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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:66745d12 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/04/21 21:26
  第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ





  戦いの場において状況の変化とは起こり続けるものであり、その大きさは平時に比べれば劇的と言うしかない出来事が幾つも起こる。
  味方が作り出した変化。敵が作り出す変化。第三者や天候や環境などが作り出す変化。
  そもそも全ての状況が個人の予測通りに進むことなど決してありえず、もし仮にそんな事が起こるとするなら、それは戦争では無く予測できる小規模な『闘い』か、あるいは予測する個人が数百年に一度の天才と謳われる稀代の軍師であるかだ。
  おそらく冬木の聖杯戦争において誰よりも情報を持つゴゴと言えど、先の展開がどうなるかの予測は出来ない。もちろん『聖杯戦争の破壊』と『物真似の達成』に沿った行動をし続けているが、その過程において何が起こるかまでは判らない。
  こういう形で決着をつける、と願望は合っても、それは結論ではない。起こり続ける変化はゴゴの予測を大きく上回り、特にこの聖杯戦争の中で変質した―――成長したと言い換えてもいい者たちは、誰も彼もがゴゴの予測を良い意味で裏切った。
  だからこそあとほんの少しでその姿を見られなくなってしまう事が残念でならない。





  幾つもの個所に点在するゴゴの意識を最も強く引き付けたのはどこだろう?
  改めてそう考え、冬木に存在する三か所の『ものまね士ゴゴ』が今の全てだと答えを作り出す。甲乙付け難く、どこもかしこもがゴゴの意識を強く引っ張るから一番を決められない。
  物真似の為に観察する。調整する。交戦する。
  物真似の為に魔法を使う。魔石を使う。魔術を使う。宝具を使う。
  そうやっている幾つかのゴゴの中で、ものまね士ゴゴの目は次元の狭間の中に浮かぶ三体の異形を見つめていた。辛うじて一部が原形を留めているが、大部分は与えられた三闘神の力によって変質してしまい、全く別の存在に変わってしまっている三つの生き物だ。
  最も人の形を色濃く残しているのは『女神』だろう。
  幼かった桜ちゃんの姿は消え、160センチほどまでに伸びた大人の女がそこに浮かんでいる。
  腰まで伸びたストレートの黒髪。スラリと伸びた足が放つ脚線美。豊満に膨らんだ胸。女の子の可愛らしさではなく、大人の『女』の顔立ち。辛うじて髪につけたままでいるリボンが彼女を桜ちゃんだと表している。
  衣服と呼べる物は薄く細い衣のみで、それも腰部や胸部の一部を覆っているだけでほとんど裸身と変わらない。現れた時は蒼色をしていた衣も今では黒く染まり、周囲にある次元の狭間に溶けてしまいそうだ。
  まるで桜ちゃんの属性『架空元素・虚数』が『何者でもある自分』を表し過ぎて、真っ黒に染まっているようにも見える。大事な部分だけを黒で隠す白い肌とのコントラストはとてつもなく淫靡であった。
  異性であれば、いや、同性だとしても、決して目を離せない美しさと妖艶さと併せ持った美の化身―――正しく『女神』がそこにいる。
  ただし背中にある細かな文様が刻まれた円盤と、角を生やした雄ライオンの頭部のような何かに乗っている状況が彼女を美しさの神ではなく戦いの神に変えていた。従えるように巨大な顔に乗るその姿は美しくはあるが、馬に跨る騎士を思わせるからだ。
  『女神』の次に人の形に近いのは『鬼神』であった。
  元々あった赤毛に鮮血の赤と炎の紅を付け足して極限まで赤色を凝縮したような―――。頭の先から足元までの全てを紅い鎧で覆った戦士が浮かんでいる。
  目元と二の腕から先と腹部の三か所は紅い鎧に覆われておらず地肌が見えているが、見えているのは男の子の逞しくも柔らかい体ではなく鍛え抜かれた戦士の肉体だ。
  白く染まった皮膚は『女神』の滑らかさを備えた皮膚とは大きく異なり、表面を硬化させた様子は貝に似ている。
  どんなに鋭い剣だとしてもその皮膚を切り裂くことは出来ない。そう思わせる硬さが剥き出しになった地肌にあった。
  体の各所を覆う紅い鎧は相手を威嚇するように全方位に伸び、首元や頭から上に伸びる様子は角のようだ。
  手には斧と槍を融合させた長柄武器の一種『ハルバード』が握られており、槍と穂先についた斧頭は単なる武器なのだが、その二つの結合部分には人の頭蓋骨があり、殺した相手の頭部を金色に染めて取り付けたと言われても納得できてしまう。
  背中に生えた羽根を考えれば有翼人―――いや、有翼『神』と呼ぶのが相応しい。それが今の士郎の姿だった。
  最後に最も人の形を失っていたのは『魔神』だ。
  人間の両手と両足を意味する『四肢』は無い。足は二本のままだが、腕は三対六本にまで数を増やし、加えて皮膚の色は人の地肌ではありえない藍色をしていた。
  筋肉は膨張して『間桐雁夜』が長年鍛え上げなければこうはならない肉体へと変わり。胸の中央と額には血の様に赤い紅玉が輝いている。
  耳があった場所からは二対四本の角が生えて、正面から見ればアルファベットの『X』にも見えた。
  更に『魔神』を人の姿から遠ざけている理由は背中から生えている蝙蝠を思わせる巨大な羽根だ。『鬼神』の白い羽根よりも禍々しいものが大きく広がっている。
  下腹部から足の先までを覆う白にも銀にも見える塊がより雁夜を人から遠ざけていた。
  骨にも見え、足と融合しているようにも見え、角にも見え、生き物にも見え、装着しているだけにも見え、『魔神』の一部のようにも見える、よく判らないモノ。それが下半分を覆い隠していた。
  隙間から僅かに見える二本の足も五本の指を備えた人の足から鳥の足に近くなってしまい、もしそれがなかったとしても、人と判断するのは難しかっただろう。
  剥き出しの顔に雁夜の面影があるからこそ、余計に人とは違う別種の異形になってしまったのがよく判る。
  人が思い描く悪魔の想像図をそのままに、同じ『魔』を担う―――むしろ今の雁夜の姿こそが上位となる『魔』の『神』。
  ゴゴは変身を終えた三人の様子を見ながら喋る。
  「この感触なら、三人が元の姿に戻って来れる限界は・・・精々一分だな」
  そして手を振るい、三人―――今の状況では三柱と呼ぶのが正しい彼らの背後にそれぞれ亀裂を生み出した。見る者が見れば次元の狭間からの出口だと判る。
  現実世界へと通じる穴をそれぞれの背後に作り出し、三柱を外へと導いていった。
  「行け。そしてお前らの敵を倒して戻ってこい、三闘神」
  それを合図にして、三闘神の力を得た三人の元人間は次元の狭間から冬木市へと旅立った。





  リルム・アーロニィの目は聖杯戦争が始まった時とは全く別人になったウェイバー・ベルベットを見つめていた。
  雁夜、桜ちゃん、士郎のように見た目に判りやすい変化があった訳ではない。心がウェイバーが大きく見せている。
  世界の半分を征服したライダーこと征服王イスカンダルと同じ場所に立っていると判り難いのだが、今のウェイバーには畏縮が無かった。躊躇も無かった。ただ自分に出来る事を精一杯やろうとする意思の強さと硬さがあった。
  これは初めて会った時のウェイバーには無かったものだ。ライダーと接し、聖杯戦争を体験し、今の自分の限界を知り、それでも何かをやり遂げようと自分を進化させた。
  全てではないが、その多くをカイエン・ガラモンドとして見たからこそ、弟子の成長を喜ぶ師匠の様な、子の発育に頬を緩ませる親の様な、そんな不思議な暖かさを感じるのだ。
  その気持ちは幻獣『バハムート』に跨るリルムにも伝わっており、自分より年上の男を上から見下ろすという不可思議な感情を生み出した。けれど、それは決して不快なものではなく、むしろゴゴがそう感じるように胸を暖かくさせる。
  例え、女の子のアサシンに短剣で胸を貫かれたウェイバーがいたとしても。感じるのは危機感ではなく、成長を遂げた男への称賛だった。
  「預かっておれ」
  心地よい思いに水を差したのは―――ここが戦場で敵は目の前にいると強制的に思い出させたのはライダーの言葉だった。
  見れば御者台の上には前の敵を見たままのライダーと、壁に背を預けてゆっくりと倒れていくウェイバーがいて、その近くには少女の姿をしたアサシンがいる。
  ここにきてようやく自分が何者であるかを思い知ってしまったのか。アサシンの象徴ともいえる、白い髑髏の仮面を頭の上に乗せながら、目を大きく見開いて、ウェイバーの血がこびり付いた自分の両手を見つめているアサシンの少女。
  ウェイバーを刺し殺した時点で令呪の拘束力は無くなったらしく、ウェイバーの胸に刺さった短剣は手放されて心臓を胸を貫いた所で止まっている。捻じ込んだり、引き抜いて傷口から血をまき散らしたり、より深く刺したりはしない。
  ライダーはそんな『刺されたマスター』と『敵の危険性があるアサシン』の二人に向かって手を伸ばし、それぞれの手で軽々と持ち上げてリルムがいる幻獣『バハムート』の背中に向けてウェイバーとアサシンを放り投げた。
  ただ浮遊しているだけだったからこそ、ほんの一瞬とはいえ手綱から手を離しても二頭の雷牛は驚かない。あっという間に御者台にはライダーだけが残り、片手には手綱、もう一方の手にはライダーが使う剣『スパタ』を握りしめて闘争の構図を整えた。
  放り投げられて空中を飛んでるウェイバーの心臓はアサシンの短剣で貫かれてはいるが、むしろ怪我の規模で言えばセイバーの剣で思いっきり砕かれた時よりは傷は軽い。
  常人であっても、心臓への手術で何とか一命を取り留められるかもしれない状況だ。
  ただし戦場において開胸術などやれる時間はないし、魔法で大抵の怪我を治せてしまうゴゴには医術の心得は無い。
  大怪我を負ったウェイバーと、ゴゴにとっては敵でしかないアサシンの少女が飛んできていると判っていながら。リルムの頭の中に合ったのは人の心を物真似するためにも、今まで以上に『人間』を知り、人体の構造や医療を知る必要がある―――そんなものまね士としての思考だった。
  そしてリルムはこうも思った。
  バハムートの上に二人が乗っかったら、ウェイバーの方に蘇生魔法『アレイズ』をもう一度かけよう、と。





 ロック・コールの目は遠くに見える王の財宝ゲート・オブ・バビロンから突き出た鎖の群れを捉えていた。
  あれもまた間違いなく宝具でありものまね士ゴゴとしての在り方が正体を探ろうと強く見てしまう。
  もちろん周囲にある戦場にも意識を割き、回復役として死にかけの者が居れば即座に治療できるように警戒は怠らない。
  時折、同じく回復役を務めているセリス共々殺そうと、四方の乱戦から飛び出る黒い塊が―――アサシンの投擲剣『ダーク』が脳天目がけて迫ってくるので、その対処も忘れてはならない。
  注意深く鎖を見ていると、その周囲で全く拘束されずにどうすれば良いか戸惑っている兵の姿を数人だけ発見できた。
 そもそも幻獣『ギルガメッシュ』を召喚したのはケフカであり、ライダーに呼び出された王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイの兵たちにとっては敵である。
  けれど、戦うべき相手となってしまった伝説の八竜とは何故か戦っているので、単純に攻撃すればいいか迷いが生じる。敵の敵は味方なのか? そんな迷いがあった。
  言葉で敵か味方かを確かめる余裕はない。だから『敵の敵は味方』として区別を後回しにしているに過ぎないが。竜と同じように拘束されれば、やはり幻獣『ギルガメッシュ』もまた戦って倒す敵なのかと考えてしまう。
 だが、聖杯戦争の観点で考えればアーチャーも倒すべき敵なのだが、アーチャーを死なせないためにライダーは王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイは発動した。
  明確に敵と味方に区別できるのは黒き英霊達と伝説の八竜、そしてそれらを召喚したケフカ・パラッツォのみで、幻獣『ギルガメッシュ』とアーチャーこと英雄王『ギルガメッシュ』の二人のギルガメッシュについてはどう扱えばいいか判らない。
  幾人かの兵が迷っているが、兵の戸惑いなど二人のギルガメッシュには全く関係のない。
  英雄王『ギルガメッシュ』は自分と同じ名前を持つ不愉快な存在と、敵―――彼にとっては竜種だろうと取るに足らない羽虫と同列に見ているかもしれないが―――とにかくそれらに向けて宝具を射出する。
  幻獣『ギルガメッシュ』は両手に武器を持った状態で拘束され、自由に動く顔は上空から降り注がんとしている武器を見上げている。
  「ふんぬ!」
 王の財宝ゲート・オブ・バビロンから武器が撃ち出されるのと幻獣『ギルガメッシュ』の掛け声が響くのは同時だった。
  目にも留まらぬ速さで撃ち出される山ほどの武器は鎖で拘束しているアーチャーにとっての敵のみに狙いを定めているようだが、撃ち出される宝具の数が多すぎて周囲にいる兵も軽く巻き込んでいる。
  砂漠の一角が絨毯爆撃に晒されるような無残な状況へと作り替えられていった。





  ティナ・ブランフォードの目は黒く染まったセイバーの姿を映し出していた。
  空から見下ろす先にいるのは、月の光に照らされる白銀の王―――ではなく、上から下までを漆黒に染め上げたバーサーカーと見間違う黒き騎士だった。
 約束された勝利の剣エクスカリバーを放つ前よりも更に全身に纏わりつく『黒』の侵食が進み、最早、面影は下半身の一部だけで、それ以外は黒く染まっている。
  よく見ればティナを見る瞳も右目は元の緑色を維持しているが、左目は変わってしまった状況を示すように金色に変わっていた。変わらぬ顔立ちの中に浮かぶ、おかしなオッドアイだ。
  その目が大きく見開かれ、今、目の前で起こった現象への驚きをありありと示していた。
 トランス状態になったティナが専用の剣『アポカリプス』を用いて約束された勝利の剣エクスカリバーを放ったことに驚いているのか。それとも自分が作り出した約束された勝利の剣エクスカリバーの輝きが眩い光ではなく全てを呑み込む闇色に変わってしまったことに驚いているのか。
 セイバーの真意は判らないがとにかく剣を構えながらも『風王鉄槌ストライク・エア』も『約束された勝利の剣エクスカリバー』も使ってくる気配がない。
 ある意味で隙だらけだったので、ティナはこの空いた時間を利用して、風王鉄槌ストライク・エアで傷つけられた怪我を癒す。
  「ケアルガ」
  体の至る所に出来ていた怪我が即座に塞がり、滴り落ちる血の流れが止まる。失われた血液は戻らずに万全とは言えないが、戦いに支障のない状況にまで体力が一気に回復する。
  ティナは怪我が癒えていく様子と一緒に地上にいるセイバーの異常を見つめた。そしてこの現象をもたらしている原因が何であるかを一瞬で結論付ける。
  それは他でもないセイバーのマスターである衛宮切嗣だ。
  マスターとサーヴァントの間に契約が結ばれると、本人の意思たちがどうあれ両者の間には繋がりが作られる。ライダーがそうだったように、魔力需要を一方的に行わないのが可能ならば、逆に魔力供給を一方的に行うのもまた可能だ。
  令呪がその良い例である。
  今の衛宮切嗣は『悪』に染まった聖杯と繋がって人類を救済しようとしている。セイバーへと魔力供給を行っているのはマスターたる衛宮切嗣の魔術回路だが、その魔術回路に外から魔力を供給しているのは聖杯そのものだ。
 セイバーは衛宮切嗣を通して、この世全ての悪アンリマユを内包する聖杯から魔力供給を受け、衛宮切嗣と同じように『悪』に染まりつつある。
 聖杯から直接ではなく、衛宮切嗣を介しての魔力供給だからこそか。それともセイバーの対魔力がそうさせているのか。衛宮切嗣のように完全にはこの世全ての悪アンリマユに犯されてはいないが、この様子では身に着ける鎧も剣も容姿も属性も変わってしまうのは時間の問題だろう。
  そうなればそうなったで、また物真似する新たな要素が出てくる。そんな期待がある。
  するとティナが回復したのを危険と判断したのか、セイバーは驚きを隠して無表情な顔を浮かべた。そして再び剣を空に向けて真っ直ぐに伸ばし、魔力を黒い光へと変換して刀身へと収束し始める。
  同じ技で来るならば拍子抜け。だから別の技を出してもらいたい。ティナは完全に塞がりつつある傷口を確かめながら、同じく剣を上に構える。
  ただし、今度は刀身に光を集めず、代わりに別のモノを収束し始めた。





  冬木市のあちこちに分散したミシディアうさぎ達は変わり果てた衛宮切嗣の場所を補足していた。
  聖杯戦争が始まってからはその中の数匹が透明になって各々のマスターとサーヴァントを補足し続けていたが、今は各所に散らばったミシディアうさぎが衛宮切嗣と言う目標を設定したうえで、別々に補足しなければ捉えられない状況に陥っている。
 固有時制御タイム・アルターを使用している衛宮切嗣の移動が速すぎて、一匹では対処できず。十数匹のミシディアうさぎが移動経路を先読みして移動と監視を交代で行わなければ見失ってしまいそうだ。
  ミシディアうさぎ達の監視対象は人ならば必ずある筈の疲労を全く感じさせず、魔術師であれば必ずある筈の魔力消耗を感じさせず。衛宮切嗣は走って撃ち、標的があれば撃ち、魔術を使って撃ち、人を撃ち殺している。
  一秒とかからずに数十メートルの距離を移動して言峰綺礼の死体がある場所から、冬木教会から、円蔵山から、数多の戦場遠ざかりながら、動く者を求めて徘徊し続ける。
  道に歩く者がいれば、襲撃者である衛宮切嗣に気付いても気付かなくても撃ち殺す。
  道路を走る自動車があれば、赤信号で減速しようと夜だからスピードを出していようと気にせずに運転席に銃弾を叩き込む。
  明かりが灯る民家を見つければ、照らされて出来上がる人影に向けて銃に見える聖杯の泥が形作るモノから銃弾に見えるモノを撃って次々と射殺していく。
  殺された中には冬木の街中で起こった異常事態を知る者がいたかもしれないが、今の衛宮切嗣こそがその渦中の存在だと知れる者は一人もいない。逃げ延びて生き抜いた者が警察に電話して異常を伝えたとしても、警察機関が動くよりも衛宮切嗣が殺戮を広める方が早かった。
  衛宮切嗣は誰にも邪魔されず―――衛宮切嗣の正義に従って世界を救済していた。
  雁夜、桜ちゃん、士郎。この三人が決断し、移動し、三闘神の力を肉体に取り込んで変身していく間にも殺戮は止まることなく続き。あっという間に衛宮切嗣が通った道に沿って死体の山が積み上がっていった。





  放り投げられたウェイバーと女の子の姿をしたアサシンが幻獣『バハムート』の上に落下してくる。リルムは足でバハムートの鱗を強く踏み、両手でそれぞれの体を支えた空から落ちるのを防いだ。
  ウェイバーの胸には剣が刺さったままになっているので、うつ伏せにすれば更に剣が人体を破壊するから仰向けにする。
  アサシンの方はまだ自分がウェイバーを刺した事を信じられないのか、理解した上で動揺しているのか。ウェイバーへの追撃も、リルムへの攻撃も、竜の上からの撤退も、何も選べず。ただ茫然としながらウェイバーの血がこびり付く自分の両手を見つめている。
  リルムが体を押さえても全くの無反応だ。
  放置しても問題ない。そう結論付けたリルムだったが、ウェイバーへの治療を始める前にアサシンに起こっている異常をいち早く察知した。
  サーヴァントとしてこの世界に現界する要素―――体を形作る魔力が急速に失われているのだ。
  おそらくどのマスターであっても感知できるほどの急速な衰退で、サーヴァントとしての存在感が時間と共に薄れていくのがよく判る。
  異常の原因は何か? 目の前で起こる状況とこれまで手に入れた情報から、リルムは疑問に思うと同時に答えへとたどり着いた。
  直接その場に居合わせた訳ではなく、ミシディアうさぎからの監視情報のみだが、ほぼ間違いはないだろう。
  言峰綺礼が死んだ。つまり今のアサシンには魔力供給を行うマスターがいないのだ。供給が無ければ死人であるサーヴァントは現世にはいられない。
  これが正規のサーヴァントならばマスターを失った状態でも数時間程度は現界できる。単独行動のスキルを持っているサーヴァントで、そのランクが『C』ならば一日程度は現界できて、『B』ならば二日程度は現界し続けられる。
 けれど今のアサシンは宝具『妄想幻像ザバーニーヤ』によって分裂させられた内の一体であり、当然、サーヴァントとしての力は弱い。更に、常に同行していたウェイバーに全く気付かれない魔力の弱さが現界できる時間を更に縮めていた。
  冬木の各所に散らばっていた諜報組織としてのアサシン、あるいはアインツベルンの森で殺されたアサシンだったならば、もっと現界の時間は長引いたかもしれないが。今、リルムに支えられている女の子のアサシンには元々現界出来るだけの最低限の魔力程度しか供給されていなかったのだろう。
  サーヴァントとして戦う役目すら担わなかった。
  これまでは辛うじてマスターからの魔力供給によって存在を保っていたようだが、マスターである言峰綺礼が失われた今、消滅までの時間はすぐそこにまで迫っている。
  正確な時間までは判らないが。蘇生を終えたウェイバーが目を覚ますまで持たない可能性も大いにあり得えた。
  ウェイバー・ベルベットはわざわざ自分を殺させてまでアサシンを救おうとした。その結果がマスターを失った末の消滅であると知れば絶望するだろうか? それとも事実を受け止めた上で耐えるだろうか?
  たどり着いた答えからウェイバーへの気遣いへと心が動きそうになるが、今はそれよりもウェイバーを生き返らせる方が先決だ。
  喜怒哀楽も生きているからこそ発生する。
  リルムは仰向けになったウェイバーを支える手に魔力を込めていった。





  マッシュ・レネ・フィガロは八竜が一匹スカルドラゴンに必殺技の一つ『オーラキャノン』を叩き込もうと狙いを定めている最中だった。
  死体でありながら動き続け、ただそこにいるだけで『生』を冒涜する骨だけの竜。けれどスカスカの体とは裏腹に八竜の中でも最も大きなイエロードラゴンにも匹敵する重量級の攻撃力を持ち、状態異常を巻き起こす攻撃を得意とする厄介な敵だ。
  だからこそマッシュは弱点である聖属性の攻撃―――オーラキャノンを撃ちこもうとしていたのだが、まさに必殺技を撃ち出そうとした瞬間、空から伸びてきた鎖にスカルドラゴンが捕まってしまった。
  これが味方の作り出した拘束だったならばマッシュはそのまま必殺技を叩き込んだかもしれなかったが、技の出所はアーチャーであり、マッシュ達にとってはむしろ敵側になる男の宝具である。
  マッシュは攻撃を躊躇った。
 その僅かな間にアーチャーの宝具『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』は武器の発射準備を整えてしまい。空から武器を撃ち出す。
  自分以外は敵だろうと味方だろうと関係ない、隙間のない嵐が空から降りてきた。
  鎖を使ったのがアーチャーだと判っていたからこそ。マッシュはその攻撃の危険性にもたどり着いて、撃ち出そうとした必殺技を躊躇いと一緒に収め、アーチャーとは正反対の方角へと転進した。
  砂漠の大地に爆発音が鳴り響いたのはマッシュが走り出した一瞬後のことだ。見なくても背後から迫りくる熱気が背中を焼くのが判る、振り向く力を含めて全力疾走に置き換えたマッシュはとりあえず安全と思える位置までひたすらダッシュする。
  爆発音はまだ鳴り響いていたが、迫ってくる圧力が弱まったと感じた瞬間。マッシュは後ろを振り返って、自分がいた場所とスカルドラゴンの様子を見る。
  そこには爆発によって発生した膨大な砂ぼこりが巻き上がり、敵も味方も含めてそこにいる何もかもを包んで覆い隠してしまっていた。
  状況の見極めには砂ぼこりが晴れるまで待つしかない。
  「くそっ!」
  倒そうと思っていた敵を横取りされた悔しさから、マッシュは小さく愚痴をこぼす。ただし、ぼんやりと砂が落ち着くのを待つぐらいならば、別の敵に狙いを定めるべきだ。
  戦場で立ち止まるなど愚の骨頂―――。マッシュは別の竜を倒すべき敵と定めて別方向へと走り出す。
  セリス・シェールはそんな別方向へと駆け出していくマッシュを見ながら、巨大な砂ぼこりの中から抜け出す一つの大きな塊も見つめていた。
 あちこちを動き回り敵に殺到する王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイの兵士ではない。両手足を持った人型なので、八竜でもない。全体的にオレンジ色の色彩だったので、ケフカに召喚し直された黒き英霊達でもない。
  幻獣『ギルガメッシュ』だった。
  ロックとは別の視点からアーチャーの敵が鎖で拘束される様子を見ていたので、あの鎖がどの様な効果を持っているかと、幻獣『ギルガメッシュ』がどのようにして脱出したのかもしっかりと見れたのだ。
 王の財宝ゲート・オブ・バビロンの中から現れた鎖―――アーチャーが『天の鎖』と呼んでいた宝具は神性を持つ相手に強力な拘束力を発揮する効果を持っているようだが。その反面、神性の無いサーヴァントや人間にとっては多少頑丈な鎖に過ぎないらしい。
  もし幻獣『ギルガメッシュ』がアーチャーこと英雄王『ギルガメッシュ』の半神半人の要素を持っていたとしたら、拘束から抜け出すのも天の鎖を引きちぎるのも不可能だったろうが、魔石から呼び出される彼はあくまで伝説の剣豪であって神性など欠片も無い。
  だからこそ宝具の雨で集中攻撃を喰らう前に何とか鎖を引きちぎり、致命的な連打を受ける前に脱出できたのだ。
  直撃は避けたが爆発と同時に生まれる余波は耐えるしかなかったらしく。マッシュと同じく全力疾走で駆けながらも、鎧のあちこちが損傷しているのが見える。
  「エンキドウ・・・?」
  幻獣『ギルガメッシュ』は走りながら周囲を見渡し、ついさっきまでいた場所も振り返って相棒の姿を探していた。
  しかし砂から抜け出して走っているのは一人だけ。
  鎖から抜け出せずに武器の嵐に貫かれて消滅してしまったか? それとも巻き起こる砂ぼこりの中でじっと息を潜めて隠れているのか? どちらにせよ幻獣『ギルガメッシュ』の目に見える範囲からエンキドウが居ない事実は覆らない。
  「置いてけぼりは無しだぜー!」
 「その口を閉じろ! それ以上オレの友を汚すな」
  悲壮感を込めてエンキドウの名を呼ぶ幻獣『ギルガメッシュ』だったが、それは英雄王『ギルガメッシュ』の怒りを更に増幅させる効果しか作り出さなかった。
 しかも天の鎖から呆気なく脱出されたのが余計に怒りを増大させているようで、空に輝く王の財宝ゲート・オブ・バビロンの輝きが更に増えていく。
  自分が消滅するよりも幻獣『ギルガメッシュ』を抹消する方が重要なのか、あるいは急激な魔力消費に気付いていないほど頭に血が上っているのか。
  ウェイバーを刺したアサシン同様に言峰綺礼が死んだので、輝きを増やすのと引き換えにサーヴァントとして現界するための魔力が加速度的に消耗されていくが、アーチャーはそんな事は全く気にせずに空に宝具の光を増やしていった。
  その輝きの幾つかからはまだ天の鎖が伸びており、宝具の雨に晒されながらもまだ消滅していない八竜の健在を示しているのだが、アーチャーは同じ名を持つ幻獣『ギルガメッシュ』しか見ていない。
  「あばよ!」
  「逃がすかぁっ!!」
 両手に武器を持ったまま走り続ける幻獣『ギルガメッシュ』に向け、アーチャーは再び空にある王の財宝ゲート・オブ・バビロンから宝具の雨を降らせた。





  ミシディアうさぎ達が監視する衛宮切嗣は殺戮を続けていたが、不意に何かに感じたかように山の方を見た。
  セイバーとティナがいる円蔵山の方角ではない。方向としては間桐邸や遠坂邸がある方角なのだが、冬木に存在するどの戦場もその方向には存在しない。
  衛宮切嗣が向いた方向を説明するのに最も適した言葉があるとするなら、それは『衛宮切嗣自身が通ってきた経路』だ。
  ほんの一瞬、殺戮を止め、その方角をジッと眺める。
  衛宮切嗣が立っている場所はビル群から民家が並ぶ住宅街へ移動しており、夜だからこそ辺りには人気は無く閑散としている。
  まだこの辺りに住む人々は家の外にいる一人の男が冬木の住人を殺しまわっている事態に気付いてないようだ。
  もし衛宮切嗣が仕出かした殺戮の状況を僅かでも見れば、この男こそが冬木を騒がせる連続殺人犯であると思い、今はもういないキャスターのマスターの残虐な所業と結びつけるに違いない。
  ミシディアうさぎは物陰から動きを止めた衛宮切嗣をジッと見る。
  殺し損ねた者でもいたのだろうか?
  衛宮切嗣を監視していた一匹のミシディアうさぎの自由意思がそう考えた次の瞬間、衛宮切嗣は向いていた方向とは逆、つまり海の方向への向けて再び走り出した。
 「固有時制御タイム・アルター・・・・・・四倍速スクエアアクセル――」
  それどころか走っている最中に使うだけで人体がボロボロに破壊されて死んでもおかしくない四倍速の魔術すら使う始末。
 これまでも固有時制御タイム・アルターを使ってきたが、それは人を殺す場合にのみ使用されてきて、走る行為だけの場合には使われてこなかった。必ず魔術と殺戮はセットになっていた。
  何をそんなに急いでいるのか?
  あまりにも移動速度が早すぎるので次の監視を別のミシディアうさぎに任せるしかない。一瞬前まで衛宮切嗣を補足していたミシディアうさぎは別のミシディアうさぎに監視を譲り、電信柱の陰から身を乗り出して衛宮切嗣が見ていた方向を同じように見つめた。
  そして気付く。通常の四倍の速度で走る衛宮切嗣の移動速度よりも更に早く―――、ジェット機の様に音速に近い速度で空を飛び、けれど人工の推進機関ではなく羽根によって飛行する生物が衛宮切嗣を追いかけるように進んでいる。と。
  初めからそこに何かいると思っていなければ、見過ごしてしまいそうな速さで移動していた。
  ミシディアうさぎがそれを発見してから上空を通り過ぎ去ってしまうまでは一秒も無かったかもしれないが。ミシディアうさぎはしっかりとそれの全景を目で捉えた。
  大きさは人の大人と同じ程度。ただし、六本ある手の一本には無骨な剣が握られ、残りの五本は威嚇するように大きく広げられていた。下半身は何らかの塊に覆われて見えなかったが、手よりも大きく広げられていたのが一番目立つ黒い羽根だ。
  ゴゴが呼び出す幻獣『ディアボロス』、あの悪魔の名を関する幻獣よりも禍々しく、恐ろしく、見ただけで凍えそうな寒さを内包する何か―――。
  別のミシディアうさぎが四倍速で駆ける衛宮切嗣を補足し、その一瞬後には空を飛んで追いかけるそれも補足してしまう。
  ミシディアうさぎからミシディアうさぎへ。
  別のミシディアうさぎからそのまた別のミシディアうさぎへ。
  そうやって衛宮切嗣と彼を空から追う何かはミシディアうさぎ達が作り出す監視網の中を一直線に進み、遂には海にまで到達してしまった。
  次元の狭間から抜け出したものまね士ゴゴはミシディアうさぎの視線を引き継いで、海の上からその様子を見つめる。
  冬木市内ならば次元の狭間の入り口から出口まで移動するのに一瞬すら必要ない。ミシディアうさぎの視線から衛宮切嗣が向かう場所を予測したゴゴは、先回りして海の上で待機していたのだ。
  浜辺を見れば、たった今到着した衛宮切嗣以外にも、少し離れた個所では夜の海でムードを盛り上げようとするカップルや夜釣りに勤しむ人々の姿もある。
  この場面だけを見れば、平和な夜の海と見えなくもない。しかし、今の冬木に地獄を死体の山を作り出そうとしている張本人がそこにいる。
  欠片も海の方を見ず、ただひたすらに走ってきた方向を振り返る衛宮切嗣はゴゴに気付いていないようだ。
  旧約聖書に登場する海の怪物レヴィアタンの英語名―――海の中をたゆたう幻獣『リヴァイアサン』の背に乗って、状況を見守っているゴゴがそこにいるなんて、考えもしないのだろう。
  しかしそれも衛宮切嗣の気持ちになって考えれば当然と言えるかもしれない。
  海とは逆方向から迫りくる何かは、紛れも無く衛宮切嗣にのみ焦点を絞り、隠そうともしない気配を存分に広げて迫っているのだ。まだ明確な敵意や殺意の類はないが、『自分を追いかける何か』が近づいていると気付いてしまえば、自然と距離を取る。
  これが警察官や野次馬など単なる人間だったなら衛宮切嗣は即座に撃ち殺そうと待ち構えた筈。けれど、今回は相手が悪い。何しろこの世界とは別の世界だが、神と呼ばれた存在の力を宿したモノが相手なのだ。
  不用意に攻撃する前に状況の見極めこそが先決。
 衛宮切嗣がそんな風に考えたかどうかは本人にしか判らないが、少なくともまだ危険を感知して一時的な逃亡を選べるぐらいの理性が残っているのにゴゴは驚いた。てっきり、精神も肉体も心も存在も何もかもを聖杯に喰われてしまったと思っていたが、同時に取り込んだ宝具『全て遠き理想郷アヴァロン』のお蔭で、まだ『衛宮切嗣』の一部は残っているらしい。
  ただし、ゴゴに気付いていない時点で周囲への警戒が疎かになっているのは間違いない。
  リヴァイアサンの巨体が海に隠れられるように海岸からかなり距離を取っているが、異質な魔力を持つ生物がそこにいるのだから見つけようと思えば見つけられる筈。
  ゴゴが観戦のみを意識して戦う意思を全く見せず、ゴゴが乗っているリヴァイアサンが水中に沈んだままでいるのも気付かない原因だろうが。もしあれが本当に衛宮切嗣だったなら、どれだけ離れた場所に居ようとも。敵がいるかもしれない、と海の方を凝視するぐらいはしただろう。
  聖杯と宝具によって、もうあれは衛宮切嗣とは違うモノになってしまったようだ。
  そう結論付けるのと時同じく。衛宮切嗣を追ってきた何かが海岸防風林の向こう側に姿を現した。
  そしてゴゴから見れば左右からも同じように人のように見える何かが空を飛んでやってきた。
  一つ。二つ。三つ。
  衛宮切嗣にとっては浜辺に沿って近づいてくるそれらは唐突に現れたように感じるかもしれないが、衛宮切嗣が自分を追ってきたモノに気付く以前から、それらはこの場所を目指していた。
  ゴゴから見て右側からは紅い鎧をまとい背中から生えた羽根で空を飛ぶ人の様で人ではない異形。
  ゴゴから見て左側からは空に浮かぶ大きな生首に乗る女。浮かぶ場所が海上である状況を考えれば黒い水着に見えなくもない薄手の衣装をまとっている。
  そしてゴゴの真正面からは衛宮切嗣を追って街中から迫る六本の手を持つ怪物だ。
  衛宮切嗣を中心にして三方から三匹、いや三柱の神が三角形の囲いを作っていた。
  自分を追ってきたモノを、右斜め後方から迫るモノを、左斜め後方から向かってくるモノを、衛宮切嗣はそれぞれ見る。
  衛宮切嗣はようやく自分がこの場所に逃げてきたのではなく追い立てられたのだと気付いたようだが、もう遅い。
  ここが、この場所こそが、多くの力を得ながらそれでも『人』である者たちが決着をつける戦場なのだ。衛宮切嗣に逃げ場はない、ここで戦うしかない。
  「バトルフィールド――展開」
  ゴゴはようやく整った舞台に邪魔物が入らぬよう海の上から衛宮切嗣と三柱の神―――『魔神』『鬼神』『女神』の力を得た人間の全てを包み込むように、半球状の結界を展開した。
  風船の口に相当する部分にいるゴゴが結界を張ると、半球状の風船がどんどんと膨らんで戦場を作り出していく。
  ただし弊害もあり、バトルフィールドの中に巻き込まれた人間たちがいて、彼らが結界の中にいれば巻き込まれて死んでしまう可能性は非常に高い。決定事項と言ってもいい。
  ゴゴが乗っているリヴァイアサンとは違う幻獣を呼び出して強制的に排除するか。それとも睡眠魔法の『スリプル』で眠らせてミシディアうさぎに運ばせるか。
  雁夜と桜ちゃんを変身させるために用いた方法をもう一度使い、次元の狭間に押し込んで安全な場所に放り出そう―――。瞬時に方法にたどり着いたゴゴは戦場の様子を観察しながら、バトルフィールドの中にいる民間人の強制退去を進める。
  ゴゴの視線の先で『魔神』の力を得た雁夜と、『鬼神』の力を得た士郎と、『女神』の力を得た桜ちゃんが衛宮切嗣の元に集結し、戦いが始まろうとしていた。





  ティナはゴゴの意識を介して海の方で始まろうとしている強大な戦いの予兆を知っていたが、それは頭の片隅にある些細な出来事であり、目の前で起こっている戦いに比べれば後回しにすべき事柄と切り捨てる。
  『悪』に汚染された聖杯から無限ともいえる魔力を供給し続けられるセイバーは他の事に意識を割いたままで戦えるほど甘い敵ではない。
 「約束された勝利の剣エクスカリバー!!」
 「風王結界インビジブル・エア!!」
  振り下ろされたセイバーの剣から再び黒き極光が放たれ、全てを切り裂く斬撃となって空に撃ち出された。
  当たれば今のティナであっても一たまり一溜まりもない。けれど、それは当たればの話だ。
 ティナは格好こそセイバーと同じく『約束された勝利の剣エクスカリバー』を放つように剣を上に構えていたが、刀身にまとわせたのは魔力ではなかった。
  風だ―――。
  ティナが構える剣『アポカリプス』は口から出た叫びとは裏腹に全く振るわれず、真上に構えられたままの状態で天上へと向けて大気の噴流を放った。
 倉庫街の戦いでセイバーが見せた風による加速。その風による強制移動を空から地上への降下へと使い、一瞬前までティナがいた場所を約束された勝利の剣エクスカリバーの黒い光が通り過ぎた時には、桃色に輝くティナの体は地上へ降り立っていた。
  技の威力が大きければ大きい程、その後に出来上がる隙もまた大きい。
 確認されているセイバーの約束された勝利の剣エクスカリバーは『所有者の魔力を光に変換』『変換の後に収束して加速』『真名を名乗りながら両手で渾身の振り抜き』と段階を踏まなければ発動しない。敵の眼前でいきなり使える便利な技ではないのだ。
  あるいは黒く変質してその点が改善されたかとも思ったが、地上に降り立ったティナの目に飛び込んできたのは剣を振り下ろした体勢で止まるセイバーだった。
  異常なまでの魔力供給によって連続発動を可能にはしていたが、段階の最後に『高い魔力消費で放った後の動きが鈍る』と追加しなければならないようだ。
  あまりの素早い移動に地面に衝突しそうになるが、その直前、ティナは真上に構えていた『アポカリプス』を後ろに反らし。撃ち出した風の勢いを前に跳ぶ推進力へと切り替える。
 風王結界インビジブル・エアを使っての着地の勢いは凄まじく。無機物が破壊できない筈のバトルフィールドの効果範囲内で、両足で踏み込んだだけで地面に亀裂が走りそうだった。
  足の骨が折れるどころか肉がひしゃげそうな衝撃には歯を食いしばって何とか耐え。空から舞い降りた勢いをほとんど殺さずに前に跳ぶ。
 そこにいるセイバーに向け、風王結界インビジブル・エアの効果を消しながら、剣の英霊に対して剣を構えて突っ込む。
  大地を駆け出した刹那、ティナは見た。振り下ろした剣を持ち上げて、迎撃の体勢を整えていく黒きセイバーの姿を―――。
  セイバーの位置からは黒い極光が邪魔になって、空の上から地上まで一瞬で降りて突っ込んでくる姿は見えていなかった筈。それなのにセイバーはティナに向けて剣を構えようとしている。この調子では、ティナがセイバーの元へとたどり着くころには構え終えられてしまう。
  さすがは剣の英霊。
  それが敵の物であったとしても、迫りくる『剣』には頭で意識するよりも前に体が反応するようだ。
 しかしティナとて無策で『約束された勝利の剣エクスカリバー』を放った後に出来る隙をついて接近戦に移行した訳ではない。剣の英霊に対して勝算あっての選択なのだ。
  ティナが握る青い刀身の剣『アポカリプス』は使用者の魔力を吸って通常の二倍の物理攻撃を放つ魔剣である。雁夜が持つラグナロクには爆裂魔法『フレア』を刀身の先に時々発動させる効果があるが、こちらは常時発動する。
  剣を振るえば振るう程に魔力は吸われるが、その代償としてティナの力は見た目を裏切る強大な破壊力を単身で生み出せる。
  目算で、セイバーを上回るほどに―――。
  もしかしたらティナが剣を用いて接近戦を仕掛けようとしたのは『間近でセイバーの剣術が見たい』というゴゴの意識が働いたが故かもしれないが、ティナ自身はセイバー相手に剣で勝てる見込みは十分にあると踏んでいた。
  少なくとも剣と魔法を併用すれば互角には持ち込めると踏んでいる。
  刀身にまとっていた風が消え、移動手段としての剣は無くなり、敵を斬り殺す武器へと変化する。応じるようにセイバーもまた剣を構えた。
 ティナは後ろに構えていた『アポカリプス』を下から振り上げ、セイバーは少し掲げた『約束された勝利の剣エクスカリバー』を振り下ろす。
  音よりも早く動いた二本の剣が衝突し、打ち合った個所を中心にして爆発に似た衝撃が生まれた。





  カイエン・ガラモンドは両手に槍を持つサーヴァントの一人と向かい合っていた。
 目の前に立つ男はついさっきまで王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイの兵の一人と戦っていたのだが、その一人は槍で貫かれて無力化されてしまい、すぐ近くの砂の上に転がっている。
  運が良ければロックとセリスの回復が間に合って、死ぬ前に再び戦線に戻れるだろう。ただし、今のカイエンには視界の片隅にいる死体一歩手前の誰かに気を配る余裕はない。
  目の前に立つ黒き槍兵が隙あらば貫かんと対峙しているからだ。
  姿形こそフィオナ騎士団、随一の戦士、『輝く貌』と謳われたディルムッド・オディナなのだが、彼の自意識は『憤怒』や『憎悪』『激情』に呑みこまれて、涼しげな顔で聖杯戦争に挑んでいた様子はどこにも見当たらなかった。
  ケフカが彼ら黒き英霊達を呼び出すときに用いた狂化の属性付加が狂ってしまった直接の原因ではあるが、それにランサー自身が身を委ねたのも彼の心が消えてしまった大きな原因と言える。抗えばランサーのサーヴァントとしての心が僅かに残っただろう。
  カイエンの前にいるのはディルムッドでもランサーでもない。衛宮切嗣が聖杯に呑まれてしまったように、形が同じだけの別物なのだ。もう黒いサーヴァントの中には騎士としての尋常なる勝負など欠片も残っていないだろう。
  「哀れ・・・。せめて苦しまぬよう、拙者が斬るでご」
  ざる。と言い終える直前、狂った槍兵はカイエンに向かって突進してきた。
  カイエンはロックに預かってもらっていた最強の刀―――斬魔刀を構え、迫りくる敵に応えるように自分もまた前に出る。
  ランサーだったりディルムッドだったならば、話している途中で攻撃を仕掛けてくるような真似はしなかっただろう。
  ケフカに操られてしまっている今はこうなるだろうと予測していた。当たって欲しくないと思いながら、それでも考えていたからこそ驚きは無く、ただ戦うために前に出る。
  二本の槍と一本の刀。数では黒き槍兵にこそ分があるが。その程度で臆するカイエンではない。
 長さで優る破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグの切っ先を同じく斬魔刀の切っ先で受け、そのまま斜め後ろへと流していく。互いに敵に向けて進む勢いを利用して懐に入る算段だったが、逸らそうとした槍が徐々に元の位置へと戻されようとしていた。
  「むっ!?」
  勢いを完全に殺し切るほど桁違いの力ではなかったが、カイエンが両手で持つ刀を片手に持った槍だけで押し戻すほどの力は合った。
 強引な力で体勢が僅かに崩され。加えて、もう片方の手にあった必滅の黄薔薇ゲイ・ボウが待ち構えるようにカイエンの崩された体勢の向かう先に合った。
  カイエンは身を捻りながら更に前に跳ぶ。
  頭と首を貫かんと伸びてきた黄色の槍が首筋すれすれを通り抜けていく感触を感じながら、体をもっと捻らせて回転する。斬魔刀で斬れる体勢も崩してしまい、刀は敵を斬る為の武器ではなく身を守るための防具となった。
  横回転しながら地面と水平に飛び、黒き槍兵の後ろにまで跳んだ。
  肩から地面に落ちて、その勢いのままに回転し、起き上がって再び斬魔刀を構える。黒き槍兵もまた、突き出したばかりの二本の槍を構え直しており、再び突進の体勢を整えている。
  刹那の間を経た後。黒き槍兵は前に跳び、カイエンもまた前に跳ぶ。
  両者が到達するまでのわずかな間、カイエンはランサーならば本来は持ちえなかった膂力の出所がケフカによってもたらされた『狂化』の属性付加であると結論付けた。
  カイエンの両手持ちの刀を片腕で押し切るとは凄まじい力だ。バーサーカー顔負けである。
  元々持ち合わせていた速度は増し、腕力もまた大幅に強化されている。ただし、狂ってしまったからこそ槍術はあまり冴えていない。
  紛れも無くランサーは自分の肉体に刻み込まれた槍術で戦っているが、力押しの印象が非常に強い。
  力と速度で押し通す狂戦士を思わせるその在り方に再び憐憫の情がわき上がりそうになるが、同時にこの状況を作り出している相手があのケフカ・パラッツォだからこそ負けられないとも思った。
  カイエンの夢の中にとり憑き、魔大戦で心をなくした多くの魂が集まって生まれたモンスター『アレクソウル』。あの戦いを経て心から迷いを消し。カイエンは全ての必殺剣を極めた。
  その時、過去を振り返らぬと心に刻んだが。ドマ王国を毒でもって滅ぼしたケフカを許した訳ではない。
  むしろ、未来に進むためにここにいるケフカを斬らねばならない。手先と成り果てた黒き槍兵もまた斬らねばならない。
  殺し合うまでの一瞬で普段ならば考えられないほど多くの事がカイエンの中を行き来した。
  カイエンは前から襲い掛かってくる二本の槍を見ながら、斬魔刀を振るう。
  敵を斬る為に―――。





  「アレイズ――」
  マスターを失ったサーヴァントがどうなるかはさておいて、今にも死にそうなウェイバーを放置していたら蘇生魔法を用いても生き返れない所まで逝ってしまう。
  アサシンがウェイバーを刺した事を後悔していたとしても、それが今は亡き言峰綺礼からの最後の命令だったとしても、主体となるウェイバーが居なければ何も始まらない。
  だからこそリルムはアサシンへの警戒を行いながらも、ウェイバーを生き返らせることを優先させた。
  蘇生魔法『アレイズ』がウェイバーを包み込むと、突き刺さった剣が自然に抜けていく。
  傷口が塞がっていく。
  顔に血色が戻っていく。
  まだ刺されたばかりでセイバーの時よりも傷は浅い。これならば以前よりも早く万全の状態に戻せるだろう。
  だが、蘇生に集中しなければならないのはどうしようもなく、アサシンへの警戒が精一杯で攻撃に転じるのは不可能だとも判ってしまう。
  足場であり攻撃手段でもある幻獣『バハムート』によって守られている状態だからウェイバーの蘇生を邪魔される様なことにはならないだろうが、完璧に攻撃は封じられた。
  敵を前にしながらも手も足も出せない状況を歯がゆく思ってしまうが。それもまた仕方のない事だと諦める。
  何故なら―――今、敵に攻撃するのはリルムの役目ではないからだ。
  適任が他にいる。
  敵の攻撃は彼に任せればいい。
  そう思いながら視界の中に『彼』―――ウェイバーを放り投げたばかりのライダーを入れる。
  リルムを信頼しているのか。放り投げたウェイバーには見向きもせず、ライダーはただ敵を見つめていた。
  意識はウェイバーとアサシンに向いているので『見る』ではなく『視界に入れる』に留め、単なる風景の一部としか見れないのだが。それでもライダーの背中からはそばにいるのが苦しくなるほどの圧迫感を感じる。
  自前の貯蔵魔力だけで賄ってきたライダーが、サーヴァントとしてマスターから全開の魔力供給を受けた。
  聖杯戦争で構築されるべきマスターとサーヴァントの姿が、ウェイバーが一度殺されて正規のマスターで無くなった状態で作り出されたのは奇縁と言うしかない。
  リルムはライダーを視界の中央に置いている訳ではない。集中して見てる訳でもない。それでも、ライダーの中に力が漲っていくのが判る。
  体の中を渦巻く闘志と、ウェイバーからもたらされた魔力が絡み合って、敵を倒す意思へと変わっていく。
  敵―――この場合はケフカを守護しているストームドラゴンもなのだが、竜はしっかりとライダーを見ていた。
  ライダーもまたストームドラゴンを見て、体の中から溢れそうな力を爆発させるタイミングを計っているようだ。
  どちらかが先に動いた訳でもなく。第三者の介入があった訳でもなく。ただ空の上で向かい合った敵同士は全く同じタイミングで技を放つ。
  「トルネド」
 「遥かなる蹂躙制覇ヴィア・エクスプグナティオ
  風属性の攻撃を全て吸収するストームドラゴンが自分の特性を生かし、技の効果範囲内にいる敵味方問わず無差別に切り刻む竜巻を生み出す。
  当然、その中には幻獣『バハムート』もリルムも、蘇生中のウェイバーもアサシンも入っている。
 ライダーが叫ぶと二頭の雷牛がいななき。次の瞬間、神威の車輪ゴルディアス・ホイールは目にも留まらぬ速度で前方に現れた竜巻へと突っ込んでいった。





 ティナが持つアポカリプスとセイバーの持つ約束された勝利の剣エクスカリバーの刃が互いにぶつかり合った瞬間、二人は刀身をぶつけあったままの体勢で向かい合った。
  鍔迫り合い。
  本来ならば真剣では決してありえない構図が作り出され、ティナの目はセイバーを、セイバーの目はティナの目を見る。何故ありえないか? それは武器の衝突は常に真正面から起こるものではなく、接触箇所が僅かにずれれば相手の武器もこちらの武器も別方向へと流れてしまうからだ。
  迫りくる力に対して、力で真っ向から対抗して押し返すなんて状況は殺し合いには無い。どれほど正確に向かい合った力であっても、必ずそこにはずれが生じる。
  それが鍔迫り合いの起こらない理由だ。
  しかし現実には起こっていた。
  セイバーが振り下ろした剣と正反対の力が生まれ、正しい拮抗状態を作り出している。それどころか、セイバーが止まってしまった剣を動かそうとすると、それに合わせてティナの剣もまた動き、鍔迫り合いの体勢を続けていく。
  ティナを見るセイバーの顔は何の感情も浮かべない無表情を保っているが、内心は驚きで溢れているであろう事が容易に想像できた。
  剣だけに限らず、どう動き、どう構え、どういなし、どう流すか。その先読みがなければ鍔迫り合いは成立しない。それがほんの一時だったとしても、動きを完全に読まれていると言うことになる。
  ティナの動きの原形はゴゴが物真似したセイバー自身の動きだとは夢にも思わないだろう。鍔迫り合いが成立したのはセイバーの動きを物真似して『こう動く』と予測できていたからこそだ。
  僅かにできた空白。ティナはそれを使ってセイバーに語りかけた。
  「その程度なの?」
  「・・・」
  「これで剣の英霊?」
  聞きようによっては侮蔑とも取れる言葉への返答はなかった。
  代わりにセイバーは僅かに剣を引き―――当然、ティナのアポカリプスもそれを追って前に出るが、鍔迫り合いの体勢は強制的に終わらせられた。
  止めたのは下から伸びてきたセイバーの足。ティナの腹部に打ち込んだ蹴りが二人を強引に引き離したのだ。
  もっとも、セイバーの蹴りはあくまで状況を変化させるためと、一旦距離を取る為に行われたもので、打撃としての威力は少ない。ティナ自身もセイバーの蹴りが渾身の力を繰り出す直前に後ろに跳んで威力を殺したので、痛みは皆無に等しい。
  二人の間には数メートルの空間が出来上がるが、セイバーは瞬時に仕切り直して、前に跳ぶことでその距離をゼロにした。
  ティナから見て右側に構えた剣がティナの上半身と下半身の分断せんと迫る。ティナもまた同じくセイバーの動きに合わせて前に出て、同じように右側にアポカリプスを構えてセイバーの胴体を斬ろうと剣を繰り出す。
  全く同じ踏み込み、全く同じ構え、全く同じ軌跡を描いて二つの剣が交錯する。ぶつかったのは二人の剣の刀身ではなく、鍔の部分だった。
  時に相手の剣を引っ掛け、弾き飛ばし、直接殴りつけたりもする。そこが正面からぶつかり合って、互いの剣を自身の胴に当たる寸前で止めていた。
  『斬る』によってのみ発動するアポカリプスの力はここでは発動しなかったので、二人の剣が止まった後はセイバーの剣が徐々にティナの剣を押し込んでいく。鎧を身に着けている分、一旦、止まってしまった剣では威力が出ず、逆にピンクの体毛しか胴を守る術がない今のティナならば力で押し切った方が良いと判断したようだ。
  今度は鍔迫り合いの状況には陥りそうになかったので、ティナは自分から動いて状況を動かす。鍔迫り合いをした時のセイバーと同じように足で蹴りを繰り出し―――。
  「ファイア」
  と見せかけて僅かに足を動かしたところで、アポカリプスを握りしめた手から直接魔法を発動させた。
  澄んだ空を思わせる青い刀身から噴き出す真っ赤な炎。セイバーには当たたなかったが、体のすぐ近くを炎にあぶられ、セイバーは身を引いてしまう。
  英霊もまた人であり痛みも突発的な出来事も完全には無視できない。本能に根付いた反射が作り出す隙をついて、今度こそティナはセイバーと同じように足をセイバーの腹に伸ばし、そこにある黒く染まった鎧を足場にして後ろに跳んだ。
  再び二人の距離が開く。
  剣先をティナの目に向けて構えるセイバーがいて、オッドアイになってしまっている目が射抜かんばかりに睨みつけてくる。その目がセイバーの顔を無表情から怒りへと変化させており、『卑怯な!』と責めているようにも見えた。
  宝具を物真似し、剣の戦いと見せかけて別の技を使う姑息さ。清廉潔白の騎士であろうとするセイバーにとっては怒りに値するのかもしれないが、むしろ正しき在り方を汚しているのは今のセイバー自身だ。
  もしセイバーが本当にティナの卑劣さに怒っているとするならば。その怒りはティナではなく、語りかけてきたバーサーカーを無情に殺したセイバー自身に向けるべきだ。
  幻獣とは魔法の力の申し子であり。剣を扱うのはむしろ人としての技術であって、幻獣の血を継ぐティナの本気は魔法なしに成立しない。トランス状態のティナの姿をみて人と同じ剣しか使わないと思う方がどうかしている。
  だからティナは向けられたセイバーの視線を軽く流し、再び言葉を投げつけた。
  「本気ださないと・・・殺しちゃうよ」
  もう何度目かになるティナらしからぬ言葉だと理解しながら、それでも言葉は止まらない。ティナとして喋っているのか、それともゴゴとして喋っているのか、時折わからなくなる瞬間があった。
  ティナは思う。
 バーサーカーを消滅させた時を含めればすでに三回。宝具『約束された勝利の剣エクスカリバー』を放っていながら、魔力が途切れる気配がまるで無い。
  そもそもティナと戦える時点で、バーサーカーの時に負った怪我は回復し、体力も戻っていると考えるべきだ。鎧の下は見えないが、すでに完治しているに違いない。
  驚異的な再生力と魔力の増強。
  これは脅威だ―――。しかし、衛宮切嗣を介しての聖杯の力がセイバーへと流れ込んでいるのに、ただ宝具を連射できるようになるだけでは興ざめだ。
  そう思うティナの意識はもうゴゴの意識になっているのかもしれないが、生死をかけた戦いにおいて相手に対して『つまらない』と感じ始めてるのは間違いなかった。
  だから剣を構えたまま動こうとしないセイバーに向け、本気を出させるために魔法を唱える。セイバーが積み重なっていく異常事態に警戒しているのか、それとも別の理由かで攻撃してこないのは関係がない。
  余力を残して負けるような無様な真似はしてほしくない。全力を出してほしかった。それはティナであってもゴゴであっても偽りのない本心なのだから。
  「ファイガ!」
  炎、氷、雷。三属性の攻撃魔法の中でも、特にティナが得意とする―――魔石を介さず、独自に覚える事が出来る炎属性の高位魔法を放つ。
  右手には剣『アポカリプス』が握られ、左手はまっすぐにセイバーに向けて伸ばす。桃色に光るティナの体から球形のオレンジ色の燐光が一瞬だけ光った後、ティナの頭上から拳大にまで圧縮された炎の塊が現れ、流星のようにセイバーに襲い掛かった。
  さあ、もっと力を出し合って戦おう。怒り、驚いている時間があれば、本気を出してもっと別の技を繰り出して見せろ。
  黒く染まったセイバーに呼応するように、ティナの意識もまた黒く染まっているのかもしれない。ゴゴでもあり、ティナでもある存在はそう思った。





  「あああああああああああ――」
  叫び声と共に衛宮切嗣が銃口を向けたのは『魔神』の力を得た雁夜だった。
  追い詰められた場所にいた者たちと自分を追いかけてきたモノ。より強く恐怖を抱いたのが後者だったのか、それとも一番人間らしからぬ六本腕の怪物を一番厄介だと感じたか。
  人間らしい感情などほとんど残していない衛宮切嗣の心がどのような判断を下したかは判らない。判るのは向けられた銃口から銃弾に見える物が乱射され、空を浮かぶ雁夜に向かって殺到する事実のみだ。
  雁夜は腕の一本が握る魔剣ラグナロクを前に構え、それ以外の五本の腕を曲げて剣の周囲に置いた。
  主に頭や心臓など重要な個所を守る生身の肉体。これが普通の人間だったなら、銃弾は人の体を貫通して雁夜の急所にまで到達しただろう。
  しかし、今の雁夜は普通ではない。
  銃弾に見えるモノが殺到し、それを『魔神』の腕が弾いた。ただし、完全に弾いている訳ではなく、上腕や前腕には凹んだ個所が出来上がって、普通の人間が投石で痛みを感じる程度のダメージは負っているらしい。
 「固有時制御タイム・アルター四倍速スクエアアクセル
  海にたどり着いた時は解除した四倍速の魔術を再び行使したのは、全力で敵を粉砕するという意識の表れだろう。振り返る動作を短縮し、一旦雁夜から目をそらして、撃ち出す銃弾を斜め後方にいた士郎と桜ちゃんに向けて撃ち出す。
  士郎は雁夜と同じように持っている武器のハルバードを横に構えて顔を守り、桜ちゃんは乗っていた巨大な生首を衛宮切嗣と自分との間に出して防御した。
  『魔神』の肉体はある程度へこませた銃弾もハルバードには効果が薄いらしく、カンカンカン、と軽い音を立てて別方向へと弾かれる。ただし、『女神』が乗っていた生首には最も効果があり、当たった銃弾は見事に傷を負わせた。
  けれど生首は抉られた個所から血を流しながらも、痛がる様子も堪えた様子も死ぬ様子も無く、定位置である桜ちゃんの下に戻って、足場としてそこに居続けるだけだった。銃弾の何発かは眉間や脳に確実に当たっているが、全く気にした様子がない。
  生首に見えるが、人の首とは痛覚や急所が異なるようだ。
  ゴゴは上手く三闘神の力が雁夜と桜ちゃんと士郎に馴染んでいるのに満足しつつ、そういえば雁夜はアジャスタケースはどこに置いてきたのだろうか? と、そんな事を考えた。おそらく変身を終えた冬木市に戻ってきた時に落として放置したのだろう。
  空を飛ぶ三人に向けてそれぞれ銃弾を叩き込み、四倍にまで引きあがった時間の流れから通常の時間に戻ってきた衛宮切嗣。その反動で体はずたずたに引き裂かれ、肩の一部や腹部が内側からはじけ飛んで血と肉をまき散らす。
  手に持った聖杯から溢れる泥が即座にその個所に纏わりついて、内側から光る白銀の輝きと共に怪我を治してしまう。
  今の衛宮切嗣は英霊以上の回復力を持っている。ゴゴは海の中にいる幻獣『リヴァイアサン』に乗ったまま、そんな戦いの様子を観察し続けた。
  まだ小手調べの段階だが、圧倒的な力で制圧できないという点で両者は似通っていた。
  衛宮切嗣が使う聖杯と宝具の力が三闘神の力を突破する。つまり三人に与えた三闘神の力は紛い物の聖杯程度の力で傷ついてしまう程に弱まっているという事だ。
  三闘神が持つ本来の肉体は固有結界の中に呼び出された伝説の八竜に匹敵する巨体だ。その力を人間の肉体の中に授けたのだが、肉体の大きさと力の大きさが比例して、本来の三闘神から見れば弱体化してしまっている。
  もっと強い力を与えられもしたのだが、これ以上三闘神の力に染まってしまえば、彼ら三人は『人間』に戻ってこれなくなる可能性が高いので抑えてしまった。
  三闘神の力を行使しながら、制限時間付きでも人間に戻ってこれるギリギリのライン。今の『鬼神』『女神』『魔神』が人間の大人ぐらいの大きさに留まっているのはそんな理由からだ。
  もっとも―――。弱まっても神の力の一部である事実に変わりはない。傷つこうが何ら気にせず、雁夜と桜ちゃんと士郎は片手を前に突き出して衛宮切嗣に狙いを定めた。
  雁夜は間桐の魔術師が水属性だったので、元々扱えていたが『魔神』の力によって更に増幅された氷属性の高位魔法を―――。
  「ブリザガ」
  士郎は着込んだ鎧がそのまま表れたかの様な炎属性の高位魔法を―――。
  「ファイガ」
  最後に桜ちゃん―――、見た目だけならば成熟した大人以上の色香を備えているので、ちゃん付けで呼ぶのはおかしいかもしれないが、とにかく桜ちゃんは『女神』が得意とする雷属性の高位魔法を―――。
  「サンダガ」
  三方から衛宮切嗣に向けられた三属性複合攻撃の炎と氷と雷が衛宮切嗣に襲い掛かる。その威力は雁夜が人の体で繰り出した魔法と比べて数十倍にまで膨れ上がっていた。





  マッシュは新たな敵と戦うべく、別の八竜のいる場所へと駆けていた。言い方を悪くすると、戦場に居ながら戦っていない。
  だからこそ周囲の喧騒にいち早く気付くことができた。
  ロックとセリスが戦場から一歩引いた位置で状況を見守っているが、マッシュは戦場のど真ん中にいる。周囲への警戒はロックとセリスよりも強く、観察だけに全神経を集中することはできない。
  それでも間近で起こっている事が見れる分、起こっている事態の事細かな部分にまで知れる違いはあった。
  「おおおおおおおおおおお!!」
  掛け声だけを聞くならば雄々しく轟く声なのだが、マッシュが走る位置から少し離れた場所を全力疾走する幻獣『ギルガメッシュ』は敵と戦っている訳ではない。同じ疾走でも、マッシュと幻獣『ギルガメッシュ』の間には大きな違いがある。
  逃亡―――。
  幻獣『ギルガメッシュ』は天から降り注ぐ武器の嵐からひたすら逃げ回っているのだ。
  「おひょひょひょひょひょひょぉぉぉぉ」
  両手に武器を持ったまま奇怪な叫び声と上げながら走る鎧武者。後ろの砂を巻き上げながら全力で走る姿は喜劇の様だが、本人は真剣そのものだ。
  何しろ一瞬前まで幻獣『ギルガメッシュ』がいた場所には天から降り注ぐ武器が突き刺さって爆発したり、砂を消し飛ばしたり、方向転換して追ってきたりしてるのだから。
  時に急制動。時に急転回。常に行う全力疾走の中にフェイントを混ぜ込んで、それでもやっぱり全力疾走で逃げ続ける。
  絶対に当たりそうな気配のする武器に対しては手に握られた『エクスカリバー』と『正宗』で叩き落とし。前から飛んでくる武器に対しては軽く跳躍したりして避けたりする。
 全方位から襲い掛かってくる武器の発生元は言うまでも無く空に輝くアーチャーの『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』だ。当の本人は一ヶ所から動かずに、同じ名前のギルガメッシュを殺すためにひたすら宝具を撃ち出し続けている。
  幻獣『ギルガメッシュ』は相棒のエンキドウの無事を確かめる余裕はなく、ただ自分が生き延びるために逃げる。アーチャーこと英雄王『ギルガメッシュ』は存在そのものを許さないとばかりに同じ名前を持つモノを抹消せんと攻撃する。
 互いに互いの姿しか見えていないのか、王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイの兵も、伝説の八竜も、黒き英霊達も、ゴゴが『妄想幻像ザバーニーヤ』で変身した者たちも、ケフカ・パラッツォでさえも眼中にないようだ。特にアーチャーなど、王の財宝ゲート・オブ・バビロンから出している天の鎖で八竜の数匹を拘束している事実そのものを忘れているらしい。
  それは周囲からの攻撃に全く無防備であると同時に、攻撃の二次被害に遭うのが敵だろうと味方だろうと全く関係ないという事でもある。
  「死んでたまるかぁぁぁぁぁ!!」
  戦場を駆ける幻獣『ギルガメッシュ』に狙いを定めて、空から降り注ぐ宝具の嵐。絨毯爆撃に匹敵する宝具の雨の中で無傷でいるのは難しく、オレンジ色の鎧にはあちこちに亀裂が入って割れる一歩手前の状況に陥っている。
  それでも致命傷は全て回避しているようで、爆発を引き連れて戦場の中を突っ切っていた。
 幻獣『ギルガメッシュ』が避けた拍子に宝具の何本かが王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイの兵にぶつかって爆発する。
  竜の巨体を利用して壁にすると、宝具の雨が竜に向けて突き刺さっていく。
  敵を攻撃しようとした暗殺者が間近で起こった爆発に巻き込まれて空に吹っ飛んでゆく。
  マッシュは新たな敵を探しながら、その光景を見ていた。
  「何やってるんだ、あいつ等は・・・」
  その言葉は二人のギルガメッシュが作り出す奇怪な状況を目にした全ての存在の思いを代弁していた。





  砂漠の固有結界の中は空と大地の二層の戦場を作り出し、それぞれが互いの敵を殺さんと攻撃を仕掛け続けていた。上下が繋がって下から上の層を攻撃したり、逆に上から叩き落とされて下の戦場に加わってしまう事もあるが、基本的に戦場は空と大地で二分割されている。
  リルムは空の戦場でたった今起こった出来事を反芻した。正確には、反芻しなければ今起こった出来事を理解できずにいた。
  ストームドラゴンが発した風の魔法は一瞬にして空の戦場を全て切り裂く嵐となり、ウェイバーを蘇生する為に幻獣『バハムート』の上にいたリルムもアサシンの少女も等しく攻撃の対象となっていた。
 そしてライダーはカイエンが作り出した風と、ウェイバーの令呪という助力はあったが、セイバーの約束された勝利の剣エクスカリバーすら上回る神威の車輪ゴルディアス・ホイールの蹂躙攻撃で対処。
  風の中に突っ込んでいったと思った次の瞬間。そこには完全無欠に粉砕された風の残骸と体の半分以上を失って落下するストームドラゴンの姿が合った。
  ウェイバーを蘇生させるために意識を割いていたので、事の全てを正確に理解している訳ではなく、そこにある結果から予測する部分もある。
  おそらく―――真名解放した次の瞬間、あまりの速さ故に、自分すら壊しかねない正真正銘の全力疾走を行って真っ直ぐに標的を突っ切ったのだ。
  巨大な長砲身を思わせる牽引部分から一瞬だけ発生した莫大な威力が風を吹き飛ばし、向こう側に滞空していたストームドラゴンすら粉砕した。
  セイバーの宝具によって半壊寸前まで追い込まれたとは到底思えない見事な一撃。初動などほとんどなかったにも関わらず、風と衝突した瞬間は音速を突破していたかもしれない。
  リルム達を巻き込んで発動した筈の風は無残に散ってしまい。死んでないのが不思議なほど重傷を負ったストームドラゴンは血と肉と骨をまき散らしながら地面へと落ちていく。
  撃墜されたのだから当然だ。
  遠く離れた位置まであっという間で突進し終えてしまったライダー。ほんの数秒前までは真横に居た筈なのに、遥か彼方の空を悠々と走っている。
  「やりますな」
  そんなライダーの蹂躙を見届け、そう呟いたのは戦場のもっとも高い位置にいたケフカだった。
  これまではストームドラゴンに護衛を任せ、自身は回復役を務めていたケフカ・パラッツォ。六枚の羽根を優雅に羽ばたかせて空に降臨する姿は天使を思わせるが、蝙蝠の羽根を思わせる一対の羽根もあるので天使は天使でも堕天使の方が相応しい。
  リルムが記憶する瓦礫の塔にいたケフカの姿そのままだ。
 ゆっくりと上空から降りてきて、幻獣『バハムート』とライダーの神威の車輪ゴルディアス・ホイールが走る高さで止まる。
  ライダーはようやく降りてきたケフカに攻撃を叩き込むべく、手綱を引いて同じ高さを保ったまま進行方向を修正した。
 遠ざかってしまったのでリルムの位置からは細かい所までは判らないのだけれど、戦車チャリオットが軋んでいるように思えてならなかった。
  ライダーの方を見るケフカはリルムに背中を見せた隙だらけの体勢を作り出している。
  ウェイバーを治すのに忙しくて攻撃できないと確信しているのか。それとも攻撃しても対処できると自信があるのか。
  元々が同じものまね士ゴゴだからこそ、堂々と隙を晒すその姿が逆に不気味だ。
  「次はお主の番だ」
  遥か遠くからでも聞こえるライダーの声が空に響く。
  「――よろしい、受けて立ちましょう」
  それに応じるケフカの言葉には自分が負けるなどと微塵も考えていない余裕がある。
  ライダーは先ほど感じた猛々しい魔力の高まりを再び感じさせた。
  するとケフカは背中に生えた六枚の羽根を大きく広げるだけで、待ちの体勢を作り出す。今、ストームドラゴンを完膚なきまでに粉砕した突進を見ていなかったのだろうか? あれの直撃を喰らえば、リルムが乗る『バハムート』ですらただでは済まないと思える。
  リルムの位置からではケフカの顔が見えないが、ライダーと対するその顔が笑っているように感じた。
  再び生まれる空白の時。戦う者たちが向かい合って闘気を高めていく時間。その中でケフカだけは涼しげに浮かんでいる。
  先に動いたのはウェイバーから全魔力を託され、勝利を誓ったライダーの方だった。
 「遥かなる蹂躙制覇ヴィア・エクスプグナティオ!!」
  一度目よりも猛々しい雄叫びが響き、再び二頭の雷牛がいななく。
  「破壊の翼」
 そしてケフカは大きく広がった六枚の羽根を迫る戦車チャリオットに向けて突き出した。





  ゴゴが三闘神と聖杯の戦場にしたバトルフィールド内から邪魔な人間を追い出すのと、炎と氷と雷が荒れ狂う嵐となったのは同時だった。
  直撃した衛宮切嗣を中心にして大災害が発生し、砂浜には雷が作り出した直径十メートル以上のクレーターが出来上がり、波打つ海は波の形に凍り、全ての防風林を焼き尽くさん勢いで炎が空も大地も埋め尽くす。
  余波だけでも被害は甚大だ。
  バトルフィールドが無ければ戦場は数秒で更地になるのは間違いない。ついでにゴゴが近くにいた人間を逃がしていなければ、骨も残さずに全員消滅しただろう。
  『ファイガ』『ブリザガ』『サンダガ』はかなり距離を取ったゴゴの所にまで影響を及ぼし、海の一部が凍りながら煮えたぎるという奇怪な状況を作り出す。海の中にいた幻獣『リヴァイアサン』はたまらず顔を背け、乗っているゴゴは一瞬だけ振り落とされそうになる。それでもゴゴは砂浜で行われる戦いから視線をそらさずに見続けた。
  そして三属性の魔法災害をその身一つで受けた衛宮切嗣がゆっくり動くのを確認した。
  体の外側から焼かれ、全身を凍らされ、体の内側からも焼かれる。即死しても不思議の無い天災の中で、衛宮切嗣は手にした聖杯を一度だけ大きく上に掲げ、そして自分の胸に出来た黒き孔へと押し込んだ。
  孔よりも聖杯の方が大きいので、押し込める訳がないのだが―――。胸に開いた孔は衛宮切嗣の動きに合わせて変形し、聖杯がちょうど嵌まる位にまで大きく広がったではないか。
  孔は衛宮切嗣の肩にまで広がり、炎と氷と雷の中に見える衛宮切嗣の両腕が胸に開いた黒い孔で繋がっているように見えた。
  徐々に人の形を損なっていく衛宮切嗣だが、黒い孔の中に浮かぶ聖杯は自らが心臓であるとでも言わんばかりに衛宮切嗣の正中線に陣取って。更に器の部分から黒い泥を吐き出していく。
  どんどんと。
  聖杯の泥は炎を喰らい、氷を消し、雷を呑み込んでいく。それどころか喰らった三属性の勢いをそのまま自身の攻撃に転化するように、胸の孔とほぼ一体化した聖杯はもっともっと泥を吐き出した。
  どんどんと。
  泥は衛宮切嗣の上半身のほぼ全てを覆いつくし、首を伝って頭に登り、腰から降りて足も呑み込んでいく。そして聖杯を胸に収めた事で空いた片方の手には、今まで持っていたキャレコ短機関銃と同じようにトンプソン・コンテンダーに見える黒い塊が出現した。
  「へい――、わ・・・・・・」
  焼け爛れた口から出てくる呪いの様な呻き声の様な音。それを合図にして何もなかった筈の背中が膨張し、直径十センチほどの黒い棒が出現した。
  背骨が対外に飛び出したようにも見えるし、衛宮切嗣の背中を覆っていた聖杯の泥の一部がそそり立った様にも見える。ただし、その黒い棒は衛宮切嗣の体の両側についているモノと同じ位の長さまで伸びると、同じように五指を作り出してすぐに黒い腕となった。
  右手にはトンプソン・コンテンダーに見えるモノを持ち、左手にはキャレコ短機関銃に見えるモノを持つ。そして背中から生えた人間では考えられない三本目の腕は指を大きく開いていた。
  三本の腕はそれぞれ『女神』に『鬼神』に『魔神』に狙いに定め―――。溜める動作など欠片も見せず、直径一メートルはあろう極太の黒いレーザーを射出した。
  ドンッ! と太鼓を叩くような音と共に、黒い破壊が三闘神の体を抉る。
  雁夜は魔剣ラグナロクを持つ方の腕を二本吹き飛ばされ。士郎はハルバートを持たぬ腕の肘から先を消され。桜ちゃんは乗っている生首の右上半分と右足の膝から下を消滅させられた。
  三人が三人とも、何かが来る、と感じて瞬時に動いたからこそ、黒いレーザーが発射された時にはもう直撃しない位置にまで移動できたのだ。まともに喰らっていたら肉体を全て消されていたかもしれない。
  肩から先、肘から先、膝から先。三闘神はそれぞれが傷ついたか所から紅い血を流しながら、先ほどの攻撃がそうであったように痛がる様子を全く見せずに攻撃に転じる。
  「子守歌」
  バトルフィールド内に清涼な音が響いた瞬間、音符が一瞬だけ目に見えるように辺りを舞い踊った。
  すると衛宮切嗣の足が力を失ったように折れ曲がり、砂浜の上に膝をつく。
  「メタルカッター」
  出来上がった空白を利用して、『鬼神』は持っているハルバードの斧部分から高速回転して円形に見える刃を撃ち出す。
  ハルバートについている斧が飛び出したかのように衛宮切嗣へと殺到し。肩に、足に、腹に、胸に、頭に、深々と突き刺さる。普通の人間ならばショックで即死してもおかしくないのだが、衛宮切嗣は膝をつきながらもそれ以上は倒れずに中腰の体勢を維持した。
  むしろ傷つけられる事で『女神』からの攻撃で強制的に眠らされそうになったのを覚醒させている節すらある。
  そして胸に突き刺さった筈の『メタルカッター』の一つは、黒い孔の淵で止まり、奥にある聖杯に触れた様子は無い。
  それでも衛宮切嗣に隙が出来たのは覆しようのない事実だ。『女神』と『鬼神』が技を発動しながら衛宮切嗣に近づくと、その動きに合わせて『魔神』が前に出る。
  間桐雁夜として戦うのならば持っている魔剣ラグナロクを用いて戦うのが普通だが、時間経過と共に意識も『魔神』と同調しつつあるのか。剣を構えるのではなく、武器を持っていない側で無事だった三本の手で握り拳を作り、衛宮切嗣の顔面を思いっきりぶん殴った。
  「魔神の怒り」
  『子守歌』と『メタルカッター』が牽制の役目を果たしたので、三つの拳は見事に衛宮切嗣の頭に直撃する。もし衛宮切嗣が体一つで戦っていたら、殴られた勢いだけで首が千切れてもおかしくない。
 それなのに聖杯の泥はもう衛宮切嗣の首どころか口元すら覆い隠しており、最早、敵は『衛宮切嗣の形をしたこの世全ての悪アンリマユ』と言ってもよくなっている。
  通常攻撃の四倍の威力を持つ『魔神』の攻撃にすら耐えたのであった。
  聖杯からの魔力供給と宝具から与えられる回復力、人ではありえない力を発揮し、衛宮切嗣は五体満足のまま遠くへと吹き飛ばされるだけで終わった。胴体と頭は繋がったままで、首が折れ曲がった様子は無い。
  剛腕が繰り出した三つの打撃は衛宮切嗣の体を軽く十数メートル吹き飛ばすが決定的な痛みを負わせた訳ではない。浅瀬で止まり、起き上がろうとする衛宮切嗣の姿がそのいい証拠だ。
  三闘神が作り出す三角形の外へと強制的に弾き飛ばされた衛宮切嗣。士郎と雁夜と桜ちゃんは敵が吹き飛んだ方向へと向き直り、自分たちが傷ついているのも構わずに殺すために攻撃を再開する。





 王の財宝ゲート・オブ・バビロンから放たれる宝具の嵐は基本的な五部構成を繰り返している。
  構え、撃ち、当て、壊し、消す。
  時折『撃ち』の部分が直進ではなく湾曲したり、『壊し』の部分が『当て』と一緒くたになったり爆発して結果を作り出したりするが、基本はこれだけだ。
  だが、アインツベルンの森で行われた聖杯問答の時の様に取り出す物は別に攻撃だけに特化している訳ではない。あの時出した酒器の様にこの宝具はあくまで『宝物庫』であって、そこから取り出すのはあくまで『財宝』なのだ。
  聖杯戦争にアーチャーのクラスを得て現界してしまっているので、どうしても取り出すのが武器だらけになってしまうが、財宝とは武器だけに納まらない。宝物庫の中にある物全てが財宝となる。
 途方もない数の武器が作り出す威力に紛れてしまっているが、宝具『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』の真骨頂とはその『宝物庫に収められた財宝を全て具現化できる』ではないだろうか?
  酒器がそうであったように、宝具を使う者の意思によって財宝はこの世界に存在する物質として幾らでも出しっ放しにしていられる筈。その予測を裏付ける様に幻獣『ギルガメッシュ』に向けて放たれた武器の中には砂に刺さったままで消えずに残っている武器がいくつか存在した。
  消すか否かを決定する当のアーチャーが消すのを忘れているのか。それとも撃ち出した武器を消すよりも前に幻獣『ギルガメッシュ』を抹殺させるのを優先させているのか。アーチャーは外れて落ちた武器には全く意識を割いていなかった。
  攻撃の為にと爆発させた武器は現世には残っていないが、それでも僅かばかりの武器が砂漠に転々と残っている。しかも幻獣『ギルガメッシュ』が生きて逃げ続ける限り、残る武器の数もまた少しずつ増えていく。
  最初にそれを手に取ったのは誰か判らない。
 何故なら、王の財宝ゲート・オブ・バビロンから放たれて最初に残った武器は最初に大量の砂埃をまき散らした場所であり、その中を見通せた者は敵味方含めて誰一人としていなかったからだ。見ていた者も、ほぼ全員が砂埃から脱出して逃亡を始めた幻獣『ギルガメッシュ』とそれを殺そうとする英雄王『ギルガメッシュ』を見てしまった。
  だから足元に転がった武器を最初に拾い上げた者が誰だったかなど拾った当人にしか判らない。
  一人がやれば二人目が続いた。
  二人になれば、三人、四人と増えていった。
  次々に英霊達がアーチャーの宝具を手にしていく。
  戦場で武器を手にした兵士がやる事は戦い以外には無い。
 『王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイ』を『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』で武装させる。それは征服王イスカンダルが望み、星々の果てまで征服できると踏んだ最強の兵団が具現化した瞬間だった。
 もしアーチャーが幻獣『ギルガメッシュ』しか見ていない今の状況からほんの少しだけ視野を広げれば、自分の宝物を勝手に使われている状況に激情して自分以外の全ての者を殺そうとするだろう。王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイの兵が握っている武器を一斉に爆発させるのも考えられる。
  つまり、アーチャーが気づくまでの時間制限付きの『最強』だ。僅かばかりの時間しか許されていないが、ここに二つの宝具が融合した最強の兵団は誕生した。
  いまだにアーチャーが放った『天の鎖』で拘束されている何匹かの竜に向けて、新たな武器を手にした兵が攻撃を仕掛ける。
  彼らもまたアーチャーと同じ英霊であり、使用する武器はそれぞれが生前に愛用した武器なのだが、彼らが『軍隊』である以上、支給される武器は大量に製作した粗末な代物である場合が多い。
  アーチャーの宝具はこれまで使っていた武器が鈍らに思えるほど驚異的な威力を発揮した。
  強靭であるはずの竜の皮膚が紙のように裂かれていく。
  海魔を召喚し続けて拮抗させていたキャスターが徐々に追い込まれていく。
  戦場の死角を走るアサシンにすら対処できる余裕すら生まれていく。
  ケフカが回復の手を休めたのも手伝い、ライダー陣営に優勢な展開へとなだれ込んでいく。
  「逃がすかぁぁぁ!!」
  「逃げるわぁぁぁ!!」
  すぐ近くで自分が撃ち出した武器が勝手に使われていると気づかぬまま、アーチャーは攻撃を続けていた。幻獣『ギルガメッシュ』は殺されてはたまらんと逃げ続けていた。
  が。逃げれば逃げる程に両者の距離は開いてしまい、肉眼で捕捉し続けるにはアーチャーもまた自分から動かなければならない。
  一歩引いた位置から戦場の様子を見ていたセリスが考えたことはアーチャー自身もよく判っているらしく、彼の足元から黄金の輝きが生まれる。
  眩い光が一際大きく輝いた後、ケフカによって破壊された筈の黄金の飛行機械『ヴィマーナ』がアーチャーの真下から姿を現す。
  一度破壊された宝具であっても、使い手の魔力が続く限りは復元されるのか?
  あるいはアーチャーは飛行宝具をもう一台所有しており、同じに見えるが別物なのか?
 セリスが王の財宝ゲート・オブ・バビロンとアーチャーが抱える財の大きさに驚いていると、出現したヴィマーナはアーチャーを乗せると同時に空に飛び上がってしまう。飛び立つ瞬間、アーチャーが玉座に腰掛けるのが見えた。
  一気に空に舞い上がる速度を考えれば、空に君臨するケフカとライダーの戦場にも簡単に割り込めるのだろうが。今のアーチャーは幻獣『ギルガメッシュ』しか眼中にないらしく、ある高さまで上がったら、すぐに逃亡を続ける同じ名前の敵を追い始めてしまう。
  視界の中には間違いなく自分が撃ち出した武器を拾って戦う兵の姿もある筈なのにアーチャーは全く気にしない。
 「その見苦しい姿をオレに見せるな。消えろ!」
  「手前が俺様の前から消えれば済む話だろうが!」
  幻獣『ギルガメッシュ』と共に、周囲から見ると喜劇にしか見えない命がけの追いかけっこを続けるのだった。





 リルムの視線の先でケフカの前方に突き出された六枚の羽根の先端と戦車チャリオットの巨大な長砲身を思わせる牽引部分とがぶつかったまま静止していた。
  正しくは、静止した様に見えるが、どちらも物理的な力で相手を破壊しようとしていた。
 ケフカは六枚の羽根で殴り殺す。ライダーは神威の車輪ゴルディアス・ホイールによる轢き殺す。
  空の上なので地面がない分ライダーの方が不利に思えるが。大地が無くても桁違いの威力が発揮されるのは先のストームドラゴンを粉砕したことで証明されている。
  その力とケフカは真っ向から対等に渡り合っている。
  敵を踏みつぶさんと前に前に進もうとする雷牛はいななき、歯を喰いしながら六枚の羽根を突き出すケフカは歯をくいしばり、ライダーは片手には手綱を持ってもう片方の手にはスパタを持って構え、周囲には衝突の余波が雷鳴となって響き渡っている。
  二人は相手を殺さんと強大な力をぶつけ合っていたが、雷も向こう側に見る顔には紛れも無く喜びが混じっていた。
  リルムの位置からでは片方の顔しか見えないが、相手だけを見つめるその姿は鏡のようで、見なくても互いに笑っているのが判る。ただし、『微笑み』や『にこにこ』などと軽い言い方で表現できる笑いではなく、それは獰猛な肉食獣が敵を食い殺さんとする凶暴な笑いだ。
  二つの力の衝突は時間と共に周囲への影響を更に増し、衝突地点を中心にして微風が巻き起こって少しずつ威力を高めていって、邪魔者を追い出して誰も近づかない様にする為に外へ外へと膨らんでいく。
  敵を制圧し、力で勝り、自分こそが上だと証明する。純粋な力と力の闘争が最も高い空の上で行われていた。
  飛行機械『ヴィマーナ』が同じ空の上に舞い上がろうとも気にも留めず、ただただ二人は敵だけを見つめている。
  そんな、力と力がぶつかり合う拮抗状態が続く中。蘇生魔法『アレイズ』の効果が表れたのか、手で支えるウェイバーの体がピクリと動く。
  前回蘇った時よりも早い覚醒への兆し。
  戦場に身を置く者がいつまでも自分以外の誰かになすがままを許す状態を続けてはならないと思ったのか。ウェイバーが死に慣れてしまったのか。何かを成し遂げようとする意思の力で起きようとしているのか。
  令呪を失いマスターで無くなり、二度目の死でライダーとの契約も再び消え、ただのウェイバー・ベルベットであり一人の魔術師として戦場へと舞い戻ってくる彼がどんな事を仕出かすのか。
  それがリルムは―――いや、ゴゴには楽しみで仕方ない。
 そしてリルムが見ている先でついにライダーとケフカの拮抗は崩れ、ライダーが操る神威の車輪ゴルディアス・ホイールは上に向かい、ケフカは前に突き出した羽根を後ろに戻しながらその下へと潜る。
  一瞬だけすれ違い、まるで示し合わせたかのように弧を描いて向かい合おうとする二つの力。
  「ブリザガ」
  「ぬうんっ!」
  ライダーは斜め下方から飛んでくる氷の弾丸を手綱で操って避けながらスパタで叩き落とす。
  御者台の中央にぶつかってライダーを死に至らしめる筈だった魔法はライダーの右側へと弾かれ、何もない空で巨大な氷の柱へと姿を変えた。
 「AAAALaLaLaLaLaieアァァァララララライッ!!」
  「サンダガ」
  今度は雷がライダーを襲う。
 空から降り注ぐ雷が全てを焼き尽くさんとするが、戦車チャリオットを牽引する二頭の雷牛が咆哮を轟かせると、降り注ぐ雷が吸い寄せられるように彼らへと直撃して迸る紫電を増量させてしまった。
  どうやらあの雷牛達は純粋な雷の属性攻撃ならば吸収してしまうようだ。
 新たな発見にリルムが驚いていると、より雄々しくなった神威の車輪ゴルディアス・ホイールは空を蹴って前に突き進んでいった。





  空から舞い降りる拳大に圧縮された炎。着弾と同時に周囲を消し飛ばす大爆発へと変化した炎属性の高位魔法『ファイガ』は間違いなくセイバーに着弾した。
  巻き起こる熱風は術者であり空にいるティナの所にまで飛んできて、普通の人間が喰らえば骨すら残らない超高温がセイバーを焼く。
  第四次聖杯戦争に招かれたサーヴァントの中でもセイバーは魔術への耐久力が高く、クラス別能力でも対魔力が『A』と攻撃だけではなく防御にも秀でている。
  バトルフィールドの影響下なので周囲の風景には全く影響を及ぼさず、けれども敵を焼き尽くす爆発が起こっているという摩訶不思議な状況の中、そんなセイバーすら一撃で焼き尽くさんとする力が合った。
  何もなければセイバーは焼かれて消える。
  ティナがほんの一瞬だけそう思っていると、巻き起こった爆発が奇妙な円を描きながら上方へと昇り始めた。
  いや、そうではない。唐突に巻き起こった風が目に見える黒い小型の竜巻となり、『ファイガ』の爆発を巻き込んで上へ上へと追いやっているのだ。
  発生源がセイバーの立っていた場所であることを考えれば、竜巻とセイバーを分断して考えるのは難しい。
  事実、起こった爆発が完全に上に押しやられた後。地面の上に立っていたのは多少焦げてはいても、軽傷のセイバーなのだからやったのはセイバーに違いない。
 どうやら攻撃に用いていた風王結界インビジブル・エア―――今は黒く染まる風になった宝具―――を、防護壁にして『ファイガ』の爆発を防ぐと同時に上方へと逃がしたようだ。
 剣を隠す使い方と移動の速度強化。更には攻撃にまで転じていた風王結界インビジブル・エアだったが、ここにきて更に応用を見せた。
  最初は見ただけで真名が判ってしまう聖剣を隠し、間合いを悟らせない為に用いられてきた宝具だったが。使い方によってはどんな形にもなる風は攻守共に応用力が高く、聖杯からの魔力供給によってその幅は更に広がった。
  その内、ティナが張ったバトルフィールド内の全てを切り裂く大災害に匹敵する風すら生み出すかもしれない。
  ティナが使える魔法の中でも『ファイガ』は得意とする魔法の一つだったので、ほぼ無傷で防がれたことは少なからず衝撃だった。けれども、ティナの中にあるゴゴの意識は新しい宝具の使い方に心躍らせている。
  どんな形にも変わる風の力。
  その調子だ―――もっと見せろ、魅せろ、ミセロ。一度は物真似の価値なしと諦めた思いを覆すほどの何かを見せろ。
  そうティナの中でゴゴが言っている。
  「・・・・・・」
  離れた場所で無言のまま向かい合い、少しだけ足を屈めて身を低くしたティナは次の瞬間には空の上に舞い上がっていた。
  セイバーとの間にある距離は更に開き、ティナが静止すれば大地から見上げる黒い騎士と空にから見下ろす桃色の怪物との構図が出来上がる。
  ティナはアポカリプスを持っていない手を再び地上のセイバーに向け、ある魔法を唱える。
  遠坂邸の火事を消し、監視していた使い魔を全て抹消した水属性全体攻撃魔法。
  「フラッド――」
  言い終えると同時にそばに合った円蔵山の向こう側から突如として青い津波が発生した。
  高さ二十メートルはあるだろうその津波は円蔵山にぶつかって、その衝撃で清き水を空にまき散らす。波は雨に変化して、そのまま一気にティナの下にいるセイバーに向けて降り注いだ。
  見た目は単なる雨にしか見えない『フラッド』で遠坂邸に降り注いだ時もほとんどが鎮火の為に使われたが、その実、一滴一滴に込められた魔力は当たった敵を容易く吹き飛ばしたり抉ったり貫いたりする威力を秘めている。
  水に見えるが、鋭い刃が空から降ってくると考えれば判りやすい。そして広範囲にまき散らすからこそ、遮蔽物が無い場所なら敵に避ける術は無いのだ。
 するとセイバーは襲い掛かってくる水を見上げながら、約束された勝利の剣エクスカリバーを放つように剣をまっすぐ上に構えた。
  空に伸びる黒い刀身。その姿勢のままセイバーは告げる。
 「風王鉄槌ストライク・エア――」
  小さく叫ぶと上に向けた剣から再び黒く大きな竜巻が発生し、空から降り注ぐ雨礫を横に押し流してしまう。
  セイバーの真上とティナがいる空は場所が離れているので風は襲って来る攻撃を退かしただけ。そう思っていたら、セイバーは剣を傾けて、竜巻の位置を移動させてきた。
  竜巻が向かう方向はティナがいる場所だ。回避の為に発生させた暴風をそのままティナにぶつける算段なのだろう。
  攻守が逆転した状況で、すかさずティナは右手に持っていたアポカリプスを両手で握り直し、下にいるセイバーに向けて真っ直ぐ突き出す。
  その間にも黒い竜巻はティナに迫り、もう衝突間近になっている。
  そして剣先に風の端が触れようとした瞬間。ティナもセイバーが発したのと同じ名を告げた。
 「風王鉄槌ストライク・エア!!」
  地上に生まれ、空へと舞いあがる黒い台風。空に生まれ、地上へと降り注ぐ白い台風。根元にある剣から撃ち出される二つの暴風が衝突する。





 「固有時制御タイム・アルター四倍速スクエアアクセル
  三対一の不利を埋めるべく、衛宮切嗣は時間操作の魔術を使い自分一人で四人分の働きを実現させている。
  前回使った四倍速の傷は既に宝具によって修復され、聖杯の泥に覆われて人体とは異なる別のモノに作り替えられている。背中に生えた三本目の腕のように、徐々に衛宮切嗣は聖杯の泥に侵されているのだが、侵食に抵抗する素振りは無い。
  ただありのままを受け止め、聖杯の力で世界を救う―――そんな決意が見えてきそうだ。
  『魔神』の拳骨によって位置を砂浜から浅瀬へと移動させられた衛宮切嗣は、一旦上昇して空から追いかけてくる三柱が自分の所にたどり着く前に、前かがみになって胸の聖杯から今まで以上に聖杯の泥を吐き出させた。
  ただし、これまで現れた聖杯の泥は全てが衛宮切嗣のまとわりついていたが、今度現れた聖杯の泥は重力に導かれるままに下に落ちていく違いがある。
  彼の足元にある海に泥が触れた瞬間、ジュッ、と音を立てた。燃え盛る炎に水がかかる音のように―――事実、白煙をまき散らして海の中に埋没していく聖杯の泥の様子は焼けた石のようだ。
  だがその聖杯の泥が衛宮切嗣の胸の中にある聖杯から現れたのを考えると、途端におかしな光景へと変化する。
  衛宮切嗣の体を覆っている聖杯の泥と同じならば、どうして衛宮切嗣の体は焼けない?
  温度が低いとしたらどうして海の中に落ちると冷やされた物の様になる?
  そもそも衛宮切嗣は何故こんな事をする?
  同じ場所から出てきた泥でありながら別種のモノ。これもまた、聖杯が作り出す奇跡なのだろうか。
  ゴゴはそんな事を考えながら観察を続けていると、衛宮切嗣の胸に輝く聖杯からこれまでにない多さの泥が溢れ出した。片手で持てる小さな聖杯のどこにそんなに入っていたのか? と最初に考えてしまう程その量は多く、三闘神の接近に比例してますます量を増やしていく。
  異常な早さは衛宮切嗣が使った時間操作の魔術も影響しているのだろう。
  『女神』と『鬼神』が衛宮切嗣の頭上を飛び越えて、最初と同じように三柱で三角形を陣取りながら衛宮切嗣を取り囲んだ時、浅瀬に移動した衛宮切嗣の足元は全て聖杯の泥で埋め尽くされていた。
  目算で半径十メートルほどの円。しかも、胸から溢れる聖杯の泥は取り囲まれた状態であっても溢れ続けており、どんどんその範囲を広げている。そこで四倍速の効果は一旦切れたが、泥の流出は止まらない。
  海は焼かれ、波は止まる。バトルフィールドの影響下でありながら、干潟になった元浅瀬は聖杯の泥にどんどん侵食されていった。
  ゴゴはその様子を観察するが、あの状況が更に広がり続ければ陸地から遠く離れたこの場所にも到達するのではないかと考える。リヴァイアサンもその可能性を考えたのか、僅かな動きではあったが戦場から遠ざかる様に海の中で身震いした。
  そんなゴゴとリヴァイアサンの思惑など関係なく、衛宮切嗣の胸に輝く聖杯から広がる泥はどんどんとその範囲を増やしていく。
  まさかそこを中心にして聖杯の泥で世界を覆い、全ての悪を殺し尽くすとでも言うのだろうか?
  「フラッシュレイン」
  『女神』が呪文を唱えると同時に、雲が少ない夜であるにも関わらず、どこからともなく雨が降ってきた。
 「固有時制御タイム・アルター三倍速トリプルアクセル
  応じて衛宮切嗣もまた時間操作の魔術を使い、左手に持ったキャレコ短機関銃を上に構えて迫りくる雨粒の全てに弾丸を叩き込んだ。自分に当たる個所だけに絞った乱射、しかも三倍速にまで膨れ上がった銃弾の嵐は面となり、見事に空から降り注ぐ水の刃を相殺する。
  それどころか、左手は上に掲げながらも、右手と背中から生えた三本目の腕はきっちりと『女神』とは別の場所にいる『魔神』と『鬼神』に狙いを定め、トンプソン・コンテンダーに見えるモノからと三本目の手から黒い銃弾のようなモノを撃ち出した。
  「絶対零度」
  「フレアスター」
  『魔神』は体の前に作り出した巨大な氷壁によってそれを阻み、『鬼神』はゆらゆらと揺れ動く凝縮された炎によってそれを防ぐ。三倍速になっているとはいえ、構えてから撃つ動作には変わりがなく、先に動いていればその間に防ぐのは不可能ではない。
  状況を見守っていたゴゴは衛宮切嗣がこれまでの攻防で三闘神が常に直角二等辺三角形を一度っているのを見抜いたと察する。
  この位置取りは三闘神の力が暴走しないようにするための安全装置であり、互いの力を抑え込む役目も果たしている。もし位置取りに失敗すればその途端に暴走して衛宮切嗣だけに振り分けている攻撃を無差別にまき散らしてしまう。
  力の暴走を知っているのは雁夜と桜ちゃんのみで士郎は知らない筈。それでも直角二等辺三角形の位置取りを続けるのは『鬼神』と『魔神』と『女神』がそれを覚えていて、位置を崩さない様に行動しているからに他ならない。
  先ほど、『女神』と『鬼神』が遠距離からでも使える子守唄とメタルカッターを使いながら、『魔神』が攻撃する時に一緒に近づいた時に知られてしまったのだろう。
  衛宮切嗣はそれを判ったからこそ、見なくても敵の位置が判ってそこを攻撃できる。
  冷静な思考があるように思えるが、すでに今の切嗣は人間を逸脱して別の存在へと成り果てている。
  三本目の腕もそうだが、戦いが始まってから一度たりとも弾丸を撃ち尽くして装填する動作がない。これは衛宮切嗣の頭の中から『銃で戦う』という意識がすでに消えている証明である。最早、両手に握られた銃に見えるモノは現実に存在する銃とはまるで違う別の兵器だ。
  黒い閃光は降り注ぐ雨を散らし、氷と炎にぶつかって四方へと拡散する。
  余波だけでも軽く百メートル以上先までに影響を及ぼし、直撃しなかったとしても一般人を一瞬で消滅させる力が吹き荒れる。
  バトルフィールドの効果が働いているのでまだ海岸は形を保っているが、徐々に結界内側からの流れ弾であちこちに綻びが出始めている。特に衛宮切嗣の足元から今も広がり続ける聖杯の泥は特に顕著で、戦い続けながらも海も砂浜も破壊せんと広がっている。
  この調子なら数分で防風林を超えて海沿いの車道を超えて冬木市を喰らっていく。三闘神の妨害がなければ侵攻は更に早いだろう。
  そこでゴゴは考えた。あの聖杯の泥はバトルフィールドの効果を打ち消している、と。
  セイバーから放射される宝具の『黒』にそんな効果がない所を見ると、衛宮切嗣を介すか直接聖杯から現れるかで性質が極端に変わってしまうのではないだろうか。
  そしてこうも考える。三闘神の力は予想以上に弱体化している、と。
  もし三闘神が持つ全ての力が解放されて、あの三人が正しく『鬼神』『魔神』『女神』となれば、一瞬でゴゴが張ったバトルフィールドを破壊して、外界へと脱出し。そのまま破壊を振りまく戦いの神になる。
  彼らが使った『フラッシュレイン』『絶対零度』『フレアスター』も、本当の三闘神が使えばこんなバトルフィールド一つに収まる範囲ではなく、一撃で冬木を覆い尽くすほどの自然災害にまで発展する。
  神の力とはそういうもの。それが今はこんな小規模な破壊で収まっているのは、その程度の力に弱まっているからだ。
  ゴゴが見る限り、聖杯の泥は確かに世界の人間を殺さん勢いで時間が経てば経つほどに衛宮切嗣の力を増大させて―――際限なく破壊を放出する聖杯がどんどんと力を貸し与える状況になっている。
  このままいけばいずれは『鬼神』『魔神』『女神』を上回る。
  彼ら三人も衛宮切嗣と同じくより強く力を欲して三闘神の力へと強く傾倒している。
  敵を倒すために強くなっていくのは喜ばしい事態かもしれないが、更なる力はあの三人が人間に戻れなくなる可能性を高めてしまう。今はまだ人と神の境界線を歩いている最中だが。いつ臨界点を突破して破壊の神になっても不思議はない。
  あの三人は敵に勝ったとしても自分たちが世界を壊す存在になるのは由としないだろう。ゴゴの誘導があったとは言え彼ら三人の今の立ち位置は『正義の味方』であり、守るべき冬木を壊し、そこに住まう民を殺してしまえば負けになる。
  だが、このままいけば力の増大によってバトルフィールドの崩壊と冬木の壊滅は確実に訪れる。あるいはゴゴが貸し与えた力より衛宮切嗣と力が増大する方が早いかもしれない。
  その前に決着を付けなければ、倒す倒さないの勝敗は決しなくても衛宮切嗣の勝利となる。
  雁夜と士郎と桜ちゃんにとっては敵を倒す戦いであり世界を守る戦いだが。衛宮切嗣にとっては包囲網を突破する戦いであり、人類救済の為に人類を殺し尽くす戦いだ。あの三人と戦うのは彼にとって必須ではない。
  『鬼神』『魔神』『女神』にこの場の決着は任せたが、場合によっては三柱の力を全てここにいるゴゴが取戻し、リヴァイアサンと共に衛宮切嗣を無力化する必要が出てくるかもしれない。その場合は戦う力を失った三人の人間はあの衛宮切嗣に撃ち殺されるだろう。
  あり得る未来を想像しながら、ゴゴは今はまだ黙って戦場を見つめ続けた。
  ある事をする為に―――。





  「メテオ」
  ティナがそう唱えると、星が浮かぶ夜空とは異なる別の空が円の形で出現する。意識してみなければ同じ『星が見える空』に大別されてしまうが、じっくしり見れば現れた円の方がより澄んだ黒―――空気がない宇宙空間だと見分けられるだろう。
  ただ、空に出来上がった円は宇宙の光景は静かな宇宙空間を写し出しているだけではない。そこにある隕石群を大気圏外から呼び寄せているのだ。
  間をおかず、一年の間に実に二万個も地球に降り注いでいると言われている隕石の一部が円の中から現れた。
  撃ち出す方向を誘導したそれはティナが手で指し示す方向―――つまりは地上にいるセイバーに向けて降り注ぐ。
 「約束された勝利の剣エクスカリバー
  それを受けてセイバーは頭上に浮かんでいる宇宙を映し出す円に狙いを定め。夜すら呑みこむ黒い閃光を撃ち出す。
  今回は狙いがティナ本人から逸れているので、わざわざ移動して避ける必要はなかった。だが、円の中から撃つ出された数十発の隕石は呼び出した円ごと黒い閃光に呑まれて消し飛ばされて。
  近くを通り過ぎる宝具の余波で皮膚がチリチリと痛むが、わざわざ回復するほどではない。
  ティナが『メテオ』と唱え出すと同時にセイバーもまた黒く染まった聖剣を空に掲げて黒い極光を刀身に収束させたので、隕石は一発たりともセイバーに当たっていない。
  威力だけならティナが使える魔法の中でも高位に当たる『メテオ』が不発に終わった。その事実のみを考えると、意気消沈しそうになるが、それよりもティナの意識は地上にいるセイバーへの戦力分析へと移る。
  宝具を発動させるまでの速度、威力、共にライダーへと放った時を比較対象とすれば使うごとに高まっていくのが判り。途方もない威力の宝具でありながらも疲労を感じさせずに連発しているのは驚くべき事態だ。
  魔力供給元のマスターである衛宮切嗣が聖杯によって無限にも等しい力を得た影響だろうが、間違いなくセイバーはバーサーカーと戦う前に比べて格段に強くなっている。
 ティナの予想に過ぎないが、聖杯を手に入れる前の衛宮切嗣が正しいマスターとして存在していたとしても、『約束された勝利の剣エクスカリバー』の連発は二回が限度、戦っている最中に連射できる今の状況は不可能だ。
  強さは脅威だけれど。使う技はパターン化しつつあり、目新しい宝具は無く、力には力で対抗する戦い方が目立ってきている。
  今の『メテオ』とて宝具の破壊力で発動する場所ごと破壊する力ずくで、目新しい回避方法や防御方法や攻撃手段は見せてくれない。力ずくが悪いとは言わないが、新しく物真似するモノを求めるゴゴとしては期待外れである。
  もっともセイバーは剣の英霊であり、宝具を二種類持っているだけでも多いと考えるべきなのかもしれない。加えて、炎氷雷毒風聖地水の八属性を自由自在に扱えるティナの方こそが英霊の尺度で考えても異常なので、同列に扱うのがそもそも間違っているのだろう。
  隕石召喚魔法『メテオ』の不発を素早く頭の中から追い出し、ティナは頭を下にして自由落下よりも速く地上へと舞い降りる。
  「リレイズ――」
  その道中、こっそり魔法を唱え、桃色に輝く体を更に淡い白の光で覆う。頭の天辺から足の指先までを包み込み、一瞬で光は消える。
  現在セイバーは円蔵山のふもとに立つ屋上付き一軒家の上に立っていた。ティナが頻繁に空に舞い上がる前は片側二車線ほどではないが若干広めに作られた道路の中央で戦っていたのだが、標的が空に上ると同時に位置を変えて遮蔽物を足より下に置いた。
  ティナが上空から飛来するか、真横からくるかのどちらかしか選ばないと―――セイバーの力を引き出すためにほぼ真正面から攻撃を仕掛けてくると判っているのだろうか。
 「風王鉄槌ストライク・エア
  セイバーはティナが唱えた魔法など気にも留めず、ただ屋根の上に立った状態で前に構えた剣から黒い風の台風を生み出して、そのまま横に飛ばす。
  迫り来る、黒い超高速の竜巻。
  「クイック」
  超高速に対抗する超高速が発動する。
  ティナは体感時間を極限まで引き上げて、光に近い速度で左に動いて台風を避けた。
  「スロウ」
  そのまま右手は剣の『アポカリプス』を握り直し、左手は前に突き出しセイバーに向けてスピードを下げる魔法を唱える。
  すると離れた位置にいるセイバーの周囲に灰色の泡に似た球体が浮かび上がって消える。屋根の上に立ったセイバーからは自分の周囲にいきなり頭と同じぐらいの大きさの灰色の玉が四つ現れて消えたように見え、そこから自分の体が動きが極端に鈍くなったと判る筈。
  それでも剣の英霊は欠片も動揺を見せず、まっすぐにティナを見据えていた。
  ティナがアポカリプスを構えてセイバーの首筋めがけて振り上げた時。ちょうど『クイック』の効果が切れて、超高速の世界から現実へと戻ってくる。
  するとティナの剣はしっかりと斜めに構えて首を守るサイバーの剣に当たって斜め上へと流れてしまう。
  信じられない事だが。見えていない筈のティナの超高速の動きに反応し、遅くなった動きの中で確実な防御を作り出したのだ。
  流された剣を強引に戻し―――まだ『スロウ』の効果が持続しているので、セイバーが斬るよりも早くティナの方が攻撃できたが―――、セイバーは逆方向から戻ってきた剣を先程と同じように剣の位置をずらして防御してしまった。
  ぶつかり合う黒と蒼の刀身。
  セイバーの剣技を物真似していないティナ自身の技が稚拙だったからか。答えを探り出そうとしていると、『スロウ』の効果が切れてセイバーの動きか活発になる。
  剣での斬り合いではセイバーに分がある。留まり続ける危険を察知したティナは即座に空への脱出を試みた。
  『スロウ』の効果があまりにも早く切れたのは、セイバーの対魔力がサーヴァントの中でも一際強力だからか、それとも衛宮切嗣から供給される膨大な魔力で効果を強制的に打ち消したか。その両方だろうと考えながら、ティナはセイバーがいる場所に剣を向けたまま空へと舞い上がって距離を取る。
  距離を取り終える前に跳躍して追撃するか?
  それとも黒い風で攻撃してくるか?
 また『約束された勝利の剣エクスカリバー』を放ってくるか?
  別の何かを見せてくれるのか?
  ティナはセイバーの動きを注視しながら、これまで使わなかった様々な攻撃方法を脳裏に描いた。全てはあの手この手を使ってセイバーの限界を暴く為に―――。





  リルムは蘇生魔法『アレイズ』をかけた後に二人の支えを解いて、ライダーとケフカの様子を眺めていた。
  眺めるだけでその場を動かず、幻獣『バハムート』に攻撃を命じれないのは、お荷物と言ってもいい二人が竜の背中に乗っているからだ。
  けれど、ものまね士としての意識が観察を優先させるので、リルムは戦いに加われない事を不満に思ってもゴゴに不満は無い。
  「う・・・」
  「起きた?」
  視線はライダーとケフカの戦いを注視しながら、リルムは殺された状態から生き返ったウェイバーに声をかける。
  「すごいね。こんなに早く起きれるなんて思ってなかった」
  見てはいないが、肌で感じる風の揺らぎや聞こえてくる音から上半身を起こそうとしているのが判る。幻獣『バハムート』がもし戦いの最中にあって空中で曲技飛行に匹敵する動きをしていたら、ウェイバーは呆気なく空に放り出されていただろう。
  背中を水平に保った状態で滞空しているからウェイバーも、そしてアサシンの少女も空の上に居続けられている。
  ウェイバーが生き返ったのはほんの十数秒前で、いくら『アレイズ』が対象者の体力を一気に全快にするとしても、慣れが無ければ完全に蘇生するには時間が必要だ。
  何しろほんの僅かな時間とはいえ魔法をかけられた者は間違いなく死んでいたのだから。普通の人間なら目覚めるだけでもかなり時間がかかる。
  魔力に至っては空っぽ寸前なのだから体が休息を求めて眠り続けていても不思議はない。
  事実、雁夜は訓練で死に生き返ってを繰り返して、生き返ると同時に戦場に戻れる心構えを手に入れたが。それは何十回と死んで生き返ってを繰り返した後に会得した慣れだ。それまでは数十分か一時間は昏睡していた。
  だがウェイバーはたった二回目でそこまで辿り付いた。
  ライダーと一緒に戦おうとする意志の強さか、それともアサシンの少女―――サンへの思い遣りか。とにかくウェイバーは戦いの最中に蘇生を果たして戻ってきた。
  「ぼ、くは・・・」
  聞こえてくる音と変化した風の様子からウェイバーは頭に手を当てて体を起こしたようだ。そして喋れないサンがふらふらと近づいて刺してしまった事を悔いるように抱きついたのが判った。
  「・・・・・・」
  ウェイバーは自分に何が起こったかを理解するのに忙しいようで、声を出さずに周囲を見回している。
  子供に抱きつかれてる自分。
  刺した相手。
  戦場。
  根こそぎ吸われた魔力。
  ライダーの戦い。
  それらを見て、聞いて、感じて、懸命に理解しようとしているのが見なくてもわかる。二度死んだことで度胸がついたのか、目覚めてすぐに行動に移せるのは稀有な才能とも言える。
  ただ、ウェイバーは目覚めてから周囲を見るのに全神経を注いでいるので、自分がどれだけ特異な蘇りをしたのか気付いていなかった。
  彼の手は自分を指した相手を慰めるようにサンの頭を撫でている。彼の目は戦場を見ている。彼の耳は戦場の音を聞いている。彼の鼻は戦場のにおいを嗅いでいる。そしてウェイバー・ベルベットは頭の中でライダーの不利を構築している。
  状況はケフカとライダーの大接戦のように見えるが、最早ウェイバーからライダーへの魔力供給は行えずに消耗していくばかりで、戦いが長引けば形勢は必ずケフカへと傾いていく。
  おそらくウェイバーが思い描いていた理想は自分が目覚めた時にライダーが勝利している構図だろう。
 ライダーとケフカが渡り合っているように見えるのは、ケフカがライダーを嬲り殺そうとしているからだ。今のケフカが他の者達を回復させるために使っている力を全て攻撃に注ぎ込めば、ライダーは神威の車輪ゴルディアス・ホイールごと一瞬で崩壊させられる。
  無属性全体攻撃の『ミッシング』、死にはしないが体力を大幅に削る『心ない天使』、必ず当たる魔法防御を無視する無属性の攻撃『ハイパードライブ』。ケフカがこれらの技を使わないからこそ、ライダーはまだ生きていられる。
  これは有り余る力で戦いを楽しもうとしているケフカの隙だ。
  いや? 本当にケフカは戦いを楽しむためにライダーとの戦いを長引かせているのだろうか。全力で戦わないのはケフカらしからぬ何か別の理由があるのではないだろうか?
  疑問が出てくるが、それと戦いの結末とはまた別の問題だ。
  どれだけ大きな力であろうと、どれだけ驚異的な技であろうと、発動前に倒してしまえば何も意味はない。
  今しかない―――、今を逃せばライダーに勝機は無い。
 けれど攻めきれない。単身での戦いを余儀なくされた今のライダーにとって最強の技である『遥かなる蹂躙制覇ヴィア・エクスプグナティオ』が防がれた今、ケフカに致命傷を与える技がもう無かった。
  それにウェイバーからの魔力供給が合ったとしても、宝具の真名解放を何度も行っているので、貯蔵魔力も大幅に減っている筈。
  ウェイバーはケフカの機微や使っていない技については知らないが、いずれは拮抗が崩れてライダーの不利が作られるのは想像できるだろう。
  どうする?
  リルムはそこでようやく戦場から一旦視線を外して斜め後ろにいるウェイバーを視認すると、彼は姿勢を低くして右手に魔石を持ち左手をバハムートの背中に付けて体勢を保っていた。
  それだけならば起き上がった時かリルムの意識がケフカとライダーの戦いの行く末を考えた一瞬に魔石『アレクサンダー』を再び持ち出したと思えなくもないが。サンがウェイバーの左手が作り出す隙間に潜り込んでいるのが異彩を放っていた。
  どう見てもウェイバーはそこに伏せているサンを受け入れている。
  令呪による命令であろうと、自分を殺した暗殺者を抱き寄せるなどと暴挙としか思えない。
  言峰綺礼の死は魔力供給しなくなったアサシンとアーチャーの二人には判っているだろうが、ウェイバーには与り知らぬ事。令呪がもう発動しないと知らない筈だが、何故、彼はそこまで行動を起こせるのだろうか?
  二度も殺されたことで、死ぬ自分を吹っ切ったか。それともウェイバーなりにサンはもう自分を殺さないと確信しているのか。もっと別の何かがウェイバーの中に芽生えたのか。
  もし時間が許されるのならば色々と問い詰めたい衝動に駆られるが、遥か上空を真剣な目で見つめる様子と少女を守るように支える姿が『話しかけるな』と物語っていた。
  ウェイバーは戦場を見つめていた。
  このままではライダーが不利になる戦場を勝利へと導く為、ウェイバーは無茶を押し通そうとしていた。





  単独行動スキルを最高位のランクで持つ英雄王ギルガメッシュだからこそ、マスター不在の状況で宝具を連射する暴挙を行い続けられる。むしろ今の今までよく持っていると称賛すべきだ。
  その根幹にあるのが同じ名前を持つ『ギルガメッシュ』への否定だとすれば、強烈な自我こそが今のアーチャーを支えている事になる。
 それでも宝具の発動は膨大な魔力を必要として、マスターの魔力供給が必要不可欠だ。アーチャーは『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』を使うごとに刻一刻と消滅に向かっている。それは覆しようがない。
  そしてこの世界に現界できなくなる所にまで近づいてしまえば、宝具の発動すらままならなくなるので、幻獣『ギルガメッシュ』への攻撃すら行えなくなってしまう。
  宝具の嵐の中を懸命に逃げ続けた幻獣『ギルガメッシュ』を湛えるべきか。それとも、消滅直前に追い込まれなければ自分の状態を省みれないアーチャーの驕りを憐れむべきか。
  ひたすらに同じ名前を持つモノを消そうと躍起になっていたアーチャーだったが。ここにきて意思の力ではどうしようも出来ないサーヴァントの宿命に屈してしまう。
  自身の貯蔵魔力を大きく消耗し、霊体化を通り越して消滅の危機を迎えてしまったのだ。
  姿勢を保つことすら覚束なくなったアーチャーはヴィマーナにこしらえられた玉座の上で体を前に倒してしまう。
  両手に力を込めて膝と頭が衝突する直前に何とか動きを止められたが、無様な体勢を作り出してしまった。頭を下げて、何かに謝っているように見えてしまう姿は人民の頂点に君臨する王らしからぬ格好だ。
  もしマスターとなった言峰綺礼が健在だったならば、まだまだ宝具の雨を降らせられたかもしれないが。そのマスターも今は物言わぬ躯となって地面に横たわっている。
  圧倒的な魔力消耗と自分がしてしまった姿勢への怒り。それを意識してしまった瞬間、幻獣『ギルガメッシュ』だけを見ていたアーチャーの視線がそれ以外に向いた。
  そこで初めてアーチャーは気付く。
 これまで幻獣『ギルガメッシュ』に当て損なった宝具の何本かを『王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイ』の幾人かが使い、それを自らの武器として振るっている事を。
  即座に上半身を起こし、幻獣『ギルガメッシュ』だけに向けていた視線を戦場の全てに向ける。そのお陰でほんの一瞬だが、アーチャーの猛攻が止まり、幻獣『ギルガメッシュ』はこれ幸いにと距離を取る。
  ヴィマーナを回転させて戦場を見渡したアーチャーの紅い目が今まで以上に怒りに染まった。地を這う虫けらが王の宝物に触れるとは―――。アーチャーの目がそう言っている。
  「雑種――!!!!!」
  アーチャーが叫んだ次の瞬間。
  武器を現界している宝具に持ち直した者の近くで。
  斬りかかられていた竜の近くで。
  今まさに砂漠におちた武器を拾おうとした者の近くで。
  紙の様に切り裂かれる海魔の近くで。
  アーチャーの宝具の近くにいる全ての者達が大爆発を味わった。
  規模だけ見ればウェイバーが魔石『アレクサンダー』を用いた時に現れた炎の海の方が大きい。
 ただ、王の財宝ゲート・オブ・バビロンから放たれたアーチャーの宝具は的確に―――アーチャーにとっての―――敵の近くにあり、一つの漏れも無く大爆発を引き起こした。
  敵のいない箇所も含めて広範囲を攻撃する場合と、敵に向けて一点に集中する場合とでは、『敵を攻撃する』という点に絞った場合の威力が大きく異なる。
  砂漠に巻き起こった局所的な爆発を見届けた後、アーチャーは機体を傾けて旋回するヴィマーナの玉座から戦場をゆっくり見下ろした。それは地上にいるカイエンからも見えている。
  カイエンはランサーとの一騎打ちの真っ最中であり、爆発したアーチャーの宝具とは無関係の戦いを繰り広げていたので二人に被害は無い。
  その変わりとして爆発と同時に大量の砂埃がまた巻き起こってしまい、近くで巻き起こる危機を察知した二人は同時に後ろに跳んで距離を取った。
  一足一刀の間合いは消えてしまい、二人が同時に前に出なければ戦いは再開されない。それは眼前の敵にだけ向けていた意識をほんの少しだけ周囲へと向けられる余裕の出現でもある。
  両者の間には砂埃が吹き荒れ、戦いの再開は更に遠ざかる。
 地上にいるカイエンからでは見上げて凝視しないとアーチャーがどんな顔をしているか判らないが。ライダーとケフカが戦っている様子を見れば、オレを無視するとは言語道断―――。とでも言わんばかりの形相を浮かべるのは容易に想像できた。
 だが、すでにアーチャーは同じギルガメッシュの名を持つ男と殺すために宝具『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』を全力で展開してしまっている。ライダーが固有結界を発動する前からすでに瀕死の状態であったにもかかわらず、今では現界する為に必要な魔力の大部分すら使い切ってしまったのだ。
  いかに人類最古の王であろうとも今はサーヴァントとして召喚されている立場で供給が無ければ維持はありえない。
  消滅寸前なのは他でもないアーチャー自身がよく判っている筈だが、ちらりと見えたヴィマーナの玉座に悠然と腰かける姿からは半死人状態とは全く感じさせない。
  遥か遠くの空と大地。近くにいるランサーよりも格段に距離が離れていながら、強烈な存在感を理解させられる『王』がそこにいた。
  まだ巻き起こった砂埃からランサーは現れない。故にカイエンはいつかは向かってくるであろう眼前の敵とアーチャーの両方を見る。
  するとアーチャーは玉座から立ち上がり、見逃してしまいそうな小さな輝きを胸の前に出現させて、伸ばした手に鍵剣らしき何かを握った。
 そして膨大な魔力がそこから生まれた。個別に撃ち出していた王の財宝ゲート・オブ・バビロンの魔力を超える気配が一点から溢れ出る。
  何が出てくるかまでは知らないが、あれを使おうとすれば間違いなくアーチャーは現界する為の魔力すら失って消滅する。使う以前からそれが判る。
  しかしあれを使えばこの戦場にいる全ての者を葬り去るのも不可能ではないと思える。全ての者が万全でいたならば無理だったかもしれないが、アーチャーの宝具がまき散らした破壊によって多くの者が傷ついているのだ。固有結界すら呑み込んで全てを破壊し尽くすだろう。
 アーチャーは自分が消えるのを承知している。それでも幻獣『ギルガメッシュ』を、伝説の八竜を、王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイを、ゴゴが変身したかつての仲間たちを、ライダーを、全てを、無に葬り去ろうとしている。
  無様に生き延びるのではなく、最後の一瞬まで『王』として君臨し続ける英雄王ギルガメッシュ。その姿を見続けたい欲望がカイエンの中に芽生えるが、まるでそれを見透かした上で、許さん! とでも言わんばかりに砂埃の向こう側からランサーが跳んできた。
  最速のサーヴァントを相手に別の事に意識を割いて相手を出来るほど生易しい相手ではないのはもう判っている。
  「必殺剣――烈!」
  繰り出した四連撃を二本の槍で全て受け止める技量。力任せの攻撃が増えたが、根幹にある技量そのものが失われた訳ではないのだ。一人の武人として全力で戦って初めて善戦に持って行ける強敵には違いない。
  空の上でアーチャーが何かしらの動きを見せているのは間違いないのだが、ランサーとの戦いが再開したらもうカイエンには他を観察する余裕がない。
  途方もない宝具を発動させようとしているのは判る。
  発動までに時間がかかっているのはそういう宝具だからか、それとも最後に残った力を振り絞っているからか。
  その結果、何が出てくるかまでは判らない。あれを最も知るのはアーチャーと戦ったケフカであり、ゴゴはまだ知らぬ事だから―――。
  カイエンの中に眠るゴゴとしての意識が物真似への渇望を訴えてアーチャーの方を見たがるが。目の前に迫るランサーの槍が許さなかった。
  「決着をつけるでござる・・・」
  カイエンは呟きながら、紅い槍の突きを斬魔刀で弾いた。





  「波動砲」
  『鬼神』が持つハルバートの斧の部分から直径五十センチほどもある太いレーザーが撃ち出され、衛宮切嗣に迫る。普通の人間が相手ならば骨も残さない一撃は敵の中心にある聖杯目がけて撃ち出されたが、四倍速で動き回る異質な速度で動き回る敵だ。
  致命傷になる筈だった一撃を横に動いて回避し、しかし全てを避けるには至らず右手の肘から先が持っていた銃の様な黒い塊ごと消滅する。
  『鬼神』はハルバートを動かして尚も放たれ続ける『波動砲』を動かして衛宮切嗣を追うが、一度避けられた攻撃はもう敵に当たることは無く、撃ち出し終えるまで何者にも衝突しなかった。
  代わりに衛宮切嗣に当たる筈だった攻撃は誰もいない明後日の方角へと突き進み、地面とほぼ平行線に突き進んでゴゴが張ったバトルフィールドの端にまで到達した。
  敵に当たる筈だった攻撃に詰め込まれたエネルギーが目標物を失って爆発し―――軽く見ても家一軒呑みこむ大爆発が巻き起こった。
  衝撃でバトルフィールドがまた軋み、爆発した箇所が破れそうになる。
  もう何度考えたか判らない事柄だが、バトルフィールドが無ければ流れ弾一つで冬木の一区画が消滅するのは確実だ。木々は吹き飛び、家屋は粉砕され、地面にはクレーターが出来上がり、道路へめくれ、人は死ぬ。
  そんなたった一発で局所的大爆発を起こす威力を何回も受けて原形を留める頑強さは脅威と言うしかない。もっとも、それは衛宮切嗣の力ではなく、体にまとわりついて変形も増殖も破壊も行うようになった聖杯の泥の力なのだが・・・。
  「磁場転換」
  『魔神』がそう叫ぶと衛宮切嗣の位置が強制的に崩されて、後ろから肩を押されたように前へ転げそうになる。
  当然ながら、衛宮切嗣に物理的に触れた者はおろか物すら無い。
  人の目では見えない力、人体の意識にすら干渉する強烈な磁場が衛宮切嗣の無意識化にそう命じさせて動かしたのだ。
  姿勢を崩されて前に出てしまう衛宮切嗣、その上には空から舞い降りてくる『女神』と彼女が乗る巨大な生首があった。
  『女神』は何もしておらず、衛宮切嗣に襲い掛かるのは下にある生首の方。口を大きく開き、歯ではなく牙に見える武器で衛宮切嗣の食い殺そうと迫る。
  生首から生えているたてがみだけでも『女神』の身長に匹敵するので、単純な『咬み付き』でもそれは大型肉食恐竜の捕食だ。
  口を開いただけの無表情な生首はあちこちに出来た傷跡と合わせて見ると怪談を思わせる。
  大きく開かれた口が衛宮切嗣の顔を喰らうその一瞬。マントの様になびいていたロングコートの裾部分が揺れ、まるで生き物の蠢く。
  ガキン! と音を立てながら牙のような鋭い歯が閉じた時、衛宮切嗣の顔は『女神』が乗っている生首の口の中には無かった。口の中に合ったのは銃に似た黒い何かを握る衛宮切嗣の左手の肘から先―――食いちぎる筈だった衛宮切嗣の首から上はしっかりと胴体に繋がったまま生首の横に合って、避けた勢いを利用してそのまま遠ざかっていく。
  『魔神』に体勢を崩されて絶対に避けられない筈だった攻撃を避けられた理由。それは衛宮切嗣の後ろにあるロングコートの裾。正しくはそこから伸びて地面を掴んでいる聖杯の泥だった。
  コートの裾から三本目と四本目の足の様に蠢くそれが地面を蹴って衛宮切嗣の体を動かした。
  その姿は半人半獣のケンタウルスの出来損ないのような不格好な格好だが、驚くべきは明らかに人体の構造上はありえない新たな足のようなモノが後ろに生えているにも関わらず、衛宮切嗣はそれを自分の体の一部の様に操っている点だ。
  まともな人間ならば突然自分の体に生えた異物に慣れるまでには時間を要する。
  しかし衛宮切嗣は最初からそれが自分の体の一部であるように扱う。最初に背中に生えた三本目の腕もそうで、最早、衛宮切嗣が『人間』の範疇から逸脱してしまったのは間違いない。
  それを更に裏付けるように、『鬼神』に消し飛ばされた右手と『女神』が乗っている生首に食い千切られた左手がそれぞれに傷口から新しい手となって生えてきた。
  聖杯の力と宝具の力が融合し、人では実現不可能な復元速度を可能としている。
  新しく生えてきた腕は人の肌を感じさせない漆黒の塊であり、聖杯の泥が人の手を模しているだけのようで、それを人の手と呼んでいいのかは疑問である。手の中にあった銃の様な者も一緒に現れ、手とそれは同じモノに見えた。
  もう衛宮切嗣は人ではなかった。
  聖杯に埋没した人ではない別のナニカだった。
  「■■■■■■■■■■■■ッ!!」
  幻獣『リヴァイアサン』に乗って海から状況を観察し、ひたすらバトルフィールドの維持に努めているゴゴは衛宮切嗣の口から放たれる咆哮を聞いた。
  獣の雄叫びと言うよりむしろバーサーカーの声に近い。理性や思考を全て怒りに凝縮して、狂ってしまったあの男を思わせる。
  図に乗るな―――。とでも言わんばかりのその声と一緒に、新しく生えた二本の手の背中に合った三本目の手が三闘神に向けられて、その全てから機関銃のように弾丸に似た黒い何かが撃ち出される。
  質量、速さ、個数。全てがこれまでとは比較にならないほど大きく、その全てが『鬼神』に『魔神』に『女神』に殺到する。
  「ケアルガ」
  弾幕の雨に晒されながら体が抉られていく中、『魔神』はその魔法を唱えて抉られた個所を即座に治していった。
  本来であればひたすらに破壊を求め続ける三闘神の中には一柱たりとも誰かを治療あるいは回復させる術を持った神はいない。当然、『魔神』もそんな魔法は使えなかった。
  いや―――正確に言うならば、幻獣の始祖ともいえる彼ら三柱はその強大な力故に誰かを『治す』という仲間意識も無ければ、自分たちを修復する必要性すらなく、回復魔法など使う必要が皆無だったのだ。
  本来ならば『魔神』が使わない魔法を今の『魔神』が使う。それは元となっている人間、間桐雁夜の力が『魔神』の力で増大し、全く別のモノになったからこそ実現した一つの奇跡と言える。
  『魔神』は使わない。
  雁夜は使えない。
  しかし両者が融合した別の誰かは使える。
  上位回復魔法『ケアルガ』は、当事者である『魔神』だけではなく『女神』と『鬼神』の傷をも癒す。一撃で地形を変える破壊力はそのまま回復力の増大にも繋がり、その力は『魔神』と『鬼神』の千切れた腕や足を一瞬で元の形のまま生やして、『女神』の足元にいる生首の傷をも癒すほど強力であった。
  衛宮切嗣が撃つ。
  『女神』と『鬼神』は堪える。
  『魔神』が治す。
  戦いが長引く要因ばかりが作られようとしていた。





  傷ついては癒され。倒れては蘇り。瀕死から立ち直り。生きては死んで、また生きて。戦場では敵も味方も等しく無限を思わせる戦いを繰り返してきた。
  その結果、魂そのものと比べれば少ないが―――魔力が多く宿る英霊の血が砂漠に大量に染み込んだ。伝説の八竜の血も染み込み、大地そのものが魔力を帯びた様に深く深く浸透した。
  それに目を付けた者が一人いた。
  「カ・・・カカカ!! カ、カカカカカカカ!!!」
  黒き英霊として再召喚されたサーヴァント達はランサーもアサシンも言葉を喋らなかった。それはキャスターもまた同様で、口を開いて音を吐き出しているだけだ。
  喋れない言葉を必死に押し出しているように聞こえる歪な声だったが。キャスターの顔に浮かんでいるのは紛れも無く笑顔である。
  周囲から殺到して召喚した海魔たちを切り裂いて自分の所に到達しようとしていた全ての兵が爆発によって瀕死の重傷を負った。辛うじてまだ死んでないようだが、余波ですら動けなくなる者が続出している。
  そう―――。キャスターはこの戦場に放り込まれてから、初めて誰にも邪魔されるない時間を手に入れたのだ。
  「私が行くわ」
  ヒンドゥー教の女神と同じ名前を持つ『ラクシュミ』を召喚して、常に味方全員を回復していたセリスはキャスターが作り出そうとしている危険な状況をいち早く察知して戦場へと飛び込んでいく。
  八竜に匹敵する超大型の怪物を呼び出せるのがキャスターであり、邪魔する者が誰もいなければキャスターは確実にそれをやる。
  「気を付けろよ」
  駆け出したセリスに声をかける相手は同じく戦場から一歩引いた位置で味方全員の補佐を務めていたロックだ。
  応対する時間すら惜しかったから振り向いたり返答したりは無かったが、ロックは自分の声がセリスに届いていると判っていた。だからそれ以上セリスに対して何かすることは無く、ただ残った自分がしなければならない事をする。
  「フェニックス!!」
  新たに持ち出した魔石を握りしめ、そこに向かって魔力を注ぎ込めば背後には炎の翼で空に浮かぶ不死鳥が現れた。
  セリスがキャスターの相手をする為に回復を断念し、代わりにロックがその役目を担う事になった。けれど、アーチャーの宝具の威力は絶大で、回復すら間に合わずに一気に殺害する威力を持っていた。
  中にはまだ瀕死の状態で生きている英霊達もいるだろうが、今は彼らの命を生かすのが先決。そこで対象者を死から呼び戻す不死鳥の幻獣『フェニックス』を召喚したのだ。
  まだ生きている者にはほとんど意味をなさない幻獣だが、少なくともロックの後ろで炎の不死鳥が舞っている限り、この戦場の中で死が積み上げられることは無い。
  生き返っても満足に戦えないかもしれないが、『死』という最悪の状況からは逃れられる。
  後は他の誰かが―――別の誰かに成り代わっているゴゴがセリスの抜けた穴を埋めるまでこの状況を維持して『死』を回避しつづけさせるだけだ。
  その役目は戦場を駆け回っているマッシュが担うべきだろう。
  彼もまたカイエンと同じようにアーチャーの作り出した宝具の爆発の直撃を回避した者であり、手が空いていると言えば手の空いているゴゴの一人だ。
  全ての者を全快させるならばマッシュの必殺技の一つである『スパイラルソウル』を使うべきだが、これは仲間の体力を全快させてステータス異常すらも治療できる。まさしく必殺技と呼ぶに相応しい奥義だが、必殺技を使う者がの命と引き換えにしなければならない禁断の技でもある。
  だから使うならば自分以外の味方の体力をある程度回復し、毒などを癒す『チャクラ』がこの場では最も適格だろう。
  後の問題はキャスターまでの距離はセリスよりもマッシュの方が近く。『チャクラ』を使って味方全員を回復している間に攻撃される危険と、セリス一人でキャスターが呼び出そうとしている怪物の相手が出来るかだ。
  今の今まで戦場に居ながら常に海魔を矛と盾にしてきた男、キャスター。魔術師のサーヴァントでありながら、戦い方は召喚士としか言いようのない男が自分は傷一つ負わずに、ただ勝ちだけを拾おうとしている。
 王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイの損害を気にせずにただ攻撃だけを考えるならば、マッシュもセリスと合流して攻撃に参加するか。あるいはキャスターが召喚を終える前に攻撃してしまえばそれで終わる。
  だがマッシュもセリスも、カイエンもリルムも、一歩引いて状況を見ているロックも。ものまね士ゴゴの―――黒きサーヴァントとして再召喚された彼らがどんな新しく物真似し甲斐のある技を繰り出すのかと観察する性から逃れられない。
  キャスターを好き勝手させないだけなら、アーチャーが戦線に復帰する前に全ての決着をつければそれでよかった。
  補佐などに回らず、自分たちで全力の戦いを演じればそれでよかった。
  自分以外の誰かを戦わせて勝利だけを手に入れようとするキャスターに怒りを覚えても、何か行動を起こす前に攻撃を仕掛けて倒す真似が出来ない。起こせない。実行できない。
  本物ならば攻撃あるいは回復に使う時間を観察に割り当ててしまう。
  だからゴゴは相手が今まで見たことない攻撃や防御や回復を使えば、必ず先手を取らせてしまう。マッシュかセリスのどちらかがキャスターが召喚し終える前に攻撃できると判りながらも、まず何をするかを見届ける。
  ものまね士にとって物真似は至上命題であり、結果よりむしろ物真似をこそ優先すべき事柄なのだが。傍から見ればそれは間違いなく驕りに見える。
  敵がそこを突くのは当然と言えば当然だった。
  仮にゴゴが―――ロックがその攻撃に気付いていたとしても、ロックはゴゴの意識に従ってその攻撃を見極める為に避けたかもしれないが迎撃はしなかっただろう。
  そう・・・。ロックの足の下から突き出て、裏から足を貫いたアサシンの投擲剣『ダーク』を―――。
  「え?」
  ロックは最初何が起こっているか判らなかった。それでも起こった事象を観察し、導き出された結果は意識へと刻み込まれる。
  大地から刃が生えて、それがロックの右足を下から貫いた。
  即座にそれが敵からの攻撃だと理解したロックは驚くよりも前に魔石『フェニックス』を持たない方の手を砂の中に突き入れる。すると足を貫いている投擲剣の硬さとは明らかに異なるモノの感触が返ってきた。
  人の腕だ。
  触れると同時にその腕が地面の更に下に潜って引っ込みそうになったので、ロックは逃げられる前にその手を力強く握りしめた。
  「おおおおおおおおお!!!」
  足を踏ん張ればその分だけ剣に貫かれた足が激痛を訴える。叫びでそれを強引に誤魔化し、砂の中に潜む誰かを力で引きずり出す。
  片腕の筋肉が膨張し、ほんの一瞬だったが細身の腕が強張って元々の太さより二倍近くにまで膨らんだ。
  思いっきりその手を引き上げると―――そこには白い髑髏の仮面で顔を隠し、黒で塗りつぶされた体のあちこちに剥き出しの紅い血管の様な文様を浮かばせ、投擲剣『ダーク』を手放したアサシンのサーヴァントがいた。
  砂の中から抜き出した勢いをそのままにしてロックはそのアサシンを空に放り投げる。
  「――やるな!」
  跳ばしたアサシンに向けて、ロックは嘘偽り無く称賛した。
  これまでアサシンは一度たりともゴゴに関連する誰にも手傷一つ負わせたことは無かった。遠方からの投擲、数に頼っての強襲。その全てがロックとセリスによって撃退された。しかし、今、アサシンはこれまでの攻撃とは全く異なる方法でロックに一撃喰らわせたのだ。
  これは紛れも無く快挙と言える。
  放り投げた方の手で人型の相手にのみ劇的な効力を発揮する短剣『マンイーター』を取り出していると、踏ん張るものが何もない空中でアサシンが強引に体勢を整えながら、別の投擲剣『ダーク』を手にしているのが見える。
  アサシンの自由落下が始まり、互いの手に武器が握られ、示し合わせたかのように武器を突き出して、先端同士が接触した。
  『マンイーター』の刃が『ダーク』の刃を切り裂いて、落ちてくるアサシンの手を、腕を、肩を切り裂いて。遂には髑髏の仮面に突き刺さって頭部を砕く。
  裂かれた『ダーク』の刃がロックの腕と頬を切り裂くと同時に『マンイーター』を横に振るう。その動きに合わせてアサシンがロックの横にどさりと落ちる。
  アサシンによる奇襲の失敗とロックの勝利。そう見えていた状況が出来上がってからすぐに異常が起こる。
  「ぅ・・・」
  踏ん張った為に足から血が噴き出そうになり、貫かれた部位に強烈な痛みが走る。だが、その痛みは足だけに留まらず、全身に一気に広がっていったのだ。
  立つ事すら出来ない強烈な痛み。堪らずロックは砂の大地に膝を落として四つん這いの体勢になる。
  辛うじて魔石『フェニックス』と『マンイーター』は持ったままでいられたので不死鳥は消えずにロックの背後にいるが、少しでも気を抜けば魔石も武器も落としてしまいそうだ。
  ロックはアサシンの起こした結果を全て観察していたので、自分の身に起こった異常の原因に辿りつくのは容易かった。
  毒だ―――。
  ロックの足を貫いた刃に塗られ、そして『マンイーター』によって切り裂かれてからロックの腕と頬を浅い傷をつけたもう一本の投擲剣『ダーク』にも塗られていた強力な毒がロックの体を蝕んでいる。
  あまりにも強力な毒は状態異常『毒』を通り越して一気に『ゾンビ』か『即死』にまでロックを引きずり込もうとしている。
  魔石を握りしめて幻獣を召喚し、その状態で生きるのにしがみ付くのが精一杯。何らかの手段で治癒を行おうとするのさえ阻害していた。
  これまでに無い毒の攻撃にロックの中にあるゴゴの意識が物真似をせんと解答を求める。
  おそらく、アインツベルンの森でライダーによって消滅させられ、今回再召喚されたアサシンの中に毒の扱いに長けたアサシンがいたのだろう。その毒を投擲剣『ダーク』に塗り、ロックを攻撃した。
  思えば、ケフカの原形となっているゴゴは他のどのサーヴァントよりもアサシンについては熟知していた。
 宝具で言えば物真似に必要なバーサーカーの『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』こそが最もよく知った宝具だが、ゴゴが一番知るサーヴァントと言えばアサシンだ。
  弱体化して消滅寸前の様子を見た。
  核だけになっても存在する英霊の姿も見た。
  魔力を注ぎ込んで核から復活させる光景も見た。
  他にも様々なアサシンのパターンも見た。
  その時に得たアサシンに関する知識はケフカへと継承されている。通常のアサシンならば『出来ない』でも、あの男がほんの少しだけ背中を押して『出来る』に変えても不思議はない。これまでゴゴが見なかった毒使いとしてのアサシンの本来の性能を引き出したとしたら・・・。
  この毒使いのアサシンが砂の大地の下を潜ってロックの元に辿りつくなどと離れ業を始めたのはウェイバーが魔石『アレクサンダー』を使って辺り一面を火の海にした時だろう。あの時、アサシンは地面の中に潜り、気づかれぬようゆっくりと地面の下を進んできたに違いない。
  下手をすればそのまま生き埋めになってもおかしくなかった。
  呼吸困難を起こす危険を承知して、土の重さに埋もれても不思議のない状況で砂の中で息を潜める。そのまま見せるかもしれない隙を待ち続け―――。毒使いのアサシンは見事にその隙を突いてロックを攻撃した。
  もしセリスが傍にいたなら回復できたかもしれないが、この場にいるのはロックただ一人。ただひたすらに『敵を殺す』のみに自分の存在を集約し、結果を掴むためには命すらも道具の一つに見立てた暗殺者に屈しそうだ。
  それがどんな行いであれ、ただ一つの目的へと向かって全精力を注ぎ込む姿は美しい。
  ゴゴが物真似に全てを注ぎ込むのと同じように、ロックが殺したばかりのアサシンは暗殺に全てを注ぎ込んだ。一心に暗殺するその姿は他の誰がどう思おうと、ゴゴの意識は『美しい』と感じた。
  命の危機にさらされながら、このままでは幻獣『フェニックス』を召喚できなくなるので慌てながら、それでもロックの奥にあるゴゴの意識がアサシンを称賛する。
  もしかしたらこのまま俺は死ぬかもしれない―――。ロックは称賛しながら、そう思った。





  リヴァイアサンの背に乗ったゴゴは固有結界の中で自分の一部が死のうとしているのを理解しながら、それでも衛宮切嗣と三闘神の力を得た人間たちとの戦いを観察し続けていた。
  ここにいるゴゴがあちらに助力すれば事態は打開できる。けれどゴゴはそれをしない。ただただ観察に没頭している。
  聖杯の力によって無限に等しい再生力を手にした者。
  三闘神の力によって破壊と再生の両方を手にした者達。
  どちらも自らで手にした力ではなく与えられた力によって削り、治し、砕き、直し、破壊して、修復する。
  互いに回避あるいは防御して致命傷には至っていないので、その決定打の無さが壊して治す硬直状態を作り出していた。
 三闘神は元が人の体であるが故の力の不足。衛宮切嗣は固有時制御タイム・アルターの魔術と宝具の力を使って一人で三人分の戦いを可能とする。
  余波でゴゴの張ったバトルフィールドが軋み、今にも崩壊しそうになっても戦いは止まらない。
  力が尽きぬ限り敵を滅ぼさんと、壊して壊して壊して壊し、治して治して治して治す。
  ゴゴはその様子を観察する。
  眺める、検分する、凝視する。
  物真似の為に全てを探り尽くそうとする。
  大抵のモノならば初見で全てを物真似し尽くすゴゴが海辺で行われる戦いを一心不乱に見入っている。
  その根幹にあるのがものまね士らしからぬ感情ではあると理解しながら、それでもゴゴはある感情を発端として見続ける。
  根幹にある感情とは怒りだ―――。
  干渉されよう。
  毒されもしよう。
  影響されよう。
  染まりもしよう。
  それでも、それら全てを呑み込んで『ものまね士ゴゴ』としてここにいる。
  そうあるべきだと自分自身を決定させるため、物真似するどころか逆に自分が呑まれそうになった過去がゴゴの怒りを奮い起こした。
  自意識の一部を乗っ取ったモノすら物真似し尽くしてみせる。その思いが怒りを呼び、そしてゴゴに観察を続けさせていた。
  全ては聖杯を物真似する為に―――。
  聖杯戦争において求めるものが物欲にせよ名誉欲にせよ、参加者の多くは聖杯を求める。その意味で、ようやくゴゴは敵と同じ立場になったと言える。
  手に入れる、ではなく。模倣する、ではあるが。確かにゴゴは聖杯を欲している。
  その為に見る。
  そして衛宮切嗣の体が更に削り取られて変容し蘇る頃。遂にゴゴは自意識の一部を乗っ取られたモノの構成を把握し、聖杯の全てを物真似し尽くした。
 途端に聖杯の中に居て、今は衛宮切嗣のほぼ同化している『この世全ての悪アンリマユ』が再びゴゴを内側から喰らいつくそうと膨らんでくるが、ゴゴはそれも含めてものまね士ゴゴを再構築していく。
  これもゴゴとなる。
  このゴゴはものまね士。
  それもゴゴとなる。
  そのゴゴはものまね士。
  あれもゴゴとなる。
  あのゴゴはものまね士。
  どれもがゴゴであり、全てがゴゴであり、喜怒哀楽も、善悪も、正邪も、理非曲直も、何もかもがゴゴである。
  傍目からは何も起こっていない様に見えるだろう。
 ゴゴが自分自身を作り替えてこの世全ての悪アンリマユすら自分の一部として取り込んでいく等と―――、見ただけでは誰にも理解できないだろう。ただ一人、ものまね士ゴゴだけを除いて誰にも理解されない破壊と再生と創造が行われる。
  喰らおうとするならば逆に喰らってしまえばいい。
  成り代わろうとするなら成ってしまえばいい。
  これまでがそうであるように、ものまね士ゴゴは物真似によって事象の全てを自分の中に取り込んでいく。
  ゴゴはゴゴだった。
 が、同時にティナ・ブランフォードであり、ロック・コールであり、セリス・シェールであり、衛宮切嗣であり、アイリスフィール・フォン・アインツベルンであり、アーサー・ペンドラゴンであり、久宇舞弥であり、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンであり、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンであり、エドガー・ロニ・フィガロであり、マッシュ・レネ・フィガロであり、遠坂時臣であり、ギルガメッシュであり、遠坂葵であり、カイエン・ガラモンドであり、ガウであり、言峰綺礼であり、ハサン・サッバーハであり、言峰璃正であり、セッツァー・ギャッビアーニであり、シャドウであり、ウェイバー・ベルベットであり、イスカンダルであり、ストラゴス・マゴスであり、リルム・アローニィであり、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトであり、ディルムッド・オディナであり、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリであり、モグであり、ウーマロであり、間桐雁夜であり、湖の騎士サー・ランスロットであり、間桐臓硯であり、間桐鶴野であり、遠坂桜であり、雨生龍之介であり、ジル・ド・レェであり。ケフカ・パラッツォであり―――この世全ての悪アンリマユでもある―――。
  観察が足りないので完全にそうとは言えない者もいるが、それでもゴゴは自分で自分を作り替えて物真似してゆく。物真似しきれない者と物とものとモノがあるならば、それが出来るようになるまで自分を作り替える。
  そして全てを呑み込んで自分のモノとする。
  これまでと何も変わらない。ほんの少しだけ規模の大小が違うだけで、ゴゴの在り方は何も変わっていない。
  今更ながら、ここにきてゴゴはようやく自分が何者であるかを思い出す。ずっと間桐雁夜の物真似をしていた為に忘れてしまいそうになっていたが、ものまね士としての在り方を脅かす存在の出現と怒りによってようやく思い出す。
  全てを知りながらそれを忘れている者。
  人の形をしていながら、人では決してありえない者。
  孤独を体験で埋める者。無ければ作る者。全てを取り戻すために物真似し尽くす者。
  ものまね士ゴゴ・・・。
  「そう・・・俺は、ゴゴ。ずっとものまねをして生きてきた」
 呟くと同時にゴゴは自分が生まれ変わるのを強く実感した。姿形については何も変わっていないし、何か劇的な変化が起こったような素振りも無い。ただ、自分を占める『ものまね士ゴゴ』の一画に聖杯から湧き出るこの世全ての悪アンリマユがいるのを感じ、自分の総量がこれまで以上に広がっていくのを意識できるのだ。
  思い出した、とでも言うべきだろうか?
  人と同じように振る舞うのならば人と同じにしかならない。けれどゴゴは人ではない、人外の化け物のように変異していく衛宮切嗣を上回る、常識など欠片も無い埒外の怪物なのだ。
  それ故にゴゴは神と呼ばれた三闘神すら生み出すことができた。
  ならば出来る。
  だから出来る。
  出来ない筈はない。
  思い出した。
  自分を作り変えて納得した。
  忘れていたモノが戻ってきた。
  理解して自分の中に自分が降りてくると、ゴゴはリヴァイアサンの背に乗った状態で右手を前に突き出した。
  これまで全く戦いに加わらず、援護も行ってこなかったにも関わらず。何故、今になってバトルフィールド以外で戦いに加わろうとしているのか? それはゴゴにもよく判らない。
 物真似をより完璧に近づける為か、怒りの源泉を払拭する為か、三人が人に戻れる限界時間が近づいている為か、この世全ての悪アンリマユすら手に入れてしまったのでもう終わらせようとした為か。
  あの三人に戦いの全てを任せた筈なのだが、そう考えたゴゴと今ここにいるゴゴが違うからか?
  その全てか?
  とにかくゴゴは衛宮切嗣に向け―――三本だった腕を更に倍に増やし、三面六臂の阿修羅像に似た異形に変化して三闘神への攻撃を増す敵に向け―――手を伸ばした。
  これまでの修行や戦いの中で同じ魔法を何度か使ったが、自分が真に何者であるかを意識してからこの魔法を使ったことは無い。もし使えばどうなる? その結果を知ろうとする喜びもあり、ゴゴは躊躇いなく衛宮切嗣に向けてその魔法を放った。
  「――アスピル」
  ゴゴが使う魔力吸収魔法が衛宮切嗣の胸に光る聖杯から強烈に魔力を吸い出した。





  リルムはロックとセリスが行っていた―――戦場から一歩引いた位置で状況を把握する、の役目を受け継ぐこととなってしまった。
  ロックは瀕死に追いやられ、セリスは今にもキャスターの元へと走り、マッシュは回復の為に必殺技を使い、カイエンはランサーとの決着をつける為に刀を振るっている。
  ゴゴとしての意識が状況を見守る誰かを必要として、それがリルムに回ってきてしまったのだ。
  空の戦場にいながら、リルムは戦っていなかった。ただアサシンの少女を支えながら戦おうとするウェイバーの足場を召喚するだけになっていた。
  リルムの傍にいてライダーの手助けをしようとしている戦士が一人。ウェイバー・ベルベットが自分たちの戦いに手を出すなと全身で物語っている。
  魔法を使ってバハムートと共に戦う道がありながら、ウェイバーを理由にして戦おうとしない。戦う者としてこの場に居ながら、戦わない者としてこの場にいる矛盾がリルムの動きを縛っていた。
  苦悩しながらそれでも観察を止めないのはゴゴの性がリルムに状況を見守らせる。
 アーチャーの宝具が生み出した爆発は八竜も王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイの兵士たちにも影響を及ぼしており、傷の大きさに違いはあっても殆どが負傷させられていた。
  つまりこの戦場で戦っていたほとんどの者に攻撃を喰らわせ、一時的な静止状態を作ったのだ。
  何とか召喚を保っているロックの『フェニックス』とマッシュの『チャクラ』によって兵士たちは回復し、八竜もまたケフカからの魔力供給によって徐々に復活を果たそうとしているが、両者が戦線に復帰するまでには少し時間が必要だ。敵側は回復魔法ではなく自前の再生なので今までよりも極端に遅い。
 その隙をついて巨大海魔の召喚―――それのみに特化した魔術師のサーヴァントであるキャスターはケフカの禍々しさに匹敵するどす黒い魔力を手に持った『螺湮城教本プレラーティーズ・スペルブック』から放つ。
  地面に染み込んだ竜と英霊達の魔力を苗床にして、人間の皮膚で装丁された本から流れ落ちる魔力が巨大な魔法陣を描いていく。
  キャスターは黒き英霊として再召喚されて力を増し、召喚の為に使う力が膨大であったので。未遠川で見せた召喚よりも早く、そして大きい巨大海魔を砂の大地に招き入れた。
  二割は膨らんで見えるそれが固有結界の砂漠の中に淀んだ水の臭いをまき散らす。
  召喚されたと言うより、元々そこにいた巨大な生き物が起き上がった、と思えてしまう驚異的な召喚速度だった。
  地響きを立てながら紫色のダイオウイカが直立するような歪な光景。砂漠の中にあってそれは一際異質であり、その巨大さゆえに誰の目にも入る。ただし足の数は十本どころではない。何十本も生えた触手がキャスターの周囲にいた兵士たちを押し潰し、握り潰し、喰らっていく。
  もっと餌を。
  もっと魔力を。
  もっと、もっと、もっと―――。
  そう言わんばかりに辺り一面に触手を伸ばす。その生き物は巨大海魔の頂点に居て、程なく巨大海魔の肉塊の中へと吸い込まれていった召喚主であるキャスター以外の全てを食料と見ていた。
  「ホーリー!!」
  駆け寄るセリスが魔法を唱えると純白の光球が空か三つ降り注いで白い爆発を巻き起こす。それでも、巨大海魔は触手での捕食を止めようとはせず、陣営としては味方であるはずの八竜にも伸ばし始めた。
 巨大海魔を砂漠の大地の上に出現させる要因を作った当のアーチャーは飛行宝具『ヴィマーナ』の上で王の財宝ゲート・オブ・バビロンを上回る攻撃を展開しようとしていた。
  さすがの巨大海魔も空を飛ぶ敵にまでは触手が届かないようで、アーチャーは誰にも邪魔される事無く着々と準備を整える。
  確実にその目はキャスターが呼び出した巨大海魔を捉えていて、しかもその発端は紛れも無く自分であると理解している筈なのだが。そんな事は知らぬ、とばかりにドリルに似た三つの円柱状の刀身を回転させている。
 あれはほぼ確実にライダーの規格外宝具『王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイ』と同等かそれ以上の威力を繰り出すに違いない。それが理解できるからこそ余計に観察を止められず、リルムの目は特にアーチャーに向けられる。
  視界の片隅に見えるアーチャーの真名と同じ名前を持つ幻獣『ギルガメッシュ』はこれ幸いにとアーチャーからも巨大海魔からも離れようと走っていた。あれは戦場に復帰するまでには少々時間が必要だろう。
  残る力の全てを注ぎ込もうとしているようで、アーチャーが持っている剣に魔力が集結していくのが判る。
  きっと物真似し甲斐のある技が繰り出されるだろう。
  今まで見た事のない宝具が発動するだろう。
  そのままずっと見入っていたかったのだが、リルムの間近で起こった変化が遠くを見通すのを一時的に止めさせた。魔石『アレクサンダー』が再び使用されてウェイバー・ベルベットの後方に城のような巨人が現れたからだ。
  ただそれだけだったならリルムの目はアーチャーに向けられたままになったが、幻獣『バハムート』の背後でもあるそこに現れたアレクサンダーの頭部に当たる部分しか出現していない。
  そこは『聖なる審判』が発射される重要な部分なのだが、塔のような腕も城壁のような体も無く、アレクサンダーの一部だけがぽつんと空に浮かんでいる。
  魔石を使う場合。召喚するのに必要な魔力が無ければ召喚が行えず、魔力があっても召喚したら必ず幻獣はその肉体の全てが現界するようになっている。本来の魔石を使う用途以外で幻獣を呼び寄せた者はゴゴ以外には存在しなかった。
  これまで魔石を頻繁に使ったのは間桐雁夜と遠坂桜の二人だけで、どちらも才能はあってもこの世界で魔術師としての鍛練を積んだ者達ではない。ゴゴによって力を付けたが、それは別世界で使われる魔法の習得であり、この魔術とは一線を介する。
  しかしウェイバーは違う。腕は三流かもしれないが、彼は紛れも無くこの世界で修行を積んだ生粋の魔術師なのだ。
  かつて旅した世界の魔法とこの世界の魔術との違いか。それともウェイバー自身の特異性か、魔力が底を尽きそうなので全体を召喚しない様に調整しているのか。幻獣の一部召喚という信じ難い出来事が起こったので、リルムの目はついそちらに向けられてしまう。
  見られたウェイバーはリルムに一瞥もくれず、ただひたすら空の戦場を睨んでいる。
 大きく開いた目に映るのは六枚の羽根を生やした天使にも悪魔にも見えるモノと、神威の車輪ゴルディアス・ホイールを操って空を舞う征服王のみ。時に接近し、時に距離を取り、互いの命を奪おうとする強者同士の戦いだ。
  時折、ウェイバーの後ろに現れたままになっているアレクサンダーの頭部が右へ左へと動く。その先にいるのがケフカであるのは間違いなく、『聖なる審判』を発射するタイミングを計っているのだと判る。
  アレクサンダーの頭からレーザーが発射されないのは戦場までに距離があり、接近しても無様に落とされるか人質にされるとでも考えているからだろう。加えて、二人の戦いがあまりにも早すぎて、下手に撃てばライダーの方に『聖なる審判』を当ててしまう危険がある。
  それでもウェイバーは一瞬の隙を探し出そうと見つめ続けている。リルムが視線を戻して、巨大海魔に、アーチャーに、そして戦場の全てを観察し続けても気付く様子は無い。
  だからウェイバーはリルムより早くケフカの変化を発見できた。
 ケフカの背中に広がる六枚の羽根は神威の車輪ゴルディアス・ホイールをいなし、雷牛の放つ雷を受け止める。それは羽根でありながらライダーの振るうスパタとぶつかっても斬られる気配のない、羽根に見える何かだった。
 槌のように敵を打ち殺す為にある戦車チャリオットの牽引部分とその六枚の羽根がぶつかって、一時的に距離が開く。これまでに何度か見えた光景だが、そこでケフカは今までになかった動きを見せた。
  白い羽根も蝙蝠のような羽根も真っ黒な羽根も全て広げ、その場に静止したのだ。
  そのまま何もしなければ戻ってきたライダーに大打撃を受けるが、ケフカの羽根は金色の淡い光を纏って一気に放出した。
 六枚の羽根からそれぞれ放たれた六個の光はケフカ目がけて旋回するライダーと戦車チャリオットに向かいながら、白い羽根と頭の上に輪を浮かばせた天使へと変わっていく。
  元々の光と同じ金色の髪の天使は子供の姿をしていて、六人と少し多いながらも神々しさを感じる光景だ。
  だが視界の隅でそれを捉えたリルムは天使の作り出す美しさとは無縁に思える悪辣さを考えた。
  ケフカが放ったモノは敵を死に至らしめる技ではないが、当たれば必ず瀕死へとい追いやる極悪な技。これを喰らい、そしてもう一撃を喰らえばそいつは決して生きられない。
  見た目と効果がまるで異なる悪質な技。追撃がどれほど軽い傷であろうと、次の一撃によって必ず死に至る技。それこそがケフカの放った―――『心ない天使』だ。
  遂にケフカが本気になってライダーを殺しにきた。と、リルムがそう考えようとするよりも前に背後で何かが動く。
  そして起こった出来事に思考がようやく追いつくと、ライダーを見ているリルムの視界の中に黄色いレーザーが伸びる。


  聖なる審判


  遅れて聞こえてきた幻獣の声とケフカの羽根へと迫る幻獣『アレクサンダー』の攻撃。
  最初にウェイバーが使った魔石の威力に比べれば、それは一筋の光でしかなかった。接触すると同時に巨大な炎の海を作り出すでもなく、ただ当たった個所をほんの少しだけ燃やす程度の威力しか無い。ケフカの頑丈さを考えれば一瞬火で炙られた程度にしか感じず、痛いとすら思わないだろう。
  魔石を使っているウェイバーの魔力の無さが原因で、一割にも達しないか弱さしか発揮していなかった。
  敵を倒す一撃では無かったが、その一撃は間違いなく大きく羽根を広げた六枚の内の一枚に当たり。そしてケフカの意識をほんの一瞬だけライダーから引き離した。
  目の前で戦っている敵とは別方向からの攻撃にケフカの気が逸れたのだ。
  ウェイバーは見て、看て、観て、みて、遥か彼方の空で戦っている敵に点で攻撃する為に、ただ『当てる』と『隙を作る』だけに自分を特化させた。
  集中、それは程度の違いはあっても人ならば誰であろうと持つ力。それを使い、ウェイバーは人の身で怪物と英霊の戦いに一手を打ちこんだ。
  今のライダーはマスターが死んでしまった後に残るはぐれサーヴァントであり、既にライダーとウェイバーを魔術的に繋げているものは何もない。ウェイバーが何をするかライダーには何も伝わっていない。
  ケフカへと向かえば確実に『心ない天使』に当たる、当たってしまえばその時点で『後一撃で死ぬ』に追い込まれるとライダーは知らない筈だが、これまで無かった攻撃に得体のしれない薄気味悪さは感じているだろう。
  避ける選択肢はあった。すぐに方向転換して迫りくる天使に見える攻撃から離れる事も出来た。
  けれど数多の戦場を駆け抜けた征服王イスカンダルは一瞬の隙を見逃さず、そして回避を選択しなかった。
 雷牛に、肩に、牽引部分、スパタを握る手に、車輪に、首の根元に天使がぶつかっても戦車チャリオットをまっすぐケフカに向ける。
  実体化どころか霊体化すら出来なくなるのではないかと思える程、急激に体力が失われていくが。それでもライダーの目は敵を見つめていた。
  そして―――。





  ティナがいるのはセイバーが立つ大地から遠く離れた空の上。真下から見上げれば月を背にしたトランス状態のティナの全体像が見えるだろう。
  「ヘイスト」
 ティナは衛宮切嗣の固有時制御タイム・アルターほど劇的な加速ではないが、加速魔法を自分にかけて空を飛び続ける。
  真下にいるセイバーがのけ反らなければ見えなくなる位置―――体を反転させて体勢を整え直さなければならない場所に向かって移動してから一気に滑空した。
  無論、その程度のわずかな時間を利用したからと言ってセイバーの隙を付ける訳ではない。
  地上に立つセイバーに向けて剣を振り上げ、重力の勢いも利用しての重い一撃を作り出す。
  「ファイラ」
  避けさせない為。牽制の為。驚かせる為。様々な理由からティナは斬りかかる前にセイバーの足元から炎の柱を出現させて攻撃を加える。
  するとセイバーの周囲に渦巻く黒い風が竜巻となって炎を受け止める盾となった。
  唐突に巻き起こった風は『ファイガ』すら逃がす暴風だったので、威力の下がる『ファイラ』では鎧の一部を焦がすにも至らない。それでもティナとセイバーとの間に障壁を作り、互いの姿を覆い隠す。
  ティナは風の中心にいるセイバーに向け、ほんの少しだけ位置を変えながらアポカリプスの銘を持つ剣を後ろに引いてから横に振るう。
  炎を完全に上方へと退けた風が無くなり、ティナの剣が襲い掛かり、セイバーの剣が受ける。
  剣同士の衝突。
  滑空の勢いを使っての体当たり。
  ガン、ガン、ガン。と甲高い音を鳴り響かせ終えると同時にティナの体は再び空の上へと上昇していった。
  時々、セイバーから黒い風が追撃として飛んでくるが、ティナの戦い方は一撃離脱戦法によく似ている。ただしセイバー自身がどう思っているかは別にしてティナは今やっているのを戦いだとは思っていない。黒く染まったセイバーの力をより出させる為に試行錯誤を重ねている所なのだ。
  接近戦でもいい、遠距離戦でもいい。もっと違う何かを見せてみろ。そんな風にものまね士の格好をしていない中で、ゴゴの意識がティナのそれを染めていく。
  トランス状態の影響かもしれない。
  剣の英霊として聖杯戦争に招かれるだけはあり、セイバーの剣術はティナが扱える技術を軽く超えていた。動きを物真似してほんの一瞬だけ拮抗状態を作り出せたが、すぐに別の動きでティナを圧倒してしまう。
  剣術の引き出しの多さは圧倒的にセイバーの方が上で、黒き聖剣はセイバーの手の延長にあって別の生き物のように動いている。
  ティナも魔導戦士として名高い実力はあるが、剣のみに絞って考えれば完膚なきまでに負ける。だからこそ剣と魔法を融合させた一撃離脱戦法なのだ。
  負けず。
  勝たず。
  勝負を長引かせてセイバーの実力をもっともっと引き出させるために翻弄する。
  宝具が作り出す遠距離攻撃は常に警戒し、距離を取っているからと言って油断は微塵もない。
  「風王鉄槌(ストライクエア)――」
  空に舞い戻る途中で背後から迫る荒れ狂う嵐を感じ取る時もあり、そんな時は急な方向転換を行い、迫る風の直撃を避けなければならない。加速魔法の効果が続いている中ならより容易くなる。
  そのまま地上にいるセイバーに向けて、空いている手を向けて別の魔法を放つ。
  「グラビガ」
  漆黒の球体―――。対象を包み込んで弱体化させる闇の玉がティナの手から放たれてセイバーに向けて降り注ぐ。
  そのまま直撃するかと思われたが、セイバーが剣を上段に構えて一閃すると向かっていた黒い球が左右に両断されてしまった。
  セイバーは空から降り注ぐ黒い球を剣で斬ってしまったのだ。
  黒く染まった剣に魔法効果を切り裂く効果が付加されたか、あるいは単純に魔法すら斬るセイバーの技量か。
  混乱魔法『コンフュ』や停止魔法の『ストップ』、それから河童変身魔法の『カッパー』などは使わない。セイバーはクラス別能力で高い対魔力を持っているから魔法そのものが効かない可能性は高いし、万が一に効いてしまったらセイバーの戦力は激減してしまう。
  ティナの目的はセイバーを倒すことではない、セイバーが秘めた切り札を引きずり出すのが目的なのだ。
  急降下の後に剣戟。距離を取ってからの魔法攻撃。離れた場所に舞い降りてからの超低空飛行。など、など、など、など、など。
  様々な方法でセイバーに攻撃を仕掛けてきたティナだったが、その回数が十を超えた所でこの状況の無意味さを考えるようになった。
 剣の英霊であるセイバーは接近すれば剣で応戦し、離れた場所にいれば風王鉄槌(ストライクエア)か約束された勝利の剣エクスカリバーで攻撃してくる。
  一つ一つがティナの体を粉砕しかねない威力を持っているので、魔法を放って風を相殺したり、黒い輝きに呑みこまれないように全力で避けたりしなければならないが。様々な魔法でこちらが攻撃しても、大抵はその二つで打破してしまう。
  攻守兼用の風と全てを切り裂く黒い斬撃はとてつもない威力だが、今のセイバーの攻撃および防御手段はそれのみに限定されている。
  このまま似たような攻防を繰り広げていても似たような結果しか生まないだろう。
  剣の英霊の剣技を全て物真似するのも面白いかとも思ったが。剣技はどこまで行っても剣技でしかない。極端に言ってしまえば、四肢を持つ人間ならば再現可能なモノばかりなのだ。
  聖杯戦争においてゴゴが真っ先に求めた物真似の素材は宝具である。
  サーヴァントが持つ切り札。人間の幻想を骨子に創り上げられた武装。英霊が生前に築き上げた伝説の象徴。物質化した奇跡。それこそが宝具であり、ものまね士ゴゴが求めるモノだった。
  余人では再現するのも不可能な超高速な技であろうと、動きだけならば同じ人の形をする者ならば真似できる。
 そんなモノは二度、三度見ればもう不要。あるいはセイバーが繰り出す技が新しい宝具となるかもと期待したが、二桁以上繰り返しても剣技は剣技であり宝具にまでは到達しない。バーサーカーの『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』と『騎士は徒手にて死せずナイト・オブ・オーナー』、アサシンの『妄想幻像ザバーニーヤ』のように武具ではない宝具は発動しなかった。
  闘いを長引かせようとしているティナとは対照的に、セイバーはさっさとティナを斬りたい筈。戦いを長引かせる理由は見当たらない。つまり―――これ以上の宝具は無く、物真似する価値あるモノはもう見れない。そう結論付けるしかなかった。
  気を抜けば一瞬で斬り殺されてしまう戦場で、強化され現時点では最強と言っても過言ではないサーヴァントを相手にしながら、それでもティナの中からやる気が削がれていく。
  もう終わらせよう。
  これを最後にしよう。
  そう思いながら、ティナは円蔵山を背後に置いて地上へと舞い降りた。
  頭上からの攻撃に備えているセイバーは今もとある屋上付き一軒家の上にいる。ティナが立つ位置との間に遮蔽物が無ければセイバーは移動しただろうが、桃色に光るティナの姿が見えているので動く気配はまだ無い。
  ティナは相手と自分の位置を確認しつつ、両手を前に伸ばす。するとティナ自身から放たれる桃色の燐光とは違う青い光が突き出した両手の前に集まりだした。
  ティナが使える攻撃魔法の中でも最高位の威力を誇り、その名の通り『究極』の魔法。避ける術は無く、無属性の全体攻撃が敵に分類したモノを全て破壊し尽くす―――。
  青い光は一点に収束し、丸い球に成っていった。
  これまでの魔法行使には無かった数瞬の溜めを終えた後。ティナはその魔法を放つ。
  「アルテマ」
  半球状に展開されたバトルフィールドの中を、同じく半球状の破壊の渦がティナの前を起点にして膨らんでいく。敵と認識したモノを破壊する為に広がっていくそれを回避する術は無い。バトルフィールドの中、全てを覆い隠すまでこの魔法は止まらない。
  ティナは『アルテマ』の青い光が広がっていくのを感じながら、遠くにいるセイバーを――両手で握りしめた剣を掲げるセイバーを―――見ていた。





  自分の力が目の前にいる三体の敵以外の誰かに吸われていると悟った時、衛宮切嗣は素早く反応した。
 四倍速スクエアアクセルを使って自分の周りにいる三人の敵に攻撃していたが、三闘神への攻撃を止めて海の方へ弾丸に見えるモノを撃つのを優先させたのだ。
  当然であろう。目の前にいる敵達によって受けてきた『負傷』を大きく上回る『損失』は衛宮切嗣にとって他の何よりも優先させるべき危機だ。
  幻獣『リヴァイアサン』の頭の上で衛宮切嗣に手を向けていたゴゴの元へと弾丸に見えるモノが山ほど飛んでくる。
  拳銃に見える黒い塊から発射された弾丸が有効射程の全てを埋め尽くし。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、ではなく、遠くても数撃ちゃ当たる、で攻撃してきた。
 迫りくる逃げ場のない攻撃を見ながら、ゴゴは吸い取っている最中の衛宮切嗣の魔力―――元は聖杯の中にいるこの世全ての悪アンリマユから供給されている魔力を使って数には数で対抗した。
  「針千本!」
  使っていた『アスピル』の効果が消えると同時に、海から岸辺へと向けた手から黒く染まった針が撃ち出される。
  戦うには戦うで―――。魔法には魔法で―――。御返し。
  手の前から現れた針がゴゴの体を傷つけるであろう弾丸のようなモノだけを撃ち落としていく。
  同じモノを基にして作られた黒いモノ同士が衝突し、互いを粉砕し、打ち消し合う。
  ただしゴゴの体を傷つける筈だった攻撃は全て粉砕されたが、足場にしているリヴァイアサンの巨体を傷つける攻撃までは撃ち落とせなかった。
  四倍速で放たれた攻撃の数は圧倒的であり、手数ではゴゴは大敗している。だから衛宮切嗣の攻撃はゴゴには届かず、リヴァイアサンには何十発かが激突してしまう。
  体を抉られ、甲高い悲鳴を上げ、頭を振って乗っているゴゴを落としそうになるリヴァイアサン。
  ゴゴはリヴァイアサンが消滅するまでに時間があり、乗れなくなるまで数秒の猶予があるのを確認すると、再び衛宮切嗣に向けて魔力吸収魔法を放つ。
  「アスピル」
  もし衛宮切嗣が連続して弾幕の雨を降らせていたらゴゴは同じように攻撃には攻撃でお返ししたが。衛宮切嗣はゴゴを攻撃してしまった分だけ三闘神に隙を見せてしまっている。
  見れば三闘神が衛宮切嗣の腕を斬り落とし、肩に喰らいつき、足を突き刺している。
  目の前の敵を放置してでも最も危険な敵―――今の衛宮切嗣を構成する力の根源から魔力を奪おうとするゴゴに狙いを定めた代償を支払っている最中だ。二度目の攻撃をゴゴにしている暇はない。
  アスピルの効果がもう一度発揮され、圧倒的な総量へと自分を作り替えてしまったゴゴの中に黒い魔力が吸収されていく。
  三闘神と衛宮切嗣の戦いだけだったなら、相手が三人とは言え衛宮切嗣が勝利しても不思議はなかった。三闘神が圧倒的な力を有していても、それを使うのはあくまで人間であり『鬼神』も『魔神』も『女神』も本物には程遠い。
  加えて三闘神は自分たちの力を拮抗させる為に三角形の構図を作らなければならず、衛宮切嗣がその位置取りと驚異的な速度を利用して数の差を埋めていた。
  衛宮切嗣は聖杯の力をより強く求め、三闘神は人に戻る為に時間制限を設けた。状況が拮抗していたのならば、先に限界が訪れるのがどちらかなのは考えるまでも無い。
  もし、単独で三闘神を上回る力の持ち主が戦いに加わらなければ―――。
 もし、聖杯とこの世全ての悪アンリマユの物真似が出来上がる前に決着をつけていれば―――。
  ありえたかもしれない可能性は現実には存在せず。衛宮切嗣の胸にできた孔から黒い魔力が抜けて、ゴゴへの吸収され、回復に費やしていた力は減衰して三闘神の攻撃を喰らっていく。
  拮抗は呆気なく崩れた。
  もう一度、衛宮切嗣がゴゴに攻撃する余裕は無い。ただ目の前にいる敵に対処するのが精一杯。その間にもゴゴに黒い魔力は吸われ続け、どんどん力は落ちていく。




  セイバーは迫りくる究極の攻撃魔法『アルテマ』を見て、瞬時に回避不能と判断したようだ。
  もっと力を。
  もっと威力を。
  もっと破壊力を。
  もっと敵を斬る力を。
  セイバーが現界する為に必要な魔力すら消費して正真正銘の全開が構築されていく。刀身が全てを呑み込む夜よりも暗いモノに変わっていく。光の輝きを決して許さない闇よりも深いモノが集っていく。
  刀身どころか剣そのものが闇に染まったように黒一色で塗りつぶされ、その黒さはセイバーの籠手を伝わり、鎧を侵食し、遂には全身にまで浸透していくのが見えた。
  これまで辛うじて残っていたかつてのセイバーだったモノがことごとく消えていく。
  オッドアイに変わっていた目は両眼が完全な金色の瞳へと変わり、その顔を隠す不気味な逆三角形の仮面が現れて、目、鼻、口、耳、など、表情の全てを覆い隠してしまった。
  完全に聖杯の『悪』に呑みこまれた。
  いや、もしかしたら『アルテマ』の力に勝てないと感じとり、セイバーが自ら聖杯の『悪』を受け入れたのかもしれない。
  ティナの手から広がっていく青い光の向こう側でセイバーが剣を振り下ろし。これまでの中で最も強く、そしてこれまでの中で最も深い黒き光を放つ。
  「■■■■■■■!!」
 約束された勝利の剣エクスカリバー。そう叫んだのか、それとも単なる咆哮だったのかは判らない。
  セイバーが作り出した黒く輝く巨大な斬撃が見える。ティナが放ったアルテマとティナ自身に向けて撃ち出したモノが見える。
  闇を凝縮し。光を斬り。途方もない威力を秘めた黒く巨大な斬撃。
  しかしこれは今までに見た技と本質は変わらない。
  そうだ―――。これが見たかった。
  ティナはそう思った。
  ここでもしセイバーが力を温存しているようならば、もう戦う者として観察する価値はない。
  ここが終局―――。これが見られたのだからもう状況を進めよう。この茶番を終わりにしよう。
  そう思った。
 黒き『約束された勝利の剣エクスカリバー』と究極の魔法『アルテマ』が衝突し、互いに込められた意味を発揮する為に破壊を作り出そうとする。
  黒い斬撃は衝突した地点から先に進まず、半球状に膨らんでいく青い光は黒い斬撃のぶつかる部分だけ膨張を止められてしまった。
  壊す。
  破る。
  潰す。
  斬る。
  放たれた技として、発動した魔法として。二つの破壊が存亡をかけて激突し続ける。
  するとアルテマと拮抗していた筈の斬撃がその大きさを更に膨らませた。
  最早、未遠川で見たライダーに放った時の一撃の倍近くにまで膨らんで、斬撃と呼ぶには巨大すぎるモノと化した。
  セイバーの手から離れても尚、意思を受け継ぐように更なる破壊を作り出さんとしている。まるで成長する生き物のようにより強くより大きく。
  強靭な。
  全てを斬る。
  究極の一撃へと―――。
  そして遂にアルテマの一画すら引き裂く威力にまで膨張し、敵を斬る為だけに増大した斬撃が、範囲内にいる全ての敵を滅ぼすために放たれた究極の破壊を凌駕する。
  半球のたった一部だけれど、紛れも無くセイバーの力がティナの魔法を凌駕した瞬間だった。
  セイバーに衝突する筈だった部分だけが抉られ、セイバーがいる場所以外を破壊していく不格好なアルテマを切り裂いて、中央にいるティナを目がけて黒い光が迫る。
  ティナは両手を前に構えていても防御の為に動かず、魔法を新たに唱えて迎撃するでもなく、回避する素振りを見せず。ただ言葉を呟く。





  衛宮切嗣に力を与えている聖杯の力がどんどんゴゴに吸われて、弱体化は避けられない事象として確定してしまった。
  四倍速で動いて間近にいる三人の敵と戦いながら、しかも遠く離れた海にいるゴゴにも対処しなければならない。新たな敵の出現に衛宮切嗣の動きが鈍り、『鬼神』はその隙を逃さず突いた。
  「ブラスター」
  ハルバートの先端から血のような真っ赤な球が撃ち出され、衛宮切嗣の頭部を掠める。
  傷は浅い。しかし紅い球体には対象に即死効果を与える付加され、それは一瞬で衛宮切嗣の命を奪い去った。
 死ぬと同時に宝具の効果が発動し、『全て遠き理想郷アヴァロン』が同じく一瞬で衛宮切嗣を蘇生させる。
  死んで、蘇る。その死んでいた僅かな時間はこれまでにない大きな隙を作り出した。





  砂漠の空に留まる飛行宝具『ヴィマーナ』の上でようやく準備を終えたアーチャーが歪な剣を高々と掲げた。そして三つの円柱が今まで以上に回転し、その剣を起点にして魔力の暴風が吹き荒れて赤と黒の渦が巻き起こる。
  時間がかかってしまったのはアーチャーの残存魔力の少なさが故だろう。
  それは起き上がろうとする兵も、伝説の八竜も、キャスターの呼んだ巨大海魔も、固有結界そのものも、アーチャーにとって全ての敵に狙いを定めた最後にして最強の一撃だ。
  何もかもを切り裂く一撃が―――擬似的な時空断層による空間切断が―――物理的に空間を切裂く風が―――天から降り注ぐ。
 「天地乖離す開闢の星エヌマ・エリシュ!!」
  空から大地へ、大地から空へ。大きく振り抜かれた剣の軌跡は大きな弧を描いた。





  死んで蘇った衛宮切嗣の隙。状態異常の攻撃を主体にする『女神』は『鬼神』が作り出したそれを最大限に使う為、両手を前に突き出して、ある魔法を唱える。
  「クエーサー」
  夜の暗さより深い闇が三闘神が作り出す三角形の内部に作り出され、そこから数十本の光の線が降り注いで衛宮切嗣の周囲を包み込んだ。
  技が発動してから効果が発揮するまでに僅かばかりのタイムラグがあり、しかも他の二柱『鬼神』と『魔神』を傷つけてしまうかもしれなかったから広範囲で使えなかった魔法『クエーサー』。
  光が降り注いだ後に衛宮切嗣が蘇生するのが『女神』にも見えたが、避けるよりも技が発動して範囲内を攻撃する方が早い。
  起き上がって逃げようとするが、それよりも前に空に出来上がった三角形の闇から隕石群が降り注ぐ。
  殴打などとは比べ物にならない巨大質量の乱舞が蘇ってきた衛宮切嗣を再び『死』へと押し戻した。





  ライダーは六つの天使に見えるモノが当たった瞬間に自分の力が根こそぎ奪われたのを知った筈。どんな軽い攻撃だろうと、あと一撃喰らえば死ぬ、と、現界出来なくなり消滅すると理解した筈。
  そしてアーチャーがやろうとした事にも気付いていて、その攻撃がライダー自身にも襲い掛かってきていると判っている筈。
  目の前の敵に全力を注ぎつつも、指揮を執る者として周囲に気を配らない訳がない。それは軍団の大将が持つ性分のようなものだから、知らぬ筈がないのだ。
  それでもライダーはケフカを見ていた。
 ウェイバーの作り出したチャンスを手にする為、残った魔力の全てを注ぎ込んで、神威の車輪ゴルディアス・ホイールの蹂躙走法を発動させた。
 「遥かなる蹂躙制覇ヴィア・エクスプグナティオ!!」
  羽根を広げ、目の前の相手から気を逸らした敵を打ち倒さんが為に―――。ただ前へ。





  『魔神』は衛宮切嗣が死んで蘇る以前から力の中心が聖杯であり、そこから溢れ出る黒い泥をどうにかしなければならないと判っていた筈。他の二柱もそれは判っていたが、敵もそう易々と力の源泉であり弱点でもある聖杯を攻撃させてはくれない。
  『女神』が放った『クエーサー』すら丸まって耐え凌いだ。もうこの機を逃せば、衛宮切嗣は倒せない。回復し、そして三闘神には限界が来てしまう。
  ここで倒せなければ人に戻れなくなる。破壊をまき散らすだけの戦いの神になってしまう。
  だから『魔神』は、いや、間桐雁夜は、一年で肉体に刻み込んだ剣を最後の攻撃とした。
  魔剣ラグナロク―――。それは雁夜の力のよりどころであり、ゴゴから授かった力の象徴でもあった。
  丸まって聖杯を守り、回復に努める衛宮切嗣の聖杯に向け、『魔神』は肉体を覆う聖杯の泥ごと剣を突き刺した。
  倒す。そんな雁夜の願いに答えるように、衛宮切嗣に深々と刺さった魔剣ラグナロクが『魔神』の魔力を強烈に吸い込む。
  そして、低確率で発動する爆裂魔法『フレア』が衛宮切嗣の内側にめり込んだ刀身の先で爆発した。






  セイバーの放った黒く大きな斬撃を見ながらティナは呟く。
  これを喰らえば斬られると理解しながら。防御の為に手段を講じる時間があると理解しながら。避ければ腕一本ぐらいにまで被害を抑えられると理解しながら。
  動かず、ただ呟いた。
  「バトルフィールド――。解除・・・」
  と―――。





  まるで示し合わせたかのように極大の攻撃が数多の戦場で発動した次の瞬間。
  全てを台無しにする一撃がティナの体を切り裂いて、背後にそびえ立つ円蔵山にも襲来した。


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