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No.32371の一覧
[0] 【習作】中沢くんはどっちでもいいから生き残りたいようです【憑依・魔法少女まどか☆マギカ】[たいらん](2012/03/23 16:17)
[1] 第二報告 『中沢の中学生日記』[たいらん](2012/03/30 16:17)
[2] 第三報告 『中沢のお宅訪問』[たいらん](2012/04/06 16:24)
[3] 第四報告 『中沢の苦悩』[たいらん](2012/04/13 18:49)
[4] 第五報告 『中沢の転機』[たいらん](2012/04/27 19:35)
[5] 号外 『それぞれの群像』[たいらん](2012/05/18 22:03)
[6] 第六報告 『中沢、病院送りにされる』[たいらん](2012/07/02 01:21)
[7] 第七報告 『中沢、語る(騙る)』[たいらん](2012/08/06 10:12)
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[32371] 第五報告 『中沢の転機』
Name: たいらん◆29f658d5 ID:faef20ab 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/27 19:35
太陽が沈み、月がその姿を色濃くしていく。
僅かに欠けた楕円形の月だ。
周囲の星が見えなくなるほどの明るさを備えたそれは光源として十分機能し得る。
そんな月明かりの下、俺はグリーフシードをデジカメで撮影しながら様々なことに思いを馳せていた。
例えば今は去りし故郷のこと。
例えばこれからやって来る少女のこと。
例えば……どうして俺はこんな、無駄な足掻きを続けているのかということ。

だってそうだろ?
残り十数日で一体どうしろというのだ?
俺みたいな凡夫に何ができる?
ここまでやれたこと自体が奇跡なんだ。
もう一人で逃げたって許されるはずだ。
気がつけば、そんなことばかり考える。

……一人で逃げる、か。
分かっている。
それこそ無理だ。
金もない家もない、ただの学生が一人生き永らえたところで意味はない。
こっちの両親を見殺しにして、クラスメイトや他の知人も全員置き去りにして、そうまでして生き延びたところで、俺に未来はない。
そうさ。
最初から分かっていた。
この状況は、詰んでいる。

……なんて言うと思ったか、馬鹿め!
逆境を前にして不敵に笑う!
それが中沢さんの真骨頂よ!
明日に世界が滅びようとも鼻クソほじりながら何とかしてやる!
具体的な方法についてはこれから考えるけど……っと、おいでなすったか。

「よう、三時間ぶり。急に呼び出して悪かったっすね」
「グリーフシードはどこ?」
「おおう、いきなり本題っすか。まずは天気の話から始めるのが全世界共通のコミュの取り方っすよ? というわけで、今日はいいお天気ですね」
「……グリーフシードはどこ?」

コミュニケーションブレイク。
俺に呼び出されてやって来た少女、暁美ほむらもまた余裕のない人間らしい。
最低限の愛想笑いを浮かべることすら放棄し、やたら威圧的に接してくる。
気兼ねなく呼び出せる荒事要員が彼女しかいなかったとはいえ、さすがに拙速過ぎたか。

「うん、まあ、挨拶は後でもいいか。ほれ、そこ」
「そこ……本当だったのね」

別に怒らせたいわけではないのでサクッと場所を教える。
作業がしやすいよう周りの自転車はあらかじめ移動させておいたから、どうぞじっくりお調べになってください。

「いやー、前々から怪しいと思ってはいたんすよ。巴先輩にあんまり興味示さないし、魔法の存在知っても全く動じないし。あと転校生ってところが特に怪しい!」
「……」
「なあ、暁美さん。写真撮ってもいいっすか?」
「駄目」

サービス精神の欠片もない対応をどうも。
いかにも煩わしげにあしらってくるところを見るに、彼女が俺に対し抱いている感情は無関心寄りの嫌悪といったところか。
少なくとも敵対視されてはいないようだが、どうでもいいと思われるのもそれはそれで悲しい。
こういった形で顔を合わせちまった以上、俺としては友誼を育んでおきたいんだがなぁ。

ああ、そうそう。
どうして俺が暁美ほむらと連絡を取ることができたのか、まだ話してなかったな。
実は、あのとき俺が電話したのは早乙女先生だったんだ。
担任なら生徒の携帯番号くらい把握していてもおかしくないからな。
仮に知らずとも両親の電話番号くらいは知ってるだろうから、どちらにせよ連絡は可能。
要するに、俺は先生を介して暁美ほむらの携帯に要件を伝えてもらったのよ。
病院の壁にグリーフシードと思しき物体が突き刺さってるから早く来いってな。
さすがの彼女といえど先生からの着信を無視できるはずもなく、こうして呼び出されて来たってわけだ。

「……まだ孵りそうにないわね」

暁美ほむらはしばらくグリーフシードを観察していたが、やがてぽつりとそう零した。
どうやら現時点で魔女が孵化することはないらしい。

「そうか。けど、ずっとこのままってわけにもいかないだろ。どうするんだ?」
「心配しなくても、これは私の方で処理しておくわ。だから、あなたは下手に騒ぎ立てないで」
「それは今回の件を記事にするなってことか? 別にいいじゃないか。何を隠す必要がある?」
「……はっきり言われなければ分からない? 見世物にされるのは御免だと言っているの」
「む……」

何とも、辛辣なお言葉だ。
そんなことはしていない、事実無根だ、と切って捨てるには心当たりが多過ぎる。
嬉々として魔法を衆目に晒す巴マミの姿を、この娘はどのような思いで見てきたのだろうか。
その心境を推し量ることはとてもできそうにない。
――だが、俺が面白半分でこんなことを仕出かしたと思われるのは業腹だ。

「見世物か……そういう側面があるのは否定しない。けどな。いつか誰かがやらなければならなかったんだ。この世界の裏側を、大衆に知らしめてやらなきゃならなかったんだ」
「その役目をあなたが担うと? 随分と高尚な志ね。勝手になさい」
「お前さんは協力してくれないのか?」
「私を余計なことに巻き込まないで。悪性のイレギュラーではないと判断したから今まで見逃してきたの。障害となり得るなら容赦しないわよ」

にべもなし。
せっかく俺の方から歩み寄ろうとしているのにこの態度である。
彼女にとってキュゥべえが悪魔か何かなら、差し詰め俺はブンブン喧しい羽虫か何かなのだろう。

「……オーケイ。俺はお前さんに対し、これまで通り不干渉を貫く。それでいいんだな?」
「そうね。そのように」

暁美ほむらはこれ以上話すことはないと言わんばかりに背を向けると、以降だんまりを決め込んでしまった。
分かってはいたが、やはり相当気難しい子だ。
そうだ。
俺は彼女の事情を知っている。
だから別に怒る気はない。
怒る気はないのだ。

「……何を録っているの?」
「え? ビデオ撮影も駄目っすか?」
「駄目に決まっているでしょう。カメラを渡しなさい」
「いやいや、これくらいサービスしてくれたっていいじゃないっすか。なにか衝撃映像が映ってるわけでもあるまいに」
「いいから早く」
「やーだよ」
「……!」

ほう、これは珍しいものを見た。
俺が無断で撮影を行い、なおかつカメラの引き渡しを拒否してやると、暁美ほむらの表情が明らかにムッとしたものに変わった。
俺的にはちょっとした意趣返しのつもりだったんだが、なかなか面白い反応をしてくれる。

「ほれ、取ってみんしゃい。ほーれほれー」
「……!!」

もう少しばかり意地悪がしたくなった俺は限界まで爪先立ちし、右手のビデオカメラを天高く掲げ上げた。
あまりにチビ過ぎる鹿目ちゃんは例外として、この子も大して上背があるわけじゃない。
170近くある俺からカメラを奪取するのは並大抵の苦労ではないはず。
もっとも、魔法少女の身体能力があれば軽くジャンプしただけで奪えちまうだろうが。

「ほーれ、ほ……ッ!」

――衝撃。
右脇腹を抉られたかのような圧倒的苦痛。
膝が笑い、息が詰まる。
手の平からカメラがこぼれ落ち、鈍い音を立てて破損したが、そんなことはどうでもいい。
痛い。
ただ痛い。
何が起きた?
殴られたのか?
そうだ。
土手腹を思いっきり殴られたのだ。

「おま……パンチってお前……うぇぇ……」
「……大丈夫?」
「し、死ぬ……吐きそ……」
「ごめんなさい。一応手加減はしたんだけど……」

本日の教訓。
魔法少女を怒らせてはいけない。
言っちゃ悪いが、この子マジで化け物だわ。
一体いつ殴られたのか見当もつかない。
踏み込んでくる姿すら見えなかった。

「カメラ……壊れちゃったわね。弁償した方がいいかしら?」
「けっこうです……同好会費で落としたものなんで……」
「そう……」
「はい……」

一般人をぶん殴ってしまい、天下の魔法少女様もだいぶ動揺しておられるようだが、俺はお腹が痛くてそれどころじゃないよ。
手加減してこの威力って、全力出したら貫通余裕なんじゃねえの?
時間も止められるし、完全にDIO様だよ。
……いや、ほんと痛いわ。
許せん。
よーし。

「お腹痛いです……」
「……ごめんなさい」
「さすったら、少しはよくなるかな……って、うわぁぁ!!」
「ど、どうしたの!?」
「腹が! 俺の腹が!」

なんということでしょう。
腹をさすって痛みを誤魔化そうと思い至り、制服を捲ってみたら吃驚仰天。
お腹が見事に陥没しているではありませんか。
フッ、我ながら名演だな。

「あかん! これ死んでまう!」
「……お腹引っ込めてるだけじゃない」
「そんなことはない! 本当にへこんでるんだって!」
「……うそつき」
「いだぁッ! おま、青痣押すんじゃねえよ!」
「ほら、やっぱり」
「やっぱりじゃねえ! 痛いのは本当なんだよ!」

この女ァ……。
俺はただ腹部を限界まで引っ込めて、あたかもパンチで凹んだかのように見せかけるというささやかな悪戯がしたかっただけなのに……。
何も追い打ちかけるこたぁねえだろ。
てか微妙に笑ってないか、お前!

「いってぇなぁ……くそぅ」
「中沢くんって物怖じしない人だったのね。初めて知ったわ」
「……そういうお前さんは無礼なやつだ。前から知ってたけど」

物怖じしない、ねぇ。
果たして額面通りに受け取っていいものか。
もしかしたら殴りかかってきたのは飽くまで激昂したフリであり、最初から俺への牽制が目的だったのかもしれない。
ふと見れば、暁美ほむらの表情はいつもの似非ポーカーフェイスに戻っていた。
こいつ……俺に心理戦を仕掛けているのか?

いや、まさかな。
そこまで計算高い子じゃないだろう。
何にせよ、せっかく掴んだ会話の糸口だ。
せいぜい膨らませてみようか。

「しかしあれだな。魔法少女ってやつは難儀だな。いちいち力をセーブしなきゃならないんじゃケンカするのも一苦労だろ」
「さあ、どうかしら。私、ケンカなんてしたことないもの」
「したじゃん! ついさっき! 俺に対して!」
「あれは私からの一方的な暴力よ。とてもケンカとは呼べないわ」
「ふむ……」

言われてみれば、確かにその手の経験は積んでなさそうだ。
魔法少女同士の争いをケンカと呼ぶには血生臭過ぎるし、キュゥべえに至っては完全な虐殺だ。

「じゃあ口喧嘩は? 女のそれは男と比べてだいぶえげつないって聞いてるけど?」
「そっちなら何度か……いえ、最近はご無沙汰かもしれないわね。どうしても先に手が出てしまって」

それはキュゥべえのことだよな?
そうなんだよな?
こえーよ。

「ねえ、私からも一ついいかしら?」
「どうぞ。一つと言わずいくらでも」
「そう? なら、いくつか聞かせてもらうわ。まず巴マミのことについてなんだけど」
「ん? 呼び捨て?」
「……巴先輩のことについてなんだけど。彼女とはどうやって知り合ったの?」

おお、やっと質問してくれたか。
今か今かと毎日のように待ちかねていたぞ。
……正確には戦々恐々としていたと言うべきだろうが。

「そうさな……あの人との出会いは完全に偶然の産物だった。行方不明事件が頻発してる地区を取材目的で練り歩いてるとき、先輩が魔法使って人助けしてる現場をたまたま目撃しちまってな」
「たまたま?」
「たまたまさ。それはそれはカッコよかったぜ。リボン取り出してスパーンってお姉さんのこと巻き上げてさ」
「ふーん……じゃあ次ね。学校が今みたいな騒ぎになっているのはどうして?」
「へっへっへ、よくぞ聞いてくれました。そいつは主に俺と巴先輩が協力して魔法についてあれこれ布教して回ったからよ。ここまで来るのに苦労したぜ、ほんと」
「待って。話が飛んでるわ。あなたはどうやって先輩に近づいたの?」
「そりゃぁ……公衆の面前で逃げ道塞いで説得したのよ。土下座してな」
「……変な人」
「なにぃ!」

俺はちゃんと正直に話したのに。
何故そんな珍獣を見るような目で見るんだ。
不愉快です。

「次よ。あなたの書いた記事、拝見させてもらったわ。なかなかよく書けてるじゃない」
「恐縮っす」
「でも、あの内容はなに? どこから情報を仕入れたの?」

うーむ。
まあ、そこは突っ込んでくるわな。
こいつに巴先輩と同じ誤魔化しは効かんだろうし、はてさて困った。
……適当に嘘こくか。

「そいつは魔女の項目のことを言ってるんだよな? 残念ながら教えられん。企業秘密だ」
「なんですって?」
「逆に聞くが、何でそんなことを知りたがる? これまで先輩との接触を避けてきたお前さんが、他の魔法少女の存在を探ろうとする理由は何だ?」
「……他の魔法少女?」
「おーっと! 今のなし! 聞かなかったことにしてくれ!」
「誰? 誰から聞いたの?」
「俺はもう一言も話さん! これ以上墓穴を掘るのは御免だ!」
「……」
「なんだその指は! また青痣押す気か! やめ、やめろ! アッー!」

本日の教訓その二。
答えを持ち合わせていない身での拷問は堪える。

「だからな? 詳しいことは俺も知らんのだ。その人は昔オカルト特修組んだときに当たった取材対象の一人でしかなかったし、名前も住所も電話番号も聞いてない。つい最近まで存在を忘れてたくらいだ」
「本当にそんな人がいたの?」
「いたと言うしかないだろう。魔女のデータは全部その人からもらった。当時は超常現象の類なんて信じてなかったからな。実に勿体ないことした」
「……まあいいわ。これ以上内出血させるのも可哀想だし」

た、助かった……。
やっと青痣ぐりぐりから解放されたぞ。
この女、やっぱり最初から全部計算づくだったんじゃねえの?
暁美ほむら……手強いやつだ。

「……すっかり夜になっちゃったわね」
「そうだな。月明かりがなければ真っ暗で何も見えないくらいだ。魔法少女は夜目も利くのか?」
「利くわね。ある程度なら……そういえば、一番大事なことを聞き忘れていたわ」
「一番大事なこと? 言ってみろ」
「あなた、どうして私が魔法少女だって分かったの? 状況証拠こそ複数あれ、どれも確証を得るには至らないものばかり。どうして?」

前言撤回。
こいつはただのアホの子だ。

「阿呆か、お前さん。自分の指を見てみろ。見事なまでの物的証拠が嵌ってるじゃないか」
「……ああ」
「ソウルジェム、だったか? そんなのこれみよがしに見せつけておいて、どうしてもクソもないだろ」
「……」
「落ち着け。今この場で指にハンカチ巻き付けて何になる」
「勘違いしないでちょうだい。これは明日からの備えよ。クラスメイトに見つかって騒ぎになるのを防ぐためのね。多少不格好だけど仕方ないわ」
「……外せばいいだろ。懐にでも仕舞っとけ」
「ああ」

ああ、じゃない。
この子、本当に大丈夫なのか?
魔法関連抜きで将来が心配だよ。

「質問終わりか? それなら俺はもう帰るけど」
「そう、ね。聞きたいことには大体答えてもらったわ」
「そうかい。じゃあ、また明日。学校でな」
「ええ、また明日。今日のこと、誰にも言わないでね」
「言わない言わない。じゃあな」

本日はこれにてお開き。
俺は誰かさんと違って紳士だからな。
手負いの相手に追い打ちかけるような真似はしないさ。
この優しさに感謝しろよ。

自転車を押しながら駐輪場を後にする。
腕時計を見れば、時刻は既に午後八時を回っていた。
どうりで暗いわけだ。
暦の上ではあと一月もしないうちに夏を迎えるのだが、実際のところ夜はまだ肌寒い。
なんとなく後ろを振り返ってみると、暁美ほむらが一人グリーフシードと睨めっこしている姿が見えた。

……俺は何をやっているんだ。
女の子を寒空の下に立たせておきながら自分はさようならって、人として間違ってるだろ。
まして彼女を呼び出したのは他でもないこの俺。
ここで帰っちまったら信義にもとる。
そう考えた俺は急ぎチャリを走らせ、近くのコンビニに駆け込んだ。
そして十分後。

「おーい! 暁美さーん!」
「……? まだ何か用でも?」
「いやなに。俺も一晩ご一緒させてもらおうかと思ってね。ほれ、差し入れ」

わずか十分足らずで引き返してきた俺を怪訝そうな顔で見てくる暁美ほむらにビニール袋を手渡す。
袋の中身はホットのコーヒーにお茶、おにぎりに菓子パン、使い捨てカイロに週刊誌等々いろいろだ。
これだけあれば夜明かしのお供には十分だろう。

「これから寝ずの番だろ? 俺なんかがいたところで何の役にも立たないだろうが、せめてこれくらいはさせてくれ」
「はぁ……どうも」
「いいって、いいって。むしろ礼を言うべきなのは俺の方さ。暁美さんたち魔法少女が一生懸命戦ってくれるから、俺達はこうして平穏無事にいられるんだ。ありがとう」

魔女と魔法少女の関係性を知っている身として彼女達に対し思うところがないわけではないが……まあ、礼くらい言っても罰は当たるまい。

「おにぎり食う? 晩飯まだなんだろ?」
「……私は」
「ん?」
「私は……あなた達のために戦っているわけじゃない」

まさかのマジレスに袋を漁る手がぴたりと止まる。
思わず顔を上げると、目の前の少女は何とも言い難い複雑な表情をしていた。

「差し入れありがとう。気持ちだけ受け取っておくわ。ここは危ないから、あなたはもう帰りなさい」
「な、なんだよ。いきなりどうした?」
「別にどうもしていないでしょう。私は至極当たり前のことを言っているだけ」
「いや、そうじゃなくてだな……」

これは俗に言う地雷を踏んだというやつか?
その割には怒りよりも困惑の色が濃いような気がする。
僅かながらも本音を漏らした彼女の意図は何だ?
自分が力を奮うのは鹿目まどかのためだけだという言外の主張か?
それとも自分は称賛されるに値しない人間だという自虐か?
はてさてどう返したものか。

「ははぁ。さてはお前さん、ひょっとしてあれか? あれなんだな?」
「あれ?」
「分かる。分かるぞ。俺もそういうの好きさ」
「なに? なんなの?」
「あくまで戦うのは己自身のため! 断じて人のためではない! そんな風にダークヒーローを目指してるんだろ? そうなんだろ?」
「……は?」
「大丈夫。暁美さんは超絶カッコいいよ。いつもクールだし、ダークな雰囲気ムンムンだよ」
「はぁ……」

うむ、三十六計逃げるに如かず。
困った時は話題を逸らすに限る。

「ダークヒーローの代表格といえばバットマンだよな。映画見た?」
「……入院してるとき、暇つぶしに」
「へえ。もしかして映画とかよく見る方?」
「そうね。病院には娯楽が少ないから。ビデオとか漫画とか、毎日そういうものばかり見ていたわ」
「漫画か……女子って少女漫画読んでるイメージあるけど、実際どうなの?」
「私は何でも読むわよ。昔は本当に暇だったから。青年誌にも手を出したくらい」
「カイジとか?」
「ふふっ」

笑った。
いや、吹き出した。
あの暁美ほむらが吹き出した。
ツボに入ったのか、カイジが。

「そっかそっか。ヤンマガなら俺はでろでろが一番好きだったな」
「ああ。私もあれ好き」
「好きってお前、小学生の頃からヤンマガ読んでたのかよ」
「それはお互い様でしょう?」
「ハハッ、違いない」

そういえば、でろでろも最終回でループネタやってたよなー、などとメタいことを考えながら俺達は漫画談義に花を咲かせたのであった。




第五報告 『中沢の転機』




夢を見た。
ひたすら惰眠を貪る楽しい夢だった。
……そろそろ起きないと。
辛く過酷な現実が俺を待っている。

「ん……」

夢の世界から無事生還を果たす。
空がほのかに明るい。
今は午前五時くらいだろうか。

「あら、起きたの? おはよう」

美少女からのモーニングコール。
こいつはご機嫌な目覚めだぜ……と言いたいところだが、体中がひどく痛む。
どうやら病院の壁にもたれながら眠っていたらしい。

「すまん。寝落ちした。グリーフシードは?」
「はい」
「いや、手渡されても困るんだが……その様子だと、寝てるうちに全部終わっちまったみたいだな」

流石は歩く火薬庫、暁美ほむら。
仕事が早い。

「……中沢くんって」
「あん?」
「本当に物怖じしないのね。いえ、危機感が足りてないのかしら」
「なんだって? そいつはどういう意味だ」
「私が魔女に殺されてたら、あなたも死んでたってこと。この至近距離だもの」
「あー……」

なるほど。
言われてみれば確かに。
グリーフシードのすぐ脇で寝入るとか馬鹿以外の何者でもない。
我が事ながら呆れる。

「そんなに手強い相手だったのか?」
「ええ、それなりに」
「そうか……悪かったな。危険な目に遭わせて」
「何を今更。そのために呼び出したのでしょう?」
「……!」

やっちまった。
俺よ、今のはねえだろ。
寝起きだからって今のはあんまりだ。
巴先輩とこの子を天秤にかけておきながら今更身を案じるようなことを言うなんて……俺は屑だ。

「そうだったな。つまらないことを言った。駄目だなぁ、俺ってやつは……ほんと駄目だなぁ……」
「……?」
「暁美さん、すまない」
「え? え!?」
「俺には何もできない。こうすることでしか、君に謝意を示せない」

アスファルトに両手、両膝、額を擦りつけ、許しを乞う。
今回ばかりはネタでも何でもない。
100パーセント謝罪仕様の土下座だ。

「すご……生まれて初めて土下座見ちゃった……」
「巴先輩ではなく、君を呼び出したのには理由がある。俺は、先輩に危ない目に遭ってほしくなかったんだ」
「はぁ……そうなの?」
「そうなんだ。すまなかった」
「ふーん……それはつまり、巴マ……先輩のことが好きってこと?」
「ああ、いや、そうじゃない。そういう色気のある話じゃないんだ。ただ顔見知りに傷ついてほしくなかった……それだけなんだ」

自身の発言のおぞましさに吐き気すら覚える。
思考が屑過ぎる。

「……そう。他人同然の私なら死んでもよかったと」

少女の口調が怒気を孕む。
当然だ。
こんなことを言われて腹の立たない人間はいない。

「それで? あなたは私にどうしてほしいの? 許されたい? それとも裁かれたい?」
「俺は……」

俺は……一体どうされたいんだ?
どうして俺は、こんな……。

「……顔を上げてちょうだい。同級生の土下座なんて、見ていて気持ちのいいものではないわ」

答えに窮した俺に痺れを切らしたのか、暁美ほむらが立ち上がるよう促してきた。

「しかし……」
「ほら。怒らないから」
「いや、怒っていいぞ。むしろ積極的に怒るべきだ」
「いいから」

それでも立つのを渋っていると、今度は頭をぺしぺしと叩かれた。
仕方なしに上を向く。

「おでこ、擦りむいてるわよ」
「そうか……」
「黙っていればよかったのに」
「……」
「知らん顔していればよかったのに。こんな偽善ぶった真似をされても対応に困るだけ」
「偽善……」

偽善。
その通りだ。
俺は一度、人を見殺しにしかけたことがある。
俺は現在進行形で巴先輩を、この子を、魔法少女達を利用している。
そんな俺に誰かの身を案じる資格なんてあるわけがない。

けど、俺だって好き好んで非道な行いをしてきたわけじゃない。
自分で言うのも何だが、俺はそこまで悪党じゃないんだ。
クールでドライ?
人は利用してなんぼ?
そんなわけあるか。
俺はただの一般人だ。
感性だって普通なんだ。

この先何が起きるか知っている。
未来に関する知識がある。
これはアドバンテージでも何でもない。
ただの呪いだ。
無力な凡人を駆りたてる、自分が何とかしなければならないと思わせる、強迫観念にも似た衝動だ。

「要は優先順位の違いでしょ? どうでもいい相手を下位に置くのは当然のこと。私だってそうするわ」

どうでもいい?
大事じゃないってことか?
じゃあ、俺にとって大事な存在って誰だ?
俺は異邦人だぞ。
両親すら本物じゃ……違うか。
偽物なのは俺の方だ。

それじゃ何か?
俺は最初から自分のためだけに動いていたのか?
大事なものがない。
守るべきものがない。
ならば俺は何のために……。

「――そうか」
「?」
「そうだ。そうだよ。難しく考えることなんてなかったんだ」

確かに今の俺にはそこまで大切と思える存在がない。
それは認めよう。
では逆に大切でない存在とは何だ?
クラスメイトと一緒に馬鹿をやるのは楽しいし、早乙女先生をはじめとする教員の方々も皆いい人達ばかりだ。
鹿目ちゃんと巴先輩については語るまでもなく、この子、暁美ほむらもなかなか憎めないところがある。
こっちの両親は……まだよく分からない。
面と向かって話すのを意図的に避けてたからな。
今日帰ったら、ちゃんと会話してみよう。

「どうでもいい人間なんかいない。人に順位なんかつけられない。誰かを利用するなんてもってのほか。当たり前のことなのになぁ……なんで忘れてたんだか」
「突然何を言い出すかと思えば……あなた、ついさっき私に言ったこと覚えてる?」
「もちろん覚えてる! 俺が間違っていた! すまなかった! お詫びに俺にできることなら何でもする!」
「……躁鬱なのかしら、この人」

暁美ほむらには気味の悪いモノを見るような目で見られたが、別段痛くも痒くもない。
何故なら俺は悟ったからだ。
俺は悟った。
悟ったぞ。

「いや、本当に悪いと思ってるよ。だから土下座してるわけだし」
「別に土下座はいいけど……急に平等主義に目覚めた理由は何?」
「おっと、そいつは勘違いだ。俺の精神に平等も博愛もない。単にごく普通の倫理観を思い出せた。それだけのことなんだ」
「……あなたが何を言っているのか、さっぱり分からないんだけど」
「うーん、つまりだな。俺は暁美さんに対し、親しみを感じてるってことだ。少なくとも、ひどい目に遭ってほしくないと願うくらいには」
「はぁ? よくそんな寝言が言えるわね。私とあなたがまともに話したのは昨日が初めてなのよ?」
「その昨日の与太話が楽しかったんだよ。うちのクラスの連中ったらひどいんだぜ。俺の好きな漫画の話題に全然乗ってこねえんだ。どうも少年誌しか読んでないらしくってさ」
「ちょ、ちょっと待って」
「はい、待ちます」
「えっと……すると何? あなたは昨日少しばかり話をしただけで、他人同然の私に好意を抱くようになったということ?」
「そうだよ。だから土下座したんだ。本気で謝りたいと思ったから」

俺が本心のまま答えると、暁美ほむらは天を仰いだ。

「これってアレよね……なんというか……」

彼女はこめかみを揉みながらしばらく一人でむにゃむにゃ呟いていたが、やがて深く溜め息をつくと、土下座中の俺に目線を合わせるようしゃがみ込んできた。

「あなたみたいな動物、見たことあるわ」
「動物?」
「犬よ、犬。ちょっと遊んでもらっただけでコロリと懐くなんて。あなたの将来が心配でならないわ」
「む……」

犬、犬って。
ここまでリアクションに困る評価を下されたのは生まれて初めてだ。
まず褒められていないことだけは分かるが……。

「そういえば、まだ答えを聞いていなかったわね。あなたは結局どうされたいの?」
「どうって……もしかして、さっきの許す裁くってやつか?」
「どうされたい?」
「質問を質問で返すなって、先に返したのは俺か。んー……その、なんだ。俺は、許しが欲しい」
「駄目。許さない」
「そ、そんな……自分から聞いといてそれ?」
「口は災いの元よ。勉強になってよかったじゃない」
「うぶぶ」

思わぬ返答に困惑していると、いきなり人差し指で唇をなぞられた。
しかも嬲るように二往復。
まさかこいつ、俺を虐めるためにしゃがんだのか?
こえーよ。

「はい、裁き終わり。許します」
「へ?」
「聞こえなかった? これで許してあげると言ってるの」
「え、マジで?」
「マジ。言ったでしょう? 怒らないって」

予想に反し、俺は思いの外あっさり解放された。
その口ぶり通り、俺の正面にいる少女に怒りの様相は全く見られない。
相変わらず愛想の欠片もない仏頂面ではあるが。
しかし、今のが裁き?
うーむ。

「あら大変。見なさい。もう六時よ。いい加減立ち上がらないと遅刻するんじゃない?」
「うげっ、六時? 今から帰って風呂入る時間あるかな?」
「さあ? 頑張ればあるんじゃない? それじゃ、私はこれで」
「おう! また学校でな! 急げ急げー」
「……そうね。また学校で」

俺は自転車に跨りながら考える。
昨日と今日はいろんな意味で有意義な時間を過ごせたと。
何も特別な出来事があったわけじゃない。
したことと言えば暁美ほむらとの雑談だけだし、起きたことと言えば俺の内面の変化だけだ。
それでも、俺にとってはこの上なく有意義な時間だった。

俺なりの解に、辿り着けたような気がしたから。


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