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No.32494の一覧
[0] 【習作・ネタ】腐敗都市・麻帆良(ネギま)【ヘイト注意】【完結】[富屋要](2020/03/01 01:07)
[2] 第一話 特殊資料整理室[富屋要](2012/03/28 20:17)
[3] 第二話 麻帆良大停電[富屋要](2012/03/29 20:27)
[4] 第三話 麻帆良流少年刑事事件判例[富屋要](2012/03/30 21:08)
[5] 第四話 学園長[富屋要](2012/03/31 22:59)
[6] 第五話 包囲網[富屋要](2012/04/05 21:11)
[7] 第六話 関西呪術協会[富屋要](2012/04/10 00:09)
[8] 第七話 目撃者[富屋要](2012/04/14 20:03)
[9] 第八話 教師[富屋要](2012/04/17 20:25)
[10] 第九話 魔法先生[富屋要](2012/05/18 03:08)
[11] 第十話 強制捜査[富屋要](2012/08/06 01:54)
[12] 第十一話 真祖の吸血鬼[富屋要](2012/08/06 19:49)
[13] 第十二話 狂信者[富屋要](2012/09/08 02:17)
[14] 第十三話 反抗態勢[富屋要](2015/11/27 23:28)
[15] 第十四話 関東魔法協会[富屋要](2013/06/01 03:36)
[16] 第十五話 立派な魔法使い[富屋要](2013/06/01 03:17)
[17] 第十六話 近衛近右衛門[富屋要](2015/11/27 23:25)
[18] 最終話 腐敗都市[富屋要](2019/12/31 16:31)
[19] エピローグ 麻帆良事件・裏[富屋要](2020/02/29 23:46)
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[32494] 第九話 魔法先生
Name: 富屋要◆2b3a96ac ID:d89eedbd 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/18 03:08
 この数分で焦燥し、一気に老け込んだ感のある新田に同情しつつ、霧香は人目に付かないよう小さく溜め息を漏らした。

 二重の計画の前倒しに、警察官達に多少の混乱はあったものの、ネギ少年を乗せたパトカーがホテルを発ったのは横目で確認している。辻斬りの少女は凶器の日本刀を取り上げられて現行犯逮捕、ゲームの主犯、朝倉和美も証拠の映像の隠滅を目論見んだために緊急逮捕。いずれも護送を待つ身だ。

 これでネギ少年と辻斬りから『立派な魔法使いマギステル・マギ』の名前を引き出せれば、違法活動する組織として、大々的に麻帆良学園に捜査のメスを入れられる。

 たとえ組織の名前が出なくとも、近右衛門の名前が出れば王手がかかったのも同然だ。

 表では麻帆良学園の学園長、裏では『関東魔法協会』の理事を兼任する近衛近右衛門が、独裁者として君臨しているのが麻帆良だ。しかも独裁者特有の自信過剰、傲慢、傲岸、人間不信から、トカゲの尻尾切りに使える腹心の部下を置いていない。自分を追い落としかねないから、有能な後釜を育てていない。

 右腕と見られがちなタカミチ・T・高畑にしても、日頃の扱いから見るに、腹心の部下と言うよりは使い勝手の良い駒程度の扱いだろう。

 近右衛門さえ潰せば、表裏共に麻帆良は容易に瓦解する。万が一近右衛門を潰し切れなくても、この事件で麻帆良の信用は地に堕ちる。教育と言う国の根幹に関わる現場で、特定の思想を持つ組織により運営されていたとなれば、しかもそこの最高責任者が指揮を執っていたと知れれば、文科省が動かなくとも人は勝手に離れるだろう。

「警戒は魔法使い達の妨害ね」

 声には出さず、口の中で言葉を転がす。
 特に記憶消去や認識阻害など、思考を誘導する魔法には要注意だ。
 魔法使いによる事件の隠蔽を妨害できれば、最低限の目的は果たされる。

 物思いと新田の存在を振り払うと、霧香は意識を現在に切り替えた。麻帆良に変な耐性を付けさせず一気に叩き潰すには、この二、三日が勝負だ。気を緩める訳にはいかない。

「待って下さい!」

 場所を変えようとしたところへ、残った男性教師から声をかけられる。瀬流彦(せるひこ)と言ったか。

「何でしょう?」

 苦情か抗議だと簡単に予想し、教師に向き直る。

「どういう了見ですか、これは!」

 瀬流彦は身を乗り出した。日頃は優柔不断なまでに柔和そうな人物像が、この非常時にはなりを潜めている。

「修学旅行中です! 警察に用はありません! お引き取り下さい!」

 瀬流彦の口調に警察への侮蔑を感じるのは、霧香の妄想の産物だろうか。一も二もなく頭を下げ、場を取り繕おうとした新田と較べ、自分達の要求は通って当然という瀬流彦の態度に、不快感を抱くのは仕方あるまい。

「引率責任者の新田教諭に先程説明した通りです。そちらの生徒が、ネギ君を相手にわいせつ行為を働こうとしていた。生徒の一人が日本刀を振り回したので現行犯逮捕した。他にも危険物を持ち運んでいる生徒がいないか、所持品検査をさせてもらっている。どこか不明な点でも?」

 朝倉和美については、ネギ少年への強制わいせつ行為の主犯であり、盗撮した証拠映像の隠滅を謀り、逃走にまで及ぼうとしたことからの逮捕だ。

 ネギ少年を含め三人の身柄を京都府内で確保できたのは、霧香達からすれば幸いだった。麻帆良のある埼玉県内では、さいたま少年鑑別所での勾留となり、どのような情報統制を計られるか知れたものではない。

 その点、京都府内の事件であれば、最悪の場合、京都少年鑑別所で数日勾留できる。

「ネギ君です!」

 生徒の勾留よりもネギ少年が重要だと、瀬流彦はあからさまに詰め寄ってきた。

「ネギ君が何か?」
「なんでネギ君を保護するんですか! 彼は麻帆良学園の教師の一人として、立派に働いています。保護など不要です!」
「こちらも言いました。就労年齢未満の子供を労働させる組織の一員と、接触させる訳にはいきません」

 麻帆良に都合の良い話を吹き込まれるのも迷惑ですし、と言葉にせずとも相手の神経を逆撫でする妖艶な笑みを見せる霧香だ。

 厚労省と文科省の不正な許認可を脊髄反射で口にしない辺り、瀬流彦も無駄に経験を積んでいない。特別許可を得ていると咄嗟に口走ろうものなら、軽犯罪であれ虚偽申告の容疑で、霧香の手の中に飛び込むも同然だったのだが。

「で、でも! ネギ君は頑張っています! 生徒達の評判だって良いんですよ!」

 ネギを擁護したいのか、教師に採用した自分達を正当化したいのか、発言内容からはどちらとも読めない。

 霧香は妖しく口元を吊り上げた笑顔で、瀬流彦に目を向けた。

「ネギ君が頑張っていて、生徒からの受けも良い。良い話ですね。でもそれと、九歳の子供が教師をさせられている現状、関係しませんよね」

 自分の不用意な一言が、霧香から氷点下の視線を浴びせられる原因になったのだと遅まきながら悟った瀬流彦は、生唾を飲み込んだ。

「それは……そ、そう! ネギ君を教師にしたのは正しかったんです! 三月の期末テストだって二-A、今の三-Aを、最下位から学年トップにしたんですから!」

 しかし瀬流彦の言い分は、魔法使い相手に対話は成立しないと、霧香に再確認させただけだった。法や道徳を無視した行為でも、上位者の都合で正当化され、無罪放免となるのが魔法使いの習いだ。そのような倫理感の持ち主に、法治国家の有り様を理解させるのは困難だ。

 横を通り過ぎた警察官も仏頂面で、それと分かる不快感を滲ませている。

「前の担任が無能だっただけでは?」

 前任はタカミチ・T・高畑。出張にかまけて教鞭をないがしろにしていたのは、世界のあちこちでの目撃情報から確認されている。

 文化や風習の違いを乗り越えて交渉するのは外交官の仕事で、警察官の仕事ではない。霧香はそう開き直り、会話を打ち切る事にした。

「その話は、ネギ君の担当になる児童福祉司にも話して下さい。喜ばれますよ」

 嫌味を理解せず喜色を浮かべる瀬流彦に、霧香の関心は急速に薄れた。

「既に話した通り、ネギ君の身柄はこちらで保護します。麻帆良学園の教員の接触は、担当の児童相談所長の許可を得てからになります。今のネギ君の事は私達に任せ、生徒達のフォローをお願いします」

 新田教諭からもそう指示されたでしょう、とは口にしない。

 麻帆良学園教師陣のネギへの対応、すなわち被虐待児童への無自覚振りを鑑みれば、三-Aのみならず、全クラスの修学旅行の中止を訴えたいのが、霧香の偽らざる本心だ。その無自覚を麻帆良の<学園結界>にて植え付け、教育者としての怠慢の現れと知っているだけに、魔法使い側の教師陣には、正直信用を置けない。

「担任のネギ君がいないんですよ! 僕がフォローするのが当然じゃないですか!」

 自分の受け持ちクラスを疎かにする発言も、霧香には無意味な言葉の響きにしか聞こえなかった。

 生徒三十名前後、うち二人が拘束され、残りは警察官達に囲まれているクラスのサポートより、警察に保護されたネギの身柄の奪取が先決するところに、麻帆良の優先度が伺える。誰のための学園都市なのか、あらかじめ知ってはいても、透けて見える魔法使い達への反発に、霧香も半歩踏み出した。

 三-Aの起こした乱痴気騒ぎは、親告罪に分類されるものだ。つまりネギ少年が、自身が性的虐待の対象とされ、それに不快感や忌避感を覚え、警察に訴えて初めて成立する要件だ。

 ネギ少年が責任無能力者の未成年者である事を鑑みれば、警察に訴えるべき責任義務者は近右衛門になる。ネギ少年が幾ら虐待を訴え出たとしても、近右衛門が認めなければ、事件として成立しないのだ。そして近右衛門の人と成りを見るに、警察に訴える確率は限りなくゼロに近い。

「……まあ、そのために知事から許可をもらった訳だけど」

 瀬流彦の耳には届かない小声で呟く。
 近右衛門が代行義務者としての義務を怠り、保護下にあるべき児童に労働をさせている。この事実だけで、近右衛門の代行義務者としての資格を無効とするには十分だ。

 後は京都府内の児童養護施設の養護員に相談し、府知事に申請書を提出してもらうまでの下準備に時間を取られる程度だ。それも既に過去の事。

 一息の間を置いた霧香は、ここで自身としては最高の、他人が見たら警戒する怪しい笑みを見せた。

「そこまで言われるのでしたら、瀬流彦先生には、麻帆良学園の環境について、後日じっくりとお話をさせてもらうのが良さそうですね」
「……それは、強制ですか?」

 思考がまとまらないのか、瀬流彦が問い返すのにしばらく間が開いた。労働基準法と児童福祉法に違反していると、暗に仄めかされたのが不満らしい。

「いいえ。任意です。ですが、色々とお話させて頂くのは、まずこの場の責任者である新田教諭からですね」

 射抜くような瀬流彦の視線を、どこ吹く風とばかりに受け流しつつ、下っ端教師陣に話はないと言外に切って捨てる霧香だ。ネギ少年への虐待行為だけでなく、生徒が銃器刀剣類を購入し、所持するのを止めない麻帆良の教師陣の犯罪擁護の姿勢など、教育機関として山と出てきた問題を明らかにしなくてはならない。

 二人の間に張られた弛緩しようのない緊張を、いつの間にか近づいてきた警察官の咳払いが緩めた。

「失礼します」

 制服姿の警察官に、麻帆良学園の教師にかかずらっている時間がなくなった事を示していた。

「何事?」

 瀬流彦に向けていた冷ややかな気配を霧散させ、耳元で用件を囁いた警察官に眉根を寄せる。腕時計を見やり時間を確認すれば、日付が変わってまだ三十分も経っていない。

 近衛近右衛門から電話が入り、責任者との対話を求めている。
 それが言伝の内容だ。

「……非常識な」

 教師の一人が連絡したのだろうが、電話を入れる時間ではなかろう。そしてそれを真に受け、こんな深夜に対話を求めるなど、近右衛門の良識を疑う。

「それで、電話はどこ?」

 麻帆良学園にすれば非常事態なのだから、報告・連絡・相談は当然かもしれないと一部考えを修正しつつも、機嫌は悪くなるばかりだ。

 こちらですと案内する警察官の後を歩きながら、近右衛門への対処マニュアルから記憶を引っ張り出す霧香だった。

     ◇◆◇

 霧香が案内されたのは、ホテルの受付カウンターだった。ホテルの従業員達の他、制服の警察官が数名行き来を繰り返している。

 警察官の一人が、今回の指揮を執る京都府警察の警視だと知り、霧香は内心で首を傾げた。

「こちらです」

 ボイスレコーダーを弄っていた警察官が、保留ボタンの灯る電話機を指し示した。

「私が出るのですか?」

 霧香が尋ねた相手は警視だ。階級が同じと言え、警視庁所属の霧香に指揮権はない。

「お願いします」

 了解の意を受け、霧香は録音係の警察官に頷き、受話器を取り上げ、保留ボタンを押した。

「お待たせしました。たちばなです。どのような用件でしょうか?」

 所属を告げなかったのは、自身が京都府警察署所属でないと明かす必要を感じなかったからだ。

 用件を尋ねた霧香に対し、ハンズフリーのスピーカーから漏れ出たのは、フォフォフォという礼儀を欠いた老人の笑い声だった。

「うむ。儂は麻帆良学園学園長の近衛近右衛門じゃ。お主がそこの代表で良いのかな?」

 第一声は、笑い声と同様、礼儀知らずの居丈高な言葉だった。
 回答の前に霧香は警視を一瞥し、同意の首肯を確認した。

「……代理になります。警視は現在、この場所を離れています」
「ふむ。至急呼んでもらえんかの? 責任者同士、腹を割った話し合いをしたいのでな」

 ふざけた要求に言葉に詰まったのは霧香だけはない。会話を聞いていた警視や、他の警察官達もどこか呆れた様子だ。

「そちらの責任者は、新田教諭と存じますが?」
「おお、おお、新田君か。確かにそうじゃった」

 どこが楽しいのか、受話器から再び笑い声が流れた。
 組織の頂点たる人物が、組織外の相手との会話で、自分の部下を『君』付けする。五十年は社会人経験を積んでいるはずなのに、些細な事ながら新社会人並みに常識を知らない様は、近衛近右衛門の人物像の片鱗と、麻帆良学園教師陣が社会的礼儀を欠く原因を伺うに十分だ。

「しかし今回の件、新田君には荷が重すぎじゃろう。彼には儂から説明するからの、気にせんで良いぞ。それより、早く責任者を出してもらえんか?」

 近右衛門に連絡したのが誰であれ、麻帆良学園の指揮系統がまともに機能していないのが知れる内容だった。引率責任者の新田教諭の頭をまたぎ、学園長に直接連絡を入れるとは、指示伝達の連絡網が機能していない証だ。

「……つまり近衛学園長は、状況を正確に把握しておられる。そう取ってよろしいのですね?」
「三-Aの生徒がやんちゃして、そちらの警察に迷惑をかけたんじゃろ? 済まんかった。生徒達には、儂から厳しく注意しておこう。ここは一つ穏便に引き下がってもらうよう、儂からそちらの責任者にお願いしたい。変わってもらえんか?」

 そして何が面白いのか、近右衛門は他人の神経を逆撫でする笑いをひとしきり上げた。

 誠意どころか常識、学校組織の頂点の責任を微塵も感じさせない態度に、霧香は神経がささくれ立ってくるのを感じた。まともな感性を備えていないとの部下の報告が、あながち間違った評価でなかったと実感する。

 霧香がちらと横目で伺えば、責任者である当の警視も、表情を変えずに不機嫌さを漂わせていた。

「申し訳ありません。先程もお伝えした通り、責任者は現在席を外しています。近衛学園長からの要望があった事は伝えておきます」

 取り込み中で電話一本に長々と時間をかけていられないとのニュアンスを滲ませ、電話を切ろうとした霧香を、近右衛門は不快な笑い声で吹き飛ばした。

「フォッフォ。そう急くでないわい。もう一つ重要な要件があるのじゃ」
「……そちらも伝えます。何でしょう?」
「うむ。実は、ネギ君の事じゃ」

 ここで近右衛門は笑うのを止め、真面目な声に切り替えた。

「ネギ君のような優秀な子供が、教師としてやっていけるのか、ネギ君はそのテストケースでの。このテストは、国のお偉い方との話もついておる。こんな細事でテストは失敗しました、とは言えんのじゃよ」

 新田と似たような説明から説得に入る近右衛門だった。

 ひょっとしたら、ネギ少年は本当に優秀なのかもしれない。しかしその優秀さを証明する手段が、ウェールズ教育省の判定基準に則った公正な結果――ウェールズでは六学年(十歳・十一歳)で、キーステージ2試験の受験が義務付けられている――ではなく、魔法使いのための学校、つまりは非認可校の発行した成績証明書と近右衛門の独断では、どれ程の公正さを期待できるのか。

「テストに失敗はつきものです。事実をそのまま報告すれば良い話でしょう。何も麻帆良学園一校のみのテストという訳ではないですよね?」
「……それができるなら苦労せんわい」

 霧香の問いを無視し、近右衛門は溜め息をつくような声を漏らした。

「ネギ君は、とある重要人物のご子息でのう……麻帆良学園で預かっておる大事な身じゃ。それが警察沙汰となっては……分かるじゃろ?」

 電話越しにこちらの顔色をちらちら伺う雰囲気は、霧香の妄想なのだろうか。

「その点は安心して下さい。ネギ君は……年齢的に実名報道されません」
「そうではないわい」

 相手の真意が分からず惚ける霧香に、近右衛門はふんと鼻息を吹いた。

「預かった大事な重要人物の息子じゃ。さっきも言った通り、こんな些細な出来事で、経歴に傷を付ける訳にはいかんのじゃよ。じゃからな……」

 後は察しろと言いたげに、近右衛門は言葉を途切らせた。

 一クラス丸ごと警察の厄介になるような事件を、些細な出来事扱いする近右衛門に、霧香だけではなく、居合わせる警察官達も不快感……いや、嫌悪感を浮かべた。

「何を言われたいのか分かりません。きちんと最後まで言ってもらえますか?」

 近右衛門がどこまで事態を把握しているのかも、関心の対象だ。問題を起こしたクラスの担任としてか、被虐待児童として保護された事か、それで対応が変わる。

「……ふむ。一から十まで言わんと、理解してもらえんのか」

 やれやれと溜め息をつく気配に、なおさらに霧香達の嫌悪の情は掻き立てられた。

「ネギ君の経歴に傷の付く真似は止めてほしいのじゃよ。ネギ君が傷ものになると、色々と問題があるでの。そちらとて、国際問題になるような騒ぎは起こしたくなかろ?」
「……見て見ぬ振りをしろ、と?」

 霧香の指摘に、ようやく意が通じたとばかりに、聞いた者が不快になるあの哄笑を近右衛門は響かせた。

「うむ。その通り。なあに、いわゆる超法規的措置と言うやつじゃ。誰も咎めはせん」

 そしてもう一度、愉快気に笑いを上げる近右衛門とは反対に、老人へ向ける霧香達警察官側の嫌悪感は、体感できる冷気すら帯びるようだった。

 国民の安全や財産を守るための法を破るなど、法の番人である警察官にできるはずがない。確かに『超法規的違法阻却事由』として、立件するまでもない些事にまで、警察が関与する事はない。しかし今回は無視するには問題が大きく、超法規的措置などとふざけた理由が通るようであれば、それは国家の敗北を意味する。

 近右衛門は、それを要求しているのだ。

「そちらの生徒が起こした問題は全て、見なかった事にしろ。そう言われるのですか?」
「そうなるかのう……。まさか十歳の子供相手にムキになるなど、大人気ない真似はせんじゃろ?」

 日本の法と警察をどこまでも軽んじる態度に、怒りの余り声を震わせる霧香への、老人の更なる無茶な要求だった。

 返答の前に霧香は警視へと目を向け、相手が首肯するのを確認すると、大きく息を吸った。

「お断りします」

 ばっさり切り捨てられた近右衛門の、間の抜けた驚きの声がスピーカーから漏れ出た。

「フォ!? なぜじゃ? 断る理由なんぞありゃせんじゃろ?」
「答える必要はありませんし、そちらに請求権はありません」

 三-Aの生徒の無法ぶりと、ネギ少年の問題行為の数々を並べ立ててやりたい衝動を、警察官としての意識が霧香に実行に移すのを止めた。新田教諭には協力を要請する手前、ある程度の事情説明は避けられなかったが、捜査情報を明かせるはずがない。

 この程度で近右衛門が諦めるとは、霧香は露も思っていない。どういう切り返しをしてくるかと、内心身構える。

「……責任は儂が持とう」
「は?」

 どこか厳かさすら感じさせる口調の近右衛門に、意図が分からずに霧香は聞き返していた。

「儂が責任を取ると言っているのじゃ。ここは一つ、儂に免じて丸く収めてはくれんかの?」

 意図どころか意味すら分からなくなり、内心で混乱する霧香だ。社会一般の常識の通じる相手でないと思い出し、どうにか落ち着きを取り戻す。

「責任を取るとは、具体的に、どういう形で、ですか?」

 うむ、と近右衛門は大儀そうに唸ると、責任の形を考えてか、回答までにしばらくの間を空けた。

「三-Aの生徒には、儂からきつく叱ってから、反省文の提出と二週間の部活動禁止か、放課後の寮内謹慎。ネギ君には注意の上で、減俸二ヶ月。こんなところでどうじゃ?」

 そして返された言葉は、近右衛門の責任者としての正気を疑うもので、常識の埒外に思考が存在する人物だと、霧香ならず居合わせた京都府警察署の面々に思い知らせるのだった。

「……他には?」
「フォッ! まだ足りないと申すか、お主は!」

 欲張りじゃのうと、交渉の余地ありと誤解したのか、近右衛門の口調の端には苦笑する響きが含まれていた。

「そうではないですよ」

 いい加減、常識を弁えない老人との長話にうんざりした霧香は、電話を切る事にした。

「近衛学園長が何を言おうと、状況は変わらない。そういう事です」

 近右衛門が取るべき責任は、生徒が暴走して問題を起こさぬための指導・教育を、教師陣に対し指示・監督する事だ。そして問題が起きた時は、学園のホームページにでも事件の経緯と謝罪文を掲載し、生徒の保護者には事件のあらましと指導不足の謝意を告げ、今後同様の不祥事が起きないよう教師陣と指導内容を検討し、場合によっては人事を刷新し、事件の規模にもよるだろうが、マスコミ相手に謝罪に頭を下げるなり、自主的に給与の減額なり退任なり、社会に対し反省の意を示す陣頭指揮を執って表明する事だ。

 近右衛門が豪語する責任など、本来課せられている責任のほんの一部分でしかない。二度と同様の事件を起こさせないと約束するならまだしも、間違えても、生徒が暴走するのを放置した教師を庇い、事件をなかった事に奔走する役ではない。

 とどのつまり、近右衛門の責任を取るという言葉は、本来自ら率先して受けるべき自罰を部下の誰かに押し付け、自分の立場に傷を付けずに済むよう立ち回り、権勢を奮う事。これに尽きる。

「どういう事じゃ?」

 一般社会における常識とは、近右衛門には理解できない概念なのだろう。拒絶された事に、言葉に明確な険がこもる。

 無論、警察官の民事不介入の立場から、近右衛門に責任の取り方なるもののレクチャーは出来ない。良い歳をした大人に社会的な常識を説くのは余計なお世話だし、説く気もない。したところで、それで事件をなかった事にする対価と受け取るのは目に見えている。

「言葉通りの意味です」

 理解できないでしょうけど、の言葉を霧香は飲み込んだ。

「近衛学園長の責任の取り方……いえ、取らせ方は、ここまで事件になっては、もう通用しない。そういう事です。……それでは、失礼します」
「待て! 待たんかい! せっかちじゃ……」

 なおも何やら言いかけていた近右衛門の声を、霧香は受話器を置いて断ち切った。

 近右衛門が再度電話をかけてき際の応対を頼んだところへ、再び電話が鳴った。

「はい。こちら嵐山ホテルです」

 その警察官が受話器を受け取り、霧香に軽く目配せする。それだけで、電話の主が誰なのかは知れた。

「……は? 責任者の代理、ですか? 申し訳ありません。既に現場を離れています。朝に改めて電話を……は? 待たれる? 分かりました。お待ちください」

 応対する警察官が、保留ボタンを押して受話器をかける音を耳にしながら、霧香はカウンターを背後にした。

 カウンターから見えない柱の陰に来ると、遠慮がちに小さく長い息を吐く。近右衛門の並外れた非常識と無礼振りに、精神的な緊張が溜まっていたらしい。

 気を取り直したところで、新しい面倒事の接近に気づいてしまう。
 しばらく前に生徒の所持品検査に付き添ったばかりの和泉が、新田教諭と女性警察官一名と共に、ロビーに戻ってきたのだ。

     ◇◆◆◇

 近右衛門との会話は十分程度。生徒全員の所持品検査が到底終わるはずもないのは、教職とは無縁の霧香でも予想は付けられた。

 そして何より、霧香に厄介事を確信させたのは、ただでさえ顔色を悪くしていた新田が、さらに顔色を悪くしていたからだ。無表情を取り繕っているものの、度重なる不祥事に血の気が失せてしまっているのは、見る者の目から見ると明らかだ。

「橘警視、これを」

 苦悩する新田をよそに、和泉は生徒の持ち物らしい荷物を掲げた。バイオリンケースとごく普通のスポーツバッグだ。
 教師に見えない角度で、バイオリンケースとスポーツバッグが小さく開かれ、中を覗き込んだ霧香は、新田へ一瞥を向けた。

「新田先生、中身は確認したのですか?」
「……はい、確認しました」

 現実を受け入れるのを拒絶していそうな顔色の新田は、声をかけられると、噛み締めた奥歯から声を絞り出し、深々と頭を下げた。

「私どもの指導が行き渡らず、誠に申し訳ありませんでした」

 両膝と額がくっ付きそうな程に頭を下げ、微動だにしない新田に、霧香だけでなく和泉達も対応に困った。

「頭を上げてください。先生に謝罪されても、事態が改善される訳ではありませんから」

 そう告げても頭を上げようとしない新田に、霧香は困惑から逃れるように、バッグとバイオリンケースに視線を戻した。

 バッグには、クナイや手裏剣と言った刃物の類が無造作に入れられていた。鉤爪の付いたロープや、正体不明の丸い物体も多数あり、刃物と一緒に入れている時点で、かなり胡乱な用途の物だと想像できる。少なくとも、学生が修学旅行に持ち運ぶ物品でなかろう。

 バイオリンケースの中身は、拳銃やライフル、それらに使う銃弾のケースだった。仮に玩具だとしても修学旅行の荷物に相応しくないのは改めて指摘されるまでもない。持ち主の少女の氏名は、霧香に心当たりがあった。

「銃器はモデルガンではなく、本物です。弾も実弾なのは確認しました」

 決定的な事実を口にしたのは、京都府警察署の女性警察官だった。

「『銃砲刀剣類所持等取締法』違反、『凶器準備集合罪・凶器準備結集罪』の容疑で、持ち主の生徒達を逮捕します。よろしいですね」

 内容は同意を求めるものだが、反論を認めない冷たさが霧香の口調には含まれていた。銃器刀剣類の違法所持は、上司に問い合わせるまでもなく、現場の警察官の判断で逮捕できる権能が与えられている。

 警察が逮捕に踏み切るとは、新田も覚悟していたのだろう。下げた頭を上げ、もう一度頭を下げる。

「お願いします! せめて……修学旅行が終わるまでは……どうか、待ってあげて下さい!」

 銃器や刀剣に限らず、凶器を修学旅行まで持ち運んでいたのは大問題だ。問答無用で逮捕されても一言も言い返せない。

 それでも彼女達は生徒だ。楽しい修学旅行を過ごさせてやりたい気持ちに偽りはない。修学旅行の残りは、自粛してホテル内謹慎は避けられなくとも、少しでも楽しい思い出を持たせてやりたい。

 深々と頭を下げる新田には、霧香が同情と憐憫の視線を向けているとは知る由もない。

 切なる生徒指導教師の懇願は、無情にも切り捨てられた。

「ひょっとして、まだ近衛学園長から話が伝わっていないのですか?」

 しかも予想外の角度からの切り込みだった。
 霧香の口から出た意外な名前と、麻帆良学園という組織内で情報伝達が上手くいっていない事を暗喩され、新田は疑問を僅かに浮かべた顔を上げた。

「いえ。深夜過ぎていますから、近衛に連絡するのは早朝になってからのつもりでした」
「そうですか。……実はつい先ほど、近衛学園長から電話がありまして」

 本来はこちらから伝える事ではないのですが、と前置きをしてから、霧香は最高責任者の言葉を伝えた。

「新田先生には荷が重いから、この件は自分が責任を持って仕切る、という内容でした。麻帆良学園の学園長が出てきたのですから、新田先生を交渉の間に置いては、組織としての窓口が二つになりますでしょ? 口出しは遠慮していただきたいのです」

 気にするまでもないと、近右衛門に笑いながら蚊帳の隅に追い遣られたとは、さすがに残酷な気がするが、オブラートに包んで話す相手ではない。

「そ、それで……近衛は何と言って……?」

 能面のような表情で感情を押し隠しても、唇の震えから新田の内面の荒れ狂う激情が覗き見える。

「ネギ君はある偉い人物の息子で、麻帆良学園で預かっている身だ。経歴に傷を付けたくないので、今回の件はなかった事にして見逃してくれ、でした。勿論、断っています」

 警察側が虚偽を告げるとは思えず、学園長の常軌を逸した要望を理解できず、新田はしばし呆然とした。

「……ええ。当然、当然ですとも。断わられて当然です」

 かろうじて絞り出した言葉は虚ろに響いた。

「そういう訳ですから、新田先生はもうお休みになられては?」
「いえ。お気になさらず」

 精神的に打ちのめされているだろうに、新田は気丈にも持ちこたえていた。

「近衛から直接指示されてはいませんから、最後まで付き合います」
「生徒のプライバシーに触れるので、できれば離れてもらいたいのです」

 心境をおもんばかる霧香に、新田は何度目になるか頭を下げた。

「お願いします」

 霧香にしても、他組織の良い歳をした大人の心境を、長々と考慮するつもりはない。生徒を救うべく頭を下げて回らずにいるなら、引率責任者の立場を尊重しても良いだろう。

「……まあ、良いでしょう」

 ありがとうございますと、もう一度頭を下げた新田は、霧香と数メートル離れると、ポケットから携帯電話を取り出した。

「……新田です。学園長ですか……」

 近右衛門に電話をかけ、霧香の言葉の真偽を確認するつもりらしい。
 立ち聞きするつもりはないし、近右衛門と無駄な長話をする心積もりのない霧香は、静かにその場所を離れた。

「お膳立てとしては……こんなものかしら?」

 一人呟く霧香の脳裏には、関東の魔法使いへの復讐に、暗い情念を燃やす年上の女の姿があった。

「後はうまくやりなさいよ」

 そのために麻帆良に赴く役目を譲り、警視の自分が京都まで出張したのだ。
 知り合いたくもなかった知人が、復讐のためにイギリスで撒き散らした災厄を思えば、彼女に手綱も付けず麻帆良に放り出すのは危険に過ぎるかもしれない。その心配が杞憂らしいとは、先日に手綱付きで偵察させた時に判明している。

 それでも、大量の人死にや器物損壊が出ませんようにと、内心で一抹の不安を拭い切れない霧香だった。









◎参考資料◎
・杉村直美『性暴力と学校―その現状と課題―』岐阜大学 総合情報メディアセンター、2007年7月6日
・デジセン商事.com『若手社員お悩み相談所 第1回 「責任を取る」とは』
・デジセン商事.com『若手社員お悩み相談所 第2回 懲りること、それが責任を取ること』
・Royal Geographical Society with the Institute of British Geographers “Welsh Education System.”
・Schommunity Wiki “Education System in Wales.”
・Welsh Government “Education and Skills.”
・Wikipedia『可罰的違法性』
・Wikipedia『超法規的措置』
・Wikipedia『超法規的違法阻却事由』


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