「プラクテ・ビギナル・火よ灯れ。 さん・はい♪」
「ぷ、ぷらくて、びき……」
は、恥ずかしいな、おい。
なのはの家からシャークティと共に帰ってきた私は、そのままシャークティを私の部屋へと上げ、夕飯までの短い時間ではあるが魔法の基礎を教えてもらうことにした。ついでに茶々丸へと認識阻害の魔法をかけてもらうのと、充電の必要もあったしな。
そして茶々丸には認識阻害の魔法を込めたアクセサリとして、私には魔法の杖の変わりとしてそれぞれシャークティのミニ十字架を貰う。両方ネックレスとして首から下げれるようにしてあるので、まるで普段はお揃いのアクセサリをつけているかのようだ。シャークティも同じものをつけているから3人お揃いだな。
茶々丸の充電も何の問題もなく終わる。今時ゼンマイかよ、とも思ったが、儀式みたいなものでゼンマイそのものにはそこまで意味は無いらしい。
その後、初歩の初歩だという魔法を教えてもらい、詠唱をしてみたんだが……。
「プラクテ・ビギナル・火よ灯れ」
シャークティが詠唱する。すると、十字架を持った手の先に小さな火が出現し、ユラユラと揺れる。私は手を近づけてみるが、普通の火とまったく同じように熱を感じた。
ちょっと規模は小さいが、これぞ魔法って感じだよな。よし……、これを、しっかりとイメージして……
「プラくて・びぎナル・火よ灯れ」
……しーん……。な、なにも起きねぇ……。
くそ、シャークティも茶々丸もリアクション薄いから、逆に恥ずかしんだよ! なんだ? 闇雲に繰り返してりゃ魔法を使えるようになるのか? かなりハードル高いぞ、おい!?
私は赤くなった顔を隠さず、シャークティを睨み付ける。するとシャークティは苦笑しながら言葉を放つ。
「まぁ、出来ないわよね。本当なら火をイメージしながら繰り返すのだけど。」
ちょっと、ズルしちゃいましょうか。そう言うと、プリンタからA3用紙を1枚抜き出しそこに魔法陣を書き始めた。なんだ、やっぱり近道があるんじゃねーか。それにしても魔方陣手書きか。まさかこんなのも覚えねーといけねーのか?
それは兎も角、シャークティが魔法陣を書いている間、私は茶々丸と忍さんにお願いする改造の件について話し合う。
「茶々丸、とりあえず認識阻害が無くても変に思われない程度の改造をお願いするんだが、それでいいか?」
「私は変でしょうか?」
「いや、変だろ……」
どこの世界に球体関節の人間がいるんだよ、耳アンテナはまだ誤魔化せるだろうけど。そう言うと茶々丸は何やらひどくショックを受けたようで、途端に反応が鈍くなる。
「変……私は、変……。」
な、何だ? 何かアイデンティティでもあったのか?
そんなことを喋っているうちに、シャークティがペンをしまう。どうやら書き終わったらしい。
A3用紙の上に書き出されたのは何やら模様が掛かれた二重丸と、その中に六芒星。中心に書かれているのは何だろうな、目か?
「さて。この魔法陣は仮契約の魔法陣と言って、魔法使いとその従者を定める儀式に用いるものなの。従者となれば私から魔力を送ることが出来るから、魔法の練習も捗るわよ?」
魔法を習得する上で最も困難な『魔力を感じる』事、これを従者となることですっ飛ばそう、という事らしい。何やら他にも色々特典があるらしいが、それは追々説明するそうだ。
なんだ、とくにデメリットは無しか? 従者になるっつっても、同性なら特に深い意味は無いらしいし、な。断る理由も無いか。
「まあ、魔法にさっさと慣れるには良いんだろうな。よし、いいぜ。」
そう了承すると、シャークティは早速魔法陣に魔力を込め始まる、たぶん。いや見てても魔法陣が光り出したくらいしかわかんねーし。するとその光が巨大化し、大体直径2Mくらいのサイズで床に描かれた。おいおいちゃんと消えるんだろうな、これ?
そしてシャークティに促されるまま魔法陣の中へと立つ。な、なんだ? 妙にドキドキするな、なんでだ?
「それじゃ、契約の儀式は口づけだから、千雨ちゃんちょっとこっちを向いて――」
「ちょ、ちょっとまて! な、な、なんだよ口づけって!?」
「仕方ないじゃない、そういう儀式なんだから。」
シャークティは実にあっけらかんと言いやがる。なんでそんな冷静なんだよ!? それに、大体キリスト教は同性愛禁止だろ!? シスターがそんなんで良いのかよ!?
「あら。勘違いしているようだけど、同性愛を否定しているわけではなく、性行為をするなら異性としろと言っているのよ。それにキスは親愛の証であり、性行為ではないわ。」
まぁ、少なくとも私の派閥はそうね、とシャークティは続けて言う。いや、派閥とか言われてもしらねーよ!? それに行き成りキスしろって言われても心の準備ってもんがあるだろう!? 欧米人とは違うんだよ! ふぁ、ファーストキスだぞ!? 私だって好きな男が出来たらって夢見たことが……!
「それとも、親愛の証でも、私とするのは嫌かしら……?」
「せ、せこい! その言い方は卑怯だ!」
シャークティは眉尻を下げて、悲しそうな表情と声色でそんなことを言いやがる。
ああ、くそ! ノ、ノーカンだ! 親愛だし、同性だし、そもそも今小2だし!?
「もう! す、するならさっさとしてくれ!」
そう言い私は目をきつく瞑る。すると、シャークティが軽く笑う気配がした後、顔の両側に手を添えられ……
(く、くる!)
ちゅ。
そう、軽い口づけが交わされた。
「アーティファクトは……無し。契約出来ただけでも僥倖よね。黒・節制・中央の土星……色々意味深ね。黒は全てを含む、何もない、中立、どのように捉えるかで全く違う意味となる。ならば節制は相反する要素の結合とし、中央ということはそれらの観測点となる? 実施者も中央と捉えることが出来るかしら。 そして土星……あら? 千雨ちゃん聞いてる?」
キスが終わった後、何やら空中から1枚のカードが現れた。そこには今の私の絵が描かれていて、その周りにも何やら色々書かれている。シャークティ曰くそれらには占い程度だがそれぞれに意味があり、その意味について説明してくれるというのだが。
「あー、茶々丸、録音しておいてくれ……。」
キス……私の初めてが……。の、ノーカンだ、ノーカンなんだけど。シャークティの唇の、あの柔らかい感触がまだ残っていて……うああああ!
「千雨ちゃん。これ、土星の意味だけは正しく捉えてほしいのだけど。」
ベットに倒れ伏し悶えていた私だが、シャークティが真剣な声で話しかけてきたので顔を上げる。くそ、なんでそんなに平然としてるんだよ!?
あー、まだ暑い、絶対顔赤いぜ、これ。シャークティが涼しい顔なのが余計に腹立つな、おい。
「土星は一般的に不幸を表すわ。けど、捉え方を変えればそれは試練となり、その試練に打ち勝つ者に栄光を与える星というのが本当の意味。ただ試練に打ち勝つ人が少ないために単純に不幸とされる星……それが土星。千雨ちゃん、あなたは今その試練の真っただ中にいることを、決して忘れないで。そして、その後には栄光が待つことも。」
もちろん、私も出来る限りの手伝いはするわ。そうシャークティが言う。
不幸ではなく試練……か。所詮占いだけど。厄介な試練だぜ、おい。
「それじゃあ、またね。千雨ちゃん。」
あの後。魔力供給や念話、召喚なんかを試し、晩飯の時間になったので帰ってもらった。仮契約で何やらアイテムを貰える可能性もあったらしいが、たぶんこの世界じゃそのアイテムも出ないらしい。
向こうに帰ったら仮契約しなおす? とも言われたが、謹んでお断りだ。
さて、それじゃ下に行って晩御飯にするかな。茶々丸の事も紹介しないといけないし。認識阻害ももう掛かっているらしいから大丈夫だろう。
そう思い茶々丸と共に下へ行こうとして……
「しまった。ロボットじゃ無いにしても、どうやって紹介する?」
「友達、家出娘、遠い親戚、どのパターンも高確率で問題が発生すると判断します。」
「だよな。友達にしては年が離れてるし、家出娘も一晩がやっと。遠い親戚は論外だ。さて……。」
く、こんなことならシャークティと一緒に行ってもらうんだったか? 私の家に居座るには色々と無理がありそうだ。取りあえず、もう一晩私の部屋に籠ってるか? そう提案しようとしたその時。
「千雨ー? さっさと降りて……あら?」
「あ」
母さんが居間から出て来て、階段で悩む私たちを発見した。や、やばい、どうする!? とりあえず家出娘で一晩通すか!?
「もう、その子が来てるなら来てるって言いなさいよね。3人分しかご飯用意していないわよ?」
「あ、え? その子?」
「私は食べて来たのでお構いなく。」
あら、そう? ごめんなさいね? 千雨ももうご飯だからねー。
そう言いお母さんは居間へと戻る。こ、これは……。
「認識阻害すげー、ってことか?」
「どちらかといえばシャークティの先読みでしょうか。」
ま、まぁ……ちょっと罪悪感は残るが、今日だけはいいよな、うん。今日だけ。
◇麻帆良 学園寮◆
日曜日、早朝。ガンドルフィーニと弐集院は、千雨の担任である高畑と、女性教員である葛葉を連れて学園寮へと訪れていた。徹夜で調べものをした二人は目の下に隈を作り、葛葉は刀を持ち黙りこんでいる。高畑は無表情のままそんな3人を引き連れ歩く。4人の間にはパンパンに膨らんで今にも爆発する爆弾のような、そんなピリピリとした空気が漂っていた。
未だ寮の中を歩き回る生徒は数少ないが、4人を見かけた生徒は挨拶をしようと足をそちらへ向ける。しかし、4人の中に漂う空気に気付いた途端その足を止め、ただ遠巻きに見つめるのみ。運悪く進行ルートに居た生徒は、それに気づいた途端に手近な部屋へと逃げ込んだ。
「長谷川君の部屋はここだよ。」
そうするうちにとうとう千雨の部屋へと一行は到着する。好奇心旺盛な生徒が廊下の隅から遠巻きに見つめるも、近づいて事情を聴くことなど出来はせず。4人もの先生が物々しい雰囲気で早朝から部屋へと訪れる理由を想像し、ただ部屋の主の冥福を祈るのみである。
千雨の部屋へと到着したことを告げる高畑の言葉に頷いたガンドルフィーニは、女性である葛葉へと視線を移す。それを受けた葛葉は前に出て、コンコンと千雨の部屋をノックした。
「長谷川さん? 起きてますか?」
しかし。いや、やはりと言うべきか。千雨の部屋からは返事などせず、物音ひとつしない。葛葉は扉に手を掛けるも、鍵がかかっていて動かない。
それを見た高畑は葛葉にカギを一つ渡し、葛葉は鍵を開けて単身千雨の部屋へと入り込んだ。
部屋の中は殺風景で、何も乗っていないデスク、隅に寄せられた三脚、開け放たれた何も入っていないクローゼット。そして、制服のままベットに眠る千雨、そのベットに寄りかかり眠るシャークティが居た。
「シスター・シャークティ……?」
葛葉は2人に近寄ると、まずシャークティに声を掛ける。シャークティ、起きてくださいと肩を揺するも、シャークティは身じろぎひとつしない。シャークティを起こすことを諦めた葛葉は、同じように千雨に声を掛け肩を揺するも、こちらも起きる気配は無い。
葛葉は改めてシャークティを見つめたまま、顎に手を当て首を捻る。
「葛葉先生? どうですか?」
シャークティを見つめ考え事をしていた葛葉だが、扉の外から自身へと向けられたガンドルフィーニの言葉に我に返る。改めて部屋を見渡すも、とりあえず2人が寝ている事以外は、男性を部屋に居れても問題ないと判断。入ってきても良いと、扉の外へと返答する。
「シスター・シャークティ? なぜここに……。」
部屋の中へと入ってきた3人は、部屋の様子よりも千雨よりも先に、まずシャークティへと視線を集めた。そんな3人に、葛葉は占い通り千雨が起きない事、それと同じようにシャークティも起きない事、それと何やらシャークティから魔力の気配がすることを伝えた。
「長谷川さんは優しい夢をみていると、シャークティは言っていたね。」
「一度夢へと入り気づき報告、そして今この部屋に居るということは……。」
「また長谷川さんの夢の中にいる、そう考えるのが妥当ですね。」
そう言葉を交わした後、葛葉とガンドルフィーニは千雨へ声を掛け反応を見る。高畑は部屋の中を見渡し、弐集院はシャークティの様子を調べ出した。
千雨は声をかけられ、揺すられても反応は一切ない。わかっていた事だが、改めて千雨を起こすことの難しさを思い知るガンドルフィーニ。葛葉もこんな状態になるまで放置された千雨を思い、思わずきつい目線で高畑を睨み付ける。
高畑は部屋の様子を見て首を傾げる。何か、何かが足りない。こんな殺風景な部屋では無いはずだ。そう呟くも、その何かがわからない。教師という仕事をしているのに、生徒の事を何も知らない自分にただただ落胆していた。出張が多いことを理由にしてはならないと自戒しようにも、事が起きた後では既に遅かった。
そして弐集院はというと。
「変だ、シャークティの十字架が励起していない。媒体が無い以上、魔法をかけたのは別の人だね。」
その言葉に全員が弐集院を見る。シャークティ以外の誰が? そんな思いが全員を満たす。千雨の事を知っているのは魔法先生のみ、魔法生徒には知らせないよう全員へ通告していた。この部屋の鍵を持ち出せる魔法先生は担任である高畑のみ。ネギは未だ図書館島の地下にいるし、そもそも知らせていない。まさか学園長がシャークティと共に動くとも考えにくいし、彼女が瀬流彦を頼るということも無いだろう。シャークティが鍵をかけた可能性もあるが、他人に夢見の魔法を掛けれて、彼女が頼るほどの魔法使い。
一体誰が……。
「……エヴァ、か?」
「バカな!? あの犯罪者が他人の為に動くなど!」
しかし、他に候補が居ない。高畑にそう返されたガンドルフィーニは、苦し紛れに明石教授の名を口にする。しかし……。
「明石教授、彼なら出来るはずだ! 娘が2Aという接点もある!」
「いや、どうやらエヴァンジェリンで間違い無いようです。」
弐集院に変わりシャークティを調べていた葛葉はそう話す。彼女は男性では調べられない、服の中や肌と言った接触して調べる部分を担当していた。そして、決定的な証拠を発見する。
「一体何を根拠に!」
「首筋、ここに吸血痕があります。おそらく魔力が足りないエヴァンジェリンへ提供したのでしょう。」
「エヴァは何者かに無理やり吸血鬼にされ、暗黒時代のヨーロッパを生き抜いた、いや、死ぬに死ねなかったんだ。長谷川君に共感する部分も多々あるだろう。」
僕が言えた事じゃないかもしれないけどね、と高畑が言う。
「いや、しかし……シスターが吸血鬼に助力を求めるなど……? 幾らなんでも……だが……くっ!」
未だ悩むガンドルフィーニを余所に、弐集院と葛葉は2人の処置について相談する。元々今日は様子を見るだけで、夢から覚める魔法どころか体を維持する魔法も見つからなかったのだ。そこへきてさらにエヴァンジェリンの物と思われる夢見の魔法、これでは手を出すのは憚られた。
そして、当然だが、とりあえず何もせずエヴァンジェリンに話を聞くことが最優先だという結論に達する。悩みながらもそれを聞いていたガンドルフィーニは真っ先に反論した。
「あの凶悪犯に助けを求めるなど、正気ですか!?」
「助けというか、とりあえず話を聞くんだけどね。場合によってはそうなるかな?」
僕の知らない魔法だったら手のうちようが無いしね、と弐集院は言う。葛葉もそれに同意し、ガンドルフィーニへと反論する。
「そもそもエヴァンジェリンは自ら殺しをすることは無いはず。メガロが勝手に懸賞金をかけてイメージを悪化させていただけでしょう?」
「たとえ自ら殺していなくとも、正当防衛か過剰防衛かを判断するのは司法の場だ! そこに出ていない以上彼女は凶悪犯罪者というのは変わらない!」
「ならば何故彼女は出頭しなかったのかしら。それにその理論では紅き翼も犯罪者集団となるわ!」
「あれは戦争だ! エヴァンジェリンとは別だろう!」
「僕も戦争が終わったあとに、人を殺した事はあるよ。司法には掛かっていないけどね。ガンドルフィーニさんも知っていると思ったけど。」
「高畑先生の相手は犯罪組織でしょう!」
「重要なのはエヴァンジェリンが犯罪者なのかどうかなのかい? 長谷川君を助けられるかどうかではなく?」
「だから、その信用が出来ないと……!」
3対1。自身の不利を悟ったガンドルフィーニは言葉に詰まる。
「くっ……! 取りあえず、エヴァンジェリンに話を聞くことは同意です!」
渋々同意するガンドルフィーニ。こうして、魔法先生たちの次の目的地は決定した。
「何だお前たち。こんな朝から雁首揃えて。」
エヴァンジェリンの家。その玄関に、先ほどの4人組、ガンドルフィーニ、弐集院、葛葉、高畑がいた。
それを迎えるエヴァンジェリンは未だネグリジェのまま、眠そうな顔で4人を出迎える。家の中には人形が散乱し、いつもなら整理されているテーブルの上も空のコップや食器が置かれたままになっていた。
「エヴァ。長谷川君とシャークティ先生に、何か魔法をかけたかい?」
まずはエヴァンジェリンと交友のある高畑が質問する。他の3人のうち弐集院と葛葉は高畑の後ろに立ち、さらにその後ろにガンドルフィーニが居た。
高畑の言葉を聞いたエヴァンジェリンは、しかしつまらなそうに顔をしかめる。
「あれを見たのか。確かにシャークティには掛けたな。長谷川には何もしていない。」
「どんな魔法をかけたんだ!? エヴァンジェリン!」
一番後ろからガンドルフィーニの声が響く。葛葉は苦い顔でガンドルフィーニへと振り返り、弐集院はエヴァンジェリンへと事情を説明する。
「いつ起きるかわからないし、体を維持する方法を探りたかったんだけどね。こうなるとシャークティ先生にも必要かな?」
「ん? あぁ……なるほど。それは確かに必要だな。」
エヴァンジェリンは顔をしかめたまま、しかし弐集院の言葉には同意する。自分が多少何もしなくても関係ない分、そこまでは頭が回らなかったなと呟いた。どうやら自分の浅慮に対しても苦い気分の様だ。
そして――
「お前たちが下手に手を出さなくて良かったよ。シャークティが死ぬところだった。」
張り紙でもしておくんだったか? そう呟くエヴァンジェリンの声も聴かず、ガンドルフィーニが前に出て来てエヴァンジェリンの胸ぐらを掴む。エヴァンジェリンはされるがまま、掴み上げられた。
「一体どんな魔法をかけた! 命に係わる物なのか!?」
「ああ、タネは簡単、女王メイヴの加護さ。それも最大級のな。」
あの性悪女最大の加護だ。命くらい簡単に無くなるぞ?
それを聞いた弐集院は血相を変えた。
「そ、それってもしかして禁術じゃないかい!?」
「ほう、詳しいな? 一応言っておくが、これはシャークティも了承済みだ。もちろん全て、な。」
生憎あの魔法以上に適切な物を知らんのでな。エヴァンジェリンはそう続けるが、それを聞いたガンドルフィーニはエヴァンジェリンを掴む腕にさらに力を込める。
「ふざけるな! 例え了承済みでも、そんな命をかけるような魔法など……!」
「ふん。つまりお前は、女子供一人救うのに命を懸ける気概も無いという訳だ。まぁそういう考えも有りだろう。私は好かんがな。」
エヴァンジェリンのその言葉を聴き、ガンドルフィーニの表情に迷いが生まれる。命を懸けて少女を救う、それこそ立派な魔法使いの理想なのではないかと。昔から語り継がれる、典型的な、陳腐な、しかし決して簡単に真似出来る物ではないその有り方。ただ、魔法をかけたのがエヴァンジェリン。そのことだけが自分の中でネックになっていることに気付き、次の言葉を発することが出来なくなった。
「……くっ!」
ガンドルフィーニはエヴァンジェリンを床に降ろす。それを見た葛葉はガンドルフィーニを押しのけて、エヴァンジェリンに本来の目的を願い出た。
「エヴァンジェリンさん。どうか、二人の体を維持する案が有れば、教えて頂けませんか? 魔力が必要なら私の血を吸ってもらっても構いません。」
その言葉を聞き、エヴァンジェリンは目を丸くする。なんだ、最近のこいつらはどうしたんだ? ガンドルフィーニみたいなのが一杯いるんじゃなかったのか? そう思いながらも葛葉の言葉に返答するべく考え込む。
メイヴの加護と干渉しない、体を維持する魔法。具体的には水分と栄養を与えるのか? じゃあ点滴でもいいじゃないか、でもあの部屋から動かすのも考え物だし……。そんなことを考えていたら、エヴァンジェリンの中で名案が閃いた。
「そうだ。こうしよう。」
「なにかあるのかい!?」
弐集院、葛葉、高畑がエヴァンジェリンに注目する。そして、エヴァンジェリンの口から出て来た言葉は。
「吸血鬼化させて月光に当てておけ。」
爆弾発言だった。