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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:d050259c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/05/03 15:02
  第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 衛宮切嗣





  こいつらは何を喚き散らしているのだろう? ぼんやりとまどろむ意識の中で僕はそう思った。
  とても大事なモノを失った。胸の中にぽっかり穴が開いたみたいな喪失感がある。それでも僕はやるべき事がある、だからそのために『何をすべきか』を考えるのに忙しくて、目の前で語られる無用な言葉を頭の中に入れる暇はない。
  世界を平和にするために僕は人を殺さなくちゃいけない。
  目の前にいる男たちには理解できないだろう。最初に喪失感を感じながら、目を覚ました時、僕は紺色の制服を着た―――確かこの国の警察官で、目の前にいる男たちの仲間だった筈―――に同じことを語り聞かせたが、奴らは呆けた表情で僕の言葉を理解しなかった。
  窓には格子、扉には鍵、両手首には手錠、腹には椅子と繋がる太い縄。四畳ほどのこの部屋でさっきから僕に何か言っている男も奴らの仲間だ。僕の正義を語っても理解できないに違いない。
  だから僕は奴らに理解を求めるのを諦めた。僕の言葉を語り聞かせるのを止め、ただ必要な事をする。


  辞めろ、それは違う!!


  頭の奥から声が聞こえるけど、心臓の辺りからドクン! と鼓動とは違う別の何かが蠢いて、聞こえてきた雑音を洗い流してくれた。
  胸に宿る喪失感。だけど、全てを失ってはいない。欠片はまだ僕の中にある。
  それが何のことなのか僕には判らなかったけど僕は判っている。
  判らないけど判ってる。
  「大勢がお前が発砲している場面を目撃してるんだぞ」
  「押収された銃から出る指紋をお前と一致するだろう」
  「何を考えてこんな事をしたんだ? 老若男女区別なく・・・」
  「手口は違うが連続誘拐殺人もお前の仕業じゃないのか?」
  聞こえてくる声は左の耳から右の耳へと抜けていく。目の前に座る男は僕に対して取り調べてるみたいだけど、どうでもいいから答えない。答えようとする暇すら惜しい。
  僕はこれまでこういう事態には陥ったことがないけれど、検察庁やら裁判所と呼ばれる場所に移送されるときは動員される人数こそ多いが建物から出られる。
  手錠での拘束はあるけど、このタイミングを使って早く脱出しなくてはならない。早く世界を平和にしなければならない。
  手首の太さが邪魔で手錠が取れないが、それは肉を食いちぎるか関節を外して手を細くすればいい。今と同じように腹に縄が結ばれて、その先を紺色の制服を着た男が握るようだが、直接僕を捕えるのはその一人だけ。
 肉を食いちぎる拍子に歯が抜けるかもしれないけど、全て遠き理想郷アヴァロンが癒す。縄の拘束も後ろで握る男を殺せばすぐに解ける。
 固有時制御タイム・アルター四倍速スクエアアクセルを使えばどちらの問題も解決できる。拘束を解き、追っ手を振り切ろう。怪我はいずれ治るのだから。
  今はまだ機を伺う時だ。行動を起こすべき時が訪れたら速やかにここを抜け出そう。
  早く人を殺さないと。
  世界を平和にするために早く殺さないと。
  何人も何十人も何百人も殺さないと。
  トンプソン・コンテンダーもキャレコ短機関銃も奪われたようだ、すぐに代わりの銃を調達して殺さないと。
  でも、余分に仕入れた二台分のタンクローリーのせいで残る資金は心もとない。資金調達もかねて沢山殺さないと。
  僕は成すべき事を成す為に必要な事だけを考える。目の前にいる男の問いかけには応じる必要がないので無言を貫いた。
  そうだ、正義の為にまず手始めにこの男から殺そうか―――。





  衛宮切嗣は理解しない。
  今の彼にとって成し遂げる全ての事象は『正義』へと転化され、ありとあらゆる事柄を自分にとって都合のいい解釈へと捻じ曲げてしまう。
 あるいはまだ彼の体の中に残る規格外の結界宝具『全て遠き理想郷アヴァロン』が衛宮切嗣の肉体を完全に修復したならば、自分の解釈の大きな誤りに気付けたかもしれないが、それは叶わなかった。
  衛宮切嗣の起源『切って嗣ぐ』が回復すらも不可逆なモノへと変質させてしまっていたからだ。
  衛宮切嗣は理解しない。
  彼は銃を乱射して多くの人間を殺して回り、市民からの通報を受けた警察官によって逮捕されたのだと―――。
  今は冬木市にある警察署の取調室で刑事から取り調べを受けているのだと―――。
  この国の刑法と照らし合わせる以前に大多数の人間から見れば衛宮切嗣の方こそが正義に反しているのだと―――。
  理解しない。
  ただの肉体の損傷だけだったならば、最強の治癒宝具は全てを癒したかもしれない。
 けれど、衛宮切嗣の肉体と一時同化した聖杯は―――この世全ての悪アンリマユは―――たとえそれが僅かな欠片であったとしても、本体から切り離された残り滓だったとしても、今も衛宮切嗣の肉体を汚染し続けていた。
 衛宮切嗣の肉体はじわじわと壊され、そして全て遠き理想郷アヴァロンが少しずつ治してゆく。
  終わりのない破損と修理。繰り返される起源による変質。
  衛宮切嗣は聖杯の泥に触れた時に狂ってしまった時から元に戻れずにいた。
  もしかしたら完全に治って正気を取り戻すよりも思い出さない方が彼にとっては幸せなことかもしれない。何しろ今の衛宮切嗣は冬木に未曾有の大量殺戮を持ち込んだ殺人者だ。
  衛宮切嗣は自らの行いをしっかりと自覚しながら、それでも理解せず。ただただ正義を行おうとしていた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ウェイバー・ベルベット





  数日経っても戦いの熱は今も僕の中に消えない決意として燃え続けてる。
  もっと時間が経って聖杯戦争のこと、ライダーのこと、サンのことを忘れそうになっても。少しでも関わりのある事を思えば、連鎖して色々な事を一緒に思い出すんだろうな。
  そうやってまた決意って名前の炎は燃え上がるんだ。
  そんな気がした。
  今もそうだから―――。
  サンとライダーが消えてしまったあの時、僕には何が起こったのか殆ど判らなかった。決意の向こう側にある出来事の全てを思い出してみても、事象の大半が僕の理解を超えていて、見てたのに何が何だかわからない。
  聖杯戦争を台無しにしたのは誰だったのか?
  ケフカって男は聖杯を手にしたって言ってたけど、その聖杯はどこに消えたのか?
  沢山いた竜種が消えて、合体したように見えた。あの大きな竜はなんだったのか?
  いつの間にかそこにいた間桐家の当主である間桐臓硯。消えてしまったカイエン達。そもそもこの戦いに奇跡の聖杯を手にした勝者はいたんだろうか?
  ライダーも、ランサーも、アーチャーも、キャスターも、サンを含めたアサシン達も、誰もが消えてしまったから勝者どころか敗者もいない様に僕には見えた。
  僅かな間に僕じゃ判らない事ばかり起こったから、思い返しても全然判らない。いつの間にかセイバーもバーサーカーもいなくなってるし・・・。
  カイエンの無事を確かめるために間桐を訪問するのも考えたけれど、魔術師の家にただ『カイエンは生きてますか?』と聞くだけで答えてくれるとは思えなくて、サーヴァントのいない今の僕じゃ敵対してしまえば抗う術は無い。
  聖杯戦争は終わってしまったからいきなり攻撃される危険は無いと思いたいけど、可能性はゼロじゃないから止めておいた。
  でも僕はあの場所で起こった出来事を知らないままにするつもりは無い。胸に宿ったこの熱い炎がある限り、僕はきっと全ての謎を解き明かしてみせる。
  「おーい、ウェイバー。朝ご飯が出来たぞ」
  「うん。すぐ行くよ」
  でもその前に僕にはやらなきゃいけない事がある。
  マッケンジー夫妻に事のあらましを説明することだ。
  何もかもが終わってしまった後。僕はついていけない事態の大きさとライダーとサンが消えてしまった事実に打ちのめされて、呆然としながらマッケンジー宅に帰った。
  たった数日過ごすつもりだけの拠点だけど、今の冬木で戻れる場所がここしかなかったから、自然と僕の足はここに向いた。
  それにお世話になったからこそライダーのこともサンのことも話さないといけない。他の魔術師だったなら暗示の魔術をかけて忘れさせるかもしれないけど、僕の意思と未熟さの両方の意味でしなかった。
  それに一夜の間に二回も殺されて、二回も生き返って、勝利を掴むために体中からありとあらゆる魔力を絞り出し終えた後だったから、自分の足でマッケンジー宅に戻れたのが不思議なくらい消耗してたんだ。
  暗示の魔術を使う余裕もなかったし、それをやろうとする気力も残ってなかった。体を巡る魔術回路が今も盛大に動いてるけど、全快するにはもう少しかかると思う。
  玄関先でマッケンジー夫妻に暖かく迎えられた気もするし、ライダーとサンがいないのを訝しんだ気もするけど、気がつけばベットの上で寝ていた僕がいて、よく思い出せない。
  多分、辿り付いた途端に疲労が一気に溢れて寝ちゃったんだと思う。
  そういえば、持っていた魔石もいつの間にか消えてた。ケフカを撃った時に確かに手に持ってた筈なんだけど、探しても無かった。これも判らない事の一つだ。
  とにかく、今はマッケンジー夫妻にちゃんと―――全部を正直に話すわけにはいかないけど―――起こっちゃった結果をちゃんと話さなきゃいけない。それは僕の義務だ。
  特に夫のグレンさんは僕の暗示が効かなくなったと自覚したうえで『もう少しワシ等の孫でいてくれんか』と言ってくれた度量の大きな人だ。三人で一緒に帰るって約束を果たせなかったからこそ、あの人には絶対秘密厳守を条件にして聖杯戦争のことも魔術のことも僕自身のことも全て話すべきかもしれない。
  そうなると問題なのは、特にサンを可愛がってくれたマーサさんだ。こっちの説明には『国に帰った』とか『記憶が戻って親元に帰った』とか話を作りこむ必要が出てくる。
  じゃあ、サンちゃんのご両親に挨拶に行かなきゃ。と、張り切る姿が目に浮かぶから、出来れば選びたくない選択肢だけど最悪の場合はまた暗示の魔術に頼らなきゃいけないかもしれない。
  今はまだ未熟な僕だけど、魔術の腕を磨いて始まりの御三家に負けない所まで上り詰めてみせる。そしていつか英霊の座に至り、ライダーともサンとも再会してみせる。
  征服王イスカンダルの偉業に追い付くためにやらなきゃいけない事は沢山あって、無駄に出来る時間なんて無い。だけど、時には立ち止まって小休止するのもいい。僕はライダーが買って、一度も封を切られなかったゲームソフトを見ながらそう思った。
  心を燃やす決意がある限り僕は頑張れる。
  その為にもまずはマッケンジー夫妻の説得からだ。
  どう話すか考えながら僕は階下に向かった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐雁夜




  目を開けると白い物が幾つも飛び込んできた。
  天井、壁、窓から見える雲、そして部屋の中を仕切る仕切りカーテン。どれもこれもが白に近い配色で、四方全てを白で覆われていたような錯覚を覚える。
  「お目覚めですか?」
  声がする。
  目だけを動かして見ると、白い服を着た女性が脇に立って俺の顔を覗き込んでいた。
  誰だ? そう言いながら体を動かそうとしたが上手く動かない。意識と肉体にずれがある。仕方なく、目だけを動かすのを続けて更に周囲を観察すると、最初に目に入った多くの物の中に金属の棒のような物があるのに気が付く。
  そこに吊るされている物から伸びる管が俺の手に伸びていた。
  見える範囲にある物と者を把握してから数秒後。俺は満足に動かせない体を感じながら理解する。
  ここは病室だ、と。
  俺を見ていた女性が看護婦で、吊るされた物が点滴だと気付いた瞬間に答えは出た。
  これまでの人生の中でお世話になったことは無いが、何となく病室とはこんな感じだろうとイメージだけはあった。
  そして一つの答えに辿りつくと同時に頭の中で残る疑問が一気に爆発する。
  何があって俺はここにいる? 三闘神はどうした?
  何が起こった? どうして俺はここにいる?
  衛宮切嗣は? 聖杯戦争は?
  桜ちゃんはどうなった? 士郎はどうなった? ゴゴはどうなった?


  さようなら・・・


  ゴゴの事を思った時、肉声として聞いた訳ではないけれど心の中に刻まれたあの言葉が蘇って頭の中に響いた。
  今の俺自身が眠りから覚めた事もあって、現実ではなく夢のような感覚が―――無かった事のように思えるが、あれは本当に起こった事なのだと俺の心が叫んでる。
  「少し待ってくださいね。今、担当の先生を呼んできますので」
  俺の心をかき乱す焦りやら戸惑いやらとは無関係に看護婦はそう言って立ち去って行った。最初に考えた通りここはどこかの病室で、俺はその一室に置かれたベットの上で横になっている。
  遠ざかる足音を聞きながら、もう一度周囲を見回す。
  首を大きく回して今まで以上に周りを見るが目新しい物は発見できなかった。つまり、この一年間、起きている時も寝ている時も常に傍に置いていたアジャスタケースが、その中に入っている魔剣ラグナロクが傍に無いという事だ。
  部屋の中はそれほど寒くないにも関わらず、武器の無い心細さに俺は体を震わせる。
  それでも、この一年で染みついてしまった今自分に出来る最大限を模索する習慣に基づいて、満足に動けないながらもベットの上で自分の状態を確認し始めた。
  最初は意識と肉体との間にずれが合って、何かをしようとしても体が上手く追い付いてくれない違和感が満載だったが。時が経つごとにそのずれは消えて思い通りに体は動かせるようになっていく。
  初めて魔剣ラグナロクを手にした後の盛大な筋肉痛はない。修行中、ゴゴに腕を斬り落とされた時に感じた幻肢痛も無い。あえて言うなら今の俺は『普通』だ。どこにも痛みは無く、手も足も思い通りに動かせる普通な体。
  眠っていた後に目覚めただけの心地よさすらあって異常など全くない。
  指を握りこんで手の感触を確かめてみたり、足をベットの上で動かしたり曲げたりして動きを確認したり、首を起こしてもっと周囲を観察したり、今の俺は入院患者が切る青い浴衣式患者衣を着ていたりと色々確認していると、白衣を着た初老の男性とさっきまでいた看護婦が現れた。
  初老の男はおそらく医者だろう。彼はベットの脇に立って俺の顔を見下ろしながら言う。
  「起きましたね。では、お名前を言えますか?」
  「――間桐雁夜です」
  そんな話から医者による診断は始まった。
  体調を確かめる為の幾つかの質問と聴診器による心音の確認。他にも体を起こしてもらった後に腹部や背中の触診も行われる。
  話し始める事には最初に合った筈のずれはもう完全に消えてなくなっていたおかげで、俺は手に点滴の針を刺し込まれた状態のまま普通を言葉にして診断を受け続けられた。
  心音を聞く為に患者衣の前を開く必要があり、そこである変化に気が付いた。それは俺の地肌がほんの少しだけ色黒になっていた事だ。
  冬の肌寒さを長袖のパーカーで保護してるから日焼けする機会など無かった。それなのに俺の皮膚は軽く日焼けしたかのような黒さになっている。
  今の所、夏場によくある焼けた皮を剥がせる兆候は無く。この変化の理由はあの夢の様な別れの中で渡された魔石『マディン』なのだろうと推測する。おそらく、目覚めてから普通になっていくのも、俺の体が慣れていって『異常』が『正常』になったからなのだろう。
  ついでに傷一つないのも確認した。
  「ふむ・・・。異常はないみたいだね。念のためにもう一日入院してもらうけど、これなら明日には退院してもいいよ」
  「そうですか――、ありがとうございます」
  明るく言ってのける医者と平静を装って会話をしながら、『マディン』の作り出す恩恵の大きさに驚いていた。
  本当なら俺の体はゴゴとの無茶な修行でボロボロになっていて、削ってしまった寿命はもう底をついても不思議の無い状態だった。俺の肉体を構築する細胞が持つ分裂回数の制限、いわゆる『ヘイフリック限界』に限りなく近づいているのはゴゴから聞いていたのに、今はその兆候が無い。
  聖杯戦争は俺の命の炎を燃やし尽くす最後の輝きだった筈だが、ゴゴから託された魔石が俺に活力とか気力とか生命力とか魔力とか、そういう類の力を与えて生かし続けている。
  相性の問題もあるんだろうが、不老不死を望んでいた臓硯が知っていたら是非とも欲しがった状況に到達してしまった。
  魔石が俺の心臓と同化してるのか? 俺の体のどこかに魔石が埋まっているのか? 魔石を構成する魔力が魔術回路に溶けて融合したのか? 自分の体を見下ろしても外からじゃ判らない。
  魔術的に調べれば何か判るかもしれないが、少なくとも俺を診察した初老の医者の目からは異常のない人の体であり、かつ健康体と見えているようだ。これで魔石の色を引き継いで血の色が緑色になっていたらと思うとゾッとする。
  「若いと回復が早いね。まだまだ起きない人もいるのに・・・」
  何気ない呟きを聞いた所で、俺は爆発した疑問の一つを強く意識する。
  普通の人間ならここで自分の身に何が起こったのか、とか。冬木で何が起こったのか、とかを聞くのかもしれないが。俺は他の何よりもまず聞かなければいけない事を聞く。
  「すみません」
  「ん?」
  「桜ちゃん・・・。いえ――、俺と一緒にいた女の子は無事ですか? 今、どこにいるかご存知ですか?」
  「桜・・・・・・? ああ、間桐さんと一緒に運び込まれた子ですね。大丈夫、今はまだ眠っているけどすぐ起きるでしょう。隣の病室にいますので、この後に行ってみるといいですね」
  「――そうですか」
  桜ちゃんが無事だと聞いて俺は心の底から安堵した。
  守ると決めた桜ちゃんに何かあったら俺の生きている意味は無くなってしまう。ホッとする俺に向けて医者は続ける。
  「今、あなた達は身元不明として入院していますので、後で住所氏名などを届けて下さい、詳しい事はここにいる看護婦に聞いてください。それから間桐さん、あなたが起きたらご連絡してくださいと伝言があります。――これです」
  「ご連絡・・・?」
  話しながら医者が渡してくるメモには冬木市のどこかだと思わせる番号が書かれていた。
  けれどその番号には覚えがないし、下に書いてある名前にも覚えがない。
  「・・・・・・・・・なんですか、これ?」
  「さてねぇ? 私はただ『渡してください』とお願いされただけですので」
  そこで会話は途切れ、医者は機材を片づけて仕切りカーテンの外へと出て行ってしまった。
  俺に異常がないのでいつまでも話を続けるは無いらしい。
  残った看護婦もまた手早く俺の手に刺さってた点滴を抜いて、この病室からを出てエレベーターの近くにある受付にて住所氏名やらの申し込みを行ってくださいと事細かに説明したらさっさと退出してしまった。
  流れ作業のような淡泊な印象を受けるが、病人と毎日接する職業ならば自分の意思を考えずに仕事を完遂する行動も必要なのだろう。
  俺のようにすぐ退院できる者ならばいいが、どうあっても助からない者や余命が定まっている患者と同じように接する為にそうやって自分を律する必要があると思えた。
  感情は戦うための理由であって、戦いそのものに持ち込むべきではない―――。それと一緒だ。
  残った俺は一度ベットの上に横になって、伝言だともらったメモに書かれた番号と名前をもう一度見た。
  「・・・誰だ? こいつは」
  もう一度じっくり見ても、やはり覚えのない電話番号と名前に首をかしげるだけだ。
  考えても答えは出そうになかったので、俺はメモを持ったままベットから起き上がり、看護婦が用意してくれた病院備え付けのサンダルを履いた。そして桜ちゃんがいるであろう隣の病室を目指す。
  隣ならば長くても歩く距離にすればほんの十数メートル。立ち上がった時にほんの僅かな立ち眩みは合ったが、俺の体は苦も無くその距離を歩いた。
  俺がいた部屋は仕切りカーテンによって区切られた四人部屋で、俺が寝ている位置は窓際だった。更に言うと、部屋そのものがその階の一番奥にあったので、『隣部屋』の説明で右か左かを迷うこともない。
  隣もまた俺の部屋と同じく四人部屋で、仕切りカーテンが部屋の中を区切っているのも全く同じだ。
  その中の一つ、入り口付近にあるカーテンの向こう側に俺と同じく子供用の青い浴衣式患者衣を着た桜ちゃんの姿が合った。隙間からほんの少し顔が見えただけだったが、見つけるだけなら十分すぎる。
  出来るだけ音を立てない様にカーテンを横に動かして桜ちゃんを見ると、眠った状態で点滴を受けていた。その姿を見ると、俺もこんな風に眠っていたのか。と思いながら、無事を確認を出来て良かったとも安心する。
  白い電灯に照らされる顔は血色がよく、ほんとうにただ眠っているようにしか見えない。俺と、そしてこの場にはいないようだが、士郎と同じく神の力を宿して殺し合いを行ったなど嘘のような穏やかさだ。
  「桜ちゃん・・・」
  カーテンを超えてベットの脇にあった椅子の上に腰を下ろしながら語りかける。けれども、応じる声は無く、そのまま小さな手の片方を握ってみても暖かい子供の体温を感じるだけで、握り返すような反射は全く無かった。
  俺はつい、桜ちゃんを抱き上げて、一気に謝りたい衝動に駆られた。
  戦わせてすまない。
  こんな目に合わせてすまない。
  守りきれなくてすまない。
  共に戦うのを俺自身が選んでおきながら、出てくるのは後悔ばかり。
  点滴を受けて眠っている桜ちゃんを不用意に動かすのは危険だと頭のどこかで考えていたので、抱き上げるような真似はしなかったけど、その代わりに心の中を謝罪が満たす。
  ごめんなさい―――桜ちゃん―――。
  片手を握ったまましばらく呆然としていると、背後に新たな入室者の気配が合った。
  全身全霊をかけて謝りたいのだけれど、それはそれとして周囲の気を配るのはもう消せはしない戦う者としての習慣だ。ここが病院だとしても、桜ちゃんの無事が判ったとしても、どこなのか判らず誰が敵で誰が味方なのか判っていないから、振り向いて入り口を睨む。
  すると俺よりも少し年上と思われる男女が部屋の中へと入ってきた。他の入院患者の父母がお見舞いに来たのだろうか?
  俺が見てしまっていたせいで、向こうもまた視線に気付く。
  男の視線の俺の視線がぶつかった。
  「・・・・・・・・・こんばんわ」
  見ておいてすぐ目をそらすのも失礼と思ったので挨拶をしたが、とりあえず見る限りでは武器を持っているようには見えないし危険な感じもしない。
  本当にただこの病室を訪れただけのようだ。
  「――こんばんわ。・・・・・・娘さんですか?」
  向こうも立ち止まって挨拶を返し、俺が手を握る桜ちゃんをちらりと見ながら言う。
  「ええ・・・。まあ・・・そんな感じです」
  今更ながら、危険は無いと判断して見られる前に視線を外さなかったことを後悔したが、時すでに遅し。
  煮え切らない言葉をこの夫婦らしき二人組がどう受け取ったかは定かじゃないが、何となく『ここで会話は終わり』という雰囲気が出来上がってしまう。
  そもそもこっちには話す気はなかったのだ。向こうが二人して頭を下げたので、俺も合わせて頭を下げると、カーテンに仕切られた死角―――部屋の奥へと歩いてゆく。
  やはりこの病室にいる他の入院患者のお見舞いに来ただけのようだ。
  それでも念のためにカーテンから顔を少しだけ出して見ていると、二人いるので部屋の奥にあるカーテンを退けて、その向こう側へと消えていくのがよく判る。仕切りカーテンによって二人が見えなくなる間際、ベットにつけられたネームプレートの一部に『コトネ』と書かれているのが見えた。
  おそらくそれが入院している誰かの名前なのだろう。
  それ以上見る意味がなくなったので、俺はまた桜ちゃんに視線を戻す。そしてさっき見たネームプレートと同じ位置に何か書いてあるかと思って探すが、そこには何も書かれていない白い紙が挟まっているだけだった。
  思い出して見れば、俺も桜ちゃんも自分が誰かと証明する物を何一つ持たないで戦場へと飛び込んだ。名刺も、免許証も、名札も無い。さっき医者に言われた通り身元不明と扱われたのなら名前が書かれなくても仕方のない事だ。
  俺は桜ちゃんから手を離し、その何も書かれていないネームプレートを手でなぞった。聖杯戦争が始まる前だったなら、いいや、間桐邸に戻ってゴゴに出会う前だとしても、俺はここに書かれる名前を何の迷いも無く思い浮かべられた。
  遠坂桜、だ。
  しかし、時臣と葵さんの本性を垣間見てしまった後だと、どうしても『遠坂』が忌々しい名字となって蘇ってくる。
  俺は遠い昔の出来事の様で、けれどもしっかりと臓硯に―――この場合はゴゴではなく死んだ爺の方だ―――に言った言葉を思い出す。


  遠坂の次女を向かい入れたそうだな。そんなにまでして間桐の血筋に魔術師の因子を残したいのか?


  遠坂桜が間桐に養子に出された。その事実を理解した上で、俺はずっと桜ちゃんを『遠坂桜』と見て接してきた。付き合い方もそうだが、呼び方についてもそうだ。
  俺にとって桜ちゃんはどこまで行っても遠坂の娘であり。こんな間桐のおぞましい魔術などとは無関係なのだと常に一線を引いてきた。なのに今、俺はその境界線が薄れているのを感じている。
  またネームプレートをなぞりながら、俺は誰にも聞かれないよう小声で呟く。
  「間桐・・・桜――」
  遠坂の娘ではなく間桐の娘。
  そうあるべきだ―――。そんな言葉が俺の中に響く。
  そうしなければならない―――。別だけど似ている言葉が俺の中で繰り返される。
  そう言えば、桜ちゃんの戸籍はどうなっているんだろうか? そんな風に考えながらネームプレートに当てていた手を外して桜ちゃんの顔を見る。そして視界の隅に病室の白さとは違った色を見つけた。
  それは患者衣の青さとは別種の青であり、茶色くもあり、病院の白さとは違うけど全体的に白い―――ミシディアうさぎだった。
  「ぶッ!?」
  予想すらしていなかったナマモノの出現に俺は息を吐き出した。
  もう一度よく見ても、やっぱりミシディアうさぎはミシディアうさぎだった。ただし、俺が凝視しても動く気配は無く、ベットの近くに置かれている小さな机の上に居座ったまま微動だにしない。
  この無機物の様に動かないのと、桜ちゃんに意識を向けてばっかりだったのが、気付かなかった要因だ。
  更によく見れば麦わら帽子の部分に桜ちゃんの使い魔を示す『0』が描かれている。こいつはゼロだ。正体を知った上でもう一度じっくり見るがやはりゼロは動かない。
  置物のように、はく製のように、ぬいぐるみのように、ただたあそこにいる。
  「・・・・・・・・・もしかして、ぬいぐるみのふりをして桜ちゃんの傍にいるのか?」
  改めて状況を振り返って見ると、子供の為に用意されたぬいぐるみがただそこにあるだけに思えなくもない。
  ゴゴの計らいか、それともゼロが自らそうしたのか。答えは出ないが、『そうだ!』と言わんばかりにゼロの目がほんの少しだけ動いて俺を見た。
  変化は一瞬。目線はすぐに元の位置に戻ってしまったので、ゼロを見続けていなかったら見逃していただろう。
  こいつは俺が寝ている間もずっとずっとぬいぐるみのふりをして桜ちゃんの傍にいてくれた。守っていてくれた。
  ずっと、ずっと、ずっと、全く動かずここに居続けた。
  「ありがとうな・・・」
  俺は立ち上がって机の方に行くと、麦わら帽子の上からゼロの頭を撫でた。目線を動かした一度きりが例外だったらしく、撫でても触っても突いても変化はない。
  この鉄壁の意思はうさぎながら見事と言うしかない。
  まだ桜ちゃんは起きてないし、ゴゴのことや聖杯戦争のことも殆ど判ってない。それでも普通ではない俺達の日常がほんの少しだけ戻ってきた実感が合ったので、俺はついつい笑みを浮かべた。





  桜ちゃんの無事を確認してからのゼロとの再会。そこから退院までの俺の時間は全て情報収集と考察に割り振った。
  時間の許す限りは桜ちゃんの傍にいて、見舞客や話せる入院患者、他にも看護婦が傍に通れば出来るだけ呼び止めて『何が起こったか?』を聞いて回った。
  間桐雁夜の名で入院手続きをする時も進んで話題を振って、就寝時間となって桜ちゃんの傍を離れられなくなった後は手にした情報をずっと整理した。
  灯りの消えた病室の中、ベットで横になって眠っているように見せかけながら、一睡もせず考える。
  足りない情報を予測で補ってほぼ間違いないだろう確信へと至った幾つかの事実。
  まず、俺達が三闘神の力を得て戦った時から二日が経過していた。そして冬木のあちこちで事故があり、俺達はその中の一つである連続大量殺人犯の殺戮に巻き込まれたことになってるらしい。
  俺と桜ちゃんは浜辺で気絶していて、その近くには銃を乱射して冬木の住人を殺しまわった狂人もいた。そいつは俺達二人を殺そうとした直前に力尽きて倒れたんだと考えられているようだ。
  日本では珍しいシリアルキラーの出現とこれまで起こっていた連続誘拐事件の犯人とも思われてるので、事件から数日経った今も冬木は大騒ぎ。俺の同室にいる入院患者へその話を持ち込んだ見舞客がいたので、多くの状況を把握できた。
  向こうも直接犯人を見たであろう俺を少し気にしていた。
  その狂人は十中八九セイバーのマスターである衛宮切嗣だ。そいつは今、警察に逮捕されて厳重に拘束されているらしいので、事実かどうかを確かめる術は今の俺には無い。
  その他にも、円蔵山の半分以上が崩落して死傷者を大量に出す自然災害が発生したり。空飛ぶドラゴンの幻を見たなんて話も聞いた。
  ゴゴはかつて俺に告げた言葉通りに聖杯戦争を完全に破壊したのだろう。円蔵山周辺は二次災害に備えて立ち入り禁止になってるらしいが、間桐邸がその外側にあればいいと望む。
  崩落に巻き込まれた家屋が大量にあって、死傷者がかなり出たが、正確な被害はまだ調査中との事。推定では殺戮された人数よりも多い千人規模だとか。
  今の冬木は聖杯戦争の時には合った魔力の濃密な気配がまるで無く。魔術的な霊地とは思えないほど何も感じない辺鄙な土地になってしまっていた。
  一度、病院の中にある公衆電話から間桐邸に向けて電話をかけてみたが、応じる者は誰もいない。常に間桐邸にいる筈のゴゴは電話に出なかった。
  そうやって幾つかの情報を統合し、考察し、推論し、把握している内にあっという間に朝を迎えて退院時間になってしまった。
  浴衣式患者衣から倒れていた時に着ていたらしいパーカーに着替えたんだが、パーカーには傷一つなく、新品だと言われても納得できてしまう。『魔神』の力を借りた時に破けて使い物にならなくなった筈だが、ゴゴが用意したんだろうか?
  桜ちゃんをここに置いていくのは非常に心残りなのだが、俺と桜ちゃんの入院費の支払いやら保険証の提示やら着替えを持ってくるやら―――今の冬木の状態を肌で感じるやらで病院の外に出なければ判らない事もあるので俺は急いで退院した。
  戦う力で考えるとゼロはただのうさぎと変わらないので、どうしても不安は消せない。
  出来るだけ急ごう。そう思って病院を出ると街中を絶えず巡回するパトカーの姿が目に移り、人々は皆、起こった出来事の悲惨さと犯人の残虐さを噂していた。
  俺が眠っていた数日程度じゃ、冬木に刻まれた傷を癒すには足りない。むしろ時間が経つごとに聖杯戦争で隠されていた部分が浮き彫りになっていくので、騒動は更に活発になって行く。
  病院は深山町の方に合ったので情報収集を兼ねて間桐邸を目指しながらゆっくりと歩く。ついでに、これまで慣れ親しんできたアジャスタケースの重みがないのを慣らす意味もあった。
  俺を見張る目は一つも無く、聖杯戦争の時にはあった敵使い魔の視線やらアサシンの監視も無い。もっとも後者については聖杯戦争の時から判らなかったのでほとんど予測に過ぎないが―――。
  起こってしまった多くの酷さは道行く人が話す会話に耳を傾けるだけでもよく判るが、ゴゴが聖杯戦争を破壊して完全に終わったと考えると今を平和と思ってしまう。
  病室で情報整理をしていた時から気がかりが幾つかあり、その中の一つに士郎がどうして俺達と一緒に居なかったのかがある。三闘神の力を使って俺達と同じように戦ったのだ、あいつも海辺に倒れて病院に収容されたとばかり思っていたが、看護婦の話では俺と桜ちゃんしかいなかったらしい。
  士郎はどこで何をしている?
  色々聞いたり考え込んでいると、あっという間に間桐邸に着いてしまう。数日寝たきりになって体力は落ちてると思ったが、一年で鍛えられた肉体はまだまだ健在で息は切れてない。
  戦っていた時間と眠っていた時間も合わせればしばらく見ていなかった間桐邸だ。円蔵山の立ち入り禁止区域の外側に合ったのはありがたいが、家に突っ込んでいる自動車が異彩を放っている。
  「・・・・・・・・・」
  それが俺達が最後の戦いに出る前に合った敵からの攻撃だと判っている。俺がその自動車を見て呆然としたのは、まだそこにあるという事実そのものを見せつけられたからだ。
  痕跡が丸々残っているのは誰も片づけたり、片づけを手配したりする者が居なかった証明にもなっている。
  俺は病院から電話をかけた時にも感じた胸の痛みを覚えながら、自動車に突き破られた門扉を通って玄関へと進む。そして取っ手を握った瞬間―――。
  バチッ! と火花が散るような痛みと体の中を巡る『何か』が変わる感覚を味わった。
  咄嗟に手を離しても、『何か』は俺の体の中にずっと残っていた。明確に言葉に出来るものじゃなく、説明しようとしても上手く言葉には出来ない。ただ、小さな痛みとは裏腹に不快感は無い。
  『何か』が変わった。いや、『何か』が切り替わった。そう感じる。
  もう一度取っ手を握ってみるが、もう同じ現象は起こらなかった。鍵はかけられていなくて、軽く引けば玄関は呆気なく開いてしまう。
  泥棒が居れば難なく侵入できてしまう不用心さを思いながら、切り替わった『何か』が選ばれた者以外は間桐邸へ入れなかったのだと教えている。
  俺にはそんな事は判らない筈なのに―――、何故か判ってしまう。
  こんな異常事態は俺が間桐邸に戻った一年前から無かったと思い出して、胸の痛みと嫌な予感と『何か』が混在してどんどんと膨らんでいく。
  その思いは玄関を通り間桐邸に入っていく毎にどんどん膨らむばかりだった。
  物音は俺が作り出す足音や衣擦れの音だけで、それ以外の音は全く聞こえない。
  この一年で構築されたものまね士ゴゴを起点にした生活が何一つ感じられなかった。
  桜ちゃんの孤独を癒し、ペットのように扱われた沢山のミシディアうさぎ達が居ないし見つからない、足音も聞こえない。
  空虚―――。それが今の間桐邸を表す全ての言葉だった。
  俺の目に映る家の中が全く同じだからこそ、余計に『無い』が際立っている。間桐邸はこんなに広かったのか、と、今更ながらの事実を俺は考えた。
  間桐邸のあちこちを散策してもよかった。ゴゴやミシディアうさぎ達を探して見回ってもよかった。けれど俺の足は自然と地下の蟲蔵へと向かった。
  臓硯が生きていた時は蟲蔵こそが間桐の忌むべき魔術の象徴だった。それがゴゴと生活するようになってからは一年で最も多くを過ごした修行場になり。時に桜ちゃんを交えた祝い事などでも使用されるイベント会場へと変化した。
  良くも悪くも俺にとっては間桐邸の中で最も思い入れ深い場所だ。
  地下へと向かう階段を下って蟲蔵に足を踏み入れた時、俺の目に一本の剣が飛び込んでくる。
  「ぁ・・・・・・」
  ただ『斬る』に特化した無骨な作り、装飾品の類は最低限に抑えられ、俺が何度も命を預けた魔剣ラグナロクが床に突き立てられている。
  蟲蔵の中央に刺さったその剣の近くには鞘代わりに使っていたアジャスタケースが転がっていて、その『剣』と『鞘』の組み合わせが見間違いではないと強く主張していた。隠れ蓑としても、真剣をアジャスタケースにいれるなんて可笑しな組み合わせを使うのは冬木で俺だけだ。
  最初のその二つを見て、俺はまず『なんでここに?』と疑問を感じるよりも前に『やっぱりここに』と奇妙な納得を心で感じた。
  驚きは無かった。ただ、俺の中にある『何か』に導かれるように足はどんどんと進む。近づけば近づくほどに俺の体の中で切り替わった『何か』は予感を俺に植え付けていく。
  その予感は魔剣ラグナロクに手が届く位置にまで近づくと、最早、確信に様変わりする。
  これを抜いてしまえば何かが終わる―――。それを理解しながらも。これを抜かなければならない。とも思う。
  間桐邸に入ってから真っ先に蟲蔵を目指したのは『何か』の導きであり『何か』を終わらせる為だ。その為に俺はここに立っている。この剣を引き抜いて終わらせる為に、何よりもまずここに来た。
  俺は両手でしっかりと剣の柄を握りしめる。敵を殺す武器でありながらも、俺にとっては慣れ親しんだ感触なので、少しだけ体の力が緩む。
  最初は持ち上げる事すら苦労した剣の重さが懐かしい。手の中に返ってくる剣の感触を確かめながら―――意を決して一気に引き抜いた。
  ズズズズズズ、と床から外れていく金属の感触が刃から柄を通って俺に伝ってくる。すると玄関で感じた火花のような痛みが魔剣ラグナロクを握る手に走った。
  ただし今回は痛みと一緒に体の中を巡る『何か』が切り替わる代わりに、『何か』が俺の中に流れ込んでくる。
  今の衝撃で俺の中にあった卵の様な物が割れて中身が溢れたのか? それとも玄関先で俺の中に入った『何か』と魔剣ラグナロクを引き抜いた時に入った『何か』が混ざって反応を起こしたのか? どちらでもありそうで、どちらでもなさそうな奇妙な感覚を味わいながら、俺はそれを見る。
  間桐邸だった―――。
  地下の蟲蔵に居ながら。今、俺は、間桐邸を隅から隅まで見つめていた。
  俺の中に間桐邸の景色が流れ込んでくる。間桐邸の中にいる俺が外から俯瞰する不思議な感覚だった。
  すぐに俺はこれが何なのかを知った。判る判らない以前に『理解』が最初に俺の中に流れ込んできたので、言葉で説明されるよりも前に理解していた。
  間桐邸を守る結界はこの俺、間桐雁夜の魔術回路を起点にして構成されるようになったのだ―――と。
  今なら、これまではおぼろげにしか感じられなかった結界の縫い目がどこにあるか明確に判る。
  部屋という部屋、床という床、壁という壁。全ての天井や調度品や家具を自分の手で直接触れながら見ているような全能感が合ったが、同時に一気に流し込まれた膨大な情報量に眩暈もした。
  魔剣ラグナロクを握る両手と両足にそれぞれ力を込めて、何とか床に倒れるような事態は避けられたが。俺は間桐邸のありとあらゆる場所を見通せてしまったおかげで重大な事を思い知らされる。
  間桐邸のどこにもゴゴの存在を感じない、と。
  ゴゴがいた痕跡は綺麗さっぱり消えてしまい、壁に埋め込まれたスロットも蟲蔵での特訓に使ってた道具も魔石も百匹以上いたミシディアうさぎも何一つ無い。
  間桐邸の全てを把握できて初めて知ったのだが。間桐邸の中にはゴゴの私物と呼べる物は全く無かった。あいつは間桐臓硯の部屋を自分の部屋として活用していた筈なんだが、そこにある道具はあくまで間桐臓硯の遺物であってゴゴの持ち物じゃない。
  普通の人間なら―――俺や桜ちゃんだったら発生する『人から出る汚れ』がゴゴとは無縁であり、ずっとものまね士の格好をし続けていたゴゴは着衣の交換すらしなかったので衣類も無い。
  「そう、か・・・」
  魔剣ラグナロクを握って刃を下に向けたまま持ちながら呟く。
  俺は思い知らされた。
  俺は理解させられた。
  俺は悟らされた。
  あの時、ティナの姿でゴゴが言ったセリフは紛れも無く正しいのだと、この継承と言うか置き土産と言うか、十中八九ゴゴが残したであろうこの魔術が俺とゴゴとの最後の別れの挨拶だった。
  ゴゴは俺にそれを教える為にわざわざ魔剣ラグナロクをここに配置していたんだろう。俺だったら絶対にこいつを握って抜くと確信していたから。
  本当に、さようなら、なんだ。
  間桐邸の中を全て支配できたような達成感が急速に萎んでいく。
  気がつけば、俺はそのままの体勢で涙を流していた。





  魔剣ラグナロクをアジャスタケースに収めて背負ったのは単なる習慣だ。今の俺に必要なのは保険証やら財布やら入院している桜ちゃんの着替えやらで、わざわざアジャスタケースを持ち歩く意味は無い。
  むしろ今の冬木は不審者に対して敏感になっているので、万が一にもアジャスタケースの中身が露見して『真剣を持っている男』などと思われてしまえば警察のお世話になって、銃刀法違反で罰せられてもおかしくない。
  それでも俺は必要な物の中に魔剣ラグナロクを加えた。
  今の冬木の状況が完全に把握できるまでは敵と味方の区別が出来ないのだ。
  俺にとって魔剣ラグナロクは敵と遭遇した場合の最大の武器であり、衛宮切嗣が死んだという話も聞いてないし、遠坂がどうなったのかもまだ確認していない。だから敵と遭遇して戦う羽目になったらどうしても戦力が必要だ。
  出来るだけ見つからない様にしようと思いながら色々もって外に出る。そのまま道路を歩いていると、結界の外にいるにも関わらず間桐邸の様子が把握できるのを感心した。
  ゴゴも、そして一年前に消えた爺もこんな風に間桐邸を見ていたのだろうか。そう思ったけど、すぐに間桐邸の事は考えなくなり、ランニングと同程度の速さで走って病院へと向かった。
  誰もいない間桐邸よりも、ゴゴが居なくなったと理解したこそ、俺は無性に桜ちゃんに会いたくて仕方なかったんだ。
  入院患者が退院してから数時間も経たずに今度は見舞客の立場になって病院を来訪する。俺は入院費の支払いやら何やらの諸々の手続きを終えて完全に退院した事にした後、見舞客の手続きを行い始めた。
  自分の名前や見舞う相手を紙に書いて提出するんだが、そこの患者の欄に俺は『間桐桜』と書き込んだ。
  「・・・・・・・・・」
  手が一瞬『遠坂桜』と書こうとして慌てて訂正したが、自分でも驚くほどすらすらとその名前を書けた。
  書き終えた紙を受け付けの人に渡して桜ちゃんの待つ病室へと進む。けれど、病室の桜ちゃんは昨日見た様子と全く変わらず、ベットの上で点滴をつけた状態で眠ったままだ。
  栄養剤が入った点滴が交換されている位しか見た目の違いは無く、桜ちゃんの様子も机の上でぬいぐるみのふりを続けているゼロも変わっていない。まるでここだけが時間の流れから取り残されているようだ。
  「桜ちゃん・・・?」
  小さく呼びかけてもやっぱり応答は無い。
  俺はまたベットの横にあった椅子に腰かけて桜ちゃんの手を握りしめると、早く起きてほしいと願いながらゴゴのことも考え始める。
  けれど考えられた時間はあまりなく、俺の退院やら移動やら間桐邸での継承やら準備やら手続きやらで色々と時間を使ってしまったので、あっという間に日は暮れて、面会終了時間になってしまった。
  手早く用事を済ませてここに戻ってくればもっと桜ちゃんと一緒に時間が作れたと思っても過ぎ去った時間は取り戻せない。仕方なく紙袋に詰めて桜ちゃんの為に用意した衣類やら何やらを机の脇に置いてこの場を去る。
  帰り際に受付にいた人に、桜ちゃんが起きたらすぐに電話をください、と、間桐邸の電話番号を教えた。後ろ髪を引かれる思いで病院を出る。
  まだ肌寒い冬木の夜に思わずパーカーのポケットの両手を突っ込んだ。聖杯戦争で戦っていた時は敵襲が合った時にすぐに武器が抜けないから絶対にやらなかったんだが、終わってしまえば思わずやってしまう。
  そこでポケットの中に紙片が入っているのに気が付いた。
  取り出して見れば、それは医者から渡された紙だったと思い出す。桜ちゃんの件ですっかり忘れていたが、これはこれでよく判らない事柄の一つだ。
  病院には戻れないし、今の俺に出来る最善は起こってしまった状況を出来るだけ把握して先に備える事。待ち構えているかもしれない危険を排除して、桜ちゃんが目覚めた時に安心を作り出しておかなきゃいけない。
  ゴゴが居なくなったしまったからこそ、それは俺に課せられた義務だ。
  しばらくメモに書かれていた電話番号と名前を眺めていたが、やはり番号を思い出せないし名前に見覚えも聞き覚えも無い。
  いつまで見ていても事態は動かないので、意を決して近くの公衆電話から電話を掛けた。
  呼び出し音が一回、二回、三回・・・。
  「はい――」
  受話器の向こうから名乗られた名前は紙に書かれていた物と一致する。年配の男の声に聞こえるが、機械を通しての声なのではっきりとはしない。
  とりあえず悪戯の類では無かったので話を進めた。
  「夜分遅くに申し訳ございません。間桐雁夜と申します」
  「間桐・・・?」
  「病院の医者にあなたが『電話をください』と伝言を残されたと聞きましたが、間違っていましたか?」
  「あ・・・ああ、はい、はい。まとう、間桐さんですね。いやいや、申し訳ない。この頃、電話応対に追われておりまして、伝言をしていた事をすっかり忘れておりました。真に申し訳ございません」
  「はぁ・・・」
  電話の向こう側で年配の男が何度も頭を下げる様子をイメージする。
  魔術師とか裏の世界に通じているとか、そう言った類の雰囲気ではなく一般人と話しているような感じだ。
  けれども直接対面している訳ではないので油断は禁物だ。声だけでは判らない事も多々あるので、気を抜かずに話を続ける。
  「それで貴方はどこのどちら様で俺に何か用ですか?」
  「度々失礼しました。実は私、刑事部捜査一課の刑事でして」
  「刑事・・・?」
  聖杯戦争以前も以後も関わりのなかった職業に不信感が一気に増す。
  電話の向こうがにいる刑事を名乗ったこの男は俺に何の用だ? と。
  「刑事が俺に何か用ですか?」
  敵に問いかけるように声に苛立ちが混じってしまう。すると刑事と名乗った男は俺への返答ではなく別の事を喋りだした。
  「お話の前にご確認したいのですが、間桐さんのお宅には少々奇抜な格好をしてらっしゃるお父様がいらっしゃるとお話を聞きましたが、間違いないでしょうか?」
  「・・・ええ」
  「黄色い頭巾に赤色のストール、マントを沢山羽織って鳥の羽根で着飾り、全身を覆い隠している・・・。お名前は間桐臓硯さんでしょうか?」
  「そうです」
  電話の向こう側からまるで見知った相手を眼前に据えた状態で話してくる。とっさにこの一年でゴゴが外出した時に刑事を名乗った男に見られていた可能性を考え、ついでに『あんな格好をした奴が二人もいてたまるか!!』と思った。
  分身してた時は二人どころじゃなかったけどな・・・。
  もしかしてゴゴが警察に捕まっているから保証人になって俺に迎えに来てほしいという話なのか?
  ありえない可能性は頭を振って押し退ける。そんな失態は絶対にしないのがものまね士ゴゴだ。
  「あ・・・、やっぱり、間違いないか・・・」
  唐突に言葉が止まり、言いよどむ話し方が俺を苛々させる。
  一体この電話は何のために行われているのか? 何が言いたいのか? 目的がはっきりしないから苛立ちは止まらない。
  「何ですか?」
  「――間桐、雁夜さん」
  「はい」
  「申し訳ございませんがご本人様確認の為に今から言う場所までお越し願えないでしょうか」
  「今からですか?」
  「ええ。よろしければ・・・」
  男はその後に新都にある病院の名前と住所を告げた。
  俺が桜ちゃんの傍を離れなきゃならなかったのは面系終了時間になったからで、男が告げた病院も違いは無い筈。
  そんな決まりを破ってまで夜遅くに俺を病院に呼び出す理由は何だ? 治療や通院の類なら俺が入院していた病院でも行えるからこそ意味が判らない。
  「まさか・・・爺が怪我してそっちの病院に入院してたりしますか?」
  そんな訳は無いと思いながらも、とりあえずありそうな理由を口にする。
  ただしあのゴゴがそんな当たり前の理由で病院にいる筈がないと俺がよく理解していたので、否定するだろうと確信していた。
  「いいえ――、違います」
  やっぱりか。聞こえてきた言葉にそう思ったが、続けられた言葉に俺は絶句してしまう。
  「大変申し上げ難いのですか・・・・・・・・・」


  「間桐臓硯さんは――お亡くなりになりました」


  予想すらしていなかった言葉を聞いた後。俺は公衆電話の近くを通りがかったタクシーを止めて、電話口で聞いた病院の名前を運転手へと告げて移動した。その最中、俺の頭の中には肯定と否定がせめぎ合った。
  昼の冬木は直に見れたので、夕暮れから夜にかけての―――聖杯戦争が終わった後の冬木市を見る機会に恵まれたが。俺は考えるのに忙しくて周囲の状況を観察する余裕なんて無かった。
  間桐臓硯が死んだ? つまり、ゴゴが死んだ?
  そんな筈はないと強く思いながら、死体すら物真似したゴゴが居たのを知ってるので、そうかもしれないと思ってる俺がいる。
  聞かされた言葉だけじゃ本当が判らない。推論は否定と肯定を繰り返して出口のない迷路の中をぐるぐるを回っている。
  結局、十分もかからずにタクシーは新都の病院に着いてしまい。その間に頭の中で結論は出なかった。入り口付近で待っていた男に挨拶され、頭の片隅でこの男が電話で話した刑事なのだと判っても否定と肯定は消えずに残り続ける。
  年のころは四十後半か五十前半と思われるが、今の俺にはそんな事はどうでもよかった。
  「間桐さんはご存知かと思いますが、数日前に起こった殺人事件では大量の死者が出ました。実に嘆かわしい事です」
  「・・・」
  「土砂崩れの件もありまして、身元が判明していない方が何人かおりまして、私どもは全力で身元照会に当たっております。その中の一人に――その・・・奇妙な格好をしたご老人がおりまして、何人か同僚に聞いたところ、間桐臓硯さんのことが浮かび上がりました」
  灯りの少なくなった病院の裏手へと案内される間も男この言葉は続く。
  念のために間桐邸に連絡しても誰も電話に出なかった。とか。
  死傷者への照会中に、たまたま間桐雁夜さんと思われる方を発見し、確証は無かったが念のために伝言を残した。とか。
  あの事件に巻き込まれた方は二つの病院に入院し、特に怪我の酷い方やお亡くなりになった方はこちらの病院に集められています。とか。
  心臓と頭を撃たれていて、手の施しようがなかった。とか。
  どうしてご老人があんな夜遅くに外を出歩かれていたのか判りません。とか。
  時々、尋問の様な問いかけが合ったが、俺は上の空で適当に応じながら男の背中を追って病院の中を歩き続けた。頭の中は肯定と否定が作り出すよく判らないモノでぐちゃぐちゃなままで話せる状況ではない。
  「こちらです――」
  歩いていると、ここの病院の担当者と思われる白衣の男が加わった。聖杯戦争の只中だったなら、敵か味方か判別できるまでは警戒するんだが、今の俺にはそんな事は出来ない。
  俺達は幾つかドアを通り抜け、夜の寒さよりは若干暖かさを感じるが、病院の中では肌寒く感じる部屋の中へと入っていた。そこには壁一面に取り付けられた小さな扉が幾つもあり、どこか蟲蔵の構造を思い出させる様子に少しだけ意識が現実へ戻ってくる。
  白衣を着た男が壁にある扉の一つを開け、その中にあったモノを引き出した。そして台の上に置かれたモノが寒さと一緒に現れて、俺の目に飛び込んでくる。
  胸から下を白い布で隠し、生気を無くして横たわったまま動かない間桐臓硯がそこにいた。
  俺のよく知る『間桐臓硯』に比べれば身長も体格も少し立派になっているが。その顔は―――この一年全く見ていなかったし、見たくも無かったその顔は―――紛れも無く間桐臓硯のものだった。
  「・・・・・・・・・」
  どうしてこいつがここにいる? 否定を肯定を吹き飛ばしながら真っ先に俺はそう思った。
  髪の毛が一本も無い顔は間違いなく間桐臓硯なのだが、白い布で隠れている部分の体格の違いが『これ』と『間桐臓硯』との違いとなって、別人だと伝えている。『これ』と比較すれば『間桐臓硯』は二回りは小柄だ。身長も二十センチは違う。
  驚いても出来るだけ平静を装うようにするのは慣れている。間桐臓硯がここにいる事実と別人の死体を目の当たりにする驚きを封殺して、俺はじっくりその顔を眺めた。
  「・・・・・・うちの爺です。間違いありません」
  そしてこの場に居合わせた他の二人に聞こえるようにそう呟く。
  「――お悔み、申し上げます」
  刑事か医者か、どっちがそう言ったかなど今の俺にはどうでもよく、ただひたすらに疑問解消の為に頭は答えを求めて動き続けた。
  こいつは臓硯じゃない。そうなるとこの『間桐臓硯』はゴゴだ。
  殆ど間違いないだろう予想に辿りつくと、またあの言葉が俺の頭の中に蘇る。


  さようなら・・・


  もしかしてゴゴは魔術の世界からも表の世界からも『ものまね士ゴゴ』という存在を消し去る為、さよならをするために、臓硯の死を作り上げて、自分で死を物真似してるんじゃないだろうか。
  衛宮切嗣に撃たれて死んだ状態を作り出し、この世界で生きる為に使っていた間桐臓硯を殺す。そうすれば俺達の前から堂々といなくなれる。
  答える者がいない俺の勝手な予測だが、それほど間違ってない様に思えた。そう思えば『間桐臓硯』の死体がここにいる理由が説明できる。一年見てなかった顔だが、臓硯を殺したのはゴゴだ、宝具で全身どころか能力すら物真似するあいつなら顔の造形ぐらい変化させられるだろう。
  俺はゴゴか臓硯の名を呼ぼうと思ったが、物真似に全てをかけているゴゴが呼びかけられた程度で物真似を止めて応じるとは思えなかった。ここにいるのが死体を物真似しているゴゴだったとしても、存在が消滅する最後の瞬間まで死体であり続けるだろう。
  だからもう、ここにいるのが死体じゃなかったとしても、この『間桐臓硯』は動かないし喋らないし答えない。
  また一つ、さようなら、が俺の前に姿を現した。そう思ってしまった時、また俺の目から涙が流れる。
  どれほど激痛を味わっても涙なんて流さない様に訓練してきたつもりだったが、痛みへの耐性をつけられたのは肉体だけで心までは強くなれなかったらしい。こんなに涙もろくなってしまった俺を見たらゴゴは笑うだろうか?
  『間桐臓硯』の死体の物真似をしているゴゴを前にして、俺は涙を拭った。





  臓硯の死体を物真似し尽くしているゴゴを見た後。俺は父を喪った息子の態度を作りながら医者と刑事と話し、帰路についた。
  死亡診断書無しで遺体を移動することは原則禁止されているから死体の引き取りやら葬儀の準備やらで色々と手続きがあるやら・・・。俺と桜ちゃんは殺人犯が最後に接した証人だから任意同行を求められたが、臓硯のことも他のことも色々とあるので日を改めるやら・・・。
  意外過ぎる別れの後に押し寄せてくる現実と言う名の後始末、これを済ませる為に俺がやらなきゃいけない事は山ほどある。
  刑事も仕事で話を聞かなきゃいけないのは重々承知してるんだろうが、すでに犯人は逮捕されている状況と、話しなら他の人からも聞かなきゃいけない事と、父を喪った俺を気遣ったのか任意同行の拒否には渋々ながら納得してくれた。夜遅かったのも理由だろう。
  新都から間桐邸までを徒歩で戻る気は無かったので、再びタクシーを使って間桐邸へと戻る。
  道中。少し魔術方面に意識を振り分けてみると、誰もいない間桐邸の様子が判り、やっぱりゴゴはいないんだとまた思い知らされもした。
  間桐邸に突っ込んだままになっている自動車の後始末。これはどこかの馬鹿が運転ミスで壊して逃げたことになっているが、手続きは色々としなければならない。
  他にもこれまでゴゴが一年間家長としてやってきた財産の引継ぎやら、保険やら、桜ちゃんの今後についてやら、現在無職の俺の今後やら、戸籍の問題があれば兄貴を探し出して連絡しなければならないやら、聖杯戦争に関わった魔術の家系『間桐』として魔術協会に事の次第を報告しなければならないやら、必要なら聖堂教会とも話をしなければならないやら―――。
  聖杯戦争の為にやってきた命がけの修業とは別種の苦悩が付きまとうのが容易に想像できた。
  だから俺は夜遅くに間桐邸に帰りついた後、一睡もせずに片づけるべき事柄を一つずつ消化していった。
  今の間桐邸は俺の魔術回路を起点にした結界に変わったので、全てを把握できる状況が何かを探す時は非常に役立つ。臓硯の遺物の中から必要な物を取り出したり、桜ちゃんを見舞う前に午前中で警察署に出頭して話を終わらせる準備を整えたり、他にも色々とやるべき事を済ませていく。
  窓から差し込む光で夜明けを知り、やるべき事を一個ずつ片づけていく間に俺はとある異常に気が付いた。
  病院で目覚めた時から考えてすでに二日連続で徹夜してるのだが全く疲労を感じないのだ。
  徒歩での移動、新たな結界魔術の構築、臓硯の死、などなど。肉体的にも精神的にも疲れているのは間違いないのに、何故か俺の体は休みを欲さず、すべき事をするために動き続けている。
  それまでは自分の身に起こった異常を意識していなかったが、警察署に出頭して昨日会った刑事と話している所でようやくおかしいと思えたのだ。
  刑事の話しは主に『あなた達は何を見ましたか?』『犯人と接触しましたか?』などの状況を尋ねるものばかりで、俺は三闘神の話を完全に隠匿して桜ちゃんと一緒に夜の海を散歩しに行ったと物語を作った。
  間桐邸は海から離れていて、しかも夜も更けた時間にたった二人で? と刑事は怪しんでいたが、新しい趣味として夜釣りを考えているところで、爺は俺達二人が出ていくのに気が付いて追いかけ―――そこで銃弾に倒れたのではないか。と少々巡り合わせの悪かった泣ける話をすると刑事の方が聞き難そうな顔をした。
  ついでに、午後はまだ眠ったままの桜ちゃんのお見舞いに行きたいのですが、と言ったら。またお話を聞くかもしれませんので、その時はよろしくお願いします。と、話しを終わらせてくれた。
  眠っていないから逆にやる気が出ているのではなく、疲労を感じずに受け答え出来る状況がおかしい。俺は自分の体に起こっている異常を考えて、間桐邸に住んでいた時のゴゴと全く同じではないだろうかと思った。
  つまり、俺の中に溶け込んだゴゴの力、『マディン』の力がわざわざ疲労回復しなくても大丈夫な状態に俺の体を作り替えてるんじゃなかろうかと言う予想だ。
  今のところは休まずに動き続けられるのは利点しかない。だからとりあえず、そういう事で納得しておいた。
  警察署から病院までの移動の間、ついでに市役所にも寄って片づけるべき事柄に必要な用紙を手に入れる。そして面会開始時間から少し遅れてようやく桜ちゃんが待つ病室へと辿り付いた。
  大抵の場合、面会開始時間と同時に病院は見舞客でいっぱいになるのだが、俺が少し遅れたのと桜ちゃんが眠る病室への訪問者が少ないのが重なって、部屋の中は静かだった。
  カーテンに仕切られた空間の中で小さな寝息が聞こえる、眠り続ける状況は全く変わってない。ぬいぐるみのふりをしているゼロもそのままで、何一つ変わっていない。
  話したいことが沢山あるんだ、早く起きてくれ・・・。
  「桜ちゃん――」
  祈りを込めて読んでみても、やっぱり返事はない。
  ベットの脇に置いてある椅子に座るのは入院していた時も合わせれば三度目だ。
  こうして俺が起きている事実そのものが三闘神の力を宿しても、ちゃんと人間にもどってこれる証明になっている。だから桜ちゃんも絶対に起きると理解できるが、それでも時間が経てば経つほどに不安は募る。
  もし俺にゴゴと同等の力があれば、すぐに桜ちゃんを目覚めさせられるだろう。そう思ってみても、ゴゴはもういないし、俺はゴゴじゃないから考えても無意味だ。
  聖杯戦争で勝つために攻撃魔法に重点を置いて修行していたから、ゴゴが使っていた蘇生魔法も、状態回復魔法も、高位の治癒魔法も使えない。ゴゴなら手の一振りで作り出せる奇跡も俺には出来ない。
  眠った相手を起こす方法で俺が選べるのは武器を用いて相手を傷つけて強制的に覚醒させる荒っぽい手段だけだ。
  もちろんそんな危険な事を俺が桜ちゃんに出来る訳がない。
  これまでと同じように椅子に座った状態で桜ちゃんの手を握って、生きているのを確かめるように手を繋ぎ続ける。その状態のまま数十分が経過すると、この部屋の中にいる患者への見舞客や看護婦の巡回などで少し出入りが激しくなる。
  俺が桜ちゃんに早く起きてほしいと望むのは桜ちゃんの体が心配なのもあるが、これまで話し相手として存在したゴゴがいきなり消えたので、俺自身が寂しがっているのも理由の一つだと思う。
  臓硯が生きていた時は近づこうとすらしなかった間桐邸。ゴゴが現れたことでそれは一変し、俺にとっては修行で何度も殺される地獄のような時間だったが、桜ちゃんがいて、沢山のミシディアうさぎがいて、師匠としてのゴゴが居て、同居人としてのゴゴもいた。
  たった一年で終わってしまったあの恐ろしくも懐かしい時間を俺自身も気付かない内に満喫していたらしい。
  俺はもう一度。桜ちゃん、早く起きてくれ、と思った。
  「・・・・・・・・・」
  今の状況を思えば思う程に意気消沈していくのが判る。今できる事をして気を紛らわすのも一つの手だと判っていても、桜ちゃんの傍に来てしまうと目覚めを待つ以外に何も出来なくなる。
  悪循環だ―――。そう思っていると、遠くから小さな足音が近づいてくるのが耳に入った。
  大人よりも軽い音なので、おそらく父か母を見舞う子供が歩いているのだろう。その足音は俺達がいる病室へと入って部屋の奥へと進んでいく。
  俺達には無関係の誰かのようだ。
  入院していた時は敵を警戒して訪問者の姿も全て確認したが、今では桜ちゃんの手の片手で握りながら、もう片方の手をアジャスタケースに伸ばすだけに抑えている。何か異常があれば即座に動けるよう構えるのはもう俺の習慣になっていた。
  だから聞こえてくる話し声に自然と耳を傾けてしまうのも仕方のない事だった。
  「小母さま、おはようございます」
  「まあ・・・凛ちゃん。おはよう」
  「コトネは元気ですか?」
  「それが、まだ起きないのよ・・・」
  「そうですか・・・・・・」
  女の子と思われる声とそれに応じる女性の声。そこから先も二人の話は続いて部屋の奥から聞こえてきたが、俺の意識は最初に『おはようございます』と言った女の子の声に引き寄せられた。
  返された名前、最初に聞いた小さな足音、これらが俺の中に生まれた予想を確信に変える材料になって、病室に入って話しているのが誰なのかを即座に導き出す。
  遠坂凛―――。
  まさかとは思いつつも、懐かしさを感じるその名前が頭の中に浮かぶと、確かめる為に動かずにはいられなかった。
  俺は桜ちゃんから手を離して、周りを覆い隠す仕切りカーテンを動かして退ける。だが、それだけじゃ他のカーテンの奥は見渡せないので、立ち上がって聞こえてくる話し声の発生源に向けて一歩また一歩と慎重に近づいていった。
  病室はそれほど大きくないので数歩歩いてしまえばあっという間に辿りつけてしまう。耳を澄ます必要すらなく、カーテンの向こう側から話し声が聞こえてくる。
  聞き違いの可能性も考えたが、俺は覚悟を決めてカーテンの向こう側にいる誰かに向けて声をかけた。
  「凛・・・ちゃん?」
  すると聞こえてきた会話が急に止まり、二秒とかからずにカーテンが引かれて閉ざされていた景色が暴かれた。
  そこにいたのは紛れも無く遠坂凛その人だった。
  「雁夜おじさん・・・?」
  「ああ、やっぱり凛ちゃんだったんだ」
  久しぶりに見る凛ちゃんは会わなかった一年の分だけしっかりと背を伸ばしていた。それにまだ幼いながらも品格を高めようとする心根がちらほらと見えて、見た目以上の成長を感じさせる。
  そういえば、一年間ずっとそばにいたから実感が湧き辛いが。桜ちゃんもこの一年でちゃんと成長してるんだと思い出す。
  「凛ちゃんのお知り合いでしたか・・・」
  そう言ったのは凛ちゃんと話していたと思わしき女性で、よく見れば昨日見舞いに来た夫婦と思われる二人組の片割れだった。桜ちゃんと同じように点滴を繋がれた状態で眠っているのがネームプレートに書かれている『コトネ』と呼ばれる少女なのだろう。
  状況を把握しながら返事をする。
  「ええ。凛ちゃんは知人の娘さんなんですよ」
  微笑みながら会釈をしてきたので、慌てて俺も会釈をする。
  そんな二人のやり取りに凛ちゃんが割り込んできた。
  「雁夜おじさん、どうしてここにいるの?」
  「それは・・・・・・桜ちゃんが入院しているからなんだ」
  「桜が入院してるの? 何が――」
  あったの? と続く筈だった言葉が急に途切れた。
  見ると、凛ちゃんは両手で口を押えて、何も言わない様に必死に自分を抑え込んでいた。その姿は一年前に公園で見た姿を思わせる。
  あの時、凛ちゃんは泣きそうな顔で言った。
  桜はね、もう、いないの・・・。と。
  遠坂の自分が間桐には関われない。桜ちゃんの事を聞きたいのに、それを聞こうとしない凛ちゃんの決意がよく判った。
  一年前の俺だったなら、臓硯が生きていた時だったなら、聖杯戦争を生き延びた後じゃなければ、凛ちゃんの気遣いを受けて細かい事は何も話さなかったかもしれない。
  だが今は違う。
  もう臓硯はいない。ゴゴが居なくなった今、間桐の当主はこの俺だ。桜ちゃんの為にも、俺が間桐を継がなければならない。
  間桐の魔術師として俺は凛ちゃんに向けて言う。
  「心配はいらないよ。桜ちゃんは色々あってちょっと疲れちゃってね、今、そこでゆっくり眠ってるから」
  「本当!?」
  重苦しい沈黙から一転して、凛ちゃんは驚きと喜びを半々にしたような顔になった。一年前に別の家の人になってしまった妹と病院で再会するなんて夢にも思わなかったんだろう。
  まあ、それは俺自身にも言える事で、まさかこんな場所で凛ちゃんと再会するなんて考えもしなかった。
  「本当だ。まだ眠ってるけど、よかったら会ってほしいな」
  間桐の当主として俺は遠坂との対面を許す。
  そして話し中だった状況を思い出して、『コトネ』という名前の少女の母親らしき女性に頭を下げながら言う。
  「あ・・・その、お話し中の所に割り込んでしまってすみません。少しの間、凛ちゃんと話してもよろしいでしょうか?」
  「――ええ、構いませんわ」
  何らかの事情があると察してくれたのだろう。
  理由も聞かずに許してくれた女性の懐の広さに驚きながら、俺はもう一度頭を下げた。
  凛ちゃんは多くを尋ねない代わりに、今にもここから飛び出していきそうな様子でそわそわしている。
  そんな子供らしい様子に微笑ましさを覚えながら、俺は入り口付近にある仕切りカーテンを指差した。
  「あそこだよ。あそこで桜ちゃんは眠ってる」
  その言葉を合図にして凛ちゃんは早足で向かっていく。ここが病院でなければ全力で走っていきたいのが遠ざかる小さい背中から感じられた。
  俺はまた女性に頭を下げ、凛ちゃんの後を追う。
  「桜・・・」
  行くと凛ちゃんはベットの脇から桜ちゃんの寝顔を食い入るように見つめていた。その姿は紛れも無く妹を思う姉の姿だが、遠坂の娘として間桐の娘になった桜ちゃんに深く踏み込めない線引きもあった。
  俺は椅子の位置を動かして凛ちゃんと桜ちゃんの邪魔にならない位置に座る。一分ほど経つと、凛ちゃんが振り返って俺に話しかけてきた。
  「ねえ、桜に何があったの?」
  出来るだけ他の魔術師の家に踏み込まないよう心掛けているみたいだけど、我慢できなかったようだ。
  「・・・・・・・・・『あれ』に少し巻き込まれて力を使い果たしてね、回復の為に今は寝てる所だよ。もう少ししたら起きるだろうって病院の先生は言ってた」
  「そう・・・」
  幼いとは言え、凛ちゃんは遠坂の人間。桜ちゃんが事細かに説明されているのと同じく、聖杯戦争については一部であっても知っている筈。一般人が多くいるこんな場所で聖杯戦争なんて言えないけど代名詞で通じるだろう。
  年に似合わない聡明さがそうさせるのか、すぐにここで話せることの少なさを理解したようで、桜ちゃんが眠る原因についてはそれ以上追究してこなかった。
  本当はもっと『何が起こったか』を知りたいだろうに―――。
  「――桜は、幸せにしてる?」
  そのせいで聖杯戦争からも魔術からも話題がずれていく。
  「どうかな? 俺はこの一年楽しくやってきたつもりなんだけど、桜ちゃんがどう思ったかは桜ちゃんにしか判らないよ。どうせなら桜ちゃんが起きた後で凛ちゃんが直接聞いたらいいじゃないか」
  「でも・・・、お父様が・・・」
  「遠坂の間桐の盟約か――。臓硯の実態にほとんど気付いておきながら、よくもまあ言えたもんだ」
  「え?」
  「ん、ああ、いや。何でもないよ」
  怒りをにじませて呟いてしまったので、凛ちゃんが何事かと見上げてくる。
  慌てて誤魔化し、話を元に戻した。
  「だったら俺の方から話して凛ちゃんと桜ちゃんが話せるようにしてみるよ。こう見えて、結構強くなったからね、時臣と正面からぶつかるぐらい訳ないよ」
  「・・・・・・・・・」
  すると凛ちゃんは不安げな顔を浮かべて俺の顔をもう一度よく見た。
  その目には父親である時臣への信頼と絶対視があり、父に勝てる者などいないと雄弁に物語っている。
  思わず―――。聖杯戦争で時臣を倒してのは俺だ―――。と言おうとしたけれど、聖杯戦争について話さない様に努めたのは俺もなので、何も言わずに黙り込む。そこでようやく『遠坂時臣』と『遠坂葵』の名前が脳裏に浮かんだ。
  凛ちゃんと再会してから一度も考えなかったその名前。ほんの数日前に殺し合いを行ったのだから、遠坂を考えるならむしろ凛ちゃんよりも先に考えるべき名前だけれど、俺はたった今『時臣』と凛ちゃんに言った時ですら、遠い世界の誰かを語るようで、淡泊な思いは喜怒哀楽のどれも生み出さなかった。
  自分で自分に驚くほどあの二人の事を何とも思わない俺がいる。
  黙り込んだままでいると徐々に凛ちゃんの目が俺を責めているような気がしてきたので、仕方なく話題を切り替えた。
  「そ、そう言えば時臣と葵さんはどうしたんだい? 一緒じゃないのかな?」
  唐突な話題転換に無理が出たのか、言葉遣いが少しおかしくなる。
  「・・・・・・・・・お父様もお母様も新都の病院に入院してるの。お父様はものすごく重症だってお医者様が――」
  「・・・え!?」
  凛ちゃんの言葉で今度は俺が驚く番だった。
  俺の勝手な想像だが、高貴な家柄であらんとする時臣はどこかの大病院でお抱えの医師数人を従わせ、つきっきりで治療させているイメージが合った。
  新都の病院なら、多分、ゴゴが死体の物真似をしていたあそこで、規模はさほど大きくない。
  他の負傷者に混じって一緒に治療を受ける様子が全く想像できなくて、凛ちゃんの言葉にしばらく動きを止めてしまう。
  だがそれはそれとして遠坂邸の放置した状態から二人とも救助されたようだ。
  野垂れ死んでもおかしくなかったのに、運の強い夫婦である。
  「でも――代わりに綺礼が・・・」
  「キレイ?」
  「ううん。何でもない」
  凛ちゃんが言い辛そうなのでそれ以上は聞かなかったが、ぽつりと呟かれたその名前がアサシンのマスターでもあった言峰綺礼であるのはほぼ間違いない。
  あの男は監督役の言峰璃正の息子であり、聖堂教会の者であり、時臣の弟子であり、聖杯戦争のマスターでもある―――。改めて考えれば色々な鎖に縛られながらも暗躍しやすい立場にいた。
  まだ詳しくは知らないが、凛ちゃんの言い辛い様子を見る限り、言峰綺礼は死んだのだろう。
  「そうか・・・二人がね・・・」
  今まで知らなかった他のマスターの動向を事実として受け止めつつ、口では遠坂への思いを口にしておく。
  そして頭の中で敵からの攻撃で燃えていた遠坂邸の光景を思い浮かべた。
  「二人が入院していて凛ちゃんの生活は大丈夫なのかい?」
  「今は禅城のお屋敷でお世話になってるから平気よ」
  「・・・・・・っと、あっちで入院してる子は凛ちゃんの友達かな?」
  「学校の――友達よ」
  繰り返しになるが、場所が場所なので聖杯戦争や魔術に関する詳しい話は出来ず、お互いに一年も接点がなかったし年も違うので何を話せばいいか判らなくなる。
  今までは間に葵さんを間に挟んで話していたからそれなりに話が盛り上がったりすることも合ったが、一対一で対面すると途端に共通の話題の無さに気付いてしまう。
  それに凛ちゃんは学校の友達と言った『コトネ』をお見舞いに来たのがそもそもの目的であり。俺の方は時臣と葵さんを入院させた張本人なので、どうしても後ろめたさが出てくる。
  結果、二人とも口数が少なくなってしまった。
  互いに何も言わなくなった所で会話は終わり、凛ちゃんはもう一度桜ちゃんの寝顔を見つめる。
  聖杯戦争がもう行えなくなったので、始まりの御三家として同じ冬木に住んでいる遠坂と間桐の関係は全く別なモノにならざろうえない。増えた問題を考えながら、俺は魔術によって引き裂かれた二人の姉妹の姿をぼんやりと眺める。
  願わくばこの二人が共に笑顔で居られる未来を掴みたい。漠然とそんな事を考えた。
  その後、一度途切れてしまった会話が再び行われることは無かった。元々凛ちゃんが会いに来たのは俺でも桜ちゃんでも無い上に、時臣と葵さんが揃って入院しているので、まだ子供の凛ちゃんはあまり長居できない。
  おそらく遠坂に雇われているお手伝いさんか、葵さんの生家である禅城の誰かにでも付き添いを頼んでいるのだろうが。そうなると凛ちゃんが使える時間は非常に限られる。
  凛ちゃんが去った後も桜ちゃんの容体は変化しない。悪化もせず好転も無く、ただ時間だけが過ぎ去っていく。
  昨日はただ何もせずに傍に居続けたけど、今日は『変化しない状況』に慣れが出てきて、持ち込んだ荷物やら病室を訪れる前に手に入れた物やらを使って済ますべき用事を幾つか終わらせる。
  間桐邸に戻って作業をすれば能率は更に上がると理解しながら、もし桜ちゃんが起きたら最初に目に入るのは俺でいたいと願いもあった。
  だからぬいぐるみのふりを続けるゼロが乗る机を利用して、時折、横目で桜ちゃんの様子を見ながら作業を進める。
  「桜ちゃん・・・」
  何度こうして呼びかけただろう。その度に返事のない寝顔を見て、同じ数だけ落ち込んできた。多分二十回か三十回は繰り返していると思う。
  そんな無意味にも思える言葉の投げかけを振り返りながら、俺は声をかける以上の何かをしていないと気付く。
  医者からはそう遠くない内に目覚めるらしいと聞いていたし。治癒の観点において俺の力量はゴゴを遥かに下回る。だから何もせずに今日まで来たが、もしかしたら俺でも出来る何かがあるんじゃないだろうか?
  ゴゴとの別れ、偽装された臓硯の死、凛ちゃんとの再会、生き残った遠坂夫婦。色々な事が起こって、やるべき事が沢山あったから今まで考えずに来てしまったが、思い返せば俺は何とも薄情な男だ。
  何も出来ないと最初から諦めて、何もしないのを最初に選択してしまったのだから。
  俺は仕切りカーテンが周囲の視線を完全に遮っているのを確認して、ついでに近づいてくる足音や気配がない事も確認した。少なくとも十数秒は患者も見舞客も医者も看護婦もここには来ない。
  俺は桜ちゃんに向けて右手を開いて伸ばし、桜ちゃんの心臓の辺りへと向ける。
  俺が使える魔法が桜ちゃんにどれだけ効果があるか判らない。悪くはならないだろうが、良くなるとも限らない。それでも俺は何かやらなきゃいけないと自分に言い聞かせ、魔法を唱える為に意識を集中する。
  完全に死んでない者なら蘇生すら可能にするゴゴの魔法と比較すれば効力は数十倍以下か酷ければ数百倍以下。それでも俺に出来る最大の回復魔法を使う。
  正直、この中級回復魔法は俺が使うと限りなく初級に近くなってしまい、魔力操作に関しては今も怪しげなままだ。ただ『使える』というだけで、とてもじゃないが『使いこなす』等とは言えない。
  それでも『魔神』の力を使っていた時は、もっと上位の回復魔法を手足のように扱っていた。やり方は頭と体がそれぞれ覚えている。それに魔石『マディン』の力で魔力が増大している実感がある。
  だから、きっと、大丈夫だ―――。
  「ケアルラ」
 聖杯戦争を終えたから初めて使う魔法。一工程シングルアクションで魔法を唱え終えた瞬間、心臓がドクンッ! と大きく動き、その心臓を中心にして『何か』が全身に広がってから、一気に右手に集まっていく。
  これまで感じたことのない強烈な力の流れが一点に向けて集約し、桜ちゃんに向けた手のひらから放出された。けれど、起こった現象そのものについて変化は無く、右手から放たれたエメラルドグリーンの輝きが桜ちゃんの体を覆うだけだ。
  そしてすぐに消え去る。これまで使い続けた魔法と何も変わらない。
  終わってしまえば体の中を通り抜けた力の余韻は無く、桜ちゃんを覆った光も消えて、何事もない病室の風景が広がるだけだった。
  眠ったままの桜ちゃんもぬいぐるみのふりを続けるゼロも何も変わってない。
  「・・・駄目なのか? 俺なんかの力じゃやっぱり駄目なのか? 何もしてやれないのか?」
  何も出来ないだろうとは思っていたが。改めて突きつけられた現実に全身から力が抜ける。お前は何も出来ないのだ、と、俺が俺自身に言ってしまったのだから。
  聞かれると困るので呟きは小さく、両足の力も抜けて倒れこむように椅子に腰かけた音の方が大きかった。
  やっぱりゴゴじゃないと駄目なんだろうか?
  俺程度の力じゃ快復も僅かな助けすらも出来ないんだろうか?
  また俺が俺に力の無さを思い知らせていると―――。
  「むぐ~」
  「ん?」
  明らかに人の声ではない鳴き声が聞こえた。
  その独特の鳴き声はこれまで何度も耳にして俺の耳にしっかり刻まれている。おそらくこの世界のどこを探してもこんな風に鳴く動物はいない。
  ただ唯一のミシディアうさぎを除いて。
  「ゼロ?」
  顔を机の方に向けて鳴き声の主と思われるゼロに声をかけるが。相変わらずのぬいぐるみのふりを続けていて動かない。
  空耳ではないのは確かだ。そうなると何か意味が合って鳴いた事になるが、意識を桜ちゃんに向けていたから鳴き声に込められた微妙な意味合いを読み取れなかった。
  それでも確実に意味はあって、ただそれを俺が読み取れなかっただけだ。
  ゼロが何が言いたかった?
  俺に何を伝えようとした?
  自分の力の無さに心が砕かれそうになるが、その答えを探る様に意識は広がっていく。
  「・・・・・・ん」
  だからその声を聞けた。
  病院の中で聞こえる物音とは明らかに違う声。一言にも呟きにもなっていないそれは不思議と俺の心を引き付ける。
  俺の目はその発生源を見た。そして僅かに桜ちゃんのまぶたが震えて、覚醒の予兆だと気付くと同時の他の何もかもが消え去った。
  俺の心はただひたすらに桜ちゃんだけを思う。
  これまでは小さく聞こえていた寝息以外には寝言すらも無く、何の動きも見せなかった桜ちゃんが初めて見せた別の動き。
  桜ちゃんの閉ざされたまぶたをジッと眺めていると、ゆっくりと開いて碧眼が現れる。
  その目は焦点が合わず、とろんとしたまま天井を見上げていた。上を見て数回瞬きを繰り返し、左右へと動いて遂に俺の目線とぶつかり合った。
  「桜――ちゃん?」
  「ぁ・・・」
  これまで無かった呼びかけへの反応が合った。耳を澄まさないと聞き逃してしまいそうな小さな声だったが、それでも桜ちゃんの口から出た声は俺を見た上での応答だ。
  「か・・・りや・・・、お・・・じ・・・」
  さん。と続けられるよりも前に聞こえてきた言葉が俺の名に染み込んでいく。
  桜ちゃんのだけ集中していた俺の心がその染み込みと合わさって爆発する。
  体の中が歓喜で満ちた。
  「は、っはは・・・、起きた・・・。桜ちゃんが・・・・・・」
  俺は笑っているのか確かめているのか泣いてるのか問いかけてるのか、よく判らなかった。
  ただただ嬉しくて桜ちゃんが起きて声をかけてくれた事実しか考えられない。大声で歓喜の雄叫びを上げなかったのは奇跡に等しい。
  「起きた・・・、起きたんだ――」
  俺がそこにいるのを確かめるように桜ちゃんの目がゆっくり動く。腕に刺さっている点滴の方も向いた。
  何でもないその仕草が嬉しくてたまらない。
  こういう時こそナースコールを押さなきゃいけないと気付いたのは久しぶりに桜ちゃんの声を聞いてから二分以上後だった。
  それから看護婦から医者へと話しが伝わり、俺の時と同じようにベットの上で診察が行われる。
  目を覚ました後の桜ちゃんには異常らしい異常は見つからなかった。俺を診てくれた先生が桜ちゃんの容体を見て、異常なしと太鼓判を押してくれた時に再び俺の中に歓喜が満ちたのは言うまでもない。
  様子見の為に入院していた意味合いが強かったので、退院時期もまた俺と同じくで翌日となった。
  ただし、桜ちゃんの体は回復へと向かっていたが、心については酷く傷つくだろうとは思う。何しろ俺がこれまで得た多くの情報は桜ちゃんにとっては喜ばしくない事ばかりで、モノによっては確実に悲しみの刃を桜ちゃんに突き立ててしまうと判っていたからだ。
  それでも言わない選択は無い。伝えなければならない。
  桜ちゃんには沢山の事を話した上で、大人の事情に振り回されずに自分で答えを出してほしいと願う。
  俺はベットの上で横になり、机の上にいたゼロを胸元に抱き寄せている桜ちゃんに色々な事を話した。
  ゴゴがいなくなった事。
  聖杯戦争が終わり、もう今後は行えないであろう事。
  円蔵山が崩落した事。
  三闘神の力を使って俺達が戦った敵は生きてるが、警察に捕まっている以上はまだ判らない事。
  士郎が生きているのか死んでいるのかも判っていない事。
  時臣と葵さんの生存、そして学校の友達が入院しているのでここを訪れる凛ちゃんの事。
  臓硯の死体になりきってるゴゴの件で警察に呼ばれた事など、とりあえず『今後すべき事』を除いて思いつく限りの事柄を桜ちゃんに語り聞かせた。
  堂々と話せる内容じゃないので外に聞こえない様に小さく話し、桜ちゃんはそれを黙って聞いていて、時々思い出したかのように相槌を打つ。
  ゴゴがもういないと話した時はゼロを強く抱きしめながら、声を押し殺し、目に涙が浮かばせた。我慢しているのがよく判るからこそ、俺は慰めればいいのか黙っていればいいのか判らなくなって途方に暮れてしまう。
  時臣たちの話を聞いた時は複雑そうな顔をして、凛ちゃんの話をした時は少しだけ笑ってくれた。
  「・・・・・・と、まあ。こんな所だな。今、俺が知ってるのは――」
  『マディン』や間桐邸の結界など、俺の都合に関する話はあえて避けた。
  話すならこんな場所ではなく、間桐邸に戻ってからだ。
  「・・・・・・・・・・・・」
  涙を浮かべ、苦々しい顔をして、時に笑いもした。そんな桜ちゃんは話を聞き終えてから無言だった。
  胸元にミシディアうさぎを抱きかかえたままベットの上で天井を見上げる姿からは何を考えているのか判らない。ただ、何となく心の中で聞いた話を必死で整理している気がする。
  十秒か、二十秒か、三十秒か。おそらく一分以上も沈黙を続け、桜ちゃんはゼロをギュッと握りしめながら俺に言う。
  「雁夜おじさん・・・」
  「ん? なんだい」
  「ティナお姉さんとはお別れなの?」
  「・・・・・・・・・そうだな」
  桃色の怪物が最後に見た姿。もう彼女は行ってしまったから肯定するしかない。
  「トレスも、ユインも、ジーノも・・・お別れなの?」
  「そう・・・だな」
  間桐邸の中を我が物顔で練り歩いていたミシディアうさぎ達もいないから肯定するしかない。
  「あの人たちも・・・、皆、みんな。お別れ・・・なの?」
  「そうだ」
  きっと『あの人たち』とは聖杯戦争の最中に間桐邸の中に現れた彼らの事だろう。ロック・コール、マッシュ・レネ・フィガロ、セリス・シェール、エドガー・ロニ・フィガロ、その他にも多くの人間に変身してまるで大勢が居るように見せたゴゴ。
  一時は人とミシディアうさぎの全てを合わせれば101匹やら十数人やらもいたが、今の間桐邸に帰るのはここにいる俺と桜ちゃんとゼロの二人と一匹だけだ。
  叶うなら違うと言ってあげたかった。寂しそうに聞いてくる桜ちゃんの言葉を否定してあげたかった。
  だがそれは嘘になる。
  この場だけ言い繕った所でいつかは判る。間桐邸に戻ってしまえば桜ちゃんは嫌でも判ってしまう。もう、いない、と。
  だから俺はこう言うしかない。
  「みんな――お別れなんだ」
  桜ちゃんが起きた時に体の中を満たした歓喜が消えてゆく、俺自身の別れの悲しみを言葉に乗せる。
  すると桜ちゃんは抱きかかえていたゼロを頭の方に動かして顔を隠した。そして体を小刻みに震わしながら、声を抑え込んで泣き始めた。
  桜ちゃんのすすり泣く声が聞こえる。
  ここが病院だから大きな声を出せないと気を遣っているのか、それとも俺を含めて他の誰にも涙を見せたくないのか。何を考えて顔を隠して泣いているのかは判らないけれど、泣いてる桜ちゃんの前でさっきみたいに途方に暮れるのは嫌だと思う俺がいた。
  だから俺は―――敵を前にした時によくあった『考えるよりも前に体が動く』を作り出して、何をするか考えるよりも前に手が動いてゼロの首の後ろを掴んで桜ちゃんから引き離す。
  そこには目にいっぱい涙を浮かべている桜ちゃんの顔が合った。浮かんだ涙が下に滴り落ちる光景が容易に想像できたから、俺はゼロをベットの上に放り投げて、桜ちゃんの体を起こして抱き寄せた。
  胸の辺りに桜ちゃんの顔を置いて、全身で包む。
  隠さなくていい。
  思いっきり泣けばいい。
  ゴゴはもういないから、俺が受け止める。
  驚きと悲しさで震える体を感じていると、両脇腹の辺りに桜ちゃんの小さな手が伸びてくるのを感じた。その手が俺の背中をしっかりと掴む。
  両手の中に抱かれた桜ちゃんから聞こえてくる泣き声が徐々に大きくなっていく。内に秘めた感情を全て表に出すみたいに、どんどん、どんどん、どんどん、どんどん、大きくなる。
  「あぁ・・・うわあ、あああぁぁ。ああああああああ!!!」
  それは今まで聞いたことのない大きさで、桜ちゃんがこれまで溜め込んだ全ての悲嘆を吐き出しているようだった。
  間桐に養子に出された事。
  臓硯に味わわされた虐待の事。
  家族から離されて間桐邸で生活した事。
  聖杯戦争の苦難。闘争、遠坂、三闘神―――別れ。
  もちろん楽しさや嬉しさも合っただろうが、悲しさもまた確実にあった。それを一気に吐き出しているように俺には思えた。
  何事かと仕切りカーテンの隙間から俺達を覗いてくる視線を感じたり。邪魔だったからベットの隅に放り投げたゼロの恨みがましい視線も感じたが。俺はそれらを全て無視して桜ちゃんを抱きしめ、時に背中を軽く叩いたりもした。
  今はただ他のことを考えずに桜ちゃんの悲しさを受け止めればそれでいい。





  聖杯戦争を比較対象にして考えると桜ちゃんが退院するまでの間は驚くほど何もない時間だった。別の言い方をすれば戦いの空気が全く無い穏やかな時間だった。
  一年前に間桐に戻ってからは修行修行修行で倒されたり傷ついたり殺されたり生き返ったりと気の休まる暇は無く。聖杯戦争が始まってからは常に神経を研ぎ澄まし危険を察知するようにしていた。
  それが今は無い。
  面会終了時間が訪れて俺は一時間桐邸に戻らなくちゃ行けなくなり、数時間ほど離れなければならなくなったが。それ以外のほとんどは俺と桜ちゃんとゼロ、この二人と一匹で輪を作ってのんびりを話をしていた。
  ゼロはぬいぐるみのふりを続けなきゃいけないので『むぐ~』とは鳴けないから目で訴えるだけだったが―――。とにかく桜ちゃんは一度思いっきり泣いて少しは気持ちの整理が出来たようで、物静かないつもの桜ちゃんに戻った。
  俺達は行ってしまったゴゴの隙間を埋めるように話して話して話しまくった。
  一つ残念なこともあった。
  それは桜ちゃんが退院するまでに凛ちゃんとの再会は叶わなかった事だ。
  まさか凛ちゃんが帰った後すぐに桜ちゃんが起きるとは思わなかったし、隣町にある禅城の屋敷に電話をかける機会などこれまで皆無だったので連絡手段が無かった。昔は電話ぐらいしたかもしれないが、もう番号は覚えていない。
  これまで葵さんとたまに連絡を取る機会はあったが、それは『間桐家の魔術師』としてではなく『間桐を出奔した落後者』で、しかも遠坂邸への連絡だ。お手伝いさんを介しての連絡だったから時臣とは一言たりとも話していないので、間桐と遠坂の盟約について文句を言われたことは無い。
  だから凛ちゃんへ桜ちゃんが目覚めた事と退院する事を教える術がない。直接、禅城の屋敷にまで出向いて口頭で話すのが一番確実だろう。一応俺は『遠坂葵』になる前の『禅城葵』の幼馴染なので屋敷の場所なら知っている。
  退院手続きを済ませた俺達は太陽の光が降り注ぐ冬木の空を見上げていた。
  俺は桜ちゃんよりも早く見る機会に恵まれていたが、こうして桜ちゃんと一緒に病院の外で空を見上げるのは初めてだ。
  ゴゴが居なくなっても季節の移り変わりは変わらず続き、人が何を考えようと関係なく自然はそこにある。その暖かさを少しだけ満喫した後、俺はミシディアうさぎのゼロを両手で抱えている桜ちゃんに声をかける。
  なお俺の背中にはアジャスタケースがあるが、両手は色々と手荷物で埋まっていた。
  「――帰ろうか」
  「うん」
  以前だったらここでの返事は『はい』だった。間桐に住まう遠坂の人間として一線を引いて、他人行儀な物言いをしていたのだけれど、これまでに無かった親密さがちらほらと見えるようになった。
  病室の中を泣き声で満たしたあの時からの変化だと思う。
  ただ、その根底にある原因の一つとして、時臣と葵さんから聞かされた言葉で見限ったのも大きい筈。別にそれ自体は全く問題は無く、むしろ俺にとっては喜ばしい事なんだが、その思いが凛ちゃんにまで及ぶと厄介だ。
  今更『遠坂桜』に戻って欲しいとは思わない。だけど凛ちゃんとの間にある姉妹としての絆も親の縁と一緒に斬ってしまうのは止めてほしいと願っている。
  桜ちゃんが寝ている時に心配そうに寝顔を見つめていた凛ちゃんの顔を見れば判る。遠坂夫婦はもうどうしようもないぐらい桜ちゃんに不幸を持ち込む疫病神だが、凛ちゃんは桜ちゃんの姉で共に笑いあえる筈。
  だからいつの日か遠坂とか間桐とかは関係なく、ただの姉妹として二人とも笑っていられる時を作りたいと思っている。その為にも桜ちゃんが凛ちゃんを見放さないのが最低条件となる。
  髪の一部をリボンで束ねて、両手でしっかりとゼロを抱きしめて歩く桜ちゃんが凛ちゃんをどう思っているか判らない。姉を思う妹の気持ちが残っていてほしいと願うのみだ。
  急いで間桐邸に戻るならタクシーを捕まえればそれで済むが、俺達は街を覆っていた濃密な魔力の気配の無い冬木を確かめるようにしばらく歩いた。
  一緒に歩く。たったそれだけの事なのに、それが嬉しくて仕方がない。
  すると桜ちゃんが急に立ち止まる。俺もすぐに止まったが歩く勢いに押されて二歩ほど桜ちゃんより前に出た。
  「桜ちゃん?」
  振り返ると、両手でゼロの毛並みを弄っている桜ちゃんがいた。ゼロの麦わら帽子で顔の下を隠しながらゼロの脇腹の辺りの毛を指でこすっている。
  何事かと思いながらもう一度桜ちゃんを見るが、もじもじしながら俺の顔を見上げるだけだ。
  トイレか? そう思っていたら、ようやく桜ちゃんが口を開く。
  「あ・・・・・・」
  「ん?」
  「あの・・・」
  何か言いたいけれどうまく言葉に出来ない。そんな印象を受ける。
  ただ何かを言おうとする意思もあるので、待っていればその内話してくれそうな雰囲気だ。病院で泣き出した時に合った悲壮感は無かったので、言うのが辛いのではなく恥ずかしいと見える。
  じゃあ何だ? 桜ちゃんは何を言いたい?
  俺は離れてしまった距離を縮め、歩幅一歩分ぐらいまで詰め寄ってしゃがむ。桜ちゃんと視線の高さが合った。
  「あの・・・ね?」
  「うん?」


  「かりや・・・・お父さん!!」


  桜ちゃんの口から放たれた衝撃的な言葉は耳から入って頭の中に到達した所で俺に茫然以外の全ての選択肢を奪った。
  ゴゴと出会ってからこれまで信じられない幾つもの出来事を見せつけられて、その度に驚かされてその度に固まって現実を理解しようと努めてきたが、それらを上回る衝撃かもしれない。
  言い終えると同時に桜ちゃんは顔を赤らめ、ゼロをより強く抱きしめながら小走りで俺の横を通り抜ける。
  恥ずかしそうに顔を俯かせて距離を取る桜ちゃんの姿を目で追ってはいたが、俺の意識はここではない遥か遠くへ旅立ったまま帰ってきていなかった。
  お父さん―――。俺には馴染みが無さ過ぎて、その言葉がどういう意味で使われるかを理解していながら、俺に向けられた言葉だと思えない。
  戸籍上の俺の『お父さん』は今は亡き臓硯なのだが、あれを父親などと思った事は一度だってない。だから『お父さん』は俺の中では知っていながら存在しない言葉だった。
  誰が言った言葉だ? 桜ちゃんだ。
  誰に向けられた言葉だ? 俺だ、間桐雁夜だ。
  何と言った? お父さん、と、桜ちゃんは言った。
  お父さん。
  かりやおとうさん。
  頭の中で何度も何度も繰り返している内に桜ちゃんが十メートルほど先を進んでしまい、立ち止まって振り返り、ゼロの体に顔を埋めて視線だけを俺に向けているのが見えた。ついでに歩道で固まってる俺を迷惑そうに見つめる歩行者も見えたが、こっちは無視。
  そこでようやく『お父さん』が俺の名前の後ろに付けられた言葉であり、桜ちゃんから放たれた言葉だと理解できた。
  もしかしたら桜ちゃんが考えた遠坂との決別ではないだろうか? ゴゴのいない間桐邸で作り出す『遠坂桜』ではなく『間桐桜』の新しい門出の決意だとしたら・・・。
  俺がお父さん? 理解した上でまた反芻すると、曲げていた膝と腰を伸ばそうとする力が抜けて足元がふらついた。何とか立ち上がるが胸中は恥ずかしいのか嬉しいのか驚いたのか楽しいのか、よく判らない思いでぐちゃぐちゃになっている。
  それでも幸せなのだと思えた。
  そうだ、俺は間違いなく幸せだ。
  俺は桜ちゃんを追って歩道を歩く。
  先の判らない不安は何も変わっていない。聖杯戦争とは異なる問題が幾つも残っていて、遠坂との問題、凛ちゃんと桜ちゃんとの問題、稀有な才能を持った桜ちゃんの魔術の問題、始まりの御三家と言うある意味での防衛策を喪った間桐の問題など、表も裏も解決すべき事は幾らでもある。ついでに士郎の事も確認しなければ。
  俺の中には意思が合った、元々あったけど桜ちゃんに『お父さん』と呼ばれた時、その意思が―――立ち向かい、抗い、未来を掴み取ろうとする意思がより強靭なモノに変化した。
  やる気が出てきたと言い換えてもいい。
  まだ恥ずかしげに俺を見る桜ちゃんの顔を見て俺は思う。判ったよ桜ちゃん、きっと俺が・・・『お父さん』、が君の未来に幸せをもたらす、と。
  おとうさん―――。たった五文字の言葉を聞かされただけで、表向きは何も変わっていない。けれど、内面の変化は劇的で、両手に荷物を持ったまま桜ちゃんの元に歩いていくだけなのに、これまで感じた事のない幸せが込み上げてくる。
  聖杯戦争で全てを終える事も覚悟してたが、ゴゴが与えてくれた魔石『マディン』の力で俺は今も生きている。
  だから生きる。
  今もどこかで物真似をしながら元気にやってるゴゴ。お前に感謝しながら俺は強く生きる。
  俺自身の為、そして桜ちゃんの為にも生きる。生き続ける。
  今この瞬間。俺達の物語は終わり―――そして始まる。


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