side.Yo 「 光妖精の国は豊穣に満ちて 」
俺の両親はプラントがまだ、婚姻統制を行っていない頃に結婚した夫婦だった。
恋し合い、愛し合って結ばれた二人に待っていたのは、長い不妊治療という名の苦難だった。
それでも二人は手を取り合い、それを乗り越えた。そうして生まれたのが俺―― ヨウラン・ケントだった。
二人は俺の誕生をとても喜んだ。
けれど、代償も大きかった。母さんが無理をして俺を産んだせいで体を壊してしまったのだ。
俺達家族が三人一緒にいれたのは、たった五年の間だけだった。
父さんは、よくもった方だと、母さんはとても頑張ったのだと笑いながら泣いていた。
母さんが死んだ時期は奇しくも、プラントにおいて婚姻統制が本格的に始まった頃だった。
父さんと母さんの遺伝子的な相性は、子供が出来るか出来ないかのギリギリのラインだったらしい。それでも、愛し合うもの同士で子を成すことの出来た自分達は幸せだと父さんはいつも言っていた。
父子・母子家庭に対する支援を受けつつ、父さんは働きながら俺を育てた。
父さんは、高度に電子化されたプラントでは重要なシステムエンジニアの職に就いていた。
忙しくてなかなか会えない日も多かったけれど、俺は寂しくなかった。家に帰ってくれば父さんは、いつも俺を膝に乗せてパソコンの前に座り、色々なモノを見せてくれるからだ。
特に、地上のインターネットに接続して見たものは、どれも目新しく興味深かった。
プラントのインターネットは多少の制限はあれど、地上のインターネットにもアクセスできる。
宇宙の様子、天体の動き、地上の風景。個人が作って無料で配布しているソフトウェア。歌うプログラム。
インターネットの世界は、コーディネイターもナチュラルも関係なく、自由に情報をやり取りしていた。
父さんがいるときしか見られなかったけど、俺は父さんとみる違う世界が好きだった。
他にも父さんは自分で、簡単なプログラムを使って人工知能を作っていた。
おはようと言ったら、"おはよう"と返して来て、ただいまと言ったら、"おかえり"と返してくれる。定型文にしか反応しない、簡単なものだと言っていた。簡単な学習機能をつけているから、何か入力してごらん、と言われ、キーボードに初めて触らせて貰えた日の事は今でも覚えている。
その時の俺は父さんが作った人工知能になにを覚えさせていたのだろうか。キーボードを触らせてもらえた事の方が嬉しくて、俺が覚えさせた言葉の方は覚えていない。でも、それを機に、俺はどんどんプログラミングに夢中になっていった。
自分でプログラミングや人工知能の本を図書館で借りて、父さんの人工知能をベースに改造を始めた。
基本的なプログラミングを俺に教えてくれたのは父さんだったけれど、後は独学だった。途中、父さんの作った基礎部分ではどうしても対応できなくなり、悪いと思いながらも1から作り直すというアクシデントもあった。
父さんは苦笑しながら色々とアドバイスをくれた。
母さんのビデオから音声を抽出して作った音声ライブラリで言葉を紡がせた時は流石に怒られたけど。ついでなので父さんのも作っているって言ったら、更に怒られそうだったので言わなかった。
二つとも厳重に封印した俺の黒歴史だ。
今思えば、寂しかったのだと思う。父さんも、俺も。
でも、父さんは忙しいながらもこれ以上ない位に俺を愛してくれていて、俺もそんな父さんが大好きだった。
父さんと一緒に作れる、父さんの手伝いが出来る。だからこそ、あそこまで、俺は人工知能を作るのに打ちこめたのだと思う。
その日も俺はいつも通り、玄関で父さんを見送っていた。
「それじゃあ、行ってくる。うちのことは頼むぞ」
「うん、いってらっしゃい。早く帰って来てよ? もう少しで、なんか自動学習・自己改造機能っぽいのが出来そうな気がするんだ」
俺の報告に、父さんは苦笑を浮かべる。
「ヨウラン… 前も同じような事を聞いたぞ。これで何回目だ?」
自分から学んで、自分で情報を吟味し、分類したり、別ジャンルの情報をひっつけて何かを作る。もしくは、自分に不都合があったら自動的に修復したり、自分自身を改造したりする。自動学習・自己改造機能は、そんなことができるようになる機能だ。
勿論、父さんの言う通り、それっぽい機能の開発に成功したことはない。
「べ、別にいいだろ! なんか凄そうじゃん! 自分で勉強して、自分で考えて、自分で成長するんだぜ? システムエンジニアいらなくなるんじゃないの?」
俺はそんな憎まれ口を叩く。
「はははは! それは困るな! 楽しみにしてるよ」
そう言って、父さんはがしがしと俺の頭を撫でた。その手を無理矢理引きはがし、俺は父さんに宣言する。
「あ! その感じは期待してないな! 楽しみにして帰ってこいよ! 絶対に完成させててやるんだからな!!」
なおも笑い続ける父さんの背を押し、無理矢理送りだす。
「それじゃ、いってらっしゃい。ユ二ウス・セブンだっけ?」
「ああ。少し長い出張になるな… いってきます」
そうして俺は父さんを送りだした。
年に数回ある、少し時間がかかる出張だった。今回は、出荷システムの作動確認に、農業用プラント ユ二ウス・セブンに行くらしい。
俺はいつものように父さんを見送ると、学校に行くまでの少しの間、人工知能のプログラムを弄ろうと家の中に戻った。
そして、数日後。
バレンタインは訪れる。
紅に彩られた、血染めのバレンタインが。
*
あれから1ヵ月。
今日は"父さん"が帰って来る日だ。
俺が新たに作った人工知能の学習も進み、そこそこ難しい会話パターンもできるようになった。
音声の認識、抑揚による感情判断。
まだまだ甘いが、だいぶ会話をこなせるようになった。
それを"父さん"に見せたい。
今日の昼ぐらいにはつくと言っていたから、もう"父さん"はうちに帰っているだろう。
俺は家路を走る。
今日こそ。
今日こそ!!
「ただいま!」
勢いよくドアを開ける。
「"おかえり、ヨウラン"」
帰って来た言葉に、俺は胸を弾ませる。
"父さん"の声だ。
久々に聞く声に、涙が出そうになる。
この1ヵ月にあった事を"父さん"に報告すべく、俺は口を開く。
さぁ、何を話そうか。
「実は"母さん"が――」
やっぱり、これが一番最初に報告しなければならない事だろう。
"母さん"帰って来たんだ!!
*
"父さん"と"母さん"がいる生活はとても楽しかった。
会話して、願った通り、答えが返ってくるのは至福だった。
けれど、最近おかしいのだ。
"父さん"も"母さん"が、時々沈黙してしまうのだ。
返答が酷く的外れだったりすることもある。
そんな時はきちんと訂正するのだけれど、それでもその回数は増えていった。
もうボケとかいう奴が始まっているのだろうか。
もうすぐ夏になる。
長期休暇になったら"父さん"と"母さん"とどこかに出かけよう。
きっとよくなるはずだ。
きっと。
きっと。
そして俺は、重い家の扉を開けた。
「"おかえり、ヨウラン"」
聞こえる声はどこか冷たかった。
*
「"おかえり、ヨウラン"」
「"おかえりなさい、ヨウラン"」
学校から帰った俺を、"父さん"と"母さん"が迎えてくれる。
「"ごめんなさいね、ヨウラン。まだ、夕飯の準備ができてないの"」
「いいよ、母さん。夕飯ぐらい俺が用意するって」
最近俺ばかり作っているからだろうか。
「"でも…"」
今日の"母さん"はなかなか引き下がらない。
「"ヨウランがそう言うならいいじゃないか"」
助け舟を出すのは"父さん"だ。
"父さん"が"母さん"を制止する。
「"料理は上手くなっているんだろうな、ヨウラン?"」
そう俺をからかうように"父さん"は言った。
「ったく、子供じゃないんだから、料理ぐらいできるっての」
ふてくされる俺を見て二人は笑う。
「"ははははは"」
「"うふふふふ"」
つられて俺も笑おうとした。
笑えない。
「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」「"ははははは"」「"うふふふふ"」
笑い声がやまない。
笑い声がやまない。
当然だ。
だって、みんな、みんな。
【プログラム】なんだから。
俺が作って、俺が反応を入力して、俺が――
"「いつまでそうしているつもりだ? ヨウラン」"
俺は振り返った。
スピーカーを設置しているダイニングではない。
パソコンが置いてある父さんの部屋から聞こえた声。
父さんの声。
馬鹿な。
俺はそんな台詞入力してない!
慌てて父さんの部屋へと駆け込んだ。
起動していないはずのパソコンのディスプレイは煌煌と輝き、稼働している。
父さんのパソコンを操作し、異常がないかチェックする。
そして驚愕する。
あの日以来、弄っていなかった人工知能が勝手に動いていた。俺のパソコンにもアクセスした形跡がある。全く気付かなかった。
履歴を確認すれば、プラント・地上を問わず、勝手にインターネットに接続してナニかをしていた。
【検索履歴】
>>ハンス・ケント
>>ユ二ウス・セブン
>>死 意味
>>親 死 子供 慰める
>> ――
ずらりと並んだ検索ワード。
ありえない。
だって、父さんと一緒に作っていた人工知能は、あの日、血のバレンタイン以来弄っていない。自動学習・自己改造機能だって未完成のままだ。何も弄ってはいない。
けれど、現実は目の前にある。
父さんと作った人工知能は一人歩きを始めている。そして、その人工知能が最初に紡いだのは――
"「いつまでそうしいてるつもりだ? ヨウラン」"
脳裏に先程聞いた父さんの声が甦る。
何の偶然か必然か。
ただのプログラム如きが紡げるはずのない、"落ち込む息子に発破をかける父親の言葉"だった。
ありえない。
こんな偶然、それこそ、コーディネイターが駆逐した神でもいなければ起こらない。
けれど――
「"いつまでそうしてるつもりだ? ヨウラン"」
人工知能が生成した音声データを再生する。
神なんているはずがない。いるなら、血のバレンタインなんて悲劇が起る筈がないのに。
それでも、俺はこの、説明できない偶然に神を見た。神と一緒に、俺を叱る父さんの姿を見た。
「…… っとう、さん… 父さん…!!」
あの悲劇から半年。
俺はようやく、泣く事が出来た。
泣いて、泣いて、泣いて。
父さんの死を受け入れた。
*
俺には夢がある。とても遠大な夢だ。
それは、人間と同じように、経験を学習し、物事を自分で判断する高度な人工知能を作ること。泣いたり、笑ったり、怒ったり、感情を持つ人間のパートナーを作る。
それが俺の夢。俺と父さんの夢。
でも、それを叶えるには、年齢も、人脈も、経験も、資金も、設備も、何もかもが足りなかった。
成人すらしていない俺には、何をどうすればいいのかすらわからなかった。
人工知能を改良したり、学習させたりしながら、悶々とした日々を過ごしていた。
そんな時だった。
新設されるザフトの士官学校の存在を知ったのは。
どうも、今までの士官学校とは毛色が違い、色々と科が細分化されているらしい。
その中にあった"理工科"。
ソフトウェア、兵器開発などの文字が躍る。
いつまでも、父さんの遺産と、見舞金と、生活支援だけで暮らしていく訳にはいかない。成人した今、俺は働いて糧を得なければならない。
募集期間は大丈夫そうだ。
試験内容は…… 自信がない。
けれど、理工科はどうやら、研究成果の持ち込みもあるらしい。
これで認められればきっと、父さんと俺が作った人工知能を完成させる手助けになるだろう。
士官学校には今の俺では状態では得られない全てが揃っている。
俺はきっと今、悪魔の契約書を前にしている。
人脈。
経験。
資金。
設備。
上手くいけばその全てが手に入る。
けれどそれは――
気付けば俺は、父さんのパソコンの前に立っていた。
奇跡が起きたのは一度だけ。
完成しているけれど、未完成な人工知能。
産声をあげようとする無色のイノチ。
父さんと俺が作った人工知能。
俺にとってこいつは既にただの人工知能ではない。
なんと言えば良いのだろう。
そう、家族。家族みたいな存在だ。
悪魔の契約書にサインすれば、大切な家族を人殺しの道具に貶しめる事になる。
それでいいのか。
それは赦されることなのか。
ぐるぐると自問自答する。
けれどこのままだと、この人工知能は産声を上げることなく死んでゆく。
それでいいのか?
家族を見殺しにしてもいいのか?
目の前には悪魔の契約書。
震える手で、俺はそれにサインする。
「ごめん ―― っ!!」
この謝罪は何に向けてだ?
呼べない。対象が。
今更ながらに気づいた。
父さんと俺は、人工知能に名前すらつけていなかった。
Fata sinant.
運命が許さんことを
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