side.? 「友情論 Ⅰ」
俺には幼馴染がいる。
家が隣同士で、親同士も仲の良い"オトナリサン"って奴だ。
赤ん坊の頃からの知り合いで、同じベビーベットに寝転がされては、よくじゃれ合っていたらしい。主に、俺がちょっかいだして泣かせるという形でだが。
竹馬の友の名前はシン・アスカ。俺の弟分である。生まれは俺の方が遅いんだけど。
シンが俺の弟分だっていうのにはきちんとした理由がある。
あいつは小さい頃は病弱で、家から一歩も外に出れない生活をしていた。なんでも、極力、太陽の光を浴びない生活をしなければならなかったらしい。そのせいか、あいつはいつも独りで家の中にいた。
そんな状況を俺の親が放っておくはずもなく、俺とシンはいつも一緒に遊んでいた、…… らしい。
今となっては、その頃はもう遠い昔の話になっている。
俺が覚えている記憶の中のシンはもう、太陽の下で一緒に遊んでいた。
今まで外で遊べなかったこともあってか、細くよわっちかったシンは、これまでの運動不足を取り返すかのように、毎日一緒に泥だらけになるまで俺と遊び回った。少し大きくなると体力をつけるべく、俺と一緒に剣道やら柔道やらの道場に通うようになっていた。
それでもシンのよわっちさは相変わらずで、 稽古のない日には本を読んでいる姿を見かけた。
更に暫くすると、シンの妹のマユちゃんも俺達の後ろについてくるようになった。
マユちゃんはシンとは正反対の活発な子で、俺とシンはいつも彼女に振りまわされていた。
家族ぐるみの付き合いもあって、俺達はよく一緒に旅行に出かけた。
春にはヨシノで花見。
夏には一緒に海水浴。
秋にはフシミで紅葉狩り。
冬にはナガノでスキー。
色々な所へ行っていた。
学校だって俺とシンはいつも同じクラスだった。
俺とシンは時には競い、時には協力しながら、遊びに、悪戯に、勉強にと励んだ。
これからも、ずっと、そんな日々が続くのだと、信じて疑わなかった。
目まぐるしく世界は変わってゆく。
俺達子供の預かり知らぬ所で。
いつのことだっただろうか。
宇宙にいるコーディネイターがニュートロンジャマ―をばら撒いた後だった気がする。
テレビが見れなくなって、ゲームで独占できるようになったと喜んだのも束の間、学校でよくシンが嫌がらせを受けるようになった。
いじめっ子達の言い分も訳が分からないもので、シンがコーディネイターだからだという。コーディネイターは悪い奴で、シンが空に上がって悪い奴になる前にやっつけるのだと、要領を得ない理由だった。
どうやら親に訳が分からない事を吹き込まれたらしい。シンは俯いてしまい、何も言い返していなかった。だからかわりに、そいつらは俺がとっちめてやったが。
日増しにシンへの嫌がらせはエスカレートしていく。昨日まで仲良くしていた友達がそれに加担していると気付いた時は愕然とした。なんでも、ニュートロンジャマー投下の影響で、父親が失業したらしい。
そして嫌がらせの手がシンを庇い続ける俺の方へ伸び出した時、シンは言った。
「引っ越す事になったんだ」
オーブに。
俺はショックで思わず言ってしまった。
「俺がシンを守れなかったから引っ越すのか?」
そうとしか考えられなかった。
親同士の仲が良く、ずっと一緒に育ってきた俺は知っている。どうしてシンが、いや、シンの家族がコーディネイトを受けて生まれてきたのか。
生きるためだ。
何の枷もなく、他人から冷たい目で見られることなく、胸を張って、生きたいように生きるためだ。
そう、俺に教えてくれたのは、シンのじいちゃん―― シンのとうちゃんのとうちゃんだった。
シンのじいちゃんは、酒好きで、桜が好きで、俺達が住む日本自治区という場所が大好きで、いつもからからと豪快に笑って俺達に構ってくる面白いじいちゃんだった。
俺はシンのじいちゃんが大好きだった。勿論、シンもだ。あいつは一番のおじいちゃんっ子だった。
普段はとても明るい人だったからこそだろうか。記憶に焼きついて離れないのは、シンのじいちゃんが病気の定期検査のために病院へ向かうバスに乗る、その小さな後ろ姿だった。
重い病気を抱えて生きてきたシンのじいちゃん。
暑い夏のある日、縁側でスイカを食べる俺達の横で、こんなことを言っていた。
"わしがこうして長生きできとるのは、科学と医療技術の進歩のおかげじゃ"
"息子や嫁、孫達が忌まわしい病気から解放されたのも、科学の進歩の賜物じゃ"
"今、世間は色々いっとるが、わしは息子を孫を、コーディネイトした事を恥じてはおらん。"
シンのじいちゃんが死んだのが秋だから、その直前の夏だった気がする。
"どうか、ずっと、シンの友達でいてやってくれよ"
男と男の約束だ。
シンのじいちゃんとは、他愛のない約束なら沢山交わしたけど、真剣な大人との、大人の約束ははじめてだった。
だから守りたかった。
約束も、親友も。
いや、約束なんてなくったって俺はシンを守りたかった。
ずっと一緒に育ってきた幼馴染、唯一無二の親友なのだから。
「俺がもっと強かったら…」
その言葉に、シンは笑いながら首を横に振って否定した。
充分だったと。
何があっても傍にいてくれて、庇ってくれて嬉しかった、と。
今度は自分が俺を守りたいから、オーブに行くのだ、と。
そうシンは言った。
そう笑ってシンは手を俺に差し出した。
ありがとう――
白くて細い手。
長袖の下に、沢山の傷があることを俺は知っている。
守りたかった。
大切な幼馴染を。
ずっとずっと。
でも、その為の力は今の俺にはなく、俺はただ、シンの手を握り返すことしかできない。
だから、俺は、俺ができることをする。
日本からいなくなるシンの為にできること。
それは――
「守ってるよ、ずっと、ずっと。お前の家を、アスカのじいちゃんの墓を。みんな守って、待っててやる。だから――」
お前はお前の家族を守ることだけ考えとけよ。
いってらっしゃい。
絶対に帰って来いよ。
俺はここで待ってるから。
そう言って、俺はシンと繋いだ手を離した。
amicus certus in re incerta cernitur.
確かな友は,不確かな状況で見分けられる.
キケロ 『友情論』 より