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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:b514f5ac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/06/30 20:31
  第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ケイネス・エルメロイ・アーチボルト





  私は最初からソラウが一時の代替とはいえ、マスターになる事は反対だった。
  ソラウは降霊科学部長の地位を歴任するソフィアリ家の息女。だが、戦いのおける魔術の腕前は決して高いとは言えず、むしろ見習い魔術師と同格と言ってもよい。
  魔術の基礎を修め、魔術回路の数も扱える魔力の多さも高位に当たる。それでも彼女は戦いに秀でた魔術師ではないのだからな。
  ソラウがサーヴァント同志の戦いに巻き込まれたどうするのか? 間違いなく危険が彼女の身に迫る。
  しかし結局、私はソラウが申し出た『聖杯の奇跡であなたの怪我を治すの』という申し出を受諾し、令呪を彼女へと譲り渡した。
  令呪は魔術回路とは別系統の魔術だから今の私でも行使は可能。彼女に降り注ぐ危険を考えるなら、最初からソラウに令呪を渡さなければよい。だが、ソラウの意思は固く、ランサーへの魔力供給を行っている彼女の機嫌を損ねても得るものはない。そう私は判断してしまった。
  忌々しい事態ではあるが、魔術回路がズタズタに引き裂かれ、生きているのが奇跡とも言える今の状況で私が出来る事は多くはない。冬木ハイアットホテルで工房ごと軍資金の多くを失い。エルメロイ家の人脈の伝手で、日本在住の優秀な人形遣いに渡りをつけ、最後に残った莫大な軍資金と引き換えに、なんとか両腕の機能だけを取り戻した。
  だが動くのはまだ両腕だけだ。
  ソラウが僅かに残った金銭を使って手に入れた車椅子が無ければ動く事すらままならない体たらくぶり。このアーチボルト家九代目頭首の無様な姿など、到底余人に見せられるものではない。
  そして魔術一つ満足に扱えない今の私では聖杯戦争に参加しても出来る事は限りなく少ない。故に、何よりもまず優先すべきはキャスターの討伐―――その褒賞である令呪を我がものとする事だ。
  私は彼女の意思を、私の為に聖杯を得ようとする彼女の行動を阻みたくはなかった。
  決して、ソラウが枯木を砕くように私の指を何の躊躇いもなく折った行動に屈した訳ではない。痛みを感じない骨折に私が恐怖した訳でもない。
  ソラウを納得させた上で、私もまた別方向から聖杯戦争へと参加する。その為のキャスター討伐だ。
  アインツベルンの森で人生の汚点を作り出した後、私は意識の大半をキャスター討伐に向け、不慣れな車椅子での移動を俊敏に行えるように努めた。
  無論、キャスターの後はアインツベルンに雇われたあの下衆を始末する。これは確定事項だ。
  体を動かして汗を流すなど見苦しいにも程がある。
  だがソラウの為にもそうしなければならない。その決意が私に力を与えた。
  車椅子に座して鈍重に動きつつ、私はソラウがランサーと聖杯戦争の段取りを話し合う光景を見つめる。
  それを見て私は再度思う、やはりソラウをマスターにするのは反対だ、と。
  ランサー。ディルムッド・オディナの不義は伝説にまで名を馳せる有様だ、主君の許嫁に色目を使わずにはいられない性があのサーヴァントにはある。
  あらゆる女を虜にするというディルムッド・オディナの『魅惑の黒子』。左目の下に黒々と輝くあれが、ソラウの呪的影響に対する抵抗力を越えていないとどうして言える?
  フィアナ騎士団の英雄フィン・マックールの三番目の妻となるはずだった婚約者グラーニアを魅惑した伝説。それがここで繰り返されぬと断言できるか?
  少し離れて見ていると、伏し目がちにランサーを眺めるソラウの眼差しに、自分に向ける視線とは別の感情が込められているような感覚を覚えてしまう。
  一時は邪推するのは愚かしい世迷い言と切り捨てたが、魔術を使えぬ身となって初めて判る事がある。
  何としてでも再びマスターとして聖杯戦争に参戦し直さなければならない。あのサーヴァントをソラウから遠ざけねばならない。アーチボルト家九代目頭首として私が持つべき全てのものを―――地位を、勝利を、栄華を、無限の未来を、ソラウを、取り戻さなければならない。
  セイバーとアインツベルンの女が仕掛けてきた状況は予測された事態であり、むしろ今に至るまでサーヴァントの襲撃が無かった事は驚くべき幸運と言える。
  それでも仕掛けてきた相手がアインツベルンだったのは当然であった。
  キャスター討伐で互いの戦闘行動を中断されている中。あの聖杯戦争を辱めたアインツベルンに雇われた男―――すでにランサーの言葉からあの男がマスターである事は知りえたので―――、あの下種が仕掛けてくるのは起こるべくして起こる事態だ。
  セイバーの真名はアーサー王だが、サーヴァント風情が『かの名高き騎士王』とは笑わせる。魔術によって現界しただけの影が語る騎士道など亡者の世迷い言でしかない。故にルールを破るなど簡単にやってのける。
  私は自動車の駆動音を聞きつけたランサーに対し、即時撤退を命じようとした。
  今、狙うべきはキャスターの首であり、私が手に入れるべき令呪なのだ。すでに左腕の力を半減させているセイバーとの決着など後でもつけられる。
  だが私が命じるよりも早く一時の代替マスターとなったソラウが『セイバーを撃退しなさい』と命じ、ランサーもまたそれに応じた。
  何を考えているのか、あの愚鈍なサーヴァントは!!
  すでにランサーはアインツベルンの城で片腕を十分に使えないセイバーとの決着が付けられなかった。
  ランサーは自らの享楽の為にセイバーとの戦いを長引かせた可能性があり、そしてランサーは今のセイバーですら勝ちえない弱さを持った英霊である可能性が大いにある。
  どちらの可能性もありえるので、私の中では焦燥ばかりが膨れていった。
  確実なる勝機がないのなら私とソラウを連れて逃げるべきなのだ。それなのにソラウを戦場へと引き連れ、ただ自分が戦いたいが為だけにセイバーの剣と自身の槍を合わせている。
  廃工場の中で行われる神話に匹敵する戦いなど何の意味もない。
  サーヴァントとして召喚された二人の亡者が作り出す騎士の誓いなど何の役にも立たない。
  今更ながら、あの愚かなウェイバーに聖遺物を掠め取られ、征服王イスカンダルの英霊を掴み損なったことが悔やまれてならなかった。
 あの空を駆ける戦車チャリオットが我がものとなったならば、今頃は全てのサーヴァントとマスターを殺し、この手に聖杯と―――輝かしい『戦歴』がついたに違いない。
  だが悔いても状況は何も変わらない。
  廃工場の奥の暗がりに身を潜め、外で繰り広げられるサーヴァントの戦いを見守っても、事態は何も好転しない。
 いっそ、この身を外に曝け出してランサーに運ばせようかとも考えたが、車椅子なしでは満足に動けない私の無力さもまた同時に考えてしまう。令呪を持たず、月霊髄液ヴォールメン・ハイドラグラムを扱えぬ私が出て行ったところで状況は悪化するだけだ。
  忌々しい。嗚呼、何もかもが忌々しい。
  時間が経てば経つほどに私の中でランサーへの苛立ちが膨らんでいく。
  何故、勝てない。
  何故、弱い。
  何故、上手くいかない。
  歯がゆさのあまり私は頭を掻きむしる。


  その時、ソラウが撃たれた。


  「ソラウッ!!」
  銃声は二回。続けざまに聞こえてきたそれがソラウの体を打ち抜いた。
  私には判る。他の誰が見ていないとしても、あのサーヴァントが戦いに熱中するあまり、背後に控えさせたソラウから意識を離していたとしても。私だけはずっとソラウを見てきた。
  だから私には判る。ソラウの身に何が起こったのかを一瞬すら必要とせずに理解する。
  やはりあのセイバーのマスターはサーヴァント同士を戦わせ、表向きは尋常な勝負を演出しながら。その実、下劣で品性を欠く手段に訴えていたのだ。
  魔術師の風上にも置けぬ屑が、卑賎な輩めが!
  だが今ならばまだ間に合う。
  ソラウの霊媒治療術は常にソラウ自身の怪我も癒すように設定されており、ソラウが魔術を行使し続ける限りその効力は発揮され続ける。
  致命傷の傷であろうと治癒できる可能性はある。
  だから、間に合う。
  間に合う筈。
  否! 間に合わなければならない。このケイネス・エルメロイにもたらされる未来はそうであるべきなのだ。
  私は両腕にあらん限りの力を込めて車椅子の車輪を回した。廃工場の奥の暗がりから一気にソラウが倒れる広場へと向かう。
  私の目にはソラウしか見えない。呆けた表情を作り出す二人のサーヴァントとアインツベルンの女など路傍の石も同然。
  故に私は車椅子が移動する途中で鳴り響いた、カチリ、という音を聴き逃す。
  それがクレイモア対人地雷と呼ばれるただの炸薬を用いた通常兵器だと理解するよりも前に―――、私の意識は真っ黒に染まった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ランサー





  アルトリア・ペンドラゴン、歴史にその名を刻んだ騎士の王。その高潔な在り方を改めて再認識する為に俺は戦いに応じた。
  俺の中には疑念がある。
  それはセイバーが今も背後に姫君を置いて戦っている状況そのものへの不信、つまり真に聖杯戦争でサーヴァント同士が戦うのならば、マスターもまたその姿をさらすべきではないか。という戦いの在り方への問いかけだ。
  無論、俺の勝手な言い分である事は理解している。
  一時とは言え今はソラウ殿が我がマスターだ。我が主がケイネス殿である事実は覆せないとしても『マスターとサーヴァントが同じ場所で並び立つ』、この状況はこちらの都合で出来上がってしまった。
  セイバーの背後に佇む女が真のマスターだと誤解している者が見れば、同等の条件が整っていると見えなくもない。
  だがあの男の元へと―――セイバーの真のマスターの元へと俺を行かせたのはセイバーなのだ、セイバーは俺がセイバーのマスターが誰であるかを知っている筈。
  決してセイバーの背後に控えるアインツベルンの女ではない。セイバーには姿を見せないマスターが他にいる。
  それなのにセイバーはマスターではなく姫君を前線に出してきた。まるで彼女こそが自分のマスターである、と、言わんばかりに。
  この戦いに限らず、守るべき相手を秘するのは戦術として普通に行われる。だからこそ、戦場にマスターが出てこないのは問題ではない。
  事実、初めてセイバーと剣を合わせた時、我が主は戦場の傍に居ながらも、安全のために魔術によってその姿を隠ぺいしていた。
  最早セイバーのマスターを視認した俺は事実を知っているので、今更、言葉で語る意味はない。セイバーはそう思っているのか?
  違う。そうではない―――。他の誰でもない、俺がセイバーの口からその言葉を聞きたいのだ。この方はマスターではない、と。
  堂々と見る者すべてを騙す、その虚構を破壊してほしいのだ。
  まるでマスターの様に振舞っているその関係が正しく偽りであると。俺はセイバーの言葉を聞きたかった。
  その言葉があれば何らかの理由によってマスターと別行動を取っていると理解できる。俺が、俺自身にそう言える。納得もできる。満足できる。
  だがセイバーからの言葉は無かった。
  故に、この疑念は拭えない。
  不審が俺の心に根付いている。
  どうしても疑いを晴らしたかった。
  たとえマスターとサーヴァントが同じ場所に立っていなかったとしても、事実を目に見える状況で偽っているとしても、セイバーの誇り高さは決して違えるものではない、と。
  だから―――だからこそ、俺は騎士として戦わなければならない。騎士としてセイバーの真意を確かめる為、その剣に宿る意思を見極めなければならない。その決意があった。
  我が二本の宝具とセイバーの宝剣がぶつかり合う。
  己の全てを出し尽くし、ただ目の前の敵を葬る為に武器をふるう。
  迷いなき闘志。
  曇りなき剣劇。
  一瞬の気の緩みが敗北を招く心地よい緊張。
  生と死の狭間でありながら、どうしようもなく生の実感を与えてくれる。
  片腕が満足に扱えぬセイバーを押しきれぬ悔しさはあった。しかし、セイバーから伝わる想いがそれを押しのける。
  杞憂だったのだ。
  俺達は騎士として全力で戦える相手を前にして、ただ己の全てをぶつければそれでいい。たとえマスターがそこにいなかったとしても、騎士の決着をつけるのみ。
  ただ―――戦う。
  聖杯戦争が始まってから今に至るまで、おそらくこれほど晴れやかな気持ちは無い。
  今こそ、ただ全力を尽くしてセイバーの首を取る。
  そう思い、我が二本の宝具に全ての思いを乗せ、我が主―――ケイネス殿に聖杯をもたらす為に全力の踏み込みを行った。
  俺に与えられたクラス『ランサー』は最速の英霊でなければ務まらない。つまり敏捷さに限れば、俺はどのサーヴァントにも決して負けない。
  その速さをもってセイバーの首を取る。
  全力で、全身で、全速力で、全身全霊をかけてセイバー目指して駆け抜ける。
  応じる様に前に出るセイバーの姿が見えた。以前、見せた風を後方に打ち出して飛び出す踏み込みではなかったが、その代わりに両腕へ込められた強い魔力を感じる。
  おそらく今まで以上に繊細かつ強力に魔力放出を行い、剣を自由自在に操る算段だ。俺の速さに剣の技術で、『ランサー』の速さに『セイバー』の剣で応じると言うのか。
  面白い。その守り、突破してやろう。
  速く、早く、はやく。ただ、ハヤク。
  最速のサーヴァントが繰り出す魔槍がセイバーの剣の守りを潜り抜けて命を狙う。
  後、ほんの一瞬。ほんの少しの速さを絞り出せば俺の槍はセイバーの命に届く―――。


  そして、銃声が全てを破壊した。


  セイバーとの決着をつける為に全精力を速さに注ぎ込んでいた俺はそれが何の音か気付くまでに若干の時間を必要とした。
  かつて我が主の命を奪おうとした銃撃の前に躍り出て弾丸を弾くのとは状況が違いすぎる。
  だからこそ―――最速のサーヴァントが出遅れるなどと、あり得ない失態を作り出してしまう。
  二発目の銃声を聞いて俺がセイバーから離れ、ソラウ殿を守る為に下がった時は全てが遅かった。全てが終わってしまっていた。何もかもが間に合わなくなってしまった。
  俺の前には地面へと倒れて行くソラウ殿がいた。
  人間を大きく上回る英霊の視力がソラウ殿の傷の深さを―――俺では手の施しようがない重傷だと理解してしまう。
  「ソラウ・・・殿」
  何が起こったのか理解できなかった。いや、理解したくなかった。
  ソラウ殿が攻撃された。しかもそれは他のマスターが使う『魔術』ではなく、セイバーのマスターのみが使用する『銃』によってだ。
  俺は僅かな時間呆けてしまい。そして俺がセイバーに感じていた信頼が全くの偽りだったのだと知る。


  我ら二人が心置きなく雌雄を決する好機・・・。


  俺とセイバーとの戦いに手出しは無用・・・。


  戦いの前に言葉にした確約が脳裏に蘇る。
  目の前にいるこの女は―――騎士を騙り、崇高を演じ、高潔を装いながら、その裏で俺を騙していた。アインツベルンの姫君をマスターと偽り、別行動するマスターによって俺のマスターを攻撃させた。
  何もかもが嘘だったのだ。
  俺がセイバーの剣から感じて信頼も。全盛全霊で行われた一騎打ちも。戦う前に互いに約束した言葉すらも。全てが嘘だった。
  今すぐソラウ殿を助ける為に行動しなければならないと声がする。だがセイバーへの怒りが―――騎士を汚した騎士を騙る偽善者への怒りがその声を押し流す。
  頭の奥から湧く殺意が止められない。
  体を焼く憎悪が止められない。
  地面に崩れ落ちるソラウ殿を支える手を離し、セイバーの方へ振り返った時。俺の体には怒りだけが合った。
  憤怒の形相を浮かべているだろう。騎士にあるまじき感情を曝け出しているだろう。
  だが抑えられない。騎士の名を汚した騎士の王への怒りが収まらない。
  何が騎士か。
  何が騎士の中の騎士、騎士王か。
  そうやって振り返りセイバーを睨みつけた時。カチリ、と、音が聞こえた。
  一瞬後、廃工場の中に響いた銃声より、もっと大きな爆発音が轟く。
  主よ!! そうやってケイネス殿の名を呼ぶよりも先に、俺は音の出所へと駆けていた。
  今のは少し離れた場所で物陰に隠れた何者かが機械のスイッチを押した音だ。そして、音が聞こえてきた箇所はソラウ殿が撃たれた射線上でもあり、間違いなくソラウ殿を狙撃した犯人でもある。
  この先にソラウ殿を銃撃した者がいる、この先にケイネス殿を攻撃した者がいる。この先にセイバーのマスターがいる。
  セイバーの偽りにも怒りを抑えられないが、直接、手を下した者への怒りは軽くそれを凌駕する。
  殺す。殺す。殺す。
  必ず殺す。
  何が何でも殺す。
  誰が相手だろうと絶対に殺す。
  一瞬、横目にセイバーと女が呆然とする姿が見えた。その顔が『何が起こってるか判らない』と言っているように見えたが、そんな筈はない。
  これはセイバーとそのマスター達が仕組んだ策略なのだから。
  二人とも大した役者だ。まさか全力で戦っている剣にまでこの企みを感じさせないとは―――。セイバーと女への感嘆が一瞬だけ浮かび上がるが、すぐにセイバーのマスターへの怒りに押し潰された。
  最速のサーヴァントと名高い『ランサー』。その敏捷さを全開で発揮し、爆発から数秒もかからず俺は犯人の元へと辿り着く。
  廃工場の一角、ガラスも枠すらも無くなった窓から銃身を突き出して構える女がいる。初めて見る顔だ、セイバーのマスターではない。しかしソラウ殿がいた場所に向けられた銃口と、銃を支える手とは反対の手に握られた何かの機械が犯人だと俺に教えた。
  こいつがソラウ殿を、そして我が主を・・・。
  理解するのに一瞬すら必要とせず、攻撃を開始するまでも一瞬で事足りる。
  セイバーのマスターではなかった事実など、最早俺にはどうでもよかった。
 窓枠が合った場所に乗せられた銃身を踏みつけた俺は、銃から手を離して脇に装備しているナイフへと手を伸ばす女に向け、破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグを突き出した。
  手のひらを貫かれて女は苦しげな表情を浮かべるが、この程度で我が主とソラウ殿へ仕出かした罪は消えぬ。
  そのまま死んだ方がマシだと思える責め苦を味わわせてやりたい衝動に駆られたが、怒りの中に残る冷徹な部分がこの女にかける時間の短さと、騎士を貶めたセイバーこそ罰しなければならない相手だと考えさせる。
  だがここで手を休めては俺がここに来た意味をなくす。
  我が主達を傷つけた罪を―――対価を支払、いや『死』払わせなければならない。
  「ぐばっ」
 考えるよりも前に俺の手に握られた必滅の黄薔薇ゲイ・ボウが女の眉間を貫いた。ソラウ殿が味わった苦しみも貴様も味わうといい。
  悲鳴が聞こえるが、それが俺の怒りを余計に膨らませる。
  もう何も言うな。
  悲鳴すら上げるな。
  ただ死ね。
 手のひらと頭、二か所に突き刺さった破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグ必滅の黄薔薇ゲイ・ボウを一気に引きぬいて、俺は無防備な体を曝け出す的に向かって繰り出した。
  突く、突く、突く。
  突いて、突いて、突いて、突いて、突いて、突いて、突いて、突いて、突いて、突いて、突き刺した。
  首の辺りを入念に突き刺せば眉間を貫かれた女の頭は簡単に落ちた。
  胴体を貫けば簡単に心臓を破壊して背中にまで抜ける。
  手も足も体のどこでも、貫いた箇所が無い様に丹念に突き刺してゆく。
 窓際の狭さに多少手間取ったが、最後に破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグを天に掲げ、崩れ落ちそうな工場の天井にぶつかりそうになる前に紅の魔槍を一気に振りおろす。
  頭を失った女の体は左右へと両断され、どれほどの治癒魔術を施しても絶対に蘇られない死体へと作り変えた。そして噴き出た血飛沫を浴びるより前に俺は後ろへと跳躍して距離を取る。
  ソラウ殿を狙撃した女の場所に到達してから今に至るまで十秒もかかっていないが、貴重な時間を浪費してしまったのは紛れもない事実。
  女を殺しても俺の中の怒りは消えるどころか更に燃え上がる。俺を殺すべき敵が待つ場所へと舞い戻らせる。
 血に濡れた二本の魔槍を構え直し、その敵―――セイバーへと向けて破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグを、そして必滅の黄薔薇ゲイ・ボウを繰り出した。
  「赦さん――。俺は断じて貴様らを赦さん!!」
  「止めろ、止めてくれランサー!!」
  俺が来る前まで呆然としていたセイバーだったが、俺の槍が襲いかかってくると反射的に剣を構えて攻撃を防いだ。
  一瞬、俺の槍を弾いたセイバーの顔が見える。その顔がまるで『自分は被害者だ』『何も知らなかった』『自分は悪くない』とでも言わんばかりに悲壮感を漂わせている。
  ふざけるな―――。
  ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!
  「こんな決着は私の望むものでは――」
  「貴様らはっ、こんな事をして何一つ恥じることもないのかぁぁぁぁぁぁっ!!」
  俺は槍を振るいながらランサーとして召喚されたディルムッド・オディナの冴えが消えているのを理解した。
  怒りに突き動かされた体は『殺す』という結果を求めるあまり逸ってしまい。繰り出してきたフェイントが、二本の槍が作り出してきた自由自在の攻防が、舞の様な軽やかな槍捌きが全て消えている。
  ただセイバーを貫く結果を掴み取ろうと、槍を振り回すだけの稚拙な素人の様な攻撃になってしまっていた。
  ソラウ殿を攻撃した女にはそれでも良かった。けれどセイバーを相手にするには怒り任せに槍を振るっても、剣の守りを突破できない。もちろん尋常ではない速さはあるがセイバーを殺すには圧倒的に技が足りない。
  それを理解して尚、俺の槍は怒りに任せてどんどんと荒くなる。
  そんな逸る気持ちが槍を鈍らせたのかもしれない。
  ソラウ殿が死に、俺が現界する為に必要な魔力供給が無くなって、急速に力が衰えたのかもしれない。
 今の俺には理由を考えられる余裕は全くなかった。判るのは必滅の黄薔薇ゲイ・ボウが折れた。いや、セイバーの剣で斬られた事実だけ。
 俺の繰り出す槍の隙をついて、セイバーの剣はあっさりと必滅の黄薔薇ゲイ・ボウを断ち切ったのだ。
  バキリと音を立てて魔槍が無残に砕ける。
  「あああああああああああっ!!」
 それでも攻撃の手を緩めない。斬られ、宝具としての役目を果たせずに魔力へと霧散していく必滅の黄薔薇ゲイ・ボウを投げ捨て、残る破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグを両手で構えた。
  投げ捨てた黄色の短槍は地面に落下する前に完全に消え去ってしまう。俺の分身と言ってもいい宝具が消え去る感傷は無かい。
  あるのはただ怒りのみ。
  セイバーを殺さなければならない。
  「頼む、止めて――!!」
 まだ何か言おうとするセイバーの心臓めがけて破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグを繰り出す。
  神速の突き。少なくとも今の俺の全てを―――魔力を、力を、怒りを、心を、ありとあらゆる全てをつぎ込んだ捨て身の突きはこれまでにない速度でセイバーへと襲いかかった。
  俺はそう感じた。
 しかし起こった事実はセイバーの心臓を貫く破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグではなく、セイバーの剣が俺の心臓を抉る結果だった。
  何よりもセイバーの真名を表す、アーサー王が持つとされる宝剣、エクスカリバー。ドスッと鈍い音を立て、その剣が俺の胸板を貫いて背中まで突き抜ける。
  サーヴァントとして召喚され、この身は人の肉体とは異なる。だがそれでも心臓が砕かれたのが判った。
  どうやら俺が感じていた最速の突きは俺がそうと自覚しなかっただけで、セイバーに避けられてしまうほど遅いものだったようだ。
  「がはっ・・・」
  吐きだす息と一緒に紅い血が口から吹き出た。これは俺が負けた証明でもある。
  負けた、負けてしまった―――。薄汚い策略を持って我らを陥れ、歴史すら欺いた騎士を騙るこの女に―――、俺は負けてしまった。
  どんどんと体から力が抜けて行くのが判る。
  サーヴァントの形を作る魔力がほどけて行くのが判る。
  消えて行くのが判る。
  これはまだディルムッド・オディナが人の肉体を持っていた時。フィオナ騎士団の首領フィン・マックールが泉からすくった水を二度こぼした時にも似た感覚を味わった。
  『死』だ。
 俺は破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグを避け、俺の懐に飛び込んで剣で突き刺したセイバーへ言葉をぶつける。
  「名利に、憑か、れ・・・。騎士の、誇りを・・・、貶めた。亡者ども、が・・・」
  返答など期待しない。
  もし何か言ったとしても、その全てが偽りであり虚言であり戯言で世迷言で出鱈目なのだ。
  俺はただ言う。いや、呪う。
  残った最後の力を使い、口から溢れる血を吐き捨て、ただ呪う。
  呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪って、呪う。


  「聖杯に呪いあれ! その願望に災いあれ! 貴様らの夢を我が血で穢すがいい!!」


  血涙を流し、最後の力を振り絞って呪いの言葉を告げた後。
  俺は『死』んだ。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - アイリスフィール・フォン・アインツベルン





  いったい、私達は何をしてるの?
  聖杯戦争に勝利して聖杯を得ようとするなら、今回の出来事は快勝と言ってもいい。
  ランサーとそのマスターは敗退。傷ついたセイバーの左腕は回復して、これでセイバーの切り札である対城宝具も使えるようになった。
  セイバーに目立った外傷は無く失った魔力も多くない。被害少なく敵の一人を敗退させた。
  けれどセイバーはランサーを倒したくなかった筈。もっと正確にいえば、こんな形での決着など望んでいなかった筈。
  何より『勝利』を収めながら、私の心だって決して晴れやかじゃない。
  この言い様の無い後味の悪さは何だろう?
  胸の中に巣食うもやもやした気持ちは何だろう?
  その理由を知る為に―――そうしなければこの気持ち悪さは拭えそうになかったから、私は必死で考える。
  豹変したランサーからは槍の扱いに関しては素人の私でも判るほど技の冴えが無くなり、攻撃の速度が遅くなっていた。
  精彩を欠いた槍でセイバーに勝つのは不可能。それでも残った力の全てを振り絞ったのか、セイバーはその槍の一撃に応戦するしかなかった。
  殺されない為には殺すしかない。
  もしかしたら、セイバーの体に染みついた『剣の使い方』や『攻撃の避け方』や『敵の殺し方』が本人にそうと意識させない内に攻撃させたのかもしれない。
  意表を突かれて雪玉を投げられた防御しようとするでしょう? 机の上からペンが落ちたら、考える前に取ろうと手を伸ばそうとするでしょう? 熱湯や火に触れてしまったら、すぐに手を離すでしょう?
  そんな類の―――剣の英霊が持つ『危機への反射』がランサーを殺した。私にはそう見えた。
  本当かどうかはセイバーに聞かないと判らないけれど、私はセイバーに声をかけられなかった。あまりにも突然に色々な事態が起こり過ぎて、現状を理解しようとするので精一杯だった。
  セイバーとランサーが戦っていたら、いきなりソラウさんが銃で撃たれた。そして廃工場が爆発して、ランサーが遠くにいる誰かの元へと跳んで、すぐに戻ってきてセイバーと戦って・・・果てた。
  サーヴァントの行動はとても素早く、短時間でたくさんの事が起こってしまった。
  私はランサーを攻撃した誰かを知る為に目を凝らす。そして廃工場の一角が赤く染まっているのを見つけてしまう。
  ランサーが槍で破壊されたのか、それとも元々そうだったのか。元々の窓枠の位置は床よりも高い場所に合ったみたいだけど、その紅さは床よりも低い位置に合って壁の向こう側から滴り落ちている。
  ランサーが攻撃に向かい、そしてすぐに戻って来たけど、その間にはほんの数秒間空きが合った。つまりその間にランサーは誰かを攻撃し、そして殺した。
  怒りに支配されたランサーが撃った人間を放置するとは思えない、たった数秒だったとしてもサーヴァントの早さなら人間なんて簡単に殺せる。
  切嗣だったらどうしよう。
  舞弥さんだったらどうしよう。
  不安に駆られながら、その紅さを凝視する。何もかもを見通すようにしっかりと見つめる。
  そこに合ったのが切嗣の身に着けるコートではなく、舞弥さんの着ていた黒い上着だと気付いた時、安堵と恐怖が一斉に襲いかかってきた。
  切嗣じゃなかった。
  舞弥さんだった。
  でもその舞弥さんが―――ランサーの手で殺された。死体となってそこに転がっている。
  息があればすぐにでも回復魔術を施すのだけれど、舞弥さんは遠目からでも判ってしまう『死』を作り出していた。
  凝視してしまったから私は知ってしまう。
  頭蓋を砕かれ、首を切り落とされ、心臓を破壊され、体の中心から左右へと引き裂かれている。人だった者が紅い血をまき散らす物に変わり果てていた舞弥さんを見てしまう。
  遠くだったので細部までは判らないのだけれど、無残な様子がそこにあるのは嫌でも判る。気のせいでなければ、ほんの僅かだけれど漂ってきた風に血生臭さが混じっている。
  その様子に私は吐き気を抑えられず、両手で口を押さえても胃の中身が喉から逆流してくるのを止められなかった。
  気持ち悪い。
  きもちわるい。
  キモチワルイ。
  聖杯戦争を行うのならば、誰かを殺すのは覚悟してた。それでも思い描いていた『死』とそこにある『死』はあまりにも違いすぎて、目の前がくらくらする。
  セイバーが負った怪我など比べ物にならない存在感。目をそらしても間に合わない圧倒的な『死』、一目見ただけでそれは私の頭の中に入り込んできた。
  目を逸らしたけれど、もう私の中に入ってしまった『久宇舞弥の死』がはっきりと私の中に刻まれた。
  舞弥さんだったモノを見たくなくて、私は他の場所を見る。
  そこには腹部と頭を射抜かれて死んでいるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリがいた。
  別の場所にはアインツベルンの城へ攻撃を仕掛けてきた、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトらしき物があり。体は原形を留めないばらばらの肉塊になってしまったので、私の目じゃ判別できなかった。
  『死』があった。至る所に人の躯が転がっていた。紅い血を撒き散らし、命を失ったモノが幾つも幾つもあった。
  人が死んだ。殺し、殺された。
  血が私を取り囲んでる。命が私の周りから消えていく。『死』が溢れだす。
  私には蘇生魔術は扱えない。
  だから誰一人として救えない。
  死んでしまった者はただ『死』を作り出し、命を失った亡骸を大地に晒すだけだ。
  「うえぇぇぇっ!」
  気持ち悪かった。
  吐いて、えずいて、嘔吐して。胃の中身を全部吐き出してもまだ止まらず、遂には黄褐色の苦い液体まで口からあふれてくる。
  その酸っぱい臭いがまた吐き気を誘発させて、私の体の中身が全て吐き出されるんじゃないかと思えるほど吐き続けた。
  聖杯戦争が始まる以前、ドイツのアインツベルンの城にいる時から貴婦人として振舞ってきた『私』が崩れていく。ありふれているけれど、これまでふれてこなかった『死』を見せつけられて、私はただ気持ち悪かった。
  地面に膝をついて吐いて吐いて吐き続けて―――そのままどれだけ時間が経過したのか私には判らない。
  ただ言える事は、時間の感覚が無くなるほど長い時間、私は吐き続けた。
  私はこんな事態になった理由を問う相手が欲しかった。けれど、私達の周りには物言わぬ躯だけが転がっているだけで誰も何も答えてくれない、セイバーも黙り込んだまま。
  そしてセイバーは・・・、私が吐き続けている間、ずっと傍にいてくれた。
  「・・・・・・・・・アイリスフィール、大丈夫ですか?」
  「・・・ええ。――少し、落ち着いたわ」
  地面の上に吐瀉物が撒き散らされてとても酷い状態になってる。私は何とか起き上がってそこから距離を取った。
  メルセデス・ベンツ300SLの助手席に乗り込んだのは、どこかに座りたかったから、ドアを閉めて外と内の別空間をそれぞれ隔離したかったから、何よりもこの場を離れる手段を欲したから。そしてこの状況を作り出した切嗣に連絡する為の手段があるから。
  セイバーに支えられながら今にも倒れそうな足取りで私は移動する。ほんの数メートルの距離だったのに、とてもとても長く感じた。
  何とか助手席に乗り込んで深呼吸を何度も何度も何度もする。口に残った酸っぱい臭いがまた吐き気を催すけど、目を瞑ったまま深呼吸を繰り返したおかげで何とか吐かずに済んだ。
  落ち着かなきゃ。こうなるって覚悟してた筈。だから落ち着かなきゃ。
  必死に自分に言い聞かせ、私は心を落ち着かせる。必死に必死に落ち着こうとする。
  その間にセイバーが運転席に乗り込んできてエンジンをかけた。
  「今はこの場を移動します、よろしいですね」
  「・・・・・・・・・お願いするわ」
  「――はい」
  セイバーの言葉は少なかった。だから彼女も舞弥さんの仕出かした事を―――間違いなく切嗣がそうしろと命じた狙撃を意識しているのだとよく判る。
  もし切嗣がここにいたら胸倉を掴んで問い質す位はやったかもしれない。
  でも切嗣はここにいない。居たら、マスターとサーヴァントの間にある魔力の繋がりを頼りに、セイバーが見つける。
  それをしないのはここに居ないから。そして唯一、切嗣が今どこで何をしているか知っているであろう舞弥さんはランサーに殺されてしまった。
  そう―――死んだ。
  殺された。亡くなった。命を喪った。息を引き取った。『死』んだ。
  近くで確認した訳じゃないけど、あそこまでばらばらにされたモノが生きていたら、それは吸血種だと思う。
  もし私に余裕があれば、『死』を見てしまった私が落ちつけていたら、舞弥さんの体を放置せずに一緒に連れて行こうとしたかもしれない。
  でも私にはそんな事考えらない。
  どうしてこんな事になったの? どうしてこんな事をしたの? どうして? その問いの答えを探し求め続けているばかりだから。
  セイバーが運転する間、私は全精力を気持ちを落ち着かせることに費やした。起こった事実の何もかもを見てしまったので、それを理解するのにも充てる必要があったけれど。やっぱり時間の大半は気持ちを落ち着かせるのに使わなければならなかった。
  気が付けばメルセデス・ベンツ300SLは冬木市の郊外にあった廃工場から脱して、冬木市の住宅街の中をゆっくり進んでいた。
  いつの間に移動したの? どれだけ長い時間私は呆けていたの?
  私は周りを見れる余裕がほんの少しだけ戻ってきたので、過ぎ去ってしまった時間の長さに驚く。
  驚けるだけの余裕が戻ってきたのを実感しながらすぐに後部座席に置いておいた切嗣との連絡用にと渡された電話を手に取った。
  何で、あんな事をしたのか聞きたかった。
  何で、あんな手段でセイバーの戦いを邪魔したのか聞きたかった。
  何で、舞弥さんをランサーに殺される状況に放り込んだのか聞きたかった。
  切嗣ならもっと他のやり方だって選べた筈。あんな卑劣な手段を選ばなくても勝てた筈。誰もが満足できる決着のつけ方を用意できた筈。その為にセイバーがいるんだから。
  たくさんの不信が私の中に生まれて切嗣への疑心に変わっていく。
  ねえ切嗣―――あなたは本当に、この世界を救おうとしているの? こんな事を平然とやる貴方は――本当に世界を救えるの? どうか、教えて頂戴!!
  教えられた番号を打ち込むと電話のスピーカーから呼び出し音が流れてきた。
  トゥルルルルルと電子音が鳴り、切嗣が持つ電話と私の電話を繋げようとしてる。
  でもそれだけだった。
  電子音は一定の調子で何度も何度も鳴り響くのだけれど、肝心の切嗣側の電話には誰も出ない。切嗣が意識して出ようとしないのか、それとも電話に出られる状況じゃないのか。
  真っ先に前者を想像した私はそのまま三十回ほど呼び出し音を聞いていたけれど、出る気配がまるでないので呼び出しを切った。
  「・・・・・・出ないのですか?」
  「ええ、そうみたい」
  運転しながら問いかけてくるセイバーへの返答がどうしても弱くなる。
  何度も何度も吐いたから疲れているのもあるのだけれど、問いかけるべき相手がどこにもいないのでどうすればいいか判らなくなってしまったからだと思う。
  私には判らない。
  衛宮切嗣が判らない。
  アインツベルンで共に過ごしてきた夫が判らない。
  ねえ切嗣。あなたには説明の義務があるわ。そうしないと・・・もう私はあなたを信じられない。あなたに聖杯を渡せない。渡したくない。
  会話の無くなった車中。三人の人間の死と一人のサーヴァントの消滅を苗床にして、私の中に新たな決意が生まれていた。





  この時、私は切嗣の戦略に目を奪われ、舞弥さんの『死』に驚いてしまい、喜びの無いランサー陣営への勝利を想い。ある事を見落とした。
  それはランサーが消滅したのならば必ずある筈の事。
  私の体内に封印された『聖杯の器』は敗退したサーヴァントの魂を喰らって正しい機能を発揮する『聖杯』へと変わっていく。その過程で私は人としての機能をどんどん失っていく。
  事実、アサシンがライダーの作り出した固有結界の中で何人も滅ぼされた時、私は人の機能を少し失って、僅かばかりではあるけれど体調不良という形で表れていた。
  その変化がこの時なかった。
  もし切嗣を信じられなくなった私の視野がもう少し広かったら気付けていたかもしれない。
  『聖杯の器』の機能不全。あるいはもっと別の理由。これが何を意味するか考えられたかもしれない。
  でも私は思いつけなかった。
  ランサーの壮絶な最期に、切嗣のやり方に、正義の在り方に、あまりにも多くの他の事に目を奪われ過ぎていたから。
  大切な事を見落としてしまった。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - ゴゴ





  ロックの視点で間桐邸の突っ込んできたタンクローリーを捕捉するよりも少し前。間桐邸応接室では剣呑な空気が作り出されていた。
  士郎がいなくなり、応接室の中に大人だけが残った。士郎の両親は自分達がここに来た理由の一端を明かし。士郎を助けて下さってどうもありがとうございます、と言った。
  そして彼らは間桐が冬木市で起こってる連続誘拐殺人事件の犯人と間桐に繋がりがあるのではないかと告げてきた。
  こいつらは馬鹿じゃなかろうか?
  いきなり敵地かもしれない場所に乗り込む気概はなかなか見事だが、戦略的に見れば無謀の一言に尽きる。
  もしかしたら荷物の中に盗聴器でも忍ばせてこちらの会話を外部へと発信するぐらいはやってのけているかもしれない。
  ただ、ここで『怪しんでいる』と明かす真意が判らない。もし、こちらを殺人犯だと怪しんでいながら、それでいて話が通じる相手だとでも思っているのだろうか? もしそう思っているのだとしたら、この二人は詰めが甘いどころではなく、どうしようもない愚か者だ。
  自分の行動を正義だと思っているのなら、その正義に酔いしれているのだろう。
  自分達の子供が蟲蔵で傷つき、壊され、血を流し、泣き叫び、苦しんでいる、なんて想像すらしてないに違いない。もっとも、その凌辱は士郎の頭の中だけの出来事だけれど。
  人格の面でも、戦力の面でも、かなりこちらを甘く見ている。お礼を言われるだけならば単なる一般人として対処してもよかったが、怪しむのならば話は別だ、敵として対処しよう。
  「私達が殺人と誘拐に関わってる・・・ですか? 失礼ですね、あなた達――」
  ティナが語気を荒め、目の前にいる大人二人に話しかける。
  「失礼を言っているのは重々承知してます。ですが私達以外にも被害が出て、それなのに警察は市民に注意を呼びかけるだけで犯人を捕まえてはくれないし、事件も全く収まる様子がありません。私達は切羽詰まってるんです」
  それがどうしてこちらを犯人呼ばわりする話になるのか。
  横にいる雁夜が苛立ちながら二人を見ている。そして士郎の父親は話を続けた。
  「二件目の殺人と誘拐が発覚した時、私達は近くに住む子供を持つ親同士で連絡を取り合って何が起こってるのか調べようとしました」
  「警察にも話を聞きに行きましたし、思い当る節があれば迷いなく行きました。近所の奥さんの中にはわざわざ探偵を雇って調査した人もいます」
  続けて母親の方も話しに加わってくる。
  「それでも何も判らないんです。何度、警察に言っても『今、全力で調べてます』としか言ってくれません。知ろうとしても何も判らなくて、我々は不安で・・・」
  「事件が合った家の御近所の方にも話を聞いたんですけど。その人は犯人を見た覚えがあるって言ったのに特徴や人相を何も覚えてないと支離滅裂で――」
  「まるで意図的に情報が隠されてるように思うんです。『何か』があってそれが私達に何も知られないように動いている。そんな気がしてなりません」
  「それでさっきの話に戻るんですけど、保護された子供の中の何人かが気絶する前にここの間桐臓硯さんによく似た人を見かけたんです。貴方達ならその『何か』に関わってる、私達はそう考えました」
  代わる代わるに話し続けて、士郎の両親は自分達の想いを言葉へと変えていった。
  おそらく『見たのに覚えていない』はキャスターが使う催眠の魔術で記憶そのものを操作されたのだろう。あのキャスター、ジル・ド・レェは虐殺するなら大人よりも子供の方を選ぶ傾向が強いので、見られたけれど運よく難を逃れた可能性はある。
  そもそも警察が本当に調査していたとしても、相手は表の世界に知られないようにされている魔術を何の躊躇いもなく実行できるサーヴァントとその行動に賛同するマスターだ。
  今の冬木市は危険だからと警察官に拳銃の携帯が認められているかもしれないが。セイバーのマスターである衛宮切嗣のように何の躊躇もなく人に向けてそれを撃てる奴は多くない。
  結果を求めるのは勝手だが、その性急さを警察に―――そして間桐に向けるのは筋違いだ。魔術を知らない警察官とて言葉通り全力で職務を全うしているだろう。目の前に巨大な『魔術』という壁があるのに気付かずに。
  急いている二人の話を聞いている内に、彼らの心の中にある想いが少しだけ判る。
  そうかもしれない。
  そうあるべきだ。
  そうに違いない。
  予想だったモノがいつの間にか自分本位な確信に変わるのはそう珍しいではない。大抵の人間は見たくないものからは目を逸らして、自分にとって都合のいいものを多く見る傾向にある。そして上手くいかない状況を他人のせいにする。
  それは時に『正義』と呼ばれる歪で面倒な言葉で飾られる。視野の狭さが作り出す厄介でつまらない人の想いだ。
  この二人はそれに酔っている。
  二人はただ知りたいだけ、知って納得して安全を手にいれたいだけなのだが。その為の方法で『何もしてもいい』と勘違いしている。
  それに気付いていない。
  「貴方達は冬木市で起こってる『何か』について知っている筈。お願いします、何かご存知でしたら教えてください」
  両親が揃って頭を下げるが、それがどれだけ図々しい願いか自覚しているのか。むしろ最初にそれを言うべきだろうと思った。
  自分達の行動に結果を求めるのは悪い事ではない。しかしその余波を『息子を助けてくれた恩人』に対して被せるのはどうだろう。
  これならお礼など言わずに最初から犯人呼ばわりする方がまだマシだ。助けた者と助けられた者の家族、両者の間に繋がりを作ってから話題として出すべきかと考えたのかもしれないが、心証を悪化させるだけだと二人は理解していない。
  ただ落とすより、持ち上げてから叩き落とす方がダメージが多いのだと知らないのか?
  「なるほど・・・・・・」
  雁夜がそう言った頃、蟲蔵の方では混乱の魔法『コンフェ』をかけられた士郎の苦しみが少し増えた。
  同じ間桐邸の中に居ながら、親と子はそれぞれ全く別の状況を作りだしていた。共通しているのはどちらも間桐に不利益しか作り出してない所ぐらいか。
  犯人かもしれないと言いがかりをつけた者達に士郎を預けている。想像力の欠如が状況をさらに悪化させている。結果を求めるあまり滅茶苦茶な行動に出ている。
  士郎の母親が先程告げた支離滅裂はそのまま彼らに返すべき言葉だ。
  自分達が知れない『何か』がこの冬木市にあると想像出来ているのなら、その『何か』が知る必要のない事、あるいは意図的に知らされないように内緒にされて、知ればそれだけで危険に陥るのだと想像出来る筈だ。
  それをしていない。
  冬木市は聖堂教会と魔術協会によって作り上げられた聖杯戦争の舞台であり、警察やマスコミの中にもその力は食い込んでいる。
  だからこそ聖堂教会は魔術を隠匿しながら、それでいてキャスターとそのマスターが起こしている事件を解決しようと動いている。
  もしキャスターが聖杯戦争に招かれたサーヴァントではなくただの魔術師だったならば、すぐに殲滅される。
  けれど彼は自覚の有無は関係なく聖杯戦争の参加者であり、一般人には絶対に知られないようにしなければならない立場にいて、しかも強さで言えば今生の魔術師を大きく上回る。
  あまり成果を発揮していないが、マスター達に令呪一角を報酬としてキャスター討伐に向かわせようとしているのはその為だ。一番早いキャスターへの対抗手段として他のマスター達がいる。
  この二人はそこに足を踏み込んでいる。つまり『何か』に触れる事で死の危険に逆襲されてもおかしくない立場に自分達から近づいている。
  それを理解した上で間桐を犯人あるいはそれに近い者達だと思っているなら、大した自殺志願者だ。『何か』が魔術であり、聖杯戦争であり、ゴゴだと答えを導き出したのは見事だが、士郎含めてこの一家は命がいらないらしい。
  「話はよく判りました」
  深い深いため息を吐いた後―――雁夜が言った。


  「帰れ」


  雁夜から段々『一般人を装っている自分』の殻がはがれつつあり、誰かと殺し合う時に頭の中に渦巻く破壊衝動が顔をのぞかせている。もっとも、鍛錬の時に見せていたその顔がゴゴに向けられたとしても、結局は逆に叩きのめされて終わるのだけれど。
  だが、まだ口調が荒くなった程度で自制できる範囲だ。雁夜の平常心はまだ自分を律して、攻撃するところまで自らを追い込んでいない。
  「そうね、雁夜の言うとおりだわ」
  ティナは言葉で雁夜の背中を押した。
  下手に反論されたり士郎の両親が余計な事を言えば、まだ自制出来ている雁夜が衝動的に殺人をしかねない。
  この辺りで発散させとかないと一瞬後には爆発してもおかしくない。この一年で知った間桐雁夜と言う男には『境界線を越えれば簡単に人を殺す』そんな衝動が確実に存在するのだ。
  魔剣ラグナロクとゴゴの魔法という殺人の為の手段を一年でみっちり教えてしまったので、雁夜はその境界線を越えた時に士郎の両親を簡単に斬り殺すだろう。
  「まず一つ言っておく。俺達は冬木市を騒がせてる連続殺人誘拐事件の犯人じゃないし、犯人とは全く関係ない。爺に似た奴を子供達が見たらしいが、あれは『色素性乾皮症』を患ってる余命幾許もない爺の最後の遊び心で出歩いてるアイツをどっかで見て印象に残っただけだろうが」
  いつから間桐臓硯は―――いやゴゴは残された命があとわずかになったのか? ティナの口から思わず問いかけが飛びそうになったが、雁夜が即興で作った作り話だろうと納得しておく。
  ゴゴが間桐臓硯として出歩くときは『色素性乾皮症』だと話を作ってるのは確かなので、全てが間違っている訳でもない。
  怒れる雁夜の言葉は更に続いた。
  「俺達は地球を救う銀色の巨人か? 七つの力を持った人と同等の感情を持ったロボットか? 十二月にプレゼントを配る伝説の人物か? アイテムで変身して悪と戦う正義の戦士か? 箒で空を飛ぶ魔女か? 人型機動兵器に乗り込んで敵と戦うパイロットか? 冬木に『何か』があって、人に言えない秘密があって俺達がそれを知ってたと仮定して。何で、俺がそれをお前らに言わなきゃいけない」
  雁夜は応接室のソファーから身を乗り出して、体面に座る二人に近付いていく。
  間に机が無かったら接近してそのまま頭突きしたかもしれない。
  「それともあんた等は初対面の相手に『実は私、生後間もなく捨てられた今の両親の養子なんです』とか家庭の中の踏み込んだ話題をいきなる話し始める奇特な人なのか? まだ親しくなってもいない赤の他人同然の奴に自分の抱える事情を何もかも包み隠さず言える人間なのか? 人に秘密を持つなとか言うつもりか。随分と偉いんだな、おい」
  「しかし、士郎が――。それに保護された子供達もあなた達の事を!」
  「関わりが『あるかもしれない』だろ? お礼だけだったら家に上げても良かったんだけどな。憶測で物を言って、しかも公然と侮辱されて腹を立てないほど、俺は人間が出来てないんだよ。ついでに言っておくと、お前らは俺達と同じ単なる一般人としてここに来てる。警察が法律に従って乗り込んでくるのとは訳が違うんだよ。それで世間話を超えて話を聞こうなんざ、何様のつもりだ!?」
  雁夜はそう言いながら拳で机を叩いた。
  普通の人間がただ机を叩くだけなら音が鳴って少し揺れるだけで終わる。
  だが、一年間休みなく修行し続けたおかげで雁夜の腕力は普通の人間よりもかなり強力になっている。そうでなければ普通の金属よりも重い魔剣ラグナロクを扱えない。
  剣の扱いに比べれば素人の域から少し前に進んだ程度だが、念の為に雁夜には無手の戦い方も教えてある。
  一年程度では時間が無かったので剣の腕に比べると圧倒的に劣るが、それでも姿勢のよい突きが机に激突した。
  両断には至らなかったが、それでも机の表面全てに亀裂が走った。
  「ひっ!」
  ここに来てようやく―――危険への覚悟ぐらい間桐邸に来る前に済ませろと思うが―――、ここでようやく士郎の両親は雁夜の激昂に小さな悲鳴を上げる。
  それともこの二人は自分達の思い描いていた『何か』が机の表面を割る程度の軽いものだと思っているのだろうか?
  雁夜にとって都合の悪い展開になりかねないので、ティナは雁夜を追ってソファーから腰を上げて、机に突いた手に両手を添えた。
  「雁夜、落ち着いて」
  「ティナ!?」
  「ここで手を出したら私達もこの失礼な人達と一緒よ。平和的に帰って頂くんだから手は出しちゃ駄目」
  この時点で士郎の両親に対する話を長引かせる意味は無くなっている。
  二人の心の持ちようは一般人の中に合っても異質を思わせる。士郎にもその素質が継がれている可能性は多々あるが、それは『危険の中に容易に踏み込む異端』だ。
  普通から外れるそれは容易いに危険を自らの元へと招き寄せる。これでゴゴの扱う魔法なり、間桐が扱う魔術なりの力があれば物語の主人公にもなれる存在なのだが、生憎と今の段階では一般人よりほんの少しだけ優れているだけだ。
  立ち回りや体重移動から判断すると、どうやら父親の方は少しだけ武道を嗜んでいるようだが、精々がアマチュアのレベルで雁夜にも遠く及ばない。
  もうこの二人に物真似する価値は無い。
  「もう一度言うぞ? とっとと帰れ――」
  ティナの制止で雁夜は何とかソファーに戻り、背もたれに体重を預けて言う。
  敵と認めた相手に礼儀を尽くす必要は殆どなくなったので、尊大に構えた雁夜に合わせてティナもまたソファーに腰を落ち着ける。
  ただし相手が態度を改めたり、たった一言で引き下がるようなら、目の前にいるこの二人は子供をダシにしてまで来ていない。間桐にとっては非常に迷惑なのだが、帰れと言われてすぐ帰る筈もない。
  雁夜の命令に対して応じず、黙り込んでこちらを観察する目で睨んでいた。作り出した沈黙で時間を引き延ばしたいのかもしれないけれど、単なる一般人であっても使える召喚魔法が日本には存在する。
  電話を使って1,1,0。
  「警察に電話するか」
  「そうね、事情を話せば住居侵入罪には訴えられるわ」
  その召喚魔法の内容を言う前に雁夜が察してくれたので、迷いなくそれに同意する。この世界に数多あるモノを物真似し続ける時に手にいれた刑法第130条の知識を使い、補足もしておく。
  ただし、最初に士郎含めて三人を招き入れたのはこちらなので、罪を問いきれない可能性はあるが、あちらの二人に状況を教えればそれでよかった。
  お前らは咎人だ。
  お前たちのやってる事は罪だ、犯罪人だ、悪だ、と。
  この国の法律に則った事実を突きつけ、士郎の両親の顔に驚きが張り付いた正にその時。間桐邸を攻撃する敵の巨大な一撃が巻き起こった。





  ロックがその危険をいち早く察知した時、敵の襲撃としか思えないタンクローリーはもう間桐邸へと衝突する寸前だった。
  一瞬すら必要とせずに雁夜の隣にいたティナが魔法を唱えられたのは、目の前にいる士郎の両親を敵と見なして臨戦態勢を整えていたからだろう。
  もちろん戦う気など全くなかったが、意識していたおかげで素早く行動を起こせた。
  「クイック!!」
  術者の体感時間を極限まで引き上げて、光に近い程の超高速で動く―――ある意味で究極とも呼べる魔法を発動させて、ティナは誰よりも早く行動を起こす。
  再びロックの視点で状況を見つめて、これが事故でない事を確認した。
  その理由は簡単だ。偶然起こした事故であるならば運転席に誰も乗ってないタンクローリーがまっすぐ間桐邸を目指す筈がない。
  門を破壊して間桐邸へと車をぶつける為には間桐邸の前にある道路を九十度曲がらなければならない。少なくとも目に見える範囲で運転する者がいない車がそんな器用な動きをする筈は無い。何かに衝突して偶然曲がる確率は合っても、明らかに間桐邸を狙う軌跡を描いていれば人為的な攻撃と考えるえなければならない。
  そもそも今の間桐邸には敵の襲撃を受ける理由がある。聖杯戦争のマスターである間桐雁夜が籠城しているという大きな理由が。
  ティナは門が破壊された音で驚いている二人―――。士郎の両親はとりあえず放置しておいて、隣にいる雁夜に目を向ける。すると雁夜は音が鳴ると同時に壁際に立てかけておいた魔剣ラグナロクを取りに動いており、あと十数センチの所まで迫っていた。
  あと一秒と経たずにアジャスタケースを手に取って剣を引き抜ける体勢だ。
  何かの異常があれば武器を構えて戦えるようにする。この一年の修行の成果とも呼ぶべき見事な早さを発揮している。
  「凄いね」
  雁夜の実力はゴゴには遠く及ばないし、魔石を使っての戦いならば生来の魔術回路の数と使える魔力の大きさの問題で桜ちゃんですら勝てない。
  それでもたった一年でここまで自分の力を引き上げた意思の強さと胆力は称賛に値する。だからティナは危険が迫っている状況である事を認めながらも、素直にそう言った。
  雁夜とティナとの体感時間は大きく開いているので、囁いた所で雁夜には聞こえていないのが残念だ。そう思ってしまう。
  ほんの少しだけ雁夜の指が動いて、雁夜がミリ秒の移動を続行している。時間は止まっているのではなく確実に動いている中、ティナはこの状況をどうすべきか考えた。
  どうやって事態を収拾するか?
  今も間桐邸は多くの勢力によって監視対象にあり、おそらくキャスターを除くすべての勢力に加えて聖堂教会のスタッフも監視している。表立って何もしてこないのはこちらの戦力を測りかねているのか、突破できる攻撃力が無いのでかき集めている最中なのだろう。
  今回の対処はその監視網に確実に引っかかる。
  これまで見せなかった対処をすれば、それも知られてしまう。
  そして倉庫街でマッシュがやったバトルフィールドを展開させて間桐邸に突っ込んでくるタンクローリーを真正面から受け止めて無傷で終わらせる手もある。バトルフィールドに関しては知られてしまったので方法としては悪くないが、タンクローリーが突っ込んできて爆発すれば確実に警察の捜査の手が入る。
  門が壊されているのに間桐邸そのものは無傷なのだ、あれだけ大きい衝突音なのだから、ご近所にも聞かれて人の目をかき集めるだろう。
  攻撃を仕掛けてきた者の狙いはそんな風に間桐邸に騒動を強制的に持ち込む事ではないだろうか。
  タンクローリーが雁夜を殺せば由。もし不発に終わっても騒動を巻き起こせば、警察が事態を収拾する為に家の中にいる雁夜と応対しなければならない。
  別の見方をすれば『一般人を地雷原を踏み込ませる、または肉の盾にする』だ。
  タンクローリーで堅牢な砦として待ち構えている間桐邸に穴を開ける。魔術によって突破できないのならば、表の世界の常識によって、魔術を隠匿する為にしなければならない事で突破する。
 策を弄する相手は力ずくで突破してくるよりもたちが悪い。物理的な意味ではないが、ある意味でライダーの神威の車輪ゴルディアス・ホイールの突破力を上回る攻撃だ。
  ならばその策を全て破壊する―――。
  タンクローリーは壊して、監視する者達に新しい情報は与えないようにすればいい。
  もう門扉が破壊されているので警察の調べが入るのは避けられないかもしれない。ならば必要最低限にのみ留めよう。
  その為に全てを―――文字通り『全て』を破壊する。
  『クイック』の発動時間内に何をすべきかの結論を出して、許されるべきたった二回の魔法を放つ為にティナは意識を攻撃の為に集中した。
  悔いるべきは対話の為に装備一式を外しているので、ティナが使えるのは魔法だけ。しかもアインツベルンの森で装備していた一回の動作で魔法を二度操れる『ソウルオブサマサ』を身に着けていないので、『クイック』を連続して使う禁じ手とも呼べる技が使えない事だ。
  『クイック』の効果が切れる前に使える魔法で全ての決着をつける。
  魔法を唱える準備を整えつつ、間桐邸を守る為ではなく別の理由によってバトルフィールドを展開していった。
  広く。
  高く。
  大きく。
  間桐邸を監視する使い魔が、人間が、アサシンのサーヴァントが、全ての目がすっぽり収まるほど巨大なバトルフィールドを展開する。
  もしバトルフィールドを視覚的に捉えられる存在がいて、それが遥か遠くから間桐邸を見つめていたら。間桐邸を中心にして半球状の結界が広がっていくのが見えるだろう。
  考えている間とバトルフィールドを展開している間に更に時間は経過していたので、雁夜はさっきよりアジャスタケースに迫っているし、ティナの目から見ても窓の外に迫るタンクローリーが見えていた。
  タンクローリーは市街地の中で存分に助走を取って突っ込ませてきたようだ、速度は確実に百キロ以上出ている。途中で突進に巻き込まれた乗用車がいるかもしれないと思いつつ、今はそれが不要な思考なので排除した。
  今すべき事は行動だけ。求める結果を自らの手に握りしめる為にやり遂げるだけだ。
  「デジョン」
  この世界に来るときに使った次元移動の魔法『デジョン』。結果としてそれが別の星とこの間桐邸を繋ぐに至ったが、元々は移動する為の魔法ではなく追放する為の魔法だ。
  一度そこに入ればもう出られない、次元の狭間に幽閉された命はものまね士ゴゴのような特例を除けばそこで朽ち果てるだろう。
  つまり、一度そこの放り込んでしまえば出ようとする意志のない無機物は二度と出てこれない。
  窓の外―――迫り来るタンクローリーを敵と定め、進行方向に向かって巨大な壁を作り出す。円形ではなく水たまりのようは不定型な形だ、横から見ればタンクローリーが厚みのない黒い壁の中に衝突する様に見える筈。
  運転手が居ても居なくても、高速で迫るタンクローリーにはいきなり現れた別次元への出入り口を避ける術は無い。
  窓一面どころか間桐邸の二階部分にまで届きそうな巨大な黒い穴がタンクローリーを呑み込んでいったく。制限速度の無い一般道の法定速度の時速六十キロでさえ、一秒間で十六メートル以上は進む。迫り来るトラックが間桐邸にぶつかりそうになった時に次元の裂け目が生まれれば、呑み込むまでに一秒もかからない。
  もっとも、その一秒すら『クイック』の影響下に置いては無限に等しい有限だが。
  ゴゴが直接目にした経験は無いがブラックホールに呑まれていくモノはこんな風に穴に喰われに違いない。
  ただ一人、超高速で動くティナは黒い穴の中に呑み込まれていくタンクローリーの影が完全に消えるまでを確認してから、『デジョン』を解除する。
  時限式あるいは遠隔操作でタンクローリーが間桐邸の衝突する前に爆発する可能性は考えてあったがどうやら杞憂だったらしい。
  後は仕上げを行うだけだ。
  タンクローリーが消え、それを呑み込んだ次元の狭間への入り口も消えた。
  残すは間桐邸を見張る不届きな監視の目を誤魔化しつつも警察が余計な介入をしないようにする事。
  たった一つの魔法でそれを実現させる。
  たった一度の攻撃で全てを焼き払い、そしてタンクローリーが間桐邸に衝突して爆発したと思わせる。
  後になればそれが誤解だったと判るが、何をしたか誰も認識できなければ今はそれでいい。
  ティナは半径数キロにまで膨れ上がったバトルフィールドの中にいる敵を認識する。
  使い魔、聖堂教会のスタッフ、アサシンのサーヴァント。それら全てを敵と認識し、それ以外の一般人を全員バトルフィールドの効果によって守る。
  そして味方―――間桐邸の中には分身したゴゴが多数いるが、今はただ術者であるティナ一人だけを味方と認識する。
  事実『戦い』になっているのはティナ一人なので残りの仲間も今は蚊帳の外だ。
  魔法を唱える事よりも、この敵味方の取捨選択こそが今回の最も重要な作業と言える。
  タンクローリーが爆発したであろう状況を再現するのは難しくない。だが、一番適した魔法は敵と味方を全て巻き込む魔法なのだ。無関係の一般人すら巻き込んでしまう危険があるので、集中してバトルフィールド内の隅から隅に至るまで感覚を広げていく。
  敵、敵、敵、味方、敵、敵、敵、敵、敵、敵、味方、敵、敵、敵、敵、敵、敵、敵、敵、味方。
  よくもまあ、これだけの数が間桐邸を見張っているな。といっそ感心するほどの数を一人一人敵と認識する。
  蟲蔵にいる士郎も、目の前にいる彼の両親も敵に定めても良かったのだが、桜ちゃんの願いは今も有効なので、今回だけは敵から除外した。
  狙うは敵。そしてティナ自身。『クイック』の効果がもうすぐ切れるのを実感しながらその魔法を口にする。


  「メルトンッ!!」


  この魔法は炎と風の属性を持った、魔法防御力と魔法回避率を無視する強力な攻撃魔法だ。だが、その代償として攻撃の対象は敵と味方の区別が無く、術者だろうと術者の味方であろうと問答無用で襲いかかる。
  バトルフィールド内にいるティナに敵と認識された者は等しくこの魔法に焼き尽くされる。
  青い空は大地を含めて一瞬にして紅い世界へと変貌し、頬を撫でる風がそのまま敵を焼き尽くす。
  炎に耐性のある者でも余程強力な加護を持たなければ一瞬で燃え尽きる。実際に試した事は無いので予測に過ぎないが、サーヴァントの身でもかなり強力な対魔力スキルを持たなければ凌ぎ切るのは難しい。
  そしてアサシンに限り、捕えた一体を使ってこの魔法よりも威力の弱い炎の魔法『ファイガ』で消滅一歩手前まで踏み込んだのを確認しているので、『メルトン』で確実にアサシンを抹殺できる確信が合った。
  全力で使えば世界を火の海にする事も出来るだろうが、今はバトルフィールド内の敵を殺し尽くすだけだ。下手に全力を出せば、バトルフィールドどころかこの世界に巣食う厄介なヤツを呼び込んでしまう。
  とにかく『メルトン』の炎は風にのって敵の元へと向かって行く。
  誤認せよ。
  錯覚せよ。
  惑わされよ。
  たった一瞬の出来事で、気付いた時にはもはや手遅れだ。監視カメラのように、マスターとサーヴァントの五感同調のように、この一瞬で起こった出来事を外部へと送信する手段があったとしても、その一瞬すら騙してみせよう。
  この紅い世界がタンクローリーの爆発だと思わせよう。
  敵の攻撃は間桐邸に直撃したと思わせよう。
  一般人は気付きもしない一瞬で全てを終わらせよう。
  『メルトン』を唱えてから実際にかかった時間は一秒もない。それでも、ティナはバトルフィールド内にいる全ての敵が焼き尽くされたのを感じ取り、同時に『クイック』の効果が切れたのを確認した。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 間桐雁夜





  「何だっ!?」
  突然、道路の方から爆発音に似た大きな音が聞こえてきたので、俺は咄嗟にアジャスタケースに手を伸ばす。
  もちろん頭の中に合った『襲撃』が俺の体を動かした結果だ。
  危険だと頭で認識するよりも早く体の方を動かさないとゴゴに何度も何度も殺される。この一年で染みついた条件反射なんだが、それは見事に発揮されて俺の手にアジャスタケースを、そしてそこから引き抜いた魔剣ラグナロクを握らせた。
  一番近くに居る敵は士郎の両親二人。ただし、音は外から聞こえて来たので窓の外に何かがいる。
  剣を構えながら俺は即座に外に目をやった。
  だがそこに見えるのは何の変哲もない風景で、異常もなければ襲撃者の姿もない。窓の外を飛ぶ鳥すら見えなかった。
  「何もない・・・のか?」
  思わずそう呟いてしまうと、俺の後ろで誰かが倒れる音がする。
  「え・・・」
  俺が敵と警戒している夫婦の方から呟きは聞こえてきたが、音はそこからではない。音は俺の後ろ、さっきまで座っていたソファーがある場所だ。
  横目でそこを見ると―――呼吸を荒くして体のあちこちに軽い火傷を負ったティナがいた。
  ゴゴの魔法で燃やされた経験は数多いので、火傷の有無は即座に判断できる。ただ、音がする前はティナは紛れもなく無傷の健康体だったので、何かの異常が起こったと考えるしかない。
  俺には何が起こったか判らない。
  でも、確実にゴゴが―――俺の隣にいたティナが『何か』した。ティナはその為に火傷を負い、苦しんでいる。
  ほんの一瞬だけ窓の外に何かが見えた様な気がしたし、紅い閃光が瞬いたようにも見えた。けれど、今は何の変哲もない風景が広がっているだけで異常らしい異常はどこにもない。
  目に見える異常はティナ一人だけだ。
  「ティナ!!」
  あれがゴゴの変身した姿だと理解しながらも、女性が傷ついて倒れている様子を放置できない。俺は魔剣ラグナロクを握りながら、ティナの元へと駆けよる。
  「あ、え? 何が」
  「黙ってろ」
  士郎の父親は突然の事態に何か言おうとするが、今の俺にとっては騒音でしかない。
  何が起こってるか知りたいのだろうけど、それを知りたいのは俺も一緒だ。問われても何も答えられないんだから聞くな。
  判っていてもこの不届き共には答える気は無いけどな。
  「それ・・・剣か? いきなりそんな危ない物を――」
  「それに今の音・・・、まさか士郎に変な事したんじゃ」


  「いいから黙ってろ! こっちはお前らの勝手な探偵ごっごに付き合ってる暇はないんだよ!」


  ついほんの少し前に机を叩き割った時の怒声よりも更に強い意思―――殺意を含ませて激昂すると、二人は息を呑んで黙り込んだ。
  もしかすると俺の手にある剣を警戒しているのかもしれないが、黙ってくれるなら理由は何でもいい。
  「かり、や・・・」
  「おい、ティナ。大丈夫か!?」
  「ちょっと、痛い、かも――」
  「あ、でも何で・・・」
  これじゃあ士郎の両親が聞こうとした事と何も変わらないと思いながら、俺はその言葉を止められなかった。『何が起こってる?』より『何でこうなってる?』という疑問だ。
  ティナの本性はゴゴであり、そのゴゴの力はこの一年で嫌になるほど思い知った。
  だからこそ数多くのサーヴァントを見ても、比較対象をゴゴに据えればその凄さが薄れていく。
  この世界の英霊と呼ばれる者達、それは歴史や伝承に名を残す伝説の超人や偉人で、等しく誰もが強大な霊格の持ち主だ。それを比較対象としてもゴゴの強さが俺には測れない。
  そのゴゴが傷ついている、苦しんでいる、疲労している。ゴゴの姿では少なくともこんな状況一度だって無かった。
  腕が千切れようと足を両断されようと、どう考えても普通の人間なら即死の傷を負ってもゴゴは簡単に起き上がって自らを治してしまう。
  そのゴゴがこうなった理由は何だ? この世界ではゴゴの強さを誰よりもよく知る俺だからこそ、疑問が強烈に浮かぶ。
  「さっきの音だな、あれのせいか?」
  「そう・・・ね」
  肩を抱いて上半身を起こすが、自発的に起き上がろうとする気配は無い。俺が魔剣ラグナロクを持ってない方の手で支えなければ、また崩れ落ちそうだ。
  やはりティナは―――ゴゴは傷つき弱っている。
  益々その理由が何なのか知りたなったんだが、今は『ゴゴをここまで傷つける敵』に意識が向いてそれどころじゃない。
  この応接室から見える風景に何も変化が無いのが逆に危険だ。明らかに『何か』が起こってるのに、俺にはその片鱗すらつかめていない。
  敵が隠密に長けたアサシンだと判った状態で戦った時ですら辛勝だった。これで相手の正体も判らずいきなり間桐邸が戦場になったら、敵を見た途端に俺の首が飛んでも不思議はない。
  どうする?
  何をする?
  今の俺がする最善は何だ?
  迷っていると、廊下の方から足音が聞えてきた。しかもかなり急いているのか、足音を消す気配りなど全くない。
  ほんの数秒でその豪快な足音は応接室にまでやってくる。ノックなく扉が開き、眠る様に目を閉じた士郎の首根っこを掴んで持っているマッシュが現れた。
  「ティナ、雁夜。無事か!!」
  「それは?」
  思わず視線がマッシュの掴んでる士郎に行く。
  扱いが猫だ。
  「ああん? 両親にどうでもいい事吹き込んだ御仕置きに軽く小突いたら寝ちまった。ったく、大人が出てくると色々面倒だから言うなって言っといたのに、何考えてんだこのガキは?」
  荒々しい口調で話すマッシュには俺など比べ物にならない怒気が含まれていて、ゴゴの戦闘経験で恐れや死ぬ事に慣らされてなかったら、何も言えずに屈服しそうになる。
  だが今の俺は違う。
  何度も何度も何度も何度もゴゴに殺されて、色々な事に耐性が出来てる。話し相手が出来たので、少し落ち着けたのも悪くない。
  「なら良かった。こいつ等を士郎と一緒にここから追い出しといてくれないか? 出て行けって言ったのに聞かなくてよ」
  「よし、任せろ。その間にティナの手当てを頼むぞ」
  「へ?」
  どんな騒動が今の間桐邸に起こってるにしても、士郎と両親の三人はもう邪魔者でしかない。
  一般人は居ても邪魔になるだけだ。いるのがマッシュだけで桜ちゃんが居ないのも都合がいい。
  もし桜ちゃんに士郎をまた助けてくれと言われたら、俺には断る選択が無い。例え俺自身が邪魔だと思っても守らなければならなくなる。
  でもいないならその内に排除できる。
  「そんな、まだ私達は聞きたい事が―――」
  「俺達が優しい内にとっとと帰った方が得策だぜおっさん。ほれ、士郎は寝ちまったからあんたが持て」
  応接室に乗り込んだマッシュは、猫のように士郎を軽く扱って父親の腕の中に放り投げる。向こうにとっては俺達から話を聞くのは重要だろうが、せっかく助かった士郎もまた同じかそれ以上に重要の筈。
  本当にマッシュに小突かれて気絶したのかは判らないが、目を覚まさない士郎は会話を断ち切る役目もしてくれた。
  マッシュはそのまま父親と母親のそれぞれの手首を取って力任せに引っ張っていく。
  「ちょ、ちょっと!」
  「痛――離して」
  「その家の奴が帰れと言ったら帰るのが筋だろ。さっさと消えろ」
  あっという間に大人二人分を引きずって退去させるマッシュをありがたく思いながらも、話の流れで告げられた内容を反芻してまた俺は混乱しそうになる。
  マッシュは言った、俺にティナの手当てをしろ、と。
  俺が? 自分の傷ぐらい簡単に治すゴゴを? 治す?
  冗談のような申し出を聞き返せるなら聞き返したい。だがそれを言ったマッシュはもうどこにもいなくて、三人分の影が消えていった扉と遠ざかる悲鳴に似た声が返答できない現状を教えてる。
  本当に俺がやるのか?
  俺に出来るのか?
  ゴゴに攻撃以外の魔法をかけるなんてこの一年間一回もなかった前代未聞の出来事なので、俺は迷って迷って迷い続けて動きを止めてしまう。
  そんな俺の背中を押したのはティナだった。
  「さく、らちゃん・・・が、こんな・・・、風になっても・・・。何も、しな、い・・・つも、り?」
  「ふざけるな、やるに決まってるだろ!」
  桜ちゃんを引き合いに出されれば俺は応えるしかない。
  ティナの言葉で俺は傍にいるであろう異常と敵の事はとりあえず横に置いて、まずティナを治すことを優先させる。
  ティナ―――いや、ゴゴは間桐邸の最大戦力であり最大の防御力でもある。聖杯戦争のサーヴァントと同じで、サーヴァントの敗退はそのままマスターの敗退と同義だ。
  今更ながらここで俺はようやく『敵が来たらバーサーカーに相手をさせる』と俺に出来る方法に思い当れた。
  ゴゴが負傷するなんて事態に陥って余程混乱してたみたいだ。
  敵が迫る可能性も考慮してバーサーカーをすぐに実体化させるように準備と整える。同時に、俺の手に体を預けているティナに回復の魔法をかける為に意識を集中した。
  こいつはゴゴなんだけどティナでもある。
  物真似している時はその当人になっているので、ゴゴなんだけどやっぱりティナ・ブランフォードなんだ。
  つまり女性だ。
  回復魔法は不得手で、ゴゴが軽く使ってしまう最上位回復魔法など全く使えない。出来るのは中級、それも限りなく初級に近く、魔力操作も怪しげな魔法だけ。
  敵を殺す為の術を身につける為の修行ばかりした弊害だ。
  それでも俺はティナを治す為にその魔法を唱える。正直、どれだけ効果があるか判らないが、今の俺に出来る最大の魔法はこれしかない。
  「・・・ケアルラ」
  エメラルドグリーンとしか言いようのない燐光が輝き、ティナの体を覆っていく。
  ほんの一瞬の輝きだったが、それでも効果はある筈。
  多分―――。
  俺は俺自身を鍛える為に修行し続けて来て、戦い続ける為に自分を回復させたことはこれまでに何度もある。けれど、修行相手のゴゴは自分の傷は勝手に自分で治すし、時に俺自身よりも俺の体を完璧に回復してみせる。
  桜ちゃんが怪我する様な事態はこの一年起こってないので、誰かに回復魔法をかける状況そのものが初めてだ。
  いつもは自分に使う魔法が他人に効果を発揮するのか? 俺の不安を余所に光はとっとと消えてしまい、そこには見た目が全く変わってないティナがいる。体のあちこちに刻まれた火傷の跡は全く消えてない。
  「すこし、楽に、なって来たわ――」
  それでも俺の手の支えが不要になるぐらい回復したらしい。
  見た目は痛そうだが、全体重を俺の手に預けていた状態から上半身を起こしてソファーに座り直す余裕があった。
  座る感触を確かめ直すティナに向けて俺は言う。
  「改めて聞くが、何が合ったんだ?」
  「・・・敵が仕掛けて来たの。雁夜にも桜ちゃんにも言ってる時間が無かったから私が対処したわ。でもそのお陰で魔力がかなり消耗しちゃって・・・。ありがとうね、助かったわ」
  「ああ」
  「詳しくは後で話すんだけど、色々やっちゃって間桐邸の周りから監視の目が全部消えてるの。丁度いいから今から戦場に出るから準備して。ぐずぐずしてたらまた使い魔たちがここに殺到する」
  「何っ!?」
  「状況が大きく変わったの。だから話は後。念の為、ゴゴがここに残るけど全員で一斉に出るわ」
  「・・・・・・・・・・・・・・・」





  いきなりの出陣宣言に驚きながらも、俺は指示に従った。反対しなかったのは俺が知らない『何か』をティナは知っていて、それを知った上で判断した結果だ。
  思考放棄とも言えるが。起こった『何か』を知らない状態では俺は正否すら判断出来ない。だからその『何か』を知る為にもティナに従った。
  その後、落ち着いてから話をする機会が得られたので、俺はティナを瀕死にさせたのがティナ自身の魔法だったと聞けたのだけれど―――そこで一気に脱力する羽目になる。
  確かにゴゴ自身ならゴゴを物理的に陥れるのは可能だ。
  納得するけど何だかもやもやする。
  ティナが俺も気付かない内に使った『メルトン』の話を一年間全くしなかったのは、間桐の属性が『水』であり、炎と風の二重属性の魔法は一年程度の短期間じゃどうやって体得出来ないからだとか。
  ただし、『メルトン』の話に聞いた後で俺が思ったのは―――何だその自分も敵も一緒に攻撃する自爆技は!? と、そんな強い排斥だった。
  威力は俺が使う氷魔法『ブリザガ』より桁違いの威力らしいが、自分を含めた味方全員が痛みを負うなら覚える気すら起きない。敵と味方も巻き込む魔法なら、狙いを誤れば俺が桜ちゃんを魔法で攻撃する危険があるって事だ。
  そんな魔法は使えない。
  そんな技は使いたくない。
  そんな危険は知りたくない。
  だからこそゴゴは俺にこの魔法の話をしなかったんだろう。
  またもやもやした。
  『メルトン』を聞いて、敵の攻撃じゃなかった安堵があり。自分に痛みが伴う魔法を承知の上で使うゴゴの躊躇いの無さに恐怖した。
  やはりゴゴは俺の予想をはるかに上回る行動を起こす。改めてそれを思い知った一幕だ。
  その後、タンクローリーの話しを聞いて、門が破壊された理由も知ったが。ゴゴが自分を巻き込んで監視の目を全て一掃した話に比べれば大して驚かない。
  ただし、遠坂邸もまた間桐邸と同様にタンクローリーの襲撃を受けたと聞いた時はかなり驚いたが―――。
  こうして俺達は留守番に残ったゴゴ―――表向きは間桐臓硯を装って間違いなく訪れるであろう警察の応対をする一人を残し、戦場へと踏み出した。


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