―エヴァンジェリン視点―
―バキン、と激しい音を立てて、『防御』と書かれた『言霊の妖精』は、レミリアの放った『スピア・ザ・グングニル』によって難なく貫かれ、砕け散った。
「やはり駄目か」
「あぅ……すみません……」
私の発する言葉全てにいちいち反応する必要は無いんだぞ大泉?どのみち砕けるであろうと予測はしていたしな。
大泉は自らのアーティファクトの無残な姿を見て溜息を零す。あれは自己再生に時間が掛かるからな。
今回の修行は、せっかくなのでレミリアに協力を願い、アーティファクトの能力検査をより過激にして行うことにした。
その協力内容とは、大泉のアーティファクトに強力な攻撃を加えるというシンプルなもの。
最初は面倒だときっぱり断ったレミリアだが(徐々に態度が対等になったな……)、私がレミリアの実力を知る為でもあると伝えたらあっさり了承した。
日が落ちて長くなった柱や建物の影を日よけに、バンバン活躍してもらっている。
―その結果、大泉のアーティファクトに新たな弱点や強度が明らかになった。
まずは『言霊の妖精』の能力に関して。
『絶対』という言葉もアウト。これはむしろ当然か。
その他、『完全』、『無敵』、『無双』、『究極』、『無限』、そして『最強』もNGワードに引っ掛かった。
そういったNGワードは言霊の力が宿せなくなり、使い物にならなくなる。
上記のような言葉が言霊になってしまったらチートどころか神の領域に入りかねん。アーティファクトとはいえ、一つたりともそういった「神に近い力」は持てないのだから。
そういった意味では、実験するまでもなかったのかもしれんが、身をもって実感した方がいいからな。
二つ目に、あのアーティファクトはレミリアのような実力者には通用しない。
レミリアには様々なスペルカードとやらを使ってもらったが、どれも攻撃力が高く、『魔法の射手』程度なら反射できた『反射』の盾も、そこそこな防御力を持つ『防御』の盾も尽く粉砕した。
さらに『困惑』や『混乱』といった状態異常の妨害系言霊も、私と同様まったく通じず、逆の効果とはいえ、支援系言霊も同じく通用しない。『解呪』ももちろん無理だった……。
『解呪』に限ってはかけた相手がナギだったから仕方がないか。ちなみに茶々丸とルーミアは程々に、チルノは馬鹿のように効いた。
二つ目においては、大泉の言葉に対する想像力の低さも起因しているのだろう。
だが、そもそも考えてみれば妖精と吸血鬼とでは実力の差があり過ぎる。
『言霊の妖精』は、大泉の想像力と対象の実力差に応じてその効力が大きく左右され、使い所を誤ればとことん役に立たなくなるほどの、汎用性の強さ故の危険性が生じる。
これは大泉の知力を上げなければ活用は難しいかもしれんな……。
―よし、今日から大泉に国語の勉強もさせてやろう。
「ふう」
「ただいま終わりました、マスター」
良い汗をかいて清清しい表情を見せる咲夜と、どこか不安げな茶々丸が戻ってきた。
その後ろには、ナイフまみれのルーミアとチルノが咲夜の手によって引きずられている姿があった。
「チルノちゃん!?ルーミアちゃん!?」
―返事が無い。ただの屍のようだ。
大泉が叫ぶようにして駆けつけるが、ピクリとも動かない……まぁ、血は出ていないし息はあるから、問題なかろう。
それでも咲夜はそんな屍モドキ共を放り投げる辺り、割と非情な奴だと見受けられる。
「お疲れ咲夜。二人の相手はどうだったかしら?」
「程よい運動になりましたわ」
まるでジョギングでもしてきたかのように清清しい表情を己の主に見せる咲夜だった。
レミリアが、せっかくだから相手をしてやれ、と言って軽く引き受けたとはいえ、ここまでとは……。
時間操作系の魔法や魔法具は貴重品だというのに、このメイドは難なく発動した。
驚いて何故かとレミリアに問えば、それが彼女の―『時を操る程度の能力』の力なのだという。まさか、たかが十数年しか生きていない女が時間操作能力を宿すとはな……。
レミリア曰く拾い物で、以来優秀なメイドとして紅魔館には欠かせない人材になっているという。
吸血鬼の館のメイド長というだけあって、ナイフの扱いや戦闘慣れは優れたもの。片や絶対零度の妖精、片や吸収能力持ちの妖怪を相手にしてでも、彼女から見れば「程よい運動」扱い。
「なんだつまらないの。もう少し粘るかと思っていたのに」
だがそんな従者の能力の高さなど気にもせずに、レミリアは面白くないと溜息を零す。さりげなくだが、この吸血鬼の力と寛大さを見た気がする……。
レミリアの溜息を見て、いえいえ、と首を振って否定の意思を見せる咲夜。
「そうはおっしゃいますがお嬢様、あの二人は以前に比べれば確かに強くなっていますわ」
当然だ。強くなってもらわなくては困るからな。
しかしあいつらにアーティファクトを持たせてでも余裕で勝てるとは……。
中身はアレだが、実力・能力ともに優秀のようだ。しかも時間停止能力持ち。正直欲しい。中身はアレだが。
「ケケケ。イイないふ捌キダッタゼ。気ニ入ッタ」
傍から酒を飲んで観戦していたらしいチャチャゼロがカタカタと陽気に笑う。
そんなチャチャゼロを視て困ったように笑い、軽くあしらう。
「人形相手に惚れられても困るのだけど?」
「いいわねぇこの人形。アリスじゃ作れないような一品だわ」
そんなチャチャゼロと咲夜のやり取りを見ながら、レミリアは言う……その目は、新しい玩具を見つけたような好奇心に満ちたものだった。
「ねぇ、この子譲ってくれない?」
「だが断る」
「だが遠慮しない」
―断った途端にこれだ。まさにドヤ顔。貴様の言うカリスマはどこにやった、どこに。
「知らぬ間に随分と生意気になったな?……若造風情が」
「こんな時こそ、あなたが全盛期でないのが悔やまれるわ」
ほぉ……?この私相手に挑発ですら仕掛けてくる余裕があるか。
互いに口元は笑みを浮かべ、しかし目には軽い戦意を込めて、ただ小さく笑い合う。
本当に私が全盛期でないのが残念だ。全盛期なら貴様など軽く捻れるのにな……。
「クククク……」
「フフフフ……」
永らく忘れていた、強者同士の嘲笑。悪くは無いな……。
だが覚えとけ。絶対にいつか泣かす。うーうー言わせるまで泣かせたる。
「よかったわね、モテモテで」
「ヤナモテカタダゼ」
そこの従者は口を慎め。
もう一人の従者はといえば、チルノ達の看病に必死だった。
―――
「それにしても、凄まじい修行だな。チルノ達が恐れるわけだ」
日が地平線の彼方に落ち、復活したチルノとルーミアがレミリア相手に無謀な闘いを挑もうとしていた頃。
おろおろと戸惑うだけの大泉を視界に入れて観戦していた私の背後で、慧音が声をかけてきた。
軽く後ろを振り向いてその姿を確認するが、やがて慧音は私の隣に並んで観戦する。
「なんだ?私を残虐だと蔑むか?」
視線だけを慧音に向けて私は言うが、慧音の表情は穏やかなものだった。
明らかに虐待とも見える闘いを目の当たりにしても平然としている辺り、この女の芯の強さを物語る。
「いや、傍から見ただけだが、あれは理に適った鍛錬だ。きついだけで理不尽ではないから、蔑む理由にはなれないよ」
「ほう……」
理に適うというのは、経験を積む意味なのか、それとも心身を鍛える意味なのか。
慧音があいつらを見て何を思っているかは不明だが、少なくとも直情型ではないようだ。出会った矢先に強烈な頭突きと抱擁をしてきた人物とは思えんな。
「実際、辛いと解っていてもあの3人は止める気配が無い。それだけ、あの3人は修行を得て強くなっていると実感しているということだ。私としても喜ばしい」
「保護者モドキが色々と口煩いな。……まぁ、いちいち口出ししてこようが、私は私のやり方で勝手にするさ」
いやいや、と慧音は小さく笑いながら首を横に振る。
「申し訳ないが、口煩いのは教師の性でね。ただ、私は一教師として感心しているだけだよ。あの子達―特に剣を振るチルノを見て思ったんだが、あなたは本当に教えるのが上手い。私なんか、チルノに筆は紙に書くものだとわからせるのに1ヶ月以上も頭突いたほどだ」
話を聞く限り、チルノは筆であらゆる所に落書きをしたのだろうな。それだけの馬鹿であることは、これまでのチルノを見てきた者なら容易に考えられる。
その馬鹿相手に一ヶ月以上も物を教え続けたという慧音は、並外れた精神力を感じさせる。
いや、度胸もそれなりになければ、この私相手に平然と話したりしないか。
「……私の手駒を鍛える理由はただ一つ。弱くては手駒として困るからだ」
「手駒、ね」
まるで私が褒められて照れている事を見通しているかのように、慧音はくつくつと笑う。
うぬぼれているわけではないが、表情にも声にも出していないはずだ。
しばらくすると、慧音はあろうことか口に手を当てて、声に出して笑い出した。
「なんだ、なにがおかしい?」
―私に対する挑戦か?挑戦なのか?喧嘩売っているのなら喜んで買うぞ?
「いや、失礼した。少し思った所があったのでな」
言葉ではそういうが、慧音は相変わらず笑いを止めようとしない。
いや、止めようとしているが笑いがこみ上げてくるようで、繭が困ったように歪んでいる。
「不老不死の女の子というものは、皆揃って捻くれているもんだなぁと思ったんだ」
「……どういうことだ?」
気になる言葉がそこにあった。
レミリアは長寿とはいえ、不老不死ではない。吸血鬼の弱点で死ぬこともありえる。これは本人からも確認が取れているから間違いは無い。
「皆揃って」ということは、慧音は私以外の不老不死を知っている、という意味が捉えられる。
「私には正真正銘の不老不死の友人がいるんだ。それもあなたと似て、捻くれていて素直でない女の子の、な」
―捻くれていて素直でない、は余計だ。それと女の子と言うな、恥ずかしい。
「……そいつは吸血鬼か?それとも妖怪か?」
「いや、薬を飲んで不老不死になってしまった人間だよ。昔はかなり荒れていたんだが、今ではだいぶ落ち着いて、仲良くしてもらっているよ」
―元人間の不老不死……か。
「さらに言えば、その友人の悪友も不老不死で、その悪友の従者も不老不死だ」
「おいおいおい!?不老不死が3人もいるとかどうなっているんだ!?」
「しかも驚くなかれ、その不老不死はなんと月からきた宇宙人だ」
「嘘付けーっ!!!」
さらりと衝撃的な種族の名を言うな!月からきた宇宙人だと!?信じられるか!!
「いや?本当だが」
真顔で本当だと言われてしまった……真面目な性格のフリーダムタイプとは面倒な奴だな……。
「まぁあなたが思うところは色々とあるかもしれんが、幻想郷とはそういうところなんだ」
だから諦めてくれ、と言わんばかりに首を振るが、幻想郷で片付けるな教師。
はぁ……ただでさえパチュリーの名で驚いているのに、幻想郷には宇宙人が居ますーなんて言われては唖然としてしまう……。
クラスメートの長谷川千雨の気持ちが、少しだがわかった気がする……。
そんな肩を落として溜息を吐く私を見て、慧音は続けた。
「いつか幻想郷に来てみるといい。そうすれば、あなたの世界はもっと広がるはずだ」
―慧音は笑った。歯をむき出しにして、楽しい場所だぞ?と言っているかのように。
―私の世界が……か。
―茶々丸視点―
―早いもので、既に別荘にて1日が過ぎてしまい、ついにレミリア様ご一行が帰ることになりました。
「では、私はこれにて失礼するよ」
先に申し出たのは慧音さんからでした。寺子屋の子供達の事もあり、元から早めに帰る予定だったそうです。
八雲様が開いたスキマにゆっくりと歩んでいきますが……名残惜しいです。
「もう少しゆっくりされてはいかがでしょうか?お茶もありますので……」
「いや、こちらの用事は済んだし、これ以上お邪魔するわけにはいかない。それに、寺子屋の仕事もあるからな」
遠慮がちに手を振るものの、慧音さんはにこやかに笑っていらっしゃいます。
そのようなことをおっしゃらず、本当にゆっくりしていって欲しいのですが……。少し話しただけでは、ルーミアさん達が寂しがると思います。
「じゃあねせんせー!」
「またね~」
「みすちーとリグルちゃんによろしくお願いします」
元気に手を振るチルノさんとルーミアさん、頭を下げる大妖精さん。
そんなにあっさりと帰してしまっていいのですか?
「ああ。エヴァンジェリンさんと茶々丸さんに迷惑をかけずにな」
微笑むのはいいのですが慧音さん、それだけでいいのですか?
慧音さんは紫様のスキマに向かって歩き出し、帰路に着こうとしています。
私としてはもう少しマスターとお話していただけるとありがたいのですが……ほら、マスターがどことなく寂しそうな顔をしています。
「茶々丸、失礼なことを考えなかったか?」
そんなことはありませんマスター。全てはマスターの為です。
あれほど教師らしく、そして母のように優しく接する慧音さんが眩しく見えました。
マスターにとっても衝撃的な方だったはずです。
「ではまた機会があった時にゆっくりさせてもらうよ。……ではまた」
そういって慧音さんはうっすらと笑い、スキマの奥に消えていきました。
本当に名残惜しいですね……主にマスターが。
「貴様、いつからそんなにわかりやすいぐらいに失礼な奴になった?」
何をおっしゃいますかマスター。これも全てはマスターの為です。
慧音さんに続くようにして、次はレミリア様と咲夜さんがスキマに向かって歩き出します。
「それではお嬢様。私達もそろそろ帰宅いたしましょう」
「名残惜しいわねぇ。もっとお話したかったわ」
「いっそこちらに移り住みますか?」
―咲夜さん、ナイスアイディアです。マスターも喜ぶかと。
「うーん、さすがに狭いわ」
「貴様、私を前にして私の家が狭いと言うか」
「失礼。何せ私は屋敷に住んでいるので」
「スケールがでかいな……」
聞けばレミリア様はお屋敷に住んでいらっしゃるそうですね。
今度、こっそりとマスターのご自宅の増築計画でも立ててみましょう。
「ま、戯事はここまでにしておいて。あなたと会えて本当に楽しかったわ」
「ま、私も悪くは思わなかったさ」
「これでパチェも居たら満点なのだけど」
「例え居たとしても、私的には50点だ」
「残り半分は?」
「全盛期の私でいること」
「なるほどね」
他愛のない会話のはずですが、マスターがとても楽しそうで何よりです。
咲夜さん、あなたの優雅さですら感じる給仕を見れてよかったです。あなたと出会えたことを、私は誇りにですら思えます。
「どうでもいいのだけど、帰るの?それとも残るの?」
―八雲様、少しは空気を読んでいただきたいのですが……無理みたいですね。
この後、レミリア様と咲夜様もスキマを潜り抜け、最後に八雲様が消えていきました。
さらにその後、マスターが何をしたのかというと。
「―はっ!?なんで私は当然のようにチビ共を引き受けるような立場にいるんだ!?」
マスターは送り返すつもりがあったんですか?
それはなりません。この子達の唇を奪った責任はきっちりとってあげてくださいね。もっとも、そうでなくても私が止めていると思いますが。
私も随分変わった気がします。どうしてでしょうか?
―その頃京都では―
―うーん、やっぱこの魔法陣違ってねぇかー?
京都旅行の二日目は、そりゃもー大変でしたよ。
なにせのどか嬢ちゃんに告白されるわ、朝倉の姐さんに魔法がバレちまうわで大問題でしたよ。
朝倉の姐さんの方は俺っちの説得もあってでなんとかなりやした。
姐さんと俺っちはどことなく気が合い(エロ的陰謀的な意味で)、意気投合。将来の独占レポートとある程度の魔法世界の知識を条件に秘密厳守を約束しやした。
今後とも姐さんとは仲良くしていきたいぜ……グッフッフ。
さて、次の問題はのどか嬢ちゃんの告白。
のどか嬢ちゃんの方は、何か決心がついたらしく、兄貴自身がどうにかするようです。
あの様子からみると真剣に受け止めるわけでも断るわけでもなく、友達でいましょうてきな雰囲気みたいですし、大丈夫だろ。
残る問題は、ホテルをぐるりと囲む魔法陣。兄貴が一日目の夜に書いた、曰く使い魔や式神を通さなくする魔法陣らしい。
あの時は書き終える前に入られちまったから、意味がなかったんすけどね。
それでもなにか気になったんで、見回りを終えた兄貴を置いて見に来たんだが……。
『……こりゃ仮契約の魔法陣じゃねぇか!』
兄貴ったら、どこをどうやったら間違えるんすかー!まるで違うじゃねぇっすか!
こりゃ、ホテルの中でうっかり誰かとキスしちまったら其の場で仮契約なんて―――。
―あ、魔法陣が光った!
『仮契約(パクティオー)!』
―はっ!しまった!つい癖で!
ほぼ反射的に仮契約カードを受け取っちまった俺は、そのカードの絵柄を見てみる……こ、これはのどか嬢ちゃんじゃねーか!?
ま、まさか兄貴、のどか嬢ちゃんの思いを受け止めちまったのかーっ!
うっはー!こりゃ黙っていられねぇや!なんてったって『あの』お堅い兄貴がついに女を選んぢまったんだ!今夜はお赤飯だぜ!あ、ホテルだから今は無理か。
さぁてこうしちゃいられねぇ!今すぐにでも朝倉の姐さんに報告、ついで兄貴に祝福だ!!
おじさんが手取り足取り、女の扱い方ってもんを教えてやるぜぇーっ!!
―この後、ただのどか嬢ちゃんが躓いた拍子にキスしちまっただけだという残念な事実を知ることなど、俺っちは知る由もなかったのです。
―エヴァンジェリン視点―
―パチン
「ぬむ……ま……」
「待ったはなしだ」
―むしろ待ってやるものか。
京都旅行から三日目。レミリア達が来た日から一日ほど経った頃。
あれだけ濃い一日を過ごしたからか、どうも退屈な気分になる。
もちろん騒がしいには違いないし、修行はキチンとするが、それでも何か物足りない。
夜になった今も、爺が気まぐれで囲碁をしないかと誘われてやってきたが、やはり弱くて相手にならない。
昨日慧音とやったが、奴の方がまだマシなぐらいだ。レミリアは知らなかったのでパス。
ちなみに私達の左横では茶々丸が茶を居れ、右横では3バカとチャチャゼロがUNOをやっているが……チルノの手札の枚数が異常過ぎる。どうしてそうなった。
「なんじゃケチじゃのぉ。年上の癖に」
「同じ年下でも、決して待ったを言わぬ奴もいたが?」
老獪の癖に大人気ないぞ爺。……いや、慧音の方が大人びているだけか。
そもそもを考えたら、慧音は半妖だと聞いたから、爺よりも長生きしているのかもしれん。ていうわけで、爺はまだまだガキだな。
―トゥルルルル
「もしもし、わしじゃが」
電話か。少し待ってやるとするか。
どうやら相手はネギらしいが……親書を渡せたとの話があったから、問題ないか。
「ケケケ。どろー4、黄色ダゼ」
「チルノちゃん、これとおなじの持ってない?」
「これかーっ!?」
「それ⑨だよー?色は合っているけど出せないよー」
「頑張ってくださいチルノさん。まだ逆転の可能性があります」
随分と盛り上がっているなそこの5人。ていうか茶々丸、茶はどうした。
爺なんかと相手するよりはそっちの方がよかったかな……後で混ぜてもらうとしよう。私の見事なカード捌きを見せるいい機会だ。
「なんじゃと!?」
「どわっ!?」
―な、なんだいきなり叫んだりして!!
落ち着いて話を横から聞いていると、西の本山がどうのとか、一大事だとか話が出ている。
襲撃でもされたか。詠春がいるからと油断したとか、そんな所だろう。
しかし、いくら坊やと木乃香がいるからといって、関西呪術協会の本部に攻め込むとは酔狂な奴だな……。
それでいて、仮にも関東魔法協会の長が一大事だと叫んでいる所から見て、相手は相当な実力者なのだろう。
それほどの者なら、証拠隠滅として坊や達を殺しかねん……ふむ……坊やの血が無くなっては困るな……ん?
「どうした爺?なんでそんなマヌケ面してこっちを見る?」
―近右衛門視点―
―ううむ、マズい、非っ常にマズいぞい……!
まさか西の本山が全滅とは……しかも婿殿まで石になってしまったと聞く。
それどころか木乃香まで攫われるとは……想定外な上、最悪の事態じゃ。ネギ君や刹那君達が無事なのがまだ幸い……いや、淡い希望じゃ。
結界を破るどころか婿殿まで抑えられたとなれば、相手は別格に違い無い。その者を相手にするとなれば、ネギ君達が危うい。
なんとか救援を送りたいところじゃが、タカミチ君は海外におるし……。
―待てよ。
「どうした爺?なんでそんなマヌケ面してこっちを見る?」
誰がマヌケ面じゃ、誰が。
しかし、そうじゃった!ここにはエヴァンジェリン君がおったわい!後は八雲殿が来るかどうかじゃが……それはさておき。
「エヴァンジェリン君、手短に話す。木乃香が攫われ、婿殿が石になり、西の本山が全滅した」
「あー、ご愁傷様だな」
いや、そんなあっさりと言われても……。
予想していたとはいえ、やはり我関せずを貫くつもりか。
じゃから頼もうとするが……その前にエヴァンジェリン君の手が視界を遮る。
指と指の間から覗くエヴァンジェリン君の顔は、冷静で真剣なもの。
「まぁ、あれだけ大声で言えば事情ぐらいは察するさ」
どうやら解ってくれたようじゃ。ようは協力してやるから少し黙れ、と。
そういうとエヴァンジェリン君は、ゆっくりと立ち上がって周囲を見渡す。
そして何かを見つけたかのようにその視線は一点に止まる……はて、そこには壁ぐらいしか無いんじゃがな……?
「居るんだろう八雲!緊急事態だ!」
―なぬ?八雲殿が?じゃが、気配はまるで感じ取れんぞ?
「あら、お察しがいいですわねぇ」
不意に轟く声。そして溢れ出す妖気と淀んだ空気。この声と独特的な威圧感はまさしく八雲殿のものじゃ。
空間がぱっくりと割れ、そこからゆっくりと八雲殿の上半身が現れる。
八雲殿の登場と切羽詰った空気が相まって、子供らも少し驚いている様子。ここで騒ぐなりしなかったのは、空気を読んだからか、呆然としているだけか。
まぁよい。事態は深刻じゃ。円滑に話を進めなければなるまい。
「八雲殿、実はの……」
「残念ですが事情は既に察していますわ。早い話が盗み聞き」
とんとん、と自分の耳を指で突いて意地悪く笑う八雲殿。人が悪いのぉ。いや、八雲殿は妖怪じゃったな。
いつから聞いていたかはさておき、話が早くて本当に助かった。
「なら今すぐ私の呪いを解け。すぐに向かう」
―八雲殿を相手に強気な口調を貫ける辺り、さすがエヴァンジェリン、と言えよう。
「わしからもお願いしたい。報酬は出来る限り払おう」
呪いの維持やら条件やらはこの際どうでも良い。大事な孫娘と婿殿、そして子供達の命運がかかっとるんじゃ。悠長は許されん。
わしは頭を下げるが、八雲殿はただ扇子で笑みを隠しこちらを見るだけじゃ。
しばし目を閉じて無言でいたが、やがてぱっと目を開いて笑みを浮かべる。
「報酬は、以前の通り岩塩と調味料を。加えて特別料金として、近右衛門殿のとっておきの日本酒一本につき一名、現場へ直行させますわよ?」
なんじゃと!?どうしてそれを知っている!?
え、エヴァンジェリン君、そんな怖い目で睨まんでくれ!いつか一緒に飲もうと考えていたんじゃ!こ、これは本当じゃぞ!?
「……何本ある?」
―と、エヴァンジェリン君は隣の八雲殿に尋ねる。
「いや、それはわしに聞くべきじゃね?」
「棚10本。隠し戸棚に2本。かなり大事に取っておいたようですわね」
ぬぬぬ、どうやら八雲殿はわししか知らないはずの酒蔵を熟知しておるようじゃ……。
それを聞いたエヴァンジェリン君は、ひぃふぅみぃと、指で何かを数えておる。
指先にあるのは……エヴァを除くマクダウェル家の皆じゃった。
「6本だ。一番高そうな奴は私の分にとっておけ」
「商談成立。では二番目に高そうなのは私が頂きますわ」
―勝手に二人だけで話を進めんでくれ!仕方ないとはいえ、選ぶ権利ぐらいは与えてくれても……む?6本じゃと?
「お主、まさかじゃと思うが……」
おそるおそる、わしはエヴァンジェリン君に問いかける。
そしてわしの予想は当たったらしく、エヴァンジェリン君は凄惨な笑みを浮かべる。
―とてもとても楽しそうで、それでいて何かを企んでいそうな笑みだった。
「喜べ爺。特別に、我がマクダウェル家の力を貸してやってもいいぞ?」
―明日菜視点―
―こ、これはいくらなんでも怖すぎる……。
私と刹那さん、ネギにエロガモが武器を持って隣に居るとはいえ、これは怖い!だって私達の周りを100体近くの化物がぐるりと取り囲んでいるんだもん!
歯がガチガチいって止まらない……立っているのが不思議なぐらいに震えているし……。
―あ、けど本気(?)の時のルーミアに比べたらこれぐらい……やっぱ怖いですごめんなさい。
「せ、刹那さん、こんなのさすがに無理……」
「明日菜さん落ち着いてください……大丈夫ですから」
だって刹那さんだって、あの白髪のガキに殴られて怪我しているじゃん!
怖いものは怖いのー!ルーミアも妖怪だけど、向こうは「これこそ妖怪!」って感じだし!
「……逆巻け春の嵐・我らに風の加護を」
―ん?ネギ何言っているの?おまじないかなんか?
『風花旋風風障壁!』
うわわっ!?な、なにこの竜巻!?
化物達と私達を分ける壁みたいに、私達を竜巻が取り囲んでいる。これも魔法?
「風の障壁です!けど3~4分しか持ちません!」
―せめて時間稼ぎだけでもってことね。ついでに心の準備もさせて……。
『まずは作戦会議だ!どうするよこの状況!?』
私に聞かないでよバカカモ!
伊達にバカレンジャーレッドやってないもん!どうせ私に頭脳戦は無理ですよ!
け、けどだからといって、木乃香を見捨てることなんてできない……ん?刹那さんが黙って頷いている……まさかだと思うけど。
「二手に分かれ「まさか刹那さん、ここに残るだなんて言わないよね!?」……って明日菜さん!?」
―やっぱりそうなのね!刹那さんだったら言うと思った!
「そんなの駄目だからね!絶対反対!刹那さん一人で置いていけないよ!」
「で、ですが私はああいった化物相手には強いので……!」
言い訳無用!断固阻止!友達を置いていくぐらいなら無理やりだって!なら、なら私だってここに残―――。
―その心配は無用だ―
「「「!?」」」
『こ、この声は!?』
エ、エヴァンジェリンちゃん!?なんで!?なんで頭の中で声がするの!?
「落ち着いてください明日菜さん!これはエヴァンジェリンさんからの念話です!」
―あ、解説ありがとうネギ……じゃなくて!
―随分と面白いことになっているな―
んなこと言っている場合じゃないでしょ!?こうしている間にも木乃香が!
―落ち着かんかバカレッド!せっかく私が手助けしてやろうというんだ!最後まで聞け!―
これが落ち着いていられる状況なわけ……え?
「待ってくださいエヴァンジェリンさん!手助けって!?」
ネギが驚いたように叫ぶ。刹那さんも目を丸くして驚いている。
驚くのも無理ないわ。だってエヴァちゃんって、呪いで学園から出られないはずでしょ?
―事情は後で説明するから3分ほど待て。そうすればすぐさま増援を送……ああもう煩いなチビ共!静かにしろ!―
なんかエヴァちゃん以外の声が沢山聞こえるんだけど……ドタバタしながら。
―とにかく!3分間、作戦会議でもしてろ!貴様らも動いてもらうからな!以上!―
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
こら聞こえているんでしょ!?増援ってなによ!?さっきのドタバタは何!?
「……駄目です明日菜さん。念話が途絶えたみたいです。とにかくエヴァンジェリンさんを信じましょう」
「そうですね……藁にも縋る想いですし、ここはこちらで今出来る限りの事を考えましょう」
まぁ二人がそう言うならいいんだけどさ……実際、本気でやばいんだし。
ここぞって時なんだから、さすがのエヴァちゃんもしっかりするだろうし。
『とにかく増援ってのが不確定には違いねぇから、俺らでも出来る作戦を考えるべきだぜ!なら二手に分かれるっつーアイディアを採用だ!』
「ちょっとバカカモ!さっき私が反対だって言って……」
『聞いてくだせぇ!明日菜の姐さんのアーティファクトは、ああいった召喚された化物を強制的に送り返す能力を持っているんだ!あいつらにはうってつけだぜ!』
そ、そうなの?こんなハリセンがそんなに強い武器だったなんて……。
だ、だけどいくら武器が強くても、私は(一応)か弱い女の子なんだけど……?
「それなら、僕の魔力で明日菜さんの防御を保ちます!最低でも10分……いえ、15分は持ちこたえてみせます!だからお願いします!刹那さんと一緒に戦ってください!」
あ、あの仮契約の能力か!あれならいけるかも!ナイスよネギ!
「お願いされなくても刹那さんと一緒に戦うわよ!」
元々から(一応)か弱くても一緒に戦うつもりだったしね……あ、刹那さん軽くだけど泣いてる。えへへ、あたしなんかでも嬉しいんだ。よかった。
そういえばネギはどうするの?
「お二人に任せるのは忍びないですけど、僕は木乃香さんを救出しにいきます!杖さえあればこの中で一番早いのは僕ですし!」
『ナビはお任せくだせぇ!念のため言うが、あの白髪の野郎と戦わないってのが鉄則ですぜ!』
わかっているよ、とネギはカモの言葉に頷く。
なるほどね……。ガキンチョに重大な役押し付けるのは難だけど……。
―今はこいつを信じてみようじゃないの!
「……わかりました。障壁も弱まってきましたし、最後に確認します」
刹那さんが頷いて周りを見る。……ヤバっ!風が段々弱くなってきてる!
―とにかく、さっと纏めると以下の通り。
1.障壁が消えた直後、ネギが木乃香目掛けて飛び出す。
2.刹那さんと私で鬼をひきつける。
3.ネギが連中から木乃香を奪ったら、そのまま逃走!
わかりやすくていいじゃない!
後は応援が来たら状況を説明して、その時次第で対応してもらえばOK!本当に頼むわよエヴァちゃん……!
『本当に仮契約しなくていいのかよ!?』
「私は気で防御力を上げるから大丈夫です。それよりも、ネギ先生の力を温存することに専念してください」
こればかりはカモに同意したいけど……本当に大丈夫なのかしら?
そしたら急に刹那さんが振り向いて、私の顔を見る。
「……すみませんが、よろしくお願いします。明日菜さん」
そういって、刹那さんが笑った。……なによ、いい笑顔しているじゃない!
「任せてよ!」
どーんとこの明日菜に任せなさいって!あんな奴らけちょんけちょんに……。
―あ、けど。
「……私の事も助けてよね?怖いのには違いないから……」
弱音を吐くと、もちろんですって言って刹那さんが苦笑いを浮かべた。
情けないのも刹那さんがそんな薄情な人じゃないってのもわかっているけど、念の為ね。
「ネギ先生、木乃香お嬢様を頼みます」
「はい!」
刹那さんとネギが互いを見つめた後、障壁……ただしくは障壁の向こうを見据える。
あとちょっとで戦闘開始ね……うう、やっぱ怖い……。
―あ、ちょっとまった。
「ネギ!」
「ひゃわっ!?な、なんですか!?」
そんな素っ頓狂な声上げなくてもいいじゃない。
柄じゃないかもしれないけど、言わせて貰うわ。
「……信じてるから!」
―だからしっかりやんなさいよ!
「……はいっ!」
良い返事ね!頼むわよ!……さぁて、行くわよ!
―風が消えた!ぶっ放しなさい!ネギ!
「雷の――――!!」
「凍符『アイスエイジ』!!」
―ガッキイィィィィンッ!!!!
「…………あれ?」
さっき以上に素っ頓狂な声を上げているのは、ぼうっと突っ立っているだけのネギ。
ネギ、あんたの魔法って風っぽいやつよね?なんでこいつら全員、氷漬けになってんの?
カッチコッチの氷に化物達全員が包まれていて、まるで氷像みたい。
凍りつく静寂の中、和気藹々とした声と足音が後ろから響いてくる。
私達はほぼ同時に、反射的に音がした方へと振り向く。
―そこに居たのは。
「あたいサイッキョーッ!大ちゃん見た!?」
パキパキと身体中から冷気を放つガキンチョが胸を張ってはしゃいでいる。
「すごいよチルノちゃん!レティさんが見たらきっとびっくりするよ!」
すごいすごいと言ってはしゃぐ、緑色の髪をした女の子。
「わー、カッチカッチだねー」
その二人の女の子の間にいるのは、二振りの剣を持った……ルーミア。
「お見事ですチルノさん」
青いガキンチョに拍手を送っている人物は、間違いなく茶々丸さん。
「ケケケ。コリャゴ主人モウカウカシテランネェンジャネェノ?」
に、人形が不気味に笑いながら、ナイフを振り回して歩いてる……。
―そして、そんな5人(4人と1体?)を引き連れるようにして歩いているのは……。
「馬鹿者。これはアーティファクトの力を加えたからこそだ。それに私の『こおるせかい』はこの程度ではないさ」
―ふわりと靡く金色の髪、小さな体躯、それに似合わない強気な瞳……!
「なんだ。随分とマヌケ面しているな貴様ら」
―エヴァちゃん!!?
「小さな体躯は余計だーっ!」
「へぶーっ!?」
―なんで心を読んで蹴りを入れてくるのよーっ!?
―完―
―後書き―
今回からにじファンにて書いてあった後書きを投稿いたします。必要ないかと思いましたが、念のために。
そんなこんなで二日目は終了。我ながら色々書きました。
まずは大妖精のアーティファクトの検証。何か抜けてるぞ?という意見がありましたら是非お願いします。
大まかな弱点などはわかるとは思います。
そして慧音先生とエヴァ。実はこれもやりたくて混ぜたほどです。
これも東方×ネギまでやってみたいことなのですが、いつかエヴァには妹紅とも会わせてみたなと思っています。吸血鬼仲間だけでなく不老不死仲間ができたらいいなぁと考えたので。エヴァが行くのか、向こうからくるのかは秘密です。
そして京都では、原作通りのどかちゃんと仮契約。
ただし朝倉との「作戦X」は発動せずに、ネギが書き間違えた魔法陣のせいです。この作品におけるネギは冷静な方ですが、その分ウッカリも多いです。
といいますか、原作的に考えてみるとのどかちゃんは必要不可欠です。はい。
刹那との仮契約については、現段階で「匕首・十六串呂」は必要ない上に、エヴァ達の増援もあるので別にしなくてもいいのでは?と思いカットしました。
時期を見計らってネギと仮契約する予定はあります。
そして今回からご意見のこともあり、主にメイド長と茶々丸に絡む点において修正やカットを多様しました。
にじファンのままの方がいい!というご意見があったら元に戻す予定です。
以上になります。抜けている点や不都合がありましたら申し訳ありません。
ありがとうございました。