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No.32355の一覧
[0] 【習作】こーかくのれぎおす(鋼殻のレギオス)[天地](2012/03/31 12:04)
[1] いっこめ[天地](2012/03/25 21:48)
[2] にこめ[天地](2012/05/03 22:13)
[3] さんこめ[天地](2012/05/03 22:14)
[4] よんこめ[天地](2012/04/20 20:14)
[5] ごこめ[天地](2012/04/24 21:55)
[6] ろっこめ[天地](2012/05/16 19:35)
[7] ななこめ[天地](2012/05/12 21:13)
[8] はっこめ[天地](2012/05/19 21:08)
[9] きゅうこめ[天地](2012/05/27 19:44)
[10] じゅっこめ[天地](2012/06/02 21:55)
[11] じゅういっこめ[天地](2012/06/09 22:06)
[12] おしまい![天地](2012/06/09 22:19)
[13] あなざー・労働戦士レイフォン奮闘記[天地](2012/06/18 02:06)
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[32355] にこめ
Name: 天地◆615c4b38 ID:b656da1e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/03 22:13
 今、ツェルニの町並みは異様な盛り上がりを見せていた。あらゆる所で声が張り上げられ、派手なのぼりが立っている。もう少し生産力に余裕があれば、紙吹雪あたりが舞っていたかも知れない。そう思わせるだけの勢いがそこにはあり、つまり都市全体が浮かれている状態だった。
 新しく都市に来た者達の目を引く方法として、とにかく派手に騒ぐのは間違いではない。どこもかしこも同じ事をしているため、効果はあまりないのだが。しかし、全てが騒げばそれはただの勧誘から、お祭り騒ぎへと変化する。楽しく浮かれた雰囲気とは、それだけで意思と財布の紐を緩くするものだ。
 そして、騒いでいるのは何も商業科、つまり金儲けが目的の者達ばかりではない。錬金学科のある研究室が、派手に自分たちの成果を広めていたり。都市警察が正装で直立し、己の存在を誇示していたり。それら一つ一つに目を輝かせているのは、同じ制服を着ていても、やたら初々しさが目立つ新入生達だった。
 招かれる側にとっては、ただの歓迎会でしかないそれも、やる方からすれば必死の勧誘活動。一般的な都市とは言いがたい学園都市でも、成果と所属者数に応じて支援額が上下するというのは変わらないようだ。
 とは言え、今そのような些末な事を考慮しながら騒いでいる者はいないだろう。きっと誰もが、この時を全力で楽しんでいる。

(それでもあたしにいまいち蚊帳の外感があるのは、もう進路を決めてるからだろうな)

 そんな事を考えながら、喧噪から一歩引いた道をナルキ・ゲルニは歩き続けた。
 都市警察で仕事をすることは、ツェルニに入学する前から決めていた。既に進路を決めている自分がこの喧噪の中に混ざるのは、なんとなく反則のような気がするのだ。親友の片割れに言わせれば、真面目すぎるらしいのだが。こればかりは性分であり、簡単にどうにかできる問題ではない。
 本来であれば、すぐにでも都市警察本署にでも行って、就労手続きをするつもりだったのだが。それがこうして街の喧騒に混ざっているのは、彼女のもう一人の親友が理由だった。
 女性としてはかなり高い身長を生かして、人の多い道をかき分ける。あまり褒められたやり方ではないのは分かっていたが、付いてくる親友の事を考えると、そうしない訳にもいかない。
 ちらりと後ろを見て、確認をする。そこには期待したとおりに、二人の少女がいた。
 ミィフィ・ロッテン。尻尾のような二つに纏められた髪を振りながら、忙しなくあちこちを見ている。何かを見つけたかと思うと、手に持った手帳に何かを書き込んでいき。また落ち着きなく視線を飛ばす様は、猫のようだと密かにナルキは思っている。
 もう一人はメイシェン・トリンデン。腰まで届く綺麗な黒髪に、故郷でもトップクラスだった顔立ち。背が一番小さいのは彼女だったが、同時に女性らしい体をしているのも彼女だった。美少女、正にそう表現されるべき容姿なのにそれが目立たないのは、気が弱すぎていつも顔を伏せているからだ。
 二人とも、手間のかかる相手だった。そして、家族と同じくらい大事な親友だ。

「おいミィ、ちゃんと前見て歩け。人にぶつかるぞ」
「おっとナッキ、わたしにこんなお祭り騒ぎを見せて大人しくしてろなんて、それは無茶ってもんよ」
「……でも、前を見てないと、危ないよ?」
「だーいじょうぶ!」

 メイシェンの消え入りそうな気遣いの言葉に、しかしペンを持った指を立てて、断言した。

「ナッキが守ってくれてるからね」
「お前は、まったく……。ぶつかったらちゃんと謝っとけよ」

 ミィフィの言葉は、とても褒められる内容ではなかった。だが、そんな風に信頼されて悪い気がするはずもない。結局気恥ずかしくなり、ごまかすように前に向き帰った。
 背後から、かすかに笑うような気配があった。誰だと確認するまでもない、メイシェンだ。彼女は自分からは全く話しかけられないと言ってもいいほど内気で人見知りだったが、それだけに人の感情を捉えるのが上手かった。きっと内心を察せられたのだろう、さらに恥ずかしくなり、思わずうめき声を漏らす。

「おっ、あそこチェーック。しかし、予想以上のお祭りよね。流石は学園都市って感じ」
「予想以上と言うか、凄すぎだろう。ヨルテムでもこんな規模のは見たことがないぞ」

 ヨルテムとは、レギオス同士の交流の中心点であり、同時に彼女たちの故郷でもある。全てのレギオスの位置を把握しているという性格上、あらゆる人や情報が集まる屈指の大都市。
 学園都市など、都市の規模で言えば中堅がいいところ。それが数倍の経済力を持つ都市より派手に騒いでいるのは、少なくともナルキにとっては不思議だった。
 しかし、ミィフィにとってはナルキの台詞こそが意外だったのだろう。肩をすくめながら言った。

「何言ってるの、ヨルテムなんて人の行き来が常にある上に数も多いから、あんまり派手に騒げないじゃない。それに学園都市は年に一度、人口の二割近くが入れ替わるのよ? そりゃあ派手になるってもんよ」
「ああ、なるほど」
「……一年分のが、全部ここに集まるんだね」
「そういう事。まあ、だからどこも気合い入れてるでしょうし。今いい感じだからいつもこれくらい、って判断するのはちょっと難しいかな。判断するならもうちょっと落ち着いてからがいいかな」

 説明を終えると、再び見回しては記すの作業に戻る。すぐ前に参考にならないと言ったばかりなのだが。やはり、少なからず雰囲気に浮かれているのだろう。
 その様子を見ながら、申し訳なさそうな声を上げたのはメイシェンだった。いつもハの字に曲がっている眉を、一層落としながら。今にも泣き出してしまいそうな雰囲気がある。

「……ごめんね、ミィちゃん、ナッキ。わたしにつきあわせちゃって」

 彼女は、いつもそうだった。とにかく気を遣いすぎて、積極的になるという事が出来ない。しかし、そんな事は百も承知だ。
 メイシェンの役割が気を遣うことであれば、気にしないのは残りの二人の役割。自分が出来ないことを、誰かにしてもらう。そうやって寄りかかれる程に信頼関係があり、それを心地よいと思える関係を積み重ねてきたのだ。
 だから、二人で同時に笑い飛ばしてやるのも、当然の事だった。

「むしろこっちが感謝したいくらいだよ。あたしはとっとと都市警の所に行っちゃうつもりだったし、それが駄目だったらきっと部屋で引きこもってたよ」
「そうそう。武芸以外の事になると途端にいい加減になるナッキを引っ張り出した功績は大きいよ!」
「ああ、そうだな。確実に暴走するだろうミィを止める理由を作ってくれた功績は確かに大きい。だから、あたしとしては謝罪よりも感謝の方がいいな」
「ふふふっ……うん、ありがとう」

 ぱっと、花が咲いたように控えめに微笑むメイシェン。同性のナルキですら見ほれてしまいそうな笑顔だった。
 しばらく話しながら歩いて行くと、やがて人の姿が減っていく。祭りの気配を置き去りにする頃には、散歩道をぽつぽつと歩いたり、近くのベンチに座ったりなど。新入生ラッシュを忘れたような、普段の光景が映っていた。
 いくら派手に騒ぐと言っても、商業区を抜けてしまえばこんなものか。少し拍子抜けしながら、歩調を僅かに緩めた。あの大騒ぎは、場所限定での勢いでもあったようだ。
 雰囲気が穏やかになると、ナルキを盾にしていた二人が横に移動する。三人で一列になりながら、人混みからの開放感をしばし味わう。あの雰囲気も嫌いではなかったが、ただ抜けてくるだけとなると、さすがに気疲れが出てくる。肩をぐるりと回して、固まった肩の筋肉をほぐした。
 ミィフィの指示の元、さらに道を進んでいくと、今度は人気が全くなくなった。目的地は恐らく正面に見える大きな建物だろう、と言うのは分かるのだが。三人以外は誰も居ないというのは、少しばかり以上ではないだろうか。

「ミィ、本当にこっちであってるのか?」

 彼女を疑っている訳ではない。人なつっこい性格で、誰とも仲良くなり情報を集めてくる手腕は、よく知っている。だが、それは不安に思うかどうかとは別問題だ。
 しかしその台詞に気を害した様子もなく、ミィフィは答える。

「ん、聞いたところによると、メイっちの愛しの王子様は……」
「ち、違うよぉ……! そんなんじゃ、ないから……」
「わかったわかった。で、愛しの王子様はこっちで間違いないよ」

 顔を真っ赤にしたメイシェンが、必死になって訂正しようとする。
 しかし、にやにやと笑うミィフィは返事をしながらも、王子様の呼び名を続行した。俯いた赤ら顔に睨まれるが、それもどこ吹く風と受け流す。

「なんでも、入学式でメイっちを助けてくれた彼、生徒会長に呼び出されたみたい。この時期は生徒会塔に殆ど人が残ってないし、密会にはもってこいの場所よね。一体何の話をしてるのか、想像をかき立てられるわ」
「密談って……ついこの間入ってきたような新入生と、こそこそ話さなければならない用事なんてないだろ」

 呆れながら言うと、ミィフィも肩を竦めて答えた。彼女自身も信じていたわけではなく、単純に陰謀説が好きなだけだったようだ。
 ちなみに、現在生徒会の機能は大部分を生徒会塔から中央会館に移動していた。新入生が多くなる時期は、その数に比例してトラブルも発生する。迅速な対処をするには生徒会塔は少々遠いため、一時的に会館のワンフロアを貸し切ってそこで仕事をしていた。
 ならば最初からそっちに生徒会塔を建てろという話もあったのだが。大きな金が動く商業科と、街全体を統治する生徒会。この二つの距離が近くなると言うのは、控えめに言っても汚職の臭いしかしない。都市にいるのがたった六年程度では、儲けるだけ儲けて富を持ち帰ろうという、心ないものが現れる可能性は高い。そのために、現在の立地で落ち着いていた。

「でも……何の用事、なのかな?」
「そうなんだよな。ありがとう、ってだけなら臨時生徒会でも十分だし。こっちじゃなきゃいけない理由か……思いつかないな」
「わたしはあの人、生徒会長肝いりのスパイと見たね。それで新入生が騒がないか監視してたんだよ。次はきっと武芸科の制服を着ている!」
「また下らない事を……」

 確かに現在の生徒会長はあまりいい噂を聞かない。と言うか、政敵を蹴落としただの、とにかく恐ろしい噂が山のように流れている人物だ。陰謀好きが想像をかき立てるには、十分すぎる下地がある。
 もっとも、それを考慮してもミィフィの話はいい加減すぎたが。
 スパイが派手に暴れてどうする。監視もなにも、生徒会役員と警察が講堂内にいただろう。混ざるにしても武芸科でいいだろう、一般教養科の制服を着る意味がない。ぱっと浮かんだ突っ込みは、言葉にされる事なく吐息と共に流れ去った。

「じゃなきゃ、お叱りの言葉かな?」

 ぽつりと呟かれた言葉に、メイシェンがびくりと肩を震わせる。自分を助けた人が怒られる。たとえ原因が己でなくとも、そこに罪悪感を感じてしまうのが彼女なのだ。
 ミィフィの後頭部をこつりと拳で叩く。やり過ぎだ、という意思を込めて。

「いや、それはない。結果的に場を納めたんだから、褒められこそすれ非難される理由はないからな。それに、叱るだけならそれこそ臨時生徒会室で十分だ」

 メイシェンの雰囲気が戻った事に安堵する。今回の目的は、彼女を助けた男に感謝を述べること。それを完遂する前に処分が下っていたというは、たとえ想像だけでも十分なダメージだ。
 テンポ良く出てくる、相変わらず穴だらけの陰謀説。それを聞き流していれば、どれほども経たない内に生徒会塔の入り口が見えてきた。
 それを確認してすぐ、誰かが飛び出してきたのに気づく。いや、それを誰かと言っていいのだろうか。思わずナルキは迷った。その人影を誰かと言うのは、少し小さすぎやしないかと思ったのだ。飛び出てきた何かは、勢いを維持したまま周囲を走り回り、さらにこちらにまで向かってきた。

「わぁ……!」

 感嘆の声を上げたのは、メイシェンだった。続いて、いつもの自信なさげな表情がなりを潜めて、満面の笑顔となる。
 駆け回っていたのは小さな子供。それも、まだ初等学校にすら通わないような幼さ。確かに小さくはあるが、それは疑問を持つ程のものとは思えない。実際、ヨルテムではよく見た光景なのだ。
 なぜ違和感など持ったのか、その答えはすぐに出てきた。

(そっか。学園都市に来てから、合う人は全員同年代だったからだ。年が離れすぎてて、想像できなかったんだ)

 ツェルニに来てから、まだどれほども経っていないのに。自分でも驚くほどの環境適応能力だった。もっとも、それもいい事ばかりでないと言うのは、今証明されたが。
 メイシェンは膝をついて、満面の笑顔で両手を大きく広げる。普段するような、控えめな笑みではない。内向的に過ぎる少女とはとても思えない、快活にすら見える表情。

「そんな所でどうしたの? お姉さんと一緒にあそぼ」

 あたりを走り回っていた子供は、声の主を確認する。ぐるりとあたりを見回し、呼び込むような体制をしたメイシェンを見つけると、花咲いたような無垢な顔を見せた。汚れを知らぬと思わせるようなほころんだ表情は、姉妹かと思わせるほど似ている。

「あそぶの? ねえねえ、なにするの?」
「そうだねー、何しよっか」
「んっと、えっとぉ」

 子供の手を取り、上下に振って遊んでいる。まるで人が入れ替わったかのような別人っぷりだ。
 どうすればいいか分からず佇んでいたナルキに、ひっそりとミィフィが話しかける。密やかなのは、二人の邪魔はしないように、という配慮だろうか。

「あっちゃー。出ちゃったね、メイっちの子供好き」
「まさか学園都市に子供がいるとはな。予想外だった」
「学生結婚ってのもあるだろうから、絶対にないとは言い切れなかったけど。でも、こうして実際に見ると、何というか、こう、くるものがあるよね」

 殆ど直接言ったのと変わらない物言いに、顔がかっと熱くなった。隣を見れば、ミィフィも耳まで赤くしている。なんと答えることも出来ずに、少し微妙な空気が漂った。
 学園都市で偶然知り合った者達が互いを愛する、何ともドラマの題材になりそうな内容だ。現実的な、金銭面等の問題はこの際置いておく。ロマンチックな出会いに、絆を深め合う二人。数々の障害と周囲の反対を乗り越えて、最後には皆に祝福されながらゴールイン。その結果として子供が居るのであれば、当然やる事はヤっている訳だ。愛を語らう者がベッドの中でする、愛を確かめる行為を。
 ナルキに乙女を気取るつもりはない。それ以前に武芸者であると、そういう類いの覚悟を、少なくともしているつもりではある。
 だからといって、初心でなくなる訳ではなく。その手の事を考えれば恥じらう、普通の感性をした少女であるのもまた事実だった。

「ま、まあメイは料理を知らなかったら保母さんを目指してた、って言ってるくらいだからな! 仕方がないさ!」
「そ、そうよね! しょっちゅう近所の子供のお世話してたくらいだし!」

 雰囲気を変えるにしては、無理矢理過ぎる話題転換。しかし同じく雰囲気を壊したいと思っていたのだろう、すぐに乗ってきた。
 きゃっきゃという楽しそうな声を聞きながら、なんとなくする事も思い浮かばずにいる。

「しっかし、メイっちがこうなっちゃったら、今日はもうおしまいかなぁ」
「まあ、助けてくれた人を探してお礼を言おうって雰囲気ではなくなってるな」
「そっちは翌日以降でも困るわけじゃないから……と噂をすれば、あれがそうなのかな?」

 生徒会塔から出てきた、紙袋を持った青年。ナルキぐらいの身長に、少し長めの茶髪。メイシェンが言っていた特徴にぴたりとはまっている。
 何かを探しているのだろうか、きょろきょろと周囲に視線を飛ばす男。それを見たミィフィが、顎に手を当てて声のトーンを高めた。

「わぁお、イケメンだわ。メイっちやるじゃん」
「そうか?」

 感嘆の声を上げた親友の言葉に、じっくりと男の顔を観察してみる。
 柔らかな表情は、持っていた印象よりも遙かに緩い。一瞬にして二人の武芸者を叩きのめした、という行動も影響しているのだろうが、もっと鋭い雰囲気を持っていると思っていたのだ。少なくとも聞いていた印象から、やる気がなさそうなとか、見ているだけで気が抜けそうなとか、そういうイメージは持っていなかった。
 顔立ちは悪くないのだろう、とは思う。だが、先に作られていた印象に加えて、好みから外れているのも評価が低くなる理由だ。
 髪型も、素朴系なのかただ単に野暮ったいのか判断に悩む。朝起きたら時間がなくて、派手に散った寝癖の処理に失敗したら、ああいう髪になるのかも。かなり失礼な事を想像した。
 どうひいき目に見ても、イケメンという印象ではなかったが。しかしミィフィは全く別の判断をしたようだ。

「ナッキは分かってないね。あれは着飾るだけで大化けするよ」
「たぶんお前の方が正しいんだろうけどな。でも、もうちょっと覇気を持てって思うんだよ」
「そんなん武芸者だからじゃん。メイっちとかには、ああいういつも優しく包んでくれそうなタイプがいいに決まってるでしょ」
「ああ、なるほど。それは同意する」

 恋愛方面に聡くないナルキであったが、そう言われれば理解も出来る。
 確かに彼女が好むような、質実剛健で鋭い雰囲気を持つような相手は苦手だろう。下手をすると、顔を合わせただけで泣き出すかも知れない。そう考えると、確かにあのまったりした雰囲気の持ち主は、メイシェンに似合ってはいるだろう。当然、それで本人が気に入るのとは別の話だが。
 と、ふと疑問に思う。何かが――それが何かは分からなかったが、とにかく何かがおかしい。
 もう一度顔を確認するが、何がおかしいのかは分からず。そのまま視線を下ろして、それに気がついた。

「おいなんでだ。あいつ、武芸科の制服を着てるぞ。メイを助けたって事は、一般教養科の筈だろ」
「あ、本当だ! て事はなに、もしかしてミィ様の推理、会長のスパイ説が正解って事?」
「いやそれはないが」

 とりあえず、ミィフィの都合がいい勘違いだけはきっぱりと否定しておき。
 ナルキは二つの意味で納得をした。武芸者には多かれ少なかれ、鋭い印象がある。これは、単純に戦闘技能者だからだ。子供の頃から生死のやりとりを前提に訓練されているのだ、多少なりとも尖るのは当然だろう。そんな雰囲気が欠片もないのに武芸化の鋭角的な制服を着ているから、妙なギャップと言うか違和感があったのだ。
 そしてもう一つ。たとえ不意打ちだったとしても、武芸者二人を一瞬で鎮圧するような人間が武芸者でない訳がない。それも、かなり腕の立つ武芸者。どちらがおかしかったかと問われれば、一般教養科の制服を着ていた以前がおかしかったのだ。
 男は、こちに気づいているのかいないのか。少なくとも意識はしていない様子で、周囲から何かを探している。

「リーフィ! どこ行ったのー!」

 叫ばれるのは、誰かの名前らしき単語。ナルキとミィフィは殆ど同時に、顔を合わせた。

「リーフィって……」
「たぶん、そうだろうな」

 そしてまた、同時に視線を動かす。そこには、こちらもやはり男の接近に気づいているのかいないのか。やはり考慮してはいないであろうメイシェンが、変わらぬ態度で子供と遊んでいる。
 ぱっと見の印象ではあるが、男と子供の間には結びつきを想像しづらかった。

「どんな関係だ?」
「ま、それは本人に聞いてみれば分かるっしょ。おーい、そこの人ー!」

 躊躇なく声をかけるミィフィ。こういう時は、彼女の存在が有り難い。失礼な印象を抱いてしまった手前、どう声をかけていいか分からなかったのだから。
 声をかけられた男が振り向く。最初はきょとんとしていたが、手を振るミィフィの存在に気がつくと、軽く会釈をしてきた。なんとなく釣られて、頭を下げ返すナルキ。
 小走りで寄ってきた彼の顔立ちは、思っていたよりも遙かに整っていた。やはり力強さが足りないが、少なくとも美形と称するのは否定できない。細身だががっちりした体格といい、ファッション雑誌の季節の服紹介あたりで、その内の一着を担当していそうではあった。

「ごめん、この辺で子供を見なかった? だいたいこれくらいの身長で、金色の長い髪をした子なんだけど」

 掌で作られた高さは、正にメイシェンが抱きしめた子だった。

「それならそこで、わたしの友達と遊んでるよ」
「うわぁ! リーフィ……また知らない人と。全く、いつもふらふらしちゃダメだって言ってるだろ?」
「あ、パパだー」
「お父さん、来たの?」

 少女の声に反応して、顔を上げるメイシェン。近くに男性がいるのに、子供効果と彼の雰囲気もあってか、物怖じした様子はない。だっこをしたまま立ち上がった。

「すみません、面倒見てもらってたみたいで」
「あ……いえ、こちらこそ。一緒に遊んでただけだから……」

 どちらもがぺこぺこと頭を下げ合う。随分と波長が合うのか、妙に行動が似通っていた。
 いつまでもお辞儀をし合う二人に割って入ったのは、ミィフィだ。このまま放っておけば、そのまま雑談に突入しそうな雰囲気だった。それも悪くはないだろうが、今日の目的は違うし、自分たちが居る前でやられても困る。ナルキは内心で、よくやったと賞賛していた。

「とりあえず自己紹介ね。わたしの名前はミィフィ・ロッテンで」
「あたしがナルキ・ゲルニだ。で、そっちで子供を抱えてるのが」
「うん……メイシェン・トリンデンです。よろしく、ね」

 普段であれば、恐らく誰かの背中に隠れながら挨拶をしたであろうメイシェン。しかし今日の彼女は、子供を抱えていた。それだけで人が入れ替わったのではないかと思うほど溌剌とする彼女は、初めて会う男性を前に、しかし怯える事なくはっきりと挨拶をする。
 普段その性格が容姿の邪魔をしているのに、そのマイナス補正がなくなれば。ただでさえ美少女なのに、無垢で邪気の全くない笑顔で、よろしくなどと言われれば。その効果たるや絶大だ。
 それがどれほどの威力かは……微笑まれた男が顔を赤らめよろめいたのが証明している。

「メイっちやるぅ。株価ストップ高ですな」
「あれはやばいな。同性のあたしでもちょっとどきりとしたし」

 男はなんとか立て直そうとしているのだろうが、わたわたと慌てふためいているだけで、全く上手くいっていない。

「あ、ああ。僕はレイフォン・アルセイフで……こっちの子はリーフェイス・エクステって言うんだ。ほら、挨拶」
「リーフェイス・エクステ、です! だから、リーフィです! よろしくおねがいします!」

 結局落ち着くことに失敗したレイフォンは、動揺したままだった。
 挨拶したリーフェイスをメイシェンが褒めて、頭を撫でる。それににこにこと笑って喜ぶ少女という心温まる光景があった。

「で、今日ここであったのって、実は偶然じゃないんだ。わたしたち、レイとんを探してたのよ」
「僕を? こんな何もないところまでどうして。……と言うか、レイとん?」
「お礼を言いたくてな。ほら、大講堂の入学式で、暴れてる奴らを叩きのめしたろ? その時にメイ――あ、メイシェンの事な。メイが助けられたから、お礼を言いたいって」

 ミィフィのいつもの癖、勝手に付ける妙なあだ名に突っ込むレイフォン。それをさっくり無視して、本題に入った。
 ぽんと背中を叩かれて、一歩前に出るメイシェン。やはりリーフェイスは抱えたままで――つまり、普段の何かに怯えた陰気な所のない、太陽に輝く向日葵みたいなまま。男に及び腰になる様子など欠片もない、はっきりと微笑んで、しかも感謝の念をこれでもかと込めた一言。

「助けてくれて、ありがとうございます。その……とてもうれしかった、です」
「う、ん。でも、あれだよ。そんなに大したことはしてないから。助けたのも、その、偶然だったし」
「それでも……わたしはうれしかったから。だから、やっぱりありがとうって、言います」
「じゃ、うん、受け取っとくよ」

 はきはきと、とまでは言わなくとも、滑らかに言葉が出るメイシェンに、しどろもどろになるレイフォン。彼が随分純情だというのもあるが、立場が普段とまるで逆だ。

「先生、メイシェン株の上昇が止まりません。限界を超えています!」
「うむ、そろそろ介入をするべきか。あたしもちょっとメイの乙女レベルが怖くなってきた」
「……ねえ、さっきから二人で何を言ってるの?」
「気にするなよ、レイとん」
「気にするよ……。と言うか、そのあだ名採用するの!?」

 定着を恐れたか、愕然とするレイフォン。彼はまだ知らない、ミィフィに一度付けられた時点で手遅れだという事を。
 微笑のメイシェンに顔をほてらせる姿を見て、青春しているな、などとおばさんくさい感想を思い浮かべる。自分もその青春ど真ん中なのは、棚に上げていた。ナルキにとっては、汗と努力が青春の証である。

「しかし、メイを助けた人を探しに来て、まさか子供を発見するとは思わなかったよな」
「そうそう、最初見たときびっくりしたよね。あ、そういえば、レイとんとリーフィちゃんって親子や兄妹って感じでもないし、そもそも名字が違うのは……はっ、もしかして誘拐!」
「違うよ!」

 あまりに必死な怒声混じりの否定に、思わず体を固めるミィフィ。彼女ほどではないが、それはナルキも同様だった。風体に似合わぬ圧力に、思わず身が竦む。
 叫んでからはっとした彼は、ばつが悪そうに顔を背けた。

「その、ごめん。その言葉にちょっと敏感になってて」
「ううん、いい加減な事を言ったこっちが悪かったよ。それと、何か嫌なことがあったの?」
「……聞かないで」

 どうやらよほどの経験だったらしく、背中が僅かに煤けていた。過剰な反応とその後の落ち込みように、少し引く。
 叫び声は遊んでいた二人にも届いたようで、レイフォンを見ていた。と言っても声に怯えたわけではなく、純粋に反応しただけのようだが。

「ほら、リーフィちゃん、パパだよ」
「パパー!」

 と、片手で抱えられるリーフェイス。そして、その少女の手を取って、ふるふると手を振らせているメイシェン。
 あふれ出る母性と、同年代ならではの距離が近いと思える感覚。彼女のかわいいタイプの美しさは、雰囲気も相まって手の届きそうな可憐さがあった。さらに先ほどまでとは違い、親しみやすさまで感じられたとなれば。メイシェン・トリンデンには、異性を魅了するのに十分すぎる力がある。
 今度は目を背けたりはしない。が、やはり顔は赤らめて、ナルキ達に近づいてぼそりと言った。

「なんて言うか、すっごい可愛い人だよね」
「うん、子供が絡んだメイっちはむっちゃ可愛い。思わず抱きしめて体中撫でたくなるね」
「一応言っておくが、それはただの犯罪だからな? まあ、可愛いよな。印象が爆上げすぎて不安になるくらい」

 子供がいない通常時の彼女に会って、別人じゃないかと言われたら。それを否定できないくらいイメージに差があり、その時にどうすればいいかと、少し冷や汗を流しながら考えた。どうやっても取り繕いようがない。
 とりあえずは、レイフォンがリーフェイスを。残りがメイシェンの頭を撫でた。二人は不思議そうに、きょとんと目をしていたが、それがまたいい感じに庇護欲をそそられる表情で。
 事情の飲み込めない二人は、不思議そうにしながらも、とりあえずされるがままになっていた。

「ま、いつまでも立ち話ってのも難だから、とりあえずどっか入ろうか。ミィ、チェックしてるだろ?」
「とーぜん。ちょっと区画から外れた所で、あんまり騒がしくなさそうな店があるよ」

 即座に手帳を開いてページを走らせ、店舗を見つけるミィフィ。店を調べておくのも、それをすぐに索引するのも、恐ろしく仕事が早い。情報戦が得意だと自称するだけある能力だ。
 背中を押されて戸惑うレイフォン。しかしこういう事に慣れていないのか、微妙に抵抗があった。外見通りではあったが、ここは大人しく付いてくるものだ、そう内心で思う。

「いや、僕なんかがいきなり混ざっても……」
「何を言っているんだ。そもそもレイとんがいなかったら、喫茶店に入ろうなんて話自体になってないぞ」
「そうそう、せっかく美少女三人が誘ってあげてるんだから、大人しくついてきなさいって」
「まあ、美少女を自称する痛々しい奴はおいとくとして」
「なんか今日のナッキ、キツくない!?」
「至って平常運転だ」

 二人で漫才もどきをしている内に、そっとレイフォンの袖を引く存在があった。メイシェンだ。

「その……わたしも一緒にきてくれると、うれしいです。もう少し、リーフィちゃんと遊びたいし。レイとんとも、まだ全然お話してないから」
「じゃあ、もう少しだけお世話になろうかな。……あと、メイシェンもそのあだ名なんだね」

 彼女の仕草にかなりときめいていた様子ではあったが、それもあだ名の話ですぐに霧散してしまった。
 時折いい雰囲気になる二人をにやにやと観察しながら。彼女達はレイフォンを半ば強制的に連れて、ゆっくり話せる場所へと連行していった。


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