*注意!主人公外道風味
*拒否反応ある方はUターン推奨します
お兄ちゃんはすごい。
お勉強もできてスポーツもできて、パパやママにいつも誉められてた。
パパ達が嬉しそうだから、それを見てるちぃも一緒ににこにこ笑うの。お兄ちゃん、すごいって。
それに、お兄ちゃんはとても優しい。
ちぃの頭をいつも撫でてくれる。お膝に頭を乗せていい?って聞くと、いいよ、って言ってくれる。優しく抱っこしてくれる。
その時のちぃは、とっても嬉しい。
お兄ちゃんの匂い、いい匂い。ちぃは、お兄ちゃんのこと好き。
お兄ちゃんも「ちぃちゃん可愛いよちぃちゃん」といつも言ってくれる。
ちぃ、お兄ちゃんの妹で良かった。
お兄ちゃんはいつもちぃを助けてくれる。
寂しい時とか、泣いちゃいそうになる時、お兄ちゃんはちぃのところにやって来てくれる。大丈夫だよ、って慰めてくれる。
あの時もそうだった。
パパもママも死んじゃって、ちぃが一人で泣いていたら。
セーラームーンのタキシード仮面みたいに、お空からやってきてくれた。
お窓から入って、ちぃを抱きしめてくれた。
お兄ちゃんは、タキシード仮面様なんだ!
ちぃのピンチに、お空から駆けつけてくれるんだ!
どんなに離れてても、おそばにいなくても、ちぃのために王子様みたいに来てくれるんだ!
お兄ちゃん、好き! 大好き!
パパとママがいなくても、お兄ちゃんがいてくれたら、ちぃ平気だよ!
ちぃ、お兄ちゃんがいてくれれば、それだけで。
お兄ちゃん……大っっ好き。
だから、お兄ちゃん。
そんなお顔しないで。
そんな悲しそうな、泣きそうな笑顔、見せないで。
嫌。
そのお顔、嫌。
どこか遠くへ行っちゃいそうなそのお顔、ちぃ、嫌い。
ごめんなさい。
お兄ちゃんのお嫁さんになるなんて言ってごめんなさい。
お兄ちゃんを困らせちゃってごめんなさい。
もう言わないから。
わがまま言ったりしないから。
お兄ちゃんを困らせるようなこともうしないから。
ちぃ、いい子になるから。
だから、お兄ちゃん。行かないで。
ちぃを置いてかないで。
お願い、お兄ちゃん。
ちぃを、一人にしないで。
GANTZ 低クオリティ編 5
「くそっ、しつこい……」
僕は洗面台でガンツスーツをガシュガシュと洗っていた。
語るのも億劫だけど、前回のミッションの際に漏らしてしまったモノを拭い落とすためだ。
ことある毎に放置しっぱなしだった真っ黒なスーツには乾いた異臭が染みついている。
事前にGANTZから呼び出される兆候を感じさせられた僕は、汚れたスーツなんか着ていくわけにはいかないと今になって必死に洗浄をほどこしているわけだ。
「とれない……ちくしょうっ、とれねぇ……!」
臭みが、臭みが。
頑固なンコの忘れ形見に僕は悲壮な顔色を浮かべる。
クソ、いい加減諦めろ、早く、早く成仏するんだ。
初対面の人間にンコ臭いって思われるなんて、僕に赤っ恥をかかせる気なのかよお前は。
僕は洗剤を泡立て必死にガンツスーツを洗った。
「お兄ちゃん……?」
「!?」
いつの間にかちぃちゃんが洗面所にやって来ていた。
僕は洗っているものが洗っているものなので、ギクリ!としながらスーツを隠す。
「ど、どうしたの、ちぃちゃん?」
「お兄ちゃんが、なにかしてたから……お兄ちゃん、何をしてるの?」
何だか心細そうな(……いや、不安そうな?)顔をしてちぃちゃんは僕を見上げてくる。
いい年こいてお漏らしをしたなんて言えんズラ。妹に知られてしまうなんてそれどんな羞恥プレイ。
汗をすーっと額から流す僕はどうにか誤魔化そうと躍起になった。
「いやっ、服が汚れちゃって。中々とれないから手洗いしてたんだっ」
どぅはははっ、といかにも無理やり出したような笑い声を上げる。
黙っているちぃちゃんはとことこと隣にくると、僕の服の裾を片手でぎゅっと握った。
「ち、ちぃさん……?」
「ちぃも、ここにいたい」
そ、そりは……。
ぷ~んぷ~んとさり気なく自己アピールするガンツスーツ。
それをもみ消すようにガシッガシッガシッと高速もみ洗いしながら、僕はちぃちゃんの申し出にかなり困ったような顔をしてしまった。
「──っ! ご、ごめんなさいっ、わがまま言ってごめんなさいっ。ちぃ、どこかに行くからっ」
酷く怯えた顔をしたかと思うと、ちぃちゃんは急いで洗面所から出ていった。
面食らった僕は中途半端に腕を伸ばしかけた。
……どうしちゃったんだ、ちぃちゃん。
僕の笑顔、ビビられるほどそんな気持ち悪かったんだろうか。
ちくしょう、オワタ。
妹に避けられたことにかなりダメージを食らいながら、それでも僕はスーツを洗う手を止めなかった。どんだけー。
時計が夜中の十時を示した。
僕は自分の部屋……祖父母の家ではない本家の部屋で、佇んだ姿勢で静かに時を待っている。
あの後、スーツの臭いを攻略した僕は急いでGANTZのミッションの準備に取りかかった。
これまであれだけべったりだったちぃちゃんは、今日に限って僕に近付こうとはしなかった。
本格的に嫌われてしまったかもしれないとかなり憂鬱な気分に襲われたが、考え方によっては好機でもあったので、スーツを始めとした装備を整えることにした。
原作の知識から召喚されるのは夜中だとわかっている、時間は有り余ってもいないので他にかまける暇はなかったのだ。
GANTZからの強制転送を祖父達に目撃されては困る(というか目撃されたら頭が爆破っぽい)ので、今は無人のこの本家に足を運んだ。
ちぃちゃんと祖母が入浴している間に出かけようとする僕を祖父は呼び止めたが、
『ちょっと不安定になっちゃって。父さん達の家に行ってきます。』
と、まだ色々心の整理ができていないナイーブな中学生を装うと、少し沈痛そうに黙った後「行ってこい」と外出を許可してくれた。
祖父を騙していることに薄っぺらな罪悪感を感じながら、僕はちぃちゃんには上手く誤魔化しておいてくれと伝えて、駆け足で我が家に帰った。
(装備は問題無し、財布も持った、スペアの服も……)
掌を嫌な汗でぬめらせながら、不備がないかもう一度自分の体をよく見渡す。
僕の今の格好はガンツスーツの上に膝下まである長い黒のコートを着ただけといういたってシンプルなものだ。
右手には武器である小銃(部屋に放置してきたショットガンとは異なってスーツのホルダーにしまっていたのを忘れて持ってきてしまった)、左手には帰宅用の服と交通機関を利用するための財布が入った小さめのハンドバックを持っている。
いつかまた召喚されるだろうと正直半分諦めていたので、もしもの時のためのシミュレーションは行ってきた。
持ち物に関してはこの通り完璧、星人とどのように交戦するのかしっかり作戦も練ってきた。ただの浅知恵に終わるかもしれないけど。
大丈夫だ、なし崩し的に参加することになって動揺しまくっていた前回とは違う。
心構えも下準備もできている。
もうあんな無様は見せない。
きっとやれる。
やれるって。
熱くなれよ。
大丈夫、だ。
呪文を唱えるように大丈夫と怖じ気づきそうになる己に何度も言い聞かせる。
たった一人の妹のもとに必ず帰るという覚悟も、今の僕にとって大きな支えにもなっていた。
いや、帰らなくちゃいけないという使命感だろうか。
さかんに律動する心臓を落ち着けるように、僕は深呼吸をした。
「……来た」
頭の毛先が消失していく感覚。
電気もついていない部屋の中で、両手から力を抜きだらりとさせる。
目も閉じて自然体の姿勢を作り、僕はここではないどこかに転送されていった。
「……」
ゆっくりと瞼を開けていく。
調度品が何もないマンションの部屋に、視界の中央にふてぶてしく居座る黒い球体。
窓の外を眺めると見覚えのある光景だった。これはまた埼玉に呼び出されたのだろう。
また、戻ってきた。
「これで何人目だ?」
「ちょっと待って。あの子、少しおかしくない?」
「あの格好……それに、銃?」
「か、仮装?」
既に部屋の中には多くのミッション参加者がいた。
ひぃ、ふぅ、みぃ……結構多い。もしかしたらまた僕が一番最後に召喚されたのかもしれない。
彼等は興味深そうな目を僕に向けていた。まぁ目立つだろう。それこそスーパースターマン並には。オイオイ色物かよ僕は。
コートのボタンは止めていないから下に着ているスーツは丸見えだ。
ヘンテコな銃も持ってるし、明らかに他の人達とは毛色が違う。
少なからず注目は集め易い。
おずおずといった感じで男の人が僕に話しかけようとしてくる。僕が自分達と同じ境遇の人間なのか調べようとしているのかな。
ここからだ。
僕は背筋に力を入れて、練ってきた計画を実行に移す。
まずは場の主導権を握るため、機先を制す。キリッ。
「この中で、死んでいない人間はいますか?」
『!?』
男の人の言葉を遮る形で投下した僕の問いかけは、参加者の輪に驚愕をお見舞いした。
日常会話ではまず出てこない言葉だが、ここにいる人は一度死んだ者達だ。心当たりはあるに決まっている。
見たところまた経験者はいないようだし、彼等がいきなり現れてこんなことを言う僕に驚きを隠せないのは当然の反応だろう。
とにかくこれで、僕がこの状況について何か知っている人間だと参加者達に思わせることができた。
「き、君は何を知っているんだ!?」
「ねぇ、あたし達どうしちゃったの! 本当に死んじゃったの!?」
「一体ここはどこなんだ、頼む、教えてくれ!」
一斉に声を飛ばされる。みんな必死だ。
というか僕、思ったより落ち着いている。こんな大勢の前できょどること間違いなしだと思ってたのに。
まぁちょっと目を髪で隠すように俯きがちにはなってるけど。
「これから僕達は、地球に潜伏している宇宙人と殺し合いをします。今はそれだけ理解してください」
淡々と事実の側面を告げた。
ぽかんと口を開けている参加者達は、すぐに顔を真っ赤にさせてぷるぷる震え出す。
怒ってる怒ってる、超怒ってる。口をぱくぱくさせている人もいるし。
やっぱりこの言い方は不味いか。
でも、情報を与えすぎるわけにもいかない。
誘導し易くするために、僕はあえてぞんざいな伝え方をした。
『あーたーらーしーいーあーさがきたー、きーぼーうーのあーさがー────♪』
参加者達が僕に怒鳴りかけようとしたその瞬間、ミッション開幕の音楽が流れる。
ナイスタイミング。
『てめえ達の命は無くなりました。』
『新しい命をどう使おうと私の勝手です。という理屈なわけだす。』
『てめえ達は今からこの方をヤッつけにいってくだちい。』
『モグラ星人 特徴──』
次々と表示されていくGANTZの情報に、大半の者が声をつまらせる。
僕の言ったこととGANTZに表示された内容が一致しているからだ。少しくらいは、まさか、と思ったのではないだろうか。
……それにしても、またコイツらなのか。トラウマが……■■さん。
…………いや、好都合だ。今度こそこのモグラどもを根絶やしにしてやる。復讐だ。
仇討ちなんて柄でもないことを考えながらスーツのグローブをぎゅっと握りしめ、僕は再び計画通りに行動した。
「この殺し合いに生き残ることができれば、また日常生活に戻れますよ」
『!』
参加者達の心を揺らすような台詞を告げる。
生き残ることができればと、あえてその部分を強調した。
戦う必要はないのだと。
GANTZはそれから装備棚を吐き出した。
僕は驚いている参加者の間を素早く通り抜け、ショットガン一丁を取り出す。念のため小銃ももう一つ。捕獲用の銃も。
あとは……
(……あった)
コントローラーだ。
これさえあれば……。
黒に塗装された小型機器の一つを、僕はすっとコートのポケットに忍ばせた。
「やしろ……さん」
「は、はいっ?」
GANTZの裏側に回り後部棚からアタッシュケースを一つだけ取り出す。
ケースに書かれているひらがなの文字を読むと、女の子が上擦った声を上げた。
……また例によって美少女。
高校生っぽい制服を着ている。黒の地毛はほどよい長さのショートカットで可愛くまとめられていた。
そして服の上からでもわかるメリハリのある体。
GANTZ、お前本当に好きだな。
どうせこの子も……と僕は内心で苦虫を噛み潰す。
変な期待は勿論、なれ合いなんてしない方がいい。他の人達ともだが。
親しくなればなるほど、どうせ負う傷は深くなるのだから。
「こ、これは……?」
「死にたくなかったら、着た方がいい」
渡されたケースを開き中身を確認する彼女に、僕はコートの下に着ているガンツスーツをちょいちょいと指さす。
真面目腐った顔をする僕を見て、JKの彼女はごくりと喉を鳴らした。
貴方達もみんな、という意味をこめて、僕は唖然としている参加者達の顔それぞれに視線を送る。
「今は信じなくてもいいですけど、頭から変な電子音が鳴り出したらすぐに音の小さくなる方向へ行ってください。頭を爆破されて死にますから」
伝えたいことは伝えた。
もうこれ以上ここに居座る意味もない。
置いてきぼりにされる参加者達を無視して、僕はGANTZの中でシュコーシュコーしている玉男の側で膝をついた。
確か……耳の穴に指を突っ込むんだっけか。
「GANTZ、僕を先に転送してくれ」
耳をグリグリしてそう伝える。
立ち上がった僕は、周りに気取られないように小さく震える息を吐いた。
仕込みは完了した。後はもうやるだけ。
彰人、上手くやれよ。
「あっ……!」
頭部の方から僕は転送されていく。
息を呑む参加者達が困惑した表情を見せ合う中。
僕が名前を読んだ高校生は心細そうに揺れた瞳で、僕のことを見つめていた。
……ちぃちゃんみたいな目、するんじゃねえよ。
記憶にある住宅街は今日も閑散としていた。
似たような家々が規則正しく立ち並び、その間を何本もの通りが網目状に走っている。出歩く人影の数は少ない。
夜空には月が出ていた。雲の隙間から見える月明かりは肌がぞっとするほど冷たい気がする。
何の変哲もない住宅地域には、悲鳴と、助けを呼ぶ声と、そしてギョーンという銃撃音が複雑に絡み合っていた。
「三匹目……」
視線の先で破裂したモグラ星人を見て、僕はぽつりと呟いた。
今、僕はここ一帯で最も高い建物の屋根の上にいる。
住宅街を容易に一望できるポジションに陣取り、モグラ星人達を狙撃しているのだ。
これが僕の作戦だった。
安全地帯からの長距離射撃。原作を一度読んでいる僕は、主人公達が戦った仏像編のミッションで、なんかすげー強かったオッサンがこの戦法をとっていたことを思い出したのだ。
はっきり言ってこの戦い方はとても魅力的だった。
わざわざ星人達の目の前に出ることなく、攻撃されることのない地点でばかすか銃を撃っていればいいだけなのだから。
この引鉄が二つある特殊な銃は、上の引鉄を引いてロックオンさえすれば、後は下のトリガーを引くだけで勝手に命中してくれる。
射撃の腕などからっきしである僕でも、この銃ならば長距離狙撃が可能なのだ。
銃の射程距離も1km(だったはず……)と広く、ミッションの領域をほぼカバーできる。
持ってきたコントローラーには星人の位置情報が表示されるので、奴等を探し出す手間もない。はっきり言って狙い放題だ。
反撃されるリスクが限りなく低い、単純で安全な方法。
臆病者である僕がこの戦法に飛びつくのはむしろ当然だった。
ちなみに、チキンな僕はコントローラーのもう一つの機能である光学迷彩をしっかりと発動させている。
透明人間状態である今の僕は誰にも視認できない。
『ぎゃあっ!』
「……」
背後をとられた参加者の一人が胴を切り裂かれる。スーツを着用していないので真っ二つだ。
すかさず、僕は隙だらけになったモグラ星人を狙撃した。穴に戻りきる前に爆殺。四匹目。
もう五人は数えただろうか。
星人に殺された、いや僕が見殺しにした人達の数は。
僕は外道な行いをしている。
今回のミッションで、僕はミッション完了を遂行した上で多くの得点……星人撃破の配転を獲得しなければいけない。
前回のミッションを達成できなかった僕は、定められた得点以上の点数をとらなければ死ぬというペナルティを課せられている。(原作の知識なので確認したわけではないが、ここまでくればもう疑う意味もないだろう)
僕は、僕が助かるために、他の参加者達へ『生き残れるように』戦わず逃げ回れという遠回りなメッセージを伝えた。
僕以外の人達に点をとられては困るからだ。それでは僕が助からないからだ。
だから僕はあんな言い方をした。己の命を優先して、自分の知る情報を全部伝えなかった。
はっきり言おう。
僕は彼等を囮にした。
いや、囮なんて表現生温い。
餌だ。
僕はあの人達を餌に使っているのだ。
こうして星人をおびき出し、確実に狙撃できるように。
『うえぇっ!?』
五匹目。
女の参加者が胸を貫かれ倒れる。モグラ星人が爆発する。
ギョーン、という銃撃音が夜風にさらわれていった。
スーツは着た方がいい。頭が爆破されないようにミッションエリアから出るな。
この助言もできるかぎり餌を確保したいがための発言だ。
参加者が不用意に死なない分だけ、狙撃できるチャンスは増える。
僕が生き残れる確率が、はね上がる。
僕は、外道だ。
「地獄に、落ちるかな……」
コントローラーに視線を落とし、次の目標がいる場所へ体を反転させる。
自分のためだけに他者の命を犠牲にしているのだ。間違っても天国にはいけないだろう。
……スーツを着ていれば助かる確率は上がる。むざむざ死んでいった原因は僕の言葉に耳を貸さなかった彼等にあり、これは僕の責任じゃない。
このごに及んでそんな言い訳が口をついて出そうになる。
救えんね。
カタカタと先程からずっと震えている手の先に、止めろよワザとくさい、と僕は嘲笑する。
震えを殺すように、僕はトリガーを指ごと強く押し込んだ。
(あとは……二匹)
GANTZの銃は効果が表れるまで若干のタイムラグがある。
モグラ星人が顔を出してすぐにロックオン、発射、とやってもすぐ殺れるわけじゃない。
少なくとも僕の腕では、モグラ星人に狙われた参加者を間一髪助けるという離れ業は不可能だ。
よって見殺しである。
今になって思う。
漫画の作中で出てきた『偽善者』という言葉、あれは、最高級の誉め言葉だと。
この狂った空間で『偽善者』になれるのはとてつもなくすごいことだ。
僕の語彙能力では言い表すことのできないほど、素晴らしい人間、人格者だ。
もしくは、神経がいかれているか。
命がゴミのように散っていくこの空間で。
自分の命を守ることさえ危ういこの場所で。
他の誰かを救おうとするその行動は、例え偽善だろうとなかろうと、すごいのだ。
すごい人間なのだソイツは。
『偽善者』と言われた奴だけが主人公になれる資格がある。
『偽善者』になれる人間だけが、選ばれた存在になれる。
僕にはない。
「ラスト……」
僕は自分が生き残ることしか頭にない。
ちぃちゃんの待つ場所に帰る。
それだけだ。
そのためなら外道にも非道にもなろう。
だってしょうがないだろう。
既に一杯一杯なんだよ、僕は。
もう割り切った。
決めた。
覚悟した。
何をしようが誰を利用しようが、僕はこの悪夢から解放されると。
全てを忘れて抜け抜けと日常に帰ると、僕は誓ってやった。
だから、もう何も感じるな。
「……あれは」
ザンジバルを狙うジムスナイパーみたいなポーズを取っていた僕は、スコープを通じて見えた光景に呟きを漏らした。
僕がケースを手渡した、あの高校生の少女だ。
しっかりスーツを着ていて必死に逃げ惑っている。が、突如地面から顔を出したモグラ星人の舌に腕を絡め捕られ、そのまま塀に叩きつけられた。
頑丈そうなコンクリート塀がガラガラと崩れ、壁に激突した彼女は尻餅の体勢で衝撃に身じろぎしていた。
ゲル状の液体がスーツから溢れているのがわかる。
そして顔を穴から引っ込めたモグラ星人は、ぬっと彼女の目の前に現れた。
「……」
心臓の音が遠くなったような気がした。
涙をこらえるあの子の顔が、今は鮮明に見える。
まず間に合わない。
ロックオンしてから下部トリガーを引いては。
いや大丈夫だろ。
僕はもう何も感じはしないさ。
「あ」
そんな心の声とは裏腹に、僕は下のトリガーを引いていた。
ロックオンの手順も踏まず、皮が食い込むほど引鉄に指を噛みつかせていた。
ギョーンという間抜けな音は空中を渡って一直線に、500メートル先の目標へと突き進む。
一秒。
二秒。
目をつぶる彼女に、化物が爪を振り下ろした。
「────────ギョグゲェ!?」
くたばったのは、化物の方だった。
爪が彼女の頭に触れるか否かの所で、胸の上から粉砕する。
力を失った肉の塊がどしゃあっと地面に倒れた。
「……」
その光景を無感動に見ていた僕は、やがて立ち上がった。
センサーに何の反応もないことを確認して光学迷彩を解除する。
バチバチと電磁波を放出しながら、僕の姿は夜闇に浮かび上がった。
(……ああ)
運が良かったよな、と僕は遠くにいる彼女に対して思った。
何が起こったのかわかっていない彼女は周囲をきょろきょろと見回している。
僕はショットガンを右手で抱えながら、ゆっくりと空を見上げた。
目の部分が転送されて消えていくまで、どっかあったかい気がする月の光に、僕はしめった視界をぼやけさせていた。