*注意!勘違い系、微ラブコメ風味
*拒否反応ある方はUターン推奨します
私、八城真奈(やしろ まな)は、一度死んでしまった筈だった。
高校の帰り道に近道しようとビルの工事現場を通りかかったのが運の尽き、巨大なクレーンの作業機械が頭の上に落ちてきたのだ。
痛みを感じる暇もなく目の前は暗くなり、気がつけば私はマンションの一室にいた。
私より先にいた人達も、SF映画みたいな登場の仕方で後から現れる人達も、共通していることは最後の記憶が死の間際だったということ。
混乱と強い不安に私達が襲われているそんな中、彼は現れた。この部屋に呼ばれた、最後の一人だった。
彼を最初に見た時の感想は、どこか現実離れした子。
特製っぽいスーツを着た格好もそうだし、まとっている雰囲気もそう。
幼さを残すその容姿は私より年下に見えるのに、落ち着いた物腰は年上の青年を前にしているかのようだった。
底が知れないなんて、他の人達も思ったのではないだろうか。その淡々とした喋り方や冷たくも感じる接し方に対して。
笑えばきっと可愛いんだろうなあ、もったいない、なんて……お馬鹿な私が彼の中性的な顔立ちを観察して場違いなことを考えていたのは、ここだけの秘密。
『この殺し合いに生き残ることができれば、また日常生活に戻れる』
宇宙人と殺し合いをすることを知っていた彼は、わかっていたんじゃないかな。
この部屋に呼ばれてしまった時点で、どうあがいても全員の人が助からないってことを。何人も生き残れないってことを。
言葉少なの彼は、とても気負っているように見えた。
その姿はまるで、守れないなら少しでも殺し合いを早く終わらせるよう、自分一人で戦うと決意しているかのようだった。
何もわかっていない私達に代わって、独りで戦い抜いてやろうって。
だって彼は、最後まで私達に『戦え』なんて言ってはこなかったから。
『死にたくなかったら、着た方がいい』
私の名前を呼んでケースを手渡してくれた彼の目を見て、私は確信した。
もしかしたら彼は否定するかもしれないけど、それでもこれだけは。これだけは、はっきりと言える。
彼は、本当は誰にも死んで欲しくないんだ。
守れないって、見殺しにしてしまうってわかっていながら、彼は心の底では願っているんだ。
私のことを見すえる真摯な瞳は、「どうか死なないでくれ」とそう語りかけていたから。
誰にも気付かれないように震える息をついた彼を、私は盗み見た。
「先に転送してくれ」と率先して戦場へ向かおうとする彼はきっと、少しでも敵の数を減らそうと単身敵のもとへ乗り込んでいくつもりなのだろう。
なんて強い人なんだろう。
なんて孤高な人なんだろう。
徐々に消えていく彼を見ながら、私はその悲壮な決意に胸を打たれ、同時に置いてかれていってしまうことに深い悲しみを抱いてしまった。
私はきっとその時、心細そうな目をしていただろう。
置いてかないで、独りでいってしまわないで、ってそんな目をしていた筈だ。
それからして住宅街に送られた私は、モグラの怪物から逃げ回った。
遠くのほうから耳を塞ぎたくなるような悲鳴が何度も飛んできた。誰かが死んでいく瞬間を一度も目にすることがなかったのは、逆に運が良かったのかもしれない。
それを見たら、私は我慢できず「助けて」と泣き叫んでしまっただろう。
今も独りで戦って誰よりも余裕のない彼に、助けを求めてしまっただろう。
せめて彼の足手まといになりたくない。
彼が手渡してくれたこのスーツは既に何度も命の危機を救ってくれた。もう十分。
何の役にもたてないうえにお荷物になってしまって、一体どうするの?
私は必死に逃げ続けた。しかし、とうとう捕まってしまった。
塀に叩きつけられた私は目の前の怪物に震え上がることしかできない。溢れそうになる涙をこらえるのが精一杯の虚勢だった。
そして宇宙人の爪が振り下ろされようとする瞬間、私は呟いてしまった。
身を襲う恐怖に耐えられず、掠れた涙声で求めてしまった。
助けてと。
『────────ギョグゲェ!?』
私の願いは聞き届けられたように、モグラの宇宙人は爆発した。私は、助かった。
一度は呆然となって、すぐに周囲を見回した。脳裏に浮かぶ誰かの姿を必死に探した。
そして私は見つけた。
ずっと遠く、高い建物の屋根の上で、大きな銃を携えながら、静かに月を見上げる彼の姿を。
泣きながら、喜んでいた。
年相応の子供のように。
側で抱きしめてあげたくなるくらいあどけない顔で、月に笑みを見せていた。
言葉にできない儚さをまといながら、見惚れてしまうような、綺麗な笑顔を浮かべていた。
冷たい態度とか、悲壮な覚悟とか、そんな何の鎧にも守られていない彼の無防備な姿を。
この時だけ、私の目ははっきりと捉えた。
心臓がトクンと控えめに、けれどとても熱くはねた。
止まらなくなった胸の高鳴りは、にやにやと笑いながら、こんなふうに私に語りかけてくる。
『ヘイ、ユー。今コイしてる?』
し、してるっ。
しましたっ。
心を、奪われましたっ。
八城真奈、十五歳。
高校一年の夏、直前のことでした。
GANTZ 低クオリティ編 6
部屋に戻ってこれた生存者の数は、僕を含めてもたったの四人だった。
三十代くらいのサラリーマンっぽいおっさんと、渋谷とかにいそうなだぼっとした服を着た二十歳くらいの青年。(ちょいDQNが入ってるかな)
後はあの女の子だ。
男性の二人は肩で息をしていて疲れ果てている様子だ。むしろスーツを着ないでよく生き残れたなと思う。運が良かったのか、それともこの二人の実力なのか。
スーツ組の僕達は比較的余裕がある。僕に限っちゃ一ヵ所に留まって狙撃してただけだし。
……それにしても、「やしろ」さんというらしいこの女の子、さっきから僕にちらちらと視線を飛ばしているけど、何なんだ一体。
目を合わせようとすると慌てて別の方向に向く。星人から逃げ回っていたことで肌は赤く上気しており、髪の隙間からのぞく火照った首筋が妙に艶めかしい。
ガンツスーツは出るところは出ている彼女の細身のスタイルを存分に強調しており……ヤバイ、股間が。
僕は取り返しのつかない状態になる前に彼女を視界から外した。抱いた疑問はこの際放り捨てる。気にしてる場合じゃないって。
『00:00:00』
『それぢわ、ちいてんをはじぬる』
間もなくGANTZから軽妙なサウンドが鳴った。
カウントダウンしていたタイマーがゼロになり、採点画面が黒い球体の上に開く。
「な、何がっ……」
「ちいてん、だぁ……?」
「あ……採点、じゃあ?」
女の子正解。
GANTZに注意を払う三者を、僕は後ろの方から眺めた。
JKの彼女を始めオッサンもニイサンも僕のことをちらりと窺ってくるけど、僕は何も言おうとはしない。
……僕も僕でしっかりノルマの点数取れたのか気で気でしょうがないんだよ。クリアしてなかったら死ぬらしいからな。
僕は無表情に努めながら、GANTZだけをじっと凝視していた。
「0点……」
「『ロンげ』……それにこの写真……」
「俺のことかよ!?」
目付きの悪いデフォルメされたニイサンの写真が映し出される。
得点の下に添えられているコメントは……『電柱カブトむし』。電柱によじ登って難を逃れていたのだろうか。
それからオッサンの採点画面も開く。言わずもがな0点だ。
お次は……。
『乙女ちゃん(笑)
0てん
ほれるのはやすぎ』
……?
写真は彼女のものだが、コメントの意味は……。
「ええぇ!? な、なんでっ、どうしてっ…………え~~~っ!?」
中腰でGANTZを覗きこんでいたJKはバッと後ろに下がったかと思うと、忙しなく取り乱し始めた。
野郎達の視線が集まる中、彼女は身を縮こませ赤面してうつむく。
耳まで真っ赤にした彼女はそろそろと上目を作って、僕の方に視線を送り、かと思うとすぐにまた伏せる。
……。
(……おい、まさか)
漫画みたいに鈍感な主人公じゃねーんだ、こんな反応見せられたら勘づくくらいはする。
彼女は僕に好意を抱いてやがるのか。
なんでやねん。
どこに惚れる要素があった。
今、僕はどんな表情をしているのだろう。
少なくとも浮かれたような顔はしていない筈だ。
いや正直に言えば。
うとましい、と。
僕は心の中で、そう感じてしまっている。
(……っ)
蘇る記憶。
たったわずかな時間だった。少しだけ気持ちが動き、その次の瞬間には、彼女は……■■さんは。
トラウマがぶり返す。一瞬足がよろめきかけた。
女の子、しかも美少女に好意を寄せられることに喜ばないわけがない。
けれどこのGANTという環境の中では……はっきり言って、ソレは害になる。
心を許した結果、失った時の悲しみは計り知れないものになるだろう。見舞われる衝撃は生半可なものでは済まされないであろう。
僕はそのことを■■さんの一件から学んだ。GANTZには恋愛フラグや恋人フラグなど言語道断なのだ。
顔を赤らめる暇があったら銃を撃て。必死に走れ。敵をブチ殺せ。
僕はそう言いたい。そう自分に言い聞かせて、被るショックを最小限に抑えたい。
好意なんて、いい迷惑だ。
僕は苦々しい、もしくは忌々しそうな顔を浮かべながら、彼女から視線を切った。
あたかもトラウマから逃れるように。
『チキン・デューク
14てん
TOTAL 14てん
あと86てんでおわり』
ほどなくして僕の採点画面が表示された。
体に異常が表れることはなく、GANTZも警告らしい警告はしてこない。どうやら僕はノルマをクリアできたようだ。
体から力が抜け、どっと隠れていた疲労が表面化した。思わず息をつく。
「デューク?」
「本名……?」
ニイサン達は戸惑い顔。僕は僕であんな凄腕スナイパーと比べられても、と内心呟く。や、チキンなのは否定しないけど。
『チキン・ゴルゴ』だったらニイサン達も意味わかったかな。流石に。
それきりGANTZは沈黙した。
「な、なぁ、君? こ、この後は……」
「……もう部屋からは出れるようになってます。帰れますよ」
おそるおそる尋ねてきたオッサンは僕の返答を聞くと、顔をこれ以上なく明るくさせて出口へ向かった。
もうこんな所はおさらばしたいという気持ちがひしひしと伝わってくる。ニイサンも、JKの彼女もほっと安堵していた。
すぐ横を通り過ぎるオッサンを肩越しに見て、ちょっとばかりの考えをしていた僕は、今後のことは伝えた方がいいなと結論した。ぬか喜びさせて悪いけど。
「けど、またいずれ呼ばれます」
「──は?」
オッサンの動きがぴたりと止まった。何を聞いたのか自分でわかっていないような顔をしながら、ゆっくりとこちらを振り向く。
似たような顔をしている二人のことも一瞥しつつ、僕はなるべく平静を装う。
億劫そうに帰り仕度を始めながら続きを喋った。
「また呼ばれるんです、この部屋に。今日のようなミッションを……僕達は今後も強制されます」
「……ふ」
「ふざけんなっ!?」
わなわなと震えるオッサンと、怒鳴り声を出すニイサン。
ビビリな僕は彼を直視しないよう、持ってきたサイドバックに小銃と捕獲用の銃を詰めこむ作業に勤しむ。
「またこんなことをやらされるってのか!? 何度死にかけたと思ってんだッ、舐めてんじゃねーぞッ! 一体俺らが何をやったって──」
「一度死んだでしょう、貴方達は」
遮るように、僕はぼそりと言った。澄ました外面で内心はドキドキしながら。
質問とか彼等の対応に一々反応していたら切りがない。
このGANTZ的シチュエーションを手っ取り早く説明するために、僕はわざと飄々とした態度で、凄みみたいなものを出してみた。ああ、今の僕には『スゴ味』がある。ブチャラティー。
口答えさせない、有無を言わせない口調に、ニイサンは言葉を失っていた。オッサンも。
一人異性の彼女は少し青ざめながらも、息を凝らして僕のことを見つめている。
「一度死んで再生させてもらった僕達に拒否権はない、つまりそういう理屈……だそうです」
言っていて鬱になる。僕自身こんな殺し合いに超乗り気ではないので当たり前だが。
星人との交戦前、GANTZが表示した言葉をわざと真似て言うと、ニイサンは一度GANTZを振り返った後、先程よりどこか諦めたような顔をした。唇をぎりぎりと噛んでいる。
納得できっこないけど巻き込まれるだけの理由は認めてしまった、そんな表情。
無言になった彼等を確認して、僕は頃合いとばかりに必要最低限の情報を伝えていった。
寒気などの前触れが起こればその夜に呼び出されるとか、そのほか色々。
僕は自分の中の情報をよく吟味して、話せることだけは話しておくことにした。
ここに来る前とは既に状況が違っている。僕にはもうペナルティは課せられていない。参加者を出し抜いて点数を確保する必要はないということだ。死ぬ懸念がなくなった今、無理に情報を独占する意味もない。
状況を理解している人間が多いほど(点数の取り合いは発生するかもしれないが)ミッション達成率は高くなる筈だ。つまり生き残れる確率が上がる。
ぶっちゃけ打算だ。自分のことしか考えてない。まさに外道。……何とでも言えよ。
もう、僕にはちぃちゃんのもとに帰ることしか頭にないんだ。
とにかく。
色々な損得を秤にかけて、僕は彼等にこのGANTZ的シチュエーションを説明することにしたのだ。
「死にたくなかったら、ここであったことは口外しないでください」
『……』
一通り喋り終えると、再び沈黙が訪れる。
僕の他人行儀な説明に耳を貸していた三人の中で、まずJKの少女が口を開いた。
律儀におずおずと右手を上げる。
「あの、今の私達って、本当に生き返ったんですか?」
「……この部屋にいる人間は、ファックスから出てきた書類と考えた方がいい」
西君(だっけ?)、台詞を借りるぜ。
彼女を納得させる自信がなかった僕は投げやりに答える。
「本当の自分はおそらく死んでます。GANTZが僕達を再生させた」
「ガンツ?」
「その黒い球」
GANTZを指さす。小首を傾げる彼女は「ああ」と頷く素振りをした。
オリジナルのコピーくらいに考えた方がいい、と最後に付け足しておく。案の定、彼女は困ったように頭を抱えていた。
「おい、あのモグラみたいなバケモノは何だったんだ。本当に宇宙人なのか? 次があるってことは、まだあんなのがうようよいるってことか?」
「わかりません」
「ど、どうして私達はこんなことをやらされるんだっ? 誰が何の目的でっ?」
「知りません」
そこからは無駄な質問が続いた。
自宅に持って帰りたいものを鞄につめ、服も着替え終えた僕はそろそろここを後にしようとした。もう話すこともないだろう。
情報を分け与えたが、彼等と仲好しこよしごっこをするつもりは毛頭なかった。
それは点数の取り合うライバルという意味でも……死ぬかもしれない相手に情を移ろわせたくないという意味でもある。
このGANTZという状況に対して、僕はとことん後ろ向きな思考をするようになっていた。
「俺らは、一生こんなことをやらされるのか?」
「……」
部屋を出ていこうとする寸前、ニイサンのその言葉に僕は足を止めた。
考える。
考えてから。
僕は打ち明けるようにそのことを喋った。
「さっきの採点で……100点を取れば、ここから解放される可能性があるそうです」
言わなくてもいいことかもしれなかったけど。
伝えておいた。
仲間ではないけど、理不尽な厄介事に巻き込まれた同じ被害者のよしみとして。
絶望以外にもちっせー希望くらいは持っておいた方が、まだいいと思ったから。
同じ境遇の僕は、ライバルでもある彼等に、多分同情心から余計なことを伝えてしまったのだった。
「てめぇ……最初、わざと俺らに何も教えなかったのか? その点数っていうやつを荒稼ぎするために?」
まぁそういう答えに行きつくだろう。
ニイサン達から見れば僕だけが星人をブッ殺して今回の点数を独占しているのだから。曰く「自分だけがさっさと100点を手に入れ解放されるぜ」ってね。
いらない反感を買う真似をしちまって、マゾかよ僕は。
それとも後ろめたいことをやっていた僕自身を、罵倒してほしかったのか。
どちらにせよ、しょーもないと思いつつ、僕はこの時初めて彼等に笑みを見せた。
生意気そうで、皮肉っぽく。
「だったら?」
「このクソガキッ……!」
ニイサンは激怒の表情を浮かべた。大股で僕に向かってくる。
火に油をそそぐ真似をした自分のことを他人事のように思いながら、僕はニイサンの拳が頬骨にめり込むのを待った。
しかし、何を血迷ったのか、例のJKが僕を庇うようにニイサンの前に立ち塞がった。
「ま、待って!?」
「何してんだよ、お前! 聞いただろ、コイツは自分可愛さのためにわざと黙ってたんだぞ! いや、そもそも俺らを餌にしようとしてたんじゃねえか!? 利用してやるってよ! 庇う必要なんてねえぞ、どけっ!」
「でも、一人だけで戦ってくれました!」
ニイサンの怒声に負けないくらい、彼女は大きな声を出す。
僕の方からは後ろ姿しか見えないけれど、その震えそうになっている細い肩は必死に自分のことを奮い立たせているようだった。
「戦えって言われても、きっと戦えなかった私達に代わって……たった一人で戦ってくれました!」
……馬鹿かと。
お人好し過ぎると、心底思った。
僕を責めるニイサンが正しくて、僕を庇っている彼女の方が間抜けなくらい見当違い。
反吐が出そうになった。僕はこれ以上なく呆れた顔を浮かべていただろう。勘違いもはなはだしいと鼻を鳴らしそうになる。
けれどそんな思いに反して、僕は何も言うことができなかった。
自分でも感情が整理できず目の前の彼女から視線を逸らす。フローリングの床だけしか、見ることができない。
「……ちっ、意味わかんねー」
吐き捨てるようにそう言ったニイサンは、女の子の横を抜いて部屋を出た。僕の肩にどんっと自分の肩を当てていく。
蚊帳の外にいたオッサンも慌ててその後を追った。
そして僕もそれに続く。
こんなのと取り残されてたまるかと我ながらやけに急ぎ足だ。荷物と脱いだコートを持ってオッサンに追従する。
男三人が玄関口に列を作って殺到した。
「え!? あ、あのっ、ちょっと!?」
ちっ。付いてきやがる。
慌ただしい足音と一緒にJKは後ろから迫ってきた。
外に出た僕がご丁寧にドアを後ろ手で閉めたというのに、転がるように玄関から飛び出してくる。
高層マンションの廊下から眺める外の景色は闇に包まれていた。月が出ている夜空はぼんやりと蒼みがかかっている。
市街地と思しき一帯は人工の灯りがきらきらといくつも光っている。
ニイサンとオッサンが廊下の奥に消える中、僕も早急にそちらへ向かう。
しかし、捕まった。
何とこのJK、小癪にも小動物のごとき俊敏さで僕に手を伸ばしたのである。
右の手首をぎゅうと掴まれる。
「……」
「あ!? ご、ごめんなさい……!」
息を軽く切らす彼女は自分の行動に驚くように、慌てて僕の手首を解放し、掴んでいたその己の手を胸に抱く。
少しうつむきがちな顔はこの薄暗さでもわかるくらい赤い。
僕が胡乱げな目をして踵を返そうとすると、ぱしっ、とすかさず手首を掴んでくる。そしてすぐに悲鳴を上げて手を離す。
……初めて、女の子に向かって本気で邪険そうな目付きをしてしまった。うっとうしいと。
目の前の少女は相変わらず小動物を連想させる雰囲気で落ちつきなく体を左右に揺らしている。
僕は無遠慮な視線で彼女の下から上をじろじろと見た。
細い両足にくびれた腰、にもかかわらず一般日本人女性の平均以上の大きさを持つバスト。さらさらのその黒髪はショートヘア。
なんか既視感があると思ったら、あれだ、漫画の大阪編に出てきたキャラと容姿が似てるんだ。
何だっけ、山崎……?
駄目だ、例によって名前を覚えちゃいねー。『ギゼンシャ星人!』だけははっきりと印象に残っているんだけど。
とにかく原作の彼女を幼くしたような感じだ。関西人である彼女のような溌剌さは全くないけど。
ニセ山崎(仮)とでも言おうか。
「格好……」
「……え?」
「その格好」
何がしたいのか全くわからんニセ山崎を観察すること数分。
僕は彼女のまとっている服について指摘した。つまりぴったりと体に張りついているガンツスーツについてだ。
目のやり場に困ると考えていた矢先のことだった。
「う、うわ……!?」
自分の体を見下ろしたニセ山崎は羞恥に呻いた。
ばっと顔を振り上げ僕と目を合わせたかと思うと、さっと両腕で胸と局部を隠す。瞳が今にも潤みそうだ。
脱兎の勢いで彼女は僕に背を向けGANTZのドアにかじりつく。置いてきてしまった制服を取りにいくつもりなのだろう。
が、開かない。
鍵がかかっているとかそういう次元ではなく、ぴくりともGANTZの部屋のドアは動かなかった。
僕がげんなりした半眼をする中、「え、ええ~」と情けない声を出すニセ山崎。
物言わぬ扉の前で立ちつくし、半泣きする。
(……)
深く関わらないと決めたばかりなのだが。
こんなあられもない格好をしたニセ山崎が、主に男の好奇の視線にじろじろとなぶられるのは、どうにも嫌だった。
上手く説明できないけど、とにかく嫌だったのだ。
僕は着る必要のなくなったコートを彼女に黙って差し出した。
「……?」
「……」
「あ……こ、これって、あのっ」
うろたえるだけで受け取ろうとしないニセ山崎に、僕はだんだんと苛ついてきた。
我慢できなくなった僕は今までの鬱憤をぶつけるようにコートを投げつける。
頭からコートをかぶることになったニセ山崎は「はぶっ!」と叫び、絵本に出てくるおばけみたいな格好になった。
すかさず僕はバックに手を突っ込む。ニセ山崎の視界が死んでいるうちに、コントローラーのスイッチを押しこんで光学迷彩を発動させた。
「ぷはっ! ……え、あれ、うそっ?」
僕の姿が消え、ニセ山崎は素っ頓狂な声を上げた。
不可視状態の僕が変わらず側にいることに気付くわけもなく、周囲を慌てて見回し出す。
もう付き合わないと決めた僕は薄情を決め込んだその場を離れた。物音を立てないように気を付け階段へ向かう。
曲がり角に入る前、最後にちらりとだけ顧みると、彼女はコートをじっと見つめて、おずおずと腕を袖に通した。
少し大きめのコートはスーツ姿の体をすっぽりと覆い隠す。
自分の体を見下ろしていた彼女はおもむろに、腕を持ち上げ自分の鼻の前へ持っていった。
遠目から見ても、すんすんとコートをかいでいることがわかった。
……オイ。
僕が心の中でそうぼやいていると、ニセ山崎は今度は胸の辺りを持ち上げ、その赤い顔をぽふっとコートの中に埋めた。くんかくんか、へけっ。
フザケンナ。
「はうっ!? い、いたー!?」
臭うかッ! と
青筋を浮かべる僕がぶん投げた小銃は、見事ニセ山崎の額に着弾した。
何やってんだ、僕は。