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No.32070の一覧
[0] 【習作】Memento mori - 或は死者の為のミサ(ガンダム種運命二次、シン視点で再構成)[雪風](2013/09/17 21:46)
[1] Introitus - 入祭唱[雪風](2012/03/16 21:19)
[2] Kyrie - 救憐唱[雪風](2012/03/19 21:29)
[3] side.T 「 失楽園 」[雪風](2012/03/15 23:04)
[4] Graduale - 昇階唱 Ⅰ[雪風](2012/03/17 11:31)
[5] side.? 「友情論 Ⅰ」[雪風](2012/03/17 01:45)
[6] Graduale - 昇階唱 Ⅱ[雪風](2012/03/17 01:58)
[7] side.M 「 降誕祭 」[雪風](2012/03/17 02:09)
[8] Graduale - 昇階唱 Ⅲ[雪風](2012/03/17 11:32)
[9] Graduale - 昇階唱 Ⅳ[雪風](2012/03/19 21:30)
[10] Graduale - 昇階唱 Ⅴ[雪風](2012/03/18 15:42)
[11] Graduale - 昇階唱 Ⅵ[雪風](2012/03/18 15:46)
[12] Graduale - 昇階唱 Ⅶ[雪風](2012/03/18 15:48)
[13] Graduale - 昇階唱 Ⅷ[雪風](2012/03/18 08:11)
[14] Graduale - 昇階唱 Ⅸ[雪風](2012/03/18 20:45)
[15] Graduale - 昇階唱 Ⅹ[雪風](2012/03/18 21:28)
[16] side.Lu 「 箱庭の守護者は戦神の館に至らず 」[雪風](2012/03/19 21:22)
[17] side.Me 「 叡智の泉に至る道筋 」[雪風](2012/03/19 21:28)
[18] side.Vi 「 選定の乙女の翼は遠く 」[雪風](2012/03/20 09:25)
[19] side.Yo 「 光妖精の国は豊穣に満ちて 」[雪風](2012/03/20 10:29)
[20] side.Re 「 S: 未来視の女神 」[雪風](2012/03/20 23:31)
[21] Graduale - 昇階唱 ⅩⅠ[雪風](2012/03/21 22:54)
[22] Graduale - 昇階唱 ⅩⅡ[雪風](2012/03/26 21:44)
[23] Graduale - 昇階唱 ⅩⅢ[雪風](2012/04/02 02:07)
[24] Graduale - 昇階唱 ⅩⅣ[雪風](2012/07/01 21:16)
[25] Graduale - 昇階唱 ⅩⅤ[雪風](2012/07/01 23:02)
[26] Graduale - 昇階唱 ⅩⅥ[雪風](2013/01/23 22:05)
[27] Graduale - 昇階唱 ⅩⅦ[雪風](2013/09/05 22:32)
[28] Graduale - 昇階唱 ** - 29th Sept. C.E71 -[雪風](2013/09/17 21:43)
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[32070] Graduale - 昇階唱 ⅩⅦ
Name: 雪風◆c1140015 ID:28d84097 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/09/05 22:32
Graduale - 昇階唱 ⅩⅦ

 ディセンベル士官学校 本棟前広場――
 多くの学生が、落ち着きのない喧騒を作り出す中、俺は静かに、眼前にあるモノを見上げていた。

 ザフト―― モビルスーツ試作第1号機

 歴史上、初めてロールアウトしたモビルスーツが、今、俺の目の前にある。
 数日前、この機体はここ、ディセンベル士官学校に持ち込まれた。展示場所は、士官学校の玄関ともいうべき本棟。そのすぐ前にあるこの広場だった。
 これから約一月の間、モビルスーツ試作第1号機"ザフト"は、ここに展示され続ける事になっている。
 Z.A.F.T.の名を冠する"ザフト"は、全てのジン系列のモビルスーツの親とも言うべき存在だ。この"ザフト"から、YMF-01Bプロトジンが開発され、そして今もなお、ジンの名を持つモビルスーツは増え続けている。
 開発されてからまだ10年も経っていないのに、目の前にある"ザフト"は、年月を重ねた骨董品のような品格と風格を漂わせ、威風堂々と佇んでいる。その様は、将に圧巻の一言に尽きる。
 それにしても何故、外部に向けた催しもないこの時期に、このような展示が為されているのか。
 脳裏にそんな疑問が浮かぶが、すぐに今日が何の日であるかを思い返し、俺は疑問を打ち捨てた。
 恐らく、この時期だからなのだろう。

 今日、前期中間考査―― 進級テストの結果が発表される――

 ディセンベル士官学校の在校人数はあまり多くない。と、思う。
 航宙科150名、理工科100名、情報科に至ってはなんと50名しかいない。これにザフトが行う一般公募の2000名を合わせた数が、来年の新兵の人数になるらしい。
 公表されている現在のザフトの総数は30万人。ユニウス戦役前はこれよりも多かったらしいが、終戦後に退役し、普通の人に戻った人が数多くいたようだ。
 プラントの総人口が約5千万人である事を考えると、ザフトは総人口に対し6%を占めているという事になる。この数字が多いのか少ないのか、俺にはよくわからない。ただ、けして多いとは言えない数なのは確かだろう。
 数では劣る点を、技術力で埋める。その象徴とも言うべき存在がモビルスーツであり、航宙科の上位十名のみが"赤"を纏う事を許される理由でもある。
 ディセンベル士官学校の士官学生は、ユニウス戦役後に構築された新体制の目玉ともいうべき制度の一部であり、一般公募2000名とは、一線を画す優秀さを求められている。そう、先生達は言っていた。
 その表れなのだろうか。航宙科は150名のうち、上位50名がその成績結果を名前と共に掲示されることになっている。
 そこで俺は、十位以内に入らなければならない。入って、赤服にならなければならない。それが特殊技能生である俺に課せられた義務。
 やるべきこと、できることは全てやり尽くした。恐らく、十位以内には入るだろう。確信もある。だが、なぜだろう?なぜか、心は晴れない。

 "ザフト"を見上げる。
 遥か天井<ソラ>の向こう。本来いるべき宇宙<ソラ>を見据えているのだろうか。
 暗い闇の向こうで、沈黙するモノアイは何も語らない。


「シン」


 は、と我に返り、俺は視線を声の主に向ける。
「ここにいたのか」
「レイ」
 そこには、少し緊張した面持ちのレイがいた。
 肩を並べて、隣り合う。
「試験結果の発表って、10時… だったよな?」
「ああ、本棟の掲示板に表示される」
「今、何時だっけ?」
「9時50分。間もなくだ」
 他愛のない会話を交わす。 こうして、レイと話していると実感してしまう。結構、俺も緊張しているみたいだ。

 ふ、と会話が途切れる。

 俺たちは揃って、"ザフト"を見上げた。
 相変わらずどこを見ているのかわからない。

 沈黙が落ちる。



「ラウ、は――……」



 ザフトを見つめながら、レイはぽつりと言った。
「兄は、ずっと、首席だったそうだ」
 その言葉に、俺は視線を、レイの横顔に移した。
 俺の視線を感じてか、レイもゆっくりと、視線を動かす。蒼い空色の視線が、ひたと俺に注がれる。
 逸らす事は許されない。
 俺も、じっとレイの瞳を見つめる。

「俺も、そうでありたいと願っている」

 風が、吹きぬける。

 静かな宣戦布告。
 俺はどんな言葉を、レイに返せばいいのだろう。

「ああ、俺も――」

 承認の言葉。
 ただ、受けて立つ、と。
 そう言えばいいのに。
 俺の口は勝手に言葉を紡ぐ。

「首席以外に、興味はない」

 結局の所、朝から続く俺の違和感は、そういう事なのだろう。
 だって分からないじゃないか。
 俺は、いつかできる大切なモノを守る事の出来る力を求めてザフトに入った。
 なのに、きちんと俺は力を得る事が出来ているのか。全然分からない。俺自身、何かが変わった様には全く思えていないのだ。
 ディセンベル士官学校 航宙科 総合成績 首席――
 一種の目安だ。
 俺が、きちんと強くなっているという目に見える証拠。

 互いに、静かに睨み合う。

 視線は逸らさない。
 逸らしたら負けだ。



 と、高らかにチャイムが響き渡った。



 俺達二人は同時に本棟の方を見る。
 10時―― 発表の時間だ。
 俺は視線をレイに戻す。レイも同じように、視線を元に戻していた。
「行こう、時間だ」
 一緒に、という言葉は不要だろう。どうせ行く場所は同じなんだ。
 俺の言葉に、レイは何故か苦笑を浮かべた。
「ああ、行こうか」
 肩を並べて歩き出す。
 きっと、俺とレイの心に渦巻く思いは一つだけだろう。


 隣にいるコイツにだけは、絶対に負けたくない――


*


 本棟のエントランスはもう、試験結果の発表を見る人でごった返していた。これでは、掲示板を見に行くだけで一苦労だろう。
「人が多いな……」
 俺が小さくそう言うと、レイも頷く。
「やはり、端末で確認した方が良かっただろうか」
 今回の試験結果は当然、士官学校のホームページからも確認できる。端末から確認する人も多いだろうから、直接エントランスへ確認に行けばいい。
 そう、メイリンが進めてくれたから来てはみたが、予想以上に人が多い。
 少しはけるのを待つか、と俺達は入り口付近で足を止めた。

「あ、おい……」

 誰かのそんな声が漏れ聞こえた気がした。
 ざわりと場の空気が変わり、視線が一斉に俺たちの方へ集まる。
 沢山の目が俺達を見ていた。隣からレイの溜息が聞こえてくる。
 一歩。
 レイは足を踏み出す。
 ざっ、と人垣が割れ、成績が掲示されている場所までの道が出来る。
 すごい、映画みたいだ。ぼんやりとそんな事を思いながら、レイの背を見送る。
 と、レイは振り返り、不思議そうに俺を見た。
「行かないのか?」
 投げかけられた言葉を理解するのに数秒かかる。
 え? もしかして、この凄まじい衆人監視の道を行こう、と?
 なんの冗談かと思った。
 俺がゆるゆると首を横に振ると、レイは怪訝そうに首を傾げた。
 一向に歩を進める気配は見受けられない。周囲の視線が痛い。肩を落すと、俺は腹をくくって、人垣の道を歩き始めた。
 びしびしと視線が背に腹にといたる所に刺さる。
「どうしたんだ? 一体……?」
「いや……」
 こいつ、心臓に毛でも生えてるのではなかろうか?
 言葉を濁して返答しつつ、視線からの逃避がてらにそんな事を思った。
 俺がレイと並び歩き出すと、ざわざわとした空気すら消え、痛いくらいの静寂と視線が注がれる。ほんの僅かな距離のはずなのに、やけに時間を感じた。
 苦行のような数十秒の先――
 俺達は足を止めた。
 目前には3つの大きな電子掲示板が並んでいる。
 航宙科、理工科、情報科、それぞれの科の成績上位者の名がずらりと表示されていた。
 大きく息を吐き、俺は航宙科の掲示板をゆっくりと見上げた。

 第1回 定期考査 航宙科 総合成績

 1,レイ・ザ・バレル
 2,シン・アスカ
 3,クリストファー・ロビンソン
 4,コンラート・バルヒェット
 5,アルフレッド・ブラウン

 あ、と息を呑んだ。
 世界から音が遠のいて、ただ、ただ、2段目にある自分の名前を見る。
 総合成績第2位――
 さっきあんな宣言をしたにも関わらずこの様とは…… 少し、いや、かなり恥ずかしい。なんとか教官に言われた総合成績10位以内の条件はクリアしているから良しとすべきだろう。
 そう自分に言い聞かせて納得させる。
「実技―ー」
 横からそんな声が聞こえてきた。
「首席を逃したか」
 こっそりと横目でレイを伺い見れば、小さな溜息と共にそんな言葉が紡がれていた。
 独り言なのだろう。レイの視線は掲示板から外れていない。俺は視線を掲示板に戻す。
 航宙科の成績を表示する電子掲示板の画面が切り替わっていた。先ほど見たのは総合成績による順位だったが、どうやら実技と筆記も別枠で発表されるみたいだった。


 第1回 定期考査 航宙科 実技成績
 1,シン・アスカ
 2,レイ・ザ・バレル
 3,マクシミリアン・フォンテーヌ
 4,アラム・クルシンスキー
 5,コンラート・バルヒェット

 第1回 定期考査 航宙科 筆記成績
 1,レイ・ザ・バレル
 2,ベアトリス・オーストレーム
 3,エンツォ・バルトロメイ
 4,シン・アスカ
 5,クリストファー・ロビンソン


 な、なんと言えばいいのか……
 やはり、当初の懸念どおり、筆記の不振が実技の足を引っ張たようだ。その為に総合成績でレイの後塵に拝する結果になった。なんて―――― 気休めだ。
「やはりお前の実技の成績は凄まじいな」
 悔しそうにレイが俺に話しかけてくる。
「でも、総合だとレイに負けてる」
 実技の順位は確かに勝った。筆記だって、勉強の成果か4位という傍から見れば高い結果を出した。
けれど、何故だろう。足りない。
 不安、なんだ。俺は本当に"力"を得ることが出来ているのだろうか。
「座学が出来たところで、実技がきちんとできていないと意味がない」
 実技が出来なければ意味がない――
 それはきっと、間違いではない。間違いではないけれど、それでも、俺の中にある形容しがたい感情は拭えない。
 勝ち負け云々というよりも、俺自身の問題なのだろう。だから、ぜんぶ、ぜんぶ呑み込む。
「今回の総合の首席は譲る。次は負けない」
 俺はレイの前に拳を突き出した。きょとり、とレイは目を白黒させ、俺の意図を理解すると嬉しそうに笑った。
「こちらこそ、次こそは実技の首席を貰い受ける」
こつり、と拳と拳がぶつかり合う。
不適に笑ってみせるレイに、俺も不適に返す。
「言ってろ。筆記なんてすぐに追いついてみせる」
「ならば俺は更に引き離すだけだ」
 俺はレイの蒼い瞳をじっと見る。
 不思議と、悔しさはない。むしろ清清しいくらいだ。
 俺はレイから視線をはずし、腕を下ろす。そして、もう一度掲示板を見上げた。
 実技1位、筆記4位、総合2位――
 結果は動かしようがないし、相変わらず胸のもやもやもある。
 けれど、レイとのやり取りを経て、なんだかなんとかなるような、そんな前向きな気分に俺はなっていた。
 掲示板を見上げながら、ほぅ、と小さく息を吐く。
 余裕が戻ってくる。
 そうなると、周囲の様子が途端に気になり始めた。ひそひそと交わされる話し声。突き刺さる視線。あまり一番前を占拠するのも良くないだろう。
 俺は同じように掲示板を見上げていたレイに声をかける。
「なぁ、レイ。そろそろ寮に戻らないか? レイは、午前中には出る予定なんだろ?」
「ん? ああ、そうだな。それに、そろそろ届いているはずだ」
 レイの言葉に俺は首を傾げる。何が届いているのだろうか?
 俺の疑問を察してくれたのだろう。
 レイは、寮に戻れば分かる、と言った。
 俺達二人は再び人の生垣を通り、寮へと急いだ。

*

「レイが言ってた"届いてる"って、これのことだったんだな」
 そう言って俺は箱を開け、中身を取り出した。肩を両手で持ち、視線まで持ち上げる。
 少し大きめの士官学生服―― その色は赤い。
 航宙科の成績上位者10名に与えられる赤服である。色味が正式なザフトレッドの軍服よりも薄いのは、"まだまだひよっこの士官学生"だかららしい。
 これを渡してくれた守衛さんがそう言っていた。
「ああ。成績発表と同時に該当者への赤服受け渡しが解禁になる。俺のように連休を利用して家に帰る学生への配慮だろうな」
 結果発表がテスト最終日の1週間後なのは、この赤服を準備するための期間らしい。
 確かに、筆記試験は電子機器を用いたペーパーレス試験だった。論述はともかく、選択肢やなんやらの正解不正解は、機械を通せばすぐにわかるのだから。
 レイの話を聞きながら、俺は赤服を眺める。
 いつかできる大切なモノを守るための力を得る――
 それが俺がザフトに、士官学校に入った理由だ。この赤服は確かに俺が力を手にしつつある証でもあるのだ。
 そう考えると感慨も深い。
 10人――
 150の中のたった10。
 誰もが努力し、全力で今回の試験に挑んだ。
 その150人の多くを蹴落とし、俺は、この赤服を得た。
 総合成績第2位――
 手に入れた結果は少々不本意だが、地上上がりのコーディネイターにしては良く頑張った方だろう。
 それは素直に自分を褒めていい。

 だが、慢心をするな。

 耳に心地良い言葉の羅列の傍にこそ、落とし穴はある。
 この地位は、不動のモノではない。
 次の次―― 10月の定期考査の結果如何によっては、剥奪される可能性のある砂上の楼閣。

 慢心するな。
 自惚れるな。
 気を引き締めろ。
 自覚しろ。
 俺はまだ、スタートラインにすら立っていない。
 何一つ守れていない。
 守りたいと思う大切なモノすら見つけていない。
 今は、万全の状態でスタートラインに立つ準備をしているに過ぎない。

 そう自分に言い聞かせて、俺は目線まで上げていた赤服を下ろした。
 は、と詰まった吐息が耳に届く。
 どうやら、無意識の内に息を詰めていたらしい。

「着替えないのか?」

 そう言われて振り返れば、既に赤服を着たレイがいた。
 きっちりと赤服を着こなしたレイの姿はとても様になっている。色が著しく変わったにも関わらず、全く違和感がない。むしろ、最初からこうあるべきだったのだ、とすら思える。赤を纏う事が当然なのだ、と。
 そんな雰囲気をレイは纏っていた。
 思わず凝視してしまうと、レイが怪訝そうに俺を見てくる。その視線に促され、俺も着替え始める。
 もとより、インナーに変わりはない。緑の制服を脱ぎ捨て、赤を纏う。真新しい制服特有の堅さに、一頻り腕や首を動かす。一応、襟元を詰めていたが、やはり首周りが煩わしい。色が赤になっただけで、デザインや構造その物は変わらないのだ。いつもどおり、ホックをはずしてボタンを一つはずす。ぐるり、と首を回すと、ほっ、と俺は一息ついた。
 着替えただけなのに、何故かとても緊張していたようだ。緊張が解けると同時に、周りを見る余裕も戻ってくる。
 レイはレイで、一時帰宅の準備を整え一息ついていた。
「コーヒー、淹れようか?」
 10時のおやつには遅い時間だけれど、昼食を食べるにはまだ早い。
 レイの昼食は恐らく機内食になるだろうが、それまでの繋ぎとしては悪くないだろう。
 俺の言葉に、レイは少し考え込むと頷いてくれた。
「ああ、頼む。飲んだら出る」
「了解。机を頼む」
 部屋に備え付けてある勉強用の机は移動する事ができる。それを大いに利用して、俺達は食卓代わりにしてるのだ。
「ああ」
 レイの了承の言葉を受け取ると、俺はキッチンへと向かった。

*

「"ルナマリア様からのメールです。
 [試験結果だけど、私は実技9位、筆記17位、総合14位。メイリンは筆記11位、実技9位、総合13位よ。私もメイリンも、あとちょっと頑張れば赤服だったのに!! 次の進級テストの時には赤服を十分狙える圏内だし頑張ろうと思ってるんだけど、メイリンは凄くへこんでる。
 次の進級テストは絶対に赤服になってやるんだから!!
 会って色々報告したかったけど、お母さんと最初の連休は帰るって約束してるの。シンやレイの成績の報告を楽しみにしてるわ。あんた達の事だから赤服は確実でしょうね。
 返信を楽しみにして待ってるわ]
 5月26日 午前10時05分の受信です。"]

「"ヴィーノ様からのメールです。
[やったぜ!俺もヨウランもなんとか総合15位圏内!
 俺は発表後すぐに学校でないとシャトルの時間に間に合わないから、予定通りメールで報告。ヨウランはこの後からが本番で、ラボ持ちはアプリリウス市のホールで研究報告会があるとかで急いでるみたいだ。だからまとめて報告!
 また、休み明けにな!!]
 5月26日 午前10時13分の受信です。

みなさん、当初の予定通りに行動されていますね。"」

 テーブルの上にノルン達も招き、俺達は一緒におやつを食べていた。レイと俺はコーヒーとクッキー、ノルン達はおやつという名の充電だが。
 そのついでに、ノルンにはルナマリアとヨウランから届いたメールを読み上げてもらっていた。読み上げられたメールの内容に、俺は持っていたマグカップを机に置く。
 成績の方はみんないい方なんだろう。よくわからないけど。だからか、あまり気にならない。
 気になるのは、出発していく4人の慌しさだろう。
 予め聞いていたとはいえ、考えていた以上に忙しそうだ。
 テスト明けの連休は長いようで短い。帰省を予定する学生は多いらしいが、大半は学校に残るらしい。
 特に、他の市から進学している学生はシャトルに乗って移動する必要が出てくる。
 ディセンベルから遠い市だと、移動に何日かかかってしまう。その往復時間と滞在時間を考えると、帰省を選ばずに学校で過ごす判断をする生徒が多数を占めるようだ。お陰で俺も訓練相手には事欠かないわけだが。
 俺達の班の場合は、ルナマリア達とヴィーノ、レイが帰省組だ。
 ルナマリア達二人はオクトーベルから士官学校のあるディセンベルに進学している。オクトーベルとディセンベルは遠くはないが近くにもないという微妙な距離にある市だ。移動は早いに越した事はない、とはルナマリアの言である。
 もっと酷いのはヴィーノだ。あいつはシャトル片道1日組のマイウスから来ている。
 ヨウランの向かうアプリリウスもディセンベルからは離れているが、ヴィーノ程ではない。
 そこまで考えを巡らせると、ん? と俺は首を傾げた。
「レイも、アプリリウスに行くんじゃなかったのか?」
 レイの予定を思い起こしながら問いかける。このコーヒーを飲んだら出ると言っていたが、少々まったりしすぎではないだろうか。
「ああ。だが、俺はヨウランと違って急ぎの用事もないしな。ヨウランが乗るシャトルの、次のシャトルに乗る予定だ」
 それに、とレイは続ける。
「あまり早く帰りすぎても、あの人を困らせるだけだからな」
 なるほど。当然といえば当然だが、レイの大切な人も働いているのだろう。あまり早く帰りすぎては、迷惑になる可能性があるのか。
 レイは、きちんとその辺りも計算して帰省計画を立てているのだろう。
 俺の考えを裏付けるように、レイの口元にはうっすらと笑みが刻まれている。
 羨ましい―― 脳裏を過ぎった思いを振り払う。
「それもそうだな。 ―― それにしても、やっぱりプラントの市と市の間の移動はシャトルなんだな」
 ちょっと隣の市に行くだけで宇宙旅行か、ふわりとそんな事を思う。
 地上育ちの俺から見るととんでもない事なのに、プラント育ちのみんなからはどうも、地球で言うところの飛行機―― というよりは、新幹線や電車に乗るような気軽さが感じられる。
 流石はプラント。宇宙空間にあるだけあって移動のスケールが違う。
 俺の言葉にレイは驚いたように目を見開き、すぐにくくっと笑いを零した。
「お前から見ると、帰省の度に宇宙旅行をしてるように見えるのだろうな」
「む」
 内心を見透かされ、俺は思わず口を噤む。自分が考えてたことながら、他人の口から聞くと妙に子供っぽく聞こえる。
「なんでわかるんだよ……」
 ふてくされた俺の言葉に、今度こそレイは声を出して笑った。
「"目は口ほどにものを言う"とは、お前の国の言葉だろうに」
 なおも笑うレイに、俺の胸になんともいえない想いが込み上げてくる。
 釈然としない、いや――
 俺はこっそりとレイの目を見る。
 そして、ぼそり、と一言。
「今日のレイは随分と浮かれてるな」
 メイリンは言っていた。レイは子供っぽい、と。
 妙に饒舌なのも、笑みの大盤振る舞いも、恐らく大切な人に会えるのが嬉しいからだ。しかも、赤服という吉報も携えての帰省だ。良い報告が出来るから余計に心も弾んでいるのだろう。
 そういう状態を、人は"浮かれている"というのだ。
 案の定、俺の言葉にレイは固まった。
 一拍―― の硬直後に、レイは誤魔化すようにマグカップを口元へ運ぶ。ぐいっと残りを飲み干すと、椅子から立ち上がった。
 本人努めて平静に振舞おうとしているのだろうが、椅子が普段立てない音を立てている時点で内心の動揺は見て取れる。
「そろそろ出る」
 そう言ってレイは、充電中のノルンの端末を手に取る。その隣で休んでいる俺のノルンに、こっそりと話しかける
「よく見とけよ、ノルン。あれが人間が得意な"話題をそらす"ってヤツ―― いて」
 こつり、と立ったレイが俺の頭を小突く。
 痛くはないない。だが、あえて小突かれた所を押さえてレイを見上げる。
「ノルンに妙な事を教えるな」
「はーい……」
 気のない俺の返事に、仕方ないな、といった感じの笑みをレイは浮かべる。一つ、息を吐くとレイは言った。
「そろそろ出る」
「ああ」
 繰り返された言葉を、今度は茶化さずに受け取る。
 見送るために俺は立ち上がった。
「荷物、それだけか?」
 レイの傍らに置いてあるキャリーケースを示して確認する。小さいキャリーケースは小回りが利く反面、相応にしか荷物が入らない。あんな小さいので1週間もつのだろうか。
「滞在期間は僅かだからな。それだけで十分だ」
「ああ、そっか。家にあるのか」
 レイの手荷物が少ない事に納得する。
 確かにそうだ。家には持ってきてない服があるのだろうから、必要最低限の荷物でいいのだ。
 会話が一端途切れる。
 俺は足を止め、レイはそのまま先へ進む。
 自動の扉が開く。
「いってらっしゃい、レイ。気をつけて行ってこいよ」
 そう俺が声をかけると、レイは立ち止まり振り返った。その顔は何故か、少し驚いた様な表情をしていた。
「どうした? レイ」
 そんなレイの様子を不思議に思い、俺は声をかける。
 いや、とレイは首を横に振り、何かを懐かしむ様な、そんな笑みを浮かべて言った。
「いってらっしゃい、か―― こう、改めて面と向かって言われると面映いものがあるな」
「――――   」

 え――?
 いって らっしゃい――――?
 言った? 俺が? 今??

「俺はいつも、兄に言う側だった」

 レイの、声が 遠のく。
 色が 反転する。

「―― そうなのか。レイのお兄さんは忙しい人だったのか?」
「ああ。俺は見送ってばかりだった。だから、こう見送ってもらえると嬉しいものがあるな」


 おかえり

 ただいま

 いってきます

 いってらっしゃい


「では、今度こそ出る。その―― いってきます」
「―― ああ。気をつけて、な」

 扉が閉まる。
 足音が遠のく。

 ぐらり、と―― 視界が大きく傾ぐ。
 世界が、歪む。

 耳鳴り やまず。
 どくどくと 五月蝿く。

 いつからだ。
 いつから俺は――

「―― !!」

 視界にノイズがかかって、揺れて、足が――


 モノクロ。
 明滅。


 扉を開けて

 誰も

 ヒトリ



 ちかちかと 息が――――


 なんて、この身は―――― キモチワルイ



*



 水の音が聞こえる――

 気づけば俺は、トイレの中で倒れこんでいた。
 口の中に残る独特の酸味に、自分が嘔吐したのだということに気づく。
 いつから、僕は、"アノ言葉達"を言える様になっていたのだろう――?
 気づいてしまった。気づきたくなかった。
 もう、言う事などない、と―― 思っていたのに。

 視界は相変わらずモノクロ。
 投げ出された腕が、服が、目に――




 顔 顔 写真

 静謐

 棺

 白

 花の香り




 噎せ返る様な花の――――



*


 C.E.70年 4月1日。
 プラントのシーゲル・クライン議長は、オペレーション・ウロボロスを発動した。
 対戦国中立国を問わず、無差別に、地上へニュートロンジャマーを大量に投下するという作戦である。
 ニュートロンジャマーは、核ミサイルによる攻撃に大きな被害を受けたザフトが実践投入した兵器だ。
 物質の最小単位とも言える原子核を構成する要素の一つである中性子は、核分裂反応を行っている時のみ自由に動く。これを逆手に取った兵器がニュートロンジャマーである。詳しい原理は知らないが、ニュートロンジャマーは、この自由な中性子の運動を阻害する事により、核分裂反応そのものを抑制するらしい。
 "核"と呼ばれるエネルギーは、大半がこの核分裂反応を利用して得られる。それを封ずるというのだから、ニュートロンジャマーがいかにとんでもない兵器かよくわかる。

 核エネルギーが利用されている場面は、現在のような世界情勢だと、核ミサイルに代表される核兵器や、原子力潜水艦の動力となる核エンジンなどに目が行きがちだ。だが、それらよりももっと重要な役目は発電―― 原子力発電、民間に対する電力エネルギーの供給である。
 軍事利用も、民間利用も、関係なく、ニュートロンジャマーは核分裂反応を抑制した。その結果、地上は空前絶後のエネルギー不足に陥り、国を問わず、多数の餓死者、凍死者を出す事となる。直接的、間接的な被害を含めるとその数、地球の総人口の1割近く―― 10億に近い人々が亡くなり、今もなお、増え続けている。

 加えて、ニュートロンジャマーは、広範囲に渡って電波障害を起こすという副作用も持っていた。

 原子力発電の停止と電波障害――
 地上は未曾有の大混乱の中に叩き落された。

 電波障害の対象となったのは主に、マイクロ波と呼ばれるもので、その中でも特に、IEEE分類におけるXバンドからVバンド―― 8GHzから75GHzの帯域だ。
 この帯域を利用していたのは主に、軍事通信・気象衛星・地球観測衛星をはじめとする現代生活を送る上では、縁の下の力持ちとも言うべき存在ばかりだった。
 あの時の地上の混乱は、今でもよく覚えている。無線や携帯電話など、民間にも利用されていたマイクロ波帯域がなんとか電波障害からは免れていた事は唯一の幸いだろう。

 ニュートロンジャマーの存在は、軍事に限っただけでも、核分裂反応抑制による核兵器の使用不可及び、電波障害による精密誘導兵器の使用不可などの多くの影響を及ぼした。
 特に、長距離の軍事通信が妨げられ続ける影響は大きい。高度な情報のやり取りは、近代の戦争において根幹を成す要素の一つである。その為、戦場の時間は、既に過去のものとなりかけていた有視界接近戦闘にまで巻き戻される事となった。
 この、"科学技術が発展した世界における、有視界接近戦闘を主とした戦争"に、逸早く対応したのがプラント―― ザフトだった。
 当然といえば当然だ。ニュートロンジャマーは彼等が開発したものであり、その効果も副作用も全て把握していたのだろう。
 そしてソレは戦場という表舞台に立った。

 モビルスーツ――
 その大本の起源を辿ると、最初のコーディネイター ジョージ・グレンが活躍した時代にまで遡る。
 彼は木星探査船ツォルコフスキーを設計する際に、様々な革新的な装備も同時に開発した。その中の一つに、ある特別な宇宙服が含まれていた。その宇宙服こそが、外骨格補助動力装備である。この外骨格補助動力装備こそが、今日のモビルスーツの起源にあたると言われている。
 ただし、その時点ではまだモビルスーツではなく、パワードスーツと呼ばれていたらしい。兵器ではなく、あくまで、宇宙空間で人間が円滑に様々な作業を行う事ができるよう、補助する機械としての側面の方が強かったようだ。
 現在運用されているの機動兵器モビルスーツの直接の起源となっているのは、C.E.65年にイタリア系コーディネイター ジャン・カルロ・マニアーニがロールアウトさせた試作第1号「ザフト」で、このザフトを実用機として発展させたものが「YMF-01B プロトジン」である。このプロトジンから、ザフトが広く運用しているジンシリーズが生まれていく事になる。

 モビルスーツはザフト創建当時から運用され、L5宙域の全コロニーをプラント理事国から奪取する際に、その有効性を世界に見せ付けた。そして、ニュートロンジャマーの開発・運用により、その有用性は決定的なものとなった。


*


 モノクロの世界。
 アカを見つめながら、ふわり、と、思う。

 果たして、等価であったのだろうか――?

 "血のバレンタイン"とニュートロンジャマー投下。

 ユニウス7で失われた24万人の命は、地上に住む10億人の命によって贖われた。
 因果応報と嘯くにはあまりにも重い。
 命に数など関係ないと思いながらも、それでも俺は考えてしまう。
 ニュートロンジャマーの無差別投下は本当に必要であったのか。24万という命に対し、10億という命は、本当に釣り合っていたのか。理不尽だと感じてしまうのは、僕が地上生まれで地上育ちのコーディネイターだからだろうか。

 目を閉じる。
 暗闇が心地良い。
 耳鳴りはやまず、ただ、自分に言い聞かせる。

 答えは出ない。
 出しては―― いけない。

 目を開く。
 視界に移る、ザフトのアカ――


 赤<アカ>

 紅<アカ>

 血<アカ>


 世界が
 この身が

 父さん――
 母さん――
 マユ――

 ああ――――

 6月が、やってくる――――――



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