第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ この話は第37話で行われたゴゴ達と巨大海魔との戦いで合ったかもしれないけど没にしたネタをまとめたお話です。第37話を読んだ後にお読みになられるとよいでしょう。 当初はメモ書きレベルで感想掲示板にでも書こうと思ってましたが、没は没なりに筆が進んでしまいました。 原作では大いに活躍したセイバーとか、ライダーとか、ランサー・・・はあんまり活躍してないか。アーチャーとか、戦闘機乗っ取ったバーサーカーとか―――。 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を格好よく折ったランサーとか、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の斬撃とか、ライダーの伝令で王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)の中から唯一名前がでたミトリネスとか―――。 彼らサーヴァントの出番は全くありません。 あくまでこれは本編と全く関係のない没ネタです。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ その1 『セリス・シェールの場合』 川の中央に立つキャスターの足場を形成する為に呼び出した十数匹の海魔。宝具『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』から流れ落ちた魔力はその怪物たちの中に流れ落ちて『同族を召喚し続けよ』と命令し続けていた。 海魔たちに自分たちの仲間を引き寄せる力はないが、キャスターが開けた召喚の為の穴から同族を招きよせるための道しるべ程度にはなる。その川底と水面のちょうど中央辺りにできた術式が魔術の常識でも考えられない大量の海魔を連続召喚させる基点である。 彼らはそこから現れる仲間たちと混ざり合う。 現れよ。 溢れよ。 満ちよ。 喰らえ。 キャスターの宝具と想いは融合し、おびただしい数の海魔が連続召喚される。 「今再び――我らは救世のは」 「魔封剣」 たを掲げよう。とキャスターが朗々と語るよりも早く、どこからともなく聞こえてきた声がキャスターの狂騒を遮った。 無論、他の物音があろうと無かろうとキャスターは自分の言葉を止めずに言い終えたのだが、あまりにも唐突に―――それでいて大きくありながらもその声は静謐であった。矛盾しながらも確実に人の声と判別できる音がキャスターの声を上回ったのだ。 小さい音はより強い音によって消されてしまう。単純明快な事実によって作り出された結果は、同時にキャスターが望む結果もまた変質させていた。 「おっ?」 連続召喚の準備を完全に終えた筈のキャスターの足元からは何の反応も返ってこない。想定では術式の内側から海魔が何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も何匹も現れて、見上げるほどの塊を作り出す予定だった。 それなのにキャスターの下にあるのは十センチほど盛り上がった足場だけ。元々の数から五匹ほど増えて足場を増量したかもしれないが、キャスターの望む形とはあまりにもかけ離れていた。 何が起こった? 混乱の中、キャスターは何が起こっているかを確かめるために下を向く。そこで手にした螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)から溢れた魔力が下ではなく別方向へと流れているのに気が付いた。 足元ではなく、聖処女のいる前でもなく、左斜め後方へ。紫色の濃密な魔力がそれ自体が意思を持った生き物のようにキャスターの背後にある川辺へと向かっていたのだ。 慌てて振り返るキャスターの目に飛び込んできたのは剣を上に掲げる誰かの姿。 魔力はその何者かが構えた剣に吸い込まれている。 少なくともキャスターはその人影を聖杯戦争において雨生龍之介の召喚されてから一度も見た事のない。しかもその女性の威風堂々たる佇まいはキャスターが想う『聖処女ジャンヌ・ダルク』の姿をほんの少しだけ彷彿させており、それがキャスターの感情を一瞬で激情へと変貌させる。 「何者だっ!? 誰の赦しを得てこのわた」 「オーラキャノン!!」 しを邪魔立てするか。と告げる筈だったキャスターの声が別の大声に打ち消される。 別方向から放たれた白い閃光がキャスターの首から上を焼き尽くした。 勝ったッ! 第3部、完! 各々の見せ場のない呆気ない終わりなので没。 でもゴゴが物真似の為にキャスターに好き勝手させず、速攻で倒そうとするならこうなる可能性は非常に高い。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ その2 『マッシュ・レネ・フィガロの場合』 マッシュは泳いでいた。 「――フッ! ――フッ! ――フッ! ――フッ! ――フッ!」 両手で交互に水をかき、両足を交互に上下に動かして泳ぐ。クロールと呼ばれる泳ぎ方で、右手が前に来ると同時に息継ぎは行われ、ただひたすらに川の中央にいる巨大海魔を目指し泳いでいた。 格闘家でもあるマッシュは近距離攻撃こそ最大限の威力を発揮するが、離れた敵に対する遠距離攻撃もまた持ち合わせている。川の辺にある舗装された道路を起点として、『オーラキャノン』『鳳凰の舞』『真空波』などの遠く離れた敵への攻撃を行える。 だからわざわざ敵に近づく必要はないのだが、それでもマッシュは敵を目指して泳いでいた。 「――フッ! ――フッ! ――フッ! ――フッ! ――フッ!」 マッシュが遠く離れた敵に対して一方的に攻撃できる優位性を捨ててまで巨大海魔に近づいているには訳がある。 決して自棄になった訳ではない。 かつて旅した世界でもほとんど見ない巨大な敵。あれに必殺技の一つ『メテオストライク』が通じるか否か試してみたくなったのだ。 敵一体の隙をついて抱きかかえ、遥か上空までジャンプ。反撃される前に敵を逆さまにして脳天から地面に叩きつける大技。それが『メテオストライク』だ。 この世界の動物である象よりも大きなモンスターを投げ飛ばしたこともある。例えば、獣ヶ原の洞窟をねぐらにするキングベヒーモスがこれに該当する。 それどころか六両連結した列車、しかも走行中ですらあった『魔列車』を投げ飛ばした経験すらあった。 あの怪物に鍛え上げた武術は通用するのか? マッシュの心はその疑問に埋め尽くされ、その証明をしたくてしたくて堪らなくなってしまった。 結果、マッシュは巨大海魔が全身を露わにした瞬間、川に飛び込んで敵を目指して泳ぎ始めてしまった。 投げる。 崩す。 落とす。 どれほどの効果があるかどうかは二の次で、技そのものが通用するか否かに意識は傾いていく。 格闘家とは自らの肉体を鍛え、その技を研鑽し続ける。そうやって我が身一つで問題を解決しようとする傾向が強く、マッシュもその例にもれず自分で出来ることは自分一人でやろうとしてしまった。 結果―――、近づくと同時に巨大海魔が伸ばしてきた触手に足止めされ。その上、捕獲されて喰われそうになるのだった。 「むぼ、う、げば!」 かつてマッシュはフィガロ城の機関室のエンジンに絡みついていた四本の巨大な触手と戦った事があり、あの時も捕まって攻撃のチャンスを奪われた上に触手に体力を吸われて敵を回復させる羽目に陥った。 当時は一緒に戦ったセリスとエドガーの協力によって何とか打倒したのだが、今、川の中にいるのはマッシュと触手だけだ。 巨大海魔だけが相手だったならば足場が無い不安定な水の中だろうと戦える自信はあるが、苦戦させられた『触手』と似た相手もいるとなると少々分が悪い。あるいはマッシュが気づいていないだけで『触手』に対してトラウマになっており、心のどこかで似た系統の敵に苦手意識を作り出しているのかもしれない。 泳ぐのではなく、魔石『ケーツハリー』で紫色の巨鳥を呼び出して運んでもらえば良かったとも思ったが後の祭りである。 準備不足と過信、その結果がこれだ。 「うお、手前。舐めるなっ!」 クロールを止めて、足だけを動かして水面から上半身を出す。そのまま鉤爪を振り回して迫り来る野太い触手―――タコかイカの足に似たそれを切り裂いた。 もっとも、捕食の為に特化したそれはタコやイカの足に比べればかなり凶悪で、あれに掴まれたが最後、どんなモノであろうと喰われてしまうだろう。かつてフィガロ城のエンジンを止めながら、マッシュの体力も吸い取った『触手』のように・・・。 「死んでたまるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」 叫びと同時に両手にはめた鉤爪を振り回し、何とか数十本の触手の猛攻を何とか耐えしのぐマッシュ・レネ・フィガロ。 触手の波がわずかに弱まった瞬間、泳いできたルートを遡って逃げたのは言うまでもない。 格闘家、足場が無ければ、足手まとい。 ゲーム内でたまにギャグ要素が強くなるマッシュだが、格好悪い所は見たくなかったので没。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ その3 『ロック・コールの場合』 ロックは右手にアクセサリ『盗賊の腕輪』を身に着けながら前に伸ばし、左手で腕輪を抑え、手を前に出す構えを作り出していた。 「サンダラ!!」 呪文を唱えると、前に伸ばしてロックの右手の平から雷撃が生まれ、川の中央で四方から攻撃を喰らっている巨大海魔を焼き焦がす。 ロックがゾゾの町で最初に出会った幻獣『ラムウ』。彼はガストラ帝国の魔導研究所から逃げ出して、老人に見える姿を利用して幻獣でありながらも人に紛れて生活していた稀有な幻獣だ。 その幻獣の力を使う雷の中位魔法はロックにとって使い慣れた魔法の一つ。けれど、ロックの職業はトレジャーハンターであり、その本質は魔法を使って敵を倒す者ではない。 宝を掴み取る者だ―――。 故にロックは攻撃しながらも常に左手に返ってくる右手の腕輪の感触を気にしていた。 アクセサリ『盗賊の腕輪』、この腕輪は敵が持つアイテムを盗む確率を高める効果を持ち、トレジャーハンターであるなら決して逃してはならない宝をより高確率で手に入れられる腕輪だ。 三闘神の『鬼神』からはエドガーとマッシュ専用の防具で炎を無効化できる『レッドジャケット』を―――。 ガストラによって空に浮かび上がった魔大陸に現れるモンスター『ドラゴン』からは左右の手にそれぞれ武器を装備できる『源氏の小手』を―――。 ジュラ紀の大型恐竜を彷彿させる『ブラキオレイドス』からはありとあらゆる状態異常を防ぐ神秘のアクセサリ『リボン』を―――。 その他にも色々なモンスターから色々なアイテムを盗んできた。 ロックにとってモンスターとは倒すべき敵であると同時に、どこに持っているのかすら判らないが様々なアイテムを隠し持っている宝箱でもある。 だからこそ、あの巨大海魔が何を持っているか確かめたくなるのはトレジャーハンターの本能と言えた。四方からの圧倒的威力でもって海魔をその場に押さえつけている状況もロックの欲望を促す要因になっていた。 俺一人が攻撃しなくても何とかなるんじゃないか? と。衝動に突き動かされたロックは魔石を取り出し、幻獣『ケーツハリー』を呼び出す。 この幻獣は黄色と緑色と赤色の青色の色彩豊かな羽根を持つ巨鳥の幻獣で、アインツベルンの森で戦った時も移動の手段として用いた幻獣だ。 地面に降り立ち、羽根を休めて紫色の体躯を存分に見せつけるケーツハリー。ロックは鳥の幻獣の羽根に手をかけ、一気に背中まで飛び上がる。そしてケーツハリーは成人男性一人分の重量をものともせず、空高く舞い上がった。 上空への引き上げられると同時にロックの腹の底に気持ち悪さが浮かび上がるが、目の前にある宝箱への欲求で気持ち悪さを強引に押しつぶす。 何を持ってる? どんな宝が出てくる? どうやって奪う? 相手がモンスターとは言え、この『盗む』という行為そのものが、炭坑都市ナルシェに居を構える地下組織リターナーの同胞の老人から『泥棒』と言われる理由なのだ。けれど、ロックは意図的にその事実を黙殺する。 ロックは投擲武器『ライジングサン』を仕舞い込み、代わりに聖なる属性を持つナイフ『グラディウス』を手に取った。その間にもケーツハリーは背中にロックを乗せたまま空高く舞い上がり、一気に巨大海魔へと向けて滑空していく。 狙うは巨大海魔の持つアイテムだ。 すると、お互いの距離が百メートル以内に縮まろうとした時。ほぼ真正面からやってきた巨鳥の幻獣に対して、巨大海魔は水の中から極太の触手を何本も何十本も伸ばしてきた。 元々その長さを持っていたのではなく、体の一部を使って触手を自由自在に伸縮させているようだ。 回復に費やして失った魔力を補充する。餌を、食料を、生贄を、魔力を寄越せ―――とでも言わんばかりにロックとケーツハリーを喰らおうと何十本もの触手が迫る。 触手の付け根、蠢く肉の表面には数えきれないほどの眼球が合って、それら全てがロックとケーツハリーを見つめていた。飢えに支配された視線が山ほどロックに突き刺さるが、その程度では恐れない。 召喚された場所に縫い付けられ、ただ見ているだけのモンスターが飢餓に背を押されて恨みがましく見ていたから何だというのか。 触手の太さは一本一本がロックの体格より太い、食事をするために伸ばされた何十本もの触手は悪夢の象徴のようだが、ロックはもっと厄介で面倒な強敵と戦った事がある。 フェイントのない手数の多さだけが自慢の直線的な攻撃―――、いや、捕食しようとする触手の動きを捉え。ロックは体勢を低くして両足をケーツハリーの羽毛に埋め、グラディウスを持たぬ手で更に体を固定する。 伸ばされた触手から避けるために体を真横に傾けたケーツハリーから落とされないように両足と片手での三点でしっかりと体勢を整えた。 「はっ!!!」 空を切った三本の触手がロックの間近にある。吐き出した呼気と一緒にグラディウスを振ってそれら全てを斬り捨てた。 刃渡りが二十センチほどしかないナイフが十数倍の大きさの物体を切り裂く。明らかにグラディウスの刃が振れていない部分も切り裂いているが、付加された聖属性が邪なる海魔の肉体を浄化させているのだろう。 ケーツハリーが空を舞い、背中に乗ったロックが避けた触手を全て斬る。 「ヘイスト」 援護とばかりに川辺からセリスの声が聞こえてきて、ロックの体をスピード増加の魔法が包み込む。するとグラディウスを振るう速度は更に上がった。 触手はロックに斬られた部分から付け根までは健在であり、残った部分を動かしてロックを押し包もうとしてくるが、速度の上がった剣劇はその肉の檻を切り裂いていく。 滑空するケーツハリー。 喰らおうとする触手の群れ。 それを切り裂くトレジャーハンター。 斬る、斬る、斬る、斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。 触手が数十本斬られても海魔の体力は全く削れていないようだが。大きさでは数十倍、いや、数百倍もの違いがありながらも、巨大海魔はロックとケーツハリーの進撃を食い止められていない。 その光景は空を飛ぶ蠅を捕まえるられない人間に少しだけ似ていた。 そしてロックは遂に巨大海魔へと到達する―――。 「盗む!」 伸ばされた触手を掻い潜り、ケーツハリーが敵モンスターの脇を通り抜ける一瞬の隙を突く。 ロックはケーツハリーの羽毛を握っていた手を伸ばし、ヌメヌメとする海魔の体の中へと手を突き刺した。下手をすればそのまま喰われてもおかしくない無謀な行為だが、それでもロックがアイテムを掠め取るためにはどうしても必要な行為だ。 一瞬の邂逅を経て、喰われる前に引き抜かれたロックの手は―――。 何も持っていない。 「・・・・・・・・・・・・・・・それもそうか」 ケーツハリーの上で体勢を立て直しながら、落胆と共にロックは呟いた。 盗むのに失敗したのではなく敵は最初からアイテムを持っていない。ロックの手はただ巨大海魔の肉の感触しか感じなかった。 思えば、様々なアイテムを持っていたモンスターはここではない別の世界のモンスターであり、この世界に召喚された魔物が何らかのアイテムを持っているなど空想でしかない。 ロックはもう一度心の中で『それもそうか』と自分を納得させ、敵がアイテムを持っていない現状を受け入れる。 仕方ない。仕方ないったら、仕方ない。 アイテムを持っていないならもう用はなかった。 よし、殺そう―――。 滑空の勢いを殺さずに向こう岸へと渡り、ケーツハリーから降りて再び川辺から攻撃する状況を整えたロックはこれまで使っていた雷の魔法の威力を引き上げた。 少し離れた場所でリルムがロックの方を見ていたが、怒りで後押しされたロックは気付かない。 「サンダガァ!!!」 それは幻獣『ラムウ』ですら扱えなかった雷の上位魔法。 巨大海魔が何かアイテムを持っているかもしれない、と一方的に考え、実際には何も持っていなかったので一方的に落ち込んだ。これが理不尽な八つ当たりだと理解しつつ、ロックから放たれる攻撃はどんどん荒々しさを増していくのだった。 これを書いて何の意味がある? 何にもならんだろう。と言う訳で没。 『盗賊の小手』を装備しつつケーツハリーに跨って味方の攻撃を華麗に掻い潜る―――、んで『螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)』をぶんどるネタも考えてたけど、その場合はキャスターが自前の魔力で海魔を支えるだろう結論付けて、そっちも没。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ その4 『リルム・アローニィの場合』 リルム・アローニィには『スケッチ』と呼ばれる特殊技能がある。 この技はリルムが持つ絵筆を空中を躍らせて、目の前にいる敵と全く同じ存在を疑似的に作り出す技だ。筆に何もつけていないにも関わらず空に描けるのは、描いている元になっているのが絵具ではなくリルム自身の魔力だからである。 なお、今では101匹にまで増殖して冬木市のあちこちで包囲網を展開しているミシディアうさぎもまた、このスケッチの副産物だったりする。 スケッチで生み出された存在は単発の攻撃しかできず、しかも役目を終えると消えてしまう難点はあるが。スケッチには召喚魔法と似ている部分が多い。 ただし、スケッチは目の前に敵がいる状態で正確に素早く書き終えなければならない描き手の技量が要求されるので、その意味に置いては魔石に魔力を注ぎ込めば誰でも召喚できる召喚魔法よりも難易度は高い。 絵筆の先端から魔力によって描かれる空想にして現実の存在―――それこそがリルムの『スケッチ』が生み出す創造物だ。魔力によって作り出される点は使い魔に似ているが、視点を変えれば『創生』にも匹敵する奇跡。リルムはそれを自分の感覚のみで行い、目の前にある者を『世界』という名のキャンパスに描いていく。 たとえそれが初見だとしても、目の前に立つ敵を瞬時に自分の攻撃方法として描いてしまうリルムの特殊性は異常であると同時に天才と評されてしかるべきだろう。 だからこそ初めて見る巨大海魔を見た瞬間、描かずにはいられなくなった。 見上げるほど巨大なモンスターを前にした場合。圧倒的な大きさゆえに恐怖する者、殺すために自らを鼓舞する者、どうやって殺そうか検討する者、大きさだけで落胆する者、と、反応は様々だが、リルムはまず『これ描ける?』と思った。 そして次に『じゃあ描こう』と結論付けた。 戦いの最中、倒すことを最優先させるなら敵の弱点や動向をまず探るべきなのだが、リルムの思考は『スケッチ』があるが故に描けるか否かに移ってしまう。 ライダーに力を見せるために一度は攻撃してみせたが、リルムの手は魔法を放つためではなく敵を描くために絵筆に伸びた。 ただ、空に描かれた敵モンスターが攻撃をしかけるのもまた事実であり、完全に戦闘行為を中断させた訳でもないので『戦闘放棄』とも言い難い。加えてロック、セリス、マッシュの三人は対岸にいるので、リルムが攻撃の手を休めたことを咎める者は近くにいない。 『攻撃しろ!』と誰にも言われないので、スケッチに専念できてしまう。 リルムは敵を描くために絵筆を空中に躍らせた。 「鳳凰の舞!」 すると対岸からリルムが最初に放った『ファイラ』よりも強力かつ強大な炎が人型を保ちながら数百発打ち出されて海魔へと襲い掛かった。 リルムが右から左に大きく絵筆を振り、水面から出た巨大海魔の土台を描く頃には人型の炎は敵に衝突して、あちこちを燃やす。 至る所を焦がされたモチーフを視界に収めながらも、それでもリルムは絵筆を動かし続けて巨大海魔を創造していった。 「メテオ!」 触手の一本一本を正確に描き、絶えず蠢いている肉の塊を描写していると、数百発の隕石の雨が海魔目掛けて上空から降り注いだ。 ロックの仕業だろう。 夕暮れが近い空を切り取って、宇宙空間に似た闇が円形に染まる。その中から飛び出してきた隕石が海魔の体を削り、抉り、潰し、壊していく。 それでもリルムは負けずと筆を動かす。 「アルテマ!」 そしてセリスを中心に生まれた半球状の破壊が今まで以上に海魔を切り刻む。 半球状に膨らんでいく魔力の嵐、セリスの前に立つ敵は逃げ場のない半球に包まれて全身を破壊され尽くした。 半球の魔力が消え去った後、辛うじて回復の兆しを見せているのでまだ中にいるキャスターが健在だと判る。だが、対岸から叩き込まれた容赦ない攻撃にモチーフである巨大海魔の姿は見る影もなく変容してしまった。 足場であろう土台を描いて、そこから伸びた触手を全て描いて、残るは真ん中と頭上の辺り―――。そこで見ながら描いていた敵の最初の姿が消えてしまった。 続きを描きたくても、リルムの目の前にはその『続き』がない。 描くための対象がなくなってしまったので、リルムは絵筆を下ろしてそれ以上描くのを止めた。 「・・・・・・失敗しちゃった」 出現させようとした描く海魔は下半分ほどまで描かれたが、一瞬後には巨大海魔になろうとしていたモノは虚空へと消えていってしまう。 小さいモノならモチーフの形が変わる前にすぐ描けるが、巨大なモノを描こうとすればそれ相応の時間がかかる。 足を広げれば大型トラックほどはある『オルちゃん』こと女の子が好きで筋肉ムキムキが嫌いな蛸の『オルトロス』を描く時は一秒とかからずにスケッチを終えたが、さすがに高層ビルに匹敵する怪物を描くのには時間がかかり過ぎたようだ。 何とか復活しようとする巨大海魔を見つめながら、リルムは持っていた絵筆を腰に戻す。 スケッチの失敗―――。語られた言葉の軽さと裏腹にリルムの内心は途方もない悔しさで溢れていた。 実は巨大海魔同士の怪獣大決戦とかちょっと心惹かれた。書こうとした。でも没。 FF6といえば魔大戦、そして幻獣でしょ。見た目でも巨大海魔の召喚より幻獣召喚の方が格好いいし。 ちなみにアルテマは本編のもっと緊迫する決戦で使う予定。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ その5 『マッシュ・レネ・フィガロの場合 再び』 「・・・・・・・・・」 マッシュはキャスターにも巨大海魔にも気付かれることなく接近していた。 マッシュには水の上を走る技能は無く、巨大海魔が岸辺に到達した訳でもない。相変わらず川の中央にその巨体を鎮座させ、両側の岸辺から放たれる攻撃に足止めさせられている。 巨大海魔が動こうとすれば迫る魔法が土台となる水面付近にある足元らしき箇所を切り裂いて、燃やし尽くして、消し飛ばす。 川の中央にいながら何とか岸辺にいる敵を攻撃しようと大木以上の太い触手を伸ばせば、それが到達する前に同じ攻撃で呆気なく細切れにされて、消し炭にされて、消滅させられる。 キャスターを取り込んだ巨大海魔が敵からの攻撃でその場に固定されてしまい、近接戦闘が入り込む余地を完全に排した長距離からの一方的な攻撃が展開され続けていた。 ただし、巨大海魔に遠くを攻撃する手段は無いが回復だけなら群を抜いているので、敵は損傷と回復を繰り返して何とか硬直状態を作り出していた。 誰の目から見ても戦況は明らかだ、ロック、セリス、マッシュ、リルムがそれぞれ四方から放つ攻撃によってキャスターも巨大海魔も劣勢に追いやられている。 その状況に少々不満を覚えたのがマッシュだった。 勝敗に観点を置いて考えるならば、この状況は望むところであり、『敵を倒す』に特化した戦い方は称賛されてしかるべきだ。 だがマッシュは『オーラキャノン』『鳳凰の舞』『真空波』などの長距離攻撃の必殺技は放ち続けるのに違和感を覚えた。 師匠である格闘家ダンカンも言っていた。たとえ裂けた大地に挟まれようとも、ワシの力でこじあける! と。 マッシュもそれに倣って同じことを言った。 ようするに四肢を使っての戦いこそが格闘家マッシュにとっての真骨頂なのだ。師ダンカンより授かった究極の技『夢幻闘舞』もまた手足を使っての打撃であり、鍛えに鍛えた筋力が合ってこその必殺技となっている。 だからこそ勝つために遠距離攻撃ばかりしている状況に焦れた。 自分の肉体を使った攻撃をあれほど巨大な敵に対して叩きこめない状況に苛立った。 そこでマッシュはガウの宝物の『ピカピカ』こと、元々は世界が崩壊する前のモブリズの村に合った『水中で息ができるヘルメット』を使って移動を開始する。遠距離攻撃を叩きこんでいる人数が四人が三人に減って威力が緩むが、それでも巨大海魔を川の中央に押し留めるには十分だった。 泳いで行けば触手の嵐に見舞われて悲惨な事になるのは判っていた。行くならば水中からだ―――。 『ピカピカ』を被ったマッシュは水中に入ると同時に下へ下へと潜り、出来るだけ水上の戦闘から遠ざかる川底をひたすら歩き続けた。 水は空気とは比べ物にならない密度を持ち、ただ歩くだけの時間がとてつもなく長く感じる。それでもマッシュは一歩、また一歩と敵に近づくために歩く。 幸運だったのは、巨大海魔の触手は水中にも存在していたが、川辺から襲い来る攻撃の対処に忙しくて、水流に逆らってゆっくり進む水中の物体にまで気を回す余裕は無かったらしい。水中に敵がいるなど予想すらしていないようで、水にたゆたうモンスターの一部は近づくマッシュを迎撃しなかった。 あと少し。 あと少し。 逸る気持ちを懸命に抑え込み進んで行って、遂にマッシュは巨大海魔へと到達した。 川の中で左右を見れば、あまりの大きさと見通しの悪さで全景を把握できない、遠目からでも判っていたが近くで見れば改めて常識外れの大きさだと判る。 これこそが敵、マッシュ・レネ・フィガロが鍛えに鍛え抜いた肉体でもって打倒すべき敵だ。 マッシュは手を伸ばして海魔の一部に触れる。すると触れた部分を中心にして、目が現れた。 これまでは見つからないように移動していたので発見されずに済んだが、さすがに人体が接触すれば気付くらしい。中州の様に川の中央に鎮座する巨大海魔の表面に幾つもの目と目と目と目と目がマッシュを見つめた。 ほんの一瞬前まで眼球など無かった箇所にいきなり数十、数百の目が現れる。あまりの気持ち悪さに卒倒しかけるが、マッシュは懸命に自分を抑え込んで、敵から攻撃されるより前に攻撃する自分を強く意識する。 恐れる暇があれば技を叩きこめ。 渾身の力で、全力を振り絞り、悔い無き心で、ただまっすぐに―――。 出来ないとは思わない。そう思ってしまった瞬間に技は失敗し、弱い心が自分自身を破壊する。 出来る。 必ず出来る。 そう信じながら、マッシュは姿勢を低くして、海魔と水底との間に両手を突っ込んだ。しゃがむ動作に合わせて数十の眼球が一斉に動くがマッシュは気にしない。 手は柔らかい物を掴み、ぬちゃり、と嫌な感触を味わってしまうが、それでも気にしない。 今は技を繰り出す時。必ず出来ると信じる技を発動させる時。 出来る。 俺ならば出来る。 自分で自分を信じたマッシュはそこで必殺技を放った。 「メテオストライク!!」 必殺技を叫んだ次の瞬間―――。マッシュの体は巨大海魔ごと上空数十メートルにまで持ち上がっていた。 そこに到達するまでは一瞬すら無い。必殺技が発動すると同時に敵を抱えて空に舞い上がっていた。 体重は軽く数千倍。普通ならば絶対に持ち上げられないし、空に跳ばすなど絶対に不可能。 けれど本来の『メテオストライク』がこの世界を訪れて様々な事を知った事により新しい技へと進化した。 事象の逆転。『結果』を作り出してそこに至る『過程』を消し飛ばす。 もはやマッシュの必殺技は『結果』を掴み取る奇跡の領域にまで踏み込んだ。 「おぉぉぉぉぉぉっ!!」 マッシュは新たに進化した技への喜びを捨て、この必殺技を完成させるために渾身の力を振り絞った。自らの『必殺技』が英霊が使う能力での『宝具』にまで昇華したとしても、ここで終わってしまえば何の意味もない。 技は技として完成させて初めて必殺技となるのだから。 マッシュはぬめる巨大海魔の一部を力強く握りしめ、ここで全ての力が途切れても構わない―――と言わんばかりに全身の力を総動員して巨大海魔を縦に回転させていく。 地面に立っている時は支えがあるので動かそうとしても踏ん張られてしまう。だが空中にはそれがない。そして巨大海魔はいきなり空に放り出されて何が何だか判らなくなっている。 この隙に必殺技を完成させなければ師匠に合わせる顔が無い。 「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」 祈りにも似た想いと雄々しい咆哮が絡み合い、徐々にマッシュの体を中心にして巨大海魔が回転していく。 回転する前から重力に引かれた自由落下は始まっており、間に合わなければただ上空から落とすだけだ。敵を逆さまにして地面に叩きつけてこそのメテオストライク。 体勢を崩せ。 天地を逆転させろ。 頭を地面に叩きつけてやれ。 「おりゃ――!!」 最後の叫びと共に、遂に巨大海魔が上下逆になった。 敵を回転させるのに全力を出していたマッシュは気付かなかったが、完全に巨大海魔を回転し終えた時には地面と巨大海魔は一メートルと離れていなかった。まさにギリギリで必殺技が完成したのだ。 下から持ち上げていた構図が上から叩き落とす構図に切り替わり、敵の頭―――と思わしき部分がマッシュの飛び上がった箇所に衝突する。 ドンッ! と爆風に似た衝突音を鳴らし、柔かな巨大海魔が固い大地とぶつかった。 必殺技の新たな完成だ。 自らの四肢で敵に一撃喰らわせた感動に身を震わせながら、マッシュはぬかるんだ泥の上に着地して技をかけた巨大海魔を見やる。 すると浜辺に打ち上げられた海洋生物が身動きを取れなくなるのと同じように、メテオストライクを受けたモンスターは一瞬だけ頭を起点にした逆立ちの様に硬直していたが、徐々に地面に向けて横たわっていった。 巨大な体躯が重力に引きずられて地面に落ちていく。落下その衝撃に合わせてまた大地が揺れ、小規模な地震を巻き起こす。 手応えあり! 巨大海魔はそれほどダメージを負って無いようだが、内部にいたキャスターは巨大海魔の重量をもろに受けたのだ。いかに英霊と言えど巨大海魔の大きさでは押し潰されるには十分すぎる。 見えないので本当かどうかは不明だが、動力源として肉の壁に守られていたキャスターを倒した実感があった。自らが召喚した海魔の重量で押し潰されるという不本意な最期だったかもしれないが、マッシュにとっては渾身の技を繰り出した結果なので非常に満足だ。 そこでマッシュはおかしな事に気が付く。 巨大海魔が横たわっているのは変わっていないが、そこに追撃が全くなかった。ロック、セリス、リルムが三方からそれぞれ攻撃を加えていた筈だが、それがピタリと止んでいる。 どうした? 何かあったのか? 俺が上空に持ち上げたから目標を見失ったか? そう思いならが川の両岸を見渡した。 そこにはロック、セリス、リルムは言うに及ばず、川辺にある草地の上で戦っていたであろうセイバーやライダー達の姿はなく。同じ戦車(チャリオット)に乗っていたカイエンの姿も、セイバーの偽マスターであるアイリスフィール・フォン・アインツベルンの姿もなかった。 慌てて巨大海魔へと視線を戻し―――。 「あ・・・・・・」 水がほとんどなくなって、干上がった川に視線を戻した所でようやくマッシュは自分が仕出かした事の大きさに気が付いた。 数十、あるいは数百トンの重量を持つ巨大海魔を思いっきり川に叩きつけたのだ、そこにあった水が一斉に外に弾かれて小規模ながらとんでもない威力を持つ津波へと変化しても不思議はない。 極論すれば『メテオストライク』の名の通り、隕石が川に衝突したのに等しい。 未遠川を形成していた大量の水は衝撃で外に向かい、川辺にいた全員へと万遍なく向かった。 少し離れた場所にある民家や電信柱や道路や川にかかる橋などは無機物故にバトルフィールドの恩恵を受けて全く壊れていないが、そこにいた誰も彼もが突如発生した波にさらわれてしまったらしい。 もしかしたらメテオストライクの余波は幻獣『リヴァイアサン』が放つ『タイダルウェイブ』より強力だったのかもしれない。 「・・・・・・・・・・・」 そもそもメテオストライクを放った直後に川の上ではなく、ぬかるんだ泥の上―――つまりは水が無くなった川底に着地した時点で気付くべきだったのだ。マッシュ自身が味方を一斉に押し流してしまったのだと。 自覚は無かったが、メテオストライクが新たな進化を遂げて浮き足立っていたのかもしれない。 マッシュは周囲に味方が誰一人としていなくなった状況をもう一度だけ振り返って戦いの構えを取った。足元がぬかるんで構え辛かったが、戦えない程ひどくは無い。 敵に攻撃させずに延々と遠距離からの攻撃を続けるのも時には大切だ―――マッシュは横倒しになっている巨大海魔を見ながらそう脳裏に刻むのだった。 大切な言葉を脳裏に刻んだ十数秒後。マッシュは上流からの鉄砲水に呑まれ、身を以て『因果応報』を知る事になる。 昔、感想掲示板に書かれたマッシュが巨大海魔にメテオストライクを仕掛ける状況が書きたくて書いた。マッシュが絡むと何故かギャグ要素が強くなってしまうので没。 そもそもバトルフィールド展開時に河川や海などの流水をどうするか考えてなかったし、メテオストライクの魔改造は気が引けたので、やっぱり没。魔列車は投げられても、さすがに巨大海魔は・・・。 倉庫街で素敵に戦ったあの御方はどこに行ってしまったのやら。 ライダーの神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)は御者台が防護力場に覆われてるから、あそこだけは水に流されても大丈夫かな? 冬木大橋で観戦していた雨生龍之介は衝撃で橋の上から落ちたかもしれない。そして水が無い上に彼は一般人だから確実に悲惨な目にあう。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ その6 『魔法を唱える三人と傍観する一人の場合』 キャスターが召喚した巨大海魔は川の中央から全く動けずにいた。 巨体故の動きの鈍さに時間がかかっているのではない、動こうとする前に殺されないための回復を強いられているからだ。 「バイオッ!」 動こうとすればそれを許さない攻撃が四方から飛んできて、容赦なく海魔の体を切り刻んでいく。 キャスターも海魔も知らぬことだが、川の辺から前後を囲まれた状態は『サイドアタック』と呼ばれる隊形で、後ろ側から与えられる物理攻撃は1.5倍に上昇する。 今のところは遠距離からの魔法攻撃が主体になっているので攻撃力が極端に上昇する事態には陥っていない。けれども、動きを止めて回復に専念しなければならない状況に追い込まれているのは紛れもない事実だ。 「ホーリー!」 声が聞こえてくる度に、毎度違う攻撃が海魔の肉体を抉って削って消してゆく。 聖杯戦争とは根底から異なる攻撃は巨大海魔をそこに繋ぎ止めるが、あまりの大きさ故に一度では殺し切れない。 例えばリルムが炎の魔法を放って表面を万遍なく焼き尽くしても内側には無事な肉が残って回復のために費やされる。肉の焼き加減で言えばミディアムレアであって、ウエルダンではない。 攻撃すれば回復する。 回復を終えたらまた攻撃される。 千日手となりつつある状況に焦れたロックは巨大海魔に向けて攻撃以外の魔法を放つ。 「ライブラ」 魔法を受けた対象のレベル、体力、弱点、ステータス異常状態などを調べる探査の魔法『ライブラ』。この魔法で巨大海魔の状況を調べると、体力は最大値より少し低下してはいるが零には程遠い数値を示していた。 しかもゴゴ達が使う回復魔法の一つ、魔法がかかっている間は常に対象者を回復し続ける『リジェネ』の強力版がかけられているようで、攻撃してもその度に回復してしまう。 回復を上回る攻撃を叩きこまなければ拮抗は崩せず。このままでは敵は動けないが事態が好転しない。魔力が切れるまで攻撃し続ける手もあるが、あまりにも時間がかかり過ぎる。 どうするか? そう考えた瞬間、未遠川の辺で巨大海魔に向けて攻撃する全員の意識が繋がった。 かつての世界に無くてこの世界にあった『携帯電話』なる物で連絡を取り合う必要はない。何故なら、彼らの根幹は等しくゴゴであり、意識を共有しようと思えば各々が何をしようとしているかなど一瞬すら必要とせずに理解できるからだ。 再生させずに一気に消滅させる為、より強い攻撃を仕掛ける。聖杯戦争に招かれた英霊達の基準で言えば山一つぐらい吹き飛ばせる『対軍宝具』か『対城宝具』の威力を出せばいい。 目的を作り出した彼らは一度『手段』に戻り、どんな強い攻撃を叩きこむ? を考える。 敵を見据えたまま状況をもてあましているように見えるかもしれないが、その実、離れた場所にいる彼らは超高速で思考し続けた。 そしてある結論へとたどり着く。 すぐ近くでライダーとセイバーの緊迫した雰囲気に接しながら、それでも全く気にせずに川の方を向くリルム。離れた場所にいる愛する人を想い、一瞬だけ海魔から視線を外して想い人を見るセリス。向けられた視線を一瞬だけ見つめ返しながらも、自分の魔力の少なさから他の二人に合わせられるか少し自信が無いロック。 彼ら三人は両手を前に突き出して、それぞれの手を遠くにいる仲間たちへと向けた。 リルムの手はロックとセリスに向けられ、ロックの手はセリスとリルムに向けられる。当然ながらセリスが手を向けた場所にはロックとリルムがいる。彼ら三人を同時に見れる者がいれば、互いが手が指し示す方向で巨大な三角形が作り出されていると気づくだろう。 すると三人が作り出した見えない三角形は人の目に見える形へと変化していった。 変化はほんの一瞬で、ずっと見ていなければいつ『それ』が現れたかは判らない。それでも紛れもなく『それ』はそこに現れた。『それ』は山を見間違えてもおかしくない巨体を誇る海魔を覆い隠す更に巨大な三角錐であった。 ロック、セリス、リルムが三角錐の底面の頂点となり、巨大海魔の上に伸びた魔力が四つ目の点になり三角錐を作り出している。 「ファイガ」 リルムがそう言うと、前に突き出した両手の間に十センチほどの大きさの火球が生まれる。それ単体では僅かな光源にしかならないように見えるが、火球の小ささとは対照的に海魔を包み込む三角錐がリルムを中心にして紅く染まっていった。 全てを焼き尽くす灼熱の赤。 その色が空に浮かぶ四つ目の点に到達すると、今度はセリスが魔法を唱える。 「ブリザガ」 セリスの口から氷属性上位魔法が唱えられると、リルムと同じように突き出した両手の間に氷柱を凝縮したような小型の氷塊が現れる。 リルムが赤ならセリスは青。氷塊を起点として、セリスが立つ位置から三角錐は青く染まり、赤に対抗するように広がっていく。 「サンダガ」 最後にロックの前方に黄色にも金色にも見える握り拳ぐらいの球が現れ、バチバチと放電しながら巨大な三角錐を同色に染め上げた。 赤、青、黄色。眩い光を放つ三色が巨大な三角錐の中で混ざり合い、溶け合い、干渉し合い、全く別の力へと昇華されていく。 「「「ミックスデルタ!!」」」 三人の声が合わさると、三角錐の中で光が弾け、闇が広がった―――。 炎、氷、雷。属性の異なる三大高位魔法を掛け合わせることで全く別の属性へと変貌させる三人技。効果範囲の中を荒れ狂う破壊はそこにいる全ての敵を壊し尽くす。 効果そのものは幻獣『ヴァリガルマンダ』の『トライディザスター』と似ているが、あちらが単発なのに対し『ミックスデルタ』の場合は敵を中に閉じ込めて何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も破壊する。 太陽すら潰しかねない光であり闇でもある破壊の奔流が三角錐の中から消えた時、そこにいたのは微動だにしない海魔であった。食料を求めるように蠢いていた触手は動きを止め、川岸を目指していた行進はピタリと止まっている。 彫像のようにただ佇む巨大なモンスター。 変化は持ち上がっていた触手の一本が根元からボロボロと崩れ落ちた所から始まった。 ほんの一瞬で体を構成するありとあらゆる要素を破壊しつくされ、自重すら支えられなくなった肉片が重力に引かれて落下する。それを切っ掛けとし、全ての触手がぼろぼろと崩れ落ちて、胴体は薙いだように横にずれ、頭頂部はぶちりと音を立てて裂けていく。 『ミックスデルタ』で巨大海魔は隅から隅まで壊し尽くされたようで、キャスターが放つ凶悪な存在感も消えていた。亡骸と化して崩壊してゆく肉の塊の外からでは見えないが、大きな屍の中で外側の肉塊と同じように朽ち果てているだろう。 「勝ったね――」 三人の中でもっとも魔力が高い。つまり、他の二人に合わせて自分の力を出来るだけ抑えなければならなかったリルムがそう言った。 そして黙って状況を見守っていたマッシュが後に続けて言う。 「ミックスデルタは・・・、『ブリザガ』じゃなくて『アイスガ』じゃなかったか?」 ぽつりと呟いた小さな肉声では離れた仲間たちには聞こえてないだろう。だが、意識を共有できるがゆえに判り合えてしまうその一言で世界が凍る。 メタ発言禁止ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! やってみたかったネタだけど、FF6の世界観にいきなりクロノ・トリガーをぶち込むのは気が引けたので没。 ゲーム内だとミックスデルタの形状は三角柱っぽいけど、書いてて楽しかったのは三角錐だったので変更した。ついでに言うと、クロノ・ルッカ・マールの三人がミックスデルタを使う時はちょっと浮き上がるけど、その記述も除去。 クロノトリガーの魔王のことジャキの『ダークマター』だって三角形だったし、『ものまね士は運命をものまねする』のプロローグでゴゴが使った『グランドトライン』だって三角形だし、より角張った方が格好いいよね。クロノの光の最強魔法『シャイニング』は半球だけどさ。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 以上です。