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No.32355の一覧
[0] 【習作】こーかくのれぎおす(鋼殻のレギオス)[天地](2012/03/31 12:04)
[1] いっこめ[天地](2012/03/25 21:48)
[2] にこめ[天地](2012/05/03 22:13)
[3] さんこめ[天地](2012/05/03 22:14)
[4] よんこめ[天地](2012/04/20 20:14)
[5] ごこめ[天地](2012/04/24 21:55)
[6] ろっこめ[天地](2012/05/16 19:35)
[7] ななこめ[天地](2012/05/12 21:13)
[8] はっこめ[天地](2012/05/19 21:08)
[9] きゅうこめ[天地](2012/05/27 19:44)
[10] じゅっこめ[天地](2012/06/02 21:55)
[11] じゅういっこめ[天地](2012/06/09 22:06)
[12] おしまい![天地](2012/06/09 22:19)
[13] あなざー・労働戦士レイフォン奮闘記[天地](2012/06/18 02:06)
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[32355] さんこめ
Name: 天地◆615c4b38 ID:b656da1e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/03 22:14
 もしかしたら、人生の確変期に来てるのかも知れない。
 グレンダンでは見たことがないような、洒落て垢抜けた店内。店内を流れる穏やかなBGMと、コーヒーの入ったカップにまで気を遣われているのが分かる。一口煽ってみれば、やはり自分で入れる安いものとは全く別物の味がした。まあ、そもそも彼に、その違いを判別出来るほど上等な舌はなかったが。
 レイフォンはふと、自分の今までの生活を顧みてみた。それに満足はしていたし、充実感も感じていた。強い欲求や不満があった訳でもない。しかし、非常に泥臭く余裕のない日々であったというのも、事実なのだ。
 同年代くらいの人たちは、こうして気軽に小洒落た喫茶店に足を運ぶ。内容はなんでも、例えば中身のない馬鹿話でもかまわない。そんなもので笑いながら、少し堅めの椅子に体重を預ける。
 つまりそういうのが、普通の少年であり、学生であるのだろう。そこには当然、深い充実感はない。その代わりに、日日尽きることのないほんの僅かな満足感だけは与えてくれる。
 安寧の毎日、それに浸ってしまうことに、不安がないわけではない。物理的に体の一部である剄脈と、それを酷使してきた十余年。武芸者としてこの上なく機能していたそれは、簡単に忘れる事を許してくれない。剄を使わないと、剄脈に火をともし、強さを追求していないと荒れ狂いそうになる。
 どれだけ違和感を感じたところで、普通に生活していく上では不必要なものだ。最低限の機能だけを残して、徐々に落ち着かせていけばいい。
 とにかく、学生生活だ。小さな喜びを糧に、起伏のない毎日を生きる。つまり、自分も他人も命の心配などしなくていい。
 あとは……もう少し。ほんの少しだけ踏み込んで見れば、要領のいい者は彼女などを作って、平坦な日々をバラ色に変えている事だろう。その存在が、一体どれだけ日常を彩ってくれるか、それは彼女がいた経験のないレイフォンには分からない。加えて言えば、自分がそんなに上手くやれるとも思えなかった。
 しかし――この状況は? 何も考えずに騒ぎを収め、その時たまたま助けた人がお礼をしに来た。同級生の女生徒三人といきなり親しくなり、しかもお茶までしている。
 充実した男子生徒の学生生活、それそのものではなくとも、かなり近いのではなかろうか。
 ツキが回ってきたのかも知れない。とっくに使い果たし、なくなったと思っていたそれ。握りしめた感触に、内心だけで喝采を上げた。

(思ってみれば、グレンダンから出てから……グレンダンにいた時から碌な事がなかった)

 故郷での出来事は棚上げしておくとしてもだ。
 放浪バスに乗ると、なぜか誘拐犯扱いされた。騒いだ中年女性も、思い込みが激しい事以外は普通にいい人で。ヨルテムまでは何くれとリーフェイスの世話を(余計な事も含めて)見て貰えたが。
 いざ学園都市に付くと、恐ろしい生徒会長に思い出したくもない過去を掘り起こされ、その上に脅迫されて。
 廊下にいた娘を回収しようとすると、なぜか誘拐犯扱いされた。人が居なかったのとすぐ戻ると思っていたのとで、椅子の上で待機させておいたリーフェイスが普通に見つかる。そこまではまだ良かったのだが、問題はその人が妙に食らいついてきた事だ。しかも、レイフォンの説得方法もまずかったのか、やたらべったりと執着された。
 重苦しい精神疲労を抱えながら生徒会塔を出ると、ここでまた誘拐犯呼ばわりされたり。それは冗談交じりではあったのだが、誘拐犯という単語にナーバスな精神状態では、割と堪えた。
 とにかく、何かと誘拐犯に呪われているとしか思えない状態だった。
 それも、これまでだ。
 これからは――輝かしい学生生活が待っている。そうでなければ不公平だ!

「じゃあグレンダン出身なのか。あの、武芸の本場なんて言われてる。やっぱり凄いのか?」
「何を指して凄いって言ってるのか分からないけど、武芸に気合いは入れてるよ。毎日のように大会が開催されてるし、それに勝たなきゃ実践に出れないようになってるし」
「わたしは……汚染獣の襲撃率がすごいと思うな」
「そうだよねぇ。週一回の襲撃とか、ちょっと想像しづらいわ。恐ろしいというかなんと言うか」

 席に着き、注文した飲み物を飲んで一息入れた後。話はもっぱらメイシェン達が質問し、レイフォンが答える形になっていた。
 レイフォンから聞きたい事も当然あった。だが、彼女たち三人がかりで押されてしまうと、上手く話を切り出せない。まあ、大した内容があるわけでもなし。それに、あまり口が上手くないという自覚がある。上手い具合に話題を出してくれるのは、結構有り難かった。
 なにより、グレンダンが話題だと質問にも回答にも事欠かない。
 グレンダンの名前は、かなり広域に広がっているらしかった。曰く武芸の最先端、曰く汚染獣の集まる都市、曰く曰く曰く……。噂だけは山のようにあるのに、実態が殆ど知られていない、謎多き地。
 その理由に、グレンダンに寄るのはかなり危険だから、というのがある。汚染獣の襲撃率が高い都市、同時にそれへの備えが万全な都市でもあるのだが、それはあくまで都市に入ってからの話だ。どれほど強い武芸者を抱えていても、迎撃距離には自ずと限界がある。
 グレンダンに入るまでと出てから離れるまで、この間には強烈な死の危険が存在する、そう思われているのだ。だから好きこのんでそんな都市まで来ようとする者は少なく、おおむねその考えは正しい。放浪バスが襲撃された事件は、結構な件数が報告されている。
 噂が流れるが、実態を見た者は少ない。そこの出身者がいるのであれば、聞いてみたくなるのは当然だった。

「まあ、それだけ襲撃されてたら、武芸に力入れないわけにはいかないか。行ってみたいような、行きたくないような……」
「確かに武芸は盛んだけど、そっち関係以外に何か面白いものがあるわけじゃないよ? 実際、ツェルニに来て凄いところだな、って思ったし」

 そうかー、等と相づちを打ちながら、手帳に書き込みをするミィフィ。これ幸いにと情報収集をしていた。

「パパー! ねえねえぱぱー!」

 ぺちぺちぺちぺち、と連続して叩かれる右腕。振り向くと、リーフィエイスが満面の笑みで手を差し出していた。

「これ、あげる!」
「頑張って、作ってたんだよ」

 差し出されたのは紙細工――にしようとした努力は窺える、くしゃくしゃに丸められた紙。メイシェンに視線を飛ばすと、お願い、とアイコンタクトを飛ばしてきた。レイフォンは苦笑しながら、それに返す。
 紙を掌にのせて、もう片方の手で頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

「ありがとう、大切にするよ」
「えへへー、ほめられた!」
「よかったね」

 二人に褒められて、顔を嬉しそうに緩ませるリーフェイス。座っているのはチャイルドシートではなく、メイシェンの膝の上である。
 最初はレイフォンが自分で抱えようと思っていたのだが、彼女が名乗り出てくれたのだ。お願い、と本人も望んでいたようなので、ありがたく世話になった。
 ふと視線を上げると、メイシェンと線が交わる。そして軽く微笑まれると、どうにも顔が火照るのを止められない。出来ることは精々、微妙に過ぎる引きつった笑みだけ。とても情けない話ではあったが――レイフォンは彼女の雰囲気に呑まれていた。

「ごめんね、世話してもらっちゃって」
「ううん、わたし子供が好きだからぜんぜん。それに子供のお世話するのとか、ちょっと得意なんだよ。ねー」
「ねー?」

 彼女が首を傾げて同意を求めた相手は、リーフェイスだ。一緒になって笑い合う姿に、また顔と心臓から熱いものがこみ上げる。
 メイシェン・トリンデンという少女は、今までレイフォンの周囲にいないタイプの人間だった。
 くりっとした大きな瞳に、それを穏やかに見せる垂れ目。眉や口など、一つ一つのパーツが恐ろしく繊細だ。それは彼女の低い身長と相まって実年齢より若干幼く見せているが、同時に美少女であるというのを否定する者はまずいまい。
 容姿のレベルで言えば、同等かそれ以上の者を複数知っている。例えば、女王とその側近。かなり切れのある美女と、それに瓜二つな従者は、ジャンルが違えどメイシェン以上だと言える。他にも、リーリンなど。近しい関係すぎてあまり意識した事はないが、綺麗系の美少女であるだろう。実際、学部では随分告白を受けたようではあったし。
 そういえば、とふと思い出す。生徒会の廊下でリーフェイスを抱っこしていた彼女も、かなりの美人だった。恐怖すら感じた追求と、その後の奇行で完全に忘れていたが。人外じみた妖艶さすら漂わせる美貌だったには違いない。
 とにかく、美人は見慣れている、と言っていい彼であったが。それでも可愛らしいタイプはいなかった。
 それが性格の話になると、差はもっと大きくなる。
 はっきり言って、武芸者は短気か冷徹か、それでもなければ傲慢だ。それが誰であっても、多かれ少なかれその傾向がある。
 ある学者は言った。武芸者の精神が高揚しやすいのは、進化の必然である。そうでもしなければ、人類の天敵たる汚染獣に向かうことが出来ないからだ。その信憑性がどれほどかは知らないが、少なくともそんな話が学会で真剣に語られる程度には、説得力があったのだろう。
 つまり、武芸者の女は皆苛烈なのだ。そして、武芸者に関わる女性も、それに影響されてか気が強い者が殆どだ。
 惚れたかどうか、というのは分からない。ただ、新鮮である事は確実だった。

「あーん、して」
「あー」

 大きく開いたリーフェイスの口に、切り分けたケーキを入れる。フォークの先端が刺さらないよう気を遣っている姿に、彼女のさりげない優しさが見えた。

「おいしい?」
「んーっ、あまくてね、ふわふわしてる……えへへ」
「ね、ふわふわしてておいしいね」

 そして、こんな光景を見て顔を赤らめてしまう程度には。彼女に惹かれているのだろう。
 その穏やかな光景の中心に、リーフェイスがいる。メイシェンに好意的な理由の一つには、恐らくそれも入っていた。

「そういえば、レイフォンとリーフィってどういう関係なんだ?」
「あ、わたしもそれ思った。親子でも兄弟でも、見た目が違いすぎるし。そもそもファミリーネームからして違うしね。そこんとこどうなのよ、うりうり」

 口で擬音を発しながら、わざわざ椅子を近づけて寄ってきた。肘を立てると、ぐりぐりと押しつけながら、同時に擬音も口にする。
 妙に知りたがりのミィフィは引くことを知らない。時にはうっとうしくも感じさせるのだが、それでもどこか憎めなかった。かなり得をしているキャラクターだ。

(しかし……何って言ったらいいんだ?)

 内心に悩みを隠しながら、言葉を選ぶ。
 実際、正直にそのままを言ってしまっていいのか分からなかった。関係――リーフィエスはレイフォンを父と呼ぶが、当然そんな関係ではない。精々保護者と被保護者という程度だろう。最も正確に表現するならば、血のつながらない兄妹というのが一番正しいか。
 そこまでであれば、別に全てを明かしてしまっても問題ない。
 ただ、もう少し二人の事情を詳しく話そうとすれば――それは武芸との関わりが強すぎる。つまり、触れられたくない過去に接触する事になるのだ。
 なんとかそれだけは避けたいのだが。しかし、レイフォンが考えつくよりも早く、リーフェイスが叫んでいた。

「あのね、パパはパパなんだよ! すごいの! すごいでしょ?」
「そっかパパなのか、そりゃ凄くてしょうがないね!」
「ん、しょうがない!」

 身を乗り出して力説する少女の額を、叩くように撫でていなしたのはミィフィだ。彼女もメイシェンほどではないが、子供の扱いに慣れている感じがある。もっとも、子供をからかう方面にではあったが。

「じゃ、凄いついでにどう凄いのか一言お願いします」
「え? ん? んーと?」

 手帳を素早く丸めると、マイクのように突き出して問いかける。急な返しに、リーフェイスは頭を抱えて悩み出してしまった。こめかみに両指を当てて眉を難しそうにしかめて、体まで捻って考えていますと主張。
 子供が膝の上で動き回るというのは、苦しくなくとも軽い負担でもない。それを知っているレイフォンは、当人に見えない位置で手を動かし謝罪をする。受け取ったメイシェンは、そんな事ないと言う代わりに微笑んで見せた。
 ちなみに、その仕草にときめいたのを誰にも悟られぬよう隠したのは秘密だ。

「ぴゅーっていって、ずしゃーってやるの」
「なんだそりゃ」

 身振り手振りで必死に表現しようとする。その様子に、全く分からんと首を傾げるミィフィ。

「だから、びょーんてなったり、どぎゃぎゃぎゃーってやるの!」
「もう少し詳しく。出来れば擬音はなしで」
「んもー、わがまま!」

 ぷっと口を膨らませるのは、不満ですという合図だ。一体どこで真似てきたかは知らないが、納得できない時はいつもこういう仕草をする。
 ミィフィはにししと笑いながら、顔の膨らんだ部分をつつきて潰した。質問そっちのけでからかい始めたあたり、それほど答えを求めてなかったのかも知れない。再度空気が注入されて膨らみ直した頬を、再び指で押しては萎れさせる。リーフェイスもやられるのはまんざらでもない様子で、その遊びにつきあっていた。子供に不満を覚えさせずからかうのが、やたら上手い。
 それを止めるきっかけを作ったのは、意外にもメイシェンだった。

「それって……武芸の事じゃない、かな?」
「ああ、確かにそうかもな」
「なるほどねー。だから、なんか男の子が使いそうな擬音だったんだ」

 言いながら、指だけは別の生き物のように頬風船を潰し続ける。それも、リーフェイスの小さな手でぺちりと叩かれて終わったが。

「じゃあレイとんが戦ってるところかは? 特に汚染獣と……ってそりゃないか」

 ジュースはもう飲み干されており、中に残った氷が少しずつ中身を薄めている。霜の薄れたコップをソーサーごとテーブルの隅に追いやり、代わりに手帳を広げていた。と、言っても本当に広げただけなのだろう。頬杖をついて、ペンの尻で眉あたりをかく姿からやる気を見いだすことは出来ない。
 それくらい、期待していないという事だ。
 リーフェイスはぴんと来た、という顔をした。次に「どうだ!」と言わんばかりに胸を張る。

「あるよ!」
「え? あんの?」

 ペン尻で額を弄るのをやめ、意外そうに声を上げた。上がった顔は若干間の抜けたものであり、それがまたリーフェイスの得意げな顔を助長させる。
 ふと、レイフォンは視線に気がついた。ナルキとメイシェンから強い視線が――お前何やらせてんだよ、という意図の視線が飛んでくる。

「いや、僕じゃないからね。当然反対したよ」

 慌てて訂正をするが、あまり効果はない。それでも彼女たちの顔つきは、懐疑的なままであった。
 汚染獣の襲撃があったら一般人はシェルターへ。これは全都市に共通する常識であるから。常識として存在する以上、シェルターが存在しない都市もあり得ない。つまり、たとえ剄脈があったとしても。年齢一桁の子供が、武芸者の勇姿を直接目撃する事など、絶対にあってはならないのだ。
 その常識はレイフォンにとっても常識なのだが、どうしたらそれを理解して貰えるか。

「本当だって! リーフィの師匠に当たる人が、その……破天荒と言うか常識知らずと言うか、ちょっと頭のネジの飛び方がおかしい人で、その人が無理矢理見学をねじ込んだんだ! むしろ僕は反対したんだよ!」
「そ……そうなんだ」
「と言うか、レイとんもさりげなく言うな。その師匠とやらと仲が悪いのか?」

 嫌いだ、きっぱりと――反射的に出そうになった台詞を、なんとか飲み込む。さりげなく出た悪口は、とりあえずなかったことにした。
 何度か深呼吸をして落ち着き、二人を見る。若干引いている様子ではあったが、なんとか理解だけはして貰えたようだ。……他の誤解を産んだ可能性を否定できないが、それは考えないことにする。

「なになに、リーフィちゃんの師匠とレイとんって仲悪いの?」
「パパとせんせーは、いつもすぐにケンカしちゃうんだよ。ケンカしちゃいけないのにねー」
「ねー」
「ミィフィさん、空気読んで自重していただけませんか」
「お母さんのお腹の中に置いてきました」
「なんでそんなに自信満々なの!?」

 やたらきっぱりと言い切る彼女に驚嘆して、レイフォンは肩を落とす。やたら肩に疲れがたまるのを、はっきりと感じた。

「でね、でね! パパはかっこいいの。リーフィがかくれても、いっつもすぐに見つけるんだよ。あとごはんもおいしいの!」
「へえへえ。あ、続きお願いね」

 リーフェイスの語りを適当にメモ取りしながら、ミィフィ。記載内容を何に使うのか聞きたかったが、聞いてしまうと後悔しそうな気がする。
 問おうか、問うまいか――僅かに逡巡していたが、レイフォンは声をかける事が出来なかった。これは情報屋を敵に回す者ではないという過去の経験から来た結果であり、決してヘタレた訳ではない。

「レイとん、料理出来たんだ……。今度グレンダンのレシピ教えてね」
「うん。僕もヨルテムのレシピって興味があるから、今度教えっこしよう」
「おいお前ら、二人の世界を作るなよ。あたしの居場所がなくなるだろ」

 ミィフィとリーフェイス。レイフォンとメイシェン。組み合わせが半ばできあがりそうになって、ナルキは少し居づらそうだった。
 メイシェンと二人だけだと、どうも緊張しすぎてしまう。申し出はむしろ有り難かった。

「その時は、ナルキも知ってるレシピを教えてよ」
「いや、あたしは料理できないが」
「なんで話題に入ってこようとしたの!?」

 真顔で言い返すナルキに思わず叫ぶ。言われた彼女は、きょとんとしただけだった。
 レイフォンが頑張る中、リーフェイス達はかなり平和に話が進んでいる。

「へえ、じゃあレイとんって捜し物が得意なんだ。意外とも言えるし、それっぽいとも言えるし……なんとも微妙ね」
「リーフィを初めてみつけたのもパパなんだよ!」
「うん? 初めて?」

 密かに聞いていたレイフォンは、懐かしさを覚えながら話を聞いていた。布に包まれていた赤ちゃんと、小さくとも人らしい重さ。そして、命の感触。全て今でも鮮明に思い出すことができる。
 メイシェンとナルキも、興味が移ったのか耳をリーフェイスの話に向けていた。

「リーフィね、パパに見つけられたからパパの《こじいん》に入ったんだって。それで、こじいんの《ぶげいしゃ》はリーフィとパパと……、だけで、だからパパはパパなの!」

 嬉しそうに話すリーフェイス。しかし場の空気は真逆に引きつっていた。聞いてはいけない事を聞いてしまった――雰囲気がそう物語っている。
 その結果を、考慮していなかった訳ではないのだろうが。親戚の子供あたりの、もっと軽い事情だと思っていたのか。あるいは可能性は低いと高をくくっていたのか。どちらにしろ、その解答は彼女たちに効きすぎたようで、雰囲気がどんどん暗くなる。同時に、話してしまった少女も不安げに見回していた。

「僕は――僕たちは気にしてないよ」

 視線が集まるのを感じる。その方が都合がいい、そのまま続けた。

「それが、僕たちにとっては当然なんだ。だから、気にされた方が困っちゃうよ。ほら、リーフィも」

 改めて見たリーフィは、少し泣きそうになっていた。
 自分が言った言葉で皆が悲しそうにしている、ならば自分が悪いのだ。そう思ってしまう程に優しく、同時に幼い。大人の指を握るのが精々の小さな手で、メイシェンの服を掴む。少女は純粋であり、同時に誠実だった。

「ごめんね、ごめんね……」
「違うよ、リーフィちゃんは何も悪くないから」
「そうだよ、ちょっとびっくりしただけだって」
「こっちこそ悪かったよ。リーフィちゃん、驚かしちゃったもんな」

 泣かないまでも、ぐすぐすと鼻を鳴らす。すぐに元通りにはならないものの、しかし雰囲気が変わったのは感じたのだろう。
 小さく頷き、膝の上で座りを直す。目は赤いままだったが、少なくともいつもの調子に戻す努力はしていた。
 自分たちも調子を戻そうとして、いざ実行する段階になると話が出てこない。話題を忘れたわけではないのだが、何となく続けるつもりになれなかった。言葉、話題。とにかく何でもいい、言って意味のありそうな事を探すが、上手くいかない。そもそも自他共に認める付き合い下手なレイフォンには、難易度の高い問題だった。
 少しばかりの沈黙と、先ほどとは別種の微妙な空気。唯一の部外者である少女だけが、鳴くような声を上げながら、小首を傾げていた。

「所で、生徒会長に呼び出されたのってリーフィちゃん関係なの?」

 いち早く話題を出したのは、誰もが予想した通りミィフィだった。高いコミュニケーション能力は伊達じゃない、レイフォンは内心で喝采を送る。ナルキとメイシェンも、似たような事を思ったのだろう、表情に現れていた。

「いや、違うんだけど……。まあ、全く関係無いって訳じゃないんだけどさ」

 と言いながら、何となく言葉を濁す。カリアンとした取引は、合法ではある。知られて誇れはしないが、非難される謂われもない。まあ、脅迫にまで触れれば話は変わってくるが。
 興味津々と目を輝かせたミィフィを、上から潰すように押さえるナルキ。

「言いたくないなら、無理に言う必要ないからな」

 手の中でばたばた暴れるのを、腕力で無理矢理押さえながら言う。
 僅かに逡巡したが、結局大して気にもせずに、言うことにした。そこから何かを知られたとしても、それで困るのは自分ではない。

「呼ばれたのは、武芸科に転科してくれって話だったよ。その……奨学金をAランクに上げるからって」
「わぁお、裏取引。それは確かに、大手を振って話はできないわ」

 ペンを回しながら、いい加減に驚いたのはミィフィだ。スクープではあるが、彼女的にそそられる内容ではなかったようだ。話が成立済みな以上、追求しても意味が無いと判断したのかも知れないが。
 対して、眉を深く潜めているナルキ。武芸者には潔癖症な人間が多いが、彼女もその類いらしい。

「……まあ、仕方ないんだろうがな」
「あれま、珍しい。ナッキが妥協するなんて」

 先ほどよりも遙かに真面目に驚嘆してみせるミィフィ。それは同時に、ナルキがこうして折れる事がどれほど少ないかも表している。

「あたしだって、何でも反対する訳じゃない。今回は入学早々に、武芸者を二人も放逐する羽目になったからな。なんとしても人を確保したいに決まっている。そこに一般教養科の制服を着た、いかにも武芸者として優秀そうな奴が居たら、誰でも勧誘するさ」

 眉を顰めたまま、まるで自分を納得させるように語る。渋くなった感情は、誰に向けられたものか。
 武芸者とは、都市の力そのものだ。それがないと言うのは、情報、技術力、生産力、他の何がないのよりも、遙かに死に近い。汚染獣の襲撃や、セルニウム鉱山争奪戦争、あらゆる厄災を払うのに、武芸者の力が利用される。
 逆に言えば、どれほど武芸者を集めたかで、都市のステータスが決定するわけだ。手段はどうであれ――そのために奔走するというのは、統治者として正しい選択だろう。

「それに……」

 続けようとして、しかし言葉を濁す。
 まるで言ってはいけない事を言おうとしてしまったかの様に、顔をやや俯かせてそっぽを向いた。

「それに? そこまで言ったら教えてよ。気になるじゃない」

 それでも、黙ろうと努力はしていたが。やがて熱意に負けたのか、口を開いた。

「ツェルニのセルニウム鉱山はあと一つだろ? しかも、ここ数年は負け続きだったって聞く。必死すぎる程に必死なんだ。何せ、完膚無きまでに後がない」

 詰まるところ、身内の恥なのだ。たとえ自分が参加していなくても、これからやればいいと言う事であっても。ツェルニ内の武芸者コミュニティ全体の失態と言うのは、ただの新入生であっても無関係ではない。無関係には、なれない。
 強いからこそ武芸者なのであり、勝利するからこそ特権が与えられる。
 弱い、勝てない武芸者。果たしてそれらに、武芸者たる資格があるだろうか。少なくとも、それに肯定できる武芸者は、厚顔無恥な愚か者だ。

「あちゃあ……そう言えば、そんな噂もあったわ」
「ツェルニ、なくなっちゃうのかな……」

 相変わらず深刻さの足りないミィフィとは対照的に、僅かに不安を見せるメイシェン。正式な入学日より一日も経っていない彼女ですらその反応なのだ、在学生の不安はどれほどのものか。

「まあ、そんな事にはあたしがさせないがな」

 むん、と胸を張って言うナルキ。この気軽さも、以前の武芸大会に参加していないからこそだろう。
 本人も、高々一個人の戦力で戦況が大きく変わるとは信じていないだろうが。しかし、不安に思っていた親友を落ち着けるには十分だった。

「んん? 聞いた話じゃ、レイとんってかなり強いんだよね。なんで一般教養科に入ったの?」

 今までで、一番致命的な質問だった。心臓のすぐ隣に突き刺さった刃に、止めることも出来ずに体が竦む。
 なんとか体が震えるのを堪えながら――堪えたつもりになりながら、残り少ないコーヒーを飲む。普段より幾分大きな音を立てて、ソーサーに戻した。

「なんて言えばいいのかな……武芸は、もういいんだ。僕は、武芸者以外の誰かになるために、学園都市に来たんだよ。だから、本当は武芸なんてやりたくない。今回だって、断れれば断りたかった。……生徒会長に推しきられたけどね」

 言えない部分を考えて、切り取りながら紡いだ言葉は、断片的すぎて意味が分からない。それでも、自分なりに精一杯の誠実さで答えたつもりだった。

「ま、とにかくレイとんも大変なんだって事だよね。大変なのはこれからかもしれないけど」

 理解したのかしていないのか。ただ、少なくとも意を汲んではくれるようだった。眼光は、隙あらば聞くと語ってはいたが。
 抜け目のないミィフィに苦笑しながら――そうするしかなかった――続ける。

「ちなみに、その時にリーフィの滞在許可ももらったんだ」
「おっとっと、それはまた、意図的ですなぁ」

 ミィフィはにんまりと――本当にそう表現するしかない表情で笑った。
 少し言い訳をしておこうかとも持ったが、それは諦めた。実際、彼女の言う通りつけ込んでいたのだから。

「やっぱり滞在許可は貰ってなかったんだな。まあ、貰ってたら噂くらいは聞いただろうしな」
「そんでメイっちも飛んで行ってただろうしね」
「もう、ミィったら」

 茶化すような物言いに、ぷっと頬を膨らませたメイシェン。それでも、そんな事はないと言わないあたり正直だ。
 ふとレイフォンは、その光景を想像してみる。
 噂を聞きながら、何でも無いように振る舞う授業中。しかし休み時間になったら、そわそわしつつ会いに行こうと足を速める。容易くイメージできる光景だった。そして、彼女にはまりすぎていた。あとは、実際に見つければ笑顔で抱きしめるという所だろう。これは想像するまでもなく、実際にそうしていたのを見た。
 何でメイシェンはあんなに癒やされるキャラクターなんだろう。大分ズレた事を考えながら、にやけそうになった口元をカップで隠す。
 一度気を抜けば、容易く嫌な緊張は消えてくれた。逆に気が抜けた、とも言えるが。危険な話題は通過できたと確信できたのも、脱力できる要因の一つだった。

「なんにしろ、離ればなれにならなくてよかったと思うよ。なあリーフィ、パパと一緒でよかったな」
「うん、パパだいすき! いちばんすきなの!」
「あひゃー! こりゃレイとん愛されてるねぇ。一番だってさ、一番」
「あはは、それは知ってるよ」
「ををっ、なんという強気発言。これは嫉妬せざるをえない。リーフィちゃんをこのミィ様によこせー!」

 ぐばっと両手を挙げて威嚇しつつ、レイフォンに迫ってくる。
 時折迫ってくる指先を適当にあしらっていると、そのままミィフィは聞いてきた。

「じゃあ強気ついでに、今後の就労予定でも一つ」
「また唐突に話が飛んだね……」

 掴んだ指で手をつなぐような形になる。リーリンの水にあかぎれた手ではなく、全体的には柔らかく瑞々しいが、所によりペンだこが目立つ手。
 慣れない感触に、少し胸が高鳴った。が、もう一人の当事者は全く気にする様子がなく、掴まれていないもう片方の手でペンを握っている。
 ちょっと過剰反応なのか……目を伏せ気味にしながら、若干落ち込む。

「ちなみにこれ、都市新聞のアンケートだから、後であめ玉くらいは出るかもよ。ちなみにミィちゃんはですね……」
「もう言ったも当然だし、そうじゃなくても誰でも予想が付くから言わなくていいぞ」



「今日のナッキほんとに酷い!」

 大げさに驚くと、わざとらしく泣き真似をして詰め寄るミィフィ。これまたわざとらしく真顔で、相手にしないナルキ。

「ちなみにあたしは都市警だ」
「それも何と言うか、すごくナルキらしいよね」
「なんだと!? っくう!」
「ふっふーん」
「いやなんで悔しがるの。それになんで勝ち誇るの」

 なぜかやたらと小ネタを入れたがる二人。ただじゃれ合っているだけなのは理解できるのだが……なぜか二人の背後に、必死に威嚇しあう子犬と子猫が見えた。
 要素だけを集めると、水と油のように見えるのだが。そこにメイシェンが混ざったことで、妙な化学反応を起こしたのだろうか。
 かなり失礼な想像をいったん隅に追いやった。

「ちなみに僕は機関掃除なんだけど……」
「うへぁ」
「それはまた、随分キツいものを」

 ナルキはいかにも嫌そうに顔を歪めて言った。
 ミィフィに至っては、ちょっと乙女にあるまじき、人に見せられない表情をしている。さりげなく女を捨てたも同然の顔を見せる彼女に、密かに汗を垂らした。
 表情について指摘すべきかしまいか迷って――選択したのは沈黙だった。かなり本気で、どう声をかければいいのかが分からない。大口を開けて上向く彼女それ自体に、声をかけたくなかったというのもある。もし、本心を隠す必要がないのなら。それは、きっぱりと腹の立つ顔だった。

「や、するつもりだったんだけどさ。奨学金ランクも上がったし、就労先を変えようかと思ってるんだ」
「懸命な判断だよね」
「深夜に時間不定期の肉体労働なんて、あたしも絶対回避する。しかも武芸をやりながらなんて、絶対に体力が持たないぞ」
「いや、体力には自信があるし、それ自体はいいんだけどさ。ほら……」

 ちらり、と視線を動かした。そこではリーフェイスが、しぼんだストロー紙を水滴で伸ばすのに熱中している。

「夜一人で待たせたくないんだ。だから、仕事内容はキツくてもいいから、時間にある程度融通を利かせられるバイト、あったら教えてほしいんだ」

 二人は同時に、おぉ、と声を上げた。ただ喉から漏れただけのものだが、しかし感嘆の色が混ざっている。

「お父さん、だなぁ」

 どちらが言った言葉か、それは分からなかったが。しかし、どちらも同じ感想を持っていたと言うのは分かった。
 恥ずかしいような、後ろめたいような、こそばゆさが背中を過ぎる感覚。実際、そんなに深く考えて選択した訳ではない。楽をしようと思った、というのも一面の事実であったし、何よりただ必死だっただけだ。それでも――自分の選択が認められたというのは、悪くない感触だった。
 そこで終わっておけば、ちょっといい話だったのだが。

「ねえお父さぁん、服とか買ってよぉ」
「なあ父さん、お茶代の支払いはもちろんそっちだろ」
「なんでたかり始めるの!?」

 やたらしなを作って猫なで声で言う、やたら気持ち悪いミィフィ。くねらせた体でしなだれかかってくるが、先ほどの顔が頭をちらついて、どうにもそういう気分になれない。
 対してナルキは、あくまでいつもの調子で言ってくる。当然顔も真顔であり、変な不快感はないのだが。普段そのものの表情が、本気と取れなくもないのが恐ろしい。
 はっきり言って、今のレイフォンに五人分の喫茶店代などない。なにげに必死だ。

「ねっえ~ん、レイとぉ~ん。おねがぁ~い」
「リーフィが真似するからやめて!」
「ああ、そういえばリーフィちゃんとメイっち。さっきから何を黙って……」

 彼女は全てを言い終えることがなく。メイシェンの方を向いて、いきなりびくん、と体を震わせた。何かに、とても驚いている。
 釣られる様にして視線を動かして、全く同じ動作でびくんと肩を跳ねる。確認してはいないが、きっとナルキも同じような状態だろう。なぜなら、そこには見なきゃよかったという光景が広がっていたのだから。
 何より、レイフォンにとって不味かったのはその相手に見覚えがあった事だ。銀色の長髪と、純白の台に宝石を散りばめたような、ある種人間を超越したと思わせる顔立ち。その超がいくつか付く美貌にアンバランスな筈の、小さく、また幼い体つき。それは見事に妖しい魅力を出していた。とにかく鋭く――男女の差異などいう些末を越えた場所にある美、それを追求したらこうなるのだろうか。その鋭利さを、武芸科の制服が強調していた。
 何もかも魅了してやまない美少女。そうである筈だが、しかし何が悪かったかと問われれば――第一印象が、なのだろうか。あとは、今の表情か。
 レイフォンはすべきでない、とにかく黙り続けているべきこの状況で、口を開いてしまったのは。

「あ、さっきの変な人……ヒィッ! ごめんなさい!」

 見られた。
 ぐりん、と首から上だけを動かす。まるでそこからだけしか生きていないかのように。真正面から合わさった顔に、表情はなかった。交わる視線にも、色が薄い。彼女に似合っていると言えば似合っている、非常に感度に乏しい姿。
 ただし、背後には極大の炎――恐らく嫉妬――を背負っていたし、瞳の奥の奥には烈火の如き感情が渦巻いている。無なのは表情だけであり、それ以外は圧倒的なほどの心情があった。
 ついでに言えば、たとえ言葉を発していなくとも「あん?」と言っているのが理解できる。できすぎて、反射的に謝った。

「…………」

 情けなく悲鳴を上げながら謝罪したレイフォン。
 それで興味を失ったのか、彼女はゆっくりと、顔を正面に戻した。つまり、リーフェイスを抱いたメイシェンへと。
 リーフェイスの様子に変わりは無い。鈍感なのか、意図して外しているのか、とにかくのんきな笑顔を見せながら、足をぱたぱたと揺らしている。
 問題はメイシェンだ。目を点にして、しかも目尻に涙を貯めながら。口は逆三角になり、正面から見ろ押してくる相手と視線を外すことも出来ずに、ウサギのように震えている。何よりつらいであろうと言う事は――彼女は自分がなぜそんな状況に追い込まれているのか、全く理解できていない所だ。正しく、蛇に睨まれたカエル。ひたすら嵐にさらされ、それが過ぎ去るのを耐えるしかない。

「あの、そこの人……ヒィッ! ごめんなさい!」

 それを見てもなお果敢に挑んだミィフィは、勇者と言えるだろう。惜しむらくは、一瞬にして敗退し、レイフォンと全く同じ謝罪をした所か。
 視線を外された後は、ぷるぷる震えながら、肉食獣に追い込まれた小動物さながらの姿に。正直、それで初めてミィフィを可愛いと思ったが、それをかみしめる猶予はない。

「せ、先輩すみませ……ヒィッ!」

 続いて挑んだ英雄は、もちろんナルキ。声をかけた瞬間、全身からぶわりと汗を吹き出したが……しかし、そこで止まらない。
 まだ続ける気だ――勘付いて、レイフォンは声援を上げた。その調子で聞き出してくれ、全力の声援を送る。が、絶対に手伝うつもりはない、怖いから!

「その、な、何のご用でしょう、か?」

 かなり震えた、聞き取りにくい声。しかし言い切った。彼女は言い切ったのだ!
 そして、ゆっくりとレイフォンの方を向いてくる。何で! 思わず絶叫しそうになった。その風体からは、既に瘴気すら溢れている。

「レイフォン・アルセイフ」
「は……はい」

 今度は彼が全身から汗を吹きだして、椅子の上で精一杯縮こまった。意味があった訳ではない。動物が身を守るのに、咄嗟にすることは体を丸めること。その程度の反応。

「用があります。一緒に来なさい」

 断言だった。相手の返事を確認する気が全くない、気遣いの欠片もない言葉。反抗は、許されない。
 レイフォンの脳内で、音楽が流れた。よく分からない、どこか仔牛が屠殺でもされそうな、そんな音楽が。今の自分に似合いすぎて、涙すら出てきそうになる。
 銀色の女生徒が、いきなり両手を差し出した。その動きに、いっそ哀れなほど狼狽するメイシェン。どうすることも出来ずにおろおろとしていたが、それに反応したのはリーフェイスだった。

「フェリおねーちゃん、あそぶの?」
「ええ、遊びましょう」

 飛び込むリーフェイスを抱き留めたフェリは、さっきまでの様子が嘘のように消える。それどころか、あの強烈な瘴気が綺麗さっぱり吹き飛んだ。やはり表情は無としか言いようがなかったが、しかし華やいだ雰囲気さえ放っている。
 同一人物と思えないほどの変化に、皆が目を点にして、次に安堵の息を深く吐いた――レイフォン以外の。彼の目は、殆ど死んでいた。
 若干頬を染めたフェリは、嬉しそうに少女を抱きしめる。表情は変わらないのに、付き合いのない人間でも喜んでいるというのが分かる。それだけ大きな変化だった。決して放すまいと腕を固定して、そして見たのは今までリーフェイスが居た場所。つまり、メイシェン。

「ふふん」
「え? ええと……?」

 いきなり勝ち誇るフェリに、なぜそうされたか分からないメイシェン。首を傾げて――やはり分からず疑問符を浮かべている。
 本人にしか分からない勝者の余裕を見せながら、フェリは反転して歩き出した。レイフォンもそれに続かなければいけないのだろうが、しかし立ち止まって。そっと振り返り、助けを求めるように三人の方を見た。
 ミィフィもナルキも、そしてメイシェンまでもが。手を合わせていた。助けられない、済まないと謝っているのではない。哀れご愁傷様と合掌している。
 神はいないし助けもない。ついでに言えば、縋れそうな相手には普通に見捨てられた。
 グレンダンを出て何度目だろうか、溢れそうな涙を堪えながら、フェリの後をついて行った。今ならば死刑囚の気持ちが分かると、そんなことを考えながら。


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