第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ウェイバー・ベルベット 何でこんな事になったんだろう―――。僕は聖杯戦争が始まってからもう何度思ったか判らない事を考えてる。 そう、最初はマッケンジー夫妻に一時の別れを告げて、ライダーの神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)で未遠川に向けて進んでたんだ。 途中、聞いているだけで何だか嫌な気分になる声が聞こえてきて、空を駆けていた僕らは冬木市を模倣する固有結界の中にいきなり閉じ込められた。 人が消えた。 車の往来がなくなった。 街にあった筈の生活の気配が零になった。 キャスターが作り出す異常な魔力の気配だけはそのままで、濃密な気配がここが戦場なんだって教えてた。 人払いの結界なんて比べ物にならない、強大かつ強固な固有結界。 ライダーの王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)がどれだけ広い範囲に展開される固有結界なのか調べた事は無いし、冬木市そっくりなこの固有結界もどこまで広がってるか判らない。魔術の素人に暗示を破られる半人前以下の僕に判るのは、どっちの固有結界も僕なんかには理解できない大魔術だって事だけ。 だから僕は『今』知るのを諦めた。 知るのは後でも出来るけど、結界の中に取り込まれたならもう戦いは始まってる。一瞬後には攻撃されてもおかしくないから、知るのを諦めて戦いだけに集中するようにする。 そして僕らはカイエンの導きで彼の仲間の所に案内された。 正直、カイエンの仲間が一体何人いるのかものすごく興味がある。 倉庫街の戦いに乱入してきたマッシュ。 聖杯問答の中にサンを連れてきたマッシュの兄のエドガー。 間桐を監視してたネズミの使い魔からの情報を統合すれば、まだまだいるのは間違いない。 ライダーが今世の魔術師を無視してセイバーとランサーを勧誘してたから、同じ歓待を受けてたあいつらは一人一人が英霊に匹敵する位の力の持ち主なんだって判る。それがどんどんと増えていく。 いったい何人いるんだよっ!? 僕じゃなくても魔術師だったら絶対にそう思う筈。 でも、結界に閉じ込められた状況で呑気に話が出来るほど僕の心は強くない。ライダーはカイエンと普通に話して神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を動かしてるけど、辺りを警戒してるのが何となく判る。 僕にはできない戦士としての気構えだ。 だから僕はカイエンの仲間が何人いるかもとりあえず考えないようにして、敵対するか味方になるのか中立なのか見極める為に観察と思考を絶えず続けた。 ライダーはマスターの僕を差し置いてどんどんと話を進めていくけど僕はそれを止めようとは思わない。 征服王―――英霊イスカンダル―――、東方遠征の偉業をわずか十年足らずで成し遂げた大英雄。 対人関係で『説得』とか『交渉』の類は僕よりもライダーの方が上手だ。英霊同士の戦いにいきなり割り込んで、物は試しでいきなり真名をばらしたりする。そんな、やってる事は無茶苦茶だけど、それを実現させるだけの強さをライダーは持ってて、正体を知られて尚、征服王イスカンダルとして君臨し続けてる。 僕はもうそれを素直に受け入れて、自分の弱さとか小ささとかも一緒に認めた。 好きにすればいい。 オマエのやり方でやればいい。 もちろん認めた所で終わるつもりは全くないし、いつかはライダーだって追い抜いてやろうと思ってる。だって今の僕はライダーのマスターなんだから、サーヴァントに負けっぱなしなんて悔しいじゃないか。 でも今はその時じゃない。どうやったって今の僕じゃライダーの上に立つなんて不可能で、何か言ってライダーと意見が食い違えば僕の頭蓋骨を粉砕しそうなデコピンが飛んでくるのも嫌だしね。 まずキャスターをどうにかする所から始める。その為によほどひどい選択じゃなければ、口を出す時じゃない。そうやって行動指針を決めていると、ライダーが共闘の形をあっという間に作り出して、どれだけ戦えるか確かめる為に変な格好の女の人が名乗り出た。 何というか話し方が子供っぽい。 僕とほとんど同じ目線でいきなり手を伸ばしてくる辺り、敵のつもりはないけど危機感が欠如してるんじゃないかと思う。 色々な感情がごちゃまぜになって、本当に大丈夫? って思ったけど、キャスターが召喚した怪物を見て疑問は一気に吹き飛んだ。まずはあれをどうにかするのが先決、他の事は後にする。 そうやって意識を切り替えて、対岸にいたセイバーの所に移動した。 そこで僕は見た―――。小さな街なら、全部焼き尽くすんじゃないかと思える炎を、太陽が地上に降りてきたんじゃないかって思った輝きを。 たった一節の魔術なのに、放たれた魔術は僕なんかじゃ絶対に使えない威力を含んでた。ビル位ある海魔の全身が炎で焼かれる。 貯水槽に侵入した時にも思ったけど、多分、今回の聖杯戦争に招かれたキャスターは本人が魔術師として知れ渡ってる英霊じゃない。むしろ僕の目の前で大火災に匹敵する莫大な炎を生み出したこの女の人こそがキャスターに相応しいと思う。 圧倒的だった。一人で軍隊を―――ライダーの王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)を相手に魔術戦が出来る気がする。 「・・・・・・・・・」 呆然とする僕を置き去りにして、事態はどんどんと進んでいった。 キャスターを完全にカイエンの仲間に任せたライダーは標的をセイバーに定めた。まず巨大海魔からどうにかするべきだと思うんだけど、あの炎を魅せられた後だと任せてもいいかなって思う。 それにセイバーの方も最初はキャスターの相手を人任せにするのを渋っていたけど、ライダーの物言いが不愉快だったのか、もう戦う意識が海魔でもキャスターでもなくてこっちに向いてる。 こっちと向こう岸から攻撃が続いて川の中央にいる巨大な海魔はそこに釘付けにされてる。正直、すぐ近くで圧倒的大火力の魔術戦が行われてて落ち着かないんだけど、周囲に意識を振りまいて目の前にいる敵の分析も出来るほど僕は強くない。 ライダーがキャスターの相手をカイエンの仲間に任せたなら、僕らはセイバーを相手にするだけ。キャスターを打倒するまでは一時休戦って話だったけど、もう事態はそんな状況を通り越して跡形もなく消えてる。 セイバーだって、キャスターの前にランサーを倒したみたいだし・・・。 僕はセイバーのマスターと思ってたアインツベルンの女性を引き連れて距離を取る二人を見ていた。 何か話してるみたいだけど開かれた距離はもう数十メートルまで広がってるので、僕の聴力じゃ何を話してるか判らない。それに川の方で大規模な魔術戦が行われてるからうるさ過ぎて人の声が聴ける状態じゃない。 サーヴァントの人間離れした五感なら聞こえるかもしれないからライダーは聞こえているのかもしれないけど聞ける雰囲気じゃなかった。 セイバーがこっちを見て、アインツベルンの女性が申し訳なさそうに道路の方に歩いていくから『これより戦いになります、離れてください』『セイバー・・・』とか話してたのかな? 川の中からはキャスターが召喚した巨大海魔がいて、魔術戦を行ってる。 水辺にはリルムって名前のカイエンの仲間がいて、巨大海魔に向けて強力な魔術を放ってる。 僕らは草が生えてる岸にいて、セイバーと向かい合った。 アインツベルンの女性は道路にもなってる堤防の上へと避難して、戦場から一歩引いた位置まで移動した。 未遠川を中心にして二つの戦場が作り出されてく。時間が経つごとに緊張の度合いがどんどんと高まって、心臓の鼓動が音になって耳から聞こえてきそう。敵と対峙する状況に腰が抜けそうになるのを必死で我慢してると、僕と同じように御者台の上に乗ってるカイエンが言った。 「イスカンダル殿、ここは拙者に任せて頂きたい。セイバーは拙者が倒すでござる」 そう言いながらカイエンは左手を腰にやって、鞘に収まった刀の鍔の部分を押し上げて金属の光沢を一部分だけ晒した。 神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)で空を駆けてた時は手荷物みたいに布で巻いて持ち歩いてたんだけど、いつの間にか布を取り払って腰に差してる。僕が気づかないだけでライダーもカイエンもしっかり戦闘準備を整えてたみたい。 カイエンは近くにいると息が詰まりそうな濃密な気配を漲らせてセイバーを睨んでる。そうしたらライダーが御者台の上の重苦しい雰囲気を吹き飛ばす軽さで言った。 「そりゃあ無理な相談だ」 「な、何ゆえ!?」 「お主が一対一を望んでもセイバーの奴めは我々と戦う気を漲らせておる。見てみろ、あの目は我ら全員を標的にしておる。気は進まんだろうがここで決着をつけるのが吉だぞ」 「・・・・・・」 押し黙ったカイエンを横目で見ながら、僕はライダーの言葉の真偽を確かめる為にセイバーの方を見た。 数十メートルの距離はやっぱり遠くてセイバーの表情なんてほとんど見えない。だけど、何となくセイバーの方から熱い空気が流れるような―――突き刺さるような視線っていうのかな? 見られてる感覚はある。 ライダーの言うとおり、御者台にいる全員を標的にしてるのか? でもここにはサンがいる。 いや、戦場に女の子を連れてきた僕が全面的に悪いのは判ってるんだけど、僕が思い描いてる『アーサー・ペンドラゴン』だったら『弱きを守り慈しむ』って考えて、サンを御者台に乗せたまま戦うのを嫌がると思うんだ。 だけどセイバーからはそんな言葉は一度だって聞かない。やっぱり史実に書かれてるのと本当の姿は違って、騎士王も幻想だったのかもしれない。 ライダーだって僕が本屋で手に入れた伝記に書かれた内容と本当の姿に食い違いがあったし、セイバーが騎士として正しい姿を見せつけたとしても、綻びがあっても不思議はない。 ただ僕が幻想を抱いてただけなんだ。今はありのままの事実をただ受け止めよう。 神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)に乗った僕らとセイバーとの戦い。その構図でカイエンが渋々納得すると、ライダーが僕に話しかけてきた。 「おい坊主」 「・・・何だよ」 やっぱりライダーが僕をマスターと呼ぶ機会が限られてるのを思い知って、声に不機嫌さが出る。 「これより余は、聖杯を狙う必勝を差し置いて、かなり大きな博打に出る。令呪で止めようと思うなら、今のうちだぞ?」 あまりにも唐突に放たれたその言葉はライダーの傲岸さを考えればあまりにも『ありえない』言葉だった。だから僕はその言葉がライダーの口から出てきた言葉だって理解するまでに少し時間を必要とした。 ライダーは令呪を持ち出してまで止めさせようとする無茶無謀をやろうとしてる。そう思い立った時、僕はライダーが何をやろうとしているかをおぼろげながら理解する。 ライダーは対峙したセイバーに向かって真っすぐに駆け抜けるつもりなんだ。ライダーのサーヴァント、騎乗兵としてただ真っすぐに―――。 バーサーカーすら瀕死に追いやったライダーの走破が負けるとは思えないけど、セイバーが距離を取ったことで到達までの距離がほんの少し延びてる。 だから僕はまず聞く。 「・・・勝算はあるのか?」 「わからん」 「――って、おい!!」 てっきり確率の話が出てくると思ったのに、返ってきたのは『わからない』。これじゃあ、勝率一割って言われた方がまだマシだ。 それなら令呪を使って止めさせられるんだから。 「仕方なかろう。何せ余はまだセイバーの宝具がどんな物なのかを見ておらんのだ。かの騎士王の宝具ならば間違いなくアレだろうが、どれほどの速さと威力を秘めた宝具かはさすがの余も見なければわからん。だがまあランサーとの戦いで片腕が使えない状態で宝具を使わなかったのを考えるに、おそらく剣を両手で振り抜く必要はあるのだろうな。ようするに余の疾走とセイバーの剣の振り抜き、今から行われるのはどちらが早いか、これに尽きる。あやつもそれが判っているから距離を取ったのであろう、余にとっては無いに等しい距離だが大博打になるのは仕方ないわい」 もしセイバーが宝具の真名解放と共に剣を振るのが発動条件だとしたら、それをやられる前にライダーがセイバーに到達すればこちらの勝ち。逆に到達する前に宝具が発動すれば向こうの勝ちとなる。多分―――。 僕もライダーと同じでセイバーの宝具の真の姿は見てないけど、海外でも知名度が高いセイバーの宝具が対人宝具に収まるとは思えない、対軍あるいは対城宝具の威力を秘めてても不思議はない。 そうなるとセイバーが剣を振りぬく前に渾身の走破を叩き込まないと勝てない。ライダーの疾走の速さは他の誰よりも知ってるけど、倉庫街でセイバーの剣の速さも見てるから、確実に勝てるとは思えなかった。 これは苦肉の策でしかない、ライダーらしからぬ愚挙だ。 「なんで、そんな無茶を――」 「無茶だからこそ、だ」 「はぁっ?」 「この状況で負けた方はそれこそ何の言い訳も面目も立たぬ、紛れもない『完敗』だ。あのこまっしゃくれた娘も、今度こそ己が不明に痛み入り、改めて余の麾下に加わる気になるかもしれん」 セイバーと睨み合ってるライダーは僕の方を見てない、それでも斜め後ろから見える僅かな表情からは本心しか伝わってこなかった。 結局のところ、征服王イスカンダルは聖杯を巡る殺し合いなんかよりも『征服』の方が重要なんだ。 召喚してから今までの基本方針は何一つ変わってない。それは紛れもなく自分の中にある芯を貫く強さだ。 「・・・お前、そうまでしてあのセイバーが欲しいのかよ?」 「うん、欲しいな」 間髪入れずにライダーが言う。 「理想の王がどうとかいう戯言をほざかせるよりは、余の軍勢に加えてこそ本当の輝きを放つというもの。理想に押しつぶされる前に余がしっかりと征服してやらねばならん」 ライダーがそう言うと、気のせいでなければセイバーから感じる圧迫感というか突き刺さる視線というか、気配が増したような気がした。 サーヴァントの人間離れした聴覚はしっかりこっちの会話も聞いていて、自分の在り方を戯言だと言われて怒ったのかもしれない。 今、セイバーが怒りに任せて宝具を発動するんじゃないかって思った。 そしてライダーが生前もこうして権威も財宝にも目もくれずに相手の魂そのものを召し抱えてきたんだと納得もする。 滅ぼさず、貶めず、立ちはだかる敵を制覇する。それがライダーの掴む勝利の形であり、彼が征服王と呼ばれる所以なんだ。 その大きさは僕が考えるよりもずっと大きく、橋の上で聞いたライダーの言葉を脳裏に蘇らせるには十分だった。もうあれから色々な事が起こり過ぎて遠い昔の出来事みたいに思い出すけど、一語一句間違えずに思い出せる。 勝利してなお滅ぼさぬ。制覇してなお辱めぬ。それこそが真の征服である――。 「やれよ、ライダー。セイバーを征服してやれ」 気が付けば僕はそう言ってた。 自暴自棄になったんじゃなく、セイバーとの決着をつけるにしても今以上の好機があるとは思えない。キャスターを相手にしなくてもよくなったけど、まだ他にもサーヴァントは残ってて戦いはこの後も続く。 それにセイバーが最優のサーヴァントなのは紛れもない事実なんだ。今以上のコンディションで最優のセイバーと対峙できる条件が湧いてくると思えない計算もあった。 何だか後付けの理由で自分を納得させてるみたいだけど、僕はライダーに賭ける。他でもない『大博打に出る』とか言いながら、誰よりも必勝を信じて疑ってないライダーに賭けてやる。 僕の諦めに似てる命令を聞いて、ライダーは何も言わなかった。代わりに雄々しくも喜色満面な顔を一瞬だけ向けて、楽しそうに僕を見た。 「では参るぞ!」 視線を戻したライダーの言葉を合図にして、御者台で黙り込んでいたカイエンが前に跳ぶ。 この場はライダーに任せて降りるの? と思ったけど、その場合、カイエンは横に跳んで降りるだろうから、方向が違う。カイエンは二頭の雷牛を繋ぐ正面牽引部へと降り立って、両足を肩幅より広く開いて姿勢を低くした。 巨大な長砲身を思わせる牽引部分だ、カイエンが乗ってもびくともしない。まあ、これが倉庫街で戦った時にバーサーカーを吹っ飛ばしたんだから、頑丈なのは当たり前だけど。 カイエンは刀を持ったままの右手を引いて、その上から左手を添えるように置いた。刀を発射する溜めみたいな姿勢を作った時、僕はカイエンが前へ跳んだ理由を知る。 ライダーがやろうとしてる『征服』にカイエンは『戦闘』を合わせようとしてる。一人でセイバーを倒せない悔しさはあるんだろうけど、セイバーを倒す結果を重視したのかもしれない。御者台からはカイエンの後頭部しか見えないから何を思ってるのかは判らないけど、戦おうとしてるのは嫌でも判る。 引いた右手に宿る刀がキラリと光った気がした瞬間、ライダーが手綱を大きく唸らせた。 「彼方にこそ栄え在り(ト・フィロティモ)。いざ征(ゆ)かん、遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)!!」 今まで感じた事のない強烈な勢いで神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)が走り出す。 「風よ、集うでござる」 ライダーの大声に合わせて声が聞こえた。見ると、カイエンの構えた刀をに向かって風が渦巻いてる。 肉眼じゃ見えない筈の風が見える不思議、そもそも戦車(チャリオット)が走り出した時にただの人間でしかない僕が知覚できる状況じゃなくなってる筈なのに、周囲に起こる一つ一つの出来事が見える、聞こえる、感じられる。 瞬き程の一瞬をものすごく長く感じる。 ライダーが見てる景色を見ている様にさえ感じる。 僕の体に何かが起こってる。でも、僕自身の異常を感じてるよりも、周囲に起こってる出来事が暴力的に僕の五感を刺激した。 目を離せない、耳を塞げない、鼻を閉じれない、肌を撫でる風が鋭敏になって味さえ感じそう。 どういう原理でそれが起こってるのかは判らないけど、カイエンが構えてる刀にどんどん風が吸い込まれてるのが判る。暴れ狂う風が刀を中心にして渦巻いて僕らの周りに何かを形作ってた。 その間にも本当の力を発揮した神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)はセイバー目掛けて突き進んで、今まで以上の放電が僕らの周囲に振り撒かれてた。 風が舞う、雷が叫ぶ。二つが混ざり合って巨大な膜みたいに戦車(チャリオット)を包む。 「必殺剣――龍!」 正面牽引部の上に立っていたカイエンがそう言いながら刀を前に突き出した。斬るモノがない虚空をまっすぐに貫く。 何を斬るの? 僕がそう思った次の瞬間、風と雷が一つの形を作り出して戦車(チャリオット)と一体化したのが判った。 外から見ればもっとよく判るけど、内側から見ても何故だか判る。僕はその形に―――風と雷が融合して出来上がった巨大な龍を内側から見ていた。 神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)が龍の形をした大気をまとって駆けてゆく。そして僕らは大きく開かれた龍の口の部分からセイバーを見てる。 白銀の鎧に身を包み、黄金の剣を天高く掲げた騎士王がそこにいる。 二頭の雷牛は龍の牙。大きな車輪から横に飛び出るブレードは龍の爪。そして戦車(チャリオット)は龍の頭で、後ろに流れてく風が龍の体だ。 徐々に近づいているセイバーの両腕が渾身の力を込めて柄を握りしめてる。その上に掲げられた聖剣に太陽を小さく凝縮したみたいな光が幾つも幾つも幾つも幾つも集まってるのが見えた。 夕暮れの紅さを照らす太陽よりも大きく清らかな光、刀身の形をしたそれが邪なる者を祓い清める。 ライダーの切り札の一つ、遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)がセイバーに到達するかどうか考えられなかった。カイエンが作り出したであろう巨大な龍の形をした何かも思考の外に追いやられた。 僕は語る言葉を失ってただその輝きに魅せられた。あれこそが騎士王、栄光という名の祈りの結晶を振るう者、アーサー・ペンドラゴン。 衝突まで五メートルを切った時、光を抱く手が振り下ろされ―――セイバーが奇跡の真名を謳う。 「約束された勝利の剣(エクスカリバー)――!!」 話には聞いていたけど本当の姿を知らなかったその名。真名解放と共に、僕は世界を照らす光を見た。 何が起こってる? 視界に広がる眩い光の中で、僕はまずそう思った。 見える光があまりにも明るすぎて他の事が何も見えない。さっきまで合った筈の肌を撫でる風の轟きが感じられない。耳は聞こえてると思うけど何も聞こえない。 ただ光があった。 そう―――光は消えることなく、僕の意識も紛れもなく存在してる。 ライダーの攻撃が成功したなら僕らはセイバーを弾き飛ばして川辺の風景を見ている筈。 セイバーの攻撃が成功したなら、あの光が僕らを消し飛ばす筈。威力を正しく把握した訳じゃないけど、剣に宿ったあの光を見ただけでそう思い知らされる。 僕が僕として意識できることはおかしい。 生きてる? 死んでる? 何が起こってる? もう一度同じことを繰り返しながら、別のことも考えた。 もしかして、まだ戦いは続いてる? そう頭の中で疑問を抱くと、光が少しだけ晴れた。 「おおおおおおおおおおっ!!」 「AAAALaLaLaLaLaie(アァァァララララライッ)!!」 雄叫びが聞こえた。 もしかしたら、セイバーが宝具エクスカリバーを振るってから一秒も経っていないのかもしれない。 もしかしたら、十秒か一分か十分か、もっと長い時間が経過したのかもしれない。 光に包まれた永遠にも思えたあの時間がどれだけ経ったかなんて僕には判らなかったけど、ほんの少しだけ晴れた視界の中で僕は見た。 雄叫びを上げながら手綱を打ち鳴らし、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を前に行かせようとしているライダーがいる。 正面牽引部の上に立って両足を前後に伸し、真っすぐに刀を伸ばすカイエンもいる。 そして光に押し切られそうになりながら耐えてる風と雷で作られた龍―――。 目の前にある事実を受け止めて、僕は起こった状況を瞬時に理解した。 ライダーはセイバーの宝具が発動する前に轢くつもりだったんだけど、到達する前にセイバーの宝具が発動して振り下ろした剣から全てを切り裂く閃光が放たれた。 だけどそこで斬られて終わったりせず、ライダーとカイエンの力は混ざり合って、本来の宝具とは全く別の新たな力が拮抗を生み出したんだ。神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を包む、風で出来た巨大な龍が迫りくる光に抗ってる。 もしかしたらカイエンが持ってる刀は風を操る宝具なのかもしれないけど、そこは今考えるべきことじゃない。大事なのは視界を埋め尽くしてる光の量が徐々に増していってる事。 莫大な光が今にも僕らを滅ぼさんと強さを増していってる。目を凝らしてようやく判る状況を光が押しつぶして白一色に染めようとしてる。 拮抗じゃない。ほんのわずかだけど力負けしてる? 僕の見通しを裏付けるように、ピシッ! って音がした。カイエンの持ってる刀から亀裂が生じるみたいなものすごく嫌な音が聞こえた。 光が強すぎるし刀を中心に今も風が荒れ狂ってるからちゃんと見えないんだけど、しっかりと聞こえちゃった。 押し切られる―――。 カイエンが呼び込んだ風を上乗せしても、ライダーの蹂躙走法がセイバーの一撃に負ける。そう思った時、僕の中にあったのは周囲を覆う巨大な光とそれを放ったセイバーへの強烈な怒りだった。 セイバーが見せかけだけの騎士道を殊更に見せつけているのも理由の一つだけど、ライダーの敗北を見たくないのが最も大きな理由だ。 どこまでも征服し続ける王の姿を僕は見ていたい。負けるなんて許さない。許しちゃいけない。 騎士王なんかに征服王が負けちゃいけない。 「ウェイバー・ベルベットが令呪をもってライダーに命ずる!」 怒りに背中を押されて、僕の口が普段じゃ考えられない速さで動いた。 もしかしたら僕がそう言っている気になってるだけで、本当は言葉なんか口にしてなくて頭の中だけで叫んでるだけかもしれない。 でも本当がどうだって構わなかった。大事なのは僕の手の甲にある令呪が輝いて下される命令を今か今かと待ちわびてる事だけ。命令を口にしてるかどうかなんて問題じゃない。 行け、ライダー。征服王イスカンダル。令呪の導くままに―――。 「突っ走れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 二つの宝具がぶつかり合う戦場。目の前から迫る『死』を振り払い、乗り越え、突き破る為に僕は叫んだ。 二頭の雷牛の踏み込みが強くなり、光る雷撃が威力を増し、風で出来た龍の質量も増して、グンッと僕の体が後ろに吹き飛ばされそうになる。 慌てて右手で御者台の一部を握りしめて左手でサンを抱きかかえる。腕に渾身の力を込めないとライダーの突進で後ろに吹っ飛ばされそうになった。この時、僕はずっとサンを抱きかかえた姿勢だったんだと思い知った。 令呪で勢いが増した―――。起こった事態を理解しようとした瞬間、神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)が前に出て光が霧散する。 そしてパキンッ! と軽いけど聞き違えじゃない金属が砕ける音も聞いた。 それは光が砕ける音。 一瞬後、僕は払われた光の向こう側に剣を振り抜いた体勢で固まるセイバーを見つける。 そして・・・。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - セイバー 押し切られた。 約束された勝利の剣(エクスカリバー)が繰り出した渾身の一撃を真正面から受け止め、それを打ち破り私を吹き飛ばしたのだと理解したのは―――体がばらばらになったのではないかと錯覚するほど強烈な痛みを味わいながら空を舞っていた時だ。 衝突から一秒と経たずに私は何が起こったかを理解する。私の心がそれを否定しようとしても、起こった事実は覆せない。 ライダーの宝具に力負けしたのだ。 たとえ相手が二人いようとも、我が剣の輝きに敗北は無い。そう思ったからこそ私は相手の人数が多数であることを承知の上で戦いに挑んだ。 幼子がライダーのマスターの腰にしがみ付いていた事に気づいていたが、あれは子供の姿こそしていてもアサシンである事実に変わりは無い。 あるいは暗殺者のサーヴァントはそう見せかける事で私の剣を鈍らせるつもりだったのかもしれない。 常勝不敗。黄金の宝剣が放つ輝きは誰にも負けない。その過去が征服王によって崩された。 「かはぁ・・・」 口から飛び出た血が頭で理解する痛み以上に内蔵の損傷を強く教えている。 消滅しなかったのが奇跡に近い。おそらくほとんど相殺されてしまったが、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の一撃がライダーの遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)の威力を大幅に減退させたのだろう。 そうでなければ、倉庫街でフルプレートのバーサーカーを吹き飛ばした『単なる突進』ではなく、『宝具の真名解放』によって作り出された強烈な一撃は私の体を粉砕した筈。 ありえたかもしれない仮定が『もし』となり、直感が私の頭の中に答えを作り出す。 押し切られた。が、まだ私は戦える。 まだ私は負けていない。 地面に叩きつけられ、勢いのままにゴロゴロと回転させられていくが、握り締めた剣を地面へと叩きつけ、勢いを利用して体を強引に起こす。 腕を動かすごとに全身が悲鳴を上げ、口から血と一緒に苦悶の声が出そうになるが、意思の力で押し戻す。 戦う者が膝をついてはならない。 私は決して負けてはならない。 万能の願望機をもってして、ブリテンの滅びの運命を変えるその時まで―――。 「ほう・・・」 私の立っていた場所を駆け抜け、弧を描きながら反転する戦車(チャリオット)の音の中にライダーの声が混じる。血で滲んだ視界の中にあちこちを損傷した敵の姿が見えた。 牽引する雷牛は健在だが、私と同じように体の至る所が裂け足元に紅い池を造りかねない勢いで血を流している。 左右に突き出た分厚いブレードと小柄な生き物ならばそれのみで押し潰す巨大な二つの車輪。どちらにも目に見えるひびが入り、新たな衝撃を加えれば粉砕するであろう事が判る。 牽引部の上に立ち、こちらを睨みつけているカイエン・ガラモンドの刀も無事ではない。武器は根元まで折れ、振るう者もあちこちに傷が見える。 彼の後ろに立ち手綱を操るライダーとそのマスターが全くの無傷なのは、折れた武器と雷牛とカイエン・ガラモンドが約束された勝利の剣(エクスカリバー)の威力の大部分を請け負ったからだ。 あと一撃。もう一度、渾身の一撃を見舞えば必ず私が勝利する。 そう確信した―――。 「まだやる気なのは結構だが、その様子では余の疾走の方が確実に早いぞ? まさか、ここまで諦めの悪い小娘だったとはな」 「拙者の『風切りの刃』が・・・」 「あれだけ見事にやられておきながら敗北を認めんとはな――。やはり貴様を王とは認められぬわ」 視界の中に見える男の声が二人分聞こえた。 落胆にも見える表情を見せている気がするが、私は再び約束された勝利の剣(エクスカリバー)の一撃を作り出す為にひたすら意識を集中する。 敵が追撃を行わないのならばその隙を突かせてもらう。今にも崩れ落ちそうな両足と黄金の宝剣の三点で体を支え、深い呼吸と共に無駄な動きは一切しない。 言葉にはしなかったが、私が吹き飛ばされた時から離れた場所に移動してもらったアイリスフィールから治癒魔術を受け取っている。 ランサーに親指の腱を斬られた時とは違う。これはまだ『治せる痛み』だ。瀕死でもあるが、この肉体はまだ現界を保っている。あまりの重傷故に回復には時間がかかるが、その時間さえあれば治るのは間違いない。 戦いはまだ終わっていない。私の胸に宿る戦いへの意欲は全く衰えていない。勝利はまだそこにある。 顔を動かせばその分だけ回復に時間を取られてしまう、目をライダーに向けたままでいると、川の方で何かが光った。 約束された勝利の剣(エクスカリバー)の輝きと比較すれば取るに足らない光ではあるが、何かが光ったのは間違いない。 「どうやら向こうの決着もついたようだな、あの様子ではキャスターの奴はひとたまりもあるまい」 ライダーが私から視線を外して川を見ている。 何かがある。それが何なのかは回復に努めている私には判らない、それでも何かがある。 「まさかあれも幻想種!? しかもあんなに・・・、一体何なんだよこいつ等」 ライダーのマスターもまた同じ方向を見ているが、その目が驚愕に見開かれていた。 何がある? 疑惑が僅かに浮かび上がる。だが、私は―――負けていない。その一心がただひたすらに私を回復に努めさせた。 令呪を以て我が傀儡に命ず。 決意を新たに心を再燃させた時。聖杯戦争が始まって以来、一度として聞いた事のなかった声が聞こえた。 いや、私がそう思っているだけだ。聞こえてきた声は耳が捉えた肉声ではない。 そして誰とも共感知覚を行っていない私が魔力の経路を通してこの声を聴くはずがないのだ。 共感知覚は魔力の経路が繋がった契約者に対して五感を共有する魔術だが、私は誰ともその魔術使った事が無い。 だからありえない。 この声が聞こえる筈がない。 しかし錯覚と呼ぶにはあまりにもこの声は明瞭すぎた。 我がマスター、衛宮切嗣の声は。 ライダーのマスターを―――。 続く言葉が言い終えられる前、私の直感は猛烈な悪寒を感じ取った。 この先を聞いてはならない。聞いてしまえば、大切なモノが失われると予感があった。 私の騎士道の中には合ってはならないモノがその言葉の中に込められている。そう『理解』してしまう。 もしこの身が万全であれば、備え持つ特急の対魔力でもって令呪の縛りを食い止められたかもしれない。しかし、宝具の一撃を喰らい、限りなく瀕死に近い今の状態では、サーヴァントに課せられた絶対命令権に逆らう気力を絞り出せない。 アイリスフィールの回復は間に合わず、私の体はまだ令呪に抗う力を取り戻していないのだ。 やめろ―――。やめろ、やめろ、やめろ!! だが衛宮切嗣の声は私の意思を無視して命令を下した。 コロセ たった三文字の言葉。一息で伝えられてしまう単語が私の意思を消し去ってゆく。 地に倒れこむ私の体を支えていた黄金の宝剣。私の手は令呪の命令に従い、剣を引き抜いた。 崩れ落ちる私の体を支えていた二本の足が残り、それは大地を踏んで肉体を前に追いやる。 地を駆ける速度は万全の状態よりもむしろ早いと感じたが、私の意識は動く体に反して『別の自分』を見ているような奇妙な冷静さで状況を見ていた。 以前、真後ろに向けて風王結界(インビジブル・エア)を放ち、それに鎧を形作っていた魔力の放出も合わせて自らを超音速の砲弾へと変えた事があった。その時よりも速いかもしれない。 これがサーヴァントへの絶対命令権であり、不可能を可能へと変える『令呪』の力。自分の体が動いていながら、私の主観はありとあらゆる出来事を客観的に捉えていた。 川を向いていたライダーが私の方に振り向くのが見える。 ライダーのマスターはまだ私が近づいている事に気が付いていない。 カイエン・ガラモンドは折れた刀を握り締めて迎撃しようとしているが、予備動作は無くいきなり『結果』へと向かう私の動きに比べれば遅く、間に合わない。 少女の形をしたアサシンが私を見ていた。まるで本当の少女のように私を見ていた。 私は走る。 ライダーが剣で迎撃するのを避け、戦車(チャリオット)の後部へと回り込む。 そしてライダーのマスターの心臓めがけて剣を突き刺した。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ゴゴ 背後へと振り返ったカイエン・ガラモンドの視界の中に、心臓を貫かれたウェイバー・ベルベットがいる。 川の方で行われていた巨大海魔と幻獣の戦い。この世界では幻想種と名前を変える神秘の生き物が三体も現れて、魔術師としてその奇跡に目を向けてしまい、ウェイバーは迫りくる敵に気づかなかった。 セイバーの手から伸びた聖剣エクスカリバーの刀身がウェイバーの肉を裂き、骨を砕き、心臓を壊し、背中にまで抜けた。 「「ぇ・・・?」」 その呟きはウェイバーの口から出てきていたが、同時にセイバーの口からも出ていた。 何が起こってる? それを理解出来ない者の口から出る動揺だった。 自ら敵のマスターを貫いておきながら、あまりにもそぐわない言葉を呆けた表情で語るセイバー。 黄金の宝剣を握り締めた手は敵を貫いた状態から、ギチリ、と音を立てながら捻りが加えた。 剣がほんの僅かに動いた、結果はそうかもしれないが、その動きはただ貫かれた以上にウェイバーの心臓を破壊する。ただ突くだけではない『殺す』ための捻りだった。 そしてセイバーは動揺を表情に浮かべ、けれど手はしっかりと敵を殺す行動を取ったまま―――。 剣を引き抜いて逃亡した。 剣がウェイバーから引き抜かれ、栓の役割を果たしていた黄金の宝剣がこびり付いた紅い血と共に姿を現す。 ウェイバーの胸元に出来た傷口から一気に血が吹き出ると、それが自分に降りかかるより前にセイバーは『脱兎』という言葉が似合う猛烈な勢いで離脱していった。 その速さは『最速』と名高いランサーの動きを上回っており、セイバーのステータスであれば決して出せない速度だった。 あまりの素早さゆえに摩擦熱で体が燃え尽きるのではないかと錯覚しそうになるが、不可思議なのはむしろセイバーの表情がウェイバーを突き刺した時からまるで変わっていない点だろう。 去りゆく一瞬で、しかも見えたのは横顔だけ。それでも呆けてるとしか言いようがないその表情は自らの意思でウェイバーを殺そうとしたり逃げようとしたりする者の顔ではない。 ゴゴは―――いや、カイエン・ガラモンドは思考する。 英霊の身でありながらも、今はサーヴァントのクラスに固定された者達がそんな表情をする理由は何か? 令呪。 ありえる可能性が最も戦い答えを導き出しながら、カイエン・ガラモンドは思考を一時止めて行動する。 「リルム殿! 拙者、回復は不得手でござる。どうか御力を貸して頂きたい」 異常な速度を発揮して距離を取るセイバー。走ってゆく方向には偽のマスターであるアイリスフィール・フォン・アインツベルンがいるので、おそらく令呪で『アイリスフィールと共に戦線を離脱せよ』とでも命じられたのだろう。 巨大な荷物を担いで戦線を離脱しようとするなら、倒すのは容易。それでも今のカイエンにとっては怨敵を倒すよりもウェイバーを助ける方が優先順位は上になる。 ケフカ・パラッツォが流した毒でドマが壊滅するのを見ていることしかできなかった過去が現在を縛る。 助けられる命があるのならば救わなければならないと心が叫ぶ。 こうも容易く敵を倒す怒りを生命の救済へと移りかえられたのは、セイバーへの怒りがケフカへのそれと比べれば軽いのが原因だろう。 家族を殺された訳ではない、仲間を斬られた訳でもない、ただ許せないからセイバーへの闘志を燃やしていた。そしてカイエン自身、刀を砕かれて真っ向勝負では完敗したと思っているので、戦いへの意欲が急速に薄れていた。 負けた―――。 たとえ装備していた刀が最高の一品でなかったとしても、放った必殺剣が相手を殺す為の最高の一撃で無かったとしても。今できる全力を振り絞った上で圧倒されたのだ。 怒りはある、それでも敗北は敗北として認めなければならない。 そして救える命が目の前にあるならば救わなければならない。それがサムライ、カイエン・ガラモンドなのだ。 「リルム殿ぉぉ!!」 「そんなに大声出さなくても聞こえてるよ」 この世界では幻想種の頂点に位置する竜種、幻獣『バハムート』を呼び出した余韻など全く残さず、本当にキャスターと戦っていたのかどうかすら怪しげなリルムの声が聞こえた。 カイエンが振り返って見ればそこには衣服に全く乱れがなく、汗もかかず、土や砂ぼこりの汚れすらなく、散歩でここまでやってきたと言われても大いに納得できるリルム・アローニィがいた。 「リルム殿。どうかウェイバー殿を救ってくだされ」 「んー、まだ間に合うか」 人が剣で体を射抜かれて、骨を砕かれて、肉を裂かれて、心臓を破壊されているにも関わらず、リルムの声に動揺は無い。 神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)の御者台の上に倒れるウェイバーの傷口と胸からは紅い血が止まる事無く溢れ、肉体から魂が抜けるようにどんどんと流れ出てしまう。 不安げな表情を浮かべながらウェイバーの服にしがみ付くサン、ウェイバーを見下ろしつつもアイリスフィールを抱きかかえて町の中へと消えていくセイバーもしっかりと見て周囲を警戒しているライダー。 ごぼっ、とうめき声の様な沼に湧く気泡のような音を出すウェイバーを中心にして、重苦しい雰囲気が作られていくが。状況の悪さとは裏腹に、リルムは何の気負いもなく傷口に両手を向けてある呪文を言い放った。 「アレイズ」 たった四文字。あまりにも軽く放たれた言葉は聞き様によっては冗談のようにも聞こえる。けれど、その言葉が言い終えられると同時に起こる現象は決して冗談では済まされない。 雪が舞い降りるように空から降る黄金の粒子がウェイバーの体へと降り注ぐ。小さな小さな光の塊は気泡がパンッ! と破裂するようにウェイバーの上で弾けた。 黄金の輝きがウェイバーを包み込み、それは幾つも幾つも弾けて、広がっていく物と一つの形を作り出す物へと別れていった。 広がる物はウェイバーの全身まで行きわたり、一つの形を作り出す物は金髪の小さな男の子―――背中に純白の羽根を生やした天使へと変わる。 桜ちゃんよりもずっと幼く見える赤ん坊の様な天使。その子は短い手をウェイバーへとかざして、黄金の輝きを更に増幅させていった。 光が膨らむ。 光が弾ける。 光がウェイバー・ベルベットを包み込む。 そしてカメラのフラッシュの様な一際大きな輝きが生まれ、パンッ! と甲高い音を立てると同時に天使も黄金の輝きも跡形もなく消え去った。 これこそカイエンが知る中で、蘇生魔法の最高位に位置する『アレイズ』。完全に死んでいない者でまだ生きる状態に戻ってこれる者ならば、どれほどの重傷であっても癒す魔法。 破壊の神と謳われる三闘神の力によって培われているとは思えない究極の治癒がウェイバーを蘇らせていく。 御者台の上に止まる事無く滴り落ちていた血の流出は止まり、傷口が淡い燐光を放つ。そして時間が逆に回るようにバラバラに砕けた肉が『心臓』という名の塊へと戻っていき、血管がひとりでに動いて元の位置まで戻り繋がって、砕けた骨も人体を支える一部分としての役割に戻っていく。 胸に空いた穴が塞がっていく。 背中に空いた穴も塞がっていく。 流れ出た血液こそ戻らず、破れた衣服もそのままだが、人体を構成するありとあらゆるモノが元の場所に還っていった。 「あと二十秒遅かったら間に合わなかったかもね」 リルムがそう言った時、ウェイバーの胸に出来た傷は塞がり、来ていたシャツに出来た二つの穴だけが攻撃されて貫かれた事実を残した。 この世界の医療に真正面から喧嘩を売っているような事象の否定。『死』に対抗する『生』が魔力によって形作られ、ウェイバー・ベルベットの生物としての形を取り戻したのだ。 ウェイバーを包んでいた光は消え、現れ出でた天使も消える。奇跡を作り出したモノが消えた後に残るのは奇跡によって救われた者。 名をウェイバー・ベルベット。紅い血の水たまりの上に横たわる傷一つない男だ。 「余の落ち度だ」 「うぃ?」 御者台の上には横たわるウェイバー、そのウェイバーのすぐ横にいるサン、そしてライダーの三人だけが居る。 そんな御者台の上でライダーが自分のマスターを見下ろしながら言った。 「セイバーの奴はな、清廉にして潔白な聖者であらんとする殉教者だ。故に戦っている余を差し置いてマスターを狙うなどと卑劣な真似はすまい、そう決めつけてしまった。これは余の落ち度だ――」 ライダーは神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)を呼び出す時に用いるスパタを引き抜いており、向かってくるセイバーを迎撃しようとした痕跡を見せつけている。 それでも彼がセイバーにまんまとしてやられたのはライダーが告げた理由と彼の意識を強力に引き離したモノがあったからに違いない。 ライダーに見せ過ぎた、いや『魅』せ過ぎた。 魔石を介していたとは言え『ヴァリガルマンダ』『バハムート』『ライディーン』。『ファントム』『ユニコーン』『フェニックス』に続く幻想種のオンパレードを間近で披露させられ、征服王イスカンダルが意識を惹かれぬ訳がない。 ウェイバーの無事に安堵しつつも、心のどこかで巨大海魔を葬り去ったあの幻想種の群れをどうにかして手に入れようと画策している事だろう。 あれだけのモノを魅せられたら、セイバーから僅かばかりでも意識を離してしまっても仕方は無い。それもまたウェイバーの命を助けようとするカイエンの意思に反映されていた。 だからこそリルムが言う。 「誰にだって間違いはあるんじゃない?」 こんな事は気にする事じゃない。 何事もなかったんだからそれでいいでしょ。 ―――と言わんばかりに言う。 「これ位の『戻ってこれる大怪我』ならリルムだって何度も何度も味わってるよ。王様なら王様らしく、どーんと構えてなきゃ」 リルムは降ろした両手をそのまま後頭部へと持っていき、右足を軽くあげて左足だけでタンッ、タンッと地面を叩いた。 口調の軽さと合わせたその様子もまた、何事もない状況を表し。失態だと微塵も感じていない様子を見せつける。 ライダーはスパタを鞘に戻しながらそんなリルムの様子を少しの間だけ眺めていた。 「・・・・・・・・・坊主を頼むぞ」 「うん。まあ、あとは目覚めるだけなんだけどね」 「ほぅ――。そいつは大したもんだ」 ライダーの口調もまたリルムと同じように軽いモノへと変化し終えた時、もう神妙な空気はそこには存在しなかった。あえて言えばサンだけが不安げな表情を浮かべたままでいるが、それ以外の全員がもう気負った雰囲気を放っていない。 ここが戦場である事実は全く変わらないので気は抜いていないが、浮かべる表情は笑顔に近い。 リルムの協力によって場を持ち直したカイエンは正面牽引部から降りて後ろに回り込んでくる。そして視線を上げて御者台の上を見ると、それを待っていたようにウェイバーが呻いた。 「う・・・」 心臓を貫かれた状況を考えれば、そのまま血を吐き出してもおかしくないのだが、ウェイバーの口から出てくるのは声だけだ。 ゆっくりと見開かれた目がウェイバーを見下ろしていたライダーの視線とぶつかる。 「坊主、気がついたか」 「あ・・・れ・・・?」 「覚えておらんのか、セイバーに胸を貫かれたであろう」 「・・・・・・・・・・・・」 ライダーに言われた事を頭の中で理解しようとしているのか、ウェイバーは横になってライダーを見上げたまま沈黙を保っていた。 意識するかどうかは本人の意思に委ねられるが、身体的な意味での不調は完全に消え去っている。蘇生魔法の中でも死から脱するだけの『レイズ』と違い『アレイズ』は体の全てを治す魔法だ。 数秒ほど沈黙していたウェイバーだったが、完全に治された体を使って、飛び上がるように上半身を起こして胸に手を当てる。 バン、バン、と叩くように押しつけられた手が傷一つない肉体と穴が開いたシャツに当たった。 「え? あれ? でも――えぇぇぇ!?」 さっきまで死にかけていたとは思えないほど元気な声で自分の状態を確かめるウェイバー・ベルベット。『アレイズ』がどれほど強力な魔法かを身をもって表していた。 「えーと・・・ライダー? 僕――刺された・・・んだよな?」 「あの『フェニックス』ではないが、殺されかけた所をそこの小娘に救われたのだ」 「やほー」 ライダーが首を振ってリルムの方に視線を向けると、つられてウェイバーもそっちを見る。 「大したものよ。あれだけの強力な魔法だけではなく治癒すら使いこなすとは――。王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)の中にもこれほどの使い手はそうはおらぬぞ」 「じゃあ、君が僕を助けてくれた・・・の?」 「ちょっと危なかったけど治せない傷じゃなかったし。リルム様なら、らくしょー、らくしょー」 リルムは後頭部の両手をあてたままの態勢でそのまま口笛でも吹きそうな調子で言う。 その軽さをウェイバーがどう受け取ったかは不明だが、貫かれた結果と治された結果は間違いなくウェイバーの体に刻まれているので、否定しようとしても現実はここにある。 自分自身の体だからこそ理解するのは当然だった。 「そう・・・・・・。ありが、とう・・・」 ただしあまりのも状況が早く動き過ぎたので理解に思考が追いついていないようだ。 辛うじて理解しようとしているが、今はそこまでが精一杯。ウェイバーはぼんやりとしながら何とかリルムに頭を下げる。 すると少々混乱気味になりつつあるウェイバーに向け、活を入れるようにライダーの声が降ってきた。 「セイバーとの戦いは痛み分け――と言ったところか。あの様子ではそう遠くない内に復活する、その時はもっと凝らしめてやらねばいかんようだ。まさか、あれだけやっても判らん大馬鹿者とは思わんかったわい」 「セイ、バー・・・・・・」 ウェイバーはそう呟きながら傷口があった胸板にもう一度手を置いた。 ゴゴにとってケフカとの繋がりは無いに等しいか細い糸だ。それでも辛うじて残っているのは、ケフカの根底にまだものまね士としての矜持が残っているからに他ならない。 ケフカ・パラッツォを物真似するゴゴ。それが聖杯に汚染され『悪』であらんとする今のゴゴに残された最後の抵抗だ。 この世界の魔術のように五感共有して起こった出来事を常に知るのがアサシンの宝具『妄想幻像(ザバーニーヤ)』で増えたゴゴ同士の繋がりだったが、今のケフカとゴゴの間にはそんなモノはない。 大河と水滴。似ていながら比較しようのないそれは最早別のモノになっている。 だからゴゴがケフカの身に何が起こったかを知るのは殆ど不可能で、断片的に起こっている事実を向こうから寄こされて初めて知れるのだ。 それはゴゴとケフカとの間に合った繋がりが消えるまでずっと続いた。 アーチャーこと英雄王ギルガメッシュにとって自分を除く全ての生物は等しく『雑種』であり、親友やライバルと言った自らと並び立つ存在がいたとしても、自分の上にいる存在を決して認めない。 仮にそんなモノがいたとしても、ギルガメッシュはそれを即座に抹消し、自分の下に落とす。彼はそういう存在だ。 とてつもない傲慢。けれど最古の王はそれを実現させるだけの力がある。 力によって屈服させ、抹消し、存在し、証明する。それが英雄王ギルガメッシュ。 本来であればゴゴはアーチャーとケフカとの戦いを微に入り細に渡って知れるのだが、ケフカの身に起こった出来事の大半はゴゴの元に届かなくなってしまった。 判るのは断片的な情報のみ。 それでも大勢を知るには十分すぎるのだが、ものまね士にとっては大勢程度では満足できない。特にアーチャーの宝具はその全容をまだ解明しきってないのだから。 よってゴゴが101匹ミシディアうさぎの監視網の半数近くをケフカとアーチャーの戦いに動員するのは自然な流れと言えた。 残るサーヴァントとマスターの大半は分裂したゴゴの本体と一緒にいるので、残る物真似の材料にこそ監視の目を集中させるのは当たり前だ。そうしなければものまね士ではない。 断続的な情報と周囲からの監視によってゴゴはアーチャーとケフカの戦いを知る。 「死をもって遇するがいい! 贋作者(フェイカー)!」 「そちらが死ぬといい」 アーチャーにとって自らの宝具は唯一絶対であり、それのみが至高の財であって他の追随を許さない。『似ている』と言うだけで処罰の対象であり、殺すには十分な理由となる。 だからこそ挑発する為、ものまね士の意識をかすかに残したケフカはアーチャーの宝具を変質させて物真似した。本来の姿をそっくりそのまま物真似し返す事も出来ながら、だ。 案の定アーチャーは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を発動させてケフカが呼び出した帝国(インペリアル)・空軍(エアフォース)を撃ち落とし始めた。 空に浮かぶ黄金の舟から下界を見下ろし、同じ浮遊であっても上下関係を作り出しながら撃ち降ろす。 ケフカはそれに対抗するように漆黒に染まった飛行機械の『スカイアーマー』と『スピットファイア』を上昇させて特攻を仕掛けるが、黒く染まった機械がアーチャーに到達する前に宝具の雨が撃退してしまう。 ケフカの魔力によって多少は増強されているが、元となる『スカイアーマー』と『スピットファイア』はそれほど強い機械ではない、一直線に向かいくる宝具を受け止めるなど叶わず。それどころか貫かれて背後にいる仲間ごと粉砕されてしまう。 飛ぶが落ちる。 空で砕ける。 地面へと墜ちていく。 放たれた宝具が通った後には爆発して地上へと落下していく藻屑が残るのみ。 もしアーチャーがテュポーンに乗るケフカも宝具で狙っていたら、そのまま全てを撃ち落としていたかもしれない。 「どうした? その程度で我(オレ)に抗おう等と思った訳ではあるまい。精々、死ぬまで抵抗してみせよ」 「ふふふん、まだまだ序の口。吠え面かくのはそっちだじょー」 ケフカがそう言うと再び背後に浮かび上がる漆黒の円の中から黒く染まった『スカイアーマー』と『スピットファイア』が姿を現す。 ただし初回の比べれば円の数は激増し、その数を倍に増やす。 夕暮近い空に浮かぶ、夜の闇のような黒い穴。そこからケフカの僕が姿を見せるとアーチャーもまたそれに呼応として王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の数を増やした。 「何のまだまだぁ!」 ケフカの威勢のいい声が聞こえるが、そこから先はアーチャーが一方的に攻撃する展開が作り出された。 いや、むしろアーチャーはたった二合の撃ち合いでケフカの物真似の底を見抜き、ケフカが戦力を作り出せばそれを圧倒できるだけの宝具を瞬時に準備するようになったのだ。 出現と同時に『スカイアーマー』が魔導レーザーをアーチャーに向けて放てば、迎撃するように撃ち出された剣の刀身が魔導レーザーごと『スカイアーマー』を切り裂く。 攻撃方法をミサイルへと変更すれば、空に輝く黄金の円の中から矢の嵐が降り注いでミサイルを貫いて爆発させる。 『スピットファイア』の拡散レーザーが広範囲に撒き散らされて、アーチャーの乗る飛行機械『ヴィマーナ』ごと全体を破壊しようとしても、広範囲に広がってしまうが故に威力が落ちて、『ヴィマーナ』に当たっても撃沈には至らない。 それどころかアーチャーが指を動かせば自由自在に動き回る『ヴィマーナ』に拡散したレーザーの大半を避けられて、撃ち終えた所に槍の宝具が発射されて木っ端微塵に消し飛んでしまう。 必殺技と言ってもいい攻撃『絶対零度』で周囲の空気を全て凍らせても、回転しながら飛んでくる斧の宝具が空中に浮かぶ氷を粉々に打ち砕いて『スピットファイア』もついでに破壊してしまう。 次から次へと湧いてくる宝具の雨。 ケフカもまた負けじとばかりに増援をどんどんと送り込んでいくが、アーチャーへと届く攻撃は一つとしてない。 どれだけケフカが『スカイアーマー』と『スピットファイア』を生み出そうと、アーチャーの王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)はその上を行った。 無残な残骸が次々と作りだされ、地に落ちていくのはケフカが呼び出したモノばかり。もし魔力によって編まれて作り出された物でなければ、空中で破壊された飛行機械の全てが地上へと落下して、その残骸だけで地上は火の海になったに違いない。 あとも残さず消滅する物だからこそ戦場の激しさとは裏腹に地上は不気味なほど静かだった。もっとも、そうでなければミシディアうさぎ達が透明になって地上から観戦するなど出来はしないのだが。 空中に浮遊しながらも、下に浮かぶケフカが上を舞うアーチャーを倒そうと躍起になるも、戦況は決してアーチャー優位から崩れない。 時にアーチャーの宝具がケフカへと迫り、何とか避けても足場になっているテュポーンがその餌食となって、体を抉られて悲鳴を上げた。 ドクドクと流れ落ちるどす黒い血。大きな怪我はケフカにしては珍しい回復魔法によって何とか修復される。 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)での戦闘は倉庫街でも行われたが、あの時はバーサーカーによる反撃とマッシュの迎撃があった。 それが今は無い。 結果、アーチャーは手を緩めた。 もちろん殺す気であり逃がす気はないが、結果に至る過程を愉しむ算段を持ったようだ。 ケフカ・パラッツォを弄り殺す。 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)でいたぶり殺す。 それがもしアーチャーが本気を出せば五分とかからず終わるかもしれない戦いが長期戦へと変わった瞬間だった。 ケフカがどれだけ大軍勢を作り出してもアーチャーはその上をいく。 時間が経てば経つほどにケフカに近づく攻撃は増え、直撃しそうな宝具の雨が徐々に数を増していった。 傍から見ればアーチャーがケフカを殺しきれないようにも見えるが、禍々しい笑みを浮かべるアーチャーには焦燥の色は全くない。一秒一秒を殺すまでの過程として楽しむ残虐な王がいるだけだ。 ほんの少し攻撃の波が勢いを増すだけでケフカは死ぬ。 アーチャーが遊んでいるからこそ戦いは続いている。 王に逆らった蟲は存分にいたぶってから殺す。それがアーチャーと周囲から見た状況かもしれないが、ケフカの視点で見る戦いは正反対だった。 アーチャー優勢に見える状況などまだ序の口。王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)程度ではない奥の手がアーチャーにはある筈。いや、そうでなければ困るのだ。 そうでなければ魔力気力体力全てが最高の状態になっているアーチャーの元へ最初に訪れた意味がない。 そうでなければわざわざ物真似の為に全力を出している様に見せかけて、アーチャーが手を抜く前から手加減する意味がない。力の底を見せているように演技する必要がない。 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)が発動してから一度として同じ宝具が撃ち出された事は無く、使えば使うほどそこから打ち出された宝具の原典はケフカの糧となっていった。 ありとあらゆる宝具の原典。その威力は恐ろしく、多少強化した『スカイアーマー』と『スピットファイア』程度では相手にならない。 だからこそケフカは落胆した。周囲からはそう見えなくても、ケフカは確かに落胆していた。 確かに王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から打ち出される宝具の嵐は脅威であり、並みの相手ならば発動と同時に死を迎えるだろう。遠坂邸に潜入しようとして呆気なく殺されたアサシンなどがそのいい例だ。 けれど撃ち出されたモノは宝具の原典でしかなく、ただの一度も真名開放に至っていない。 宝具とは人間の幻想を骨子に創り上げられた武装。英霊が生前に築き上げた伝説の象徴であり、物質化した奇跡なのだ。それなのにアーチャーはただ撃ち出すための物として扱っている。 一つ一つの宝具が本来の性能を発揮すれば、作り出される破壊は今とは比べ物にならず。冬木市ぐらい簡単に滅ぼせる威力を発揮する筈。 これでは頑丈な武器以上の意味は無い。保持している事それ自体が驚くべきことだが、これでは宝の持ち腐れだ。 アーチャーは自分の優位を全く疑わず、そう遠くない内にケフカを殺す未来を自分の中で確定させているようだ。けれどケフカにとっては、アーチャーなど比較にもならない膨大な魔力の総量を推し量れていない愚か者の笑いにしか見えなかった。 傲慢が目を曇らせる。 事実、アーチャーは気付かない。あるいは気付いた上で無視しているのか、ケフカと共にテュポーンに乗っていた少女の石像がいつの間にか消えていた事や、ケフカが持っていたであろう杯がいつの間にか無くなっているのに無関心だ。 注意深く観察すれば気付いた筈。 敵を侮らなければ知れた筈。 形勢は時間が経つごとにアーチャーの勝利へと近付いていくように見えるが、ケフカの内心はアーチャーへの落胆が増すばかり。 本当に一度も真名解放に至ってない王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)程度で殺しきれると思っているのか? とケフカの心がアーチャーへの侮蔑で染まっていった。 空中に光る黄金の円から一直線にケフカめがけて剣が飛んできて、左の肩口を深く切り裂いて肉と血を撒き散らす。もしテュポーンが攻撃に気付いて斜めに下降しなかったら、剣はケフカの頭を貫いていただろう。 「いったーい!!」 ケフカが冗談にも聞こえる悲鳴を上げながら、右手で傷口を抑える。 これまでは掠るような浅い傷ばかりを作ってきたが、ここにきて骨まで到達する重傷を負ってしまった。 するとケフカはアーチャーに聞こえないようにぼそぼそと呟いて呪文を唱え終えると、淡い光が右手から傷口へと移ってあっという間に傷口を塞いでしまう。 「・・・」 そこで凶悪な笑みを浮かべていたアーチャーの顔が変化した。 ほんの僅かな変化だったが、戦いが始まる前にも合った敵に対する警戒の色が少しだけ浮かぶ。 自分が負った重傷を一瞬で癒す。これまで見せてこなかった超回復で初めて弄ぶ雑種ではなく倒すべき敵と定めたのかもしれない。 そうだ―――その顔だ。敵を侮っていつまでたっても同じような攻撃しかしてこない裸の王様には興味がない。敵を見る目で見ろ。 ケフカの意識と限りなくゼロに近づいたゴゴの意識とが混ざり合い、物真似への渇望となっていく。 それはこれまで拮抗状態であった王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)とそれを変質させたモノとの戦いを別のモノへの変えていく。 ケフカは右手を左肩に当てたまま左手をケフカに向かって伸ばす。これまではどれだけ姿勢を変えても、起こる変化はケフカの背後ばかりだったが、今度は違う。 ケフカは告げる。独立したモンスターでありながら、ケフカを構成する一部でもある『機械』が得意とする技の名を―――。 「アトミックレイ」 まっすぐ突き出した左手からアーチャーの背後に展開された王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)にしっかり一つだけを加算した数の熱線が撃ち出された。 最初は指の太さ程度だった紅く燃える炎の糸が、ケフカの手を離れるごとに極太のレーザーへと変化していく。 「むっ!?」 黒く染まった飛行機械の特攻でも攻撃でもなく、これまでにないケフカ自身からの攻撃。アーチャーはヴィマーナを旋回させて迫りくる熱線を避けるが、背後に光る円はその場に留まり直撃を喰らう。 ドンドンドンドン、と爆発音を響かせてながら空に幾つもの花火が生まれる。これまでの状況とは一転して別の構図が生まれ、ダメージを負った側が逆になっていく。 「うひょひょひょひょ。手加減してあげなくなったら大変じゃなーい」 空に浮かぶ多数の爆発を楽しげに見つめるケフカ。 「倒しちゃう? 殺しちゃう? 死んじゃう?」 ケフカは自問自答を行いながら、『機械』と同じ状況で現れる『魔法』が得意とする攻撃の中の一つ。空に浮かぶ敵に対しては絶大な効力を発揮する雷の最高位魔法を口にした。 「サンダガ」 爆発の余韻がまだおさまらない中、ヴィマーナを包む炎の中に目掛けて、空から金色の雷が舞い降りる。 ドガンッ! と『アトミックレイ』がぶつかった時に発せられた音をよりも更に大きな音が空に響いた。 間をおかずに叩きこまれた炎と雷の二重攻撃。脆弱なモンスターか普通の人間ならば灰すら残さずに消し飛ばす威力にアーチャーはどうなっているか? 湧き出た疑問に応じるように風が吹く。 アーチャーがその風を生み出したのか、それとも身につける黄金の鎧の効果か。アーチャーを中心に外へ外へと広がっていく風が炎も煙も爆風も全て押し流していく。 「雑種めが――」 そこから聞こえてきた声は紛れもなくアーチャーの声で、そこに見えるのは黄金の鎧を身にまとい、光り輝く黄金の舟の上に降臨するアーチャーそのものだった。 ほんの少し燻っているが、それでも健在であるのには変わりがない。 どうやら直撃を受けながらも耐え抜いたか、アーチャーが持つ高い幸運によって避けたらしい。 結果として残るのは、戦闘意欲を全く損なっていない英雄王ギルガメッシュ。むしろ反撃されて怒りが再燃したのか、形相と鋭い視線を組み合わせてケフカを見下ろしている。 殺す―――。ケフカを見る目がそう物語っていた。 「よかろう。雑種ごときに抜くまでもないと思っていたが――。その無様な姿を二度と晒さぬよう一撃で終わらせてやる。光栄に思うがいい」 アーチャーはそう言うと、戦いが始まってから一度たりとも崩さなかった『黄金の玉座に腰かける』の態勢を捨て、ヴィマーナの上に立った。 そして背後に輝いていた王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の輝きを全て消して、代わりに右手を胸の前に持って行って一つだけ黄金の円を横に広げる。 アインツベルンの城で行われた時に酒器を取りだした時も似たような事をしたが、今回そこから現れたのは酒器ではない。輝きが消えると同時にアーチャーの手には一つの鍵剣が握られていた。 柄の部分には親指ほどの大きさの直方体が幾つも絡み合い一つの形を成して、アーチャーがその中に手を入れて強く握りしめると、直方体が一斉に動いてカチカチカチカチと音を奏でる。 そして刀身の部分にある『鍵』が光り輝き、空に血管に似た紅い網が広がった。 その大きさはアーチャーを乗せて浮遊するヴィマーナが小さく見えるほど圧倒的な質量で、正確な大きさは判らないが、おそらく百メートルは超えている。 広がる勢いをそのままに、広がる速さと同じ勢いでそれはアーチャーの手元に収束していった。 紅い網が消え去ると同時に鍵剣はいつの間にか消える。そしてアーチャーの手には一振りの剣だけが残った。 赤色と黒色を混ぜ合わせ、三段階に連なった円柱とその先端に辛うじてらせん状の刃と思わしき物が付く異形の剣。握りと柄があるので辛うじて剣に見えるが、何か別種のモノが剣の形をしているようですらある。 いや、あれはそもそも人類が『剣』という概念を知る以前、神によって作られた概念であり奇跡そのものなのだ。むしろ人があの『剣』を見て剣を作り出したのだ。 その『剣』を解析する為に見れば見るほど人の知る剣とは全く別種のモノなのだと判る。 僅かに残ったゴゴの意識が訴えかけた。 あれを物真似しなければならない。と。 そしてこうも訴えかけた。 あれはとてつもなく危険なモノだ。と。 ケフカはとっさにアーチャーに向けていた手を自分へと向け、ある言葉を口にしていた。 「リレイズ」 あの『剣』を見た瞬間、確実に迫る危機を察知してそれ以外の動作が行えなかった。 攻撃するとか回避するとか防御するとか迎撃するとか―――幾つもある行動の中でたった一つだけを選ぶ。 その名は『生存』。 ただ生き延びる為に呪文を唱え終えた瞬間。アーチャーが『剣』を掲げた。 そして三つの円柱が勢いよく交互に回り出し、これまでどのサーヴァントもマスターからも感じた事のない強烈な魔力が吹き荒れる。 アーチャーを起点にして魔力の台風が吹き荒れ、赤と黒の渦が空を引き裂いていった。 「いざ仰げ!」 そして烈風を巻き上げ旋転する神の剣が振り下ろされる。 「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)を――!!」 アーチャーが上段からまっすぐ振り下ろした剣筋に沿って、ケフカ・パラッツォの肉体は両断された。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ Side - ケフカ・パラッツォ 壊そう! 歓喜の産声と共に思考を支配する思いはその一つに集約されていった。 壊そう! 今まで目に見えない何かに押さえつけられていた思いが一気に爆発するが、それは爆発の勢いそのままに集結して一つの想いへと変わっていく。 壊そう! あるいはこの時、私は俺は僕ちんは生まれたのかもしれない。 破壊からの創造。 消滅からの生誕。 死からの再生。 死ななければ本当の意味で解放されない。 「ホワッ・・・・・・」 歓喜の産声と共に―――。さあ、生まれよう。 「ホワッ――ホッ! ホッ! ホッ! ホッ!」 足場にしていたテュポーンごと左右に両断された肉体が、魔法効果によって元に戻っていく。 普通の人間でも魔術師でも生きていない、サーヴァントであろうとも首の根元にある核を粉砕されたので現界するのは不可能。しかし不死身の怪物のようにケフカ・パラッツォは蘇る。 左の目が分断された右側の肉体を見る。右の目が分断された左側の肉体を見る。真っ二つに裂かれた頭が首が体が、肉が骨が血管が、人の体を構成するありとあらゆるモノが左右に別れながら別の場所に舞い戻る。 笑い声を上げるのは二つの口。笑いが収まる頃には再び一つの口へと戻る。 それはおぞましくはあるが間違いなく奇跡。 死と再生を繰り返し、プラスとマイナスを行き来してゼロへと集結する。 「しゅんばらしい・・・。さすがの僕ちんもびっくりしたよ」 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)の効力はケフカだけに及ばず、冬木市を覆っている二つの結界もまた両断した。 さすがに背後に目は無いので直接見ていないが、バトルフィールドはケフカの魔力によって形作られているので、どんな状況に陥っているかは何となく判る。 そう―――ケフカと同じように二重結界もまた左右へと両断され、コンクリート道路は割れて民家は切り裂かれ、丘も山も左右に動いて空がパラパラと砕かれている。 断裂した大地の底には奈落があり、何もかもがそこに落ちていく。 地盤沈下。 物が呑まれていく。 大隆起。 物が落ちていく。 地滑り。 物が喰われていく。 天は裂け、空が落ちる。 この場にいる人間ならば正しく『世界の終焉』を心に刻み込んでもおかしくない破滅が広がっていた。 けれどその破壊も術者の健在によって一気に修復されていく。 左右に引き裂かれた大地は引き裂かれた力と同等の力で左右から押し戻され、出来上がった亀裂は結界の中に充満する魔力によって瞬時に元の形へと戻っていく。 山に立ち、なぎ倒された木々は山が元の位置に戻っていくと逆戻しのように立ち上がる。 砕かれた天は無事な周囲が同じ色にどんどんと染め上げて、『平常』という名で逆に浸食し返し、裂けた箇所を何の変哲もない空へと戻してしまう。 それはケフカの左肩に起こった超回復と同等の超修復だった。 「馬鹿な――」 「だがほんの少しだけ、殺し切るには力不足だったみたいだな」 左右に裂かれていた肉体が元に戻ると、ケフカの視点もまた二つの目で二か所を同時に見る状況から一対の目で一つのモノを見る状況に戻っていった。 その目が移すのはアーチャーの驚く顔。ゾンビのごとく蘇生したケフカに驚きを隠せない英雄王ギルガメッシュだ。 アーチャーからはケフカの背後にある天地崩壊が戻っていく経過も見えているので、その光景にも驚きを隠しきれないらしい。 おそらく聖杯戦争が始まって以来、アーチャーが驚愕を露わにするなどこの時を除いて一度たりとも現れなかったに違いない。 常に他者を見下す王が動揺している。その狼狽した顔が心地よい。心の奥底からゴゴではないケフカの狂笑が湧き出て止まらない。 ただし。何事も無いように見せかけているが、宝具の威力がもう少し高ければ『ケフカ・パラッツォ』を構成する全ての要素が吹き飛ばされたであろう実感があった。 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)など比較にもならない英雄王ギルガメッシュの宝具。天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)―――。 それは死ぬと同時に生き返る蘇生魔法『リレイズ』の効果すら吹き飛ばしかねない、世界の理を砕く恐ろしい宝具だった。 ぎりぎりで『リレイズ』の効果が発揮され、全てのバトルフィールドが崩壊する前に張り直せた。ただそれだけで、ケフカの言葉通り『ほんの少しだけ力不足』だったに過ぎない。 直に喰らった感触から推測すると、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)はまだ本気を出していない。倍とまではいかないが、アーチャーが渾身の一撃として振るえば今の威力は1.5倍ぐらいに膨れ上がるだろう。 おそらくアーチャーにとって雑種に対してこの宝具を使う事それ自体が不本意だったに違いない。武器を振るう者が本気になりきれないから、威力はその意思を明確に反映してしまったようだ。 手加減した天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)であっても固有結界ごとケフカを葬れる、アーチャーにはそんな目算があったのだろう。 そうなれば冬木市を模倣した『愛のセレナーデ』もバトルフィールドもケフカ・パラッツォも―――ただの一度限りの攻撃でありとあらゆる全てが破壊し尽くされた。そう思い知らされる。 赤色灯とドリルを合わせたような武器には見えない形状ながら、繰り出される威力は聖杯戦争の中でも群を抜いている。 カイエンの渾身の一撃を力で圧倒したセイバーの約束された勝利の剣(エクスカリバー)とて、真正面からの打ち合いにならば負ける。あれもまた驚異的な威力を秘めた武器だったが、同じ『武器』であっても次元が違い過ぎた。 全力であれば負けていた。一撃のもとに粉砕されていた。 だがケフカは負けていない、死んでいない、倒されていない。天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)を物真似する機会を手に入れた。 壊そう―――壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう。 ケフカは強くそう思った。 三闘神の力で、宝具の力で、魔法で、魔術で、かつての世界の力で、この世界の力で、何もかもを混ぜ合わせた力で、全てを壊そう―――壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう、壊そう。 そう思った。 まだ動揺を抑えきれていないアーチャーに向け、ケフカは両手を伸ばす。 それを合図にしてケフカの体が変化していった。 横にあった手が斜め上に伸ばされる最中、内側から肥大化する筋肉が道化師を思わせる衣装を突き破り、白い化粧を施していた皮膚の色は変色して鍛え抜かれた紫色の肉体が姿を見せる。 背中からは六枚の羽根が現れて人型だったケフカを別のモノへと変えていった。 一番上にあるのは白い羽根。その下にあるのはくすんだ金色の羽根。最も下にあるのも羽根だが、上にある二対の羽根が羽毛によって構成されているの対して、その羽根は蝙蝠を思わせる骨と膜で構成された黒い羽根だった。 天使と悪魔が融合した三対六枚の羽根。それがケフカの背中から生えた。 衣装はびりびりと破れてしまい、残るのは下半身を覆うだけの粗末な衣のみ。けれど、晒された姿は決して粗末とは言い難く、むしろ羽根を生やした肉体を見せる事で完成している風にさえ見える。 妖艶さと神々しさ、禍々しさと美しさ。様々な要素を詰め込みながら、全く別の存在へと昇華したケフカ・パラッツォ。ピエロの様な原型は消え、完全に別の者へと姿を変える。 唯一、頭頂部でまとめられた金髪が元のケフカと変化したケフカとの共通部分として残っていたが、それ以外は殆ど別人と言っても過言ではなかった。 姿だけを見るならば六枚の羽根を背に抱く大天使にも見えるかもしれないが。ケフカの本性は天使とは程遠い。 壊そう―――。 殺そう―――。 消そう―――。 死なせてあげよう―――。 ケフカは体に巻き起こった変化に喜びを抱きながら、伸ばした両手の先に力が集うのを感じた。 右手に宿る力はここではない別の世界を一度壊した。 左手に宿る力は、今、この世界を壊したアーチャーの力。 ならば二つを合わせればどれだけ多くのモノが壊せる? 疑問の答えは力の収束となり、アーチャーに向けた攻撃となる。 「跪け!」 先ほどのアーチャーに対抗するようにケフカが吠える。 「『裁きの光』の下に――!!」 ケフカがそう言った瞬間、ものまね士ゴゴがこの世界にたどり着いてから今までの間で使った事のない力が発動した。 一つの技に注ぎ込まれる圧倒的な魔力の総量はこれまで使ったどの魔法でも魔術でも特技でも固有結界でも宝具でもあり得ない。故にその魔力に比例して作り出される破壊もまたこれまでにない規模に膨れ上がる。 対界宝具『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』を物真似して得た力とケフカが元々持ち合わせていた三闘神の力が混ざり合い、汚染されていた聖杯の力によって更に増幅した。 それも破壊! これも破壊! 全部、破壊! 破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊、破壊ぃぃぃぃぃぃぃ!! 手から放たれた黒い光線は一気に数十メートルの太さまで膨れ上がり、ヴィマーナに乗るアーチャーを直撃する。 そのまま冬木市を覆うバトルフィールドと固有結界をも突き抜けていった。