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No.32070の一覧
[0] 【習作】Memento mori - 或は死者の為のミサ(ガンダム種運命二次、シン視点で再構成)[雪風](2013/09/17 21:46)
[1] Introitus - 入祭唱[雪風](2012/03/16 21:19)
[2] Kyrie - 救憐唱[雪風](2012/03/19 21:29)
[3] side.T 「 失楽園 」[雪風](2012/03/15 23:04)
[4] Graduale - 昇階唱 Ⅰ[雪風](2012/03/17 11:31)
[5] side.? 「友情論 Ⅰ」[雪風](2012/03/17 01:45)
[6] Graduale - 昇階唱 Ⅱ[雪風](2012/03/17 01:58)
[7] side.M 「 降誕祭 」[雪風](2012/03/17 02:09)
[8] Graduale - 昇階唱 Ⅲ[雪風](2012/03/17 11:32)
[9] Graduale - 昇階唱 Ⅳ[雪風](2012/03/19 21:30)
[10] Graduale - 昇階唱 Ⅴ[雪風](2012/03/18 15:42)
[11] Graduale - 昇階唱 Ⅵ[雪風](2012/03/18 15:46)
[12] Graduale - 昇階唱 Ⅶ[雪風](2012/03/18 15:48)
[13] Graduale - 昇階唱 Ⅷ[雪風](2012/03/18 08:11)
[14] Graduale - 昇階唱 Ⅸ[雪風](2012/03/18 20:45)
[15] Graduale - 昇階唱 Ⅹ[雪風](2012/03/18 21:28)
[16] side.Lu 「 箱庭の守護者は戦神の館に至らず 」[雪風](2012/03/19 21:22)
[17] side.Me 「 叡智の泉に至る道筋 」[雪風](2012/03/19 21:28)
[18] side.Vi 「 選定の乙女の翼は遠く 」[雪風](2012/03/20 09:25)
[19] side.Yo 「 光妖精の国は豊穣に満ちて 」[雪風](2012/03/20 10:29)
[20] side.Re 「 S: 未来視の女神 」[雪風](2012/03/20 23:31)
[21] Graduale - 昇階唱 ⅩⅠ[雪風](2012/03/21 22:54)
[22] Graduale - 昇階唱 ⅩⅡ[雪風](2012/03/26 21:44)
[23] Graduale - 昇階唱 ⅩⅢ[雪風](2012/04/02 02:07)
[24] Graduale - 昇階唱 ⅩⅣ[雪風](2012/07/01 21:16)
[25] Graduale - 昇階唱 ⅩⅤ[雪風](2012/07/01 23:02)
[26] Graduale - 昇階唱 ⅩⅥ[雪風](2013/01/23 22:05)
[27] Graduale - 昇階唱 ⅩⅦ[雪風](2013/09/05 22:32)
[28] Graduale - 昇階唱 ** - 29th Sept. C.E71 -[雪風](2013/09/17 21:43)
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[32070] side.Re 「 S: 未来視の女神 」
Name: 雪風◆c1140015 ID:28d84097 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/20 23:31
side.Re 「 S: 未来視の女神 」


 軍人になる人間のものにしては、白く細い指がモノクロの鍵盤の上を踊る。
 ぎこちないリズム、不揃いな和音に思わず笑みを零す。

「レイ、笑ってないで何かアドバイスしろよ……」

 ピアノに向かっていて、俺の姿なんて見えてない筈のシンが、何故か俺の感情を察して話しかけてくる。つくづく勘の良い奴である。

「こればかりは、練習しろとしか言えないな」
「身も蓋もない……」

 俺の返答にがっくりと肩を落とし、シンは再びピアノと向き合う。
 奏でられる、先程よりは多少マシになったリズムと和音。

 どこか懐かしい、不揃いな旋律を聞きながら、俺は目を閉じた。

*

 白。

 白。

 白。

 白。

 気付けばいた白の世界。

 勉強の時間。
 睡眠の時間。
 遊戯の時間。
 食事の時間。

 全てが定められた世界。

 "では、はじめよう。準備はいいかね?"
「はい」

 遊戯の時間。
 バイザーをつけて、現実と電子空間を重ねる。
 後は、玩具を操作して、電子空間を飛ぶ的を落とせばいい。的は攻撃して来る。攻撃される前に、当てて落とせばいい。
 どれだけの時間、攻撃を受けずに的を落とせるかを試す。
 ときどき紛れ込む、本物の人間や生き物は撃ってはいけない。
 全部感覚を研ぎ澄ませば簡単にできる。
 つまらないお遊び。

 勉強の時間。
 沢山の数字。沢山の異なる文字。意味を持った羅列。
 数学。地理。歴史。世界情勢。哲学。心理学。文学。
 ありとあらゆる学問を、情報を記録する。

 食事の時間。
 身体機能維持の為の栄養摂取。

 睡眠時間。
 身体機能維持の為の休息時間。

 言われるがままに行動し、
 言われるがままに記録する。

 それが全て。
 それが日常。

*

「君もアル・ダ・フラガのクローンかね?」

 白の世界に唐突に現れた色。
 知識を照会する。
 喩えるならば、"黒"だろう。
 しかし、重要なのはそこではない。
 今、質問をされた。
 ならば答えなければならない。

「いいえ。自分はアル・ダ・フラガのクローンではありません。アル・ダ・フラガのクローン体の細胞より作成された、二次生成クローンです」

 その人間は、"黒"なのに紅い服を着てこちらを観察して来る。
 普段の来るのは、白い服に白いマスクと帽子を被った人達だ。

「ふむ。では、ここで何を?」
「空間認識能力の研究、及び強化、兵器への転用試験を行っています」

 目の前にいる人が顔を歪める。

「行こう。君を迎えに来た」

 そう言って手を差し伸べて来る。
 その手と顔を見比べ、尋ねる。

「それが新しい遊戯ですか?」

 複数の種類がある遊戯の時間。
 この色の着いた人間が出て来るのは新しいパターンだ。

「そうだな…… 君に遊戯の時間以上に楽しい喜劇を見せてあげよう」

 そう言って、その"黒"い人間は手を掴み、歩き始める。

 扉の外の世界も、大部分が白かった。
 けれど、所々赤く、人間が倒れている。
 それを眺めていると"黒"い人間から声をかけられる。

「何を見ているのかね?」
「あの倒れている白い人間です」

 正直に答える。

「ああ。狂った妄想に執り憑かれた愚か者のなれの果てだ。目に入れるのもおぞましい。粛清されてしかるべきものだ」

 狂った妄想。
 なれの果て。
 粛清。

 "黒"い人間を見る。

「急ぐぞ。この様な場所に長いはしたくない」

*

 "黒"い人間に連れて来られたのは、今まで記録した事のない場所だった。
 そして、そこにいた人間も、今まで見た人間と違っていた。

「やぁ、ラウ。お疲れ様。成功したみたいだね」

 "白"い人間だった。
 今までに見た事がない位に白い。

「ああ。君の協力に感謝しよう。御蔭でメンデルの狂人の生き残りをこの手で始末することができた」
「なに。大事な友人の頼みだ。こちらも議長を説得した甲斐があるというものだよ」
「ふん。あの俗物は随分渋ったと聞いたが?」
「あそこは研究の性質上、ザラ議員との繋がりがあるからね。
 古くからの盟友を裏切りたくなかったのだろう」
「だが、最後には許可を出したのだろう?
 当然だな。アレらが生きていれば、人工子宮の研究も滞りなく進む。そうすれば俗物の言う処の"ナチュラルへの回帰"とやらにも支障が出る」
「議長は倫理的問題を重視されただけだよ。
 人は自然に産まれ出ずる者であって、生産される物ではない、とね」
「詭弁だな。
 あの男は正気か? 不自然の極地たる者の先駆者がどの口でそれをほざく」
「ははは。それだけ憎まれ口を叩ければ充分だね。
 元気が出たかい? 落ち込んでいたみたいだけど」

 "黒"い人間が押し黙った。

「…… 己と情報を同じくする者が、狂人共の玩具にされていて不快に思っただけだ」
「そうか……」

 "黒"い人間はそっぽ向き、"白"い人間はこちらを見た。
 わざわざ屈んで、視線を合わせて来る。

「やぁ、はじめまして。長く放っておいて悪かったね。私の名前はギルバート・デュランダルという。君の名前は?」

 "白"い人間― ギルバート・デュランダルはそう言った。
 名前―― 個体識別名称の事だろうか。

「はい。私の個体識別名称はADF-08009C'、八番目の人工子宮で作られた9番目のアル・ダ・フラガの二次生成クローンです」

 ギルバート・デュランダルは眉を下げて言った。

「それは管理番号であって、君自身の名前ではないだろう?」

 名前――
 照会中。

「流石は狂人共だな。実験動物には名すら必要ないという訳か」
「人工子宮は?」
「指示通り10基全てサーバごと跡形もなく破壊した。あの研究所の中で生きていた私のクローンはこの子だけだ」
「他の子は全て?」
「ああ。廃棄、と記録されていた」
「研究データは?」
「あったものは全て消去した。だが恐らく、一部は既にザラ派に渡っているだろう。
 高度空間認識能力者の実験データなぞ、ロクな使われ方をせんだろうがな」
「そうか…… さて―― ところで、ラウ。君の方はこの子に自己紹介したのかい?」
「は?」
「その様子ではしていないね。それはいけない。自己紹介は他者とのコミュニケーションの第一歩だ」
「お前に言われなくてもわかっている……」

 ギルバート・デュランダルに言われ、"黒"い人間が屈む。

「私の名はラウ・ル・クルーゼだ。君と同じくアル・ダ・フラガのクローンだ。まぁ、私は一次生成クローンだから、君にとってはオリジナルといったところか?―――― レイ」

 レイ――?
 ギルバート・デュランダルはラウ・ル・クルーゼを見る。

「なんだね、ギルバート。その顔は」
「いや、君が自発的にこの子に名前をつけるなんて思いもしなかったからね」
「…… 名がなければ不便だろう」
「ふふふ。そう言う事にしておこう。光か―― 良い名だね」

 レイ、Rey、光――

「ほらごらん、ラウ。唐突すぎてレイが困っているよ」
「お前にはレイが困っているように見えるのか」
「困っていると言うよりは戸惑っているのだろうね。違うかい?」
「ふん……」

 ラウ・ル・クルーゼとギルバート・デュランダルがいう"レイ"とは恐らく、ADF-08009C'のことだろう。
 ADF-08009C'とは恐らく、"わたし"のことだ。
 "わたし"――?
 "わたし"とは誰だ?
 ADF-08009C'―― "レイ"のことだ。
 ラウ・ル・クルーゼとギルバート・デュランダルが呼ぶ"レイ"とは"わたし"のことだ。
 "わたし"は"レイ"?

「"レイ"とは"わたし"のことですか?」

 "わたし"の発言にラウ・ル・クルーゼとギルバート・デュランダルが"わたし"を見る。
 そして、唇をあげ、目尻を下げた"奇妙な顔"をした。

「そうだよ、レイ。レイ・ザ・バレル―― それが君の名前だ。君だけの名前だよ」
「ギルバート…… なんだ、そのセンスの欠片もない姓は」
「おや? 君ともあろう者が知らないのかい?
 reyは確かに光だけれど、異国の言葉では零― zeroを現す言葉でもある。
 zaは機械工学においては、zero adjusted(ゼロ点調整した)とzero and add(ゼロ及び加算)の略語だ。
 barrelは樽― 即ち"器"だね。
 レイは今日、今を以って産まれた。
 産まれたばかりのレイという器にはまだ何も入ってはいない。空っぽだ。
 零となった器に沢山の光― 幸福などの良いものが加算― いや注がれて満たされる様に。
 Rey za Barrel― "光注がるる零の器"とね。
 ん? なんだい? その微妙な顔は?」
「いや、なに。少し、お前との付き合い方を考えなければと思っただけだ」
「なんだい、それは……」

 レイ、Rey、零――
 Rey za Barrel― "光注がるる零の器"
 ADF-08009C'はレイ・ザ・バレル。
 "わたし"はレイ・ザ・バレル。

「レイの戸籍に関しては任せてほしい。議長の手前、養子には出来ないが、後見程度ならばできる。君との血縁関係は――」
「なしにしておいてくれ。ラウ・ル・クルーゼとレイ・ザ・バレルは別個の人格を持った別人だ」
「…… わかった。そう処理させてもらおう。―― ん? なんだい、レイ」

 わたしは話し込むラウ・ル・クルーゼとギルバート・デュランダルの服の裾を引いた。
 先程、ギルバート・デュランダルが言っていた事を記録から取り出す。

「"はじめまして。わたしの名前はレイ・ザ・バレルという。君の名前は?"」

 これが俺の始まり。
 使い潰され朽ち果てるだけだった実験動物に、ラウとギルが名を与え、魂が宿った瞬間。
 ADF-08009C'ではない、レイ・ザ・バレル―― 一人の人間としての誕生だった。

*

 "魂"が宿るなど…… 非科学的なのも良い所だな。
 自分自身で考えた事に、思わず苦笑を浮かべる。
 あの後、色々あったが一部を除き、どれも幸福で良い思い出となるものばかりだった。
 ギルが望んだとおり、レイという空っぽの器は光で満たされた。
 満たされたと思っていた。

 不揃いな旋律が聞こえる。
 シンの弾くピアノの音が。

 ラウとギルさえいればいいと思っていた。二人さえいればそれで良かった。それが俺にとっての世界だった。
 けれどその世界は壊れてしまった。
 ラウの死という、歪な結果をもって――

*

「ふむ。ここでナイトを動かすかのか」
 動かした駒を見つけてラウは悩む様に言った。
「しかし良いのかね? このままだと、7手先でナイトはクイーンに討ち取られるが?」
「構いません。その3手先で、ビショップがキングにチェックをかけます」
 盤面の展開をいくつもシミュレートしながら、俺はラウの問い答える。
 現在の盤面から想定される展開、多少の誤差はあれど恐らく、今回はラウに勝てるだろう。
「勝利の為の布石―― 捨て駒という訳か」
「? 含みがある言い方ですね」
 俺とラウはよくチェスをしているが、その勝率は暗澹たるものだ。
 今日こそは勝利をもぎ取ると心に決め、俺はラウに挑んでいる。
「いや、なに」
 そう言って、ラウは俺のナイトを手に取る。
「今、死んだナイトと同じものは、この世にないのだと思うと感慨深くてね」
 ことり、と小さく音を立てて、ナイトの駒が机の上に置かれる。
「我々にとっては幾度となく繰り返す事の出来るゲームでも、盤の中に存在し、戦う駒達は生きている」
 ラウはルークの駒を動かす。
「代用の効かぬ命、使い捨てるなど哀れに思わないか?」
 こうしてラウは時折、不思議な謎かけをしてくる。俺はその謎かけに、一度としてラウの望む答えが返せた事がない。
 だが、これだけは今、言わなければならない。
「…… ラウ、ルークの置く位置が違います」
 ラウはルークを動かし、ナイトを討った。ルークはナイトの居た場所に陣取らなければならない。
 しかし、ラウは今、ナイトが居た場所の一つ横にルークを置いた。
「君はゲームに勝つ為にルールに則りナイトを捨て駒にした。ならば、私が勝つ為にルールを捻じ曲げても文句は言えないだろう?」
「大人気ない……」
 無茶苦茶な理論である。
 しかし、ラウが一度言い出したら話しを聞かないのはよくわかっている。良くも悪くも自分を曲げない人なのだ。
 はぁ、と大きく、俺は息を吐いた。
 そして俺は、このイレギュラーに対応すべく、再び勝利へのシミュレートを始める。
「勝利へのアプローチは千差万別。各々の価値観に基づき、勝利をもぎ取るべく行動するだろう。私は私で、君は君で」
 ラウの言葉を聞きながら俺は盤面を見つめる。そして在る事に気づいた。
「全く同一のアプローチなぞ在りはしない。それがたとえ、血を同じくするモノであったとしても」
 俺は驚いてラウを見る。
 この盤面、どう駒を動かしても数手先には――
 ラウは不敵に笑う。

「ステイルメイト―― 残念だったな、レイ。この勝負は引き分けだ」

 ラウが、第二次ヤキン・ドゥーエの戦いに出征する前日の出来事だった。

*

 あの時のラウは一体、俺に何を伝えたかったのだろうか。
 ラウと俺は全く同じ遺伝子を持っている筈なのに、ラウの思考を理解できたことは一度もない。
 俺がどんな言葉を返しても、ラウはいつも意味深に、不敵に笑うだけで答えを返してはくれないのだ。まるで、答えは俺自身が見つけなければ意味がない、と言わんばかりに。
 あの日のラウは、妙に饒舌で、いつもより具体的だった気がする。
 それでも、その意図が読めないのは俺が未熟だからだろうか。

「…… ぃ―― レ…… レイ!!」

 はっと我に返る。
 見やれば、シンが不満そうに俺を見ていた。
「ちゃんと見てるのか?」
「あ、ああ…… すまない」
 俺が謝ると、シンは少し首を傾げて言った。
「大丈夫か? レイ、朝からなんだか上の空だぞ?」
 心配げな口調に、俺は思わず笑みを浮かべた。
「大事ない。もうすぐ演習班が決まるだろう? 班分けがどうなるか気になっていたんだ」
 週末に控えている班分けの事を引き合いに出せば、シンは納得したのかピアノに向き直った。
 しかし、すぐに振り返り、俺を見て言う。
「本当に体調が悪いなら言えよ。ピアノ教えてもらうのは、俺の我が侭なんだから」
 心配そうに言うシンの顔に表情はない。
 無表情から紡がれる気遣いの言葉に、俺は笑みを零した。
「ああ…… すまない。ありがとう」
 シンは頷き、今度こそピアノに向き合う。ペダルに足をかけ、両手を鍵盤の上で踊らせる。
 紡がれる旋律。それに耳を傾けながら、ふと思う。
 シンは一体、何色なのだろうか?

 シン・アスカという男は不思議な男だった。
 ギルに無理を言って入学した、ディセンベル士官学校。
 ラウとギルぐらいしか深く関わった人間がいない俺にとって、同年代の人間は未知の存在だった。ましてや、全寮制で他人と相部屋など、上手くやっていけるか柄にもなく不安に思っていた。
 しかし、その不安は良い意味で裏切られた。
 同室になったシン・アスカは不思議と共にいて過ごしやすい男だった。
 波長が合うとでも言えば良いのだろうか。
 打てば響く様に返ってくる会話。
 テンポ良く進む会話は、ラウとギルの会話を彷彿させた。まぁ、シンと俺の会話の方が遥かに早く進むが……
 加えて、シンは地上から移住してきたが故に、プラントの事情には疎く、また、教練学校を出たばかりであるが故に、知識と現実の行動が伴っていない様は傍で見ていて楽しかった。
 ラウやギルに教えられてばかりの俺が、シンに相対すると教える側に回れるのも少し嬉しかった。以前、ラウとギルの名前を出さず、それを言ったら、思いっきり頭をはたかれた。地味に痛かった。
 それに、勉学の方面でもシンは良いライバルになった。
 ディセンベル教練校の教育課程最長コースを受け、在校中に難関の工業用モビルスーツ運用資格を取得した人間は伊達ではなかった。
 座学では民間用と軍用では多少の知識の過不足などがあるものの、実践においては俺と同格の能力を誇る。
 俺が遠距離からの精密な砲撃や射撃を得意としているのに対し、シンは高速移動を多用した近接格闘を得意としている。
 高速で距離を詰められるとこちらの分が悪く、距離を取ろうとしても、多少の被弾は無視してこちらに突っ込んでくるから厄介だ。それに、射撃の命中率が悪いのを、至近距離からの攻撃と言う形で補っている。
 俺のような戦闘スタイルが最も苦手とするのが、シンの戦闘スタイルなのである。
 砲撃や射撃を正確にばら撒いて、直線的で動きが読みやすいという欠点もある高速移動を阻害できればいいのだが、まだその境地には至れていない。
 "ふむ…… そろそろドラグーンシステムでも解禁しようか"
 あれならば、シンが移動中にされると困る、面での攻撃や防御もできる。
 元より、俺はその方面に特化した訓練を施されている。今のシミュレーション装置だと、再現できない部分もあるが、そこは改造したO.S.やソフトウェアで補えば良い。軌道は機械的なものになるだろうが、何重にもパターンを組めば当分は負けないだろう。
 シンも相当悔しがる。楽しみだ。
 思わず笑みが零れる。

 シンの弾くピアノの旋律が乱れる。
 つくづく勘の良い奴め。

 元の調子に戻ったシンのピアノに耳を傾ける。
 そう、楽しいのだ。シンと一緒にいると。
 ラウともギルとも違う。

 ラウとギルは俺の世界に色をくれた。
 何の色もなかった世界に"黒"と"白"が生まれ、俺は世界に色がある事を知った。
 だが、それまでだ。
 ラウやギルの言う他の色が、どうしても認識できなかった。

 "「君には親友が必要なのだと思うよ。私とラウのようなね」"

 その言葉と共に、ギルは俺が士官学校に入る許可をくれた。
 ギルはどうやら俺自身がラウやギル以外がいる世界に飛び込む事を喜んでいる様だった。
 本当の理由はもっと別にあるけれど、ギルが喜んでくれているならばそれでいいと、その時は思っていた。
 けれど、今ならばわかる。
 ギルが言った言葉の意味が。

 シンといると楽しい。
 シンを中心に世界が、淡く、そして徐々に鮮やかに色づいてゆく。
 ラウとギルしかいなかった世界がシンによって広がり、そして更に広がってゆく。
 昨日まで同じに見えた他人の顔が、今は全く違って見える。

 ラウとギル以外必要ないと思っていた。黒と白の色さえあればいいと思っていた。
 だが、今は違う。
 色づいて行く世界をもっと見てみたい。
 シンと一緒ならば、親友と一緒なら、なんでも出来る。
 不確かな未来すら、この手で掴む事が出来る。
 今まで夢想もしなかったことを思ってしまう、そんな全能感。

 ああ、なんて馬鹿げているんだろう!
 未来を望む等、クローンの身の上である俺には到底不可能だと言うのに!

 しかし、シンと一緒にいると思ってしまうのだ。
 たとえ、短い時しか生きられない俺の下にも、未来が迎えに来てくれる。

「ふふふ…」

 思わず笑みが零れてしまう。
 旋律がやみ、シンが怪訝そうに俺を見て来る。
 なんでもないと返し、俺は傍の椅子を引き寄せて腰掛ける。
「さっきこの辺りを間違えただろう?」
 楽譜を指差し言えば、シンはバツが悪そうに言った。
「なんか悪寒がして……」
 悪寒の原因は俺にあるのだろうが、そんなことは表に出さない。ラウとギルから受け売りの笑みを浮かべ、心にもない事を口にする。
「風邪か?」
「いや、多分違うと思う」
 首を横に振り、シンは鍵盤の上に手を置く。
 俺もそれに倣い、鍵盤に手を構えた。

 シンが練習曲を弾き始める。
 それに沿って俺も曲を弾く。

 共に奏でる和音。
 音楽の世界に身を委ねながら俺は、ドラグーンを用いずにシンを打ち倒す方法を考えることにした。
 やはり勝利するならば、同じ条件で圧倒しなければ意味がない。



 Ubi amici ibidem sunt opes.
  友のいるところ、そこには富がある
   『トゥルクレントゥス』 プラウトゥス

 Ubi spiritus est cantus est.
  魂があるところ、歌がある。


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