、同じ警察官――一般司法警察職員――でも携行できるのは『司法警察員』であり、『司法巡査・・』では違法だと言い替える。

「……無知なんやない。違うと知っとって、違法や違法や喚いているんや」

 呼吸するようにでたらめを並べ立て、違法と喚いては逮捕を回避しようとする近右衛門の態度から、千草はこれまでの無知の善意を撤回し、有識の悪意を確信した。

 警察関係者か関心を持って調べるのでもない限り、警察官を『司法警察員』と『司法巡査』とに分けるのは一般的な知識にはないだろう。そしてこの二つに違いがあると知っていれば、司法巡査に与えられている権限が、『刑事訴訟法』により捜査権や逮捕状の請求に制限がかけられているだけで、拳銃の所持義務に制限がないのも知っているはず。拳銃の所持義務に関してのみ知らないなど、そんな都合の良い話は考え辛い。

「それよりも……や」

 まともに成立していない会話であるにも関わらず、気を緩めれば近右衛門のでたらめに納得させられそうな自身の心の有り様に、千草は筆舌に尽くし難いおぞましさを感じていた。

「まっとうな理屈が一つもないと言うのに……魔法とは本当に厄介やな」

 会話の内容だけを見るなら、錯乱した老人の戯言でしかない。それがこうも納得させられかけるのは、近右衛門が言葉の端々に思考操作の魔法を仕込んでいるからだろう。なればこそ、でたらめを喚き散らして時間を稼いでいるのも納得できる。

「おとなしく逮捕されるのが身のためやで?」

 声は聞こえなくても思考は読んでいるだろうとの確信の元、千草は呟き程度の小声で近右衛門に警告を発した。

 魔法の漏洩とは無関係な事件で、魔法使いでない警察官相手に、記憶操作の魔法を行使して逃れる。あるいは、魔法とは関係ない事件を隠すために魔法を行使し、魔法の隠匿を方便に事件そのものをなかった事にする。

 麻帆良の魔法使いのみならず、陰陽師や他の神秘の使い手達も頻繁に用いるこの手段が、いつまでも肯定されると思い込んでいるのは、そういった能力を有さない一般人よりも上位の存在であると信じてやまない当の本人達だけだ。

「認識阻害のような武力に因らない魔法なら、何も知らない一般人でも乗り越えられるんや。本気で魔法を秘匿したければ、日陰もんらしくお天道さん避けて、陰でこそこそしときゃええ」

 予想通り、近右衛門は思考を読んでいるのだろう。聞こえるはずのない小声に反応し、分厚い眉毛で隠された眼窩が、危険な光を帯びて向けられているのを千草は感じた。

<認識阻害の大結界>程度なら、魔法の『ま』の字も知らない一般人からなる警察官隊でも、指揮の仕方一つで突破できるのは、先日の強制捜査の折に証明されている。現在進行形で近右衛門に逮捕状を突き付けているのも、魔法の存在すら知らない一般人の刑事だ。

「その上でなら、ある程度の範囲で協力だってしてやる・・・・。けどな? 魔法使いの都合で一般人を巻き込むこと、どんなご大層な理由であれ一般人の自由・生命・財産・安全を脅かすこと、魔法の絡まない事故事件を揉み消すため、無理矢理魔法を絡ませることは許されん。そういうことや」

 一連の流れから千草が読み解いたこの結論こそが、『日本政府の上部組織』が魔法使いや陰陽師らに宛てたメッセージなのだろう。麻帆良を潰したい『資料室』や『死霊係』の末端の思惑と異なり、麻帆良に大ダメージを与えても存続させる方向で、大まかな着地点も定めている様子も伺える。
 ……近右衛門のささやかな王国の崩壊と、近右衛門の首を対価として。

「後はあんた次第や。……業腹やけどな」

 叶うなら、近右衛門の目の前で麻帆良を文字通りの瓦礫の山に変え、近右衛門の絶望で歪む顔を見て溜飲を下しながら、物理的に首を刎ねてやるのが千草の願いだ。それでも、次善三善の結果で妥協できる程度には、憎悪を克服している……つもりだ。

「責任者なら責任者らしく、責任を取りいや」

 ただしその『責任』のありようが、世間一般と隔絶している近右衛門では理解できるのかどうか怪しい。いや、確実に理解できていまい。

「だから、今はおとなしく……」

 逮捕されておけ、と千草が言い切るよりも先に、確信以上に確信できる予想を裏付けるように、近右衛門の放つ気配の質が変化した。無論、見た目で分かる変化ではないし、気配などと言う曖昧模糊としたものが目に見える訳でもない。

 ただ、どことなく近右衛門の居住まいが変わったと感じたのと同時、一層強固に湧き上がる脅迫めいた思考に、近右衛門が思考操作の魔法を強化したのだと把握する。今回の逮捕劇は違法行為の連続であり無効だ。改めて逮捕状を取り直す必要があるので、今は手ぶらで帰るしかないとの思考が、罪悪感と共に胸を締め付ける。

「……そこまで腐っとったか!」

 目の当たりにした近右衛門の責任の取り方と言うものを、千草は小さく唾棄した。

 霧香や和泉には及ばないものの、千草とて多少の陰陽術の心得はある。それゆえに、思考に押し入る自分以外の思考の存在を感じ、正常な思考を捻じ曲げようとする異質な思考に抗う。

 しかし、そのような訓練を受けていない者もいる。

「……えっと……これって、やっぱりまずい……か?」
「でも手続きなら……」

 おそらく十年以上この仕事で食っているだろう刑事達が、自分達の取った手続きに疑問を覚え、互いに顔を見合わせていた。

「……けどな」

 近右衛門が押し付けてくる思考に吐き気を催しながらも、千草はほくそ笑んだ。

 逮捕状が正式な手続きを経て発行されたのは、近右衛門も確認した通りだ。それでもなお警察官の指示に従わず、身柄を拘束されずにいようものなら、近右衛門が日本の公権力に抵抗した証拠の一つにできる。

「それは悪手や」

 確かに日本の法律では、近右衛門のこの行動を理由に、公務執行妨害の現行犯で逮捕する事は出来ない。しかし『日本政府の上部組織』が、近右衛門への評価を定める一助としては十分だろう。

 霧香辺りであれば、我が身可愛さと麻帆良の魔法使いに作れるコネを計算し、もっと穏便に解決できる交渉を持ちかけたかもしれない。

 しかしこの場にいるのは、全ての神秘の使い手全般に否定的な、しかも内心では逆恨みと理解しつつも、西洋魔法使いへの憎悪を抱える千草だ。近右衛門とその王国が崩壊する様が見られるなら、今日ここで果てても本望とする人間が、そのような妥協案を持つはずがない。

「そしてこれで王手や」

 千草の呟きに応じるかのように、開け放たれたままのドアから、一陣の風が室内に吹き込んできた。
 青みがかった色が付いているような錯覚を抱かせる風は、不自然な軌道を描いて千草と刑事二人を包み、次いで近右衛門をも包んだ。

「フォッ!?」

 近右衛門が奇妙な驚愕の声を上げるのと、マルファン症候群では時折見られる常人より遥かに長い耳たぶ、その左右に嵌った金環が二つに割れ、乾いた音を立てて床に落ちたのとは、どちらが先だったか。青い風に包まれるや、綺麗に払拭された罪悪感に戸惑っていた千草達には、判断する機会はなかった。

「……ああ。いや、問題ない。手続きに間違いはない」

 なぜあのような疑問や罪悪感を持ってしまったのかに首を傾げながらも、刑事達は自分に言い聞かせるように再起動し、呆けてしまったような近右衛門の両腕を今度こそ掴んだ。

「さあ、しっかり立って」

 それでも自分の足で立つのは嫌だとばかり、なおも椅子にしがみつくようにして同行の拒絶を続ける近右衛門だったが、刑事二人に両腕を取られては抵抗も虚しく立たされてしまう。持ち前の体術で二人を薙ぎ払わなかったのはいかなる矜持によるものか、千草には見当もつかない。

 学園長としての立場を慮り、手錠こそかけられないものの、刑事二名に両腕を取られ、半ば引きずられるようにして連行される近右衛門は、千草の前に来ると両足で踏ん張り、無理矢理に刑事二人の足を止めさせた。

「何か?」

 無表情に見下ろす千草と、深い眉毛の下から睨み上げる近右衛門は、対照的だった。

「これで満足したかの?」
「……何のことです?」

 近右衛門の質問が意味するところを知りつつ、千草はとぼけて首を傾げた。

 達成感や満足感など、あるはずがない。西洋魔法使いのたかだか一組織のトップを逮捕できた程度で、幾ばくか軽減されるような軽い復讐心は持っていない。

 むしろ今回の逮捕劇は、日本の警察に対する魔法使い達の敵愾心だけを煽り立てる結果にしかならないだろう。そこから発生する彼らの暴走が、更なる信用と地位の失墜に繋がるよう期待している位だ。

 魔法の発動体らしい金環を失った近右衛門が、読心の魔法を維持しているのかどうか千草には知りようがない。

「さあ」

 なおも睨み続ける背を半ば強引に押されながら、近右衛門は連行されていった。

 近右衛門と連行した刑事達のいなくなった家具園長室を、千草は険のある目で一瞥してから、自身もドアへと向かった。

「ケケケ。まいどありー」

 若い男の声が耳元で聞こえた気がするが、敢えて気が付かないふりをして。






◎参考資料◎
赤松健作品総合研究所『「魔法先生ネギま!」の裏情報(設定)』
奥津伸『法人企業の処罰』衆議院法制局、法制執務コラム集
教えて!goo『これって任意同行ですか?』2008年10月19日
教えて!goo『任意同行を拒否したら?』2005年7月11日
教えて!goo『犯人の逮捕・拘留について』2008年2月28日
川合晋太郎『刑事告発された談合・カルテル事件』2005年5月24日
神奈川県ホームページ『警察事務職員』2011年3月1日
行政司法書士試験は法の支配で解こう『強行規定と任意規定 初歩編』2009年12月21日
くまもと司法書士事務所『知ってるようで知らない?法律用語』2009年9月28日
警察庁『警察の国際テロ対策-米国同時多発テロ事件から10年の軌跡-』2011年3月
刑事訴訟法データベース『任意同行の限界』
航空軍事用語辞典++『司法警察』
厚生労働省『モデル就業規則について』2010年9月24日
『埼玉県央広域事務組合消防賞じゅつ金及び殉職者特別賞じゅつ金条例』2007年8月1日
埼玉県警察『警察事務職員の仕事とは?』
斉藤芳朗『独占禁止法に関する基礎知識(17)』徳永・松崎・斉藤法律事務所
総務省法令データ提供システム『警察官等けん銃使用及び取扱い規範』
総務省法令データ提供システム『警察法』
総務省法令データ提供システム『刑事訴訟法第百八十九条第一項および第百九十九条第二項の規定に基づく司法警察員等の指定に関する規則』
総務省法令データ提供システム『犯罪捜査共助規則』
東京弁護士法律事務所『任意捜査の原則Q&A』
ふうやま『No,6 任意同行が実質逮捕にあたるか 』3回目の新司法試験へ、2008年7月8日
藤井誠一郎『私立大学の収益事業の制度を利用した地域貢献の可能性』同志社政策科学研究 10(2), 127-137, 2008年12月
法庫『刑事訴訟法』
横浜市道路局建設部建設課『橋梁の所有権についての弁護士意見(骨子)』
宮城県公式ホームページ『私立学校のページ/標準例/就業規則』2012年9月10日
宮城県公式ホームページ『私立学校のページ/標準例/定年退職者再雇用規程』2012年9月10日
渡邊寛『任意同行』和田金法律事務所
Wikia『拳銃携帯命令』


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