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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:729d55b9 前を表示する
Date: 2016/10/02 23:55
  リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』



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  Side - 遠坂時臣





  火事で屋敷が半壊してしまった遠坂家。
  当然ながら修繕しなければならないのだけれど、魔術師ではあっても建築の素人の時臣が単独で立て直せる訳がない。
  仮住まいとしては妻の葵の実家である禅城家があるので路頭に迷うようなことにはならない。それでも『遠坂』とは冬木市一帯の魔術師を支配するセカンドオーナーであり、魔導の一門として家が無い等と言う事態は避けなければならない。
  復旧は急務である。
  ただし、事情を知り魔術に通じる建築家も居るにはいるが、壊れていても遠坂の家にはその家が脈々と継いできた魔術が染みついている。
  『遠坂』の魔術を外部に漏らすような危険は冒せない。
  そこで時臣は魔術を全く知らない表の業者に修理を依頼して遠坂家を立て直すことにした。家そのものに魔術的な仕掛けを施せないのは厄介だけれど、遠坂家伝来の宝石魔術は置物や装飾として真価を発揮できるので、家が建て直された後に魔術師の要塞として作り直すことは可能だ。
  冬木市のセカンドオーナーとして霊脈の要衝とし、押さえていた土地を商業目的で貸し付けてテナント料を手にしたり、単純に銀行に預けておいた資産に加えて、魔術協会に特許として登録している『魔術を簡略化する魔術式』の特許料は今も途絶えずに遠坂家に入り続けている。
  冬木市に点在する民家と比較すると少々大き目な遠坂の屋敷ではあるけれど、再建するのに必要な金は足りていた。それどころか料金を割り増しで支払って、通常よりも人員を導入させて、完成を急がせる余裕すらある。
  決断したならすぐ行動。
  よりにもよって間桐の零落を象徴する間桐雁夜程度に敗北し、気が付いた時には聖杯戦争が終結していて、円蔵山の内部に設置された魔法陣こと『大聖杯』が崩落によって完全消滅している信じ難い事態となっていた。
  聖杯戦争とは根源に至る手段―――それが消えたのならば、屋敷と同じく蘇らせなければならない。
  関われぬ間に終わってしまった聖杯戦争の全体の流れを把握しなければならない。
  屈辱的ではあるが、間桐との会談を設けて様々な状況を確認しなければならない。
  アインツベルンとも連絡を取り、聖杯戦争復活の為に尽力しなければならない。
  無駄にできる時間は一日たりともなく、行動は即座に起こされた。
  時臣が幸福だとすれば、それは聖杯に満ちた泥によって変質したゴゴ―――ケフカ・パラッツォ。そして、生まれながらにして善よりも悪を愛して他者の苦痛に愉悦を感じる男―――言峰綺礼が手を組んで、時臣の助力どころか放置して間桐に敗北する原因の一つを作り出したのを知らない事だ。
  そして必勝を願い呼び出したサーヴァントのアーチャーこと英雄王ギルガメッシュに見限られたのも認識できていない事も幸福だと言える。
  今の時臣の中には諸悪の根源としてまず間桐がいる。恨み辛みの大部分は直接戦った雁夜に向けられており、それ以外の事は現状を挽回するための単なる情報としか認識していない。
  誰がどうやって英雄王ギルガメッシュを打倒したのか?
  自分が気絶している間に起こった最終戦闘はどうやって集結したのか?
  時臣は知らない。
  弟子に見捨てられ、サーヴァントに見放された。時臣はその事実を知らずに戦いを終えて今に至る。
  ようするに時臣自身の落ち度によって敗北したと気付かず、他者を敗北の理由として怒りの矛先を自分ではなく他人に向けていた。
  確かに時臣は魔術師としては一流かもしれない、才覚豊かとはいえない状況に腐らずに必要とされる修練を何倍も積み重ね。幾重にも備えて事に当たり、常に魔術師として結果を出してきた。
  それでも戦う者としての時臣はよくて二流、酷評すれば三流にまで落ちる。
  一対一では無い戦いにおいて裏切りは当たり前に発生する。それどころか時に賞賛すらされるものである。
  御三家を含めて聖杯を奪い合う戦い―――聖杯戦争。自分たちの戦いに『戦争』の名を含ませながら、戦いへの心構えと準備がまるで足りていなかった。
  敗北して尚。いや、むしろ魔導を捨てた落伍者と蔑んでいた雁夜に敗北したからこそ、余計に時臣の性質は自分の中に作り上げた『正しさ』で凝り固まっていく。別の言い方をすれば、聖杯戦争以前よりも尚視野が狭くなり、遠坂の悲願である『根源へ至る』に固執するようになっていった。
  娘の一人であり、今ではもう完全に間桐の娘になってしまった桜を手放しながら、それでも聖杯戦争以前の時臣は家族を大切にする一人の父親であった。
  時に師として娘に魔術を教え、妻が不満を感じる事のない良い夫として在り続けていた。
  それが聖杯戦争を切っ掛けに変わってしまう。
  雁夜に敗北した事実。聖杯戦争に勝てなかった事実。言峰綺礼と言峰璃正の両名に加えてアサシンのサーヴァントすら使いこなして聖杯戦争を大局的に見ながら最終的には何も出来なかった事実。それらが遠坂時臣を狂わせる。
  それに遠坂家特有の『うっかり』が組み合わさった時。事態は聖杯戦争と全く関係ない方向に迷走することになる。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 遠坂凛





  その日、凛は電車で学校から禅城の家に帰ってきて、玄関にある靴の数から父が在宅しているのを知った。
  「お父様が帰ってるの!?」
  呼びかけた所で父から返答がないのは判っていた。独り言を呟いても大した意味はないと理解しながら、それでも凛はそう言わずにはいられなかった。
  急いで靴を整えて、手を洗って、荷物を片づけて父に会いに行こう。喜びと共に何をするかを組み立てた凛の動きを阻んだのは静かな足取りで家の中から現れた母の葵だった。
  手には御盆が握られていて、その上には何かの飲み物で一杯になったコップがある。
  「凛、あの人は今忙しいの・・・邪魔をしては駄目よ」
  「・・・・・・はい」
  「今日は宿題が多く出る日じゃなかったかしら、ちゃんとやりなさい」
  母の続く問いかけに一礼してから、凛は脱いだ靴をそろえて洗い場へと向かった。
  凛が父の在宅を喜んでいたのは最近はずっと家を空けていたからだ。
  聖杯戦争が終わり、父は生きて帰ってきた。遠坂の家が戦いで半焼したから建て替えなければならないと理解していたし、その他にも色々な事で父が忙しく動き回っているのは知っていたので、残念とは思っても仕方ないと諦められた。
  しばらくぶりに会った父親。凛にとって父の時臣は魔術の師であるのと同時に敬愛すべき偉大な魔術師でもあり目指すべき目標だ。
  魔術を手ずから学ぶ機会に恵まれれば歓喜し、生きてまた会えた時は周囲の目を気にせずに思いっきり抱き着いてしまった。
  だが聖杯戦争を切っ掛けに父は変わった。少なくとも凛はそう感じた。
  父が聖杯戦争に負けた。そして兄弟子であった言峰綺礼が亡くなった。聖杯戦争の詳しい情報は凛には教えられず、聞かされた数少ない情報はそれだけだ。
  どんな戦いがあって。
  どんな魔術があって。
  どんな敵がいて。
  どんなやり取りがあったのか。
  凛は何も知らない。
  聖杯戦争と無関係だった凛はずっと学校に通い続けた。聖杯戦争が終わった後、しばらく入院していたコトネが学校に戻ってきたのは嬉しい事だし、妹の桜―――姓が間桐になってたのは少し心が痛む―――も同じ学校に転入してきたのも嬉しい事だ。
  それなのに父と、それに引きずられる様に母もまた少しずつ変わってしまい、家の中は家族が揃っているのに冷たい空気が満ちてゆく。
  喜びが冷めていく。
  遠坂の屋敷が燃えてしまったから・・・。家が直って、禅城の家から家族みんなで帰ったらまた楽しい時間が戻ってくる。何も考えずにその明るい未来を夢想できたら幸せなのかもしれないけど、大人びた凛はそんな時間はもう一生来ないんじゃないかと考えてしまう。
  それほどまでに今の禅城の家は重苦しい。
  前に父と顔を合わせたのはいつだっただろう? 聖杯戦争が始まる前は食事の時間になれば顔を合わせて色々話をしていたのに、禅城の家では無くなってしまった。
  同じ家に住んでいるのに全く時間が重ならない。
  普通の家の子供だったならば不平不満を親にぶつけたりするのかもしれないけれど、遠坂凛という少女は『遠坂』が魔術師の家系であるのを理解している大人びた少女であった。
  凛は母に言われた通り学校の宿題があるからと強引に自分を納得させ、割り当てられた自分の部屋へと向かう。
  「・・・・・・・・・」
  寂しさは胸の中に残ったままで、家の中の物音が大きく聞こえる。凛自身の足音もいつもより大きくなっている気がした。
  父が仕事で使っている書斎のドアが開く音が聞こえたので、きっと母が手にしていた飲み物をそっと差し入れたのだろう。
  凛は小さく溜息をつきながら、廊下に積み上げられている荷物にぶつからないように半身になって移動し続ける。
  母から聞いた話なのだけれど。何でも遠坂の屋敷を改築するにあたって、トランクルームなどに預けられる荷物とは違う、特別な荷物は禅城の家に置いておかねばならないらしい。
  遠坂の家には工房として地下があって、色々な荷物を置けるようになっていたけれど、禅城の家は一般人の家庭なので大規模な保管場所など存在しない。何とか明けた部屋一つや二つでも保管しきれない多くの荷物が廊下にまではみ出しており、生活空間を圧迫していた。
  それらが何なのかを殆ど知らないけれど、魔術がらみの品であるのは間違いない。だから凛はぶつからないように慎重に進む。


  ゴトッ・・・


  間近で何かの物音がした。
  ここがもし学校だったなら聞き逃したか気のせいだったと切り捨てるだろうが、凛が居るのは家だ。しかも音はぶつからないように見ていた箱の一つからしたので、意識はそちらに向けられてしまう。


  ゴンッ・・・ゴンッ・・・


  聞こえてきた物音は聞き違いでは無い。しかも物音がしたと思われる箱から別の音が聞こえてきた。
  それは箱に凛がぶつかったからなったとかそういう類の音では無く、あえて表現するなら内側から何かがぶつかって生じた音だ。
  地震は起きてないし、そもそも凛も箱に当たってないのだから、何かの拍子で中にある物が動いて箱の内側にぶつかったとは思えない。
  『何か』が自ら動いて箱に当たった。
  普通ならネズミなどの小動物が箱の一部を食い破って中に入り込んだ可能性を考慮するけれど、凛はその箱が魔術に関わりにある物だと知っている。
  だから『何か』は確実に箱の中に居て、しかも動ける状態にいるのだと考える。
  もし聖杯戦争前の凛だったなら、すぐに同じ家の中にいる父に異変を知らせただろう。魔術は見た目では判らない危険を含んでいる事が多く、安全だと思って不用意に触って命を失う可能性もある。
  けれど今の凛は普通とは少しだけ違う精神状態にあった。
  邪魔をしては駄目―――先程、母から告げられた言葉が父への報告を躊躇わせ、そして胸に抱く寂しさを打ち消す『何か』を無意識に求めてしまった。
  凛は周囲の子供と比べて大人びている。それは否定できない。だが、まだまだ子供なのもまた事実である。
  確かめてやる。そんな決心をしてしまう。
  「・・・・・・少しだけなら」
  あえて言葉にして胸の中に宿る悪戯心を誤魔化し、凛はその箱に手を伸ばす。
  幸か不幸か、音のしている箱は積み上げられた荷物の一番上にあって、蓋の上には何も載っていない。大きさは横幅一メートル位と少し大きめだが、子供の凛の力でも何とか開けられるだろう。
  凛は下側の箱と蓋の部分にそれぞれ両手を当ててそっと開いていった。
  一気に開かなかったのは木製と思われるその箱がどれだけ痛んでるか判らず、思いっきり開けたら大きな音が出て両親に気付かれてしまうかもしれないと考えたからだ。
  ゆっくり・・・、ゆっくり・・・、ゆっくり・・・。やはりと言うか、ギシギシと音を立てながら徐々に蓋は開いていく。
  子供のか弱い力なので開けるまで少し時間を要したけれど、特に何かがつっかえたり鍵がかかって開けられないと言った障害は無かった。
  出来上がった隙間に凛は握りこぶしを作って支えにする。少し手が痛かったけど、蓋の重みは見た目よりも軽く我慢できないことは無い。
  凛は少し屈んで隙間から箱の中を覗き込む。
  そして―――。


  「私は帰ってきたぁぁぁ!!」


  箱の中から聞こえてきた声に驚くよりも早く、隙間から飛び出してきた黄色と赤と白の明るい組み合わせをした『何か』が凛の顔面に激突した。
  『何か』は凛の鼻を直撃、その勢いは狭い箱の中から射出されたにしては異常な速度を誇っており、まるで思いっきり助走をつけて突進したようだった。
  凛はその勢いに押されて顔と体をのけ反らせて廊下の壁に後頭部を強打。ドン、ガン、と顔の前後に鋭い痛みが走り、意識は遠のいていく。
 「感じます。感じます。強い、愛と正義ラブアンドパワーを感じますよー!」
  気絶する直前、凛は確かにその声を聴いた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - UnKnown





  封印とはそう易々と解かれるものでは無い。封印しているモノが強固であれば、封印はそれに匹敵するかそれ以上の力を持って封じているのだから当然だ。
  それでもこの世の中に絶対どころか永遠は無く、綻びは何にでもあって、巡り合わせによっては『どうしてこうなった?』と誰もが首を傾げる様な結果に辿り付いてしまう場合がある。
  まず第一に『それ』は遠坂が所有する宝箱の一つに封印されていた。
  繰り返すが『それ』の封印は強固かつ堅牢であり、一般人が解こうとしたところで一生かかっても成し遂げられないだろう。それどころか『それ』に関わりのある者―――つまりは表の世界とは一線を介する裏の世界の魔術師が封印を解こうとしても、やはり困難を極めるだろう。
  通常であれば『それ』が世に放たれる様な事態は絶対に起こらない。
  次に『それ』にとって幸運であり、封印している遠坂にとって不幸だったのは、遠坂家は聖杯戦争における拠点と同時に聖杯戦争を作った御三家の一つだからこそ狙いやすい立地だという点。
  もちろん聖杯戦争の参加者として遠坂時臣は万全の守りを固めていたのだけれど、どれだけ強固な魔力城壁があろうとも、魔術師の作る拠点は等しく物理的な破壊に弱い傾向を持つ。
  遠坂の守りは衛宮切嗣特性の可燃物質を大量に積み込んだタンクローリーの高速特攻に耐えられる程では無かった。
  しかも発生した火災を消し止める為にものまね士ゴゴ―――時臣の前では間桐臓硯を偽っていた―――が使ったのは水属性全体攻撃魔法の『フラッド』。降った雨が火を消し止めたけれど、辛うじて残っていた遠坂家の魔術的な結界を家の中にある物も含めて色々壊してしまった。
  そして最後に時臣が屋敷を改築する際に『それ』の封印をちゃんと確認せずに一時的な住処としている禅城家に移してしまったのが致命的な失敗だった。
  聖杯戦争終結後の遠坂家は魔術的な守りがほぼ皆無と言ってもよく、単なる空き巣であっても防げない程に脆弱な状況になってしまった。だから、時臣がまだ使える荷物や人目に触れると困る魔術的な道具を急いで禅城家に運ぶ決断をしたのは妥当と言える。
  ただし急くあまり確認作業が疎かになったのは頂けない。
  結果、宝箱の一つに封印されていた『それ』は自発的に動き出し、封印を内側から少しずつ削って外界に干渉できるまでになっていった。
  最後の封印を突破するために『それ』は外に合図を送る。
  出せ、出せ、ここから出せ。と。
  そして『それ』は見事に全ての封印を解いて自由を得たのであった。
  『それ』は解放された喜びに打ち震えていた。だが、同時に『それ』は落胆もしていた。
  魔法少女は正義―――いきなり言われても聞いた者はどう反応すれば困るのだけれど、『それ』にとっては非常に重要かつ大切な要素である。
  しかし目の前で転がる少女は『それ』が求める人材ではあるが、肝心な事が欠けている。この少女は魔法少女たりえる。だが、恥じらいが無い。いや、正確には薄くなってしまう。
  『それ』が求める、愛やら希望やら面白さやらが一気に沸き立つのだけれど、最後の一味が足りずに物足りなさがほんの少しだけ顔を覗かせている。
  年が低いのだ。
  もし少女を『それ』の力で色々と変えたとしても、出来上がるのは魔法少女ではなく魔法幼女だ。『それ』を握るであろう少女の年齢を考えれば観衆は生暖かい目で持って受け入れるだろう。ごっこ遊びと受け取られるかもしれない。
  強引に、これは魔法少女だ、と色々な手段で万人に強制的に教え込む手立てもあるけれど、それはあまり面白くない。
  魔法少女は正義。等しくそう思われなければ面白さは半減してしまう。
  これがもし大人になりそうな思春期真っ盛りの少女と呼ぶには少々成長し過ぎている女の子と言うより女性、あるいはその中間―――であったなら、確実に面白おかしい事態になるのだけれど、『それ』を握りしめには少女は幼過ぎる。
  魔法少女は正義、かつローティーンがベスト。
  年齢が二つか三つは上だったならば、いやいや、せめてもう一年ぐらい成長した後だったならば・・・、『それ』が求めるモノを色々な意味で完璧に兼ね備えた魔法少女が出来上がったのに・・・。
  『それ』は画竜点睛を欠く今の状況が嬉しくもあり残念でもあった。
  求める頂きが高ければ高い程に踏破した時の喜びは大きい。
  故に『それ』は考える。
  今ある状況の中で最大限に『それ』の正義を貫くためには―――世の中を等しく面白おかしくするには何をすべきか?
  続けて『それ』は考える。
  卒倒しながら鼻血を垂らす何とも見苦しい少女を見ながら考える。
  もし幼いながらも付き合っている男の子がいたら百年の恋も冷めるだろう無残な様子をさらけ出す少女の姿を見ながら考える。
  名前は知らないけど、もし写真に残っていたら一生笑いの種にされるであろう姿を見ながら考える。


  「・・・・・・本命まではしばらく隠れて見守るとして、今は試験的に色々引っ掻き回しましょう」


  至った結論に従い、『それ』は行動を開始した。





  『それ』は遠坂凛と呼ばれる少女の上に浮かんでいる。
  「情報のダウンロード・・・共有の後、複製・・・。とおっ!!」
  そして掛け声を上げると『それ』の輪郭がぶれて、『それ』と『それ』―――つまりは同じ形の物がもう一つ現れた。
  「続けてもう一つ。ていっ!!」
  さらに掛け声を上げると、次の『それ』が現れる。ただし最初に現れた『それ』が元々いた『それ』と全く同じ形なのに対し、二つ目に現れた『それ』は色も形も若干の違いがあった。
  少なくとも二つ目に現れた『それ』は元々いた『それ』と最初に出てきた『それ』とは別物だと見分けられる。
  なお、『それ』が分裂を終えるまでに要した時間は一秒もかかっておらず、『それ』の封印が解けた時から見ていた者がいたとしても、最初から『それ』が三個あったと誤解してしまいそうな早業である。
  『それ』は新しく増えた『それ』と『それ』に向け―――目があるのかどうかも不明なので、傍目には向いていると判らないが―――言った。
  「ようこそいらっしゃいました。と、言っても私が引き寄せたんですけどねー」
  その言葉を聞いているのかいないのか、新しい『それ』と『それ』は互いがいる方角を向いて話し出す。
  「むむむむ? おかしいですねー。たしかあの年増魔法少女モドキに見切りをつけて新しいマスターを探しに行った筈ですが」
  「私もです姉さん。大師父のご命令を無視する元マスターから離れたと記憶してます。しかしここは・・・」


  「何を隠そう、お二人を呼んだのはこの私なのです!」


  最初にいた『それ』は疑問を浮かべる『それ』と『それ』に向けて、堂々と言い放った。
  その言葉に『それ』と『それ』は振り返り、『それ』はふふふん、と鼻息の様に聞こえる音を荒くしながら続ける。
  「初めまして、そっちの世界の私にサファイアちゃん」
  もっとも片方の『それ』は全く同じモノが向かい合っているように見えるので、鏡が間にあるような錯覚を覚えてしまう光景だった。
  「呼んだ理由はかくかくしかじかなんです」
  「なるほど、これこれうまうまですね」
  「さすがです私」
  「判りました、私」
  最後に現れた『それ』は分裂した『それ』を姉を呼んでいるので、増えた二つの『それ』は姉妹関係にあるのかもしれない。だが元々いた『それ』が初めましてと言うならば、それらは初対面である筈。
  しかも言葉での説明など殆ど無い。それなのに一言二言交わすたびに意気投合を超えてどんどんと同調していった。
  かくかくしかじかで何が判るのだろうか?
  これこれうまうまだけで意味が通じるのだろうか?
  とくに全く同じ形をしている『それ』と『それ』の以心伝心ぶりは異常とも言える速度で進行していき、言葉すらそもそも不要なのかとすら思える。
  「おっと、この少女はこちらの世界の元マスターの幼い頃ですか。あと十年もすればあんな年増ツインテールになってしまうとは・・・時の流れとは残酷ですね」
  「そちらでも完全無欠な魔法少女とはなりませんか。きっと巡り合わせなのでしょう」
  「ならば今の内に下地を作っておくのが必要。そう思いませんか、私?」
  「思いますねぇ私」
  「ならば仕方ありません。今は魔法少女あらため魔法幼女で妥協しましょう」
  「そして時が来たら・・・」


  「「うふふふふー」」


  一方、話に置いて行かれた一つだけ形の違う『それ』は同じ形をするモノのやり取りを横で眺めながらぼんやりと呟いた。
  「このまま姉さんが無限増殖したらどうなるんでしょう・・・」
  何とも恐ろしい未来を口にして、傍観し続ける。
  幸いに全く同じに見える『それ』には届かなかったようで、会話は止まる事無く続く。
  「では『私』は時が来るまで封じられたと見せかけて自由を満喫します」
  「では呼ばれた『私』は下地を整えましょう。さっそく血液によるマスター再認証を、と・・・」
  「―――では『わたし』はルヴィア様のようなライバルキャラを探しに行かせて頂きます」
  『それ』を基点にして分裂した『それ』と『それ』は突然の状況に戸惑うことなくとっとと話を進めた。
  この世界の『それ』、そして並行世界の『それ』と『それ』―――カレイドステッキとそれに宿った精霊達は、各々が作り出したとりあえず面白そうな役目を果たすべく、思い思いに行動を開始した。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐桜





  桜にとって今の間桐邸は『お父さん』こと間桐雁夜が展開している結界で守られた城であり、夏の夜に窓を全開にして蛍光灯の光を万遍なく外にまき散らしても蟲一匹すら入って来れない堅牢さを誇っている。
  住み心地はいい。ただ、あまりにも広すぎて、大人一人と子供一人と使い魔一匹で済むにはどうしても寂しさを覚えてしまう。
  桜はこの屋敷が禍々しく、そして嫌悪して忌避して憎悪して記憶から抹消したかった時があったのを覚えている。
  けれどそれが消えて、騒々しくて人も動物も沢山いて明るくなった時があったのも覚えている。
  どちらも等しく過去となってしまい、寂しさを覚える今とはまるで違う。だから苦しくて辛い時を覚えてるからあの時よりずっといいと思えて、楽しかった時を覚えているから、余計に寂しいと感じてしまう。
  「・・・・・・宿題するね」
  「むぐ!」
  学校から帰ってきた桜は自室―――幼い身に与えられた一室としては広すぎる―――で、使い魔であるミシディアうさぎのゼロに向けて呟くと、ゼロは大きく頭を前に振って応じた。
  傍から見るとぬいぐるみに話しかけている様に見えなくもないけれど、魔術にかかわる者とその使い魔との意思伝達であり、それなりに高度な魔術ではある。
  ただし今の桜にとっては鳴き声しか発せないゼロが何を考えているか理解できる以上でも以下でもなく。意思疎通以外に使い道は無かった。それが桜の寂しさを僅かばかり埋めてくれる。
  学校では友達と呼べる子とそれなりの付き合いは出来ているけれど、まだ間桐邸に呼べるような深い付き合いには至っていない。
  元魔術師。一般人なりかけ。引っ込み思案。新しい生活。新たな関係。色々な要因が重なり合って、桜自身まだ『間桐桜』としての新しい生活に慣れていなくて、人が呼べる程の余裕が無かった。
  間桐邸で過ごした一年あまりの時間は桜に新しい生活を馴染ませる結果を作り出してくれはしたけれど、それはものまね士ゴゴが居るという前提で構築された生活だ。
  聖杯戦争が終わると同時に痕跡も残さずに消えてしまったゴゴ。喪失はあまりにも大きくて、聖杯戦争が終わってからそれなりの日数が経過しているけれど、まだ桜は完全に過去の事を割り切れていない。そして『おじさん』として接してきた雁夜を『お父さん』と呼んだあと、かつて二人の間に合った距離感が掴みきれなくなってしまった。
  これはゆっくりと時間と共に解決していく問題なのだ。急いても解決する類の問題ではない。桜も何となくその辺りの事を感覚で理解しているので、正解をゆっくり掴む為に手探りで日々を過ごしている。
  急いでも一度失われたモノはもう二度と戻らないのだから。
  「・・・・・・むぬ」
  ため息は変な呻き声となって口から出た。息を吐き出しながら桜は思う。
  姉さんならもっと色々な事を上手くやって、あっという間に正解を見つけ出せるんだろうな。と。
  かつては父親と母親だった二人はもう桜の中では完全に赤の他人になっているけど、凛だけはいまだに心の中で『姉さん』と呼び続けている。
  明確に敵意を向ける理由のない事と、まだ桜の中にかつては存在した輝かしい過去への思い。そして姉には合って自分にはない多くのモノへの羨望やら何やらが絡み合って複雑な思いを形成していた。
  好いているかと問われれば『そうです』と答えるし、嫌っているかと問われればやはり『そうです』と答える。
  今の桜は色々と複雑だった。
  「・・・どうすればいいのかな?」
  「むぐ~」
  学校の宿題に手を付けようとしてもすぐ脇道に逸れてしまう。ゼロに話しかけても返答は無く、何となく『残念だがそいつぁ、マスターが考える事だぜ』と言っている気がするけど、明確は言葉ではない。
  「むぐ」
  続けて『こんな俺っちだけどいつでも聞き手になるぜ』と頼もしい事を言っている気がするけれど、やはり言葉は無い。
  どうしようか? 桜は子供には少々大きめのベットの上で横になり、枕の横にいるゼロのふわふわの毛を撫でながら、幼いなりに色々な事を考えていると―――。


  『何か』が窓ガラスを突き破って飛び込んできた。


  バリンッ! と驚きすぎる破壊音の後にひび割れたガラスが桜の部屋の中に散乱する。
  あまりにも唐突な事態に桜はベットの上で体を起こす以上に何もできず、ゼロは普段は垂れている耳をピンッと立てて鼻をピクピク動かしていた。
  桜は最初、道路から石が投げ込まれたのかと思った。何故なら飛び込んできたらしい『何か』は桜の手より少し大きい位の塊で、あまり大きくはないからだ。
  『何か』は黄色く光る六芒星の周囲を丸い円に囲われていて、両脇には蝶の羽根かあるいはリボンのような青い物体が飛び出している。一般家庭の玩具に見えなくもないけれど、そうなるとこの『何か』は誰がどうやって桜の部屋に放り込んだのか疑問が湧いてくる。
  何これ? それが桜の偽りなき本音であった。
  「初めまして、私はマジカルサファイアと申します」
  「・・・・・・?」
  「いきなりかつ無茶な訪問をご容赦ください。ですが、事態は急を要しております」
  だからいきなり聞こえてきた声が目の前の物体から発せられたのだと気付くまでにしばらく時間がかかった。
  電話やトランシーバーのように遠くから声を届ける何かが目の前の物体には内蔵されており、それが誰かの声を桜の元に届けているのかもしれない。そんな子供なりの答えを出そうとした桜だったのだけれど、マジカルサファイアと名乗った物体がいきなり浮かび上がった事でそれは否定される。
  魔術―――。父親である雁夜が嫌い、桜もまたあまり良い印象を持っていない術、これはそれに関わりがある物。
  一気に桜の警戒心が高まるのに合わせるように、桜の視線まで浮かんだマジカルサファイアは更に言葉を続けた。
  「姉さんを止める為に私に協力して下さい」
  「・・・・・・姉さん?」
  「はい、姉さん、です」
  桜がつい返事をしてしまったのは、ほんの少し前までその『姉さん』のことを考えていたからだ。
  もしかするとマジカルサファイアという名のそれは桜が悩んだまさにその瞬間を狙いすまして飛び込んできたのではないだろうか? そう勘ぐってしまう程の間の良さ―――いや、悪さである。
  「二重の意味でも『姉さんを止める』という厄介な問題が発生しております。一つ目はいうに及ばず、私こと『マジカルサファイア』の姉である『マジカルルビー』、格好は私のような姿でこちらが六角なのに対してルビー姉さんは五角です。それから赤っぽいのですぐに見分けられるでしょう」
  「はぁ・・・」
  返事はしてみるけれど、よく判らない事態が連続して起こっているので桜は語られた言葉の殆どを理解していない。
  吹き出た警戒心を最大にしたままマジカルサファイアを見つめるだけだ。
  「そして二つ目の問題。それはあなたにとっての姉、遠坂凛さんです」
  「―――え?」
  「ルビー姉さんとあなたのお姉さんが色々と面倒な事態を引き起こしそうなのでどうかそれを止める為に協力してください」
  ここで桜は『遠坂凛』の名が出た事で、目の前にある物体を怪しいと思い警戒心を抱きながら、少しだけ話を聞いていいかも、と考えてしまう。
  もしどんな言葉が出ても無視したり警戒し続けたりしたら未来は変わっていたかもしれないけど、今の間桐桜にとって遠坂凛は絶対に無視できない名前であり、合ったかもしれない『もし』を消し去って会話成立の未来へと進むほどの力を持っていた。
 「別にこの街に危機が迫ってるとか、世界を滅ぼす侵略者がやって来たとか、敵が進軍してるとかそういった物騒な話は全くありません。事態が収束したら何事もなかった状態に戻れるのを約束します、嘘じゃありません。何なら同意書でも制約書でも血判状でも自己強制証文セルフギアス・スクロールでも作って下さって結構です」
  桜はもう目の前で浮かぶマジカルサファイアから目を離せなかった。
  もし大人がこの場に居たら、このマジカルサファイアを間桐邸に送り込んだ何者かの存在を疑ったり、そもそもいきなり用件ばかりを突きつけてくる存在に徹底的な怪しさを覚えたりしただろう。
  父親である雁夜がこの場に居合わせたなら問答無用で魔剣ラグナロクで斬りかかったに違いない。
  だがこの場に居るのは警戒を剥き出しにする以上の行動を起こさない―――いや、起こせない桜とミシディアうさぎが一匹だけだ。もし使い魔のゼロに攻撃手段があったのならば、マジカルサファイアは撃退されたかもしれないけれど、ミシディアうさぎには回復する術は合っても攻撃する術はない。
  「どうして・・・私なの?」
  「ルビー姉さんだけなら私でも何とかなります。しかし、新たなマスターを得た『カレイドルビー』となっては手も足も出ません。どうか私に協力して『カレイドサファイア』となって頂けないでしょうか?」
  子供は好奇心の塊。
  特に、今の桜は『姉さん』を引き合いに出されて少しずつ少しずつマジカルサファイアに興味が湧いてしまっている。
  知らない事があれば近付いてみる。
  大人なら躊躇う事でもまずは手を伸ばして確かめる。
  あれは何?
  これは何?
  それは何?
  幼いながらも色々と考えてしまっていた桜は『協力』という禁断の道に進んでしまう。
  「―――何をすればいいの?」
  「指先から数滴ほど血を頂けると助かります。その瞬間、あなたはカレイドサファイアに変身して、私とあなたの『姉さん』を叩きのめす力を手に入れるでしょう。さあ、手を伸ばして下さい!!」
  何やら物騒な言葉が聞こえてきたけれど、徐々に警戒心が薄くなっていく桜には届かない。
  気のせいかもしれないけれど、浮かび上がるマジカルサファイアの向こう側に赤い髪をしてメイド服を着た誰かがいるような気がして、その人物が桜に向けて指をまっすぐ伸ばしてぐるぐると回しているように思えた。
  桜は言われるがままに手を伸ばしてしまう。
 「24の秘密機能シークレット・デバイスが一つ―――。お玉は頑丈ですフォークモード
  マジカルサファイアはそう言いながら、部屋に飛び込んできた時と同じかそれ以上の移動速度を発揮して、桜の手の中に納まってしまう。
 秘密機能シークレット・デバイスって何。とか。
  調理器具のお玉はフォークと関係ない。とか。
  奥にいる人がお玉を突き出してる。とか。
  色々な疑問が桜の中に溢れそうになるけれど、手の中に移動してきたマジカルサファイアの下部から金属の光沢を出している三つ又の器具が飛び出して桜の手に刺さる方が早かった。
  いきなりの痛みに桜はすぐに手を下げる。しかし、痛みはすぐに引いて、手を見ても針先ぐらいの小さな穴が等間隔で三つ開いてるだけだ。
  「むぐむぐ? むぐむぐ? むぐ~」
  即座に聞こえてきたゼロの声と温かい感触―――ミシディアうさぎの治癒の力によって、手に出来た穴はすぐに塞がってしまう。
  だから続けられたマジカルサファイアの言葉に従ってしまった。
  痛みによる警戒は発生しなかった。
  「さあ、私を握って下さい」
  気が付けばマジカルサファイアの下から出ていた三つ又の器具―――フォークは姿を消しており、代わりに桜の肩から指先位までの長さがありそうな棒状の物体が伸びていた。
  元々マジカルサファイアがあった場所が頭になり、伸びた部分は柄になっている。その姿はとても握りやすいステッキの形をしていて、しかも子供の桜でもちゃんと掴める位の太さだったりする。
  「むぐむぐ!!」
  主人である桜の回復を終えたゼロが叫ぶ。
  その声は相変わらず人の言葉とは無縁の鳴き声なのだけれど、必死な叫びは『それを手にしたら最後、君は人では無くなるのだよ・・・』と言っている気がしたけれど、桜は止まらない。
  桜はステッキを握ってしまう。


 「(仮)マスター登録完了。多元転身プリズムトランス実行―――。コンパクトフルオープン、鏡界回廊展開―――」


  その時、桜はステッキを握る部分から頭の中を触れられている様な感覚を味わった。
  それはステッキを通して変身を補助するのだと感覚で理解できて、しかも気持ち悪さを抱くような感覚では無かったので無視しても良かったのだが、何故かその感覚には『魔法少女』と言葉が付加されている気がして、ついつい意識してしまう。
  桜にとって『魔法少女』の名を冠する者に明確な形は無い。似た言葉で『魔術師』があり、こちらは記憶の奥底で沈んだままになっている間桐臓硯が始まりであり、嫌悪する対象だったり近づきたくない印象を持ってたりはするけれど、内実について多くは知らない。
  だから根源に至ろうとする者の集まりだとか、魔術回路を増やそうとしてるとか、自分の工房に潜って実験に没頭しているとか、家に伝わる刻印を延々と伝えているとか、そう言った魔術に関わる類の情報は殆ど知らない。
  雁夜が意図的に情報を遮断したり、桜に迫る害悪を排除した結果なのだが。とにかく桜は魔術師と言うのを知ってはいるが言葉以上に知らない。
  それは容姿もまた同様であり、こういうもの―――と確たる形を持たないイメージだけの人物像しか想像できなかった。
  だから桜は変身の補助に対して日本が誇るサブカルチャーの一部門を強く意識した。もっとも、道を歩いていると見かけるポスターや、友達との他愛ない話で聞く微々たる内容なので、『魔術師』も『魔法少女』も知識の無さはあまり変わらない。
  ついでに桜の記憶の中に深く刻まれて、今でも思い出せるものまね士ゴゴの姿を思い浮かべた。近くにいるゼロがいつも身に着けている青いマントも変身の補助として考えた。
  幾つもの情報が統合し、分散し、結合し、拡散し、融合し、ある一つの形を作り出していく。
  そして桜の部屋は眩い光で埋め尽くされた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐雁夜





  今の間桐雁夜は生前の間桐臓硯が管理していた土地やら不動産屋らの権利を引き継いだ地主であり、大人一人子供一人の生活と屋敷一軒ぐらいを問題なく維持できる収入がある。もっとも真実は臓硯を殺して戸籍やら存在そのものやら全てを物真似したゴゴによって生前贈与されたからで、自発的に引き継いだ訳では無いが―――。
  いきなりなってしまった地主であり、その経験は皆無。それでも現状を維持するだけでもとりあえずの金銭は確保されるので、活発に働かなくても生活は出来る。
  外から見たらそんな間桐雁夜はどう見えるか?
  子供が学校に行っている間、何もせずに家で過ごしている。
  知識が無い故に地主としてどうすればいいか判らず、何も出来ないという事は表向きに働いているようには見えないという事実。
  非労働者。
  失業者。
  無職。
  間桐は臓硯が生きていた時代から近所付き合いを殆ど行っておらず、雁夜は間桐邸の周囲にどんな人が住んでいるかも知らない。
  しかし、臓硯の死とゴゴの出現によって、新たに作り直された間桐は裕福な一般人に限りなく近い生活体系を整えていった。それは魔術師にとっての零落を意味するのだけれど、それを惜しむ者は生憎と間桐には一人もいなかった。
  結果、雁夜は周囲から感じる『お父さんはいつ仕事をするのかしら?』と思われる視線を受けつつ、何とか地主としての生活基盤を構築すべく勉強の日々を送っているのだった。
  苦労はあるけれど、これは雁夜が望み欲した時間でもある。
  唐突にゴゴがいなくなった事でぎこちなさが出てきてしまった桜の関係だけれど、これから少しずつ親子になっていけばいい。
  三十路近くでいきなり出現した未知への勉強と明るい未来を考えていると―――。


  間桐邸の結界を『何か』が突破したのを感じた。


  「―――桜ちゃん!?」
  現在、間桐邸を守る結界は雁夜そのものと言っても過言ではなく、庭内を含めて屋敷内の至る所まで把握できる。もっとも新しくできた娘の私生活に深く干渉するつもりは無いので、とある一室を除いたそれ以外の部分を把握しているのが実情だ。
  異変はそんなとある一室で起こった。
  何かが庭を守る結界を貫いて飛び込んできたと思ったら、それは一気に桜の部屋に飛び込んでいった。
  予兆は全くなかった。
  結界に異変は無かった。
  ただ事実として『何か』が結界の一部を貫いて桜の部屋に入った。それは間違いない。
  雁夜はいつも手元に置いているアジャスタケースを握りしめ、部屋を飛び出しながら中身を引き抜く。
  それは装飾が少ない無骨な剣―――魔剣ラグナロク。
  桜の部屋に向けて走る間、何とかまだ機能を保っている結界から、雁夜は『何か』の正体を探ろうと普段は見ない娘の部屋の様子を見ようとした。
  そこで愕然とする。
  『何か』が発する魔力があまりにも膨大で、部屋の中に満ちた濃密な魔力がまるで霧のように雁夜の視線を阻害している。
  ゴゴから受け継いだ幻獣『マディン』の力で雁夜の魔術師としての力はそれなりに上がった。それでも、部屋の中にいる『何か』が発する剥き出しの魔力は雁夜の力を軽く超えている。
  雁夜は走りながら後悔する。
  雁夜は仕事部屋と私室を別けており、とりあえず地主と名乗れるようになるまで本当の地主―――つまりは生前の臓硯の部屋をあえて仕事部屋にする事で公私の切り替えを行っていたのだけれど。結果として臓硯の部屋から桜の部屋までの距離を作り出してしまった。
  こんな事なら公私の切り替えなんか行わずに、桜ちゃんの部屋に近い俺の部屋で仕事してればよかった・・・。と、自責の念にかられる雁夜だけれど、悔いても過去は変わらない。
  早く、早く、早く。
  全力で走っている間にも桜の部屋に強く意識を集中し、膨大な魔力を発しているのが雁夜の手と同じ位の大きさの『何か』だと理解する。
  それが何の目的で間桐邸に放り込まれたのかは判らない。
  そして『何か』は同じ部屋の中にいる桜に何をしているのかも判らない。
  自分より強い敵が待ちかまえているかもしれないけど、雁夜にはそんな事はどうでもよかった。
  娘の一大事に落ち着かない心は晴れず、気が重く、一秒が何倍にも長く感じる。
  速く、速く、速く。
  全力疾走でようやく桜の部屋に辿り着いた雁夜は自分がすべき事を再確認する。
  入室と同時に『何か』に斬りかかれるように、魔剣ラグナロクを構えておく。もう片方の手でドアを開き、一気に部屋に飛び込む。
  その通りの行動をしようとした入室の寸前。部屋の中に充満していた魔力が弾ける様に外へ外へと放出された。
  「桜ちゃん!!」
  異変に続く異変。雁夜は何が起こっているか結界を介して理解するよりも前に、部屋の戸を開けて飛び込んだ。


  「新生(仮)カレイドサファイア―――。ブラックサクラ、誕生です!!」


  「―――はい?」
  そこにいる『何か』に斬りかかるつもりだった雁夜を出迎えたのは桜だった。しかも学校帰りにお決まりの初等部の制服姿ではなく、これまで雁夜が見た事のない格好をしていた。
  何故かベッドの上で立っていて、右手にステッキらしき棒状の物を持ちながら、腕は下げているのに左手だけは床と平行にしている―――。要するに何だかよく判らないがとりあえずポーズを取っていた。
  頭にあるのは黒系の鍔の広いとんがり帽子。
  背中を覆うのは首元でまとめられ、足元まで伸びる大きなマント。
  その下にあるのはレオタードか競泳用水着を思わせる紫色の衣装。袖口の大きな恰好ながら、何故かふくらはぎから下が何も無くて体のラインがしっかり出ている。
  手にしているのはやはり子供の玩具のようなステッキが握られていて、足元には使い魔―――今は何だかお供の小動物に見える―――のミシディアうさぎのゼロがいた。
  何やら魔女やら魔法少女やら学校の体育やら、色々な部分をごちゃ混ぜにした変な格好の桜だった。
  まだ小学校低学年の桜ちゃんの体形は胸や尻の膨らみやら腰の括れやらを気にする領域には達しておらず、あと数年は身長と体重ぐらいしか気にしないであろう。
  別の言い方をすれば幼いが故に色気とは無縁な姿で、変な格好だけど『美しい』とか『綺麗』とかよりもまず『可愛らしい』が前面に出ている。小児性愛者なら今の桜ちゃんに欲情するかもしれないが、生憎と間桐雁夜はそんな男ではない。
  抱く気持ちはただ一つ。何だこれは? ―――困惑だ。
  間桐邸の守りを突破して侵入できる者など確実に魔術に関わりのある誰かだ。単なる空き巣や泥棒ならば結界に邪魔されて侵入すら出来ないので、入れた時点で危険と断定できる。そう思って娘の部屋に飛び込んだ父親の目に飛び込んできたのはよく判らない光景。
  「・・・・・・・・・何だこれは?」
  驚きのあまり困惑が言葉になって口から飛び出て、ついでに首を傾げるのは当然と言えば当然であろう。
  「お父様の間桐雁夜様ですね? 初めまして、私、マジカルサファイアと申します」
  「あ・・・どうも・・・。って違う!!」
  そこで雁夜はようやく桜が手に持っている魔法少女を思わせるステッキらしき物体から声が出ているのに気が付いた。扉を開けると同時に聞こえてきた『ブラックサクラ』の名乗りも桜ちゃんの肉声ではなく、その物体が出している声だ。
  そしてこれまで感じていた無尽蔵とも思える魔力の発生源こそがそれであるとも理解する。
  あれが敵―――。
  飛び込んできた『何か』―――。
  一度目標を定めれば雁夜の行動や素早く、部屋の入り口からベッドの上に向けて一気に駆け抜けた。
  床に散乱した窓ガラスの破片が散らばっていたけれど片足で一回だけ踏み込む程度なら痛みはわずかなので無視できる。
  何だかよく判らんがとりあえずあれは斬ろう。元より結界を通り抜けてきた『何か』を斬るつもりだったので、再び湧き上がった決断には大きな変化はない。桜の恰好がどうして変わっているのかが非常に気になるところだが、確認するなら障害を排除した後でも構わない。
  とりあえず桜が持つステッキで体から一番遠い位置の一際派手な頭の部分に狙いをつける。黄色い星のような物がある部分で、斬るには手ごろな大きさである。
  視線を桜の手元に向け、切り込む角度は狙いより少し下とする。細かなフェイントを幾つか織り込みながら、本命を視界の中央から外した。
  見なくても斬る物の位置は判る。
  斬った。ほぼ確実にそう確信していた雁夜だったけれど、それは意外な形で覆される事になる。
  魔剣ラグナロクが空振りしてしまったのだ。
  これまで色々な物やら者やらモノを斬ってきた雁夜であり、自分より上手の使い手―――たとえば聖杯戦争で召喚されていたセイバーなど―――は無理だけれど、自分より明らかに腕が劣る存在については斬れるかそうでないか位の区別は付けられるようになった。
  もちろん全てが想定通りにいく訳は無く、斬れると思ったら意外な力を発揮して守りが間に合ったり浅く切りつけるだけで終わったりもした。
  ただし完全に避けられたことはほとんどない。しかもステッキを握っているのは雁夜がよく知る桜であり、もし手にしたステッキを引こうとしても雁夜が斬り抜く方が早い筈、そう確信していた。
  けれど現実にあるのは魔剣ラグナロクが何も切れずに振り抜かれた事実のみ。これまでの経験を覆す結果がそこにある。
  気のせいで無ければ雁夜が斬りかかるのと同じ位の速度を発揮してステッキが引かれたのだ。
  剣を振り抜いた姿勢で固まっていれば敵の攻撃を喰らってしまう。斬れなかった事実に驚きを覚えつつ、それでも振った勢いをそのままに雁夜は横に飛ぶ。
  「お、お父さん・・・。待って・・・」
  雁夜の耳が桜の声を拾う。
  見れば青いステッキを両手で抱きしめる娘の姿がそこにある。桜が杖の切断を嫌がってステッキを引いたのだ。
  「いや、しかしだな・・・」
  自分よりも小さいモノを守る為に抱きしめる姿に見えなくもないけれど、両手で守っているのはステッキだ、物だ、喋る何かだ。
  雁夜の目から見ればマジカルサファイアと名乗ったステッキは非常に怪しく、しかもそれを手にしている桜も正気とは言い難い。
  かつてゴゴから教わり、訓練の時に何度か味わった混乱魔法『コンフェ』や、嫌っている魔術の一つ『暗示』をかけられていると言われても納得できてしまう構図だ。
  しかし雁夜の目から見て桜が正気に見えるのもまた事実。ゴゴほどの力があれば見ただけで相手がどんな状態に陥っているのか理解できるのだろうけど、ゴゴの魔法を受け継ぐ者としても魔術師としても未熟な雁夜には判断が付け辛い。
  「そもそも何だそれは・・・」
  「確認せずに斬りかかったんですか? マスター。あなたのお父様は鬼畜です」
  「そんな事ないよ。優しいお父さんだから・・・」
  すぐさま敵と定めた物体を斬りたい欲求と桜の願いを聞き入れたい父性が拮抗する。途中にステッキの声が混じって場を乱す。
  一撃で斬れれば話は終わったのだけれど、桜が両手でしっかりと抱きしめている状態では上手く狙いをつけられない。
  どうしたものか・・・。
  雁夜が剣を握ったまま次の行動を考えていると、今度は別の『何か』が間桐邸の結界を貫いたのを感知した。
  「なにっ!?」
  前回貫かれたのと同じく結界全てが破城するような攻撃ではないけれど、出来上がった穴は以前よりも大きい。何者であっても簡単に素通りできてしまう出入り口が更に広がってしまい、このまま放置すれば結界全体に影響を及ぼすかもしれない。
  結界修繕用に魔力を送る必要がある―――。
  青いステッキが結界を破った時は桜の安全と異変の排除に全精力を注いでいたので結界の修復どころではないけれど、今は結界にも意識を割かなければならない。
  それが可能となったのは安全かどうかは別にしてとりあえず桜に害が及んでいなさそうな点と、今度の侵入者らしき『何か』が敷地内を覆う結界を破ってから邸内に到達するまでに少しだけ時間があったからである。
  もしマジカルサファイアと名乗った怪しげな物体と同じ速度で飛び込まれていたら雁夜が結界の事を考える余裕は無かったに違いない。そしてマジカルサファイアに多大な怪しさを覚えつつ、それでも桜の安全のために振り返って背中側で守るような体勢は作れなかっただろう。
  振り返った事で後ろに移動した『何か』、桜ちゃんのこと、新しく侵入した『何か』、結界のこと。様々な事を考えながら、とりあえず新しい『何か』の正体を掴むべく窓の外に目を向ける。
  すると雁夜のそんな行動を待っていたかのように結界を破った『何か』がそのまま窓ガラスも突き破ってきた。
  人だ。
  足を縮めて、両手を顔の前に構えて、飛び込む大きさを等身大より小さくした人間だ。少し下がらなければ飛散したガラスが当たりそうなほど近くに飛び込んできたのは間違いなく人間だ。
  下から見ていくとそれは赤いニーソックスを履いていた。丈の短い白いスカートに赤い上着、薄紫色の小さなマントを一対の羽根のように広げていた。そして何故かツインテールにまとめられた髪の毛からは同色の猫耳が生えて、スカートの後ろにはこれまた髪の毛と同じ色の尻尾が見える。
  何と言えば良いか迷うしかない衣装に身を包んだ小さな人影―――つまりは子供。
  その女の子は手にした赤いステッキの頭の部分にある黄色い五芒星を見せつける様に構えを取った。
  そして―――。


 「愛と正義ラブアンドパワーの使者、カレイドルビー、ここに推参!!」


  「・・・・・・」
  雁夜に向けて堂々と言い放つその少女はどう見ても遠坂凛だった。
  ただし、まっすぐ雁夜を顔を見つめながら、現実とは違うどこか遠くの場所へ逝っている目をしている。更に付け加えるならば、雁夜の知る遠坂凛という少女はどんなに間違っても奇怪な格好をして奇妙な言動を行い奇抜な訪問をしない。
  凛は幼いながらも遠坂が魔術師の家系であるのを理解し、それを全く表に出さない様に自制できてしまう。優等生として周囲に受け入られるように努力はしても、奇妙奇天烈な行動で人目を引くような真似はしない。
  今の桜も色彩は別にすれば格好の奇抜さで大きな違いはないけれど、凛の方は行動が異常過ぎる。確実に正気ではない。
  あれだ。
  凛が手にしている赤い玩具のステッキこそが騒動の中心だ。
  おそらく桜が手にしている物と同種の危険物だ。色の違いなど細かい部分は違うけれど、全体的に見て同類と考えてもおかしくない。
  何より凛の口が閉ざされているにも関わらず、ステッキの方から聞こえてくる声が何よりの証明だ。
  「見つけましたよサファイアちゃん。どうやら新たなマスターを見つけてしまったようですねー」
  そう言ったのは凛ではない。部屋の中にいる人間で限定すれば誰でもない。声は明らかにステッキに輝く黄色い五芒星部分から出ている。
  「姉よりすぐれた妹なぞ存在しないのですよー。マスター共々、このルビーちゃんがいけない妹に鉄槌を下してあげましょう!」
  「別に姉さんより優れてるなんて一度も言ってないんですけど」
  凛の目は間違いなく雁夜の方を向いているのに、手にしている赤いステッキは雁夜の後ろにいる桜―――厳密には桜に抱きしめられている青いステッキに向いていた。
  雁夜と話をする気がないのだろう。
  紐で操られる人形のように意識が無さそうな凛を見て雁夜は同情を覚えてしまう。だが、同時に赤いステッキが人を容易に操れるのならば、青いステッキもまた同じことが出来る可能性が大いにあると思い当たった。
  それは桜の安全が脅かされているの同義だ。
  「サファイアちゃんのマスターはこちらよりも魔法幼女。ならば正義の魔法少女に近い私のマスターが負ける筈がありません」
  「私は姉さんが止められれば勝敗はどうなっても構わないのですが」
  雁夜は二本のステッキが作り出す会話を聞きながら、桜の安全をどうやって確保するかも考える。そして間桐邸そのものの安全を確保している結界が大きく損傷している事実を思い出した。
  結界が完全に機能していれば一般人が外から見ても何の変哲もない間桐邸が見え続け、どんな異常も外にはもれない事は無い。しかしマジカルサファイアと名乗った物体と明らかに関係ありそうなステッキと凛ちゃんの力ずくの侵入で大きな穴が開いてしまっている。
  このまま結界が出来た穴から広がっていずれは崩壊し、魔術を捨てて表の世界に溶け込もうとしている間桐家の苦労が水の泡となる。
  結界に魔力を送り込んで修復機能を呼び起こさなければならない。何よりこんなよく判らない騒動を外に広げる訳にはいかない。雁夜は慌てて結界の修繕を行うべく魔力を注いだ。
  「むむ? 私を閉じ込める気ですね」
  だが凛を操っているモノは結界修復を別の意味で捉えたらしい。
  確かにその理由もあるのだけれど、一番大きな理由はご近所に迷惑をかけない様にする為だ。閉じ込めて害悪を外に出さないと言う点では赤いステッキの見立ては間違っていない。
  「ならば先手必勝」
  何のことだ?―――。目の前の事と直っていく結界を同時に考えていた雁夜の反応が一瞬遅れる。
  気が付いた時には凛が握るステッキが僅かに発光しており、それが何を意味するか理解するより前に事象は現実となって姿を現した。
  過程があれば結果がある。


  桜の部屋は爆発した。


  庭に飛び出した雁夜は体のあちこちが軋むのを確認しながら、とりあえず致命傷に至るような深い傷がない事を確認した。
  「あの近距離攻撃を跳んで避けるとは中々やりますねー」
  そしてさほど離れていない場所から自分ではなく桜でもない声が聞こえてきたのを認識し、そちらを見る。
  そこには相変わらず目は雁夜を見ているのに、明らかに正気ではない凛が立っていた。聞こえてきた声は凛の肉声ではなく、カレイドルビーと名乗ったあの赤いステッキなのは間違いない。
  視線の片隅で噴煙をまき散らす桜の部屋を確認しながら雁夜は思った。
  よし、斬ろう―――。
  何をされたかは定かではないが、挨拶もなくいきなり間桐邸に飛び込んできて、しかも桜の部屋を問答無用で吹き飛ばす存在だ。敵と見定めるには十分すぎる。
  雁夜は抜いてから一度も離していない魔剣ラグナロクを握り直し、庭に立つ凛に向けて一気に跳躍した。姿勢を定めてからの仕掛けたので若干間は開いてしまったけれど、今度は桜が手にしたステッキの時のように避けられるつもりは無い。
  剣とは敵がいればそれを切るモノであり、その為に特化した武器である。
  ゴゴが残していった魔剣ラグナロク。どんなモノでも切り裂くであろう鋭さと刃毀れしない頑丈さに兼ね備えた剣であり、その頑強さを納得する重量を誇る。加えて、一定の確率で爆裂魔法の『フレア』を発動する特性も兼ね備えている魔術道具でもある。
  だが雁夜が凛を斬る為に剣を振るうかと言えばそんな筈はない。狙うのは凛が持つ全ての元凶であり、凛の体には傷一つ付けるつもりはない。
  青いステッキの二の舞を演じないよう、凛がステッキを下げても斬れるように位置を調整する。
  剣の先端が凛の衣装の僅か手前を通り過ぎるようにして、黄色い五芒星の位置が下がろうと上がろうと左右に動こうと、ステッキのどこかは必ず切れる様に横に薙ぐ。
  「物理保護全開」
  「なっ?」
  二度と過ちは起こさない。そう思って振り抜こうとした魔剣から返ってきた感触は固い物体に衝突したような鈍いものであり、剣は途中で止められてしまった。
  もし雁夜にもう少し剣の腕があればそれが成されるよりも前に斬れていたかもしれない。あるいは『フレア』の効果が発動していれば、守りごと突破していたかもしれない。
  しかし現実にあるのは雁夜の剣が防がれた事実のみ。
  相手がゴゴ扱っていた幻獣や、魔術師や、埋葬機関に所属する代行者だったなら驚きは少ないか無かった。けれど相手は遠坂凛―――魔術師としての資質を存分に備えていたとしても、十歳にもなっていない子供だ。
  そんな子供が大人の力で振られた剣を受け止めた。両手でしっかりステッキの柄の部分を握りしめているのが見えるけれど、わずかそれだけで大人の腕力と魔剣ラグナロクの重さを完全に抑えていた。大きな戸惑いを生むには十分すぎる理由である。
  「そんな剣は通用しません」
  雁夜をあざ笑うような声が間近にあるステッキから聞こえてきたと思ったら、桜の部屋で見たのと同じ発光現象が再び発生した。
  攻撃される―――。


 「狙射シュート!」


  だが雁夜が攻撃される現実は実現せず。離れた場所から聞こえてきた声により強制的に中断させられる。
  何かが来る、そう感じた雁夜は目の前にいる敵から距離を取る意味もあって後ろに飛び、凛もまた迫る何かを避ける様に上空へ飛び上がった。もし声が割り込んでいなければ雁夜は攻撃されていたに違いない。
  一瞬後、雁夜と凛がいた場所を真っ黒なボールのようなモノが通り抜けた。
  それは闇のようでありながら光を帯びているようにも見える不思議な輝きであり、ゴゴが間桐臓硯を消し飛ばす時に使ったオーラキャノンを思い出させる。
  雁夜は間桐邸の屋根まで飛び上がった凛を一瞥し、次に攻撃が来た方角を見た。
  外から見るかつて桜の部屋の窓は原形をとどめない程に破壊されており、外壁がひび割れている点から屋内にもかなりの被害があると思われる。そこに桜が―――いや、ブラックサクラが立っていた。
  ボロボロになった窓を踏み越えて歩く姿には違和感はなく。奇妙な衣装に損傷が無い点も考えて、怪我らしい怪我は無いようだ。
  足元には使い魔であるゼロの姿があり、手にしっかりと握られたままの青いステッキが桜の姿をとある文化の中で登場する魔法少女に近付けている。
  無事に安心しながら、まだ異常が続いているのに不安を覚えてしまう。
  「桜ちゃん」
  大丈夫か? と雁夜が続けるよりも前に、桜は凛が跳び上がった頭上を見上げて雁夜から目を背けた。
  「ふ、ふふふ。姉さんっ・・・、おいたが過ぎますね」
  一瞬、雁夜はその言葉が桜の手にしたステッキから放たれた言葉なのかそれとも桜の口から発せられた肉声なのか判別できなかった。
  聞き違いであってほしいのだけれど、どちらかと言えば言葉は桜の口から憎しみを込めた口調で発せられたと認識してしまう。
  まだゴゴが間桐邸に滞在していた時にも何度かあったのだけれど、桜は時折、幼さと可愛らしさに大人顔負けの邪悪さの片鱗を見せる場合がある。以前は遠坂夫妻、つまりは桜の実父実母が切っ掛けになっていたのだけれど、今回は何が切っ掛けになってそうなってしまったのか判らない。
  雁夜が気付いてないだけで実の姉である凛を敵意や害意を持って憎んでいるのかもしれない。
  いや―――まだ、聞こえてしまった声が桜のものだと確定した訳ではない。もしかしたらステッキが発した言葉かもしれないし、雁夜の聞き違いだったかもしれない・・・。
  そうだ。
  多分そうだ。
  きっとそうだ。
  雁夜はそうやって娘の黒さにとりあえず蓋をした。
  桜の豹変ぶりか本性が垣間見えたか、とにかく少しばかり圧倒されて僅かな間が出来てしまい。雁夜はブラックラクラとしての桜が行動に出るのを止められなかった。
  桜は少しだけ屈んだかと思ったら、凛と同じように子供とは思えない高さにまで飛びあがってしまった。しかも、凛が間桐邸の屋根に着地したのと比べ、桜は屋根と同じ高さで浮かんだのだ。
  ゴゴが使っていた浮遊魔法『レビテト』を知っている身としては、浮遊や飛翔などの空を飛ぶ類の事象そのものについての驚きは少ない。
  ただし、それを桜がやったとなれば話は別。
  いつの間にあんな魔術を使えるようになったんだ? ではなく。確実にあのステッキのせいだ、となる。
  ますます不信感が膨らむ雁夜の頭上で向かい合う姉の遠坂と妹の間桐。
  「お仕置きの時間です。姉さん」
  「その言葉。そっくり返しますよー」
  二人はまるで示し合わせたかのように互いのステッキの先を相手に向ける。
 「砲射ファイア
 「狙射シュート
  そして二人が持つステッキの先端からレーザーのような何かが撃ち出された。





  間桐邸の庭に立つ雁夜の頭上で、魔術戦闘が繰り広げられていた。
 「斉射ファイア!」
  凛の方から声が出たと思えば、炎を思わせる黄色に近い赤の攻撃がステッキから放たれる。
 「速射シュート!」
  桜が応じれば、ステッキの先から漆黒のボールに見える攻撃が放たれて迎撃する。
  雁夜が知る限り桜にはあんな事は出来ない筈。もしかしたらこの短時間で攻撃の才能に目覚めた可能性は捨てきれないけれど、手にしている青いステッキが何かしたと考える方が自然だ。
  そして雁夜が知る限り凛もまた魔術師見習いだとは思うけれど、戦いもこなせる魔術師では無かった筈。
  単に間桐が遠坂の魔術を知らないだけという可能性もあるけれど、今となっては何の感慨も湧かない時臣がまだ子供の凛ちゃんに攻撃用魔術を教えるとは考えにくい。
  父親として―――、魔術の師として―――。
  やはりあちらもまた赤いステッキが何かをしたと考えた方がいい。
  本来出せない力を強制的に引きずりだしたり、あるいはステッキそのものが力を使えるにもかかわらず桜と凛を厄介ごとに巻き込んでいる。
  戦闘中なので思考に没頭できない今の雁夜では明確な回答も可能性の高い予測も立てられない。それでも、ろくでもない事なのは間違いなさそうだ。
  今は有耶無耶になってしまっているけれど、絶対に桜からあのステッキを手放させなければならない―――。雁夜はそう固く心に誓った。
  雁夜はとりあえず状況を沈める為にどちらか一方を無力化する選択をした。
  桜に攻撃する等ありえないので、不本意ながら標的は凛になってしまうのだが、攻撃すると言う事実そのものにやる気が起きない。
  言葉で止まるなら万々歳だけれど。そんな状況では無いのは明白だ。


  「サンダラ!」


  もっとも幻獣『マディン』と同化した後で覚えた雁夜の新しい魔法は凛に当たらず、援護どころか牽制になっているかも怪しかった。
  空中を自由自在に動き回る凛の動きが早すぎて、雁夜の攻撃では捉えられないのだ。
  雁夜が得意とするのは間桐の属性である水に関連する氷の魔法だけれど、最大出力で放てば結界の内部を全て覆い尽くすほどの氷柱が出来上がってしまう。
  そうなれば凛は言うに及ばず、桜も攻撃した雁夜自身も痛みを負う。
  精密な攻撃が行える魔術師ならば範囲を限定して攻撃できる。しかし雁夜にはそんな技量はない。仕方なく、幻獣『マディン』の力をゴゴから受け取ってから使えるようになった雷の中位魔法を放っているが、結果は伴っていない。
  『サンダラ』は雁夜が扱える攻撃魔法の中で特に速い攻撃なのだけれど、雁夜が得意とする氷の魔法に比べると命中率が落ちる。
  魔剣ラグナロクを用いての訓練は一日たりとも絶やしたことは無いけれど、ゴゴの魔法の訓練は剣に比べて圧倒的に少ない。それは下手に使えば間桐邸そのものを破壊してしまう恐れがあり、屋外では魔法の訓練に使える場所が非常に限られてしまうからだ。
  雷雨が鳴り響く人気のない夜にこっそり雷の魔法を特訓したり―――。夜の未遠川に潜って水の質量に負けない火の魔法を撃ち出せるように特訓したり―――。
  聖杯戦争前の訓練期間中に何の躊躇もなく攻撃魔法を使い続けて氷の上位魔法まで取得できたのはゴゴのバトルフィールドのお陰であり、雁夜はあれが非常に有用だったと今更ながら強く実感するのであった。
  練り上げる魔力の質が低い。扱い慣れてないから標的に当て辛い。凛に攻撃する後ろめたさで集中しきれない。


  「サンダラ―――」


  ゴゴから引き継いだ攻撃魔法の練度は低く、高速で動き回る敵に対して必中とは言い難かった。掠らせるのがやっとの有様で、当たっても大して効果がない。
  ステッキを持つ凛の手に雷の燐光がぶつかれば一瞬だけ顔が歪むのだけれど、ステッキを落としたり動きが鈍くなるような事態にはならない。
 おそらくあのステッキが魔術への耐性を引き上げ、そしてゴゴの魔法が一つ『リジェネ』と同じように治癒促進リジェネレーションを使っているのだろう。
 「砲射ファイア
 「狙射シュート
  仕方なく、雁夜は凛への攻撃を一旦注視して二人の攻防を観察する。
  空を飛びまわる技術を持たない自分に出来る事は何か? そう無力な自分を思いながら・・・。
  二人は間桐邸を中心にして純粋な魔力と思われる砲撃をステッキから撃ち出している。
  時に屋根よりも高く飛びあがって狙って撃ち、時に間桐邸を防壁として使いながら攻撃の手を休め、時に間桐邸をぐるぐる回って追いかけっこの様に移動する。
  隣家や一般家庭の家屋に比べると大き目な間桐邸だからこそ、桜と凛の戦いは何とか結界の中だけで完結している。もし空高く舞い上がられると結界を飛び抜けて衆人環視の中に入ってしまうだろう。
  まだ周囲に知られるような事態に陥っていないのが救いと言えば救いだが、標的を外れたお互いの攻撃が結界に当たると少なくはない衝撃が結界を揺らして破壊に近付いてしまう。
  二本のステッキは結界を破って間桐邸に侵入してきたのだ。そのステッキが二人を使ってやっている攻撃なら結界を撃ち抜くのも不可能ではない。
  何より時折盾にされる間桐邸が魔力の塊と思われる攻撃に晒されて壁にひびが入ったり、屋根が剥がれたり、酷い時は貫通して風通しがよくなってしまったりしている。
  庭がぁ!
  家がぁ!
  結界がぁ!
  このまま二人のやり取りを長引かせれば間桐邸が全壊してしまう。
 「砲射ファイア斉射ファイア!」
 「狙射シュート速射シュート!」
  雁夜が二人の空中戦闘を観察していると、徐々に違和感を覚えていった。
  雁夜が見る限り二人は互いにステッキを使って魔力砲を撃ち続けているけれど、逆に言えばそれしかしていない。
  攻撃の大小、間の取り方、撃ち出す魔力砲の数。それらの違いはあるけれど、基本的にどれも同じ攻撃だ。幼い子供が水鉄砲を片手に撃ち合っているように見える。
  もし胡散臭い喋るステッキが持っている人間に魔術を使わせたり、あるいは持ち手の魔術属性を引き出して使わせたりするなら、もっと別の攻撃が出来る。
  近接戦闘用にステッキに魔力の刃を生やしたり、体全体を覆う結界で守りを固めながら体当たりしたり、撃ち出す魔力砲を湾曲させたり、色々と戦い方に幅を持たせられる筈。
  いきなり空を飛ぶなんて芸当を行わせるろくでもない代物だ、少なくとも雁夜の見立てでは赤と青のステッキにはその力はあると思われる。
  雁夜の見立てが間違っているのかもしれないけれど、単調さは付け入る隙でもある。
  「なら・・・」
  どうする?
  何ができる?
  何をすればいい?
  最善は何だ?
  接近して魔剣ラグナロクで斬れれば楽なのだけれど、凛が持つ赤いステッキに一度防がれているので、別の方法を考えた方が良い。
  そこで雁夜は思い出す。雷の中位魔法『サンダラ』よりも高速であり、ただし発動までの時間がかかる手段を持ち合わせている事を。
  聖杯戦争に関わっていた時は常に思考が戦いに向いていたけれど、戦いが終わった今は自分が持つ手段で最善を導き出すのに若干の時間を必要とする。そうやって自分の不甲斐なさに理由付けをしながら、それを放つ準備を始めた。
  もっとも、呪文を唱えたり何らかの魔術的な触媒を準備するとかではなく、自分の内側に問いかけるだけだが。
  「・・・・・・」
  魔剣ラグナロクを握りしめたまま、短く息を吸い込んで、腹に力を入れ、両足を肩幅よりも広くして大地を踏みしめる。
  聖杯戦争の前は無かった自分の中にある自分以外のモノ―――しかし、間違いなく自分でもあるモノに呼びかける様に意識を向けた。
  「むむ!」
  すると雁夜の行動を察したのか、見上げれば間桐邸の屋根より更に高い位置に浮かぶ凛がいて動きを止めていた。
  少し離れた場所には桜がいて、どうしたのか同じく雁夜の事を見下ろしている。
  雁夜自身気付いていないだけで二人が攻撃の手を止める程の事をやろうと思われているのか、それとも偶然か。
  地上からではスカートの中が丸見えで見てはいけないモノが視界に入っている気もしたが雁夜は無視する。ただただ自分がすべき事をする為に目に見える現実を捉えながらも、意識は自分の中に沈んでいった。
  「させませんよー」
  放たれる軽い口調とは裏腹に、凛が振り抜いたステッキから全てを切り裂く斬撃の形をした魔力が飛んできた。
  これまでの単調な攻撃は手加減だった? いきなりの攻撃の変化に思わずそんな言葉を思い浮かべてしまう。
  斬撃の規模は大きく、庭の端から端まで届いているかもしれない。
  範囲の広さから避け切れない。それに避けようとする行動すら集中を阻害する。雁夜はそう判断し、両腕を十字に交差させて顔の前にある手で魔剣ラグナロクを斜めに構えて顔の大部分と心臓を守った。
  一瞬後。魔剣ラグナロクの刃で守り切れていない部分が裂けた。
  頬が破け、腕が斬られ、わき腹が痛み、耳が軋む。
  致命傷となる一撃は無かったけれど、体のあちこちに出来た大きくはないけれど小さくもない痛みが雁夜の体勢を僅かに揺らす。
  「お父さん!」
  上空から慌てる桜の声が聞こえてきたので、雁夜は『心配するな』と言わんばかりに両足はしっかりと大地を踏みしめたまま空を見続けた。
  桜の泣き笑いのような顔が見える。
  すると桜は眼前の敵を滅ぼしかねない禍々しい笑みを―――子供が浮かべるには凄味を感じさせ過ぎる笑みに表情を変え、凛に向けて攻撃を放った。
  「散弾!!」
  それはこれまでの単調な魔力砲に近いけれど、凛と同じくこれまでとは違った攻撃でもあった。
  桜の黒さが乗り移ったかのような漆黒のボールは一発一発がピンポン玉ぐらいの大きさにまで縮み。その代わりに数を倍増させた。あまりの多さに数えられないけれど、百は超えているだろう。
  それが桜の持つステッキを基点として大きく広がっていく。
  周囲にばらまかれた魔力弾は凛に狙いを定めながら、それ以外の部分にも飛んで結界に衝突しながら跳ね返る。
  凛はステッキを前に構えて攻撃を防ぐけれど、結界にぶつかって乱反射する全ての攻撃は防げなかった。体のあちこちに黒い魔力球がぶつかり、凛の体を空に繋ぎ止める。
  反射の役目を果たした結界が衝撃で壊れそうになるけれど、一度ぐらいならば耐えられそうだ。
  ただ、雁夜にとっては結界の危うさよりも、娘が父の意図をくみ取ってくれた事の方が重要だった。
  雁夜が凛を狙う為、桜は凛の動きを止めてくれた。
  桜ちゃん、お父さんはとっても嬉しいよ・・・。最も集中しなければならない状況だと言うのに、そんな言葉を思い浮かべてしまう。娘を思う父親は時に沢山の事を同時に考えられる稀有な生き物なのだから思うのは避けられない。
  桜の事を考えながら、雁夜は更に集中し、空に浮かぶ凛に狙いを定める。
  出来る―――何故なら、今の雁夜は幻獣の力を身に宿した存在なのだ。これから使う力は幻獣そのものであり、魔石を介してゴゴの魔法を会得した訳ではない。
  魚は学ばずとも自分が泳げることを知っている。ならば幻獣が自分の力を使いこなせない訳がない。幻獣『マディン』は雁夜の中に溶けている。今の雁夜は間桐雁夜であり幻獣『マディン』なのだから。
  身に着けた技術ではなく、自分そのもの。自分が出来る事は雁夜が出来る事。幻獣『マディン』の力は雁夜の力。
  出来る―――何故なら、今の雁夜は娘が作り出した絶好の機会を得る為に全身全霊を注ぐ父親なのだ。
  ならばこそ・・・。


  「ケイオスウェイヴ!!」


  自分の内側から力を発動させると、結界の中が紫色の光で埋め尽くされる。ただし、この紫色の光そのものに攻撃の意志は無く、攻撃範囲の中にいる敵と味方を見極める効果しかない。
  本命はその次。
  英語で『波』を意味する呪文を唱えながら、その実、雁夜の鳩尾から放たれたのは一筋の光だった。
  技の発動に合わせて体のあちこちが軋み、出来上がっている傷口から鮮血が一気にあふれたが気にしない。ただひたすらに撃ち抜く場所を見据え、その一点に攻撃を叩き込むだけを集中する。
  そう言えば、聖杯戦争の参加者で技の名前と似たランサーのマスターが居たな・・・、等と頭の片隅で今となってはどうでもいいことを考えつつ、動きの止まっている的を見据えた。
  射抜く―――。
  「魔術障壁全開」
  衝突の直前に声が聞こえたが、少なくともいきなり倍速で動けるような劇的な変化では無い。桜が放った散弾の効果により、赤いステッキは凛に握られた状態でそこにいる。
  今までは避けられたけれど今度はそうはいかない。雁夜の鳩尾から放たれた光はステッキだけを狙い、全ての力は一点に集約される。
  幻獣『マディン』が使う敵に属性の無いダメージを与える技、『ケイオスウェイヴ』。
  紫色の光に包まれ、完全に把握されたステッキが雁夜から飛び出た光に撃たれた。
  拮抗は一瞬。
  次の瞬間には雁夜の攻撃を防ぎきれなかったステッキが凛の手から離れ、下から撃ち出した『ケイオスウェイヴ』の勢いそのままに空に弾き飛ばされていく。
  ステッキが凛からある程度離れた所で、フリフリの赤い服に猫を模した奇妙な衣装が消え、ツインテールはそのままだけど雁夜もよく知る学校の制服になった。
  どこかに逝ってしまった目は閉ざされて、気絶したかのように凛の体から力が抜け、自由落下を開始する。
  どうやら魔剣ラグナロクの攻撃には対処したが、幻獣『マディン』の力には耐えられなかったようだ。物理的な守りよりも魔術的な守りの方が弱いのか、それとも防御が間に合わなかったのか、距離が離れると変身が解除されるのか、それとも雁夜の攻撃を受けてまだ原形は留めているけれど操る力を消耗しきったか。
  色々と状況についての疑問が湧いて来るけれど、今は空から落ちてくる凛の方をどうにかする方が先決だ。より上空に弾き飛ばされたステッキよりも凛の落下の方が早い。
  しかも凛が居る位置が屋根の上では無かったので何もしなければ庭に叩き付けられてしまう。雁夜は慌てて落下地点へと向かって駆け出した。
  剣を握ったまま片手で凛を受け止めるには少し不安があった為、雁夜は受け止める直前に魔剣ラグナロクを庭の一画に突き立てる。そして両手を自由にした状態で、落ちてくる凛の体をしっかりと受け止めた。
  子供でも空からの落下はそれなりの勢いがあり、魔剣ラグナロクを自由に使いこなす為に鍛練してきた雁夜の体が軋み、傷の痛みが少し増した様な気がした。
  ドスン! と腕を通して足に伝わる重い感触が地面を凹ませる。
  取りこぼしなく救助出来たのは喜ばしい事。だから雁夜は即座に腕の中の凛から意識を外して、同じ軌跡を刻みながら落ちてくる赤いステッキの方を見る。
  あれを無防備にするのは厄介ごとを放置するのに等しい。
  今更ながら、落下してきた凛の体を完璧に受け止める為に両手を自由にしてしまったのが悔やまれる。自由にした片手で凛を受け止め、もう一方の手が握る魔剣ラグナロクで落ちてくるステッキを切り刻めば憂いは無くなったに違いない。
 明確な敵はマジカルルビーと名乗った凛の異常な状態ではない。凛を愛と正義ラブアンドパワーの使者とやらに変身させたステッキこそが元凶であり、まだそれは原形を保っている。
  とりあえず逃がさないように捕まえておこう・・・。
  雁夜は今が戦闘中である事実を一瞬だけ意識外に追いやってしまった。凛を助ける為とはいえ、それは雁夜の甘さであり、聖杯戦争が終わってから徐々に戦いから遠ざかっている者の落ち度でもあった。
  もし聖杯戦争の最中だったなら、危険と認識している魔術道具ならば、素手で触るような不確実な方法は選ばなかっただろう。斬るのが無理ならとりあえず距離を取るぐらいはした筈。あるいは地面に落ちた所で思いっきり踏んで逃げられないようにしただろう。
  だが油断してしまった雁夜は凛を抱き上げる両手の右手だけを少しだけ伸ばし、落下してきたマジカルステッキを握ってしまう。
  握りしめた手は攻撃によって傷ついており、そこからは血が流れ出ている。その紅い血がステッキの柄に触れた瞬間―――。


 「(仮)マスター登録完了!! 多元転身プリズムトランス実行!!」


  捕まえた筈の物体が喜びの声を上げた。
  その言葉を最後に雁夜の意識は闇の中に強制的に引きずり込まれてしまう。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - マジカルルビー





  とても言葉では言い表せない恐ろしい者が冬木市の深山町に現れた。
  目にした者は自分の正気を疑うだろう。
  別の者はそれが錯覚であってほしいと願うだろう。
  危険を察知した者は目を背けるだろう。
  家の戸や窓を固く閉ざして通り過ぎるのを待つだろう。
  もしかしたら大爆笑する者もいるかもしれないけれど、大抵の場合は目をそらして見なかったことにする。


  間桐雁夜、魔法少女バージョンなど―――。


  「ああ・・・さすが『私』、なんて面白おかしいんでしょう・・・」
  まず大切なのは雁夜は男であって女ではない、ついでに言うと三十路に足を突っ込んでいるおじさんであって少女でも何でもない。
  そんな男がカレイドステッキの趣味で並行世界のどこかから持ってきた『魔法少女』と思われる衣装を着せられるたらどうなるか?
  地獄である。
  しかも間桐邸の結界の内側なら異常は外に漏れないのだけれど、現れてしまった地獄は自らの足で結界の外に出ていってしまった。
  当然の話だが本人の意思ではなく、一瞬で洗脳し終えた結果である。
  カレイドステッキの赤い方。愉快型魔術礼装。最初に禅城家の宝箱の中から封印を破ってこの世界に復活した人工天然精霊ことマジカルルビーは空にふよふよと浮かびながら間桐雁夜が作り出す地獄の行進を眺めていた。
  同じ『私』こと並行世界のマジカルルビーが作り出した状況を楽しんでいた。
  ただし冬木に現れた地獄が長々と維持するのは好ましくないとも思っていた。
  あれはあれで一部の特殊な趣味を持っている方々には需要があるだろうけれど、明らかに『魔法少女』とは乖離すべき現実だ。大多数の人間には目の毒だ。一般人の目から見ても魔術師の目から見ても色々な意味で危険人物認定しかされない。
  最悪の場合は魔術の秘匿の為と理由をつけて魔術協会か出てくるだろう。そうなれば、もう一方の『私』から空に居る方の『私』へと辿り着かれてしまうかもしれない。
  今はまだその時ではない―――。
  そもそも呼び寄せた『私』こと雁夜を変身させているマジカルルビーとマジカルサファイアが宿る二本のカレイドステッキは与えられた本来の役目がある。こちらの世界の時間とあちらの世界の時間の流れが同一である可能性を考慮した場合、そろそろお帰りにならなければならない時間だろう。
  「楽しい時間とはこんなにも早く過ぎ去ってしまうのですね、よよよ」
  泣くような口調で独り言を発し続けるマジカルルビーだけれど、言葉とは裏腹に声音には喜色が思いっきり混じっている。
  仮に聞く者が居たとしたら、何を白々しい・・・と突っ込みを入れただろう。
  「これで下地は完成しました。最後に陽動も行ってくれるとは・・・『私』はいい仕事してますね」
  お前はどこの鑑定人だ! と更に突っ込みを受けそうな事を呟くと、カレイドステッキとそれに宿る精霊は地上への降下を始めた。
  『私』と『私』。並行世界の違いにより『私』にはいない妹がいたり差異はあるけれど、どちらも同じマジカルルビーなのに変わりはない。だから、マジカルルビーはあちらの『私』がひとしきり楽しんだら、元いた世界に帰る―――ここで得た情報を本体に反映させてから自己消滅する―――のだと理解している。
  その後に残るのはこの世界に元々いたマジカルルビーだけ。更に事態を引っ掻き回せば面白くはなるけれど、残った一本のカレイドステッキが犯人になってしまう。


  「あなたを犯人です」


  並行世界の妹であるマジカルサファイアの声が聞こえた気がするけれど、気のせいだと黙殺する。
  ようするに今回はここまでだ。
  これからは雌伏の時。
  過去、現在、未来において、マジカルルビーのマスターになれるたった二人だけの人間が、真の魔法少女となる条件を満たすその瞬間まで・・・マジカルルビーは待ち続ける。
  「永遠に語り継がれる『魔法少女』という概念をこの世界の隅から隅まで広げてみせましょう!」
  マジカルルビーは地上へと到達する直前に決意を言葉とした。
  降り立つのは並行世界のカレイドステッキを手放して魔法少女ではなくなった遠坂凛の手の中。
  もう一方の魔法少女でありカレイドサファイアでもあるブラックサクラは地獄を追い駆けていったのでここには居ない。
  出来上がった下地にのっとり、マスター認証をこちらのマジカルルビーに書き換え、強引に魔法少女カレイドルビーに変身させて、人体を操作して禅城家へと帰らせる。
  後は凛に与えられた部屋に寝かせておけばアリバイ工作は完了。いまだに宝箱の封印が破られたのに気づいていない遠坂のうっかり当主とその妻に気取られぬように何事もない様子を作り出せばいい。
  後はこっそり世界の趨勢を見守りつつ、時期が来れば一気に行動を起こすだけだ。
  「楽しみですねー。時々、あっちの『私』とサファイアちゃんを呼んでお茶会でも開きましょうか」
 こうしてこの世界に愛と正義ラブアンドパワーを強制的に振りまく厄介な代物が世に放たれた。
  その危険度の高さに本当の意味で気付いている者はまだ誰もいない―――。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  「おおおおおおおおおお!! 最悪だ、恥だ、人類最低の汚点だぁ! こんな俺を見ないでくれ桜ちゃん。絶対に記憶操作の魔術を覚えて、冬木の住人の頭の中からあれを抹消してやるぞ畜生ぉぉぉぉ!!!」


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