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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:b514f5ac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/08/25 16:27
  第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ




  セッツァーは来訪者として間桐臓硯ことマキリ・ゾォルケンの使いを名乗ったが、最初から話し合いの場が設けられるとは思っていない。
  この世界で色々と物真似して知ったのだが、アインツベルンに限らず、魔術師と呼ばれる人種は閉鎖的な生き物だ。
  魔術教会という括りで一大組織が存在し、間桐も遠坂もアインツベルンも一応はこれに所属していることになっている。だが、各々の家が持つ秘術はそれぞれの継承者に継がせるために隠匿するのが普通。
  ロンドンの魔術協会は時計塔と呼ばれて、魔術の教育の場として存在する。それでも、教えられる内容は限られるうえに権威主義の塊で、他派閥とのいざこざや権力闘争に予算獲得競争などが常に繰り広げられている。講師、生徒共に血統の優秀さを優先し、血の浅い魔術師には魔導書の閲覧すら渋る始末。
  はっきり言って魔術師にとって自分たちの拠点に不用意に踏み込もうとする者は誰であろうとも等しく敵になる。粗茶を出して温かく迎える魔術師の家など、少数派を通り越して異常となる。
  それこそがゴゴの認識するこの世界の魔術師という生き物なのだ。
  故にアインツベルンの本拠地への訪問がそのまま闘争へ移行するのは自然な流れであり、森の結界を雪の融合技で破壊したこちらに敵意を抱くのも当然。むしろそうなるように仕向けたのだから、戦いになってもらわないと困る。ゴゴの目的は対話による会合などではなく、この世界からアインツベルンを抹消する事なのだから。
  二度と聖杯戦争を起こさせないために『聖杯の器』の作り手であるアインツベルンを消す。その為にゴゴは―――セッツァー・ギャッビアーニは、ガウは、モグは、ウーマロは、ここにいる。
  「ホムンクルスとはいえ、女を殺すのは性に合わないな」
  誰からの応対も期待していない独り言を呟きながら、それでもセッツァーの手はしっかりとアインツベルンが作り出した女性型ホムンクルスへと向けて武器を投擲していた。
  トス、トス、トス。と鳴る音は軽いが、四分の一の確率で即死効果を発揮する『死神のカード』はセッツァーの手から放たれてしっかりと頭蓋に命中する。
  眉間に突き刺さってカードの大半が皮膚の下にめり込んでいった。
  見た目は何の変哲もないトランプだが。『死神のカード』はその名の通り肉を削ぎ、骨を砕き、致命傷を与える武器なのだ。
  「ほぅ?」
  そして攻撃は敵への称賛に変貌する。
  最初に投げたカードが二体のホムンクルスの頭に突き刺さる。同時に放った残り十一枚もまた、同じように並ぶ女性型ホムンクルスの脳天に突き刺さる様に狙って放ったが、ちゃんと当たったのは二体だけで、残りは目に突き刺さったり、こめかみを抉ったり、髪を纏める白い頭巾を切り裂いたりした。
  腕を振って投げた結果、どうしても後で投げるカードは『これから攻撃が来る』と敵に教える事になる。その時間差を利用して頭を傾けて完全に避ける者がいた。
  仲間の頭にカードが突き刺さる異常を目にしても全く動揺する気配が無い。
  こちらが作り出した殺し殺される状況に放り込まれても全く動じていない。
  一瞬後、手にしたハルバートを構えてセッツァーに殺されたホムンクルスを除いた全員が前に出る。
  見た目がただの女にしか見えないからこそ、出来上がる異常は称賛となった。
  突進と言うよりもむしろ射出とでも言うべき驚異的な踏込でこちらに迫る敵の姿。ただの人間に比べると耐久力は同等のようだが、筋力は格段に強く。人で言う『心』の概念は最初から無いらしい。
  おそらく戦闘用に調整されたホムンクルスで、魔術こそ使えないが身体能力を強制的に引き上げさせているのだろう。これは人の形をしたモノだ。
  胸元から新しい『死神のカード』を取り出したセッツァーは、城壁の上から跳び下りてくる増援を視界の隅に捉えながら、こちらと同じようにあちらもやる気満々だったのだと知る。
  そうではなくては困るが―――。
  普通の人間が同じことをすれば着地と同時に足の骨を折る。けれど、あちらは何の躊躇もなく城門を閉ざしたまま軍勢を送り込んできた。
  見た目がほぼ一緒な女性型ホムンクルスが次から次へと飛び降りてくる姿は中々不気味だ。
  おそらく城壁の向こう側にもまだまだ敵が控えているだろうから、城壁の外からだけでは全体像の把握は困難。それでもいきなり三十体以上送り込んでるので、総数は百体以上になるだろう。
  対してこちらは二人と二匹。
  圧倒的な差を自覚しながら、それでもセッツァーの心に恐れは無い。
  あるのはものまね士ゴゴの喜び。これだけいれば戦いながらでもアインツベルンが作るホムンクルスの人体構成を存分に観察できる―――、そんなホムンクルスをものまねする歓喜だった。
  「来い、相手をしてやる」
  セッツァーがそう言った時。敵が大きく振りかぶるハルバートの刃が幾つも幾つも幾つも頭上から襲いかかってきた。





  肩の上、顔の横でもある空間に現れたリールと呼ばれる機械が三つ。軽快な音を立てながら回転するそれは浮遊してセッツァーの跡を追って移動した。
  ホムンクルスが振るう武器が振り下ろされ、薙ぎ、突く。前後左右から襲いかかるハルバートの群れを避け続けるセッツァーと全く同じ動きで、スロットも一緒に動き回り続ける。
  セッツァーの眉間から頭を真っ二つにしようと斧頭が襲い掛かり、上体を後ろに反らせて裂けるときも。長い柄の部分で殴りかかろうとして来た時に手を前に突き出して防ぐ時も。ハートが印刷された『死神のカード』が女性型ホムンクルスの腕に突き刺さり。その瞬間、ハートの図柄が黒衣を纏って鎌を持った死神へと変わり、一瞬で命を奪った時も。
  スロットはセッツァーと共にあった。
  そしてブリリアントカットで作られたブルーダイヤモンドの絵がスロットの中で三つ揃う。
  「セブンフラッシュ!」
  セッツァーは見なくても音だけで判るスロットの当たりを確信しながらその名を叫ぶ。すると周囲にいた全ての敵の足元から七色の光が溢れて天上に向けて伸びた。
  無属性の物理攻撃を行う『セブンフラッシュ』。スロットの当たりの中でも高確率で発生するそれはアインツベルンを破壊する閃光となって敵を吹き飛ばす。
  一撃で頑丈な戦闘用ホムンクルスを破壊するには至らなかったが、周りにいた敵を円状に外側に吹き飛ばす程度の威力はある。
  開いた間合いはそのままセッツァーに周囲を把握させる余裕となり、視界に見える戦場の様子を教える時間となる。
  「よくもまあ、次から次へと!」
  これだけの数のホムンクルスを、しかも女性型だけを量産できたな。と言わぬ言葉でセッツァーは苛立ちと共に感心もした。
  その理由は吹き飛ばす、あるいは倒したり命を奪ったりした分だけまた城壁の上から飛び降りてくる増援にある。
  敵は三十体ほどの数を常に城門の前に移動させ、数が減ればその度に城から新しいホムンクルスを飛び降りさせてくる。
  災害のように倒しても倒しても次から次へと湧き出る敵。
  ただ気がかりなのは増えるのは常に女性型ホムンクルスで、戦いが始まってから男性型の敵を一度たりとも見ていない点だ。
  まさか女性のホムンクルスを並べたのはこちらに手心を加えさせる為だとでもいうだろうか? もし本当にそんなことを考えているとしたら、アインツベルンの当主は何が戦いかを判っていない愚者の称号を与えるしかない。
  間桐臓硯が残した遺物とこの一年で手に入れた情報から当主の名がユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンで、二世紀近く生きている老魔術師である事は判明しているが、容姿や使える魔術や趣味嗜好については何も判っていない。
  出来れば女性型ホムンクルスで足止めして、城門の前を敵味方問わず全て薙ぎ払う位の奥の手を準備していると思いたい。
  そうでなければ期待外れだ。
  「ウガァァァァァァァ!!」
  視界の隅に見えるのは戦場の中で一際やかましく雄叫びをあげる雪男のウーマロだった。
  ウーマロには『女だから手加減する』なんて気遣いが欠片も存在しない。
  そしてウーマロは親分ことモグの命令でゴゴ達の仲間にはなったが、体当たりや先ほども使用した『吹雪のオーブ』で吹雪を浴びせる以外に、味方を投げつける攻撃を問答無用で行うとんでもない雪男でもある。
  男だろうと老人だろうと子供だろうと女だろうと、親分と呼んでるモグであろうと問答無用で敵を倒すための巨大な砲弾にしてしまう。
  二メートルを超える身長と、二百キロに届く体重。誰が見ても巨獣で括られる雪男の腕力は人一人ぐらい簡単に放り投げる。その人を超越する膂力を存分に発揮し、ウーマロは近づいてくる女性型ホムンクルスを掴み取り―――別の敵に向けて思いっきり投げつけていた。
  ハルバートの一撃がウーマロの肉を抉り取るが、次の一撃が見舞われる前にウーマロはホムンクルスの頭部を掴んで別の方角へと投げ飛ばす。
  おそらく頭を鷲掴みにされて無茶な方向転換を行われた結果、衝撃で首の骨は折れているだろう。
  掴まれたホムンクルスは力なき死体となり、そして同じ大きさの味方に激突する投擲物となる。
  ウーマロが投げればそこには人と同じ大きさの空白が出来上がった。
  森の方に、城の方に、空に向け、誰も居ない場所に向け、前後左右の至る所にウーマロは敵を投げて投げて投げ飛ばす。
  「かかって、来いウー」
  人語も介する雪男は強大な体躯を武器にして、存分にその猛威を振るっていた。
  「あっちいけクポー」
  その近くで踊り続けているのはモーグリのモグだ。
  モグの身長はウーマロの約半分なので、両者が並び立つ状況になると大人と子供が一緒にいるようにも見えるが。モグはウーマロの親分であり背丈と上下関係はまったく逆だ。
  「スノーボール」
  周囲が雪原なのを利用して、戦いが始まると同時にモグは『雪だるまロンド』を踊っていた。
  目に見える範囲には何も変化は起こっていないが、今や周囲の空間は全てモグが作り出す固有結界の中に閉じ込められている。
  もちろんアインツベルンの城もだ。
  これは戦いを優位に進める為と言うよりも、敵をこの場に留めて逃がさないようにする為の牢獄の意味合いが近い。
  けれどその代償としてモグは苦戦を強いられていた
  アインツベルンの結界を破壊する時にも使った『スノーボール』。その名の通り雪玉でしかないそれは『雪だるまロンド』の中で発生する数少ない攻撃方法の一つで、効果は当たった敵の体力を半分にして、その後も徐々に体力を奪っていく呪いの雪玉だ。
  ただし一撃必殺ではない。
  「落とし穴クポー!」
  モグが叫ぶと同時に目の前にいた女性型ホムンクルスの足元に巨大な穴が出来て、敵はその中に吸い込まれて消えていった。
  善戦はしているが、一瞬後に拮抗が崩されて敵の猛攻撃に小さな体躯が晒されてもおかしくない。
  モグが使う『踊り』は固有結界を発動させる強力な技能だが、槍使いとしてのモグが武器を使えなくなる欠点がある。
  一度踊ってしまえば戦いが終わるまで踊りを強制される。今のモグは死に物狂いで踊って避けて、踊って避けて、踊って避けるを繰り返していた。
  そしてホムンクルス達は弱ろうと死にかけようと気にせずモグを攻撃し続ける。それこそが苦戦の正体だ。
  槍を使えば一撃で敵を死に至らしめる事も出来るが、今のモグでは敵を弱らせられても一回で死に至らしめるのは難しい。
  もしモグだけだったなら。ウーマロが近くで敵を引き付けていなければ。ホムンクルス達が持つハルバートはモグの体を難なく貫き、殴打し、叩き割っただろう。
  数十対四。もしくはアインツベルンの城で控えているかもしれないホムンクルスの総数を考えると、数百対四。
  圧倒的な数の差で、しかもアインツベルンのホムンクルス達は自分が傷つくことを恐れず、死を厭わず、ただ敵を殺す為だけに殺到してくる。
  物量の差はどうしようもなく、押し切られるのは時間の問題。
  それでもセッツァー達が拮抗状態を作り出し、敵ホムンクルスを物真似する為に観察する余裕すら在るのには訳がある。
  敵が常に一定の数が揃うように戦場に増援を送り込んでいるからではない。
  「・・・・・・・・・」
  最たる理由。それこそが戦場の中心で全く動かず、ただそこに居続けるガウ―――正確に言えばガウの特殊技能『あばれる』で、とあるモンスターを模倣しているガウがそこにいるから拮抗は成り立っていた。
  強力無比な魔法は必要なかった。
  魔石から呼び出される強大な幻獣も必要なかった。
  ただガウがそこに居る。それだけでよかった。
  今のガウには攻撃する手段は無い。敵を倒すに主点を置けば無力を言ってもいい。それでも今のガウは戦場の中で誰よりも強い。
  「・・・・・・・・・」
  ガウは腰を地面に下ろして、両膝を抱えて体勢で座っていた。何もせず、ただ戦場のど真ん中で座っていた。
  ホムンクルスが振るうハルバートが脳天を直撃してもガウは座っていた。
  ハルバートに取り付けられた斧の部分が体を引き裂こうとしても、斧と逆の位置にある突起が心臓を貫こうとしても、長い柄の部分で体中を力任せに打ち付けられても、ガウの体から紅い血が沢山吹き出ても、ガウはそこに座っていた。
  ガウが『あばれる』で模倣しているモンスター。それは『マジックポット』と呼ばれる壺に入った紫色のモンスターだ。
  炎氷雷毒水風地聖の全属性魔法を吸収。そして全悪性状態異常無しという付加効果まで持つ強力なモンスター。
  「・・・・・・・・・ケアルガ」
  ホムンクルス達がどれだけセッツァー達を傷つけようと、『マジックポット』となったガウが回復魔法の最上位『ケアルガ』をかければ怪我は一瞬で治ってしまう。ガウが負った怪我も死ぬ前ならすぐに治ってしまう。
  攻撃手段が何一つない代わりに味方の補助なら最強とも言える『マジックポット』。
  鉄壁ではない。無敵でもない。それでもホムンクルス程度ならば、どれだけ集まろうともガウの守りは突き崩せない。
  ホムンクルス達が全員ガウに殺到すれば、その隙をついてセッツァー達が隙だらけの敵に向かって攻撃する。
  アインツベルンの利は数。ホムンクルス達は圧倒的大軍勢となって襲い来る。
  セッツァー達の利は尽きぬ魔力。モグの固有結界も、ガウの回復魔法も、どちらも魔術とは無関係の特技故に消耗はない。
  どちらも戦う意思が挫けない限り、果ての無い戦いはただひたすらに続いていく。
  「っと、いい加減よそ見してる暇は無いな」
  セッツァーはほんの数秒で来た余裕の中で状況を把握すると自分に向かってくる敵の姿を改めて捉えなおす。
  『セブンフラッシュ』で大きく吹き飛ばされた者達が体勢を立て直し、増援と一緒になって向かってきている。攻撃が再開されるまで二秒とかからないだろう。
  腕一本へし折れてようが、腹部に致命傷らしき穴が開こうが、敵は何も気にせず攻撃してくる。
  油断できる敵ではないと厄介さを再確認しつつ、セッツァーは肩の上を浮遊するスロットを再び回し始めた。
  そしてクローバーが描かれた『死神のカード』を十三枚全て左手に、そして同じくダイヤが描かれた十三枚を右手に構え、扇状に開いて迎撃の準備を整える。
  あまり距離を取り過ぎた状態で放つと敵に避けられてしまうので、ある程度は接近させなければこちらの攻撃は当たらない。
  早く来い―――そう念じていると、戦いが始まる前に三つあるリールの一番左が竜の絵柄で止まった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン





  アインツベルン城にいながら周囲の状況を全て把握する為、私の立つ礼拝堂には丹念かつ多くの魔術が施されている。
  城を中心にした半球状の結界、その内部に流れる力の流動は全て私の手の内であり、見通せぬモノなど何もない。
  「馬鹿な・・・・・・」
  アインツベルンは御三家の中でも遠坂とマキリを比較対象とするならば戦いに長けた家系ではない。それは認めよう。
  だからこそ私はアインツベルンが掲げる純血の信条を曲げてまで、衛宮切嗣と言う切り札を―――コーンウォールで探索させていた聖遺物によって呼び出した最強のサーヴァントを聖杯戦争へ送り込んだのだ。
  それでも戦いの優劣がそのまま魔術師としての優劣に繋がっている訳ではない。
  アインツベルンが錬金術に特化するのは他のどの魔術師よりも『人』を知る魔術だからに他ならぬ。魔術を単なる暴力的な手段にしか使えぬ愚昧な者共とアインツベルンの間には決して越えられぬ大きな壁がある。
  奴らは決してこちら側には来れない。だが奴らは力に物を言わせる愚か者共、魔術の真髄を理解せずに我々の世界を荒らしまわる。
  何と愚かな。
 アインツベルンの正しさを証明する為にも、私は第三魔法―――天の杯ヘブンズフィールを成就させなければならない。それがアインツベルンの八代目当主たる私の務めなのだ。
  その決意が揺らぎ、忘れてしまいそうな光景が私の前に広がっている。
  遠視の魔術が私に信じ難い光景を見せていた。
  「何故・・・、何故だ・・・」
  マキリの使いを名乗った者達が天候操作に匹敵する魔術を行使して結界の一部を綻ばせたのは中々見事であった。だが結界の破壊には至らず、精々が通れるだけの通路を開けただけに過ぎない。
  無礼な訪問者への誅伐を行う為に私は彼らを向かい入れ、戦闘用ホムンクルスに相手をさせた。
  掃討が始まって状況は拮抗した時。私はマキリがこれ程の戦力を有している点と、魔獣まで率いて攻め込んできた点を予想外だと感じた。
  しかし数で押せばいずれは決着がつく。
  どれほど力を有していようとも所詮は個人。個人では決して統制された組織には叶わないのだ。
  圧倒的物量こそが勝利への道筋。
  マキリ・ゾォルケンが何を考えてここを襲撃したのか。その真意を知る為にも生け捕りにするのが最良だ。
  四肢を削ぎ落し、言葉だけは喋れるように生かし、全てを吐かせる。私が見ている光景はその目算を木っ端微塵に打ち砕いた。
  「どこから・・・」
  私は叫ぶ。叫ばずにはいられない。


  「その竜種はどこから現れたっ!?」


  私は一度たりともあの愚か者共から目を逸らしていない。あちらの戦力は増えておらず、増援の姿など一瞬前まで存在しなかった。しかし私の目は間違いなくそこに居る幻想種を―――頂点に立つ『竜種』を捉えている。
  数多くの錬金術に触れて来た私ですら感じた事のない圧倒的な力。間違いなく生物の枠に収まっていながら、その溢れんばかりの生命の躍動は魔術を通しても感じる。
  世界の空全てを軽々と飛び越えても不思議の無い深く巨大な青の羽根。
  雪の白さに浮かび上がる漆黒の体色。鱗一枚一枚が宝石のように輝いている。
  前脚と後ろ脚にはそれぞれ鋭い爪が光り。この世のどんな刃物をも凌ぐ逞しさを誇っていた。
  悠々と羽ばたき空を舞うその姿には美しさがあり、命があり、力があり、私は驚きながらもその姿から目を離せない。
  二世紀を生きたアインツベルンの生き字引と言っても過言ではない私の体験に存在せず。されど、魔術師であるならば誰もが知識として有している最強の幻想種『竜』。
  私を動揺させているのはその竜が現れた事だけではない。
  明らかにこの竜種はアインツベルンの戦闘用ホムンクルスにのみ敵意を向け、奴らには全く見向きもしていない。つまりマキリ・ゾォルケンの手の者は幻想種の頂点、竜種を従わせている事になる。
  馬鹿な、ありえん。
  紅く輝く両眼が私を見た―――、いやそうではない。あの竜種は足元にいる戦闘用ホムンクルスからアインツベルン城へと矛先を変えたのだ。
  今、私の視界は城の見張り台と同調させてある、だから竜がそこに視線を向けられたから目が合ったと感じただけ。
  そうでなければならない
  あの竜種は私を見ている訳ではない。
  そんな筈がない。
  炎よりも紅く輝く目が私を見ている等、ありえない。
  そうか、私はこのありえない光景に恐怖しているのか。
  私が私の恐れを知ったその瞬間。竜種の口が青く輝いた。





  「う・・・・・・」
  一体、起こった? 呻き声をあげながら伏した自分を自覚して、私はまずそう考える。
  そして礼拝堂に張り巡らされた探査魔術に意識を伸ばし、城の中で何が起こっているかを理解する為に発動させる。
  結界の内部ならば私に知れぬ事は無い。
  「なっ!?」
  そして私は知る。城の三分の一がスプーンでくり貫かれた様に消滅している現状を―――。
  私の意識は間違いなくあの竜種を捉えて居た筈だが、そこで何かが起こった。その結果、アインツベルン城の城門は丸ごと消え、閉ざされた門の裏側に控えていた戦闘用ホムンクルスが全員消滅している。
  城は見るも無残な姿に成り果てていた。いっそ結界が無事に機能している事が奇跡と言える有様だ、
  「馬鹿な――」
  ありえない。再びそう思うが、アインツベルンが誇る魔術はそれが決して誤認ではないと私に教える。
  私が信じるアインツベルンの魔術が真実だと告げるなら、どれだけ荒唐無稽な出来事であろうとも私は信じる。そうでなければならない。
  続いて、あの竜種の口が輝いた後、放たれたブレスによって作り出された結果なのだと結果が帰ってきた。
  だがこの惨状を作り出した竜種はいつの間にか消えていた。城門の前に居た筈の敵の姿もない。あるのは雪の大地に伏したホムンクルス達の躯の山だけだ。
  奴らはどこにいる?
  敵はどこにいった?
  あの竜種はどこから現れてどこに消えた?
  私はいったいどれだけの間、意識を飛ばしていた?
  竜のブレスが作り出す衝撃で転倒した私はより深く理解を突き詰める為に体を起こす暇も作らずに魔術行使に集中する。
  どこにいる? どこにいる? どこにいる?
  体長数十メートルと思われる竜種の姿がない、そしてマキリの手の者は間違いなくあの竜種を使役している。私はただひたすらに敵の姿を探し続ける。
  この時の私に自覚するだけの余裕があったかは判らないが、あの竜種に―――敵に―――恐怖していたのは間違いない。
  敵はアインツベルンの城を容易く半壊させる力を有している。その力は間違いなくアインツベルンに、つまり私に向けられている。あの城門を吹き飛ばした一撃が礼拝堂を直撃していれば、アインツベルンの結界ごと私は消し飛んでしまう。
  運が良かった。竜のブレスの狙いが外れたから私は生きている。だが今の私にはその幸運を喜ぶ余裕はない。
  あの力が城を直撃すれば結界など意味をなさないと私は知ってしまった。
  このままでは殺される。敵がどこにいるか知らなければならない。どこにいるか判らない敵に私は殺されてしまう。
  どこにいった? どこに隠れた? どこに移動した?
  時間にすれば数秒すら経っていなかっただろう。けれど私にとってその数秒は永遠にも等しく感じた。
  数秒の間に感じたモノ、未知―――おそらくアインツベルン当主となる以前から無縁であったその言葉がこれほどまでに恐ろしく、そして体感時間を引き延ばすものだと思い知る。
  それでも答えを得てしまえば恐怖は薄れゆく。ただし、それは新たな恐怖を呼び起こしたが・・・。
  「ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンだな?」
  敵がそこにいた。
  私の前に、礼拝堂の入り口から、私を見ていた。
  敵の姿を肉眼で確認した時、真っ先に考えたのは『無様に床に転がる自分』であった。あの竜の一撃によって城はこれまでにない揺れに襲われ、私はその衝撃によって床に転げ落ちて意識を飛ばしていた。竜の一撃を直視してしまった魔術のフィードバックもあったのだろう。
  その間にどれだけの時間が経ってしまったかは分からない。少なくとも敵がアインツベルン城の奥にあるこの礼拝堂にまで到達できる程度の時間、私は気絶してしまっていたのだ。そして敵と対峙した瞬間、まるで敗北者のように横になる姿を見られてしまった。
  この私が、アインツベルンの八代目当主が、二世紀近くを生きるこの大魔術師が。敵を前にして戦う前から敗者の姿を見せてしまった。
  許してはならない。
  知られてはならない。
  禁じなければならない。
  殺さなければならない。
  アインツベルンの誇りは敵への恐怖を凌駕し、私の体を一気に起き上がらせる。
  わずかばかり体が傷んだが、心の奥から湧き上がる矜持を守る想いの前には何の意味をなさない。
  一秒すらかからず私は立ち上がって敵を出迎えた。
  「いかにも、私がユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンだ。無礼な客人よ、よくぞ参られた」
  一瞬前にはあった無様な様子など欠片も残さず、アインツベルンの当主として敵を見据える。
  「大したお出迎えだったよ、ここまで来るまで一苦労だ。まあ、俺達を止めるにはほんの少しばかり力不足だったがな」
  「貴様ら・・・・・・」
  アインツベルンの戦闘用ホムンクルスなど敵ではないと堂々と告げる敵に乱れは無い。
  戦いの余韻を全く残さずそこに佇む姿はただここを訪れただけにしか見えない。だが私は知っている。この者たちは外で私が放ったホムンクルスの大軍勢と戦闘を行い、それを突破してここまでやってきた者たちなのだ。
  返り血、髪の乱れや汗、城の外に降りしきる雪の残滓。そう言った類の『戦いの結果』を全く残さずにここに立つ状況そのものが奴らの強さの証でもある。
  腹立たしい事だが、敵は戦闘用ホムンクルスの戦闘を行ってなお、疲れ片鱗すら見せずに私の前に立ったのだ。
  あの竜の姿はなかったのが気がかりだが、使役しているのが目の前の男たちの誰かだったとするならば、ここで敵を無力化すれば竜種もまたこちらを攻撃することはない。甘い見通しとは思いつつ、今の私はそう結論付ける。
  「無遠慮に我が城の結界を破壊した無作法者にはそれ相応のもてなしが必要であろう? 過ぎた歓待とは思わぬよ」
  「そのおかげで判り易い挨拶ができたからな、むしろ丁重なお出迎えに感謝してるぞ」
  先頭に立つ銀の髪を長く伸ばした男が礼拝堂の中を一歩一歩進んでくる。それに合わせて魔獣共も後を追う。
  数は四。外で戦っていた敵の総数が礼拝堂に集っている。
  「どうやら外にいたあの女の形をしたゲテモノは俺たちの事は伝えてくれなかったらしい。だからあんたの前でもう一度言っておこう、俺たちはマキリ・ゾォルケンの使いとしてやって来た」
  「マキリ、遠坂とは同じ御三家として不可侵条約を結んでおる。貴殿の行動はその条約を侵していると理解しているか?」
  「聖杯戦争が問題なく行われている間ならその条約も有効なんだがな。マキリ・ゾォルケン―――間桐臓硯は異常に気づいて条約破棄を決意したのさ」
  「何・・・?」
  私の中には敵が迫り来る恐れと、それを弾き飛ばすアインツベルンの誇りがあった。しかし、ゆっくり近づきながら語りかけてくる敵の言葉を聞く間に三つ目の『猜疑』が加わってゆく。
  敵の目的は不明確だが、マキリの名を出した上の狼藉ならば、それは明確な敵対行為に他ならない。その理由は何なのか? 話しながら敵を殺す準備を揃えつつ、答えを得るために私は耳を傾ける。
 「この世全ての悪アンリマユ
  「・・・」
  「前回の第三次聖杯戦争でアンタが当時のアインツベルンのマスターに召喚させたイレギュラーサーヴァント、この名を知らないとは言わないよな、ご老体――」
  もちろん覚えている。それは決して忘れてはならないこの私の汚点そのものなのだから。
  「確かに知っておる。だがそれがどうした? もはや六十年前に終わった話ではないか」
  「生憎とあんたが思ってるより英霊ってのはしぶとくてな。戦いにおいてどれだけ弱い英霊だろうと、その特殊能力は人の常識を簡単に突破する」
  話を続けつつ、私はこの礼拝堂に―――魔導の式典を執り行う祭儀の間に設置されたある魔術を発動させる準備を整える。
  確かにアインツベルンは錬金術に特化するあまり、武力の面ではほかの魔術師の家系に一歩劣るが、それは攻撃手段がないという意味ではない。
  魔術特性は力の流動、転移。伝来の魔術は物質の練成と創製。そして貴金属の扱いには無類の強さを発揮する、それがアインツベルンの魔術だ。力の流動、つまり命そのものすら一つの力と捉えて使いこなせるのはアインツベルンを置いて他には存在しない。
  力を操るからこそ数多のホムンクルスを生み出せる。ならばその力、奪うこともまたアインツベルンにとっては容易い事。
  「何が言いたい?」
 「アンタの無謀な企てで呼び出された英霊が聖杯戦争を全部ぶちこわしたのさ。表向きは何でもないように見えて、聖杯に吸収されたこの世全ての悪アンリマユは全てを悪に変えた、聖杯の本質は修正不可能なほど変質しちまって、『万能の願望器』はもうどこにもないんだよ」
  「何を馬鹿な――」
 「もう冬木に設置された聖杯の汚染は今生の魔術師が数人程度集まったところで浄化できないところまで進んでる。それもこれも全ては定められた七騎のクラスにサーヴァント召喚を行わなかったお前の落ち度だ。二回も悲願達成ができなかった悔しさか? もっと前、外部の家門との協定を余儀なくされて悔しかったか? よりにもよって復讐者アヴェンジャーなんてクラスに呼び込むとはな」
  「貴様ごとき若造がアインツベルンの誇りを、我が苦悩を語るな!! 聖杯が汚染されているだと? 下らん。黙って聞いていればそのような戯言を垂れ流すだけとは」
  「否定するのはいいが、こんなドイツの山奥に一千年もこもっている血族が、遠い日本の何が知れるつもりなんだ? 実物を見てもいないでよくもまあ大言壮語できるもんだ。感心するよまったく」
  敵がそうしゃべり終えた後、先頭に立つ男と後ろに続く敵の全てが礼拝堂の中に入る。
  こちらが無手で油断しているのか、それとも攻め込んでおきながら対話を望んでいるのか。戦闘用ホムンクルスを撃退した武器を手にしていない。ゆっくりとゆっくりと近づくだけだ。
  ならばその油断、突かせてもらおう―――。
  「『聖杯の器』は我らアインツベルンが作りしモノ、マキリごときが容易く暴ける秘術ではない。異常があれば私がそれを誰よりも知っている」
  「自分を信じるのは勝手だけどな、世界は意外と広くてたかが千年続くドイツの一家系ごときじゃ知れないことも結構あるぞ。現にお前は俺達の事を知らなかったじゃないか」
  その言葉を聞いた瞬間、私は目の前にいる敵をこの世から抹消すべき廃棄物と断定する。
  私がわずかに視線を上げれば、そこには礼拝堂を見下ろすステンドグラスの群れが列を成している。そこには聖杯を求めてさまよい続けたアインツベルン家の歴史が描かれており、ステンドグラスの全てが魔術礼装なのだ。
  もはや敵にかける慈悲はない。無用な問答を正当な理由に仕立て上げた愚かなマキリに罰を与えなければならない。
  「滅せよ・・・」
  発動の事前準備として唱えれば、ステンドグラスが全て太陽より強い輝きを放つ。
  巻き起こる異常に敵共は視線を上に向けるが全てが遅いのだ。不用意にこの場所に踏み込んだ愚かさを知るがいい。
  宝具の真名詠唱、別名『真名解放』のように私はその言葉を口にする。


 「天の光炎ヘブンズ・ゼロ――」


  白い光が礼拝堂を埋め尽くした。





 礼拝堂に用意された攻撃用魔術『天の光炎ヘブンズ・ゼロ』。これはアインツベルンの魔術において数少ない敵殲滅用の魔術であり、代々のアインツベルンの当主にのみ継承される秘術の一つだ。
  ステンドグラスから放たれる光はそれ一つ一つが魔術の結晶であり、アインツベルンが得意とする力の流動を紐解く力がある。
  光に接触すれば命ある者は命が持つ力そのものを解かれ、肉体を維持できずに消滅する。
  白き光が全てのものを浄化し尽くす。
  言うは容易いが命の解析、つまりは敵そのものを壊すのではなく分解する工程を一瞬で成し遂げるのはただの魔術師には一生涯かけてもたどり着けない終着点なのだ。
  ただしこの魔術には大きな欠点があり、礼拝堂にある全てのステンドグラスに同調して発動させなければ効果を発揮せず、しかもその効果は礼拝堂の中に限定され、私が立つ祭壇を除く全ての場所を薙ぎ払う。
  効果は絶大だが、持ち運ぶにはあまりにも巨大で、使いどころを誤れば味方すらも一瞬で消滅させる。私の数代前の当主がこの魔術を完成させてから、今に至るまで礼拝堂の外に出した記録は一度もない。
  これまでは主に反逆者あるいは断罪者にのみ使われた魔術。その力が敵を消滅させた。
  「はは・・・、はははははは――!」
  全てを分解し消滅させる眩しさ故に目を閉じるしかない。けれど目を開いた時に眼前にあるのは純然たる『消滅』の結果のみ。
  敵の姿はどこにもなく、ただアインツベルンの礼拝堂の姿が広がる。不純物は全て抹消され、ここにあるべき物だけが残る。
  残るのは私、アインツベルンだけだ。
  「はははははははははははははっ!!」
  ほんの僅かであってもアインツベルンの当主たる私が恐怖を覚えていたなどと許せない。
  私は笑う。
  あったかもしれない過去を消し去り、アインツベルンの誇りを掲げながら心を昂らせる。
  そうだ、これこそがあるべき姿なのだ。我が居城で狼藉を働く愚か者は私の前から消え去る運命なのだ。
  もう私の無様な様子を知る者はこの世にいない。
  敵は死んだ、滅んだ、消滅した、消えた。
  もういないのだ。
  「はははははははははははははっ!!」


  「大した威力だ、俺が乗せたチップ程度じゃ一度『視』るだけで精一杯か」


  「はっ・・・?」
  聞こえる筈のない声が私の耳に届いた。
  馬鹿な、ありえん――。
  ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。ありえん。
  何故だ。
  何故、跡形もなく消えたはずの敵がそこにいる。礼拝堂の入り口からまた入ってきている!?
 どうして『天の光炎ヘブンズ・ゼロ』を喰らって生きている。
  何故、立っていられるのだ?
  「まさか・・・」
  「発動と同時に後ろに跳んで避けたと思ってるのか? 大間違いだ、確かに『セッツァー・ギャッビアーニ』はお前の魔術を喰らって消滅した。中々見事な魔術だったよ」
  「ならば何故だ! 何故だ何故だ何故だぁぁぁぁぁ!?」
  「知りたいんならもっと広い目を持つんだな。視野が狭いと大局を見失うぜ」
  決してその言葉に触発された訳ではないが、私は目の前に向けた意識の一部を探査魔術へと割り振った。
  そこで私は異常に気付く。
 いや、そうではない。敵の姿を確認する為に礼拝堂から結界の中に広がった探査魔術は『天の光炎ヘブンズ・ゼロ』が発動する前から常に稼働し続けていた。
  その結果を私が認識しなかった。魔術は常に私の望む答えを私に与え続けていたのだ、目の前の敵に集中するあまり、それに気付かなかった私の落ち度だ。
  今は悔いるべき時ではない。探査魔術が教えるこの異常の正体が何であるかを突き止めるべきなのだ。
  何が起こっている?
  何故こんな事が発生している?
  何が理由でこんな状況に陥っている?
  異常とは何だ?
  異常は―――。
  探査魔術が私に答えを教え、それが真実であるかを確かめる為。私は再び入り口から礼拝堂の中を通り近づいてくる敵に向けて言葉をぶつける。
  「貴様ら。何故――、何故、別の場所にも存在している!!」
  私の肉眼は間違いなく目の前に立つ敵の姿を捉えていた。だが、同時に私が行使し続けている探査魔術は間違いなく城の別の場所を徘徊する敵の姿も認識していた。
  ありえん。どうしてこいつらは全く同じ時間軸の中で別の場所に存在していられるのだ。まさか全員が全員双子とでもいうつもりか?
  馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!!
  こんな事はありえん!
  あってはならない!!
  「何だ、ここにいて別の場所が見通せるのか。そこの窓から見るだけでもよかったんだがな。そんな事が出来るのに今まで気づいてなかったのか? もう少し戦術家として優秀かと思ったんだけどな・・・、思ったより視野が狭い、がっかりだ」
  そこで先頭に立つ銀髪の敵は溜息を一つ吐く。
  「どうして俺たちが沢山いるか知りたいのか? アインツベルン、お前と同じことをしただけさ。錬金術師パラケルススが残した製法とは大きく違ってたが、存分に出来上がったホムンクルスを見せてもらったし、ついでの城の外れと地下にあった工房も覗かせてもらったから途中経過も知れた、素体は十分すぎるほど提供してもらった。まだ見せかけだけ似せただけの木偶だが、それらしいモノならこの短時間でも精製可能だったぞ」
  その言葉を聞いて私は息をするのを忘れた。
  それでも聞こえてくる声の中から答えを探る。
  敵はこの短時間でアインツベルンの魔術を模倣し、ホムンクルスの精製に成功したと言ったのだ。
  ふざけるな! ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
  器具も材料も時間もなしに、そんな奇跡が出来てたまるものか!!
  「馬鹿な、そんな事が――」
  「まだまだ錬金術の神髄には程遠いお遊びみたいなホムンクルスだ。もっとアインツベルンの魔道を物真似すれば、更に完成度の高い奴を生み出せるだろうな」
  「こんな! こんな短時間で・・・」
  「出来るからこうして俺たちはここにいる。別の場所にいる俺達はそれぞれ別の行動をする。もう物真似の種として見せてもらったからな、魔術発動まで待ってやる義理はないぞ。それともこの礼拝堂に設置された別の魔術を見せてくれるのか? なら早くするんだな」
  ―――そんなものは無い。
 天の光炎ヘブンズ・ゼロはアインツベルンの魔術の集大成の一つであり、それ故に敵に通じなかった状況などは考慮されていない。
  避ける方法は私のように魔術の影響範囲外に退避しているか、それともアインツベルンの魔術ですら解析できないほどの命を有しているかのどちらかになる。
  たとえ敵が英霊であったとしても殺し切る魔術。神でもなければ耐えるなど出来はしない。
  だからこそ他の攻撃手段が必要なかった。今までそんな敵は現れなかった。
  「・・・・・・・・・」
  「打ち止め・・・か。さて、出来の悪い生徒に教えてやったところで戦いの続きといこう。もっとも、お前の行き着く先は変わらないぜ。俺たちにアインツベルンの魔術を物真似され尽くしてからの死だ。死ぬ前のお前の知識のすべてを物真似させてもらおうか」
  また一歩踏み出してくる敵に合わせ、私の足が一歩後ろに下がった。
  足元がぐらつく。
  この足の震えを揺り起こす思いの源泉は怒りか、恐れか、否定か、拒絶か。それとも私自身も判らない何かか。
  何の意図がそうさせたのか、その答えにはすぐに辿り付けない。だがそれでも、意思とは無関係に私は叫ばずにはいられなかった。
  敵が迫る。向かって来る―――。
  私ヲ殺ス敵ガ。
  未知ノ敵ガ・・・。
  「やめろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ





  アインツベルンが作り出したホムンクルスには『他者と命を同調させる』という外部操作の余地があった。製作者が何を思ってそんな機能を付加させたかは判らないが、この余地は外部からのホムンクルス操作および掌握を可能にさせる。
  一人の人間、一つの命、一つの存在。それだけで完結しているならゴゴといえども簡単に操ったりはできない。混乱の魔法『コンフェ』で幻惑を見せるのは可能だが、あくまで本人が意識を惑わされて正気を失っているだけだ。
  無理を承知でやれば人間でも操作は可能だろうが、アインツベルンが作り出したホムンクルスを操作する方が容易だ。
  思うにアインツベルンのホムンクルスは作り段階で『製作者には絶対逆らえない理由』を意図的に盛り込んでいるのかもしれない。
  外部操作の余地はホムンクルスと製作者の間を隔てる絶対的な差異であり、同時にホムンクルスに自分の置かれた状況をわきまえさせる為につけられた鎖や首輪のようなモノではないだろうか。
  あくまで予想に過ぎないが、ホムンクルスを作った者―――十中八九ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンであろうが、その者は万が一にホムンクルスに自我が芽生え、そして反抗された場合に備えたのかもしれない。
  とりあえず作ってみた偽者は、倒したホムンクルスの中で比較的傷の少なかったものを流用したに過ぎず、何もないところからいきなり作り出した訳ではなかった。
 更に付け加えるならば、身に着けている服はバーサーカーの宝具『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』で別人に変身する時の要領で作り出せば良かったが、肉体はそうはいかなかった。
  セッツァーの顔立ちに似せて服装でごまかしているが、実は肉体は女性型のままだったりする。
  これでは物真似ではなく転用だ。
  銀色長髪のセッツァーなら女性でも美しくなるかもしれない、モグとウーマロは人間の性別など超越した魔獣なので問題ない。けれどガウの女性型など色々な意味で恐ろしすぎる。
  礼拝堂で相対しているアインツベルンの当主様はその辺りの小さな違いに気付いているだろうか? 気付いても今の状況が変わる訳ではないが、それが少し気がかりだ。
  出来るだけ実物に似せたつもりだが、成果を詳しく調べるつもりはまだ無い。今後、作り変えるか、セッツァー達に自分の姿をした自分を殺させるかして廃棄する必要があるだろう。
  かつてここではない別の世界で戦った時、ステータス異常の『混乱』から目を覚まさせる為に味方を攻撃できたのだから、自分の姿をした他人を攻撃する位簡単にやれなくてはならない。
  それにもっともっともっともっと物真似して女性型ホムンクルスだけではなく、もっと別のホムンクルスを生み出せるようにならなければならない。
  「ウガー・・・・・・」
  それはそれとして、わざわざドイツまでやってきた本来の目的はすでに達成されそうだった。
  アインツベルンの城はいっそ恐ろしいほど人の気配が少なく、ホムンクルスは数多く居たが、その全てが自我の伴わない物ばかりで『者』になっているホムンクルスは一人もいない。
  魔術師、あるいは人の定義で考えるなら、今の所は城の中にいる生きた人間は礼拝堂にいたユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンだけだった。
  魔術師の家は基本一子相伝であり、その一子と思わしきアイリスフィール・フォン・アインツベルンが冬木にいるのだから、人気がないのは仕方ない。だが城の維持も防衛も全てホムンクルスに任せているので、汎用性が極端に少なくなっている。
  ゴゴにとってこの世界の錬金術は中々物真似のし甲斐のある学問だが、アインツベルンの家一つで完結できるような間口の狭い研究では満足しきれない。千年続く魔導の名家であっても全く足りない。
  ユーブスタクハイトの知識か城の中でまだ探索していない箇所に更に喜べるモノがあればいいと願いながら、ゴゴはさらに奥へ奥へと進んでいった。
  最終的にアインツベルンは消滅する。その過程で物真似できるモノがあれば余すことなく物真似する。
  これはただそれだけの事。
  既に確定した未来に向かい、ゴゴは自らの欲求を満たす道を突き進む。
  もっと得るべきモノを―――。
  もっと求めるモノを―――。
  もっと知るべきモノを―――。
  もっと物真似を―――。
  物真似に心酔するあまり、いつしか城内を歩いていた雪男ウーマロはものまね士ゴゴへと戻ってしまっていた。
  身長は縮み、雪男の白い体毛はものまね士の煌びやかな衣装へと様変わりして、破壊衝動の赴くままに暴れまわるウーマロは消えてゴゴが顕現する。
 宝具『己が栄光の為でなくフォー・サムワンズ・グロウリー』すら無意識のうちに解除してしまう物真似への固執。ものまね士の性とでも言うべきモノに背中を押され、ゴゴは更に城の奥へと踏み込んでいった。
  ほんの一瞬前まで城を徘徊していたホムンクルスの一体を力任せに投げて、城の壁にホムンクルス製の立体絵画を作り上げた事などもう頭から消えている。
  ただ歩く。
  ただ進む。
  物真似する為に前へ前へと。
  「・・・・・・・・・」
  アインツベルンはそれ一つで完結している家で、外部からの救援の類が来る気配は無い。迎撃の為に用意されたホムンクルスの大軍勢はセッツァーがスロットで出した大当たりで殆ど殲滅させられてしまい、残ったホムンクルスも城のあちこちで暴れまわるセッツァー達の対処で忙しい。
  城門の外で戦っている時にセッツァーがリールに描かれた竜のマークを三つ揃えなければ戦況はもう少しアインツベルンに有利に働いていたに違いない。
  こんなにも早く礼拝堂まで攻め込まれる事は無かっただろうし、城門が跡形もなく破壊されるなんて事態にはなっていなかった筈。
  しかし結果としてスロットは大当たりを出してしまった。
  竜の絵柄―――幻獣バハムートが揃ってしまい、バハムートのブレス『メガフレア』はアインツベルン城の一部とそこに居た戦闘用ホムンクルスを軒並み消滅させた。
  竜のブレスは敵を跡形もなく薙ぎ払う。かつての世界でもこの世界でもそれは共通していたらしい。
  もしスロットが『7』『7』『BAR』の三つで揃っていれば、味方が全滅する『ジョーカーデス』が発動してアインツベルンの勝利は確定したと言うのに、バハムートが出て来てしまった為にアインツベルンの消滅はほぼ確定した。
  こちらにとって運が良かったのだ。
  あちらにとって運が悪かったのだ。
  あえて理由を探すならそう言うしかない。
  観察を怠らず、常に何かを物真似する為に城を徘徊するゴゴだったが、アインツベルンの拠点だけあって魔術の痕跡があちこちに点在しているので物真似する価値のある何かを探すのは至難の技だった。
 求めるべきは魔術の痕跡よりも魔術そのもの。城の外に敷設された巨大な結界のような、アインツベルンが作り出したホムンクルスのような、礼拝堂にあった魔術『天の光炎ヘブンズ・ゼロ』のような。物真似すべきモノこそが必要なのだ。
  アインツベルンの工房は既に同じゴゴであって別のゴゴであるセッツァー達が抑えているから存分に調べればいい。けれど、今、こうして歩いているゴゴの眼前には物真似すべきモノは現れない。
  何かないか?
  何か出てこないか?
  何か現れないか?
  制圧すべき敵地で未知や意外を求めるのは目的達成の障害でしかないが、ものまね士ゴゴは自分の性に従ってそれを求める。
  何か出てこい。
  早く出てこい。
  さっさと出てこい。
  祈りつつもあちこちを歩き回り、閉ざされた扉があれば開いて中を調べた。
  開けて観察、隅から隅まで観察、何一つ見落とさずに観察。そうやって何かを求め続けて歩きまわあった後、遂にそこに辿り着いた。
  その部屋の扉を開けてゴゴの目に飛び込んできたのは、机の下で縮こまって怯える少女だった。
  表向きには少女に見えるモノが内包する信じ難い魔力の流れがゴゴの目に焼き付いて離れない。
  これだ―――。
  これこそが、アインツベルンが聖杯戦争のために用意する『聖杯の器』なのだ。
  アイリスフィールが体内に封印しているモノなど比較にならない。この少女―――容姿からおそらくアイリスフィールと衛宮切嗣の娘であろうこの少女こそが『聖杯の器』そのものなのだ。
  外側からただ観察するだけでも判る膨大な魔力の流れ。肉体そのものが生きた魔術礼装のように魔力を帯びており、魔力の脈動は魔術回路だけに収まっていない。
  人の形を構成している皮の下には縦横無尽に魔力が流れ続け、より強大な魔力を流せばティアラやネックレスやドレスのように美しいとすら感じる文様が体に描かれるだろう。
 ホムンクルスでありながら人としての生も同時に受け持つ見事な出来栄えだ。礼拝堂で見た『天の光炎ヘブンズ・ゼロ』のように、アインツベルンがその知力と技術と執念を結集して作り上げたに違いない。
  円蔵山の内部にあった巨大な魔法陣『大聖杯』、その対となり役目を果たす為にアインツベルンが作り続けた『小聖杯』、大元である『聖杯の器』。
  ものまね士ゴゴが大聖杯とアイリスフィールを外から見て作り上げていたモノが児戯に思える正真正銘の本物が目の前にあった。
  「これがアインツベルン本命の『聖杯の器』か」
  あまりにも見事な出来栄えに思わず声が漏れる。
  すると少女はそこで初めて部屋の中に自分以外の誰かがいるのに気付いたようで、顔をあげてゴゴを見た。
  その顔が恐怖に染まっている。
  当然だ。幻獣バハムートが召喚された時からこの城の中は安全地帯ではなくなり、殺し合う者同士が衝突する戦場へと様変わりした。
  この少女がどれだけ聖杯戦争の知識を有しているかは定かではないが、机の下でぶるぶると震えて恐れをやり過ごそうとしているのだから、戦いの心構えが出来ているとは思えない。
  桜ちゃんがそうであったように、魔術師としての自覚はあると仮定しても、すぐ近くに迫った戦いに対して冷静に対処できる子供ではない。そんな奇特な子供はゴゴの知る限りリルム・アローニィぐらいだ。
  もっともリルムはゴゴと知り合った時に既に年齢が二桁以上になっていたので、目の前にいる女の子や桜ちゃんと同列に扱うのは難しいかもしれないが。
  とにかくゴゴはようやく物真似すべき事象へと出会えたのだ。躊躇う理由など全くなく、ただひたすらその少女に向けて近づいていく。
  「俺は、ゴゴ。ずっとものまねをして生きてきた」
  アインツベルン崩壊を目的にするならば名乗る必要などない。それでもわざわざ名乗ったのは、目の前にいる少女に対して礼節を重んじなければならないと思ったからだ。
  物真似するからこそ対象を軽んじてはならない。その決意がゴゴに言葉を喋らせた。
  「お前は今なにをしたいんだ? 今ここで俺に全部ものまねされて死ぬか? それとも、ものまねされた上で父親と母親の元に行くか? 選ばせてやる、どっちがいい」
  「・・・・・・・・・え?」
  もっとも人のそれとゴゴの尺度との間には大きく隔たりがあり、いきなり出会った相手から詰問されて答えられようがないとは思った。
  見た限り、この少女は自分の身に何が起こっているのか全く理解していない。今のアインツベルン城が陥っている危機を何一つ判っていない。ゴゴが自分達アインツベルンを壊す敵だと察してもいない。
  そうでなければゴゴを不思議そうに見上げる筈がないのだ。
  アインツベルンにとってゴゴは紛れもなく敵で、自分達を殺しに来るマキリの使いだ。こんな子供に敵を前にしてとぼける演技が出来るとは思えないので、知らないのだと考えるのが妥当。
  何だかよく判らない相手からいきなり『死ぬか』『生きるか』と言われて、即答できる子供はまずいない。
  「どうした? お前には言葉を喋る口があるだろう。簡単だ、どちらか選べ」
  「あ・・・、え・・・」
  だからゴゴは回答が得られるまで何度でも同じことを繰り返す。
  もちろん話している間にも常に観察は怠らず、少女の一挙手一投足に気を配っている。震える体が小さく動くたびに少女が持つ魔力が蠢いて意味を作り出す、それを見逃さずに観察し続ける。
  生きながらにして『聖杯の器』としての宿命を義務付けられた少女、その動きはただそれだけでも大きな意味を持っていた。
  腕が揺れる度に微弱な魔力が体中を駆け巡る。
  口を開けば奥に見える人の肉体に見せかけたホムンクルスとの違いが見える。
  何か喋ろうとすれば、『聖杯の器』として作られた魔術回路の根幹から魔力が漲る。
  人で言う心臓がこの少女の核を成している様で、こちらが喋るとそこから魔力が全身へと広がっていく。血管を流れる血流にも似ているが、それだけではなかった。
  時間経過と共に知れているこの素晴らしさはどんな言葉でも言い表せない。
  アインツベルンの歴史そのものが詰まっている完成品は少女でありながらも息を呑むような美しさだ。
  秀逸にして不朽。見方によってはただ破壊を作り出すだけの宝具よりも神々しい。
  いっそこの少女の体を分解して、核を初めとして手足も胴体も首も骨も臓器も血の一滴も毛先一筋に至るまで―――、全てを物真似し尽くしたいとすら思ってしまう。
  だがこの少女はホムンクルスであり『聖杯の器』であり人でもある。機能の全てを損なわずに発揮させる為にこの形を維持しているのならば、解体はそのまま魔術礼装の破壊に繋がりかねない。
  アインツベルンのホムンクルスに外部操作の余地があるのは既に解析されているので、それを頼りの外側からこの少女の中身を観察して『聖杯の器』を物真似するに留めるのが最良であろう。
  見せてくれ。
  診せてくれ。
  魅せてくれ。
  「もっと簡単に言ってやろう。ここで死ぬか、それとも父母に会いに行くか。どちらがいい?」
  「キリ、ツグ・・・? お母、様?」
  「そうだ。もう会えなくなるか、会いに行くか。どちらかだ」
  この少女が呟いた名によって、やはりこの少女が衛宮切嗣とアイリスフィール・フォン・アインツベルンの娘である事実はほぼ確定する。
  そして対話の切っ掛けもまたこの二人になるのは少女にとっては当然だろう。この世界のどこであろうとも殆どの子供にとっては両親こそが世界の全てなのだから。
  少しずつ少しずつ子供にも判り易い選択へと映っていくが、本質から徐々に遠ざかってもいく。間違ってはいないが正しくもない。それでも回答を手に入れる為に質問を簡潔にしていった。
  問いを止めないのはこの少女への敬意そのものだ。ものまね士だからこそ物真似をするモノを重んじなければならない。
  例え対象が、者であっても、物であっても、モノであっても。だ。
  「両親に会いたいか? 会いたくないか?」
  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・会い、たい」
  長い間を置いてから答えたのは少女の中にある警戒心の現れだろう。もしかしたら答えなくても構わないと思ってるかもしれないが、今の状況では答えないのも危険と思ったのかもしれない。
  ただ外から押し付けられた言葉に対し、願望を反射的に口にしてしまった可能性もあるが、理由についてはどうでもよかった。
  会いたい。その答えが得られればそれでいい。
  「そうか。では、俺はお前の望みを叶えてやろう」
  この少女がどうするか? ゴゴにとってその言葉を聞き入れるだけで、『聖杯の器』を物真似する等価値は成り立つ。
  最終的な結論がアインツベルンの崩壊に辿り着くのならば、いずれはこの少女もまたこの世界から消滅するのは確定している。少女がアイリスフィールの持つ『聖杯の器』よりも完成度の高いモノであれば、その未来は必然だ。
  ゴゴが直接手を下すか。あるいは少女が死なねばならない状況に追い込む様に誘導するかは判らないが、ゴゴの中ではそう決まった。
  アインツベルン城の礼拝堂で今も死に向かって進み続けるユーブスタクハイトの様に―――。
  「では行くぞ」
  「え?」
  「デジョン」
  少女が応じるよりも前に、ゴゴは次元移動魔法を口にして部屋の中に次元の裂け目を作り出した。
  ゴゴの姿でこの魔法を使うのはほぼ一年ぶり。今と同じようにある地点から別の場所へと移動する為の手段として使ったきりで、後は不要な物を排除する為にしか使ってこなかった。
  この魔法で間桐邸の地下にある蟲蔵へと現れた。つまりこの地球上に置いて、蟲蔵には唯一次元の裂け目が出口が作られた痕跡が残っているのだ。
  飛空艇ブラックジャック号を呼び出してこの少女を運ぶ方が確実だと判りながらも、時間短縮とゴゴ以外の誰かが別次元を通る時にどんな経過になるのか知りたくて暴挙とも言える移動方法を選択した。
  これは少女の望みを叶えると同時に、雁夜や桜ちゃんでは試した事のない実験でもある。
  幻獣ビスマルクの技『バブルブロウ』を宇宙服のように外側に纏って移動すれば何とかなるか? 生身の人間では生きられない空間だとすれば、石化魔法『ブレイク』で石にして運んだり、停止魔法『ストップ』で少女の体感時間そのものを止めてしまうか?
  それとも別次元に入った瞬間に生命活動を停止してしまい、蘇生魔法『レイズ』『アレイズ』で復活させなければならないか? 意表をついてゴゴが通ったように少女が入っても何事もないか? 『聖杯の器』の物真似同様に興味は尽きない。
  ほんの一瞬で調度品が飾られた歴史ある趣の部屋の様子は宇宙空間を思わせる漆黒に覆い尽くされた。
  少女はゴゴが現れた時以上に慌てふためいているが、ゴゴにとっては当たり前に起こる事象の一つに過ぎない。
  ただ、この世界にやって来る時の懐かしい感触が体をくすぐり。そして、この感覚はかつて旅した仲間との別れでもあったので、胸の奥から寂しさがふつふつと湧いてしまう。
  「俺は、ゴゴ。お前の名前はなんだ?」
  ゴゴは自分の中に浮かんだ郷愁に似た想いを誤魔化すように少女に語りかける。
  だが『デジョン』が作り上げた驚きに少女からの返答は無い。あちこちを見渡して、何が起こっているかを理解しようとするのに忙しいようだ。
  ゴゴはその後、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの名を知るまでに少々時間を必要とした。



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  Side - ウェイバー・ベルベット





  ライダーや他のサーヴァントがやってる事に比べたら、タンクローリーの爆発はとても小規模な破壊に思えた。もちろんマスターである僕の命を狙ったそれが怖くない訳が無く、思い出すと足が震えて心臓が激しく鳴る。
 それでも倉庫街で見たアーチャーの宝具とかライダーの『王の軍勢アイオニオン・ヘタイロイ』に比べたらどうしても見劣りする。
  でもそれは事情を知っていて魔術師の僕から見た尺度で、何も知らない一般人から見たら大事件なんだ。
  『フェニックス』『ファントム』『ユニコーン』。魔石から現れた幻想種が起こった事実の内、人に害をなす部分をすべて消し去った事も混乱を広げてる。
  確かに事故は起こって、爆風も衝撃も火災も破壊も間違いなく起こってる。それなのに怪我した人も死んだ人もいない。
  誰も本当の事を理解できずにおたおたしてる。
  ただ、その騒がしさが僕らには都合が良かった。何しろ、路地裏で話し込む僕たちを誰も気に留めない。皆、何が起こったのかを話してたり、タンクローリーの爆発で店のいくつかが全壊しそうになってるから、そこにいる怪我人を引きずり出したりするのに忙しいみたい。
  僕らは周囲から聞こえてくる喧騒に紛れてカイエンの話を聞いた。そして聖杯戦争のマスターとしての僕はその話から貴重な情報を幾つも獲得した。
  衛宮切嗣と言う名のセイバーの本当のマスター。アインツベルンに雇われた傭兵で、魔術と近代兵器を融合させた攻撃手段を好んで使い、魔術師ではあるが現代の兵士でもある殺戮者。
  彼の協力者でありカイエンが追う罪人、その名を久宇舞弥。二人は共謀し、サーヴァント同士が戦う聖杯戦争の見えない位置で敵を排除していく。
  主な実例として、冬木ハイアットホテルに敷設されたケイネスの結界を突破する為にホテルを丸ごと破壊したとか―――。
  倉庫街では僕が気付かなかっただけで、遠距離から敵マスターを狙撃しようと狙いを定めていたと聞かされた時は身震いが止まらなかった。
  そしてあのアインツベルンの女性がセイバーのマスターではなく、本物のマスターの奥さんだと聞かされた時は驚きのあまり心臓が止まるかと思った。
  セイバーという最強の守りがあるのを信頼しているのかもしれないけど、自分の奥さんを戦場に送り出して矢面に立たせるその考えが僕にはさっぱり判らない。
  恋人も妻もいない独身の僕には想像もできない夫婦の絆があるかもしれないけど、矢面に立たせる方も立つ方も何を考えてるんだろ?
  戦術の観点から見れば優位なのかもしれないけど。何というか、ある意味でキャスター以上に無茶苦茶だ。それは白昼堂々タンクローリーをアーケードに突っ込ませた異常性が証明している。
  一言でまとめちゃうと『手段を選ばない』、それがセイバーのマスターとその協力者の女性のやり方らしい。何か、セイバーと相性が合う様子がまるで想像できなかった。
  カイエンから聞かされた話の中には到底信じ難い事もあって、カイエンが僕たちを惑わす為に嘘を教えてる可能性も考える。でもカイエンが嘘をいう理由が判らないし。何より僕は聖杯問答でセイバーが『自分が刻んだ歴史を無かった事にする』と、聖杯に託す願いをこの耳でしっかりと聞いた。
  極端な考え方でセイバーの願いを解釈すると、自分自身の過去を無かった事にする―――つまり自分の人生を偽りと捉え、新しく本物を作ろうとしていると思えなくもない。
  あの願いを聞いた後だと、セイバーが本当のマスターを隠して、贋者の女性を矢面に立たせるのも納得できる。
  表向きは清廉潔白を作りながら、その裏では堂々と人を偽る。セイバー本人が自分自身すらも偽りだと思ってるなら、そんな事をしても不思議はない。
  「とまあ、これが拙者の追っている『久宇舞弥』なる人物とセイバーの関係でござる。セイバーのマスターはセイバーを囮として、裏では色々と画策しているのでござる。イスカンダル殿もウェイバー殿もその片鱗は今、味わったでござろう?」
  「うむ。まさか無辜の民を巻き添えにして、あのような暴挙に出るとは思わんかったわい。しかもそれを仕出かしたのがセイバーのマスターだったとはな・・・」
  「セイバーは今回の事を知らぬかもしれぬが、久宇舞弥なる女人が自分達の仲間だとはっきりと認めたでござる。つまり、仲間の仕出かした不始末の責任は取らねばならぬ」
  仲間だから責任を被るのは当然。何の躊躇いもなくそう言ったカイエンの姿が僕にはすごく眩しく見えた。
  きっと倉庫街で見たマッシュって男や、僕にしがみ付いたまま離れないサンを連れて来たエドガーって男が何かの事件を起こしたら、仲間としてその責任を果たす為に行動するんだろうな。
  急についさっき魔石『フェニックス』を求めるあまり、自分の事しか考えてなかった僕を思い出して恥かしさが湧いてきた。
  それが僕の口から言葉を押し戻す役目もしてるから、僕なんか置き去りにしてカイエンとライダーの二人の話は続く。
  「拙者、これより悪漢を成敗する為に関わる者全てを斬りに行くでござる。最早、あの者達が何と言おうとこれだけの大乱を起こすのならばもう見逃せぬ。仲間であるならばあの者達も一緒に斬り捨てねばならんでござる!」
  そう言うと、カイエンは手の皮が裂けるんじゃないかと思える程強く握り拳を作った。
  「もっと早くに斬り捨てるべきであった。イスカンダル殿、ウェイバー殿、拙者の迷いがこのような事件を引き起こしてしまい、申し訳ないでござる」
  頭を下げるカイエンの言葉を聞いて、それは何か違うんじゃないかって思った。
  確かにカイエンの立場で考えればセイバーのマスターとその仲間を倒しておけば、こんな事態にはならなかったかもしれない。でも、敵の狙いは間違いなく僕らで、聖杯戦争を基準で考えればカイエンの方こそ関わり合いに巻き込まれた形だ。
  カイエンにはカイエンの後悔があるかもしれないけど、僕らの分まで背負うのは何かが違う。
  するとカイエンは、これにて御免―――。そう言いながら立ち去ろうとする。
  僕は頭の中で思った『違う何か』が明確な言葉になってなかったから、咄嗟に言葉が出てこなかったけど。ライダーが代わりにカイエンを呼び止めてくれた。
  「まあ、待て。そう結論を急ぐでない」
  「む?」
  「ただの夢見る小娘が道を違えようと言うのならば導くのが王の務めよ。カイエン、お主がセイバーに会おうとするのならば、我々の道がまたどこかでぶつかり合うのは必然であろう?」
  ライダーの言葉で歩き出そうとしたカイエンの動きが止まる。
  「ならば最初から共に行動すれば手間が省けるではないか」
  「それは・・・そうでござるが、これは拙者の不始末でござる。御二方を巻き込む訳にはいかんで――」
  ござる、と続く前にライダーがカイエンの言葉を封じ込めた。
  「お主に理由がある様に、余にも坊主にもそれぞれ理由はある。聖杯戦争という理由がな」
  「・・・・・・・・・僕らにはもう聖杯で縁が出来上がってるから、セイバーとは無関係じゃいられない。カイエンが一人でやりたくても僕らは絶対関わり合うよ」
  ライダーの言葉に乗っかるのはマスターとして不甲斐なさを感じずにはいられないんだけど、僕はようやく話に入れた。
  腰にサンをしがみ付かせた状態で大きく一歩前に出て、堂々と立つライダーに見劣りしないように背筋を伸ばす。
  「それに僕はまだ助けてもらった恩を返してない。何と言われても無関係だなんて言わせないよ、僕はそう決めたからね」
  「ほほう、坊主のくせに言うではないか」
  さっき聞いた『マスター』発現がいつの間にか『坊主』に戻ってたけど、とりあえずライダーの言葉は無視。
  セイバーのマスターが仕掛けてきたタンクローリーから助けてもらった恩。魔石『フェニックス』を使わせてもらった恩。力に囚われそうになった僕を引き戻してくれた恩。僕らが知らなかった情報を見返りもなしに教えてくれた恩。何もせずに見送るにはあまりにも大き過ぎる恩を僕らは受けた。
  魔術の基本は等価交換―――与えられっ放しは魔術師の品位を貶める。カイエンが何と言おうと、僕は魔術師としてこの恩に報いなきゃいけない。
  ライダーの方は虎視眈々とカイエンを配下に加えようとしてるみたいだけどね。
  「一緒に行こう。一緒に戦おう、カイエン」
  僕がそう言うと、カイエンはまた頭を下げた。
  でもさっきと違ってここから立ち去ろうと言う気配は無い。ただ真摯に、誠意を体の全てで表すように僕に向けて頭を下げてる。
  騙し合い、殺し合い、貶め合う聖杯戦争の中で、その姿はとても輝いて見える。
  「拙者の視野の狭さを気付かせていただき・・・、まことにかたじけない。拙者の剣、しばし御二方と共に歩ませていただくでござる」
  僕はカイエンが言うほど大層な理由で言ったつもりは無いんだけど、とりあえず共同戦線が張られたのは間違いない。
  カイエンだけにはやらせない。僕は受けた恩を返す為に、聖杯戦争のマスターとして戦いを勝ち抜くために、セイバーとも他のサーヴァントともマスターとも戦うんだ。
  もちろん僕一人の力なんてたかが知れてるけど、こんな僕だからこそ出来る事がきっとある。ライダーの切り札で、僕の腕に光る令呪の使いどころとか。
  「そうと決まれば早速赴くとするか」
 話を聞いていたライダーが意気揚々と叫び、荷物の中から神威の車輪ゴルディアス・ホイールを呼び出す為の剣:鞘に納まったスパタを引き抜いた。
 まだ日は高く、何事もないアーケードだったなら間違いなく人目につく。でも今はタンクローリー爆破事件で僕たちに向く目は一つもない。ほんの数秒だけ神威の車輪ゴルディアス・ホイールを見咎められなきゃ、誰にも知られないで済む筈。
  出陣の状況を考えていると、ライダーが僕の方を向いた。
  「おい坊主。もしかしたらあの夫妻とはここで今生の別れになるかもしれんぞ?」
  「はぁっ!?」
  「べつだん根拠があるわけでもないが、次の戦いで決着がつきそうな予感がするのだ。繰り返すが根拠は無いぞ、余の勘だ」
  ライダーは軽く言ってるけど、僕はその言葉に込められた意味を理解するのに忙しい。
  「その小娘の扱い、別れの挨拶、必要ならば今ここでやるべき事を済ませておけ。それが戦いに赴く者の義務だ」
  「・・・・・・・・・」
  ライダーの保有スキルの中には『直感』は無いけれど、それでもライダーが歴史に名を刻んだ征服王イスカンダルなのは間違いなく、僕が考えるよりもっと多くの戦いを体験してきてる。
  戦場で培われた危機に対する経験は僕なんかよりも太く大きい。そのライダーがわざわざ言うのは、本当にそうなる可能性が高いんだろう。
  いきなり突きつけられた戦いの終焉の予兆。僕は聖杯戦争が終わる事を驚くよりも前に、マッケンジー夫妻に何と言うべきか―――まずそれを考えた。


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