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No.32371の一覧
[0] 【習作】中沢くんはどっちでもいいから生き残りたいようです【憑依・魔法少女まどか☆マギカ】[たいらん](2012/03/23 16:17)
[1] 第二報告 『中沢の中学生日記』[たいらん](2012/03/30 16:17)
[2] 第三報告 『中沢のお宅訪問』[たいらん](2012/04/06 16:24)
[3] 第四報告 『中沢の苦悩』[たいらん](2012/04/13 18:49)
[4] 第五報告 『中沢の転機』[たいらん](2012/04/27 19:35)
[5] 号外 『それぞれの群像』[たいらん](2012/05/18 22:03)
[6] 第六報告 『中沢、病院送りにされる』[たいらん](2012/07/02 01:21)
[7] 第七報告 『中沢、語る(騙る)』[たいらん](2012/08/06 10:12)
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[32371] 号外 『それぞれの群像』
Name: たいらん◆29f658d5 ID:9f92c993 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/18 22:03
蟲の鳴き声がよく響く深夜の病院。
本来であれば人っ子一人いるはずのない真夜中の病院の敷地内には現在二つの気配が感じられた。
一つは少年。
硬い白壁に身を預け、小さくいびきをかいている。
もう一つは少女。
しっかりと目を見開き、駐輪場の向かい側に位置する壁を油断なく見据えている。

彼女が凝視しているのは穴だ。
いかにも病院らしい清潔感を感じさせる白塗りの壁、その中央に開いた円形の穴。
それもただの穴ではない。
人一人程度なら余裕で潜り込めそうな巨大な空洞だ。
空洞の向こうにはマーブル模様の不可思議な空間が広がっており、見ているだけで不安に駆られる。
これが魔女の結界。
穢れを最大まで溜め込んだグリーフシードが現世にもたらす地獄への入り口。
無力な人間を搦め捕り、喰らうために生み出された蜘蛛の巣である。

(やっと孵化した。待ちくたびれたわ)

しかし、それは常人にとっての話。
魔法少女、暁美ほむらは全く臆することなく眼前に広がる異界へと単身乗り込んでいった。

「……わるぷ……にげ……うーん……」

寝落ちした中沢を近くの壁際に放置して。


****


病院付近で形成された影響か、ところどころに医療器具を思わせる物体が浮遊する中、ほむらは足早に結界の奥を目指していた。

(この独特の結界……もしかして)

辺り一面見渡す限りお菓子の山。
クッキーや飴玉、ケーキ等がこんもりと山積みになっている光景は見ているだけで胸焼けを誘う。
強烈なのは視覚情報だけではない。
結界内に足を踏み入れた瞬間から、むせ返るほど甘ったるい匂いが絶えず嗅覚を刺激し続けている。
香りなどと生易しいものではなく臭気とでも呼ぶべきそれが充満するこの空間。
甘味嫌いの人間が放り込まれでもすればたちまち吐き気を催すことだろう。

異臭に顔を顰めつつ、ほむらはなおも歩みを進める。
だいぶ深いところまでやってきたのだ。
そろそろ使い魔の集団が現れる頃合いだが……と、視界の端にうぞうぞと蠢く球状の何かが映り込み、彼女は反射的に足を止めた。
体長は三十センチほどだろうか。
田んぼの鳥よけ風船に針金をくっつけたかのような異形の風体。
その異形の存在が群れをなし、せっせとお菓子の運搬作業に励んでいる。

(あの使い魔、やっぱり例の……)

暁美ほむらは知っている。
かの異形が何者であるかを。
やつらは『お菓子の魔女』の使い魔。
その戦闘能力は極めて低く、わずかでも経験を積んだ魔法少女であればまず苦戦することはない。
しかし、ある意味その弱さ自体が罠なのだ。
ほむらは忌々しげな表情で銃を抜き、無慈悲なまでに淡々と使い魔を撃ち殺した。

彼女はこの空間にあまり良い思い出がない。
かつて師と仰いだ少女が結界の主たる魔女に惨殺された回数は一度や二度ではきかず、そのたびにまどか達との関係が悪化する――――ここはいわば鬼門だ。
思えば何回辛酸を舐めさせられたことか。
出現位置を先読みしようにも潜伏状態にあるグリーフシードを探し当てるのは至難の業、いつだって後手に回らざるを得なかった。
ゆえに今回、中沢からなされた依頼はまさしく渡りに船であったと言えよう。
使い走り扱いされた上での偶然の産物とはいえ。

中沢――――この世界における最大のイレギュラー。
と、表現するとやたら大仰に聞こえるが、実際のところ彼の活動はまったくの些末事でしかなかった。
巴マミの名声はあくまで見滝原中学内部に限定されたものであり、一歩校外に出てしまえば彼女の知名度は地に落ちる。
中沢少年もあれこれ手を尽くしてはいたようだが、彼個人の力など所詮はその程度。
唯一の気がかりであった彼の行動原理も判明したことだし、これ以上警戒を払う必要性は皆無だろう。

矛盾した物言いになるが、時間遡行によるイレギュラーの発生はそう珍しいことではない。
たとえば上条恭介、彼は基本的にヴァイオリニストだが、過去繰り返した世界においてギタリストやベーシストであったことがある。
他にも魔女の能力や容姿が一部異なっていたり、たまに見覚えのない生徒がクラスに混ざり込んでいたりと様々なケースが存在した。
しかし、そのいずれの変化も大局に影響を与えることはできなかった。
今回もきっとそう。
この程度のイレギュラー、いちいち気にしていたらキリがない。
どうせ砂時計をひっくり返すだけで全て泡のように消え失せてしまうのだから。

(……何を馬鹿なことを。次なんてない。今度こそ全てを終わらせてみせる)

脳裏をかすめる不安、今回もまた駄目かもしれないという惰弱な思考を打ち消し、ほむらは魔女の座す結界の最深部へと足を踏み入れる。

「……いた」

泥のようにぬかるむクリーム色の地面、鉄塔のごとく聳え立つ高椅子の一群、その頂上に鎮座する一体のぬいぐるみ。
あのぬいぐるみこそ魔法少女が斃すべき障害、すなわち魔女である。
幾度となく葬り去ってきた相手を前にしても、ほむらの表情に油断の色は欠片も見当たらない。
魔女を鋭く見据えるその双眸は猛禽さながらだ。
火力に乏しい拳銃を投げ捨て、即座に武装を変更。
左手に殺傷性の手榴弾、右手に差し入れのチーかまを構える。
……チーかま?

(気になる。中沢くんの書いた記事、他のページはまともなのにどうしていきなりチーズの話が……)

暁美ほむら、中学二年生。
年相応に好奇心旺盛なところもあった。


****


相次ぐ爆音、そして断末魔。
黒々とした厚皮の蛇が苦痛にのたうつ。

(本当にチーズ食べるんだ。次の周に行くようなことがあったら、みんなにも教えよう)

ほむらは己の眼下で暴れ狂う道化師面の大蛇の口内へ止めとばかりに追加の爆薬を放り込む。
数拍後、さらなる轟音が響き渡り、魔女はその大口から大量の煙を吐き出し絶命した。

(討ち漏らしは……ない)

主を失った結界が砂のように崩れていく最中も残心を忘れず、周囲を警戒。
病院が完全に元の風景を取り戻したことを確認して初めて、ほむらは短く溜め息をついた。

(手短に終われてよかった。損害も皆無だし、常にこうありたいものね)

先の戦闘の成果を密かに自賛しつつ、放置してきた中沢のもとへ向かう。

「!」

そして元々の自転車置き場までやって来たとき、ほむらは思わず息を呑んだ。
壁にもたれていたはずの中沢が花壇に頭から突っ込むようにして倒れている。
まさか使い魔に襲われてしまったのかと急ぎ駆け寄ってみると、なんてことはない。
彼は相も変わらず鼻ちょうちんを膨らませていた。
どうやら単に寝相が悪かっただけのようだ。

「どこまでも人騒がせな人……」

自分を裏切り、一人で勝手に寝入ってしまった同級生に悪態をつく。
一時間半もの間、隣で眠りこけている姿を見せつけられるのはなかなかの苦痛であった。

「うぅぅん……ごめん……」
「あ、寝言で会話した」

(それにしても……ありがとう、か)

呻くように寝言を呟き続ける中沢の様子を観察しながら、ほむらは昨晩、あるいは今日の夜に言われたお礼の言葉を反芻する。
思い返してみれば、魔女を討ったことで誰かに感謝されたことなど一度としてなかった。
魔法少女の戦いはいつも仲間内だけで完結していたから。
ゆえに、中沢からお礼を言われたときは困惑するしかなかった。

「……何も知らないくせに」

彼は知らない。
魔法少女に人から感謝される資格なんてないことを。
人に害なす魔女を生み出しているのは他でもない魔法少女自身だ。
それを自分の手で倒し、グリーフシードを回収することで魔法少女達は生き永らえることができる。
――この行為のどこに正義がある?
言ってしまえば、物を食すのと同じことだ。
単なる生理的行為に正義という概念が関わる余地などない。
魔法少女は正義の味方でも何でもない。

「……特別に忠告してあげるわ。あなたの目論見は今のままだと遠からず破綻する。それと、巴マミには気をつけなさい。あの人は魔法少女というものに強い執着を……」
「か、艱難辛苦ッ……!」
「ぷふっ。どんな夢見てるのよ、もう」




号外 『それぞれの群像』




桜の木に緑が目立つようになってきた今日この頃。
見滝原中学校三年生教室はいつものごとく喧騒に包まれていた。

「巴さん! 握手して!」
「いいわよ。はい、握手」
「おててやわい! ありがとう!」
「巴ちゃん、一緒に写真撮ってもらってもいい?」
「ええ、もちろん。あ、携帯なのね」
「うん。待ち受けにしようと思って」
「いいなぁ。俺も巴さんの画像がほしいぞ」
「はいはい。順番、順番」

中沢主導のもと進められた魔法少女カミングアウト事件以来、毎日のように続くお祭り騒ぎ。
その騒ぎの中心人物たる見滝原の魔法少女、巴マミは途切れることのない級友達の対応に追われながらも終始穏やかな笑みを浮かべていた。
しばらくの間マネージャー役を務めていた中沢がいなくともこの余裕。
良くも悪くもそれなりに場数を踏んだことを感じさせる手際である。

「マミさん、今日の放課後時間ある? 久しぶりに遊びに行こうよ」
「うーん……ごめんなさい。中沢くんに今日のスケジュールを聞いてからじゃないと決められないわ」
「そっかー。毎日忙しそうだもんね。確か夜回りとかもしてるんでしょ? 大変だねぇ」
「そうね。でも、その分やりがいのある仕事よ」
「うわ、かっけぇ。前々から思ってたけど巴さんはやっぱり大人だよ。遊ぶ時間や睡眠時間削ってまで仕事とか俺には絶対真似できねえ」
「そうかしら? そんなに大層なことはしてないんだけど」
「いやいや、巴ちゃんは十分立派です。私たちの誇りです」
「そ、そう?」
「そうです。だから胸を張ってください。せっかく大きいんだから」

今や何百人ものファンを抱え込んでしまった巴マミだが、特に熱心な支持者は現三年生に多い。
より正確に言うなら、彼女と同じクラスになった経験のある生徒にだ。
彼女は基本的に物腰が柔らかく面倒見のよい性格をしているため、自発的に同級生の世話を焼くことも少なくなかった。
そのことに恩義を感じ……というのはさすがに大袈裟だが、それを機に巴マミに好印象を抱くようになった学生達が今回の事件で熱狂的なファンに転じたというわけである。
つまるところ、彼女には元から潜在的な人気があったのだ。

「ねえねえ。私も魔法少女になれるかな? 叶えてほしい願い事があるんだ」
「うーん、残念だけど難しいでしょうね。魔法少女になれるのはキュゥべえに選ばれた子だけだから」
「キュゥべえねぇ。どうして私たちのところにはキュゥべえが来ないんだろ? それに魔女も使い魔も見えないしさ」
「あんなの見えない方がいいわ。みんなにはピンと来ないかもしれないけど、魔女は本当に危険な存在なの。街の人たちにとっても……私にとっても」
「巴ちゃん?」
「ごめんなさい。口でいくら危険だって言っても分からないわよね。実際に遭遇して戦ってみなければ、ね」

しかし、当の巴マミは周囲に対して心理的な壁を張っている。
魔法少女でない人間と本当に理解し合えるはずがない。
戦いの恐怖を知らない人間と真の友情を育めるわけがない。
彼女の胸中にはそのような精神的孤独が秘められていた。

彼女は称賛など求めていない。
いや、正確には上辺だけの賛辞を不要と断じている。
大変だね、お疲れ様、ありがとう。
口でなら何とでも言える。
いくらでも感謝の言葉を吐ける。
だが、結局彼らは彼女の本質的な部分を理解できていないのだ。

自分が魔法少女であることを受け入れられ、遂にこれまでの努力が認められたと喜んだのも束の間、彼女はすぐに気づいてしまった。
彼らが見ているのは魔法少女という名の偶像、それも綺麗な部分だけだということに。
理由はすぐに見つかった。
彼らは巴マミという少女の実態を知らないのだ。
街の平和を守るために自分が流してきた血を、プライベートを犠牲にしてまで費やしてきた時間を、いつ訪れるかも分からない死の恐怖を。
だから言葉に重みがない。
心に響いてこない。
満たされない。

巴マミ自身、これを贅沢な悩みだと思ってはいる。
そもそも自分は魔女の脅威から人々を解放するという中沢の意思に感銘を受け、カミングアウトを決意したのだ。
決して周囲の理解を求めて行ったわけじゃない。
それは分かっている。

(分かってる。分かっているつもり。でも、私は……本当はそんなに強くないの)

彼女が真に欲しているものは理解者だ。
共に傷つき、苦痛を分かち合うことのできる戦友、すなわち魔法少女の仲間だ。

「ああ、そうそう。もしかしたら私、テレビに出られるかもしれないの」
「え!? マジで!?」
「この間、中沢くんにテレビ局に連れて行かれてね」
「すげー。いつ? どのチャンネル?」
「それは中沢くんの交渉次第だけど……」

(もし……もしも私がテレビに出て、それで有名になったりしたら。私と一緒に戦ってくれるって子が、会いに来てくれるかもしれない)

両親と死別し、特別親しい友人もおらず、恋愛とも無縁。
そんな彼女の縋る最後の希望が自分と同じ魔法少女であるというのは何とも皮肉な話であった。


****


同刻、二年生教室にて。
ホームルームが始まるまでのギリギリの時間を利用し、多くの生徒は友人達と雑談に興じていた。

「さやかちゃん、さやかちゃん。見てよ、これ」
「なになに? おっ、マミさんのDVDの新作じゃん。どうやって手に入れたの?」
「うん、中沢くんが昨日特別に融通してくれたんだ。まだ流通に乗ってない超レアものだよ」
「へえー。コネのあるやつはいいなぁ」

鹿目まどかと美樹さやかもその例に漏れず。
二人で楽しそうに巴マミのことを語り合っている。

「……解せないな。自分たちだって魔法少女になれる素質があるのに、どうしてマミに憧れを抱く? 君たちは既に対等な関係にあるんだよ?」

そんな彼女達の間に割って入る一匹の獣がいた。
その名もキュゥべえ。
常人には見ることすら適わぬ超常の存在にして、地球に魔法というオーバーテクノロジーを持ち込んだ張本人である。

「いやいや、対等なわけないって。私みたいなのが魔法少女になったところでファンなんか一人もできないっしょ。まどかくらい可愛い子ならともかくとしてさ」
「えー? そんなことないよ。さやかちゃんの方が私よりずっと可愛いよ」
「いやいやいや、まどかの方がもっともーっと可愛い!」
「……はぁ」

遡ること数日前、キュゥべえは新たに見出した二人の魔法少女候補、まどかとさやかに接触を図った。
自身を異常なまでに付け狙う暁美ほむらの襲撃を振り切ることは並大抵の苦労ではなかったが、強行するだけの価値はあると判断してのことだ。
巴マミという実物の魔法少女が周知された今、魔法が空想の産物ではなくなった今ならばスムーズに契約を結ぶことができるだろうと。
しかし、意外なことに彼女達は契約を渋った。
不思議に思い理由を尋ねてみると、どうやら巴マミの爆発的人気が敬遠の一因であるらしい。

「まったくもって理解に苦しむ。なぜ君たちはそれほどまでに自他の容姿にこだわるのか。僕にはみんな同じ顔に見えるよ」
「同じ顔は余計だっての……まあ、契約を急ぎたくない理由は他にもあるんだけどさ」
「おや、そうなのかい? 結構。よく考えてから決めるといい。まどか、君はどうする?」
「うーん……私は中沢くんとの約束があるから」
「ほう、彼か」

まどかの口から飛び出た中沢という単語にキュゥべえが反応を示す。
中沢――突如として巴マミに接近してきた奇妙な少年。
キュゥべえは彼の動向に大きな関心を抱いていた。

「彼はなかなか面白い。注目に値するよ」
「ねー。おもしろいよね」

中沢少年について特筆すべきことは、誰よりも先に魔法の存在を受け入れた思考の柔軟性と異常なまでに豊富な魔女に関する知識だ。
前者はともかく後者について不審に思い軽く鎌をかけたところ、どうやら彼は魔法少女の末路に至るまで全て知り尽くしているようだった。
同様に秘密を握る暁美ほむらと異なり、彼は正真正銘一般人のはず。
一体どのような手段をもって真相に辿り着いたのか、皆目見当がつかない。
せっかくの知識をもてあまし気味なところは減点対象だが、その部分を差し引いてなお興味をそそられずにはいられない希有な個体と言えよう。

そんな彼の行動目的は、魔法少女が戦う必要のない世界を作り出すというものだった。
この宣言を絵空事と笑い飛ばすつもりなどキュゥべえには毛頭ない。
むしろ是が非でも実現させるべきだとさえ考えている。
というのも、人類が魔法少女に頼ることなく自ら魔女を駆逐できるようになればインキュベーター側としてもいろいろ捗るし、何より共生相手の技術革新は歓迎すべきことだからだ。

「変わろうとする意志はそれ自体が一つの力だ。かつて人類を新たな進化へと導いた魔法少女たちは皆それを持っていた。種の繁栄のために殉ずる精神、これは僕らの理念に通じるところがある」
「キュゥべえたちの理念?」
「人類の発展に寄与することと宇宙の保全に尽力すること。この二つにどれほどの差があろうか。俯瞰的に見ればどちらも人の益、ひいては自益となる。違うかい?」
「え? えっと……」
「答えられないのかい? まったく近頃の少女ときたら……」

まどかの反応が芳しくないことに不満を覚えたのか、キュゥべえがつまらなそうに鼻を鳴らす。
やがて、その尻尾の毛先でまどかの頬を軽く撫でると、何やら説教じみたことを言い始めた。

「君たちは変わった。いや、退化したと言ってもいい。これなら先史時代の猿人の方がよっぽど理解力があった」
「くすぐったっ! キュゥべえ、ちょっと落ち着いて……」
「全体より個を優先する愚を自ら犯しておきながら、いざとなれば願いと対価が釣り合わないと不平を漏らす。ナンセンスの極みだ」
「なんかいきなり語り出したね。どうしちゃったんだろ?」
「さ、さあ……?」
「どう考えても人間の方が宇宙より先に滅ぶ。だから自分たちには関係ない。これが昨今の魔法少女たちの常套句だ。浅ましいにも程がある」
「うん、うん……」
「よく考えてみるんだ。宇宙に寄与すること以上の社会貢献が他にあるかい? 最近の人類は個々の命を重く見過ぎだ。長生きしたところで何が成せるというわけでもないのに」
「うーん……よく分からないけど、人の考えが時代と共に変わるのは当たり前のことだと思うんだ。それに人類全体のためとか言われてもピンと来ないだけで、誰かを思いやる気持ちは今の人間にもちゃんとあるよ」
「ふむ……」

キュゥべえは口を閉じ、しばし黙考する。
なるほど、鹿目まどかの意見は至極もっともだ。
人間は感情という未熟かつ不安定な特性を備えているがゆえ、世代間における思想のぶれ幅が激しい。
例えば、少し前までお家のためお国のために奉仕することが美徳とされていたにもかかわらず、それからすぐ後の現代社会においては個人主義が隆盛を極めている。
この急激な思想の推移こそがインキュベーターと魔法少女達との間に生じた軋轢の原因なのだろう。

「価値観の変遷、か。これがジェネレーションギャップってやつなのかな」
「うわっ、ジェネレーションギャップなんて久々に聞いたよ。もう誰も言ってる人いないよ、それ」
「なんだって? あんなに普及してたのにもう死語になったのか」
「ああ、ちなみに死語って言葉自体死語だから」
「えっ? さすがにそれは嘘だろう?」
「それが嘘じゃないんだな。ねえ、まどか?」
「うん、本当だよ」
「馬鹿な。言語体系の変化が早すぎる。何かの間違いだ」
「そんなこと言われても実際そうだとしか……あっ、もしかしてキュゥべえって意外とおじいちゃんだったりする? 何かとつけて昔はよかったとか言い出すし、たまに妙に説教くさくなるし」
「むぅ。僕を年寄りと誹るか」

嬉々として自分をからかおうとしてくる少女達に調子を合わせつつ、キュゥべえは今後のことを考えていた。
そろそろ現システムの見直しを行うべき頃合いなのかもしれない。
現在の魔法少女システムが確立してから既に何百万年もの時が流れたのだ。
当時つくられた制度が現状にそぐわなくなるのも当然のこと。
幸い鹿目まどかから回収できるエネルギー量は膨大である。
しばらく活動を休止し、研究に専念したところで問題はないだろう。

「まあいいさ。あながち的外れでもないし。せいぜいこの老いぼれに孝行しておくれよ、まどか」
「うん?」


****


平和な日常に退屈していなかったか?
そう聞かれたとき、迷わずノーと答えられる自信はない。
年頃の少年少女ならば誰もが抱くだろう非日常への憧れ。
自分も心の奥底ではきっとそれを求めていたのだ。
まどかはつくづくそう思う。

中沢によるすっぱ抜き以降、学校はとても賑やかになった。
魔法という嘘みたいな現象を自在に操る魔法少女の姿を一目見ようと、巴マミの教室は連日ギャラリーで溢れ返っている。
校内に漂う浮ついた空気を一部の教員はよく思っていないようだが、今のところ厳しく注意されたことはない。
おそらく中沢が、これはクラブ活動の一環ですと声高に主張しているため干渉を躊躇しているのだろう。
生徒の自主性を重んじるという学校案内に書かれた売り文句にどうやら嘘はないらしい。

「キュゥべえの姿、クラスのみんなには見えてないみたいだね」
「だね。魔法少女の素質持ちはレアだって話、本当だったんだ」

鹿目まどかは想起する。
キュゥべえ、魔法少女の契約を司る白き獣。
彼がまどかのもとにやって来たのはつい先週のことだ。
まどかが自室で中沢の書いた記事集を熟読していると、窓の外からカリカリと引っ掻くような音が聞こえてきた。
木の枝でも引っ掛かっているのかとカーテンを開けてみると、なんとちょうど今読んでいる小冊子、その三ページ目に掲載されたイラストと瓜二つの珍獣がガラスに爪を立てているではないか。
魔法少女好きが行き過ぎてとうとう幻覚まで見るようになったかと頬を抓るも、返ってきたのは明確な痛み。
これは幻なんかじゃない。
そう認識した瞬間、まどかはいてもたってもいられなくなり、勢いよく窓を開いた。

「キュゥべえ……」
「やれやれ、僕も有名になったものだ。別にいいけどさ」
「うそ……本物?」
「おや、僕に偽物がいるのかい? そいつは初耳だ」
「ど、どうして? 私なんかのところに……」
「それこそ言うまでもないことさ。僕が君を訪ねてきた。この時点で答えは出ている」
「う、うん。でも、はっきり口に出して言ってほしいんだ。まだ信じられなくて……」
「変わった子だね。いいだろう。鹿目まどか、僕と契約して魔法少女になってよ」

あのとき、興奮のあまり中沢に報告の電話をしていなければ自分は今頃魔法少女をやっていたのだろうなぁと、まどかはしみじみ思い返す。
本音を言えば、すぐにでも魔法少女になりたい。
バンバン魔法を使ってみたいし、街の平和も守りたい。
だが自分は交わしてしまった。
中沢少年との約束を。
彼にあそこまで熱く語らせておいて、それでも魔法少女になろうとするのは不義理以外の何物でもない。
それに母も言っていた。
男が一念発起したときは成し遂げるまで見守ってやるのが良い女の条件だと。

「……そういやさ」

ふと思い出したかのように自分の親友、美樹さやかが呟く。
彼女もまたキュゥべえに見出された魔法少女候補の一人。
何でも先日、上条恭介のお見舞いに行く途中にいきなり声をかけられたのだとか。

「仁美のやつ、今朝は待ち合わせの場所に来なかったよね。今もまだ来てないみたいだし、もしかして休みなのかな?」

そうだ。
今日はいつもの三人のうち一人が欠けている。
まどかのもう一人の親友、志筑仁美含む三人組はたいていの場合、連れ立って登校するようにしているのだが、今朝はその仁美が定刻になっても姿を見せなかった。
仕方なく二人で先に学校へ来たわけだが、始業時刻すれすれになっても現れないということは病欠でほぼ確定だろう。

「ん……メールの返信がないってことはそうなんじゃないかな。先生に聞けば分かると思うけど」
「そっかぁ……あっ、仁美で思い出したんだけどさ。この前、中沢にケーキ奢ってもらったんだ」
「ケーキ?」
「ほら、例のあのお店。あそこで仁美と一緒にケーキセット食べさせてもらったのよ。めっちゃうまかったです」
「えぇっ! 二人だけずるいよ! 一体いつの話?」
「先週の金曜くらいかな。なんか中沢が仁美のことナンパしてる風に見えたから止めに入ったんだ。そんで後は流れで……」
「え? 中沢くんって仁美ちゃんのことが好きなの?」
「え?」
「おいそれマジかよ。中沢ごときが志筑さんに懸想するとかありえねえだろ」
「なになにー? 誰が誰のこと好きだってー?」
「いや、中沢がさ……」

哀れ中沢。
噂というものは本人の知り得ぬうちにいつの間にか作られていくものである。

「ういーっす。はよざいあーす」

と、噂をすれば何とやら。
中沢が教室に入ってきた。

「あっ、中沢だ」
「おい、中沢! お前、志筑さんに惚れてるって本当かよ!」
「は?」

まるで身に覚えのない追及に中沢が目を点にする。
しかし、すぐに平静を取り戻すと面倒くさそうな顔で当事者に助けを求め出した。

「なんで俺がお嬢に……おい、お嬢。あんたからも何か言ってやってくれよ。お嬢? おーい。お嬢はどこだ? 来てないのか?」
「うん。今日はお休みみたい。私たちにも連絡寄こせないくらいだから、たぶん相当悪いんだと思う」
「……なに?」

まどかが仁美の不在を伝えた途端、中沢の表情がひどく険しくなった。
自分に対し熱弁を奮ったあのときと同じ真面目な顔だ。

「一切連絡がないのか? 一切? まさか……鹿目ちゃん、すまんが詳しく教えてくれないか」
「う、うん」

いつもそれくらい引き締まった顔つきでいればいいのにと思いながら、まどかが今朝の状況を説明すると、中沢は眉間に皺を寄せ低く唸った。

「……ちっとばかし、まずいことになったかもしれん」
「まずいって何が? 仁美ちゃんに何かあったの?」
「分からん。今から確かめる」

言うや否や、中沢が廊下へと飛び出す。
その背中は気持ちとても頼もしく見えた。

「中沢くん!? ちょっと待ちなさい! もうホームルームが始まりますよ!」
「早乙女先生! 見逃してください! 下痢なんです!」

やっぱり駄目かもしれない。
頼りになるのか、ならないのか。
まどかには中沢という人間がいまひとつ分からなかった。


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