「魔法の射手 光の13矢」
右手で怪獣を押さえ込んだままそう詠唱するシャークティ。するとその周りには白い光の玉が13個浮かび、それぞれがまるで怪獣を脅迫するかのようににじり寄る。
突進をやめて後ずさり、光の玉から距離を取った怪獣だが。後ろへ下がるのを止めて再度前進しようと前かがみになる。
それを見たシャークティは腕を一振り。すると、光の玉は一斉に化け物へと殺到し――
『ガアアァァァ!?』
それぞれが、怪獣のその身を削り取った。
しかし動きを止めるまでは出来ず、己の不利を悟ったか怪獣は後ろを向き、何か血のような物を垂らしながら逃げていく。
シャークティは特に何もせずそれを見つめていたが、10M程離れた時、フェレットへと視線を送る。
「あ、だ、駄目です! 逃がしてはいけません!」
それに気付いたフェレットはそう言い、自分でも何とかしようとその身の下に魔方陣を出現させた。
しかし。その魔方陣は一瞬のうちに消えてしまい、フェレットはアスファルトの地面へとへたり込む。
シャークティはフェレットの様子を見た後、再度怪獣へと視線を向ける。彼我の距離は既に15Mを超え、通常ならこのまま逃がしてしまいそうな距離だった。
今尚懸命に逃げようとする怪獣を見つつ、再度腕を振りシャークティは二つ目の魔法を発動させる。
「戒めの風矢」
シャークティの腕から今度は3つの緑の玉が怪獣へと飛んで行き、それはまるで縄となってその身を地面へと縛りつける。
その正体は周りが歪んで見える程高度に圧縮された空気の縄で、怪獣は成す術無く捕縛されたかのように見えた。
ほっと胸を撫で下ろすフェレット。しかし元々不定形である怪獣だ、縄で捉える事は不向きであり、体を変形させながら徐々にその身を縄の外へと逃がしてゆく。
そして、それなら、そうシャークティが呟き――
「シッディル・バヴァティ・カルマジャー 極寒の風 我が敵へ集い その身を喰らえ 凍てつく氷柩」
怪獣を。空気の縄を。その周りの空間全てを。それらを纏めて凍りつかせ、氷柱の中に怪獣を閉じ込めた。
「と、凍結!? いや魔法による? そもそも見たことが無い術式だ。でもこの世界には魔法は無いはず、一体どこの……。」
「うわ、ど、どうなってるのーー!?」
怪獣が完全に動きを止め安心したのもつかの間、今度はなのはが叫び声を出す。
シャークティとフェレット、両者が何事かとなのはの方を振り向くと、そこには妙にメカメカしい杖を持ち白い服に身を包んだなのはの姿があった。
なのはは慌てつつも全身を翻しながら、自分の服装を見ようと一生懸命だ。ちなみにその服装は白を基調として青で縁取りした、ワンピース、インナー、ジャケット、そして赤いリボンのセット。つまり聖祥小学校の制服の色違いだった。
「あ、ご、ごめん! って変身が終わってる?」
「なんか、この子の言うとおりにしたらこんな風になっちゃったよー!?」
なのはへの説明が途中だったことを思い出し謝るフェレット。しかし、なのはがいうには赤い宝石の指示に従い勝手に進めていたらこうなったらしい。
そしてその赤い宝石は、なのはが持つ杖と形を変えた様子だ。
相変わらず何がどうなっているのか、それぞれが良くわかっていない状態だが。とにかくピンク色の魔力柱が消えた所へ、
「おいおい……どうなってるんだ? これ。」
千雨が、到着した。
◆◇
よくわかんねーが、兎に角助けを呼ぶ念話が聞こえ、なんか世界が気色悪い色に変わっているのを見て。更にはピンク色のでっけー光の柱が立っているのを見つけて、そこへ向かい走っていたけど。到着してみれば、魔法少女っぽいコスプレしたなのはと、修道服を着て戦闘モードのシャークティに、氷漬けの化け物だ? 何だ、何がどうなってるんだ? 一体。
っていうかシャークティが居るなら私が来る必要なかったじゃねーか。なんだ、帰るか?
「あ、ち、千雨ちゃん!」
といっても、こうやって見つかっちまったからには、踵を返すわけにもいかねーよなぁ。仕方ない、取り合えず近づいて――
「あの、あなたは?」
って、ん? 何だ、誰の声だ? なのはでも、シャークティでもない声がどこかから響き、私は辺りを見回す。つってもここにはその2人しか居ないんだが。あの氷の中の化け物が喋った? そんなバカな。
でも他には足元にいるフェレットくらいだし。良く見ればこいつアリサからの写メにあったフェレットか? 動物病院にいるんじゃなかったのか?
そう思い私はしゃがみ込んで、私を見つめるフェレットと視線を合わせたんだが。
「とりあえず、あの化け物はどうするの? オコジョ君。」
「あ、はい! あれはレイジングハートで封印しなければいけません。」
そのフェレットはシャークティの言葉を聴き、そっちへ振り向いて流暢に喋りだした。
……あー、なるほど。いやここに居る時点で予想すべきことだったな。魔法ね、魔法。そりゃフェレットが喋っても可笑しくないか。……いやー、無いわー。
お前は何の魔法少女アニメのマスコットキャラだよ。神○怪盗か? 人柱か? 魔法少女にはマスコットがついていないとダメだっていう不文律でもあるのか?
ん? ってことは私にもマスコットがつくのか? いや、いらねぇ。絶対。
そんな事を思いながら頭を抱えていると、続けてマスコットがなのはに向けて喋りだした。
「貴女の持つレイジングハートで、あの思念体を封印してください!」
「ふ、封印? どうやって?」
「大丈夫、落ち着いて、心を澄ませて。そうすれば、貴女だけの呪文が心の中に浮かぶはずです。思念体は氷漬けで動けない、慌てる必要はありません。」
うん。マスコットっていうのはこうやって魔法少女を手助けし、導くキャラだもんな。……魔法少女なのは、か。どうしよう、私明日からどんな顔でなのはと会えばいいんだ? こんなの黒歴史になって後に悶絶するパターンなんだろ? 危機は去りましたありがとうっつって、杖と一緒にマスコットが魔法の国へ帰るんだろ? そうなったら触らないでおいてやるのが優しさ、か?
なんてことを悩んでいるうちに、なのはは自分の呪文が思いついたようで。
「リリカル マジカル――」
「封印されしは忌まわしき器、ジュエルシード!」
「ジュエルシード、シリアル21 封印!」
なのはが呪文を唱えると多数のピンク色のリボンみたいな物が出現し、化け物に向かい氷越しに縛りつけ、強く光ったかと思うとその身を一つの宝石に変えた。
なんだろう、ここは感動する場面なんだろうか。でも変形機能付きの喋る杖に、リリカルマジカル? 突込みどころが多くてついていけないのは私だけ、なのか?
いっそ化け物が暴れてりゃ危機感も臨場感も出るんだろうが、きっと余計な事をしたのはシャークティだな。うん、間違いない。
いや、まぁ、楽に終わって危険が無けりゃ、それに越したことは無いんだろうが。それにしてももうちょっと……なぁ? って誰に言ってるんだろうな、私は。
「えっと、レイジングハートでこの宝石に触れればいいんだよね?」
「はい、それで封印は完了です。なんとお礼を言ってよいか……」
そして魔法少女リリカルなのはとマスコットフェレットは無事に封印を終わらせたようで。
「なぁシャークティ、私ついていけないんだけど。」
「大丈夫よ、私もついていけてないわ。」
……おいおい、だめじゃねーか。
「やったよ千雨ちゃん!! 私にも魔法が使えたよー!!!」
「あー、おめでとう。良かったな。」
その後、こうしてピョンピョン跳ねて喜ぶなのはを引き連れて近くの公園へとやってきた。
フェレットが言うには結界が解けたようで、いままで異相をずらして一般人の目に留まらないようにしていたのが、普通に誰にでも見れる状態になったらしい。
そして道に残るは化け物が残した破壊痕。とにかくここに居ては不味いと思い、公園へと逃げたわけだ。よくわからんがごめんな、近隣住人の皆さん。
ちなみにシャークティは移動しながらもなのはの家と私の家に電話を入れていた。ま、日付変わるまでに帰れればいいだろう。謝るのはシャークティだ。
「そうだフェレットさん、自己紹介しよう! 私高町なのは、小学校3年生! みんなは私を『なのは』って呼ぶよ!」
で、こっちがー。
そう言い私を見るなのは。フェレットに自己紹介か。シュールだ。
「長谷川千雨。なのはの同級生。別に宜しくしなくてもいいぜ。」
「もう! 千雨ちゃん! あ、千雨ちゃんは『千雨』って呼んでね! で、こっちのシスターさんがー」
「キリスト教カトリック系 シスター・シャークティ。『お姉さん』でいいわよ、『お姉さん』で。」
で、君は!? そういうなのは。うん、突っ込まんぞ私は。
「あ、はい。僕はユーノ・スクライア。スクライアは部族名で、ユーノが名前です。」
「スクライア、ね。ちょっと聞くが、あれは一体何だったんだ?」
私がそう聞くと、スクライアは項垂れてポツポツと喋りだす。しかし、その内容は思っていたよりも重大な物だった。
曰く、あれはロストロギア、ジュエルシードといいこいつ等の世界の古代遺産である。
曰く、本来は願いを適える魔法の石……なんだけど、たまたま見つけた人や動物を取り込んで暴走し、周囲に危害を加える。
曰く、それを見つけたのはこのスクライアだが、運んでいた時空艦船が爆発し、この辺りに21個のそれらがばら撒かれた。
曰く――
「ちょ、ちょっとまってくれ! まるで他の世界から来たみてーな言い草だが、ここ以外の世界があるっつーのか!?」
「え? あ、はい。いっぱいありますが。あなた方も魔法を知っているということは、ここ以外の世界の出身なのですよね? ミッドチルダでは無いようですが……」
う、こ、ここ以外? なんだ? どうなってる? ひょっとして、私の元居たあの麻帆良は、ここ以外の世界のどれかなのか? いや、つってもそれじゃ年齢が変わったことが説明つかない、のか?
でもここ以外の世界? なんだそりゃ?
「なぜこの世界に魔法が無いと思っているのか知らないけど、私達はこの世界の出身よ。他の世界の話なんて聞いた事も無いわ。」
「そ、そうなのですか? それなら一般に公開されていないということ、か。管理局が調べるのは時空航行が可能か、魔法の文明が有るか、程度ですし。」
まぁ、確かに一般公開されているものじゃないわね、とシャークティ。
なんかまた新しい単語が出てきたな。管理局? 時空航行……は、俗に言うワープ航行だろ? たぶん。
それにしてもここ以外の世界、か。単純に遠くて観測できない場所に色々文明があるってことか。天文学者が聞けば泣いて喜ぶな。そして行くためには魔法が必要と。
つまり魔法が一般公開されていないこの世界じゃ、その他の世界に行くことは不可能っつーことか。こうして向こうから接触して来ないかぎり。
「多数の世界があるといっても、その数は当然管理局が知る限りの数ということで、知らない世界もまだまだ有るでしょうし、当然滅んだ世界もあります。そしてその世界が滅ぶ原因となった多くが、ロストロギア……このジュエルシードと同じような物により、滅んでいるのです。」
だから、一刻も早く回収しないといけないのです。そう続けるスクライヤ。
……おいおい、元々物騒だとは思っちゃ居たが、その一言で余計に物騒になりやがった。
「世界が滅ぶだって? 冗談じゃねーぞ、何でそんなもんここにばら撒きやがった!? そもそもテメーの言ってることが本当かどうかもわかんねーんだよこっちは!」
「ち、千雨ちゃん! ばら撒いたのはユーノ君じゃないよ!?」
「いえ、僕が悪いんです。僕が、ジュエルシードを見つけなければ、こんなことには……。」
そういいなのはの膝から降り、地面に座り頭を垂れるスクライア。っくそ、勿論本当にこいつが悪いとは思っちゃいねーが、それにしたって、いきなり世界が滅ぶかもとか言われて、どうすりゃいいんだよ……。
「気休めかもしれませんが、ジュエルシードはよっぽど悪意ある使い方をしない限り、世界を滅ぼすような事態にはならないはずです。今回のような暴走程度では世界を滅ぼすには程遠いですし……。」
「まぁ、それもそうよね。こう言ってはなんだけど、弱かったですし。」
スクライアのその言葉に、シャークティが同意する。まぁシャークティでどうにかなるんだったら、こいつに任せればいい、か。
……そういえば、シャークティに聞くことがあったんだったな。今の話を聞く限り、あの夢はこのスクライアが間違いなく関係してるんだろう。何もシャークティに聞かなくても直接聞けばいいか。
「……で、お前はその爆発した時空間船に乗ったままこの世界に不時着したのか?」
「え? い、いいえ、僕は荷物がこの辺りに落ちた事を知り、ミッドチルダからこの世界へ転移してきました。時空艦船も荷物こそ無くしましたが、不時着はしていません。」
え? あ、あれ? 不時着はしていない?
「ね、ねぇユーノ君! 次、次はこのレイジングハートの事を教えてよ!」
私のせいで重くなった空気を払うように、なのはが努めて明るい声を出して魔法の杖の事を聞く。スクライアが言うにはそれはインテリジェントデバイスといい、AIを組み込まれた杖であり、ある程度の魔法は勝手に発動してくれるらしい。使用者と魔法に合わせた変形機能もある。そして防護服、バリアジャケットはその名の通りバリアの代わりとなるらしい。
私はそれらの説明を聞き流しつつ夢の事を考える。
あの夢はこのスクライアの件とは関係ない? でも最後の言葉、あれは間違いなくこのスクライアの声だった。つまり映像と声は別の夢っつーことか?
だとしたら、何だ、やっぱり私には宇宙飛行士になる夢でもある、っつーことか?
「ところで、あなたの首にある石。それもデバイスなの?」
私が一人考え込んでいると、シャークティがスクライアを捕まえてこんな事を聞く。なんだかんだいってこいつも興味津々だよな。もう既に魔法少女なんだからいいじゃねーか。ん? 少女?
って、うわ、なんか背筋がぞくりとした。少女だ、少女。間違いない。
「いえ、これは古代ベルカという既に滅んだ世界が集めていた、より以前に滅んだ文明のデバイスです。といっても骨董品店の人が言っていただけなので、眉唾物ですが。」
「なぜそんな物を持っているのかしら?」
「単に古い物に興味があるというだけです。それに、レイジングハートは元々ジュエルシードの封印用に持ってきた物ですから。」
とはいっても、起動させることは出来ていないのですが。そう続けるスクライア。
デバイスなら手に持って心を澄ませれば起動パスワードが心に浮かんでくるらしいが、スクライアはいくら試しても、何も浮かんでこなかったんだと。どうやら適合者じゃないと駄目らしい。
それを聞いたシャークティは、スクライアの首から石を受け取り、手に持って目を瞑る。なのははそれを興味津々に見つめるも、シャークティは1分ほどしたら諦めて目を開き肩を竦めた。
「私も、私も!」
次にそう主張するなのは。おいおい、ポケットの赤い宝石がすげー点滅してるぞ? 何か抗議してるんじゃねーか?
そんなレイジングハート、だっけ、の抗議も空しく両手に抱くように石を掲げ、目を瞑るなのは。
しかし、こいつも1分程度で諦めた。まったく何も思い浮かばなかったらしい。
「はい、つぎ千雨ちゃん。」
おいおい、私もかよ。仕方ない形だけ付き合ってやるか。そう思いつつ片手で石を受け取る。
そして石を持つ手を握り、目を瞑った途端――
言葉が、勝手に。私の口から流れ出た。
「――広漠の無、それは零。大いなる霊、それは壱。電子の霊よ、水面を漂え。『我こそは電子の王』」
そして。
『ご主人様。何なりとご命令を。我ら電子精霊群千人長七部衆、如何なる命令にも従う所存。』
そう喋る、7匹のネズミが私の前に一列に並んで出現した。
わ……私にもマスコットがついた……だと……!?
---------以下後書き---------
0415 ユーノの持っていた二つ目の石の説明を変更しました。