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No.32494の一覧
[0] 【習作・ネタ】腐敗都市・麻帆良(ネギま)【ヘイト注意】【完結】[富屋要](2020/03/01 01:07)
[2] 第一話 特殊資料整理室[富屋要](2012/03/28 20:17)
[3] 第二話 麻帆良大停電[富屋要](2012/03/29 20:27)
[4] 第三話 麻帆良流少年刑事事件判例[富屋要](2012/03/30 21:08)
[5] 第四話 学園長[富屋要](2012/03/31 22:59)
[6] 第五話 包囲網[富屋要](2012/04/05 21:11)
[7] 第六話 関西呪術協会[富屋要](2012/04/10 00:09)
[8] 第七話 目撃者[富屋要](2012/04/14 20:03)
[9] 第八話 教師[富屋要](2012/04/17 20:25)
[10] 第九話 魔法先生[富屋要](2012/05/18 03:08)
[11] 第十話 強制捜査[富屋要](2012/08/06 01:54)
[12] 第十一話 真祖の吸血鬼[富屋要](2012/08/06 19:49)
[13] 第十二話 狂信者[富屋要](2012/09/08 02:17)
[14] 第十三話 反抗態勢[富屋要](2015/11/27 23:28)
[15] 第十四話 関東魔法協会[富屋要](2013/06/01 03:36)
[16] 第十五話 立派な魔法使い[富屋要](2013/06/01 03:17)
[17] 第十六話 近衛近右衛門[富屋要](2015/11/27 23:25)
[18] 最終話 腐敗都市[富屋要](2019/12/31 16:31)
[19] エピローグ 麻帆良事件・裏[富屋要](2020/02/29 23:46)
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[32494] 第十二話 狂信者
Name: 富屋要◆2b3a96ac ID:d89eedbd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/09/08 02:17
 時報の余韻を背景にオープニングのメロディが流れ出し、番組のタイトルがテレビの画面上に表れる。

『おはようございます。朝のニュースです』

 いつもと代わり映えのしない挨拶から始まったニュースを適当に聞き流しながら、麻帆良学園大学部の教授、兼魔法先生の一人の明石は、焼いただけのトーストを片手に、徹夜明けのしょぼつく目で、クリップ留めした紙束を再読していた。

 同僚の魔法先生、弐集院にじゅういんみつるの逮捕から一夜明けるまでに、ネット上に氾濫した麻帆良非難のブログ記事や掲示板への書き込みをプリントアウトした束だ。

『「麻帆良」の文字は検閲対象? 二〇〇三年式電子精霊群』
『麻帆良学園で教師が不正アクセス』
『教師が不正アクセスツールを開発。学園の不祥事を隠蔽』

 そんな見出しの記事が各新聞社のサイトに掲載され、自社も不正アクセスで記事を消され続けてきたと、麻帆良学園に対する抗議が織り交ぜられていた。

 個人ブログでも批判的な記事が多く、擁護の声はほとんど見かけない、中には、自分のブログ記事も消されたと、非難の声を隠さないところもある。

 掲示板に至ってはさらに顕著だった。スレッドを立てたら消されたとの苦情から始まり、同様の経験をした書き込みが追従、同情や煽りの文章が寄せられ、ブログやホームページ管理者が参加して加速、有志による被害者ブログの一覧をまとめる作業も開始されるなど、迂闊に自制を求めるなり削除を敢行しようものなら、炎上が広がりそうな按配だ。

「……恐れていた事が現実になったか……」

 眼鏡を押し上げ、親指と人差し指で両の瞼をマッサージしながら、疲れの混じった声で明石は独りごちた。

 魔法は秘匿すべきもので、麻帆良は魔法使いの街だから、麻帆良の情報も秘匿されなければならない。

 そんな整合性の取れない理屈を、明石は正論として受け入れ、微塵も疑っていなかった。

 今回、絶対に守られなければならないその前提が覆されてしまった。未だ『魔法』の二文字は出てきていないものの、それも時間の問題だろう。

 明石を暗澹たる気持ちにさせているのは、麻帆良学園ぐるみで『検閲の禁止』を侵していたと公にされた事や、それによる世間からの風評を怖れて、ではない。『立派な魔法使いマギステル・マギ』の一人として、そう遠くないうちに『本国』から下されるだろう処分を思ってだ。

『オコジョ刑』
 それが予想される刑罰だった。

 どの曰くからか、魔法使いの犯罪者は『本国』へ送致された後、その罪状に合わせて『オコジョ』にされ、専用の収容所に収監される。『立派な魔法使いマギステル・マギ』の一人、あるいはそれを目指す一人として貢献してきたのに、人としての尊厳すら剥奪され、『世界の侵略的外来種ワースト百』にも載る害獣の一匹に貶められる。想像するだけで屈辱の極みだ。

 無論、日本国内での出来事を、某国では犯罪だからとその国へ連行し、裁判にかけるなど、国家主権の観点から許される行為ではない。

 しかしその原則は、魔法使いには通用しない。『本国』の決定・通達は、在住する国の法や主権を超えて優先される事柄であり、例えその行為が、在住する国の法に反するものであっても、『本国』の決定は常に優先される。

 この思想は、明石も共有するものだった。『本国』からの命令があれば、逃げようとする魔法先生・魔法生徒の首に縄をかけてでも連行するし、今回のような不祥事を起こしたからには、自らも実直にその処罰に甘んじる覚悟だ。逃亡を図る、ないしはそれに賛同する『立派な魔法使いマギステル・マギ』がいるなど、考えたくもない可能性だ。

「……だけどどうして、どこも隠蔽に協力しようとしない? これじゃあ、魔法をばらそうとしているのも同じじゃないか……」

 魔法にせよ陰陽術にせよ、あるいはその他の神秘にせよ、秘匿のための『機関』は多数存在する。それにも関わらず、麻帆良学園がこれ程まで世間の注目を浴びていると言うのに、どこの機関も秘匿のために奔走している気配がない。

 それが明石には解せなかった。
 それも当然だろう。
 明石の思考では、『麻帆良学園の不祥事』と『魔法の漏洩』はイコールで結ばれている。理解できるはずがない。

 例えば、『学校法人麻帆良学園』の一校『聖ウルスラ女子高等学校』のドッヂボール部が、昨年度に関東大会で優勝したニュースは、検索すれば見つけられる類の情報だ。生徒の努力の成果を無碍にしないため、と言うよりは、魔法が一切関与していないがため、麻帆良の魔法使い達も放置しているためだ。

 弐集院教諭の逮捕にしても、魔法の『ま』の字も出ないよう脚色されて報道されている。

 どちらも魔法の文字の出ない内容でありながら、片方が栄誉であるから放置しても良く、もう片方が不名誉だから不正アクセスを行ってでも隠蔽すべきである。

 そんな身勝手な理屈を振り回していると言うのに、明石は後者を魔法と切り離して受け入れる事ができないのだ。弐集院が同僚の魔法先生だからか、『二〇〇三年式電子精霊群』が魔法の産物だからか、魔法使いに都合の悪い事実は隠蔽するのが習い性になっているのかは、本人にも理解できていない。

「まさか、切り捨てられた……?」

 それ故に、見当違いな被害妄想を抱いてしまう。

 徹夜明けの鈍った頭でなく、同僚が逮捕された件で脳が茹だっていなければ、すぐに思い到っていただろう。隠蔽する各『機関』が動いていない時点で、これら一連の麻帆良学園不祥事の報道は、魔法の秘匿とは無関係であり、『本国』で『オコジョ刑』を言い渡されるなどあり得ない、と。

「……それだけじゃない」

 声には出さずに呟き、テーブルに置いたもう一つの束にちらと視線を向ける。

 京都へ修学旅行中の『本校女子中等部』の生徒が補導されたニュースと、それに関したブログや掲示板をプリントアウトした束だ。

 麻帆良学園の評判を貶める効果は、こちらの方が大きいだろう。何せ一度は封殺された報道が、今は『二〇〇三年式電子精霊群』が手出しできずにいるのを良い事に、息を吹き返し、各社からの非難も加えられて再掲載されているのだ。

 学園にとり不都合な事実は、不正アクセスを行って隠蔽する。その実例と証拠として挙げられた補導劇の効果は窺い知れよう。

「……こんな形で知られたくはなかったんだけどな……」

 そう漏らした明石の表情は、気弱で弱々しい自虐の笑みへと変わっていた。

 三年A組、出席番号二番、明石裕奈(ゆうな)。
 ネギ・スプリングフィールドが受け持つ生徒の一人、明石の一人娘だ。十年前の妻の死を海外旅行中の交通事故と偽り、魔法から遠ざけ、魔法とは係わり合いのない生活を送らせている。

 もっとも、いずれは魔法に関わらせるつもりで、魔法に触れる機会が増えるよう消極的にも色々と仕込んでいる。ネギ少年がクラスの担任なのも、その一環だ。さすがにエヴァンジェリンの従者に噛まれ、半吸血鬼化したのは想定外のアクシデントだったが。

 それ程に気を使っていただけに、麻帆良学園の不祥事を通じ、『魔法使いの支配する学園』という真の顔を知られ、魔法使いに対し負の印象を持たれるのは、実に不本意な流れだった。麻帆良学園のエージェントとして『魔法界』に渡り、『本国』からの任務途中に殉職と言う、『立派な魔法使いマギステル・マギ』として誇るべき名誉ある死が、このままでは歪められ、曲解され、汚されてしまうかもしれない。それが恐ろしく、是非にも避けたい。

「こんな事になるなら、魔法の存在を教えておけば良かった……」

 麻帆良学園の魔法先生の一人として、あるいは夫として父として、妻を死地に向かわせた近右衛門への怨恨、それを止めずに送り出してしまった自責、妻の死の真相を娘にひた隠しにしている悔恨は、明石の中には微塵も存在していなかった。あるのは、娘を積極的に魔法に関わらせてこなかった後悔と、『立派な魔法使いマギステル・マギ』の精神を自らが教える機会を逃してしまった忸怩たる思いだ。

 医療ミスや病院の情報隠匿が厳しく批判されている昨今、実の父親が周囲の知人を巻き込んで実母の死の事実を隠蔽する。

 その行為が娘に与える影響と、多感で反抗期にある十四歳の少女が抱くだろう反発を、明石は爪の垢ほども懸念していなかった。それどころか、母親譲りの気風から、『立派な魔法使いマギステル・マギ』の教えさえ与えれば、無条件に世界の真実を受け入れ、一員に加わると信じて疑っていない。

『……では、次のニュースです』

 いかにして『立派な魔法使いマギステル・マギ』の正しさを伝えようか、半ば機械的に書類に目を走らせていた明石の意識は、何気ないテレビの声に引き寄せられた。

『麻帆良学園の不祥事が、また一つ判明しました』

 また補導の件かと、書類に意識を戻しかけた明石は、キャスターの背後の映像に視線を釘付けにされた。

『修学旅行中の女子中学生が、宿泊先のホテルで九歳の男児に集団わいせつ行為を働こうとしていた麻帆良学園ですが、引率教師の一人がその数時間前、近くにあった店舗の看板を路上に蹴り入れ、走行中の自動車にぶつけて走行妨害を行っていたと、京都府警察本部が明らかにしました』

 女性キャスターの姿が画面一杯に広がった背景に押しやられ、前部の破損した自動車の周辺を、警察官達が捜査でせわしく動き回る映像に変わる。

『……自動車を運転していたのは京都府に住む会社員で、営業車で移動中のところへ看板をぶつけられ、全治一週間から十日の軽い怪我をしました。たまたま巡回中に現場に居合わせた警察官が呼び止めたところ、その教師は逃亡。生徒達の補導と同じ時間帯に、滞在中のホテルにて身柄確保しようとしたところを抵抗し、警察官数名に軽い怪我をさせたとの事です』

 誰の事を指しているのか、麻帆良学園の魔法使いの誰もが一瞬で理解できるニュースだ。

「ネギ君が……!?」

 明石にしても例外ではない。
 事件の詳細よりも、ネギ少年が拘束された事に呆然とし、咥えていたトーストの最後の一切れがテーブルに落ちる。

 将来を嘱望……否、確約されている『英雄の息子』にして『未来の英雄』が、たかが全治一週間程度の傷害で警察に逮捕されるなど、許し難い暴挙に胸中をざわざわした不快感が込み上げてくる。

『その教師によれば、子猫が轢かれそうになっていたので、思わず身体が動いていた。運転手が怪我するとは考えてもいなかった、と証言しており、京都府警察本部では近く、往来妨害罪と過失傷害罪、及び公務執行妨害の容疑で書類送検する、としています』

 これで決定だった。
 子猫一匹のために、ネギ少年の経歴に傷をつける訳にはいかない。補導された三-Aの担任がネギ少年である事実も、麻帆良学園が『労働基準法違反』『児童福祉法違反』をしていたとして、ネギ少年の身柄が保護をされた現状も、無意味に隠蔽しているのではないのだ。

「まずは学園長に報告を……」

 この報道を近右衛門が見ている可能性は高い。見ていないにしても、打ち合わせに必要な情報はあらかじめ共有しておくものだ。

 携帯電話を取り出し、近右衛門の短縮番号を押そうとしたところを、軽快な電子音を響かせた玄関のインターホンが妨害した。

 来客の予定はなく、出勤前の時間帯に訪問してくる相手にも心当たりはない。同僚の魔法先生の誰かが駆け込んでくるとも思えず、その場合の集合場所は、本校女子中等部の学園長室と決まっている。

 どちらを優先するか手元の携帯と玄関を見比べ、もう一度インターホンが鳴らされると、やれやれと小さな溜め息をつき、明石は立ち上がった。

 ドアを開けた途端、徹夜明けには厳しい早朝の光に目を開けていられず、顔の前に手をかざし、目を瞬かせる。

「おはようございます」

 朝日を背に玄関前に立っていたのは、見覚えのない五人からなるスーツ姿の一団だった。

     ◇◆◇

 五人の男達の年齢は、三十代の半ばから後半と言ったところだろうか。

「埼玉県警察です。麻帆良学園大学部の明石教授ですね?」

 一番前に立つ年上の男が、焦げ茶色の手帳を広げて警察官だと証明すると、別の一人が一枚の紙を広げた。

「……そうですが、一体、何の……」
「あなたに『不正アクセス行為の禁止等に関する法律』違反の容疑が出ています。家の中、調べさせてもらいます」

 明石が質問を終える前に答えを返した警察官は、半開きにも満たないドアに手をかけ、大きく開いた。間髪入れず、有無を言わせぬ勢いで残る四人が玄関に押し入り、ずかずかと奥へと進む。

「ち、ちょっと待って下さい! 一体、何の権利があって……!!」

 寝耳に水の出来事だった。
 魔法の秘匿のため、麻帆良学園に関する情報を検閲し、不正アクセスをしてでも発信者を特定し妨害する行為は、明石を始めとする魔法使いの間においては当然の権利とされ、犯罪とは認識されていない。

 今回の不祥事が取り沙汰された自体が異常であり、弐集院が全ての責任を負って逮捕され、学園長が彼の独断として処断する。それで終わりになるはずだ。麻帆良学園は麻帆良市内の警察署と裁判所とも『良い』関係を築いており、魔法関係者に捜査の手がこれ以上伸びるなどあり得えない。

「……なのになぜ、警察がここに来る!?」

 内心の混乱を表に出さないよう苦心する明石に、答えの見つかるはずがない。

「ああ。触らないで。公務執行妨害で現行犯逮捕されたくないでしょう?」

 最後尾の警察官の腕を掴みかけた明石は、恫喝とも警告とも取れそうな言葉に、伸ばしかけていた手を止めた。

「……脅し……ですか?」
「令状を見せました」

 先程手帳を見せた警察官は、同僚から受け取っていた書類をひらひらと振った。

「貸して下さい!」

 明石はひったくるようにして令状を手にすると、事態の重要さにしては小さく、内容の簡潔な紙面を睨みつけた。

『捜索差押許可状』と太い黒字で書かれた文字の下には、被疑者の欄に明石の氏名と年齢、罪状は『不正アクセス行為の禁止等に関する法律』違反の容疑、捜索場所として自宅の住所、差し押さえる物はコンピュータと外付けハードディスクやUSB、プリンターと言った周辺機器全てに加えて印刷した文書、そして携帯電話とある。さらにその下段には、埼玉県警察署と、申請した警察官の名前、許可を出した裁判所と裁判官の名前までが押印付きで記載され、文句の付けようのない令状として存在していた。

「そんな……バカな……」

 崩れ落ちそうに震える膝に喝を入れ、どうにか自身を奮い立たせるべく声を発する。令状に目を落としている現場の写真を、少し離れた場所から証拠として撮られた事に気づきもしない。

 明石を絶望させたのは、『被疑者欄』に記載された自身の氏名だった。

立派な魔法使いマギステル・マギ』の一人として、刑を受けるのは屈辱ではあっても、魔法使いの義務として受け入れられる。しかし魔法使いとしての選民意識が、一般人の犯罪者と同列に扱われるのを善しとしなかった。

 本人はそのような意識を持たないと、激しく否定するだろう。が、魔法使いの都合に利用できるとなれば、一般人を騙して利用しても罪悪感は抱かないし、大量に一度に操れる魔法使いに対しては、敬意や信頼を寄せる程に『立派な魔法使いマギステル・マギ』優性の思想が染みついている。三-Aの生徒に翻弄されている節はあっても、上手く操縦しているネギ少年には、『英雄の息子』らしい将来の頼もしさすら感じているのも事実だ。

 そんな、魔法使いの正しいあり方を否定されただけでなく、表の顔が大学教授の尊敬されるべき自分が、社会から落ちこぼれた犯罪者と同じに見られるとは、人の尊厳を捨ててオコジョにされるよりも屈辱だった。

「もう良いですね」

 令状を回収した警察官は、足元が崩れていく感覚の明石を伴い、書斎へと入った。

 そこでは、既に到着していた警察官達が、部屋の間取りの写真の撮影なり、デスクトップの位置を確認している最中だった。明石が書斎に入るのを見届けてから、電源を入れてメールの確認や、USBやCD-ROM、古い物ではフロッピーディスクの回収などの作業を開始する。

「勝手に弄らないで下さい! プライバシーの侵害です!」

 魔法先生や魔法生徒達に向けたメールの中では、『魔法』や『魔法使い』の文字が普通に使われている。秘匿を旨とする魔法使いとして、見られる訳にはいかない。

 弐集院が逮捕された時点で、証拠品として押収されたコンピュータや携帯電話から、魔法関係者の名前と連絡先が知られている事を、精神的に追い詰められている明石は思いつきもしない。

 明石にしてみれば、理不尽極まりない警察官の態度に対する抗議は、横から差し出された腕に、またしても遮られた。

「今し方注意したでしょう。触らないで下さい」

 感情の読めない表情の警察官に、魔法で前後不覚にしてやろうかと、焦燥感の導くままに実行する……事はなかった。

 それよりも先に、警察官の一人が弄ぶ携帯電話に、意識を奪われたのだ。

「返して下さい」

 伸ばされた腕を、警察官は半歩下がってかわした。

「これから質問します。答えて下さい」

 携帯電話を取り返そうとした明石の行動を、なかったかのように流しつつ、その警察官は携帯の画面から目を離そうともしない。

「アドレス帳には、大学部の職員だけでなく、小・中・高等部の教師の名前がありますね。どういう関係です?」
「学生の名前もありますよね。それも、『聖ウルスラ女子高等学校』や『本校女子中等部』、『麻帆良芸大付属中学校』の生徒の名前が。女子校が目立ちますね。何か理由でも?」
「芸大付属中学の夏目なつめめぐみさん……とは特に連絡が多いようだけど、特別な関係か何かでも?」
「メールの中に『魔法』とか『魔法先生』『魔法生徒』とかありますね。何の符丁ですか?」

 次々と繰り出される質問の大半は、魔法の秘匿に抵触し、明かせないものだった。
 知らぬ存ぜぬを通そうにも、問われているのは自分が関与しているだけに通用せず、適当に言いくるめて逃れられる程、警察も甘くはない。自然に口は重くなり、図らずも黙秘を続けるような形になってしまう。

 尋問のような質問の嵐は実質三十分程の長さだったが、明石は二時間も三時間も続いたように感じた。その中でも、娘と同じ年頃の十代前半から半ばにかけての少女達に、性的関心を持つと疑われた質問には、激発しそうにすらなった。

「……今回はこんなところですね」

 それでも、十分に答えられない明石に問う内容が尽きたのか、やがて色々と書き綴っていた警察官は、手にしたシステム手帳を閉じた。

 コンピュータと関連機器、資料に携帯電話は箱詰めされ、既に持ち出されている。『二〇〇三年式電子精霊群』に関するやりとりや、『不正アクセス』を推奨するメールも、だ。この場で逮捕しないのは、現行犯逮捕するには根拠が弱いのと、逃亡を疑う理由がないからに過ぎない。

 警察官達の撤収は、上り込んだ時と同じように迅速だった。

「近いうちに、電話で呼び出しするかもしれないから」

 お疲れ様の労いや、ご迷惑をおかけしましたとの謝罪、失礼しますとの挨拶もない代わりに、不安感を煽る言葉を残し、上がり込んだ時と同じ傍若無人ぶりで出て行ってしまう。竜巻が通った跡のように、散らかされた部屋を残して。

「……終わった……」

 令状を見せられた以上の絶望が、本物の重石のように現実感を伴って、明石にのしかかってきた。

立派な魔法使いマギステル・マギ』としてだけでなく、一般人の社会においても、遠からずに犯罪者の烙印、前科が付く。もはや自分は、墓前に顔向けできないどころか、妻の名前に泥まで塗ってしまった。娘とも面と向かい合う資格すらない。

 死んで詫びても詫び切れない、悔いても悔い切れない悔恨に、満足に立っていられず、ずるずると壁を背に廊下にへたり込んでしまう。

「どうして、こうなった……」

 思い返せば、おかしな事ばかりだ。麻帆良の情報規制が通用しない事然り、不祥事が公になる事然り、ネギ少年の事件まで明るみに出る始末。魔法使いの享受すべき特権が、満足に機能していない。

「まさか、本当に切り捨てられたか……?」

 仮に事実だとしても、切り捨てられる理由が分からなかった。

 不正アクセスは勿論の事、<認識阻害の大結界>で街全体を包んで住人の正常な認識力を奪うのも、九歳の子供を保護者から切り離して海外で労働させるのも、教師・生徒が銃器や刀剣類で武装するのも、教師が八つ当たりや私怨で生徒に斬りかかるのも、生徒を騙して利用するのも、『本国』のエージェントに日本国籍を与えて活動させるのも、違反者を捕え監禁するのも、彼らを『本国』に送致し裁判を受けさせるのも、『立派な魔法使いマギステル・マギ』の活動の一環であれば、それらは正当な行為、かつ日本の法律の上に存在する権利のはず。警察が口を挟む謂れはない。

 そんな横暴な思考は、明石を含めた魔法使いの持つ認識だ。

 犯罪を行っている自覚のない明石には、魔法使いの行動に関与してくる警察のやり方は、越権行為以外の何物でもなかった。

 同時に、これだけの無法をごり押ししなければ、『立派な魔法使いマギステル・マギ』の掲げる『世のため人のため』の善行の一つ成し遂げられない魔法使いの無能、もとい現実には、露とも認識が働かない。無意識に目を背け、思考を停止させる。自分達の行動を省みる事がないので、綱紀の緩みを引き締めようとの考えに到らない。社会全体から俯瞰すれば、実害ばかりが目立つ存在に堕している可能性など、『立派な魔法使いマギステル・マギ』の自分達にはあり得ないと、想像する自体あり得ない。

「やはり学園長に相談か……」

 一人で考えたところで、正答と対策が見つかるはずがない。
 そう判断を付けると、近右衛門に連絡を取るべく立ち上がり、固定電話へと手をかける。

 しかし、学園長室の番号を押すには到らなかった。

「盗聴されているかもしれない……」

 増長した被害妄想に駆られ、明石は躊躇した。

 あり得ない可能性だ。
『犯罪捜査のための通信傍受に関する法律』略して『通信傍受法』において、傍受を許される容疑は制限されている。その中に『不正アクセス禁止法』違反は含まれていない。仮に含まれていたとしても、証拠品も押収済みなので、そこまで手間をかける必要はない。

 ただし、令状を申請する容疑なら幾つか上げられる。

 麻帆良学園の魔法使い組織の構成員に、日本国籍を持つかどうか疑わしい者がいるとして、『出入国管理及び難民認定法』違反の容疑を押し通すなり、構成員が銃器刀剣類を所持している点を衝いて『武器等製造法』『銃砲刀剣類所持等取締法』違反で令状を取るなり、組織ぐるみの犯罪が行われているとして、『組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律』における殺人ないし未遂の容疑を上げるなど、選択肢は意外に多い。

 そして、いずれかの容疑で警察が通信傍受を始めているとすれば、今さら明石が電話を一件二件控えたところで、時既に遅しだ。三-Aの生徒の補導にネギ少年の保護、麻帆良学園での不正アクセスの揉み消しと、近右衛門があちこちに電話をかけた時点で、十分な量の証拠が記録・保管されている。

 もっとも、そこまでの判断を下せる冷静さは、今の明石には残っていなかった。

「でも、外からなら」

 自宅の電話に盗聴器を仕掛けられている可能性を危惧し、公衆電話の使用に思い到る。仕掛けるなら、昨日学園長室を強制捜査した時に仕掛けられている、とは想像の埒外だ。

 無論、自宅の電話にも学園長室の電話にも、盗聴器など仕掛けられていないのだが、明石の知る由がない。

 テレホンカードと小銭入れをポケットにねじ込み、玄関のドアを開ける。

 と、どんと鳴る激突音と、おっと言う男の声が、ドアの反対側で上がった。

 玄関前にいたのは、四十代絡みのスーツ姿の二人組の男だった。

「何ですか、あなた達は」

 警察官達の姿が既視感となって重なり、口調には知らず知らず険が籠もる。

「失礼。こういう者です」

 二人が胸ポケットから取り出したのは、焦げ茶色の身分証――先程の悪夢を再現させる警察手帳だった。

     ◇◆◆◇

「埼玉県警察署です。明石教授ですね?」

 本人確認の質問も焼き増しだった。

「……さっき家宅捜索していったばかりじゃないですか。何か忘れ物でも?」

 連絡をすると言っておきながら、早速逮捕しに来たのか。そうと意識せずに身体が身構える。

「伺いたい話があるので、ちょっと来てもらえますか?」

 明石が向ける剣呑な眼差しを、二人は当然のように無視すると、一人がアゴをしゃくり、路上に停車中の自動車を指し示した。

「ここじゃ駄目なのですか?」
「できれば同行をお願いします」

 質問に質問で返されたのを気にした風もない。同意すべきか拒絶すべきか、明石が頭を悩ませるよりも先に、一人が大袈裟な動きで隣近所を見回し、まだ誰も外に出ていないのをアピールする。

「警察官に色々と質問されているのを近所に見られては、外聞が良くないでしょう?」

 プライバシーに配慮した物言いも、同行拒否を認めない理由付けとしか、明石には聞こえなかった。

「……強制ですか?」

 逮捕ですか、と訊けずに言葉を変えた明石に、警察官は作ったような笑みで誤魔化し、答えを避けた。

「同行してもらえなかったからと、こちらも手ぶらで帰る訳はいきませんからね。ご近所の方や職場の方から、先に話を聞きに行く事になります」

 ですが、と前置きと一息置いてから発せられた一言は、同行する以外の選択を明石に許さなかった。

 身体的な接触はないものの、二人に左右を固められ、まるで逮捕された被疑者の気分で、覆面パトカーの後部座席に押し込められる。

「詳しくは署に着いてからの話になりますが……」

 一人が運転席に座り、動き出してしばらくしてから、明石の隣に座った警察官が話の続きを始めた。

「あなたの奥さん……夕子さんですか?」
「妻は十年前、交通事故で亡くなっています」

 不正アクセス関係からの任意同行と考えていただけに、妻の名前が出てきたのは、予想外の方角から殴られた感じだった。

「ええ、そうですね」

 警察官は動じない。

「ただ……ですね。夕子さんの戸籍と死因に、少々不可解なところがありまして。その辺りの溝を埋めてもらいたい、と。簡単な話でしょ?」

 明石は頬を強張らせた。

 亡妻夕子は、『魔法界』出身で、あちらの『政府』のエージェントでもあった。
『エージェント』にも色々あろう。しかし彼女の職務は、外交窓口のような穏やかな代物ではなく、『殉職』と言う就業中に死亡の可能性をはらむ『エージェント』職だ。少なくとも、教職では出会う事のない死因がつき纏う職業だったのは間違いない。

 それがどのような経緯から、日本の麻帆良に『魔法先生』として配属されたのか、あるいはどのように戸籍を得たのか、明石の立場で詳細は知らされていない。

「『本国』のエージェントを麻帆良に住まわせたいから、入国許可か戸籍を用意してほしい。表向きの職場と住居はこちらで手配する」

 いかに『日本政府の上部組織』が魔法使いに寛容であっても、そのような言い分で、外国の『エージェント』に戸籍その他諸々を用意する呑気さは、まず期待できまい。近右衛門の方で、適当な虚偽申請を行ったとするのが妥当だろう。

 例え公的機関から得た正式な許可であれ、申請内容が虚偽であれば許可自体無効だし、申請者は『出入国管理及び難民認定法』違反で十分処罰の対象にもなる。

 もっとも、日本と『魔法界』を直接つなぐルートは無いので、どこかの国で偽造するなり偽証申請で得た旅券で日本に入国、近右衛門は『日本政府の上部組織』に報告せずにいたと、考えられなくもない。

「……そうですね」

 固い声で明石は同意した。
 内面で考えていたのは、全く別の事だ。

 近右衛門に警察の手が及ぼうとしている。妻と出会う機会と、彼女の生が無駄でなかったと、その死に方に、『立派な魔法使いマギステル・マギ』の死とはかくあるべしと、後進の魔法生徒達の模範となる名誉を与えてくれた恩人に、警察の追及が迫っている。

 黙りこくった警察官の隣で、近右衛門から受けたこれまでの恩に、どう報いようかと思考力の低下した頭を働かせる。

 既に思考そのものが、狂信あるいは盲信の域にあると、明石に自覚はなかった。

 音量を絞ったラジオから流れてくる小さな音声が、懸命に対策を考える明石の耳に入ってこなかったのは、本人にとりおそらく不幸ではないだろう。

『……女子中学生三名が、修学旅行先で銃器・刀剣類で武装していたとして、『銃砲刀剣類所持等取締法』違反の現行犯で逮捕していた事を、京都府警察本部は先程、公式発表しました。逮捕されたのは、先日より不祥事が次々と明らかになっている麻帆良学園、その本校女子中等部の生徒三名で、京都府警では埼玉県警と連携し、これらの入手先を捜査する方針です……』








◎参考資料◎
・赤松健『魔法先生ネギま! ⑮』2006年8月17日
・赤松健『魔法先生ネギま! ⑯』2006年10月17日
・赤松健『魔法先生ネギま! ⑰』2007年1月17日
・赤松健『魔法先生ネギま! ⑲』2007年7月17日
・赤松健『魔法先生ネギま! 32』2010年11月17日
・アンチ犯罪予告!!『逮捕されると、こうなる~誰かが本当に経験したこと~』
・刈人宗教解析倶楽部『カルトマインドコントロールシステム』
・カルトに傷ついたあなたへ『カルト、マインド・コントロールとは?』
・岸田和壽『ある日の簡易裁判所 刑事令状編(その2)』月報司法書士、2011年2月 No. 468、p.p. 42-52
・『【転載】 [aml から] 令状発付の現実、どう闘うか家宅捜索・令状マニュアル1~3』
・電子政府の総合窓口 イーガブ『犯罪捜査のための通信傍受に関する法律』1999年8月18日
・富山県警察サイバー犯罪対策室『不正アクセス禁止法について』
・西田公昭『JDCC集団健康度チェック目録』日本脱カルト研究会 第2回公演講座『カルトか宗教か』日本脱カルト協会
・日本脱カルト協会『カルト対処法』
・日本脱カルト協会『集団健康度チェック』
・ひろみの極道な半生『家宅捜査令状』2007年5月6日
・ほ~納得!法律相談所『警察は携帯電話を盗聴している?』2010年3月23日
・山崎はるか『ピーコの追い込み』ダイアモンドアプリコット電話研究所、2001年1月17日
・山田茂『いまどきのカルト観を問う』全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会、2010年12月26日
・Deaths at Flag
・Global Invasive Species Database “Mustela erminea (mammal.)” May 26, 2010.
・Lisa McPherson
・People's Trust for Endangered Species “Stoats”
・seraphyの日記『児童ポルノ法が私に及ぼした実害と、今後増えると予想される家宅捜索』2012年5月19日
・Tathara『凍りついた法律による別世界の存在』
・Wikipedia『犯罪捜査のための通信傍受に関する法律』
・Wikipedia "Death of Lisa McPherson"
・Wikipedia “List of the world's 100 worst invasive species”
・Yahoo知恵袋『カルト創価学会によるマインドコントロール(自分自身の経験から)』2012年1月9日




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