「なんなんですかあれは!?」
ニーナは生徒会長室に飛び込むように入り、部屋の主であるカリアンに向けて怒鳴りつけるように言った。
対するカリアンは、イスに座ったまま新聞を読んでいる。カリアンは新聞の文字を目で追いかけつつ、ちらりとニーナの方を見た。
「なんのことかな?」
「レイフォン・アルセイフのことです」
「ああ、その話なら聞いてるよ。彼は君達の説得で第十七小隊に入ったんだってね。私もそれとなく説得してみたんだが、こうもあっさり入隊するとは思わなかったよ」
カリアンの白々しい台詞にニーナは眉を吊り上げ、表情が引き攣っていく。次第に熱くなっていき、言葉にはさらに熱がこもっていった。
「レイフォン・アルセイフは会長からの推薦です。確かに私も入学式の一件で目を付け、訓練すれば小隊員として使えると思ってました。だが、その考えは甘かった」
使える、どころではない。レイフォンは強すぎるのだ。訓練など必要ないほどに。
試験と称して直接戦ったニーナだからこそわかる。彼は、学生武芸者のレベルを大きく逸脱していた。
「推薦とは言っても、私は彼の承諾が得られるのなら小隊に入れてもいいと言っただけなんだけどね」
「そんなことはどうでもいいです。私が言いたいのは……会長、あなたはレイフォン・アルセイフのことを知っていましたね?」
第十七小隊は結成したはいいものの、隊員の数が足りなかった。小隊としてやっていくためには最低でも四人必要であり、今までは三人しかいなかった。
そんな中、カリアンに呼び出され、隊員として紹介された人物。それがレイフォン・アルセイフだった。
ツェルニの長であり、普段から陰謀を張り巡らせているカリアンが、見ず知らずの人物を小隊員として推薦するはずがない。おそらくはレイフォンがどんな人物か事前に知っていたのだろう。
「彼はグレンダンの出身でね。本来なら他所の都市の情報など、そうそう手に入るものではないんだが……」
カリアンは新聞から目を上げ、言葉を選ぶように言う。
「だから、彼のことを知ったのは偶然だ」
カリアンは吐息を吐き、完全に新聞から視線を逸らしてニーナを見る。
「君は、この学校にどうやって来た?」
「放浪バスに決まっています」
何を今更と、疑問を抱きながらも即答するニーナ。だがその答えを、カリアンは首を振ることで否定する。
「放浪バスなのは当たり前だよ。この汚染された大地を唯一移動する方法が放浪バスなのだから。私が言いたいのは経路だ」
「経路?」
「そうだ。放浪バスの全ては交通都市ヨルテムへと帰り、ヨルテムから出発する。異動する全ての都市の場所を把握しているのはヨルテムの意識だけだからだ。しかし、ヨルテムからすぐここに来られるとは限らない。いくつかの都市を経由しなければいけない場合もある」
そういわれてニーナも思い出した。彼女もツェルニに来る時、三つの都市を経由したのだ。
「では、会長はグレンダンに?」
「ああ、そうだ」
ニーナの問いにカリアンは頷く。
「私はツェルニに来るのに三ヶ月かかった。その途中だ。グレンダンにはバスを待つために二週間ほど逗留した。グレンダンでは武芸の試合が頻繁に行われる。退屈という言葉とは無縁でいられたな。そして私は運良く、天剣授受者を決定する大きな試合を見ることが出来た」
「天剣授受者?」
「武芸の本場と呼ばれるグレンダンで、最も武芸に優れた十二人に与えられる称号……だけではなく、何か特別なものもあるようだが、それは余所者の私にはわからないことだったな」
「まさか、その試合にレイフォンが出ていたというのですか!?」
「そういうことだよ。しかし早いものだね。あれからもう、五年の月日が流れている」
「五年……まさか!?」
グレンダンで最も武芸に優れたもの十二人を決める大事な試合。レイフォンがそれに参加していたことも驚きだが、カリアンの言う五年前という言葉にニーナはさらに驚いた。
レイフォンは今年は言ったばかりの新入生。つまりはまだ十五歳であり、その五年前ということは十歳のはずだ。年齢がやっと二桁に達したばかりの子供が、武芸の本場であるグレンダンで最強を決める試合に参加していたというのだ。
「天才というものを私は知っている。だが、あれには私も感動した。そして絶句させられたよ。私には武芸の素養はないが、それでもあの凄まじさは万人に理解できるものだと確信できる」
しかも、参加しただけではない。レイフォンは勝ち抜いたのだ。それも僅差での勝利や苦戦などではなく、圧倒的な力で、武芸の本場であるグレンダンの武芸者、大人達を薙ぎ払っていった。
「私だけではなく、会場にいた全ての人々がその事実に驚かされた。それだけ異例のことだった。それはそうだろう。あんな子供が、武芸が最も栄えていると言うグレンダンで高位の存在として君臨するというのだから」
その出来事があまりにも衝撃的で、だからカリアンはその名前を忘れることが出来なかった。否、忘れられるはずがなかった。
ツェルニにはもう後がなく、崖っぷちとなったこの状況。そんな時に見た、入学志望者の書類に載っていた彼の名前。それをカリアンが見逃すはずがなかった。
「まさに救世主が現れたと思ったよ。彼ならばツェルニを救ってくれるとね。だが、それと同時に疑問を抱いたのも事実。何故、彼ほどの武芸者がわざわざツェルニに来たのかとね」
通常、都市は武芸者を外には出したがらない。武芸者は都市を護るために重要な人材であるため、それも当然だろう。
ましてや、レイフォンはグレンダンで最強の十二人の一人。そんな彼が、どうしてこんな未熟者の揃う学園都市に来たのか?
「それで……」
ニーナの疑問に対し、カリアンは今まで読んでいた新聞を差し出した。
「私も今知ったばかりさ。これはグレンダンから取り寄せたばかりの新聞だ。これに事の詳細は載っている」
ニーナはカリアンから新聞を受け取る。まず目に入ったのが一面記事。そこにはでかでかと、こう書かれていた。
『天剣授受者、ヴォルフシュテイン卿。痴情のもつれで刺される』
その記事を、ニーナは無言で読み始めた。
†††
「……………」
ニーナは考える。昨日、生徒会長室で知った事実。レイフォン・アルセイフという人物について。
「あいつは……グレンダンであんなことがあったというのに懲りていないのか?」
独り言が漏れた。幸いにもここはニーナの暮らす寮であり、自分の部屋。だからこの独り言を他に聴くものはいないだろう。
ここにいるのは、ニーナの他には故郷から持ち込んだ親友のぬいぐるみくらいなものだ。
カーテンの隙間から朝日が入り込む。ニーナは昨夜からずっと物思いにふけっており、一睡もしていなかった。
レイフォンのことでも悩んでいたが、なんだかんだでこれで小隊として活動するための、最低限の人数が揃った。これからの方針や訓練メニューなど、考えなければならないことがたくさんある。
「その活力を、武芸にのみ活かせればいいんだがな……」
だが、そんなニーナの思考の大部分を占めているのは、やはりレイフォンのことだった。
グレンダンで最強の一角と呼ばれるほどの腕前。そんな彼が武芸のみに専念したら、果たしてどれほどのものになっていたのか?
そう考えると同時に、ニーナは悔しさを抱いていた。レイフォンは武芸よりも女遊びの方に真剣だった。武芸を疎かにしていると言うのに、その実力は大きくニーナを上回る。それが理不尽だと思った。
ニーナは強くなりたい。強くなって、自分の力でツェルニを護りたいと思っている。そのために小隊まで立ち上げたのだ。
「決めた。あいつの性根はこの私が叩きなおす!!」
加えて、ニーナは熱血でもある。勝手にレイフォンを不良生徒のように判断し、それを正す教師にでもなったかのように決意する。
それがどれだけレイフォンにとって余計なお世話なのかも知らず、また、前回も似たようなことを言ってレイフォンに完膚なきまでに敗北したことを忘れて、ニーナはそう決意した。
「ね、眠いな……」
結果的には徹夜をしてしまい、ニーナは重い瞼を擦りながら食堂へと向かった。
食堂では朝食の準備が行われているのか、空きっ腹を刺激する良い匂いが漂っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう……って、レイフォン!? ここで何をしている?」
食堂に入ったニーナに挨拶が飛んできた。反射的に挨拶を返すニーナだったが、挨拶をしてきた人物がだれなのかを知って驚愕する。
何を隠そう、その人物とはレイフォンだったのだから。
「何をしているって、見てわかりませんか? 朝食を作っています」
「違う! 私が言いたいのはどうして貴様がここにいるのかということだ!」
レイフォンはキッチンに立ち、フライパンで目玉焼きを焼いていた。彼の言うとおり、朝食の準備をしているのだろう。
だが、ニーナが言いたいのはそこではない。どうしてここにレイフォンがいるのかということだ。
ここはニーナ達が暮らす女子寮。そう、『女子』寮なのである。
当然男子は禁制で、レイフォンが入ることなど許されるはずがない。とはいえ、ここは学園都市。学園でもあるが、都市でもある。個人のプライベートもあるので、禁止事項の境界線が緩いということも否めないが。
「どうしてって、昨日、ここに泊まりましたから」
「なっ……」
「ここの寮長、セリナさんの部屋に泊ったんですよ。で、セリナさんがまだ寝てるので、仕方なく僕が朝食を作ってるわけです」
だが、だからといって、こうも堂々と宣言するのはどうなのだろうか?
あまりのことにニーナは何も言えず、呆然としていた。
ちなみに、セリナとはニーナの暮らすこの寮の寮長だ。セリナ・ビーン。錬金科の四年生。
この寮の住人で唯一まともに料理が出来るのがセリナだけであり、本来朝食はセリナが作っているはずだった。
「とりあえず、座ったらどうですか? もうできますから」
「あ、ああ……」
そのまま押し切られ、ニーナは食堂の席に腰掛けた。レイフォンは淡々と朝食の準備をしていく。
「あ~、ごめんねー、レイ君。お客さんなのに朝ごはんの準備をさせちゃって」
そのセリナは、今、やっと起きてきたのかドタバタと食堂に入ってきた。
「いえ、いいんですよ。セリナさんは疲れていたみたいですから」
「うん、その……あんなに激しいのは初めてだったから」
「あんなのまだまだ序の口ですよ。そのうち、もっと気持ちよくしてあげますから」
「やだ~、レイ君ったら」
ニーナは思う。昨日、何をやったのかと。そもそもレイ君とはなんだ? レイフォンのことか?
いろいろと聞きたいことがあったが、ニーナは怖くって聞くことが出来なかった。
「おはよー、ってあれ? なんでここに男がいるんですか?」
次に現れたのは、この寮の数少ない住人であるレウ。ニーナの同級生だ。
ニーナとセリナとレウ。現在、この寮で暮らしているのはこの三人だけだった。
「おはよう、レウちゃん。この子はレイ君、私のお客さんよー」
「あ、どうも、レイフォン・アルセイフです」
「ふーん、ま、よろしく」
レウは特に動じず、それだけ言うとさっさとイスに座ってしまった。
朝食の準備を終え、レイフォンとセリナも席に付く。
「そういえばレイ君、もうすぐ対抗試合なんでしょう?」
「はい」
「応援に行くからがんばってね」
「ありがとうございます。セリナさんのためにも絶対勝ちますね」
「あらあら~」
ニーナとレウの存在をまったく気にせずに交わされる、レイフォンとセリナの会話。
レウは鬱陶しそうだが、素知らぬ顔をしていた。対するニーナは、非常に居心地が悪そうだ。ニーナのした決意は、早々に挫けてしまいそうだった。
†††
対抗試合当日。第十七小隊初陣の日。相手は第十六小隊。
下馬評では第十六小隊が有利とされ、新設されたばかりの第十七小隊は敗北するだろうというのが大半の予想。
とはいえ、ニーナがその予想をよしとするはずがない。当然勝つ気であり、意気込み、気合を入れていた。ツェルニを護るのは自分だと決意を固める。
だが、そんな決意を固めたところで、試合は拍子抜けするほどにあっさりと終わってしまった。
「大活躍だったな、おい。俺の分も残しとけよ」
「すいません。次の試合では考えておきます」
当然、第十七小隊の勝利。レイフォンはもちろん大活躍。無論、ある程度の手加減はしていたが、それでもレイフォンの実力は学生武芸者のレベルを大幅に超えていた。
試合に勝利した。けれど、何故だかニーナの機嫌が悪い。
「おぃおぃ、どうしたニーナ? せっかく勝ったってのに浮かない顔して」
「シャーニッドか……別になんでもない」
「なんでもないって顔じゃねえだろ」
ニーナの表情に突っ込みを入れるシャーニッドだったが、ニーナはむすっとふくれっ面をしたままで何も語ろうとはしない。
「ったく、今日はせっかくの祝勝会だってのに」
「シャーニッド先輩。こっちで飲みませんか?」
「おう、レイフォン。ってか、お前も酒飲むんだな」
「まぁ、たしなむ程度ですが」
「おい、ちょっと待て。まだ酒精解禁の学年じゃないだろう!」
「今日くらい固いこと言うなっての」
対抗試合が終わり、夜も深まっていく。第十七小隊は初戦を勝利で収めたため、幸先のいいスタートを切ったと言える。
何はともあれ、ニーナもほんの少しだけ表情を緩めた。第十七小隊にまだ問題は多々あるものの、これでツェルニを護れると、そう思っていた。
「な、なんだ!?」
「これは……都震」
そんなさ中、突如都市を襲う激しい揺れ。祝勝会に訪れた者達から悲鳴が上がり、動揺が走る。
だが、揺れは以外にもすぐに治まった。
「最悪だ……」
けれどレイフォンは苦々しい表情で呟いた。
ニーナは知る。己の無力さを。そして、レイフォン・アルセイフの本当の実力を。
あとがき
今回、クララをまったく出せませんでした。クララ成分が不足している!!
まぁ、そんなわけでレイフォンがはじめてツェルニに来て喰ったのはセリナさん。個人的にはセリナ、レギオスでも結構好きなモブキャラ?だったり。
でも、彼女って怒らせると怖そうだな……それとフェリ、前回ちょろっと登場していますが、今棚も出ていない始末。
このレイフォンでどうやってフェリとフラグを立てるべきか、今、非常に悩んでいます。ってか、このレイフォンにフェリが惚れるのか!?
非常に難しいですね……
まぁ、あれこれいっても仕方ないので、今回もちょっとしたおまけを。
おまけ
「よう、レイフォン。調子はどうだ?」
「トロイアットさん。まぁ、そこそこですかね。そっちはどうです?」
「俺もそこそこだ」
グレンダンの王宮。その廊下で二人の男が鉢合わせをする。
一人はレイフォン。そしてもう一人はトロイアット。レイフォンの同僚、天剣授受者の一人だった。
「これから飲みに行かねえか? 綺麗な姉ちゃんが相手してくれる店を紹介するぜ」
「いいですね。行きましょうか。もちろん奢りですよね?」
「んなわけねえだろ」
二人は気の会う友人だった。こうして一緒に飲みに行ったり、女性を紹介してもらったり。
ちなみに、レイフォンにクララを紹介したのもトロイアットだったりする。
「ちなみにレイフォン、お前って意中の相手とかいるのか?」
「意中の相手ですか……そうですね、特に意識したことはないですけど、一番それに近いのはクララでしょうか?」
「おっ!」
酒場に行く道中、何気なく振られた会話。レイフォンのその答えに、トロイアットは興味深そうな顔をする。
「僕が求めればいつでもヤらせてくれますし、かわいいですし、一緒にいてて楽しいですし」
「ベタ褒めだな。そこまで気に入ってくれたなら、紹介したこっちとしても嬉しい話だ」
「ちょっと、サヴァリスさんと似た気質なのがマイナスといえばマイナスですけど」
「そこは武芸者なんだから、ある程度大目に見てやれよ」
「そうですね」
向上心があるのはいいことだ。武芸者は強さを求める。グレンダンではそれが自然なのだから。
「でも、クララのことは本当に気に入ってるんですよ。孤児院の子とも仲良くしてくれていますし」
「なら、いっそのこと結婚しちまえよ」
「結婚ですか……それもいいですね」
「冗談だったんだがな……」
クララを褒めるレイフォンに、トロイアットが言った一言の冗談。
けれどレイフォンはまんざらでもなさそうで、トロイアットは意外そうな表情をする。
「僕は孤児なんで、家族というものに憧れているかもしれません。お嫁さんを貰って、子供も欲しいと思ってますし。それに、武芸者の子供は都市としても大歓迎でしょうしね」
「俺達天剣授受者の子供は特にな。そういえば知ってるか? ルイメイの旦那に子供が出来たんだとよ」
「ええ、知ってますよ。けれど、僕の前でその話はしないでいただけますか?」
「なんだよ。お前、ルイメイの旦那のことが嫌いなのか?」
「ええ、まぁ……」
トロイアットは首を傾げるが、特に追求はしなかった。
「話は戻りますけど、クララとの子なら欲しいと思ってるんですよ。彼女も武芸者ですし、相手が一般人なら子供を生む時に危険もあるから基本的には避妊をしてるんですけど、クララにはその必要がありませんし。だから毎回中に出してるんですけど、なかなか妊娠してくれないんですよね。僕って種無しなのかな?」
「あ~、クララか。あいつの場合な、薬呑んでるんだよ」
「え?」
今度はレイフォンが首をかしげる番だった。そんなレイフォンに、トロイアットはちゃんと説明をしてくれる。
「確か、経口避妊薬だっけか? お前が避妊してくれないからって、それを呑みだしたて言ってたな。クララは武芸者だしな。妊娠したら戦えないとかぼやいてたぞ」
「そうなんですか……」
「まぁ、なんだ。そのうちだよ、そのうち。クララもお前のことは気に入ってるし、そのうちお前の子供を生んでもいいなんて思うかもしれないしな。そもそも、そんなにあせって人生の墓場に足を突っ込む必要もねえだろ。まぁ、結婚してもティグリスのじいさまみたいに側室とか囲えばいい話だがな」
「あの人も子沢山ですからね」
レイフォンとトロイアットは笑う。そのうち、目的の酒場に着く。
中に入り、二人は複数の美女達と共に酒を楽しむのだった。
あとがき2
ここのレイフォンなら、トロイアットと仲良くなれそうだと思って書きました。
そして既にお気づきだと思われますが、この作品のメインヒロインはクララです。クララ一直線とはまるで別物なんですけどね。
とはいえ、クララがメインヒロインでもここのレイフォン、構わず女性を喰っちゃいますが。
最後にどうでもいい話。リトバスがアニメ化だと!?
えっ、これマジの情報なの!? これが本当だったら非常に楽しみです。