<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.32064の一覧
[0] 【チラ裏より移転】おもかげ千雨 (魔法先生ネギま!)[まるさん](2012/03/24 23:09)
[1] 第一話「『長谷川千雨』と言う少女」[まるさん](2012/03/15 23:21)
[2] 第二話「キフウエベの仮面」[まるさん](2012/03/15 23:27)
[3] 第三話「少女と仮面」[まるさん](2012/03/16 13:47)
[4] 第四話「大停電の夜」[まるさん](2012/03/16 13:49)
[5] 第五話「モザイク仮面」[まるさん](2012/03/17 22:07)
[7] 第六話「君の大切な人達へ(前編)」[まるさん](2012/03/17 22:41)
[8] 第七話「君の大切な人達へ(後編)」[まるさん](2012/03/17 23:33)
[9] 第八話「今日から『明日』を始めよう」[まるさん](2012/03/18 22:25)
[10] 第九話「関西呪術協会」[まるさん](2012/03/19 20:52)
[11] 第十話「彼らの胎動」[まるさん](2012/03/20 21:18)
[12] 第十一話「京都開演」[まるさん](2012/03/21 23:15)
[13] 第十二話「夜を征く精霊」[まるさん](2012/03/23 00:26)
[14] 第十三話「恋せよ、女の子」[まるさん](2012/03/23 21:07)
[15] 第十四話「傲慢の代償(前編)」[まるさん](2012/03/24 23:58)
[16] 第十五話「傲慢の代償(後編)」[まるさん](2012/03/26 22:40)
[17] 第十六話「自由行動日」[まるさん](2012/04/16 22:37)
[18] 第十七話「シネマ村大決戦その①~刹那VS月詠~」[まるさん](2012/04/24 22:38)
[19] 第十八話「シネマ村大決戦その②~エヴァンジェリンVS呪三郎~」[まるさん](2012/05/01 22:12)
[20] 第十九話「シネマ村大決戦その③~千雨VSフェイト~」[まるさん](2012/05/06 00:35)
[21] 第二十話「そして最後の幕が開く」[まるさん](2012/05/12 22:06)
[22] 第二十一話「明けない夜を切り裂いて」[まるさん](2012/05/21 23:32)
[24] 第二十二話「【リョウメンスクナ】」[まるさん](2012/06/05 00:22)
[25] 第二十三話「『魂』の在り処」[まるさん](2012/06/14 22:30)
[26] 第二十四話「サカマタの仮面」[まるさん](2012/06/21 00:50)
[27] 第二十五話「鬼達の宴」[まるさん](2012/07/05 21:07)
[28] 第二十六話「『よかった』」[まるさん](2012/07/16 20:06)
[29] 幕間「それぞれの戦場、それぞれの結末」[まるさん](2012/08/17 21:14)
[30] 第二十七話「涙」[まるさん](2012/08/26 14:27)
[31] 第二十八話「春になったら」[まるさん](2014/08/10 15:56)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[32064] 第二十七話「涙」
Name: まるさん◆ddca7e80 ID:e9819c8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/26 14:27
帰りたい場所がある。
戻りたい時間がある。
「ただいま」と言えば、「おかえり」と言う優しい声が聞こえて。
世界一大好きな、あの人達の笑顔が迎えてくれる。
そんな場所。そんな時間。
だけど。
もう帰れない。
もう戻れない。
だから――。
「うち」は、絶対に許さない。



肩で荒く息をし、目を血走らせてこちらを睨みつける天ヶ崎千草は、手負いの獣を思わせた。その尋常でない様子に多少気圧されつつも、刹那は野太刀の切っ先を千草に向けて突きつける。

「もう終わりだ、天ヶ崎千草!頼みの【リョウメンスクナ】は既に地に返った。お前の仲間達も直に捕えられるだろう。観念しろ!」

その捕えられるだろうとされる『仲間達』のほとんどが逃げおおせている事を知らない刹那が、凛とした声で告げる。だが、それを受けた千草は、刹那の言葉を鼻で笑った。

「『もう終わり』?『観念しろ』?まだ、何も始めてすらおらんのに、何を終えて、何を観念するんか、言うてみぃ!」

この期に及んでも尚、そのような気炎を上げる千草に、ネギが問う。

「何で、何でこんな事をするんですか!?」

そんなネギの言葉を聞いた千草は、ぎしりと歯をかみ合わせた。

「何で、やと……?」

「そうです!大勢の人達を傷つけて、貴女は一体、何を望むんですか!?」

その瞬間、千草の口から怒号が放たれた。

「お前がっ、お前がうちに、それを聞くのか!? 『魔法使い』ぃっ!!!!」

その凄まじい怒りに、ネギの体がびくりと震えた。そんな千草の様子を見たエヴァンジェリンが、ポツリとつぶやいた。

「復讐、か」

「え……」

エヴァンジェリンの言葉を聞いたネギが、声を漏らした。そして、当の千草は未だ収まらぬ怒りに体を震えさせたまま、沈黙した。

「こいつの眼に、覚えがある」

それは、数百年前に、エヴァンジェリンが浮かべていた物と同じ瞳の色だった。昏く染まりながら、その瞳の奥で燠火の如き復讐心が灯っている、そんな眼。かつて、人としての幸せを奪い去り、『化け物』の宿業を背負わせた者へと浮かべていた物と、全く同じ眼。

「……いつもと、何も変わらん朝やった……」

千草の口から、言葉が漏れる。

「朝起きて、父様と母様に「おはよう」って言うて、母様の作ってくれた朝ごはんを食べた後、父様と、学校が終わったら術の稽古をする約束をしたんや……」

千草の目に、懐かしい物がよぎった。大好きだった、両親。怒ると怖かったけど、それでも誰よりも優しかった母。少し厳しかったけど、誰よりも頼りになった、尊敬すべき父。二人といられるだけで、千草は本当に幸せだった。

「友達の誘いを断りきれんでなぁ、つい、帰るんが遅くなってしまったんや。きっと怒られる思て、恐る恐る家に入ったけど、丁度誰もおらんくて、ほっとしたんや」

静まり返った、家。玄関に、父と母の靴はなく、二人で買い物がてら、デートでもしてるのだろうと、特に心配はしなかった。夫婦仲が良い事も、千草にとっては自慢の一つだった。だが――。

「太陽が赤こうなって、その夕日が沈んで、お月さんが顔を出しても、父様と母様は、帰ってこんかった」

その時の千草は、ただただ心細くて、寂しくて、警察に連絡するという選択肢すら抜け落ちたまま、ずっと泣いていた。そして、真夜中になった頃。

「急に家に誰かが入って来たんや。一瞬びっくりしたけど、父様と母様かと思って、喜んだんや。でも、違うかった」

その人は、父の知り合いの陰陽師だった。千草も、何度か顔を合わせた事がある。その男は千草の顔を見るなり、こう言ったのだ。

『千草ちゃん、落ち着いて聞くんや。君のお父さんと、お母さんが――!』

「頭ん中真っ白になったわ。この人は何を言ってんのかと思った。そんな冗談はいいから、早う父様と母様に合わせてって、そう言ったらな、その人、泣き出したんや」

目の前で、父と変わらぬ年齢の大人の男が、ぼろぼろと涙を流して泣いている。それを見た千草は、茫然とした思考の中で、先程の言葉が嘘でない事を悟った。
――父と母が、死んだ事を。

「病院に連れて行ってもうたけどな、二人に会わせて貰えんかった。今まで時間がかかったのも、それが理由やった。遺体の状態がな、酷過ぎたんやって。だから、子供にはとても見せられんて」

今に至るまで、千草は父と母がどのようにして死んだのか知らない。父の知り合いの男も、病院の医師や看護婦達も、決して口にしてくれなかったし、見せてもらえなかった。歯形や、手術痕などから、身元の照会が何とか出来たらしい。それほど酷いのだと言う事は、推察できた。

「お葬式でな、最後の納棺の時も、見せてもらえんかった。……うちは、うちは!父様と母様に、最後のお別れを言う事すらも出来へんかったんやっ!!」

堪え切れなくなった千草の声が荒げた。その時から今に至るまでの怒りが再び込み上げ、千草の体を震わせる。

「その葬式の時に偶然聞いたんや。父様と母様が死んだ理由を!協定を破って侵入してきた『魔法使い』を諌めようとして、無惨に殺されたいう事をなぁっ!!」

千草は、まるでネギ達がその仇だと言わんばかりの苛烈な視線で、ネギ達を睨みつけた。その視線曝されたネギ達が慄く。その瞳に燃えた、怒りの業火に気圧されて。そんなネギ達を尻目に、千草は嗤った。

「こっからが一番傑作や。父様と母様の知り合いやった陰陽師達は、すぐにその『魔法使い』を捕えるよう、上の人間に懇願したんや。だけど、その犯人っちゅうのが、どこぞの偉い『魔法使い』の息子とかで、ここで揉めると、余計な軋轢が生じかねんかったんや」

眼が全く笑っていない状態で、千草は当時の人間達を嘲笑う。

「当時主流になりつつあった和平派の連中は、それを恐れて、長の耳にその事が届く前に、父様と母様の事件を握り潰しおったんや……!!」

「なっ……!?」

「そんな……」

その場にいた者が息を呑んだ。中でも、木乃香の事を最大の理由としつつも、和平の為に動いていた刹那のショックは大きかった。

「内々に事故として処理されたこの一件は、下のもんがどれ程訴えかけても、梨の礫やった……」

千草は思う。あの時感じた絶望を。悲しみを。怒りを。それは、今も業火となって千草の中で燃え盛っている。そしてその怒りの炎の矛先は、あの時の犯人だけでなく、『魔法使い』、そして父と母を見捨てた『関西呪術協会』にまで及んでいる。

「『関西呪術協会』の支配なんて、ホンマどうでもよかった。ただ、それだけの力があれば、『魔法使い』達に戦いを挑む事も出来たから、それを目指したんや」

それが、千草の本心。千草が本当に求めているのは、名誉でも権力でも、ましてや絶対的な『力』でもない。

「……全て滅べ!『関東魔法協会』も!『関西呪術協会』も!『魔法使い』も『呪術師』も!皆、全て等しく滅んでしまえ!!いや、うちが滅ぼしたる……!この怒りで、この憎しみで、全てをっ!!!!」

自分の大切な者を奪ってった全ての理不尽を、千草は憎む。だからこその、破滅願望。自身を含めた、全ての消滅を、千草は望んでいた。その凄まじい怒りと、そして憎しみに、刹那達は一言も声を発する事が出来なかった。
そんな中で、ネギは己の杖をぎゅう、と握りしめていた。復讐は何も生まない、などと言う陳腐なセリフを、ネギは口にはできない。ネギは知っているからだ。この世の理不尽を。唐突に奪われる平穏を。ネギの心の原風景に根付く、あの雪の夜の記憶が、千草の心を否が応にも理解させる。

(僕と、同じ――)

復讐の篝火は、ネギの心にも宿っている。
一方、その復讐の炎を燃やし尽くし、事を為した過去のあるエヴァンジェリンもまた、千草の事を否定できずにいた。復讐は、枷である。自身の進むべきを、いつまでもそこへ繋ぎ止めてしまう。嘗てのエヴァンジェリンもまた、復讐を果たすまで、一歩も前に進めなかった。そればかりを考え、そればかりを思い、ただただ手段を求めた。結局の所、エヴァンジェリンは復讐を果たしたが、そこに行くまで、途方もない程、大事な何かを磨り潰してしまっていた。そんなエヴァンジェリンだからこそ、わかる。今の千草の心の内が。本人は絶対に否定するであろうそれが、手に取るように。

(死にたがっているのだ、こいつは)

エヴァンジェリンはそう思う。もし、千草が真に復讐の継続をせんと、木乃香の力を狙うのならば、こうして姿を見せはしない。油断させて、気付かれぬよう、今度こそ確実な手段を持って誘拐を実行するだろう。それをしないのは、頼りとしていた【リョウメンスクナ】の消滅か。或いは、九分九厘手中に収めていた木乃香を取り戻されたが故か。何にせよ、千草の心は折れかかっているのだ。『関西呪術協会』を、そして『関東魔法協会』を同時に敵に回した自分が、これ以上復讐を果たす事が出来ないのだと言う事を、冷静な部分で気づいてしまっている。

(どうする?)

もし仮に、千草がこのまま捕えられたとしても、そう遠くない内に、絶望にかられた千草は、自ら命を絶つだろう。そのようなみじめな最後を曝させるくらいならば、いっそ、ここで命を絶ってやった方がよいのではないかと、エヴァンジェリンは考える。復讐を道半ばにして諦めざるを得ない苦しみから開放し、せめて戦いの中で散ったという誇りを一つ持たせてやった方が、多少の慰めになるのではないかと。
そのように葛藤を続けるエヴァンジェリンや、千草に気圧されるネギ達の耳に、不意にその言葉が届いた。

――羨ましいな。

「……何やと?」

千草の視線が、その言葉を発した人物に向けられる。それを受け、へたり込んだ状態から、ふらりと立ち上がったのは、千雨であった。千雨は、おぼつかない足のまま、皆の輪から離れ、千草の前に立つ。

「今、おもろい事言うたな……?うちの境遇の、一体どこが羨ましいんやて……?」

震える声を抑えながら、千草は怒りに燃える視線で、千雨を射殺さんばかりに睨みつけた。そんな苛烈な視線を受けても、千雨の表情は相も変わらず動かない。

「……お前が全てを憎むのも、恨むのも、失った者達が、お前をそれだけ愛してくれていたからだ。私は、それが羨ましい」

「な、何を言って」



「――わたしにはなにもなかった」



その瞬間、千草も、エヴァンジェリンも含めた、その場にいた全員が、心の底からぞっとした。目の前にいる少女が発した、圧倒的な虚無に。まるで、底の見えない大穴の淵に立たされたかのような恐怖。これがつい先程、感情の片鱗を見せた少女と同一人物とは、とても思えなかった。

(これ程、これ程までに厚いのか、千雨……!?お前の心を覆う、氷は――!)

戦慄が、エヴァンジェリンを貫く。先に垣間見せた笑顔。それを見たエヴァンジェリンは心から安堵していたのだ。きっと大丈夫だと。友の被った無貌の仮面は、きっと外れるだろうと。だが、今の千雨を見て、そんな気持ちは消し飛んだ。怒りも憎しみも、悲しみすらも遠い、虚無。その気配は、怒りと憎しみに支配されていた千草でさえも、鎮めさせた。

「あんた……、一体……」

千草が思わず棒立ちになったその時、その背後からがさりと樹をかき分ける音が聞こえた。

「姉ちゃん!」

そこから飛び出してきたのは、半妖の少年、犬神小太郎であった。

「姉ちゃん、大丈夫か!?」

「こ、小太郎……」

茫然としていた千草は、小太郎の登場でようやく我に返った。そんな姉の様子に僅かに安堵した小太郎は、素早く周囲の状況に目を配り、そして、覚悟を決める。小太郎は、千草に近寄ると、その手を掴む。

「逃げよう、姉ちゃん。向こうも疲弊しとる。逃げる事だけに専念するんやったら、まだ間に合う」

「に、げる?」

その言葉を反復した千草は、再び頭に血を昇らせると、小太郎の手を乱暴に振り払った。

「逃げるやと!?これ程の好機を前に、おめおめと引き下がれ言うんか!」

木乃香を攫う為に、入念な下準備を掛けてきた千草である。今の状況が、どれほど貴重な物であるか、自分が一番よく知っている。

「で、でも」

その剣幕にうろたえる小太郎に、千草は辛辣に言い放つ。

「逃げたいんやったら、お前一人で逃げや!うちは諦めん!もう一度、もう一度あの娘さえ手に入れば――!」

千草の視線に怯えた木乃香が、刹那の背中に思わず隠れる。その刹那もまた、先の話に動揺しつつも、木乃香を護る為に立ち塞がる。その様子を見た小太郎が、もう一度千草の手を握りしめる。

「もう、もうあかんよ、姉ちゃん。逃げるしかない。このまま捕まったら、姉ちゃん何されるか判らんのやで!?」

「父様と母様の復讐が果たせるんやったらそれでええ!うちの命なんて、惜しゅうないわ!!」

「――俺は!!!」

その時、突如小太郎が大声を出した。その声の大きさに、千草が思わず口を噤む。

「俺は、自分の父親も母親も知らんし、姉ちゃんの父ちゃんと母ちゃんも知らん!俺の、俺の『家族』は、姉ちゃんだけや!!」

「こ、こた――」

小太郎は、千草の手を握りしめたまま、ぽろぽろと大粒の涙を流して、泣き始めた。

「だから、嫌や……。姉ちゃんが、死ぬんも、居なくなるんも、嫌やよぅ……!」

少年が流した涙を見て、千草の体が固まる。
初めは、只の気紛れだった。子供に手を上げている大人と言う図が気に入らなくて、半ば衝動的に助けた。放っておくわけにもいかず、あれこれと世話をしている内に、懐かれてしまった。鬱陶しいと思う所もあったが――。

『姉ちゃん、姉ちゃん!』

慕われるのは、悪い気分ではなかった。初めからいなかった者、途中から失った者という違いはあれど、互いに親のいない者同士、共感し、無くした物を補い合うように一緒にいる内に、小太郎にとって、千草が『姉』になったのと同様、千草にとっても、小太郎は『弟』になった。だからこそ、今回の件において、千草は小太郎を遠ざけようとした。『弟』といれば、揺らいでしまうから。薄れてしまうから。己の中にある、『復讐心』が。

(せやのに……)

本当ならば、関わらせるつもりも無かったのだが、何処で聞きつけてきたのか、ちゃっかりメンバーの一員となっていた。無理に追い出しでもすれば、予想外の場所で介入してくる可能性もあったが故に、千草は仕方なく、目の届く範囲にいる事を許可したのだ。そんな小太郎を前に、心のどこかで誰かが言う。

『お前には関係ない』

『お前なんて家族じゃない』

そう言ってやれと。だけど、言えなかった。

「あ……う……」

舌はまるで痺れたように動かず、千草の口からは小さな呻き声が出ただけであった。そして、思い出してしまった。自分にも、まだ捨てられない物があった事を。もう、先のような捨て鉢を言う事も出来ない。目の前の泣いている少年に、【絆】を感じている以上は。そのように千草が揺らいでいる所に、更なる追い打ちをかけるが如く、あまりにも意外な人物が姿を現す。

「――私からも、お願いできませんか?」

その現れた人物を見た一同、特に刹那と木乃香の眼が見開かれる。

「お、長!?」

「お父様!?」

その場に現れたのは、白面の魔法使いによって石にされた筈の、『関西呪術協会』の長、近衛詠春であった。

「な、なんで……」

驚愕したのは千草も同様である。現状、石化を解除しうる人間などいない筈なのだから。

「【リョウメンスクナ】の復活を感じた者達が、すぐにこちらに来てくれたのです」

そう言った詠春の後ろには、数人の術者らしき者達の姿が合った。彼らの千草を見る目は、敵に対するそれではない。憐れみ、共感、それらが綯交ぜになった、複雑な物である。千草の独白は、彼らの耳にも届いていた。そんな彼らにも、覚えがあるのだ。家族が、友人が、或いは本人が、西と東、『呪術師』と『魔法使い』の軋轢に傷ついた事を。だからこそ、彼等は単純に千草を敵と見る事は出来なかった。

「天ヶ崎千草殿」

千草に呼び掛けた詠春は、その場に膝と手をつけ、頭を地に擦りつけた。

「な、何を――!」

いきなりの長の土下座に、千草が困惑の声を上げる。

「……今回の件、全ては私の不徳の致す所です」

詠春の胸には、苦い物が込み上げていた。自身に魔法使いの友人が多いが故に、西と東の軋轢をどうにかしたいと、常々思っていた。自身が長になり、ようやくその問題を何とか出来ると思っていた。言葉を尽くし、長い時を掛け、和平に賛同する者達を増やしてきた。多少強引に和平を進めようとしたのも、現状ならば大きな問題も起こらないだろうと。初めは混乱もあるだろうが、互いの良い部分を見れば、きっと融和も上手くいくと。そう、思ったからだ。だが、蓋を開けてみれば――。

(これほどまでに、恨みと憎しみの根が深いなんて……)

『魔法使い』と『呪術師』は、決して対等などではなかった。東洋の島国の半分程度、存在するにすぎない『呪術師』達と違い、『魔法使い』は世界中に組織立って点在し、更には一つの世界すらも治めている。組織力も、数も、あまりにも違いすぎた。故に、彼等は簡単に踏みにじられる。外から、内から。どれだけ泣き叫んでも、どれだけ血を流しても。弱い者の立場を考えていなかった和平が反発されたのは、自明の理である。詠春は、それを知らなかった。同じ和平派の重鎮たちからは耳触りのよい言葉しか聞こえず、それ以外の言葉は、当の和平派が握り潰していたのだから。

(私は、何と愚かだったのか……!)

がり、と爪が土を噛む。そんな詠春を、千草は凝視している。理想しか口に出来ず、現実を見ていない、愚かな男だと思っていた。魔法使いと通じる、唾棄すべき男だと思っていた。なのに――。

「何、で、何で、何で、何で今更そんな事言うんや!?皆が、うちが、泣いてる時に!苦しんでる時に!どれだけ声を上げても聞いてくれへんかったくせに!!」

千草は叫んだ。そう、今更である。もう自分は、取り返しのつかない場所まで来たのだ。そこに至るまで、多くの物を犠牲にしてきたのだ。

「……その怒りは、当然の事です。私を、いくら詰ってくれてもいい、責めてくれてもいい。この首を、差し上げてもいい」

「長!?何を!」

詠春の言葉に、周囲の術師達が驚く。だが、詠春は本気であった。

「だから、お願いします。全ての恨みを、憎しみを私に押しつけて頂いても構いませんから、もう、苦しむのはやめて下さい」

「な――!」

詠春が慮ったのは、和平の事でも娘の事でもなく、千草の事であった。先代、そして今代である自分のせいで苦しんできた彼女に、何とかして報いたいと、詠春は考えたのだ。そんな詠春の言葉に、千草の心は更に揺らぐ。捨てられなかった『弟』との絆。未だ消えぬ復讐の炎。頭を垂れる長の姿。もっと早く聞きたかった言葉。様々な、様々な感情が混じり合い、千草の心を締め付ける。込み上げる何かに、体はぶるぶると震え、拳は強く握りしめられる。そして――。

「う」

一粒の涙が、千草の瞳から毀れた。

「うう、ううう」

あ、と心の中で呟いても、もう遅かった。堪え切れぬ感情の渦は、千草の涙をせき止められない。

「うーっ!うぅーっ!」

千草はその場で地団太を踏む。まるで、子供のように。

「うぅーっ!う、うう!うあぁぁん……」

思えば、千草は父と母を失ったあの夜以降、泣いた事が無かった。二人の遺体を見る事が出来なかったが故に、現実感が湧いて来なかった事も、その一因であろう。葬式の場においても、泣けなかった。悲しみがその心を覆う前に、滑り込んできた憎しみが、千草に泣く事を禁じた。

「ぁあああん、あああ、ううあぁあ……」

泣いてしまえば、何かが終わってしまう気がしていた。何かを忘れてしまう気がしていた。だから、泣けなかった。

「あ、あ、ああ、う、う、ふ、ふぅぅぅ……、ぅう~っ……!」

ぼろぼろと毀れる涙は、拭っても拭っても尽きない。悔しくて、悲しくて、苦しくて、愛おしくて。全ての感情が混じり合ったまま、千草は迷子の子供が親を呼ぶかのように、只泣いた。やがて千草は、その場に蹲り、顔を覆って更に泣き続ける。小太郎は、泣き始めた『姉』に驚きながらも、その背中の寄り添うと、そっと撫でた。千草は、その手を拒まなかった。

「夜が、明ける――」

誰かが、そう呟いた。その言葉通り、東の空から顔を覗かせた日の光が、夜の闇を掻き消して行く。長い夜を超え、迎えた黎明の空の下、漸く泣く事が出来た一人の女の涙と共に、修学旅行を巻き込んだ京都の事件は、終わりを告げた。




【あとがき】
次回は、『京都修学旅行編』のエピローグになります。京都編において原作を読んでいて一番不思議に思ったのが、千草の両親の死因でした。魔法使いと反目し合っていた筈の(おそらく)陰陽師である千草の両親が、なんで「魔法世界」で起こった戦争が原因で亡くなったんでしょうか。……まぁ、先におそらくと付けた通り、本当は千草の両親は陰陽師ではない可能性もあるんですけど。
それでは、また次回。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.024682998657227