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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:23cb9b06 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/11/03 08:34
  第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐雁夜





  遠坂時臣を倒した。
  殺した、じゃない。
  魔剣ラグナロクは土下座するような姿勢でうずくまる遠坂時臣の背中を貫いているが、心臓も臓器も動脈も破壊していない。
  肉が裂けて何本か静脈が切れてるが、切り落とした腕と合わせて治療すれば、まだ死なない状態だ。
  ・・・と思う。
  俺はゴゴを倒すために効率よく人体を破壊するにはどの場所を斬るのが最も的確か調べた事がある。心臓を貫くために、正確な位置を把握しようとした事がある。人の構造がゴゴに通用するか判らなかったが、血管の配置を全て覚えようとした事もあった。
  急所を狙うなら、それ以外の効果が薄い所も知っておかなきゃいけない。その努力の結果、俺は魔剣ラグナロクで人を突くなら、どこが最も効果を発揮しないかを知った。
  結局、ゴゴとの修行において攻撃ではほとんど意味をなさず、俺自身がどこを傷つけられないようにして長く戦うためにはどうすればいいか? という意外な形で役に立ってしまっていたりする。
  遠坂時臣は魔剣ラグナロクで遠坂邸の床に縫い付けられてビクビクと痙攣してるが。心臓は動き、脳は活動し、生命はまだ遠坂時臣の体の中に根付いてる。
  俺は遠坂時臣を倒した。貫いた。昆虫標本のように魔剣ラグナロクで固定した。
  けれど遠坂時臣を殺さなかった。
  このまま腕を斬られたショックと体を貫かれたショックで気絶したこいつを放置すれば出血死するのは間違いない。だから俺は剣を突き立てた姿勢を維持したまま回復魔法をかける。
  「・・・・・・ケアル」
  一瞬で切断された血管、神経、骨、筋肉。それらを全て接合して復元させるほどの回復魔法を俺は使えない。精々、斬れた血管からこれ以上血が流れないようにするために収縮させるのと、魔法をかけた対象者の自然治癒力を促す程度だ。
  魔法の燐光が剣を伝って遠坂時臣に降り注ぐと、斬られた腕から流れた血が止まる。合わせて遠坂時臣の腹の下にある刃先から滴り落ちていた血も止まった。
  剣を抜いて、腕を傷口に合わせて、もう何十回か同じ魔法をかければ、遠坂時臣は完全な状態に復活できるだろうが、そうなる前に俺の魔力が尽きる。
  一度はティナから補充した魔力だが、今もバーサーカーに吸われ続けているから低位の回復魔法でも魔力総量の少ない俺にとっては大きな負担となる。
  それなのにどうして俺は遠坂時臣を生かそうとしている? これまでに何度殺そうと思ったか判らないこの男を―――。
  「ケアル」
  もう一度同じ魔法をかけると、心なしか遠坂時臣の痙攣が弱まった。痛みが引いたのか、それとも痙攣する力も失ったか。医者じゃない俺が触診もしてない状況じゃさっぱり判らないが、遠坂時臣が生きてる、その事実だけがあれば今はよかった。
  一年前。いや、もっとそれ以上前から夢見ていた瞬間を自分の手で掴みながら、俺の心には達成感は無く、充実感も無く、幸福など欠片も存在しなかった。
  あえて胸の中にある想いを言葉にするなら―――無力感が一番近い。これまで間桐雁夜の人生を構築していた大半が一気に抜け落ちて胸の中が空っぽになったような気分だ。
  俺はこんな気持ち悪さを味わう為に遠坂時臣を恨んでいたのか?
  こんな何も生み出さない結果を得る為に間桐に戻ったのか?
  ゴゴに師事した一年間はこんな状況を迎える為だったのか?
  考えれば考える程、暗い気持ちが胸の中から湧き出て止まらなくなる。何もない場所を埋めようとする思いはもっと俺の心を重くする。いっそ考えるのを止めてしまえと思う位、心が闇に犯されていく。
  俺は遠坂時臣と遠坂邸の床まで貫いた魔剣ラグナロクから手を離し、全く剣が動かないのを確認してから後ろを振り返った。そこにはさっき見たティナに抱きしめられた体勢のままこっちを見ている桜ちゃんがそのままいた。
  「桜ちゃん・・・」
  救いを求める様に桜ちゃんの名を呼ぶ。
  けれど返答は無い。当然だ、桜ちゃんが味わった絶望は―――自分を救ってくれると心のどこかで信じていた父親から『虐待同然の扱いが正しい』と肯定されたんだからな。
  もしかしたら遠坂時臣は臓硯が桜ちゃんを魔術師として育てるつもりが無かったのを知らなかったかもしれないが、知ったとしてもあの男の結論が変わるとは思えなかった。
  あの男の中には自分の決断が絶対に正しいという信念がある。俺に言わせればゴミに等しい信念だが、それに固執する遠坂時臣が信念を曲げる姿を想像できない。
  父親に捨てられた。桜ちゃんがそう思っても仕方がない。
  それだけの事をあの男は言ったんだ。
  「桜ちゃん・・・」
  もう一度、桜ちゃんの名前を呼んだ時。俺は唐突に遠坂時臣を殺さなかった理由に辿り着く。
  桜ちゃんの目の前で―――もう親子の絆なんて全く無かったとしても、娘の目の前で父親を殺すのが嫌だったんだ。
  桜ちゃんがここにいなかったら、嬉々として殺したかもしれないけど、今は桜ちゃんがいる。だから殺せなかったんだ、逆に生かそうとすらした。
  矛盾してる。
  殺せなかった事実を桜ちゃんを理由にして誤魔化している。
  最悪だ。
  殺す気なのに生かしてる。
  「桜ちゃん・・・」
  一歩一歩進むごとに炎の魔術で焼かれた足が痛む。皮膚どころか肉が焼けてるから歩くごとに全身が痛んで今にも倒れそうだ。むしろ、歩くより倒れて横になりたい思いの方が強い。
  そうさせないのは桜ちゃんがそこにいるからだ。悲しんでる桜ちゃんがそこにいるからだ。
  一歩進むのにかける時間はほんの数秒のようであり、数年もかかった気がする長い長い時間になる。遠坂時臣から桜ちゃんまでの十数メートルの距離をひどく長く感じた。
  歩く、歩く、歩く、あと三歩ほど桜ちゃんとティナの所に辿り着ける、そこでついに桜ちゃんが顔を動かして俺の目を見た。
  「桜ちゃん」
  「雁夜、おじ・・・さん・・・」
  次の瞬間、桜ちゃんの目から涙が流れる。
  悲しくて、哀しくて、かなしくて。止めようとしても止まらない涙が桜ちゃんの目から溢れて止まらない。
  桜ちゃんはティナの腕を押して拘束を引きはがすと、少し前にいる俺に向かって歩いてくる。
  「う、うう・・・ううううう」
  この小さい体のどこにこんなに涙が入っていた? 一瞬、そう思ってしまう程の涙が桜ちゃんの両眼から流れ出た。桜ちゃんが歩きながら拭っても、何度も何度も拭っても、涙は決して止まらない。
  小さな滝のように涙を流し続け、幼いながらも可愛らしい端整な顔立ちはぐしゃぐしゃに乱れた。
  俺が膝を地面について出迎えると桜ちゃんは飛びかかるように俺の胸の中に飛び込んでくる。
  体力全快なら何でもない衝撃だが。傷ついて、焼かれて、疲れてる今の俺には少々キツイ。疲労を悟られないように口から洩れそうだった悲鳴を押し殺し、俺は桜ちゃんを抱きしめた。
  「うううううううううううううう」
  咄嗟にかける言葉が見つからなかった。
  どんな言葉でも今の桜ちゃんの悲しさを和らげられるとは思えなかった。
  だから俺は黙って桜ちゃんを抱きしめ、小さな頭をぽん、ぽん、と軽く叩くように撫でる。落ち着かせるように何度も何度も撫でる。
  桜ちゃんは俺のあちこちが焼け落ちたパーカーに顔を押し付けて唸り声みたいな泣き声をあげる。止まらない涙でパーカーを濡らし続ける。
  耳元で桜ちゃんの悲痛な嘆きを聞きながら、顔を上げれば視界に入るのはティナ・ブランフォードの姿をしたものまね士ゴゴ。彼女は桜ちゃんの悲しさに同調するように、もの悲しい顔をしながら俺達を見下ろしていた。
  少しの間、桜ちゃんの泣き声を聞きながら俺とティナは沈黙を保っていたが。ティナが視線を上げて遠坂邸の中にあるモノを見た後、また視線を下げて俺を見た。
  その目が言っている。遠坂時臣をどうするの? と。
  視線をそらすように顔を傾け、俺にしがみついてる桜ちゃんの黒い髪を見る。小刻みな震えと聞こえてくるすすり泣く声を聞いてから、俺は冷静にその言葉を口にした。
  「・・・・・・・・・・・・あいつを治してやってくれないか?」
  「・・・いいの?」
  「ああ――」
  確認への返答に躊躇いは無い。
  「あいつの腕を斬りおとした時、判った気がする。俺は遠坂時臣を殺したいんじゃなかったんだ・・・。あの男に勝ちたかったんだ。それに、犯した罪を自覚しないまま死んで逃げようなんて許せない、そうも思ったよ。だから、遠坂時臣を――助けてくれ」
  「・・・・・・・・・・・・判ったわ」
  ティナが―――ゴゴが『桜ちゃんを救う』と言ったとき、こいつは俺に遠坂時臣を殺すことの意味と桜ちゃんの苦しむ可能性を一緒に教えてくれた。結局はその通りに行動してしまってる俺がいるんだが、操られた実感はない。むしろこの場の采配を任せてくれたゴゴに感謝すらしてる。
  もしかしたら今、この瞬間こそがゴゴが物真似してる『桜ちゃんを救う』そのものなのかもしれない。
  返答までに要した長い間でゴゴが何を考えたのかは知らないが、遠坂時臣を助ける決断そのものへの異論はないようだ。俺と、そして遠坂時臣がいる方向にそれぞれ手をかざして、上位回復魔法を唱える。
  「ケアルガ」
  俺の使った『ケアル』とは比較にならない明るく大きな燐光がティナの手のひらから俺と桜ちゃんを一緒に包み込む。見れば、胞子みたいに遠坂邸にも光が伸びてるので、遠坂時臣にもこの魔法の効果は及んでいるだろう。
  傷口に回復魔法の光が触れると、そこで俺の魔力と技量では到底成しえない超回復が起こった。
  さすがに焼けたり焦げた服までは直せないが、焼けた肉がビデオの巻き戻しのように戻っていく。痛みしかなかった部位がくすぐったさを経て、傷一つない地肌へと変わっていった。
  これはもう再生どころか創生の域にまで達してるんじゃないだろうか? この一年で何回も何十回も何百回も見てきたが、いまだにこの奇跡を見せられる度に驚かされる。
  「・・・・・・・・・」
  凄いなと思いながら、もう体が痛まない事も思い出し。何か言うよりも早く桜ちゃんをより強く抱きしめた。
  どうか悲しまないでほしい。
  涙を流してもいい、ずっとそばにいるから。
  悲しみも涙と一緒に流れ出てしまえ。
  想いを抱擁へと変えて、俺はすすり泣く桜ちゃんを抱きしめ続けた。





  桜ちゃんが泣き止むまで抱きしめ続け、ティナが俺達の近くで周囲の様子を窺ったまま、少し時間が経過する。その間に俺はケフカ・パラッツォが現れてから遠坂時臣と戦うまでの事を思い返していた。
  ゴゴの力をそっくり引き継いだケフカは厄介。未遠川で何かしようとしているキャスターも厄介。遠坂時臣の事も何とかしなければいけない。
  敵が各所に散らばっていたので、ブラックジャック号にいた俺達は戦力を二チームに別れて行動を開始した。都合よくブラックジャック号の中には複数人がチームを組んでも十分すぎるほどの人数が集まってたので、別ける分には何の支障もない。
  ブラックジャック号が遠坂邸の上空に到着すると、透明になった飛空挺から桜ちゃんを背負った俺、そしてティナの三人は浮遊魔法『レビテト』を使いながら遠坂邸へと降りて行った。もちろんミシディアうさぎも一緒だ。
  俺達が遠坂邸へ降りていく途中、敵の攻撃を受けた遠坂邸は燃えており、周辺には他のマスター達が放った使い魔が山ほどいたらしい。
  『らしい』と断言できないのは、降りてる途中で俺達より先に遠坂邸に到着していたゴゴ―――、正確にはゴゴが分身して変身した『ストラゴス・マゴス』と『リルム・アローニィ』の祖父と孫娘が鎮火と邪魔者排除を一気にやったので、そこにあった事実が抹消されて判らなくなってしまったからだ。
  地上目指して降りていく俺の目で遠坂邸の周囲だけに雨が降った。それが水属性全体攻撃魔法の『フラッド』だと気付いた時、もう遠坂邸の火は消えて、周囲にいたらしい邪魔者は全部無力化されていた。
  こうして俺たちは敵のいない遠坂邸に降り立てた訳だ。
  俺はリルム・アローニィと同じ姿をした死体が別の場所にもあると知ってたので、そこに立つ桜ちゃんより年上の女の子に何とも言えない不気味さを感じていた。
  場をごまかすように視線を泳がせた俺は鎮火した遠坂邸を見て、そこに横たわる遠坂時臣を発見した。
  この時、遠坂時臣はもう死んでいた―――。
  もっと正確に言えば、救命処置を施さなければ確実に死ぬ状況に陥っていた。
  耐火の魔術でもかけてあったのか、着ているスーツには汚れもほつれも無かったが、遠坂時臣自身は息をしていなかった。
  手の甲に刻まれている筈の令呪がどちらの手にも無かったから、聖杯が『死んだ』と判断したのは間違いない。
  多分、この時に初めて俺は遠坂時臣に対して『怒り』ではなく『憐れみ』を抱いたんだと思う。
  自陣の筈の遠坂邸で敵の襲撃を受けて、しかも味方の筈のアーチャーに見限られ、一人ぼっちで無様に躯を晒してる。魔術師の誇りで作られてるみたいな遠坂時臣がみっともない死を遂げた様子はあまりにも情けなく。驚きつつも、咄嗟に桜ちゃんが遠坂時臣の死体を見ないように出来たのが俺に出来た精一杯だった。
  聞くべき事を聞かなければならない相手が死んでしまった。普通ならここで諦めるべきなんだが、こちらにはゴゴという反則がある。
  俺達が幸運だったのは遠坂時臣の死がまだ完全に確定してない状態だった事。聖杯は遠坂時臣を死んだと認識して令呪を回収したようだが、ゴゴが持つ死のボーダーラインは聖杯の認識とは少し異なる。
  もし遠坂時臣が『死』から戻ってこれる状況にいなかったら、そしてゴゴが蘇生魔法の使い手でなかったら。遠坂時臣は話す機会も戦う機会も持てずにあっさり死んだままだった。
  ティナは急いで遠坂時臣の蘇生処置を行って生き返らせる。そして俺達は生き返っていく遠坂時臣の横で今回の演技の概略を話し始めた。
  まず遠坂時臣に話をさせる為、自分が『死んだ』とは考えさせず、その上で自分が優位にいると錯覚させなければならない。
  そこでゴゴは監督役から物真似して手に入れた預託令呪を遠坂時臣に移植し、死んだ時に消えてしまった令呪をあたかもまだ持っている様に見せかけた。
 時臣を見限ったアーチャーがいる様に見せる必要もあったから、ゴゴの一人―――先に遠坂邸に到着していたストラゴスがバーサーカーの宝具『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』を使いアーチャーへと変身した。
  ゴゴが間桐臓硯に成り代わる時に口調の真似をしていた老爺が傲岸不遜なアーチャーに変わっていく姿は中々恐ろしい。ついでにただ遠坂時臣を生き返らせるだけじゃなく、ゴゴが持つ秘薬の一つ『エリクサー』を使って体力と魔力を回復させたりもした。
  ブラックジャック号から降り立ったミシディアうさぎ達は遠坂邸を見張る使い魔達の役だ。やぶの中に散らばって遠坂邸を見張る。
  俺は次々と配役がそろっていく状況を呆然と眺めながら、遠坂邸を襲撃した犯人のようにふるまって奴から言葉を聞き出す役の心構えをする。
  下準備に蘇生に回復、宝具の使用に令呪の移植。作られた演劇の舞台に立つ主演は俺、間桐雁夜だ。
  準備している段階でこちらの数が多すぎると遠坂時臣が周囲が全て敵の状況を気づかれてしまう危険があったから、リルム・アローニィは姿を消してケフカとキャスターの相手をするために移動する。サーヴァントの霊体化のように消えて行ったから、多分、一度ゴゴの中に戻ってからブラックジャック号の甲板で分身と変身をし直すんだろう。
  ティナと桜ちゃんは少し離れた位置で透明になって戦いを見守る手筈になった。ついでに俺の魔力が切れそうになった場合の回復役も務めてもらう。
  そして聖杯戦争のマスターではなくなっていた遠坂時臣から本音を聞き出す為の芝居が始まった。
  バーサーカーとアーチャーになったゴゴが戦うのも芝居の一環で、これまでに暴れ足りなかった狂戦士のストレス発散の意味も含んでいたりする。
  開幕。
  発見。
  挑発。
  会話。
  戦闘。
  防護。
  真実。
  魔術。
  切断。
  決着。
  悲哀。
  涙―――。
  遠坂時臣が何を思って桜ちゃんを養子に出したのか? それは桜ちゃんを救うために絶対に知らなきゃいけない事だから避けられない道だったけど。その結果、手に入ったのが桜ちゃんの悲しさだ。喜ばしい状況じゃない。
  やはり遠坂時臣は死んで当然の人間だ―――。魔術師としては正しいのかもしれないが、桜ちゃんの親としては最低の存在だ。あの男の価値観は魔術師だけに固まってそれ以外の道を最初から除外している。
  魔術師としての生き方が桜ちゃんが望んだ家族と一緒にいる生き方よりも上だと思ってやがる。
  気が付けば俺の頭の中で行われた過去の回想は一気に進んで現代へと戻ってきていた。
  改めてあの男への怒りと憐みが俺の頭の中で一緒に溢れ、また桜ちゃんを強く抱きしめる結果へと結びつく。抱きしめた拍子にまた桜ちゃんの涙声が聞こえた。
  桜ちゃんの頭を叩くように軽く撫でながら、俺は遠坂時臣の事を思う。
  あんなにも殺したかった男だったのに、桜ちゃんと一緒にいる状況に出くわしたら、父親を目の前で殺すのを忌避する俺がいる。俺自身意外に思ってるが、それは紛れもない事実としてある。
  どれだけ最低最悪な人間だろうと遠坂時臣は遠坂桜の父親だ。桜ちゃんが遠坂時臣を憎んでも、呪っても、最後の一歩が踏み出せなかった。俺は奴を殺せなかった。
  それをやってしまえば桜ちゃんが悲しむと思ってしまったから・・・。
  望んでいたモノを手に入れたから、もうここには用は無い。長居すればするだけ桜ちゃんが悲しむだけだ。
  急速に意識が過去から未来へと進んでいく。終わってしまったことを切り捨てて、先に進もうと思えてくる。
  魔剣ラグナロクを回収してもう行こう、ここを離れよう―――。そう思いながら俺は桜ちゃんを抱き上げようとしたら、俺の耳がザリッ! といきなり聞こえてきた足音を捉えた。
  誰だ!?
  バーサーカーとアーチャーに変身したゴゴが戻ってきた可能性を考慮しながら、敵の可能性もちゃんと考えて音がした場所を向く。
  俺にとって最大の攻撃力を誇る魔剣ラグナロクが手元にないのは明らかに失敗だ。腕の中にいる桜ちゃんを守る為、攻撃魔法をいつでも発動できるように手もそっちに向ける。
  「・・・・・・雁夜、くん?」
  その『誰か』を見た瞬間、俺はありえない光景に呆然として動きを止めてしまい、攻撃しようとか防御しようとか話そうとか、俺がとるべき行動の一切合財を放棄してしまった。
  遠坂時臣を相手にした時は一瞬たりとも気を抜かなかったのに、ただ俺の名を呼ぶ『誰か』がそこにいるだけで意識が飛んだ。
  「桜・・・・・・」
  続けられた言葉の間には数秒あり、もしその間に攻撃されたら俺は桜ちゃんごと殺されていてもおかしくなかった。
  けれど、言葉以外には何もない。だから俺はその『誰か』の名前を思い出して、連想する情報も一緒に頭の中に思い浮かべられた。
  その『誰か』は遠坂時臣の夫であり、遠坂桜の母―――。
  「・・・葵さん?」
  遠坂葵がそこに立っていた。
  何故、ここに?
  どうやってここに?
  いつからここに?
  『誰か』が葵さんだと認識した瞬間、俺の頭の中で疑問が爆発する。
  ここが単なる遠坂邸なら葵さんが現れても不思議はないんだが、今の冬木市は二重の結界に覆われた堅牢な要塞のようになっている。ゴゴか結界魔術においてゴゴに匹敵する力量の持ち主がかない限りは中に入るなど不可能。
  葵さんの生家、禅城家は数世代前までは魔術師の家系だったと聞いた事はあったが、今は一般人の家系になっていた筈。仮に禅城の協力者がいたとしても葵さんがここに来れる筈がない。
  一般人がここにいる異常。
  ありえない光景に俺の頭は真っ白になった。
  「おかあ・・・さん?」
  俺の腕の中から桜ちゃんが葵さんの事を呼ぶ頃になって、ようやく俺の正気が戻ってくる。
  疑問を覚えようが、頭が真っ白になろうが、葵さんがここにいるのは確かな事実だ。現実だ。見間違いじゃない。
  とりあえずゴゴみたいに変身できる存在がいるのだから偽者の可能性を考えておく。
  本当に葵さんなのか? そんな風に考えていると、葵さんは早足で歩き出して俺達の方に向かってきた。
  そうじゃない―――。身構えた俺を見ようともせず、俺の手の中に抱かれた桜ちゃんにも見向きもせず、初めて見る筈のティナとは視線すら合わせない。隙だらけの格好をさらけ出したまま、俺達の横を素通りして行った。
  葵さんが向かったのは遠坂時臣がいる場所だった。
  振り向いた俺の視界の中には魔剣ラグナロクで床に縫い付けられたままになってる遠坂時臣がいる。
  ティナの回復魔法で死の淵からは完全に生還したみたいだが、まだ俺が突き刺した魔剣ラグナロクも切り落とした腕もそのままだ。
  とりあえず治癒されて傷口からの出血は抑えられているが、剣で貫いて床に縫い付けるなんて事をしてしまったので、流血は無くても不気味なオブジェのようになっている。
  治すなら剣を引き抜きながら回復させる必要がある。俺は一瞬で遠坂時臣を生かす為の答えにたどり着きながら、走る葵さんの背中を見ていた。
  遠坂時臣の命は魔剣ラグナロクが背中から腹まで突き抜けているからこそ保たれている。出血する傷口が剣で塞がれているから何とかなってる。
  まさか、葵さんは魔剣ラグナロクを抜こうとしている!? ありえないとは思ったが、もうすでに葵さんがここにいるありえない状況が一度起こってるから、もう一度ありえない事が起こったって不思議はないと思い直す。
  奇妙な納得で自分自身を落ち着けていると、葵さんは本当に遠坂時臣の所まで駆け寄って魔剣ラグナロクの柄に手を当てた。
  馬鹿がっ! 素人が余計な事を!!
  ここにきてようやく俺は起こった事態をどうにかしようと体を動かし始めた。けれどもう葵さんは両手に力を込めて、剣を引き抜こうとしていた。
  傷つく夫を見て原因を取り除こうとする思いは妻としては当たり前かもしれないが、けが人に対する処置としてはどうしようもない悪手だ。
  ゴゴが使う魔法の中には相手の体感時間を止める魔法もあるが、俺にはそれは使えない。あの剣は葵さんが持ち上げられるほど軽くはないが、横に倒したりして固定されている状態を崩すには葵さん一人の力でも十分だ。桜ちゃんを抱きしめたままの俺が動くよりも遠坂時臣がどうにかなる方が絶対に早い。
  間に合わない―――。


  「リベンジブラスト!」


  唐突に割り込んできた声が呪文だと知った時、衝撃が葵さんを吹っ飛ばした。
  「葵さん!!」
  「安心するゾイ」
  葵さんが現れた方角とは別の場所から声が飛んできた。俺は咄嗟にそっちの方が危険と判断して、吹っ飛んだ葵さんから目を背けて声がした方を見る。
  そこに黄金の鎧を纏ったサーヴァントが悠然と立っていた。
  屈んで桜ちゃんを抱きしめていたからどうしても立ってる奴を見上げる構図になるのは仕方ないんだが、その状況を考えないとしても一目で格の違いを感じてしまう。
  遠目だったり自分以外の視界を通して見たことはあるが、眼前にいる状況だと何も考えずに屈伏してしまいそうになる。
  人の上に立つ王。一目見た瞬間に圧倒されて跪いてしまいそうだ。
  「この技はダメージを負えば負うほど威力を増す、今のわしでは手で軽く押した程度の威力しか出んゾイ」
  「・・・・・・」
  変だ。
 傲岸不遜で自分の事をオレと言ってるアーチャーのサーヴァントが爺口調で喋っている。
  不気味だ。
  何かとんでもない出来事が起こってる。
  おかしい。
  三度疑問に思ったところで、そのアーチャーのサーヴァントがゴゴの変身している姿だと思い出す。
  そんな俺の思い出しを待っていたように、黄金のサーヴァントの周囲に黒い霧が発生して一気にアーチャーを包み込んでいった。
 次々起こる異常事態に頭がパンクしそうだったが、辛うじて『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』を解除しているのだと思考が理解に追いつけた。
  楕円形になった黒い霧が晴れた時、もうそこにはアーチャーの姿はない。
  二足歩行の巨大な牛。紫色の皮膚の下にある強靭な筋肉。鋭い爪、雄々しい尻尾、頭ではなく首の近くから生えている大きな二本の角。動物ではなく、むしろ怪獣とでも呼ぶべき魔物―――をデフォルメした着ぐるみを被ってる爺さんがそこに立っていた。
  名をストラゴス・マゴス。俺が遠坂時臣と戦う前にアーチャーに変身してサーヴァント健在を装った爺さんだ。
  変身する前はこんな着ぐるみ姿じゃ無かった筈だが、顔は一緒だったので何とか判る。
  たしかこの爺さんはアーチャーになってバーサーカーと戦ってた筈。バーサーカーはどうした? そう聞こうとしたら、まるでその疑問を抱くのを待っていたように、霊体化したバーサーカーが俺の所に戻ってくる。
  バーサーカーが戻っただけじゃ二人の間にどんな戦いが合ったのかは判らない。
  ストレス発散のための殴り合いか、死闘か、武器を使っての戦いか、それとも単なるじゃれ合いか。ただ、アーチャーに変身したゴゴが元のストラゴスの爺さんに戻っている事と、回復するために霊体に戻ったバーサーカーが俺の所に帰ってきたのは紛れもない事実としてここにある。
  だから経過については後で考えることにした。今まで以上に魔力を吸われ続けるが、それも後回しだ。
  死ぬほどの急速な魔力消費ではないから今は吹き飛ばされた葵さんの方が大事だ。
  「葵さん!」
  もう一度名前を呼びながら、俺は桜ちゃんを抱きかかえたまま遠坂邸の方へと向かう。
  さっきは足の痛みで歩くのも億劫だったが、ティナに回復された後だから普通に走って行ける。
  そうして距離を縮める途中。ゆっくり起き上がる葵さんの―――こちらを睨む憎悪に満ちた目を見てしまい、俺は思わず足を止めた。
  「――これで聖杯は間桐の手に渡ったも同然ね。満足してる? 雁夜くん」
  耳に届く言葉には紛れもなく憎しみがこもっていた。
  初めて聞く憎悪を含んだ声が目の前にいる葵さんを別人に思わせる。
  俺は聖杯なんてどうでもいい。求めたモノはもう手に入れたんだ。それなのにどうして葵さんはそんな事を今更言うんだ? 葵さんがここにいるのと同じぐらい不可解な謎が頭の中でぐるぐると回る。
  「よりにもよって。その人を、殺すなんて・・・・・・」
  葵さんが体を起こした状態で俺と遠坂時臣を見渡す。
  よく見れば遠坂時臣の鼻と口はしっかり呼吸してるのが判る筈。それなのに葵さんは遠坂時臣が死んだと言っている。
  まだ時臣は生きてる! そう言う前に葵さんの絶叫が辺りに響いた。
  「どうして? そんなにも私たちが憎かったの? 桜まで一緒になって―――こんなひどい事を・・・」
  まるで捨てた娘が自分たちに復讐しに来たような――。隠そうともしない憎しみを目に宿して、俺だけじゃなくて桜ちゃんも一緒になって睨みつける。
  まさか養子に出された桜ちゃんが遠坂時臣を殺そうとしたなんて的外れな事を考えてるのか?
  次々とあふれ出て止まらない疑問に頭が熱を出しそうだったが、何とか言葉を絞り出せた。
  「その男が余計な事を考えなければ誰も不幸にならずに済んだ。もっと別のやり方が合ったのに――、葵さんだって、桜ちゃんだって、凛ちゃんだって――、幸せを掴めたんだ」
  「ふざけないでよ!」
  だが俺の言葉は届かない。
  必死に紡いだ言葉は一蹴される。
  まるで悲劇のヒロインであるかのように振る舞う葵さんの激昂は止まらない。
  憎しみに支配されて、敵を見る目で俺達を見ていた。
  「あんたなんかに、何が判るっていうのよ! あんたなんか――、誰かを好きになった事さえないくせにッ!! アンタなんか生むんじゃなかった!!」
  鬼の形相で葵さんが叫ぶ。その顔を見て俺は前触れなくこう考えた。


  まるで鏡のようだ。って。


  「は? ・・・・・・はぁ? あ、あは・・・ああ、そうか――。そうだったのか・・・」
  そして俺の中の想いが形を成していく。
  それは葵さんがここにいる疑問への答えではなかった。
  彼女が何を考えているか判らない―――。その疑問に対する回答予測でもなかった。
  だけど今までにない納得が俺の心を満たしてる。
  あんた、と、アンタ。俺に向けた言葉、そして俺の腕の中にいる桜ちゃんに向けた言葉を聞いて、それは現れた。
  俺の中に現れて、俺を納得させた。
  「そういう事だったのか――」
  今、葵さんは俺の幼馴染としてではなく、遠坂時臣の妻、遠坂葵として間桐雁夜に話している。
  夫を殺された妻が、加害者に向けて怒りをぶつけてる。
  誰かを好きになった事が無いから、簡単に妻から夫を奪える。父親を殺す娘なんて認めたくないから存在を否定する。
  そんな、沢山の事を判ってない女が的外れな事を言い続けてる。
  葵さんの怒りを受けた瞬間、俺は今まで気づかなかっただけでずっと心の中にあったある想いに火がついた。
  「なあ・・・・・・、葵さん」
  「何よ!!」
  それは言葉へと変わって俺の口から放たれる。
  叫ぶ葵さんに向けて自分でも驚くほど淡々と言葉が紡がれた。
  「どうして一年前、俺に『もしも桜に会うようなことがあったら、優しくしてあげてね』なんて言ったんだ? 俺が魔術師の世界に背を向けて間桐を出たのは葵さんが一番よく知ってるじゃないか。間桐に養子に出された桜ちゃんと俺が会える可能性なんて俺が間桐に行く以外無いよな」
  今ようやく俺は俺自身を理解する。
  ほんの数日前までは言葉で説明できない悶々とした感情のうねりに過ぎなかったけど、今、俺はそれに言葉を与えられる。
  ふざけるなよ―――と、心の中で声がした。
  葵さんが俺の言葉に『何を言ってるの?』と、怒りと謎をごちゃまぜにした顔をしてたけど、そんな事はどうでもよかった。
  「葵さん、もしかして俺が間桐へ戻るように仕向けたんじゃないのか?」
  「何言って――」
  沸々と心の中から燃え上がるその感情を抑えられない。何しろこれは否定したくても否定できない『間桐雁夜』の形を作る紛れもない俺の感情だ。
  それをどうして抑えらえる?
  「間桐と遠坂が聖杯戦争で殺し合うなんて最初から判ってた事だろ。それに葵さん、『魔導の血を受け継ぐ一族がごく当たり前の家族の幸せなんて求めるのは間違いよ』って俺にそう言ったよな? 時臣を死地に送り出しておいて、桜ちゃんを間桐にやって何もしなかったくせに、こうなるのを考えなかったなんて言うなよ。『戦地に赴いた夫が無事に帰ってくる』なんて、当たり前の家族の幸せを求めるなよ! 自分からその手を放しておいて何様のつもりだ!!」
  言葉が止まらない。
  想いが止まらない。
  感情が止まらない。
  葵さんが何か言う前に俺の言葉が彼女の言葉を封じ込める。
  そうだ、葵さんが俺と桜ちゃんを憎んでるように―――。俺は葵さんを憎んでる。
  葵さんの憎しみは俺の憎しみだ。彼女を見るとまるで鏡を見たような気分になるのはそのせいだ。
  「何も知らないくせに今更母親面して桜ちゃんを語るな! ここで何が起こったか何も知らない部外者が、後からきて一目見ただけで何もかも判った気になってる素人が、俺達の場をかき乱すな!!」
  この人を殴り殺したい俺がいる。この女を切り刻んで、生きた証すら残さずに灰にしてやりたいと思ってる俺がいる。
  ああ、殺したい。
  でもそれをしない俺もいた。
  「こんな所に・・・来ないでくれよ」
  この一年、間桐邸で桜ちゃんと共に過ごした時間が嬉し過ぎたから―――。ゴゴが作り出してくれた暖かい時間が楽し過ぎたから―――。何度も殺されて苦しさも山ほどあったけど、間違いなく幸せだったから――。この幸福を手放した遠坂時臣が、葵さんが許せない。
  でもこの幸せを作ってくれた桜ちゃんがいたから、遠坂時臣を殺したがっていた俺が俺を制してる。
  桜ちゃんがいるから、葵さんを憎む俺が俺の中から生まれてる。
  桜ちゃんがいるから、遠坂時臣も葵さんも赦そうとする俺が生まれる。
  矛盾してるんだけど紛れもなく桜ちゃんの存在が俺の気持ちを抑制して暴走させる。
  葵さんが好きな気持ちは俺の中にある、だからこそ余計に許せない。殺してやりたいと思うほどに、殺したくて殺したくてたまらない。
  いや。そうじゃない。
  俺には好きな人がいた。
  いた。
  いた。
  いた。
  今はもういない、それは過去の話。その人は俺の好きな人じゃなくなっていた。あの時―――公園で見た、あの姿が最後だった。もうあの人はどこにもいない、この世のどこにもいなくなったんだ。
  桜ちゃんを養子に出して、それを受け入れてしまった時。俺の中のあの人は死んでしまった。
  「な、なにを――。どの口がそんな事を!!」
  葵さんの姿をした誰かが怒りを露わにする。でも、その顔を見ても何の感情も湧かなかった。疑問はまだ残ってるがこの女に何を言っても無駄だ、そう俺は理解して、色々な事がどうでもよくなった。
  桜ちゃんに悲しんでほしくない。消え去る疑問の代わりに現れるのはそんな願い。
  小刻みに震える桜ちゃんの体を抱きしめて、俺は路傍の石を見る無関心さで大声で叫ぶ女を見た。こいつは勝手に自分の中に真実を作り上げて見当違いな事を喚き立てている。
  自分が今、愛する夫を殺しかけたんだと気付いていない。
  どうしようもない愚か者だ。
  黙らせるか?


  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


  その時。俺の思いも、目の前にいる女の叫びも、近くで傍観していたティナとストラゴスも、桜ちゃんが泣き出してから集まりだしたミシディアうさぎ達も―――ここにいる全ての生き物の行動を押さえつける魂の叫びが響き渡った。
  「桜ちゃん!?」
  そう、出所は俺の腕の中にいる桜ちゃんだ。
  喜怒哀楽。言葉にし切れない感情のうねりを全て詰め込んだような絶叫が俺の体を縛った。
  見下ろした場所にある顔は悲しそうだった、苦しそうだった、泣いているようだった、笑っているようだった。声と同じようにありとあらゆる感情を宿す顔だった。大粒の涙を流しているのに笑顔にも見えた。
  そこで桜ちゃんの小さな手に握られた緑色の物体に気が付く。
  桜ちゃんの両手は俺にしがみつく為に使われていたし、ポシェットはつけてなかった。持っている筈がないのに、いつの間に俺にしがみつく桜ちゃんの手に魔石が握られていた。
  いつの間に!? 俺がそう思うより早く、俺とは比べ物にならない桁違いに強力な魔力が一気に魔石へと吸い込まれ、一秒もかからずに封じられた幻獣が姿を現す。
  そこから現れた幻獣は悪魔の名を持つモノ『ディアボロス』。俺の頭上に体長十数メートルの幻獣が一気に現界した。
  羽根をはやした幻獣ディアボロスは遠坂邸の中にいる遠坂時臣と葵さんを一瞥する。
  そして口を開き―――。


  闇よりの使者


  黒い大玉がディアボロスの口から撃ち出され、一気に膨らんだそれが遠坂時臣も葵さんも遠坂邸も覆い尽くした。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ





  ディアボロスが作り出した黒い球体が遠坂邸を覆う。ただし漆黒のオブジェは最初から存在しなかったかのごとく、すぐに消滅してしまう。
  後に残るのは火災で今にも崩れそうな遠坂邸だけだ。バトルフィールドが展開する限り、物体は朽ちず崩れず炭化した状態を維持し続ける。
  建造物に関して言えば、ディアボロスの攻撃を喰らう前と後では何も変わっていない。だがあの黒い球の内側に捕縛された生物は等しく生命エネルギーを喪失する。けれど必ず絶命に至る一歩手前まで吸い尽くされるだけで、動けないほど衰弱するが死にはしない。
  気絶した遠坂時臣に避ける術はなく、知識はあっても一般人でしかない遠坂葵も同様だ。どちらも遠坂邸の床の上に寝転がっているが辛うじて生きている。
  死んではいない。
  見れば、雁夜に抱きかかえられた桜ちゃんは呼気を荒くしてまた涙を流している。その顔は怒っているようにも見えるし、泣いているようにも見える。おそらくその両方に悲しさを加えた表現しがたい感情が彼女の中に渦巻いているのだろう。
  感情の矛先は遠坂時臣と遠坂葵、自分を捨てた上に憎む両親。雁夜にしがみつきながらも自分の感情を抑えられず、今さっき渡したばかりの魔石を使って攻撃した。
  起こった事実だけを見れば怒りに任せての攻撃にも見えるが、渡した魔石が『ディアボロス』であり、それをそのまま使ったのも桜ちゃんの感情の揺らぎを表している。
  だからゴゴは―――、ティナとストラゴスはこの場に居合わせた大人として話しかける。
  「桜ちゃんは優しいね」
  「うむ、その通りじゃゾイ」
  「・・・・・・・・・・・・え?」
  真っ赤な顔で目を充血させた桜ちゃんの目が見開かれ、ティナを見つめた。
  その目は怯えと戸惑いを混ぜ合わせていたので、もっと判り易く言葉を噛み砕いていく。桜ちゃん、あなたは優しいわ。と。
  「攻撃系の魔石を使えば、あの二人を殺すことだって出来た。でも桜ちゃんはあえて『ディアボロス』を選んだ・・・。相手を極限まで弱らせても、けっして殺すことのできない幻獣を――」
  「憎しみに囚われておるが、それでも心の底にある理性が衝動を制したのじゃ、その幼さでは中々出来んゾイ。リルムに見習わせたい優しさじゃな」
  ティナを見つめながらも桜ちゃんはストラゴスの言葉もしっかりと聞いているのだろう。
  無言の中でジッと見つめるその姿が放たれた言葉を吟味しているように思える。
  「あなたは優しい子――。大好きよ、桜ちゃん」
  ティナがそう言った時、桜ちゃんは雁夜の肩に顔をうずめてしまった。
  恥ずかしいのか、嬉しいのか、悲しいのか、どう答えればいいか判らないのか、色々な事が起こり過ぎて休息を欲したのか。本当の理由はゴゴにも判らない。
  判るのは遠坂邸に留まる必要がなくなってしまった事だ。
  「もうここに用は無いわ」
  「川でリルム達と合流するゾイ」
  「ああ――」
  ここでようやく雁夜も心の整理がついたのか、桜ちゃんを抱きしめたまま力強く応対した。ほんの少し前に激昂に支配されて遠坂葵を殺そうとしていたのが嘘のようだ。
  遠坂時臣の言葉を聞けたのならもう用は無い。
  遠坂葵が何故ここにいるのか? その疑問はあるだろうが、意識の上での別離は放置へと繋がる。もし雁夜と桜ちゃんの中で遠坂葵の存在がまだ助けるべき幼馴染だったり恋い焦がれる母親だったりするなら、ここで助けてと願うか行動する。
  それをしない。無視が彼らがどうなっても構わないと言う二人の心そのものだ。
  これが答え。
  これこそが桜ちゃんを救うために無ければならなかった真実。
  一歩間違えれば桜ちゃんの心が壊れてもおかしくなかったが、雁夜も桜ちゃんも互いの存在が合って辛うじて自分を保っている。
  お互いが居なければどちらも戦う意思どころか生きる意思すら失ったかもしれない。抱きしめあう二人は互いの心を補完し合っている。
  危うかった。
  遠坂葵をここに飛ばした者が誰であるかの確信を半ば得ながら、ゴゴは実害の無さゆえにあえてそれには触れなかった。
  遠坂邸でするべき事はもう何もない。結論は変わらないのだ。
  「それじゃあ・・・」
  まず桜ちゃんを前で担いだまま雁夜が動きだし、意識の無い遠坂時臣の元へと向かった。
  左手には桜ちゃん、右手を刺さった剣の柄へ伸ばし、握ると同時にじわじわと引き抜いていく。
  「――ケアルガ」
  魔剣ラグナロクが動くごとに遠坂時臣の体組織が破壊されていくので、ティナは遠坂時臣に手を向けてまた上位回復魔法を放つ。
  降り注ぐ燐光に合わせて剣が引き抜かれ、背中から胸までを貫く穴が瞬時に埋まっていった。
  雁夜が剣を引き抜き終えると、そこには穴の開いたスーツを着ながらもその下には傷一つ無い遠坂時臣が出来上がる。剣の支えを失い、横に倒れるがそんな事はもうどうでもいい。
  遠坂夫妻が遠坂邸の一室で仲良く転がっている。ただそれだけで、助ける気も殺す気も無い。
  ただし、このまま二人を放置しておけば、魔石『ディアボロス』の特殊効果、状態異常『スリップ』によって体力が減少してしまい最後には死に至る。
  優しいと言葉で少し誤魔化したが、桜ちゃんはあえて長く苦しませて殺すために『ディアボロス』を変えずに使った可能性がありえた。
  表向きにはそうと見えないとしても、桜ちゃんの心の中は遠坂時臣と遠坂葵の憎悪で満たされているのかもしれない。だが真実を知らなければ先に進め無い様に、こうなる事もまた救うためには必要だから人を憎んでも恨んでも構わない。
  苦しみがあるからこそ楽しみがある。
  助ける者がいるならそれを妨げる者がいる。
  救いは辛さが無ければ生まれない。
  「行きましょう」
  短く告げるティナに対し、雁夜も桜ちゃんも何も言わずに頷いた。
  遠坂邸を背を向ける雁夜を視界の隅に捉えながら、ゴゴは桜ちゃんを遠坂から切り捨ててくれた二人に心の中だけで礼を言う。あなた達二人が桜ちゃんが伸ばした手を振り払ったから、ゴゴが桜ちゃんを救える。雁夜の物真似が出来る―――そう喜んだ。
  「それじゃあここはお願いね」
  「むぐむぐ」
  「むぐむぐ? むぐ~」
  放置はこの二人の復活する可能性を残すので、殺しておくのが禍根を残さない最も簡単なやり方だ。
  しかし桜ちゃんがディアボロスを使って二人を生かしたなら、その意思は尊重されるべきだ。たとえ、放置すれば死んでしまうとしても生かさなければならない。
  そこでゴゴは魔石『ディアボロス』の体力減少に拮抗させる為と遠坂を監視する為にミシディアうさぎを二匹残した。微弱な回復によって二人の命は今だけ生き長らえる、運が良ければ誰かがここに来て二人の命を救うだろう。
  遠坂邸でやるべき事を終えたティナは雁夜の背中を追いかけた。見ると、魔剣ラグナロクをアジャスタケースに戻し、それを後ろに回して両手で横に持ち、桜ちゃんを背負うための土台にしていた。
  桜ちゃんを守ろうとしながら、顔を合わせたくないのだろうか?
  「この戦いが終わった後に皆で遊びに行く約束・・・。もう守れそうにないな・・・・・・」
  先を行く雁夜からそんな声が聞こえる。





  遠坂桜を元気づけるゴゴがいれば、それに苛立ちながら見つめるゴゴもいた。
  「うーん、僕ちん失敗したみたい。もう少し面白くなるかと思ったけど、誰も死んでないねぇ」
  時間が経つごとに意識は侵食されて別のモノへと変わっていく。今はまだゴゴとしての意識とケフカとしての意識がせめぎ合っているが、そう遠くない内にこの体は完全にケフカ・パラッツォへと変わり、か細く繋がったものまね士の意識も完全に途絶えるだろう。
  この世界の魔術に屈服してしまう悔しさは無い。何故なら、ゴゴ自身が聖杯の汚染に分身した体の一つを完全に明け渡そうとしているからだ。
  体の一つが『悪』に染まればどんな形になる?
  この世界の魔術とかつての世界の魔法を融合させるとどうなる?
  英霊すら比べ物にならない厄介なモノを呼び寄せない為に加減したが、その楔を外したらどうなる?
  ゴゴは自分が知っている筈の事を物真似して思い出すが、それと同時に未知なる技術もまた吸収して成長を続けていく。故に未知とは脅威であると同時に歓喜でもあった。
  無論、それが『桜ちゃんを救う』から逸脱するならば、自分すらも殺すべき対象となる。
  「申し訳ない」
  ゴゴは―――ケフカは遠坂邸から距離を取りつつ、しっかりと観察できる位置にいた言峰綺礼へと頭を下げる。ただしその顔はいつもと変わらず化粧に合わせた笑顔を作っているので、謝っているようには見えない。
  向こうのゴゴ―――ティナとストラゴスはこちらの存在に当然気づいているが、監視だけでは『桜ちゃんを救う』とは何の関わりも無いので放置された。
  遠坂時臣と遠坂葵は瀕死の状態で周囲を気にする余裕がなく、疲弊した間桐雁夜と最初から監視者を逆に見つける技能を持たない遠坂桜の二人はケフカと言峰綺礼に気づかない。
  ミシディアうさぎは術者であるゴゴの影響で気付いていたかもしれないが、独力では何もできないのでこちらも放任。
  人がいなくなったので、二人は潜めていた声を解き放って話し始める。
  「少しは面白くなると思ったが、あの程度では全く足りないな」
  「だから謝ってるじゃなーい。僕ちんが思ったより雁夜も桜も遠坂がどうでもいいみたいなんだよね、もうちょっと未練たらたらだと思ったのにぃ!!」
  様々な事象を物真似して再現できるゴゴでも人の心を物真似するのは困難を極める。
  心―――。時に人の強さとなり、時に人の弱さともなるそれはあまりにも移ろいやすく、時間経過と共に形を変えすぎる。
  ゴゴが物真似しているかつての仲間たちは内面すら当人を物真似しているように見えるが、ゴゴが自分で『何か違う』と感じて物真似しきれていない部分が常に存在する。
  それこそが心の違いだ。
  ある程度の定まった形をしていながら、一秒後には全く別のモノへと変わってしまう可能性を秘めたあやふやでありながらも強固なモノ。
  ケフカは間桐雁夜が激昂しないどころか殺しもしないとは考えていなかった。確かに遠坂葵を殺さない可能性は高かったが、遠坂時臣は一年で鍛えた腕で殺し切ると思っていたのに、起こった結果は逆だ。
  生かすどころか治療してしまうとは気が狂ったとしか思えない。
  一年前に間桐雁夜の心の中で燃えていた怒りの炎はどこへ行ってしまった?
  けれど起こってしまった事は仕方がない。ケフカが考えていた以上に間桐雁夜の心は遠坂時臣を憎んでいなかった、この一念で遠坂葵から心は離れてしまった、そう認めるしかない。
  昔は好きだったかもしれないが、今は殺す意思すら持てない赤の他人に変わってしまった。それは遠坂時臣を殺さなかった理由と一緒だ、憎んでいた男は今はもう何も感じない赤の他人となった。
  遠坂桜の行動も少々予想外で、魔石『ディアボロス』を渡されたと気づいたら、もっと致死率の高い魔石を要求すると思ったのに、遠坂桜は『ディアボロス』をそのまま発動させて攻撃した。
  長く苦しませる計算が合ったとしても、相手が気絶してしまえば合ったかもしれない苦しみは眺められない。
  ケフカの抱いていた予測かつ理想は間桐雁夜が遠坂時臣を殺して、遠坂桜の心が傷つき、そこに現れた遠坂葵もまた殺される状況だ。なお、遠坂葵を殺すのは幼馴染でも娘でもどちらでもよかった。間桐雁夜が遠坂時臣と共倒れになる状況も捨てがたい。
  けれど目の前にある事実はそのどれでもない。
  両親との離別に悲しみ、多少は苦しかったかもしれないが。間桐雁夜の存在が遠坂桜を癒し、遠坂桜の存在が間桐雁夜を癒してる。互いに傷を舐め合ってる状況だ。
  つまらない―――。こんな人間模様を見ても面白くもなんともない。
  殺戮が観れなかった。
  破壊が観れなかった。
  絶望が観れなかった。
  心の壊れる瞬間が見れなかった。
  いっそ遠坂邸に残る夫妻を殺し、間桐雁夜たちを追いかけて全員殺してしまおうかと思ってしまう。
  けれど僅かばかりに残ったゴゴの意識がケフカの破壊を食い止める。殺すなら後でも出来る、そう意識を切替させた。
  「けっ、つまらないヤツ等め。いつか痛い目にあわしてやる」
  ケフカ自身、それが負け犬の遠吠えのように聞こえてしまうと理解しながら、これ以上ここでやるべき事は無いと未練を切り捨てた。
  確かにここでは面白い破壊は見れなかったが、まだまだバトルフィールドの中に絶望の肥やしは眠っている。むしろこの場に留まり続けて、その芽が開花する瞬間を見過ごしてしまう方が問題だ。
  これが駄目なら次に行け。
  次が駄目ならその次に行け。
  本体に比べれば大きく劣るケフカの一部。それでもバトルフィールド内の事ならば結界を張った同じ『自分』の事なので手に取るように判る。
  「次だ、次」
  「またつまらない様子を見せられれば、その時が貴様の最後と思え」
  「次はきっと大丈夫さ! そう、私に失敗はないのだ」
  本体ならばまだしも、攻撃手段がほとんどない幻影では簡単に殺されてしまう。
  敵対するような不用意な行動を一瞬でもすれば、その瞬間に黒鍵が額を貫く―――。そんな緊張と気迫を漲らせた言峰綺礼を伴い、ケフカは次の場所へと移動を再開した。
  聖職者に似合わない脅しをかけてくる辺り、新しく契約したサーヴァントの影響を色濃く受けてないか? と思ったが、ケフカはそれを言葉にしないで呪文を口にした。
  「デジョン」
  次元移動の魔法が発動し、宇宙を思わせる闇がケフカと言峰綺礼を一瞬で包み込む。
  あまり次元の狭間に長居すると言峰綺礼の息が持たないので、移動は最短で行わなければならない。はるか遠方のドイツから日本まで移動するのは時間がかかったが、バトルフィールドで覆った冬木市内ならば五秒とかからずに移動できる。
  いっそ、そのまま言峰綺礼を窒息させるのも面白いかもしれない。そう思いながら、ケフカは言峰綺礼と一緒に遠坂邸から別の場所へと移動した。





  雁夜と桜ちゃん、遠坂時臣と遠坂葵。予想とは少々違った形にはなったが、求めた情報の多くが集まって知るべきことは知れた。
  極端に言えばこの時点ですでに『桜ちゃんを救う』と言った雁夜の物真似はほぼ完遂している。魔石『ディアボロス』を渡して、そうなるように仕向けたのは確かだが、最早桜ちゃんの中にある両親への愛情は限りなくゼロに近い。
  まだ会ってない遠坂凛への想いが桜ちゃんと遠坂の家との繋がりで残っているが、両親については切り捨てたと言っても間違っていない。
  桜ちゃんを救うならば両親から引き離す事こそが最良だ。それはもう叶っている。だから、ほぼ、物真似は終わっている。
  完全に終わったと断言できないのは、聖杯戦争はまだ続いており、遠坂と間桐はそれぞれ始まりの御三家として魔術的な繋がりを残しているからに他ならない。
  聖杯戦争をどうにかした所で『桜ちゃんを救う』は達成される。そこでゴゴは起こった状況を正確に理解する為、各所で行動しているゴゴと意識を繋げた。
  ケフカとなってしまったゴゴと意識を共有すれば、その瞬間向こう側からの汚染を受けるので、あちらは最小限に留める。だが別の場所で戦っているゴゴは違う。別の場所で行動した自分の記憶に同調した瞬間、それは過去の記録であると同時にゴゴが体験した事実となる。
  ロック・コールは今を戦いながら過去を思う―――。
  雁夜と桜ちゃん、それからティナを飛空挺から落とした後、未遠川に向かうグループはブラックジャック号の最大速度で遮蔽物のない空を一気に駆け抜けた。
  そしてブラックジャック号を操縦するゴゴ―――元々はエドガーだったのだが、踊って『愛のセレデーナ』が作り出す結界を維持するために今はゴゴの姿に戻っている―――を一人残して、他の全員は川の辺へと跳び下りた。
 遠坂邸にいたリルムは分身宝具『妄想幻像ザバーニーヤ』と変身宝具『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』を解除し、一度は元のゴゴへと戻ったが、ロック、セリス、マッシュの三人が地面に着地する頃には四人目のメンバーとして現れ直した。
  かつてゴゴは仲間たちと一緒に飛空挺ファルコン号で瓦礫の塔の上から乗り込む荒技をやってのけたので、ブラックジャック号から地面に飛び降りる程度ならば浮遊魔法『レビテト』を使うまでもない。
  ゴゴの操縦するブラックジャック号はそのまま上空で旋回しつつ、万が一の予備戦力として上から冬木市を見守る。そして川の辺に降り立った四人は川の中央で何かをしようとしているキャスターの姿を捉えた。
  「足の下に『穴』が出来てるわ」
  「アインツベルンの森で見た規模と比較的にならないな・・・。どれだけ出てくるんだ?」
  「ま、あれぐらいなら大丈夫でしょ。らくしょー、らくしょー」
  セリス、ロック、リルムの順番にキャスターを見ながら言うが、マッシュだけは川ではなく別の方向を見て会話に参加しなかった。
  敵を前にして危機管理能力が欠如した訳ではない。他の三人が前を見ているなら、マッシュは別の方向に意識を割いてそこにいるモノを見ているだけの話。認識の違いだ。
  マッシュは目を細めてそこにいるモノを見つけ、接近してくるのを確認した後で三人へ言った。
  「――カイエンが来るぞ。ライダー達も一緒だ」
  「遅かったな」
  ロックの返答を切っ掛けにして、セリスもリルムもまた川から空に向けて視線を動かした。
  危険の尺度で考えれば川の中央に佇むキャスターの方が重く、敵対どころか殆ど味方のライダーを見る必要はない。
 けれど彼らは空を舞い、こちらへと駆け降りてくるライダーの神威の車輪ゴルディアス・ホイールを見る。その胸中には『キャスターから目を離しても危険は無い』という強者の視点から見た観察の結果があった。
 程なく、一般乗用車の最高速度を軽く上回る速度で空を駆ける戦車チャリオットが雷鳴を響かせながら四人の元へと舞い降りてくる。
 ゴゴがいつも見ている神威の車輪ゴルディアス・ホイールは御者台から見る搭乗者としての視点ばかりで、これまでに正面からじっくり見る機会は無かった。
  真正面から来られたら轢かれるのでほんの少し正面からはずれているが、それでも前から見る機会に恵まれた。
 内側から見ていた宝具を外側からも観察できた幸運。これでまた物真似の材料が増えると内心で喜びながら、ロックは更に神威の車輪ゴルディアス・ホイールを観察する。
  二頭の牡牛が曳く御者台は防護力場を覆われていて、それが無ければあまりの速度にマスターであるウェイバー・ベルベットは簡単に風で吹き飛ばされるだろう。
  こちらはロック、セリス、マッシュ、リルム。
 あちらはライダー、ウェイバー、カイエン、サンという名をもらったアサシン。数の上では同じだが、戦車チャリオットの分だけあちらの方が大きく見える。
  「よお、ライダーのおっさん。相変わらず元気そうだな」
  「これは予想外の珍客ではないか。どうだ? 余の配下に加わる気になったか?」
  「いや。だからそれは断るって」
  そしてマッシュの軽口から両者の会話は始まった。
  ロックが話しても良かったが、一度顔を合わせているマッシュの方がライダーとは話しやすいからだ。
  「カイエンの案内でここまでやって来たが――、初めて見る顔が多いが何用でここにおる? ここにいる時点で無関係とは思わぬが、余と一戦交える気なら存分に相手をしてやるぞ」
  「まさか――。俺達は『聖杯戦争』としてあんた等に関わるつもりは無いんだよ。『冬木の平穏を乱す馬鹿』なら相手をしてもいいんだけど、あんたはそういう人じゃない。そういう輩はあっちだろうが、戦う気は無いってカイエンから聞いてないのかよ」
  マッシュはそう言いながら右手の拳で親指だけを立て、その指で川の中央にいるキャスターを指さす。
  離れていても聞こえる雷鳴でライダーの接近に気付いている筈だが、ライダー達にもロック達にも興味が無いのかキャスターがこちらに意識を割く素振りは無い。
  「都合よく・・・っていうのはちょっと違うんだが。今、俺達が立ってる冬木市はでかい結界の中に作った偽物で、ここなら何が起ころうと大抵の事は本当の冬木市には影響を出さない」
  「やはりこれはお主らの仕業か。あの『ケフカ』とかいう声と何やら因縁があるようだが、相違ないな」
  「ああ。あいつは俺達が倒す――そうしないといけないんだ」
  「――それで? お主らは何のために余をここに招き入れたのだ?」
  ライダーはあのケフカがゴゴの分身した一人だとは知らないが、何らかの関連があるとは判ってくれたようだ。深くは追及せずただ『何をする?』を問うてくる。
  その後ろでウェイバーが冬木市を丸ごと作り出す結界の大きさとその精度に驚いているようだが、話には関係なさそうなので無視しておく。
  「今すぐにでもあいつを倒そうと思ってたんだけどな。教会の方でアーチャーと一戦やらかしてる所で、下手に横やりを入れると両方の力がこっちに向かってくる危険がある。だからまずはカイエンの用から済まそうと思ってな」
  「やはり、あの光は金ぴかの仕業か」
  「気付いてたのか?」
  「余が空からやって来たのを忘れておるまいな? あれだけ大規模の戦闘を隠しもせずやっておれば誰でも気付くわい」
  冬木教会の戦いは時間経過と共にその規模を拡大している。最終的にはキャスターがやろうとしている『何か』すら児戯に思える程の大規模な戦闘へと移っても不思議は無い。
 カイエンの意識はキャスターとそこに近づいているセイバー達に向いてたが、戦車チャリオットを操っていたライダーの視界は冬木教会上空の戦闘も捉えていたようだ。
  「話を元すぞ。キャスターが何をやろうとしているか俺達にはどうでもいいんだが、冬木市に被害が出るほどの何かだったら見過ごせない。そしてカイエンはむしろそっちに向かってる奴との決着を望んでるんだ」
  「それはセイバーの事だな」
  「そうだ。で、ここからが本題――というか頼みなんだが・・・。もし俺達がキャスターのやろうとしてる『何か』を止められたらキャスターの相手は任せてくれないか? あれを放置してると面倒な事になりそうだし、今回を逃してセイバーに逃げられでもしたら厄介だ。両方の問題を一気に済ませたいんだよ」
  「ふむ・・・」
  ライダーはそこで考え込む様に言葉を区切る。
  ただし、マッシュに向けられた視線は一度も途切れず、それどころか周囲にいるロック、セリス、リルムも巻き込んで品定めしている様ですらあった。
  ほんの数秒の間を置いた後、ライダーが話を再開する。
  「いずれセイバーの奴めとは決着を付けねばならぬし、キャスターもどうにかせねばならん。だが、お主らにそれが出来るのか? 奴が何をやろうとしているかは余にも判らぬが、あれはかなり面倒な事態を引き起こそうとしておるぞ」
  「力を見せろって事だな。倉庫街で見た俺の力だけじゃ見せ足りないのは仕方ない、か」
  ライダーがこちらの策に乗って来るであろう事は予測がついていた。
  ゴゴが物真似の事象を常に探している様に、ライダーもまた常に征服する何かを探し続けている。
  アーチャーは滅ぼし、セイバーは善悪を見極めるなら。ライダーは征服する価値があるか否かを探る。それは征服王イスカンダルとしてこの世界に固定されている彼の在り方そのものだ。
  判断をつける為の方法を提示されたなら、それに喰いついてくる。その予測は間違っていなかった。
  もしかしたら初見である程度の力の強弱については見極め終えて、もう『何が出来るのか?』に思考が移っているのかもしれないが、結果が同じならば今はそれでいい。
  「だったら一人そっちに乗っけて対岸に連れて行くってのはどうだ? セイバーも向こう側から接近してるし、俺達の力不足でキャスター相手に連携するにしても移動は必須だろ。そこで力を見せて判断してもらう」
  「――よかろう。無理を通せばまだ一人ぐらいは乗れる筈だ」
  「決まりだな」
  あまりにも順調に話が進み過ぎていくが、これはライダーの豪胆さと王としての見極めの速さがあるからこそ成せる経緯だ。
  普通の人間ならば、カイエンの縁者と言えどもまず敵か味方かを怪しむだろう。手を伸ばせば殺しあえる距離にいきなり招こう等とはしない。
  他の聖杯戦争の参加者だったとしても、ライダー以外の誰かだったなら、自分の宝具に乗せようなんて思わない。こちらも話を持ちかけようとしない。
  ライダーだからこそ、だ。
  そしてマスターがウェイバーだからこそ、だ。
  尊敬にも似た言葉にしきれない感情をもて余しながら、ロックは話し合いの様子を見守っていた。
  「余を認めさせる者は誰だ? そちらは誰を選ぶ?」
  ライダーの問いかけに応じたのはマッシュではない。
  「リルムだっ!!」
  これまでロックと同じように状況を静観していたリルム・アローニィがここで初めて声を出す。
  実年齢に比べての高身長。それでも幼さを残したその様子と子供特有の甲高い声はよく合っていた。
  だからこそ初めて見るライダーとウェイバーが首をかしげるのは当然とも言える。こんな子供が? 本当に戦えるのか? 少しだけ大きく開かれた目がそう語っていた。
  すると御者台で様子を見守っていたカイエンが後ろからライダーに話しかける。
  「ライダー殿、リルム殿は見た目通りの子供でござる――。が! 事を魔術戦に限定するならば、この場においては最強でござるよ。拙者がそこのロック殿から借り受けた魔石もリルム殿が使えば、もっと強力な威力を発揮するでござる」
  突然、後ろから投げつけられた言葉にライダーが振り返り、カイエンの言葉を確かめる様に視線を合わせる。
  殺気こそ含ませていなかったが、この場にいるだけで蹴落とされそうな強力な気配がライダーを中心に生まれていく。嘘は許さん。とでも言わんばかりの威圧感だった。
  それに呼応してマッシュが、カイエンが、ロックが、セリスが、どんな気迫にも屈しない覇気を漲らせて相対する。
  「断言するでござる。あのキャスター相手ならばリルム殿の敵ではござらん」
  「・・・・・・・・・・・・その幼さで最強か、中々面白いではないか」
  長い間を置いて、ライダーが笑いながら言う。
  カイエンどころかこの場にいる誰もがライダーの気配に全く物怖じしないのが余程面白かったのか、それとも征服する者たちが自分の周りに集まったのが楽しいのか。
  戦場にいて、しかもほんの少しだけ離れた位置に敵がいるにも関わらず、ライダーは屈託のない笑みを浮かべている。
  その笑顔とは対照的に表情を曇らせたのはウェイバーだった。
  「おい、ライダー・・・。いいのかよそんな簡単に決めて・・・・・・」
  「何だ坊主。余の眼が信じられぬのなら、ここでその小娘と一戦交えてみるか? 間違いなく坊主が完敗するぞ」
  「う・・・・・・、止めておく――」
 カイエンとはそれなりの友好関係を積み上げて神威の車輪ゴルディアス・ホイールで同行するほどの中になったが、『カイエンの仲間』の括りではまだ敵か味方かの判別は出来ないのだろう。
  倉庫街の戦いを経てマッシュとは明確に敵対した訳ではないが、敵とも味方とも言えない微妙な立ち位置だ。初めて見る者といきなり共同戦線を張るなど、ウェイバーにとっては未知の領域に違いない。
  初めて顔を合わせた時から殆ど変っていない気弱さと諦観がウェイバーの顔に見えているが、その中に『それでも構わない』とほんの少しだけふてぶてしさが見えるようになったのは気のせいではない。
  ゴゴが聖杯戦争で多くの学び物真似している様に、ウェイバーもまた経験によって成長している。
  「それじゃあ話が決まった所で行くよ。リルムの力を見せてあげる」
 リルムはそう言いながら軽い足取りで神威の車輪ゴルディアス・ホイールの後ろに回り込んで、空いている場所に体をねじ込んだ。
  そこはウェイバーのすぐ近くで、彼の腰にしがみ付いているサンが近付いて来るリルムに対してビクッ! と体を震わせて、ウェイバーの後ろに隠れてしまう。
  「リルム・アローニィ。よろしくね」
  「あ・・・、よろしく――」
  リルムとしては同じ女であるサンの方に握手を求めたのだが、結果としてウェイバーが応対する羽目になってしまう。
  最初はいきなり現れた敵だか味方だかよく判らない相手に困惑していたウェイバーだったが、目の前にいきなり現れた女の子―――、サンと違って同じ位の身長で、それなりに女性としての柔らかさや各所の膨らみも持ち合わせた異性に顔を赤らめる。
  何しろリルムの恰好は水着と同じ位の露出度なので、近距離で見るには目の毒だ。加えて御者台は巨漢のライダーが操るだけあってそれなりの大きさを誇っているが、ライダー、ウェイバー、カイエン、サン、これにリルムを合わせた五人が乗るとかなり狭くなる。
  仮にウェイバーが手をほんの少し前に伸ばせば、その手はリルムにぶつかってウェイバーに女性の柔らかさをしっかりと伝えるだろう。
  身長はほぼ一緒だがほんの少しだけウェイバーの方が高い。それが辛うじて彼の男の尊厳を守っているようだが、リルムの年齢がウェイバーの半分近いと知れば色々な意味で恥かしさのあまり死んでしまうかもしれない。
  「早く終わらせてあのうひょひょ野郎を倒しに行くよ」
  場を和ますようにリルムがそう言った正にその瞬間―――。川の中央に陣取っていたキャスターの足元から巨大な海魔が姿を現した。
  地の底から噴火のように盛り上がる怪物の群れ。それが混ざり合って一つの塊を作り出し、巨大なモンスターへと姿を変えていく。
  「話している間に先手を許してしまったようだな」
  ライダーの言うとおり、話している間にキャスターの魔術は完成し、向こう岸には戦場へと到着したセイバーの姿があった。
  セイバーはキャスターの放つ魔力の禍々しさに集中するあまり、対岸でしかも離れた箇所にいるライダー達には気付いてないようだ。辺りに立ち込める濃霧もまた原因の一つと思われる。
  「これ以上の問答は結果を見てからにするとしよう。では参るぞ!!」
 この場にいる全員に聞かせる様に声を張り上げたライダーの言葉を切っ掛けとして、神威の車輪ゴルディアス・ホイールは新たな搭乗者のリルムと一緒に再び空へと舞い上がった。
 御者台からの光景、正面からの姿、真下から見上げる勇姿。だが神威の車輪ゴルディアス・ホイールを物真似して作り出すにはあの宝具の全力を見なければならない。
 それを見た時、ゴゴは神威の車輪ゴルディアス・ホイールを作り出せるだろう―――。そうやってゴゴの意識に引っ張られそうになりながらも、ロックは自分がすべき事をする為に行動を開始する。
  「それぞれが距離を取って個別に攻撃するか」
  「あれだけ大きな敵だと離れた方がやり易いわ。賛成よ」
  「異議なしだ。オーラキャノンで貫いてやる」
  多方面から攻撃しやすい様にロックとセリスとマッシュはそれぞれ移動し始める。
  そしてリルムのファイラ、マッシュのオーラキャノンがライダーへの『力の証明』となった後、四人はキャスターを相手に各々の攻撃を叩き込み始めた。
  一瞬のようであり永遠のようでもあった長い長い思考の末、キャスターの呼び出した怪物を相手に戦う四人の外側から、シャドウが今を見る―――。
  「負けるな。やっちまえェ青髭の旦那!」
  リルムの放った中位の炎魔法『ファイラ』に対抗する様に、セリスが『ブリザラ』を放てば、雁夜とは比較にもならない強力かつ広範囲の氷塊が海魔を覆い尽くす。
  モンスターの本体から山ほど伸びる触手に狙いを定め、ロックが専用の投擲武器『ライジングサン』を放てばまるで意志ある生き物のように触手を斬りおとしてロックの元へと戻っていく。
  マッシュがオーラキャノンを連発してキャスターがいるであろう個所に幾つも穴を開け。海魔が自分の皮膚を強引に剥がして氷を削ぎ落とせば、その隙をついてリルムが放つ炎が全身をこんがり焼く。
  キャスターのマスター。雨生龍之介は冬木大橋からその全てを目撃していた。
  大きさで言えば圧倒的に劣る四人と巨大な一体のモンスターとの戦い。けれど、それは戦いにすらなっていない一方的な蹂躙だった。
  雨生龍之介がケフカとゴゴが張った二重の結界の中に取り込まれ、いつの間にか周囲から人影が消えている事に気付いているかどうかは判らない。
  何せ、彼の眼は常にキャスターに向け続けられ、召喚された巨大な魔物を最高のプレゼントを与えられた子供のように見続けているのだ。周囲の変化をどれだけ理解しているかは全く判らない。
  巨大なモンスターが召喚された時は満面の笑みを浮かべていた雨生龍之介だから判るのだろう。今、キャスターが劣勢に追いやられているのだと。
  状況だけ見れば、攻撃しても攻撃してもキャスターを内側に取り込んだ巨大海魔は何事もなく復活して、何のダメージも負ってないように見える。だがそこに縫い付けられたように、現れた川の中央から全く動けずにいる。
  動く力すら回復に回さなければあっという間に消滅させられるとキャスター自身が判っているのだろう。
  その苦悩は魔力での繋がりがなくとも見ただけで判ってしまう。
  「旦那はもっと凄ェんだ!!」
  「ライブラ・・・」
  他に目もくれず必死で声援を送る雨生龍之介の陰で、シャドウはこっそり探査の魔法『ライブラ』を使って海魔の様子を調べる。
  魔力が続く限りの自動回復。他者を食しての回復能率の向上。ただしその大きさ故に鈍重であり、敵の攻撃を避けると言った機敏な動作は出来ない。
  体力、魔力共に大きな超重量級で、相手がランサーやアサシン、バーサーカーなど対人に特化した英霊だったならば手も足も出ずにやられてしまう。中々の強敵だが、遠距離かつ圧倒的な攻撃力を有する敵には的にしかならない弱点を持つ。
  例えばロック達のような相手は天敵と言えた。今はその圧倒的な回復力で何とか拮抗しているが、僅かでも劣勢に追いやられれば、その瞬間に敗北に向かって一気に形勢は傾いてしまうに違いない。
  そんなキャスターを応援し続ける雨生龍之介の在り方は『猟奇殺人鬼』であると同時に、魔術とは無縁の世界を歩んできた一般人である。
  感性は普通の人間を比較対象にすればかなり違ったモノとなるが、それでも法権社会が構築する善悪の分別はついている男だ。聖杯戦争に関わってからも『巻き込まれた一般人』の枠組みから雨生龍之介が外れた事はない。
  キャスターへの妄信はあっても彼から学ぶのは猟奇的な殺し方であって魔術ではない模様。精神的な歯止めによってやれるかやれないかは別れるだろうが、可能か不可能かで言えば雨生龍之介の行いは武器を持つ手と腕力さえあれば誰にでも出来る行いなのだ。
  その前提を覆す出来事が起ころうとしていた。
  雨生龍之介を観察し続けていると判るのだが、彼の必死さが増せば増すごとにある変化が起こる。厳密に言えば彼の右手が徐々に彼を一般人から聖杯戦争のマスターへと押し上げようとしている。
  「旦那ー! 最高のクールを見せてくれー!!!」
  今まで張り上げていた声の中で最も大きな声援。雨生龍之介の魂の叫びとでも言うべきそれが放たれた瞬間、橋の欄干に置いていた右手が光を放つ。
  潜在的な素養は合っても、魔術師としての自覚がない雨生龍之介は自分が何をしたか理解していない。けれど、彼は今、間違いなくマスターとして令呪を使った。それは覆しようのない事実だ。
  見れば雨生龍之介の右手に刻まれていた令呪は一画が消えており、『最高のクールを見せてくれ』という願いを叶える為に消耗されたのが判る。
  シャドウは雨流龍之介から巨大海魔へと視線を動かして戦況を確認すると。現れた場所に押し留められていた巨大海魔は少しずつ動きだし、セイバーのいる方角にめがけてゆっくりと動いていた。
  もちろん動いている間にも攻撃は止まずに繰り返されているが、治癒能力もまた向上している様で、復帰するまでに数秒かかっていた回復が一秒もかからずに終わっている。
  間違いなく、雨生龍之介の令呪によってキャスターは強くなった。
  「・・・・・・・・・」
  厄介だ、とは思いつつも、シャドウは一言も喋らずに観察を続ける。
  確かに海魔は攻撃力、持久力、回復力などはパワーアップしているようだが、防御力そのものは上がっていない。魔法を叩きこめば焼けるし凍るし傷つく、そこは変わってないのだからより強い攻撃を打ち込めばそれで事足りる。
  優勢に見えるのは一時だけだ。
  ようやくキャスターが優勢になったように見えた時―――シャドウの視界の隅にいた雨生龍之介が後ろに吹き飛んだ。
  しかもその吹き飛び方は猛スピードで突っ込んでくる自動車に跳ねられたような飛び方で、足が滑ったとか後ろに跳躍したとかではない。何の前触れもなく前方から力が加わり、後方へと飛ばされたのだ。
  誰が?
  何が?
  どうやって?
  雨生龍之介とキャスターにのみ意識を集中していたシャドウの心が答えを求めて動揺しそうになるが、暗殺者はそれを力ずくで抑え込む。そして吹き飛んだ方向を逆に遡り、まっすぐに攻撃されたと仮定して川の辺から少し離れた冬木市街の一角を凝視する。
  そこでシャドウは物陰に停車させたジープ・チェロキーのボンネットを台座にしてバレットM82を構える狙撃者を見つけた。
  その人物を監視するミシディアうさぎの視点を借りれば一発で判ったのに、ケフカの登場によってゴゴ同士の意識の共有がおざなりになってしまっていた。それこそが狙撃者に先手を許した原因だ。
  気づこうと思えば雨生龍之介が攻撃される前に気づけた筈。自らの失敗を悟りながらも、シャドウはその人物が誰であるかを把握する。
  「衛宮――、切嗣・・・」
  わざわざ声に出して確認したのは、近くにいる生物がシャドウの声を聴いても意味がないと判っていたからだ。聞く者が極端に少ない上に、聞けるであろう一般人はもう虫の息となっている。
  視線を雨生龍之介に戻せば、彼は胴体を円形にくりぬかれ、肺の一部と臓器の大半を失い、下半身の二メートルほど後ろに上半身が落ちている。
  辛うじて心臓は傷ついて無いようだが、生きるために必要な臓器がいくつも破壊されれば心臓一つ残っても大した意味は無い。即死しなかっただけで奇跡に近いが、何らかの手段を講じなければ遅くても一分以内、早ければ十数秒で生命活動は停止する。
  つまり、雨生龍之介は死ぬ。
  「うわぁ・・・」
  それなのに雨生龍之介の顔はどうしようもなく喜びに満ちていた。
  おそらく雨生龍之介は自分の身に何が起こったかを理解していない。一般人の目には見えない遠距離から大型ライフルで狙撃され、上半身と下半身が分断されているなど考えてすらいない。何しろ彼にはもう顔を起こして自分の状態を確認できる力がないのだから。
  体の内側にあった赤黒いモノの大半は撃たれた衝撃で後ろに吹き飛んでいるから、彼に見えているのは偽物の冬木の景色で、自分の体に流れていた紅い血がほんの少しだけ見える程度。
  その中のどこに雨生龍之介を喜ばせる要素があるのか。表向きの嗜好や性格しか監視してこなかったので、雨生龍之介を形作る心の奥底にある歓喜の源泉は知りようがない。
  判るのは死にゆく男の顔が喜びに溢れ、至福の笑みを浮かべている事だけ。蘇生魔法でもかけない限り、一般人でしかない雨生龍之介に生きる術は無い。
  マスター同士の闘争でありながら、彼の命を奪ったのは大口径の銃弾。
  魔術とは何の関係もない。
  何とも呆気ない終わりだ。
  キャスターの巨大海魔召喚とマスターの令呪使用。
  もし彼らに更なる奥の手があるなら、ここでシャドウが現れて雨生龍之介を直す選択肢もある。けれどキャスター陣営の手札はもう出尽くしており、これ以上彼らを監視する意味は無かった。
  だからシャドウはただ彼の死に様をその目に焼き付けて見送る。
  至福の笑みを浮かべたまま自分の体の中から湧き出た血の海の浮かぶ死体が一つ。聖杯戦争のマスターの証でもある令呪の残り二画が消えていくのを見届け、雨生龍之介が完全に死んだことを確認した。
  「・・・・・・・・・・・・」
  衛宮切嗣の所在が確認できているので、セイバーを倒すつもりならばマスターである彼を襲撃すればそこで全てが終わる。
  けれどある事情によりシャドウはそれをしない。むしろ気にすべきはマスターを失ったキャスターであり、どんな変化が起こるか気がかりだった。
  死体となった雨生龍之介から川の中央へと視線を向ければ、そこには動きを止めた巨大海魔の姿があった。怪物の肉の中にいるキャスターにもマスターの死亡は伝わっているので、動揺か困惑か、それとも魔力供給が断たれて現界が難しくなったか。外側からだけでは何が起こっているか知らないが、絶えず続く攻撃の中で静止してしまっている。
  どうやら川の方で戦っている者たちはロック達に英霊達も含めて誰も衛宮切嗣の存在に気づいていないようだ。四人の攻撃で巨大海魔を破壊する音があまりにも大きすぎて、その中に銃声が埋もれてしまったのが原因と思われる。
  仮にキャスターが雨生龍之介が死んだことに衝撃を受けて侵攻を停止させていたとしても、シャドウにとってそんな事はどうでもよかった。しばらく様子見に徹したが、結局のところあの怪物は驚異的な再生能力と群体として大きな体を有しているだけだ。
  倒すには街一つ吹き飛ばす位強力な攻撃を叩きこむ必要があるが、裏を返せばその程度で事足りてしまう。やるかやらないかは別にして、規模の大きな爆薬でもあればそれで殲滅可能だ。たとえば第二次世界大戦の末期に広島に落とされたモノとか―――。
  魔術的な手段に限らない殲滅方法を模索していると、巨大海魔が活動を再開した。しかも、その動きは今まで以上に活発で、海魔の体がいくら傷つこうと削られようと抉られようと壊れようと前に進もうとしている。
  どれだけ傷つこうと岸へとたどり着く。どれだけ壊されようと前へ進む。そんな決意が見えるようだ。
  本来であればマスターを失ったサーヴァントは魔力供給を断たれて急速に消耗していく定めにある。
 だが、マスターの魔力供給なしに長時間行動できるアーチャーのスキル『単独行動』と同じように、現界に必要な魔力さえあればサーヴァントは存在を維持し続けられる。そしてキャスターの手元にはそれ単体が膨大な魔力炉である宝具『螺湮城教本プレラーティーズ・スペルブック』がある。
 螺湮城教本プレラーティーズ・スペルブックの魔力が尽きる前に海魔と自分を存在させるために必要な魔力を得る為、マスターおよびサーヴァントという餌を捕食するつもりなのだろうか。あるいは残された時間を雨生龍之介への手向けとするつもりか。
  本心は巨大海魔の中にいるキャスターに尋ねるしかないが、今まで以上にやる気になったのが判ればもう後はどうでもいい。この状況は物真似する価値あるモノがこれ以上出ないと判ってしまえる。
  ただ猛威を振るい続けるだけか―――。
  消滅するのも構わずに侵攻しようとする巨大海魔の姿を認めた瞬間。シャドウの、いや、ゴゴの中にあったのは強い落胆と憤りだった。
  すでにゴゴはキャスターが呼び寄せた巨大海魔が単にここに呼び出されただけだと看破していた。魔力を手綱代わりにしてある程度の指向性は持たせているようだが、行動に関しては全て海魔自身に委ねられており、キャスターは単なる動力源にしかなっていない。
  制御して自らのものにしてこその物真似だ。こんな制御できないモノを呼び出す技など物真似する価値は無い。
  キャスターにとってはその制御不能こそが求めた状況かもしれないが、ゴゴにとって目の前にある景色は物真似への冒涜そのものだ。表向きはそうとは見えないかもしれないが、この時、海魔を見る全てのゴゴが怒りの炎を燃やしていた。
  こんなモノが技である筈がない。
  こんな技術を存在させてはならない。
  これが『召喚』などと思われては不愉快だ。
  ケフカが現れてから少々意識が攻撃的になっているのを理解しつつ、それでもキャスターが呼び出した巨大海魔の存在そのものへの忌避がゴゴの怒りとなっていた。
  許してはならない。
  許してはならない。
  許してはならない。
  お遊びの『召喚』を本物だと思われるのは我慢ならない。
  見せてやる、これこそが―――真の召喚だ。
  ゴゴの意識が一つの目標へと進み始めると、未遠川の辺から攻撃を加えていた全員が一斉に召喚の準備を始めた。
  ただし四人の中で一人だけ魔石を用いての召喚をあまり好まない男がいたので、その男、マッシュ・レネ・フィガロは他の三人が召喚を行うための足止めをするために別の攻撃方法を選択する。
  「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
  空気を震わす雄叫びを上げると同時にマッシュはその場で回転した。
  両手を斜め上に広く伸ばして上体を反らし、左足はしっかり地面につけて右足はつま先だけを軽く地面に当てる。右足の蹴る勢いと左足の踵を軸にした回転はフィギュアスケートのレイバックスピンに少し似ていた。
  だが、芸術を作り出すスポーツ競技と全く異なるのは、マッシュを中心にして暴力的な風がどんどん巻き起こっている点だ。
  マッシュを中心に考えれば、右側にはロックがいて左側にはセリスがいる。攻撃のために各々が移動したから隣り合う者同士の間にはそれぞれ百メートル以上の空間が空いてるが、その距離さえゼロにしそうな空気の奔流がマッシュを中心に次々に巻き起こる。
  その空気の流れが徐々に形を作って固まっていく、そしてマッシュを中心にして触れるモノ全てを切り裂く風の刃が幾つも幾つも幾つも幾つも作り出された。


  「真空波!!」


  マッシュの言葉と共に役目を果たす時を待っていた風の刃が一斉に海魔へ向けて殺到する。
  モンスターの肉体など軽く切り裂く数百の風、一つ一つが鋭利な刃となって海魔へと襲い掛かり、主に水面近くにある足場付近に半数近くの風が向かう。
  スパッ! と最初の風が到達すると同時に涼やかな音を立てながら海魔の一部が切り取られ、それに続いて数百の風が海魔の全身を切り刻んでいった。
  触手の根元は水の中にあったので真空波の猛威から逃げられていたが、山ほどあった触手で水の上に出ていた分は全て風の刃によって切り取られてしまう。その上、人にとって表皮に近い部分の肉はごっそり抉り取られ、海魔の全体容量は七割ほどに減退した。
  抉られた三割部分は最早海魔としての肉体を失い、回復できずに川へ落下していく。着水と同時に川の色が海魔の体液で染まっていき、失われた命のように川の中に広がっていく。
  今まで以上に強力な攻撃を叩きこまれ、力の全てを回復に回すしかなくなった巨大海魔の動きが止まる。
  その様子を見たリルム、セリス、ロックの三人はそれぞれ別々の魔石を取り出した。ゴゴがそうであるように、手のひらを上に向けて意識を集中すれば、体の内側から盛り上がるように緑色のクリスタルが姿を現す。
  人の肉体から出てきたとは到底思えない鉱石の質感を見せつけながら、魔石の中央に光るオレンジ色の六芒星が眩い光を発する。
  魔石を握りしめながらロックは思う。
  この魔石は炭鉱都市ナルシェで見つかった氷漬けの幻獣が変化したモノだ。それだけを考えるなら魔石そのものには大した意味は無いように思えるが、あるいはロック達が『ケフカを倒して世界を救う』と行動し、ゴゴがそれを物真似する事になった全ての発端はこの魔石で呼び寄せる幻獣にある。
  魔大戦で氷づけになった千年前の幻獣がナルシェで発見されなければ、ガストラ帝国が魔導の力を求めてナルシェにティナを送りこむことは無かったし。地下組織リターナーの一員として行動していたロックがティナに出会う機会は生まれなかった。
  リターナ―はガストラ帝国と戦う為に結成された地下組織であり、『あやつりの輪』でガストラ帝国の思うがままに操られていたとはいえ帝国の為に働かされていたティナとは敵対しても不思議は無かった。いや、むしろ幻獣が『あやつりの輪』を破壊しなければガストラ帝国の尖兵として活動していたティナとリターナーが戦うのは当然だった。
  この幻獣が切っ掛けになって幻獣と人間とのハーフであるティナが本来の自分を取り戻していき。他にも飛空挺ブラックジャック号を所有していたセッツァー・ギャッビアーニと出会う機会が生まれたり、様々な運命が繋ぎ合わさった。
  何とも因縁深い幻獣だ。
  「――頼むぜ」
  ロックが短く告げて魔石に魔力を送り込むと、頭上に爬虫類と鳥類の特徴を合わせた奇妙な生き物が姿を現した。
  赤と青と緑を組み合わせた立派な羽根を羽ばたかせて浮遊しながら、長く伸びた胴体は鳥と言うよりもむしろ蛇で、四本ある足はトカゲを思わせる。
  舌は蛇のように長いが、頭頂部に生えた金色の冠羽はやはり鳥だ。
  鳥類なのか、爬虫類なのか。最初にこの幻獣を見た者は間違いなくその疑問を抱く。そしてこの幻獣が炎氷雷の複合属性攻撃を放てると知った時、更なる驚きを味わうだろう。
  ロックは頭上に現れた幻獣の確かな存在感を感じ取りながら、その幻獣が放つ技の名を口にした。


  「トライディザスター」


  七割にまで減衰した巨大海魔を炎が襲い、氷が襲い、雷が襲う。
  焼いて凍らせて破壊する様子を見ながら―――、ロックと同じく魔石を握りしめたリルムは思う。
  リルム・アローニィにとって世界とはサマサの村そのものであり、魔封壁の向こう側から幻獣が現れて西の山に辿り着くまで、サマサの村と近辺以外の世界を知らなかった。
  そして旅をし始めてすぐに世界は崩壊したが、故郷のサマサの村は残り、ほんの少し姿が変わって場所が移っただけでそこに在り続けてる。
  三闘神の力のバランスを崩した事で発生した大災害―――確かに目に見える景色の多くは変わったしまったけれど、リルムの世界はほとんど変わらなかった。
  壊れてしまった物があると理解できてる。
  亡くしてしまった者がいると理解できてる。
  消えてしまったモノが沢山あると理解できてる。
  それでもリルムの世界はほとんど変わらず、心の中にずっとずっと在り続けている。
  だからリルムは仲間たちとはぐれた後に持ち前の行動力を発揮して、十歳の幼さながらも色々な所を旅したり、アウザーの屋敷でラクシュミの絵を描いたり、自分が死んだと思って腑抜けてたじじいに喝を入れたりと元気よく生きてきた。
  手に持った魔石だってリルムからすれば、これまで知らなかった外の世界の出来事の一つでしかない。
  知らなかったことが沢山ある。辛い事も苦しい事も悲しい事だってあるけど、世界は大きくって楽しい。
  子供なのは立ち止まる理由にはならない。子供だからこそ無鉄砲に色々な事をやりたい。
  もっともっとたくさんの事を知るため、邪魔な敵を排除するため、リルムはその魔石に魔力を込めて封じられた竜を呼び出した。
  この世界ではない別の世界が一人の男によって崩壊させられた後、その世界の空をたった一匹で支配した古代の魔物デスゲイズ。
  その体内にはある竜の魔石が取り込まれていて、その竜の力の一部を取り込んで使っていたからこそ世界崩壊に合わせて蘇ったデスゲイズは世界の空を支配できた。
  その竜はロックが呼び出した幻獣よりも巨大な羽根を大きく広げる。
  鱗一枚一枚が宝石のように輝いて漆黒の体色を作り出し、ただそこにいるだけで全ての生き物はその竜に―――竜王に頭を垂れるに違いない。
  大きさでこそ巨大海魔には少々劣るが、この世界においても幻想種といわれる生物の中でも最高位に位置する竜種。その頂点に君臨する幻獣がリルムの頭上で敵を睨み付けた。
  そしてリルムが竜の口から放たれる咆哮の名を口にする。


  「メガフレア」


  放たれた咆哮は球形の形にまとまり、それは撃ち出された同時に膨らんでいく。遂には巨大海魔を包み込めるほどの大きさまで膨れ上がり、倒すべきモンスターへと着弾した。
  強力な追撃に巨大海魔の体が更に削られ抉られ損なわれ失われていく様子を見つめながら―――、セリスもまた他の二人同様に魔石を握りしめて思う。
  手にした魔石は幻獣と人間のハーフであるティナとは別の形で人と幻獣とが想い合った結果生まれた魔石だ。
  この魔石は元々千年前に勃発した魔大戦において、人の側に立って戦った幻獣『オーディン』が元になっている。この世界では北欧神話の主神であり戦争と死の神の名前だが、魔大戦が起こったかつての世界では甲冑を身に着けた戦士である。
  神獣スレイプニルに乗っている点は同じでも、北欧神話では八本脚の軍馬だが、こちらのスレイプニルの足は六本だ。
  魔大戦で亡ぼされた都市の一つ、フィガロ城が立つ砂漠の地下に眠る城の大広間、そこで行われた魔導師との戦いでオーディンは石化され、そのまま滅ぼされた城と共に千年間眠りについた。
  ゴゴ達が石化されたオーディンと出会うと石像は砕け散り魔石となったが、セリスの持つこの魔石はその魔石に新たな要素を付け加えた事でパワーアップした。
  その要素こそ、ティナとは異なる形での人が幻獣に向けた『愛』だ。
  オーディンが敗北し、一つの都市が滅ぼされた後。砂漠の下で眠り続けていた城の中には一人の王女がいた。その王女はオーディンが幻獣でありながらも深く愛し、オーディンの気高い心に強く惹かれていた。
  その想いはオーディンが石像となっていた城の一室―――おそらく王女の部屋であろう本棚にあった『王女の日記』に綴られていたが、日記の最後にはこうも書かれていた。
  「この戦いが終ったとき・・・。必ず・・・この想いをうちあけよう・・・」
  けれどオーディンは魔大戦において魔導師との戦いに敗れ、全身を石化されてゴゴ達と出会うまで千年間も城の大広間で石像で在り続けた。王女がオーディンに想いを告げられなかったであろう事は容易に想像できる。
  そして王女の部屋には隠し階段が存在し、その奥にはオーディンと同じく石化した王女の石像があった。
  オーディンの石化を解除できず、解除できる日を待つために自らもまた石化する事を望んだのか? オーディンを石化させた魔導師が王女もまた石化させたのか? あるいはもっと別の理由か?
  千年前に起こった出来事を知る者は誰もおらず、あるいは王女の石像の近くを徘徊していた伝説の八竜が一匹ブルードラゴンならば何か知っていたかもしれないが、八竜は三闘神の力をどの魔石よりも色濃く受け継いだ幻獣『ジハード』を封印する役目を担っている上に、人の言葉を介さない猛威の象徴だ。遭遇しても話す機会どころか意思疎通の機会すら無かったので、王女の身に何が起こったかは誰も知れない。
  物言わぬ魔石と石像からは何も判らない。判るのは石化した王女に魔石『オーディン』を近づけると、王女の石像が涙を流し―――その涙を受け止めたオーディンがレベルアップする事実のみ。
  もしかしたらオーディンを想う王女の心がオーディンに新たな力を与えたもかもしれない。
  もしかしたらオーディンもまた王女の事を深く愛していたのかもしれない。
  もしかしたら王女の石化は不完全で、あの涙は王女に残された最後の心だったのかもしれない。
  もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら・・・・・・。
  幻獣『オーディン』とその幻獣を愛した王女が作り出した結晶。ある意味で、二人の子供と言えなくもない魔石に向かい、セリスは魔力を注ぎ込む。すると、幻獣『オーディン』を原形にしているが全く別の甲冑姿の戦士が姿を見せた。
  武装は『オーディン』に比べて軽装で、盾はなく、鎧もまた動きやすくモノに代わっている。だが防御を軽くした代償を全て攻撃へと注ぎ込み、繰り出す剣劇はオーディンの一撃を軽く上回る。


  「真・斬鉄剣」


  セリスが技の名を口にした瞬間、戦士は身の丈ほどある―――人の尺度で考えれば家ほどもある巨大な剣を振り上げ、スレイプニルと一緒に突撃した。
  ロックの持つ魔石『ヴァリガルマンダ』。
  リルムの持つ魔石『バハムート』。
  セリスの持つ魔石『ライディーン』
  マッシュの『真空波』によって減衰した巨大海魔は三体の幻獣が作り出す破壊の渦に揉まれ、削られ、焼かれ、抉られ、凍らされ、潰され、消され、砕かれて―――斬られた。
  局所的な大災害が川を中心に巻き起こり、巻き起こった暴風が巨大海魔の残骸を中心にして全方位へとまき散らされ、水は沸騰して凍り付いた。
  もし巨大海魔の体力魔力が共に最高潮であったならば幻獣『ライディーン』の敵全体を斬って即死させる『真・斬鉄剣』を避けられたかもしれないが、鈍重な上に『真・斬鉄剣』が発動した時にはもう半死半生と言っても過言ではなかった。
  幻獣『ライディーン』が持つ剣よりも巨大な斬撃の痕が巨大海魔の上から下まで刻まれ、何十本もの横切りが海魔を切り刻む。
  役目を終えた三体の幻獣が魔石の中に戻るのと、幾つもの肉片に別れた海魔が重力に引かれて落下していくのはほぼ同時だ。群体である巨大海魔の一部を切り裂いた所で他の部分が修復してしまう筈だが、『真・斬鉄剣』の効果は敵全体へと及ぶので、全ての群体全てが餌食となる。
 そして海魔の頭の部分にいたであろうキャスターも『真・斬鉄剣』に斬られたらしい状況を確認する。もしキャスターが健在だったなら、螺湮城教本プレラーティーズ・スペルブックで再び海魔を活動させる筈。
  キャスターのパラメーターの中で最低ランクの『耐久』と『幸運』がもう少し高ければ、巨大海魔が上から下まで斬られながらもキャスター自身は少しだけずれて斬られなかったり、あるいは体の一部分を斬られるだけで生き長らえたかもしれない。
  けれどあったかもしれない『もし』は存在しない。あるのは召喚されたモンスターが崩れゆく結果と、サーヴァント敗退の事実だけだ。
  キャスターは巨大海魔と同じ攻撃に晒され、『ライディーン』の『真・斬鉄剣』で斬られた。
  川の中に出来た破壊に呑まれてロック達の敵は呆気なく死んだ。
  召喚に特化したサーヴァントが召喚によって敗北した。
  マスターである雨生龍之介の死亡を合わせて、キャスター陣営の戦いはここで終結したのだ。


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