――『4月14日』小西早紀がマヨナカテレビに映る。
寝不足の目に突き刺さる朝日に目を細めながら、事件についてまとめた大学ノートを見る。
が、役に立たない。一番危険な日だというのに、情報が皆無だ。
『まずい、頭が寝ぼけてる…』
急いで学校へ向かう支度をする。今日も花村の机に用事があるのだ。
手紙が鞄の中に入っている事を確認し、ふらつく足取りで、今日も自転車で学校へと向かう。
『人は居ないな…よし。』
花村の机に手紙を突っ込んで、急いで学校から脱出する。この間わずか3分。無駄に早くなったものだ。
私が小西先輩の送り迎えをしている以上、この計画を実行する意味は無いのだが。――とりあえず、当初の予定どおりに進めた。
『そういえば、小西先輩は今日、学校へ登校するのだろうか』
家に帰る為に自転車を押しつつ、小西先輩へとメールを送っておく。
まだ、朝早すぎる時間だ。返ってこな――返ってきた……。
小西先輩は、具合が悪くて、今日は登校はしないらしい。
『…しめた! 小西先輩のお見舞いと称して、様子を見に行くことができる』
玄関でウザイと門前払いされる可能性もあるが、考えないことにする。
……もし、されたら悲しすぎるな。
『それじゃあ、お見舞いに行きますね……と。送信』
たとえ拒否されようと、お見舞いに行くけれど。
案の定、先輩は私に来られるのが嫌らしく、返信は返ってこなかった。
三栗は学校から家に帰るのをやめ、ジュネスへと行き先を変更していた。
お見舞いの品は、何が良いのだろう。
先輩の雰囲気的に、モモ缶だろうか。いや、コニシ酒店だし、酒のつまみの方が良いのか?
『くっ…わからないな…。』
とりあえず私は、定番の『迷ったら全部』を選択する。
すこ~し袋が大きくなってしまったが、小西先輩には、好きなものを選んでもらえばいいだろう。
早朝から、大量の酒のつまみと果物缶詰を買う客に、レジの人は困惑して私を見てくるが、もちろん視線をそらして、知らぬフリをする。なんだかデジャブを感じるのは、気のせいだ。きっと。
『そういえば、今時は、すぐにアレも買えるのだろうか…』
――大量の買い物袋を自転車カゴに詰め込み、ジュネスを後にする。
※
コニシ酒店の前で、携帯で時間を確認する。
きっかり、朝の10時。
訪問時間にしては、早すぎるかもしれないが、小西先輩が心配だ。
背筋を正して、玄関のチャイムを鳴らす――つもりが、チャイムがなかった。
『お店だから、チャイムがないのかな…?』
店の扉に手をかけてみる――開いた。店の中へと入る。
「朝から、お邪魔します。」
奥の方に向かって声を掛けてみるが、反応がない…。
先輩、もしかして外出しているのか?
「先輩! お見舞いに来ました!」
声を上げて、先輩に呼びかけてみる。が、どうしよう……物音一つ聞こえない。
焦りが大きくなり、外に飛び出して先輩を探しに行こうとしたその時だった。
私の携帯が震えて、メールの着信を知らせる。急いで携帯を開き、メールを確認すると――小西先輩からだ。
『店の奥にいるから、勝手に上がってきて…か。良かった、生きてる』
再び店内へと入り、店の奥を覗く。
どうやら、奥は住居スペースになっているようだ。勝手だが、用心のために玄関の鍵を閉めておく。
下駄箱と思われる場所で靴を脱いで、家の中へと入る。
大して進まないうちに、携帯を片手にソファに横になっている先輩がいた。
「先輩、お邪魔します。具合悪そうですね」
「…さっき、それは聞いたよ…。」
どうやら、具合が悪い上、機嫌も悪いらしい。
しかしここまで来れたのだ。追い出されるまで、居座ることを心に決める。
――家には先輩1人の様で、親は出かけているらしい。この事を聞くのは、タブーの匂いがするので、聞かないことにする。
「お見舞いの品、持ってきました。桃缶とかあるので、食べたくなったら適当に言ってください」
「…うん。それより、女子制服か…。似合わない…ふふっ…」
「……ですよね」
家で制服を着て、姿鏡を見たときに愕然とした。
鏡の中には、女装癖の男が立っており、思わず泣きたくなったものだ。
――それから先輩はずっと黙ったままだった。私もお喋りではないので、先輩から話しかけられない限りは口を閉ざしている。
ゆっくりとした時間が流れる。
小西先輩は横になったまま。私は、鞄から取り出した本を読むフリをしながら、考え事をしていた。
犯人は、小西先輩が家で1人の所を狙ったのだろうか。
だとしたら、いつ乗り込んでくるか分らない。
家に入る時、玄関の鍵を閉めたから逃げる時間ぐらいはあると思いたい。
家の時計が鳴り、お昼だということを知せる。
「先輩、お腹すいてませんか? パンとか、乾物系もありますけど」
私は、ある事に気がついて、先輩に食べ物を勧めてみる。
「…さきいか、ってある?」
「ありますよ。っと…これです」
買い物袋をあさり、目的のさきいかの袋を差し出す。
横になっていたソファから起き上がり、先輩は袋を受け取って、さきいかを食べ始めた。
『やっぱり…』
小西先輩は、机の上に置かれた、蓋をしたおかゆに手を付けていなかった。
考察するに『ぐちょぐちょ』『てかてか』『ぶにぶに』系が駄目になっている。
死体を連想する食べ物…。桃缶もアウトだろう。
――先輩が食べれそうな食品を机の上に並べておこう。
特に何事もなく夕方になったが、雨が降っていて、外はとても寒そうだ。
まさかここまで、お見舞いという名目で居座れるとは思わなかった。――明らかに迷惑人物となってしまった……。
急に先輩がソファから立ち上がり、大きく背伸びをした。
「…うぅ~っ……具合もよくなったし、バイトに行くことにするね」
「バイトですか…。具合、本当に大丈夫ですか?」
先輩には、できれば危険な外には出てほしくない。今日は家に居てくれる事を願って、聞き返してみる。
「だいじょうぶだよ。あ、これ貰らってもいい?」
「どうぞ。好きなの選んでください」
先輩が、机の上に並んだ見舞いの品から、好きなのを手に取って選んでいく。
その間に私は、部屋のゴミを片付けていく。
片付けも終わり、コニシ酒店の外へと出ると案の定、雨が降っており風が冷たかった。
「先輩、もう行きますか?」
「うん。それじゃあ、行ってくるね」
「あ、荷物、持ちますね」
先輩の手から、鞄をそっと奪い取る。これで、先輩について行く口実が出来た。
「もう…。」
鞄を取られた先輩が、呆れたように、こちらを見てくる。そしてコチラは、そ知らぬフリを決め込む。
――雨のせいか、ジュネスまでの道のりが遠いように感じる。
先輩が鮫川の方を見つめている。――今のうちに…
――自分の制服ポケットから、子供用携帯を取り出して、小西先輩の鞄の中へと滑り込ませる。
『小西先輩には、気づかれなかったか。…セーフ』
後々、鞄に入っている事を発見されるだろう。見つからなかったら、万々歳だ。
――GPS機能付き、子供携帯。私が朝ジュネスで購入した物で、持ち主の場所を特定する携帯。
発信機の代わりとして用意した物だ。小西先輩には、念には念を入れておきたい。
「はぁ……」
「ため息なんかついて、どうかしたの?」
川から目を離した先輩が、私の顔を覗き込んできた。
「何でもないです、小西先輩」
(ストーカには、成りたくなかったんだがな……)
※
小西先輩をバイトに見送った後、三栗は荷物を置く為に一度、家へと帰っていた。
要らなかった見舞いの品を床に置いた後、机のパソコンを起動させ、説明書を片手にGPS携帯が作動しているか動作チェックを行う。
『よし。問題はなさそうだな…』
小西先輩の居場所がバッチリ特定できた。現在地はジュネスを指している。
やる事の終わった私は、小西先輩のバイトの終わる時間になるまで、家で適当に過ごすことにした。
――そして時刻は暗い夕方となり、小西先輩との約束の時間が近づいていた。
今度は防犯グッズ入りの肩掛け鞄を肩にかけ、再び雨の中、傘を差してジュネスへと足を進めていく。
昨日と同じように、小西先輩から迎えに来るようにとのメールが着たのを確認し、三栗はジュネス裏口へと向った。
裏口の明かりに照らされて、小西先輩が立っている。
先輩から、容赦ない重さの荷物を渡され失敗したと思う。今日は雨が降っていたので自転車で来なかったのだ。
泣く泣く、腕がちぎれる思いをしながら、荷物持ちとしての意地で頑張って運ぶ。
やがて、コニシ酒店へと私達は着いた三栗は荷物を手渡しながら、先輩が中に入るまで見守っていた。
玄関扉に手を掛けながら、そこまでしなくてもと先輩は笑うが、どこで襲われるか分らない以上、気を抜くことは出来ない。
「小西先輩、さようなら。戸締りはしっかりやって、もう今日は外に出ないでくださいね?」
「わかってるって。それじゃあ、おやすみ。帰り道、気をつけてね?」
「はい。先輩、お休みなさい」
先輩に足早に別れを告げ、先輩が玄関扉の鍵が閉めるのを確認した後、私は暗闇に向かって話しかける――
――そこに居るのは分っている。貴方は誰だ。
※
肩掛け鞄の中の催涙スプレーを手に取りながら、暗闇を睨みつける。
小西先輩は気がついてなかったが、私は途中で足音が増えていることに気が付き、いつ襲われるか気が気でなかった。
コツ…コツ…と革靴の足音がこちらへと近づくことに、身構える。
――やがて少し離れた街灯の下に照らされて、人が現れる。
どこにでもいるような、スーツ姿のサラリーマン。だが、あの額のホクロ……どこかで見たような顔つきだ。
「まっ、まってくれ…私は、話がしたいんだ」
「何の話をしたいんだ」
スーツの男は気弱そうだが、油断することはできない。相手は男で、私は女。力に差がありすぎる。
男を睨みつけながら、他に人が居ないか周囲を伺う。……どうやら、この男1人か。
「わ、私は、彼女に危険を知らせたいんだ…!」
「危険?」
男が街灯の明かりに照らされながら、おどおどと話す。
その姿は、まるでどこかの舞台の操り人形の様。
「マヨナカテレビに映った人間は、危険が迫っているのかもしれないんだ!」
「最初に映った山野アナが死亡したから、次に映った小西早紀も同じように危ないかもしれない、と?」
「そっ…そうだ! し、信じてくれ…っ」
「ならば、彼女は私が守ってみせる。そして貴方は、生田目さん。ですね」
確か名前は生田目…だったか。市議会議員でもあり、そして――最初の事件の関係者。
「あ…あぁ…。そうとも、私は生田目だ…。か…彼女の事は…君が……」
「絶対に守ります。何か他にあるなら、ここに連絡をください」
私は、鞄からとりだしたメモ帳に、電話番号とメールアドレスを走り書く。
――そして、メモ帳ごと生田目の方に放り投げる。
怪しいメールなどを送ってきたら、速攻で警察に相談すればいい。生田目が、恐喝罪か何かで捕まるかもしれない。
それに今夜、小西早紀を殺しに来たのだとしても、私が『前回』と流れを変えた以上、生田目は今夜、先輩を殺せないはずだ。
「わ…わたし…は…『私は貴方が、ここから立ち去るまで動かない』………」
――暫くして、私の放り投げたメモ帳を手に、生田目はふらふらとしながら、立ち去っていった。
『完全に立ち去ったか……?』
生田目が居なくなったことで、肩の力が抜ける。が、力を抜きすぎたようで、足がガクガクと震えだす。
そういえば、ここは小西先輩の家の前だ…。
先輩を不安にさせないためにも、私と生田目の話を聞かれていないといいのだが。
……私も家に帰ろう。
――ガラリ
私の背後で、扉の引かれる音がした。
驚いて、びくりと肩をすくめる。――小西先輩?
「…すみません、近所迷惑でした…よね…」
ごまかす為に、へらりと笑って頭を掻く。
が、小西先輩は逃さないとでも言うように、ジッと私を見つめてくる。
「っ…! 小西先輩?」
小西先輩が私の方へと歩み寄り、私の手を取って、コニシ酒店の中へと引っ張り込んだ。
行き成りの事で私が固まっている間に、小西先輩は玄関扉を閉め、ガチャリと鍵を掛けた。
「……先輩?」
「…その足じゃ、帰れないでしょう? もう…。今夜は泊まっていけばいいよ」
「…………お世話になります…」
――あれだけ大口叩いたのに、情けない展開になってしまった。小西先輩に話を聞かれていない事を祈っておこう…
※
小西先輩の家へと招かれた私は、冷えた体を温めなさいと、お風呂に入れられた。
1人で湯船に浸かりながら考える。
『今夜、小西先輩が襲われる。』
偶然とはいえ、小西先輩の家に泊まれたのは、これ以上ない好都合。
生田目に宣言したとおり、絶対に守りきらなくては…。
「先輩、お風呂ありがとうございました。風邪を引かずに済みそうです」
「そう、良かった。…ごめん、私のパジャマだと、少し小さかったね」
小西先輩が、小動物の様に小さいからです。私としては先輩が物凄く羨ましい。
「ちょっと早いけど、もう寝ようか」
「はい。今日は先輩の具合、悪かったですしね」
「…もう。あ、豆電球だけ点けさせて。真っ暗だと眠れないの」
「わかりました」
トントン拍子で寝る支度をして、やがて部屋は、豆電気のオレンジ色の光を残して暗くなった。
小西先輩は、隣でごそごそと動いていたが、やがて静かに寝息をたて始めた。
可愛らしい寝息が羨ましいです、先輩。私だと…いや、そっとしておいてくれ。
『さて、起きるか…』
隣に居る小西先輩を起こさぬよう、そっと体を布団から起こす。
暖かい布団の中は寝不足の体に悪い。うっかりすると寝入ってしまう。
枕元に置いておいた、自分の携帯を手に取る。携帯の時計は、もうまもなく――
――『4月15日』 AM 00:00
『小西早紀が生きて、ここに存在してる…』
※
結局、一睡もせずに夜が明けた。
外はまだ雨が降っているようで、雨音がする。
――小西先輩が、生きている。
隣の布団で相変らず、小さな寝息を立てている姿を見て、ほっと安心する。
「…ふぁ…。あ…おはよー」
「おはようございます、小西先輩」
先輩は、寝ぼけ眼で布団の中をもぞもぞとして、枕元の置き時計へと手をやった。
「んー…。まだこんな時間か…。早く起きすぎたなぁ…」
「2度寝しますか?」
「…んー……起きるっ」
体を布団から、一気に体を起こして、先輩がうぅーんと、背伸びをした。
私は布団から出て、窓へ歩み寄り、カーテンを開けた。外は雨が降っていて霧が濃いが、外に怪しい人物は居ない。
『今まで小西早紀が、見ることの無かった日…か』
「ね、早く起きすぎたし、学校に行くついでに、朝の散歩でもしない?」
「それより先輩、今日は学校に登校を?」
「そろそろ、登校しなくちゃ。休み続けるのも、面倒くさいし」
連続で休み続けたら、教師陣が確かに煩さそうだ。特にモロキン。
布団を畳んで小西先輩と朝の支度をしていく。小西先輩の弟さんは、まだ眠っているらしかった。
髪を整え、軽く化粧をし、服をチェックし…女の子の支度は時間が掛かる。
私? 私のことは、適当に放っておいてくれ。
朝ご飯は散歩がてらジュネスで購入して、学校で食べる事となった。
――霧が少し残り、雨が降る町を小西先輩と共に、のんびりと歩いていく。
鮫川を歩いていた時だった。
小西先輩が立ち止まり、遠くを見上げて口を開いた。
「私ね、外に出るのが怖かったの」
私も小西先輩に習うようにして、遠くを見上げた。
遠くの方に、家が立ち並んでいるのが見える。家の屋根のアンテナは細く、まっすぐとした形だ。
「屋根って、顔を前に向けてるだけで、目に入ってくるでしょう? …あの日もそうだった」
小西先輩が語り始めるのを、私は黙って聞いていた。
「でも、あんな状況に出会うことの方が、可笑しいのよ。ただの田舎町で、ね?」
「私は運が悪かった。あれ以上、最悪な事なんて他に無いよ」
そう言いながら、嫌な事を振り払うかの様に、手に持つ傘をくるくると回す。
「………私の後輩にね、ウザイ奴がいるの。」
話の流れがわからず、小西先輩の方を見てしまう。
だが、小西先輩の視線は、相変わらず屋根のアンテナに向けられたままだ。
「昨日今日、学校に行かなかったぐらいで、何度も電話したり、何通ものメールを送ってくるのよ」
『花村の事か…』
「でね、全部『心配』『大丈夫』の言葉の羅列なの。見てる私の方が、嫌になってくる」
「……私が返信しないのに、ずっと送り続けてきて。お陰で、友達から着たメールが埋もれちゃった」
先輩がアンテナから視線を外して、満面の笑みを私に見せる。
「だからね! 今日はアイツに、思い切りウザイって言おうと思って。ふふっ…」
私から視線をはずして、今度は、薄い霧に包まれた雨空を、楽しそうに見上げている。
「…そう…ですか。」
話の意味が分らず、頭の中で必死に考える。
つまり、花村の事がウザイと文句を言いに行く。だから、応援してね! という感じでいいのだろうか。……どうも、違う気がするが。
小西先輩が元気になったので、良しとしよう。
でも、なぜ小西先輩は、私にこの話をしたのだろう。
同じ死体を見たから、先輩は私に取りあえず、自分のテリトリーに入れてくれているのだろうか。
私は疑問を小西早紀に問う。
――先輩は、な…ンデ……
――体に衝撃が走り、冷たい地面へと叩きつけられる。小西先輩の靴が後退した姿を最後に、私の視界が、黒に侵食されていく
辛うじて持っていた意識も、二度目の衝撃に――
『………セ……ン…パ…イ…』
※
――過去とは何か
語る。過去に戻ると、同じ人物の性格が違う。 同じ人物だが、同じ人物ではない。
語る。過去に戻ったからといって、皆が『前回』と同じ選択を選び取るとは、限らない。
語る。床に落ちているホコリ1つが、『前回』と違う動きをしただけで、未来が変わる可能性を持った『過去』
『前回』と同じ人物。
『前回』と皆は、同じ事ばかり喋る。
『前回』と皆が、同じ選択を続ける。
『1人』が[動く]・[動かない]で、田舎町が変わる可能性を持った『過去』
――たとえるなら、繰り返しのニュー『ゲーム』の様。
――急に浮き上がる様に、意識が戻る。
顔に細い何かが当たっている。手で退けようとするが、手が動かない。
起き上がろうとするが、体が動かない。下が凸凹して痛い。
『小西先輩は、どうなった…?』
耳を澄ませると、川の流れる音しかしない。――先ほどいた、鮫川で間違いないだろう。
『…症状からみて、スタンガンで間違いない』
意識があるのに、体が動かない。犯人対策の防犯グッズを調べた時に、得た知識だ。
『犯人にやられて、得た知識を披露するなど、皮肉すぎる』
とにかく、そう時間が経たない内に動けるようになるはず。
1発でも効果は十分なのに、2発目をやるとは。犯人は余程、私の事が嫌いだったらしい。
『落ち着け。急いたら事を仕損じる』
――まだ足が震えるが、歩行できるようにはなった。
私は、草むらに転がされていたようだ。雨でドロドロになっていた土が制服にへばりついている。
素早く周囲を見渡すが、小西先輩の姿が見当たらない。――犯人に連れて行かれたか――鮫川に流されたか。
とにかく、後者で無いことを祈る。前者でも全く良くないが。
携帯を探して、制服のポケットを探すが――ない。どこかに落としたか?
『…あった』
足元に落ちていた携帯を拾う。
携帯を開くと黒い画面が待っていた。電源ボタンを何度か押すが電源は入らず、黒い画面のままだ。
『スタンガンにやられたか…。仕方が無い、公衆電話だ』
ただの田舎町であるが故に。
都会の様に、公衆電話が撤去されていない事に、今は感謝する。
「もしもし――」
警察に通報して、事情を説明していく。――が、ここで問題が発生する。
「警察署の方に、一度来て頂けませんか?」
「小西早紀の命が危ない。と言ってもですか?」
「ですから――」
ええい。埒があかぬ。警察署の方に来いと。普通の事態なら私はそうする。
だが――私が動かないで『前回』の流れが、変わるとは思えない。
現に『前回』の流れへと修正するかのように、小西先輩がいない。
――警察が耳元で、オウムの様に説明を繰り返している。
「もしもし? ですから一度『時間が無い。早紀の命が危ないんだ! 私にとって、早紀は大切な人だ。探しに行く』え、危ないで――」
警察への電話をブツリと切る。
『彼女を守ろうとする彼氏』を上手く演じれたか…?
結果はともかく、警察に小西早紀の行方不明を伝えた。
死体発見者、小西早紀が犯人に狙われ行方不明。
その場に居た彼氏は、小西早紀を追って、危険な犯人の下へ。
実によくある、分りやすいストーリー。これで警察が動いてくれると、ありがたいのだが。
――電話後、傘を差さずに、私は家までの道を、必死で全力疾走していた。
鮫川で小西先輩を探すよりも、GPS機能で場所を特定する事にしたのだ。
『はたして、どちらの方が良かったか……いい判断であってくれ』
そう祈りながら、自宅へと飛び込む。
雨で重くなった靴を脱ぎ捨て、急いでパソコンで、GPSの特定を始める。
小西先輩の場所が分るまでには、時間が掛かる。
私はその間に、制服から私服へと着替える。
制服は汚れすぎていて、とても目立つ。このまま制服で小西先輩を探し回って、警察に捕まる方が厄介だ。
――ポーン…ポーン――
パソコンのスピーカーから、GPSの特定が終わった音が流れだす。
慌てて服の袖を通しつつ、パソコン画面を確認しながら、特定した場所の印刷を始める。
「っ…! 判断を誤ったか!」
特定された場所は『鮫川』だった。
おそらく、私が先ほど居た場所から、そう遠くに離れていない。
――さらに悪いことに、GPSの通信が途絶えていた。今表示されているのは、GPSを最後に捉えた場所。
場所を印刷した紙を片手に、再び家を飛び出す。
家に止めてあった自転車に乗り、鮫川へと急高速で向かう。
『先輩…! 先輩…! どうか無事でいてくださいっ!』
地図を確認しながら、鮫川の河川敷を走る。息が切れ、肺が痛い――ここかっ!
――その場所には、小西先輩も、犯人も、居なかった。
――――代わりに、打ち捨てられたテレビが1つ落ちているだけ。
「そんな…小西先輩っ…」
『だめだ、焦っては駄目。そんな感情は捨てろ。』
深呼吸をして、落ち着こうとする。考えろ…今ある材料で何が分る?
腕時計で時間を確認する ――いつも登校している時間より、少し早い時間帯。
GPS携帯は落ちていないか ――テレビ以外、落ちていない。
河川敷に隠れられる場所は ――ない。
ほかに…ほかにわかることは ――ない。
――『虱潰しに、探し回るしかない、か……』
『いや。『今』だけ、やれる事がある…!』
下を向いていた顔を、バッと上げる。私は走って鮫川を離れる。
止めてあった自転車に飛び乗り、先ほどよりも早い速度の疾走をする。
『どうか、間に合ってくれっ…!』
走る速度が早すぎて、景色が廻るように、視界から過ぎ去っていく。
――自転車を漕ぐ足が痛い、千切れる。
――息が出来ない、苦しい。
それでも、今しか出来ない! 休む事は、後からでもできる。今はとにかく、走れ!
――『着いたっ!!』
自転車を投げ捨て、急いでその場所の見える物陰へと移動する。
――が、目的とするモノが、私の目の前を、早い速度で過ぎ去っていく。
『間に合わないっ!! 待ってくれ!!』
――急いていた私は、その勢いのまま目的に向かって、飛び蹴りを繰り出した。
※
雨の降る中、俺は花村と登校していた。
後ろから、自転車に乗っている花村に声を掛けられ、昨日の様に一緒に登校する事となった次第だ。
花村は、右手で自転車を押しながら、左手に傘を差し、携帯を操作するという器用なことをしている。
「雨の日なのに、自転車なんだな」
晴れない顔をしている花村に、声を掛ける。
だが花村は、携帯を見ながら生返事しか返さない。
「花村、何かあったのか?」
「ん、ああ…。昨日から、小西先輩と連絡が取れねぇんだ。」
花村は、ため息をつきながら、制服のポケットへと携帯を戻す。
「そうか…。やっぱり、昨日の手紙が気になるか花村?」
「イタズラ、だよな…。でも現に、先輩から返事こねぇし…。」
花村が焦れた様に、唇を噛み締める。
『小西早紀が危ない、か…』
昨日の朝、また白い手紙が花村の机へと入っていた。一昨日と同じ白い手紙。
花村は、またかという顔をしながら、手紙を開けた。
――コニシサキ ガ アブナイヨ?
コピー用紙に印刷された文章は物騒なものだった。
花村は怒って、丸めて捨ててしまったが――
「小西先輩、学校来てるかもしれねぇし、先に行くことにするわ。」
花村が自転車に乗りながら、俺に軽く手を振る。
「ああ、分かった。小西先輩、来てるといいな」
「わりぃな。それじゃ、また後でなー」
自転車の速度を上げながら、花村が去っていく後姿を見送る。また、ゴミ箱に突っ込まないと良いのだが。
――突如、路地から飛び出してくる人物が現れ、横から、自転車に乗る花村へと飛び蹴りを喰らわせた。
横から押された花村が、傘を放り出し、自転車から落ちて尻餅をつく。辺りに、自転車の倒れた大きな音が響き渡る。
「花村!! 大丈夫か!?」
俺は、倒れた花村の元へと駆け寄るが、結構距離がある。
周りを歩いていた生徒も、驚いて花村の方を見つめている。
飛び蹴りをした人物は、何事も無かったかのように、尻餅をついている花村へと手を伸ばす。
「花村陽介、だな。すまない、話がある」
その人物は、周りに響く凛とした声で、花村へと話しかける。
一方の花村は、何があったのか理解しきれていない様で、ポカンと口を開けている。
雨に濡れた髪を滴らせながら男が、花村の腕を掴み上げ、路地裏へと引っ張っていく。
花村は男に、されるがままに路地裏へと姿を消した。
俺は急いで、路地裏に消えた花村の後を追う。
走りながら、携帯を用意し、110番を押しておく。まだ通報はしないが、いざという時の為だ。
――路地裏に辿りつくと、花村が我に返ったようで、男へと詰め寄っていた。
「お前、行き成り何すんだ! 商店街の連中か!?」
「違う。花村陽介、落ち着いて話を聞いてほしい」
「何を聞けって『花村!大丈夫か!?』」
花村が男に掴み掛かり、一発触発の雰囲気だ。ここで殴り合いになっては不味い。
そう考えた俺は、物陰から駆け寄って、花村へと声を掛ける。
「ちょ、おま、何で来るんだよ!」
俺の登場に花村が驚き、男を掴んでいた手を離す。
男は突然乱入した俺の方に目もくれず、花村の方を見続けている。
「花村、その人の話、聞いてあげたらどうだ? 埒が明かない」
「……はぁ。んで、話って何なんだよ」
喧嘩腰で言うのも、あれだと思うぞ花村。逆に男の方は、終始落ち着いている。
「花村陽介。私は、知りたいことがある」
そして、男が静かに言い放った内容に、俺たちは固まった。
――小西早紀が行方不明だ。 花村、何か知らないか?
※
「小西先輩が…行方不明……? てめぇ嘘つくんじゃねぇよ!」
「本当だ」
叫ぶ花村を、男が一途両断にする。
花村は憎いとでもいうように、男を睨みつける。
「小西先輩が行方不明だという証拠は?」
俺は、花村の様子を伺っている男に、質問を投げかけてみる。
「今日の早朝に何者かに襲われ、連絡が着かない」
「それは証拠になっていない」
考え込む様に口を閉ざす男。目をふせて、眉間にシワをよせている。
「すまない、私も突然の事で混乱している。話が長くなるが――」
――男の話が、パトカーのサイレンの音にかき消される。
「誰かが、警察呼んだみたいだな…」
パトカーの音が、徐々に近づいてくる。このまま移動しなければ、男は捕まるだろう。
「どうするんだ、花村?」
男から実害を被った花村に、男を警察へ引き渡すのか、問いかける。
男は、花村の動向をじっと見守っている。
「…話、聞いてやる。鳴上、フードコートに行こうぜ。…お前もな」
男が同意したように頷く。
花村がパトカーの音が聞こえる方と、逆方向に歩き出す。俺と男も、花村に習い同じ方向へと歩む。
「花村ちょっと待て、折り畳み傘、貸すから」
花村へ、鞄の中に常備している傘を渡す。花村は参ったとでも言うように、肩をすくめた。
――ところで、なんでフードコートなんだ花村。
※
先を歩く、花村の後ろ姿についていく。私の事は隣の鳴上が見張っている。
『急いては事を仕損じるか…。花村君に悪いことをした』
あそこで飛び蹴りしなくとも、呼び止めるなり、前に立つなり、すれば良かったのだ。
花村には、後で丁重に謝罪しなければ。
――『小西早紀が行方不明だ。 花村、何か知らないか?』
私は歩きながら、先ほど話した事を思い返す。
花村が、小西先輩の行方についての情報を持っていない事は、分かっている。
私はただ、花村に『小西先輩が行方不明』という事を伝えたかっただけだ。
『前回』花村陽介は、小西早紀の行方不明を知らず、突然、小西早紀の死を知らされる事となった。
『今回』花村が動けば、『小西早紀の死』が変わるかもしれないと、私は踏んだ。――もちろん、根拠などないが。
体を濡らす雨空を見上げる。
――小西先輩と共に見た雨空。そして花村が、小西先輩を悼んで泣いた空。
『さて、花村にどうやって説明したものか……考えなくては』
だが、1つ気になることがある。――なぜ…
――なぜ、フードコートなんだ花村。
※
ジュネス屋上フードコート。
テーブルには、雨避け用の屋根がついており、雨に濡れない構造となっていた。
ずっと傘を差さずに、雨に濡れ続けた三栗の体には有難い。
「んじゃまあ、説明してもらいましょーか」
花村が喧嘩腰で、話しかけてくる。
――出会い頭に、いきなり飛び蹴りは悪かった。やられたら、私でも怒るさ。
「経緯を説明する。山野アナの死体発見者は、小西早紀。私はその場を見た。証拠もある」
自分の鞄から、大学ノートを取り出す。事件について、まとめていたノートだ。
「覚悟して見てくれ。これを撮ったのは、決して興味本位じゃない」
2人に忠告してから、ノートのとあるページを開く。
――それを見た2人が、息を詰める。
開かれたページには――山野アナの死体写真。
携帯で撮影したので、画質が荒いが、十二分に死体だということがわかる。
「小西早紀はコレを見て、相当深いショックを受けていた」
大学ノートを閉じながら、その時の状況を2人に説明する。
「先輩、これ生で見たんだよな…」
「証拠はわかった。貴方と小西先輩の関係は何ですか」
鳴上が、私に鋭い視線を投げかけながら問う。――うっかりループの事を漏らさぬ様、慎重に言葉を選ぶ。
「先輩と後輩の関係だ。事件後に知り合いになった」
「事件後に知り合ったって、どんな風にだ? 死体見たから、仲良くしましょうってか」
花村は、先ほどの写真を撮った私に良い印象を抱いていない様子だ。
――非常識だということは、私も重々承知の上だ。反論するつもりはないが。
「違う。私は、小西先輩に忠告をしに行ったんだ。」
「忠告の内容は?」
姿勢を正して、鳴上が椅子に座り直す。
「猟奇殺人犯は、死体第一発見者、小西早紀を狙う可能性がある。そう小西先輩に伝えた」
花村は固まり、鳴上は考え込む。対照的な2人だ。
だからこそ、後々仲良くなるんだろうか。
「なぜ、そう考えたんだ? 死体を発見しただけだろう、小西先輩は」
鳴上が考えながら口を開く。
――痛い所を突かれた。未来を知っていたから、とは言えない。
「私が経験者だからだ。犯人は猟奇殺人犯。何をするか分からない人物」
小西先輩を説得する時に使った話を持ち出す。
鳴上の様子を見るが、話を切り返してこない。…乗り切れたか。
「貴方の言葉を信じます。先ほどの話の『今日の早朝に何者かに襲われ、連絡が着かない』というのは?」
花村が顔をバッと上げた。――花村も、私の話を聞いてくれる気になったようだ。これで先に進める。
「早朝、鮫川で小西先輩と私は散歩していた。」
目を閉じながら、今朝の事を思い出していく。
「私は、後ろからスタンガンで襲われた。小西先輩が、後ずさるのを見たのを最後に、私は意識を失った」
「スタンガンで襲われたなら、痕残ってるよな…?」
花村が見せろと言わんばかりに、こちらを見る。本当の事だと信じたくないのだろう。
「首筋に2発だ」
そう言いながら、首筋のガーゼを外す。その様子を見た花村が椅子から立ち上がる。
こちらへと近寄り、首筋を覗き込んで、息を呑む。
あまりにも目立つ為、ガーゼで隠すはめになったのを覚えている。
「信じてくれたか?」
私は2人に問いかける。2人は、深刻な顔をしながら頷いた。
――信用は取れた。次は、現在の状況説明か。
「現在の状況を伝える。警察には通報済み。GPSを確認した所、最後に通信が途絶えたのは『鮫川』」
「ちょ、GPSって、小西先輩に――いや、こんな話してる場合じゃねぇな。それで?」
花村が混乱したように、続きを促す。
私もGPSを仕掛けた事は、伏せておきたかったのだが。
GPSの場所を印刷した紙を取り出し、2人に説明を続ける。
「鮫川を見にいったが、何も無かった。私の情報は以上だ。」
あっと言う間に、情報開示が終った。――皮肉なものだ。
「小西先輩の持ち物、なんか、落ちてなかったのか?」
「無かった。――いや、落ちていたといえば、落ちていたか。GPSが最後に指した所に」
もう、苦笑いしか浮かばない。頼みの綱のGPSも役に立たなかったのだから。
「何が落ちていたんですか?」
鳴上が真面目な顔をして聞いてくる。こんなくだらない事でも、真面目に聞くから彼は優等生なのか。
私は鳴上悠の問に答える。
――打ち捨てられた、テレビが1つ。 落ちていただけだ。
※
「もう私は、小西先輩を探しに行くよ。何かあったら、ここに連絡をくれ。私の家の電話だ」
彼らに連絡先を書いたメモを渡しながら、私は椅子から立ち上がる。
「待ってくれ、さっきのGPSの場所を印刷した紙をくれないか」
「…ああ、構わないさ」
役に立たなかった紙を鳴上へと渡す。一体、何に使うつもりなのだろう。
再び歩き出した時だった。後ろに居る花村が、私に話しかけてくる。
「なぁ、何で俺に、小西先輩の事を伝えに来たんだ」
私は暫し考え、花村陽介の戸惑いに答える。
――小西先輩が、花村君に話したい事があるそうだよ。 あと、飛び蹴りしてすまなかった。
※
男がフードコートから去ったのを確認して、再び俺達は話を始める。
「花村、話を整理しよう」
花村と向かい合わせになるように、椅子を座り直す。
「ああ。小西先輩が行方不明。そして、それを示唆する手紙が来た」
最初の態度と変わり、真面目な顔をして落ち着いている様に見える。
だが、内心は小西先輩の事でいっぱいだろう。
「なぁ、マヨナカテレビに小西先輩が映った事、俺なりに考えてみたんだ」
花村が静かに話を切り出し始める。
「最初、山野アナがマヨナカテレビに映ったらしい。そしてその後、死んだ」
「そして次は、小西早紀がマヨナカテレビに映った。花村が騒いだからよく覚えている」
どんな覚え方だよ、と花村が悪態をつく。花村は、頭を掻き回しながら、話を続ける。
「マヨナカテレビに映ると、映った人物が死ぬ。俺は…そう思うんだ。あっちの世界のことも気になる」
「…そうか。」
テレビの中の世界か…。昨日入った、謎ばかりの世界。マヨナカテレビとも関係があるのかもしれない。
「花村、手紙についてはどう思う。」
「どうって、そうだな。まず――」
「――最初、俺の机に『コニシサキがマヨナカテレビに』っていう手紙が来た」
「そしてその晩、小西早紀らしき人物が、マヨナカテレビに写った。手紙の内容通りに」
マヨナカテレビを見た次の朝、花村が興奮していたから、よく覚えている。
「昨日の朝に、2通目の『コニシサキがアブナイヨ』の手紙。現に、小西先輩が行方不明になっちまった」
眉間に深いシワを作りながら、花村が溜息をついた。
「未来を伝える手紙か…」
内容は置いておいて、誰が花村の机に入れたのだろうか。
見た者もおらず、結局、誰なのかは分からなかった。
俺は、花村へと1つの提案をしてみる。
「花村、鮫川に行かないか?」
「そうだな、俺も気になってたんだ。早く行こうぜ。」
話を切り出して早々に、花村が動き出す。それだけ、小西先輩のことが心配なのだろう。
先に歩いていってしまった、花村の後姿を追いかける。
――ジュネスを後にし、鮫川へと早歩きで向かう。辺りを見回しながら進むも、小西先輩の姿はない。
道中、花村は無言で一言も喋らなかった。花村は、気持ちが焦っているようだ。
暴走しなければいいのだが…。
そして、鮫川へと辿り着いた俺たちはGPSが小西先輩を最後に捉えたという場所へ、地図を確認しながら突き進んでいった。
「――ここか」
草も大して生えておらず、石ばかりの河川敷。
「ほんとに、何にもねぇな。『テレビ』以外は」
花村が、捨てられたテレビへと近づく。
「待て、花村。もし…そうだったらどうする」
「よくわかんねぇけど…。もしそうだったら、決まってるだろ。力を貸してくれないか、鳴上」
「…ああ。もちろんだ、花村」
俺は花村の顔を真っ直ぐ見ながら頷く。それを見た花村は、テレビと再び向き合う。
テレビの画面へと、花村が手をそっと伸ばし――
――入った。
黒い画面に手が沈み、画面は水面の様に揺らいでいる。
「…小西先輩なら、入れる大きさか。俺達じゃ、画面が小さすぎて入れねえな」
画面から手を抜きつつ、花村がそう呟く。
「だな。花村、提案なんだが、ジュネスのテレビから入らないか」
「ああ。昨日のクマが、同じ場所に居るかもしれないしな。もしかしたら、あのクマ何か知ってるかもしれねぇ」
俺の提案に頷きつつ、花村はテレビから離れて、俺の方へと向かってくる。
「出口もまだ、あそこにあるかもしれない」
そして、俺は花村の方を見ながら、花村は俺を見ながら、お互いに口を開く。
俺、鳴上悠は花村陽介に問いかける。
――行こう、花村。
――おうよ! よろしくな、鳴上!
そして、花村陽介は問いに頷く。
―――彼らは、再びテレビの中の世界へと歩みだす―――
※
――ただの田舎町の筈なのに。時が過ぎ、何も見通せぬ、暗闇の田舎町となった。
『外はもう暗すぎて、探すことが困難だ…。自分の歩んでいる所すら、わからない。』
街灯の無い、雨の降り続く暗闇の田舎町を、歩き続けた体は、限界を超えている。
『このまま探し続けても意味が無い。朝を待って再び探そう』
そう自分に言い聞かせ、自宅への帰路を歩く。
――『もう…家に着いたのか…』
気がつくと、いつの間にか家の前に着いていた。
重たい腕で、玄関の扉を開けて中に入る。
雨で重くなった上着を脱ぎ捨て、椅子にどさりと座る。
ふと、視界の端に、チカチカと赤く点滅する光があることに気がついた。――留守電…?
見ると、家電話の留守電ランプが点滅しており、伝言があった事がわかる。
椅子からふらりと立ち上がり、留守電ボタンを押しにいく。
電話口から、伝言が流れ出す――
――あーもしもし? 花村陽介です。小西先輩が、夕方ごろにジュネスで見つかった。ケガもないし無事だ――
「小西…せんぱい……助かったの…?」
体の力が抜け、膝から床に崩れ落ちる。
震える手で、もう1度、留守電ボタンを押す。
電話口から、流れだした内容は先ほどと同じで――
「…よかっ…た…」
――目の前が暗闇に包まれていく。先ほどの暗闇の田舎町とは違い、体を休める為の優しい暗闇だった。
4月15日――小西 早紀 [死亡] → 4月15日――小西 早紀 [生存]
※
『4月17日』(日)――天気: 晴れ ペルソナ使いの集い
夕方のフードコートにて、俺達は談笑していた。
「あれ、里中の奴、帰っちまったのか?」
店の奥から花村がやって来て、俺と迎え合わせになる様に、椅子へと座った。
「ああ、疲れたから帰るって言ってた。」
「あの里中が疲れただと…。まぁ、自分の影と対峙したから、無理もねぇか」
体を大げさに仰け反って、花村が驚く。相変わらず、誇大表現な奴だ。
「ところで花村、バイトはどうしたんだ?」
「小西先輩を助けたから、今日は免除だってさ。それより、時給上げてほしかったぜ」
どうやら、花村の時給は少ないらしい。運が無い所が、こんなところでも発揮されるとは。
「そういえば、『花村飛び蹴り男』小西先輩が助かったのに見かけないな」
てっきり、俺達に会いに来ると思っていたのだが、今日になっても姿がない。
「俺の名前で変な名称つけるなよ! どうせ、そのうちフードコートにでも現れるだろうよ」
「また花村に、出会い頭に、飛び蹴り喰らわせてきたりしてな」
「俺が仕返してやるっての!」
花村は仕返しの練習をするかのように、ボクシングの構えをする。
あの人は、本当にどこにいったんだろうな。ひょっとすると、まだ小西先輩を探しているのかもしれない。
「花村。本当に、小西先輩が助かって良かったな」
あの雨の日、小西先輩はジュネス発見された事になっている。
そしてそのまま、病院へと搬送されていった。後でお見舞いに行かなくては。
「ああ…俺も、先輩も、自分の気持ちを整理できたしな…」
テレビの中の商店街での出来事を思い出すように、花村は目を閉じている。
椅子に座っていると、そよ風が吹いてくる。
しばらく雨続きだったせいで、空気が湿っぽいが、どこか清清しく感じる。
夕方のオレンジの光が田舎町を包んでいく。
――花村。里中さんの為にも、天城さんの事を助けだそうな。
――あったりまえだろ、鳴上! 俺に任せとけ!
※
同時刻――ただのベランダにて 1人の一般人
――小西早紀の死の回避は、花村陽介が鍵だった、か。……しかし、何故私1人ループをしているんだろうな。
ともかく、小西早紀が生きている。今はただ、それを喜ぶ事にしよう――
――小西先輩に乾杯!
――小西 早紀 編 (完) ――
【あとがき】
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
小西早紀の死は、どのようにしたら回避できたのか。
『番町達が、早めにテレビの中へ入って、小西早紀を助け出す』もはや結論。
――でももし、以外の話を作るとしたら…。という妄想から、このような設定の話が生まれました。
小西早紀を助けたら、モブのやる事ほとんどないです(笑)
最初からクライマックス。そんな感じの話になりました。
もしも、この後の続きを書くとしたら『ループの原因解明』はもちろんの事、
『番長達の正体を見破ろうとする』とか、『謎のクマと出会い』などという話でしょうか。
番町達と絡む事もあるが、あくまでもモブ。
モブによる、一般視線での物語を書き上げる事ができたでしょうか。
少しでもお楽しみいただけたのなら、幸いです。作者が喜びます。
それでは改めて、小西早紀編とあとがきを読んで頂き有難うございました。
【9/9追記】
生田目とのやり取りを「マヨナカテレビに映ったら死ぬ」から、「危険かもしれない」に変更しました。