宇宙空間。
近くには青い星が浮かび、その星からは何かが突き出ている。しかし突き出た何かは途中で折れ、その何分の一かは星へ向けて徐々に落下している。
見渡す限り無数のゴミが、宇宙に散乱している。大きなゴミから小さなゴミまで。数が多い様を星の数ほど、というが。今見えている星の数よりも、ゴミの数の方が確実に多い。
あれは、何だ……? 恒星の光は星により遮られ、真っ暗でよく判らない。
しかし。徐々に星の位置が変わり、光に晒されるゴミが出始めた。その殆どが原型を留めていないが、辛うじて留めているゴミは、何か船のような形をしている。
ずっと見ていると、その多数のゴミは殆どが星へ向かい落ちていき。
そのうち恒星の光が私の下へと来る前に、私は影へと逃げていく。
私の視線は、恒星のある方向、金色の星へと固定され――
――だれか――
――僕の声を――
――魔法の、力を――
ピピピピ……ピピピピ……
んー……携帯が鳴ってる、止めねーと……。
私は寝起きで頭が働いちゃいねーが、何時もの習慣でベットから腕だけだして、携帯を見ずに開いてアラームを止めて閉じる。
もうあれだ、きっと脳じゃなくて脊髄が覚えてるんだな。この一連作業。
「ふわぁ~っ、あ~ぁ。……なんか、変な夢見ちまったな。」
……眠い。今の時間は6時30分。携帯のアラームで起こされるのは何時も通りだ。私は起きたっちゃー起きたが、起き上がりはせずベットの中でまどろみ続ける。このまどろみの時間こそが至福の時なんだよな。
なんでこう学校がある日は気持ちがいいのか。休みの日にはここまで気持ちよくないっつーのに。
あー、このまま寝ちまいたい。どうせバスは8時なんだ、あと1時間、7時30分まで寝てても十分に間に合う。朝飯は抜くのもアリだな。
兎に角この気持ちいいベットから出たくない。絶対にだ。
「千雨ー! 朝ごはんよー、起きなさーい!!」
「はーい!」
……安い絶対もあったもんだ。
私は名残惜しいがベットの温もりを捨て、起き上がって着替え始める。ちなみに季節は既に春、朝から十分に暖かい。冬の頃は親に呼ばれても起きるのが嫌で嫌で堪らなかったがな。そしてそんな事を思い出しているうちに、聖祥小学校の冬服へと着替え終わる。
今年からは一年中これを着て過ごすのか。真夏とかまた浮いちまうんだろうな。出来れば何か理由をでっち上げてーけど、親にも説明しねーとなんねーからなぁ。何か良い理由はないか、夏までに考えて置かねーとな。
立て鏡に制服を着た私を映して見る。春になり小3になったといっても特に何も変わらない。白を基調として黒で縁取りした、ワンピース、インナー、ジャケット、リボンのセット。この聖祥の制服も中々凝ってて好きなんだが、なんかコスプレしているみてーな気分になるよな。あと胸のチューリップが微妙だ。幼稚園かと。
ついでだからと、通学中に被る灰色のチロル帽を頭に載せる。ファッションと日除けを兼ね備えた帽子を探してたら結局これになった。割と好評だし、自分でも気に入っている。
「千雨ー! 冷めるわよー!」
「いまいくー!」
おっと、怒り出す前に下りるか。
私は最後にベットの頭に置いてあったいつもの眼鏡をかけ、1階へと降りていった。
「千雨ー! おはようー!!」
「千雨ちゃん、おはよー!」
「おはよう、千雨ちゃん!」
「おう、3人とも。おはよう。」
午前8時。いつもの通学バスに乗ると、いつもの3人が、いつもの一番後ろの席から、いつものように声をかけてきた。私はいつものように一番後ろの席まで歩くと、返事をしてすずかの隣に腰掛ける。この流れが変わることはまず無いな。
私が座ったことをミラー越しに確認すると、運転手さんはバスを発進させた。
「あ、ねぇねぇ聞いてよ千雨ちゃん! 今日私変な夢見たんだよ?」
「ん? 変な夢?」
バスが走り出してすぐ、なのはがこんな事を言い出した。隣のすずかを見るも首を傾げている、どうやら先に話していたことでは無いようだ。
なのはは両手を口に当て、小声で喋るようなジェスチャーをする。仕方なく私はなのはへ顔を近づけて、すずかとアリサも身を乗り出してなのはの口へ耳を向ける。
バスのエンジン音や走る音、あと周りの生徒の話す声などのお陰でなのはの声はほぼかき消されるが、私達3人はなんとかその声を聞くことが出来そうだ。
「えっとね、林の中の道で、男の子が怪獣と戦ってるの。その男の子は魔法を使ってなんとか怪獣を封印しようとするんだけど、それに失敗してやられちゃう。」
「やられちゃう、って……。し、死んじゃったの?」
「ううん、それは大丈夫なんだけど。でも怪獣は逃げちゃって、最後に、『誰か僕の声を聞いて、力を貸して、魔法の力を――』って言って終わったの。」
……うん? 最後の台詞って――
大丈夫かな、あの男の子死んじゃったりしないかな? そう心配そうな顔をして私に聞くなのは。本当ならそんな夢のことなんていちいち気にするなって言うところなんだが、どうも最後の台詞が気になり私は言葉に詰まる。
しかしそれを見たアリサが。
「大丈夫よ、だいたいただの夢なんでしょ? 気にしなくてもいいわよ。」
そう言ってなのはの頭を捕まえ撫で始める。猫かわいがりとはあーゆう状態を言うんだろうな。
さて。本当ならここで話を区切って違う話題へと行きたいところなんだけど。
「そういえば、私も妙な夢を見たな。」
「え、ち、千雨ちゃんも!?」
私が言うとなのはは驚いた顔で私をみて、アリサとすずかも私を見る。私はなのはと同じように両手を口に沿え小声で喋るジェスチャーをすると、3人の頭は私の前へと集まった。ちょっと楽しいな、これ。
「私の夢は宇宙空間だったんだが、」
「何よ全然違うじゃないの。」
「まぁ聞けよ。その宇宙には何かゴミ見てーなもんが浮かんでて、最初は暗くて何か良くわからなかったんだ。だけど星の位置が変わって光が射して。見えてきたのは、ボロボロになった船、宇宙船だった。」
「う、宇宙船?」
「ああ。そしてその宇宙船は青い星に向かって落ちていったところで夢の映像は終わり。そして最後に声だけが。誰か……僕の声を……魔法の力を……ってな。」
「そ、それって……!」
「なのはちゃんと、同じ……!」
私が最後まで話すと、すずかとアリサは口に手を当てて驚き、なのはは驚きのあまりポカンとしている。まぁ、自分の夢に出てきた台詞と同じかもしんねーんだ、びっくりするわな。
実際私も驚いてる所だ。密かに宇宙飛行士になる夢でも持ってるのかと思ったが、どうもそうじゃないらしい。
「あんたが言うと洒落にならないのよ! なによ、大丈夫なの? 宇宙船が落ちて来たの? シャークティさんに言わなくていいの?」
っていうかファンタジーかSFか、どっちかにしなさいよ! と怒るアリサ。私に怒られても知らん。
その後、今度4人で翠屋へ行ってシャークティに相談することを約束し、バスは学校へ到着した。
「将来の夢、ねぇ~。」
時間は飛んで昼休み。3年になっても相変わらず暇な授業は適当に聞き流し、私達は屋上のベンチで弁当を食べていた。
弁当といえば、最近じゃ私も手伝ううちに結構料理が出来るようになって、今日の弁当もチャーハンと卵焼きは私が作っている。ま、チャーハンは昨日の残りだが。
こいつらの弁当はお抱えメイドやら喫茶店パティシエなんかが作った物だから比べて欲しくないんだが、まぁ割と好評だ。
ちなみに私達の中での弁当ランキングは、1位なのは 2位すずか 3位私 4位アリサだ。なぜ4位がアリサかというと、あれだ。洋食店の味だから弁当の気分に浸れないかららしい。わからないでもない。
食べるのは相変わらず私が一番遅いんだが、そんな私を置いて3人はそれぞれ喋りだした。
「私は工学系の専門職に就きたいかなぁ。機械とか好きだから。」
「私はお父さんの跡を継がなきゃ。勉強も頑張ってるんだけど、全授業聞き流してる誰かさんに負けてるのよねぇ。」
じろり。そう音がしそうな目線で私を見るアリサ。私は箸を口に含んだまま苦笑いだ。100点以外取ったことないからな、そりゃ勝つわ。ていうか負ける訳にはいかねぇよな。
「千雨ちゃんは?」
「ん? んー。んんんー。」
「はいはい。食べてからね。」
丁度卵焼きを口に含んだところだった。まぁちょっと待て。
すると、すこし急いで咀嚼している私を見ながらアリサがこんなことを言い出した。
「そういえば千雨は確か、小1の時にバカみたいに大きな木の絵を描いて、ここに行かなきゃみたいな発表してなかった?」
ん? バカみてーに大きな木? 思いつくのは麻帆良の世界樹だが……あんなところに私が進んで行きたがる? そんなバカな。
つってもこの世界も何が基準になってるのかさっぱりわからんからな。まるっきり一緒かと思ったら細かいところで色々違うし。きっと小2以前の私はまた別の私なんだろうな。
それにしても大きな木に行きたい、ねぇ。今の私に言い換えれば、この夢から醒めたいって所か。
……どうかな。私は、この夢から醒めたがっているんだろうか。
はっきり醒めたいと答えることが出来ない時点で、ダメなんだろうか。
私は、きっと。ここで、こいつらと、ずっと一緒に――
「千雨ちゃん? どうしたの、ぼーっとして?」
っと、いけない。思考があっちに飛んでいたらすずかが心配そうな顔で呼びかけてきた。
大丈夫だ、なんでもないと笑顔を取り繕って返事をする。危ない危ない、何を考えてるんだろうな私は。起きなきゃいけないに決まってるじゃねーか。夢だぜ? これは。
「でも2人とも凄いよね。将来のビジョンがしっかりしてて。」
「ビジョンって。」
「なのはは喫茶翠屋の2代目じゃないの?」
「うん、それも選択肢の一つでは、あるんだけど……。」
やりたいことが何なのか、はっきりしないんだ。特技も取り得も、特に無いし。
そうなのはが俯きながらいうと、アリサは弁当を片付けてなのはへと飛び掛った。
「このバカチン!」
「あ、アリサちゃん!?」
「あんた理数の成績はこの私より良いじゃないの! それで取り得が無いとはどの口が言う訳ー!?」
あーあー、相変わらずアリサはなのはが大好きだな。そう思いながら転げまわる2人を見ていると、同じく笑顔で様子を見ているすずかと目が合った。
放っとこうか、そう2人で同意すると、ベンチの空いたスペースを詰めて弁当を片付けだす。やれやれ、なのはの分も片付けておくか。終わりそうに無いしな。
そんな事をしているとすずかが私に抱きついて、耳元に口を寄せてこんなことを言い出した。
「千雨ちゃんは、困ったら私の所に来てもいいからね?」
「う、か、考えておくさ。」
何か最近すずかと2人で喋ってると、妙に危機感を覚えるんだが……何だろうな?
そして、夜。
学校が終わった後は塾が有るからと言う3人とは別れ、私は一人家へと帰ってきて適当に時間を潰していた。
コスプレ衣装を作ったり料理の準備を手伝ったり、茶々丸とメールしたりだな。シャークティと違って茶々丸は働いていてもメール出来るから、暇つぶしにはもってこいだ。猫の写メが矢鱈多いがな。
そして何やらなのは達からフェレットを拾ったという写メも来ていて、それがなのはが夢で見た場所だというのも気になる。今は動物病院にいて飼い主も居らず、とりあえずなのはの家で預かれるか相談してみるらしいが。
アリサから送られた写メを見る。そのフェレットは首に二つの宝石? をぶら下げていて、片方は綺麗な赤色、もう片方はオレンジに近い黄色だ。
なのはの夢で見た場所にいたフェレット。私の夢とかぶった言葉。……やっぱりどうしても気になるよな。本当にただのフェレットなのか?
もう夜も更け、シャークティ達はとっくに教会へと帰っている時間だ。ちょっと電話して聞いて見よう、そう思い携帯を手に取るも――
プルルルルル……プルルルルル……
「で、出ねぇ……」
何だ、風呂にでも入ってるのか? こうなったら念話してやるかと、パクティオーカードと十字架を取り出した。
その時。
『聞こえますか? 僕の声が、聞こえますか!?』
◇海鳴市 動物病院◆
「あ、あれは……!」
夢で聞いた声と同じ声。その助けを求める声を聞き、急いで家を飛び出しフェレットが入院する動物病院へと駆けつけたなのは。
そこでは昼間のフェレットが、何か黒い物体から逃げている所だった。
その黒い物体は靄のように形を変え、しかしその突進はアルファルトにヒビを入れ。フェレットは成す術無く、顔を歪めてただただ必死に逃げている様子だ。
「あっ! 危ない!」
黒い物体が急に加速する。その突進は今までより早く、フェレットは直撃こそ逃れたもののその拍子に大きく弾かれた。
そして、その弾かれた方向には、なのは本人がいて。なのはは両手を広げフェレットをキャッチする。
「一体何!? 怪獣!?」
「来て……くれたの?」
「喋ったぁ!?」
なのはは自分が抱くフェレットが言葉を話すことに驚き、危うく落としかける。しかし気を取り直し、事情を聞こうとフェレットを見つめた時に――
『ウウウゥゥゥ――』
「と、取り合えず……逃げる!」
怪獣が此方を見つめていることに気付き、逃げ出すのだった。
「何何、何が起こってるのーーー!?」
「ごめんなさい、迷惑だとわかってはいるのですが……」
逃げながら。走りながら、なのはに抱かれながら。フェレットは説明する。
曰く、自分は探し物の為に別の世界から来た。
曰く、自分には魔法の力がある。
曰く、お礼はするから、協力して欲しい。
そして。
「資質……?」
「はい。貴女には魔法を使う資質があります。お願いです、協力してください!」
その言葉を聴き。なのははシャークティの言葉を思い出す。
『なのはちゃんの魔力は、ちょっと見ないくらい多いわね』
嬉しかった。自分が他者より優れている、いつもの4人の中では一番優れている。事実そう言われ、表にこそ出さなかったがなのはの内心は舞い上がっていた。
とても気が利いて、可愛くて、自分をぐいぐい引っ張ってくれるアリサ。
凄く優しくて、運動が出来て、いつもフォローをしてくれるすずか。
ちょっとぶっきらぼうだけど、格好良くて、頭が良くて、一番みんなの事を見ている千雨。
そんな3人に比べて、可愛くなくて、運動も出来なくて、頭も良くない自分。
そんな自分が、4人の中で一番魔力がある。そうシャークティに言われ、物凄く嬉しかった。
――だけど。
『プラクテ・ピキナル 火よともれ~!』
『プラクテ・ピキ……あれ、ビキナル?』
『プラクテ……あわわお姉ちゃん!? な、何でもないよ!?』
何度教えてもらった呪文を唱えても、火なんて出てはこず。
「だ、ダメだよ、私「火よ灯れ」も使えないんだよ? 資質なんて無いよ。」
「火……? い、いいえ、貴女には資質が有ります。絶対にあります!!」
しかし。目の前のフェレットは絶対に魔法を使えると言い、なのはは思わず足を止めた。
もし。本当に、魔法を使えるのなら。いや、でも、入門だっていう魔法も使えなかったんだし。そんな事を考え悩むなのは。だが、怪獣はそんななのはを待ってくれる訳は無く。
「ガアアァァァ!!」
叫び声をあげながら、電信柱の更に遥か上へと体を引き伸ばしながら跳躍する。そして一瞬停滞したかと思うと、アスファルトの地面へと向かい一気に突っ込んできた。
「あ、き、キャーー!?」
「危ない!」
怪獣はアスファルトの地面を割りながら着地した。なのはたちは電信柱を盾にし、なんとか飛礫から身を守ることに成功する。
「ど、どうすればいいの!?」
「これを!」
地面を割ったお陰で辺りには砂埃が舞い上がり、その視界をほぼ遮断する。
怪獣が自分達を見失っているうちに、フェレットは自身が持っている二つの宝石のうち、赤色の方をなのはへと渡し魔法の使い方を説明しだした。
目を閉じて、心を済ませて。僕のいう呪文を、繰り返して……と。
なのははそれを聞き、目を瞑って両手で宝石を胸に抱き。そして――
「我。使命を受けし者なり」 「我。使命を受けし者なり」
「契約の下、その力を解き放て」 「契約の下、その力を解き放て」
「風は空に、星は天に」 「風は空に、星は天に」
「そして、不屈の心は」「そして、不屈の心は」
「「この胸に」」
「「この手に魔法を!」」
「「レイジングハート、セットアップ!!」」
『Stand-by ready setup』
そうして。なのはの魔力が、ピンク色の柱となって立ち上り天を割る。
「う、うわぁ……」
「何て、魔力だ。」
自らが宝石と共に掲げたその腕から、とてつもない光の柱が立ち上っていることに驚きを隠せないなのは。
フェレットもその柱を見て、今までに見たことが無い魔力量に慄く。
果ては先ほどまで自分を攻撃していた怪獣にまで引かれ、それを見てほんの少し傷つくなのはだった。
「え、えっと……、こ、これから、どうすればいいの~!?」
「落ち着いてイメージして! 自分だけの、魔法の杖を!」
混乱するなのはに向かい、フェレットは指示を出す。
しかしこの場にいて混乱しているのは、何もなのはだけでは無く。
立ち上る魔力を見て徐々になのはから離れていた怪獣が、勢いをつけて、なのはに向けて突進を開始し。
「え、ま、待って、来ないでーーーー!?」
「あ、危ない!!」
怪物は、魔力を放出しながら身動きが取れないなのはへと突っ込んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
怪獣に弾き飛ばされ、なのはを守ること適わなかったフェレット。
まだ杖も防護服も無いなのはは、成すすべなく怪獣の一撃を受けた様子で。またも砂埃が立ちなのはと怪獣の様子は見えないが、最悪の事態を想像して早くも現地の人を巻き込んだことに後悔に駆られるフェレット。
――しかし。
「ま、魔力光が……消えてない?」
先ほどから立ち上がる魔力は相変わらず世界をピンク色に照らしていて。
砂埃が晴れた、そこには。
「やれやれ、無差別念話から謎の結界、魔力柱と。次から次へ、問題が起きるわね。」
「しゃ、シャークティさん!!」
十字架を持った右手を掲げ、怪獣の突進を片手で止める、シャークティの姿があった。