時は流れ、十二月末
戦闘機専修を選んだ才人たちは、今汽車に乗っていた。
これから九州の佐伯海軍航空隊へと向かう途中であった。
ほんの数日前には操縦練習教程の卒業式があり、才人たち二十六名の同期生は左の腕にトンビマーク(操縦教程修了者の印)が付けられた。
なお、今期の主席は坂井であった。才人は次席であった。これは、才人は実技が最優秀であったが
学力が悪かったため、総合的に坂井が優秀であったので坂井が主席となったのである。
なお余談をつけるなら今期のビリは佐々木であった。戦闘機専修はほぼ優秀な者が最優先となれるのだが
なぜ佐々木が戦闘機専修になれたのか同期生達から不思議がられた。
閑話休題
才人たちは卒業した。それは、間違いではない。しかし、霞ヶ浦では飛行機の操縦技術と知識の基本とを身につけただけであって
海軍の操縦者としては、まだ一人前ではないのだ。これからは、専門の戦闘技術を学んでいくため
九州の佐伯海軍航空隊へと移動するのだ。
才人たちは盛り上がっていた。これからの生活をはせている事もあるが、花札で賭け事をしていたのだ。
才人はまずまず稼げたが、ここで強運を見せたのは佐々木であった。
連続勝利するのを見てある同僚がイカサマをしても佐々木は勝利したのをみて、才人たちは何となく納得した。
それぐらい強運を見せねば予科練に生き延びれないと。
そんなこんな事があり、才人たちは佐伯飛行場に到着した。
才人たちは一通りの身体検査を受けた後、第一分隊に配属を命じられた。海軍航空隊では第一分隊は戦闘機隊の事である。
司令へのあいさつを済ませて翌日から早速訓練が始まった。才人たちの使用機は90式艦上戦闘機であった。
その日は慣熟飛行であった。慣熟飛行とは、飛行機に慣れる事はもちろんだが、不時着に備えて
飛行場周辺の地形、地物を観察するのが目的であった。
――佐伯もなかなかのどかでいいところだ。
飛行機を操縦しながら呟く才人だった。
次に編隊飛行訓練となった。才人は分隊長大島大尉の2番機となり、3番機には佐々木がついていた。
才人は心を楽に構えていたが、佐々木は分隊長の列機になるという事ですさまじく緊張していた。
リーダーにはそれぞれ個性があり、列機はそのリーダーの個性や癖を飲み込んでどこまでもついて行く心構えを示さなければならない。
分隊長は3番機が出発点に着くや否やすかさず、エンジンを入れてきた。才人は分隊長を観察していたため
遅れる事はなかったが、3番機の佐々木はスロットルを入れるのが遅く遅れだした。
やがて、高度100メートルになったが、分隊長がスロットルを緩んでくるのが気配で感じ取れたため
すかさず才人もスロットルを緩める事が出来たが、それが読めなかった佐々木は分隊長を追い越してしまった。
佐々木が慌てて、スロットルを絞り定位置に付こうと悪戦奮闘する様子が分かった。
佐々木の目は一番機だけを向けていたため、編隊が旋回している事さえ気づかなかった様子だ。
着陸してからの分隊長の批評は才人にはおおむねよろしいであったが、佐々木にはさんざんこってり搾り取られた。
正月は佐伯で迎え、二月に入った。
訓練は、戦闘機同士の単機空戦の過程に入った。戦闘機は最終的には敵を落とさねばならない。
そのために機首を敵の方向に持っていくのだが、敵も落とされてはなるものかと操縦するから、ぐるぐると回るように動くのだ。
それが俗に言う空戦であり、ドッグファイトなのだ。
才人は大丈夫だろうと考えていた。なぜならガンダルーヴがあるからだ。だが、それがどれだけ傲慢であったかはこれからの空戦で判明した。
最初の相手はベテランパイロットの一人である黒岩一空曹であった。諸注意を聞いた後、2人は上空に居た。
高度を1500メートルに持ってきて、手を振ったのを合図に左右に分かれた。互いに旋回しながら食いつこうと操縦棹を引き続ける。
やがて、才人はまもなく射点に付けると言った感じで食い付けたが、突然、黒岩機が上昇してきた。
才人も逃がしてたまるかといった感じで上昇する。やがて、もうすぐといったところで、黒岩機が忽然と姿を消した。
才人は一瞬唖然とするもすかさず周りを見るも、左右上下にも黒岩機が見えず
ハッと何か気づいて後ろを顧みれば、黒岩機が射撃ポジションに付いていた。
才人は悔しく思った。二人は並列に並び、再び合図があり左右にまた分かれた。
垂直上昇旋回を互いにやってみるも、才人はずるずると真後ろに付かれていく。
――このままでは俺が負ける!
才人は決心した。一度、ハルケギニアでワルドを撃墜する事が出来たあの秘妓を。
才人は一瞬水平に持ってきてわざと食いつかせるようにして、上昇に持ってきた。
「ほおっ、なかなかやるな」
黒岩は感心していた。他のひょっこパイロットならとっくの昔撃墜しているだろうが、この平賀はなかなかどうして、いい操縦センスをしている。
ベテランの自分でさえ、ヒャヒャっとする事が何度かあった。現に今も宙返りに持ってこようとしている。
「どうやるのかな、あの平賀は?」
あの平賀はどうして面白い事をする。
宙返りの頂点で操縦棹とフットバーを深く倒す。すっとそのまま落ちるように旋回した。
通所の宙返りよりも小さい半径で周った。
――どうだ!
才人の目論見通りなら目の前には無防備の黒岩機があるはずだった。
だが、才人の目の前には何もない虚空だった。
――えっ?
才人はそのまま後ろに振り返った。後ろには依然と黒岩機が付いていた。
――そんな、効かないなんて・・・。
才人は茫然とするも黒岩機が並列にやってきて訓練は終わりだという合図をして、着陸に持ってきた。
才人は着陸した機体から降りると黒岩一空曹に向かった。
「どうして・・・。どこがいけなかったんでしょうか?俺の操縦方法は間違っていたんですか?」
才人は自信があった。なのに負けた。これはどういうことであろうか?すると黒岩一空曹は言った。
「勝ち、負けなど、まだお前たちが論ずる時ではない。当分の間絶対に勝てんのだ!
格闘訓練を度重ねていくうちに、飛行機の動きというものが、だんだんわかってくるものだ。
おれたちも初めは同じだった。あの手、この手と研究して、初めて飛行機が手に入ってくるものだ。
どこでどうする、ということはなかなか教える事はできん、盗むんだよ!俺達の古参者を盗みとるんだよ!それにお前は」
ここでいったん言葉を切りまっすぐ才人を見る。
「お前心のどこかで天狗になっておるんじゃないか?」
才人はこの言葉に頭にハンマーを打たれたかのような衝撃を受けた。
「もちろん、お前がうまい事は事実だ。だが、俺達からみればまだひょっこだ。
ただうまい事を胡坐座に組んだだけでは、いつまでも先には進まないぞ。
お前がそんなんなら予科練に落ちた連中が浮かばれないぞ。
よく考えるんだな」
黒岩一空曹の訓示はここで終わった。
残された、才人は項垂れて黒岩一空曹の言葉を考えた。
確かに才人はガンダルーヴがある。それは他の人よりも優れている事もある。
だが、そこに専門的な人がやってきたらたちまちにかなわない。なによりもガンダルーヴが最強なら
だれとでも勝てるではないかと思うかもしれないが、ワルドにも負けているのだ。基本なら勝てるかもしれないが、応用には負けるのだ。
才人は無意識にガンダルーヴの力を笠にしていたのではないかと思った。これからもガンダルーヴの力だけでなく自分も鍛えねば。
と心を新たに決意した。
「にしても、やるなあの平賀という男は」
平賀と別れた後の黒岩はそう思った。あの宙返りの時もそうだ。まさか左ひねりこみもどきを披露するなんて。
もちろん、ベテランである黒岩は引っからなかったが、思わず賞賛しそうになった。
「あいつは化けるな」
その言葉は、才人の本質だろうか?それとも予言だろうか?それには誰にも分らなかった。
あとがき
才人にガンダルーヴを持っても無敵ではないということを明言したかったのです。