合縁、奇縁、腐れ縁。
世に繋がりを示す言葉は数多ある。
生まれも、場所も、生きて来た時間すらも違う中で、出会う事が出来た奇跡。
偶然と言う名の運命に導かれ手に入れた『絆』は、もしかすると何よりも尊いのかもしれない。
だから人は求めるのだろう。
例えその手が届かなくても。
例えその手を伸ばせなくても。
※
かしゃり。
修学旅行の専属カメラマンの手がシャッターを切る。清水寺を背景に、3-Aの思い出がフィルムに焼きつけられた。
無邪気に笑う少女達の中に、仮面の如く無表情な顔が一つ混じっている筈だ。
その仮面の面《おもて》の持ち主、長谷川千雨は、清水の舞台から見える京の町を見つめていた。
空は快晴。風も心地よく、遥か彼方まで見通せるような気さえする。
「ええ眺めやなー」
その時、そう言いながら千雨の横に、木乃香が並んで来た。
「近衛は京都出身と聞く。こんな眺めも、見飽きてるんじゃないか?」
千雨がそう聞いてみるが、木乃香は苦笑しながら頭を振った。
「そんな事あらへんえ。実はな、ウチ、京都に居った頃、ほとんど家から出た事がなかったんよ」
「そうなのか」
「そうなんよ」
木乃香は、そのやり取りを可笑しそうに笑いながら続ける。
「ウチの実家は京都の山奥にあってな。エライ広いお屋敷やったんやけど、ウチと同年代の子供は一人もおらんくて、ウチは一人ぼっちで遊んでたんやえ」
「……寂しくは、なかったのか?」
「そう感じる事も出来んほど小さかったからなぁ。でもな、ずっと友達がおらんかった訳やないんよ」
木乃香は、嬉しそうに笑う。
「ある日を境に、ウチと一緒に遊んでくれた子がおってな。ウチはほんまに嬉しくてなぁ。毎日が楽しゅうて仕方なかったわ」
その友達を思い、木乃香は微笑む。それは木乃香にとって、本当に大切な記憶なのだろうという事は、その表情を見ればわかった。
「その友達は、今も京都に?」
「ううん。その子はな、実は今うちらと同じクラスに居るんやえ。千雨ちゃんも知ってる子ぉや」
木乃香は背後を振り返ると、視線を周囲に走らせ、やがてある一点でそれを止める。千雨も、その視線を追って見ると、そこに木乃香の視線を受けてそそくさと姿を隠す人物が映った。
「桜咲?」
千雨がその人物の名を呟くと、木乃香は頷いた。
「そうや。桜咲刹那。せっちゃんや。ウチの、大切な幼馴染」
しかしそう言いながら、木乃香の口調は寂しげだった。
「だが、近衛と桜咲が話をしている所等、見た事がないが」
「うん……。せっちゃんな、中学になってから同じ学校、同じクラスになれたのに、話しかけても素っ気ないし、ああやって目ぇも合わせてくれへんのや」
木乃香は、ふにゃりと眉を曲げて顔を俯かせながら、ポツリと呟いた。
「ウチは、昔みたいに仲よぉしたいんやけどなぁ。何や、知らん間ぁに怒らしてしもたんかなぁ」
その姿があまりに儚げだったからだろうか、千雨は気が付くと口を開いていた。
「近衛がそう思うなら、桜咲に対してもっと踏み込んでみたらどうだろうか」
「ふぇ?」
木乃香が顔を上げて千雨を見る。
「幼馴染の距離の近さゆえか、近衛は桜咲に逆に遠慮している節がある」
千雨の言葉に、木乃香は少し考える。
言われてみれば、子供の頃の余りに近かった距離が急に遠くになった事で、自分は刹那にどう接していいのか判らなくなってしまっていたのだ。
「そう、かもしれん」
「桜咲が何故近衛と距離を置こうとするのか、それは私にもわからない。だが、向こうが訳のわからないまま一歩引くなら、こちらはそれよりも深く踏み込んで、聞いてみればいい。その結果、こちらに非があるなら謝ればいいし、向こうに原因があるなら、喧嘩なりなんなりしてみればいい」
木乃香は、喧嘩はちょっとイヤやなぁ、と苦笑いした。
「でも、千雨ちゃんの言う通りやな。……うん、ウチ、頑張ってみる。せっちゃんと、前みたいに仲よぉ笑ってたいからなぁ」
木乃香は、元気を取り戻して朗らかに笑った。
「でもあれやなぁ。明日菜やのどかが、千雨ちゃんと仲よぉしとる理由がわかった気ぃがするえ」
「どういうことだ?」
首を傾げる千雨に、木乃香はにっこりと笑って言った。
「だって、千雨ちゃん、凄い優しいもん」
その言葉に、千雨の中で、また何かが動いた様な気がした。
だが、その正体は結局わからず、千雨はいつも通りの言葉を返す。
「……そうか」
「うん!」
無表情な千雨に、笑顔の木乃香。
そんな二人は並んで、少しの間、京都の町並みを見つめていた。
※
千雨の目の前に驚くべき光景が広がっていた。
3-Aクラス委員長である雪広あやかを始めとする十数名が、真っ赤な顔で倒れ伏していたのである。
事の起こりは数十分前。
清水の舞台にて、神社仏閣マニアとしての知識を披露していた綾瀬夕映が、恋占いの地主神社、そして学業・健康・縁結びに効果があると言われている音羽の滝について語ったのである。
その後の3-Aの行動は、当然ながらそちらへと向かった。途中、地主神社の恋占いの意思に挑戦した雪広あやかと佐々木まき絵が、カエル入りの落とし穴に嵌るというハプニング(因みに、その間に同じく挑戦した宮崎のどかは成功している)があったものの、以降は音羽の滝へ到着した。
そして当然ながら縁結びの滝に群がるクラスメイトを何とはなしに見つめていた千雨の前で、滝の水を飲んだ者達が、倒れたのである。
千雨は、その光景を見てすぐに行動を起こした。もし毒の類ならば、すぐにでも応急処置をしなければ、命に関わる。
そう思って抱き起こしたのどかから漂う香りに、千雨は少し首を傾げる。
「酒臭い」
そう呟いた千雨の言葉通り、のどかの他、倒れている人間からは酒の匂いがぷんぷんした。
そしてその匂いの一番の出所は、流れ落ちる滝からだった。
「京都の滝からは酒が湧くのか」
「そんな訳があるか、バカめ」
思わず呟いたその言葉に、痛烈な突っ込みが突き刺さった。
「エヴァンジェリン」
振り返った千雨の視線の先、真祖の姫が呆れた様な顔をしていた。
しかし、エヴァンジェリンは、すぐにその表情を変えると、面白そうな物を見つけた様に辺りを見回した。そして、倒れている者達をすいすいすり抜けて滝の目に立つと、その水を柄杓で一掬いし、呑む。
「ふむ」
エヴァンジェリンはぺろりと唇を舐めると、一つ頷く。
「中々いい物だな。悪くない」
そして、背後に控えていた従者に命じる。
「茶々丸。何本か容器にストックしておけ」
「はい、マスター」
承った茶々丸は、容器を何本か購入し、滝の水をそれらに溜め始めた。
「つまりどういう事だ、エヴァンジェリン」
その一連のやり取りを見ていた千雨が、戻って来たエヴァンジェリンに尋ねる。
「ああ、つまり――」
エヴァンジェリンが口を開こうとしたその瞬間、
「なっ……、滝の上にお酒が!!一体誰が……!?」
と、ネギの素っ頓狂な声が聞こえて来た。
「なるほどな」
口を半開きにしたままのエヴァンジェリンを前に、千雨が事情に得心する。
「……まぁ、そう言う事だ」
セリフを取られたエヴァンジェリンがむっつりとした顔でそう言った。
「関西呪術協会の妨害工作か?」
「ん、まぁ、たぶんな」
それを聞いた途端、エヴァンジェリンは表情こそ変わらないものの、千雨の雰囲気が物凄く微妙な物に変化したように感じた。
「私は思っていた物と少し、いや随分、いやかなり違う気がするんだが」
「確かに、狡いというかみみっちいというか……。これが本気でやっているのか、何かの布石なのかはまだ判断できんが」
エヴァンジェリンもまた、うんざりしたようにため息をついた。
「まぁ、尤も、修学旅行を中止にさせようとするならば、効果的ではあるな」
酔いつぶれた級友達を見回して、エヴァンジェリンは言う。確かに、常識的に考えてこれはマズイ。
視界の端で、他の先生相手に必死で誤魔化そうとしているネギや明日菜の姿が見える。
「さっさとバスに詰め込んでしまうか」
「その方が賢明だな」
頷き合い、千雨とエヴァンジェリンは倒れた者達を運ぶべく動き出した。
※
ホテル嵐山。
修学旅行初日において、3-Aを始めとする麻帆良女子中学生達が宿泊する旅館である。
普段ならば大騒ぎになるであろうその日の夜は、騒がしいメンバー達が軒並みダウンしている事で、割と静かであった。
その一室。千雨が所属する3班の部屋にて、雪広あやかがダウンしていた。
「うぅ~ん……、ネギしぇんしぇ~……」
妙に幸せそうな寝言を漏らすあやかを、同班の那波千鶴があらあらと微笑ましげに介抱している。
一方千雨は、相変わらず本を読んで時間を潰していたが、ふとそれを閉じて立ち上がる。
「どうしたの?」
「冷たい物でも買ってこよう。後ろに回して貰ったが、そろそろ入浴時間だ。このままでは雪広は風呂に入る事も出来ないだろう」
千雨がそう言うと、千鶴は微笑んで頷いた。
「あら、ありがとう。ついでに、夏美ちゃんと朝倉さんを見かけたら、声を掛けておいてくれる?」
遊びに行っているのか、今は不在の残りの班員についての頼みに、
「わかった」
千雨は千鶴にそう返して、部屋を出た。
そのまま、自販機がある所まで足を進めていると、風呂場の方がやけに騒がしい。
まだ元気な奴らもいるのか、とだけ思った千雨が冷たいお茶を購入していると、視界に凄まじい勢いで飛び出してきた桜咲刹那の姿が映った。一瞬見えたその顔は、何故か真っ赤だった。
その様子を見送った千雨は、ついで、飛び出してきた近衛木乃香と目があった。
「あっ、千雨ちゃん!せっちゃん見ぃへんかった!?」
「桜咲なら凄い勢いで向こうに走り去って行ったが」
それを聞いた途端、木乃香が目に見えてしょんぼりした。
「そうかー……」
うなだれたまま、とぼとぼと歩きだした木乃香をまたしても見送った千雨の前に、今度はネギと明日菜が飛び出してきた。
二人はきょろきょろとあたりを見回して、木乃香の後ろ姿を発見すると、それを追って駆けだした。
それら一連を最後まで見届けた千雨は、一つ頷いて呟いた。
「風呂が空いたな」
※
「ドロー2」
「すみません、マスター。ドロー2です」
「ケケ、ドロー4ダ。色ハ赤デ」
「なっ!?き、貴様、チャチャゼロォォォォッ!!」
累計八枚を握らされることになったエヴァンジェリンが悲鳴を上げる。
現在千雨は、何故か6班の部屋でUNOをやっていた。
と言うのも、寝ようとしていた所を、目の前で歯を軋らせているエヴァンジェリンにメールで呼び出されたためだ。
曰く「面子が三人しかおらんのではつまらん」との事。
因みに、部屋の中には班長の刹那の姿は無く、もう一人の班員であるザジは布団に入って微動だにせず眠っている。傍から見ると、人形が寝ているのかと勘違いしそうである。
呼び出された時は、またぞろ何かあったのかと思った千雨であったが、現状はこれである。一瞬帰ろうかと思った千雨だが、あれよあれよと言う間に連れ込まれ、気が付けばUNOのカードを握らされていたのである。
新幹線の時と言い、今と言い、自分はもしかして押しが弱いのだろうか、と千雨は本日何度目かになる小さななため息をついた。
「ああ、UNOだ」
ついでに、あがりに近い事を宣言する。
それから数分後、大量にカード抱えたまま取り残されたエヴァンジェリンが悔しげな声を上げた。
「ぬぅああああああっ!!」
ばっと、その場にカードを放り投げ、その勢いのまま布団に倒れ込む。それを見た茶々丸が、飛び散ったカードをいそいそと回収する。チャチャゼロはそんな主を見てケケケと笑っている。
「そろそろ寝るか?」
千雨が時計を見ながらそう提案すると、エヴァンジェリンは猛然と起き上り首を横に振った。
「馬鹿か!折角の修学旅行に夜ふかしせんでどーする!?それに、私は勝つまで止めんぞ!!」
「ソレジャア永遠ニ終ワラネェジャネェカ」
「うるさいぞ、チャチャゼロ!」
己の勝負弱さを当てこすったチャチャゼロの言葉に、エヴァンジェリンは歯をむいて怒った。
そんな主従のやり取りをぼんやりと見つめていた千雨は、ふと口にする。
「……そう言えば、あれから何もなかったな」
「ん?ああ、関西呪術協会の妨害の事か」
チャチャゼロと口喧嘩(一方的に言い負かされていたが)していたエヴァンジェリンが、その言葉に頷く。
「ああ。移動がない旅館ならば、容易に襲撃が可能かと思って、密かに身構えていたんだが」
「ふむ、だからこそ攻めにくいという逆の考え方もある。連中にしても、必要以上の揉め事は避けるだろう。……まぁそうこう言っている内に、案外何か起きてるのかも知れんがな」
ははは、と冗談めかしてそう言ったエヴァンジェリンは、近くにあったペットボトルからお茶を一口飲んだ。
その時、黙ってカードおよび部屋の片づけをしていた茶々丸が、不意に告げる。
「マスター。防犯のためにホテルのコンピューターにハッキングして、視覚を共有させていた監視カメラからの映像なのですが」
「さらりと犯罪行為を暴露するな。で、何だ?」
「どうやら近衛さんが何者かに攫われたみたいです」
「ぶぅぅぅぅっ!?」
エヴァンジェリンは口内に残っていたお茶を全て噴き出していた。因みに、その先には座っているチャチャゼロがいた。
「ギャァァァッ!?汚タネェェェェェッ!!」
「ごほっ、ごほっ!き、貴様、チャチャゼロ!主の吐いた茶ぐらい何も言わずに受け止めろ!!」
「無茶言ウンジャネェヨ!ゲッ、カ、関節ニ入ッテキヤガッタァッ!」
「……続きを聞かせてくれ、絡繰」
大騒ぎのエヴァンジェリンとチャチャゼロを尻目に、千雨は聞き捨てならないその言葉を促す。
「はい。近衛さんは今から数分前、着ぐるみの様な物を来た人物によってホテルから攫われました。……あ」
「どうした?」
「ネギ先生達がホテルを飛び出して行きました。犯人を追うようです」
「そうか」
それを聞くと、千雨は静かに立ち上がり、部屋を後にしようとする。
「行くのか?」
エヴァンジェリンがその背中に問いかける。
「ああ」
応じる声は、短く、明瞭。
「理由がなければ、戦わないのではなかったか?」
かつての自分に言った千雨の言葉を取り上げて、エヴァンジェリンが揶揄する。
「少し親しい知り合いを助けに行く。理由なら、それで十分だ」
しかし千雨は動じず、そう返して今度こそ部屋を後にした。
エヴァンジェリンはそんな千雨を見送った後、にやりと唇を吊り上げた。
「そう言う時は『知り合い』でなく、『友達』と言うべきだぞ、千雨よ……」
そんなかっこいい雰囲気を放っていたエヴァンジェリンだが、
「何ヒタッテルンダヨ、ゴ主人!早ク関節外シテクレヨ!中ニ茶ガ溜マッテ気持チ悪ィンダヨ!」
「マスター、お召し物を脱いで下さい。きちんと拭かなければ、染みになってしまいます」
「……やかましいわ貴様等ぁ!!」
結局、最後まで締まらなかった。
【あとがき】
当初の予定では、戦闘シーンも入れる予定でしたが、予想よりも長くなりそうなので、次回に回します。
それでは、また次回。
更新する話数が減ったのは、新話を書いている事と、話のストックが無くなってきている事に起因します。申し訳ありません。