巡り合わせのように彼らは出会った。 これは偶然? それとも必然? その中で私という存在はどういう意味を持つのだろうか? 今はまだ皆目見当もつかない。「ねぇ、もしかしてアンタってインテリジェンスソード?」「おうよ貴族の娘っこ!」 ルイズの問いに『デルフリンガー』と名乗った剣がどうよと言わんばかりに答える。 人間なら胸をそらせてエヘンと威張ってる感じだが、あいにく彼は剣。 そらす胸もなければ、そもそも剣がそれるほど柔らかかったら問題ありだ。 それに近づいてみてみるとかなりボロイ。錆が大量についている。 すると店主がやれやれといった感じで、「へぇお嬢様の言うとおり、意思を持つ剣『インテリジェンスソード』でさぁ。どこのメイジが作ったかしりやせんが、見たとおりのボロで口を開けば悪態ばかり。運よく誰に溶かされることもなく家まで着ましたが、ご覧のとおり売れ残ってる始末です」 この店主の台詞を皮切りに、店主とデルフリンガーのくだらない口げんかが始まった。 「おめぇの売り方がわるい」だの「喋る事しかできないボロ剣の癖に」など。 しかし、喋る剣という物珍しさに惹かれた才人がこの口げんかに割って入り、「なぁ親父さん。この剣いくら?」「厄介払いの意味もこめて新金貨百で」「よし買った。なぁルイズ、いいだろ?」 そう言う才人にルイズは、えー、と不満の声をあげるが、才人が目をわざとらしく潤ませて「買って」と頼み込む。 なにコイツ、馬鹿っぽいけど何かくるものがあるわ、と意味のわからない思考をしたルイズだが結局、「わかったわよ。その剣、買ってあげるわ。って、それ以上目を潤ませて近づかないで、何かヤバいからっ!」 ルイズの了解を獲た才人は心底嬉しそうに「ありがとう」とルイズに例を言った。 その様子を苦笑しながら見ていた店主はカウンターの下から鞘を取り出して、「厄介払いのお礼にこの鞘はおまけしときやす。そいつをどうしても黙らせたかったら鞘に収めてください。とりあえず黙りやすから」 こうしてデルフリンガーは才人の剣となった。「俺は平賀才人。えぇと、こっちではサイト・ヒラガって言うんだ。よろしくな。なぁ、お前、デルフリンガーだったよな。デルフって呼んでいいか? 愛着もわきそうだし」「愛着ねぇ・・・まぁ悪い気はしねぇな・・・いいぜ好きに呼びな。しかし、てめぇ見たいな坊主に、なんて思ったがよく見てみればおめぇ『使い手』か、なるほどねぇ」「『使い手』ってなんですか?」 店から出てデルフに自己紹介する才人。 デルフの口にした『使い手』という言葉に反応したミルアが横から覗き込むようにたずねた。 しかしデルフはしばらく黙った後、「すまねぇ嬢ちゃん。忘れた」 デルフがそう言うと、そうですか、と残念な色をにじませてミルアが呟いた。 するとデルフが思い出したかのように、「と、いけねぇ。おれっちも挨拶しねぇとな。これからよろしく頼むぜ『相棒』」 相棒と呼ばれたのが本当に嬉しかったようで才人は満面の笑みを浮かべ「おう」と答えた。 それを見ていたルイズは、男ってあぁいうノリが好きよね、と思った。 不意に才人とルイズの耳に妙な音が聞こえた。 聞いたことのある音。 そう空腹時になるあの音だ。 才人とルイズは互いに顔を見合わせ、そろって首を横にふった。 すると才人とルイズの間でミルアがすっと手を挙げ、「私です。ルイズさんお腹がすきました」 そう言ってルイズのマントをくいくいと引っ張った。 それを見たルイズは「仕方ないわね」といってから何かに気がついたように驚きの表情をした。 ミルアはルイズの表情を見て僅かに首をかしげる。 するとルイズは引きつった笑みを浮かべながら、「お金、全部使っちゃった・・・」 才人も「あ」と思い出しミルアは無言で固まった。「おい、どうすんだよ? 今日は昼飯なしか?」 おろおろした感じで才人がルイズに詰め寄ると、ルイズもイラついたように、「仕方ないでしょっ! そのボロ剣に全部使っちゃったんだからっ!」「おれっちをボロ剣呼ばわりするんじゃねぇっ!」「あぁ、食えないと思ったら俺も腹が減ってきたぁ!」 三者三様にぎゃあぎゃあ騒ぐ。 ミルアは軽く周りを見渡した。 目立っている。 既に路地裏から大通りに出ていたのだ。 なんだなんだと皆がちらちらとこちらを見ている。 これ以上はあまりよろしくないと思ったミルアが二人と一本を止めようとした。 すると背後から、「あれぇ、三人してこんなところでどうしたのかな?」 そう声をかけられた三人が振り向くとそこにはイクス、タバサ、キュルケの三人がいた。 キュルケはニヤニヤと笑いながら、「貴方たちすごく目立ってるわよ。思わず他人の振りしようかと思ったくらい」 そう言われたルイズと才人はあたりを見渡し、才人は困ったような顔をし、ルイズは顔を赤くして下を向いた。「何か三人ともお困りの様子。なんならこのイクスお姉さんが一肌脱ごうか?」 そんなことを言いながら目を妖しげに細めて、本当にシャツのボタンを上からゆっくりと外してゆくイクス。 その光景に才人の目が釘付けになる。 しかし次の瞬間、才人の鳩尾にルイズの振り上げたつま先がめり込み、声もなく才人はその場に突っ伏した。 それを一筋の汗をながしながら見ていたミルアが、「実は昼食をとる予定だったのですが、うっかり先の買い物で所持金を使い切ってしまって・・・」 そこまで言ったところでミルアの腹が再び音を立てる。 するとイクスはクスクスと笑いながら、「なるほどなるほど、昼食をとれず飢えてるわけだね? 君たちは」 そのイクスの言葉にルイズは顔を更に赤くし、才人とミルアはそろって「飢えてます」と答えた。 キュルケが声をあげて笑うとルイズがムキーという感じで掴みかかろうとするが、それをイクスが後ろから抱きとめ、タバサは我関せず状態。 周囲の注目をあつめる騒がしい状態ではあったが、イクスが昼食をおごるということで落ち着きを取り戻した一行は、そのまま近くの店で昼食をとることになった。「ねぇサイト? そのぼろっちぃ剣はなんなの?」 寂れた店の中で昼食中の一行。 ふいにキュルケがサイトに寄りかかるようにして質問した。 その仕草にルイズはキッとキュルケを睨むが食事中もあってかそれだけにとどめた。必死に。 イクスはそんな光景をにやにやと眺め、タバサはやはり我関せずと黙々と食事をつづけ空の皿が目の前に積まれていく、イクスのおごりだからと容赦がない。 そしてミルアもタバサに負けじと黙々と食事をつづけ空の皿を積み上げてゆく。こちらもおごりだからと容赦がない。それにしてもこの二人、胃袋の容量が謎である。「この剣、さっきルイズに買ってもらったんだよ。もともとそれが目的で街に来たし」「へぇ、ルイズったらプレゼントでサイトの気を惹こうっていうの?」 キュルケがニヤリとしながらそう言うとルイズは空になった自分の皿を半ば叩きつけるようにして重ねると、「違うわよっ! 使い魔の主人として必要なものを買ってあげたまでよっ! 気を惹こうとか変なこといわないでよねっ! 年がら年中発情期のあんたと一緒にしないでよっ!」 その物言いを皮切りに、ルイズとキュルケのはた迷惑な言葉の応酬が始まった。 そんな二人を苦笑しながら見ていたイクスは、ふとタバサとミルアの方を見る。 隣り合った二人は、何か競っているのかと疑問に思うほど空になった皿を積み上げていく。 積み上げられた空の皿によって、すでに二人の姿は向かい側から見えない状態になっていた。 奢る側であるイクスとしては実に心臓に、いや財布に悪い光景であった。「ちょっとっ! あんたどういうつもりよっ!」 ルイズはそう怒鳴り、キュルケに食ってかかった。 無論これには事情がある。 昼食を終えた一行は、キュルケが買い忘れたものがあるといって別行動をとることになった。 そして、そろそろ帰ろうかと街の門まで来たときキュルケが合流した。その手に豪勢な大剣を持って。 そうルイズたちが訪れた武器などを売っていたあの店で、店主が最初に出してきたあの大剣だ。「はい、サイト。これは私からのプレゼント」 とキュルケがくれば、「え? マジでいいの? うわぁ、すげぇ嬉しい。ほんと、ありがとうっ!」 と素直に喜んで感謝の言葉を口にする才人。 素直に感謝の気持ちを相手に伝えるのは基本的にいいことだ。 だが今回はタイミングが悪い。 この状況、面白くないのは才人のご主人様であるルイズだった。 この胸の中で渦巻く気持ちの悪い感覚。これはいったいなんなのかわからないが、とにかく苛々する。ルイズはそんなことを思いながら、その苛々を隠そうともせずにキュルケに食って掛かり、尻尾があればブンブンと振ってるんじゃないかと思えるような才人の耳を引っ張った。「いててっ! ルイズ、なにすんだよ」「あんたには私が買ってあげたボロ剣があるでしょ」 ルイズはそう言って、才人から預かり、ミルアの腕の中にあるデルフを指差す。「でも、プレゼントって言うし。別に二本あってもよくない?」「私がよくないのよっ!」 才人とルイズ、そんな二人をデルフを抱えたまま見ていたミルアは、あることに気がつき、「そういえばルイズさんは何かとキュルケさんにくってかかりますよね? キュルケさんもルイズさんを挑発するような口ぶりですし。なんでなんですか?」 ミルアがそう聞くと、才人もそれには気がついてたらしく、うんうんと頷いた。 するとルイズは横目でキュルケを憎々しげに見ながら、「うちのヴァリエールとキュルケのツェルプストーはね代々仇敵同士なのよ」 そのルイズの言葉に才人が「なんでまた」と呟くと、「ヴァリエールの領地はトリステインの国境沿いにあってね、その国境を挟んだ先が、ゲルマニアって国の中のツェルプストーの領地なのよ。つまりっ! 大昔から戦争のたんびに、真っ先にヴァリエールとツェルプストーが杖を交えてきたわけよっ! 殺し殺された一族は数知れずっ! おまけに色ボケツェルプストーは数多くのご先祖様の恋人だったり婚約者だったり奥さんだったりを奪っていったのよっ!」 ルイズは拳を強く握り、ぎりぎりと歯を噛みしめ、まくし立てる。 そんなルイズに対してキュルケは余裕の笑みで、「まぁ戦争に関しては当然といえば当然なんだけど、恋人云々に関しては、略奪愛も一応『愛』よヴァリエール。別に力ずくとか野蛮なことはせずに、ちゃんと惚れさせてるんだから。奪われるほうにも問題あるんじゃない?」 キュルケのその言葉にルイズは尚更キュルケを睨みつける。 それを見た才人は内心、お前は視線で人を殺す気か、と突っ込んでいた。 すると、一触即発の状態を苦笑しながら見ていたイクスがルイズとキュルケの間にわって入って、「とりあえずさ、こんなところで言い争ってないで先に学園に帰ろうよ。学園に帰ってから決着つけよう? 決闘・・・は怪我とか危ないから別の勝負事で白黒つけよ? ね?」「それいいわね。そうしましょうか、ヴァリエール」「そうしましょう、ツェルプストー」 キュルケとルイズの二人は不敵な笑みを浮かべてイクスの提案を受け入れた。 すると、立ったまま本を読んでいたタバサが、やっと終わったか、という具合にぱたりと本を閉じるとピューと口笛を鳴す。 その場にいた者たちの頭上に影がさしたかと思うと、上空から一匹の大きな風竜が舞い降りた。その背には人間よりも一回りほど大きな狼が乗っかっている。「おぉっ! すげぇ! 竜だっ! ドラゴンだっ!」 感激の声をあげながら、おっかなびっくりと風竜に近づく。 すると、風竜の背に乗っかっていた大きな狼が飛び降り、イクスに寄り添った。 純白の毛色に青い瞳。イクスに寄り添うその姿は実に絵になっている。「もしかして、その狼、イクスの使い魔?」 ルイズがそう尋ねるとイクスは笑顔で、「そう北の北の北にしか生息していないって言われてる雪狼。名前は『カニス』これだけ大きいと背中に乗ることもできるんだよ。凄く速く走れるし」 笑顔のイクスはそう言いながら自らの使い魔である雪狼の頭をなでた。 そして、視線を風竜の方へ向け、「その風竜はタバにゃんの使い魔で『シルフィード』っていうんだよ」 ニコニコと説明するイクスを他所に才人はこわごわと雪狼のカニスの頭をなでてみた。 最初は遠慮がちになでていた才人だったがカニスが大人しくしているので、「やっぱり狼だけあって賢いのな。俺がなでても特に怒る様子ないし」「そりゃね、私の使い魔だもの」 そう言ってイクスはえへんと胸を張る。 大きく揺れる胸が才人としては眼福眼福。おもわず拝みそうになる。 一方ミルアはデルフを抱えたままタバサの使い魔のシルフィードに近づいていった。 するとシルフィードは少し驚いたように反応してミルアが近づくにつれ後ずさってゆく。 ミルアが一歩踏み出す。 シルフィードが一歩後ずさる。 ミルアが一歩踏み出す。 シルフィードが一歩後ずさる。 その光景にタバサは僅かに首をかしげミルアは内心、ここまで嫌われるものなのか、と軽いショックを受けていた。 こうして互いの使い魔とプラスおまけの僅かな交流の後、それぞれは学園へ帰路についた。「ねぇ、カニス。貴方はあの二人どう感じた?」 学園へと帰る途中、イクスはカニスの背でそんな言葉を吐いた。 上空ではシルフィードが、タバサとキュルケの二人を乗せ空を駆けている。 風の精霊の名を与えられただけあってシルフィードの速さはかなりのものである。馬で移動するルイズたちよりも遥かに早く学園に着くことであろう。 しかしカニスはそんなシルフィードに負けず劣らずの速さで地を疾走していた。「あの二人とはサイトとミルアの二人のことですか?」 低く、それでいて胸に響くような声がイクスの耳へと届く。 声の主はカニスだった。 イクスの使い魔となった彼は人語を話せるようになっていた。「そう、才人とミルアの二人。どう?」 そうイクスが再度質問すると、カニスは僅かに困ったような声色で、「どう、と言われましても。そうですねサイトに関しては何処にでもいそうな人間というところでしょうか。ただ、使い魔となりルーンを刻まれたことによって、私が人語を話すように何かしらの能力を得ている可能性があります」 イクスはカニスの答えに笑顔で頷きながら、「さすが私の使い魔。賢い賢い。で、ミルアのほうは?」「シルフィードが警戒したのもわかります。彼女はなんなのですか? いやアレを彼女というのも疑問です。何故、あの様なものが人間の姿をしているのか……」 その答えにイクスは心底愉快そうにニヤリとして、「そこまでわかれば十分だよ。さすがに人では感じえないことを感じれるんだね」 そう言ってカニスの頭をなで続けた。