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No.31538の一覧
[0] 【ネタ】ものまね士は運命をものまねする(Fate/Zero×FF6 GBA)【完結】[マンガ男](2015/08/02 04:34)
[20] 第0話 『プロローグ』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[21] 第1話 『ものまね士は間桐家の人たちと邂逅する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[22] 第2話 『ものまね士は蟲蔵を掃除する』[マンガ男](2012/07/14 00:32)
[23] 第3話 『ものまね士は間桐鶴野をこき使う』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[24] 第4話 『ものまね士は魔石を再び生み出す』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[25] 第5話 『ものまね士は人の心の片鱗に触れる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[26] 第6話 『ものまね士は去りゆく者に別れを告げる』[マンガ男](2012/07/14 00:33)
[27] 一年生活秘録 その1 『101匹ミシディアうさぎ』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[28] 一年生活秘録 その2 『とある店員の苦労事情』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[29] 一年生活秘録 その3 『カリヤンクエスト』[マンガ男](2012/07/14 00:34)
[30] 一年生活秘録 その4 『ゴゴの奇妙な冒険 ものまね士は眠らない』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[31] 一年生活秘録 その5 『サクラの使い魔』[マンガ男](2012/07/14 00:35)
[32] 一年生活秘録 その6 『飛空艇はつづくよ どこまでも』[マンガ男](2012/10/20 08:24)
[33] 一年生活秘録 その7 『ものまね士がサンタクロース』[マンガ男](2012/12/22 01:47)
[34] 第7話 『間桐雁夜は英霊を召喚する』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[35] 第8話 『ものまね士は英霊の戦いに横槍を入れる』[マンガ男](2012/07/14 00:36)
[36] 第9話 『間桐雁夜はバーサーカーを戦場に乱入させる』[マンガ男](2012/09/22 16:40)
[38] 第10話 『暗殺者は暗殺者を暗殺する』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[39] 第11話 『機械王国の王様と機械嫌いの侍は腕を振るう』[マンガ男](2012/09/05 21:24)
[40] 第12話 『璃正神父は意外な来訪者に狼狽する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[41] 第13話 『魔導戦士は間桐雁夜と協力して子供達を救助する』[マンガ男](2012/09/05 21:25)
[42] 第14話 『間桐雁夜は修行の成果を発揮する』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[43] 第15話 『ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは衛宮切嗣と交戦する』[マンガ男](2012/09/22 16:37)
[44] 第16話 『言峰綺礼は柱サボテンに攻撃される』[マンガ男](2012/10/06 01:38)
[45] 第17話 『ものまね士は赤毛の子供を親元へ送り届ける』[マンガ男](2012/10/20 13:01)
[46] 第18話 『ライダーは捜索中のサムライと鉢合わせする』[マンガ男](2012/11/03 07:49)
[47] 第19話 『間桐雁夜は一年ぶりに遠坂母娘と出会う』[マンガ男](2012/11/17 12:08)
[49] 第20話 『子供たちは子供たちで色々と思い悩む』[マンガ男](2012/12/01 00:02)
[50] 第21話 『アイリスフィール・フォン・アインツベルンは善悪を考える』[マンガ男](2012/12/15 11:09)
[55] 第22話 『セイバーは聖杯に託す願いを言葉にする』[マンガ男](2013/01/07 22:20)
[56] 第23話 『ものまね士は聖杯問答以外にも色々介入する』[マンガ男](2013/02/25 22:36)
[61] 第24話 『青魔導士はおぼえたわざでランサーと戦う』[マンガ男](2013/03/09 00:43)
[62] 第25話 『間桐臓硯に成り代わる者は冬木教会を襲撃する』[マンガ男](2013/03/09 00:46)
[63] 第26話 『間桐雁夜はマスターなのにサーヴァントと戦う羽目になる』[マンガ男](2013/04/06 20:25)
[64] 第27話 『マスターは休息して出発して放浪して苦悩する』[マンガ男](2013/04/07 15:31)
[65] 第28話 『ルーンナイトは冒険家達と和やかに過ごす』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[66] 第29話 『平和は襲撃によって聖杯戦争に変貌する』[マンガ男](2013/05/04 16:01)
[67] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』[マンガ男](2013/05/19 06:10)
[68] 第31話 『ランサーは憎悪を身に宿して血の涙を流す』[マンガ男](2013/06/30 20:31)
[69] 第32話 『ウェイバー・ベルベットは幻想種を目の当たりにする』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[70] 第33話 『アインツベルンは崩壊の道筋を辿る』[マンガ男](2013/08/25 16:27)
[71] 第34話 『戦う者達は準備を整える』[マンガ男](2013/09/07 23:39)
[72] 第35話 『アーチャーはあちこちで戦いを始める』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[73] 第36話 『ピクトマンサーは怪物と戦い、間桐雁夜は遠坂時臣と戦う』[マンガ男](2013/10/20 16:21)
[74] 第37話 『間桐雁夜は遠坂と決着をつけ、海魔は波状攻撃に晒される』[マンガ男](2013/11/03 08:34)
[75] 第37話 没ネタ 『キャスターと巨大海魔は―――どうなる?』[マンガ男](2013/11/09 00:11)
[76] 第38話 『ライダーとセイバーは宝具を明かし、ケフカ・パラッツォは誕生する』[マンガ男](2013/11/24 18:36)
[77] 第39話 『戦う者達は戦う相手を変えて戦い続ける』[マンガ男](2013/12/08 03:14)
[78] 第40話 『夫と妻と娘は同じ場所に集結し、英霊達もまた集結する』[マンガ男](2014/01/20 02:13)
[79] 第41話 『衛宮切嗣は否定する。伝説は降臨する』[マンガ男](2014/01/26 13:24)
[80] 第42話 『英霊達はあちこちで戦い、衛宮切嗣は現実に帰還する』[マンガ男](2014/02/01 18:40)
[81] 第43話 『聖杯は願いを叶え、セイバーとバーサーカーは雌雄を決する』[マンガ男](2014/02/09 21:48)
[82] 第44話 『ウェイバー・ベルベットは真実を知り、ギルガメッシュはアーチャーと相対する』[マンガ男](2014/02/16 10:34)
[83] 第45話 『ものまね士は聖杯戦争を見届ける』[マンガ男](2014/04/21 21:26)
[84] 第46話 『ものまね士は別れを告げ、新たな運命を物真似をする』[マンガ男](2014/04/26 23:43)
[85] 第47話 『戦いを終えた者達はそれぞれの道を進む』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[86] あとがき+後日談 『間桐と遠坂は会談する』[マンガ男](2014/05/03 15:02)
[87] 後日談2 『一年後。魔術師(見習い含む)たちはそれぞれの日常を生きる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[88] 嘘予告 『十年後。再び聖杯戦争の幕が上がる』[マンガ男](2014/05/31 02:12)
[90] リクエスト 『魔術礼装に宿る某割烹着の悪魔と某洗脳探偵はちょっと寄り道する』[マンガ男](2016/10/02 23:55)
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[31538] 第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』
Name: マンガ男◆da666e53 ID:6a0d9b18 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/05/19 06:10
  第30話 『衛宮切嗣は伸るか反るかの大博打を打つ』



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 衛宮切嗣





  僕は聖杯戦争が始まる前。遠隔操作仕様に改造したタンクローリーを一台、隣町の貸しガレージに隠しておいた。
  危険物を運搬する危険物ローリーの中に予め人体にとって有毒の致死性ガス、あるいは可燃性の高いガソリンで満たし、爆薬を搭載すれば都市ゲリラにあつらえ向きの安価な巡航ミサイルの完成だ。
  元々これは冬木市に拠点を構える間桐や遠坂が籠城策を取った場合の切り札の一つとして用意した物だけど、間桐に協力する組織の存在が明るみに出た時点で二手目、三手目の手段として準備を進めてきた。
  たった数日でタンクローリーとそれに積載される危険物を用意するのは必要以上の金銭が必要になり、聖杯戦争の為にアインツベルンが用立てた軍資金はすぐに動かせないので、僕自身の貯えを使って準備を進めた。おかげで聖杯戦争に勝利して終えた後、日々の生活すら出来なくなるのではないかと思える程に貯蓄は減ってしまった。
  でも問題は無い。
  何故なら、僕はこの聖杯戦争で全ての決着をつけ、世界を救うのだ。聖杯によって世界が救われるのならば、その先にある僕自身の生活なんてどうでもいい。
  自暴自棄になっている訳ではなく、聖杯戦争に勝利する為に必要な諸経費ならば惜しみなく使う。
  そして新たに二台のタンクローリーの準備が整い、三台のタンクローリーをそれぞれの敵に向けて発射させた。
  一つはライダーとそのマスターに、一つは遠坂邸の遠坂時臣に、最後の一つは間桐邸の間桐雁夜に向けた。
  僕は常に慎重に慎重を重ねた上で勝利が確定した時点で行動する。文字通り必ず勝つの意味で用いられる必勝を整わせるのが僕のやり方だ。
  そこに正否は関係ない、結果こそが正否を確定させる。
  もちろん、ロード・エルメロイがそうであったように、必勝に状況を近づける為に自ら戦いの場に赴く必要があるならば行う。ただし、それは相手を殺せる状況に必ず持ち込める確証あるいはそれに近い可能性があった場合に限る。
  僕がセイバーの召喚を渋り、アイリに代理マスターを据えたのもそれが原因だ。
  はっきり言って僕の戦い方とセイバーの戦い方は逆と言ってもいい、相性の問題以前に決して交わらない水と油だ。『アーサー・ペンドラゴン』と『衛宮切嗣』の行動理念はどこまで行っても平行線で決して接する事はない。
  あるいは召喚した時にセイバーが史実とまるで異なる暴君だったならば、語り合う機会ぐらいは持てたかもしれないけど、史実をそのまま表すようなあのセイバーでは全く駄目だ。
  そんな僕が一気に敵に対して攻撃を仕掛けたのには幾つかの理由がある。
  まずこれまで飛行宝具で移動していたライダーの所在を掴めなかったが、ある偶然が二つ重なってサーヴァントどころかマスターすらも確認できた事。
  発端は未遠川の岸辺で体を動かすある男の姿を使い魔の目を通して確認した所からだった。
  布に包まれた長物を刀のように振るう姿。アインツベルンの森で行われた聖杯問答でライダー陣営に味方する何者かの情報は得ていたので、その男とライダーに与する何者かを結びつけるのは容易い。
  正直、武力で英霊として召し抱えられているサーヴァント達が問答で聖杯の行方を決定すると言う催しを僕は理解できなかった。
  求める宝は一つ。誰もがそれを欲しているのならば、争いは必然だ。
  だからこそサーヴァント達はマスターの召喚に応じた。言葉を交わした所で結局は戦いで決着をつけるのが目に見えている。何のために聖杯問答など行う? それが僕には理解できない。
  ただし、そこで得た情報によってライダーとそのマスターの拠点を知る手掛かりを得られたのだから僕にとって損は無い。
  発見当初、その男がライダーの協力者ではなく演劇に興じている芸人という可能性を考慮したが、その男から『演じる』とは異なる『本物』の匂いを感じ取った。それは人を殺した者が持つ特有の気配だ。
  使い魔の目を通しても判る、使い魔に取り付けられたCCDカメラ越しでも判る濃密な気配。一般人や人を殺した事の無い凡人には決して判らないけど、僕のように殺人を行う者とそうでない者との一線を越えた者には容易に理解できる違いがそこにあった。
  倒す為か、殺す為か、守る為か、修行の為か。
  理由は様々だろうが、あの男は間違いなく人を殺した経験を持つ。
  僕は使い魔の一匹に命じてその男を常に監視するようにした。この男を追えばこれまで不明だったライダーとそのマスターの拠点が見つかるだろうと考えたからだ。
  しかし使い魔はいきなりその男の姿を見失い、そいつがどこに行ったのか判らなくなった。録画された映像を確認したけど、男はサーヴァントの霊体化の様に消えて行くのを確認するだけだった。
  魔術を使ったかもしれないと予測を立てながら、CCDカメラにはサーモグラフィが装着されてない。だからロード・エルメロイを発見した時の様に熱源でその位置を見破れなかった。
  そこで一旦ライダーとそのマスターへの手かがりは途切れてしまう。まさかその男が僕もいた武家屋敷を訪れていたとは思わなかったけれど・・・。とにかく使い魔はそこでカイエン・ガラモンドと名乗った男を見失う。
  そして『男を監視しろ』と命令した使い魔がふらふらと監視対象を探してあちこちを飛んでいる時―――、何かの因果に導かれるようにライダーの巨躯を発見した。
  僥倖。
  天祐。
  幸運。
  好都合。
  この時の僕の気持ちは戦闘機械としての『衛宮切嗣』が波状してしまいそうな爆発的な何かだった。
  装いを古代マケドニアの戦装束からTシャツとズボンの現代風の恰好に変えているが、その顔と周囲の人間より頭二つ分ほどでかい図体を見間違える筈はない。
  アイリからもたらされた情報によってライダーとそのマスターがアサシンの少女を同行させている事は知っていたので、ウェイバー・ベルベットという名の少年と彼の腰にしがみ付くアサシンも確認できた。
  奴らに間違いない。
  八歳になるイリヤが普通の人間として成長していればあれ位の大きさになるのかもしれない―――アサシンの少女を見た時ほんの僅かな感傷が浮かんできたが、今、考えるべき事ではないと削除する。
  他にも協力者と思わしき老夫婦の姿もあったので、まず奴らの拠点をつきとめるべきだと考えた。だが、同時に拠点の外を出歩いているのならば防御は薄いとも判断した。
 一般人が周囲にいる状況で攻撃を仕掛けてもライダーの戦車チャリオットで逃げられるかもしれない。だが、あれだけ巨大な宝具ならば出現させて乗って飛び去るまでのタイムラグがある。
  それにライダーがタンクローリーの一撃を耐えても、魔術師で人間のマスターには爆風や熱、そしてタンクローリーに搭載された危険物の余波だけでも十分に死を与えられる。
  攻撃を仕掛けるメリットとデメリット。
  拠点を知るまで監視を続けるメリットとデメリット。
  僕はそれらを計算し、今仕掛けるべきだと結論を出した。
  タンクローリーによる攻撃は拠点を破壊するには圧倒的な破壊力を持つ。どれだけ強固な魔力城壁があろうとも、魔術的な結界が張り巡らされていようとも、魔術師の工房は等しく物理的な破壊に弱い傾向を持つ。
  冬木ハイアットホテルにケイネスが作り上げた工房が地上32階から地面へと叩き付けられて跡形もなく崩れ去ったように、だ。
  しかし、タンクローリーで攻撃したと他の陣営に知られてしまえば、物理的防御の強化などで対策を打たれてしまう危険があった。
  サーヴァント自身の耐久力が一定以上であれば、神秘を持たない単なる物理的な攻撃である以上、どれだけ強い攻撃もサーヴァントの守りを突破できない。
  だからタンクローラーの一台をライダーのマスターにぶつけるのならば、残った二台もほぼ同時に使って最大限の効果を発揮するのが望ましい。
  そこで僕は遠坂邸と間桐邸を監視していた使い魔からの情報を統合し、これまで不気味なまでの沈黙を守っていた遠坂邸に動きが合った事と間桐邸に何者かが訪れた事を整理する。
  遠坂についてだが、どうやらアインツベルンの森に大勢で押しかけたアサシンの襲撃を一段落にして、ようやく攻勢に出る算段を立てたようだ。
  タンクローリーを撃ち込むタイミングは遠坂時臣が出撃するその瞬間。遠坂邸の結界を過信し、開けた場所で人の足では逃げ切れない距離でタンクローリーを叩き込む。
  あの黄金のサーヴァントが接近する大型自動車に気付いて破壊する可能性はあるが、サーヴァントがどれだけ優れていようと遠坂時臣は魔術師であり、人間の制約からは決して逃れられない。
  遠坂の結界が空気にまで清浄さを求めていないのは確認しているので、吸い込む息そのものに毒性を持たせて攻撃をしかける。
  ライダーのマスターと一緒だ。
  もちろん、タンクローリーの衝突と爆発も加われば更に遠坂時臣の死の確率は増す。
  そして間桐を訪れた三人については情報が全くないので何者かは判らないままだが、外に面した窓のある部屋―――どうやら間桐邸の応接室と思わしき場所にバーサーカーのマスターである間桐雁夜を確認できた。
  タンクローリーを突っ込ませる箇所が他の二つの拠点よりも明確になり。敵が外に出てくるよりも前に拠点の中にいる油断をついて道路から一直線に突っ込ませる。間桐邸が一番成功率の低い賭けだが、対処されるより前にタンクローリーは使ってしまうべきだ。
  間桐邸に放った使い魔にはサーモグラフィが装備させてあるので、間桐邸のあちこちに協力者と思わしき者達が点在している事も確認された。他の拠点の監視よりも精度を高めたからこそ判った事実を元にして間桐雁夜を一気に殺す。
  拠点から出てアーケードへと出かけているライダーとウェイバー・ベルベットへの攻撃。
  遠坂邸にいる遠坂時臣へ向けての攻撃。
  間桐邸にいる間桐雁夜に向けての攻撃。
  三か所同時攻撃が最も理想だったが、やはりその全てが同時に行えるほど都合よくはいかない。
  ただし、各々の陣営が攻撃されてその方法が伝達されるほど時間が開かなかったのは幸運と言うしかない。同時ではなかったが、得られた結果はそれに匹敵する。
  ここで問題となったのはアイリの為に新しく用意した拠点が他の陣営―――とくにライダーとアサシンに知られてしまった可能性が高くなった事と、セイバーが僕のやり方をすれば間違いなく反発する事だ。
  セイバーはランサーとの決着を優先する為、サーヴァントへの直接対抗手段の無い僕の前にランサーを寄越した愚者だ。もし起源弾を撃ち込んだケイネスに令呪を使ってサーヴァントに命令する余裕が合ったら、奴は間違いなくランサーを差し向け僕の命を取ったに違いない。
  セイバーとランサーの間に騎士道の誓いがあった所で、サーヴァントである以上、令呪の縛りからは逃れられない。
  ランサーがどう思うと、マスターが令呪をもって命じれば僕の命はあの時消えていた。
  セイバーは『自分の掲げる正義』と僕の行動に食い違いが発生した時、サーヴァントでありながら僕の行動を邪魔する危険がある。
  だから拠点から引き離すと同時にランサーの元へと二人を送り届ける役目を舞弥に命じた。
  移動しながら使い魔のコウモリに取り付けたCCDカメラの映像を解析するのは舞弥にとっても困難な作業だったが、舞弥はそれを成し遂げた。今頃はセイバーをランサーの元へと送り届けているだろう。
  駅前の安ホテルでの情報収集を中断するしかない事態に陥ったが、冬木ハイアットホテルを爆破されたランサーとケイネスが新しい拠点に郊外の廃工場を使っているのはすでに調べている。
  起源弾をケイネスに打ち込んだ後、ケイネスの許嫁であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリがランサーと共に行動を開始したのも確認済みだ。どうやらランサーと再契約したようだが『偽臣の書』による代行マスターだったならばソラウを殺してもサーヴァントは健在となる。
  その辺りの調査が不十分だったからこそ攻勢に出なかったが、居場所は判明しているのでセイバーを送り届ける程度ならば問題は無い。むしろ新たなマスターを得たランサーがこちらの監視下を離れて勝手に行動される方が厄介だ。
  ならばセイバーにランサーの足止めをさせ、奴の目が僕に届かないようにする。
  その間に巻き起こしたタンクローリーの破壊はマスターの命を奪うだろう。巻き込まれる一般市民に多少の犠牲は出るが、聖杯によって救われる世界全ての人間の数に比べれば微々たる数だ。
  冬木ハイアットホテルの時のように放火を装って一般人を退避させるような甘いやり方はもうしない。
  そんな隙を見せていては、他のサーヴァント達どころかマスターにも、そして間桐に協力する組織にも逃亡を許してしまう。
  殺すべき時は一気に殺す。
  「・・・・・・・・・」
  僕はスコープの向こう側に見える景色に意識を集中しながら、改めて起こった事実を確認し直して呼吸を落ち着かせる。
  舞弥がセイバーをランサーの元に運んでいる上に、僕もやるべき事があるので三拠点に撃ち込んだタンクローリーの結果はまだ確認していない。
  最も良い結果は三人のマスターが全て死亡し、ライダー、アーチャー、バーサーカーのサーヴァントが全て敗退する事。そしてランサーの元へ向かわせたセイバーがランサーと戦っている隙に舞弥に任せた策が完遂される事だ。
  確認だけなら後でも出来るので、僕はこの場所に移動するのに使った自動車―――ジープ・チェロキーとその死角となった位置で狙撃の為に構える自分を強く意識する。
  「ふぅ・・・」
  常に『必勝』が確定しない限り行動に出ない僕がこんな不確定要素の多い賭けに―――そう、タンクローリーを用いての攻撃とは言いながら、必勝とは到底言い難い賭けに出たのには大きな理由がある。
  その理由がスコープの向こう側にいる男、言峰綺礼だ。
  冬木教会を監視させていた使い魔、その監視映像を調べていた舞弥から、言峰綺礼を発見したと報告が入った。僕はすぐに言峰綺礼を監視の継続を命令し、出来るだけ多くの情報を得る様に務めた。
  しかし暗殺者のサーヴァント、アサシンはまだ健在なのでマスターである言峰綺礼を監視した所で、アサシンに使い魔を発見されて駆逐されてしまうのは目に見えている。
  一縷の望みとでも言うべきか、情報が少なからず得られればいいと思っての監視継続だったが、僕の予想に反して言峰綺礼は周囲の観察を怠り、アサシンにも自分を見る目の排除を行わせなかった。
  まだ言峰綺礼が監督役の父親に匿われている時点で、教会が半壊するほどの何らかの騒動があったのは掴んでいたが、その理由にまでは至れない。もしどこか特定のマスターが言峰綺礼を襲撃したとしたら、聖堂教会への攻撃とみなして監督役がその措置を下すだろう。
  騒動の情報封鎖に乗り出した聖堂教会のスタッフによって、冬木教会は完全に聖堂教会の一拠点と変化した。流石に聖堂教会の手が今まで以上に入った巣窟の中を探るのは不可能だ。
  その上で言峰綺礼が堂々と姿をさらすのもまた予想外だった。言峰綺礼がアサシンのマスターであるのは最早周知の事実であり、アサシンが敗退などしていなかった事もまた知れ渡っている。
  だが監督役は『アサシンが敗退したのでマスターを保護した』と他のマスターの伝達を行っている。ならば最後までその嘘を貫き通す為、言峰綺礼をむしろ自分達の懐に抱え続けなければおかしい。
  言峰綺礼がアサシンのマスターとして存在し続けるのは奴が聖堂教会に申し立てた内容の嘘の証明であり、他の者の目につくのは避けたい事態の筈。
  言峰綺礼を冬木教会の外に出したのは罠か? そう思い言峰綺礼の監視を続けさせたが、夢遊病者の様にふらふらと移動するだけで、使い魔の監視から外れない。
  まるでマスターとしてアサシンに命じるのを忘れてしまったようだ。
  言峰綺礼の不可解さは更に増し、何を思ったのか奴は出て言った筈の教会へと舞い戻った。
  意味が解らない。
  無駄に時間を浪費し、不可解な行動を繰り返している。
  代行者としての奴の経歴を洗ってみたが、奴はこんな無駄な事をする男ではない。むしろ無駄を極限まで排斥して他人の十倍か二十倍の鍛錬を積み重ねてきた異常者だ。
  鍛錬の時間は言うに及ばず、私生活の全てに至るまで無駄など欠片もないに違いない。
  だが今はそれがある。
  父親である言峰璃正に何か用があるのか、やはり罠なのか、それとも僕の予測できない全く別の理由か。不可解な行動に意味を付けられず、次に何を仕出かすか全く予測出来なかった。
  不気味だ―――。
  いつもの僕だったなら、間違いなく手を出さずに撤退する。状況の不確かさはそのまま未知へと繋がっていく。もしその中に僕では対処できない状況が待ち構えていれば、その先にあるのは敗北―――つまりは死だ。
  状況が読めないまま事を進めても不確定要素ばかりが膨れ上がって、機械としての『衛宮切嗣』の許容範囲を超えて波状してしまう。
  それでも僕は狙撃の為に言峰綺礼を補足したこの絶好の機会を逃せば次は無いと思ってしまった。
  言峰綺礼をいつでも狙撃できる状況にある。それが僕に三拠点同時攻撃をも行わせた理由だ。
  アーケードにいるライダーとそのマスター。
  遠坂邸にいるアーチャーとそのマスター。
  間桐邸にいるバーサーカーとそのマスター。
  郊外の廃工場にいるランサーと新しいマスター。
  そして言峰綺礼とアサシン。
  つまり五ヶ所同時攻撃。これは賭け以外の何物でもない。
  普段の僕からじゃ考えられない愚挙だと理解しながら、同時に間桐に協力する組織の力を潜り抜けて聖杯戦争に勝利する為にはどこかで賭けに出るしかないと理解している。
  残る問題はキャスターだけど、アサシンが健在だったと知った今、言峰綺礼は間違いなくキャスターがどこにいて、誰がマスターで、どんな戦い方をしているか僕以上に熟知している筈。冬木教会に匿われていたなら、その情報は監督役であり言峰綺礼の父親でもある言峰璃正の耳にも届いただろう。
  そうなると聖杯戦争によって引き起こされた事件の隠蔽など、円滑に聖杯戦争を遂行するための役割を全うする為に聖堂教会そのものを動かさなければならなくなる。
  仮にそうならないとしても、アイリから聞いたキャスターの情報と僕が集めた情報を統合する限り、セイバーがキャスターを足止めしている間にマスターを暗殺するのはそう難しい話じゃない。
  だから僕は今この手で言峰綺礼を暗殺する―――。
 言峰綺礼の力は強大で、代行者としての直接の戦闘力は僕を上回る。正直固有時制御タイム・アルターを使っても互角の戦いに持ち込むのは難しい。
  それでも奴が人間である事実に変わりはない。意識外からの攻撃にはどうやっても対処できない。
  たとえば、秒速八百メートルで迫るライフルの弾丸を見た後で避けるなど不可能だ。事前予測があれば別だが、視認してから避けられる人間はいない。
  そして今回の狙撃の為に急遽用意したバレットM82はバレット・ファイアーアームズ社が試作した大型セミオート式狙撃銃で、まだ性能や重量など大きな問題はあるが、その破壊力は僕の武装の中でもタンクローリーに次ぐトップクラスで、二キロ先にある人体を上半身と下半身に両断する威力がある。
  残る問題は言峰綺礼を守るアサシンが霊体から実体化して狙撃を防ぐ可能性だ。むしろその可能性は高く、離れ過ぎているので僕には冬木教会に近づいている言峰綺礼の傍に霊体のアサシンがいるか判断できない。
  向こうから見つからない為の超長距離に陣取った弊害だ。
  暗殺者の英霊であり、同時に間諜の英霊であるアサシンが言峰綺礼を守りながら僕の監視に気付いている可能性はもちろんある。だからこそ、これまで攻撃を控えて来たのだけれど、使い魔の監視の目をそのまま放置するのは何か理由がある筈。
  二度目は考えない一撃必殺で僕はその隙を突く。
  多くのアサシンの目が間桐邸と協力している組織に向いている事は確認している。隠密ではなく監視を優先させて使い魔にすら発見されるアサシンの姿を一体だけ間桐邸の近くで確認したからだ。
  ならば言峰綺礼をガードしているアサシンの数は一体か多くて二体。
  冬木教会を狙撃できる位置、一般人の邪魔が入らない狙撃場所、人通りの少ない時間、キャスターのマスターが仕出かした事件で出歩く人の少ない現状。何より言峰綺礼が狙撃できる射線上にいる。
  幾つも重なったチャンスを僕はものにする。僕は賭けに勝ってみせる。
  僕はバレットM82に取り付けられたスコープの向こう側にいる言峰綺礼の後ろ姿を見つめながら、引き金に指をかけた。
  ここで死ね―――言峰綺礼。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 言峰璃正





  間桐臓硯の襲撃によって私は気絶させられ、綺礼もまたかなりの手傷を負った。幸いにして綺礼の治癒魔術で回復可能な容体だったので、私は休息の後に監督役としての責務を再開させる。
  何故、間桐臓硯が冬木教会を襲撃したのかは判らない。まさか私に語り聞かせた言葉が全てではなかろう。『公平を期す監督役が中立を犯した』、一応の理由にはなっているが聖堂教会そのものを敵に回しかねない行動の理由としては弱すぎる。
  聖堂教会と魔術協会は表向きは不可侵となっており、ここまで目立った闘争は行われていない。
  綺礼もまた間桐臓硯の真意は知らぬと答えたので、襲撃に何の意味があったのかは不明のままだ。
  私は生きている。
  聖言によって守られた預託令呪は一角も欠けていない。
  綺礼もまた無傷ではないが私と同様生きている。
  教会の聖堂はほぼ全壊したが、それは戦いの余波によって出来たもので結果そのものではない。
  一体、間桐臓硯は襲撃によって何を得たのか? それは魔術協会からの離反の可能性を含めて、聖堂教会に敵対するほどの価値があるモノだったのか? 何も判らない。
  ただし、間桐臓硯が不可侵地帯である冬木教会を襲ったのは紛れもない事実。これはもはや諫言で済ませられる領域を超えている。
  私は即座に間桐に対する懲罰及び他のマスターへの褒賞を何にするか検討し始めた。
  間桐雁夜がバーサーカーのマスターであるのならば、聖杯戦争の中でのみ完結する形にするのが望ましい。
  間桐はキャスター同様に著しく聖杯戦争の遂行を脅かす危険な存在だ。綺礼からの話しと聖堂教会のスタッフからの話しにより間桐が何らかの組織から援助を受けているのは紛れもない事実。
  一人や二人ならば許容の範囲内かもしれないが、組織となれば『聖杯を求める七人のマスターと、彼らと契約した七騎のサーヴァントがその覇権を競う』、この聖杯戦争の大前提が崩れてしまう。
  聖堂教会がその力を振るうのならば、むしろこの組織にこそ焦点を絞るべきであろう。
  だがここで問題が発生した。
  昨夜の襲撃から私が回復するまでの時間。そして回復してから現状把握に努めて、厄介な状況に陥っている事を再認識するまでにかなりの時間を要してしまった。
  息子の綺礼はアサシンのマスターであり、アサシンはまだ健在だ。綺礼は、聖堂教会による身柄の保護を要求したマスターの立場が崩された結果、再度冬木教会の襲撃が行われる可能性を危惧した。
  自分が居なければ、襲撃する理由は消える。アサシンのマスターが聖堂教会を欺いたと言う一応の理由は作れる。そう言って戦場へと出向いたのだ。
  故に綺礼が再び冬木教会の前に現れた理由が私には判らない。
  アサシンのマスターである自分がここにいれば、間桐だけではなく他の陣営にも付け入る隙を与える。そう言ったのは綺礼自身であり、再びこの場所に戻ってくるとすれば、それは正しくアサシンが敗北したその時の筈。
  間桐と協力する組織をどうすべきか? 綺礼の出現はその考えを吹き飛ばす衝撃的な事実となった。
  今も教会の中にある瓦礫を片づけて元の聖堂へと戻そうとしているスタッフの報告によって、近付いてくる者がいるのは即座に私の耳に入った。それが綺礼だと知った瞬間に間桐への対処は思考の外へと追いやられてしまう。
  綺礼はこれまで実によくやって来た。たった数年のにわか仕込みの魔術師でありながら、敏腕のマスターとしてアサシンを御してきた。大量のアサシンを巨大な諜報組織に変貌させ、遠坂への助勢を行い時臣くんへと聖杯を託すために行動した。
  信仰の為に―――。
  教会の為に―――。
  時臣くんの父であり、我が亡き友との約束の為に―――。
  持ち前の有能さを遺憾無く発揮するその姿。私は綺礼を一人息子として誇りに思う。
  その綺礼が、何故、今になって冬木教会に戻ってきた? それも秘密裏の移動ではなく、他のマスターに見つかる危険を承知の上で真正面から堂々と。
  再び巡り合えた喜びよりも困惑が強い。けれど、聖杯戦争のマスターが教会を訪れたのならば、私は監督役として話を聞く姿勢を示さなければならない。
  間桐臓硯が何と言おうと、私は聖堂教会より派遣された監督役として己が責務を全うするだけだ。
  中心を巨大な塊で撃ち抜かれた両開き戸は今も修復されずに教会の一角に退けてある。おそらく新しい物を発注してつけ直した方が修繕するよりも早い。
  教会の扉は常に開かれているが、あると無いとでは大きく変わってしまう。
  聖堂教会のみならず、教会の在り方そのものを侮辱する間桐臓硯に内なる怒りの炎を燃やしながら、表向きは平静を装って佇んだ。
  教会の神父として決して取り乱さず、聖杯戦争の監督役としてマスターがやって来るのならば迎え入れる。
  さて、綺礼は何の話をしにここまでやってきたのか? 息子の口からどんな話が出てくるのかを待っていると、歩みゆく綺礼の向こう側に何かの気配を感じ取った。
  それはあまりにも微弱で何であるかを判断するには情報が少なすぎる。だが、間違いなくそこに何かがいる。見えないが何かがこちらを見つめている。
  間桐臓硯に関係のある間桐の手の者か、あるいは他のマスターが冬木教会の騒ぎを聞きつけて使い魔を放ったか。
  諸国に散った聖遺物の回収を行う内に身に着けた、見えないモノを見る感覚―――あるいは第六感とでも言うしかない何かが私の背筋を凍らせた。
  その何かは私ではなくこちらへと歩いてくる綺礼を狙っている。そう察知してしまった。
  私と綺礼の距離はほんの数歩分、十メートルどころか五メートルも離れていない。
  綺礼の代行者としての経験は私よりも苛烈であり、私は綺礼の八極拳の師であっても技術は綺礼の方が上だ。その綺礼が背後から向けられた何かに気付いていない。
  綺礼に何が合ったのか。何を思い冬木教会を訪れたのか。何のために私を訪ねようと言うのか。多くの疑問が噴き出ると同時に綺礼に迫る危機が私の体を動かす。
  『何か』の正体は今も判っていないが、ただ綺礼に危険が迫っている事だけは判る。
  何故、私がそれを察知できたのかは私自身にも判らない。それが何なのか判らないのに、何故か私はそれが危険だと判ってしまう。
  声を出すよりも早く、考えるよりも早く、他の何をするよりも早く―――私は前に駆けだして綺礼を押し退けていた。
  危ない。私はそう言おうとしたのかもしれない。
  避けろ。そう言おうとしたのかもしれない。
  けれど口から出てくる言葉は無く体が動いた。
  横に払う様に両手で引きずり倒し、綺礼が立っていた位置に私の体を割り込ませる。
  守らなければならない。
  助けなければならない。
  救わなければならない。
  私の心が私を動かした。
  そして何かが迫り―――私の体はその何かが作り出した衝撃で吹き飛んだ。





  私は死ぬ。
  何が起こったかは定かではないが、自分の身に起きる異常をいち早く理解した私は過程を超えた結果をまず理解した。
  数メートル吹き飛ばされた私の体は教会の柱の一本の激突して止まっていた。体は熱く、しかしどこか氷のように冷たい。
  目を開いた私の目に飛び込んできたのは血の赤だ。
  それも私から溢れ、止まる事無くどんどんと流れ落ちている。
  痛みは無かった。
  あるいは痛いと感じる事すらもう私には出来ないのかもしれない。
  大怪我を負って生死の境をさまよった事はある。聖遺物の回収には危険が伴い、深い傷を負った事は一度や二度ではない。
  だがこれは違う。
  死に至る傷だ。綺礼が治癒魔術を施してもどうしようもない手遅れだと判る。流れゆく血が私の命そのものだと一瞬で理解できた。
  私はここで死ぬのだ。
  私の魂は死によって、神のもとで憩う。だから死は恐ろしくない。
  しかし視界の隅に見える綺礼を残して旅立つ事がどうしても心残りである。願わくば息子を―――私の誇りをもっと見ていたいと思うが、どうやらそれは叶わない。
  ならばこそ、今の私だからこそ綺礼に残せる物を残さねばならなかった。
  ほとんど動かない腕を動かし、血だまりの中に埋もれた指を血で汚れていない道路の上へと移動させる。
  ほんの数十センチ。たったそれだけの距離を動かすだけで私の力はどんどんと抜け落ち、死の誘いがもうすぐそこまで迫っているのが実感できた。
  それでも成し遂げなければならない。
  息子の為、父として最後の仕事をやり遂げなければならない。
  右手人差し指に最後の力を振り絞り、私はある単語を道路の上に描いた。先程より道路が綺礼になった気がしたが、その違いを観察する時間が私には無い。
  運よく私から流れ落ちる血がインクの代わりを成して、指の軌跡は文字となって現れる。
  一文字。
  二文字。
  三文字。
  四文字。
  そして五文字。
  通常ならば一秒とかからないそれを書き終えるまで数倍数十倍の時間を必要とした。
  『jn424』
  今この状況で綺礼に私の意思がどれだけ通じるかは判らない。だが綺礼ならば―――私の敬虔さを受け継いだ綺礼ならばきっとこの意味は通じる筈。
  最後の数字『4』を書き終えた所で私の指が動かなくなると、綺礼は私の顔をジッと見つめる。
  そして―――。


  神は御霊なり。故に神を崇める者は、魂と真理をもって拝むべし。


  死に行く私の耳はどんな音も聞いていなかった。それなのに綺礼が呟いたその言葉は不思議と私の中に染み込んでいき、一語一句違わず私の願いどおりの言葉を口にしてくれたのだと知らせてくれる。
  この時、私の心に宿った喜びは私の人生において最上のものに違いない。
  私の腕に刻まれた監督役の預託令呪が綺礼の元へと移っていくのを感じながら、同時にかつてない喜びに身を震わせる。
  綺礼は私の願いを全て理解し、私が残そうとした物を全て受け取ってくれた。
  もう何も聞こえない。
  少しずつ綺礼の顔も見えなくなっていく。
  体から力が抜け落ちて、死が私を迎えようとしている。
  だが満足だ。
  私はここで死ぬ、それでも私は満足なのだ。
  無上の喜びを感じながら、私は目を閉じた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - 言峰綺礼





  私は何故ここにいるのか。
  確たる理由は無く、私は冬木教会へと足を進めていた。
  父の具合を案じた訳ではない。予感とも言い難い思いに引きずられた訳でもない。ただ何かに引き寄せられるように―――。教会へと向かわなければならないと思ったのだ。
  意味が無い。
  合理的ではない。
  矛盾に満ちている。
  妥当性を欠いている。
  アサシンを率い、時臣師の助勢を行うのならば、冬木教会の前に我が身を曝け出すなど最も行ってはならない愚挙だ。一度、拠点としての冬木教会から脱したのならば、もう二度とそこには近づいてはならない。
  すでに私がアサシンのマスターとして健在である事は聖杯問答に関わりをもったマスター達ならば確実に気付いた。唯一、聖杯戦争にそもそもの興味が無いキャスターと、あの場に居合わせなかったランサーとバーサーカーは知らずにいるかもしれないが、遠坂師を除いたセイバー、ライダーの両名は確実に知り得た筈。
  そして間桐臓硯が冬木教会を襲撃した理由が私が居るからこそならばバーサーカーもまたアサシンの健在を知っている。
  誰もが脱落していないマスターを匿った父に疑心を抱くのは当然の流れだ。これまでは衛宮切嗣の物と思わしきCCDカメラを取り付けた使い魔の監視のみに留まっていたようだが、別のマスターが冬木教会に向けて使い魔を放っても不思議はない。
  アサシンのマスターである私がいるのだから。
  だからこそ私は誰にも発見されず、闇に溶けて暗躍するアサシンのように行動しなければならない。
  父を見張る目があるであろう冬木教会を訪れるなど正気の沙汰ではない。
  なのに私はここにいる。
  私自身理解できない何かに引き寄せられ、私はここにいる。
  あくまで仮定だが、私の不可解な行動の根幹を作り出しているのはあの間桐臓硯―――。いや、間桐臓硯に成り代わっている何者かが唯一正体を明かした場所がここだからこそ、聖堂教会のスタッフがそれを全て片づける前に残滓からでも何かを掴み取ろうとしているのかもしれないとしたらどうか。
  だが、そんなつもりだったならば、父の看病と同時並行で行えば済む事であり。そもそも戦闘の結果は残っていても、私を同類と呼んだあの男の痕跡など何一つ無かったのは私自身が確認している。
  やはり何かがおかしい。
  私自身説明できない何かに導かれているとしか思えない。
  そもそも冬木教会に行って何をするのか私自身が理解できていないのだ。散歩などと短絡的な答えでは決してない。
  この現象はマスターに等しく与えられている令呪に近い。サーヴァントがどれだけ抗おうとも、召喚された時点でマスターに付与される絶対命令権。サーヴァントの意思に関係なく、マスターの意思によってどうとでも操れる令呪の効果だ。
  私はサーヴァントではないので直接体感した事は無いが、それでも起こりうる事象は私の意思に関係なく遂行されているので、令呪を思わせる。
  そうなると私の意識に干渉する何らかの魔術攻撃を受けている事になるが、私にその実感は無い。あるいは実感すら湧かせないほど高度かつ綿密な魔術か?
  何かに操られていると思ったなら即座にこの場を脱しなければならない。しかし私の体は吸い寄せられるように教会の前に佇む父の元へと向かって行く。
  私の意思とは無関係に。
  それでも何かに導かれる様に。
  「・・・・・・・・・」
  そして父が突然駆け出して、私を突き飛ばし―――衝撃が走った。





  爆風。そう呼ぶしかない何かに吹き飛ばされた後、黒い塊が私の視界を覆い尽くす。
  それがアサシンの実体化した姿だと気付くと同時にアサシンが私を守ったのだとも理解する。
  「御無事ですか、綺礼様」
  呼びかけられた声で私の意識はよりはっきりとしていき、攻撃を受けた現状を明確に教えていた。
  髑髏の仮面と黒いローブの女、女性のアサシンが覆いかぶさるようにして私を守り。一瞬前まで私の立っていた位置から数メートルの距離を移動させている。
  父が私を押し退け、アサシンがより遠くへと連れて行った。アサシンに守られながら瞬時に状況を理解し、視線を周囲に向ける。そして冬木教会の壁面が一部抉り取られているのを確認した。
 アーチャーの王の財宝ゲート・オブ・バビロンの着弾後に酷似しているが、それは決して宝具による痕跡ではない、もしアーチャーの宝具ならばもっと広範囲かつ大規模な破壊を作り出す。
  「――狙撃か?」
  「はい。超長距離からの銃器による攻撃かと思われます」
  アサシンの言葉を聞きながら、私は姿勢を低くしたまま位置を移動する。一旦、冬木教会の影に入り、狙撃者から見えない位置を陣取った。
  何たる不覚か。
  敵がアサシンのマスターである私を狙っている等、聖杯戦争に関わるのならば当たり前に起こるべき事だ。
  もし父が、そしてアサシンの行動が一手でも遅れていれば私は簡単に撃ち殺されていた。
  どれだけ呆けていたのか。
  どれほど愚かなのか。
  だが悔いるならば後でも出来る。今は後悔に縛られて動きを止める時ではない。
  幸いにして狙撃は外れ、アサシンが即座に私を移動させたので爆風による被害も少ない。無傷と言ってもよい。
  使い魔の監視とは比較にならないほど遠距離からの攻撃ならば、単独犯である可能性は高い。そして銃器による攻撃ならば相手はサーヴァントではない。そうなれば相手はマスターかその協力者となる。
  そして私を銃で狙う人間に一人だけ心当たりがある。
  「――アサシン、襲撃者を警戒しろ」
  「承知しました」
  アサシンを即座に差し向ければ、たとえどれだけ距離が離れていようとも、狙撃した場所までが直線だった事実を照らし合わせれば弾丸を撃ち出した箇所を見つけるのはそう難しくは無い。
  一旦、霊体になったサーヴァントの移動速度は人のそれを軽く上回る。狙撃者を暗殺するのは容易いだろう。
  だが殺してはならない。
  マスターである私の危機をサーヴァントに守らせる意味はあるが。たとえ相手が私を殺そうとしたとしても―――もしその相手が私の予想通りの男、つまりは衛宮切嗣であったのならば、決して殺してはならない。
  私は問わねばならないのだ。その為に衛宮切嗣には生きてもらわなければならない。
  二度目の狙撃がない事を確認した私は、私を守り吹き飛んだ父の姿を教会の影から探す。
  すると教会の前で倒れた父を発見した。すぐにでも近づいて救出したい衝動にかられながら、狙撃者がまだ狙い定めている危険も予想する。
  「アサシン、父をここまで連れてこい」
  応じる声が放たれるよりも早く、アサシンは父の元へと駆けて、一瞬すら必要とせずに私のすぐ近くに父を引きずってきた。
  女の細腕でありながら、それは英霊でもある人以上の膂力を持つサーヴァントだ。
  僧衣の首根っこを掴まれて持ってこられた父の顔を覗き込んだ。そして視界の隅に下腹部と右足をそっくりそのまま失った姿が見える。
  狙撃の威力は凄まじく、父は右側の下腹部を貫かれ、足の付け根を粉砕されて右足が千切れていた。
  人体の五分の一が消失している。あるいはすぐ近くを探せば父が失った右足の先が見つかるかもしれないが、傷口から流れ落ちる大量紅い血と父の顔に浮かぶ死相がこれから訪れる未来を教えている。
  父はもう助からない。
  どれだけ手を施そうと、父の怪我が回復に向かう事は無い。
  治癒魔術を超える蘇生魔術。もしくは代行者としての私が何匹も殺してきた死徒の回復力がなければ治り様がない。
  ここにはその両方が無い。私の治癒魔術を施した所で、父が死ぬまでの時間がほんの少しが長引くだけだ。
  「くっ・・・」
  父が死ぬ。
  歯噛みした私は父の指が道路の上に何かを描いているのに気が付いた。
  それは酷く鈍重で、指がただ命を求めて動いていると言われても納得してしまう遅さだった。
  だが違う。父はどのような状況であっても自らに訪れた死を拒絶する様な人間ではない。この指は私に何か伝えようと動いているのだ。
  私は父が指を動かしやすい様に体を支え、書き終えるまでに何者の邪魔も入らないようにアサシンと共に周囲を警戒する。
  数秒とも数十秒とも数十分とも感じる長くそして短い時間を経て父の指が止まり、ある五文字の単語が道路の上に描かれていた。
  『jn424』
  信仰と無縁の者ならばそれは意味不明の暗号に思えたかもしれないが、私にはそれが意味するものが何であるかをすぐに思い当れる。
  ヨハネ福音書4:24―――。
  何故、父が今その言葉を私に伝えようとしたのか。その真意を知る為、告げる言葉すらない死に行く父の最後の願いを叶えるため、記憶の中に刻まれた言葉を謡う。
  「神は御霊なり。故に神を崇める者は、魂と真理をもって拝むべし――」
  唱えると同時に父の右腕に燐光が起こる。そして私の右腕に鋭い痛みが走り、手首から肘までに淡い光が瞬いた。
  父を道路の上にゆっくり下ろしながら私は右の袖をまくる。そこに合ったのは父の右手に刻まれていたものとは形こそ違ったが、紛れもなく監督役が持っていた預託令呪であった。
  ここで私は理解する。
  監督役の預託令呪は聖言によって保護されており、本人の許諾なしには魔術によってこれを抜き取ることは事実上不可能となっている。唯一、父が設定した聖言こそが父の意思以外で預託令呪を他者に譲り渡す手段だ。
  父は私に令呪を譲る為に私にヨハネ福音書4:24の聖言を教えた。
  「父上、これがあなたの望みなのですか?」
  私はまくった右腕をそのまま父の眼前へと持って行った。すると父は少しだけ目を開いた後、全てをやり終えたように笑みを浮かべて両の瞼を閉じる。
  やはり父は私に預託令呪を授ける為に最後の力を振り絞ったのだ。体の一部が抉れたショックでそのまま死んでもおかしくなかった。僅かでも動けばそれだけで激痛が走るのが容易に想像できる、それでも父は私の為に残すべきものを残そうとした。
  私は父の願いを叶えたのだ。
  父もそれに満足している。
  三年前に喪った女もまた同じように満足した笑みを浮かべていた。『貴方はわたしを愛している』、そう言って女は微笑んでいた。
  父も、彼女も―――言峰綺礼の妻であったあの女も、共に私を愛し信頼していた。
  そして言峰綺礼と言う人間の本質を決定的なまでに履き違えていた。
  このままでいいのか?
  このまま終わらせていいのか?
  三年前、病み衰えた女の末期の枕元で思い浮かべた言葉が蘇る。


  コノオンナヲ、モット■■■■タイ。


  モット■■■■スガタガミタイ。


  不意に『これ』こそが、父が死に行く姿こそが私の求めるモノなのではないかと直感が動く。
  敵に襲われる危険を承知の上で私が冬木教会にやって来たのは、この時の為ではないのか? 父から預託令呪を受け取るなどと言う理由ではなく、父の死に立ち会うその瞬間こそが私の待ちわびていた時ではないのか?
  これは自分が自分でなくなる恐ろしさを理解し、今に至るまで理性で封じ込めていた感情だ。
  三年前に辿り着いた真理。目を逸らし続けてきた答えだ。
  そしてまた、ここに答えがある。
  言峰綺礼が追い求めていた本性が―――アーチャーの言葉を借りるならば、魂が追い求める愉悦の形がある。
  ギルガメッシュの赤い双眸が脳裏に蘇り、告げられた言葉も共に蘇る。
  『綺礼、お前の求める道は示されているぞ。もはや惑うまでもないほど明確に、な』
  そうだ。
  これこそが、これこそが私の求めていたモノ。


  せめて、極めつけの■■■■を味わわせてやりたい。


  せめて、極めつけの『くるしみ』を味わわせて―――。


  たった四文字の言葉が欠けていた部分にすっぽりと収まった。そして三年前に思い浮かべ、今に至るまでに直視せず回避し続けてきた言葉も蘇っていく。
  この女を、もっと苦しめたい―――。
  もっと苦しむ姿が見たい―――。
  そうだ、私はあの時、自分の妻の最後を見ながらそう思った。そして今、父の最後を見届けながらそう思ったのだ。
  気が付けば、私は穏やかな笑みを浮かべたまま目を閉じた父の左目に右手を伸ばし、左手を父の首へと伸ばしていた。
  半ば無意識に行われたそれが私にとっての正しさを明確に表している。最早、止めようなどと欠片も思わない。
  「父上・・・」
  声をかけながら父の命を少しでも長らえさせるために簡易の治癒魔術を発動させる。今更、治癒魔術を行使した所で、確実に死ぬ父の苦しみを長引かせてしまうだけだ。
  そうでなければならない。
  強引に右手で父の瞼を開き、父の目を私に向けさせる。私の左手が父の首に添えられているのをしっかりと見せつける。穏やかな笑みを浮かべ、死に向かおうとしている父の目が首に手を当てた私を見た。
  次の瞬間、私は父の首の両側にある頸動脈を押さえ付ける。
  「かぁ――」
  老齢を思わせない鍛えられた父の肉体は頑強であり、首の骨を握りつぶそうかと思える勢いで抑えなければならない。
  しかし父の体は既に死体同然であり、拘束を解こうとする力も、体を揺らして逃げようとする力も残っていない。
  ただ左手に首を絞める力を込めるだけでよかった。地面に叩き付ける様に上から抑え込み、指に血の流れを感じながら締め付ける。
  父には抗う力は無かったが、見る力だけは残っている。死相は合ってもまだ死は訪れていない。
  父の目に宿る光はまだ生者の目をしており、私のしている事をしっかりと見て理解していた。
  私は絞めた。父の首を絞めた。息が出来ぬようにしっかりと締め上げた。
  「ぁ・・・・・・」
  吐息のような声が父の首から漏れ、表情が驚愕に染まっていく。
  父の顔が、目が、全てが、物語り始める。
  何故、私の首を絞める?
  何故、こんな事をする?
  何故、私を苦しめる?
  綺礼―――何をしている?
  そう言っていた。
  父が理解できないモノを見る目で私の目を見ている。
  死に向かう中でもやはり人は新鮮な空気を求める。だが首の圧迫によって窒息し、口を開いても呼吸は出来ない。
  「苦しいですか、父上?」
  私は言った。父に向けて言った。
  私の手の中で父の命が少しずつ消えていく。
  少しずつ、少しずつ、力を失って命が消えていく。
  代行者として異端を狩り続けてきたが、消えゆく命を今ほど暖かく、そして冷たく感じた事は無い。
  父の顔は苦しみに歪み。息を出来ない苦しさと私の行動の不可解さに醜く歪んでいた。
  私はこんな父の顔を見た事が無い。
  口からは血と泡と唾を拭きだし、目を大きく見開いて苦しむ父の姿を見た事が無い。
  もっと見たい。
  もっと苦しむ姿を見たい。
  もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと―――。苦しみ悶える者を見たい。
  悔いを残し死に行く者を見たい。
  信じていたモノに裏切られた絶望を感じたい。
  吐血と一緒に吐き出される耳に届く小さな悲鳴を聞きたい。
  それは美しく、快く、心地よく、目に見える全てに昂揚した。
  これこそが―――、これこそが言峰綺礼の魂の形。
  「はははっ――、何なんだ私は?」
  父の首を絞めながら、私は嗤う。
  これこそ邪悪。
  これこそ鬼畜。
  神の愛より外れた道、正しく外道。
  けれど私は父の絶望する顔にこれ以上ない喜びを感じ、血で紅く染まった景色がとても色鮮やかに見えている。
  これが私―――。父を殺そうとして、その苦しむ顔を見る私こそが言峰綺礼なのだ。
  「こんな歪みが? こんな汚物が? よりにもよって言峰璃正の息子だと? 有り得ん、有り得んだろうっ? 父上、あなたは狗にでも私を孕ませたというのか!?」
  哄笑と共により強く手に力を込めると、父は首を少しだけ後ろにのけ反らせた。
  顔がよく見えなくなったので、私は瞼が閉じ無い様に当てていた右手で父の髪を掴む。そのまま顔を起こして、私から目を逸らせないようにする。
  父と目が合った。
  充血して赤くなっていく父の目が見えた。死人の目に近付いていく目が見えた。
  殺そうとする父の顔がそこにあった。
  「父上。どうやらこれが私の本性のようです」
  苦しみ悶え、死に行く体でどこまで私の言葉を理解したかは定かではない。だが―――信じられない―――。父の目がそう言っているのが判る。
  父が私の本質をどう捉えていたにせよ、これは父がただ大きく間違えていただけの話。
  私は万人が『美しい』と感じるものを美しいと思えない破綻者なのだ。他者の苦痛に愉悦を感じる異常者なのだ。
  自身の理解へと到達すると同時に私の左腕にはより強い力が込められた。
  歓喜によって―――そう、今の私は紛れもなく自分を知った喜びによって今までにない力を発揮した。


  その力が父を殺す。


  父の首を絞める左手に込められた力は首の肉を凹ませ、血管を圧迫し、首の骨を砕くにまで至った。
  やはり父が老齢であったのは紛れもない事実であり、頑丈な僧衣も隙間を潜り抜けて人体に直接攻撃を与えられては意味をなさない。
  父は首の骨を折られ、絶命した。
  苦悶の表情を浮かべたまま死んだ。
  今、この私が殺したのだ。
  「綺礼様――」
  アサシンに声をかけられて、私はようやく自分が狙撃されて命を落とす寸前だった事を思い出す。
  父に命を救われた。
  その父の命を苦しみの中で奪った。
  何と心地よい事だろうか。
  これこそが言峰綺礼の求め続けた答え。言峰綺礼なのだ。
  襲撃者の存在を思い出すと一緒に喜びが急速に冷めていく。そして問い続けるだけの人生に答えを得ながら、それが全く何の解決にも至っていないと理解した。
  認めよう。確かに私はどうしようもない外道だが、それはあくまで言峰綺礼と言う回答であり、そこに至るまでの過程が全て抜け落ちている。
  神が真に万物の造物主であるならば、全ての魂にとって『快なるもの』こそが真理のはず。道徳とはそれを求める知恵となる。
  だが言峰綺礼は道徳の教えと全く逆の事象に歓喜を見出す魂の持ち主だ。これは善悪の定義どころか真理の在り処を揺るがす矛盾であり、決して捨て置けない謎だ。
  その過程をどのようにして作られたのか、それを理解するまで私は納得できない。
  深い信仰心を抱いた言峰璃正の息子が何故このようなモノになったのか? 言峰綺礼を作り出した過程には―――これほど怪異な答えを作り出した方程式とは何なのか?
  それを問い、探し、理解しなければならない。
  「アサシン」
  「はっ」
  「引き続き周囲の警戒に当たれ。どれほど遠方の監視だろうと、どれほど小さな使い魔であろうと、どれほど多量であろうとも、間諜の英霊の名にかけて全てを探り出すのだ」
  「・・・承知しました」
  父が亡くなり、私の手に預託令呪があるのならば、他でもない私が監督役を務めなければならない。
  監督役である父は狙撃者によって撃ち殺された。それは紛れもない真実、たとえ私が直接の手を下そうと、父が死ぬ結果には何ら変わりがない。
  そして聖杯戦争を続ける為には聖堂教会から派遣される監督役が必要になる。そもそも聖堂教会に監督役を担う要請を行ったのは魔術協会であり、その人員についても聖堂教会に委ねられている。だからこそ私のような聖堂教会の人間がその責を負うべきなのだ。
  「狙撃者はどうした?」
  「既に私の認識できる距離を離れたようです。狙撃の危険はありません」
  「そうか・・・」
  私の心は飛沫一つ無い湖面のように穏やかであった。
  私はすべき事をする。その為ならば何であろうとも利用し尽くし、何であろうとも障害は排除する。
  もう、私の中に『衛宮切嗣に問う』などと無価値な疑問は存在しなかった。狙撃者など、どうでもよくなっていた。



  ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



  Side - アイリスフィール





  私達が新しく拠点にしようとしている日本家屋の屋敷はすぐに敵に居場所を知られる異常事態に見舞われた。
  すぐに切嗣に連絡を入れた私は、彼がどんな判断を下すか待つ時間、残った結界の敷設に労力を割いた。工房の作成はもうほとんど終わっていたのが幸いだったと思う。
  アインツベルンの森に設置された結界に比べると、住宅街の真ん中に作れる結界には限度がある。
  だから私とセイバーは拠点が既にライダー達に知られている可能性を考えて、敵が迫ればすぐに知る『探査』を入念に組み上げた。
  セイバーは攻撃の要であり防御の要でもある。だから私は拠点の内外に関わらず、常に行動をセイバーと共にして、誰かが結界内部へと侵入しても彼女の傍で守られる様に状況を作り上げた。
  切嗣から攻撃魔術の手ほどきを多少は受けているけど、セイバーの力に比べれば児戯に等しい。
  そうやって自分の力不足と、セイバーの事、切嗣の事、舞弥さんの事、聖杯戦争の事。待ってる間に色々な事を考えていたら、切嗣から連絡がきた。
  電話口の向こう側から聞いた話を纏めると―――この拠点はアインツベルンの森の結界と違ってまだ利用価値があるから、一旦外に出て敵の目をくらますのがいいんだとか。
  私達はただ拠点から出るんじゃなくて、ランサーの拠点を発見したから、セイバーの左腕を回復させる意味も込めてそっちに向かってほしいとも言ってきた。
  セイバーとしてもランサーとの決着は望むところで、私が切嗣の言葉を代弁するとすぐに賛成してくれた。
  「しかし、マスターは・・・何故――」
  セイバーがランサーの元へと向かわせる案を出してきた切嗣に疑問を覚えるのも当然だと思う。切嗣はキャスター討伐の褒賞として令呪一画を移譲される話を聞いた時、他のサーヴァント達に討伐を任せてセイバーをキャスターと戦わせようとはしなかった。
  生き方でも戦術でも、切嗣とセイバーの意思は絶対にかみ合ってこなかった。
  だけど切嗣が私達に告げた内容はランサーとセイバーを真っ向勝負させて、左腕を回復させる事だけ。作戦とも呼べないサーヴァントに全てを委ねた決闘だ。
  まさか今になって切嗣が戦い方を変えるとは思えない。だから私は切嗣から聞かされたセイバーにランサーをぶつけようとする状況以外にも何か別の真意があるんじゃないかと思った。
  私は切嗣の事を疑っている。
  妻の身でありながらも夫が裏で何をしているか判らないので、言葉での説明以上の何かがあると思っている。
  アインツベルンに雇われる以前の切嗣はそういう人だから―――。
  切嗣が言わなかった部分を尋ねようとしたけど、私が聞く前に舞弥さんがランサーの拠点まで案内すると口早に話され、そこで電話は切れてしまう。
  電話から十分と経たずに舞弥さんは現れ、私達は日本家屋へと案内された時と同じように彼女が運転する自動車をセイバーが運転するメルセデス・ベンツ300SLで追いかける。
  舞弥さんとの会話が事務的かつ簡素になるのはやっぱり変わらず、世間話なんて一つも出ない。
  セイバーはランサーと決着がつけられる状況に心躍らせている様で、舞弥さんどころか私とも話をしない。
  嫌な予感がした。
  確かにセイバーはライダーとアーチャーとバーサーカー、そしてマッシュという名の男に邪魔されて、倉庫街でランサーとの決着を付けられなかった。
  きっとサーヴァントの中で騎士として戦うセイバーに配慮できるのは、ランサーとライダーの二人だけ。拠点を訪れたカイエンに『外道』なんて言われたから、余計に騎士として戦える相手との決着を望んでいるんだと思う。
  アインツベルンの城でも戦いが長引くばかりで決着がつかなかったから、今度こそ勝敗を決したいと思っているのだろう。この国の言葉で『三度目の正直』というのがある。
  でも切嗣の姿が無いのが私はどうしても気にかかった。
  あの人は私達の知らない所で何かをする。聖杯戦争に勝利する為にどんな非道な事も辞さない覚悟を持ってる。
  もちろん私だってこの体に封印されている『聖杯の器』が聖杯となり、愛する切嗣の手に渡って欲しいと願っている。でも、その為なら何でもしていいとは思ってない。
  自分を強く保つために冷酷であろうとする。そんな切嗣を妻として守りたいと思いながら、その非道な行いを責めてる私もいた。
  舞弥さんは切嗣の行動に何の疑問も抱いてないみたいだけど。私、セイバー、そして切嗣と舞弥さん、この三種類の考え方の食い違いが何か大きな破滅を導くんじゃないかって、どうしても考えてしまう。
  それはセイバーがランサーと戦えば、決定的に浮き彫りになる―――。私の予感でしかないけど、そんな考えが止まらない。
  たとえ無駄かもしれなくても、私達は話し合うべきじゃないの?
  そう思っても、動き続ける状況の中で私が出来る事は僅かしかない。セイバーとは話せても、切嗣と話せる機会が無くて、互いを引き合わせようとしても無為に終わってしまう。
  「ここから東へ三キロほぼ進んだ位置にある廃工場がランサーの拠点です。地図を使っての説明が判り易いのは理解してますが、情報漏洩の危険を考慮して口頭で説明しますので覚えてください」
  結局、私は舞弥さんがランサー達の拠点に辿り着く直前まで、何一つ解決策を見出せずにただ悶々とする時間を過ごし終えてしまった。
  舞弥さんは一旦停車して、窓越しに助手席に座る私に話しかけてくる。
  拠点までの距離と曲がり角での目印、信号の数とそこに至るまでのおおよその時間、ランサー達の拠点の規模とそこに張られた結界の大きさ。よくここまで綿密に調べ上げたと感心する細かな情報が舞弥さんの口から語られる。
  「私はここから別行動です。マダム、あとはよろしくお願いします」
  「舞弥さんはこれからどうするの?」
  「新しい任務につきます」
  淡々と告げる舞弥さんの様子はいつもと変わりなく、その『新しい任務』が何であるかを話してくれる気配は無い。
  「その新しい任務は何か聞いてもいいかしら」
  「お答え出来ません」
  もしかしたら内容を教えてくれるかもしれない。そんな淡い期待を込めた問い掛けは一蹴される。
  私達はもっと話をするべきなのだ。今更、そんな結論に至って会話の場を作ろうとしても、舞弥さんは話を弾ませてはくれない。
  「アイリスフィール。これ以上は時間の無駄です、行きましょう」
  ハンドルを握っているセイバーがそう言ったので、仕方なく私は外にいる舞弥さんとの話を終わらせるしかなかった。
  セイバーはランサーとの戦いを待ちわびて一秒でも早くランサーのいる廃工場に向かいたいみたいだけど。急ぐ理由の中には切嗣を全面的に肯定する舞弥さんと不和があるみたい。
  でも呑気に話をする時間が無いのも判っている。時間を気にせず話が出来ていたのは、セイバーが召喚されてから聖杯戦争が始まるまでの僅かな時間だけだった。
  切嗣がどれだけ拒絶しようとも、セイバーと一緒に会話のテーブルに乗せるべきだった。聖杯戦争の準備の為にアインツベルンの外で活動している舞弥さんだって、話だけには聞いていた。やろうと思えば、セイバーを召喚する前に会おうと思えば会えた。
  まだ余裕があった時―――私はやるべき事をやらなかった。その代償に、もう話せる時間を失ってしまった。
  「・・・・・・判ったわ、行きましょう」
  「はい」
  セイバーの声と一緒にメルセデス・ベンツ300SLのエンジンが唸りをあげて冬木市の中を突き進む。
  人の足ではそれなりにかかる時間も自動車ならばあっという間。三キロなんて数分、道の込み具合に左右されても十数分で辿り着けてしまう。
  車中でセイバーと話す時間はなかった。





  舞弥さんから教えられたとおりの道筋を辿り、私達は情報通りに廃工場へとたどり着いた。
  新都区域から更に外れた場所にあるそこは人気どころか小動物も虫の気配もなく、広範囲に張られた結界によって余計なものが近づかないようにされているからなのだけれど、それだけが理由じゃない。
  新しい住居は生活区域の増設によって刻々とその姿を変える新都を通って来たからこそ、余計の寂れた様子が際立って見える。華やかな街の賑わいから忘れ去られたかのような印象がどうしても拭えなくて、まるでこの地区そのものが死した様な、墓地を思わせる場所だった。
  助手席から周囲を見渡すと、倉庫街の時に張られた人払いの結界に酷似した雰囲気が伝わってくる。
  「間違いないみたいね、確かに魔術結界の痕跡があるわ。――でも妙ね。手入れもろくにしてないのか、綻びが・・・・・・」
  あるわ。と言おうとしながら視線を前に戻すと、そこには横を見る前は確かにいなかった筈のランサーが佇んでいた。
  メルセデス・ベンツ300SLの進行方向には何もなかった。アインツベルンの森にある城の中庭を思わせる広大な空間には生物の影は何一つ無かった。
  でも今、私達の目の前には赤色と黄色、二本の魔槍を携えた槍兵のサーヴァントの姿がある。彼は槍を下ろしていたけれど、油断なくこちらを見つめていた。
  彼にとって私達は自陣へと踏み込んできた敵だ。やろうと思えば眼前に現れる前に攻撃を仕掛ける事も出来た筈。その彼が今、私達の前に立っている。
  その姿が正々堂々と真っ向から戦おうとする彼の決意を示していた。
  セイバーが一足先に車外へと出たので、私もそれを追って外に出る。
  私の前にはセイバーがいて、ランサーと対峙する構図がすぐに作られた。
  「よくこの場所を見破ったな。セイバー」
  「私の・・・・・・味方が調べ上げて、報せてきた。ここが貴方の所在だと」
  セイバーが言い淀む姿はそのまま切嗣と舞弥さんとの間にある不和に違いない。舞弥さんが単に情報を伝えただけだとしたら、調べ上げたのは間違いなく切嗣だ。
  セイバーが切嗣の事を『マスター』と言いたがらない気配が伝わってくる。
  ランサーは切嗣の事をもう知ってるから、切嗣が本当のマスターだって秘匿する方針にあまり意味は無い。私に向けて話す時は切嗣の事を『マスター』と言えても、他の人に言う時は苦手意識が働くに違いない。
  「以前こちらから仕掛けておきながら勝手な話だとは思うが、いいのか? お互いの戦闘行動は中断されている筈」
  「だからこそだ」
  「む?」
  「これまでに二度、我々は戦いの機会を与えられながら、余計な邪魔によって決着をつけられなかった。他のどのサーヴァントも今はキャスターに目を向けている。余計な横槍が入る可能性は少ないと私は読んだ」
  堂々と告げるセイバーとそれに応じるランサー。もうこの場はセイバーとランサーの戦いの場になっていて、言葉を交わしていても間違いなく戦場だった。
  もう私が入り込む余地は無い。敵対するサーヴァントが対峙すればあとはもう戦うだけだ。
  「我ら二人が心置きなく雌雄を決する好機が、次にいつまた訪れるか知れたものではない。今を逃す手はないと私は思う。どうだ? ランサーよ」
  「セイバー・・・」
  やっぱり正々堂々と戦える状況を二人は待ちわびていた。
  倉庫街での戦い、アインツベルンの森での戦い、横やりが入ったりマスターの危機が合ったりして決着に至れなかった事がよほど残念だったみたい。
  ランサーの頬が喜びのあまり緩んでいるように見えるのは絶対私の気のせいじゃない。
  聖杯戦争のサーヴァントとして呼び出された上で、尋常に戦える騎士に巡り合えた。そんな二人の喜びが少し離れた場所にいる私にも伝わってきそう。
  「ランサー!」
  その空気に水を差したのは一人の女性の声だった。
  「ソラウ殿・・・」
  セイバーを目の前に置きながら、それでも後ろから走ってくるその声の主―――これまでに直接見た事は無いけれど、切嗣から少しだけ話は聞いているので、ランサーのマスターのケイネス・エルメロイ・アーチボルトの許嫁のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリに間違いない。
  首まである赤い髪の毛を揺らして同色で大きめの蝶ネクタイ。整った顔立ちは麗人と呼ぶにふさわしく、茶色い目がただランサーだけを見つめている。
  「ランサー、大丈夫?」
  「御下がりください、どうか我が主の元へ――」
  「いいえ。今は私があなたのマスターです。お側から援護しますわ」
  切嗣に倒されたケイネスの代わりに彼女がマスターを務めてる。彼女の手の甲に見える一角消費された令呪がその証拠だ。
  私は切嗣から少しだけ魔術の手ほどきを受けているけど、それは英霊同士の戦いに割って入れるほど強力じゃない。だからセイバーの戦いの邪魔にならないように距離を取っていたのだけれど、ランサーとソラウさんの距離は私達のそれよりも近い。
  二人の距離はライダーとそのマスターのような距離感で、彼女の言うとおり『一緒に戦う』ための近さだ。
  「ソラウ殿。セイバーとの戦い、どうかこのディルムッドに全て任せて頂きたい、この槍にかけて必ずや勝利をお約束いたします」
  「そんな!?」
  だけどランサーはそれを拒否した。
  ソラウさんの魔術の腕は知らないのだけれど、切嗣が言わなかったのは『注意する必要が無い』と判断して私に教えなかったのだと思ってる。
  そもそも今代の魔術師の中で、サーヴァント同士の戦いに割り込める魔術師なんているのかしら?
  いえ・・・、アーチャーの宝具を弾き飛ばしたあの男、そして間桐に助勢してる者達の力はきっと私の想像以上だから、あそこなら英霊と肩を並べて戦える可能性がある。
  「憚りながら、貴女にはケイネス殿のように武の心得がある訳ではありません。それともソラウ殿もまた――このディルムッドの矛先に曇りありと疑われますか? 恣意なる戦いに戯れるものと?」
  ランサーの説得を聞き、ソラウさんの表情が固まった。
  きっとランサーと今はここにいないケイネスとの間に関係がこじれる何らかの会話が合ったのだろう。それを持ち出して、ランサーはソラウさんを戦わせないようにしている。
  私もその方がいいと思う。セイバーとランサーが人の目で追うのも難しい神速の戦いに没頭するのは倉庫街での戦いで嫌と言うほど味わった。不用意に援護したつもりで味方に向けて攻撃してしまう可能性は私が考えるよりずっと高い。
  だったら助勢は回復だけに留めて、攻撃による援護なんてしない方がいい。
  「・・・・・・・・・だったら、せめてここで見守らせて。セイバーの高潔さはあなたが一番よく知っているのでしょう?」
  「――判りました」
  目を潤ませてランサーに懇願する姿はどう見ても恋する乙女のそれで、代理とは言えマスターがサーヴァントに向けるものじゃない。
  あの目は私が切嗣に向けていた目と同じだ。
  ただのアインツベルンの人形でしかなかった私に『愛する』を教えてくれた切嗣を見る私の目そのものだった。
  そうなるとソラウさんはケイネスの許嫁だけど、ランサーを愛してる・・・?
  「そこの御婦人。俺とセイバーとの戦いに手出しは無用、それでよろしいか?」
  「――判ったわ」
  何か答えを出してしまうと、すごく恐ろしい事を知ってしまう気がした。
  だからランサーの問い掛けに答えて、考えが中断されたのは都合が良かった。
  フィアナ騎士団の英雄フィン・マックールの三番目の妻となるはずだった婚約者グラーニア。彼女はディルムッド―――つまりランサーと恋に落ち、彼女とランサーは一緒に逃げ出す。
  ケルト神話に書かれたランサーの逸話。それが目の前で再現されている気がしたけど、私はそれ以上考えないようにする。
  私達は敵同士。今、考えるのは聖杯戦争であって、他人の横恋慕じゃない。
  「セイバー、そしてアインツベルンの『聖杯の器』の持ち主ですね。私はソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。ランサーの新しいマスターです」
  やはりランサーから切嗣の事は聞いているらしく、彼女は私の事を『マスター』とは呼ばなかった。
  でも名乗られたのならばこちらも名乗り返すのが礼儀。
  さっきまで考えていた密通を強引に消して、私は私の名前を口にする。
  「アイリスフィール・フォン・アインツベルンよ」
  応じると彼女はセイバーと私が作り出す距離を同じぐらい下がって、ランサーの戦いの邪魔にならないように離れた。
  向かい合う二人のサーヴァント。その後方には互いのマスター。私はそう見せかけているだけでも、構図はそうなる。
  「待たせたな、セイバー」
  「憂いなき戦いの為ならば、この程度の時間――無いに等しい」
  セイバーは力強くそう言いながら、英雄アルトリア・ペンドラゴンを示す宝剣―――いまだに真名開放には至っていない聖剣を構える。
 あまりにも有名すぎる宝具なので、その剣が一度でも目に触れればセイバーの正体はすぐに発覚してしまう。だからこれまで誰かと戦う時は常に風王結界インビジブル・エアで宝剣を覆い隠してきたけれど、ランサーの前では意味が無い。
  白銀の鎧で武装して、不可視の宝剣を晒したセイバーをランサーが一瞥する。
 ランサーはセイバーの武装準備に応じて持っていた破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグ必滅の黄薔薇ゲイ・ボウを両手で構えた。
  倉庫街ではセイバーの片腕を使えなくさせた所で邪魔が入り。アインツベルンの森では決着をつけるべく戦いながら、ランサーのマスターを切嗣が倒す寸前、セイバーがランサーをマスターの元へと向かわせた。
  思えば、あの時から私はセイバーの事が信じきれなくなった。サーヴァントであり、騎士として聖杯を切嗣にもたらそうとする協力者、でも決してそれが両立しないと気付いたのもあの時だ。
  セイバーは切嗣によって召喚された身でありながら、切嗣との確執によって彼を軽んじている。
  そして切嗣もまたセイバーとの不和によって、彼女を信じていない。
  私がいたからセイバーと切嗣は何とかやってこれた。いいえ、私がいたから、セイバーと切嗣はこれまでやってこれてしまった。
  いっそ、私が仲介せずに、心の底からの感情をぶつけ合えば何か他の結果がここにあったかもしれない。
  でも私の内心の葛藤を余所に、ここで決着をつけようとする二人の覇気が時間と共にどんどんと高まっていく。
  聖杯問答では戦いらしい戦いが無かったので、今のセイバーは消耗していないし、ランサーも新しいマスターを得た事で十分な魔力供給を受けている。
  セイバーの左腕が使えない事を除けば、二人とも気迫も魔力も体力も十分すぎる程溢れている。
  中天から舞い降りる太陽の光が熱を生む。その熱とは異なる二つの熱気が廃工場の広場の中を満たしていった。
  息を呑むのも忘れる気迫と気迫のぶつかり合い。それなのに目を離せない英霊同士の在り方。
  少しだけ視線を動かすと、ランサーの後ろにいるソラウさんの姿が見える。彼女は両手を胸の前で組んで、ランサーの事をジッと見つめている。
  そこにあるのは英霊二人が作り出す重苦しい空気への辛さや動揺やではなく、紛れもない感激だった。まるでランサーの勇姿に見惚れているみたいな――。
  間近で感じる空気の重さに立っているのも辛いのに、彼女にとってはそれすらも心地よい感覚なのかもしれない。
  更に高まる圧に倒れそうになっていると、セイバーとランサーは同時に踏み込んで互いの間合いの中に入っていった。
  踏み込んだ衝撃は強く、セイバー前に跳びだすと一緒に後ろに跳んだ砂利が少し私にかかる。
  それを痛い、と感じるよりも前に、セイバーの剣が、そしてランサーの槍が互いの命を取らんと繰り出される。
  一度間近で見たからこそ、目の前で行われる戦いが過去行われた二度の戦いよりも強烈であり苛烈、そして愚直にして凄絶なものだと判った。
  単純明快。真っ向切っての力と力のぶつかり合い。共に奇策も秘策もなく、より速く、より重く、どちらも相手の一撃を凌駕する一撃を叩き込むために武器を振るう。
  より強い者が勝つ。
  これこそがセイバーとランサーの望む決着への最短。これこそが二人が求める騎士の戦い。
  私がほんの少し考える間にも、宝剣と二本の魔槍が作り出す火花は、尽きる事無く途切れることなく咲き続けた。
  剣戟は一瞬たりとも途切れずに互いの体に一撃を叩き込もうと暴れまわる。
  ほんの数秒で打ち合った数は十合なのか百合なのか。肉眼では判別しきれない極限の領域の中で二人は戦う。
  ほんの一瞬だけ見えた戦いの中。ランサーが赤い長槍でセイバーの脳天を叩き割らんと振り下ろせば、セイバーはそれを紙一重で避ける。
  衝撃で地面が吹き飛ぶと同時に槍の穂先を踏みつけたセイバーがランサーの首筋に剣を斬りに行く。
  刃がランサーの首筋に到達する直前、黄色の短槍が柄を握るセイバーの手に襲い掛かり、セイバーは横に跳んでそれを回避した。
  私が見た様子など二人の戦いの中で繰り広げられるほんの一端に過ぎない。
  足を斬りおとそうとするセイバーの苛烈な一撃を跳躍で避けるランサー。
  襲いかかるランサーの刺突を髪の毛を数本千切れさせながら避けるセイバー。
  槍の切っ先に当らない為に、あえて間合いを詰めて赤い長槍の柄を鎧で受け止めている。
  ほんの十数秒の間に命のやり取りを何度も何十度も行う。そうやって何十回かの激突の後、二人は距離を開けて、互いの間合いから離脱した。
  位置はランサーが向こう側で、セイバーがこちら側。丁度、戦いが始まった時の踏み込む前に戻ったみたい。
  「はっ」
 破魔の紅薔薇ゲイ・ジャルグ必滅の黄薔薇ゲイ・ボウを翼のように大きく広げながら、けれどもランサー清々しい笑みを作り出す。
  私からはセイバーの背中しか見えなかったけれど、その顔にはランサーと同じように笑みが浮かんで居るのが容易に想像できた。
  何者にも邪魔されない二人だけの空間。時代の異なる英霊がサーヴァントとして召喚され、セイバーとランサーのクラスを得て巡り会えた奇跡。
  騎士と騎士との戦い。
  互いの全力を出しての死闘。
  二人にあるのは凛烈にして透明な闘志のみ。そこには油断もなければ躊躇もない。
  戦いの果てにどんな決着が待ち構えていようとも悔いは無い。そんな喜びがランサーに、そしてセイバーに合った。
  「騎士王の剣に誉れあれ。俺は――、おまえと出会えて良かった」
  「私も、貴方と出会えてよかった」
  ランサーの破顔は英雄でありながらも童子のようだ。
  後顧なく、未練なく、命を賭した刃の真価を問うに足る戦いを―――。
  喜びの後にある緊迫の面持ち。その中で二人は互いの決着をつける為、改めて宣言する。
  「フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ――推して参る!」
  「応とも。ブリテン王アルトリア・ペンドラゴンが受けて立つ」
  英霊同士は名乗り合う。聖杯戦争のクラスではなく、自らの真名を改めて曝け出す。


  「「――いざッ!」」


  再び両者が強烈な踏み込みで前に出た正にその時。ヒュンッ! と、どこからか鳴った音を私は聞いた。
  セイバーとランサーが作り出す剣戟とは明らかに違うこの音は何なのか?
  答えを探し求める私の目に―――ソラウさんの腹部に開いた穴が見えた。
  「――えっ?」
  その呟きは私の声か? それとも彼女の声か? ランサーの声か? セイバーの声か?
  彼女も私もサーヴァント同士の戦いから片時も目を離さず、両足を強く大地に押し付けて崩れそうな体を必死に支えている。
  姫を守る騎士が前で戦っている。ならば姫の役目は屈せず、ただ勝利を信じるのみ。だから、その穴を作った衝撃にも彼女は耐えた。
  白い服に小さな黒い穴をあけた現実を理解しようと、姿勢を崩さずに彼女はその穴に手をやる。
  そして次の瞬間。動きを止めたソウラさんの額にもう一つの黒い穴が開いた。
  また、ヒュンッ、と音がした。
  「・・・・・・・・・」
  私は何が起こった判らなかった。セイバーもランサーも何が起こったか判らなくて、動きを止めている。
  ランサーの赤い長槍とセイバーの宝剣がぶつかったまま固定されていた。
  その中でソラウさんの頭が後ろにのけ反って崩れ落ちていく。
  「ソラウ・・・殿――?」
  ランサーは短く呟くとセイバーとの鍔迫り合いを中断して後ろに跳んだ。最速のサーヴァントが見せる移動は私の目では捉えられず、気が付いた時にはセイバーの位置からソラウさんの近くにまで移動してる。
  でも応じる声は無い。
  前に倒れたソラウさんの体が地面にぶつかる前にランサーがギリギリで手を滑り込ませたけれど、槍を持つその腕に抱かれた人は何の反応も示さない。
  力無くぐったりとランサーの手に全てを委ねてる。
  ポタリ、と紅い血が額から流れて地面に落ちた時。私はようやく何が起こったかを理解した。理解してしまった。
  今、ソラウさんは撃ち殺された。
  銃で殺された。
  私は銃を使うのを切嗣と舞弥さんしか知らない。他の魔術師は銃なんて使わない。
  でもやったのが切嗣か舞弥さんのどっちかは問題じゃない、私達の仲間が―――ランサーとセイバーとの戦いに最悪な形で割り込んだ。
  そうだ、切嗣は言ったじゃないか。冬木教会で告知された監督役によるルール変更を聞かされたあと、切嗣は確かにこう言った。
  「キャスターは放っておいても誰かが仕留めるさ。むしろキャスターを追って血眼になっている連中こそ格好の獲物なんだよ、僕はそいつらを側面から襲って叩く」
  切嗣の戦い方はセイバーとランサーが作り出す『騎士の道』『騎士の誓い』『騎士の姿』を真っ向から否定する。
  彼自身、セイバーを召喚する前に扱い易さでは『キャスター』か『アサシン』の方が、よほど切嗣の性に合っている、そう言っていた。
  切嗣がただセイバーとランサーを戦わせる訳が無かった。彼は最初から二人が戦っている間にマスターであるソウラさんの命を刈り取るつもりで私達をここに誘導したに違いない。
  ランサーはゆっくりとソラウさんの体を地面へと横たわらせた。
  お腹と額から血を流し、地面に横たわるソラウさんが見えた。
  紅い血だまりがどんどん広がっていくのが見えた。
  彼女の目は見開かれたまま何も映さない。
  ランサーの勝利を祈って組んでいて手は力なく落ちる。
  そこには愛しい人に助けられた喜びはない。
  治癒魔術を施してもどうにもならない―――即死だ。


  「――貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


  絶叫と共に振り返ったランサーの美貌は醜く歪み、ただ怒りと憎しみだけを浮かべていた。


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