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No.32064の一覧
[0] 【チラ裏より移転】おもかげ千雨 (魔法先生ネギま!)[まるさん](2012/03/24 23:09)
[1] 第一話「『長谷川千雨』と言う少女」[まるさん](2012/03/15 23:21)
[2] 第二話「キフウエベの仮面」[まるさん](2012/03/15 23:27)
[3] 第三話「少女と仮面」[まるさん](2012/03/16 13:47)
[4] 第四話「大停電の夜」[まるさん](2012/03/16 13:49)
[5] 第五話「モザイク仮面」[まるさん](2012/03/17 22:07)
[7] 第六話「君の大切な人達へ(前編)」[まるさん](2012/03/17 22:41)
[8] 第七話「君の大切な人達へ(後編)」[まるさん](2012/03/17 23:33)
[9] 第八話「今日から『明日』を始めよう」[まるさん](2012/03/18 22:25)
[10] 第九話「関西呪術協会」[まるさん](2012/03/19 20:52)
[11] 第十話「彼らの胎動」[まるさん](2012/03/20 21:18)
[12] 第十一話「京都開演」[まるさん](2012/03/21 23:15)
[13] 第十二話「夜を征く精霊」[まるさん](2012/03/23 00:26)
[14] 第十三話「恋せよ、女の子」[まるさん](2012/03/23 21:07)
[15] 第十四話「傲慢の代償(前編)」[まるさん](2012/03/24 23:58)
[16] 第十五話「傲慢の代償(後編)」[まるさん](2012/03/26 22:40)
[17] 第十六話「自由行動日」[まるさん](2012/04/16 22:37)
[18] 第十七話「シネマ村大決戦その①~刹那VS月詠~」[まるさん](2012/04/24 22:38)
[19] 第十八話「シネマ村大決戦その②~エヴァンジェリンVS呪三郎~」[まるさん](2012/05/01 22:12)
[20] 第十九話「シネマ村大決戦その③~千雨VSフェイト~」[まるさん](2012/05/06 00:35)
[21] 第二十話「そして最後の幕が開く」[まるさん](2012/05/12 22:06)
[22] 第二十一話「明けない夜を切り裂いて」[まるさん](2012/05/21 23:32)
[24] 第二十二話「【リョウメンスクナ】」[まるさん](2012/06/05 00:22)
[25] 第二十三話「『魂』の在り処」[まるさん](2012/06/14 22:30)
[26] 第二十四話「サカマタの仮面」[まるさん](2012/06/21 00:50)
[27] 第二十五話「鬼達の宴」[まるさん](2012/07/05 21:07)
[28] 第二十六話「『よかった』」[まるさん](2012/07/16 20:06)
[29] 幕間「それぞれの戦場、それぞれの結末」[まるさん](2012/08/17 21:14)
[30] 第二十七話「涙」[まるさん](2012/08/26 14:27)
[31] 第二十八話「春になったら」[まるさん](2014/08/10 15:56)
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[32064] 第二十八話「春になったら」
Name: まるさん◆ddca7e80 ID:10a8dfe0 前を表示する
Date: 2014/08/10 15:56
――いつも、そばに。



天ヶ崎千草が意識を取り戻した時、その体はとても奇妙な場所にあった。前後左右に壁、足場はなく、延々と続く広大な闇の様な空間。その下から、或いは上から、立ち上るように、降り注ぐように、金色のきらきらとした粒子が揺らめいている。

「ここは……何処やろうか?」

声に出した呟きは、反響せずに闇の中に消える。それは即ち、今いる場所が閉じられた空間ではない事を示していた。

「うちは、一体……」

ここに至るまでの記憶は、ない。あの時、長の謝罪と小太郎の涙に己の思いを弾けさせ、子供の様に泣き喚いた所からその先は、全く覚えていなかった。

「側近の誰かに殺されでもしたんかな」

自分は、関西呪術協会を乗っ取り、東西の術者間に戦争を起こそうとした大罪人である。義憤に駆られた何者かが、あの場で己を手討ちにしたとて、不思議ではない。

「もしそうやったら、ここはあの世っちゅー事か……」

千草はぐるりと周囲を見回した。金色が揺らめく空間は、幻想的で、美しい。

「あの世がこんなにきれいな所やったら、もっと早う来たらよかったなぁ」

千草がそう呟いた瞬間だった。

(――阿呆な事言うんやないよ)

少し呆れた様な、優しい、優しい声がその耳に届いた。

「っ!?」

千草の体が、震えた。
知っている。自分は、この声の主を知っている。
忘れた事なぞ、一度もなかった。自分にとって、一番愛おしく、大切な記憶の中で、いつもその声は聞こえていたのだから。
いつの間にか、そこには二つの人影があった。
一人は男。巌の如く厳しい顔立ちをしながらも、千草を見る目は果てしなく優しい。
一人は女。千草同様、つややかな長い黒髪と、千草よりも柔和な目元をした、優しげな女性である。事実、こちらもまた、千草を見る目には深い愛情の色があった。

「……父さま、母さま……?」

茫然と、眼を大きく見開いて、千草は二人を呼んだ。そこにいたのは、千草が幼い頃殺された筈の両親の姿であった。

(大きゅうなったなぁ、千草)

(それに、とっても綺麗になったわ)

父と母が微笑んだ。それを見た瞬間、千草はこれが幻であろうとなかろうとどうでもよくなった。

「父さまぁっ!母さまぁっ!」

目じりから涙をこぼしつつ、千草は二人を抱きついていた。

「会いたかった……っ!ずっと、ずっと会いたかったよぅ……!」

(大きゅうなっても、甘えん坊な所は変わってへんなぁ)

抱きしめられつつ、千草の母は己もまた腕を千草の背に回し、あやす様にポンポンと叩いた。

(男親としては、いつまでも娘には甘えていてほしいんやけどなぁ)

千草の父も、頬を緩めながら千草の頭を優しく撫でた。

二人の温もりを感じながら、千草はわんわんと声を上げて、泣き続けた。



しばらくして、漸く泣きやんだ千草は、涙にぬれた顔を二人に向け、訊ねる。

「父さま、母さまがここにおる言う事は、やっぱりここは……」

あの世か、と続けようとした千草に、千草の母は首を横に振った。

(ここは、意識と無意識の狭間。幽世に最も近い場所。私とこの人は、ある方の力を借りて、ここにおるんよ)

「ある、方……?」

(その人については、千草が直接聞けばええ。それよりも千草、俺達がここに来たのは、どうしてもお前に伝えたい事があったからや)

父の言葉に、千草の体がびくりと震える。千草が今まで歩んできた人生は、決して人に褒められた物ではない。復讐の大義の元に、様々な非道に手を染めてきたのだ。
裁きを待つ罪人の様に俯く千草に、父は言う。

(すまん。本当に、すまん。俺と母さんの為に、お前の人生を歪めてしもうた)

その言葉を聞いた千草は顔を跳ね上げた。

「……なんで、父さまが謝るんや!?悪いのは、父さまと母さまを殺した魔法使いやないか!なのに!」

(……その事も、俺が不甲斐なかったからや。あまつさえ、こいつも巻き添えに……)

(あなた、その事は、もう……)

己の伴侶にそっと手を重ねられた千草の父は、沈痛そうな面持ちを少しだけ緩め、小さく妻に頷き返した。

(……俺と、そして母さんを殺した魔法使いに何も思わん訳やない。でもな、それよりも何よりも、大切な一人娘が、その事を切っ掛けに自分の幸せを見失ってしもうた事の方が、よっぽど辛い)

「でも、でもっ……!」

父の言葉が判らない訳ではない。それでも荒れ狂う憎しみを、怒りを、忘れる事など出来そうにはない。それは、裏返せば父と母に向けていた愛情の深さ故の事だから。

(千草ちゃん、私とこの人が、千草ちゃんにして貰って一番嬉しい事って、判る?)

そんな千草に、母が不意に訊ねる。それを他人から聞かれれば、今までの千草ならば二人の無念を晴らす事だと答えただろう。
だがそれを聞いて来たのは、当の母である。千草は咄嗟に言葉が出てこなかった。

(それはね、千草ちゃんが“幸せ”になる事なんよ)

「うちの、幸せ……」

(私にだって勿論無念に思う気持ちはある。千草ちゃんが大きくなるのをずっとそばで見守っていたかった。教えて上げたい事もたくさんあった。……後、この人ともっとデートに出かけたかったって言うのもあるかな?)

悪戯めいた表情で夫を見上げた妻に対し、千草の父は赤面しながら変な咳払いをした。
その変わらぬ仲の良さそうな様子に、千草の表情がほぐれた。

(けどな、無念よりも心配の方が大きいんよ。ずっと張りつめて、自分を蔑にしてまで復讐を遂げようとしていた千草ちゃんが)

(お前が歩んできた道を無駄やったなんて口が裂けても言わん。それでも親いう生き物は、子の幸せを何よりも願うんや)

父と母の言葉には、千草を想う気持ちに溢れていた。己の中に未だ燃える復讐の炎は立ち消え、二人の言葉から受け取った暖かな灯が胸に宿る。

(千草ちゃんは、まだこれからや。きちんと罪を償って、それからまた始めたらええんよ。もし辛い事があったら、一人で抱え込まんと身近におる誰かに頼ったらええ)

身近にいる誰か、という言葉に、千草は小太郎の事を思った。それが伝わったのか、母は微笑みを浮かべた。

(あの子は、ええ子やねぇ。もし息子がおったら、きっとあんな元気な子になったやろなぁ)

(鍛えがいもありそうやしな)

千草の父が、同意して笑った。
その時、二人の体がゆらりと揺らいだ。何事かと目を見張る千草に、父と母は少し寂しげな笑みを見せた。

(ああ……。もう、時間なんやなぁ)

「じ、時間って……。父さま、母さま!」

二人がこの場から消えようとしているのを察した千草は、思わず手を伸ばした。自分も一緒に、という言葉が、喉の奥から込み上げようとした。そんな千草の体を、母はゆっくり抱きしめた。

(千草ちゃんは、まだあかんよ。次に会う時は、もっと先や。千草ちゃんが綺麗なお嫁さんになって、素敵な奥さんになって、優しいお母さんになって、それから可愛いおばあちゃんになってから、ゆっくりおいで)

(千草が歩いてきた道を、俺と母さんに聞かせてくれるのを、楽しみにしてるわ)

二人の姿が、千草の目の前で少しずつ黄金に解けていく。

「父さま、母さま!」

呼ばう娘に、二人は優しく笑った。

(どれだけ離れていても、思いはいつも傍におるよ。ずっと、ずっと大好き)

(幸せにな、千草……)

瞬間、眩いほどの黄金の輝きが広がる。その中で叫んだ千草の言葉も呑み込んで――。



「――っ!父さま!母さま!」

声を上げ、体を跳ね上げた千草は、己の目に飛び込んできたのが先程の空間ではなく、畳敷きの和室である事に気付いた。どうやら、己はつい先程まで眠っていたらしい。

「……ここ、は?」

茫然と呟いた言葉は、独り言にはならなかった。

「ここは関西呪術協会の総本山の屋敷だ」

「お前はっ……!」

千草の声に応えたのは、長いコートを纏った無貌の少女、長谷川千雨だった。

「あの後気を失ったお前は、ここに運び込まれた。因みに、その部屋には結界が張ってある。術の類は使えない」

確かに千雨の姿を認めた瞬間、咄嗟に術を使おうとした千草だが、そこに何の魔力も乗らぬ事に気付いていた。

「……そう見たいやな。で、お前さんはうちの見張り言う事か?」

憎々しげに言う千草に千雨は頭を振った。

「私はお前に聞きたい事があるだけだ」

「聞きたい、事?」

「――夢の中で誰かに会えたか?」

「な――っ!?」

何故それを、と口にしようとした瞬間、千草は妙な物を発見する。己の眠っていた布団の上に落ちている物。どうやら起き上った拍子に顔から離れたらしいその仮面を。

「テオティワカンの死人仮面」

極彩色の仮面を指し、千雨は言う。

「嘗ての神々の都、テオティワカン。彼の国において、死は終わりではなく、再生へと続く過程の一つだった。そしてその仮面は死者と生者を同一にし、共に過ごす為の物。現世と幽世を繋ぐ仮面だ」

「現世と幽世を、繋ぐ……」

千草は、つい先程まで見ていた物が夢ではない事を知った。

「父さま、母さま……!」

仮面をぎゅう、と抱きしめた千草の目から涙が毀れた。あの暖かな言葉は、まだ耳に残っている。

「……その仮面を通じ、お前が誰に会い、何を聞いたかは、お前だけが知っていればいい。その誰かの想いを受けて前を向いて生きる事を選ぶならば、【いつか】に繋がるその仮面は、お前に相応しい『顔』になるだろう」

千雨はそれを告げると踵を返した。去りゆく様子を感じていた千草は、その途中で、知った声が「うおっ!?」と驚愕をあげるのを聞いた。直後、その何者――小太郎が猛然と千草の部屋へと駆けこんで聞きた。

「ね、姉ちゃん!い、今あの眼鏡女とすれ違うたけど、何もされてへんか!?」

息せき切って聞いてくる小太郎に、千草は浮かべた涙を拭いながら頭を振った。

「何にもされてへんよ、小太郎。ただ――」

「た、ただ?」

「少しだけ、『心』を救ってもろうただけや」



千雨と千草が邂逅している頃、ネギを始めとした者達は、ネギの父、ナギ=スプリングフィールドが京都に滞在していた頃の家を訪れていた。
はしゃぐネギ達を遠目に、エヴァンジェリンと関西呪術協会の長、近衛詠春は離れた所で言葉を交わしていた。

「ふん、油断すぎるわ、馬鹿め」

「面目次第もありません」

辛辣な言葉を投げるエヴァンジェリンに、詠春は一言も言い返せなかった。

「貴方達がいなければを思うと、正直ゾッとします。もしかしたら今頃、京の町は戦禍にあったかもしれないのですから」

「私達は勿論、千雨には特に礼を行っておけよ?あいつがいなければ、本当に危うかったんだからな」

「長谷川千雨さん、ですか……」

詠春は、彼の無貌の少女を思った。娘のクラスメートの少女。エヴァンジェリンを始めとした魔法使い達以上の異能を使う少女。

「彼女は一体、何者なんでしょうか」

「我が友であり、恩人だ」

エヴァンジェリンにとって、千雨が何者かなどと言う事は、大した事ではなかった。彼の少女が自分にとってかけがえのない友人である、と言う事以外に何の問題もない。

「……千雨の事はさておき、詠春、お前に聞きたい事があるのだが?」

「……天ヶ崎千草さんの事、ですか」

「ああ。いかな理由はあれど、あの女が犯した罪は決して軽くはない。関西呪術協会の長として、お前がどうするつもりなのを聞きたくて、な」

「……死罪、或いは永久封印を、という言葉もあります。ですが――」

詠春は言葉を切ると懐から一通の書状を取り出す。

「それは?」

「嘆願書、その内の一つです。天ヶ崎さんの事件が知れ渡ると共に、毎日の様にこれらが届けられます」

そこに書かれているのは、千草に対する処遇を軽くしてほしい。命を助けて欲しい。そう言った事ばかりである。彼女を知る者も知らぬ者も、これらを届けてくる。中には自ら訪れ、額を擦りつける者まで居る。

「奴らにしてみれば、天ヶ崎千草のした事は他人事ではないのだろうさ。きっとそれは誰もが心に抱えていた物。そして、関西呪術協会、いやこの国の魔法使い達の未だ癒えぬ傷痕だ」

エヴァンジェリンはひたり、と詠春を見つめた。

「あの夜明け前の光景を忘れるなよ、詠春。あの時あの場所で、あの女が流した涙はあの女の物だけではないぞ」

「……判っています」

詠春はその光景を思い出す。静かに開けてくる夜の中で、蹲り、子供の様に泣いていたその女の姿を思い出す。あれこそは、詠春の、いや関西呪術協会の放置し続けてきた罪、その影で流されていた多くの者達の涙そのものだった。

「――忘れません。決して」

握りしめていた拳から血が滲む。その声には、深い深い決意の色があった。



本来極東の一地方で起こった小さな反乱など、魔法世界においては誰の気にも止まる物ではなかった。だがこの件に端を発し、後に本国であるメガロセンブリア、その元老院を訪れた嘗ての英雄「サムライマスター」近衛詠春は、今回の事件における魔法使いと呪術師達との軋轢、その原因となった魔法使いへの優遇や選民的な意識等に対する批判が切々と訴えた。そこに時折交じる怒気は、彼の英雄が今回の件をなあなあな物にする気が全くない事を思わせ、刀一本で戦艦を叩き斬っていたその姿を覚えている者は、心胆から震えあがった。
これを受けて即座に動いたのが、元老議員の一人であり、詠春の弟子でもあったオスティア総督、クルト=ゲーデルであった。英雄による詮議、と言う大義名分を得た彼の執拗な追跡調査により、この一件を始めとした様々な不正に関わった者が次々と処罰されていった。本国への強制帰還、地方への左遷などまだ軽い方であり、中には死罪に値するほど真っ黒な者まで居り、調査したクルトの方がその有様に頭を抱えるほどであった(尤もこれを機に政敵を追い落とさんとしていたクルトの手が緩まる事はなかったが)。
そんな雲霞のごとく湧いてくる罪人達の中に、嘗て秘術を求め極東の一地方に無断で侵入し、それを諌めようとした現地の魔法使い達を殺傷したある魔法使いの男と、それらを始めとした様々な悪行を握り潰し、本人もまた自身の立場を利用して不正や犯罪行為を行っていた、父親である大物議員が、死罪のリストに名を連ねていた事は余談の域である。



千雨は今、発車直前の新幹線の中にいた。短いはずなのに異様なほど長く感じた修学旅行も、終わりである。行きと同じく席に座って本を読んでいた千雨の隣にすとんと腰をお下ろした者がいた。

「千雨ちゃん、ここ、ええ?」

「ああ」

そこにいたのは木乃香だった。千雨の隣に座った木乃香は妙にそわそわとした様子で千雨を窺う。千雨は小さく溜息を吐くと、本を閉じ木乃香に向き合った。

「……何か用か、近衛」

「あ、いや、その……」

それでも尚ももじもじとしていた木乃香だが、やがて意を決したように頭を下げた。

「千雨ちゃん、ごめんな。今回の事、ウチの家のごたごたに千雨ちゃんを巻き込んで、あんな大怪我まで……」

「勝手に首を突っ込んだのは私の方だ。あの時も言ったが、お前が無事でよかった。それだけだ」

無表情に言う千雨に、木乃香は安心したように肩の力を抜き、微笑んだ。

「色々たくさん、考えなあかん事があるけど、今回はええ事もいっぱいあったわ」

「……そう言えば桜咲と仲直り出来たんだったな」

長きの関係性ゆえか、刹那の方にまだぎこちなさはあるが、それでも以前とは全く違う様子の二人の姿は、3-Aでも話題だ。ついにくっついただの刹那の方から告っただの百合百合しい怪情報が流れているが、発信源は確実に早乙女ハルナだろうと千雨は思っている。

「それだけやないで。千雨ちゃんと友達になれた事も、ウチにとっては嬉しい事や!」

「友達、か」

ここ最近で、そう言ってくれる奇特な人間がずいぶん増えたと千雨は思う。少し前までならば考えられなかった。

(私は何か変わったか?)

そう内心に問うても、帰ってくる言葉はない。自身としては、何も変わらず、と言う感じなのだが。

「……なあ、千雨ちゃん。京都、たくさん大変な事があったけど、嫌いになった?」

そう、おずおずと聞いてくる木乃香。何と言っても自身の故郷に友達が嫌な思いを抱いていて欲しくないのだろう。

「いや――」

千雨はここ数日の事を思い返した。痛い目も見たし、死に掛けた事もあったが。

「悪くは、無かった」

皆で回った観光や、宿での出来事。それらはきっと、掛け替えのない物なのだろう。それこそマイナス分を補い、そんな感想が出るくらいには。

「……えへへー」

千雨の言葉に、木乃香にこーっと笑うと千雨をぎゅうと抱きしめた。

「ありがとうな、千雨ちゃん!」

「……いいさ」

いつものように無表情で返した千雨は、何故かこちらを羨ましそうに見てくる刹那や夕映の視線を感じながら、本が読みづらいな、と思った。
悲喜交々。様々な感情、感傷を乗せ、新幹線はゆっくりと動き出していた。



千草は部屋の窓か見える景色を眺めていた。協会敷地内に多く植えられている桜は、ここからでも見る事が出来る。少し散り始めているが、それでもその景色は美しい。思えば、桜を眺める様な、四季の移り変わりを楽しむような心もずっと忘れてしまっていた。
幸せになれ、と両親は言った。だが復讐に身を捧げ、それ以外は切り捨てるような生き方しかしてこなかった千草は、何をすればいいのか判らなかった。誰かにである事も、何か知る事もしてこなかったのだから

(向こうで会うた時、二人が笑ってくれるようなは話をたくさんしたいからなぁ)

――だから、取り敢えずまずは。



「…………」

無言の千草の横では、小太郎がそわそわとしている。何か話しかけたいのだが、何を話たらいいのか判らない、と言った様子である。そんな小太郎に不意に千草の声が掛かった。

「なぁ、小太郎」

「!? な、なんや、姉ちゃん?」

驚きながら孵す小太郎に、千草は窓の景色から目を離さぬまま言う。

「……この先、うちが無事で、多少なりとも外を出歩けるようになったら、一緒に花見でもいこか?」

「へ?」

その言葉に、小太郎はぽかんと間の抜けた顔をした。今までの千草からは、考えられないような提案である。

「弁当くらいなら、うちでも作れるし……って、なんやのその顔は。うちと花見に行くのは嫌なんか?」

むっとした顔の千草に、小太郎は脳がシェイクされそうな勢いで首をぶんぶんと大きく横に振った。

「そ、そんな事無い!」行く、絶対行く!熱が出ようが足が折れようが行くからな!」

「そ、そうか?」

余りの勢いに提案した千草が少し引くぐらいである。そんな千草の様子にも気付かず、小太郎は慌てて立ち上がった。

「そ、そうや!こうしちゃおれん!今のウチに、京都で一番ええ花見の場所を押さえな――ぎゃんっ!?」

立ち上がった勢いのまま飛び出して行こうとした小太郎だが、さっきまで自分が座っていた座布団をふんづけたせいで思い切りその場でずるりと滑りこけてしまった。その様子を呆気に取られた顔で見ていた千草だが、顔を押さえてのたうち回る小太郎に、思わず噴き出していた。

「まだずっと先の話や言うんに……」

慌てん坊の上にそそっかしい小太郎を見つめながら、千草はふわりと微笑んだ。

「ほんまに、アホやなぁ」



だから、取り敢えずまずは、この優しくも色々と目が離せない『弟』と一緒に、桜を見に行く事から、始めよう。


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