「なぁ茶々丸、私が謝ったほうが良いのか……?」
「謝った場合の方が物事が滞り無く進む可能性が高いです。」
エヴァンジェリンが怒って部屋を出て行き、シャークティが追いかけたことで、私は茶々丸と2人っきりとなった。
茶々丸は飲みやしない麦茶が入ったコップを持ち部屋の扉を見つめている。元々なのはとアリサ対策にフェイクとして用意していたものだ。
そういえば何故私はあの2人に茶々丸がロボットだということを隠してるんだっけ? 魔法がばれている以上、隠す意味は無い気がするが……まぁいいか。茶々丸は元々あまり接点が無いからな。バイトで少しなのはと喋る程度か。単に機会を逃しただけ、かな?
この先ジュエルシード探索なんかをなのはと一緒にやってもらうなら、そのうちばらす機会は来るだろう。
そうなるとすずかの事を言わないように口止めしておかないとな。その辺りの機微はわかっているような気もするが、結構抜けてるからな、こいつ。
茶々丸を作ったのがあの葉加瀬と超だってことは茶々丸本人から少し聞いたが、なんだが茶々丸のAIが抜けていることに酷く納得出来る面子だ。超はまだ少しバランス感覚が有りそうだが、葉加瀬だもんなぁ……。
むしろあの葉加瀬が茶々丸のようなAIをつくる事が出来た事のほうが驚きだ。技術的な面もそうだが、性格的な面でも。超が魔法に関っている事はわからんでも無いんだがな。
そうだ、茶々丸が戦うときはやっぱり肉弾戦なのか? 普通の人間に比べて力が強いなんて次元じゃないことは知ってるけど、それでも魔法相手にどうにかなるんだろうか?
実体を持つ相手なら大丈夫だと自分で言う辺り、弱くは無いんだろうが……。
――なんて。現実から目をそらすために色々なことを考えていたが、それも一区切りついてしまい。
「ああ、どうしよう、どうやって謝ろう……。」
そ、そりゃ自分のサインを落書き呼ばわりされたら怒る、か? 芸能人のサインは殆どが唯の落書きと言って良いだろうが、エヴァンジェリンのは単なる筆記体だったみてーだし。うん、そこは私が悪い。認めるっきゃねーな。
でもよ、あの三脚は結構高かったんだぜ? それに勝手にサインするのはエヴァンジェリンが悪い。それは間違いない。差し引き0だろ?
ん、いや、そもそもこの夢が無ければ良い話だったんだ。つまり学園長が悪い。悪いのは学園長だ。私は悪くない。うん。
「マスター……」
そんな事を考えていると、だまって扉を見ていた茶々丸が何かを呟いた。
「どうした、茶々丸?」
「……マスターにとって……私は重要では無いのでしょうか……?」
茶々丸はそんなことを呟きながら、未だ開かない扉をじっと見つめている。
……なるほど。さては、こいつ拗ねてるな? 茶々丸にとっては半年以上振りに会ったマスターが、自分の変貌に驚いたのも束の間、すぐにシャークティをつれて何やら話し込んでいるのが気に食わないわけだ。
落ち着いているように見えるが、こいつまだ3歳位らしいしな。まぁAIに年齢が関係あるのかはよくわからんが、普通に考えれば子供っぽい面も有るだろう。
仕方ない、フォローしておくか。これで落書きについてはチャラだ。
「あいつにとっちゃまだ二日なんだろ? 茶々丸の事がどうでも良いわけじゃねーよ。」
「そうでしょうか?」
「そうそう。気にすんな。」
そう励ますも、茶々丸の顔は未だ浮かない。心なしか目が潤ってる気もするが、涙……? いや、まさかな。
けど、まぁ茶々丸にとっては半年以上経ってるわけだしな。それにこの夢の原因は兎も角、茶々丸がここに来たのは私のせいみてーだし。
うーん……しかたねぇ、か。あんまり気は進まねーんだが……
「それにだ、茶々丸。」
「はい。」
茶々丸は返事をすると、真正面から私と視線を合わせてくる。そ、そうじっと見つめられると結構恥ずかしいんだが……っく、くそ。
自分の顔が赤くなっていくのを感じるが、ここで言葉を止める訳にもいかない。私は、意を決して次の言葉を放つ。
「茶々丸にはわりーが……私は、お前が居てくれて、嬉しいぜ?」
「……?」
私のその言葉を聞き、茶々丸はコテンと首を横に傾げた。
こ、こいつ……! 人が折角覚悟決めて、普段はぜってーいわねーような事を言ってやったのに! 理解してねーっつーのか!?
くそ、こうなったらヤケだ! もう言っちまったんだ、後は何言おうが一緒だろ!
「一緒に旅行したり、買い物やメールしたり。向こうで友達が出来たらやりたかったことが、ここでお前と出来ているからな。シャークティは……あいつは、やっぱ先生だし。友達って感じじゃねーよ。」
「私は……千雨さんの、友達、でしょうか?」
「んー……いや、やっぱ違うな。」
ここで、一度言葉を切る。そして、少しためを作ってから……
「――親友、じゃ、ダメか?」
そう言い、軽く目を瞑り茶々丸へ笑いかける。
これは決まっただろ。少々サービスが過ぎる気もするが、別に全くの嘘偽りって訳でも無い。茶々丸相手なら少し盛るくらいで丁度良いだろう。
仲の良い友達って事ならなのは達3人組みもそうだけどよ、あいつらは改めて言う必要も無いだろ。
そして肝心の茶々丸は固まったまま、少し困惑したような雰囲気だが、少ししてゆっくりと口を開き。
「千雨さん……表面温度の上昇が確認され――」
「空気読めよテメー!?」
ああ、くそ、恥ずかしいな!? 言わなきゃ良かった! 友達で止めておくんだった! 何だよ親友って!? 茶々丸に指摘されるまでも無く自分が照れてることは知ってんだよ! うがああぁぁ、暑い、ぜってー今顔真っ赤だぜ、あーもう!
私は赤くなった顔を隠すために、茶々丸の横を通りベッドへと顔を埋める。そのまま足をバタバタと動かすも、顔の熱は一切引かない。
く、くそ、何でこう私のすることは何もかも裏目に出るんだ? 試練か? 試練なのか!?
「い、言わなきゃよかった……!」
っく、顔どころか徐々に全身へ熱が回ってる気がするぜ。何で私はあんな臭い台詞言ったんだ、思いついた事言えば良いってもんじゃねーぞ!?
っつーか良く考えて見ればあの葉加瀬の娘だもんな。茶々丸が空気読める訳ねーよな。後悔してもおせーけど、まぁ、誰かと違ってこれをネタにしてからかって来る、なんてこともねーだろうが。まだ良い方なのか……?
私がベットに倒れ付しそんなことを考えながら悶えていると、突然部屋の外からガンガンと何かが階段を落ちていく音がして。
『なんですってーーー!!?』
という、シャークティの叫び声が聞こえてきた。
な、なんだ!?
思わず顔を上げて扉を見るが、勿論そんな物を見たって何の意味も無い。私は茶々丸と視線を合わせるが、お互い首を傾げることしか出来ず、取り敢えず確認してみるかと思い扉へと向かう。
そして、扉を開けた先には。
何やら考え込むエヴァンジェリンと、驚きを露にしているシャークティ。そして階段の下にある、あちこちが欠けた落書き入り三脚が、私の視界へ飛び込んできた。
「おい。シャークティ、まさか……」
『ちょっとー!! どうしたのー!?』
「あ、な、何でも有りません!」
三脚を持って出て行ったのはシャークティだった。つまり階段の下に落したのはシャークティなんだろう、多分。
そう思い問い詰めようとしたんだが、それより先に1階から母さんの声が聞こえてきた。そりゃ三脚が階段を落ちて行って、あんな叫び声がしたら気にもなるだろう。
シャークティは何でもないと返事をしたものの、母さんが1階の部屋から出てくるような気配がする。って、不味い、エヴァンジェリン!?
「……ふむ。また近いうちに来る。」
私が少々焦ってエヴァンジェリンへ視線を送ると、そう言葉を残して掻き消えた。実にあっさりした奴だ。
「どうしたの、って、あら? 三脚壊れちゃってるじゃない。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル……って誰?」
母さんは階段の下まで来て、そこで壊れた三脚を拾い上げる。
あーあー、完全に壊れてるよあれ。結構高かったんだけどな。これはシャークティに弁償してもらうか? つっても今は三脚別に要らないんだが。やっぱ金か?
でもなぁ、相手がシャークティだと言いにくいよな。私のために色々動いてくれているみてーだし。あ、いや、エヴァンジェリンもそうなんだろうが、目の前で多少でも動いている様子を見てるとやっぱ違うよなぁ。結局なんか知らんが落書きの事は有耶無耶になったっぽいしな、べつに良いっちゃ良いんだが……。
「弁償、という訳じゃないけど……千雨ちゃん、これをあげる。何時までも私の十字架という訳にも行かないでしょう?」
結局何があったのかは話してくれなかったが、なんとか母さんを誤魔化し部屋へと戻った私達。壊れた三脚をゴミ箱の横に置いたシャークティは、そう言いながら一つのブレスレットを取り出した。
十字架と、それに抱きついた天使をモチーフにしたブレスレット。あ、いや、止め具が無いからバングルか。シャークティが言うには自分でつくったらしい。
何でも魔法処置をした銀で前々から私のために作っていたそうで、今までのシャークティ用の十字架よりは魔法が使いやすくなるそうだ。
魔法の修行が進んだら渡すつもりだったけど、ジュエルシード絡みで戦闘する可能性があるなら渡してしまおう、と思ったんだと。ちなみにデザインは完全にシャークティの趣味だ。
魔法処置って祝福の事か? そんな物持ったら火傷するんじゃないか? そんな思いが浮かんだが、シャークティが普通に素手で持っているので私も恐る恐る触って見る。
「ん……なんだ、やっぱすこしピリピリするな。」
「まぁ、慣れるしかないわね。」
けど思ったほど酷くないな。もっと持てないくらい火傷したり拒絶反応でも出るかと思ったんだが……。所詮半吸血鬼だし、元々小さな十字架には慣れていたせいかな。
とはいっても流石に直接肌に触れさせようとは思わず、私は服の上からバングルを付ける。少しでかい。これもずっとつけていれば慣れるだろう、つっても学校なんかではどうするか。カバンの中でいいか? けどそれじゃ慣れないしなぁ。
「あの……私の分は……」
なんて、そんな事を考えていると。茶々丸がシャークティの袖を摘んで軽く引っ張り、もう一方の手で自分の首にぶら下がる十字架を握りながらそう訴えた。
「えっ? ……ご、御免なさい、今は未だ用意出来てないの!」
……そういえば、あの十字架の時も妙に拘っていたよな。アクセサリーに興味を持つ年頃なのか? その割には他のアクセサリーをつけてるって訳じゃないみてーだが。私と同じ物をつけたがる、のか?
なんてな。流石にそれは自意識過剰か。私と同じと言うよりは、私がつけているのを見て自分も欲しくなるんだろう。
さて、それじゃ折角シャークティもいるんだし。新しいこれで魔法の練習でもするか。慣れておくにこしたことは無いだろう、うん。
◇3日後◆
「うーん、やっぱ千雨も来れば良かったのにー!」
「でも、断固拒否! って感じだったよね~。」
「む、無理強いは良くないよアリサちゃん……」
学校が午前中で終わった放課後。アリサ、なのは、すずかの3人は、海鳴に新しく出来たという温水プールへ訪れていた。それぞれ既に着替え終わってプールサイドに集合しており、なのははピンクの生地に小さな赤いリボンが付いたAラインワンピース、アリサは赤いツーピース、すずかは白いスクール水着だ。
以前からこの新しい温水プールに来ようと約束していた3人。その約束も適い喜ぶべき場面だが、アリサは不満を隠そうとしない。それもそのはず、いつもは共に行動する千雨がプールと海にだけは絶対に行かないと拒否した為だ。
アリサとなのはの2人がその理由を聞いても答えようとせず、結局何も判らないままプールの日となってしまった。ムリヤリ連れて来ようともしたアリサだが、帰る準備をしているうちに気付けば千雨は居なくなってしまっていた。そのためアリサは不完全燃焼のままプールへと来ているのである。
「もう、あいつカナヅチなのかしら? 私だって泳げないのに。」
「何か理由があるんだよ、きっと。」
すずかはそう苦笑しながらフォローをするが、アリサの機嫌は傾いたままである。
そんな3人の下へ、一緒にプールへ来ていたほかの面々が集合した。
「すずかちゃーん! お待たせー!」
「お待たせしました。すずかお嬢様、なのはお嬢様、アリサお嬢様。」
「キュー!」
更衣室の方から現れたのは、月村家のメイドであるファリン、ノエル。ノエルの腕の中で声を上げるユーノ。そして――
「や、やはり私は見学を……」
「今更なーに言ってるの! 茶々丸さん!」
美由希に背中を押され、困惑した顔を隠そうともしない茶々丸だった。
「わー、茶々丸さん可愛いー!」
「胸おっきいー!」
茶々丸は本人達ての願いにより、オレンジを基調とした花柄のフリルビキニ、そして膝下まで隠れるシフォンパレオを着用していた。目立たないよう肌を隠したいという本人の意図に反し、普段余り感情を表に出さない茶々丸が暖色系の水着を着ることにより、そのギャップがより一層茶々丸が持つ魅力を引き立てている形だ。
それはアリサ達女性陣だけではなく、周りの一般客にも男女関係無しに見惚れている者が居る様子からも伺える。
そして、見惚れる人物はここにも。
「恭ちゃーん? アンタはプール見てなきゃダメでしょー?」
「う……な、み、美由希! 俺は別に茶々丸さんに見惚れて何か……!」
「ハイハイ。いいからあっち向け。」
そう言いプールを指差す美由紀。なのはの兄である高町恭也は皆と共に遊びに来た訳では無く、この温水プールの監視員の仕事をしていたのだ。
監視員である以上プールから目を逸らすのは好ましくない、そう自分に言い聞かせ茶々丸を視界の外に追いやる恭也。他の面々はその様子を笑いながら見ているようだった。
『なのは……なのは!』
『なーに? ユーノ君』
そんな折、皆と共に笑っていたなのはへユーノから念話が念話が飛ぶ。なのははノエルからユーノを受け取ると、皆から少しだけ離れプールサイドへと腰掛ける。
目ざとくその様子を見つけたアリサだが、なのはを視線で追いかけるに留めた。また、そんなアリサを見たすずかも、つられてなのはへと視線を送る。
2人からの視線を背中に感じながらも、なのははユーノとの念話を再開した。
『微かにジュエルシードの波動を感じる。近くにあるみたいだよ。』
『うぇえ!? だ、大丈夫なの!?』
『判らない。けど、僕が少し探して見るから、なのはは皆と一緒に遊んでて。』
見つけたら呼ぶから。そう念話で言い残し、なのはの腕から飛び降り走り去るユーノ。なのはは心配そうな顔をしながらだが、ただその様子を見送っていた。
「また何かあったのかしら?」
「微かに魔力の波動を感じます。近くにロストロギアが存在する可能性が有ります。」
少し離れたプールサイドから、そんななのはの様子を見る目が有った。美由希やメイド達から距離を取ったアリサとすずか、そして茶々丸である。
アリサ達は茶々丸のその言葉に驚くと同時に、納得したように頷いた。
「ユーノが探してる、ジュエルシードだっけ? どんな物か知らないけど、私達も手伝ったほうが良いんじゃない?」
「アリサさんは戦闘力をお持ちなのですか?」
「お持ちじゃないわよそんなもん!? 何なの、やっぱり危ないの!?」
茶々丸の言葉を聞きアリサがそう声を荒げる。危ないとか、世界を滅ぼすとか、そのような物騒な言葉はユーノから聞いたものの。実感は一切沸かず、自分と同い年であるなのは、千雨が探すのを手伝えるのだから、実際そこまで危なくないのでは? そんな仮定がアリサの中で出来上がりつつあった所への茶々丸の言葉。
しかし、それでもそんな危ない物を探すなら、やっぱり人を増やして早期に見つけた方が良いのでないか。
しかし、危険物、言い換えれば爆弾のような物であるジュエルシードの爆発に巻き込まれたら徒では済まない。
しかし、じゃあなのはと千雨は――
と、そんな堂々巡りがアリサの頭の中で巡り出す。
すずかはそんなアリサの様子と、未だユーノが走り去った方向を見つめるなのはを交互に見た後、茶々丸へと質問を投げかけた。
「茶々丸さんは何かわかるの?」
「はい、通常とは大気中の魔力の質、量共に違うことは検知出来ます。」
「じゃあ、茶々丸さんも魔法が使え――」
そう、言いかけるすずか。しかし、その言葉が最後まで紡がれることは無く――
「すずかちゃん! ダメー!」
すずかの口から漏れた魔法という言葉を聞きつけ。ファリンは、すずか諸共プールの中へと飛び込んだ。
「……え? ノエルさん、あの子どうしたの?」
「……何も気にしないでください。美由希お嬢様。」
「すずかちゃん! アリサちゃんが居るところで言っちゃダメじゃないですか!?」
「え、えーっと、ファリン、あのね……。」
何事かと他の面々が見つめる中。すずかを抱いたまま反対のプールサイドまで泳ぎきったファリンは、そこで一生懸命に言葉を選びながらすずかを叱る。
「アリサちゃんは知らないんだから、まだ誤魔化せると思うけど、いくら茶々丸さんと喋ってるからって、すぐ横にいるんだから、あの言葉はダメで……!」
「な・に・が、ダメなのかしら? ファリンさん、すずか。」
「ア、アリサちゃん!? な、何でもないですよ! 大丈夫です!」
そこへ、茶々丸を引き連れて肩を怒らせたままプールサイドを歩いてきたアリサが到着する。
アリサの言葉を聞き急いで振り返ったファリンが、なんでもないと、気にする必要は無いと一生懸命に誤魔化す。
が、ファリンの背後からは溜息と共に決定的な声が聞こえてきて。
「アリサちゃんは、魔法のこと、知ってるの……。」
「……え?」
「さぁ。何で私は知らないと思ったのか。なんでファリンさんが反応するのか。詳しく、重箱の隅を突いて壊すくらいに、こと細かく、教えてもらおうかしら?」
アリサの視線の先には。
まるで一日中泳いだ後かのように、いや、それ以上に顔を蒼くした、すずかとファリンの姿があった。