side.Vi 「 選定の乙女の翼は遠く 」
俺―― ヴィーノ・デュプレにとって戦争は、どこか遠くで起きる別世界の出来事だった。
その認識は、血のバレンタインが起り、本格的に戦争状態に突入しても変わらなかった。
だってそうだろう?食料の配給が滞るわけでもない。エネルギーの使用制限は元からだ。多少負担が大きくなろうと、さして変わりはない。
テレビでは毎日、連合の非道とか戦勝の喧伝とか色々してたけど、あまり実感はなかった。
だって、俺の住むプラントの光景は戦争前と全く変わらない。
ユ二ウス・セブンに親類や知り合いがいた訳でもなく、軍人になった家族がいるわけでもない。
何もかもが遠く、現実味を帯びていなかった。
そんな時だった。妹が生まれたのは。
小さくて、ふにゃふにゃしてて、やわらかくてあたたかい。気をつけて抱きあげないとすぐに首ががくんがくになるし、少し力加減を間違えると壊れてしまいそうなほどにほわほわしてる。
夜泣きはうるさいし、なんでもないことですぐ泣くけど、でも、大切な妹だ。
戦争が起こっている事よりも、"お兄ちゃん"になったことの方が、俺にとってずっと現実味があって重大な事だった。
妹は「ライラ」と名付けられた。
そして迎えたC.E.71年9月26日。
その前日から、プラント付近で戦闘になりそうだと言う放送とシェルターへの避難指示を受けて、俺達はシェルターに避難していた。
産まれて半年もない妹がいる俺達家族は、優先的にシェルターへ入る事が出来た。
少し薄暗いシェルターの中に、どんどん人が増えてゆく。
ここにきて漸く俺は、プラントが戦争をしているのだと実感できた。
でも、実感できたからと言って、何かが出来る訳でもない。
俺はただ、時々泣いてぐずるライラの相手を両親と交代でしながら、ひたすら時間が過ぎるのを待った。
ライラの相手を俺がしている時だった。
唐突に、周囲の大人達の空気が変わった。
俺は戦況が分かる様にとシェルターないに設置されているモニターの一つを見上げた。
モビルアーマーが何機もプラントめがけて飛来する。その機体に描かれているマークは、黄色の背景に黒い独特の――
「核――」
近くにいた大人が呻くように言っていた。
なぜ?
どうして?
ニュートロンジャマーはどうした?
口々にそんな事を言っていた。
幸い、核はプラントに到達する前にプラントを守るモビルスーツに破壊されていた。
安堵の息が大人達の間から漏れる。
俺はというと、ぼんやりとモニターを見上げて、大人達の会話に耳を傾けていた。
ぐいぐい。
ふと、服が引っ張られている事に気づく。見下ろせば、腕の中のライラが俺の服を掴んでいた。
抱き直し、少しでも楽な姿勢にしてやろうとすると、ライラはぱちりと目を開いて俺を見た。
じっと見つめ合う。
ほわり、とライラは笑みを浮かべ声を上げて笑った。
緊迫した空気も、赤ん坊の前には無力なものらしい。
俺も思わず笑っていた。
肩の力が抜ける。知らず知らずの内に俺も緊張していたらしい。
俺はライラを抱きしめた。
周囲の大人達の会話や、スピーカーから流れて来る放送のおかげで、戦況はおぼろげながらもわかる。
ふわふわと温かなぬくもりが、腕の中を満たす。
守らないと。
俺、お兄ちゃんだもんな。
そして戦争は終わった。終わったというよりは停戦状態になった。
状況は良く掴めない。
パトリック・ザラ議長が亡くなっただとか、ラクス・クラインが三隻の軍艦を率いて戦闘を終わらせたとか、よくわからない情報が錯綜した。
特に後者は、初めて聞いた時は笑ってしまった。だって、ラクス・クラインは、血のバレンタインの悲劇を受けて軍に志願した婚約者を想いながら、本国プラントで想い人を待ちながら歌う歌姫だ。
確かに、シーゲル・クライン議長が失脚して以来影が薄かった。でも、プロパガンダなんてそんなものだと、父さんは言っていた。
よくわからない。
それは置いといても、平和の歌姫がどうして、軍艦を率いて戦場に行くなんて与太話が出るのだろう。謎だ。
でもまぁ、それがほんとの事らしいのは後で聞いて随分驚いた。アグレッシブな歌姫もいたもんだ。
学校のクラスメイトの大半がラクス・クラインファンだったので、みんな口々にラクス・クラインを褒めていた。
俺は別に、ファンでもなく、好きか嫌いかで問われると、まぁ、いい歌なんじゃない?という程度の感心だったので、その話を聞いた時は首を傾げた。
平和の歌姫が戦場に立つなんてかっこいいとみんな口ぐちに言っていたけれど、俺は静かに婚約者を想って歌うラクスの方が好きだった。異端なのだろうか?
だから俺はあまり、ラクス・クラインの話題を外でしないようにしている。周囲との認識の際はかなり大きく、話すたびになんとなく疲れてしまうからだ。
いろいろごたごたはあるものの、戦争は停まり、日常が戻って来た。
ライラはよく泣き、よく笑い、日々すくすくと育っている。最近では転がる事を覚えて、部屋中を転がり回るので目が離せない。
あの日、強張って竦んでいた俺を助けてくれたのは、間違いなく俺よりもうんと小さいライラだった。
ライラの笑顔で平静を取り戻し、守りたいと思ったからこそ、俺はあの時、緊張に押し潰されずに済んだ。小さなライラが俺を護ってくれたのだ。
それと同時に感じるのは恐怖だった。
もし、あの時、ザフトの守備隊が間に合わなかったら。
今ここに、俺も、ライラもいなかったのかもしれない。プラントがなくなって、こうして家で、みんなと笑い合うことができなくなっていたかもしれない。そう思うとぞっとした。
俺はザフトの守備隊に、ライラに、守られてばかりだ。お兄ちゃんなのにかっこ悪い。
もうすぐ、波乱の一年が終わり、新しい年が明ける。
区切りとしては丁度いい。
食卓に座る父さんと母さん、子供用の椅子に座ったライラに向かって、俺は話しかける。
「父さん、母さん、ライラ」
大まかな適性検査は既に受けている。
残念ながら俺は戦うことよりも、戦う人を助ける方が向いているらしいけど。
それでも――
「俺、ザフトの士官学校に入ろうと思う」
家族を、故郷を、守りたいという願いは譲れない。
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