第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ゴゴ 本当のティナだったならこんな言葉は言わないだろう―――。 「こんな茶番は・・・もう終わりにするべきなの」 けれど間違いなくトランス状態で空を舞うティナの口からその言葉は放たれた。 そして全てが終焉に向けて進んでゆく。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ケフカ・パラッツォ 「けっ!」 叫ぶケフカの足元にはうつ伏せになって横たわる言峰綺礼がいた。 道路には倒れた聖杯とそこから溢れる漆黒の泥が巨大な水たまりを形成し、それは時間経過と共に更に広がっていって周囲の全てを焼き尽くしていく。 周囲を破壊してゆく泥の中で言峰綺礼はピクリとも動かずに沈んでいる。その隣に立ち、ケフカは叫んだ。 「カーッ! シンジラレナーイ!!」 現状を一言で説明するならば端的に纏められる言葉がある。 言峰綺礼が死んでいる。 その過程に至るまではあっという間の出来事であった。 言峰綺礼はケフカの聖杯を握り、中を満たしていた聖杯の泥を口にした。聖杯の泥に口をつけた瞬間、言峰綺礼の体は硬直し、体勢を維持する力すら無くした死体が一つ地面に横たわった。聖杯は地面に落ち、泥は溢れて世界を壊し始める。 その程度の説明で起こった事象の全ては説明が出来てしまう。 傍目からには言峰綺礼の身に何が起こったかまるで判らないが、聖杯を口にして粘膜接触を起こした瞬間、聖杯に蓄えられた全ての魔力を引き替えにして聖杯は言峰綺礼の願いを叶えに行ったのだろう。 英霊の『座』へと繋がる空間の孔だけではなく、言峰綺礼が得るために必要な知識を得るために、ここではない何処かへと精神の孔を穿った。 その通り道から言峰綺礼は旅立ち、そして求める答えを頭の中に刻み込まれたのだ。 今の人類が明かしていない宇宙創成にまつわるあらゆる事象を微に入り細にわたって教え込まれた筈。 人が数十年かけて蓄積する知識を一瞬で送り込まれ、それを何度も何度も何度も何度も行った筈。 人が一生で蓄えられる知識の総量を軽く上回っている。 倒れる言峰綺礼の後頭部を見ただけでは判らないが、おそらく言峰綺礼の脳は圧倒的な情報量を受け止めて、一瞬で焼かれてしまったのだろう。 ケフカは倒れる言峰綺礼の肩を掴み、力任せに半回転させる。 「よっこいせっ、と」 上半身だけをひねって仰向けにさせると、口と鼻と目から大量の血を流して黒い泥に呑ませていく言峰綺礼の顔が合った。 見開かれた眼球は脳が焼かれた衝撃を裏付けるように血で紅く染まり。顔は内側から爆発したように少し膨張して、言峰綺礼の顔を別の物へと変形させている。 揺さぶっても応じる気配は無く、やはり死体が一つあるだけだ。 そんな変わり果てた言峰綺礼を見ながらケフカは叫びを消して小さく呟く。 「・・・・・・楽しく死にやがって。羨ましいじゃありませんか」 変形した顔ながらも口元に浮かぶ笑みは死を持っても消せなかった。 言峰綺礼は笑って逝った。 『知識』とはこの世界だけに留まらず、かつてケフカがいた世界、違う次元の向こう側、英霊の座、その他にも無限に広がり続け、言峰綺礼が触れられたのはその『知識』の総量の一割どころか一パーセントも無いだろう。 それでも求める場所にたどり着けたのではないだろうか? 一瞬すら無い刹那の時間でも、言峰綺礼は『知識』に触れて答えを得た。その答えに満足して、脳が焼き切れる僅かな時間に『歓喜』を口で現した。 死は聖杯のもたらす破壊の果てに訪れて言峰綺礼を殺した。それでも彼は満足して逝った。その在り方にケフカは満足と不満の両方を抱いてしまう。 もし出会い方が違っていれば、トモダチになれたかもしれない似た者同士。聖杯戦争という切迫した状況でなければ、お茶をしながら殺戮談議か謀殺談議にでも花を咲かせるのも、あり得た未来だったかもしれない。 だがそれはもう叶わない。言峰綺礼は死んでしまったから―――。 「ふん。そろそろ本体と合流して僕ちんも殺し合いに参加しましょう」 ケフカは言峰綺礼を起こしていた手を離し、ビチャッ! と泥の上に死体を落とす。 そのままゆっくりと立ち上がり、もう一度言峰綺礼の死体を見つめた。 数秒ほどジッと見守るだけで何もしなかったが、ケフカは心残りを振り切るように顔を上げて周囲を見渡す。衛宮切嗣のお蔭で周囲に人気は無く、町は夜の静けさ以上にゴーストタウンに似た様相を作り出していた。 道路からは見えないが、おそらくここから逃げたか死角に潜んで嵐が過ぎ去るのを待っている者が大勢いる。だからケフカは何も気にせず、道路どころか周辺の建造物すらも呑み込んでいく聖杯の泥に向けて語りかけた。 「おほほほ。お渡ししたこの力、全て返してくださいな」 ケフカがそう言うと、ただひたすらに広がり続ける黒い塊が動きを止め、ゆらゆらと揺れ始める。 水たまりが風に呷られた様子に少し似ていたが、普通に起こる自然現象と決定的に違うのは、その揺れが立っているケフカに向けて全方位から起こっている点だ。 波紋が広がるのではなく、ケフカが立つ一点に向けて泥が集まっていく。加えて、聖杯の泥はケフカの体に纏わりつくのではなく、立っているケフカの足元から消失していく。 よく見れば、ケフカの体に集まっていく聖杯の泥が足から呑まれていくのが判る。 広がる速度と同じくらいの速さで聖杯の泥がケフカに吸収されていった。 バキュームカーを思わせる圧倒的な吸引力。一分とかからず、地面に広がっていた全ての泥はケフカへと呑まれてしまい。それどころか泥を出し続けていた聖杯もまた泥と一緒にケフカの元に吸い寄せられ、足に当たると同時に黄金の粒子となって消えてしまう。 ケフカのすぐ近くに転がる言峰綺礼の死体が一つ。もう少し離れた場所には衛宮切嗣が作った死体が幾つか。ほんのわずかな時間だったが、聖杯の泥によって焼き尽くされ、破壊され、砕かれ、呑まれた冬木市の姿もある。 凄惨な聖杯戦争の結果だけが残っていた。 泥が広がったのはケフカの目に見える範囲だけなので、おそらく最長でも被害は半径百メートルほどでしかない。それでも局所的な地獄が形成されている。 吸い込んだ泥の代わりを努めるように、死体から紅い血がじわじわと流れ出し、地獄に朱の彩りを与えるのが見える。 ケフカはもう一度だけ言峰綺礼を見下ろして。それから衛宮切嗣が走り去った方角を見て呟いた。 「衛宮切嗣。貴様のちっぽけな正義なんぞ私が手を下す必要も無い。少し休ませてもらいなさい。それも、ずーっと、長ーくだ! ヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」 その言葉を最後にして、言峰綺礼を導いたケフカ・パラッツォはその場所から消える。 もうそこに動く者は誰一人として存在しなかった。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ウェイバー・ベルベット 魔石『アレクサンダー』、二回目の攻撃が全く効かなかった所で僕は自前の魔力を攻撃に回すのを諦めた。 世界が全て炎になったんじゃないかって見えた時は僕にも出来る事があるって思えたけど、敵の強さは僕の予想を大きく上回る怪物みたいで、僕が入り込む余地なんて全くなかった。 それに何度か魔石を使ったから判ってきたんだけど、この道具は吸い込む魔力が強ければより強く効果を発揮する気がする。 だから僕が使ってもあんまり効果は無い。認めたくないけど、魔術師としての僕の力量が足を引っ張ってるんだ。もし最高位の魔術師が魔石『アレクサンダー』を使ったら、町どころか国一つ滅ぼすぐらいの天変地異になる。そう思えた。 それでも僕みたいな魔術師が使ってもあれだけの威力が出るのはすごいと思う。やっぱり魔石はとんでもない。 「・・・・・・」 だから僕はライダーに送る分の魔力だけに意識を割いて、魔石を持ったままでいると魔力を吸われそうだからポケットの中にしまって御者台にしがみついた。ただ持ってるだけなら綺麗な石だって判ってるけどね。 右手でしっかり柵を握って、左手はサンの支えにした。そうやって高い所から戦場の様子を見下ろしながら、僕にでも出来る観察をひたすら続ける。 地上にある戦場。 隙あれば未遠川でみた巨大な海魔を呼び出そうとするキャスター。 竜の咆哮。 人知を超える巨大な敵。 独立サーヴァント達の死角をついて移動するアサシン達。 大抵の場合、誰かと一対一で戦ってるランサー。時々、一対多になる。 七騎しか居なかった筈の聖杯戦争の中に入ってきた山ほどの英霊達。 あちこちで起こる乱戦。 空にある戦場。 舞って対峙する二匹の竜。片方の背中には人影。 遥か上空まで昇って見下ろしてくるケフカ・パラッツォ。 機を伺う睨み合い。 そして僕ら。 大きなことから小さなことまで何一つ見逃さない様に僕はありとあらゆる場所に視線を送り続ける。その間に頭の中では『ライダーと勝利する為にはどうすればいいのか?』を考え続けて、答えを求める為にせわしなく動く。 そうやって考えながら、魔石に取られた分の魔力が自分の中から消えてるのを確認した時―――僕はおかしくて大事なことに気が付いた。 敵陣営も味方陣営も傷つくたびに回復してる奇妙な点はあるんだけど、それじゃない。そんな事、戦ってる当人たちが一番よく判ってる。回復させてる奴を真っ先に倒さなきゃいけないなんて僕が改めて気付く必要はない。 おかしなのは僕、そしてライダーの事だ。 少し考えてみれば固有結界なんて大魔術を発動させるだけで膨大な魔力を使うって判る。 もしこの巨大な固有結界を支えているのが、王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)の全員だったとしても。最初に号令を発して呼び寄せる切っ掛けを作るのはライダーなんだ。その時に消耗する魔力は途方も無く、今、僕が魔石を二回使って魔力を吸われたように、発動に見合うだけの魔力量が僕の魔術回路から持っていかれなきゃおかしい。 最初に大勢のアサシン達を倒した時に気付くべきだった、ライダーはボクが負担する分の魔力まで自前の貯蔵魔力だけで賄ってるって。 それに気付いてこっそりライダーを見ると、心なしかライダーの存在感がいつもより希薄になってる気がした。正規のマスターとサーヴァントの繋がりじゃなくて、魔力炉としての契約だけになったけど、発動するだけで実体化すら困難になるほど魔力を消耗してるのが判る。『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を二回、『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』は僕から魔力を使ったとしても、消滅の危険に陥るぐらいに消耗するのは仕方ない。 ライダーは何でそんな事をしてるの? すぐに答えは出せなかった。 でも、今の僕に出来る事はライダーが思いっきり戦える環境を用意することなのは判る。失ったライダーの魔力をマスターとして肩代わりする。 そう、しなきゃいけない。そうじゃないと僕がここにいる意味はない。 「お」 い、ライダー。と呼んで、消耗した分の魔力を持って行かせる意味の言葉を口にするつもりだったんだけど、ライダーだけじゃなくて他の全てにも意識を割いてる僕は言葉の途中で変なことが起こってるのに気が付けた。 それは出そうとした言葉を咄嗟に止めてしまう程ありえない光景で―――。だけど必死に答えを出そうとしている僕は見間違えなくて。それでも理解不能なモノだった。 「え・・・?」 それは視界の隅にいた。腰にしがみ付いてくる暖かくも小さなモノ、僕が左手で御者台から落ちない様に支えてるモノ。サンの右手が僕から離れて、その手が短剣を握りしめてた。 横からしがみついてくる体勢で、サンの左手は僕の背中の方に回って体を支えてる。必然、右手は僕の腹の前にあるんだけど、その右手に黒い短剣があった。 僕は何が起こってるかまるで判らなかったけど、サンを抱えるように伸ばしていた左手を咄嗟に動かしてサンの右手首を取る。 子供が刃物を持ったら危ない。 何が起こってるの見極める為に止めなきゃいけない。 ライダーに魔力を渡すのを邪魔する因子は取り除かなきゃいけない。 色々な事を考えたみたいで、だけど、何も考えられずに頭の中が真っ白になる。多分、思いは言葉にはならず衝動止まりだと思う。 それでも考えるのを止めちゃいけない。理解できない事だったとしても、理解する為にひたすら考え続けなきゃいけない。 僕は起こってる事態を見て見て見て見て考え続ける。 サンが右手は黒い短剣を持ってる、サンも僕もライダーもこんな荷物持ってなかった。これがどこから出てきたのか、いつ出てきたのか、答えは出せないけどサンの手が捕まえる僕の手を振り払おうとしてるのは判った。 そして振り払うと手にした短剣をそのまま僕に突き刺すのが予想できた。 もしセイバーやランサーみたいに、自分の武器の扱い方に慣れていたら、こうやって捕まえる前に刺されていたかもしれない。 武器なんて初めて持つから、どうやって扱えばいいか判らない。そんなぎこちなさがサンに合ったから、僕の方が早くサンの手を捕まえられたんだと思う。 握っただけで折れそうな小さくか弱い子供の手。比較対象をライダーにすると僕だってひ弱な部類に入るんだろうけど、そんな僕の力でもサンの手をそこに繋ぎ止められる力がある。 子供のサン。出会ってから一度だって肉声を聞いたことのないサン。ずっと僕にしがみ付いて離れようとしないサン。そのサンがどうして僕を刺そうとしてるの? 「来たか・・・」 戸惑いに解決の糸口を差し出してきたのは顔を斜めに向けて、目の端で僕らの方を見てるライダーだった。 ただ、その振り向きもすぐに前に戻されて、ライダーはもう敵がいる前を見てた。 「余が言ったであろう? 『その娘の為を思うならばこの場で手放すべきだぞ』――とな」 前を向いたままのライダーがそう言うのを合図にして、僕のすぐ近くからこれまで感じたことのない魔力を感じた。 違う。肌を突き刺すみたいな魔力には覚えがある。人じゃ絶対に出せない濃密なそれと似たような魔力を僕は何度も感じてる。 聖杯戦争にマスターとしてライダーと戦った時。そして今も・・・。地上で戦うサーヴァント達から感じるそれとよく似てる。特に乱戦の中を縦横無尽に走る黒い英霊達のそれと感じる魔力は似通ってた。 僕は山ほどいる黒い英霊達―――、暗殺者たちに目を向けながら、アインツベルンの森で聖杯問答をした後に囲まれた時のことを思い出す。 判った・・・。 ライダーの言葉はそういう意味だったんだ・・・。 戦いに危険は付き物。子供を連れて行けば、守りきれなくなる時がある。 そして―――もし敵対したなら、ライダーかあるいは僕が手にかけなきゃいけなくなる。だから今の内に離れておけ―――。ライダーの『この場で手放すべき』って言葉は、そんな二重の意味を持ってたんだ。 あの時は全く気付かなかったけど今なら判る・・・。 「気づいてたんだな・・・、ライダー」 サンがアサシンだったって。 そう言う前にライダーから返事があった。 「当たり前ではないか。余に限らずその小娘を見たマスターなりサーヴァントならほとんどが気付いておったわい」 ライダーはそう言うけど、僕はサンから魔力を感じるまでサーヴァントと結びつける考えすら浮かばなかった。普通の人間とサーヴァントの区別すら出来てなかった。 サンからはサーヴァント特有の圧迫感を全く感じなかったから判らなかった。ただの人間の女の子にしか見えなかった。そんな風に考えてすらいなかったから、僕がまだ正規のマスターだった時、他のサーヴァントのステータスを読み取る透視力を使おうなんて思いもしなかった。 魔術師としての自分の未熟さ。人としての見る目のなさ。落ち込む材料が山ほど浮かんでくるけど、そんな事よりサンが僕を殺そうとしている事の方が重い。 戦場のど真ん中にいるのに、僕の頭の中はサンの事ばっかりで埋め尽くされてく。 自分の声だったけど、ライダーへの問いかけに力がなかったのが嫌でも判る。今の僕は死人みたいだ。 「おっと!」 ライダーが神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を操って右に急旋回すると、さっきまで戦車(チャリオット)があった位置に黄色い光線が突き抜けた。 地上にいる黄色の竜が撃ち出したみたいで、一瞬でも遅れてたら直撃して死んでたかもしれない。 急に御者台の位置が動いて体勢が崩れる。だけどサンは僕から離れずにずっとしがみついたままだ。 離れたくないから離れないんじゃなかった。離れたら殺せないからずっとそばにいた。 裏切られた―――。そんな風に感じてるのかもしれないけど、僕自身、何を想ってるのか考えてるのかどうしたいのかよく判らないんだ。 間違いだったって思えれば楽なんだけど、僕がほんの少しだけ抱いた期待を裏切って、サンは今も短剣で攻撃しようとし続けてる。それに、これまでなかったアサシン全員がつけてる白い髑髏の仮面がサンの頭の上にいきなり現れた。 髑髏の仮面が現れるとより一層サーヴァントの魔力を感じる。 仮面をつけてるんじゃなくて、頭の上に乗せてるだけなんだけど、ただの人間じゃなくてサーヴァントだって証拠ばっかりどんどん増えていく。 認めるしかない。サンはアサシンなんだ。 心のどこかでそうじゃなければいいって思ってたけど、現実は変わらないんだ。 暗殺者の英霊、僕たちの敵だ。 「・・・・・・・・・サン」 「ぅ――」 仮に名づけた名前を呼ぶと、声にならない吐息がサンの口から溢れた。返事じゃない、何も言わないのはもう変わってるから。 黒い短剣を持った手を掴まれたまま、サンの顔が動いて僕を見上げてくる。 そこで僕は見た。短剣を僕に突き刺そうとしてるんだけど、ものすごく嫌そうにしてるサンの顔を―――。 もしかして抗ってる? この行動はサンの本意じゃない? そうじゃないかもしれないけど、僕はそう思いたかった。そう思えば、この不可解な状況を生み出してるのが何であるか説明できるから―――。 令呪。僕が失ったサーヴァントに対する絶対命令権。 サンは令呪の力で僕を殺すように命令されてる。僕はそう思いたい。 でも、そうなると、サンの左手はどこにそんな力があるのかと疑う程に強力な力で僕にしがみ付いてきてるけど、黒塗りの短剣を持つ右手からはその力を感じない。僕が捕まえてその場に固定できてるのがその証拠だ。 僕にしがみ付いてる力と同じだけの力を発揮すれば、僕が片手で抑え込むのは多分無理。小さい女の子に見えても、英霊の力にただの人間でしかない僕は対抗できない筈。 何かがおかしい。 このおかしさを作り出してるのはサンの反抗心か、命令したマスターに何かあったのか、それとも命令を受けるサン自身がサーヴァントとしておかしくてちゃんと命令を遂行できないのか。 僕がライダーのマスターじゃなくなったから、マスターだって認識できてないのか。 これもすぐに答えは出せない疑問だったから、とりあえず後回しにする。大事なのはこの場をどうするか、だ。早く解決して、ライダーに魔力を渡さなきゃいけない。 考える。 休まず考える。 止まらず考える。 頭の中はサンの事でいっぱいだけど、とにかく考える。 サンを握る肉体の動きと切り離して頭でずっとずっと考える。 そこで僕はある一つの結論にたどり着いた。自暴自棄の果てにたどり着いたって言われても納得できる、とんでもなく荒っぽい方法だったけど、僕にはこれが妙案に思えた。 だから、やる―――。 「ライダー」 「ようやくその小娘のどうするか決めたか」 「そうじゃない・・・。いや、そうなのかな? とにかく、あのリルムって子が乗ってる竜の所まで行け、その間に説明するからさ」 「ふむ・・・」 ライダーは僕の方を見ないでずっと前を見続けたけど、それでも考え込むような呟きは僕の聞き違いじゃない。 僕の言葉をどう受け取ったのかは判らない。ライダーの顔が見ればもっとそれが判ったかもしれないけど、今もライダーは前を向いたままで僕の方は見てないから顔が見えなかった。 返事はない。代わりにライダーは手綱を動かして、位置を動かし始める。 戦いの最中、空を駆ける神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)はこの戦場で一番高い位置にいて回復役を全部引き受けてるケフカ・パラッツォに狙いを定めてた。 竜に跨ったリルム・アローニィって子も空に飛びあがって僕らと同じ敵を倒そうとしてた。 だけどケフカ・パラッツォの周囲には翼竜っぽい風を操る竜がいて近づけない。仕方なくこっちの戦車(チャリオット)と向こうの竜が逆方向からケフカ・パラッツォに向けて同時攻撃を仕掛けようとしたんだけど、そうしたら今度は地上にいる竜の何匹から召喚主への接近を感じて、遠距離攻撃を放ってくる。 さっきの黄色い光線みたいに・・・。 戦場では敵の大ボスの守りを突破できないでいる状況がずっと続いてた。 だから敵に邪魔されずに向こう側にいる竜に乗ったリルムの所にまで行くにはケフカを円の中心に見据えて弧を描く必要がある。 ライダーがその軌跡を辿ってると判ると、僕は急いでライダーにひらめいた案を説明し始めた。 「いいか、よく聞け、ライダー。今からサンに――僕を殺させる」 「何?」 「僕の知ってるサンは自分からこんな事をする子じゃない。もし令呪の強制力でやらされてるんだったら、令呪の縛りを解く為に『それ』をやらせて完了させるしかない。だから僕を殺させる、そしてまた生き返らせてもらうんだ」 今も実感はないけど、僕は一度セイバーの剣に貫かれて死んで、蘇生させてもらった事があるらしい。 ずっと気絶してたから全くその状況を知らないんだけど、カイエン達の仲間は魔石『フェニックス』を使わなくても、独力で死んだものを蘇生させる力が―――大魔術を超えて魔法の領域にまで踏み込んでる奇跡を使えるんだ。 それを利用する。 「敵の狙いはマスターであるお主、そう読んだか? 間違ってるとは思わぬが、『今まで何故それをしなかった?』と疑問は残るぞ。加えて言うなら一度は生き返らせてもらったが、もう一度やってくれるかどうか判らん。賭けどころか無謀に等しいわい」 「それでもやらなきゃいけない。これは僕の観察から導き出した賭けなんだ、勝負に出るのはここまで状況を引き延ばした僕がやらなきゃいけない事なんだ。ちゃんと責任は取らないと・・・・・・」 話してる間にも戦車(チャリオット)は動いて位置を動かし続けてる。 さっきまで前にいた敵の位置が横に動いて、一定の距離を保ったまま空に弧を描いてく。 接近に気付いて『どうしてこっちに向かってるの?』って顔をしてるリルムの姿が黒い竜の上に見えた。僕と同じ位か年下の女の子を僕の事情に巻き込む罪悪感。それから僕の案に乗ってくれるかどうか判らない不安。 誤魔化すみたいに僕はライダーにもっと言葉を投げつける。 「それからライダー。お前、本当はボクが負担する分の魔力まで自前の貯蔵魔力だけで賄ってきたんだろ? 実体化するのも辛い筈。絶対にそうだ、そうに決まってる」 「なんだ・・・、気付いておったのか。気付いたなら気付いたときにそうと言え。後になって見透かされたと判るのは・・・、なんだ、うん、いささか面映ゆいぞ」 「バカ! そんな事、言ってる場合じゃないだろ。一体全体、どういう了見だ?」 「まぁ、正味のところ、サーヴァントとしての余は生粋の魂喰らい(ソウルイーター)であるからしてな。全開の魔力消費なんぞすれば命すら危うくしかねんぞ?」 「それだよ。それも僕の作戦の内なんだ」 「どういう意味だ?」 「僕の魔力を思いっきり吸えばそれだけライダーは力を出せる。逆に僕の力が減るんだけど、命を脅かすぐらい消耗するんなら、サンだって『殺しやすい』だろ? 上手く生き返られるんならライダーの問題もサンの問題も一気に解決出来るかもしれないじゃないか」 自分を落ち着かせるために出来るだけ強い口調で言ってみるけど、内心、本当にうまくいくのか自身が無くて不安が一杯だった。 ライダーに僕の全魔力を渡せたとしても、状況が好転するとは限らない。 サンに上手く殺されたとしても、令呪の強制力が消えるとは限らない。 死者蘇生なんて奇跡をもう一度やってくれるとも限らない。 さっきライダーが言った通り、これは無謀な賭けだ。 でも僕は僕に出来る事をやらなきゃいけない。どんな形でも、精一杯戦うのは戦場に居る者の義務なんだ。 ここにいる事を選んだのは僕。だったら命を賭けて僕に出来る戦いをする。しなきゃいけない。 「いいか、僕の魔力を思いっきり吸って全開で突っ走れ。この戦場に居る全ての敵を征服してやれ。その間に僕はサンに殺されておくから・・・、戻ってきた僕に勝利を見せてみろ!」 ライダーの背中に向けて強く言い終えると、もうすぐケフカを中心にして半回転し終わる頃が迫ってるって気が付いた。 移動するこっちの様子を伺う竜の視線を感じる。 段々と距離が詰まってきて、困惑してるリルムの顔の細かい所まで見えた。 もうすぐ話せる位にまで接近する。そんな状況再確認をし終えるのと、ライダーの声が聞こえてきたのは一緒だった。 「よかろう」 短いけれど、不安を大声で誤魔化そうとする僕の言葉とは全く違う、力強い返答だった。 「策が実ればその時はちと眠っておれ、その間に決着をつけておいてやる」 令呪はもう無いからもうライダーに命令する何て出来ないから、ただ言葉を交わす以外に確かめ合う方法はない。 だけど征服王イスカンダルは間違いなく王の約定を口にした。それだけで何もかもが満たされる気分になる。 一歩間違えれば死の危険満載の戦場に合って、サンの事もあって心も体もズタズタに切り裂かれた。それでも暖かい気持ちが溢れて残った部分を癒してく。 心に満ちる暖かさを感じていると、遂に神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)が黒い竜の隣にまで近づいた。ライダーの声に背中を押された僕はためらいなくお願いを口にする。 僕が出来る事を僕の手でやるために。 「忙しいところ悪いんだけど――。今から、ちょっと僕はこの子に殺されなきゃいけないんだ。もう一度、僕を蘇生させてくれない?」 言いながら、何て都合のいい言葉だろうと思った。理由も、経緯も、仮定も、結果も、何一つ説明してなくて、ただ僕が求める行為だけを要求してるんだから。 だけど敵を前にして懇切丁寧に説明してる時間はないし、向こうが聖杯戦争の事もサンの事もどれだけ熟知してるか判らないから、そこを確かめてる余裕もない。 ライダーが移動してる最中も敵はずっと攻撃する機会を窺ってたみたいだから、接近しなくても今この瞬間に向こうから攻撃されたって不思議はないんだ。そう自分に言い聞かせて言葉短く言い終えると、すぐに返事が合った。 「――いいよ」 「・・・・・・・・・え?」 「だからいいよ。よく判んないけど、また生き返らせればいいんだよね。任せて」 僕が求める受諾があまりにも簡単に出てきたから、聞いた僕の方が『本当にいいの!?』って聞き返しそうになった。 僕は思わず声を出しそうになったんだけど、声を止めたのは今も短剣を僕に突き刺そうとしてるサンを見たからだ。引き受けてくれたんだったら、いつまでもこの状況を先延ばしにしちゃいけない。 賭けにすらなってない願望を形にするために―――僕は出来る事をする。 「じゃあ、よろしく! それじゃあ、やれ。ライダー!!」 「おお――。貴様は少し休んでおれ」 ライダーの返事を合図にして、聖杯戦争始まって以来なかった強烈な魔力供給が開始された。 魔石に魔力を吸われていくのと少し似ていたけど、規模はあの時の比じゃない。 サーヴァントは誰もが等しく魂喰らい(ソウルイーター)。今ほど、ライダーが言った言葉を実感した瞬間は無いと思う。魔術回路を通して、体の中から魔力が持って行かれるのがものすごくよく判る。 体力とか精神力とか気力とか僕を作り出す多くの『力』が根こそぎ持ってかれた。 力が抜ける―――。 魔力が消える―――。 魂が喰われる―――。 当然、『力』の中にある腕力も失われて、サンの腕を掴んでいた手の力があっさりと消えた。拘束を抜けたサンの手が、握りしめた黒い短剣が、僕の心臓目がけて向かってくるのが見えた。 横向きに構えられたアサシンの剣。白い髑髏の仮面の下にあるサンの顔が驚きと嘆きに染まってる。 上手く殺されて、上手く生き返った時、この顔が笑顔になってくれたらいいな。そう思った後、肋骨の隙間をすり抜けて、短剣が僕の心臓に突き刺さった。 サンの力というより、鋭すぎる英霊の短剣が僕の肉をあっさり貫く。 痛い―――。 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。 ただ『痛い』としか思えなくなって意識が急速に薄れてく。 あまりにも痛いから気絶しようとしてる。そう思える余裕も無い。それでも・・・。 ライダー。征服王イスカンダル。僕の朋友(とも)―――。勝利を、世界を掴めよ―――。 その言葉を最後に想って・・・。僕は死んだ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ゴゴ この子供は頭がおかしいんじゃないだろうか。ゴゴは自分から言い出した事でありながら、士郎を見つつ本気でそう考えた。 三闘神の力をこの世界の生き物に宿し、魔大戦がはじまる以前の状況を小規模ながら再現する。その過程で生まれるであろう人の決断を見たかった。 混迷。 苦悩。 決断。 やるか、やらないか。どんな決断であれ、必ず答えはそのどちらかにたどり着く。 雁夜もそうだった。桜ちゃんもそうだった。自発的な意味で決断したのは桜ちゃんの方で、雁夜の方は状況に流されて仕方なくといった風だったが、その決断は少なからずゴゴを満足させた。 ただし彼らは一年間ゴゴと接してきた上に、裏の事情に通じる魔術師寄りの人間だ。 だから、ものまね士ゴゴがこの世界に現れてからほとんど接してこなかった一般人がどんな結論にたどり着くのかを確かめたかった。その試金石として士郎が選ばれたのだが・・・。 「さて、こうして相対したのも何かの縁。時間が許すのならば色々と話したいだが、今はそんな悠長なことをやってられる状況じゃないんでな。手短に話そう。前と口調が違うなんて問題は横に置け、今は話を聞いてもらう」 「俺は今、この冬木を救うために動いてるんだが、力を貸してくれる人間を探してるところだ。しかし、全く見ず知らずの他人に協力を仰いでも受け入れてもらえる訳がない。こんな恰好をしてると理解され辛いんだが、その辺りの分別はある。何? 分別とって何だって? 常識とでも思っておけ」 「言っておくが、士郎。別にお前である必要は無い。他の誰でも良かったんだが、たまたま協力者が必要な状況で、たまたまお前が俺の近くにいた。ただそれだけの話で、お前が運命に導かれた特別の存在って訳じゃない。偶然そうなってだけで、繰り返すが、別にお前である必要は全くないんだ。それでもこうして巡り会って縁で、俺はお前に話を持ちかけてる」 「何をするのか聞きたそうだな。簡単に言えば『正義の味方』になって『悪』を退治してもらいたい。そう――、お前が口にして思いっきり俺が否定した『あれ』だ。正直、こんな言葉は使いたくないし、こっちの都合で考えれば利己的な選択だから、間違っても『正義の味方』なんて行いじゃないんだが、やろうとしてる事は『悪』を滅ぼすから、冬木にとっては紛れも無く正義だ。そうなると『正義の味方』と言うのも、大きくは間違ってない。細かくすれば間違ってるがな」 「ただの人間に自分だけの力でどうにかしてもらおうとは思ってない。俺が『悪』に勝てる力を貸してやる、この力を授かれば絶対に勝てる、それは保障しよう。お前、ゲームはやるか? ゲームで魔王を倒すために必要な最強の武器が手に入ると思えばそれでいい。俺は直接動けない状況だから、代わりに動いてくれる奴がいないと困るんだよ」 「さあ・・・どうする?」 そうやって今の状況を簡略して説明したら、返ってきた答えもこちらの説明に合わせて手短だった。 「やるっ!!」 言葉こそ桜ちゃんが決意した時のものに似ているが、屈託のない言葉は元気な男の子ならではだ。その一言を聞いた瞬間、ゴゴは思ってしまったのだ、『頭がおかしいんじゃないだろうか』と。 この世界には『喉元過ぎれば熱さを忘れる』という言葉がある。 苦しい経験も、過ぎ去ってしまえばそれを忘れてしまう。助けてもらった経験も、同じく過ぎ去ってしまえばそれを忘れてしまう。時間が経験を消し去ってしまう状況を言葉にしたものだが、今の士郎はそれに当てはまっているような気がしてならなかった。 聖杯戦争に関わる者にとっては実際よりも長い時間を体感しているだろうが、士郎が頭の中だけでお仕置きされてから一日も経っていない。 子供だからこそ危機意識が薄いのは仕方がないが、これでは危機感が無いと言われても納得できてしまう。 再会した時に怯えた素振りはどこに行ってしまったのだろうか。 正気を疑う。だが、面白い、とも思った。 少なくとも士郎はキャスターによって一度は殺されかけ、ゴゴによって頭の中でもう一度殺されかけている。 それでも尚。士郎は、裏の世界への扉がそこにあると知った瞬間にもう一度通り抜けようと決断したのだ。その先に危険が待ち構えていると知らぬ筈はないのだが、嬉々として飛び込もうとしている。 普通の子供なら魔法でいきなり固められた両親の心配をするだろう。心配できなかったとしても、話を聞こうなんて余裕はないだろうし、一目散に逃げ出しても不思議はない。胡散臭い話を怪しむぐらいは当たり前だ。 けれど士郎はそうしなかった。 桜ちゃんと変わらぬ幼さでありながら、精神構造がまるで違う。男の子と女の子の違いはあるだろうが、同じ『人間』でも、やはり心の在り方は一人一人が全く別なのだと改めて思い知る。 リルム・アーロニィのように、士郎は『普通の子供』で括れる範囲からすでに飛び出してしまっている。桜ちゃんのように生まれた時から裏の世界の魔術に浸っている家ではないにも関わらず、だ。 アインツベルンの森で助けてくれた雁夜の姿を見て、自分もそうなりたいと願ったのか? 人ならば多かれ少なかれ誰でも持っている未知への探求心がそうさせるのか? 過去を振り返らずに前に進み続ける人間なのか? それとも経験を糧としない単なる馬鹿か? ゴゴはもう一度思った。面白い。と。 「じゃあ行くぞ」 「うん!」 まるで不審者が子供を誘拐する時の口振りだ。そう心の片隅で思いながら、ゴゴは次元の狭間への入り口を作り出す。 「デジョン」 初めて見る別次元に士郎の興奮は更に高まって、止める間すらなく先に飛び込んでしまう。この空間の中には空気がないと説明する間も無くて、士郎は入ると同時に呼吸が出来ないのに気が付いて苦しげな顔になった。 この調子で私生活でも危険があると知りながら進んで近づいているとしたら、やはり単なる馬鹿なのかもしれない。固められて子供においていかれてしまった両親を不憫と思う。 それはやってるのはゴゴなのだが。 「ストップ」 士郎の両親にもかけた対象者の体感時間を止める魔法をかけて、若干の余裕を作り出す。 振り返ればそこには道路の真ん中で固まっている士郎の両親が見える。もうすぐ二人にかけた『ストップ』の効果が切れるので、その前にこの場から消えなければならない。 居なくなった息子に二人は恐慌状態に陥るだろう。だが、そう決断したのは二人の息子だ。両親を置き去りにして自分のやりたい事を優先させた子供なのだ。 知覚認識は出来ないだろうが―――、成長しようとしている子供の門出を見送れ。その言葉を送りながら、ゴゴは宝具『妄想幻像(ザバーニーヤ)』の効果を解除する。 後は雁夜たちと一緒にいるゴゴが三人を呼吸の必要のない存在へと作り替える。もうここにいるゴゴの役目は終わった。 人の心がそこにある。 その心の在り方を物真似したい。 その願いを胸に抱きながら、ゴゴは消えていった。 意識を切り替えて雁夜と桜ちゃんがいた場所にいるゴゴに戻ってくれば、そこにはもう誰もいなかった。 雁夜と桜ちゃんと次元の穴に吸い込まれた後だ、二人はここではない別の場所へと行ってしまった。当然、雁夜の武器である魔剣ラグナロクが入ったアジャスタケースも一緒に移動したので、残るのは二人がいたであろう気配のみ。 「むぐ~・・・」 「むぐむぐ」 「むぐっ」 そして八匹のミシディアうさぎだ。 『1』のアン。『2』のジーノ。『3』のトレス。『4』のテトラ。『5』のファフ。『6』のセクス。『7』のナナ。 そして、唯一ゴゴが呼び出したミシディアうさぎではなく、今では桜ちゃんの使い魔となった『0』のゼロ。合わせて八匹だ。 それぞれが被る先のとがった茶色い麦わら帽子には自分たちを象徴する番号が刻まれ、お揃いの青いマント身に着けている。 雁夜は自分の事と桜ちゃんの事で頭が一杯だったから気付いてなかったようだが、周囲の目を誰よりも引き付けているのは雁夜と桜ちゃんではなくミシディアうさぎの方だ。 ゴゴは確かに夜に似つかわしくない目立つ格好をして目を引くが、姿形は人間の域から出ていない。 雁夜が持っていた抜身の魔剣ラグナロクはアジャスタケースにしまう前に見られた可能性はある。けれど刃渡り一メートル近い剣がそもそも実在する状況を今の冬木で現実と受け止められる人間がどれほどいるだろうか。 ナイフや銃が近代武装として浸透する昨今、日本ではほとんど見かけないそれを本物の刃物とは思われず、おそらく竹光やおもちゃの類に見られただろう。 幼い桜ちゃんが夜に出歩いているのは物珍しい光景だが、大人が一緒にいるのでさほど目を引く事態ではない。 だがミシディアうさぎは違う。 話の邪魔にならないように少し離れた位置にいながらも、覆うように輪を作って囲んでいた彼らミシディアうさぎ達。 あまり聞かない話だが、フクロウをペットにして肩に乗せたまま夜の路上を一緒に散歩する飼い主も存在する。寒いからとペットに服を着せる飼い主も存在するし、それがただ一匹だったならあまり注目はされなかっただろう。 けれどそれが八匹。しかも明らかに統制されて列を成しているのなれば、見るなという方が無理だ。視界の隅に映ってしまえば、『あれは何だ?』と疑問がわき出てそこを見てしまう。 これで遠坂を監視する為に残してきた『8』のユインと『9』のノインも集まればさらに周囲の目を引き付けるだろう。 「むぐ・・・・・・」 残されたミシディアうさぎの中で最も落ち込んでるのはゼロだ。 今となってはゴゴとの繋がりが断ち切れてしまったので、ゼロが何を考えているのかはゴゴにも判らない。表面上に見える動きや表情で感情の揺れを推測するしかない。 彼女の孤独を慰めるようにこれまでずっと桜ちゃんのそばに居続けたが、さすがに聖杯と宝具を相手に神の力で戦う戦場には連れて行けない。 ミシディアうさぎには味方を回復して治療する特殊能力があるが、三闘神の力と比較すればあまりにも脆弱。一緒に居れば危険なのはミシディアうさぎの方だ。 だから置いていかれた。 ゴゴはゼロを見て、体を回して他の七匹のミシディアうさぎも見終えた後。全てのミシディアうさぎに聞かせるように話す。 「お前たちは衛宮切嗣に付けたミシディアうさぎと合流しろ」 落ち込むゼロを含めてそう言うと。一瞬だけゼロを除いた七匹のミシディアうさぎが『え? なんでそんな危ない所に行かなきゃいけないの?』と言わんばかりの目でゴゴを見上げるが、すぐに目を伏せて動き出す。 あっという間に白い塊は路地裏や街灯の届かない闇の中へ消えていった。 ゴゴはそれを見送りながら、一瞬だけ『悪い事をしたかな?』とミシディアうさぎがそうであったように目を細めるが、すぐにその思いは消えた。 他の誰でもなく、ミシディアうさぎ自身が自分たちには『観る』以外に出来る事は無いと思い知っている。ミシディアうさぎに出来る事はミシディアうさぎがする。そしてゴゴはゴゴが出来る事をする。 単なる適材適所だ。 「『鬼神』、『魔神』、『女神』。お前たちにとって俺はいい親じゃなかった、世界を救う物真似の為にお前たちを殺した俺をきっと恨んでると思う。今はお前たちの力を奴らに継承させようとしてる、もし生きていたら俺を殺すかな? 殺されてやるつもりは全くないが、また千年ぐらいは眠ってやる程度の悔い? 罪悪感? 後ろめたさ? はある」 誰にも聞かれることのない独り言を呟きながら、ゴゴは道路に面して建つ二つの雑居ビルの間に向かう。 「デジョン――」 そして独り言と同じ調子で魔法を唱え、雑居ビルに挟まれた狭い空間の中に別の道を作り出した。 ゴゴは何の気負いも無くその中に入る。 一瞬後には入ってきた入口は消え、ゴゴは冬木市から全く別の場所に―――宇宙空間を思わせる別次元へと移動し終えていた。 よく見ればゴゴの立つ場所から数メートル離れた位置には三人分の人影がふわふわと浮かんでいる。それぞれが雁夜、桜ちゃん、士郎の姿をしていた。 その姿を確認した後。ゴゴは右の手のひらを上に向けてそこから魔石を出現させる。体の内側から異物が現れる光景は手品の様であり奇跡の様でもある。 魔石の名は『ジハード』。数ある魔石の中で最も三闘神の力を色濃く受け継いだ魔石で、この世界に転移してから一度たりとも使わなかったそれがゴゴの中から緑色の鉱石の形をとって現れた。 「本当のお前たちとは出来なかった『生活』を一年で学んだ間桐邸での『生活』で補完する。出来なかったモノを似たモノで補完する、これも物真似なんだろう。久しぶり、初めまして――。また会った、初対面だ――。こうしてまたお前たちの欠片と出会えたのに、いい言葉が見つからない」 浮遊しつつも石像のように硬直する三人の人影。ゴゴは出した魔石『ジハード』を右手の上に乗せたまま、三点に浮かぶ人間が作る三角形の中央へと移動した。 そして一瞬だけゴゴの手の中で魔石が意思を持つかのように震え―――。中央に光るオレンジ色の六芒星から三つの光を外に押し出した。宇宙空間を思わせるこの空間の中だからこそ、白く輝くそれは星の輝きによく似ていた。 人影は三つ、光も三つ。魔石から放出された光は三方へと散って、それぞれの中に入り込んでいく。 「それでも俺はこう言う。俺は、ゴゴ。ずっとものまねをして生きてきた。さあ、物真似をしてみるとしよう」 光は心臓がある胸から雁夜の中に、桜ちゃんの中に、士郎の中に、それぞれ入り込んでいった。 そのまま、ドクンッ! と鼓動にしか聞こえない大きな音が一回だけ三人を起点にして鳴る。 紛れも無くそれは切っ掛けであり合図でもあった。吸い込まれた光はそれぞれの体の中で膨らんでいき、それぞれが持つ人の形を変質させていく。 それは魔石『ジハード』で呼び出される三闘神の化身とは違う。 嫉妬ゆえにゴゴを傷つけて千年も眠らせ、石像となってケフカに力を奪われた三闘神の姿とも違う。 この世界に存在する魔術とゴゴの力の源の魔法が融合した新たな姿。物真似の成果が三人の人間を別の存在へと作り替えていくのだ。 アジャスタケースを持っていた元々の腕以外で新たに二対四本の腕がパーカーを突き破って現れた雁夜の変化も劇的だが。桜ちゃんと士郎、この二人の変化はもっと大きかった。 身長120センチほどしか無かった子供の大きさが大人の雁夜の大きさにドンドンと迫っている。成長しているのだ。 もちろん変化はそれだけに留まらない。大きさの合わなくなった二人の服は破け、心臓付近に入り込んだ光が士郎の赤毛より炎に近い真紅の光を生み出して士郎の全身を覆い始め、同じく心臓付近の光から薄く細い蒼色の衣が現れて徐々に大人の色香を漂わせ始める桜ちゃんの体に巻き付いた。 腕の数を六本にまで増やした雁夜の筋肉は更に発達し、身長こそ及ばないがライダーの逞しさを髣髴させるようになっていく。耳の付け根からは角が生え、鋭い爪を生やして肥大化した足は履いていた靴を内側から軽々と突き破る。 士郎を覆う紅い光は元々あった赤毛を呑み込んで、大人の体格になった肩から先からは色が失われて肌色から白色へと変化していった。その色に合わせた白く雄々しい羽が背中から生える。 碧眼と桜ちゃんがいつも付けているリボンは変わっていないが、肩までしかなかった桜ちゃんの黒髪は体の成長に合わせて腰まで一気に伸びる。後光のように輝く金色の円盤が現れ、そこには魔法陣の様に文様が刻まれていった。 鬼神であり『鬼神』ではない。士郎でもない。 魔神であり『魔神』ではない。雁夜でもない。 女神であり『女神』ではない。桜ちゃんでもない。 神の力を宿した全く新しい存在が生まれようとしている。 ゴゴはそんな三人の変身を見守りながら言った。 「おはよう――」 ティナ・ブランフォードは空を舞いながら地に立つセイバーに向けて言葉をぶつけていた。 どれだけ言い方を変えようとも、それが罵詈雑言の類であるのは言っている当人が一番よく判っている。 それでも止まらない。 戦いを『茶番』と言い切った口でセイバーに向けて侮辱かつ挑発を言い放つ。 「その人は夜間の外出を自粛するように言われている今の冬木でちょっとした肝試しをしようとしたわ。ただそれだけの理由で廃工場に行って、そこで無残に壊された死体を見つけてしまった――。卒倒して、死体の気持ち悪さに吐いて、それでも何とか警察に連絡してそこで起こった何かを伝えた」 「でもその人は聖杯戦争の事も、死体があるなんて事もまるで知らなかった。でも冬木の警察は謎の連続殺人犯を捕まえる為の手掛かりを求めて、その人を問い詰めなきゃいけなかった。何も知らないのに・・・、誰かが仲間を弔わず、後始末もせず、ただ自分たちの都合だけを優先させて他の人に何もかもを押し付けた。あなた達のせいでその人は今も警察から疑われているわ」 「ある人は大きな会社を作る製造業の社長だった。画期的新商品、社運を賭けるに値するそれを慎重に分解して、丁寧に梱包して、誰にも盗まれないように厳重に保管して、発表の場に持ち込むために準備を整えていたの」 「そのコンテナは輸送を待つ海浜倉庫街に運ばれて――大きな刃物で斬られたみたいに誰かに壊された。製造のノウハウはあるからもう一度作り直すのは無理じゃない。損害保険があるから金銭的な損害も少ないわ。でも、同じ物を作るには時間と手間がかかって、すぐには作れない。失ったモノが沢山あり過ぎて、その人はとても辛い思いをしてる・・・」 上空から語り聞かせるティナの言葉をセイバーが黙って聞く真意はどこにあるのだろう? 空を跳ぶ敵に攻撃する手段がないので様子を伺っているのか。それとも不当な言い分に対して怒りを覚え、言葉すら失うほど大激怒しているのか。 思い当たる節があり過ぎる内容に愕然としているのか。それともティナの言葉なんて最初から聞いてなくて、敵を斬る方法を模索し続けているのか。 黒く染まった聖剣を構えて睨みつけてくるセイバーからは怒りこそ伝わっても、その心の内までは見通せない。 けれどこちらに敵意を持って攻撃してくれなければ困るのだ。 例え今は攻撃が届かない大地と空に別れていたとしても、ティナが地上に降り立った時に何の躊躇いも無く斬りかかってくれなければティナが―――ゴゴが望む状況へは移せない。 ティナはまだ不足していると思いながら、セイバーに向けて更に言葉をぶつける。 「その人は郊外にある道路をマウンテンバイクで一気に駆け降りるのを趣味にしていた・・・。落ちてる小石に道路のひび割れ、滑りやすい路面に行き来する自動車、そんな障害物に注意しながら風を切るのをとても楽しみにしていたの。でも、真っ二つに断ち割れたアスファルトなんて思いつきもしなかった」 「誰かが道路を斬ったから大きな溝が刻まれて、その人が運転するマウンテンバイクの前輪がその溝に落ちて横転した。投げ飛ばされたその人は道路の外に飛ばされて全身を強く打ってしまったの・・・。命は助かったわ。だけど脊髄を痛めて下半身不随になるってお医者様は言った。大好きな自転車に乗れなくなった、もう、死にたい―――。そう言ったそうよ」 「何も言わないの? これは聖杯戦争の戦禍を被った―――。いいえ、あなたが不幸にした人達の話よ。これはほんの一部だから、探せばもっといる筈。あなた達が聖杯戦争なんてこの町に持ち込まなかったら、最初から誰もこんな不幸には見舞われなかった。貴女のせいで皆が不幸になった」 「貴女は今を生きる人にとっては過去に滅んだ英霊の一人でしかないわ。現代を聖杯の知識だけで知った気になってる操り人形なの。貴女自身の願いが尊く正しいと思ってるのなら、どうして今を生きるこの世界の人たちにそれを伝えないの? そんなに世界を救いたいのなら貴女が貴女自身の手で救えばいいじゃない。誰もあなたに世界なんて救ってほしくない。聖杯に願って過去をやり直したいなんて後ろ向きな人に誰もそんなこと望んで無いの、いい迷惑だわ」 ティナ・ブランフォードの物真似をしながら、当人ならば言わないであろう言葉を次々と作り出す物真似への冒涜。 それが必要な行いだと理解しながらも。言葉を重ねれば重ねるほどに心は痛みを上げて軋んでいく。 もうこんな事は止めたい、そう心が叫んでいた。けれど止められない。 何故なら、今、ティナが話しかけているのがセイバーで無くなってしまったのならば、ものまね士としてその真実を突き止めなければならないからだ。 セイバーには物真似する価値あるモノはもうない。けれど、あの黒く染まったセイバーがセイバーではないのなら、物真似する価値あるモノを見せる可能性はまだ残っている。 攻撃してもらわなければ困る。悲観的でいては困る。敵に向けた全身全霊の攻撃でなければ意味はない。それ位ではなければ、元より物真似する価値がないと断じたセイバーをもう一度物真似しようなんて思えない。 その変貌に見合う新しい技を見せてくれ。ものまね士ゴゴが興味を引くモノを出してくれ。ティナの心の中でゴゴが叫ぶ。 その祈りが通じたのか、地上にいたセイバーは剣の切っ先を地面すれすれまで降ろした。下段に構えられたそれが何を意味するのか? ティナが僅かにそう考えた時、セイバーは剣を力強く振り上げた。 当然ながら当たる物がない剣は空を切るのだが―――空振りした筈の剣から黒い何かが飛んでくる。 攻撃だ! そう認識すると同時にティナは急いで移動して、迫りくる黒い塊を避けた。 移動が一瞬遅れていれば左右に両断されたであろう攻撃が一瞬前にいた場所を通り抜ける。どうやら黒く染まった魔力と、剣を隠す時に使っていた風王結界(インビジブル・エア)を混ぜ合わせて風の斬撃にしたらしい。 見たことのない攻撃にゴゴの心は躍る。 剣の英霊が初めて見せた遠距離攻撃。これまでのセイバーが見せなかった新たな力。 そうでなくては困る。そうでなければ挑発した意味がない。 するとセイバーは振り上げた剣を思いっきり振りおろし、二度目、三度目の風の刃をティナに向けて撃ち出してきた。 当たればひとたまりもない。見ただけでそうと判る黒く鋭い風が巨大な三日月となって迫りくる。 「シェル」 咄嗟に魔法防御力を上げる魔法を唱えながら、再び位置を動かして回避行動をとる。 地面を強く蹴って跳ぶのと同じ要領で空を舞う。人の体では絶対に出来なかった幻獣の力が空を大地と同じ『立つ』場所へと作り替えて。二度目、三度目の風の刃も何とか避けられた。 当たる可能性を考慮しての魔法だったけれど、これならば必要なかったかもしれない。セイバーがまた剣を振るって四度目の黒き刃を撃ち出した時にそう思うと―――ティナの目が降りぬくと思われたセイバーの剣が途中で止めるのを捉えた。 これまでは振りぬいてセイバーの身長よりも大きな風の刃が迫ってきたが、中途半端に止められたせいで威力は半減している。当然、小さくなった分だけ当たる範囲も狭くなったので避けるのはこれまでの三度よりも容易いのだが、ティナに向けて真っ直ぐと突き出された切っ先がこれまでと大きく異なる状況を作り出していた。 何かある。そう考えるよりも早く、セイバーの声が空に轟いた。 「風王鉄槌(ストライク・エア)!!」 声と一緒に先に打ち出された黒い風を呑み込む台風が生まれた。それはあまりにも大きく、あまりにも早い。 四度撃ち出した風の刃も十分早かったが、どうやらあれはこの一撃の意図的に手を抜いていたらしい。四度繰り返された風の刃の威力、速度、剣を振って初めて現れる攻撃までの間、それらに慣れた所でいきなり特大の一撃を繰り出したのだ。 隙間のない風は空へと放たれた壁にも似ていて、僅かに位置を移動した所で避けられるものではない。 『シェル』によって攻撃魔術の効果は半減している。そう思いながら、ティナは咄嗟に両手を前で組んで頭や心臓などの急所を守る。けれど、『シェル』の効果すら突破する黒き暴風はティナの体を切り裂く、そして毛深くて桃色になったティナの手はズタズタに裂いた。 ティナが避けられないように攻撃を広範囲に膨らませたので攻撃はすぐに消え去り通り過ぎたが、黒い風は容赦なくティナの全身を斬っていった。 顔と胸の前で交差させた両腕の傷が最も深く、肉が裂けて骨が見えそうだ。 腹部や下半身は腕に比べれば軽傷だが。避けた個所から噴き出す血が決して浅くない怪我を教えている。 トランス状態になり留めていた髪は広がり、その髪も一部がごっそり切り落とされていた。 全身の至る所から感じる激痛。口から出てきそうな悲鳴を押し殺さなければ冬木の夜に獣の鳴き声を響かせてしまいそうだ。 これまで使っていた風王結界(インビジブル・エア)にこんな使い方があった。ものまね士としての意識が喜びを覚えるが、同時に目の前にいる敵を倒せとも訴えかけてくる。 もっとだ―――、もっとだ―――、もっとだ―――。 「じゃあ・・・」 私も口じゃなくて力で攻撃するわ、と続けるよりも前に、ティナは呟きの先を消した。 もっと別のモノを見せてもらう為にも、物真似するためにも、そろそろこちらから攻撃を仕掛ける時。 大技を放った後では次の攻撃を行うための溜めが必要なのか、ティナの怪我の具合から次はどう攻撃するべきか迷っているのか、セイバーは新たな遠距離攻撃を放とうとはしてこない。 あるいは二者の間に出来た距離を満ち溢れる魔力を用いた『跳躍』で埋めようとでも言うのか? 真意は判らないが確かに僅かな隙が出来上がっている。 ティナはその僅かな時間を使い、回復魔法で自分の傷を癒すよりも前に右手を横に大きく広げた。その動きに合わせて腕に出来た傷から血がより多く噴き出すが、体を軋ませる痛みは意思の力で封殺する。 堪えろ。 そしてゴゴが魔石を取り出すように―――右手に意識を集中させた。 注意して見ていれば、アーチャーの宝具『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』の黄金の輝きによく似た光が右手の中にあるのが判るだろう。 そこから刃が現れ、ティナの右手の中からせり上がるかのように剣が姿を見せる。 ティナ専用の剣『アポカリプス』。神が選ばれし預言者に与えたとされる秘密の暴露の名『黙示』と同じ言葉とは繋げにくい澄んだ青色の刀身の剣だ。 ティナはそれを獣のようになってしまった右手で握りしめ、上段に構えながら両手でしっかりと掴み直した。 天を貫かんばかりにまっすぐに空を突く姿。そしてトランス状態のティナから溢れる魔力が桃色に輝く光となって青い刀身に収束していく様子は他でもないセイバーがよく知る構図だ。 「馬鹿な――」 即座にティナの構えが何を意味するか悟ったセイバーは地上からそう呟く。幾度も投げつけられた言葉には全く反応しなかったが、さすがにティナがやろうとしている事への動揺は抑えきれなかったらしい。 ティナが持つ剣はセイバーが構えている宝具とは違う。全く異なる剣『アポカリプス』でセイバーの剣が作り出す現象と同じ事を発現させようとしているだけだ。 これこそが物真似の成果。ライダーの戦車(チャリオット)に乗り、真正面から技を見る危険を冒して、その果てに作り出した物真似だ。 目の前で起こっている信じがたい出来事に対してセイバーが抱いた動揺はほんの一瞬。 自分こそが本物である、そう言わんばかりにセイバーもまた上段に剣を構え、魔力を光へと変換させて刀身に集めていく。ただし、未遠川の辺でライダーと戦った時と決定的に異なるのは、剣に集まっていくのが黒い光である事。 光り輝いていながら黒色という矛盾。 夜の闇すらも喰い尽くさんばかりの勢いで黒い輝きがセイバーの持つ剣に集まっていく。合わせてティナが持つ『アポカリプス』にも淡く輝く桃色の光と周囲から現れる白色の光が集まってくる。 ティナが先に構えた分だけ収束は早く、セイバーの動揺も合わせて先に攻撃できる。けれどもティナはあえて待った。 物真似に値するモノを見せてくれるだろうと心待ちにしながら、セイバーの技が準備を終えるのを待った。 きっとこれから見れるのは前見たモノとは違う。 違って貰わなければ張り合いがない。 そう願った次の瞬間、セイバーの剣が振り下ろされる。その動きに合わせ、ティナも全く同じ動きで『アポカリプス』を振り下ろした。 「「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」」 空に向けて放たれる黒い光。大地に向けて降り注ぐ桃色の光。 極大の輝きが衝突する。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - 幻獣『ギルガメッシュ』 竜に攻撃すれば傷つけた分だけ即座に回復しやがる。どうやら回復も蘇生も許さない一撃で殺し切らなきゃならねえ。 今、使える武器の中で『エクスカリバー』じゃ力不足。『正宗』だけでも力不足。と言うか、一人じゃ無理だ。 仕方ねえ、こっちも応援を呼ぶとするか。 「エンキドウ!!!」 相棒の名前を呼ぶと、空に切れ目が出来上がる。起こった異変を察知した紅い竜が息を吸い込んだ。その隙に紅い竜のそばにいた人間共が攻撃を仕掛けるが、吸い込みを止めやがらねえ。 この野郎。新しい登場人物が出てくる時は黙って見送るお約束を知らねえのか? 「アクアブレス」 こっちが技を唱え終えて極大の泡を数十発撃ち出すと吸い込んだ息と一緒にどでかい炎を吐き出しやがった。しかも俺様が出した泡に対抗してるのか、首を動かして広範囲に炎をまき散らしてやがる。 ぬおおおおおお、パンパンといい音立てて泡が割れまくるじゃねえか。やばい、このままだと全部割られちまう。 仕方ねえから俺は切れ目の前に出て右手に『エクスカリバー』を左手に『正宗』を構える。 「きやがれ!!」 俺の『アクアブレス』で撃ち出した泡を全部割ってそのまま突っ込んでくる巨大な炎。両手に構えたそれぞれの名剣を十字に古い、剣で炎を断つ! 音も無く切れる炎。 斬った―――と思ったら残った炎が直進してきて思いっきり浴びちまった。 「あちちちちちちちちちちちち」 畜生、人一人背負ってるからどうしても動きが鈍くなっちまう。真正面から炎が受けとめるしかなかったもんだから、あちこちが焦げちまった。 だが時間は作ったぜ。 さあ、現れな。相棒。 ちらりと横を見れば、空に出来ていた裂け目からずるりと這い出てきた頼れる相棒の姿が合った。 生い茂る草を髣髴させる緑一色の体。大自然の化身と呼ぶに相応しいぜ。 大空を自由自在に飛ぶ白い羽根。空の覇者と呼んでもいいぜ。 たった今見た炎よりも紅く燃え上がる髪。天を貫く二本の角と合わせれば一層逞しいぜ。 何一つまとわず裸体を曝け出しながら、鍛え抜かれた体躯はその在り方を芸術の域にまで達してるぜ。 来たな、エンキドウ。ここがどこだろうと、相手が誰だろうと、俺が誰に呼び出されようと、やっぱり俺達の絆はいつでも繋がってるな。 「手当を頼む」 「おうっ!」 俺の相棒、エンキドウは短く答えながら黄金の腕輪をつけた左手を俺の方に伸ばす。 そしてエンキドウだからこそ出来る回復魔法を唱えてくれた。 「ホワイトウィンド」 背中の方にまで白い光が広がってた気がするが、まあ気のせいだろう。 ホワイトウィンドの光が収まると背負ってた男がピクリと動いた気もするが、これも気のせいだ。戦場で動き続けてれば背負った怪我人も反動で跳ねたりするだろう。 白い光に全身を撫でられ一気に体力が回復する。さっき焦げた部分もあっという間に完治した。やっぱりお前の技は最高だな、エンキドウ。 「ついでに手を貸してくれ」 「強敵か?」 「おうよ」 交わした言葉はたったそれだけだったが俺たちにとってはそれだけでも十分すぎる。 紅い竜の周りにいる人間共が応戦してくれたおかげで俺達は回復できた。 俺は両手に『エクスカリバー』『正宗』を構えたまま全身に力を漲らせ、四連続攻撃の『剣の舞』をも上回る二回攻撃を作り出す為の準備を整える。 両手で一撃ずつ、この二回で奴の首を落とす。 隣に並んで俺と同じくあの紅い竜を見てるエンキドウは両手を胸の前で交差させて、俺と同じように体に力を漲らせ始めた。 ただしエンキドウは武器を使わない。こいつは背中に生えた羽根で局所的暴風繰り出すのさ、その為に僅かばかりの溜めが必要になる。エンキドウの白い羽根が嵐を待つように震えだした。 回復と一緒にその隙を作り出してくれた人間共には感謝しよう。 よし、そこを退け、後は俺達に任せな。 それから、おい竜―――いや、トカゲ野郎。今度は頼れる相棒も揃って俺達は最強だぜ。ぶっ殺してやる。 「行くぞっ!!」 力が十分すぎるほど体の中を駆け巡ってるのを確認した後、エンキドウに向けて合図を飛ばす。 「かまいたち」 エンキドウの口から技の名前で出て、最後の『ち』を言い終わる辺りで背中の羽根が力強く暴れた。 目に見える強力な風がエンキドウの前に現れ、無数の竜巻になってトカゲ野郎に殺到する。一瞬すら無く、風は敵にたどり着いて前も後ろも右も左も上空にも移動して取り囲んだ。 そうだ、この風だ。 敵に纏わりついて全身を余すことなく切り刻む風の剣でありながら、俺様と敵を繋ぐ通路にもなるエンキドウの風だ。 いつもながら見事だぜ。エンキドウよぉ。 俺は吹き荒れる嵐の中に飛び込んで、地面と風の両方を蹴りながら一気にトカゲ野郎に到達する。風に呷られて周囲の人間共が何人か吹き飛んでるが無視。 全身を切り刻まれる痛みに苦悶の声を上げる敵に向けて肉薄し、溜めこんだ力を一気に開放する。 斬られて落ちろ―――。 「最終幻想」 竜の生態なんぞよく知らんから、そこにあるのが胸なのか首なのか喉なのかは判らねえ。だが、そこには逆鱗がある。 多分ある。 きっとある。 この辺りがあごの下だと勝手に決めて『エクスカリバー』で一撃、全く同じ個所をほぼ同時に『正宗』でまた一撃。あまりにも早すぎるから響く音が一度にしか聞こえない二回攻撃を叩き込む。 決まった・・・。 エンキドウの生んだ風を踏み台にしての超高速移動。きっとトカゲ野郎には斬る音と風の音が一緒になって聞こえたに違いねえ。 だが俺様は残心を忘れずに振り返って敵を見る。まあ、落ちた首がそこいらに転がってるだろう・・・。 と思ったら首の骨が見えて結構グロイんだが、両断には至ってない現実がそこに合った。 馬鹿な!? 剣から返ってきた感触は間違いなく肉どころか骨まで断ち切った手応えだったぞ? まさか――首が斬れて死ぬまでのほんの数瞬の間に回復したってのか? 絶命する瞬間に地獄からこっちの世界に舞い戻ってきたのか? 信じられん。 これでも駄目か? 駄目なのか? くそう、この手応えに更に一歩加えて殺し切るしかねえのか。こうなったら他の人間共と足並みをそろえて『殺し切る威力』にまで引き上げるしかねえな。 いや。こうなったら紅いトカゲ野郎の首が完全に引っ付く前に両断して息の根を止めてやろうじゃねえか。次よりも今だ、今。 行くぞエンキドウ。もう一度『最終幻想』を―――。 「あぁぁぁあああぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!」 踏み込んで斬りかかろうとしたらいきなり後ろから大声が聞こえてきた、 冷静とか落着きとかをどっかに追いやって、ただ『激怒』を凝縮して背負ってた奴が吠えやがった。聞くだけで怒り心頭なのが判る。判るんだが耳元で騒ぐな。やかましいぞ、オイッ! と思ったら後ろに跳躍して、離れやがった。俺が背負い始めた時は動く気配すら見せなかったくせに元気なもんだ。 前にはまだ瀕死状態であと一歩追い込めば殺せそうな『敵』。後ろには命を救って最後まで何とかしようと思った『味方?』。俺はどっちの問題から先に片づければいいんだ。 「殺す――」 とか迷ってたら見ただけで殺されそうな強烈かつ危険な目をこっちに向けやがった。表には出さねえが、ちょっとビビったのは誰にも絶対に秘密だ。 顔は憤怒一色。これが『般若』ってやつだな、―――いやいやいや、こいつは男だから般若は違うか。 とにかく顔には怒りしかねぇ。 その怒りに応じて空に円状に輝く黄金の光が現れやがる。一、二、三、四、五、六・・・多すぎて判らんわ!! 百か? それとも二百か? 空を埋め尽くす黄金の光が眩しいぜ。 そこで俺は気が付いた。 何があったか知らねえが、これまで合った最後の一線が消えてやがる。『これ以上傷付かず、治療に集中してれば治るか?』と思ってた回復が全く無い。黄金の光が数を増やせば増やすたびに続々と消耗してやがる。 目に見えて生命力が削げ落ちていく。 もしかして回復に費やす為の魔力が送られてねえのか? 使った魔力とか体力はただ減るだけなのか? 全身重い傷だらけで立ってるだけでも辛いはず。無茶をすれば確実に虫の息だ、一気に死ねる。このままだと消えるぞお前。 「止めとけ、そのままだと死ぬぞ」 「黙れ!! 雑種ごときが王の采配に口を挟むな」 手前! 人がせっかく助けてやった命を無駄にして、しかも心配してやったのにその口ぶりは何だ? 助けられたらお礼を言いましょうって先人に習わなかったのか、おい! 四体のバリアを従えた、どっかの禿げみたいな感じに言いやがって。 やっぱり紅いトカゲよりこっちの問題を片づける方が先か? いや、しかし、一度は助けるって決めた訳だから敵対するのは本末転倒な感じがする。 く、くそっ! 俺様はどうすればいいんだ? 何が正解だ? 「天の鎖よ」 また迷ってたら黄金の光の中からいきなり鎖が伸びてきて俺の手足を捕まえた。 ぬお!? 『エクスカリバー』が『正宗』が、全く振るえねえ。手も足も出ないぜ。見れば、エンキドウの近くに現れてた黄金の光からも同じように鎖が出てあっちも全身を絡め捕られていやがった。 おおぅ、エンキドウの羽根がもげそうだ。やばい、これはやばい。 さすがに遠くにいる竜や空にいる俺を召喚したクソ野郎にまで鎖は届いてないが、近くにいる俺とエンキドウ以外にも竜を三匹捕まえてやがった。俺様が首を落とすはずだった紅いトカゲもしっかり捕まえてやがる。 こら、どうして近くにいる人間共には誰にも全く纏わりついてないんだ! 不公平だろうが! ついでに言いたいが、その紅いトカゲは俺の獲物だ。取るんじゃねえ! 「手前、何しやがる。これが助けてやった恩人に対する礼儀か!!」 「我(オレ)と同じ名を騙るだけで許しがたい所行。その上、我(オレ)の友すら愚弄だと? 万死に値するぞ!!」 俺が召喚された時の事でも覚えてたのか、そいつは俺とエンキドウの両方を睨みながらまた吠えた。 手前こそ俺様の名前を騙るんじゃねえ。許せねえのはこっちのセリフだ! ギルガメッシュを名乗れるのはただ俺様のみ。他の奴が勝手に使うな! 空元気でも調子が戻ってきたのは悪くは無い。それで俺達に被害が及ぶならこいつはただの疫病神だ。空に浮かぶ黄金の輝きは更に増えて太陽が沢山あるみたいになってやがる。あれはどう見てもやばい、俺達の『最終幻想』よりやばい。 晴天の砂漠。所により凶悪な雨が降るでしょう―――。 冗談じゃねえ、この鎖を破壊してとっとと逃げるぞエンキドウ。そっちはそっちで頑張って壊せ、一緒に逃げるぞ。 おりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!! 渾身の力を込めたら鎖にひびが入って・・・完全に砕ける前に空から剣とか槍とか矢とか武器の類が降り注いできた。 やっぱりあの野郎は見殺しにした方が世のため人のためだったかもしれん。迫りくる武器を見ながら、ちょっぴり助けたのを後悔した俺様だった。