「ジャーナリズム同好会でーす。現在魔法少女特集やってまーす。記事は無料ですのでご自由にお取りくださーい。ご家族の方にも是非見せてくださーい」
魔法少女巴マミの協力を取り付けてから早数日。
俺こと中沢は見滝原中学校正門前にて、ティッシュ配りのアルバイトよろしく登校途中の学生達にとある小冊子を配布していた。
ちなみに何を配り歩いているのかというと。
・魔法少女のお仕事♪
・キュゥべえって何なの?
・とっても危険な魔女図鑑!
・注意-契約の際はご両親とよく相談しましょう
などなど魔法関係の情報がぎっしり詰まった特集記事を配っているのだ。
小学生でも理解できる平易な文章とグロテスクなイラストを交えた分かりやすい解説が自慢のこの一冊。
魔法少女監修の出版物が無料で読めるのは見滝原中学校ジャーナリズム同好会だけ!
もっとも、大半の内容は俺一人で書き上げたものだが。
「ねえ、中沢くん。この犬っぽいのが魔女なの?」
「そうっすよ」
「こっちの黒ずくめのやつも?」
「そっちもっす。中沢くん嘘書かない。てかバイト仕事しろ」
「うん、キリのいいところまで読んだらね」
バイトとして雇った桃色髪のおチビちゃんが現在目を通しているのは『犬の魔女』と『影の魔女』の項目だ。
説明文はwikiのコピペ、前者のイラストは適当に妄想して描いた。
巴マミの知らない情報を掲載して大丈夫なのかと思われるかもしれないが、逆に言えば既知の情報を載せたところで意味はない。
知っているということは、既に倒してしまっているということなのだから。
「へー……このぬいぐるみ、第二形態まであるんだ。でもチーズが弱点ってなんか間抜けだね」
「怪物の弱点がしょぼいのは神話の時代からのお約束っす」
というかアレだ。
この記事は実質、巴先輩のために作ったようなものだ。
やたら充実した『お菓子の魔女』の項目が何よりの証拠。
ぬいぐるみの口から蛇のような中身が飛び出してくる旨と、再生を司る使い魔が別個に存在する旨をみっちり書いておいた。
我ながらお節介だとは思うんだが、どうしてもアニメの印象が拭えなくてな。
俺の知らないところである日ぽっくり逝くんじゃないかと不安なんだよ。
当然、先輩からいろいろ追及を受けたわけだが、そこはとある人物の存在を仄めかすことでどうにかこうにか誤魔化した。
「実は先輩と会うよりも前に、別の魔法少女に会ったことがあるんです。赤髪ポニテの可愛らしい娘さんに。名前? 教えてくれませんでした」
「冊子に書かれた魔女の情報は全て彼女から買い取ったものです。おかげで貯め込んでたお年玉が一気になくなっちゃいましたよ」
「あの子は俺の考えに賛同してくれませんでした。飯の種を世間にバラすなんてナンセンスだと。だから俺、先輩には本当に感謝してるんです」
大体こんな感じで言いくるめた。
分かっているとは思うが、全部でっち上げだ。
俺は佐倉杏子に会ったことなどない。
いや、そもそも誰とは明言していない。
巴マミが俺の話から勝手に推測して勝手に納得した。
ただそれだけのこと。
「すみません。一部もらえますか?」
「あざーっす。さあ、鹿目ちゃんも仕事に戻った戻った。記事は後でいくらでも読めるっしょ」
「もう少し、もう少しだけ。マミさんのインタビュー読んでから」
「……講演会の特等席の件、無しにされたいっすか?」
「頑張ってきびきび働くよ!」
報酬を盾に脅され、慌てて冊子配りに戻るバイトもとい鹿目まどか。
分かり切っていたことだが、彼女は巴マミに相当熱を上げている。
隙あらば巴先輩の周りをうろちょろしようとする鹿目を抑えつけるのは大層骨が折れた。
こうして一緒に冊子を配布しているのも、歩く時限爆弾たる彼女を出来る限り俺の手の届く範囲に置いておくためだ。
キュゥべえが鹿目に接触するまでの僅かな間とはいえ、悪足掻きをしておくに越したことはないからな。
「ねえ、君。今日も巴さんのトークショーあるの?」
「もちろんありますよ。その後はグラウンドでパフォーマンスショーやるんで是非ご来場ください。はい、記事どうぞ」
ああ、そうそう。
大衆に魔法を周知させようという試みについてだが、今のところ順調に進んでいる。
なんと今や全児童の八割が巴マミのファンと言っても過言ではない。
魔法少女という字面に気恥かしさを覚え、表に出て来られない潜在的な男子の支持者も含めればほぼ十割だ。
一体何をどうすればそうなるのか疑問に思われるかもしれないが、実のところ何ら特別なことはしていない。
全ては地道な広報活動の成果である。
現状に至るまでの過程を簡単に言い表すと次のようになる。
まず鹿目含む最初の三人を使い、人を集めさせた。
その際、注意したのは一度に呼び込む人数を十人以下に限定したことだ。
理由は集団パニックの防止。
万が一大騒ぎされたら堪ったものじゃない。
そして集められた生徒達の前で巴先輩がパフォーマンスを行い、刷り込むように俺が言いくるめ、たまに鹿目たちがフォローを入れる。
あとはその繰り返しだ。
こちら側に引き入れた人数が五十人を突破した辺りからは格段に楽になった。
というのも口コミやら又聞きやらで先輩の活躍を知り、興味を覚えた生徒達が自ずとやって来るようになったからだ。
ネズミ算式に巴信者が増殖していく様はある種恐怖だったぜ。
人が増えすぎて俺の手に余る状況になっていたからな。
相手が品の良いお坊ちゃん、お嬢ちゃん方で助かった。
そうでなければ何かしらのパニック状態に陥っていたことだろう。
「はよざいあす! よければ一冊もらってってください!」
「ありがと。巴ちゃんにいつも応援してるって伝えといてね」
「あざっす! きっと喜びますよ」
今回の行動、いささか性急であったことは認めざるを得ない。
だが、おそらく上手くいくだろうという見込みはあった。
子どもはその精神的未熟さゆえ理性や常識に縛られることなく、目前の事象をありのまま捉えることができる。
要するに、非現実的な出来事をありえないと拒絶するよりも、受け入れた方がずっと楽しいということを彼らは本能レベルで知っているのだ。
刹那的で享楽的な子ども達だからこそ持ちうる思考の柔軟性。
そいつを根拠に今回のような博打的行為に打って出たわけだが、どうやら俺の中二病じみた哲学もたまには役に立つらしい。
――――問題はここからだ。
あくまで俺の目的はワルプルギスの夜の襲来までに全見滝原住民を退避させること。
断じてガキ共の人気取りではない。
正味な話、金もなければ発言力もない学生達からどれだけ支持を集めたところで巴マミのモチベーションが高まるだけ。
それ以上の効果は望むべくもないだろう。
彼らはいわば試金石。
魔法という未知の現象に触れた人間がどのような反応を示すのか、それを見極めるための物差しに過ぎない。
ここ滝原市に住居を構えているのは誰だ?
児童達の両親、すなわち大人達だ。
仮に児童達がワルプルギスの夜の存在を信じたとしてだ。
子どもの説得を真摯に受け止め、仕事を放り出してまで一緒に逃げてくれる大人が一人でもいると思うか?
常識的に考えてそんなやつはいねえ。
人に移動してもらうってのは本当に大変なことなんだ。
本人の意思以外で人を動かすことができるのは、それこそ差し迫った生命の危機と国家による強権発動くらいのものだ。
さらに厄介なのは、魔法関連の情報を理解してもらうこととワルプルギスの脅威を理解してもらうことがイコールでないということだ。
この悪夢のような二度手間が俺をひどく焦らせる。
こんなとき百発百中の予知能力者でもいてくれたら即行で片が付くんだが……。
……いかんな。
少し疲れているのかもしれん。
「――そこのあなた。私にも一つ頂けないかしら」
そんな風に若干ナーバスになりかけた矢先、すげえ別嬪さんに声をかけられた。
「お、おお!? はい、ただいまー!」
やばいな。
年甲斐もなくテンション上がっちまった。
ついでに憂鬱もどっかに行っちまった。
「へい、お待ち!」
「どうも」
現金な男と思うなかれ。
本当に綺麗な子なんだよ。
腰まで伸びた艶やかな黒髪、紫紺の瞳が印象深い端正な顔立ち、小柄ながらも均整のとれた美しい肢体。
うむ、マーべラス。
五、六年後が非常に楽しみな逸材だ。
眼福眼福。
「……見滝原の守護者、か。随分と愉快なことになってるみたいね」
「おや? お姉さん、もしや巴マミをご存じない? 今をときめく時の人っすよ」
「ご存じないわね。この学校に来たのは、今日が初めてだから」
「初めて? まさか病欠明けとか……ああ!」
到底看過できない事実に気づき、浮かれた頭が一気に醒める。
そうか、来たのか。
「分かっちゃいましたよ! お姉さん、転校生っすね?」
「ええ、まあ」
「ふんふん、なるほど。もし同じクラスになれたら、そんときはよろしくっす」
「そうね。そのときはよろしく」
挨拶もそこそこに校舎の方へと歩き出した少女の後ろ姿を見送りながら、俺は内心独りごつ。
ちくしょう!
美人さんとお喋りできてラッキーだと思ったらこれだよ。
もうそんなに時間が経っちまったのか。
こっちはまだ学校の制圧が終わったばかりだってのに。
おまけに記事も渡しちまったし、後で追及されるだろうなぁ。
めんどくせえ。
「中沢くーん! そろそろ予鈴鳴るから戻ろうよー!」
「あいよー!」
まあいいさ。
俺のなすべきことは変わらない。
せいぜいうまく立ち回ってやる。
第二報告 『中沢の中学生日記』
すっかり通い慣れた二年生教室。
始業を知らせるチャイムが鳴り響く中、俺は他の生徒達と同様いそいそと着席した。
教壇に立つは我らが担任、早乙女和子女史。
無駄話が長いことで有名な御方である。
「……というわけで卵焼きは甘い方としょっぱい方、どちらがおいしいと思いますか? はい、中沢君」
「どっちでもいいっす」
「そうです。どっちでもいいんです。男は黙って口だけ開けてればいいんです! それはさておき、これから転校生の紹介をします」
俺含むクラス全員がいつも通り長話を適当に聞き流していると、早乙女先生がさらりととんでもないことを言い放った。
いや、俺は知ってたけどね。
「転校生? うちに?」
「先生! どんな子ですか!」
「男子ですか? 女子ですか?」
「綺麗な女の子ですよ。先生ほどではありませんけど」
「えー!」
おいおい。
先生、ナチュラルに鬼畜だな。
無意識のうちにハードル上げやがった。
俺が転校生だったら泣いてるぞ。
「はいはい、静かに。暁美さん、入ってきてちょうだい」
教室の入り口に何十対もの視線が集中する。
担任の無自覚な悪意により限界まで上げられたハードルを転校生は飛び越えることができるのか?
閉ざされし扉が今開かれる。
「暁美ほむらです。これから一年間よろしくお願いします」
余裕だった。
ポールの補助すらいらなかった。
俺は知ってたけどね。
「はい、みなさん拍手。質問は授業が終わってからするように。そうそう、暁美さんの席はあそこね」
「分かりました」
指定された自分の席に向かう転校生、暁美ほむらの様子を横目で探る。
ふむ、今のところ俺を警戒しているような気配は感じられない。
さては一面記事しか読んでないのか、はたまた俺が仕出かしたとは露ほども考えていないのか。
それとも単に思考を巡らす余裕がないだけか。
「……」
席に着くまでの僅かな時間、暁美ほむらはある一点をひたすらに、網膜に焼きつけるかのごとくじっと見つめ続けていた。
慕情、焦燥、諦観。
様々な感情が入り混じった彼女の瞳に映し出された人物は、当然のことながら鹿目まどかだ。
当の鹿目は転校生から熱い視線を寄せられていることにも気づかず、俺の書いた記事集を熱心に読んで……おっ、顔上げた。
ようやく気づいたか。
「……!」
微かに、息を呑む音がした。
音の出所は暁美ほむらだ。
先程まで付けていたクールな仮面は何処へやら、その表情には明らかな動揺が見て取れる。
彼女の歩みがゆっくりになったのは決して気のせいではあるまい。
まあ、そりゃ驚くわな。
初対面のはずの鹿目まどかが自分の方を見てにっこりと笑ってくれたんだから。
見ろ、可愛らしくフリフリと手まで振っている。
俺もそれに応えるよう軽く手を振り返す。
すると鹿目は三面記事に掲載された自分と巴マミのツーショット写真を指し示し、もう一度微笑んだ。
……暁美さんよ、そう睨んでくれるな。
勘違いして恥ずかしい思いをしたのは分かったから。
明日から、いや今日から鹿目のお守りは全部あんたに任せるから。
それで勘弁してもらえませんかね。
****
「はい、一時間目はここまで。今日習った分は今日のうちに復習しておいてくださいね」
長い長い五十分が過ぎ去り、束の間の休み時間が訪れた。
わずか十分足らずの休息、されど我慢弱い学生達にとっては貴重な充電タイム。
もっとも、今日に限っては少々事情が異なるようだが。
「暁美さん、前の学校はどこだったの?」
「東京のミッション系の学校に通っていたわ」
「東京かぁ。いいなぁ」
「部活動は何かしてた?」
「いいえ、特に何も」
「はいはい! 好きな男性のタイプは?」
「ん……誠実そうな人かしら」
「じゃあ好きな女の子のタイプは?」
「強くて優しくて少し茶目っ気があって、ぐいぐい引っ張ってくれるような人」
「なにそれ~! 暁美さんっておもしろいねー!」
「どうも」
「えっとね、次はね……」
美形の転校生という歩く都市伝説が相手なだけあって、クラスの連中のテンションは相当高まっているらしい。
まさに矢継ぎ早、マシンガン並の激しさで次々と質問が繰り出されていく。
そしてそれに対応する暁美の手際の見事なこと。
際どい質問も難なく捌くその技量は熟練の域とでも言うべきか。
「そうだ! 暁美さんはまだ魔法少女のこと知らないでしょ!」
「……魔法少女、ね」
「三年生に巴マミさんっていう凄い人がいるんだよ。ねえ、中沢?」
「へ?」
何というキラーパス。
いや、確かに大半は俺が仕切ってたけどさ。
「あー……それなんすけどね。ちょっと他にやるべきことができたというか何というか……鹿目ちゃん、任せた」
「え? 何を?」
「暁美さん、詳しい話は鹿目ちゃんから聞いてほしいっす。俺には新たな真実を暴くというジャーナリストとしての使命があるんで」
よし、これでいい。
鹿目を暁美に押し付けることで俺はまた自由に動けるようになる。
頼むから突っ掛かってこないでくれよ。
俺はお前さんとケンカするつもりも協力するつもりもないんだ。
「真実、とは?」
「よくぞ聞いてくれました! この世に蔓延る超常現象をバシッと見つけ出し、人々に公表するのが俺に課せられた天命! 真実は一つじゃない! 無限にあるのだ!」
「そ、そうなの……」
「ちょっと中沢、暁美さんが引いてるでしょ。あんまり馬鹿でかい声出さないでよ」
「うわっち! 申し訳ないっす!」
「だからうるさいって。ほんと馬鹿沢なんだから」
やれやれ、アホキャラを演じるのは疲れる。
必然的に教室内でのヒエラルキーも下層階級に位置づけられちまうし、いいことなしだ。
俺に優しくしてくれるのは鹿目くらいのもんだよ。
閑話休題。
現状、暁美ほむらに取り入るメリットは薄い。
俺はワルプルギスの夜とガチバトルする気なんざ更々ないし、巴マミという協力者がいる以上、新しく魔法少女を迎え入れる必要性もない。
そりゃ確かに彼女と組めば鹿目がキュゥべえと契約するのを防ぎやすくなるんだろうが、わざわざそのためだけに連携を図ることもあるまい。
何より、俺と彼女では根底の部分が違い過ぎる。
鹿目はいいやつだ。
もし彼女が死んでしまったら俺は絶対泣く。
その早すぎる逝去を悼み、涙し、憐れむだろう。
だが惜しみはしない。
そこまでの愛は持ち合わせていない。
こんな不埒な考えを持った俺が、鹿目まどか大好き人間の暁美と仲良しこよしなんてできるわけがない。
遠からず破綻しちまうさ。
「そういうわけで俺っちは別の戦場に向かうっす。鹿目ちゃん、暁美さんのこと任せてもいいっすね?」
「うん、いいよ。また面白いことが分かったら教えてね」
「あいあい。期待して待たれい」
所詮、俺は異邦人。
馴れ合いなんてするもんじゃない。
彼ら及び彼女達との付き合いはもっと打算に塗れているべきなのだ。
****
放課後、俺は巴先輩のところには顔を出さず、早々に家路に着くことにした。
もうこの学校でなすべきことは済ませたからな。
あとは俺の助力がなくとも生徒達だけで自治できるだろう。
暁美ほむらの前で悪目立ちするのも嫌だし、今日は思い切ってオフにした。
さあ、気分転換がてらパーっと遊ぶぜ。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に黄緑色のふわふわ頭を発見した。
あの特徴的な後ろ姿、間違いなく志筑仁美だ。
お嬢様よぉ、ガキのくせにウェーブなんてかけてんじゃねーよ。
バックアタック喰らわすぞ。
いや、喰らわすか。
「おおっと! お嬢、首の後ろに糸クズが付いてますぜ! この中沢めが取って進ぜよう!」
「え? な、なにを……」
下校途中の志筑仁美を背後から強襲、首筋をさりげなく確認。
魔女の口づけはなし、と。
ああ、ちなみに糸クズは仕込みね。
「ほい、取れたっすよ。よかったっすね」
「は、はあ……ありがとうございます」
セットを乱されたのが気に入らないのか、志筑は頻りに後ろ髪を撫でている。
だからウェーブかけんなよ。
髪痛んでも知らねえぞ。
「今日は一人でお帰りっすか? みんなと一緒に巴先輩のショー見に行けばいいのに」
「ええ、それなのですが……実はわたくし、あまり騒がしいのは好きでなくて……」
「あーはいはい。理解したっす」
彼女に一人寂しく下校していた理由を問い質すと、それなりに納得のいく答えが返ってきた。
確かに先輩のパフォーマンスはうるさい。
本人も大概だが周りもうるさい。
あの体つきで飛んだり跳ねたりするわけだから野郎共の歓声がとにかくうるさい。
先輩は先輩でテンション上がると銃ぶっ放すし、もっとテンション上がるとティロ・フィナーレぶっ放すしでかなりうるさい。
「でも、魔法には少し憧れていますの。わたくしも一度でいいから、あの方のように華やかな舞いを踊ってみたいものですわ」
「ハッハッハ、何を世迷言を。お嬢はいつだって華やかっす」
「あら、お上手ですこと」
口元に手を当て、上品に笑うその仕草はまさにお嬢様。
いちいち鼻につくやつだ。
……待てよ。
これはひょっとしてチャンスなんじゃないのか?
そうだ。
俺は今、志筑仁美と個人的繋がりを形成できる得難い機会に直面している。
この娘と親しくしておいて損はない。
志筑仁美が魔女の口づけを受けたとき、迅速に動くことができる。
むしろ、うなじを確認してもセクハラだと叫ばれない程度の仲になっておかないといろいろ厳しい。
言い訳の種も無限じゃないからな。
「なあ、お嬢。ちょっと時間ある? もしよければ俺の暇つぶしに付き合ってほしいんすけど」
「え? えっと、それはどういう意味でしょうか?」
「お茶のお誘いっす。有り体に言えばデートっすね」
「まあ……」
志筑さん絶句。
恋文を貰うのには慣れていても、直接遊びに誘われた経験は乏しいらしい。
「そんな身構えなくてもいいっすよ。何も正式にお付き合いしようってわけじゃないんすから」
「で、ですが……」
「一緒にいるとこ見られるのが恥ずかしいってんなら行く時間ズラしますよ。それでもダメっすかね?」
「あの、ええっと、そのぅ……」
うーむ、やっぱり若い子の貞操観念はガッチガチだな。
異性とちょっと遊びに行くことすら渋るか。
まさか俺の口説きテクがヘボだということはあるまい。
「わたくし、どうしたら……ああっ! さやかさん! 助けてください!」
「何ですと?」
いつの間にか学校周辺を抜け出し、大通りに出ていたらしい。
辺りを見渡すと書店や薬局、電気屋等が道沿いにずらりと並んでいた。
喋りながら歩いてたから全然気づかなかったぜ。
で、志筑に大声で助けを求められ、CDショップの店頭から慌てて顔を出してきた蒼髪セミショートの娘さんが美樹さやかであると。
……あの、美樹さん?
どうしてそんなに怖い顔をしていらっしゃるのですか?
別に俺はあなたの友達をいじめていたわけではアッー!
****
「ごめん! ほんっとごめん!」
「いやいや、いいんすよ。元はと言えば俺が強引過ぎたのがいけなかったわけだし。お嬢、迷惑かけてすまなかったっす」
真っ赤な紅葉マークの付いた左頬を擦りつつ、美樹の謝罪を軽く受け止める。
その隣で申し訳なさそうにしている志筑へのフォローも忘れない。
「いえ、そんな。わたくしの方こそ申し訳ありませんでした」
「そうっすか? そう言ってもらえると助かるっす」
得意の口八丁で無事誤解を正すことに成功した俺は、迷惑料という名目で二人を近場の喫茶店に連れ込んでいた。
何でもこの店、焼きたての手作りケーキがとてもおいしいと巷の女子校生に大人気らしい。
特にチーズシフォンとオレンジマフィンが絶品なんだとか。
甘味の誘惑とダイエットの狭間で苦しむ少女達は、毎回どちらを選ぶかでえらく悩むそうだ。
俺はどっちでもいいけど。
「さあさあ、遠慮なく食べてほしいっす。この場は俺が持つから」
「うん? なに、奢ってくれるの?」
「イエース。女の子に金出させるわけにはいかないっしょ」
「へぇ……中沢って意外と甲斐性あるんだ」
ケーキセット780円×2とコーヒー一杯250円。
占めて1800円超なり。
だいぶ懐が寒くなったが、まあよかろう。
「あっ、このシフォンケーキめちゃうまだわ。ここには入ったことなかったけど、これから通おうかな」
「それはいい考えですわね。こちらのマフィンも柑橘系の爽やかな香りが程よいアクセントになって……おいしい」
お嬢さん方が嬉しそうで何よりです。
俺の方はそうでもないけど。
傍から見れば両手に花の状況とはいえ、相手がガキじゃなぁ。
コーヒー一杯で粘るのもアレだし、ちゃっちゃと用件を済ませるか。
「ときにお嬢。一つ質問してもいいっすか?」
「ええ、どうぞ。わたくしに答えられることなら」
「では単刀直入に。お嬢、あなた最近悩み事を抱えていますね?」
「はい? まあ、確かに。人並に悩むことはありますけど……」
「それはずばり、恋の悩みですね?」
「!」
志筑が驚きに目を見開く。
まさか目の前の軽薄そうな男に自分の悩みを言い当てられるとは夢にも思わなかったのだろう。
「え? 恋って? 仁美、マジで正解なの?」
「あの、その……」
「苟もこの身はジャーナリストの端くれ。心眼には自信がある」
「ははぁ、ジャーナリストってすごいんだ。ところでジャーナリストって何?」
「辞書で調べろ。相手が誰なのかも見当はついています。そいつの名字は『か』から始まりますね?」
「中沢さん! 後生ですからもうやめてください!」
「はい、やめます」
暴露するのは簡単だが、それが元で彼女から不興を買っては本末転倒。
ここは待ちの一手よ。
ああ、コーヒーうめえ。
「なになに誰なの? 二人だけで分かってないで私にも教えてよ」
カップを傾けながら志筑が落ち着くのを待っていると、頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべた美樹が答えを催促してきた。
無論、煙に巻く。
「美樹っち、親しい間柄だからこそ伝えたくないこともあるんすよ。なあ、お嬢?」
「え、ええ……そうなんですの」
「ふーん」
ふむ、少しは持ち直したか。
頃合いだな。
「そう。友人と他人が異なる領域にあるように、男子には男子の領域がある。俺も彼とは知らない仲じゃない。こちらの方でそれとなく情報を聞き出しておきましょう」
「中沢さん、余計なことは……」
「心配御無用。俺は、あなたの味方です」
俺は一瞬だけ意味ありげに美樹の方を見遣り、すぐさま志筑に視線を移す。
「っ……!」
狙い通り、志筑は俺の視線の動きに隠された意図を正確に読み取ったようだ。
同時に自身の思いが完全に筒抜けであることも悟ってしまったようだが。
「仁美? どうしたの? 気分でも悪くなった?」
「い、いえ。何でもありません。わたくしは健康そのものですわ」
その瞳は忙しなく左右に泳ぎ、拳は膝の上でぎゅっと握りしめられている。
見ていて気の毒になる程の動揺具合だ。
……今回はここまでだな。
「そんじゃ、俺っちは一足先にご馳走様させてもらうっす。勘定は済ませておくんで、お二方はどうかごゆるりと」
背中に志筑のものと思われる視線をひしひしと感じながら、俺は颯爽と喫茶店を後にする。
とりあえず種は蒔いた。
どのような芽が出るかまでは俺にも分からない。
****
その日の午後九時半、中学生にとっては十分遅いと感じられる時間帯。
俺は自室にて巴マミ主演のマジックショーの動画を加工編集していた。
「もっと地味目にぼかして……いや、違うな。どうしたものか……」
来るべき外部公開に向けてプロモーションビデオを制作しているのだが、どうにもしっくりこない。
先輩のパフォーマンスが派手過ぎて、却って真実味がなくなってしまっているのだ。
「……目痛ぇ」
いかん。
ドライアイだ。
それに目だけじゃない。
頭も痛い。
まったく、どうして俺ばかりがこんな苦労を……っと携帯が鳴っている。
しかしメールじゃなくて電話とは珍しい。
液晶に表示された名前は――――鹿目?
「はい、こちら中沢。24時間絶賛営業中です。ご用件を承りましょう」
『もしもし中沢くん!? 私やったよ! 私のところにもキュゥべえが来たんだよ!』
「…………ジーザス」
どうやら、俺に安息は許されないらしい。